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 天皇の『人間宣言』に関しての御講演       (昭和21.1.1. 御講習) (5254)
日時:2013年01月04日 (金) 13時38分
名前:童子

 昭和二十一年一月元日、吾等日本国民は真に新たに生れたのであります。吾々は今や二千六百年の短い歴史をもった小日本国の国民ではなくなったのであります。今月今日、『吾等は世界を国とする人』即ちコスモポリタンとなったのです。吾々はもう地上の一国の歴史と言うものに縛られなくなったのです。


 陛下はこの日詔勅をお下しになり、

 『朕ト爾等トノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現人神トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有スルトノ架空ナル観念ニ基クモノニ非ズ ・・・・・』

とハッキリと宣言し給うたのであります。

 私は此の詔書を新聞で読んだときに、愕然としたのであります。日本国民の殆ど全部はあの八月十五日、陛下の玉音の詔勅を承ったときに愕然とし、放心し、やがて潜々と両頬に伝わる涙を自覚したと言われておりますが、私はあの時、『ついに来るべきものが来た、よかった。ニセ物の日本の戦は終った』と感じたのであります。・・・・・・




(※『大和の国日本』掲載の『新生への言葉』の書き出しですが、同書に載せれなかった後半部分を転載いたします

 先ずは『大和の国日本』67〜77頁お読みの上お願いします)


 



 

〈2〉 (5255)
日時:2013年01月04日 (金) 14時13分
名前:童子

 國體の護持と云う言葉が唱えられておりますが、國體と云うものは、国の制度や、形態ではない、『“国なるもの”』即ち国の理念の‘なり方’であるのであります。


 『大和(だいわ)』の理念が、日本の國體でありますが、日本盛んなるが如く見えた軍国主義の時には、『大和の理念』は却って滅びていたのであります。今や好戦日本は滅亡して平和日本、即ち大和日本〈真の日本〉が呱々の声を挙げたのであります。これこそ真の日本〈理念日本〉の勝利であります。



 最近日本の歴史を充分実際につき検討して、日本歴史を書き直すと云うことが唱えられておりますが、文字に書いた日本歴史などは、今更それを抹殺するまでもなく、その通りの事実があると見るのは全然間違いであります。

 だから私は古事記を取扱っても、それを歴史的事実として見ずに、『こうありたい』『かくあるべし』と云う民族の欲求乃至理念が表現されたものとして、それを象徴的に解釈すべきであると主張して来たのであります。

 天孫降臨と云う神話でも、それはこれを歴史的事実として見て、黄色人種の或る帝王と結びつけて考えるから、一派の軍国主義者に利用されるのでありますが、

 キリスト教聖書にあるが如く、やがて『みこころの天に成れるが如く地にも成る世界が来る』〈マタイ伝第六章一○〉のであり、『その時地上の諸族みな嘆きかつ人の子の能力と大なる栄光とをもって天の雲に乗り来るを見ん』〈マタイ伝第二十四章三○〉と云うのであればやがて世界は、キリスト教に於ける如く天上より神の理念の体現者が天降って来て世界一環の連邦世界の威厳的体現者となる時期が来ると解釈できるのであって、

 それが何人種とか、如何なる血統とかと定める必要はないのであって、日本の古事記のみならず、聖書も、仏典も、神意の体現者が天降り来て統治する世界が必ず出現すべきである。

 『斯くありたい』若しくは『斯くあるべきだ』と翹望しているのであります。かくの如き神意の体現者は誰であるかと云うと、今のところまだそれほど徳高き人はあらわれていないのであります。



 黙示録に預言されたる白馬にまたがり給う王の王と書かれておりますが、今上陛下は白馬に跨り給わず、写真で見ると鼠色斑点のある名馬初雪に、またがっていられるのであります。兎も角神意の体現者は何時のころに地上に降臨し給うかは知りませぬが、世界全人類は兎も角それを仰望している。その人類全体の内部精神の内から盛り上がるところの翹望が神話の形をとったのが、天孫降臨の神話でありまして、これは日本歴史ではない。世界人類全体の内部生命の要請の神話化であります。

                          〜 つづく

〈3〉 (5283)
日時:2013年01月05日 (土) 10時34分
名前:童子

 歴史と云うものは如何に書き換えても書き直さなくとも、いづれも創作であり、ウソであります。


 私が斯うして話している。それを速記者が速記術で速記する。それを書き上げたのを見ますと、私の言わない事が書いてあるのに全く驚くことがある。時には私の言ったことの意味とは全然反対になったりしていることがあったりします。

 速記録を見ますと、『憎む』が『憎まれる』になっていたり、『あります』が『ありません』になっていたり致します。今眼の前で間違いなく速記しようと思って記述してさえもこのような間違いが出来る。


 私は名古屋市の公会堂で講演したとき、昭和警察署の特高課から『一寸来い』と云うので行って見ると、『君は斯う云って演説したそうだが、今その聴き書きを朗読するからその通り云ったかね』と云った特高の主任の朗読するところを聴きますと、『生長の家の神様を信ずると弾丸が中らぬ』と私が演説したことになっている。

 私は『神のみこころに一致して行動するところには弾丸も中らぬ。神は無敵であるから、如何なる不幸も神と偕なるときには其の人の身辺に来るものではない』とダビテの詩篇第九十一篇の真理を述べたのであることを申しましたら、『それでは日本兵で弾丸に中った人は、皆神のみこころにかなわない不忠の人か、それでは靖國の英霊を冒涜することになる』と不敬罪にでも問いそうな権幕でありました。



 その頃彼らの考えている『忠義』と云うものと、吾々の講演してあるいている『神のみこころに適う』と云うこととは全然別なのであります。

 あの戦争が神のみこころに適う戦争であるならば『忠義』と『神のみこころに適う』とは一致していたかも知れないが、そうではなかった。私はもう戦争が始まった以上、民間独力の吾々では戦争を停止せしめる力がないから、戦争の惨害を出来るだけ少なくしたい。そのためには日本人の心が『神のみ心にかなう』ようにならねばならぬ。

 日本の戦は、双刃の剣の理念であるから、敵の方にも、味方の方にも両方とも刃が向いている。味方が悪ければ味方が斬られ傷くのだから心を円満に有たねばならぬ。

 戦うにしても和の心で戦わねばならぬ。敵を拝み、敵に感謝して進軍すると、味方も傷つかぬ、必勝生還であると説教した。而も此の真理は実証されているのであって、先刻申しました桐生市の岩淵婆さんのようにスパイと間違えられてもアメリカの飛行機を拝む生長の家信者が出て来たのであります。

                          〜 つづく

(4) (5329)
日時:2013年01月06日 (日) 18時04分
名前:童子

 それは兎に角、人間が聴いて書いたものは、今現に速記しても正確に事実をあらわし得ない。況や、百年、千年前の伝説などで書かれたものは事実の歴史ではないのであって、『斯くありたい』の願望又は『斯くあるべし』の民族生命の当為(ゾルレン)の要請が歴史の形をもって表現された創作に過ぎないのであります。


 今や、新しく生れ又は新しく誕生せんとする日本民族の『斯くありたい』の願望、『斯くあるべし』の要請は、古事記や日本書紀が書かれた時代のそれとは全然異なるのでありますから、古き時代の願望と要請とに随って書かれた神話や歴史は当然廃棄して差支えないのであります。


 新生するためには寧ろ、そう云うものは無い方が好い。マッカーサー司令部の日本歴史廃棄の指令はまことに時宜を得たる宣言であります。斯くの如くしてのみ、新日本は誕生するのであります。私は寧ろ秦始皇帝がしたように一切の日本歴史書を焼いて了ったら好いと思う位です。斯くの如くして、人間所造の創作的日本民族の系譜は消える。


 アッシシの聖者フランシズは貧民に父の財産を頒ち与えていたとき父が抗議したならば、『今よりのち、自分は肉体の父の子ではない、天にまします父の子である』と宣言したそうでありますが、日本在来の歴史が全然無くなってしまったとき、吾らは『今よりのち自分たちは物質的国土にあらわれた日本の国民ではない、天にまします大和(だいわ)の理念の国民である』と宣言することが出来るのでありましょう。


 郷土を愛する至情切々たるものあれども、斯くのごときは、物質的形態に恋着する執愛であり、迷妄であります。吾々日本民族が新生するためには、『物質的国土』の国民である迷執を裁ちきらねばならないのであります。


 物質的日本国土は既に滅びたのであります。統治者の大権もマ司令部の下に現に下属しているのであります。何処に滅びない過去の形があろう。吾らはこの仮借なき現実に、目覚めなければならないのです。


 その為には大否定の大肯定を必要とするのであります。今まで書かれたる歴史の全否定と抹殺 ―― かくて吾らは中間因縁たる人種的物質的条件を超越する。そして聖フランシスの為したるように、『今より後吾らは天にまします神さまの子である』と宣言し得るのであります。


 イエスは**マリアに懐妊したがために、人間的血統の歴史に於いて父の系譜がなかったのである。そこで彼は父を求め求めて、ついにそれを『天の父』に見出したのであります。


 日本民族も人間的血統の歴史全部を失うことによって、真の父の系譜を求め、ついに『天の父』の子になることこそ真の日本民族の新生ではないでしょうか。


 イエスは申しました『人新たに生れずば神の国を見ること能わず』と。人間国土に属している人間は新生し得ないのであります。今後の日本民族の生きる道は、小さな物質的日本国土の民とならずして天にまします『大和の理念』の国民となり、大和理念の体現者として平和招来の天の使的使命を果すべきであると思います。


 些か新年にあたり、新生の言葉を述べて講習の第一日を終るのであります。

        (昭和21・1・1、 講習会第一日の言葉)



                        〜 つづく

〈5〉 (5344)
日時:2013年01月07日 (月) 09時13分
名前:童子

 【附記】 この講話筆記をお読みになりまして、多くの愛国者であり、天皇仰慕の心に燃えている人々に一種の失望感を与えたであろうことを私は惧れる。


 併し「天皇、天皇と云う者必ずしも天皇を真に生かし敬し仰ぎ愛する者ではない。」 日本を壊し、天皇をしてかくの如き申訳のない状態に陥れ奉った者は「天皇のみため」と云うことを二言目には必ず云った軍閥であった。


 彼等は天皇を表には尊敬するが如く見せ、自己の野望を遂げんために、陛下の御名を利用し奉った。


 吾等は今、真に日本を愛し、真に 天皇を仰敬し、仰慕し奉るが故にこそ、一度、全然日本を「つかんでいた心」から捨て、 天皇を「つかんでいた心」から放ち去り奉らねばならない。


 真に日本が真理の上に再建されるためには、神は我々に先ず「神のみ前に無条件降伏する」ことを求め給う。若し吾等の求むるものが「真理の体現」であるならば、それは民族的身贔屓することによっては得られず、却って真理の前に謙虚に自我放棄したときに得られる。


 「先ず神の国の義を求めよその余のものは汝に加えられるべし」諸君の求むるものが 天皇であっても然りである。



 祈れ、祈れ。一羽の雀さえも神の許しなくしては地には落ちない。況や、一羽の雀にまさるものが地に落ちることはない。先ず吾々自身の「我」が地に落ちて死ぬことが必要であります。

         『生長の家』誌 昭和21年2月号 27〜30頁

                                    〜 つづく



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