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「三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実」 (28753)
日時:2020年03月29日 (日) 13時47分
名前:楯の会

「三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実」を見てきました。NEW (11754)
日時:2020年03月28日 (土) 14時42分
名前:破邪顕正


最初から最後まで、スクリーンに釘付けとなって魅入ってしまいました。

かつて、その討論が本になっていましたから、読んではいました。

しかし、これが映像のもつ力なのでしょうね、実に新鮮で、最初から最後まで引き込まれてしまいました。

若い人が「三島由紀夫に対する怖いイメージが変わった。あの笑顔に引き込まれた」と言っていたのも頷けます。

上映中、私が考えていたことは、この討論会場となった東大駒場キャンパスの900番教室を成り立たせていたものは何であったのか、ということでした。

右と左、普通に考えれば相交わることのない両者がどうして同じ土俵に上がることができたのか。

その土俵とは何だったのか?

ある識者は、それを反米愛国≠ニ見ました。

なるほど、そう見ることも可能でしょう、一理あるとは思います。

しかし、私は、それでは事の本質を見抜けないように思いました。

今回の映画を見て、私なりに確信したのは、この同じ土俵を成り立たしめていたのは、戦後≠ニいう時代そのものが胚胎していた欺瞞、偽善、それに対する嫌悪感ではなかったかと思うのです。

それを象徴的に物語っていたのが、全共闘が丸山眞男を殴ったという事件です。

丸山眞男と言えば、東大教授で、戦後≠代表する進歩的文化人でした。

それを殴るというのは、まさしく、戦後≠ニいう時代、その思想そのものを殴りつけたのでなかったか。

三島先生も、そのことを高く評価してもいました。

ですから、両者を同じ土俵に乗せているのは、反戦後=戦後という時代への怒り≠ナはなかったかと思ったのです。

もう一つ、今回、初めて知った事実は、全共闘が、もしかしたらこの討論会は潰されるかもしれないと恐れていた、ということでした。

一体、だれが潰そうとしていたのか。

日本共産党・民主青年同盟だったのです。

当時、東大教養学部の自治会は、民青の天下でありました。

まさしく日共・民青そのものが、キャンパス内では体制¢、だったのです。

映画の中で、三島先生が、学生の暴動を抑え込むために、反暴力の国会決議を自民党と共産党とが手を組んでやろうとしている、それに嫌悪感を覚えると言われていた話が出てきます。

自民党とも手を握る共産党、それを成り立たせるのもまた戦後=B

そういう戦後≠そのまま、まるごと、肯定していていいのか。

そういう問題意識が、両者の間において共鳴、共感、共振しあったのではないのか。

司会役の木村修氏が思わず三島先生≠ニ言ってしまう場面が出てきます。

何故、先生と言ってしまったか、弁明するところが何とも微笑ましいのですが、そういうことがあり得たのも、両者の間に、何か響き合うものがあったからだと思うのです。

一方、三島先生自身も、集まった学生とは20歳以上も違うのに、終始、丁寧な言葉遣いに徹しておられます。

互いが互いを認め、そこに敬意を表する、それがまた同じ土俵をつくりあげた一つの要因にもなっていたと思います。

もとより、同じ土俵ではあっても、両者を決定的に分けるものがありました。

それが「天皇」でした。

全共闘も何だかんだ言っても、結局は、戦後教育の申し子なのです。

「天皇」を受け入れることはできなかった、だから、三島先生が「天皇」を持ち出されたとき、失笑で返すしかなかったのです。

戦後教育≠否定し得ずして、それに乗っかって、果たして戦後≠撃てるのか。

それに対して、三島先生は、「時間」ということを提起されます。

日本の悠久の歴史、伝統、文化の「時間」を入れて初めて、戦後≠ニいう時代を相対化し、その欺瞞、偽善を剔抉し得て、根本的な視座から撃つことができる。

その象徴をこそ「天皇」に求められたのではなかったか。

スクリーンから伝わってくる三島先生の得も言えぬ魅力、50年の時空を超えて、ひしひしと直に迫ってまいりました。

最後は感激の涙でいっぱいになりました。

この三島先生が、最後に会いたいなあと言われたのが尊師・谷口雅春先生でありました。

稿を改めて、尊師と三島先生とをつなぐ糸について、思うところを書いてみたいと思います。

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嬉しいお言葉です!NEW (11757)
日時:2020年03月29日 (日) 02時46分
名前:聖地巡拝参加者

昭和45年11月25日のことは忘れも致しません。

あの日の深い衝撃、驚きは今もまざまざと蘇って参ります。

「どうしてこんなことが・・・」

という疑問とともに、三島氏の文學そのもの、政治的主張等々、

あれこれと渉猟致しますうちに、

雅春先生の『愛国は生と死を超えて』にたどり着いたのでした。

50年が過ぎて、三島氏への評価も時代とともに薄れゆくのか、と

いささか危惧致す日々でしたが、具眼の士は多くご健在です。

先ごろも、御年95歳の方と歓談の際、

「三島さんほどに、自分の信念を見事に貫いた方を、

正当に評価できないなんて、世の中がおかしいですね」との

話で意気投合、雅春先生の『愛国は』の御本と、

『生命の實相』をお貸ししたところでした。

「占領憲法に体当たり」された三島氏の御遺徳を、

末永く顕彰しつづけたく思います。

その意味でも、「谷口雅春先生を学ぶ会」が晴れて宗教法人格を

取得されましたことを、心より慶賀致す毎日です。

合掌



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