(26) 家庭教師イザベラ・サーリッチ |
投稿者:Tomoko
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※この話では、オリキャラが出てきます。
「シンちゃ〜ん。どこへ行くんだい?」 マジックが訊いてきた。 「部屋に帰る」 「シンちゃん、この頃、パパのこと、邪険にしてないかい?」 「アンタがしつっこいからだろ」 「小さい頃は、よく、『パパ大好き』って抱きついてくれたじゃないか」 「――……昔の幻想を追うのはやめろ。とにかく、俺は帰るからな」 「シンちゃ〜ん」 マジックは、その場でひれ伏し、泣き出した。 シンタローも、少し気が咎めるところがある。が、心を鬼にして、部屋へと急いだ。
マジックとシンタローは、さっきまで喧嘩をしていた。それは、マジックのいつもの一言、
『シンちゃん、パパとサービス、どっちが好き?』
というものだった。シンタローの意見は――推して知るべし。 シンタローは、ドアノブを回した。途端、人の気配を感じた。 誰かいる。 電灯のスイッチを入れ、シンタローは、そうっと、その気配の主の方に近づいた。 「無用心ね。シンタロー。鍵もかけずに」 彼女――その人は女だったのだ――は、すっくと立ち上がった。電気がぱっと点き、彼女を照らし出した。 「イザベラ先生!」 シンタローは思わず叫んでいた。 イザベラ・サーリッチ。青の一族代々の家庭教師だ。マジックも、彼女には頭が上がらない。 くしゃくしゃとした藁色の髪。ロイド眼鏡の奥では、藍色の瞳が光っている。もう五十は越しているはずなのだが、まだまだ若々しさは損なわれていない。
「ねぇ、イザベラ先生。イザベラ先生とお祖父さんには、『肉体の交わり』があったの?」 「何よそれ。アンタすごいこと言うわねぇ。『肉体の交わり』てのはどこから?」 「パパが言ってたよ。『例えば、イザベラ先生が、お祖父さんと、肉体の交わりを結んだことがある、という輩がいたが、とんでもない』って」 「……シンタロー、私、後でマジックにお仕置きしておくわね」 「パパは悪くないよ。聖書の勉強してたんだもん。『民はモアブの娘たちとみだらなことをし始めた』っていうから、みだらなことって何?と訊いたら、教えてくれた」 「聖書か。ふむ。考えてみれば、あれも相当なエロ本よね」 「それって、男の人と女の人が、必要以上に仲良くすることだよね。お祖父さんとイザベラ先生は、仲良かったんでしょう?」 「――おいで。シンタロー。男と女の間には、そういうものがなくても、いや、そういうものがない方がうまくいく場合だってあるのよ」 「じゃあ、僕、隣のみよちゃんと仲良くしたいから、肉体の交わりを結ぼうと思ったけど、やめた」 「あっはっは。いい子だねぇ」
そういう会話もしたことあったっけな、とシンタローは思い出す。 「何よ。人の顔をじろじろ見て」 イザベラが訝しがった。 「あ、いや、ちょっと、昔のこと思い出しちゃってさ」 「思い出なんざ、若いときに回想するモンじゃないわよ。ところで、アンタ、またマジックと喧嘩したわね」 「え? なんで知ってるの?」 「揺れが激しかったからさ。団員も、またか、とうんざりしてたわよ」 「だって、親父、未だに俺のこと子供扱いするんだから。俺だって、眼魔砲も習得したっていうのによぉ。俺だって、いつまでも、親父の言う『可愛いシンちゃん』じゃねぇんだぜ」 「そうね。あの溺愛ぶりは少々異常ね。でも、親が、子供を、いつまでも子供のままでいてほしいっていうのは、偽るべからざる本音じゃないかしら」 「でも、イヤなもんはイヤなんだッ。おかげでハーレム叔父さんにはバカにされるしさぁ」 「ああ、そうそう。ハーレムと言えば、アンタ、アイツに言葉づかいが似てきたわよ」 「え? 嘘ッ? やだなぁ」 「俺がどうしたって?」 いつの間にか、背後にハーレムが立っていた。 「シンタロー……鍵はちゃんとかけておきなさい」 「……うん。今度からそうする」 「無視してんじゃねぇよ。イザベラ、グンマから言付けがあったぜ」 「グンマから?」 ハーレムの台詞に、イザベラは問い正した。 「うん。なんでも、『ゲーデルの不完全性定理』ってやつを教えてくれないかって」 「――……『高松に教えてもらいなさい』と言いなさい」 「高松は、出張でいねぇんだとさ」 「だったら、帰ってくるまで待たせておきなさい」 「わかった。その代わり、ロハでとは言わせないぜ」 「アンタ、その年になってまだお駄賃要求するつもり?」 「仕方ねぇじゃねぇか。競馬があるんだからよ」 「もしかして、グンマからもお金巻き上げようとしたの?」 「ああ」 ハーレムはあっさり答えた。 「恥も外聞もないのね」 「グンマのやつ、くっだらねぇ発明にお年玉使い込んだみてぇでさ。おかげで今回はタダ働きよ」 「要はていのいいパシリじゃない」 「イザベラ、グンマの分まで代金払え」 「イヤなこった。どうせ無駄遣いするんでしょう」 「俺は男のロマンを買うんだ」 「アンタは戦う男。充分ロマンを果たしているじゃない」 イザベラが優しい目をしたので、シンタローは、おや?と思った。 「今からでも遅くない。イザベラ。俺に貢げ」 「冗談じゃないわよ。こちとら、アンタのこと、ガキの頃から知ってるのよ。全く、誰がこんな男に育てたのかねぇ」 「アンタとマジック兄貴だろ」 「先生と親父だろ」 ハーレムとシンタローの、二人の意見が微妙に一致した。 「じゃ、アンタ、もう帰りなさい」 イザベラはハーレムにしっしっと手振りした。 「ああ、そうすっか」 ハーレムは、部屋を出るとき、こんなことを言った。 「おい、シンタロー。兄貴は、総帥業やら、国家間の折衝とかで、いろいろ大変なんだぜ。その上、育児の方面にまで面倒かけんじゃねぇよ。じゃあな」 パタン、と扉が閉まった。 「ふん。去り際にはかっこいい台詞吐くようになったじゃないの」 「うん……」 「どうしたの? シンタロー」 「ハーレム叔父さんの言う通りかもな。親父にもいろいろあるんだよな」 「そうね。マジックが選んだ道とはいえ、ね?」 「でも、不思議だな。ハーレム叔父さんって、俺のこと嫌ってるんだとばかり思ってたのに、忠告めいたことしてくれて」 「嫌いなんじゃないわよ。ただ、サービスの親友に、アンタが瓜二つだから、どう接していいか、わからないだけなんじゃないの? 心の中で、折り合いがつかないのよ」 「俺、そんなに叔父さんの親友……『ジャン』っていう人にそっくりなわけ?」 「似てるなんてモンじゃないわよ。私だって、昔を思い出しそうになるくらいだもの」 「――俺、髪伸ばそうかな」 「そうね。似合うんじゃない? ただ、手入れは怠らないように」 「イザベラ先生には言われたくないなぁ」 シンタローはあははと笑った。 「そう、その笑顔。アンタのその笑顔が、一番、私達にとっては薬になるのよね」 「――……ねぇ、先生。話は変わるんだけど」 「何?」 「俺、親父に謝って来ようかな」 「いいんじゃないの。マジックなんて。一晩経てばけろりと忘れて、また『シンちゃんシンちゃん』って寄って来るわよ」 「じゃあ、俺、どうしたらいいかなぁ」 「答えは、アンタのうちに持ってるんじゃないの? 私は相談だけなら乗るけど、決めるのはアンタよ」 シンタローは、しばらく考えていたようだが、やがて、はっきりとこう告げた。 「やっぱり、親父のところへ行ってくるよ」 「うんうん。行ってらっしゃい」 イザベラを後に、シンタローは部屋を出て行った。――鍵をかけないで。
「シンちゃ〜ん。やっぱりパパのところに謝りに来てくれたんだね〜。シンちゃん、だっだっだっだっ、だ〜い好きッ!」 マジックはシンタローの頬に頬を寄せ、すりすりした。 「やめろよ、親父。気色悪いなぁ、もう」 (イザベラ先生の言う通りだったな――) シンタローはそう思い――そして、少し後悔した。
後書き
オリキャラ、イザベラ・サーリッチの登場です。 いやぁ、この人、なかなか好きかもしれません。モデルは『氷点』の辰子おばさんね。『パームシリーズ』のマリアも少し入っているかもしれない。 このキャラ、昔考えていたのと、名前を少し変えました。当時の名前は『アイベル・サーリッチ』。でも、アーミン世界の二次創作には、アイのつくキャラがたくさんいたから。 この人はもうとっくにオバサンだし、青の一族と結ばれるなんてことはまずないから、まだいいですよね? 彼女も青の一族を子供扱いしてますし。
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2006年01月09日 (月) 17時49分 |
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