歌帖楓月 |
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こんばんは。 自分の名前を誤入力して変換しましたら「課長フグ悦」という、ナイスネームが出ました。改名しようかな?と思ってしまいました。
さて、「あかずきんチャソ *テクで落とした*」のシーンについて、そろそろ書けそうな気がしてきました。修行の成果でしょうか。 ではでは、書いてみます。
■ あかずきんチャソ *テクで落とした件* ■ (※童話ではないので、文章が平文です)
ロイエルが居候になって、半年目。 剣士ゼルクの家にお世話になり、毎日毎日朝な夕なに「祝福のキッス」を受け続けても、たしかな記憶が戻らない。自分の出生地、誕生日、家族の記憶、どれも取り戻せない。 けれど、ひとりでも日常生活は送れるようになった。街での生活にも慣れた。 ロイエルは決めた。 これ以上、彼の世話になってはならない、ここを出て行こう。と。 理由は、しかし、それだけではなかった。 彼の留守中に、何度も、エミリという名の若い女性が尋ねてきたのだ。非常に親密そうな口調だった。ロイエルを不審そうに見るその女性は、きっと彼の恋人なのだろう。 もう、ここにいてはいけない。 今日は気持ちのいい秋晴れだ。さよならするなら、こんな爽やかな日に限る。
朝食の準備を済ませると、ロイエルは、ゼルクの部屋に向かった。 ノックをして、入っていいとの返事をもらうと、扉を開いた。 「ゼルクさん、」 彼は、剣の手入れをしていた。鞘から抜かれた、青黒い刃が、滑らかに濡れた光を放っていた。 「おはよう」 目線を向け、口角を上げてそう言うと、彼は視線を再び剣の刃に戻した。 「おはようございます。朝食の用意できました」 「ありがとう」 「ゼルクさん、」 ロイエルの改まった声に、ゼルクは手を止めた。 「どうかした?」 「はい。お話したいことがあります」
ロイエルは、先ほど自分が決意したことを、話した。ただ、女性の話は、しなかった。彼の個人的な事情に、こちらから立ち入る訳にはいかないと思ったからだった。 「……ですから、そろそろ、こちらを出ようと思います。こうしていつまでも、お世話になっているわけにもいきませんし」 辞去するための、丁寧な口調だった。 「ここを出て、あてはあるの?」 「ガイガーさんに相談しようかと思っています。あの人、この街のお役人でしょう? 何か紹介してくださるかも」 「ガイガーね、」 つぶやいて、ゼルクは肩を竦めた。彼なら、思い切り私情をはさんだ上で、紹介するだろう。 「私は、ガイガー以外の職員にたずねることを勧めるけど。……ガイガーに、こだわりたい?」 奇妙な問いかけに、ロイエルはきょとんとして首を振った。 「いいえ? 特にこだわりません。住む所が見つかれば、それでいいから」 「そう」 ゼルクは静かにうなずいた。そして、手入れを終えた剣を鞘に収めた。 「じゃ、最後に、もう一度だけ、可能性にかけてようか」 彼の手招きに応じて、ロイエルは部屋の中を歩き進んだ。
キッスを受ける前に、ロイエルは、やはり言っておかなければと思った。 女性の存在を知っている、と。 今まで、彼がそれを秘密にしていたのは、記憶がないお陰で身寄りがない私を気遣っていたからだろう。私が、彼の家に居候になってキッスを受けることに、余計な後ろめたさを感じないように。 ならば私から話そう。そうすれば、彼は最後のキッスを、加減することができるから。 こちらを向いて立つゼルクに、呼びかけた。ことさらに明るく。 「ゼルクさん、もし、彼女から私のこと聞かれて、返事に困った時は、私を呼んでくださいね。きちんと説明しますから」 「彼女?」 「はい」 ゼルクは、ゆっくりとまたたいた。 ロイエルの申し出に返答することなく、「おいで」と言った。 「はい」 ロイエルはゼルクのすぐ前に来て、彼を見上げると、笑った。 「これで最後ですね。お世話になりました。本当に、ありがとうございました」 「最後、だね」 ゼルクも微笑かえして、ロイエルの背中に手を回して抱き寄せた。 右手で彼女のあごを持ち上げて、「祝福のキッス」を交わした。 初めは触れるだけ。ロイエルが瞳を閉じていると確認してから、もう一度唇を触れ合わせて。三度目は深く。彼女の唇を開けさせて、舌を入れた。 驚いて、ロイエルが身じろぎした。 わずかに唇を離して、祝福のキッスを中断した。 ロイエルは、驚きのあまり、言葉もなく、ただゼルクを見上げていた。 「恋人がいるなら、今みたいなことすると思う?」 「……」 彼は暗に「いない」と言っている。それはわかる。それはよくわかるが……どういうつもりかが、わからない。だから、返事ができない。 ロイエルはただ「え?」とつぶやいた。 ゼルクは、再度言うことはせず、別のことを言った。 「恋人がいるなら、君を家に招き入れてたと思う?」 「え?」 またも、ロイエルは答えることができず、ただただ彼を見上げた。 「あの……?」 ふるわない返事に、ゼルクは少し肩をすくめて、次に、なぜか、不敵に笑った。 「まあ、いいか。まだ続きがあるし」 再び「祝福のキッス」をした。 とまどったままのロイエルを強引に引き寄せて、唇を柔らかくついばむ。好物の食べ物を口中で愛でるように。何度も、何度も。 「……ぁ、」 ロイエルの唇から、小さな声が漏れた。自分の力で立っていたの が、声を出すとすぐに、膝をかくりと崩した。 ゼルクは、それまで背に回していた腕を腰へ直すと、立てなくなったロイエルを抱き支えた。 ロイエルは力が抜けているので、少し仰のかせたら、簡単に口を開かせることができた。そこに舌を滑り込ませ、舌先で口内を撫でた。歯列の裏をなぞり、口蓋の頂をこする。すると、一瞬、少女の体が驚いて硬直したが、抵抗する間もなく、すぐに力が抜けてしまった。 ロイエルの舌に舌をからませて、本人と同様に、抵抗する力も無い柔らかなそれをもてあそぶ。ロイエルの体が、そのたびに、反射的に震えた。 やがて、惜しむように、唇が離れた。 「……」 ロイエルは、ゼルクをただ見上げるばかりで、声も出ない。赤茶色の瞳が、たまった涙で潤んだ光を放っていた。しかし、嫌悪で泣いたのではないらしく、ゼルクが硬く抱きしめているのに、抵抗するそぶりも見せず、酔ったような表情をしていた。 「ロイエルが言う、『恋人』なんていないし、」 ゼルクがささやいた。 「その『彼女』を恋人にする気もないから、」 そして、間近で軽く笑ってみせた。 「思い出すまで、ここで暮らすというのは、どう?」 「……」 ロイエルは、目をみはった。 何か返事をしようとするが、まだ心が落ち着かないのか、言葉が出ない。 ゼルクが、改めてたずねた。 「思い出してから、出て行くかどうかを決めてみない?」 「……」 やはり、言葉が出ない。だから、ロイエルは、返事の代わりにうなずいた。 「よし。決まり」 ゼルクは、微笑んだ。
■つづく■
まだ続きがあります。「さらに一ヵ月後」が。 たった今書き始めましたので、数日お待ちください。 |
(184)投稿日:2005年11月20日 (日) 02時19分
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歌帖楓月 |
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■はい。一月後です。■
午前。 ゼルクが仕事に出たので、ロイエルは一人で家にいた。これから、そうじと洗濯をする予定だった。 玄関から廊下を歩いて、納屋へ掃除道具を取りに行く。 しかし、2、3歩すすむと、少女は立ち止まった。 彼が出かける前にしてくれた、「祝福のキッス」のことを思い出して、ロイエルは頬を赤らめる。深く深く口付け、舌をからませて、甘くしびれさせて平衡感覚を失うキッス。一月前のあれから、キッスといえば、こればかりだった。 ロイエルは胸を押さえた。心臓がドキドキしている。 駄目。 強いて、気持ちを切り替えようとした。 駄目駄目、そうじしなきゃ。今、そんなの考えちゃ駄目。 そうじしなきゃ。 嫌じゃない、嫌じゃないけど。 ロイエルは、天井を見上げ、やるせなく瞳を閉じて、吐息をついた。 ……ドキドキして、駄目。 「しっかりしなきゃ。あれは、祝福。私の記憶を呼び戻すため!」 ロイエルは激しく頭を振って、感覚を外へ追い出そうとした。 でも、 日に日に、理性を失いそうになっていくのは、どうしてなんだろう? 気のせいか、だんだん、……長く深くなっているような、 「そ、そうじッ! そうじしなきゃっ!」 パン、と、両手で頬を叩いて。ロイエルはバタバタと納屋へ走った。
家具のほこりをはたき、床を掃いて、布巾で拭きあげて掃除をした。 洗濯まで終わったら、時間は正午近くになっていた。 すっきりした室内と、明るい陽光の射す裏庭にきちんと干された洗濯物をみて、ロイエルは清々した気持ちになった。 思わず、さわやかな笑みが浮かんだ。 食台に飾る花を庭で摘んで、それから昼食にしましょう。 台所にある勝手口から外へ出る。 裏庭に、秋の花が咲いていた。その中から、優しい桃色に咲いた小バラを選んだ。 ……帰ってきたら、喜んでくれるかな? ロイエルは、バラの優美な姿と香りに目を細め、夕刻帰る彼の反応を想像して微笑んだ。 「ふふっ」 そこに、彼女が来た。 「こんにちはー!」 丹念に巻かれた美麗な金髪、薄化粧のように見えて実は入念にそれを施され仕上げられた愛らしい顔立ち。自称「ゼルクの恋人」のエミリだった。 「今日は、ゼルクさん、いらっしゃるの?」 ニィッコリ、と、優美にしかしどこか怖い笑みを浮かべて、彼女はたずねた。 「いえ。今日も、仕事で」 「あらそう……」 ロイエルが答えると、エミリは残念そうに瞳を伏せた。 「お忙しいのねぇ。いつもご不在なんだから」 しばし口をつぐんだ後、彼女は、ひどく明るい顔になった。 「そうだわ! 彼が帰宅するまで、待たせてもらっていいかしら?」 「……」 ロイエルは、ぽかんとした。 帰るのは夕刻になるので、今から4時間以上あとになる。それは、けっして短い時間ではない。 そんなにまでして、会いたいのだろうか? 「夕方になりますけど。それでよければ」 「いいのよ。私はひとつも構わないわ?」 しゃあしゃあと言ってのけて、エミリは家に入った。
「ふうううん」 家に入るなり、エミリは遠慮も会釈も無く、室内をすみずみまで見渡した。 「ふんふん……」 そして、目を細めると、居間に置かれた飾り棚に向かって、つかつかと歩み寄った。 つつぅっ、と、人差し指で、棚の上を撫でる。 ロイエルは、「まるでお姑さんね」と思いながら、彼女の行動を見ていた。 ほこり一つつかない。それどころか、逆に、艶やかに磨かれた棚に、手垢をつけてしまった。 「……」 エミリは、面白く無さそうに、眉をひそめた。 「きれいなお部屋ですわねーぇ。おそうじが行き届いていること!」 非情に不本意そうな声で、そう褒めた。最後に聞こえた「ッチ」っという声は、おそらく舌打ちだろう。 「どうぞ座ってください。お茶を入れますから」 「アラお構いなく」 と言いながら、エミリは招かれた客のように堂々とソファにかけた。
紅茶を十五杯。ビスケットを一箱。ジャムを小瓶に半分。クリームを大さじスプーンに8杯。サンドイッチを10切れ。 これだけ食べた所で、夕刻になった。 「そろそろ、彼のお帰りかしら? 私、ちょっとお化粧直しにいかなきゃ!」 エミリはいそいそとソファを立ち、家捜しした結果先刻承知のお手洗いへと案内も無く颯爽と向かった。 「あれほど我を押し通す精神力があるんだから、たしかに、これは必要な栄養分かもしれないわ……」 ロイエルは、つくづくと、台所の流しにつまれた「エミリの完食済食器」を見つめた。 「だって、その証拠に、まるで太ってないもの」 うらやましいけど、真似できない。と、ロイエルはしみじみ思った。
「ただいま」 ゼルクが帰ってきた。 「お帰りなさい!」 ロイエルは、玄関へ駆けて行く。 ゼルクは、笑顔で迎えにきた少女に、笑いかけた。 「外は冷え込んできたよ?」 「じゃあ、今日はシチューを作っていたから、ちょうどよかったわ」 見上げて笑うロイエルを、ゼルクの腕が引き寄せた。 「だ、駄目、なの」 彼女の珍しい拒絶に、ゼルクは瞬いた。 「どうしたの?」 ロイエルは、おずおずと言った。 「実はね、エミリさんが、あなたのこと、待ってたの」 「……」 ゼルクは、非情に不快そうに、眉をひそめた。 「ごめんなさい」 反射的に謝るロイエルに「違うよ。君への気持ちじゃないから」と言い置くと、足早に居間へ歩き出した。
「ゼルク様……お久しぶりですわ」 今の今までとはうって変わって、エミリはまるで小バラを背負ったかのように、うぶな言動をした。両手はお腹の辺りで指を組んで楚々とした風情をかもしだす。頬を赤らめ、純情そうに、もじもじと顔を伏せている。しかし薄紅色の唇から発せられた可愛らしい声は、柔らかいが決して小さくはなく、相手の耳にキッチリ届く明瞭な発音だった。丈の短いワンピースは薄い夕焼け色。漂う芳香は秋バラ製の香水。全身で、相手の五感に女性らしさを訴えている。 一体これは誰? と思ったのは、ゼルクではなくロイエルだった。 「父がいつもお世話になっておりまして、今日はご挨拶に伺いましたの……」 なよやかな一礼に、ゼルクは笑った。 「こんばんは。エミリ嬢」 「あら、」 エミリは、目を伏せた。 「よろしいのに。昔からずっと言ってきたように、『エミリ』と呼んでくださいませ」 昔からずっと? ロイエルは、その言葉が引っかかった。 反射的にエミリを見ると、彼女はひどく余裕あるゆったりとした笑みを浮かべて見つめ返した。 「ね? ゼルク様? 私たち、家族も同然ですものね?」 家族も同然? ロイエルは、かつてゼルクが言った言葉と、彼女の今の言葉の温度差に、とまどった。かたや、そっけなく、かたや、熱く親密な……。 どういうこと? エミリは、すっかり困惑しているロイエルを嬉しそうに見ると、さらに言葉を続けた。 「いっそのこと、ゼルク様、私たち本当の家族になりませんこと?」 「あの、」 ロイエルが、言葉を挟んだ。 「まっ。なぁに? 私は、今、ゼルク様と大切なお話をしているところなのよ?」 迷惑そうなエミリに、ロイエルは、首を振った。 「邪魔はしません。私、用があるので、部屋に戻りますから」 「あら、そう?」 エミリは、勝ち誇った微笑の花を咲かせた。 足早に居間を出て行こうとするロイエルを、しかし、ゼルクが引き止めた。 「待ちなさいロイエル」 「こんな場に、私、居たくありません」 扉の際で首を振って固辞する少女のところへ、ゼルクは歩いていった。そして有無を言わさず腕を掴むと、再びソファの前に立つエミリの方へ帰ってきた。 「まぎらわしい言い方をしないでくれるか? エミリ」 「あら本当のことでしょう? ゼルク?」 言葉遣いがぞんざいになり、二人の信密さが表出した。 ロイエルは、居心地悪そうに身じろぎした。 ゼルクは眉根を寄せて、薄笑いを浮かべるエミリを見ると、ロイエルにそっと言った。 「気にしないでいいんだよロイエル。彼女は実家が隣で幼馴染、それだけなんだから」 その言葉が終わらないうちに、エミリはころころと笑い出した。 「フフフフ! それだけですって? これだけ揃えば、十二分よ? ロイエルさん、もうわかってるとは思うけど、私とゼルクは」 「お互いの裏を知り尽くした幼馴染だ。エミリ、私は同類は嫌いだ」
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(186)投稿日 : 2005年11月23日 (水) 17時56分
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歌帖楓月 |
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つづきです。
「フフフフ! それだけですって? これだけ揃えば、十二分よ? ロイエルさん、もうわかってるとは思うけど、私とゼルクは……」 「お互いの裏を知り尽くした幼馴染だ。エミリ、私は同類は嫌いだ」 エミリの言葉は、ゼルクによって遮られた。 「これだって、私への嫌がらせだろう?」 「そんな……」 エミリは、傷ついた顔をした。 「私は、本当にゼルクのことが……」 「嘘をつけ」 「ひ、酷いわ……」 ううっ、と小さく声を上げ、エミリは涙混じりに顔を伏せた。 どうみても、エミリがいじめられているようにしかみえない。 「ゼルクさん、そんな言い方しなくても、」 ロイエルが口を出すが、ゼルクは取り合わない。 「いいから。さあ、エミリ、家に帰れ」 「……ッ、ゼルク、なんて冷たいの?」 「あ、あの、エミリさん、」 どこまでも冷たい男。弱々しく打ちひしがれる女。見かねたロイエルが、エミリの肩に手を置こうとした。つまり、ゼルクのそばから離れた。 瞬間、エミリの目が妖しく輝いた。 「酷いわゼルクッ、私たち、あんなに愛し合った仲じゃないのー!」 エミリは、悲嘆にくれた言葉とは裏腹に、野猿のように敏捷にとびかかった。そのまま脚をスラリと伸ばし、とび蹴りの体勢にうつる。ロイエルは驚いて目を丸くした。 標的のゼルクは、飛んでくるエミリの足首を容赦なく片手で払ってふせいだ。冷たい言葉とともに。 「嘘を付くな。口汚く罵りあった仲だろう?」 エミリは、その優美な姿に似合わぬ見事な受け身で床に着地すると、倣岸に言い放つ。 「ええそうよ!? 愛情なんて、ハッ、これっぽっちもあるもんですか! あるのはウラミと憎しみだけよ! だから、あんたの恋路を邪魔してやりにきたのよッ! あんただけ先に幸せになってるのが、許せないィィ!」 「お互い様だ。ようやく本性を現したな」 お互いに、凶悪な笑みでにらみ合った。 「ここで不毛な嫌がらせをしている暇があるなら、お前に騙される男を探した方がよくないのか?」 「そのつもりよ! だけどね、私、自分のためになる、いーい情報を、仕入れたのよ? それを伝授してもらおうと思って。これで、男たちを、今よりもさらに自由にできるんだわ!」 「……」 ゼルクの顔が、一瞬ではあったが、さっと曇った。 「?」 ロイエルは、どうして彼がそんな後ろめたそうな顔を、一瞬にしろ浮かべたのか、わからなかった。 エミリは、ゼルクの表情を見るや、輝くような笑みを浮かべた。 「弱み、見ーつけた!」 その満面の笑みは、今度はロイエルに向けられた。 「うふふふー。ロイエルさん、あなたが毎日毎日受けているキッスは実はね『忘却……フグッ!?」 言葉の途中で、ゼルクが、エミリのみぞおちに拳を叩き込んだ。 エミリは、気を失った。 「ゼ、ゼルクさん……?」 いきなりの乱暴に、ロイエルは仰天した。 「家に返してくる」 ゼルクは、こともなげにそう言うと、床に転がっているエミリを荷物のように小脇に抱えて出て行った。
……忘却? 騒乱の後に、独りの静寂に包まれた家の中で、ロイエルは、エミリの言いかけた言葉を、反芻していた。
つづきます。
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(187)投稿日 : 2005年11月23日 (水) 18時48分
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歌帖楓月 |
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つづきです。
「ただいま」 「……おかえりなさい」 再び帰宅したゼルクは、すっきりした様子だった。 迎えたロイエルは、こころなしか沈んでいた。 「ゼルクさん、わたし、聞きたいことがあります」 少女は切り出した。 「さっき、エミリさんが言いかけたのは、一体、なんですか?」 それまで笑みを浮かべていたゼルクだったが、ロイエルの言葉に、表情を改めた。 「……知りたい?」 彼の声は、静かだったが。まるで、波の無い深い湖水のように、けして明るくはない何かを含んでいた。
居間に行き、二人ならんで、ソファに腰掛けた。 「『忘却』という言葉が、耳に入りました」 ロイエルは、慎重に言った。 「私の記憶喪失と、関係がありますか?」 ゼルクは、しばらくの間、だまってロイエルを見つめていた。 静寂が流れた。食堂から、バラと夕食の香りがそっと訪れた。 「うん」 そして、ゼルクは、肯定した。 「関係あるよ」 ロイエルは、一瞬、目をみはったが、すぐにそっと伏せた。 「……それは、記憶をさらに忘れさせる、ということですか?」 再度の問いが、ゼルクの耳に届いた。 「そうだよ」 穏やかな静けさで、肯定された。 ロイエルは息を詰めた。そして、今度は、抑えてはいるが悲痛な声をもらした。 「どうして?」 再び、静寂が流れた。ゼルクは、沈黙していた。答えたくないからではなく、その揺るがない静かな表情の奥で、思案しながら言葉を捜しているようだった。 ロイエルは、彼の答えを待った。 やがて、ゼルクが言った。 返答ではなく、質問だった。 「……ドクターの診察室を、まだ、おぼえている?」 ロイエルは、伏せていた顔を上げた。 そして、彼を見た。 笑みはないが、穏やかな顔をしていた。まるで、独り歩かねばならない闇夜の道で、灯りと外套を持ってそっと待ってくれているような、そんな優しさがにじみ出ていた。 ロイエルは、記憶をたどった。
ドクターの声。 「あなたは立派なヒトですよ」 保存液を満たした大きなガラス瓶に詰められた、骨抜きの人間。 机の上の頭蓋骨。 机の下にある、ふたつきの金属容器からはみだしている。腕や脚。 それらを初めて見たとき、なんにんぶんだろう? と、思ったこと。 そんな断片的な記憶しかない。前はもっと、平気で色々と覚えていたような気がする。今は、冷静な物の見方と、記憶のかけらしかない。
ロイエルは言葉無く、ただ、首を傾げて、ゼルクを見た。 声の代わりに涙が落ちた。 記憶は、滅茶苦茶に破られた手紙のように細切れにされているのに。ひどい孤独と恐怖とが鮮やかに甦った。 ゼルクが、強引に、少女の腕を引いた。 背に腕を回して抱き寄せ、唇を重ねた。 忘れさせる口付けだった。 ロイエルは両手で彼の胸板を押して抵抗をし、声を上げた。 「教えて!」 ゼルクは彼女の両の手首をつかまえて動きを封じ、さらに引き寄せて口付ける。 ロイエルは首を振ってこばんだ。 「やめて! しってるんでしょ? 私よりも、私のこと、」 「……知ってるよ」 ロイエルの心のどこかが、思い出したくないと叫んでいた。しかし、少女はは青ざめながらも言った。 「おしえて?」 「聞きたい?」 問いかけられて、うなずくロイエルの顔色は、だが、一層青くなった。 返事の代わりに、ゼルクは口付けた。 「やだっ、」 必死に抵抗するが、少女の細い体でかなう相手ではなかった。彼は鋼のような身体を持つ剣士だ。 手首を捕まえられたままソファに押し倒され、彼の体重を掛けられ、ロイエルは身動きできなくなった。
つづきます。 |
(188)投稿日 : 2005年11月25日 (金) 01時30分
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歌帖楓月 |
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「やだっ、教えて! 忘れたくない! 思い出したいの!」 答えは、体に返された。 浅く深く繰り返される口付けが、ロイエルにもたらされた。 声を出したいが、青年の舌に口中を責められて、耐えるのに必死でとてもそれどころではない。歯列をなぞられ口内のやわい皮膚を愛撫される。離れようと首を振るが、甘い快楽に力が抜け目まいがして、うまく動けない。呼吸のためにわずかに唇が離される瞬間に声を上げようとするが、出るのは吐息まじりの悲鳴だけで、言葉にならない。 「ん、ぅっ、」 鼓動をはやらせ身じろぎするが、押さえつけられた体は逃げることまではかなわない。 「お願い、」 真実を知りたい。だが、青年から返されるのは、行為ばかりで。 「あたし、ヒトじゃ、ないんでしょ?」 保存液に漬かった骨抜きの遺体。あの診察室と医師の異常さを、如実に物語っていた。 ゼルクはここでようやく返事をした。 「いいや」 そして目を細めて、静かに笑った。 「人でないなら、」 言いかけて、両手を、ロイエルの手首から離した。彼の手は、少女の頬を包んだ。 「こんなふうに柔かかったり、暖かかったりしないよ」 唇が触れた。それは名前のついた口付けではなく、愛情ゆえの行為だった。 「だから、」 唇を、わずかに離して、ささやいた。 「忘れたままでいいことも、あると思う」 背中に手を添えて引き寄せられ、触れるだけの口付けをされた。ロイエルは、ただ彼の言葉を聞いていた。 「思い出さないほうがいいと思う。私の言うこと、信じてみないか?」 ただ、深く口付けられる。祝福も忘却も関係ない。ただ愛情が注がれる。 「でも、わたしは、……っ、」 言いかけた言葉は、青年の舌に絡められ奪われた。音や言葉を発する間も与えてもらえない。抗ってみようとした少女の純情な舌は、罠にかかるように、相手のそれに愛撫されて力を無くす。引きずり込まれるような心地よさに、思わず首を振るが、唇は執拗なほど離れない。体の奥が熱くなって、頬が紅潮した。 「ぁっ、」 くぐもった悲鳴も、彼の口中で行き止まりにあった。 柔い唇を甘く噛みつかれ、喉のそばまで舌先を滑らされて、ロイエルは上身を震わせて反らせた。硬く閉じた瞳から、涙がひとしずくこぼれた。それは、決して苦痛ゆえではなかった。 証拠に、気付いたゼルクが唇を離して、瞳に口付けて涙をすくったが、抵抗するそぶりもなく、されるにまかせていた。 「ロイエル、」 ゼルクは瞳を伏せ、ロイエルの耳にささやきかけた。 「私を、好きか?」 ロイエルは、酩酊した様子で、ゼルクを見つめた。 青年は少女を抱き寄せて、返答を待たずに口付けた。 頬を両手で包み、唇を重ねて数度ついばみ、頼りなげに震える少女の髪を手ですいて、深く口付けて。 いつか、少女は、ゼルクの背に手を回して、自分から身を添わせていた。 「すき……ゼルク、」 うっとりとつぶやく美少女に、青年は、笑みを落とした。 「いい子だ」
続きます。次で終わりです。 |
(190)投稿日 : 2005年12月04日 (日) 12時30分
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歌帖楓月 |
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翌日。 早朝からガイガーがやってきた。 「幸せなお宅訪問ー! おはようございます幸せですか?」 「どうしてそんなに情報が早いんだ?」 玄関で、呆れた顔をしているゼルクの言葉に、ガイガーは「エミリちゃんが教えてくれたのー!」と答えた。 「あいつ……」 ゼルクの眉間に深いしわが刻まれた。さすが幼馴染、こちらの嫌がることを熟知している。 「エミリちゃんってイイ子ね! で、ゼルクくんは、ロイエルちゃんを自分の戸籍にイれちゃうんだ。最初からイれちゃうつもりだったんだ。ふううううん」 「まだそこまで話は進んでいない」 「うん、戸籍はともかくね。昨夜はイれたのですか? ……グフッ!」 ゼルクは遠慮無く右足を友人の腹に叩き込んだ。ガイガーは「これは良い蹴りだ!」と叫びつつ腹を押さえて後ずさった。 「今の答え、どんな言葉よりも明解だったよ。そうかぁ、そうかッ、とうとうかッ! 君的には、やっと、か!?」 「何もしてない」 「うっそだぁ? お邪魔すればわかることだよね? 失礼しまーす!」 ガイガーは、友人の不機嫌な顔に屈しもせず、威風堂々と玄関を通った。
「おっはようございまーす! いやー良い朝ですね!?」 さわやかなあいさつと共に、ガイガーは居間に入ったが、そこには誰もいなかった。 「……おやおや? いつも早起きのロイエルちゃんはどうしました?」 嬉しそうに振り返って、後ろから着いて来たこの家の主人に尋ねた。 「まだ寝てる」 「どうして知ってるのさぁ?」 ガイガーはニイヤリと嗤った。 ゼルクは冷静な顔をして答える。 「同じ家に住んでいるんだからわかるだろうそれくらいは」 「うそだぁ。さっきまで一緒だったからだぁ?」 「どこまで勘ぐりたがるんだ」 ゼルクは呆れた様子で肩をすくめた。 すると、 「……おはようございます、」 起きて間もないと思われる、少し気だるげなあいさつが、台所の方から聞こえてきた。台所には、二階へ続く階段がある。 居間に、ロイエルがやってきた。 「おっはよう!」 ガイガーがうそ明るいあいさつを返した。 そしてこう言った。 「お! 今日は髪の毛おろしてるんだね! 可愛いねぇ!」 「そんな。お茶、いれますね?」 少し照れて微笑み返すロイエルに、ガイガーは満面の笑みで返した。 「いやいやお構いなくー!」 ロイエルは再び台所へ消えた。 いなくなったのを見計らい、ガイガーは独り言のように言った。 「首筋にキ・ス・マーク。隠したいよねぇ? いつ消えるかなぁ?」 ごつい背中に「ドス」と拳が入った。 その本気な痛みが、ますますガイガーを喜ばせた。 「いつも姿勢良く立ってるロイエルちゃんなのに、どうして今朝は、扉をぎゅってつかまえてるのかなぁ? 腰をどうかしたのかなぁ? 立てないほど腰がどうかなったのかぁ?」 調子付くガイガーの首に、ゼルクの腕が気配無く回された。 「赤いスカーフはどうした? 奥さんからの」 「やだなぁ。そんなのとっくに外れてるよ? ボク、清く正しく美しいから」 「そうか仕方ない。自力でやる」 ガイガーの頸部が際限なく絞まった。 「ググググ!」 「死ね、」 冷気を伴った単語が、ガイガーの耳に刺し込まれた。 「いやだこの人ッ、本気!? 初夜明け邪魔されたのが気に食わないの!? お、恐ろしい子!」 「なに、すぐに楽になるさ」 「グ、グはぁ! ちょ、し、しぬッ……ああ、そうだほら、ロイエルちゃん、ロイエルちゃん一人で台所大丈夫かなー? グググ。見に行ってあげないと、腰抜かしてるかもよー?」 「すぐ終わるさ」 「何が? ボクの始末のこと?」 ガシャン、という音が響いた。 ゼルクの腕が離れ、彼は台所に向かった。 「ほぅら、言わんこっちゃない」 命拾いしたガイガーが、ほっとして声を出す。
流しのそばで、ロイエルが床にへたりこんでいた。 「大丈夫?」 ゼルクが近寄ってきた。 ロイエルは、頬を赤らめながらうなずいた。 「ごめんなさい。うまく、立てなくて」 ゼルクは、彼女を抱き上げた。 「まだ寝てなさい」 「でも、」 いいよどむ唇に軽い口付けを落として、ゼルクはささやいた。 「私がするから、」 「んっ、」 ゼルクはロイエルの耳たぶを甘噛みした。びく、と、ロイエルの腰が震えた。少女はうっとりと青年を見上げた。 「なに?」 首を傾げて笑ってささやき、ゼルクはロイエルの耳元に、彼女にだけ聞こえる質問を吹き込んだ。 少女の頬が朱に染まり、かすかなうなずきが返った。 「じゃあ、部屋で待ってなさい? ガイガーを帰してから来るから」 「……うん、」 「ひとりで行ける?」 「……ううん、あるけない」 「わかった」 そこまでやり取りした後、視線を感じてゼルクは振り返った。居間の方を。 ガイガーが、ニヤニヤ笑ってこちらを見ていた。声は出さず、口だけで「やっぱりね」と言った。 ゼルクは目を細めてそれを受け、やがて、笑った。
二人が階段を登っていくのを見届けてから、事務屋の友人は、居間に書置きをして、実は持ってきていた書類を置いて、スキップで家を出た。 「婚姻届で戸籍もイれてね? 24時間いつでも受け付けてます。町役場職員より」
おしまい。 |
(192)投稿日 : 2005年12月04日 (日) 15時44分
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