[39] 主観:雪奈 登場人物:光、マルコ |
- 凪鳥 - 2007年05月26日 (土) 05時25分
----------------------------------------- - 女帝 - -----------------------------------------
ペンを置く。
雪奈「…できた」
一息ついて、雪奈は先程まで内容をまとめていた書類に、もう一度目を通す。 明日の定例会議、この学園のトップ(学生)が集まる総括会議…そこで私が使用する資料。 見たところ不備は無い様に思えるが…。
雪奈「…ん」
念には念を入れ、もう一度初めからチェックをする。 なにせ、今度こそ失敗は許されないのだから。 前回の総括会議を思い出す。
会議はいつも道理の時間、いつも通りの内容で進んだ。 美術科総括会、遊意華や晴美がいつものように雪奈の意見に反論し、そしていつものようにルティアがそれを仲裁し始める。 そのやり取りを一歩引いた位置で眺め、案をまとめていく生徒会…これもいつもの通り。 思い通に、雪奈のペースで進んでいく会議。 完璧な計画、完全な流れ…看護科の勝利は確実だった。 しかし、完璧だったはずの雪奈の計画の歯車は、一瞬にして狂った。
普通科総括会。
いつもは看護科と美術科の討論を、あえて聞き手に回っていただろう普通科が、ここに来て前に出てきたのだ。 もちろん、その対策はしていたし、要注意だということは十分承知していた。 しかし、ほんの一瞬の隙を突かれ、議論の主導権を持っていかれてしまった。 まるで、こうなる事を読んでいたかのように、私の組上げたものを全てそのまま奪い去ってしまった。
その結果が、球技大会の主催権を奪われるという失態。
雪奈「…今度は、そう簡単にはいかせないわよ」
思わず書類を持っていた手に力が入る。 しかし、大事な書類をくしゃくしゃにしてしまう訳にはいかず、慌てて手の力を抜いた。
雪奈「ふぅ…少し、休憩ね」
一息付き書類をファイルに入れると、雪奈は席を立つ。 私の仕事場所――看護科・総括会室には私以外の人影はない。 それもそのはず、もうすぐ寮の門限なのだ、会員は既に各々の仕事を終え、寮へ帰っている時間…副会長のつづらなど、そもそも総括会室にすら来ていない。 彼女は能力は高いのだが…いかんせん、扱いに困る。 私が卒業したら、次は彼女がこの看護科を背負って歩かなければならないのに…。 どうしたものかと溜息をつく。 雪奈「あら…?」
ふと、どこからか小さな物音が聞こえてくる。 きょろきょろと音源を捜す。 その音はどうやら部屋の外…正確にはこの部屋のドア、からしている様だった。
カリカリカリッ…。
と、何か爪でドアを引っ掻いているような…。 そんな音が聞こえてくる。
雪奈「何、かしら?」
カリカリと音がする方…ドアを開ける。
すると、開けたとたんその隙間から何かが部屋の中に入ってくると、雪奈の足元をスルリと抜けていく。
驚きながらもそれを眼で追う。 それはどこかで見たことのあるシルエット。 それはまるで最初からそこにいたかのように、会長用のデスクの上に座っていた。
雪奈「…猫?」
一匹の猫。 それがあの物音の正体。
なぜこんなところに猫が? ふと疑問がよぎるが、すぐに思い出す。 そういえば、普通科総括会では猫を一匹飼っているのではなかったか? 確か名前は…。
雪奈「…マルコキアス」 マルコ「な〜」
私の呟きに猫――マルコキアスは、まるで返事を返すかの様に一声鳴く。 どうやら間違いないようだ。 しかしなぜこんなところに…。 しっかりと管理し、普通科棟の中で世話をするという条件で普通科はこの猫を飼っていたはずだ…それが看護科棟まで逃げて来ているとは。
マルコ「にゃ〜」 雪奈「え?」
色々考えていると、猫は机を降り私の足元へと歩みよって来る。 そしてその体を雪奈の足へとこすりつける。
雪奈「ちょっと、なんなのよこれは…」
これは、どうやらじゃれている…? のだろうか。 正直に言って雪奈はそれほど動物に詳しくはないので、よく分からない。
雪奈「何なのかしら、別に何か食べ物を持っている訳でもないのに…」
猫がこの学園にいるのは知っていたが、見るのは初めてだし、まして猫にじゃれ付かれる理由もない。 どうすればいいのか判断に困り、しゃがむと、一向に自分そばから離れる気配のない猫に手を伸ばす。
雪奈(確か、顎を撫でてやればよかったのかしら?)
うろ覚えの知識で猫をあやしてみる。
マルコ「なぁ〜」
雪奈に顎を撫でられると、気持ち良さそうにマルコは喉を鳴らす。 成すがまま、されるがままの猫に、それを何度も繰り返す。 しばらく続け、そして抱き上げる。 マルコキアスはいとも簡単に捕まると、嬉しそうに一声鳴く。
雪奈「…どうしようかしら」
捕まえたのはいいが、正直どうするべきか迷う。 放す、逃がす…とりあえず、普通科に帰してやるのが一番だろうか? そう考えていると、少しあいたドアの向こうから、見覚えのある人物の姿が見えた。
雪奈「光さん…?」
普通科所属の彼女が看護科棟にいるのは珍しい。 …いや、きっとこの猫を捜しに来たのだろう。 その証拠に彼女は――
光『マルコキアス〜、どこに行ったのぉ〜』
――という風に、どうにも申し訳なさそうにきょろきょろと小さな声で猫の名前を呼んでいた。 腕の中の猫を見る。 どうにも、動く気配はまるでない。 まるでそこが安息の地であるかのように、すっぽりと雪奈の腕の中に納まっている。
光『もぉ、マルコったら…怒られるのは私なんですから〜もぉ〜』
そろそろ出てきてください〜…と情けない声を出しながら、必死に猫を捜す光。 これはどうしたものだろうか? 連れていってあげるべきか? しかし、彼女はあれでも自分にとっての『敵』の内の一人でもある。 些細なことであっても、敵に塩を送りたくはないし、むしろこれはチャンスではないか? 例え些細な事であっても、そこから攻め入ることもできる。
その光の姿に、そんなことを思う。
雪奈(…いいえ、やめておきましょう)
いくつか自分に有益な展開を模索するが、すぐにそれを打ち消す。 いくら倒すべき相手であっても、さすがにそこまで姑息な手段を使おうとは思わない。
ついこの間、つづらに言われた言葉をふと思い出す。
『ゆきちゃん、この頃なんだか余裕がないの』
確かに、つづらの言うとおり、この間の『負け』の後からは、根を詰めすぎて自分の中に余裕がなかったのは事実。 だからこそあんな姑息な策に手を出してしまいそうになったのか。
雪奈「…まったく、そういう所ばかり優秀なのだから…」
ふぅと、一息付き猫の頭を一撫でる。 確かに一度負けはしたが、まだ焦るような時期でもない。 看護科は二年連続最多主催権獲得の王者だ、まだまだアドバンテージはこちらにある。
気を取り直し立ち上がると、雪奈は猫を抱いたまま、ゆっくりとドアを開け、廊下に出る。 こちらに気づかず、おろおろきょろきょろと猫を捜す光。
声を、かける。
雪奈「光さん、探しものはこれかしら?」
安堵と驚きが、雪奈を迎えた。
-- END --------------------------
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