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(34) 原罪と試練の狭間で 投稿者:Tomoko MAIL URL
 目の前が光ったかと思うと、ゴロゴロゴロ――と雷の恐ろしい音がする。
 大雨だ。ぼくは急いで走ったが、それでもだいぶんぬれてしまった。
 ぼくがようやく礼拝堂にたどり着くと、いつもと同じように、イザベラ先生が祈っていた。
「早いわね。サービス」
 そう言って、にっこり笑った。
「ひどい濡れようね。タオル持ってくるわ。アンタ、服着たままの方がいい? それとも脱ぐ?」
「着たままで」
「上半身だけでも脱ぐ?」
「うーん。そんな姿、人には見せられないよ」
「しばらく誰も来ないと思うけどね」
 けっきょく、髪の毛と、服の上からふいてくれることになった。
「ものすごい雨ね」
「うん」
 雷は鳴り続けている。ぼくは、今朝から、何故かいらいらした気分だった。
 ハーレムが間違って、ぼくのアイスクリームを食べてしまった。そんなことは日常茶飯事だが、ハーレムは開き直って、謝りもしない。「さっさと食べない方がワルいんだ」と言っている。ぼくはカチンと来た。
 早くに礼拝堂に来たのも、イザベラ先生に、話を聞いて欲しかったからかもしれない。
 ぼくが話し終えたあと、先生は、笑い出した。
「先生、笑うことないでしょ」
 ぼくは、むくれた。
「ゴメンゴメン。アンタら、仲が良いからケンカするのね」
「先生は? ニーナさんとはケンカしたことある?」
「あら、こっちに矛先が回ってきたわね」
 ぼくは前から気になってたんだ。先生がそんなに祈っているニーナって、本当はどんな子なのか。死んでしまった人のことを訊くなんて、あんがいいじわるな気持ちが働いていたのかもしれない。
「ニーナさんて、どんな人だったの? 先生が心の中で一生懸命祈っている人だもの。さぞかしイイ子だったんだろうね」
「ううん。その反対。人との仲は裂くわ、陰口は叩くわ、他人の恋人は奪い取るわ――」
「じゃあ、ちっともイイ子じゃなかったんだね。死んであたりまえだよ」
「そうじゃないわ。自殺していい人なんか、この世にはいない。今、神様とあなたの前で告白するわ――私は――」
 そのとき、雷がカッと光った。
「ニーナを殺したのは私よ」
 雷の音が遠ざかるのと同じ速さで、ぼくは、イザベラ先生が恐ろしくなった。
「もちろん、手を下したのは私じゃないわ。でも、手を下すよりもっと悪かったわ」
 先生は、一拍置いて、深呼吸した。
「私は心の中で、ニーナが仲間外れにされれば『ざまぁみろ』と思ったり、彼女が私を頼ってきても、黙殺したり、突き放したり――そして、ある日、私は言ったわ。『あなた、私に対して何を求めているの? 私は神様じゃない。人間なのよ』そして、最後に、『もう、アンタとはやっていけないわね』と最後通告を口にしたのよ。ニーナが死んだのは、その翌朝未明のことだったわ」
「そんな――そんな、ぼくだって、ハーレムに『もう絶交だからね』って何度言ったかわからないのに。あとで仲直りするけど。ハーレムは強いから、何言われたって平気なんだよ」
「そう? 私には、あの子は見かけよりデリケートな感じがするんだけどねぇ」
「死なないよ。あいつは絶対」
「まぁ、簡単にはくたばりそうもないわね」
「先生。話は変わるけど、もし、ぼくが傷つけた人が死んだら、ぼくも人殺しになる?」
「人間は、みんな人殺しよ。アンタも、例にもれず、だわよ。そういうのを、原罪っていうのね」
「パパも、たくさん人を殺してるよ」
「義人なし。一人だになし」
 イザベラ先生は、うたうようにつぶやいた。
「人は、それぞれ罪という十字架を持って生まれて来るわ。それを代わりに負ってくださるのが、イエス様なのよ」
「じゃあ、どんなことでも、イエス様のせいにすればいいの?」
「違うわ。イエス様は、私達が天国に行けるように、とりなしてくださるの。だから、イエス様が許してくれたからって、悪いことをしていい、人を憎んでもいい、ということには、ならないのよ」
「ぼくも、天国へ行ける?」
「イエス様と、父である神様を信じれば、必ず」
「具体的に何をすればいいの?」
「祈り、賛美し、悪いことをしたら悔い改める。聖書も読んでおくと、損はないわね」
「ぼくたち、みんなで聖書を読んでいるよ」
「そう――……願わくば、この子達に神の祝福のあらんことを!」
 イザベラ先生は、立ち上がって、両手を上にかざした。
「……先生が、声を出していのるのって、初めて聞いたな」
「あら、そうだったかしらね」
「いつも、黙っていのっているから」
「恥ずかしかったのよ」
「えーっ?! イザベラ先生でも、恥ずかしいと思うことがあるの?!」
「だぁかぁらぁ。私だって人間よ。こう見えてもシャイなんだから」
「意外だなぁ」
「失礼ね。アンタ」
 先生は、ぼくのことをぼかっと殴った。
 でも、そっちの方が、いつもの先生らしかった。
「声を大きくして、祈った方が、効き目あるんじゃないの? ぼく、聞きたいな、先生の祈り」
「そうかもしれないわね。ここには、アンタしかいないわけだし。――天のお父様、今日もサービスを送ってくれて、どうもありがとう。ニーナにもよろしく。天国のニーナ、聞こえる? 今日、アンタの話したのよ。そう。アンタ好みのかわいこちゃんと。一緒に、アンタのこと祈れるようになったら、素敵だと思わない? 父なる神様、いつもそばにいてくれて、感謝しているわ。それから――……」
「ちょっと待って。それだと、神様や死んだ人と親しく話しているみたい」
「おかしい?」
「ちょっと面食らっただけ」
「アンタは、何を祈っていたの?」
 ぼくは、ちょっと頬に血が上った。
「――……イザベラ先生の祈りが聞き届けられますようにって」
「まぁ、なんていい子なの。サービス。でも、自分のことも祈りなさいね」
 そう言って、先生は、ぼくのこめかみにキスしてくれた。ぼくの心は、喜びで一杯になった。
 みんなが入ってくる頃、雨はもう止んでいた。
 雷は、どこかへ行ってしまったらしい。ぼくたちのためにつくられた、照明効果のようだった。

 十数年後――
 僕は、病院のベッドの中にいた。右目の傷は、だいぶ良くなってきているそうだ。それでも、包帯はまだ取れない。
(昔のことを、思い出してしまったな――)
 イザベラ先生と、二人きりでいるからだろうか。今、先生は、僕の枕元で、器用に梨を剥いている。
 嫉妬と、羨望と、友情と愛を教えてくれた親友ジャンは、もうこの世にはいない。
(僕が殺した――望みもしないのに授けられた秘石眼の力のせいで)
「――先生」
「なぁに」
「先生!」
 僕は起き上がって、先生を組み敷いた。梨とナイフが床に落ちた。
「やめてちょうだい」
 先生はそう言ったが、無駄な抵抗をする気配はない。
「ジャンは僕が殺した」
「そうね」
「ニーナはあなたが殺した」
「そうね」
「――なんで、平気な顔して『そうね』なんて言えるんだ」
「ほんとのことだからよ」
「先生。イエス・キリストは二千年前に死んだ。けれど、彼を殺したのは、僕達――……?」
 僕は、牧師の昔の説教を思い出して聞いた。
「そうよ。私達の罪が、彼を殺したのよ」
「嘘だ!」
 僕は叫んだ。
「イエス・キリストがいるなら、全ての苦痛を担ったのなら、何故僕はこんなにも、苦しい――……」
「サービス……」
「先生。ここは地獄ですよ。どうせ地獄なら、いい目を味わいたいんです」
 そうして、僕は、先生のブラウスのボタンに手をかけた。そのとき、
「やめなさい!」
と、一喝された。その声には――奇妙なことだが――男の声も混じっているような気がした。
 組み敷かれたまま、先生は続けて言った。
「私は女としてはまだまだ現役のつもりだけど、患者の気紛れに振り回されたくないの」
 先生は、僕の右の前髪に触れ、そっと、持ち上げた。
「あなたは、その若さで、大きな艱難に出会った。でも、その試練は乗り越えられる。その傷跡は、約束の証――幸せに、なるための」
「先生!」
 もう情欲は失せていた。僕は、小さな子供のように、イザベラ先生を抱きしめ、すすり泣いていた。
「先生……先生……」
 イザベラ先生は、僕の背中に手を回し、気の済むまで待っていてくれた。
「あなたは、こうやって生きてるじゃないの。天から与えられた仕事が、あなたにもあるわ――」
 僕が身を起こしたとき、先生は言ってくれた。
「『私の目には、あなたは高価で尊い』あなたに送るみことばよ」
「右目がなくても。友人を殺してしまっても。ですか?」
「あなたに殺意があったわけじゃないわ。けれども、たったひとつ、罪過があるとすれば、あなたの美しい右目を、抉り取ったことね」
「コントロールできない巨大な力なんて――……いらないです」
「――力が物言う一族に生まれてしまったが故の悲劇ね」
「でも、父は、聖書が好きでした。家族もみんな、聖書が好きです。マジック兄さんは、特に旧約聖書が気に入りでした」
「ふむ。あれは、要約すると、敵は全部ぶっ殺せ、てな話だからね」
「……そこまで要約しなくても」
「あら、梨が落ちたままだったわね。欲しいなら、新しいの持ってくるけど、食べる?」
「いりません。――ひとりにしておいてください」
 イザベラ先生が出て行った後、僕の理性はだんだん戻ってきた。
 ずっと先生だと思っていた人に、『女』を感じた。
 僕は、激しく後悔した。
 そして、自然に天井を仰いで、両手を組んで目をつむり、何か訳のわからない言葉の渦に、引き込まれていった。

後書き
錯乱したサービスがイザベラを押し倒す、というのは、想像の段階から、出来ていました。
「何やってんじゃ! アンタら〜!」みたいな感じですが。
ちびサービスと、青年サービスの語り口が、違うのはおわかりでしょうか。ちびサービスは自分のことを「ぼく」、青年サービスは「僕」と言っています。それから、サービスが幼いときには、できるだけひらがなを使うようにしました。

2006年07月15日 (土) 13時54分




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