歌帖楓月 |
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ガイガー管理官(男一匹25歳): いらっさいませこんばんわー! 今回の〔IF〕はこれで最終回です。 お付き合いいただきまして、まことにありがとうございます。 それではどうぞ。
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「うん」 返ってきた笑顔と声に、少女はどきりとする。 「……。なんだか、名前で呼ぶって。恋人、みたい……」 表情が定まらない少女に、ゼルクベルガーが苦笑した。 「私では不適格かな」 「そんなことない!」 ロイエルが反射的に必死な顔で言い返したので、ゼルクベルガーは一瞬きょとんとし、次いで微笑んだ。ロイエルは、はっとした。 しまった。何故か力が入ってしまった。これじゃまるで、中将のこと好きみたいな感じだ。 ロイエルは、あわてて否定する。 「あ、……えとあのね。今のはちがうの。でも、そういう風に私をからかうけど、恋人、いるんでしょ?」 「さあ。そうかもね?」 あいまいな答えが返って来た。 ということは、やっぱり、いるんだろう。ロイエルは、中将の余裕ありげな様子から、そう予測した。 同時に、少女は気づいた。 それならば、こんなことをしていてはいけない。 「ごめんなさい! じゃ、私、離れる! こういうの間違ってる。恋人がいる人とこういうのって。きっと、仲がいい実の兄妹だとしても駄目よこういうのって。相手に恋人がいたらちゃんとしなきゃ」 恋人の有無にかかわらず、これがもし実の兄妹ならばまずいのだが、と思ったが、ゼルクベルガーはそれを口にしなかった。無闇に純粋性を失わせてはいけない。ロイエルは家族としてそう言ってるのだから。 「待ちなさい。残念ながら私は忙しい人間だから、とてもそこまで手が回らないよ」 しゃにむに降りようとするロイエルを留めてそう言うと、ロイエルは首をかしげた。 「ほんとう……?」 しかし、「手が回らない」というのは信じがたい。 「でも中将なら、仕事がいくら忙しくても、うーん……」 その通りだ。いない理由は別にある。 ゼルクベルガーは、問い返すことで話をそらした。 「ロイエルの方はどうなんだい?」 「私?」 ロイエルがきょとんとした。聞き返されるとは思っていなかったらしい。 「いないわ?」 だがすぐに、彼女は、何のてらいも無くにっこりと笑って答えた。恋とは別のベクトルで生きているので興味がない様子だ。彼女は、医師とオウバイに心を捧げているから。 「ね。中将、聞いてもいい?」 返答の次に、問いが続いた。 「なに?」 ゼルクベルガーが促すと、ロイエルはうなずいた。 「恋人ってどんな感じなの?」 「……」 ゼルクベルガーは、ゆっくり、瞬きをした。 どう答えたものか。この状況で。 ロイエルにとっては、何のてらいもない単なる疑問でしかない。彼はそのことはよくわかっている。ゆえに困惑する。こうされているのに、そんな問いかけを無邪気にできるのだから……手ごわい。 「知りたい?」 問い返すと、ロイエルは、義兄の予想通りうなずいた。 「うん。知りたい。わからないもの。ルイセとか同級生とかは、そういうの騒ぎたがるけど、……私、そういう気持ちって、よくわからない。普通の好きとどう違うの?」 「普通の好き?」 再びうなずきが返った。 「恋人への好きっていう気持ちは、ほかの好きとは全然違うって言われたの。だから、恋人に対する以外の好き、が、普通の好き」 「なるほどね」 随分とまあ大まかに区分けされているようだ。 ロイエルはこちらの説明を待っているようで、興味津々のていで、じっと見つめている。 「説明ねえ?」 どう話したものか。話した所で、彼女の持つ、ドクターと老婆に対する畏敬の念に比べれば、真摯さにおいてその足元にも及ばないかもしれない。 「……難しいの? そうよね。やっぱりそうなんだ」 中将の沈黙の意味をそう捉えたロイエルは、さもありなんという表情をしている。自分の想像していた通りだと思っているのかもしれない。合っているか間違っているか、どうも、宿題の答え合わせのような気持ちらしい。絶対に彼女は恋愛を知らない。 「いや、そういうわけじゃないけど……どう言えばロイエルにわかるかな、と思って」 言葉を選ぶ中将に対して、ロイエルは、やっぱり難しいんだという表情をした。 そんなに張り詰めて捉えなくても、と、彼女の思い込みをなんとかしたくなり、中将は、別の案を思いついた。 「じゃ、ロイエルが私の恋人だとして、今だけそういう風に接しようか? それでわかるかもしれない」 「え」 ロイエルから表情が一瞬抜けて、ついで首が横に振られた。 「あ、ううん。そういうのは、やっぱり駄目」 ロイエルが何を駄目としているのか察したゼルクベルガーは少し苦笑した。 「ロイエルが嫌がることはしないよ」 ロイエルは中将の顔を伺うようにじっと見つめ、相手の顔に曇りが無いことを確認してから返答した。 「ほんと? それなら、見たい」 「やってみる?」 「うん。よかった。ありがとう中将。知りたかったの」 どう見ても、学術的興味や知的好奇心にしか駆られていない。ロイエルはまっすぐな期待に胸を膨らませていた。 そんな彼女のはっきりした返事に、ゼルクベルガーは内心で苦笑しながら、彼女の疑問を消すべく、笑った。恋人に向ける、相手の平常心をすくい去るような甘い微笑みで。 「愛してるよ。ロイエル」 言いながら、髪をなでて頬に触れる。 「え?」 一瞬の間に相手が豹変したので、ロイエルは対処できなくなった。 頭の中が真っ白になって、どうしていいのかわからなくなった。心臓を、大きなその手で捕まえられたみたいに。どきりとした。 ゼルクベルガーはロイエルの背に手を回して優しく抱き締めた。 抱き締められたことは何回もあるけど、これは種類が違う。なんだか、体がしびれて目眩がしそうだ。体の中から力がそっくり抜け出て行くような感じがする。 「中将、」 「名前」 笑みの混じった指摘がささやかれる。 「ゼルク、」 「うん」 ロイエルの顎を持ち上げ、中将が笑った。間近で。 「愛してるよロイエル」 そのまま、顔を傾ける。 くらりとめまいがした。体から力が抜け切ってしまう。 「や、ややっぱり、もういい!」 ロイエルが真っ赤になって中将の両肩を押して、距離を離した。 「ふりでやっちゃ駄目だと思うの! そんな気がする。だからもういい」 一気にそう言った。心臓がどうにかなるかと思った。これは、体に悪いような気がする。本当に恋なら仕方ないが、ふりでこんなにどきどきするのは良くない気がする。恋したことがないから、悪いことだと決め付けることなんて、できないけど。 「わかった?」 笑いをかみ殺し気味の中将の確認に、ロイエルは数度首をふってうなずいた。 「うん。うん。もういいの。違うっていうことがよくわかったわ」 しかし、こんなにどきどきするのでは大変だと思う。ロイエルは、私、恋はできないかも、と思った。ロイエルは胸に手をやった。速い鼓動がはっきり伝わってくる。 「ルイセのこと、ちょっと尊敬する」 ロイエルは息を吐いた後、すこし消耗した様子でそう言った。 「恋って……大変そう。心臓がどうにかなるかと思った」 「そう? 慣れれば大丈夫になるかもしれないよ?」 「慣れるって……」 少女は途方にくれた様子でそうつぶやくと、困った様子で確認してみた。 「慣れるものなの? 本当?」 「さあね?」 他人事のようにほほ笑む中将を見て、ロイエルは少しむくれた。 「私、からかわれてる気がする」 「そう? ……でもね、なってみればわかるよ。きっと」 ゼルクベルガーを見たロイエルは首をかしげた。 「そんなものなの?」 「そんなものかもね」 言いながら、ゼルクベルガーはロイエルの頬を包んで、顔を寄せた。 ロイエルは、瞬きをしながらも、目を閉じた。 まるで小さな花束を贈られるように、ふわりと口づけられた。 触れただけの唇を離す。 「これは……違うのよね?」 「うん」 少女は困惑した顔になる。 「やっぱり、難しいね。恋って」 中将は笑う。 「そうかもね」
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ガイガー: 以上、ほのぼのと甘い今回の〔IF〕でした。 ところでルイセって誰でしょうね? それでは、またお会いする日まで! |
(142)投稿日:2005年03月20日 (日) 00時32分
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