タイトル

■日の丸(真正保守)か赤旗(左翼)か!?■

■今こそ、天皇信仰の原点に帰る掲示板■

<愛国本流掲示板>


谷口雅春先生の正しき 教えに基づき人類光明化と天皇信仰に基き

「愛国運動」を勧める真正保守運動を目指す愛国掲示板

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★人類光明化運動<愛国生長の家>とは?★

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谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (14793)
日時:2016年10月08日 (土) 18時22分
名前:源流

がんこ親爺 - 2016年02月22日 (月) 20時15分


自動車のエンジンが飛行機のエンジンと似ているからと言って、
自動車が進化して飛行機になつたのではありません。

元の設計が違うからです。
自動車は自動車の説系図、飛行機は飛行機の設計図があるからです。

猿が人間に似ているからといつて、猿が進化して人間になったのではありません。
神の理念、神の作られた設計図が人間を造り給うたのである。


http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=1061


谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (14842)
日時:2016年10月11日 (火) 00時43分
名前:源流

がんこ親父 - 2016年02月23日 (火) 23時26分

我のある御魂が我がなくなつて、初めて神様のお役に立つのである。
始めから我のない御魂は弱くて役に立たない。

              ○

ボヤキは口の中の事でも、祈りである。

              ○

裁くから腹がたつのである。



がんこ親父 - 2016年02月24日 (水) 21時16分


公園の砂場にある砂粒の数が地球全人口の数とします。
そして私が両手ですくい上げた砂の数が生長の家の数です。
しかし年月が経つにつれて指の間からこぼれ落ちていきます。

そして私が手を三度打ち合わすと又こぼれ落ちていきます。
そして最後迄私の両手の平についている砂の数が本当の生長の家の信者です。

               ○

憎いのは相手であるけれども、そう思うのは自分の心である。
その自分の心が自分の体を支配しているのである。



がんこ親父 - 2016年03月05日 (土) 00時13分

五感の眼では地球が丸いという事は、解らないのである。
太陽の周りを地球が回っていることは、五感の眼では解らない。

それと同じく、人間は如何なるものであるかと、いふ事も、
五感で見るだけでは解らないのである。


自分は教祖ではない。実相世界に生長の家の本部がある。


学者でも作る事が出来ぬ血を赤ん坊ですら作る

谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (14861)
日時:2016年10月12日 (水) 00時45分
名前:源流

がんこ親父 - 2016年03月08日 (火) 23時01分

大波の様な、低いが幅の広い柔らかで威圧する声で、

[物質はない。無よりー切を生ず。−切現象は念の所現にして、本来無。
本来無なるが故に、無よりー切を生ず。知れ。−切現象なし。
汝の肉体なし、心もない。」  

心も無ければ何も無いのかと、私は再びその声に尋ねた。  

「実相がある」とその声はハッキリと答えた。

        
自分は教祖ではない。
実相世界に生長の家の本部がある。



がんこ親父 - 2016年03月13日 (日) 22時59分

○ クシャミが出たら風邪を引いたと思うのではなく、風邪が出た  と思いなさい。 

○ 寝ている間の心臓は誰が動かすのか。

○ 悟とは相対世界の[差」をとること。

○ 失しない物をさがす時「無い」「無い」と言って探すのではな く
  「あった。あった。」 と言って探しなさい。


谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (14908)
日時:2016年10月15日 (土) 21時05分
名前:源流


がんこ親父 - 2016年03月18日 (金) 00時59分


この世は、平等じゃあないんですよ。
生まれ出た時に、男と女に分かれるんですよ。
男と女は平等ですか。

女は子供を産む事が出来るが、男は生むことが出来ないでせう。

それから何処の国に生まれるか、
日本か、米国か、アフリカか、北極か、南極か。
其れに顔が色が違う。
言葉が違う。

賢い頭脳に生まれるか、そうでないか。
美人に生まれるか。醜男か。

金持ちの家に生まれるか、貧乏人に生まれるか。
健康か、病弱に生まれるか。
盲目か、つんぼか、おしか、千差万別皆違うのです。

其れが現世、なのです。
しかし平等に与えられているものは。
太陽と水と空気は、神様から無限に頂戴して居るのです。

              ○

歴史を批判したり、歴史を裁くことは出来ません、
歴史に学ぶことはできます。

              ○

朝日新聞は読まない様に、あれは赤日新聞です。
生長の家のみなさんは産経新聞を読みませう。

              ○

平等といふのは嫉妬心の合理化です。

               ○

人間は皆因縁が異なるから,悟りの程度も違う。

               ○

人間は皆.霊位が違う。

               ○

汝 我を選びしに非ず。我 汝を選びしなり。




がんこ親父 - 2016年03月23日 (水) 17時42分


挨拶はするもので、されるものではない。

               ○

金持ちを潰しても、貧乏人は金持ちにはなれません。

               ○

過去と他人を変えることは出来ぬが、
変えることが出来るのは、未来と自分だけ。

               ○

老いてますます盛んなりと申さず、
老いずして、ますます盛んなりと訂正なさい。

               ○

喜べば、喜びごとが、喜んで喜び集めて喜びにくる。

               ○

天に口なし、人をして言わしむ。




谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (14929)
日時:2016年10月17日 (月) 21時24分
名前:源流

がんこ親父 - 2016年03月29日 (火) 19時51分

万教帰ーとはね、富士登山の折、箱根からの登り道。御殿場からの登り道。
又芦ノ湖からの登り道と色々あり。皆それぞれに特長を宣伝し勧誘しますが、 
翌朝山頂で日の出を仰ぎ。  あぁ。神々しいと喜び。
。隣を見れば箱根からの人、御殿場からの人、芦ノ湖から来た人が
皆日の出を一諸に喜びあって観ることができたのです。

登りが色々違っても頂上に達すれば。 真理は一つです。


○ 下痢は恐怖心の強いひと。

○気短、怒り、イライラは、肺がんのもと。

○ ママよという気持ちは赤子の如く「そのままの心」
病気の治りたい気持ちは駄目。

○顔面神経痛は先祖供養。



がんこ親父 - 2016年04月02日 (土) 23時44分

沢山の薬があり。紫色で苦い薬。黄色で酸っぱい薬。赤くて甘い薬。 
各々特長のある製薬会社。わが社が一番と言っているが、其れを飲み元気に
なったのは,黄色い薬。紫色の薬。赤い薬が効いたのでわなく、
その中に入って居た ビタミン といふ 真理が効いたのですよ。
これも万教帰一の喩です。

               ○

貪(むさぼり)愼(いかり)痴(おろか) 三大煩悩。 

               ○

神経痛は言葉の終わりに(何々してやったのに)〜と(ノニ)がつく感情。

               ○

不眠症は便所の掃除をして感謝すること。

               ○ 

痔病はイライラしない。(自我)が(ない)のはハイの心。素直な心、
人を言葉で切らぬこと(自我)ない(痔)がない。



谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (14990)
日時:2016年10月23日 (日) 19時33分
名前:源流

がんこ親父 - 2016年04月08日 (金) 21時27分

霊とは純粋にして,混じり気のないところの心のエッセンス。

              ○

心とは霊が動き出して知性的、感情的、意志的、波動となつて現れたもの。

              ○

魂とは人間の全体性のバランスを維持する働きの精神的エネルギイ。

              ○

念とは今の心。  業とは念の集積。
 




がんこ親父 - 2016年04月16日 (土) 17時06分

生命の實相の著者(谷口雅春)は本当は久遠を流るるいのち。

釈迦も久遠を流るるいのち。
キリストも久遠を流るるいのち。を把握したのでした。

              ○

炭火は実在であり、埃(ほこり)は実在に触れると、
業は煙となり霧散無消埃は,赤い炭火となる。

              ○

十二指腸。親との和解、親への感謝で治る。

              ○

喘息。財産問題

              ○

自分の名前に○○さん○○君とつけて呼べば、
神様から呼ばれているように感じ強く響きますよ。

              ○

○○君三界唯心所現という法則は絶対だよ。

              ○

自分のことを○○如来。○○菩薩と呼びなさい。



谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (15043)
日時:2016年10月30日 (日) 01時46分
名前:源流

がんこ親爺 - 2016年05月04日 (水) 00時09分

信仰とは霊的実在を観る霊の眼である。

          ○

過去の事で怒り、憎むのを持越し苦労。分からぬ明日の事で

取り越し苦労せず。今の今に感謝し喜べば、今が過去になり

喜びの過去になる。

          ○

今世は前世の借金を払う場所。現世は過去の償い。

          ○

心に過去を掴めば、掴んでいる間過去が現在になつている。

          ○

祈りは我々が如何なる程度に神を信ずるかに比例して
叶えられるのである。

          ○

此処に生きているのが物質に非ず肉体に非ず仏である。

          ○

宿命がある。生まれる前から定められていて、どうにも

成らない運命。



がんこ親爺 - 2016年05月14日 (土) 23時34分

地震とか天災の急激の死は決して神罰ではなく、神の愛深き摂理である。
              ○

死は無いのである。霊魂の進化だけが、人間出生の最高の目的なの
である。
              ○

我が心、無なしふして、神の御心に従い奉る。

              ○

此処に生きているのが物質に非ず、肉体に非ず、仏である。

              ○

汝の信仰 汝を癒やせり。
              ○

心が騒いで居る時、唇を閉じなさい。


谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (15104)
日時:2016年11月05日 (土) 21時32分
名前:源流

がんこ親爺 - 2016年05月24日 (火) 17時03分

嫉妬、妬み、恨み、憎み、そして怒り、怒りと怒りが、相対しぶつ

かり国と国では、戦争になる。

             ○

苦痛は霊魂の進化の為に、なくてはならぬものだ。

             ○

我と云う小さき心捨ててみよ。大千世界さわるものなし。

             ○

吾が第一の神殿は”生命の実相”と云う。

             ○

私は高級霊に成る為に地球に生まれて来たのである。

             ○

人の聖涙は神の微笑だよ。

             ○

戦死者は歴史の空に散りばめられた、真珠の様なものである。




がんこ親爺 - 2016年06月05日 (日) 22時55分

祈りは我々が如何なる程度に、神を信ずるかに比例して叶えられる

のである。
             ○

信仰とは理屈では無いのだ。唯素直に信ずる事。

             ○

内部の癒す力、即ち、生命の力を神と呼ぶのである。

             ○

現在の道徳的観点から、過去の出来事を評価することは

歴史家のすることではない。

             ○

歴史はあくまで、真実の探求であり、正義の探求ではない。

             ○

吾が本体は金色に輝く神にして絶対健康。完全円満なのである。

三尺四方金色に輝くオーラーにとりまかれて居るので如何なる

病念波も悪霊も我を害する事は出来ないのである。

谷口雅春先生ご講話の落穂拾い  (15181)
日時:2016年11月10日 (木) 00時13分
名前:源流

がんこ親爺 - 2016年06月14日 (火) 00時20分

我が魂の底の底なる神よ、無限の力湧き出でよ。

           ○
個生命の霊的進化の場を地球という星。

           ○

この地球上では今より百年戦争が起らないことは無い,神の

自然淘汰である。

           ○

戦勝国ですらない韓、朝両国、さらに戦勝国の地位を受け継い

だだけの中国が何故,あたかも自ら戦勝国であるかの様に

装って対日批判に走っているのか。

           ○

私は実相の世界に十月十日(とつきとうか)居たのである。

           ○

行雲流水の心引っかかるな!此の自由自在の心が、塩椎大神

であります。




がんこ親爺 - 2016年06月24日 (金) 00時03分

昔兵糧攻めで武士が一ケ月で飢えて死んで行くが、病人は二十日間

での断食で病気も治り退院。其れは心の持ち方が違うからである。

             ○

戦場で弾が当たらなかったと云う話しを聞くが、それは弾が避けて

飛んで行くのではなく、弾の当たらない処へ自然にいくのである。

其の儘のこころ。

             ○
此方の心が神に近ずけば禍は避けて通るのである。

             ○

許す力が大きければ神に近くなる。

             ○



ハイの中に完全なる自由がある。             

             ○

墓参は霊を慰めるのではなく、霊によって慰められるのである。


             ○
オ こ る な
イ ば る な
ア せ る な
ク さ る な
マ け る な




がんこ親爺 - 2016年06月29日 (水) 00時24分

胎児が母親の顔を見られない様に、私達は神を観る事は出来ません

             ○
心を変える事が出来ぬとも、言葉を替えることは出来る。

             ○

失敗は大したことではない。損も大したことではない。自己の心

を乱すか、乱さないかの方が大切だ。

             ○

我ある所に死来らず、死来るところに我あらず、我と死とはつい

に、相会わず、我何ぞ死を恐れんや。

             ○

悟りとは人を裁く所の鋭い知識のメスを研ぎ済ますことではあり

ません。悟りとは広く大いなる明るい人物になることです。


谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (15202)
日時:2016年11月11日 (金) 06時02分
名前:源流

がんこ親爺 - 2016年07月05日 (火) 22時46分

地震 雷 火事 親爺。霊示といふものは心の持ち方により読み

違える事もある。自身神なり神親爺。 死んで居らんぞよ。

死んで。おらんぞよ。死んでおらん。ぞよ。

             ○

劣等感は一種の恐怖心であり、その恐怖心が因になつて一切の不幸

が出てくるわけです。

             ○

先生と言われる人は怒鳴りつける様になる人もある。先生と言はれ

ると挨拶しても顎でしやくる人もある。先生と言われることは

余程危ないことである。先生病に罹ったら、なかなか、治らない

のである。
             ○

有名と幸福とは違う。偉いと立派とは違う。

             ○
我といふ小さき心捨ててみよ。大千世界さわるものなし。


谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (15269)
日時:2016年11月15日 (火) 19時21分
名前:源流

がんこ親爺 - 2016年07月13日 (水) 01時47分

極楽の百年は地上の一年。 

        ○

人生に勝つ秘訣は先に礼を言え。

        ○

心の貧しき者とは、心が謙虚である人。

        ○

霊の物質化したのが血である。

        ○

怒りは自我のバロメーター。

        ○

極度の精神集中を成せ。

        ○

何故自転車に乗れないか、稽古をしないからである。



谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (15405)
日時:2016年11月24日 (木) 23時07分
名前:源流

がんこ親爺 - 2016年07月21日 (木) 22時43分

すでに受けたりと信ぜよ。信ずる通りのものが引き寄せられる、
それが祈りの秘訣である。

             ○

will,SHILL,では駄目、すでに戴きました。と過去の言葉にしなさい。

             ○

私が良しと云うまで呼吸を止めて下さい。
数十秒すると皆がハア ハアと云って息を吸い始めました。
先生は苦しくなり自ら息を吸ったでせう。其れが実相の現われです。


             ○

労働組合のストは強請り集り(たかり)と同じ行為である。

             ○

ヤクザは病気に罹りにくい、自分が悪いと云う観念が無いから。
しかしヤクザが真理を語っても証は現れますよ。

             ○

戦争は世界人口の自然淘汰。




がんこ親爺 - 2016年07月28日 (木) 00時44分

侵略されたとは言いますが、我が国が他国を侵略と云う言葉はありません。
              ○

国民とは歴史の知恵、或いは伝統の精神を背負って居る人。

              ○

私は今日より全ての事に於いて善くなるのである。有難う御座います。

              ○

思い付いたら,直ぐにメモしなさい。

              〇

攻撃精神、或るいは許さない心といゅう心が病気の原因。

              ○

薬を飲んで治るのは、体が薬の毒素と戦う為に生きる力がふるい立つて
病気もついでに治ってしまうのである。


谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (15594)
日時:2016年12月04日 (日) 19時41分
名前:源流

がんこ親爺 - 2016年08月04日 (木) 00時31分

汝は永遠の世界に行く為の準備をしているのではない。

永遠の世界に今住んでいるのである。

汝は霊に成る準備をして居るのではない。

汝は今。霊なのである。

              ○

痣(あざ)は祖先の迷いの業。

              ○

自殺者は籟病となって現れる。

              ○

堪へたり我慢していると胆嚢結石。

              ○

坐骨神経痛は世話をした人間に裏切られて、その人を恨んでいる。

              ○

持つべからざる欲望、恨み、憎み、怒りは瘤、癌になる。


谷口雅春先生ご講話の落穂拾い  (15685)
日時:2016年12月13日 (火) 18時59分
名前:源流

がんこ親爺 - 2016年08月19日 (金) 00時39分

不眠症は便所の掃除を感謝をもつてすること。

          ○
ゲップやオナラの良く出る人は不平不満の心を持つている人。

          ○

糖尿病は横着気儘.  目は色情関係に心せよ. 歯は先祖親。

          ○

水虫はクヨクヨ。 肺は両親への感謝不足。

          ○

耳鳴は先祖不足。 耳は聞きたくない心の集積。

          ○

鼻は人の言う事を聞かぬ、目上への反抗傲慢。

          ○

病気に現れている同じ形が人に現れているのである。




がんこ親爺 - 2016年08月28日 (日) 22時55分

如来と云うのは真如 真如と云うのはマコト、本物 其の儘

実在ですね。如はさながら実在の、其の儘の其処から生まれて来た

来生して来たので如来と云うのです。其処で宇宙の本物の、実相の

さながらの、其処からポッカリと出てきた所の神の理念が

人間であり如来である。

             ○

総ての人の神性を拝み出すのが生長の家の教えの根本である。

谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (15791)
日時:2016年12月25日 (日) 06時28分
名前:源流

がんこ親爺 - 2016年09月04日 (日) 22時35分

冷たい人に見える時  私は心にそう叫ぶ 砥石だ砥石だ有難い

ダイアモンドの神の子を 磨いて下さる砥石さん

ほんとに、ほんとに有難う。

             ○

尖った人に見える時  私は心にそう叫ぶ 歯車さんだ有難い

私を正しい方向に 回して下さる歯車さん

ほんとに、ほんとに有難う。

             ○

冷たい人も 意地悪も 神の世界に無いのですみんな私の魂を

磨いて下さる菩薩様 唯拝みます 愛します

ほんとに、ほんとに有難う。

谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (15872)
日時:2016年12月31日 (土) 20時39分
名前:源流

がんこ親爺 - 2016年09月11日 (日) 23時20分

神殿とは礼拝精神の対象として、信仰心の集中の一点として、

崇敬の心を散乱せしめない為には神殿が必要である。

             ○

賢者は心を変えるが、愚者は決して変えない。心を変えない人には

進歩がないのである。

             ○

今 如何なる境涯に置かれていようとも、神はその境涯でなければ

学ぶ事の出来ない何者かを、その場に於いて教えようとして居られ

るのだと、感謝しなければならない。

             ○

霊とは、 形ある物質に対して形のない精神的な命の働きを言う。


谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (16128)
日時:2017年01月15日 (日) 08時45分
名前:源流

がんこ親爺 - 2016年09月18日 (日) 01時18分

騒音の中では何も聞こえぬが、心静かに耳を傾ければ、虫の音も

聞こえる、もっともっと心静かになれば、神の声が聞こえる。

             ○

思念の言葉を反復するのは、自分の心の波長を調整する為である。

             ○

神様の完全なる姿と云う者は、貴方悟り得た深さの程度に応じて

その姿を貴方示し給ふのである。

             ○

こちらの迷いが相手の迷いの姿と現れ、こちらの実相の悟りが

相手の迷いを消し、実相を開くのである。

             ○

口に入るもの 汝を汚さず 口より出ずるもの 汝を汚す。



がんこ親爺 - 2016年09月29日 (木) 00時20分

動揺する心を持つて,動揺する心を鎮むるなかれ。

           ○

唯神に委ねよ、全き愛なる神に信頼して”神よ”と呼ぶべし。

           ○

我々の祈りは,吾々が如何なる程度に,神を信ずるか、と云う

程度に比例して、叶えられるのである。

           ○

人間は神の子本来罪なし。ハイ左様で御座います。

現象本来なし、悪なし、病なし。 ハイ左様で御座います。

三界唯心所現、運命も境遇も我が心の影。ハイ左様で御座います。


谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (16223)
日時:2017年01月26日 (木) 00時40分
名前:源流

がんこ親爺 - 2016年10月07日 (金) 00時56分

心ころころ心こそ、心惑わす、心成り、心に心、まどわず。

我という小さき心、捨ててみよ大千世界さわるものなし。

相手を変える事は出来ぬが、わが心を変えよと。

我は神の子なり霊なり、わが心無なしうして神の御心に従い奉り、
わが前に顕われ給う人々を観世音菩薩と拝し、与えよさらば与えられんと

和顔愛語讃嘆を与え,我が業は我が成すにあらずと、

心明るく 光り輝け。





がんこ親爺 - 2016年10月24日 (月) 00時40分

私たちには現象が見えるという罪がある。だから現象に惑わされる

神の造り給へる、實相世界は目では見えない。
しかし其処に真実がある。
其の素晴らしい實相世界こそが本当の世界である。

皆さん現象の悪に惑わされず、本当の世界を観てください。

             ○

実践 実践又実践。挑戦挑戦また挑戦。修練修練また修練。

やってやれない事は無い。やらずに出来る訳がない。

今やらずして何時やれる。俺がやらねば誰がやる。やって、やって、やり通せ。

             ○

人間が他の動物と決定的に違うのは、仲間の死体処理をしたこと。

             ○

子の肉体は、親の遺(のこした)身体 遺体である。



谷口雅春先生ご講話の落穂拾い  (16309)
日時:2017年02月01日 (水) 07時48分
名前:源流

がんこ親爺 - 2016年11月01日 (火) 16時46分

遠い先祖が神様 近い先祖が仏様 神も仏も一諸である。

             ○

肉体は今日一日の存在だと思うべし、魂は永遠の存在である。

             〇

浮世の苦しみと悩みは結局人間が、世俗的な名声や、地位や富や、

五感的な喜びを追い求めた結果、生ずるものであって、それらは

実相の喜びではないのである。

             ○

人間の苦しみの一つの元は、上辺を飾りたい心である。

             ○

今世は前世の借金を払う場所。




がんこ親爺 - 2016年11月11日 (金) 01時17分

死は人生の到着点でありながら、それは願望でも目的でもない。

生きると云うことは総て、途中である、その途中こそが大切である。

              ○

人間は肉体の面からは動物であり、精神の面からは神に到達する。

              ○

ため息とは、息(生き)詰まった時、詰まった息を吐く”息抜きの”方法。あぁ~あ。いい気持ち

              ○

無我、無心で神と一体になれ。神と融合する心境。無我従順の

所に神が、あらわれる。

              ○

クシャミは、風邪を引いたのではなく、風邪が出たのである。



がんこ親爺 - 2016年11月20日 (日) 22時41分

その人の奥にある”実相を心で観る練習をするのが実相直視。

             ○

心のエネルギーの無駄使ひを浪費するな、心を争い事に使うな、

大変な心のエネルギーのロスである。

             ○

神への無条件降伏が無条件,”幸福”である。


             ○
学生は未来からの留学生。子供は未来からのお客様。

             ○

人の眼のおが屑を取るな、自分の眼の丸太棒を除け。

             ○

比較上の世界に住む以上はその人の心から、不安が去らないのは

当然である。
             ○

悟りとは、神と人との差をとること。

谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (16428)
日時:2017年02月13日 (月) 06時32分
名前:源流

がんこ親爺 - 2016年12月01日 (木) 23時32分


心の情報系が変わると、自律神経系が変わり、其れによってホルモ

ンの分泌が変わり、遺伝子を取り巻く環境が変わり、遺伝子の機能

も変わり得る。その遺伝子が癌をも消す。

             ○

良い言葉を常に出していると心が変わる、心を変えようと

努力しても変える事が出来ぬ。

             ○

未来は今日の想念の影である。

             〇

五感の快楽や世間的名声の如きは、魂の幼き者がもて遊ぶ玩具

に過ぎない。

             ○

人間の想念の在り方が、遺伝子の働きを左右する。

             ○

ブッダは漢語で浮図(ホト)と呼ばれていたが、そこに日本人は

形を加えて浮図形(ホトケ)と呼んだ。仏。


谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (16851)
日時:2017年03月17日 (金) 06時09分
名前:源流

がんこ親爺 - 2016年12月10日 (土) 20時27分

自他一体の感じを愛というのである。

            ○

光一元の世界を”如”という如来。実相のさながらの、其の儘から

ポッカリと出てきた所の,神の理念が人間であり如来である。

            ○

想念とは生命の波動である。想念の神なるものを理念という。

            ○

健康 元気 丈夫 血液サラサラ循環 筋肉隆々 矍鑠 

胃腸健全 痔なし 糞出る。

            ○

祈る心は治る力 感謝の気持ちをもって無心に祈れ。

大遺なるものに、任せ治癒を実現して呉れる。

(イナオ)

谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (16950)
日時:2017年03月24日 (金) 08時16分
名前:源流

がんこ親爺 - 2016年12月16日 (金) 18時25分


明るい笑いは實相世界にある明るさと波長が合うから實相の健康

と繁栄とを引き出す。

            ○

宇宙大生命を宗教家はある時これを神と呼びます。

            ○

神こそが人間の”本当の命”であり、肉体は、神が地上天下って

自己実現する為の媒体であって、肉体は、人間そのもの では

ないのである。

            ○

私は神の最高の自己実現であるのである。

            ○

生気枯れたる状態に於いて、病を生じ不幸を生み出す.その生気

枯れたる状態を”気枯れ”というのである。

(イハニ)

谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (17154)
日時:2017年04月10日 (月) 13時29分
名前:源流

がんこ親爺。 - 2016年12月23日 (金) 00時20分


宗教と云うものは宗祖の教えを、受け取る人々の心的力量によって
深くも浅くも、取れるのである。

             ○

宇宙は神の所作物ではなく、神の表現である。

             ○

神と云う目に見へない絶対的実在をしっかりと観る。
その絶体制を個人の中に観る訓練をする。

             ○

自分は教祖ではない實相世界に生長の家の本部がある。

             ○

組織より真理を優先させる、信仰信条。

             ○

環境による波長によって、神との波長に合わぬ人が、信仰に入り憎い。

(イハク)

谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (17301)
日時:2017年04月30日 (日) 00時20分
名前:源流

がんこ親爺 - 2017年01月02日 (月) 18時52分

明るい笑いは實相世界にある明るさと波長が合うから實相の

健康と繁栄とを引き出すのである。

             ○

人間の幸福の邪魔になるものの中では恐怖心が一番である。

             ○

私達は”神の子”である。”神の子”と云うのは神の命が私達

に宿って、それによって私達は活かされていると云うことを

意味するのである。

             ○

神こそが人間の”本当の命”であり、肉体は”神”が地上に天

下って自己実現する為の媒体であって、肉体は”人間そのもの”

ではないのである。

(イクナ)

谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (17415)
日時:2017年05月11日 (木) 07時06分
名前:源流

がんこ親爺 - 2017年01月11日 (水) 23時21分


霊なる自分を自覚する、此れが新たに生まれると云うことである。

             ○

心で思う事が、言葉と形にあらわれる。

             ○

波動によって型が現れている物を”色”という。


             ○

掴むと縛られる。自由自在を失ってしまう。

             ○

神様の尊い命が、天下って”今”人として生活している、そして

魂を磨いている。

(ニオミ)

谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (17468)
日時:2017年05月20日 (土) 06時14分
名前:源流

がんこ親爺 - 2017年01月20日 (金) 18時10分


一切の束縛からホドケれば自由自在。解放を遂げた者がホトケである。

ホトケの本性を実現することを成仏というのである。

            ○

艱難と苦痛とは決して神から来たらないのである。
それは自ら恐怖し恐怖によって恐るべきものを想像し、
その想像が具体化して艱難や苦痛があらわれるのである。

            ○

「明日はどうなるか判らない」と云う言葉は決して、
今後私たちには無いのである。
神の永遠の至福が私達を祝福してい給うのである。

            ○

汝は宇宙を創った大いなる神と一体なのである。

此のことを充分に自覚して一切の恐怖心を去り、取り越し苦労を去り、
唯、神との一体の自覚を深めて、神の声を聴き、神の御心に従って生きるとき
神の力そのものを自己に於いて発揮することができるのである。

(ニイナ)

谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (17522)
日時:2017年05月28日 (日) 06時45分
名前:源流

がんこ親爺 - 2017年01月27日 (金) 23時35分


生気枯れたる状態に於いて、病を生じ、不幸を生み出す。その生気

枯れたる状態を[気枯れ」というのである。気枯れは言葉の力によ

って祓い清めることが出来るのである。

              ○

一切の束縛から自己解放を遂げた者がホトケである。ホトケの本

性を実現することを成仏と云うのである。成仏とは”死ぬ”ことで

は無く、完全なる成就することである。

              ○

人間が地上に生を受けてきたのは、この地上でなければ自分の魂

を磨くことの出来ない、特殊の条件が地球世界には整っている

からである。

              ○

神の愛は無私の愛であり、無我の愛である。其れは肉体の愛では

無く、人の為に自分の肉体と欲望を放棄する愛である。


(フミニ)

谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (17618)
日時:2017年06月10日 (土) 06時41分
名前:源流

がんこ親爺 - 2017年02月03日 (金) 23時32分


神は霊であり給う。それ故“霊”によって造られたる天地一切の

ものも、その本質においては皆”霊的実在”であって物質にてなる

ものは一つもないのである。

             ○

神の[理念の形相」を[理念」と呼ぶのである。

             ○

私達人間は皆神の子であるのである。人間は肉体ではないのである

神の子”だから霊的存在なのである。

             ○

私は神の最高の”自己実現”であるのである。

             ○

私は神の子である。”神の子”であるという事は、神より小さき

者という意味ではないのである。神の子とは”神の具体化”であり

姿形の幽なる神が、姿形の顕なる神として自己実現して来たという

意味なのである。

(ニシヤ)

谷口雅春先生ご講話の落穂拾い  (17630)
日時:2017年06月11日 (日) 08時45分
名前:もも



谷口雅春先生ご講話の落穂拾い

素晴らしいですね。


投稿され続ける努力に敬意を感じています。

早く、暗黒の時代が終わり、生長の家が正常化されますように。



谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (17701)
日時:2017年06月24日 (土) 10時07分
名前:源流

がんこ親爺 - 2017年02月10日 (金) 17時19分

「生長の家」が何々教と云うように[教]と云わないのは[宗教」で

は無い。一切の宗教の[宗家」(いえ)であるからであります。

              ○

宇宙の本源の神には名はない。天之御中主神とか。阿弥陀とか。

ゴッドとか。

              ○

神こそが人間の”本当の命”であり、肉体は、神が地上に天下って

自己実現するための媒体であって、肉体は、”人間そのもの”

ではないのである。

              ○

我は神と一体である。神は宇宙に満ちてい給う。宇宙に満つる

力と一体なのである。その大いなる力は無限の知恵である。

(フナオ)

谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (17879)
日時:2017年07月19日 (水) 06時12分
名前:源流

がんこ親爺 - 2017年02月18日 (土) 22時54分


”霊”とは純粋にして混じり気のないところの”心のエッセンス”

心は“霊”が動き出して知性的または感情的または意志的波動と

なつて現れたもの。

             ○

私は今,新生したのである。神に於いて新生したのである。

私は今、完全なる神の子である。古き自己は過ぎ去り、新たなる

神の子が生まれたのである。

             ○

人間は神の最高の自己実現であるのである。従がって私達の命の

最も深いところには、神の心が宿っているのである。


             ○

私は神の子である。神の生命が流れいつて吾が命となつているの

である。私は神の最高の自己実現であるのである。

             ○

宇宙全体が神の自己実現であるのである。それ故に、宇宙全体に

神の生命と愛と知恵とが行き亘っているのである。

(ニクニ)

谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (18038)
日時:2017年08月12日 (土) 07時45分
名前:源流

がんこ親爺 - 2017年02月25日 (土) 22時19分


わが真実の相(姿)。は”霊”であるのである。これを実相という

わが実相は”神の子”であり、神は”霊”であるがゆえに

我もまた霊的存在である。

             ○

人は自己の裁きたる量目をもって、自己を量目られ、そのために

人を裁く心のものは、常に安きこころなき事を知るのである。

             ○

信仰とは肉眼で見えない実在(實相)を見る霊の眼である。

             ○

目に見えない円満完全な実在(實相)を心眼で観ることによって

病は消えてしまうのである。

             ○

私たちが祈るのは、神を動かすのではなく、自分自身の心を神の

波長に合わせるためである。

(ミイヤ)

谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (18132)
日時:2017年08月22日 (火) 07時26分
名前:源流

がんこ親爺 - 2017年03月06日 (月) 23時42分

蛇に睨まれた蛙は恐怖の為に動けなくなって蛇に飲まれる。恐怖

が自己の境遇を支配する。此の恐るべき恐怖心を、人生より駆逐

すべき道を示さんとするのが「生長の家」の念願の一つである。

   ○         ○        ○

「生長の家」が何々教と云うように[教]と云わないのは宗教ではな

い、一切の宗教の[宗家]イエであるからであります。

             ○

神を愛するとは、神と一体となるために自己を捨てるということで

ある。

             ○

私は悟るという事が、どうも解かりません。ああ、そうかね

それはね。相対世界から差をとることなんだよ。神と己に差別観念

を持つと絶体に悟れない。貴方は差を取ればいいよ。

(ミミゴ)

谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (18421)
日時:2017年09月24日 (日) 07時46分
名前:源流

がんこ親爺 - 2017年03月13日 (月) 17時52分

人間は、恐怖するものを自己に引き寄せることになっている。強く

強く思い浮かんで、心の世界に強く描かれるものが具象化するとい

う”心の法則”によるのである。

               ○

罪と云う者は、犯した過去にあるのではなく、それを掴んでいる

今にある。

               ○

人間が既に“霊”であることは、この肉体の衣装を脱いでから

“霊”に成るのではなく、[今」すでに”霊”なのである。

               ○

「神」私は實相である。「私」は貴方の實相である。「私」は永遠

に存在する実在である。

(ミゴイ)

谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (18717)
日時:2017年10月18日 (水) 13時59分
名前:源流

がんこ親爺 - 2017年03月24日 (金) 20時41分

私達が祈るのは、神を動かす為ではなく、
自分自身の心を調律して神の波長に合わせる為である。

               ○

私達が希望を実現しょうと思ったならば、其の第一の法則である、
”認める物が現れる”と云う法則を知ることである。

               ○

貴方の命は神の生命が地上に自己実現する為に、
肉体として出現したのである。

               ○

此の度の戦争は地球上の民族進化の一周期の終わりが来て、今まで
は、
白色人種だけが他の有色人種より優れて作られた人種であり、
有色民族は、白色人種よりも一歩劣った民族として作られていて、
白色人種には敵わないのであると考え、甘んじて属国になったり
植民地にせられていたのである。

これが「大東亜民族の解放戦」である。

(ミゴフ)

谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (18902)
日時:2017年11月01日 (水) 15時57分
名前:源流

がんこ親爺 - 2017年09月21日 (木) 20時39分

            ○


 私は神の最高の自己実現であるのである。

私は[人間とは肉体に非ず]と悟ったのである。

これは天動説が地動説に変革したよりも
尚一層大なる[人間観の革命」であるのである。

            ○

汝は宇宙を作った大いなる神と一体なるものなのである。
このことを充分自覚して一切の恐怖心を去り、取り越し苦労を去り、
神との一体を自覚せよ。

            〇

神の「想念の形相」を[理念]と呼ぶのである。


(ミゴミ)

谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (19270)
日時:2017年12月03日 (日) 07時46分
名前:源流

がんこ親爺 - 2017年10月03日 (火) 18時26分

艱難と苦痛とは決して神から来たのではない。其れは自ら恐怖し

恐怖によって恐るべきものを想像し、その想像力が具体化して

艱難や苦痛があらわれるのである。

             〇

明日はどうなるか判らない。と云う言葉は決して、今後私たちに

は無いのである。神の永遠の至福が私たちを祝福していたまう

のである。



神は霊にてあり給う。それ故霊によって造られたる天地一切の

者も、その本質に於いては皆霊的実在であつて物質にて成るも

のは一つもないのである 。

             ○                   
神こそが人間の”本当の命であり、肉体は、神が地上に天下って

自己実現するための媒体であって、肉体は、人間そのものでは

ないのである。     

(ミゴロ)

谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (19620)
日時:2017年12月30日 (土) 10時11分
名前:源流

がんこ親爺 - 2017年10月19日 (木) 17時42分


私達人間は皆神の子であるのである。

人間は肉体ではないのである、神の子だから霊的存在なのである。

肉体の奥に、物質の奥に、この宇宙服の奥に
霊妙極まりなき霊的存在なる”本当の自分”がある。

             ○

私は神の子である。

神の命が吾うちに流れいって吾命となつている。

それ故に神の無限の癒す力が自分の内に宿っているのである。

             ○

観世音菩薩は尽十方無碍光如来の大慈悲の顕現にてありたもう。

生長の家の礼拝の本尊は観世音菩薩なのである。

             ○

今地上に生を受けて居る限り、未来世の事や、
自分の前世の生活の事などは考える必要はないのである。

今、此処に与えられたる生活の場に於いて、全力を尽くすだけである。


谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (20188)
日時:2018年01月29日 (月) 16時15分
名前:源流

がんこ親爺 - 2017年11月09日 (木) 17時35分

私達は、人を見るのに、人を悪人だと見て、それを善導しようなど
と思っては、決して相手の人々を教化して善ならしめることは出来
ないのである。

悪人と見れば、悪は一層はっきりと現象化しきたっ
て収拾がつかなくなるのである。だから私たちは決して人の悪をば
肉眼で見ることがあっても、心では見ないのである。

心で合掌し礼拝するのである。

             ○

私は今、”神の子”であるという自分の”実相”を悟ったのである
また私はこの世界は”神の国”であるというこの世界の実相を
悟ったのである。

もし不完全な有様が、見えるならば、それは単な
る幻にすぎないのである。

             ○

神こそ人間の”本当の命”であり、肉体は””神”が地上に天
下って自己実現するための媒体であつて、肉体は”人間そのもの”
ではないのである。

肉体の奥に、物質の奥に、霊妙きわまりなき、
神通自在の神霊が存在するのであつて、其の神霊こそが”人間その
もの”であるのである。

(ミゴヤ)

「椛島有三さんの体験談」〜谷口雅春先生講話 (20261)
日時:2018年02月04日 (日) 20時10分
名前:源流

youtube

https://www.youtube.com/watch?v=LqKasjX1Iq8


(みろお)

「久遠の今」〜谷口雅春先生ご講話 (20288)
日時:2018年02月07日 (水) 14時59分
名前:源流


youtube

https://www.youtube.com/watch?v=WueXb8tC-iQ

(ミムニ)

「久遠の今」〜谷口雅春先生ご講話  (20367)
日時:2018年02月12日 (月) 13時40分
名前:源流


「生長の家」の生き方、或ひは『生長の家』の哲學の中で、
一番重大な問題になつてゐるのは、この「今」と云ふことであります。

この「今」と云ふことがわかつたら、
それが本當の「生長の家」の悟りであるわけです。

「今」と云ふのは、過去・現在・未来と時間が流れてゐるところの、
流れてゐる時間の一部分の現在と云ふところを「今」と云ふのではない
のであります。

この「今」と云ふのは、もうひとつ詳しく云ふと、
「久遠の今」と云ふことであります。
英語のEternal Nowと云ふ意味での「久遠の今」であります。

そして「今」の中にすべてが含まれてゐるところの「今」であります。


仮りに、縦の線を書いてこれを時間であるとします。
そして横の線を書いてこれを空間であるとします。

そして縦の線と横の線とが交叉した處、
此處が丁度「今」にあたるのであります。

未だ、時間も空間も現れてゐない、
時間と空間が、そこから現れるところの其の中心の無であります。

これは~道の言葉で云ふと常今(つねいま)と云ふ言葉がありますが、
禪宗などで云ふと、いはゆる無であります。

無と云ふと、何んにもないのを無と云ふと、
そう云ふ風に考へる人がありますけれども、
全然無いんじやないのであります。

禪宗に無字透關と云ふ意味の言葉があります。
無≠フ字≠フ關門を透ると云ふ意味であります。

『無門關』と云ふ禪宗の書物もあります。
その無と云ふものの關門を本當に知つた時に、
吾々は自由自在になれるのであります。

http://blog.livedoor.jp/con5151/archives/65586636.html

(ミナイ)

「久遠の今」〜谷口雅春先生ご講話  (20422)
日時:2018年02月17日 (土) 12時31分
名前:源流

ところで、その無といふのは、
時間・空間に現象界のものが現はれてをりますが、
その時間の中に、空間の中に、すべてのものが
現象界に現れてをりますけれども、

併し、その時間・空間の其の元のところ、
時間・空間が未だ現はれない、其の常今のところ。

そこは何んにも無いかと云ふと、何んにも無いんぢやない。

時間・空間がそこから現れて来たんだから、
時間・空間がやつぱりアルと言はなければならない。

時間・空間が一點に卷きおさめられて、その一點も無い。
すべてのものが、 一點も無いその中にそのまゝ<Aルのであります。

(ミナニ)

「久遠の今」〜谷口雅春先生ご講話  (20469)
日時:2018年02月22日 (木) 17時22分
名前:源流

これをもう一つ、別の言葉で云ひますと、絶對無と云ふことであります。

紹對無と云へば、多少この意味がわかる。

有無相對の無ではないのであります。
有るに対しての何んにも無いと云ふ、其の相對の、
有と無が相對してゐるところの、
有無相對の無じやないのであります。

絶對の無である。
對立がない。

有ると云ふことに對して、これは無いと云ふ、無いのではなくて
絶對の無であつて、其の絶對の無を突き貫いたところに、
其處に實相があるのであります。


(ミナシ)

「久遠の今」〜谷口雅春先生ご講話 (20591)
日時:2018年03月03日 (土) 13時56分
名前:源流


それで無と云ふのは、絶對などと云ふ文字をつけると解るけれども、
唯單に、無と云ふと吾々は概ね相對の無を考へます。

何んにもないと云ふ無の方を考へるものでありますから、
この無の字の代りに、空と云ふ字を持つて来て、佛教などでは
あらはしてゐるのであります。

これにもうひとつ眞と云ふ字をつけて、
眞空妙有と云ふやうな言葉があります。
眞空。本當の空である。

カラッポの空じやないのであつて、
其の中に一切のものが含まれてをつて、
そして、どこにも片寄らないのであります。

(ミナム)

谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (21121)
日時:2018年04月11日 (水) 08時57分
名前:源流

がんこ親爺 - 2018年03月23日 (金) 18時22分

http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=1061


吾真実の相は”霊”であるのである。これを実相というのである。

実相は”神の子”であり、神は霊であるがゆえに、我もまた霊的
存在である。

           ○

釈迦が、山川草木国土悉皆成仏とお悟りになった其の如く、
山も川も草も木も国土も悉く物質で無くて、
仏の命の現成であるという事が、わかってくるのである。

これを端的に表現して 物質はないというのである 
実は物質ではなく佛の命それを拝む心でなくてはならぬ。

           ○  

私達人間は皆神の子であるのである。
人間は肉体でわないのである神の子だから霊的存在なのである。

肉体は地上生活を営むために、私達の霊魂が霊界から地球と云う
天体に宇宙旅行してきて、ある期間、この天体にて生活するための
宇宙服に過ぎないのである。

此の宇宙服の奥に霊妙極まりなき霊的存在成る”本当の自分”があるのである。

今生きている真理 (21266)
日時:2018年04月26日 (木) 07時48分
名前:源流


田舎もんのブログー2018/3/16(金)
https://blogs.yahoo.co.jp/tachiyan50/34306383.html


宗教の話を聴聞に来ていながら、そんな話は古いという人がある。

 そういう人は目新しいことだけが真理であり、
価値があると思っている人であろう。 
感覚的に新しいものだけを追求するところに
宗教も道徳も存在しないのである。

 宗教家は単に話の新規を追ってはならないのである。 

また宗教の教えをきこうとする人も、
新しい話を聞きたいと思ってはならないのである。

 新しい話がききたければ寄席に行って、
漫才や落語をきくのがよいのである。

 宗教家に求むべきものは話の斬新さではないのである。
宗教家に求むべきものは、その人の悟りの深さであり、
その人の「信」の深さでなければならない。 

 その悟りと信仰とが、話をきいているうちに以心伝心
その信仰と悟りとが聴聞者につたわって来て、自然に聴聞者の迷いが除れ、
その影響が肉体の健康状態や、生活の変化にも現われて来るようでなければならない。

 話の新規が宗教の値打ではない、以心伝心、悟りを伝え信仰を深める迫力が
その宗教家の講話のなかにあるかないかが問題なのである。 

 兎も角、生長の家の宗教の法話やその教えの書籍は、
実際、ゆがめる家庭を正しくし、衰えた健康状態を恢復し、
難治の病気を自然消滅せしめるだけの迫力があるのである。

それは新しいとか古いとかを超越した
『今生きている真理』であるからである。
 
(ミナヤ)

三車火宅の譬 (21652)
日時:2018年05月23日 (水) 15時05分
名前:源流

(谷口雅春先生に帰りましょう・第二)より

(9340)
日時:2018年05月06日 (日) 08時47分
名前:中仙堂

法華経の比喩品と云う所に三車火宅の譬えと云うのが有ります。
三車と云うのは三つの車、三つの車と云うのは「羊の車」と「鹿の車」と「牛の車」で
あります。それから火宅と云うのは火の燃えて居る家であります。
三界は火宅の如しと云って現象世界は火の燃えている家の様なもので有る。と
煩悩の火が燃えて居る世界と云うので火宅と例えるので有りますが、「羊の車」「鹿の車」
それから「牛の車」三つの車と火宅に譬えた其の三車火宅の譬えと云うのを釈迦牟尼如来がお説きに成られて居るので有ります。
(此処に続く内容は大聖師ご高著『法華経解釈』をご参照下さい)

其れでその火宅の中に住みながら我々は色々の物を一生懸命に玩具を楽しんでいる。
玩具と云うのは実物じゃ無いんです。
何時かは壊れる物である。
名誉であるとか或いは財産であるとか或いは色々な物、現象的ないろいろな宝。
其う言う物、色々な事業も有れば、色々な計画も有ろうし、色々目に見えるいろいろ楽しいもの有りましょうけれども、
悉く此れはいつまでも常住実在している処のものでは無い。其れは崩れてしまう物なんですね。
其れで玩具に例えて居るんですね。

(大聖師谷口雅春先生のご講演データ引用)

http://bbs6.sekkaku.net/bbs/kaelou/&mode=res&log=2179

(みーハオー)

谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (22187)
日時:2018年06月28日 (木) 06時54分
名前:源流

がんこ親爺 - 2018年06月27日 (水) 00時15分

闇の夜に鳴かぬ烏の声聞けば、生まれぬ先の元ぞ恋しき。

           ○

”僕は、悟るという事がどうもわかりません。とこうお尋ねした。

”ああ、そうかね、悟るねえ、うん、うん、何も難しい事ないよ”

”それはね、相対世界から差をとることなんだよ”

我々は相対観念をもっている。その差をとるんだよ。

神様は向うで私はこちらと云って、神と己に差別的観念をもつと

絶対に悟れない。その差をとったらどないかね。

            ○

“君ねえ、病気が治った体験だと思うからいかん。

心が変わったら肉体が変わると云うのは、一番これが解かりやすい

でしょう”といわれました。

http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=kimidouge&mode=res&log=1061

幸福生活を送る秘伝 (22454)
日時:2018年07月13日 (金) 06時47分
名前:源流


国士無双 - 2018年06月01日 (金) 07時15分


「人間はね。自分を物質だと思ったら縛られてしまう。
肉体と思っているから肉体の病気になる。

佛の本性が自分である。
それは自分の中にチョッピリ佛のいのちががあるというのではない。
佛のかたまり、光のかたまり、如来のかたまりが自分である。

それをみなさんは悟らなければならない。

そして今日から

“ 私は~の無量寿如来これから毎日あらゆる点で一層良くなる”

と唱えなさい。目覚めた時、就寝の時二十回唱えなさい。

言葉は~なりだから実践したら必ず健康でも家庭調和でも欲するままになる。

これは秘宝の秘伝だ。
それを皆さんに伝へる。
免許皆伝だ。

これによって今より幸福生活をつくるやうにして下さい。」


http://bbs7.sekkaku.net/bbs/kimidouge/&mode=res&log=4346

真・善・美の生活 (22495)
日時:2018年07月15日 (日) 06時59分
名前:源流

(谷口雅春先生ご講話『真・善・美の生活』より)


真・善・美の生活とは、結局一つであり、
それは、自分の中の神なる実相が発現すれば、

「神があらわるれば乃すなわち善となり、義となり、慈悲となり、
調和おのずから備わり」というように現れてくるものである。

谷口雅春先生ご講話の落穂拾い(他生の縁) (23081)
日時:2018年08月23日 (木) 07時51分
名前:源流

がんこ親爺 - 2018年07月31日 (火) 23時53分

袖振り合うも他生の縁。というのは他の世界でうまれたときの、
其の御縁の続きによって生まれ、生まれ合わせているのである。

たとえば、私が釈迦無尼如来として生まれて、インドで講演
しておったとき、皆さんもその釈迦無尼如来の説法を聞いてそして
悟りを開いて菩薩となったような、そういう人も沢山集まって
居られる。

これが、他生の縁である。

http://bbs7.sekkaku.net/bbs/kimidouge/&mode=res&log=4351

あなたは、無量寿如来の命が宿る如来様です。 (23836)
日時:2018年10月13日 (土) 07時28分
名前:源流

がんこ親爺 - 2018年08月01日 (水) 00時34分

谷口雅春先生は、ご自身が90歳を超えられた時、
鶴は千年亀は万年と云うけれども、
人間は万年どころではない”無量寿如来”の命であるとお説きになりました。 

”この命はどこから出てきたかと云うと、帰命無量寿如来、
自分の命が無量寿如来、即ち阿弥陀さんの命から生まれて来た命である。
そして谷口雅春無量壽如来。


皆さんも皆同じく無量寿如来の命が宿る如来様ですよ。

http://bbs7.sekkaku.net/bbs/kimidouge/&mode=res&log=4352

《自分の実相を観ずる》 (24553)
日時:2018年11月29日 (木) 12時51分
名前:源流

(谷口雅春先生ご講話『真・善・美の生活』より)


   健康を追求するために、いろいろと体操をしたり、滋養物を食ったり、
   まあ、いろいろしても悪いことはないけれどもですね、

   その前にすべき事がある。それは何かというと、
   自分の実相を観ずることであるわけですね。

   実相即ち如来なる諸相荘厳なるところのですね、
   諸々の相が完全に壮厳極まりなき、極まり無く備わっているところの
   自分の実相身というものをですね、如来身というものをそれを観ずる。




谷口雅春先生御講話の“落穂拾い” (吉井孝明) (28093)
日時:2019年11月04日 (月) 08時12分
名前:源流

谷口雅春先生御講話の“落穂拾い” (吉井孝明)


       <第二話>



合掌、ありがとうございます。

 谷口雅春尊師のお言葉を直に耳にし、それを手帳にメモし、大学ノートに清書してきました。その幾つかをご紹介します。

                      *

「憎いのは相手であるけれども、そう思うのは自分の心である。
その自分の心が自分の体を支配しているのである」

                      *

「ボヤキは口の中の事でも祈りである」

                      *

「裁くから腹が立つのである」

                      *

「我(が)のある御魂(みたま)が我(が)がなくなって初めて、神様のお役に立つのである。初めから我(が)のない御魂(みたま)は弱くて役に立たない」

                      *

「死んだら自分が死んでいない事が分かる」

                      *

「胎児が母親の中にいて母の顔を見る事ができないように、人間は神を見る事ができない」

                      *

「学者でも作る事が出来ぬ血を赤ん坊ですら作る」

                      *

「寝ている間の心臓は誰が動かすのか」

                      *

「悟るとは相対世界の<差>を<とる>こと」

                      *

 「五官の眼では地球が丸いという事は分からないのである。太陽の周りを地球が廻っていることは五官の眼では分からない。それと同じく人間は如何なるものであるかということも、五官で見るだけでは分からないのである。」

                      *

「自分は教組ではない。實相世界に生長の家本部がある」

                      *

「自 動車のエンジンが飛行機のエンジンと似ているからといって、自動車が進化して飛行機になったのではありません。元の設計図が違うからです。自動車は」自動 車の設計図、飛行機は飛行機の設計図があるからです。猿が人間に似ているからといって、猿が進化して人間になったものではありません。神の理念、神の造ら れた設計図が人間を作り給うたのです」

                      *

「クシャミが出たら風邪を引いたと思うのではなく、風邪が出たと思いなさい」

                      *

「失くし物を探すとき、『無い、無い』と言って探すのではなく、『あった、あった』と言って探しなさい」

                      *

「歴史を批判したり、歴史を裁くことは出来ません。歴史に学ぶことは出来ます」

                      *

「朝日新聞はとらないように。あれは赤日新聞です。生長の家の皆さんは産経新聞を読みましょう」

                      *

「平等というのは嫉妬心(しっとしん)の合理化です」

                      *

「人間はみな霊位が違う」

                      *

「人間はみな因縁が異(ちが)うから悟りの程度も違う」

                      *

「汝、我を選びしにあらず。我、汝を選びしになり」

                      *

「挨拶はするもので、されるものではない」

                      *

「金持ちをつぶしても貧乏人は金持ちになれません」

                      *

「過去と他人を変えることは出来ぬが、変えることが出来るのは未来と自分だけ」

                      *

「老いてますます盛んなりと申さず、老いずしてますます盛んなりと訂正なさい」

                      *

「生まれ変わりとは、人間が霊であると知ったとき」

                      *

「喜べば、喜び事が、喜んで、喜び集めて、喜びに来る」

                      *

「天に口なし。人をして言わしむ」

                      *

「貪(ドン・むさぼり)、瞋(ジン・いかり)、癡(チ・おろか)は三大煩悩」

                      *

「下痢は恐怖心の強い人」

                      *

「ママよという気持ちは、赤子の如くその<まま>の心、病気の治りたい気持ちは駄目」
                      *

「気近(きみじか)、怒り、イライラは肺癌のもと」

                      *

「顔面神経痛は先祖供養」

                      *

「子供をよくするのは主人に感謝すること」

                      *

「神経痛は言葉の下に、“何々してやったのに”の“のに”がつく感情」

                      *

「不眠症は便所の掃除をして感謝すること」

                      *

「痔病は、イライラしない。<自我>が<ない>のはハイの心、素直な心、人を言葉で切らぬこと、<自我>ない、<痔が>ない」

                      *

「脚気。不平と悲しみ」

                      *

「肝臓。憎み、うらみ、怒りの集積」

                      *

「肛門。出し渋り、薄情、欲張り」

                      *

「尿。祖先、夫婦仲良く」

                      *

「黄疸。目上の人への反感、親との金の争い」

                      *

「胃。生活に喜びがない」

                      *

「胃と痔はイジが悪いから親戚同士」

                      *

「十二指腸。親との和解、親への感謝で治る」

                      *

「喘息。財産問題」

                      *


平成23年6月26日 掲載 再合掌


雅春先生御講話の“落穂拾い”<第三話> (3021)
日時:2011年06月27日 (月) 00時22分
名前:吉井孝明

     谷口雅春先生御講話の“落穂拾い” (吉井孝明)



           <第三話>



<<  この世は平等じゃないんですよ。生まれ出た時に、男と女に分かれているんですよ。男と女は平等ですか。女は子供を生む事が出来るが、男は生む事が出来ない でしょう。それから何処の国に生まれるか、日本か、米国か、アフリカか、北極か、南国か、其れに顔が色が違う。言葉が違う。賢い頭脳に生まれるか、そうで ないか、美人に生まれるか、醜男(ぶおとこ)か、金持ちの家に生まれるか、貧乏人に生まれるか、健康か、病弱で生まれるか、盲目(もうもく)か、聾(つん ぼ)か、唖(おし)か、千差万別、皆違うのです。それが現世なのです。しかし平等に与えられているものは、太陽と水と空気は神から無限に頂戴して居るので す。

「今世は前世の借金を払う場所」

「現世は過去の贖(つぐな)い」 >>



<< 万教 帰一とはね、富士登山の折、箱根から登る道、御殿場からの道、叉芦ノ湖から登る道と色々あり、皆それぞれに特徴を宣伝――勧誘しますが、翌日山頂で日の出 を仰ぎ、ああ神々しいと喜び、隣を見れば箱根からの人、御殿場からの人、芦ノ湖から登って来た人皆が一緒に喜び合って日の出を見られたのです。登りが色々 違っても頂上に達すれば、真理は一つ。 >>



<< 沢山の薬があり紫色で苦い薬、黄色で酸っぱい薬、赤くて甘い薬、各々(おのおの)特長のある製薬会社。我が社が一番と云っているが、それを飲み元気になったのは、黄色薬、紫色薬、赤薬が効いたのではなくその中に入っていたビタミンという真理がきいたのですよ。>>



<< 炭火は実在であり、埃(ほこり)は実在に触れると、業は煙となり霧散霧消(むさんむしょう)、埃は赤い炭火となる」

 「自分の名前に○○さん○○君と付けて呼べば神様から呼ばれているように感じ、強く響きますよ」

 「吉井君、三界唯心所現と云う法則は絶対だよ」

 「自分のことを吉井如来(にゅらい)、孝明(たかあき)菩薩(ぼさつ)と呼びなさい」

 「霊とは純粋にして混ざり気のないところの心のエッセンス」

 「心とは霊が動き出して知性的、感情的、意志的波動と成って現れたもの」

 「魂とは人間の全体性のバランスを維持する働きの精神的エネルギー」

 「過去の事で怒り悩む持越し苦労、分からぬ明日の事で取り越し苦労せず、今の今に感謝し喜べば、今が過去に成り、喜びの過去に成る」

 「心に過去を摑(つか)めば摑んでいる間、過去が現在に成って居る」

 「念とは今の心」

 「業とは念の集積」>>



平成23年6月27日 掲載(終わり)再合掌

http://blog.livedoor.jp/seimeinojissoh/archives/26121634.html

谷口雅春先生のお教えの落穂拾い。 (28280)
日時:2019年12月24日 (火) 09時11分
名前:源流



日時:2019年04月22日 (月) 23時05分
名前:がんこ親爺

我のある御魂が、我が無くなって始めて神さまのお役に立つのであ
る。
始めから我のない御魂は弱くて、役に立たぬ。

我と云う小さき心捨ててみよ。
大千世界さわるものなし。

http://bbs5.sekkaku.net/bbs/daityouwa/&mode=res&log=8870

・・・

日時:2019年04月23日 (火) 19時11分
名前:がんこ親爺

猿と人間は似ているからといって、
猿が進化して人間になったのではないのです。

自動車のエンジンと飛行機のエンジンとが似ているからといって、
自動車が進化して飛行機になったのではないのです。

自動車は自動車の設計図、
飛行機は飛行機の設計図によって作られたのです。 

猿は猿の理念。

人間は人間の理念によって、
神様が理念によって人間を造られたのです。

http://bbs5.sekkaku.net/bbs/daityouwa/&mode=res&log=8871

・・・


日時:2019年05月09日 (木) 17時55分
名前:がんこ親爺

憎い相手に怒りの言葉の弾を撃って、
当たれば痛快だろうが怒りの弾を飛ばす為には、
先ずこちらの砲身の中の火薬を爆発させなければならない。

怒りの弾(ことば)を飛ばす度に、先ず自分の砲身が
つまり自分の体が焼け爛れるのです。

怒りの弾が相手に当たる前に
自分の砲身(からだ)傷ついてしまふのです。

怒りの弾は自殺行為ですよ。  合掌。


http://bbs5.sekkaku.net/bbs/daityouwa/&mode=res&log=8901

・・・

日時:2019年05月15日 (水) 19時50分
名前:がんこ親爺

胎児が母親の顔を見る事が出来ないように、
私達は神を観ることは出来ないのである。

探し物をするときは無い無いといつて探さずに、
あったあったと云って探しなさい。

宿命とは生まれる前から定められている、どうにもならない運命。


宇宙の大生命を神と呼ぶ。

http://bbs5.sekkaku.net/bbs/daityouwa/&mode=res&log=8926


道場雑話〜谷口雅春先生 (28565)
日時:2020年02月24日 (月) 08時54分
名前:源流

道場雑話〜谷口雅春先生

道産子
2019/06/27 (Thu) 08:10:25


理想世界誌 昭和四十四年2/1号

  道場雑話  日本的思惟について  谷口雅春先生


〇“日の丸”は無我の象徴であり、“あかきこころ”の象徴である。

 日本人は無我を尊んだのである。

 葉隠論語の「武士道は死ぬことと見つけたり」というのは、
 自我を死に切らす時、本当の”生”が出て来ることを反語的に
 表現したものである。


http://dentou.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7869355

・・・

道場雑話(2)

道産子
2019/06/27 (Thu) 08:10:25

“日の丸”は〇であり、無我であり、
 ○の中に赤き心が蔵されているのである。

 白丸だけでは、否定に過ぎないが、“日の丸”によって
 無我の中にある赤心(まごころ)の肯定があるのである。

 真空妙有の象徴である。

・・・

道場雑話(3)

道産子
2019/06/28 (Fri) 08:02:28


 無我を尊ぶ日本民族の精神は、その言語にもあらわれているのである。
すなわち吾々は、「私は学校へ往ってまいります」とは言わないで、
単に「学校へ往ってまいります」と言う。

「私は」という主格抜きに話す言葉が無数にあるのである。

ところが英語などでは、必ず I am going to school.という風に
「必ず」と言ってよい程 I am(自我)をつけるのである。

ここに日本的思惟と西洋的思惟との相違がみられるのである。

・・・

道場雑話(4)

道産子
2019/06/28 (Fri) 08:02:28


 「武士は食わねど高楊枝」という日本の諺には、

武士的精神は、食欲や物欲に支配されない、
もっと高い次元の精神をもって生活しているのだ
という事が表現されているのである。

・・・

道場雑話(5)

道産子
2019/06/29 (Sat) 07:57:59
2019/06/30 (Sun) 08:51:18


 〇徳川時代に士農工商という風に士(さむらい)を最も高き階級に置き、
商人を最も低き階級のものだとしたのは、商人は、自ら造らず、
他の人の造ったものを唯動かすのみによって利鞘を稼ぎ、
物質的金銭的利益の追求に恋々としているから低い精神の持ち主だと
認められていたのである。


〇武士は常に「肉体の死」に直面する精神をもつ、即ち物質否定“
”肉体否定“の理想の上に立って行動し、”名“を重んずるが故に
尊敬されたのである。

 ”名”とは“世間の名声という意味だけではない。
家門の名誉という意味もあるが、”名“とはコトバであり、
実相であり、生命の本質である。

基督教の祈りには「イエスの名に於いて何々を成さしめ給え」とあるのと
同様、”名”とは生命の実相又は本質を指すのである。

武士は常に生命の本質を生きる理想のために生きることを
モットーとしたからである。


 〇“士”の次に“農”が尊敬されたのは、
農は宇宙造化の生成化育の神業に参与する仕事だからである。


〇次に“工”が尊敬されたのは、直接に宇宙造化には参与しないけれども
造化の神秘が創造したものに“工”を加えて更にそこに個性的な表現を為す
と共に人類の資生産業に貢献するからである。
今は“工”は工業として利潤増加を目的として概ね使われている点に、
時代の移り変りが見られるのである。

・・・

道場雑話(6)

道産子
2019/06/30 (Sun) 08:51:18
2019/07/01 (Mon) 08:10:44


〇日本民族は血統を尊んだのである。
血は“霊(ち)”の物質化であり“霊(れい)”の表現である。
血のつながりは霊統のつながりを示すのである。

日本人は「神州清潔の民」と称せられた位で、
血の純粋を尊敬したのである。
血が汚れるという事を非常に諱(い)みおそれたのである。


 〇日本民族の結婚は、家と家との結婚であった。
この”家”と言うのは建物のことではないのである。

血統及び霊統の連綿たるつながりを“家”と言うのである。
“家門の名誉”を尊ぶというのも、その血の中に、霊統の中に
汚れたるものが無いという事を誇りとするのである。

・・・

道場雑話(7)

道産子
2019/07/01 (Mon) 08:10:44
2019/07/02 (Tue) 08:10:46


〇戦後、占領軍が上陸して来て、日本を弱体化するために、
三S政策を実施したのである。

三S政策というのは、
Sex、Screen(映画)、SportsというSが頭文字に付いている三つである。

日本国憲法の第二十四条に「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し・・・・・」
と定められて、一個の人間を祖先・父母・家系・霊統から切り放って、
”男女両性のセックスの合意に基づいて成立し“という風に、
肉体性欲の要求こそ基本人権であって、他の何ものにも優先する如くに定めて、
人間の肉体的性欲の優先的解放を奨励すると共に

出版・言論・表現の自由を憲法第二十一条に規定して、どんな猥褻な
ベッド・シーンの描写でも、それを映画に表現して青年男女を性欲に
誘惑することを基本人権の自由行使として定めたのである。

これによって日本の青少年は常にセックスの誘惑に晒され、
父母に背き、勝手に性欲の赴くままに離合して恬として恥じない状態に
なったばかりでなく、有夫の人妻の間に潜在黴毒が無数に広がりつつある
危険を警告している有識者もあるのである。


 〇更に第三のスポーツの奨励は別に悪い傾向ではないようだけれども、
占領軍の駐留当時は、精神的なスポーツなる柔剣道の練習を禁止し、
西洋的なスポーツ、特に競輪、競馬、パチンコ等の半ばギャンブル(博奕)の
要素を含むスポーツを奨励して、そのために家庭が無数に破壊されたのであった。

今でも政府の方針は体育偏重の教育を続けており、各県に巨大な輪奐の美を誇る
体育館を建てるけれども徳育館は建てないものであるから、身長、体重共に
青年は巨大になりつつあるかわりに各大学では至る所に学生騒動を
起こしつつあるのであって、これは全くイザナミ優先の文化構成の
ために、
沫島や蛭子の如き、“神の子”には似ても似つかぬ青年が養成されつつあるのである。

・・・

道場雑話(8)

道産子
2019/07/03 (Wed) 08:02:55


 〇日本民族は常に〇相を見て来たのである。
それは日の丸精神であり、楕円形のように中心が沢山にあるのではないのである。

正円には唯一つの中心があるのみである。
唯一つの中心があるもののみが常住の安定を得るのである。

日本国が内部事情や、国際事情により権力奪取の闘争や戦争が途中で
幾変遷があったにせよ、二千六百二十八年も皇統連綿として、
この帝国が持続したのは、唯一つの“中心生命”を”天皇”に於いて
見詰めて来たからであるのである。


〇古事記神話に、古代日本民族が最初に既述した中心は、
天之御中主神である。

すなわち宇宙に唯一つの中心生命のある事を認めて、
それを天之御中主神という神名で表現したのである。

日本民族のエネルギーの源泉は天皇を現実の媒介として宇宙の中心生命を
そこに見出し、宇宙の中心生命に回帰することになったのであります。

・・・

道場雑話(9)

道産子
2019/07/04 (Thu) 08:05:24


〇本当の武士道は、“神武不殺”である。

日本書記の神武天皇の巻には、神日本磐余彦命(かむやまといわれひこのみこと)が、

「日の神の威いを背(そびら)に負いたてまつりて、み影のままに
圧躡(おそいな)むにしかじ。かからば即ち嘗て

刃に血ぬらずして、虜(あだ)必ず自ら敗れなむ」

と仰せられて熊野路に兵を迂回せしめて進軍せしめ給うたこと
記述されているが、

この「刃に血ぬらずして、虜(あだ)必ず自ら敗れなむ」の

精神が“神武不殺”の理想であるのである。

・・・

道場雑話(10)

道産子
2019/07/05 (Fri) 07:45:21


〇神武天皇はその御即位の詔勅に、「苟も民に利(くぼさ)あらば、
何ぞ聖(ひじり)の造(わざ)に妨(たが)わん。且(また)、
当に山林を披き払い、宮室(おおみや)を経営(おさめつく)りて、
恭(つつし)みて

宝位(たかみくら)に臨み、以って元元(大神宝=おおみたから)を
鎭(しず)むべし、上は即ち乾靈(天津神=あまつかみ=あめのかみ)の国を
授けたまう徳(みつくしび)に答え、

下は即ち皇孫(すめみま)の正を養いたまう心を弘めん。

然して後に、六合(くにのうち)を兼ねて以って都を開き,
八紘(あめのした)を掩(おおい)て宇(いえ)とせんこと、
亦可(よ)からずや」と仰せられているのである。

そこには決して侵略による建国の考えはないのであり、

「天津神の国を授けたまう徳に答え」と仰せられているのであって、
国というものは天津神から授ったという自覚が、日本民族が国家に対する
考え方であって、力づくで征服して国を造ったという様な考えは
微塵もないのである。

・・・

道場雑話(11)

道産子
2019/07/06 (Sat) 08:11:40
2019/07/07 (Sun) 07:52:08


 〇「苟も民に利(くぼさ)あらば、何ぞ聖(ひじり)の造(わざ)に
妨(たが)わん」という詔勅は民利と、天皇の国を治め給う聖業とは
一致するのであって、決して相克しないのが、
日本の天皇政治であるという意味なのである。

天皇制を倒さなければ、民主主義政治は行われないと考えるのは、
外国の国王対国民の関係を見る目をもって、日本の天皇制を観るからである。

日本の天皇制は外国の王制とは異なるのであって、
日本は「君民同治」の国体であって、
民利と天皇の、聖治とは一致するのである。

       (拙著『秘められたる神示』参照)


 〇かくて神武天皇は国民を「元元」即ち国家の元をなす大御宝であると仰せられ、
天津神より授かった御徳に答えるような立派な国の治め方をして、
皇孫瓊々杵尊(ににぎのみこと)が
「正を養い、慶びを積み、暉(ひかり)を重ね」(日本書記)て来られた。

その正を養いたもう御心をひろめ、
「然して六合を兼ねて以って都を開き,八紘を掩て宇と為さむ」と
仰せられているのである。

武力によって征服して「六合兼都・八紘為宇」を成就するのだったら、
それは侵略精神であるかも知れぬけれども、

正を養い、慶びを積み、暉を重ね民利を聖業とし、国を授け給うた
天津神の御徳にこたえ、

「然して後に天地四方(六合)の国々にも都があるが、
その上に列国を綜合する世界連邦の都を兼ねて開き、
世界のすべての民族の魂を紘(こう=冠のひも)を顎の下に結び合わす如く、
結び合わして、世界を戦争なき一家族にする事は、また男子の本懐で
はないか」
と仰せられたのが、神武天皇建国の理想であったのである。

既に二千六百有余年前に於いて、世界一家族(世界連邦)の理想を
建国の理想として打ち出された神武大帝によって建てられたこの
日本国に生まれた事を吾らは誇りに思うのである。

・・・

道場雑話(12)

道産子
2019/07/08 (Mon) 08:01:04
2019/07/09 (Tue) 07:58:46


 〇日本民族は時間空間を超えて”今”の一瞬そして“今”の一点に
“久遠の生命”を生きることを知っていたのである。

 それは古事記神話に瓊々杵尊が天降られて、塩椎神の案内を受けて
日向の笠沙御前に到り給うた時に大山津見神の娘・木花之佐久夜毘売に
お逢いになった。

まことに美しい娘なので、瓊々杵尊は、
「お前は私の妃にならないか」と仰せられた。

その時、木花咲耶姫は
「私一存ではご返事申し上げかねまする。父の大山津見神に申し込んで下さい」
とご返事申し上げた。

この風習は、現行の日本国憲法第二十四条の「婚姻は両性の合意のみに
基いて成立し」とあるのとは甚だ異なるのであって、
今此処に生きている「個」のいのちは、単に「個」だけのいのちではなくて、
「連綿として家系を貫いて連なる祖宗のいのち」と一体であるとの
自覚即ち「個即全」の自覚のあらわれであるのである。



その時、姫の父の大山津見神は非常に悦んで
姫の姉の石長比売も俱に貰って下さいといって種々(いろいろ)の
引出物と一緒に送って来られたのであった。

ところが瓊々杵尊は石長姫の容貌が甚だし醜くかったので、
「姉妹(きょうだい)二人は要らない。木花咲耶姫だけで結構です」
と言って木花咲耶姫のみを留めておいて、ただ一晩だけ同衾せられたのであった。

その時大山津見神は次のように言っているのである。

「女二人並べて奉れるゆえは、石長姫はその名の如く岩のように頑丈な姫で
ありますから、これをお貰いになる天津神の御子のおん命は巌のように
常堅不動(ときはかきは)にましませとお祈り申し上げたのでありますのに、
花咲耶姫だけをお貰いになって石長姫をお返しになりましたから、
天神(あまつかみ)の御子のおん命は、桜花がパッと美しく咲いて散るように、
久遠長久につづくことはなくなりました」

・・・

道場雑話(13)

道産子
2019/07/10 (Wed) 08:40:31


 〇これは無論、象徴的神話であるが、“美”というのは実相生命の顕現である。

その”美”を味わうことが、ただの一夜であろうとも、
それは久遠の実相につながるのであり、
ここに“今”即”久遠”を生きる日本精神の表現があるのである。

石長姫をお返しになったのは、いのち存(ながら)えたいために醜い生活をして
我慢しているような生活は日本的生き方でない事を示されている。


この神話で思い出されるのは、
「敷島の大和心を人問わば、朝日に匂う山桜花」という古歌である。

今”即”久遠”なり。

我らはこの日本的思惟によって“今”美しく潔く生きんかな。





道場雑話(14) (27405)
日時:2019年07月17日 (水) 09時22分
名前:源流

道産子
2019/07/11 (Thu) 07:43:28


〇さて一夜の同衾によって木花咲耶姫は妊娠せられた。

その時の事を古事記は次の如く書いている。

「木花之佐久夜毘売、参出て白(もう)したまわく、
“妾妊身(われはらめ)るを、今産むべき時になりぬ。
是の天津神の御子、私に産みまつるべきにあらず、
故、請(もう)すこと申したまいき。

爾(かれ),詔(の)りたまわく
” 佐久夜毘売、一宿(ひとよ)にや妊める、是(そ)は我が子に非じ、
必ず国津神の子にこそあらめ“

と宣(の)りたまえば

”我が妊める子、もし国津神の子ならんには、産むこと幸からず、
もし天津神の御子にまさば幸からん“

と申して、戸無き八尋殿を作りて、その殿内(とぬち)に入りまして、
土(はに)もて塗りふたぎて、産みます時にあたりて、
その殿に火をつけてなも産ましけり」

 このようにして燃える焔の中に於いてでも焼け滅びることなしに
三人の王子(みこ)、火照命(ほでりのみこと)、火須勢理命(ほすせりのみこと)、
火遠理命(ほおりのみこと)がお生まれになったのである。


日本民族は、生命の実相は不死であり、火にも焼けず、水にも溺れない
霊的存在であるという事を自覚していたのであり、

古事記はそのことを象徴的に書いているのである。




道場雑話(15) (27409)
日時:2019年07月19日 (金) 08時37分
名前:源流

道産子
2019/07/12 (Fri) 08:09:48


〇更に、生命は水にも溺れずということは
火遠理命(彦火々出見命=ひこほほでみみこと)が竜宮(海の底)に案内せられ
海神の娘豊玉姫と結婚せられた物語に表現されているのである。


〇古事記は、竜宮を単に”海底“という意味の他に時間空間いまだ発せざる
”未発の中“の一点(目无(めなし)勝間の小舟)“に乗って
到達するところの”生命の本源世界”として描いているのである。

無時間・無空間の絶対無(相対無ではない)の奥に、
七宝充満せる竜宮世界(実相界)があるのである。

この日本的哲学は“今”即”久遠”の日本民族的生き方の本源をなすものである。

大東亜戦争中の特攻隊の生き方も、淵源するところ、
この日本的思惟に基くのである。



道場雑話(16) (27418)
日時:2019年07月21日 (日) 08時06分
名前:源流

道産子
2019/07/13 (Sat) 08:20:02
2019/07/14 (Sun) 08:18:49
2019/07/15 (Mon) 07:38:14


〇さて彦火々出見命が海神の娘・豊玉姫命と結婚せられた結果、
豊玉姫命は愈々出産の時が来たのである。
豊玉姫命は、古事記の中で次のように言っている。

「天津の御子を海原に生みまつるべきにあらず」と。
そして、渚に産屋をつくり鵜の羽をもって屋根を葺くことにしたのであるが、
あまりの安産で鵜葺草(うがや)を葺き終わらないうちに御子が
お生まれになったので、その御子を鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)
と名づけ奉つたのであった。


 〇豊玉姫命がお産をせられる時に、
彦火々出見命はひそかに隙間よりお覗きあそばした。
すると豊玉姫は、竜宮の竜神であるという実相をあらわして

「八尋和邇に化(な)りて匍匐(は=ほふく)委蛇(もこよ)いき」
と古事記には記述されてあるのである。

“八尋”というのは
”八”は“弥々(いよいよ)多く”であり無限であり“尋”は広がりである。

無限広がりの実相世界に円くトグロを巻いて八紘を和して
家族にしていたというのである。

“邇“は「近い」という意味の字であって八紘を和して近親者となす
日本民族の使命が象徴的に表現されているのである。


 次に鵜葺草葺不合命が、竜宮系の姨君(おばぎみ)・玉依姫を娶り給うて、
産み給うた皇子(みこ)のひとりが、後に神武天皇と成りあそばされる
神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれひこのみこと)であらせられるのである。


 〇こうして日本民族は、天神の後裔が天降りて、
地神の大山津見神系を娶られ、ついで竜宮神の後裔と結ばれ、
更に地上に於いて出雲系の神と結ばれ、渾然一体なる大和の民族として
渾成したという自覚をもつのである。

        (おわり)

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谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (28635)
日時:2020年03月07日 (土) 08時11分
名前:源流

大東亜戦争 (27614)
日時:2019年08月15日 (木) 00時07分
名前:がんこ親爺

大東亜戦争は侵略戦争ではありません。

大東亜戦争は数世紀にわたって西欧列強諸国による植民地支配の下で
苦しめてきた東南アジア諸国”大東亜”を解放することが戦争の大義であった。

又アフリカ諸国も英仏独などの欧州列強の植民地とされていた。
ビルマ、フイリッピン、は日本との協力によって独立達成、
インドも大戦終了二年後にイギリスから独立。

八月十五日は懺悔や後悔の日ではない。アジア諸国は勿論、
アフリカ諸国の独立にも寄与した誇り高い大東亜戦争である。

       谷口雅春

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・・・

人間とは (27782)
日時:2019年09月12日 (木) 00時42分
名前:がんこ親爺

人間は霊である。

神の子である。

神の理念によって生かされて居るのである。

人間は平等ではないのである。

平等なのは太陽,空気、水、の恩恵を受けて居る事。

眠っている間の心臓は誰が動かしているのか。

神様有難うございます。    合掌。

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・・・

実相とは。 (27797)
日時:2019年09月17日 (火) 23時12分
名前:がんこ親爺

諸君は、”生長の家”の本部講堂や練成道場の講壇の正面に
(実相)と云う大文字が掲げてあることを知っているであろう。

あれは ”わたし”が掲げるように命じたのである。

なかには、何かあの文字に大なる神秘的霊力があって、あれを礼拝

すれば
何か功徳があるかのように思って礼拝している人があるが、
実相とは ”あなた自身の実相 ”である。

あなたの実相は、純粋透明な空気のように肉眼には見えないから、
それを思い出して自分の実相を礼拝する機会を大抵の人はもたないのである。

そして肉眼に見える肉体的姿を自分自身だと思い間違え、
自分自身を物質的存在だと思い込んでしまうのである。

だから、自分自身を物質的存在だと間違えないように、
(実相)と文字に大書して、自己の”実相 ”をその文字に移入して
礼拝するようにしてあるのである。

            谷口雅春。

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・・・

喜こびごと (27913)
日時:2019年10月08日 (火) 14時48分
名前:がんこ親爺

喜べば、喜び事が喜んで

喜び集めて 喜びにくる。


心ころころ 心こそ心惑わす心なり、心に心、心まどわず。
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谷口雅春先生ご講話の落穂拾い  (28723)
日時:2020年03月24日 (火) 08時10分
名前:源流

潜在意識と現在意識の食い違い (28052)
日時:2019年10月25日 (金) 02時00分
名前:がんこ親爺

戦時中、日本人は現在意識の願いは[勝ちたい]という事であった

に拘わらず、潜在意識の願いは[海ゆかば水漬く屍・靖国神社

であおうよ」(負けて死ぬ)事であった。其処に現在意識の願いと

潜在意識の願いとに食い違いがあったのである。

                     谷口雅春

http://bbs5.sekkaku.net/bbs/daityouwa/&mode=res&log=9246

・・・

心ころころ (27770)
日時:2019年09月10日 (火) 02時07分
名前:がんこ親爺

心 ころころ 心こそ 心惑わす心なり。

心に心 心まどわず。


わが心無なしふして神の御心生長の家の大神に従い奉る。

http://bbs5.sekkaku.net/bbs/daityouwa/&mode=res&log=9169

・・・

如来と言ふのは、 (28111)
日時:2019年11月11日 (月) 22時59分
名前:がんこ親爺

如来と言ふのは、真如。真如と言ふのはマコト、本物、其の儘

実在ですね。如はさながら実在の、其の儘の其処から生まれて来た

来生して来たので如来といふ。其処で宇宙の本物の、実相のさなが

らの其処から ポッカリ出てきた所の神の理念が、人間であり。

如来である。

            谷口雅春

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・・・

大嘗祭の意義 (28115)
日時:2019年11月13日 (水) 15時41分
名前:がんこ親爺

天照大御神の御神霊が、天皇に天下って来て、天皇の内に入り給い

其の時、天照大御神の現実的顕現として、天皇として宇宙神霊が

具体化されるということになっているのです。

                     谷口雅春

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・・・
霊とは、心とは、魂とは。 (28125)
日時:2019年11月16日 (土) 00時51分
名前:がんこ親爺

霊とは、純粋にして混じり気のないところの”心のエッセンス”


心とは、霊が動き出して知性的又は感情的又は意志的波動となって

表われたもの。


魂とは、人間の全体性のバランスを維持する働きの精神的

            谷口雅春

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・・・

共産党に物申す (28112)
日時:2019年11月13日 (水) 00時23分
名前:がんこ親爺

金持ちを潰しても、貧乏人は金持ちにはなれませんよ。

              谷口雅春

http://bbs5.sekkaku.net/bbs/daityouwa/&mode=res&log=9268


谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (28889)
日時:2020年05月02日 (土) 08時28分
名前:源流

何故唯一神の神が、別の御名で顕現せられるのか。 (28183)
日時:2019年12月05日 (木) 00時45分
名前:がんこ親爺

何故ーつの神が、ある教祖に対して別の御名で顕現せられるのかと
申しますると、名前は神様自身がお付けになったのではありません。

本源真実の唯一神に名前などは無いのであります。

「わしはこういう内容の神である」という思想が教祖に
無線電信の様に伝わって来るのであります。

生長の家の神様は、[すべてを抱容し大調和せしむる家」であること、及び
「吾らに宿る無限力]と「実相の悟り』とを特に強調してお顕われに、
成ったように、私には受け取れるのであります。

                     谷口雅春

http://bbs5.sekkaku.net/bbs/daityouwa/&mode=res&log=9289

・・・

実相の声 (28216)
日時:2019年12月11日 (水) 15時30分
名前:がんこ親爺

大波の様な巾の広い、柔らかで威圧声で、物質は無い、無より一切を生ず、
一切現象は念の所現にして本来無、本来無なるが故に無より一切を生ず。

知れ一切現象なし。
汝の肉体もなし。
心も無い。

心もなければ何もないのかと、私は再び其の声に尋ねた。

   実相がある。実相がある。とその声はハッキリと答えた。

         谷口雅春

http://bbs5.sekkaku.net/bbs/daityouwa/&mode=res&log=9300

・・・

恩返しを期待してはならぬ。 (28240)
日時:2019年12月18日 (水) 00時01分
名前:がんこ親爺

他に恩恵を施しても、恩返しを期待してはならぬ。
必ずしも出したところから、入れなければならぬと云うことがないのである。

人間の肛門と同じことである。
出すところで出してさえ置けば、
入るところから却って美味しいものが入ってくるのである。

                   谷口雅春

http://bbs5.sekkaku.net/bbs/daityouwa/&mode=res&log=9306

・・・

貴方の境涯は (28266)
日時:2019年12月21日 (土) 17時46分
名前:がんこ親爺

今如何なる境涯におかれていようとも、神はその境涯でなければ
学ぶ事の出来ない何者かを、その場に於いて教え様としていられる
のだと感謝しなければならない。

                 谷口雅春

http://bbs5.sekkaku.net/bbs/daityouwa/&mode=res&log=9313




谷口雅春先生ご講話の落穂拾い (29101)
日時:2020年05月24日 (日) 07時43分
名前:源流

下剋上の心は頭の病いを来たす

日時:2020年01月08日 (水) 20時39分
名前:がんこ親爺


神を尊び、先祖を尊ぶ秩序の念を破る時、頭脳の病気は起こるの
である。

神に感謝し、祖先に感謝し、祖先の霊に聖経を読誦する時、
精神病や、癲癇や、脳膜炎や、脳せき髄膜炎は癒える。

下剋上の心は頭及び脊柱の故障を起すものである。

                 谷口雅春
http://bbs5.sekkaku.net/bbs/daityouwa/&mode=res&log=9337

・・・

人間とは。

日時:2020年01月14日 (火) 01時05分
名前:がんこ親爺


人間は霊なり。

神は人間の光源にして人間は神より出たる光なり。

光と光源とは一体成るが如く人間と神とは一体なり。

実相の世界に於いては神と人間とは一体なり。

             谷口雅春

http://bbs5.sekkaku.net/bbs/daityouwa/&mode=res&log=9347

・・・

老齢は人類全体が心に撒いた種。

日時:2020年01月20日 (月) 00時50分
名前:がんこ親爺


老齢はまず心にはじまる。
心に撒いた「老齢」と云う種の収穫である。

我々は周囲の人々が或る年齢に達すると老衰の徴候をあらわし
はじめるの見て,自身もおよそあの年齢に達したら、同じ様に老衰
の徴候を表すものだと想像するのである。

そして人間の老衰することは避くべからざることだと確信するが故に、
老衰の徴候が肉体にきざまれ始める。

心が老衰を避けがたいと信ずる為。

人類全体の習慣的信念がまた老衰を避け難いからだとしているから
何事も先ず心に始まるのだ。

               谷口雅春

http://bbs5.sekkaku.net/bbs/daityouwa/&mode=res&log=9353



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