光明掲示板・第三

 

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ご生誕121年 (1903)
日時:2014年11月22日 (土) 03時39分
名前:伝統

今日11月22日は、谷口雅春先生のご生誕日です。
”ご生誕121年”をお祝い申し上げます。

祖師へのご恩を忘れまじ!

・・・

谷口雅春先生の御誕生の時を『生命の實相』第19巻には次のように書かれています。

『わたしは陽暦、明治二十六年十一月二十二日の暁の六時に生まれたのである。
陰暦にすれば十月十五日の満月の暁でちょうど満月が西の山の端に沈みかかってはいたが、
まだ耿耿として光を失わず、そして朝日が東の方に差し昇りつつあったとき、
太陽と月と二つの光に照らされつつ護られつつ生まれたのである。』

・・・

「光明道中記」には次のように書かれています。

「今日は私の誕生日である。
旧暦にするならば10月の16日未明、十五夜の月がまだ地平線下に没せず
而(しか)も朝の太陽がさし昇って空には日月両(ふた)つながら揃っている時に、
私は呱々(ここ)の声をあげた。」

・・・

『生長の家五十年史』には次のように書かれています。

『若し私がここに生まれなかったならば、生長の家も今、無かったと思うのであります。
人間がどこに生まれるかということはその人の運命を決定する最初の要素になるのであります
(「人間の運命・私の運命」)』

・・・

『神霊降誕譜』

 作詩:生長の家本部
 作曲:小澤 弘

 
(一)
   をしへおや  うまれたまひし
   よろこびの  此の日このとき
   かみの子と  生まれしわれら
   みなひとに  やどれるかみを
   ひたすらに  たゝへまつらん。

(ニ)
   さちおほき  よろこびのけふ
   よろこびの  此の日このとき
   かみの子と  をしへられにし
   このさちを  わかちつたへて
   みなひとに  つたへまつらん。

(三)
   をしへおや  うまれたまひて
   このせかい  すがたかはりぬ
   やみおほき  世かいは消えて
   ひかりみつる 此の世浄土と
   うちつどひ  かみをたゝへん。

(四)
   ひるも夜も  讃歌みちたり
   降る星は   み空をかぎり
   てんごくの  とりは囀り
   日と月は   ともにかゞやき
   みなうたふ  みおやたゝへて。

・・・・・

<関連Web>

先代の各掲示板に於ける谷口雅春先生に関する記事がほとんど消滅していることに
深い悲しみを感じます。その中で次のものが残っておりました。


(1)「光明掲示板第一」内のスレッド「ご生誕119年 (3851)」
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=740

(2)「愛国本流掲示板」内のスレッド「谷口雅春先生<ご生誕120年>」
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=daityouwa&mode=res&log=692

(3)「光明掲示板・第一」内のスレッド「御歌 (3826)」
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=730

           <感謝合掌 平成26年11月22日 頓首再拝>

谷口雅春先生年譜表 (2152)
日時:2014年12月05日 (金) 03時24分
名前:伝統

谷口雅春先生のご生涯に関した年表に関するWebを以下に紹介させていただきます。


(1)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

   谷口 雅春(たにぐち まさはる、1893年11月22日 - 1985年6月17日)は、
   生長の家創始者(初代総裁、生長の家では「教祖」「開祖」という名称は用いられない)。

   旧名=正治。
   現在の兵庫県神戸市兵庫区鵯越に生まれ、
   大阪市港区の大阪府立市岡中学(旧制)出身。

   早稲田大学文学部英文科中退。
   同学科には青野季吉、木村毅、坪田譲治らが在学していた。

   その生涯の著作は、400冊以上に及び、
   主著『生命の實相』(頭注版全40巻、愛蔵版全20巻、初版)は
   通算1,900万部を超え今も多くの人々に読み継がれている。

   他に『新版真理』全11巻、『新選谷口雅春選集』全20巻、
   『新選谷口雅春法話集』全12巻等、多数の著書(「聖典」と称される)がある。

   またその他にも、彼が受けたとした33の神示
   (総称して『七つの燈臺の點燈者の神示』)や自由詩の形態を取る「聖経」
   として『甘露の法雨』『天使の言葉』『続々甘露の法雨』などがある。

   解脱名(戒名)は「實相無相光明宮大真理説授正思惟大聖師」。
   専ら略して「大聖師」と冠され、信徒には称されている。

    (http://wpedia.goo.ne.jp/wiki/%E8%B0%B7%E5%8F%A3%E9%9B%85%E6%98%A5)  


(2)光明掲示板・第二「谷口雅春先生年譜表 (10481)」
   → http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou2&mode=res&log=2008

   (明治26年11月22日(ご生誕)〜昭和20年5月25日までの部分)


(3)谷口雅春先生年表 「年表(中島省治編)」
   → http://hikarinoshingun.giri.jp/02-gyouseki/0290gysk-nenpyou/01nenpyou.htm


(4)谷口雅春先生年譜一覧表 〜 ”山ちゃん1952 さま”ブログより

  @ 明治26年11月22日〜大正6年  
   (ご生誕 〜 摂津紡績を退社し、神戸市東川崎4丁目の養母の許に帰る)
   → http://tecnopla1011.blog.jp/archives/2014-07-27.html?p=2


  A 大正7年4月〜大正11年10月   
   (皇道大本を訪問 〜 大本教を脱退)


  B 大正11年10月〜昭和3年4月    
   (神戸へ戻り、上京 〜 名前の改名<正治→雅春>)


  C 昭和4年12月13日〜昭和20年5月25日 
   (「今起て!」の神啓 〜 東京大空襲での本部の消失。学生寮や明治神宮も消失。)

   A〜C
   → http://tecnopla1011.blog.jp/archives/2014-07-27.html


  D 昭和20年11月〜昭和29年12月 
   (『生長の家』『白鳩』復刊 〜 本部会館落慶、「生長の家の全貌」を発表)
   → http://tecnopla1011.blog.jp/archives/11516046.html


  E 昭和30年1月〜昭和39年11月 
   (著名人との対談 〜池田首相に憲法無効宣言を訴える)
   → http://tecnopla1011.blog.jp/archives/2014-08-23.html 


  F 昭和39年11月〜昭和44年11月23日
   (立教30周年記念全国信徒大会〜喜寿奉祝全国信徒大会)
   → http://tecnopla1011.blog.jp/archives/2014-09.html?p=2


  G (別途・・・ )


           <感謝合掌 平成26年12月5日 頓首再拝>

大本時代の年表 (2365)
日時:2014年12月16日 (火) 04時51分
名前:伝統

       *Web:「”山ちゃん1952 さま”ブログ(2014年08月23日)」より


大正7年4月   松江市の岡田健文氏より雑誌『彗星』が谷口先生の許に送られ、
        皇道大本を知る。

大正7年8月   『彗星』九月号『心霊療法の骨子』に寄稿
大正7年9月   京都府綾部の皇道大本を訪れる。(通称大本教)

大正8年    早春、大本教に入信し綾部に移住。
        まもなく文章の才能を認められて出版物の編集主任となる。
       『神霊界』『大本時報』『大本新聞』等に宗教論文及び小説、随筆、
        和歌、時事問題に関する多数の文章を発表。 

『神霊界』大正8年2月15日(第80號)
       「入信の經路 参綾の動機」(私は綾部で初めて、自分の内なるものの
        審判に恥じない生活を見出しました、それは実に各人の働きが人類の
        喜びであるような生活でした。)大本の入信の動機を語る。



        『神霊界』4月1日(第80號)では「邪神の發生と身魂の修祓」
        (古事記の解読と「神癒」への比較論文)

『神霊界』4月15日(第84號)では「大本靈學の私的研究」
        (皇道大本の鎮魂が催眠術ではないことと、憑依霊の形式など…)

         「大本靈学の私的研究」(皇道大本の鎮魂が催眠術ではないことと、
         憑依霊の形式など…)

         「改宗者の手帳より」○建替は残虐なりや ○悪の発生問題 
         ○お前とならばどこまでも ○ミロクの大神(キリスト再臨と
          弥勒菩薩の下生と尊師の56歳7ヶ月に因んで“567殿”


『大本時報』大正8年12月7日から「皇道霊学講和」の連載始まる。
大正9年6月27日皇道大本の講師として東京へ

          東京専修大学講演  「大本より観たる心理現象」
          学士会館      「神力の科学的研究」
          有楽座       「改造の根本義」 
          神田立花亭     「神と人との世界改造」

処女出版『皇道霊学講和』を東京・新光社より出版。(28歳)
皇道大本研究資料 亀岡叢書の編纂出版 全14巻(内、八巻出版)
綾部から亀岡へ移転

         第三編 御筆先の解説せる 大本霊学 谷口正治(大本新聞での参照)
         第四編  神示の比較宗教論   谷口白龍(ペンネ−ム)
         第五編  ヨハ子黙示録(子はママ) 谷口正治

         第六編  鎭魂歸神の要諦      谷口正治講述
         第七編  基督再臨の眞相      谷口正治
                今井楳軒翁の序

         第九編  社会主義と皇道大本    谷口正治
         第十編  行ふべき道        谷口正治   

         第十二編 言霊と神通力       谷口正治
             言霊を詳しく書き表わしています。
         第十四編 非醫治療法批判      谷口正治


『大正日々新聞』発行のため『大本時報』を休刊。
『大本新聞』16号にて廃刊。

江守輝子様と御結婚。(今井梅軒の媒酌にて)

第一次大本教事件
大正10年2月12日、不敬罪と新聞紙法違反の疑いで、出口王仁三郎祖ほか数人が検挙され、
         王仁三郎は126日間の未決生活ののち保釈。
         同年秋から『霊界物語』の口述を始めた。

http://tecnopla1011.blog.jp/archives/2014-08-23.html

・・・

大本時報の御文章

       *Web:「”山ちゃん1952 さま”ブログ(2014年10月11日)」

        → http://tecnopla1011.blog.jp/archives/2014-10-11.html


谷口雅春先生の御文章 大本時代

        → http://tecnopla1011.blog.jp/archives/2014-10-11.html?p=2

・・・


亀岡叢書の詳細の記載

       *Web:「”山ちゃん1952 さま”ブログ((2014年06月26日)」

        → http://tecnopla1011.blog.jp/archives/8861213.html


大本時代の御執筆

       *Web:「”山ちゃん1952 さま”ブログ(2014年06月28日)」

        → http://tecnopla1011.blog.jp/archives/2014-06-28.html


           <感謝合掌 平成26年12月16日 頓首再拝>



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