投稿日:2010年03月16日 (火) 22時45分
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中国史人物事典。たいへん参考にさせていただいております。
さて、一点だけ気にかかった事があったので。 些細ですが・・・
五胡十六国時代の後燕。第三代皇帝である、慕容盛(373〜401) についてです。
帝紀では「長楽二年(400)、自ら庶民天王と貶号したが」とあります。 この「庶民天王」という称号ですが、これは後世の記述者の誤記ではないかという指摘がありました。
「庶民」は『十六国春秋』での記載で 『晋書』では「庶人大王」 『資治通鑑』では「庶人天王」と記載されてます。
この「庶人」ですが、これが実は「燕」を縦書きにしたときの誤記なのでは?という指摘です。
正確な記載はおそらく「燕天王」ではないかということが 宮崎市定先生の書籍で言われておりました。
『古代大和朝廷』の「天皇なる称号の由来について」の 二、東亜における天王号の流行 と、その注(2)です。
これ自体は誤記だと確定したわけではありませんが こういう説もあるという、それだけのお話です。 でも、この時代でいきなり「庶人」ってなんか不自然だなあ、こんな価値観どっから降って沸いてきたんだ?と私も思いますw
長文失礼しました。
今後のご活躍を期待しております。
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[399]Re: 五胡十六国時代の・・・投稿者:NAGAICHI Naoto
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投稿日:2010年03月20日 (土) 21時50分 |
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はじめまして。ご指摘感謝します。 慕容盛が「庶人大王」と称したか、「庶人天王」と称したか、あるいは「庶民大王」か、「庶民天王」かというお話ですが、『晋書』巻124載記24の中華書局校勘では、次のように書かれています。 --- 庶人大王 御覽一二五引後燕録作「庶民天王」。李校:「大王」本書五行志及通鑑、十六國春秋倶作「天王」。按:魏書慕容廆傳又作「庶民大王」。「人」本是「民」字,唐人避諱改。「大」「天」不知孰是。 --- と言っています。『晋書』の「人」はもとは「民」の字で、唐の人が避諱のため(李世民の民字を避けるため)に改めたものだとしています。ここでは「庶民大王」か「庶民天王」かのどちらかだろうという説ですね。 そもそも慕容盛が「庶民大王」「庶民天王」を自称したのであれば、その思想性が興味深いですし。 宮崎市定翁の「燕大王」説も、貶号の不自然さを説明する意味ではこれまた面白いと思います。 |
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