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GoGo!小説

小説を完成させる自信の無い方、または小説を書く練習をしたい方、そしていつも作品が完成しない無責任なしんかー進化(笑)、等々気軽にこの板で小説をどうぞ!

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[96] 題名が思いつかないから苦肉の策で無名
ロキ - 2008年11月03日 (月) 15時19分






 あたしは世界一不幸な少女。そう思わない?

何故って、こんなにも退屈な世界に生きているからよ。

どうせなら創作物のなかに生まれたかった。二次元の中で生きるキャラクターになりたかったわ。

それならいつだって“有り得ないこと”に遭遇できるから。

そうでしょう?

ビックバンを間近で見たくはない? 世界の終わりを自分で起こしてみたくは?

じゃあ……せめて人を殺してみたいと思ったことは?

……うそ、冗談よ。

そんなことできっこないもんね。



ねぇ。覚えてる?

自分が生まれてきたときのこと。

あたしは覚えてない。思い出したいな。

だってさ、……ねぇ、ちゃんと聞いてる? そう、ならいいけど。

だってね、そのときには何も知らないわけでしょ?

この世界がなんなのか、そして目の前にいる人間たちがどういった存在なのか、自分が人間だってことも、さ。

有り得ない世界に、知らない世界に生まれた衝撃っていうの? ……そういう興奮があると思うの。

あたしが小さかったときは何もかも新鮮だった。スイカが野菜だってことも、人を好きになるってことも、何もかも。

今ではどんな知識を得ても新鮮なんてことはないのよ。

 悲しいな。平坦でつまらない。世界を揺るがすような真実が欲しいの。



みんな、こんな体験はないかな?

お前は、子供だ。って言われて、異常に反抗したくなったこと。

あたしはある。すごい悔しかった。あたしは大人なんだ、って高らかに叫んでやりたくなった。

客観的に自分を見つめなおしたとき、あたしは「あ、やっぱり大人じゃん」って確信した。

今まで生きてきた16年間があたしにとってとても重いものに感じれて、それが根拠になった。

でね、思うの。

他人を見たとき、その人が軽そうに見えたことってある?

もちろん体重とかそういうのじゃないよ。

その人の生きてきた重み、存在の影響力、そういったものを全て含めて、軽そうに見えたこと。

 あたしはね。ほとんどの人がそう見えるの。

どうせくだらない人生しかおくってこなかったんだろう。あたしのような重苦しい大人な価値観を持った人生を送ってこなかったんだって。

でもねー。

違うんだよね。


 あたしの人生も誰の人生も、比べようがないんだ。

 それどころかあたしの自分は大人なんだっていうナルシストぶりを発揮しただけで、実際にはそんな大差ない下らない人生を送ってきたんだ。






 つまらない世界。そして、自分自身への落胆。

あたしは流れに促されるように、病んでいた。















プロローグ 主人公の考えと苦悩












[97] 正直どないやねんみたいなね
ロキ - 2008年11月03日 (月) 15時21分



 ようやく蒸し暑い季節が終わったかと思えば、すぐに寒々しい季節がやってきた。
セーラー服、というかスカートを着て登校しなければならない全国の女子高生は、寒い思いしてまで大変だ。
当然あたしも全国の女子高生に入っているわけで、毎朝寒い道を友達と張り切って歩いていた。
あたしの高校はまだタイツの許可はされていない。かろうじてカーディガンは許されているが、
申し訳程度にしか寒さを防げない上、ださい。
タイツを許可されない理由は、『スカートを短くするから寒いんだ。寒ければスカートを基準値にしろ』というものだ。
頭の固い体育教師どもには恐れ入る。ならあんたらもスカートを着てみたらどうでしょう?
長くても短くても大して変わらないですよ、この野郎。


 あたし、天海優花は高校二年生の健全な女子生徒だ。
それなりの容姿と頭脳と、身体能力を持っていると自負している。ナルシスト、といわれても仕方がないかもしれないが、
あたしは自分に自信を持っていた。県下有数の進学校に合格できたのだって当然だと思っているし、
付き合ってきた男は両手でも数え切れない。中学の時はテニス部に所属していて全国大会で個人でベスト8に入ったこともある。
ただ、あたしは自分に納得していない。
あたしならまだ上に行けると信じ込んでいるし、それを疑いもしない。
つまらない人生をあたしの力でどうにかしていけると確信している。
 
 けれども、そんな絶対的な自信を持っていようと、あたしはいつも“あり得ない事態”を期待していた。
あたしの好奇心をくすぐるような、爆発的な刺激を持つ、そんな事態を。

 冒頭でそんな紹介をしてみせたわけだけれど、
世の中は無常にもあり得ない事態には無頓着だ。みんな平穏を望んでいる。決められた一本の道をほんの少し逸れたところで、
なにも驚かれはしない。それはあたしにも当然当てはまることで、17年間の経験により
多少のハプニングでは鮮烈な刺激を受けたりはできなくなっていた。

年をとる、ということは恐ろしいことだ。
老け、脳の活動が停滞し、身体は微量の毒物の蓄積によりぼろぼろになっていく。
そして、刺激を感じる心も、しだいに冷めていってしまう。
 
 いつまでも、若者でいたい。
そんなピーターパンシンドローム真っ盛りのあたしに、この世界は辛すぎた。
しかし、この世界に生を受けた以上は、その理は承り、理解しなければならない。

「辛いなぁ」

「ねっ。今日の数Uテストらしいし。勉強した?」

 思わず声にでた台詞を、今までの会話から高嶺 あずみはそう受け取ったらしく
高校生にありがちな台詞を言った。

「してるわけがないじゃーん。あずみは?」

 もちろんしてるけどね。

「もちろんバッチリっ」

 あずみの笑顔のピースがあたしには痛い。あずみを前にすると心が汚れているんだな、というのがよくわかってしまう。

「さっすがあずみさん。優等生だなぁ〜」

「とかなんとかいっちゃって、優花もちゃっかりいい点とるくせにさ」

「だってそれはあたしが頭いいから」

「うざーいw」

 あたしたちはお互いに笑い合った。
あずみの笑顔は万人にウケがいい。顔が崩れようがおかまいなしに満面の笑顔をかましてくるものだから
(顔が崩れるとかいってもそれでも可愛いのだけれど)
みんなあずみにやられてしまう。そして、嫉妬の嵐だ。

 



 日常とはこんなもので、普通に友達と話し、普通に学校に行き、普通に授業を受け、
普通に疲れた、と言って家路につく。そして家族とご飯を食べ、寝る。
そのスケジュールに変更があろうと、大筋変わりはしない。

 あり得ない事態を期待するだけ無駄、だというのはわかっていた。
それでも望んでしまうのが人間だと思う。
頭の中では、絶対に起こらないだろうと理解していても
心の中では、起こってほしいと切に願っている自分がいる。

「よーしっ、今日も頑張るぞー!」

「そうだーっ、がんばろー!」

 そして、また二人で笑いあって、無駄にはしゃいで学校に向かう。
このときには、あのような非日常に参加できるなんて考えてもいなかった。
 









  事の始まりは七限の数Uが終わり、ひと段落ついた時だった。



 授業の終礼とともに、校内放送が鳴った。その放送にみんなが耳を傾ける。

 あたしの学校は進学校なこともあり、割りと優秀な生徒が集まっている。
放送が鳴ると同時に会話の際のボリュームを落とす
というモラルは多少なりともあったようで、声はそれなりに聞こえた。

「二年一組の高嶺 あずみ 二組の安藤 琢也 三組の……」

 そのときちょうどあたしと話していた高嶺 あずみは、驚いたようにスピーカーを見た。
一から七組の二年生全クラスから一人づつ呼ばれた。

「至急、四階屋上に来なさい。体育祭で使われる機材を運びます」

 あずみは生徒会役員で、ちょうど今度の体育祭の実行委員だった。
うちの高校は屋上を開放している珍しい学校だったし、屋上に倉庫を置きそこにいろいろな機材を置いていた。

「んあー、めんどくさいなぁ。ごめんね優花。」

「大変だよね、生徒会も。さぼっちゃえばいいのに」

「そんなわけにもいかないじゃんっ。まっ、しゃーないよね。ちょっと行ってくる!」

 あたしはいってらっしゃい、と言ってうなずいた。あずみは駆け足ででていった。
でていったのを確認して、あたしたちをずっと見ていた須藤 龍矢はあたしに近づいてきた。

「あずみ、どこいったんだ?」

「生徒会の準備だってさ。これはたぶん、時間かかるね。今日の告白タイムはお預けだ」

「うるせぇんだよ。(笑) ったく、タイミングが悪いんだからよー」

「あんたいっつもそんなこと言ってるよ」

「うっせうっせ」

 須藤は世間的に言う『恋』というものをしていた。そしてあたしがその仲介役をしてやっている。
須藤はサッカー部に所属していて運動神経がいい。顔もそれなりにかっこいいし、サッカー焼けで黒くなった肌が男らしい。
クラスの中心的な存在で、いつも陽気だ。

あずみは亜麻色……茶色が似合う美人さんだ。ロングのストレートが恐ろしく似合って、嫉妬してしまいそうなくらいに、
美人だ。けどあずみは性格もいいから、嫉妬なんてする気もおきないくらいに尊敬してしまうくらいなんだけど。
あずみとは高一からの友達で、少なくともあたしは高校内では一番の仲のよい友達だと思っている。
そんな彼女だ。須藤がめろめろになってしまっているのも頷ける。

 

「くっそー……。 んじゃ今日は屠野で遊ぶかあー」

 須藤の口からその名前がでた時、教室の端っこの席で男子にいじられている男がビクッとこちらを向いた。
その男が屠野 荒太郎だった。
「や、やめてよ須藤……」

 と言われてもやめるはずもなく、須藤は屠野で遊びだした。
遊ぶ、という意味はからかったり無理やり一発ギャグさせたりと(いじめではないけれども)プライドを傷つけたりすることだ。
傍目から見れば迷惑千万なのかもしれないけど、あたしが思うにそれはコミュニケーションが苦手な者への救済策のようにも思える。
事実、そうキャラの位置づけから面白いキャラという位置を確定したものをあたしはたくさん見てきた。
けれど、本人は大変なんだろうなあ、と思わずにはいられない。

屠野以外の男子が声を合わせた。

「屠野荒太郎があー、2の1の教室にぃー!?」

「き、キタァー!」

屠野は顔を真っ赤にさせ、そう叫んだ。まったく、世の中を生きるってことは大変だな。
笑い声が起きて、男子たちはより一層盛り上がった。
屠野もそこまでまんざらではまさそうに、真っ赤な顔をほころばせていた。当然、恥ずかしいのだろうけどさ。
あずみと一緒に話していた森杉 あやもあたしの目の前で爆笑していた。

「マジ屠野ウケる」

お決まりな台詞を吐いて、耳障りな甲高い笑い声が教室に響いた。
あやにウケたからか、須藤たちはますます調子に乗って屠野をイジりはじめた。
もはやあたしは興味ないけれど。

 子供だなぁ。まったく。

見下すわけではないけれど、同年代との会話には飽き飽きしていた。
特に、ノリと呼ばれるその場の流れで適当に笑っておかなければならないという風潮にはうんざりだ。
男は必要以上に卑屈になって、女は必要以上に強くなって、男は女のご機嫌を必要以上に窺う。
笑わせるためにはどんな手段だって使うし。
まぁ、女子は相手が嫌いなヤツじゃなかったら大抵は笑うけどね。
 協調性……ではないけれど、たとえ嫌でも従わなければいけない暗黙のルールというものが
そのノリにはある。

「ホント、屠野君面白いよねー」

心から思ってないけど。
 
「じゃあじゃあ、今から屠野が一発芸します!」

「マジでwwww」

「ちょ、ちょっとちょっと! 待ってよ須藤! そんなの持ってないって!」

「ばーか! 今爆笑を引き起こせばヒーローだ! この2の1の爆笑王だ! これを逃す手はないって! やるんだ屠野、お前ならできるさ!」

 あー、このノリはめんどくさい。
しかしまぁ、屠野はよく我慢できるなぁ、とよくよく思う。
あいかわらずあや、その他大勢のクラスメイトたちは須藤と屠野を中心に爆笑している。

 すると、あやが思い出したように、あたしの名を呼んだ。
こういうとき話しかけてくる話題は、大抵どうでもいい話だ。
しかしあやの笑顔に負けて、あたしはなに?と返事をした。

だが、その笑顔を急速に固まった。目を見開いて、窓の外を見ている。あたしもあやの視線を追った。

 あれ?
 なんだろう。

 違和感がある。

 あやは目を見開いて、窓の外を見ていた。窓枠の上からゆっくりとカーテンを下ろすように黒い物体が見えてきた。

  髪の毛?

そしていつも見ているあずみの顔が、ゆっくりと、本当にゆっくりと姿を現した。
視線が絡み合う。あずみはあたしを見てる。あずみは―――


 笑ってる。


何倍速したのかわからないくらい、それからは一瞬だった。あずみだけじゃない。
ほかのクラスの生徒会役員があずみに続いてどんどん落ちてきた。


二秒後くらいだろうか、肉体がひしゃげる音とともに校舎中から悲鳴がこだました。



 あたしは、真っ白な頭で思った。



 非日常がコールされた、と。









  第一章  異次元世界  1.カーテンコール









[98] っていうかはぴすたにこんな小説ばっか投稿していいの?
ロキ - 2008年11月03日 (月) 15時22分





 放課後の教室に、あずみは居た。
自分の机の前に立って、教科書を机の上に並べて、何かを探していたみたいだった。
あずみはあたしを見つけると、苦笑いした。

「あずみ、なにしてるの」

「うん、ちょっと忘れ物。数学のノートがなくなっちゃった」

 時折、あずみはこうやって忘れ物を探していた。
あたしは知っている。あずみはいじめを受けているのだ。
高校生にもなって―――、と世間は言うけれど、あたしたちぐらいの世代からようやく現実というものを知ってくる。
そこになって、あずみのような完璧な人物に出会ってしまえば、嫉妬もしたくなるようなものだ。
気持ちはわかる。だが、許容しようとは思えない。実行してしまう、その理性を疑う。

「あたしも探すよ」

「ごめんね。ありがと」

 遠慮気味にあずみは微笑む。悲しみが浮かぶその微笑に、あたしの胸はずきんと痛んだ。

「そういえば、放課後まで残ってたんだ。めずらしいね、優花」

 机の中をごそごそとかき回しながら、あずみは言う。

「たまには学校に残って勉強でもしようかと思って。えらいでしょ」

 あたしはあやの机を探した。予想通り、あずみのノートがあった。

 今日の終礼前に、あやたちがあずみの悪口を言っているのが聞こえたのだ。
彼女たちは悪口を言い終わると必ずそれでは飽き足らないまま、ノートや教科書などを隠して実害を与えようとする。
しかし、その場で注意してしまうとあたしにまで被害が及ぶかもしれない。
だから実行してしまった後に、こっそりあずみの机に戻しておこうと思ったのだ。焼却などの、酷いことをしないように祈って。

「あずみこそ、生徒会大変じゃん。毎日この時間まで残ってさ」

「そんなことないよ。皆楽しい人たちばっかりだし、部活みたいで楽しいよ」

「ポジティブだなあ」

 このノートを今あずみに渡すのは躊躇われた。
あたしはノートをあずみに見つからないように持って、廊下にある一人ひとつのロッカーの上にノートをそっと置いた。

「あっ、あずみ! ノートあったよ」

「ほんとー? ありがとぉ!」

 あずみが真っ先にロッカーを探さないわけがない。だから、ここにあったことを不思議に思うのじゃないか、と思った。
だが、あずみはそのことについては何も言わないで笑顔でノートをあたしから受け取った。

秋のそろそろ日が暮れそうな空。太陽は切なげな光で教室で照らしていた。

 夕日が廊下を照らしていて、亜麻色の髪が綺麗に反射する。
あずみは、笑顔のまま、泣いていた。
 





  誰もが叫ばずにはいられなかった。特に一階の生徒たちは酷かった。
間近に見た死体はゲーム上よりもよっぽどリアルで、頭から落ちていったものだから死体は恐ろしく凄惨なものになっていた。
四肢はどうにか無事だったものの、頭の中身は全員そろってぱっくりいっている。

嘔吐している生徒は数えられないくらいいた。
死体の臭いと、それの臭いで学校は異常な雰囲気を醸しはじめた。

「な……なんなんだよ……」

 私の隣で窓から現場を見下ろしていた須藤は青ざめていた。

「自殺、か?」

「……あんた、見た?」

「……? 何を」

 誰もかれも、見ていない。死体になった彼女らの死ぬ直前の表情を。
気分が悪い。最悪だ。しかも、あれは、あずみ?本当に?

「あたし……見ちゃった……落ちたの……あずみだよ……」

 あやがポツリとそう零すと、クラス中に動揺が伝わった。

「じょ、冗談だろ……。あずみがそんなことするはずねぇよ」

須藤はさらに顔を青ざめた。ほんの少し笑って見せるが、表情の変わらないあゆを見て、
顔を引きつらせた。

「……須藤。あたしも見たよ。……あれは……」

 あの笑って死んでいった死体は

「――あずみだった」

 あたしの言葉で、須藤は蹲った。泣いているようだ。ほかの皆も泣いてる。あやも泣いてる。
あたしは? 泣いてない。悲しくないわけじゃない。ものすごく、悲しい。けど。

 

 泣いていないのは、あたしと、いつもまでも現場を見下ろしている屠野だけだった。








「え〜……、みんなはもう知っているかもしれない。先生もショックだ。
だが、きっとこの事件は大々的に扱われるだろう。全国から記者がやってくるし、君らにもインタビューされたりすると思う。
そんなときは何も言うんじゃない。余計な憶測を飛び交わせたくないだろう?
いいな。今日はどの部活も活動禁止だ。それじゃあ、今日はまっすぐ帰るんだぞ」


 自分のクラスの生徒が死んだというのに、教師はずいぶんとあっさりとした終礼だった。
みんな、担任にたいして、または学校自体に失望感を感じていたようだった。

マスコミがこの事件をかぎ付けるのは本当に早かった。あたしたちが帰ろうとするころには校門中に溢れかえっていて、帰るのは大変だった。

 インタビューなんて無視した。それどころじゃなかった。あたしは自分に失望していた。

 友達が死んだというに、涙がでないなんて。頭は冴えていて、冷静で、混乱してない。
皆は泣いた。行動に移した。悲しみを表現したんだ。なぜあたしは泣けなかったんだろう。
それどころか、何かどきどきしている。未知の衝撃と恐れに、興奮している。
七人同時の飛び降り自殺なんて、あたしの知る限りこの現代で行われたという話は聞いたことがない。
ビックバンほどの衝撃じゃないけど、衝撃は受けた。この自殺の中身を知りたいという、あたしの好奇心が心臓を突き刺して体中を熱くさせている。

「最低だ……」

 ベッドに寝転んで、天井を見上げていた。呟いた言葉は、意味もなく頭に残った。

最低だと言えば、屠野も屠野だ、と思う。好奇心を隠しもせずに、いつまでも現場を見て、やはり涙も流さずに先生が来るまでずっとそこを動かなかった。
みんな自分のことで精一杯だったから屠野のことをなんて見てなかったもしれないから、いじめられることはないだろうけど。
あたしが人のことを言えるわけじゃない。けど、屠野のイメージは地の底に落ちたと言っていい。

「同族嫌悪かな……」

 手元にある携帯はいつまでも光っている。みんな恐怖と悲しみを共有することに必死だ。
まるでメールがあたしたちをつなぐ絆のようだ。脆い絆だ。

ため息をついて、携帯を開いた。
あやに近藤にかなに亜理紗に、……クラスのほとんどからのメールだ。めんどくさい。
そしてまた新着メールが届く。それを放置し、あたしはあやのメールを確かめた。

『あのメール送ったの誰が知ってる!? 悪ふざけしすぎじゃない!?』

 ……は?

近藤は
『チェンメ着た? マジありえんやろ』

 チェンメ?どういうことだろう。少なくともまだあたしには来ていないということだろうか。
もしかして、あの新着メールか。あり得る。

 クリアボタンを押す。指が震えていた。いつのまにかシャツが汗ばんでいて、気持ち悪い。
怖い。そのチェンメが。いやな予感がする。それと同時に好奇心があたしを動かす。
新着メール問い合わせを押した。汗がぶわっと吹き出てきた。

 新着メール 一件

 決定ボタン。

 差出人 自殺クラブ

ああ、もうこの時点であり得ない。誰だ、こんなことしたヤツは。自分のことなんて気にならないくらい怒りが湧き出てくる。
アドレスが表示されない。こんなこと、あるのだろうか?

 件名 部員勧誘のお知らせ

『今日のステージはいかかでしたか? 七人のピエロによる『飛び降り自殺』、刺激的だったでしょう?
 さて、次もそんなスペクタルを提供させていただくために、部員の勧誘をします。
 入部の資格は

 人間であること

 です。例外は認めません。
さぁ、みなさん。自殺クラブで青春を終わらせませんか?くだらない世界に唾を吐き捨て親の恩を足蹴にして、自分の肉体にサヨナラしてみませんか?』

 意味がわからない。

 携帯を投げ捨てた。頭が痛い。心臓が破裂しそうで、胃が熱い。

〜〜♪

 背筋に電流が走ったようだった。頭から血の気が引いて、真っ白になった。
携帯の音が鳴っている。どういうことだ、マナーモードのはずなのに。投げた衝撃でボタンが押されたのだろうか?
ディスプレイに表示されているのは……自殺クラブ。
あたしの手は自然と、さも当然のように伸びていった。恐ろしいのならば、見なければいいのに。
このまま放置して携帯を折って、連絡できないようにすればいいのに。冗談かも?だったらこの恐怖は?この焦りは?どう説明すればいいんだろう。
好奇心が、あたしをひたすら突き動かす。頭の中では止めておけ、と叫んでいるあたしがいる。
それでも、手は携帯へ向かう。

 決定ボタン。受信フォルダ。新着一件。
『次のピエロが決定。二度目の演目はネックカット。乞うご期待』



 頭が、痛い。


今度こそ携帯を投げ捨てた。いやだ。怖い。誰?こんな最悪なことしてるヤツは!
 頭の中に浮かぶ自殺現場の光景。皆泣いている。泣いていないのは、二人。
あたしと、屠野。屠野はいつまでも現場を眺めている。


―――屠野?


 突然、頭に浮かんだ名前。
そうだ。あり得る。みんな悲しんでいた中で、悲しむそぶりも見せなかったあの男。そしてクラスでもいじられていたキャラだ。
今の待遇に不満でほんのささやかな復讐のつもりなのかもしれない。

  そういうことか。そう思うと、どこかほっとした。
何も心配することはないんだ。

「馬鹿らし……」

  明日学校に行けば、いろいろとわかってくるだろう。
そう願って、あたしはベットに横になった。

そうだ。――屠野の、いたずらなんだ。
 胸のかたすみに残ったクエスチョンマークを、あたしは知らないふりをした。








  第一章 異次元世界 2.チェーンメール


 





[99] いやね。痛いのはわかってるけど、これって俺の趣味なのよね…
ロキ - 2008年11月03日 (月) 15時24分

  明日になればわかる、なんてあたしが楽観的すぎだった。
クラスのみんなは驚くほどチェーンメールには興味を引かれておらず、誰もが

「誰かのいたずらでしょ?」

と口をそろえた。そして犯人の特定をする気もないようだった。あたしは何も返すことができなかった。
なぜなら、それが一般の人の反応だろう、と思ったから。現代にはチェーンメールなんてものはたくさん氾濫しているし、
身近な事件でもすぐにそういったものが回ってくる。学校で起きた自殺なんて、モラルもない生徒がネタにしてしまいそうなものだ。
あたしは、意識しすぎなのだろうか? この事件に関して、恐れを感じすぎなのだろうか? 
自分に自信が持てずに、皆と同じように喪に服して静かに椅子に座っていた。
今は教室で朝の朝礼を待っている。今日はこの後全校集会が予定されており、授業は明日から再開されることになっていた。

 静寂の中で、あたしは屠野を観察していた。
よく見てみると屠野は整った顔だちをしていなくもなかった。ぼさぼさに伸ばしているまっくろな髪に、
学校の規定どおり着ている制服のせいで、その顔は目立っていなかったが悪くはない。そこまで良いとも言えないけど。
 いつも弄られて困惑した表情をした屠野は、驚くほどの無表情だった。悲しみも、困惑も、何も映していない。白いキャンパスのように無表情だ。
 あの無表情の下に、あんなメールを送ったのだろうか?

「ねぇ」

「えっ?」

 突然あやが話しかけてきて、少し驚いた。

「あずみの自殺ってさ……。やっぱり悩み事とかあったのかなあ」

「……聞いたことないけど」

「やっぱり誰にも言ってないんだよね。じゃあ、あずみ……一人で悩んでたんだよね。あたし……なんにも助けてあげることができなかった……」

 そう言って、あやは泣き出した。泣きすぎて腫れてしまっても可愛い目から、ぽとりぽとりと涙が零れ落ちていた。

あやには悪いけれど……








 鳥肌が立った。






 
 あずみは性格もよく、可愛かった。だから、みんな嫉妬していた。みんなと言うほどみんではないけれど、
自分に自信を持っていた女の大半は、あまりに完璧すぎるあずみに嫉妬していた。
だからあずみは嫌がらせを受けていたりしたけど、あずみはそのたびに笑っていた。

 その嫌がらせをしていた者のに中にあやが入っていたのを、あたしは知っていた。あずみも恐らく知っていたのじゃないかと思う。
嫌がらせが起きたとき、あやは主犯と思われる女と一緒に笑っていたし、何よりあたしは現行犯を見たのだから。

「大丈夫だよ。あずみはきっと……もっと違う理由があったんだよ」あんたには絶対言えない理由が。

「そうなのかなあ……」

 所詮、他人は他人だ。クラスメイトでなおかつ親友だとしても、その人の気持ちがわかるわけじゃない。
他人の気持ちは、理解できない。だから、あずみも死んだのだろうか?
理解できたと思っていた友人に悪口を言われていたことを苦にして。

「……そんなことないよね」

「えっ、なにかいった?」

「ううん、なんでもない」

 なんにせよ、あずみはもう戻ってこない。今さらなにをしようが、過去は取り戻せないのだ。
こんなあたしは、最低だろうか。

「でも、先生遅いね。なにやってるんだろ」

「なんか、職員会議してるみたいだよ。最低だよね。七人も死んじゃったのに、
それでも学校のイメージを落とさないように会議してるなんて。信じらんない」

 自殺者が一度に七人。たぶん、この学校始まって以来の不祥事だろう。
校長はたぶん自主退職して、責任から逃れる選択をするだろうな。そして教頭は校長にランクアップして、
尻拭いをする羽目になるのだろう。誰もかれもが大変だ。

「あっ、先生来た」

 担任の飯島先生は青い顔をしていた。一瞬、ストレスだろう、と思ったがどうにも違うようだった。
いつも温厚な先生は、ものすごい形相をして叫んだ。

「誰だ!」

 窓がびりびりと揺れた。

「今日、職員室にこんなものが置かれていた。高嶺あずみの遺品だ。筆箱、ノート、教科書!
 そして、彼女の遺書らしきもの! だが明らかに高嶺の筆跡じゃない!
男の字だ。誰がやったんだ! 答えなさい!」

 教室中がざわざわとしはじめた。
あたしは直感的に、メールの者と同一人物だな、と結論付けた。
こんな嫌がらせができるのはよほど捻くれて、よほど性格が悪い糞人間だ。二人もいるとは思えない。

「いいか、人の死はな。軽いもんじゃないんだ。昨日の事件の現場を見たものにはわかるだろうが、
あの光景は見た者全ての人生を狂わせたといってもいい。人一人の存在が消えただけでは、世界はなにも変わらない。
けどな、お前たちの人生にはずたずたに亀裂が入っただろう。
絶対に、どんなことがあっても、取り返しがつかないこと、それが死なんだよ!
 もう誰がしたなんてどうでもいい。とにかく二度とこんなことをするなよ!」

 業務的な言葉はいっさいなく、先生の人間としての怒りがひしひしと伝わってきた。
みんな泣いている。よくわからないが、泣いている。たぶん、泣いている中に犯人はいないだろうけど、皆罪悪感で泣いている。

 泣いていないのは、あたしと、屠野だけだった。

「……まだ、高嶺の自殺の理由は調査中だ。学校としても、これほどの大きな事件になってしまったからな。
いまさら隠そうともしていない。思い当たることがあれば、
……先生に言ってくるように。辛いのはわかるが、本当に辛いのは親御さんだ。
せめて理由だけでも教えてあげたい。皆、協力してあげてくれ」

 飯島先生は、そういって俯いた。

「……この後は体育館集合だ。遅れないように」

 先生がでていった後、教室ではしばらく誰も動かなかった。正直、あたしももはや泣いてしまいそうで、危ない。あやは号泣している。

 それでも皆体育館へと向かった。ほかのクラスでも泣いている人はたくさんいて、あたしも少し泣きそうになった。
 屠野は男子の最後尾にいて、とぼとぼと歩いている。傍目から見れば心なしか落ち込んでいるようにも見えるけれど、
あたしはとてもそう思えなかった。あの男は、怪しい。一度疑うとずっと執着してしまうのは、あたしの意地のせいだろうか?
―――いや、それだけではない。
なんとなく、ほんのなんとなくだけれど、屠野は、怪しい。やはり、意地だろうか?



 夏が終わったと言っても、まだまだ暑くて、じめじめとした空気が流れていた。
これは皆の涙のせいだろうか。しかし、この体育館内でさすがに暑いだなんてわめきたてる者はいなかった。

 体育館の隅っこで儀式的に司会を進行している。こんなときにまでなんでそんなことをするのか、わからない。
異常なときでも冷静さを失わない大人なのか、感情が死んだ骸骨なのか、あたしにはなんとも言えない。

 校長が壇上に立ったとき、ざわめきが起きた。校長がマイクに何か言いかけようとした時だ。
ステージに上がろうとしている人影。それを抑えようとする人影。手には凶器。ノコギリ? 
あれは、飯島先生。そして、ほかにも、上ろうとしている生徒たち。抑える先生たち。きょとんするあたしたち。

「や、やめなさい! なにしてるんですか!」

 問答無用で壇上に立った担任ともう二人の先生、そして10人程度の生徒。


 皆、ノコギリを持っている。


誰かが叫んだ。その叫びを鍵に、みんなが次々に昨日の惨劇を思い出した。

 割れた頭。

流れた脳みそ。

血の池がたまる校庭。

死んでいるのに無表情とも思えない深い表情。



―――数分前までは、あずみだったもの。



屠野が叫んだ。

「やめろおおお!」

びっくりして、何故かあたしも叫んだ。

「なにやってんのよ! 馬鹿じゃないの!」

 次にあたしの声をスイッチにしたように、みんなが口々に罵声や懇願をした。

「田中! やめろよなにやってんだよ!」

「せんせー! やめてー!」

「誰か引き摺り下ろせ!」

「おい!お前らなにやってんだ! 登るぞ! 急げ!」

言った本人でさえ、動いていない。皆、無力だ。



 全てを嘲笑するかのように、彼らはあっさりと首にノコギリを押し付けた。
頭から冷水をかぶったように、真っ白になった。フラッシュバック、頭、脳みそ、血の池、あずみ。
飯島先生は――、笑っている。いやな笑い。
 
 飯島先生は口をあけた。ぽかん、とじゃなくて、意志を持った、はっきりとした形。
あたしはそれに気づいた。

お、という形になった。

「お前らとは、見てる世界が違うんだ」

 ぴゅっ

 シャワーのように、赤い血が吹き出てきた。十三人分の、血液。
人間っていうのは、思ってより血液の流れが速いようで、そこそこ距離があったあたしのところにも滴が飛んできた。




 予言どおり、第二幕が開いた。



絶叫。

「きゃああああああああああああああああああ」

その場にうずくまるもの。泣き出すもの。呆然と光景を眺めるもの。逃げ出すものはいない。
そう思ったのだが、屠野が人を掻き分けて外へ行こうとしていた。
とっさにあたしは手を掴んだ。

「どこに行くのよ……!」

 屠野は、今まで見たことのない顔で、あたしを睨んだ。

「手を離せ」

 手から力がなくなっていく。カタカタと震える手は、情けなかった。
屠野ははっと気づいたように申し訳ない表情になった。

「ごめん」

 そういうと、屠野は体育館の外へ、外へと消えていった。
錯乱状態の、この体育館を残して、屠野は消えた。

 足先ががくがくと震えた。


これが、有り得ないということなのだ。


 
 あたしは走った。屠野は、いったいなんなのだろう、と。

 恐れはいつだって感覚を麻痺させる。心臓が凍りついたようになって、息をするのも苦しくなって、
頭が真っ白になって考えることができなくなる。あたしは確かに恐怖で凍りついた。
そして、屠野の眼光にも恐怖した。それでもあたしは気になった。この有り得ない事態に、
あたしの知りたいという知的欲求が恐怖に勝ったのだ。

誰かの声が聞こえる。


―――狂ってやがる。


 そうだ。確かに、―――あたしは、狂ってるのかもしれない。
 










  第一章 異次元世界 3.ノコギリピエロの演目











[100] まぁ、うん。痛さはわかってるんだ!
ロキ - 2008年11月03日 (月) 15時26分

 屠野の後をつけようと思ったが、すでに玄関からは見えないところまで行ってしまったらしい。
姿が見えずに、あたしはとにかく走った。いったい屠野は何をするつもりなのだろう。

 あずみたちの飛び降り自殺に、チェーンメール、そして予告どおりのネックカットによる自殺。
偶然はありえない。そもそもあずみたちの死から何かが始まっていたのだ。
二年生が全部の被害者―――つまりは、この騒動の発端の中心は『あたしたち』ということになる。
そして、あたしたちの中に原因がいる。まずそう考えてもいい。

 さらに予想とは少し違ったが、どうやら屠野も何か関わっているようだ。
あたしの胸はどくんどくんと脈打っている。いつもより鮮明に聞こえる。やはり、あたしは最低な人間なんだろう。
こんなときに好奇心を湧かせているなんて。

「ねぇ、どこに行くの!」

 後ろから聞こえる声。あやだ。
涙を流しすぎてくしゃくしゃになった顔があたしを見ていた。

「危ないよ!」
 
 あたしは驚いていた。誰もが自分が見た衝撃によって混乱している中、他人を気にしている人がいたなんて。それにまさか、あやが。

「あや……」

「ねっ、体育館に戻ろう? 怖いよ、あたし」

 妙な違和感を感じる。こんなときに、あゆは他人を気にかけることができる娘だったろうか。
どんなときでも自分の利益を考える、狡猾な娘だった。
人を傷つけることをなんとも思わないような、そんな人間でしょ?

「ごめんっ、あや!あたし行く―――」

「駄目よ」

 あやがあたしの手を引く。あゆの手は色白で、細くて、愛らしい。

「戻ろうよ」

 愛らしい手は、あたしの手を握っている。


 ギリ 


手首に痛みが走った。およそあやがだせそうにもない鋭い痛み。

「戻ろうよ、屠野君のところなんて行かないで」

「や、やめてよあや。なんのこと?」

 なんで、屠野の、ことを。

「ねっ、もどろ」

 答えを聞かずに、あやはあたしを体育館の中に引き戻した。
あやの顔が恐ろしい。暗い何かに憑かれているかのように、青白い。

 あたしは混乱の体育館の中で、あやと手を繋いで沈黙していた。



 あやの手が冷たい。顔をのぞいてもあやは無表情だ。
恐怖を感じているのだろうか?いや、それともつかない表情。
陳腐な表現だが、マネキンのような表情だ。

 ぎゃあぎゃあ、騒いでいる生徒たちは、みんな同じ表情。
ただ混乱しておけばいい。役割をまかされて、それを実行しているだけ。
ステージの上にあがった役者のように、本物じみていて、嫌だ。
あれ、あたしは何を言っているんだ。これは、本物。
あたしまでおかしくなってきているの?……あたし、“まで”?
なに、なんなの。

「須藤!」
 
 たまらず、近くにいた須藤を呼んだ。須藤は振り向いたが、その表情はあやと変わらない。

「なに」

 無機質な返事。

「なにって……あやがこんなだから」

「知るかよそんなこと」

 須藤って、こんなヤツだったっけ?

「その言い方はないんじゃない」

「知るかよそんなこと」

「……須藤?」

「なに」

 あたしの前に立っているこの男は、誰?

「須藤よね?」

「知るかよそんなこと」

しばらくあたしが何も言わないでいると、須藤はどこかへ言った。
突然、役割を思い出したように教師の一人が全員教室へ戻れ!と叫んだ。
こんな状況で誰も言うことを聞くはずがない、と思っていたのだが
気持ち悪いほどみんなすっぱりと帰っていった。
集会の帰りには混雑する出口も滞りなくみんなでていって、あたしもその流れに乗るしかなかった。


 少しして、パトカーが五台ほど、救急車が三台やってきた。
生徒は体育館から追い出されて、警官と救命士たちで体育館いっぱいになった。
教室に帰ったあたしたちは誰も喋らなかった。
不自然すぎて、気持ち悪い。あたしたちの世代は、まだモラルなんてものを持っているものは本当に少ない。
他人が死んだところを間近で見たからといって、全員が喋らないなんてことは絶対にないと思うのだ。
男子は恐怖し、その恐怖を友人と共有されるために喋る。
女子は共有するでもなく、泣きながら内にある激しい感情を発散させるために喋る。
あたしはわかっているつもりでいた。現実は、机上の計算では図りきれないの?
それとも、あたしの普段からのみんなの観察は間違ってたわけ?


まもなく、あたしたちはすぐに学校からも追い出されて、とぼとぼと帰り道を歩いていた。
誰とも帰らず、一人で。少し考えてみたかった。

 あたしたちの高校の生徒は、みんな目が死んでいる。
まるで死人みたいに、迷子のように、途方も無く、何を見てればいいのかわからないみたいに。
いつのまにかこの辺りいったいにマスコミがいたが、彼らの余りにも死んでしまいそうな姿を見て、
インタビューしにくそうにしていた。

あたしはと言うと、正直言って、好奇心が8、混乱が2と言ったところだ。
我ながら最低だな、と思う。けれど、この好奇心は抑えようがない。

さて、あたしが最悪だとか、あたしの人格をいまさら否定する気はない。
今もっともあたしが考える事柄は、“何かがおかしい”ということだ。

 どうも、みんながおかしい。
それとも、あたしがおかしくなったのか?
あの自殺が起きてから、何かがおかしくなった。

あずみの自殺、担任の自殺、あやと須藤のいつもとは違う言動――。

「天海さん」

ふと、前を見る。……屠野。

「天海さん。さっきはごめん」

屠野は申し訳なさそうにあたしに言った。あたしは疲れていたのもあって、苦笑いをする。

「いや、うん。あたしもちょっと混乱してたから、変なこと言ってごめんね。そういえば、どこ行ってたの?」

 そうだ。あの体育館から即座に逃げ出したのは屠野だった。
また、何かいたずらを仕組んだりしたのだろうか。
さすがにそれはないかな、と自分で苦笑してみる。
というか、屠野がチェーンメール犯人説は完璧に消えた。
体育館での叫びと、怒ったように体育館をでていった屠野の後姿はあたしの仮説を全て打ち砕いたから。

「いや、ちょっとね。それより、体育館は大丈夫だった?」

「酷い有様だったよ。まるで誰かが操ってるみたいに酷いことばかりがおこるよね、最近」

 冗談みたいに、あたしは言った。半分本気だ。

「そのことで……ちょっと、話したいことがあるんだ」

 屠野は、真剣なまなざしであたしを見つめる。クラスの屠野とは違う、へらへらしていていない目つき。
そのことって、なによ。話の切り出し方が突飛すぎでしょ。

「え、なになに」

「よかったら僕の家に来てくれないかな。立ち話も楽じゃないだろうし」

「えっ」

 ものすごく意外な発言に、あたしは言葉が詰まった。
屠野の自宅に招かれるなんて思いもしなかった。いや、そもそもこうやって屠野と話すことになるとは……。
まさか襲われたりなんてするんじゃないだろうか。
……そんなことはないだろうが。しかし、この発言からすると、屠野がこの事件に関わっているということなのだろうか?


「ここから近いんだ。他の人に見られたくもないだろうし、どうかな」

 屠野なりの気遣い、ということ?

「うーん……」

「変なことはしないよ。約束する」

 屠野がまじめな顔で言ったものだから、思わず笑いそうになった。

「いいけど……。なんなの?」

 屠野は無言で、あたしを背に歩きだした。ついて来い、ということなのだろう。






屠野の家は小さな一軒家で、少し簡素だが綺麗に手入れされていた。
庭は草花が花壇に咲いているし、雑草はあまりない。
屠野がドアノブに手をかけて、入ってと言うとあたしを先に家の中にいれた。
外を見回して、ゆっくりとドアを閉めた。誰も見られていないかを確認したのだ、とあたしは後で気づいた。

 家に入ると、人気はまったくなく物寂しい雰囲気が漂っていた。

「親はいないの?」

「両親は僕が生まれたときに死んだよ。僕一人で住んでいるんだ」

「……ごめん」

「謝ることはないよ。ただの事実さ」

 そしてあたしはリビングに誘導された。
なるほどな、と思った。綺麗に整頓されているが、それは単に物が少ないというだけか。
あたしがこの家に住んでいたら気が狂うんじゃないだろうか。冗談なしに。
小さいブラウン管のテレビがあるだけで、パソコンもなければビデオデッキもなく、DVDプレイヤーなんてあるはずもない。
ソファーがぽつんとあって、それの前にテーブルがあるだけ。
ホントに簡素だ。

 屠野がどこからか椅子を持ってくると、ソファーの向かい側に座った。

「そっちに座って」

 あたしは言われるがままに、ソファーに腰を下ろした。

「それで、なんの話なの? わざわざ家にまで呼んで」

「驚かないで、よく聞いてほしい。今から僕が話す中で大前提となる話を、今からする」

「わかったから。なんなの?」

 屠野は言い難そうに口をもごもごさせ、今に至っても言おうか言うまいか迷っているようだった。
あたしは何も言わずにそれを見守っている。あたし自身も驚くような何かに期待していた。

「実は」

 屠野の目が光った。正確には、真っ黒な真珠にほんの少しの光沢を見出した、そんな感じ。

「僕は、生きていないんだ」

 

 時が止まった。凄い。まさに、ザ・ワールド。時よ止まれ。
何を言い出すのだろう、この男は。あたしはアホらしくなって、感情が一気に冷めていった。
屠野が生きていないのなら、目の前にいるあんたはなんなの? そして、そんなあんたと話してるあたしはなに?
言ってやりたい、だが屠野の顔は真剣だ。
心の中で、屠野には精神病院をお勧めする。

「たぶん、信じてもらえてないと思うんだ」

 あ、自分でもそう思ってるんだ。

「でも、事実だ」

 あたしが何かを言う前に、屠野が立ち上がる。
屠野はやはり華奢な体系をしている。筋肉がついていないでもないが、クラスの部活生と比べれば細い。
そんな屠野が、少し大きく見えた。何か達観しているような、大人みたいに。

 台所に歩いていき、屠野は流し台の下にあるボウルや鍋などが入っている棚を空けた。
開けたドアの裏側に包丁を収納する場所がある。そこから穴あき包丁を取り出した。

「事実は因果関係で証明しなければならないよね」

 包丁を側頭部に突き立てる。何を……!

「やめなさいよ!」

「これは単なる数学だよ。天海さん。僕というXが包丁というYによって表せられるんだ」


 ズブッ


 包丁が、側頭部からゆっくりと内部に向かって進行している。
もちろん出血は酷い。噴水のように血が噴いている。けれども屠野は顔ひとつ変えない。
あたしは急激に理解した。この男は普通じゃないんだ。嘘じゃない……!!

「証明終了。僕は死に至るような事柄が起きても死なない。つまり殺されても死なない。生物は必ず死ぬ。
よって、僕は生物ではない。したがって、僕は生きていない」

 包丁を引き抜く。その表情はすがすがしささえ感じた。

「これが、事実なんだ」

 そしてまた、屠野は椅子に座った。

「信じられないだろうけどね」 

 空いた口がふさがらない。目の前の血しぶきに嫌悪感を抱くこともなく、あたしは呆然とする。

「それで、これからが本題になる。もし今の話が事実だということが受け入れられたら続きを話したい。いいかな」

「……あの、質問したいんだけど」

「どうぞ」

 屠野は紳士的な笑顔で言った。

「なんで、あたしにこんなこと言うのよ」

「と、言うと?」

「だっておかしいじゃない! 今まであたしと話もしなかったくせに、急にそんな大事なことを……。大事なことっていうか、
ええと、意味不明なことだけど、でも大事なことでしょ!?秘密なんでしょ!?」

「確かに秘密にしてたことは事実だね」

「じゃあなんであたしに言うのよ。まったく無関係じゃない」

「違うね」

 屠野は無表情で、そう言い放った。心が動揺する。否定された事柄はあたしの中で確定していたことだったから、なおさら。
突き刺さるような鋭い視線にあたしは言葉がでなかった。
屠野と話していると猿轡をされているようで、息苦しい。

「天海さんは無関係じゃあない。」

 視線が突き刺さる。

「僕と天海さんは、唯一、この世界で自我を保っているんだ」

 この男はなんだというのだろう。さっきから意味のわからないことを。ずっと屠野のターンだ。

「つまり、僕と天海さん以外は自我を保っていない。自我を保っていないということは、
誰かに操られているということだ。これがどういうことか、わかるよね」

「わかんないわよ」

 正直、気味が悪い。なに、この男。

「今までの一連の自殺事件は、仕組まれているということ。仕組まれているっていうのは、うーん。少し御幣があるんだけど」

「あの、ちょっといい加減にしてよ。わけわかんない」

「僕と天海さんは元のいた世界と別次元の世界にいるんだ」



なんだろう、この男。スタンドの使い手なのだろうか。



「高嶺さん以下七名が自殺する寸前の瞬間に、次元が変わったんだ」

 両膝に肘を立て、組んだ手に顎を乗せた屠野の視線は、あいかわらず鋭いままだった。冗談味なんてまったくない。

「まったく同じ世界だけれど、全てが仕組まれた世界に移行された」

「なんで、なんでよ! あんたさっきからあたしの質問に答えてない!
 なんでこんな馬鹿みたいなことに巻き込まれてるのって、聞いてんの! くだらないことばっか言って!」

「それは」

 また、一呼吸置く。嫌な話し方をする男だ。
そしてあたしは次の言葉で、再三言葉を失うことになる。

「君が人の死を悼むことのできない人間だからだよ」






 第一章 異次元世界 4.粗暴なお客様のマナー














[101] 俺の頭ではこれが限界
ロキ - 2008年11月03日 (月) 15時27分







「いいかい。この仕組まれた世界の名を異次元世界と仮定とするよ。この異次元世界を作った当事者は僕を狙っていた。
 僕を狙っていた理由についてはあとで説明するよ。まずは天海さんの質問に答えるから。落ち着いて」

 いきなりあたしの人格を否定したくせに、落ち着いてもなにもないだろう。
この男にはデリカシーというものはないのだろうか。

「まず、この異次元世界を作った者には二つのリスクがあった。
 一つ、ここはあくまでも想像上の世界だ。作り手による特殊能力で作られたと言っても、
 ここで多くの思念体が自由に行動していたら要領不足になってしまう――、
まぁこの世界をハードディスクの要領が極端に小さい
 パソコンだと思ってくれていい。
 だから作り手は僕だけを呼び出そうと、ここにくるものを条件によって制限した」

 屠野は、あたしに質問を許さないくらいに矢継ぎ早に話し続ける。

「それは、物理的な死によって恐怖を感じないという条件だった。……心当たりがあるんじゃないのかな」

なぜか、責められているような気がして、反論しようと頭の中を探った。言葉が見つからない。
代わりに見つかるのは、自殺を見たときを何度も再生している動画だけ。
そのときのあたしの感情は鮮明に脳内にこびりついていた。
非日常がやってきた、そんな興奮が。

「別に倫理観を盾にして君を責めようだなんて思ってないよ。僕が倫理を無視した最たるものさ。
 ……それで、この世界を作った者は僕をそういった感情とは無縁ということを知っていた。
 そしてその条件はほとんどの人間に当てはまらない。だからそんな条件にしたんだろうけど」

 続けて言う。

「お察しの通り、ここでイレギュラーが登場した。もちろん、天海さん。君だ」

 次々に捲くし立てられつつも、あたしは少し反撃したくなった。誰もが思っていることだと思う。
屠野が言うことには少し無理がある。
条件があたしだけに当てはまる。そもそもそれがおかしい。

「イレギュラーって……、死が怖くなんてないなんて言う人いっぱいいるじゃない」

 屠野は意外そうな顔をした。天海さん、君がそんなこと言うとは思わなかった。そう言わんばかりだ。

「おかしくない? だってそうでしょ。死を恐れない、なんてメジャーな表現だし、あたしだけが特別だなんて信じられないよ」

 信心深い仏教とならば輪廻を信じて、死を恐れていないかもしれないし。とあたしは付け加えようとして、止めた。

 屠野は言った。

「君は、特別なのさ」

 あ、と思わず言ってしまいそうなくらいだった。
あれ、この部屋にテレビはあったのかな。電子レンジは。そういえばトイレってあるのかな、お風呂は。
 そんなことはどうでもいいんだ、ということに気づくのに10秒はかかった。
屠野は無表情だ。そんな恥ずかしいことを照れもせず言えるのはある種の才能だ。それが、あたしが
想定した意味合いで使われていなくとも。

「人は、誰しもが生きたいと思っている。ただし、物理的に、だ。病魔によって苦しみたくない。
自分が虚無になってしまうのが、とても恐ろしいのさ。
 けどね、天海さんは精神的に死んでいくことを恐れている。……深層心理ではね。
たぶん、天海さんも本能的にはわかっているんじゃないか。
 感性を徐々に削がれ、現実に裏切られ、絶望し、やがて何事にも無関心になっていく。そんな精神的な死を、恐れていたんだろう。
 だから物理的な――身体の死を恐れる余裕がなくなる。だから君はこの世界に選ばれた」

 一呼吸置く。

「だから大規模な自殺によって恐怖を植えつけようとしたのさ。わざわざ二回もね。
 けど、それも叶わなかった。今頃、犯人は困惑だろうね。まさか規格外の思考を持つものがもう一人いるなんて」

「……ずいぶんな分析だよね。屠野君にあたしのなにがわかるわけ?」

「僕の経験と、結末から推測したまでだよ。あながち、間違ってもないんじゃないか」

 事実、あたしは高名な画家に無理やりヌードにさせられている気分だった。
この男はあたしをどこまで分析しているのだろう。あたし自身しか知りえないあたしを、彼は知っている。
途端にもともと高度文明に溶け込んだ日本人には住みにくいであろうこの部屋の居心地が、さらに悪くなった。
空気も淀んで感じ、目の前にいる屠野が憎たらしく感じ始めた。

「……帰るわ」

 頭が痛い。

「そう言うと思ったよ。確かに、ここまで言われて不快にならないわけがないしね。ありがとう、僕の話を聞いてくれて」

「ありがとうなんて言われる筋合いはないけど」

「そんなことないよ。こんな話を聞いてくれてありがとう。非現実を突きつけられて混乱しているだろうけど、できれば理解してほしい。」

 苦笑いをしてみせた屠野に、少し違和感を感じて眉間をしかめてみた。
何も変わらないまま、あたしの心のなかにぽつんと残された黒いもやもやは寂しく笑った。

 そういえば、まだ聞いていないことがもう一つあった。

「ねぇ、もう一つのリスクって、なんだったの?」

 屠野は、簡単だよ、と言う。

「僕に姿を見つけられたら、殺される。そんなリスクさ」






 もう日は遅い。夕焼けを背に一羽のカラスが飛び立つ。
なぜかせつなさを感じ、あたしの胸は締め付けられたようだ。

飛び立ったカラスと別に、枯れ木に止まったままの一羽のカラス。良く見ると足から血を流していた。
哀れだなぁ、と感じると同時に、どこか込み上げるものがある。夕方の空が、あたしを感化したのだろうか。
仲間から外れた一人ぼっちのカラスは、挙動不審に辺りを見回していた。誰かいないかな。
僕と同じ、飛べないカラス。いないかな。
するとそのカラスはばさばさと羽ばたいた。しかし飛べない。木の枝からバランスを崩して落ちそうになるが、
かろうじて他の枝にしがみついた。またほんの少し動いてみようと思ったのか、限られたスペースでうろちょろ
している。
カァカァ、叫んだ。それはどこかのだれかの、ヒステリックなわめき声にも似ていた。


 どこからか夕食の匂いがしてきて、そういえば昼から何も食べていないことに気づいた。
しかしそんなことはどうでもよくて、あたしは肝心なことを聞いていないことに気づく。



“屠野が狙われている理由”



 信じるの?
あたしは自問自答する。答えはいますぐにはだせない。キッチンでゆっくり弱火でことことと煮込んでいる状態。
さぁ、どんな味付けにしようかな。ミリンの量は、おしょうゆはどうだ。そもそも具材はどこ?
鍋の中に入っているのは屠野という不確定要素と、雨雲のような情報、そして学校での事件。
もう一度聞くけど、信じるの?

「どうしたんだい?」

 思わず、口にでたのか。そう思ったが違ったようだった。
あたしがぼうっとしてる間に目の前に見覚えのある顔が立っていた。

「おっと、失礼。こんにちは、天海さん」

 しかし面識はない。一度も話したことはない。

「僕を知っているかな」

赤い髪。高校中で有名だった。極端に短いスカートに白い肌、特徴的なキレ長い目。
容姿と対照的に寡黙で、変人だという。どうして教師たちは彼女に何も言わないのだろう、なんていう愚痴も良く聞いていた。
厳しく服装検査をされるなかで彼女は我が物顔でその横を通り過ぎていく、などそんなことがあったものだから
世間(高校二年の中で)からの彼女のイメージは良いものではないはずだ。
 
 成績優秀なおかつ一般的な生徒の心を掌握していたあたしにとって、彼女と関わることなんて絶対ないと思っていた。

 東夜 悠姫。

「東夜さん……だっけ」

「そう。覚えていてくれて光栄だよ。見たところ体調が悪そうだけれど、大丈夫かな?」

「あ……、大丈夫だよ」

そういえば、東夜さんの話しているところなんて初めて見た。
意外と優しい声をしている。話し方は少し……いやかなり違和感を感じるけれど。

「あの……なんのようなの?」

 東夜さんは優しく笑った。

「そんなに邪険にしないでくれないか。もちろん僕は変人と呼ばれていることも知っているし、事実そうだ。
 恐らく天海さんも僕にいい印象を持ってないだろうということも容易に推測できる」

「いや、あの、そんな意味で言ったわけじゃないんだけど……」

「そう、わかってる。けどそういったイメージを持ってるのも確かだろう? 僕がそういった心がかりを持った上で
 天海さんに話しかけていることをわかってほしいんだ」

ああ、今わかった。あたしはこの人がものすごく苦手だ。
理屈っぽいところもあるし、きっと自分の意見を曲げない人だろう。

「う、うん。わかったから」

「ありがとう。天海さんは優しいね」

 うっ、この女、すごい可愛い。
うまく伝わらないかもしれないが、容姿と言動のギャップに物凄く愛らしさを感じた。
なんというか、ツンデレの奥ゆかしさみたいな? ああもう、誰かあたしの気持ちをわかって。

「それでね。天海さん」

 赤い髪に細い指を絡めながら、東夜は言った。

「荒太郎の家で何をしていたんだい?」

「え?」

 今あたしは気づいた。あたしが立っている場所は屠野の家から500mは歩いた距離だ。
東夜はあたしが屠野の家に入ったことを知っている。つまりは、東夜はあたしを追っていた。

 心臓が跳ねる。……あれ、待って。名前で呼んだよね。今。荒太郎って。

「いやあ、僕としても同性をストーカーするなんて行為は本意ではなかったのだけれども、
 屠野家から天海さんを目撃してしまい理性が欲求に敗北してしまってね。


 まさか不純異性交遊なんてことは……」


 ど、どんな思考の飛躍!?


「いやいやいやっ、そんなことしてないよ!」

「二人がそんなに仲が良いとは知らなかった」

「ちょっとちょっとぉー!」

「それで、ちゃんと避妊はしているのかな」

「話を聞いてえええええ!!」



 あたしは屠野から聞いたおかしな話を包み隠さず東夜に話した。
さすがに屠野の人権から彼が得意な体であることは隠したけれど、何がなんだかわからない
妄想が蔓延った物語は全部話す。
東夜さんは失笑のような、苦笑のようなどちらともつかない微笑を浮かべていた。

「と、言うわけで」

「ふむ。つまりは荒太郎は今現在思春期、別名春季発動期特有の精神病に陥ってしまっているということだな」

「どういうこと?」

「中二病ということさ」

 なるほど。的確だ。

 話をしてみたところ、東夜さんも当然信じていなかった。一般的な反応なのだろう。
しかしあたしは屠野が“死なない”という事実を知っている。屠野の話を全て否定できない。
だから困るのだ。決定的な根拠ではないにしても、信じるきっかけには成り得る。

「というか、東夜さん」

「悠姫と呼んでくれたまえ。気に入ってるんだ」

「じゃあ悠姫。屠野君とはどういう関係なの? なんか、荒太郎って呼んでる中みたいだけど」

 そんなことを言うと、悠姫は頬を赤らめた。

「いや……、単なる幼馴染だよ。向こうにとってはね」

 向こうにとっては、という言葉から別の意味を汲み取れないほど鈍くないつもりだ。
なるほどなるほど……。屠野、やるな。

悠姫と通りすがったなら、十中八九の男性はガン見し、あわよくばナンパまで持ち込もうとするだろうと予測できる。
それくらい彼女は美人だ。それがあんな冴えない男に恋心を抱くなんて。
世の中、顔だけじゃないんだなぁ。

「でも、知らなかったな。悠姫と屠野君がそんな関係なんて」

「それはそうだろう。僕たちは学校では接触しなかったし、何より荒太郎は僕を避けている節があるからね」

「え、なんで?」

 悠姫は肩を竦めて見せた。

「わからない。昔からそうなんだ。荒太郎にはあまり好かれていないみたいでね」

 こんな話がクラスに広まったら、きっといじめが勃発するだろうな。もちろん、被害者は屠野。

「ふむ。こんな時間だ。あまり貴重な学校後の時間を奪うわけにはいかないな。そろそろ僕も退散しようかな。
 しかし、天海さんとは上手くやっていけそうだ。これからよろしく頼むよ」

 そういうと悠姫は手を指し伸ばした。
彼女のほっそりとした手にはどこか安心感があった。
この殺伐とした雰囲気のなかに、日陰を提供してくれる一本の安らぎの木。
あたしは悠姫に負けないように可愛い顔を作ろうと、ほんの少し微笑み、手を握り返した。

「よろしくね」







 腕を伝って、脳に直接電流が流れてきたみたいだった。
一瞬、静電気かと思ったけれども、どうやら違うらしい。
悠姫は笑顔のままあたしを見ている。手は離さない。屠野は言っていた。
視界がぼやける。くるくるとまわる。屠野は言っていた。
悠姫って可愛いよね。屠野は冴えないよ。やめておきなよ。屠野は言っていた。

「僕と天海さんは、唯一、この世界で自我を保っているんだ」

 










 第一章 異次元世界 5.東夜 悠姫





 




[102] っていうか全7話で完結ってなんなの?馬鹿なの?
ロキ - 2008年11月03日 (月) 15時28分


 




 雪が積もった山々は綺麗だ。趣がある。
もしかしたら別の主張をする人がいないかもしれないけれど、基本的にはみんなそう感じるのじゃないだろうか。
白とは清潔なイメージを持ち、全てを受け入れる性質を持つ。
どの色にも馴染み、優しい色にしてくれる。あの強烈な黒でさえ、変える。

 しかし、白とは他の色があって初めて活躍できるの。
白だけのキャンパスに感じるものはある? あるとすれば、空間の無を表している、ということぐらいじゃないかな。

 考えてみてほしい。白だけの世界と言うものを。
マンガなどでは陳腐な表現ではあるけども、実際、そんな世界を体験してみたら、正直気が狂いそうになる。
あたしがここで気を正気で保っていられるのは、この世界を作った者を明確に理解しているからで、
何の情報もなければこんなところにいられるだろうか? いや、いられない。(反語)


 さて、あたしはそんな世界にいるわけで。

 まぁ、どうしてあたしがこんなにウキウキしているのかと言うと、もちろん、ここが非現実的な世界だからだ。
よくよく、あたしは常人の感性から掛け離れているなぁ、と感じる。
もちろんこんなところからは早く逃げ出したいけども、逃げ出す方法を知らないのだ。大人しく座って(座ってるのかな)
いるしかないわけだ。

 そんな遊園地で迷子になったけれど、それでも楽しむものは楽しむかと開き直った少女のようなイメージで
あたしは妄想にふけっていた。妄想は得意だからいくらでもいける。
が、そんなあたしを見かねてか、東夜悠姫は姿を現した。
頭部から実像が現れていき、三秒もしない間に全身が映し出された。

「ふむ。天海さん。君はどうやら物凄く太い神経をしているようだね」

 素で感心したように、東夜悠姫は話しかけてきた。
どうやらあたしに危害を加えるわけでもないらしい。彼女から悪意を感じない。
せいいっぱいの笑顔で返事をする。

「悠姫ほどではないけどね。好きなのよ。生まれついてこういうのが。まぁー、ちょっと暇だったけどね」

「それは申し訳ない。実を言うと僕もこの世界は嫌いなのだが、……まぁどうせ荒太郎から聞いているのだろうね。
 新たな世界を構築する際にはここを利用するしかないんだ。不便な場所だ」

「ここはなんなの?」

「ここは現実の世界と他の世界との狭間。どこかの誰かが作った別の場所と別の場所を繋ぐ橋みたいなものだね。
 僕もよくわからないだけれど。生まれてから、なぜかここを自由に往来できるわけさ。
 挙句の果てには他人さえも正体できるようになってしまったよ。やれやれ」

 むむむ。なんなのだろう。この悪意の無さは。
今までの展開から言って、正直かなりの悪人かと思っていたのだけど。

「天海さんには悪いことをしたよ。目の前で自殺現場を見せるなんて」

「罪悪感があったのなら、なぜしたの?」

「それはもう、考えたさ。一般人を巻き込んでいいものか、ってね。しかし荒太郎をこの世界に呼ぼうとしたとき
 君が入ってきたから物凄く焦ってしまっていてね。なにせ……、この世界の入る条件なんて
 荒太郎以外当てはまらないだろうと思っていたから」

 “物理的な■を恐れない”という、条件。ほんとうにあたしだけ?

「だからあんなことをしたのに……、君はまったく考えを変えようとしないんだ。参ったよ」

あんなこととは……、あの自殺ショーのことだろう。

「だから今日は君と接触した。直接君をこの世界から帰すためにね」

「なるほどね。だいたい理解したわ。」

 東夜悠姫は笑顔だ。

「ありがとう。ちなみに一応確認しておくけど、天海さんの友人各位は生きているっていうことは、ちゃんと理解できているよね?」













えっ?

あっ、ああ、そうだ。あずみや先生たちは自殺したんだ。
そうだった。あまりに現実感がないことだったから、忘れていた。忘れていた?忘れていたの?こんな重要な話題を?

「僕が作った別次元の世界の彼女らが■んだだけで、現実の世界の彼女らは生きている。
 まぁ、恐らく聡明な天海さんなら即座に理解できていたと思うけれど」

「あっ、あぁ、うん。まぁねっ」

「さすがだ。うん。貴女は凄い。前々からそう思っていたんだ」

 悠姫が相変わらず笑顔で言うものだから、胸の奥が熱くなってくる。
これがいわゆる“キュン■に”という現象だ。可愛いすぎる。反則だ。ちくしょうっ。

「でも……なんでこんなことしたの? 屠野君はそれを教えてくれなかったんだけど……」

 悠姫は少し頬を赤らめ、恥ずかしげに顔を俯けた。
ああ、なるほどね。そっち関係ですか。
でも……いまいち繋がらないよね。どうして新しい世界を作ったのかな。
っていうか今普通に“新しい世界の創造”をすることができることを理解したようなみたいに言っちゃった。

「うん……あの、恥ずかしいから、言いにくいんだけれども」

 なんだかういういしいなぁ。

「実は……嫉妬の産物なんだ」

「嫉妬」

「天海さんは高嶺さんと仲いいからわかると思うけれど、彼女は恐ろしいくらい美人だ」

「まあ確かに」

 あんたも負けてないけどね…。

「高嶺さんは天海さんと話していた。
その後に放送で委員会の呼び出しをされた。そして、彼女が教室をでようとしたとき事件は起きたんだ」

 ただでさえ大きい目がさらに見開かれる。
嗚呼、どうしてあなたはそんなに美人なの?あたしも嫉妬してしまいそうだ。
彼女が端正に整った顔を少しばかり崩してまで、顔のリアクションを作っているのだ。
恐らく驚愕な事象が起ったんだろう。
あたしは心して聞く用意をする。さあ、オーケー。来なさい。

「なんと、高嶺さんは弄られている荒太郎に対して、目があったんだ!!」

 ……ふう、なんだって?

「しかもその後彼女は荒太郎に向かってウインクをしたんだ!!
僕は身震いしたよ。なんと、荒太郎が頬を赤らめていたのさ。
 どう思う?あの荒太郎がだよ。頬を、赤らめる。なんてことだ。驚天動地だよ。
僕は荒太郎と付き合いは長いが一度も見たことはなかった。
 僕が下着姿で荒太郎の目の前を歩いたって荒太郎は瞬き一つせず、早く服を着ろなんて吐き捨てたよ。
 その後三日は立ち直れなかったね。
それくらい荒太郎は心の動揺が少ない男なんだ。
 それがっ、それをっ、彼女はっ、高嶺さんはっ、ウインク一つでっ」

 悠姫はこぶしを握り締めて力説している。

「僕は嫉妬の炎に燃えたね。
いや、燃えずにはいられなかった。しかし、しかしだよ。
 決して危害を加えるわけにはいかない。一般人だし、人間としておかしい。
 だから僕は荒太郎に対して嫌がらせをすることに決めたんだ!」

 いや、それも人間としておかしい。
そんな突っ込みも気にせずにさらに続ける。

「そこからは早かったなぁ……。すぐに世界を構築し、条件を仮定し、実在の人物たちの像をコピーして……
うん。我ながらあれは凄まじい速さだった」

 特殊能力を持っているせいなのか、違うのかはわからないが、どこか少しずれているな、と思わずにはいられなかった。
そして、話題を変えてみる。疑問点をぶつけてみよう。

「悠姫、質問していいかな?」

「どうぞ」

「なんで屠野君はあたしにこの話をしたの? 
悠姫はあたしに危害を加えるつもりはなかったんでしょ? 
話しぶりからして、屠野君は悠姫の能力は知ってるみたいだし わざわざあたしに教えるのって……不自然じゃない?」

「さすが、やはり頭の回転がいい」

 それほどでも。

「僕の推測からすると、恐らく荒太郎は僕が天海さんに接触することを予期していたのじゃないかな。
この世界の場所を特定するのは結構手間がかかるからね。
天海さんと僕の接触を手がかりにしようとしたのさ」

なるほど。……でも待てよ。
そうしたら屠野はこの場所を特定できたんじゃないだろうか?
悠姫も気づいたかのように、あたしを見た。
意外と、ドジっ子なのかもしれない。いまさら気づいたみたいだった。

そこから悠姫は急に様子が変わり、心配そうにあたしを見た。

「そういえば……、荒太郎は怒ってたかな」

 屠野の印象的だった台詞を思い出す。

「ぶっ殺すって言ってた」

ぶ、はついてなかったかもしれないけどね。

「ほ、本当に?」

「本当に。少なくとも殺すとはぜったいに言ってた」

 そりゃこんな強烈な精神的な嫌がらせを受けたらキレるでしょう。

誰だってそう思う。でしょう?
ところがどうやら彼女にとっては想定外だったようなのだ。
悠姫が突然涙を流し始めた。白い頬を伝う涙は、すーっとなだらかに落ちていった。
そして、うわーんと声を上げる。どういうこと、どういうことなのよ。

「ちょ、ちょっと悠姫。どうしたのよ」

「荒太郎が……荒太郎が怒った……」

「そりゃ怒るよ。あんなことしちゃったらさ」

「違う。違うんだ」

 悠姫は涙を拭う。

「荒太郎は……普段めっぽう大人しい。
あのいじられて笑われている荒太郎は虚構なんだ。
 話してわかったと思うんだけど、いつもは地を這うようなテンションで、
 殺す、だとか、■だとか相手の生命を脅迫するような言葉はめったに使わないんだ」

「え、でも……屠野君が怒ったって……」

「言っておくけど、荒太郎の握力は本気を出せば軽く100tは超える」

 マジで?

「100mは2秒で走れるし、全速力で240時間は走っていられる。いいかい。荒太郎はね……化け物なんだから」

「待ってよ待ってよ。そんな、ひどいじゃん」

「天海さんも見ただろう?荒太郎は■なない。
生物の枠を超えているんだ……、ってまさかこれは」

 悠姫が辺りを見渡す。あたり一面真っ白だと言うのに。
あたしも釣られて見回してみるけれど、何も変化はない。

と、思ったのも束の間だった。白い空間に黒い亀裂が入った。
あたしが個人的に驚いたことだが、なぜか音があった。ピキピキと、氷が軋んだ音のような、そんな音が。
亀裂が入った後は、もうあたしも悠姫も呆然としていた。いや、悠姫は絶望していた。
亀裂が次第に大きな穴へと変わっていく。少しずつ見えてくる向こう側。ほんの少し見えた人間の手。

「悠姫。さすがにあたしもなんとなくわかった……かな」

 返事はない。まぁ、そうだろうと思っていた。
 両手が差し込まれてきた。細い腕。一度に穴が広がった。
その時あたしは、白いキャンパスに描かれた絵のように、奥に見える風景が鮮やかに見えた。
どこから来ているのかはわからないけれど、外には二色以上の色が存在している。
普通の景色が、新鮮に見えたのだ。

 悠姫は、かたかた震え始めた。鬼でも見るかのように、臆病になってしまったキリリとした爽やかなおっきい目。

その視線の先に、屠野の鋭い視線があった。

「覚悟はできているだろうな……、悠姫」

 
 ぷっつん。テレビの電源が切れたように、この世界の幕は閉じた。
















 第一章 異次元世界 6.終幕そして
















[103] 終わった……
ロキ - 2008年11月03日 (月) 15時29分














「でね。昨日のさー、レッドカーペットがすっごいおもしろかったわけ!」

「え?」

「え?じゃないよっ。優花聞いてた?」

 目の前にはあやのいぶかしげな表情。さらに視界を広げれば、須藤たち男子が騒ぎ立て
オタク系な男子はみんなでPSPを持ち円になってざわざわしていて、
どちらにも属してない人はつっぷして寝ている。
女子はまばらに話したり携帯弄っていたりしていて、さっきまでと違って
色彩豊かな世界に少し眩しい。

 あれ? 元に戻ったの?

「どうしたの?」

 あやが言った。

「あっ、ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてた」

 あたしはそこで笑って済ませたが、いまだ現状把握ができていなかった。
息を落ち着かせて、冷静に周囲を分析する。
どうやらあずみたちが自殺したときの寸前、あの放送の後みたいだ。
あずみもいないし……きっとそうだろう。

 と、すると、間違い探し。もちろんすぐ見つかる。探す必要はない。
屠野と、悠姫がいない。

 あたしはありがちな三つのパターンを考えてみた。

1.全てあたしの夢オチ
あり得なくはない。こんな物語ではありがちなパターンではある。

2.存在していて、屠野の悠姫は諸事情により姿を消した。時間が元に戻ったのは悠姫の特殊能力。
これは有力だ。あたしのような一般人にあのような特殊な人種が関わってしまったのだ。
危機感を感じて姿を消した。あり得る。

3.二人ともどこかに行っているだけ
……普通すぎてつまらない。

 とにかく、屠野と悠姫を探さないことには何も始まらない。

「あっ、ちょっとあたしトイレ行ってくるね」

「じゃあ、あやも行くーっ」

 しまった。墓穴を掘ってしまった。
前々から思うのだけれど、どうしてトイレに行くだけなのに
いちいち人を誘ったりするんだろう。

 廊下にでると、やたらいろんな人に絡まれてしまう。
あたしはそれが嫌じゃないけれど、たまに嫌になってしまうときがある。
こっちはさっさと目的地に行きたいのに、まるで狙ったかのように話しかけてくる。
そして今がそれだ。

「ゆうちゃーん。今日もかわいーっ」

「どこ行くの? あたしもいこー」

 ため息を(心の中で)ついて、大人しくトイレに行くことにした。

 それにしても、ついさっきまで別世界にいたなんて実感がわかない。
“あり得ないこと”は起きた。だが、あたしの心はどうにも冷めていた。
“起きた当初”は、新しいおもちゃを手に入れたかのように興奮していたものだったが、
終わってみればどうということはない。結局は日常の一部になってしまった。

 こんな体験はあるだろうか?
予約したゲームを心待ちにしていた時間の期待感と、届いて二時間程度プレイした後のギャップ。
ゲームが日常に溶け込んでしまって、
嬉しさや心の躍動を感じずに、惰性でゲームを続けていく。
終わってしまえば、楽しかったけど、どうしてあんなに楽しみだったんだろう…と
自分に違和感を感じてしまう。

今のあたしはそんな感じ。
どこかの本で読んだのだけれど、『人間とは欲望の塊である。欲望は宇宙のように果てはない』
という文があった。事実、あたしたちは否定することはできない。あなたはできるかな?
一つのステップを越えてしまったら、ベクトルは次の方向を目指す。

プロセスが大事なのだ。結果は空しいだけ。

 だからあたしはこんな無感情なんだ。
あたしのベクトルは探すべき方向を探そうとして、迷っている。
今回よりももっと興奮を、と当ても無く探し続ける。探して、探して、それでも無かったのだったら
きっとあたしは――。

「あっ、屠野」
 
 廊下を歩いていたら、あやが言った。
 屠野、という言葉に、誰よりも早く反応した。その自信がある。
何事も無かったかのように、屠野は歩いていた。後ろにぐったり満身創痍になった東夜 悠姫引き連れて。
あいかわらずちょうど踵につくように穿かれた制服ズボンに、ボタンを一つも外さず
ぴっちりと着込んでいる。少し髪がいつもより無造作になっていた。

 屠野はあたしに気づくと会釈をして、あたしたちの横を通り過ぎて言った。
その後ろを歩いていた悠姫はぐったりとしていたが、あたしにはにかんだ笑顔を見せ、屠野の後をついていった。
みんな違和感を持ったようで、あたしを見た。あたしは苦笑いをして、トイレに入っていく。

 空っぽだったあたしの中に、土石流が流れてきた。
土石流というと茶色の泥水を連想させるが、あたしの中に流れてきた土石流には宝石が混じっている。
しかも、かなりの大粒のね。
希望は消えず、あたしの要求に答えて、ベクトルは次の目的を定めた。

 ハロー。新しい世界。ごきげんなあたしは如何ですか?












 第一章 異次元世界 7.STILL WAITING 終

[104]
ロキ - 2008年11月03日 (月) 15時44分

あとがき




やれやれ、またお前か。
と言われそうな気がしますね。すいません。
なんというのでしょうか、はぴすたにそぐわない小説ばかり
投稿して。
俺はなんなの?馬鹿なの?

こん回の話は……まぁ、なんというか。
シリーズみたいに書けていけたらいいなぁ、みたいな感じです。
僕の小説の練習のためにも、連作で書いていけたらって感じです。
重苦しい話しか書けないので、正直読んでて疲れるんじゃないかなぁ
明るい話を書けって感じですけどね。
僕の人間性からして、なんかダメなんだよなぁ…。
ギャグセンスないしな。ちくしょう。

とにかくここまで読んでくれたということは
一応この話を読んでくれたってことだと思うので
ホントにありがとうございました。

それではっ

[109] 幕間
ロキ - 2008年12月06日 (土) 17時17分












 朝、午前五時。
定刻どおり、屠野荒太郎は目を開いた。
眠っていたわけではない。体力の回復は、睡眠時でなくとも行われるので
屠野にとって睡眠の必要はなかった。


 屠野は、生まれてきて今まで、“夢”を見たことが無い。


 そして屠野は、洗面所へ向かう。
自分の顔を見る。よし、まだ僕は人間だ。そんな確認をして、水をかぶる。
伸ばしっぱなしの髪からしたたる水滴は屠野の睫毛に引っかかって、視界が水滴のフィルターによって妨げられる。
鏡にうつる自分の姿がぼやけて見えて、あわてて屠野は目を拭った。


 ドライヤーなんてものはなく、棚からキレイにたたんであるタオルを取り出して乱暴に髪を拭いた。
ある程度水気をふき取った後に、キッチンへ向かい、買いだめておいた食パンをトースターに押し込み
ダイヤルを回した。


そして夕べアイロンできちんとシワを伸ばしたYシャツを着て、
その上に学ランを羽織った。


ガチャリと、ドアが開いた。
煌びやかなロングの赤い髪に、鋭くもぱっちりとした大きな目、極端に短いスカートを穿いた女子高生が立っていた。


「荒太郎。お早う」

「悠姫。勝手に家の入るなと言っているだろう」

「いいじゃないか水臭い。僕たちはお隣さんで、そして幼馴染だ。それくらい親密な関係であるならば
 これくらいの失礼をしたっていいはずだ。そうだろう?」

「そういう問題じゃない。僕の気分だ」


 悠姫は頬を膨らませて見せるが、屠野はそれを華麗にスルーしてみた。
カーテンを開くと、眩しい光が差し込まれた。最近は晴れが多く、湿度の少ない良い天気だ。
屠野は今日は体育があったことを思い出し、棚から体操服を探した。


「そういえば、荒太郎。君はもう天海さんに謝罪はすませたのかい」

「冗談を言うな。迷惑をかけたのは悠姫だ。僕じゃない。なぜ僕が謝罪するんだ」

「確かに原因は僕にあるけれど、彼女を利用したのも事実だろう? 謝っておくべきだと思うよ」


 理不尽を感じたが、確かにそうかもしれないな。屠野は窓を覗きながら、そう思った。
確かに屠野は悠姫と接触させるために優花に接触したのだから、利用したというのは正しかった。
そのことに多少なりとも悪いとは思っていたため、屠野は素直に悠姫の言葉に従おうとした。

しかし問題は、クラスで弄られてばかりいる屠野が、どうやって迷惑をかけないで彼女に話しかけるかだった。

 








幕間−屠野荒太郎−





―――『魂の探求なき生活は

 人間にとり生甲斐なきものである。』ソクラテス―――










 いつもどおり悠姫とは距離を置き、屠野は先に教室へ向かった。 
屠野が教室に入ると、いつもと違う雰囲気を感じ取る。
いつもは屠野に対して、今日は何をして弄ってやろうかという好奇な視線であったが
どうにも違う。なんだろう、と屠野は一瞬考えるも、思い浮かばず自分の席へ向かった。


 屠野の隣の席には須川の席があり、男子を取り巻いて騒いでいることが多い。
いつもならかばんを置く暇もなく笑いの世界に無理やり引き込まれてしまうことになるのだけど、
今日は違った。屠野を見た瞬間に須川は驚いたように言った。


「お前……意外と積極的だな」

「は?」


 周りの取り巻きもうなずく。まるで生意気だ、と言うように、目つきは鋭かった。


「知ってるぜ。お前、天海を家に連れ込んだんだって?」

「はあ?」


 慌てて屠野はいつも天海たちのグループが集まっている場所を見た。
そこの女子たちも屠野を見ている。天海はいない。


「屠野、マジハンパねぇw」


あやが冗談交じりで言った。屠野からすればお前の日本語がマジハンパねぇだった。


「え、どういうこと?そんな話誰から聞いたの?」

「天海本人からだよ」

「天海さんて、天海優花さんだよね」

「そうだよ。他に誰がいるんだよ。なぁ、優花」


 屠野は後ろを振り向いた。振り向いた先に、天海優花のしてやったり、と言った表情。


「今、大丈夫? 屠野君っ///」


 唖然とした。天海優花に一体なにが? クエスチョンマークの大量生産だった。
周りが囃し立てている。今教室に入ってきた悠姫がいぶかしげにこの騒動を見ていた。
須川が何かを言おうとしたようで、声が聞こえたが天海に手を引かれてそれどころではなかった。


 天海がちろっと舌をだして、小声で「少し付き合ってよ」と呟いた。
屠野はそれについていくしかなく、引かれる手に従って、教室をでていった。




 人気の少ない四階渡り廊下。
朝の時間帯にこの場所にくる生徒はほとんどおらず、今日も屠野と優花しかいなかった。


「いやぁ、ごめんね屠野君。冗談のつもりが、一気に広まっちゃって」


 嘘だな、と屠野は思った。確信犯の香りが漂っている。


「何のつもりなんだ。こんなことして」


 優花は転落防止ようのコンクリの壁に座った。危ないな、と屠野は思ったけれど、何も言わなかった。


「だって、こんなことでもしないと、屠野君、あたしと話してくれないでしょ?」

「なんでそんなことを思うんだ。僕はクラスでも陽気とは言わなくとも、まったく喋らない存在とは言えないだろう。
 話そうと思えば話せるはずじゃないか」


 そういうだろう、と思っていたように優花の目が嫌らしく屠野を見つめた。


「あたしの話したい屠野君は、今の屠野君なの。虚構の屠野君となんて話したくも無いわ」

「はっきりと言うね」

「屠野君の素がそうである限り、あたしも素をだすことにしたの」

「ふうん。なるほど。つまり、僕の素というものがどんなものかを理解した上で、僕の目の前に立っている。そういうことだね?」


 優花は頷いた。恐ろしい女もいたものだ、と屠野は思った。
悠姫の話を聞いた限り、悠姫は天海に客観的情報を与えた、と言っていた。
だとして、それでもなお屠野と接触してくるということは、優花はよっぽどの変人だということだろう。


「で、僕に何の話?」


 風は少し強いようで、木々の揺れとともに優花の髪の毛もなびいた。
屠野の言葉を聞いて、優花は笑顔で答えた。


「簡単よ! あたしの友達になってほしいの!」


 はぁ、と屠野は意図のよくわからないため息をついた。
これが呆れなのか、悲嘆か、それともめんどうくささからか、確定はできなかった。
何を言うんだ、この女。屠野は頭の中で考えてみたが、考え付きそうに無い。


「理由は」

「友達になるのに理由がいるの?」

「いるね。少なくとも僕には」

「ま、それも簡単だけどね。理由は二つ」


 優花は、ピースをしてみせた。


「一つ、天海優花は『有り得ないこと』が好き。この世にないような、刺激が欲しい。
 その有り得ないことに、屠野君と悠姫は該当する。だから屠野君とは親しくなっておきたいの。

 二つ、屠野君たちと一緒にいれば、『有り得ないこと』に出会えそうだから。

 以上っ!」


 なるほど、変人のようだ。屠野の頭のなかに、インプットされた。
屠野は考える。この女は、自分たちがおかれている境遇に正しい理解をしていないのじゃないか。
屠野たちはかなり特殊な人間だ。もしくは、人間でない別のなにかだ。
その彼らに向かって、友達になってほしい、と優花はいう。
そのことによって発生するリスクを、彼女は理解しているのか?
屠野が何かしら言おうとすると、カツカツと小気味いい足音が聞こえた。悠姫だ。


「いいんじゃないか。その提案」


 何を言うのだ、と叫んでやりたかった。屠野は悠姫をにらむ。


「でしょ。さっすが悠姫。話がわかる!」

「軽率なことを言うな。僕たちが一体どんな境遇にいるのかわかっているのか」

「そう目くじらを立てるものじゃないよ。屠野も普通の高校生活をすごしたい、そう言っていたじゃないか。悪くないと思うけどね」

「だよねー」


 悠姫と優花はお互いに笑って見せているが、屠野は心中穏やかではない。

 いったんなんなんだ……!


「大丈夫。何かあったら、僕と荒太郎で彼女を守ればいい。前もそうやってきていたし、これからもそうやっていけばいい」


 悠姫がそう言ったあと、屠野は顔が真っ青になった。そして屠野は瞬時に悠姫の考えていることを読み取った。
歯軋りをする。歯がばきりと折れ、血が口の中に広がる。歯は二秒で再生された。

 過去のモノクロ写真。思い出すのは、誰かが笑顔で■んでいく様。
手で握りつぶしても、いくらでも屠野を責めるように再生される。
握りつぶせば潰そうとするほど、何枚も屠野の目の前に現れた。


「過去を塗りつぶすのはいつだって未来だ。荒太郎」


 優花はなにがなんだかわからなかったが、少なくとも自分が屠野たちの
関係者になれそうな流れになっていっていることはわかった。


「……」

「と、言うわけだから、天海さん。これから僕たちは友達だ」


悠姫が親指を突き立て、笑顔で言った。


「よろしくねー」


 優花も親指を立て、優花のこぶしにごつんと当てた。
屠野を方に視線を向け、


「屠野君も、よろしくね」


 優花の笑顔は最上級のものだったが、屠野は何も言わなかった。
 



噂は真実より勝る。真実は脆く、上塗りされてしまえばしばらく取れない。
屠野の印象はまさにそれで、しかも教室で机を挟んで天海優花、東夜悠姫と会話しているとなれば
まわりの好奇の視線はさらに強まった。しかも普段誰とも話さない東夜悠姫が、よりによって
屠野と会話しているせいで、それは通常の三倍増しだ。

東夜悠姫は爽快な口調で言っていた。
「所詮、ほとんどの人間関係は薄く脆いものだよ。そうであるなら、信頼のおける者たちと一緒にいたほうがいいね」
なんてことを言っていたけれど、屠野は正直取るに足らない生徒Aになりたかった。
今のこの教室では、屠野は美人二人を独り占めしている嫌らしい男というような印象になっているのではないか。
視線がとても痛かった。

天海優花は澄ました顔で言う。
「まあ、あたしは友達が多いから。別に気まぐれって感じで、違和感はないでしょ」
優花が違和感を持たれなくても、屠野は持たれまくりだ。

 正面に、クラスでも人気の美少女 天海優花と隣の席から椅子を近づけてちょこんと座っている
クールな超美人 東夜悠姫を相手取り喋るのは辛いものがあった。
特に、男子たちからの視線が痛すぎる。胃が痛むような感覚。絶対痛むことはないけれど。


「ところでさぁ、屠野君は美容院とかはいかないわけ?」

「散髪の必要性があるときは、自分で切ってる」

「僕も悩みの種だよ。荒太郎は全然自分の容姿に気をつけようとはしないんだ。折角、顔はかっこいいのにもったいない」

「んー、中性的な顔だよねぇ。いつもはどんな服着てるの?」

「それが、いつも制服なんだ。荒太郎はあまり外出しないし。やれやれ」

「悠姫、お前がベラベラ喋るんじゃない」


 屠野が睨むも、悠姫はまだ喋り続ける。


「今度、どうかな。友情の証として、荒太郎の服の調達をしにいくのは」


 何を言うんだ、こいつ。屠野は驚きの表情で悠姫を見る。
彼女の表情は笑顔で、悪気なんてまるでなさそうだ。それが憎い。


「いいねっ。じゃあさ、もう今日行こうよ。みんな部活入ってないでしょ?」

「それはいいね。うむ、いいだろう? 荒太郎」


 断る術はないようだ、屠野は観念して頷く。そもそもこの二人のエネルギッシュでマイペースすぎる
二人を相手にして通常の屠野が適うわけがないのだ。
優花は嬉しそうに言う。


「じゃ、今日の放課後! 屠野君帰らないでね」

ちょうど、チャイムが鳴った。
席に戻ってきた須藤たちが何か言ってきて、屠野は適当にあしらっていたが
内心では心臓に爪を立てられているようだった。

 



 自分に近づく何かがいる。距離を詰められる。




 ―――恐ろしい。

席に戻っていく天海優花を見て、そう思った。












 放課後になり、屠野はしれっと帰ろうとしたが、やはり、帰れなかった。
まず悠姫に見つかり、逃げ出そうとして、そして優花に見つかり首根っこを掴まれた。
その光景はやはり異様で、優花と一緒にいた高嶺あずみはおろおろとしていた。

 校門で高嶺あずみと別れ、屠野たちは学校の傍にあるショッピングモールへ向かった。
多くのテナントを誘致した結果、そこは県随一のショッピングモールとなった。
高校生には安いとはいえないが、外見に気をつけようと思い始めた者にとっては便利な場所だ。


「やっぱり、というか、なんというか。冴えないなぁ、屠野君。もっとはきはき動こうよ」

「そうだぞ、荒太郎。せっかく美女二人が一緒に買い物をしてやると言っているのだ。
 もっと敬意を払い、僕たちをエスコートすべきだ」
 

 この状況で、どう動けというのだろう。屠野はため息を吐きそうになるのを押さえ、前を向いた。
スタイルの良い彼女たちの間にいるおかげで、屠野の冴えないオーラが強まり、余計に目立つ。

行き交う人たちは、必ず優花、悠姫、と続けて屠野を見て、一様に首を傾げる。


「っていうか、友達と買い物に来るのは久しぶり。なんかわくわくしてきたよ」

「それは結構なことだ。実を言うと僕も初めてなんだ。よろしく頼むよ」

「うんっ。てか、いまさらなんだけど……。なんで悠姫はそんな言葉遣いなの?」

 悠姫の髪はあいかわらず赤い。太陽に照らされて、神々しささえ感じる。
優花がその質問をぶつけると、悠姫は微笑を浮かべた。

「なるほど。天海さんが疑問を持つのは当然だね。通常男性は俺、または僕、そして女性はあたし、私、または
 自分の名前を一人称に使う。けれども僕は、『僕』という一人称を使う。さぁ、これはおかしい。どうしたことだろう。
 ということで、まず、男性が僕という一人称を使うようになった起源から説明すると」

「ストーップストーップ! ごめんなさい、やっぱり聞きません」

「そうかい? これから面白くなるところだったのだけれど……」

 
 残念そうに肩を竦めて、いたずらっぽく、悠姫は笑った。


「それにしても、元気ないね」


 優花がとぼとぼと歩く屠野に向かって言った。


「構わないでくれよ。僕は……もともと、こんな性格だから」

「いけないねぇ。世の中、コミュニケーション能力がなきゃ生きていけないよ」

「そうだぞ。無愛想はよくない」

「お前に言われたくない」


 それから優花たちは色んな店を回った。店員たちは「お友達“……”ですか?」と言ったが
そのたびに優花が「そうです」と快活に言い放った。

 優花も悠姫もセンスは良く、なおかつ買い物には慣れているため店の選択は上手かった。
しかし、屠野の服選びはだいぶ難航した。


「どう、このロンティー」

「緑のような明るい色は好きじゃない」

「……緑明るい?」


「このようなジーパンはどうだろう。黒ばかりの荒太郎の服に、一本くらいはあってもよいと思うが」

「動きにくい。断る」 


「このジャケットは? 黒だし屠野君に似合うよ」

「悪いけどこんなテカテカしたのは僕にはちょっと……」

「どんな理由よ」


「このパーカーはどうだい?」

「フードが邪魔だ。断る」


「「………」」


「いったいどんな服なら着るのよ」

「そうだな……。条件としては、布で黒・グレー、または茶の奇抜でない服かな」

「ふふ。それはだいぶ絞られてしまうなw」

「困ったね……。イメチェンさせてあげようと思ったのに、これじゃあ変わらないじゃない」


 棚にあるTシャツ類を探ってはみるが、どれも屠野の好みには合いそうにないことを確認すると
優花と悠姫たちはうなだれた。店員が遠めから三人をめんどくさそうに眺めている。
買わないなら早くどこかへ言ってしまえ、そんな風に思っていそうだ。


ふと、屠野が隅っこに追いやられたTシャツに手を伸ばした。


 広げてみると、Vネックのロングシャツだった。
無地に思われたが、濃いグレーで薄く柄が入っている。


「天海さん」

「ん?」

「僕はこれにしようと思う」


 手渡されたシャツを眺める。頷いて、笑う。


「ほぼいつもの屠野君のイメージだねw」

「確かにね。けれども、荒太郎が自分で選んだのだから、尊重すべきだ」

「そだね。でも、なんとなくこれだけじゃ寂しい……」


 優花がアクセサリーのコーナーに向かうと、商品と自分の視線を同じにするために中腰になった。


「これなんてどう?」


 優花が手に取ったのは、シルバーのチェーンブレスレットだった。
細々しい細工はされておらず、シンプルなデザインだ。


「いいんじゃないかな?……そうだ。これを、三人で合わせないか」

「おっ、それいいね! そうしよう!」


 三人分のブレスレットとTシャツを手に持って、優花と悠姫はレジヘ向かった。
その後姿を屠野は眺める。
これが、普通の高校生の生活というものなのだろうか?

いつのまにか胸の奥に暖かい何かがあることに、屠野は気づかなかった。










「兄ちゃん、可愛い子連れてんじゃないの」


 買い物をすませて帰るころには、太陽は沈んでしまっていて辺りはすでに暗くなっていた。
この街はそこまで治安が良いとは言えない。近隣に金融会社や、暴力団関係の会社があることから
小さいゴタゴタはよくある。
また、人口も多く都会であることも理由に入るだろう。
 今日もまた例外にもれず、優花たちが帰ろうとするとチンピラが数人、通りを歩いていた。 
貧弱虚弱脆弱そうに見える屠野荒太郎が、彼らの目についたようだった。
屠野のような陰オーラを放つ少年が、美人二人を連れていることに腹が立ったのかはわからないけれど。


「可愛い子だって、悠姫」

「ふむ。そうやって褒められるのも悪くないな」

「どうだいお二人さん。こんなガキほっといて俺たちといいことしないかい?」


 リーダー格の男は、喋り方が妙にキザで思わず優花は笑ってしまいそうだった。
金髪にサングラス、それでいて黒のスキニーにライダースジャケット。
どこかの雑誌のモデルみたいだけれど、引き連れている厳つい男たちとのギャップがさらに面白さを引き立てている。

「お兄さん、お名前は? 私は悠姫って言います。」

 すると、笑顔で悠姫が話しかけた。
青筋が立っているけれども、笑顔。
優花は推測してみる。

(荒太郎の悪口を言われたから怒ったのかな?)



「九頭 秋博ってんだ。さぁ、悠姫。どこ行く?」


 誰も返事してないだろ、と優花は顔をそむけて笑った。


「そうですか……。とにかく九頭さん」

「なんだい?」

「金髪似合いませんね」

「ブフッ」

 
 何を言うんだ、と悠姫を見る。笑顔で言い放ったのだから、九頭のプライドは三割り増しで気づいただろう。
事実、九頭の顔を真っ赤だ。
九頭がいなかったら、いまごろ優花は腹をもたげて爆笑しているところだ。


「それと……、サングラスも似合いませんね」

「このアマ、兄貴になんて口聞くんじゃい!」

「あと……、ライダースジャケットも似合いませんね。っていうか黒が似合いませんね。っていうか服着ないほうがいいですよ。全裸で生きたほうがいいと思います」


(言いすぎでしょ……w)


「あと、そうですね。どうせ職業がヤクザなんですよね? くっだらねー人生にくっだらねー服着てくっだらねープライド持ってくっだらねー職業に生きて
 ゴミクズ豚野郎のような底辺うろついてじじいの○○○のような自分に絶望して■ねばいいのに。やれやれ」


 九頭のライダージャケットの内側から刃物を取り出した。いわゆる、ドスというヤツだろう。


「我慢ならねぇ。殺す!」

「やってみろよこの○○○○野郎。さっさとやればいいだろ?怖くてできないのかな?ママのオッパイでも吸ってろよファッキンイ○ポが」

「このアバズレがああああ!」


 九頭が振りかぶったが、振りかぶった体勢のまま宙に浮かんだ。
屠野が人差し指で九頭の胸を突いたのだ。



「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」


叫んだまま、数百m先まで飛んでいった。がしゃあん、と盛大に金属類にぶつかる音がした。


「なんだ、なんだこのガキ……!」

「チャカをだせ!」

「あの、暴力はやめませんか」


(無表情にそんなことを言うから、逆に怖い)


ちゃっかり優花はこの集団から距離をとっていた。もはや安全な位置だ。
 一人がドスで突撃してきたので屠野は地面を蹴った。
けたたましい音とともに地下数メートルの穴が空いた。
そして突撃してきた男の頭を掴むのに0.1秒。穴までそれを持っていくのに0,1秒。落とすのに0.1秒。
計0.3秒で一人の男が消えた。


(やるよねー……)

(うむ。さすが荒太郎。容赦がない)

(悠姫ちゃっかり非難?)

(暴力行為はあまり得意ではないんだ)

(じゃあ喧嘩売っちゃ駄目でしょ……)


もう一人がチャカと称する銃を屠野に向けて打った。
3発の銃声。まず一発目は人差し指と親指でキャッチ。二発目は左手で叩き落し、三発目はまぶたでキャッチした。
呆然としたその男の胸倉を掴み、400mのビルの屋上まで投げた。正確な飛距離だったので、安全に屋上に着地した。打撲はあるだろうが。


(うわ……もはやチートだよ)

(反則級だな)

(悟空もビックリだよ……キャッ!)


 最後の一人が優花を後ろから捕まえ、眉間に銃口を当てた。


「よーし終わりだ!大人しくし」


 人智を超えた移動速度からの右ストレート。男の表情は変わらない。
素早く拳を引いたため、骨が砕ける音はせず顔面に痣ができただけのようだ。しかし宙に浮かんでいるため、衝撃は凄まじいものだったのだろう。
そして優花と悠姫の腰に手を回して、大きく飛んだ。
屠野たちがいなくなったその場には、殴られた男はコンクリの壁にめり込んで、気絶していただけだった。


「台詞最後まで言わせてあげようよ」

「うむ。悪役らしくな」

「そんな面倒なことをしている暇はないよ。人に見られたら大変だ」


その間、30秒。あっという間の出来事だった。幸い、知り合いに見られることはなかった。
刑事事件に発展したが、ほんのわずかの出来事の上、誰もが犯人の顔を覚えていなかったという。
大型暴力団、「九頭組」の中では、「ゆうき」という赤髪の女だけには気をつけろという訓示が
でたとかでなかったとか。
















「なかなか、スリリングな一日だったね」

 
 満足げに悠姫は言った。先ほどショップで買ったシルバーのブレスレットが、蛍光灯の光に反射した。
 優花はすでに別れ、今は屠野と二人きりの状態。悠姫の声には、少し張りがあった。


「ふざけるな。もとはと言えば、悠姫、お前が余計なことを言ったおかげであんなことになったんだぞ」

「それは言いっこなしだろう。荒太郎の悪口を言われたから、言い返した。ただそれだけじゃないか」

「僕は平気だった。気にもしなかったし、気にする必要がなかった」

「それがいけない」

 
 屠野家に既に見えるところまできていた。
辺りは閑散としていて、人が住んでいないようだ。


「今の荒太郎に絶対的に足りないのは、『自分』だよ。今日のショッピングだって、荒太郎は自分から服を買おうとはしなかったし」

「結果的には自分で買っただろう?」


 手に持った紙袋を悠姫に向ける。


「そう。あれには感動したよ。僕はてっきり、荒太郎は何も選ばないでその場をすごす気だろうなんて考えていたから」


 屠野が立ち止まった。気づくと、屠野家の玄関先まで辿り着いていた。
屠野は手に持った紙袋を見た。ショップのロゴが入っているが、白を基調としているから見難い。
悠姫もまた、同じものを持っている。

 自分のために服を選んでくれている優花と悠姫の後姿が思い浮かぶ。
ときおり見せた笑顔を、思い出した。


「しかし……そうだな。なかなか、楽しかったよ」


 悠姫が驚いたように、屠野を見た。
屠野はその視線にすぐに気づいてばつの悪そうに悪態をついた。


「べつに、悠姫や天海さんがいたからじゃない。初めての経験だったから、というのもある」


 改めて、墓穴を掘った、と思った。こんな余計なフォローをしたら変な勘ぐりをされるだけじゃないか、と。
悠姫はニヤニヤしていただろうか? 少し恥ずかしい気持ちになって、顔を見れなかった。
コンクリの塀を見ていたつもりだったが、自分自身どこを見ているのかわからない。

(……これが、焦りという感情だったかな)

 懐かしい感情だ。屠野は思った。


「さて、じゃあ僕はそろそろ家に帰るとするよ」


 思いのほか、悠姫は屠野をからかわないで普通に言ってきたものだから、屠野は少し驚いた。


「あ……、あぁ。おじさんとおばさんによろしくな」


 悠姫は既に歩き始めていたから、背中に向かって言った。
華奢な体だ。よくよく見る。そうか、悠姫も、天海さんと一緒だ。

 悠姫は、振り向かずに言う。

「たまには家にきなよ。あの人たちも荒太郎に会いたがっている」

「近いうちに行くさ」

「いつもそう言って、来ないんだからw」


 振り向いて、クスリ、と小さい笑顔を見せた。
屠野はその笑顔に、小さく微笑んだ。




 部屋は相変わらず暗い。人間らしく明かりをつけるのも億劫だ。
暗くても屠野の視界は通常の人間の4倍は光を認識する。本来、どの時間帯でも明かりは必要ないのだ。
ソファに深く腰を下ろした。目の前の机に紙袋を置く。


(そういえば、服なんて買ったのは本当に初めてだ)


 いつもは東夜家から支給される服を着ていたので、買う必要がなかった。
どこか新鮮な気がした。
紙袋から、購入したブレスレットとシャツを取り出す。
値札を引きちぎり、たたまれていたシャツを広げてみる。
いつも無地ばかり着ていた屠野にとって、ガラが入ったものを着るというのも始めてだ。
このロングTシャツを着ている自分を想像して、すぐにかき消した。

ブレスレットも手首に通してみた。
少しばかり安っぽいけれども、悪くない。屠野は学校へつけて行こうか、逡巡した結果、止めておこう、と思った。
きっと弄られるに違いない。お揃いと言う事がバレたら、面倒だな。

 チンッ、と金属音がした。
どうやらトースターらしい。
黒こげの食パンが、顔を出していた。


(ああ、そういえば、忘れていたな)


 時刻は11:59分。時計の針は今、一日を跨いだ。
こうして屠野荒太郎の一日は、終わりを告げた。


 






幕間−屠野荒太郎− 閉幕

[110] あとがきんちょ
ロキ - 2008年12月06日 (土) 17時30分




実際、小説というものは自己満足だ。
僕が満足できればそれでいいし、他人が見てつまんねぇなと
思われようと、僕にとって面白ければそれでいいんだ。

と、言うのが言い訳になります。(何の?)

いつだったかHさんから僕の小説の表現はマンガのようだ、と
言われて考えてみたのですが
僕も僕の小説はマンガみたいだなぁと思います。
イメージがだいたいマンガみたいな感じだもんなぁ。
やれやれ。


 ここまで読んでくれたということは、
全部見通してくれたのでしょう。ありがとうございます。
長いし、読むの疲れるし、本当に読み終わったら、はぁ、とため息をついてしまいそうな小説だしな……。
しかし、改めて、ありがとうございました。
たぶん続きますが、よければ見てやってください。

それでは。



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