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| No.377 安芸国の八木城主香川光景について |
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| NAME:杉原盛重の末裔 |
安芸国の八木城主香川光景はもともとは 安芸国の守護職の武田光和の家臣でした。 主家武田家が衰退するに際して、 毛利元就の被官となりました。 毛利元就の忠実な家臣として元就の 山口の大内義隆館の訪問に同行し、 特に元就の二男の吉川元春の配下として 各地を転戦しました。 長男の広景は毛利の川之内警固衆の将 として活躍し、二男の春継は吉川元春の 家老となりました。長女は小早川隆景の 筆頭家老の椋梨弘平に嫁ぎ、末娘は 吉川元春夫人の甥の熊谷直顕に嫁ぎました。 関ヶ原の戦いの後は長男の広景の萩行き には従わず、二男の春継の岩国行きに 従いました。晩年は春継の屋敷で 趣味の囲碁を楽しみながら隠居生活を しました。
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| No.378 香川光景の子孫について |
| NAME:杉原盛重の末裔 |
香川光景は関ヶ原の戦いの後は、 岩国入りをして五年後に亡くなり ました。 長男の広景の子孫は萩藩士になり、 二男の春継の子孫は岩国藩の家老職を 務めました。春継の孫の香川正矩は 陰徳太平記の基になる陰徳記の著者 として有名です。 椋梨弘平に嫁いだ娘の子孫は 萩藩の寄組の椋梨氏として続きました。 幕末の志士の椋梨藤太も子孫です。 また、熊谷直顕に嫁いだ娘の子孫は 岩国藩士になりました。 今津の船手組の熊谷氏や医家の熊谷氏 と続き子孫は繁栄しています。
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