歌帖楓月 |
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前後の脈略なく、むかーし書いてた一文を載せたりなんだりします。 続きはありません……。しかもあちこち未完成です。あーこんなネタもあるのねとでも思ってくだされば幸いです。 聖王は三日月国のセフィリア姫ではないです。男です。全く別の国の別の人です(ほんとはDMBの聖王の方が私の中では古参です)
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ミッドガルのある大陸の北東に、一つの大陸がある。高緯度地方であるそこは、一年のほとんどを雪が覆う。 そこに、アイシクルエリアと呼ばれる地域がある。人家はない。暗緑色の針葉樹林がすっくと立ち、その森林を育む大地は永久凍土を内に含む湿地である。そして、至る所、その森林に突き刺さるかのような灰色の岩の断崖が屹立する。一年のほとんどをそこに白い雪が住み着き、訪れるものは凍る風か、かすかな日光か、稀には奇矯な探検者かという、そんな地域であった。
「うわぁっ!もういやだ!」 アイシクルに最初の「自殺者」が出た。 100メートルはある切り立った断崖に囲まれた樹海、その、断崖の際に、彼とここまでやってきた荷物だけが残る。
腕に覚えのある中年の男性は「冒険」の最中、アイシクルの断崖の上で、多くのモノに囲まれて、襲撃を受け、命からがら逃げ延びてきた。 「俺も色々な場所をめぐったが、あんな凄まじい化け物は、今までに見たことが無い。あれは危険だ。あんなものがこの世にいてはいけない。」 彼は入院して1カ月以上、精神的ショックのため口が聞けない状態が続いた後、ようやく2カ月目に、こう言って震えた。 調査に行った兵士の一人は、断崖の上から、樹海に幻を見た。彼は「俺はんだ姉に会えた」と涙を流して喜んだ。しかし、別の兵士は断崖を覗き込むと、悲壮な表情で何事かをつぶやいて、そのまま、崖下へと身を踊らせた。また、調査のため携えて行った機械の幾つかが突然故障して使い物にならなくなった。
調査に行ったある幹部はぽつりとこぼした。 「私は、樹海を覆う雲海に映るセンシアロイスの先王の姿を見た。彼は笑った。すると持って行った機材が全てやられた。そして、私は聞いたのだ、彼の声を。『災いを呼ぶのだ。』と、彼は確かにそう言った。」
赤い髪の中将がつぶやいた。誰もいない部屋で。 「おそらくこれは聖王の秘密だ。」
「珍しいケースだ。情報、調査、実戦。各々独立で必要だ。そして、もしかすると、これは国家間の問題にも発展しかねん。」
情報管理部処理課ガイガー管理官。あまたの情報は彼の采配一つで動き、軍の動向は全て、彼の手中にある。 情報管理部保管課アストン管理官。膨大な情報を収めた保管室の若き保持者。 ゼルクベルガー中将。彼の冷静で的確な判断、そして指揮能力。彼をして遂行不可となった作戦はいまだ存在しない。
そして、彼ら3人を指揮官とする希有な作戦が展開されることとなる。
アイシクルエリアの幽霊。断崖の下に広がる樹海。 刻々と変化する天候により、今まで鮮やかに見えていた樹海が少しずつ速やかに雲の下に沈む。 「・・・ロイエル?」 雲海となった樹海を見下ろしていたゼルクベルガー中将がつぶやいた。 雲海に、若い女性の姿が浮かび上がっていた。雲をスクリーンにした巨大な透明の映像だ。雲の影のように薄い灰色がかった色彩の彼女は、胎児のように丸くなったり、狭い空間を泳ぐ人魚のように肢体をくねらせたりする。 「あー。御執心なのは良いけども、何でもロイエル君にしか見えないのはどうかと思うよ。仕事に来てんだから。ありゃ、ただの知らないお姉ちゃんだ。もちろん俺の知り合いでもない。」 ガイガー管理官が、ゼルクベルガーだけに聞こえるくらいの声の大きさで、隣に来て言った。からかっている。 す、とアストン中将がその隣に立った。 「これがアイシクルエリアの幽霊だよ。冒険家と登山家と地理院の人間はが見たものは、これだ。調査しなければ。」 「なにをするんだ?」 ガイガー管理官がそれに興味を示した。アストン中将はあしらうように笑った。 「管理官には教えないよ。君に教えても良いことはない。」 「うん、そりゃまあそうだ。」 簡単に管理官は納得し、あきらめてしまったようだ。 「さてと、各自自分のことを始めましょうか。」 管理官がそう言うと、雲海にうごめく幽玄の女性から、さっぱりと、生気の塊の兵士の群れに視線を移し、指揮官たちは仕事に移った。 ふと、アストン中将が一人笑いをした。部下の兵士が怪訝な顔をする。 「アストン中将、・・どうかなさいましたか?」 アストンは、別に気にする必要はないというように軽く首を振り、 「久しぶりに作戦の指揮がとれるのでね、うれしいのさ。」 と、他人事のように言った。
アイシクルエリアに出る幽霊。怪談ではなく実害を及ぼす現象のこと。まず、機器類が狂う。 「極光と同じようなものだ。」 アストン中将は、そう部下に告げ、次の指示を出そうとする。 「中将。ですが、私は、それとは種類の違うもののように感じるのですが。」 部下の一人が戸惑ってそう言い、さらに続けた。 「これまで出されたデータからみて、自然現象とは思いにくくはありませんか?」 アストン中将の副官が遮った。 「ミズサワ、それ以上は言わなくていいんだ。ここには、これまで以上のカテゴリーをカバーするためのデータを収集に来たのだから。だからこそ、この大人数なのだ。アストン中将、事前の会議を開いておくべきでしたね。今回は少し急でした。」 アストンは少しだけうなずく。 「いや、いいんだこれで。今回の仕事はデータの収集だ。皆、この現象を解決しようなどと思ってはいけない。自然現象をどうにかできるはずがない。さあ返事をしたまえ、我々の仕事はなんだい?」 一同が答えた。 「・・アイシクルエリアの現象のデータ収集です。」 小さい子供にするような質問の仕方で、皆、とまどう。だが、アストン中将はそれをやめずに続ける。 「いいね?全力をあげてデータの収集だ。例えば解析して結果を出す必要はない。皆、わかったね。返事は?」 「はっ!」
「いいかね君達?いつも通りの仕事をするんだ。しっかりすきなく容赦なく、いつもどおり。」 ガイガーはこれだけしか言わなかった。 部課の皆さんは多くを言った。 「管理官はいつも通りやっちゃ駄目ですよ?」 「わたしたち、フォローはしませんから。」 「しっかり、ご自分の責務をお果たしになってくださいね。」
ゼルクベルガーは部下にこう言った。 「指示があるまで待機。気を抜いてはいけないが、落ち着いているように。」
そして昼過ぎになった。アストン中将は、部下から離れて一人でいるゼルクベルガー中将のところにくるとこう告げた。 「僕が調査結果を出すまで、君の方は何もしないで欲しい。」 相手がうなずくのを見て、アストン中将は今度は静かに、しかし面白そうに言った。 「それから、これは別の話だけど。さっきのあの幽霊は、僕の部屋に由来があって君にロイエルを見せているんだと思うよ。その理由はそのうち教えよう。」 ゼルクベルガー中将が怪訝な表情を見せると、アストン中将はにっこりほほ笑んだ。心配するなというようでもあり、腹に一物あるようでもある謎の笑顔だった。
時間だけが過ぎ、ここに来て4日目となった。 幽霊は、まるで気が向いたときだけ現れるようで、断崖の下の森をいくら雲が覆おうとも、現れないときはまるで現れなかった。それから、まだ、人を殺す怪現象も起きてはいない。今のところは平穏な状態が続いていた。 「さすがに相手が具体的に決まっていないと、なすすべもないな。お化け待ちか。」 ゼルクベルガーの部下達が暇下につぶやく。 「皆、参らないように気をつけよう。「人の心の闇に付け込み、惑わし、へ誘う恐怖の怨霊」、という話だからな。」 「・・・なんだそれ?俺はそんな話初めて聞いたぞ。」 「なに、首都にいたとき週刊誌にそう書かれていた。」 「おいおい。雑誌が出元かよ。そんなあやしい情報をもっともらしく言うなよ。」 「まあまあ、世間の噂にも耳を貸さないとな。」 「・・・・・。」 全員がため息をついた。 「・・・ああ、暇だな。」
6日目、雲のスクリーンに幽霊が出た。今度は中年男が洗面所の鏡で身支度をするような様子だ。太った丸顔の男が、緊張し引きつり加減の面持ちで、しきりにシャツを引っ張ったり、ネクタイを直したりしている。大事な用で出掛けるようでもあり、ただの神経質かもしれなかった。 「やけに生活感があるな。」 皆苦笑した。この状況に慣れてきているのかもしれない。
7日目、幽霊ではなく歌声が聞こえてきた。 高い道を行く月の輝きに、 貴方たちが祝福されて夜を過ごせますように、 もし空を見上げるならば、 そこにある月は決してあなたたちを不安にはさせず、 光をよこすことでしょう。 どうかおそれないで 私たちが夜を守ってきたのだから。
高く響く歌声。 すこぶる耳触りの良い旋律だが、誰も、聞いたことのない歌だった。 「こりゃ何だ?子守歌か?」 ガイガー管理官が、わざわざアストン中将の所へ来て尋ねた。 アストン中将は何だこんなこと、というふうな事務的な口調で応えた。 「これは月支えの柱の祈りの歌だ。」 「なんだそりゃ?」 「光照界の首都ホースハザードの月支えの塔の中にいる、月支えの柱という女性が歌う祈りの歌だよ。夜を恐れる人々に向けて歌うそうだ。」 ガイガー管理官が首をひねった。 「・・光照界?どこだそりゃ?」 途端、何故か、アストン中将が苦笑した。一拍おいてから答える声はいつものように穏やかだったが。 「さあね。それは絵本の架空の国の話に出てくるのさ。子供向けのね。」 「へえ。」 ガイガー管理官は3度頷いて、「絵本の中の歌か。」と言った。アストン中将のそばで精密な調査機器の制御画面を見ていた調査員が「これは・・、設定を変えなければいかんな。」と苦々しくつぶやいて眉を寄せた。
「暇な人間にはいい子守歌だなあ。」 ゼルクベルガー率いる部隊の兵士らは、退屈そうにそうつぶやいた。 「幽霊だけじゃなく歌まで聞こえる。まったく。魔境だな。」 「しかし、魔境であっても退屈は変わらず退屈だ。・・慣れてしまえばどこも変わらないな。」 「全くな。」
8日目、 「・・・・今日は、毛色が違うぞ、」 「・・・・・。」 雲のスクリーン一杯に、地獄が広がった。 液体を無理やり怪物の形にしたような流動的な質感と、氷が溶けるようなてらてらとした輝きを持った、爬虫類や魚類のような形状の、たくさんのモノが、映った。 「なんだ、これはどこの風景だ?」 「魚みたいな臭いまでする。まるで実物のようだ。・・・化け物の。」
「お、おい。煙が、上がって来たぞ。」
映像が、質量を持って雲の中からあふれ出て来た。そう、映像が次々に実体となったのだ。
「上がってくるぞ!!」 各々、素早く腰を上げ、構えを取った。ゼルクベルガー中将が言を継ぐ。 「仕掛けるな!」 その言葉に、兵士らは凍る。 動くなということか? 目の前の断崖、どろどろした化け物がはい上がってくる。生き物が焼けるような焦気を伴って。 「ゼルク中将、待機しろということですか?」 副官が、兵士らの疑念を晴らすかのように、または代弁するかのように、しかし冷静にそう確認する。 鋭いうなずきが返った。 「武器は構えたままだ。動くな。そして、目を離すな。」 ベシャ、濡れ雑巾を床に叩きつけるような音。最初の化け物の手が、断崖の頂上にしっかりとかけられた。 ゼルクベルガーの脳裏には、アストンの言った言葉が蘇る。 「幻影だよ。間違いない。ただ、こちらの動きに、反応する。」 君に対する兵士らの信望が試される。君の、指揮官としての実力が現れる場所だ。 「兵士たちを戦わせてはいけない。この幻影は、常に実体よりも強くある。なぜならそれはイデアの、理想の産物だからだ。この手に掴めない、常に先にある存在なのさ。」 恐れの対象として、幻影を見てしまったとき、それが「アイシクルの幽霊」となる。 恐怖に駆られてはいけない、情動に押し潰されてはいけない。それらの想念で行動してはいけない、ということか。 「そうだよ、ゼルク。それを、兵士らに命令し、守らせる。それが、それが起こったときの、君の役割だ。」 アストンは今、自分の持ち場で、こちらを見ているだろう。 ゼルクベルガーがよく通る声で命令を出した。 「今から上がってくる化け物はすべて幻影だ。これは大きな被害の先触れでしかない!動揺して幻影に脅かされたら負けだ!我々が、この作戦の最初の砦だ。構えたまま動くな!」
そして、兵士たちの身に、おぞましい形の化け物たちが次々にまとわりつき、こびりつき、はりついていった。 「取り乱すな。そんなもの、ミディールの海中にいけば腐るほどいるような軟体生物だ。幻影にいちいち悲鳴を上げるな。」 「・・・・・・」 兵士らは歯を食いしばり、耐えた。心中で自分の信じる神の名を唱えて平静を保とうとする者、
そして、音にならない波が起こり、それに、機械が反応し始めた、 「アイシクルの幽霊の、これが本当の姿だ。」 「これは・・・・・!」 アストンの副官は、機器の変調に「ある特徴」を見出し、目を見張って上官を振り向くが、アストンは何も返答しなかった。 ただ、得たり、と、心中にしずかなる炎をもって、赤い髪の青年は微笑む。
すべてが、ある形をもって、狂う。 「時間魔法のこごりだ・・・。」 アストン中将のつぶやきは、誰にも聞こえなかった。 「ティアリルクの聖王の魔法。『滴り落ちる神霊眼』」 それは、異国の禁忌なる魔法。 ある物理法則、「ことわり」を歪ませる魔法。
「ゼルクベルガー、あれは巨大な映像装置だ。」 アストンは、ふっ、と面白そうに笑った。さらにこう言う。 「あれはロイエルではないよ。これは僕の部屋で君がエレノアのことの後に検索したコンピュータの映像に紛れていたんだ。サブリミナル効果というやつだよ。そして既視感。この二つが君に、幽霊をしてロイエルを見せた。」 「そして、」 アストン中将はそこで言葉を切り、一同を見回した。 「いいかい、これは僕からの助言だよ。命令ではないからね。今すぐさっさと電子機器の保護をするんだ。それから、耳をふさぐんだ 。早くした方がいい。」
ところが、アストン中将は断崖のきわにデータ収集のために色々な精密機械を設置して構えている自分の部下たちのもとへ行くと、全く反対のことを言った。 「さあ、君たち、これからがデータの集め所だ。相手は自然現象、いかなる状況をも考慮して出来る限り広範囲かつ深遠なデータを収集してくれ。全員防護服は着用しているな?では頼んだ。」 そして。アストン中将の予言どおり、始めに機械が壊れ始めた。精密機器類が、誤作動によるアラーム音を鳴らせる暇も無く、使い物にならなくなっていく。 「おい、やっぱり駄目だ端末切れ!壊れる!」 次に、人が壊されようとする。
呪詛 時間を溯ることは時間を進ませていくこと。背後の世界。聞こえない場所では一体何がささやかれている?聞こえない人間の寿命を削る音が、周囲の嘲笑とともに響き渡っている。 悔恨、善行を行った善き人間の足元の下では、たくさんのたくさんの微生物たちが、か弱き生命がそうと知らせる事なくんで行く。何億何兆のか弱き命がんで行く。善行とは弱きものを助けないのか?善行に区別はないのか?では問う。友人を救った陰で、多くの他人が泣いた場合、それは善行か?善行でないならば、何故酒場で道徳について知人らと論じ合った?その時同じ酒場に不幸な弱者は一人もいなかったのか?酒場の外で凍えている人は一人たりといなかったのか?一体、善行と虚栄心は同じ場所に咲くものなのか? 思い出してくれ背後でんでいったことを。 記憶 少女の記憶。厳格なる両親の元で自由には生きられなかった少女は、ようやく大人になりつつあった。実際、生活の全ては戒律によって規則正しく品行方正たることこの上なかったが、いつしか限界はきた。彼女は、何故このように生活しているのかわからなかったからだ。始めに身体がまいった。自分の意志に反して全く動かなくなった。彼女は狼狽した。彼女は以前の生活に戻りたかった。こんなものは自分ではない。堕落という文字が自分の魂に刻まれてしまったのだ。いつ?誰によって?少女は誰に聞くこともできなかった。堕落した自分をひきずっているのがこの上も無く嫌だった。恥ずかしい。誰にも聞けるはずは無い。堕落した理由は、他人は知らなくとも、他でも無い本人が一番知らなければならないことなのだから。 やがて、彼女は一冊の本を手に入れた。そこには、彼女の知らない答えが記されていた。 汝、両親を憎むべし。 そして、縛られて弱ってしまった魂の救済方法が事細かに書かれていた。彼女は、堕落の文字を消すべく、復讐を行った。進んで堕落し、狂った。 そして、時が経ち、少女は少女でなくなり、一人の人になったとき、理解した。堕落していたのは、復讐を始めた瞬間からだ。 しかし、彼女は理解したが、解らないままだった。何故、そうでなければならなかったのか?おそらく、彼女は年老いてからもわかることはない。恐ろしく簡易なその言葉を。解らないがゆえに、一生の不幸の原因となる。皆にとって不幸の原因となる。
価値 全てのものに別け隔て無く価値があるのならば、一体、切り捨て、無くし、忘れることはどういうことなのか。価値を捨てる価値、価値を忘れる価値、全てに価値があるのならば、価値に価値はあるのか。価値なくして生きることに価値はあるのか。一体、見えない価値がどうして存在するのか。これも価値か
「・・・変な話。」 ガイガー管理官がその一部を聞くとすぐに耳をふさいでそうこぼした。 「これはきっと変な話を聞かせて人の心に精神攻撃をしようというのかもな。機械も壊す超常現象なら耳栓ぐらいで凌げるとは思えないが。しかし万が一にも、変な話を聞いたお陰で頭がおかしくなって自殺などしてしまって、「殉職で2階級特進」は困る。名誉なんかいらないもんね、いるのは任務完遂の報酬だけ。みんなー!聞こえるかい?取り敢えず耳栓しよう。だけど仕事してね。耳栓してても読唇術。いいね、皆。」 ガイガーの部下達は耳を塞いだままうなずいた。 いまや、アストン中将を除いて、誰もが耳を塞いでいた。アストン一人が、高原の涼風に当たっているように平然と笑っていた。 「アイシクルエリアに流れるこの言葉。これは未熟な論理だよ。ここははるか遠方にあるティアリルクの時魔法がこごる場所だ。人の言葉がわかるものは、同調あるいは反発で皆狂ってしまうよ、この場所で。たしかに今は僕の独壇場だよ、ゼルクベルガー。」 ゼルクベルガーは彼の言葉を聞き取れなかったが、彼の言葉が終わるのを(口の動きが止まるのを待って)返事をした。 「アストン中将、頼む。」 アストン中将は相手には聞こえないとわかっていても言葉を返した。 「中将じゃない。今は君の参謀だよ。武器は置いてきた。」 そして手招きをして部下を呼んだ。 「行き場の無いロジック。これは僕には効かない。何故ならそれこそが僕に与えられた仕事の場だからね。いいかい君たち、後学のためによく見ておきたまえ。行き場の無いロジックには、行き場を与えてやれば良いんだ。」 よく通る声で、防護服の真っ白な塊の部下たち(彼らは信頼する上官が何か言い始めたので、ワラにもすがる表情で聞き入っていた)に講義まですると、持って来ていた端末に光ディスクを差し込んだ。 光ディスクが呪詛を取り込んでいく。 「別にこれは取り込んでいるのではなくてね、本当は音声の記録なのだが。例えばの話さ、行き場を与えれば行き場を与えただけ、この論理はここに集まってくる。仮に全ての論理に、ひとの言葉に行き場を与えられることができるならば、いわゆる宗教は必要なくなる。平安が世界に訪れる。」 しかし、当然のことだが、と、アストン中将は続ける。 「そんなことは永遠にありっこないのさ。行き場の無い言葉は別に悪徳では無いのだから。これらは人と共に存在し続ける。人がいる限り」
そして、全てが終わった。 「幽霊と被害、これらは別々のものだったのだよ。幽霊は映像だけ、あれこそ自然現象だよ。精密機器に対する被害は磁気と電磁波と電波。人に対する被害は、そう今のロジックだ。どちらも、ある人が関係している。そしてこれでデータは揃った。色眼鏡なしの純然たるデータだ。自然現象だと思ってそのように集めたデータなのだからね、それで人為的だという別の結果が出たのだから文句は言えないさ。これで理由付けができた。聖王をこちらに招待できるというわけだ。ゼルクベルガー中将、聖王をティアリルクから召喚することをお願いするよ。」 「・・・さすが、何もかも計算づくだ、アストン中将。」 「そうだよ。これで参謀役はもういいかな?こういうふうに君とかかわると、何もかもうまくいくようだね。僕は参謀こそ相応しい」 「そして俺はアストンの手の上で踊る単純馬鹿、ゼルクは俺の目の届く範囲でおもしろいことをする指揮官、三すくみだな、こりゃ、はっはっはっはっは。」 大笑する管理官に、アストン中将は静かな表情を向けた。 「でも僕は君が一番嫌いだよ、君は動きが早すぎてやりにくいからね。ガイガー管理官。君は、また私から情報を得たという訳だ。」 ガイガー管理官はにまりと笑った。 「味方の仕事に怖い顔するなよ。」 「流さない方が良いんだよ。君の得た情報は。」 「ははは!」
聖王の使った時間魔法。それらが、アイシクルのこの断崖の樹海にこごり、人の心に反応して、災害をもたらす。
「・・・私は貴国の平安を乱していたのですね。」 聖王は自省の念とともに、静かに言葉を出した。 そして指を組み合わせて瞳を閉じ祈った。まるで清冽な空気が生まれるようだ。その姿と空気に周囲の者の持つ荒廃した心が洗い落とされていく。 「時魔法は禁忌。葬られた過去の遺物でなければならないのです。」 口に上る言葉自体が聖なる言霊。聖王の声を聞いたものは間違いなく清められるという。「なのに貴方は、使っていた。」 アストン中将は、責めるふうでもなく、ただ事実を述べるためにそう言った。 「そう。」 聖王は瞳を、わずかに伏せてつぶやいた。 そして少し悲しげに笑った。 「そのとおりです、お若い中将。ですが、私はこの身も地位も揺るがすことはできません。それ以外の償いでしたら、いたします。」 王に相応しい傲然たる意味合いを持つ言葉だが、聖王が口にする場合は少し違う。彼は出来る限り長く、確実に王でなければならない。三重もの聖名を持つ、希少な世界の浄化役。 天上の輝きをたたえた薄い金色の瞳に、そこにいた全員が魅入った。この王を目の前にすると、だんだんと各々のこだわりが溶けて無くなってしまうような気がしてくるのだ。何もかもどうでもよくなってくる。妄念が消えていく。これがこの聖王の持つ浄化の力である。 「そうですか、では、」 ただ、アストン中将だけはかなり冷静な態度を保っていた。さすがは鬼将と呼ばれるからかどうかはわからないが、周囲が聖なる海に浸る海草のように柔順になる中、彼だけがきりりと立つ岬の灯台のようだった。アストン中将は手に持っていた書類をめくった。 「被害者へ癒しの術を施し、現象の起こったアイシクルエリアを清め、そして、あなたの用いる白魔法の術を、こちらの術者に伝授させていただきたい。」 聖王は天上の守護石のように清らかな瞳をアストンに注いだ。 「ええ」 ひた、と、アストン中将がルビーのように真っ赤な瞳で見つめ返した。 「これら一連の現象により受けた被害の賠償金も、追って請求致します。」 周囲が非難するような顔をする。正確には嫌悪感の混じった困惑の表情だ。聖王に金の話をする、どうも、良心が咎める。一国の主に金の話は当たり前なのだが。 「わかりました。しかし、具体的な取り決めには2人の法王も同席させた上で行いたい。それは私の一存では決めかねることです。」 「わかりました。」
そして聖王は自国へ帰って行った。 「・・・・・・・・・・」 皆、しばらくは聖王の余韻が残っていた。目の焦点があらぬ所で結ばれている。そして誰かしら浅いため息をついている。「ほう、」と。まるで、一度に聖性の薬を飲まされたような様子だ。「久しぶりに田舎に帰って親孝行でもするかな・・・。」などと、ある青年兵はそううわ言のようにつぶやいた。彼は田舎の両親を顧みずに、ここで好き勝手な生活を送っているらしい。
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(215)投稿日:2006年06月18日 (日) 23時35分
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