(52) ライとジャン 〜南の島の歌シリーズ〜 |
投稿者:Tomoko
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森の中を進む影が一つ。 それは、年の頃、七、八歳くらいの少年だった。 何より人目を引くのはその美貌。ぱっちりとした、見た者を吸いつけずにはおかないような、つぶらな瞳。長い睫。緩く波打った、肩までの金髪。富士山のような、きゅっとした上唇に、薄めの下唇。白い肌は、赤子の柔肌のように滑らかそうだ。真っ白なトーガから現われている腕や足も、すらりとして長い。 が、この誰もいない森には、そんなこと関係なかった。 少年は泣いていた。 双子の兄に、殴られたのである。 些細なことだったが、感じやすいこの少年の心は、生木が裂かれる程の痛みを感じた。 それで、誰にもわからないように、悲しいことがあるとつい足が向く、この森の中で泣こうとしたのである。 自尊心が高い少年、ライは、双子の兄、ストームの前でだけは、泣かないとこっそり誓っているのである。 森は、木々で、ライを囲んでくれている。まるで悲しみを共有するかのように。木漏れ日も彼を慰めてくれていた。 (――音がする) ライは、何か異変を感ずると、すぐさま逃げようとしたが、ストームのことを考えて、それを止めた。 (ライの弱虫!) (ぼく、弱虫じゃないもん!) そう――からかわれたことを思い出して、ライは意固地になった。 それに――好奇心もあった。 結局、叢の間から音のする方に近づいてみることにした。 呼ばれるように、ライは、音の源へと、摺り足で寄って行った。 (!) 森の開けた箇所に、白と黒の大きな球体があった。 ライは息を飲んだ。 驚いて、口がきけなかった。 こんなものが、この森にあったなんて! 思わずストームに知らせに駆けて行くところだった。 が、思い直した。 (あいつなんか!) ライは、双子の兄を許せなかった。 どちらが長兄マジックに好かれているかで争って、ストームは、本気で、ライの頭に拳固をくれたのだった。 (おまえなんか、兄ちゃんにかわいがられようとしているだけのくせに!) 双子の兄はそう言った。 ライは、猛烈に怒った。何故なら、それは、図星だったからである。 (ストームは悪い子だから、お兄ちゃんは、きっと嫌いだよ!) ライも、ストームが気にしているであろうことを言った。 そして、それは、確かに、ストームが密かに気にしていることであった。 その結果の拳骨である。どちらも悪いといえば悪い。 だが、そんなことを一瞬忘れて気を取られてしまう程に――その球体は存在感があった。 何かが始まる気がする。でも、何が始まるのだろう。 こわごわと、だが、心のどこかでは少しわくわくしながら、ライは成り行きを見守っていた。 球体に、ひびが入った。 ぴし、ぴし、ばりばりっと、それを破って出てきたのは、成人男性だった。 まだ、人がどのように生まれるのかもしらない少年は、卵から孵るみたいに、大きな男が出てきたのにびっくりした。 人間は、コウノトリから生まれるのか、男と女がキスするだけで生まれてくるのか、ストームと意見が分かれていたライは、この、予想もしなかった展開にすっかり目を奪われていた。 球体から出てきた青年は、ライの方に目を向けた。 「あ……あ……」 ライは何かを口にしようとしたが、言葉にはならなかった。 「大丈夫だ。恐がらなくていい」 青年は言った。それで、ライも、多少安心し、観察する余裕も出てきた。 濡れ羽のような黒髪は、そう長くない。せいぜい、一番長いところが肩につくくらいまでだ。肌は日焼けして小麦色になっている。穏やかな目は、優しさを物語る。整った顔立ちをしているが、どこかのんびりした印象を与えた。 青年は、その体に、何も纏ってはいなかった。 ライは、青年に見惚れてしまった。 「お、お兄さん、誰?」 「俺は――俺は、ジャン」 「そう。ジャンと言うんだ」 ライは、調子を取り戻した。平静を失ったのを見られたくなかった少年は、ごくりと唾を飲み込み、気取った顔を作った。 「ぼくの名前はライ。よろしく」 「……青の一族か」 「う、うん、まぁね」 青の一族であることを誇りに思うように育てられたライだったが、未だにその事実を突きつけられると、座りが悪い思いがした。 ストームも、一見威張ってはいるようだが、ライと同じような思いをしているらしい。 何故、青の一族が特別なのか、わからない。 金髪碧眼が綺麗だからだろうか。でも、青の神殿では、ナマモノ以外は、これが当たり前なのである。 それよりも、ライは、青年をミステリアスに見せている黒髪の方が羨ましかった。 黒髪は、赤の一族のしるし。あまり仲良くしてはいけないと、親戚の人達から、きつく言い渡されている。 だが――こんなにインパクトを与える美丈夫の赤の一族に会ったのは、初めてだった。 ライの視線は、青年の顔から、陰部に移った。少年は一寸赤くなった。 だが、青年はあまり気にしていないようだった。 「なんでこの森に来た」 ジャンの問いに、 「森林浴」 と答えた。まさか、兄弟と喧嘩して、泣きに来たとは言えない。子供には子供なりの見栄がある。 「そうか」 「お兄さん、赤の一族なの?」 ライは無垢な目で訊いた。 「俺は、赤の番人だ」 「赤の番人?」 「そう。赤の一族や秘石を守っている」 ライは、ムッとした。赤の一族だけにこんな素晴らしい番人があって、青の一族にないのはおかしい。青の一族を中心に考えているところが、ライもまた、その一族の人間であると云えるかもしれない。 「ジャン、青の番人はいるの?」 些か腹を立てたおかげで、ライは居丈高になった。尤も、これがライの本当の性格なのかもしれないが。 「いるよ」 「ほんと?!」 ライの顔はぱっと輝いた。 「なんていうの? ねぇ、その人、なんていうの?」 「アスって言う奴さ」 「ぼく、あったことないんだけど」 「まぁねぇ。あいつは天の邪鬼だから、姿を現そうとしないんだ」 「ジャンとアスって、どっちがかっこいい?」 「さぁな。俺の方がかっこいい――って言いたいとこだけど、あいつも充分男前だよ」 「会ってみたい!」 「気が向けば会ってくれるさ。アンタは、青の一族だからな」 ジャンは、ライに手を伸ばして、わしゃわしゃと撫でた。 「何するんだよ、ジャン」 「ああ、すまん。ソネにはいつもやってるからな」 「ソネってだれ?」 「俺の友達。メタセコイヤ。会ったらきっと仰天するぞ」 ジャンは、悪戯っぽく笑った。 ライは、その顔にもつい魅せられてしまった。 この人のこと、ストームには言わないでおこう。
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2007年09月10日 (月) 19時43分 |
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