とにかく、猛暑の中での練習はキツく。
たぶん、コーチにめちゃバレているとは思うのですが。
6月後半くらいから、100%の努力は練習中に出せていなくて。
ほぼ、70%の力でやっているので、いつも以上に課題についていけてません。
昨日は、ほぼ途中の指示ですら、あまり把握していなくて。
自分がアプローチ側にいる時、何となくやり直しというのが、数回あるな〜と思ったのです。
アプローチが失敗したり、逆にノータッチエースとかボレーヤーが惜しいミスをしたりすると、です。
ラリーが続かないときは、きっとやり直しになるんだなぁと漠然と思い込みつつ。
並行陣側にいったときで、私が前側の時は、アコガレの人がラリーをきれいにつなぎ(もちろん、たまにミスるんですが)、決めれない私のフォローもしてくれて(私の弱いスマッシュのあとにハイボレーで角度をつけて決めてくれたり)
よい練習でした。
私が、並行陣でアプローチショットを受ける(並行陣で後ろにいる)側に回ると・・・一番やりたかった、つなぎのボレー、作りのボレーしかもアコガレの人の見せ場を作る大事な役目。
なのに、強いボールは取れないし、相手の球が浮いてこない。
さっき、私のへなちょこアプローチが浮いて(だって、コーチの球がたまに厳しくてドロップショットみたいに前ではずみ、それを拾うのも大変)、いろんな前衛さんを危険な目に遭わせていたのに・・・。
大きなロブがきたけど、後ろにコーチがいるから、ぶつかるのがいやで下がらない、で、また注意されてしまう。
決めたくなるようなハイボレー気味の球、つい強打して、サイドラインを割り・・・。
で、ラリー以前の終わり、なのに、私のときはやり直しがないんです。
みんな、私のところでラリーすら始まらないミスで終わるので、でも、そのことを誰も惜しんでくれずにさっさと交代する。
それを実感して、本当に寂しかったです。
『処理されてる』んですよね、私。
コーチが、すぐに私の気持ちを見抜いて
「やり直しなんかないんだよ!
一度きりの勝負!」
え〜っ?と内心思ったけど、本当に食い下がりたくなるよりは、めちゃめちゃ疲れている折も折、
気持ちは、思いっきり折れてました。
”いいや〜、私ってば、『処理されてる』のは、いつものことだもん。”
”暑いし、100%出せない人に時間を費やさせるのは、本当に申し訳ないもん。たぶん、100%出したところで、ミスがなくなるわけじゃなし。急に上達するほど、テニスも甘くないし。”
”楽になっちゃえ〜!”
先日、ここで書いちゃいましたが。
サークルに友達なんていないし、出来るはずもない。
実はちょっと、書きすぎたかなと反省してたけど、きっちり再認識しました。
私は、メンバー(人)ではなく、処理される対象(モノ)なんだなぁって。
とりあえず、メンバーではあるから、練習の番が回ってきて、一応はやってくれる。
”出来れば、ヘタの相手なんかしたくない”んだと思う、暑いし。(もちろん、私はそういう風に考えたことはありませんが)
でも、昔のウィンブルドンは、前年チャンピオンは最後の試合だけ戦えばよかったらしいし。
シード選手が1回戦をスキップするのも、結局
わかりきったド下手と試合しても無駄だからでしょう?
1度きりでも、ワンチャンスでも有り難いと思おう、
でも・・・・。
ただ、ダブルスなんですよね。
せっかく、久しぶりに来てくれた、アコガレの人の決めるボレーの練習回数が減ってしまう・・・。
というわけで、残りの分は、必死で70%を85%くらいまで引き上げるように努めました。
おかげで、少しは後半、ラリーになりました。
昨日は、いつもダメダメなアプローチが意外とミスが少なく、というか、どちらかというと甘い球を”返してしまう”ミスの方が多かったので、私が何度もやり直しさせるというのはなくて。
とにかく、最後の試合形式のレッスンでも。
自分で作って、アコガレの人のミスとか決めでポイントが終わると、ほっとする。
ということだらけでした。
このメンタルは一生なおりそうにないですね。
勝ち負け関係ないんですよ・・・、自分のミスで終わって、冷ややかな空気が流れるのがコワイんです。