(80) シンタローの涙 |
投稿者:Tomoko
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シンタローは椰子の木の下に陶然と佇んでいた。 傷はまだ痛む。 非常に治癒能力を備えた体だが、そう簡単に治る傷ではない。
――あれは、確か小学校の入学式の翌日だった。 シンタローはぼんやりと遠い記憶に想いを馳せた。 ――俺が学校から帰ってくると、親父が一目散に駆けて来た。 妙に目が赤かったんで、「何で?」と訊いたら、「もう好きな時にシンちゃんに会えない」と半日中泣いていたって。 その時はサービス叔父さんと二人して笑い合ったけど――。 馬鹿な話、思い出しちまったな。参ったな。笑い話のはずなのに……。 今の俺には……笑えねぇ……笑えねぇよ……。 胸から込み上げるものが大粒の涙と変わって、頬を伝い始める。 ガサッ! ガサガサッ! 不意に、音がした。 腰ミノをつけた少年と、茶色の犬が現われた。 「パプワ」 「よぉ」 「わおん」 パプワ達を見た時、不思議なことに、シンタローの涙が止まった。 だが、パプワが、シンタローの頬にその名残りを見つけた。 「おまえ……泣いていたのか?」 「あ……ああ、ちょっとな」 「ふぅん。泣きたかったら、泣いてもいいんだぞ」 「馬鹿言え! 二十歳過ぎの大人が、六歳のガキの前で泣けるかよ」 「ぼくのことをガキ扱いしたな! チャッピー!」 節をつけたパプワの台詞と共に、チャッピーがシンタローの頭にかぶりつく。 「ほら泣いた」 「ねぇ……アンタ達、こんなことして楽しい?」 「冗談だ。もういいぞ、チャッピー」 チャッピーはシンタローの頭から離れた。 シンタローは、苦笑した。やっと笑えた。 「大人ってのは、自分の足場ボロボロで、ちょっと突きゃあ崩れそうに脆くなっていても、『俺は平気だ』って顔して生きていたいんだよ」 シンタローは喋った。 「もう何も言わないでくれ。それ以上何か話すと、また泣きそうになるんだ。俺はそんなに強くないから」 「おまえはじゅうぶんに強いぞ」 パプワが断言した。 「ばか言え。力だったらおまえの方が……」 「強さってのは力だけじゃないぞ」 「だけど……」 「じいちゃが言ってた。『痛みを知っているほど、強くなれる』と」 「痛みを知っているほど……」 シンタローは反復した。 「シンタロー。おまえはいろんな痛みを知って、ちゃあんと乗り越えて来たじゃないか。別れの痛み、人に裏切られる痛み、そして……殺される痛みも」 「俺は……乗り越えたわけじゃねぇ……」 「おまえは嘘つきじゃないから、自分が悲しいこと、隠すことができないんだ」 「そうだろうか……」 「おまえは逃げてなんかないぞ。ここぞという時には、いつも逃げなかったじゃないか。おまえが弟に撃たれた時も」 「コタローのこと、知ったんだな」 「ああ、じいちゃから聞いた。でも、そいつにもわけがあったんだと思う」 「そうか……そうだな……」 シンタローは思った。 顔を背けたくねぇ。逃げるのは、もう止めた。 受け止める。全てを受け止めて立ち向かう。 どんな困難が待ち受けようと、もしそれに押し潰されても……。 押し潰されてもいい。 どんな結果になろうとも、逃げるよりずっとマシだ。 俺は、もっともっと強くなりたい。 必要なのは、ほんの少しの勇気――。
後書き 『捏造パプワくん』の一部分、この間の続きです。 本当は、もっと長いのですけれど、データがどこかになくなっちゃって……(汗)。
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2010年12月03日 (金) 18時51分 |
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