(58) シンタローとキンタロー |
投稿者:Tomoko
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(あ、キンタロー様だ) (いっつも眉間に皺寄せてるな) (なんか、近寄りがたいよな) キンタローも、この種の蔭口には、もう慣れっこだ。 だが―― (シンタロー総帥って、口は悪いけどいい人だよな) (戦争のない世界を作るんだって。がんばってほしいよな) (俺、あの人の下で働きたい) シンタロー。シンタロー。シンタロー。 「なぜだっ!」 キンタローが、机を勢いよく叩くと、コーヒーカップと受け皿が跳ねた。 「キンちゃん、どうしたの?」 向い側に座っていたグンマがおろおろし出す。 「ああ、すまん」 幸い、半分以上飲んでいたコーヒーは、こぼれることがなかった。 「キンちゃん。悩みがあるなら言って」 「悩み……悩みか……」 キンタローは平常心を取り戻そうと、額に手をやった。しきりに考えをまとめようとしている。 「何故、ニセ者が”シンタロー”なんだ?」 「え?」 「俺が本物のシンタローだ! なのにそう呼ぶ者もいない! おまえだってそうだ!」 「え? え?」 「何故、俺はシンタローじゃないんだ」 キンタローが、頭を抱え出す。 「シンちゃんは、長い間、シンタローって呼ばれてきたんだから……」 「俺は納得いかない!」 「困ったな」 グンマはうーんと考え込む。 「ニセ者を殺せば、俺は”シンタロー”になれるのだろうか」 「そんなことないよ。えーとね……要は、キンちゃんがシンちゃんにこだわらなくなればいいんだよ」 「そういう簡単な話ですむか」 「すむよ。キンちゃんがシンちゃんと仲良くなればいい」 「俺は……いつでも、あいつを殺すことばかり考えてきた」 「それだよ! 殺したい、というのは、愛情表現の裏返しでもあるんだよ」 「そ……そうなのか?」 グンマに指摘され、キンタローは些か面食らった。 「殺すにせよ愛するにせよ、まずは相手を良く知ること。今日一日だけでも仕事お休みして、シンちゃんの行動を見ててよ。今までとは違った面が見えてくるかもよ」
キンタローは、シンタローに見つからないように、尾行をすることにした。 「シンタロー……総帥」 「ん? なんだ? シンタローでいいって、いつも言ってるだろ」 「んだどもなぁ……」 「その赤い服見ると、やっぱり総帥って感じするけん」 「だっちゃ」 トットリとミヤギとコージが、シンタローと親しげに話し合う。 キンタローは、早速メモを取る。 三人と別れた後、シンタローは、一人で廊下を歩く。 (ん……一人?) 何かの気配を察した。 「シンタローはーん。愛妻弁当作ってきましたぇ〜」 アラシヤマだ。どういうわけか、シンタローにえらく懐いている。長年ライバル同士だったと、事情通は言うのだが、キンタローの知っているアラシヤマは、そんなことを微塵も感じさせない。 「眼魔砲!」 シンタローの必殺技に、アラシヤマは、あっさり弁当ごとけしずみにされてしまった。 そのことも、キンタローはメモに書く。
「シンちゃ〜ん。今日のご飯何がいい〜?」 「カレー」 「カレーばかりじゃ、栄養偏っちゃうよ。パパ、たまには違うの作りたいな」 「なんか工夫すればいいだろ」 「じゃあ、今日は海鮮カレーね」 (さすがにマジックには、いきなり眼魔砲はやらないわけか) それもシンタローの気分がいいときに限られていたが。 (馬鹿馬鹿しい。いつも通りではないか。これで何がわかるというのだ) ――だが、グンマのアドバイスを受けながらも、自分で決めたことだから、もう少し粘ってみようか、とキンタローは思った。
シンタローが執務室に入ったのを、キンタローは見届けた。 「キーンちゃん♪」 グンマが廊下の角から現われて、キンタローの顔を覗き込む。 「どう? 調子は」 「普段と変わらないが」 「そうだ! ねぇねぇ、シンちゃんの仕事、手伝ってあげたら?」 キンタローは、さぞかし怪訝そうに見えるだろう表情をした。 「シンちゃんねぇ、とぉーっても忙しいんだよ。デスクワークは嫌だって、いつだったかこぼしてたし」 「デスクワーク、か……」 「キンちゃんそういうの得意でしょ。ほら、勇気を出して」 グンマに言われなくても、もうキンタローの心は決まっていた。
まずはドアをノック。 「はーい。……おう、キンタローか。何の用だ?」 「あ、少し、手伝おうかなと思ってな」 「そうか。じゃ、ハンコ押してくれ。サインは俺がやっておくから」 キンタローは機嫌を悪くした。ハンコ押しなど誰でもできる。そう判断したからである。 「怒るなよ。ハンコ押すのだって、手間かかるんだぜ」 シンタローは、即座に、キンタローの不機嫌を顔から読み取ったらしかった。 「ああ。では、必要な分だけ、こっちに回してくれ」 キンタローは、パソコンの前にある椅子を持ってくると、シンタローの隣で仕事をし始めた。
――時計が十時を回った。もうすっかり窓の外は暗くなっている。 「あっ、あ〜あ」 シンタローが欠伸まじりの伸びをした。 「疲れたか?」 キンタローが訊く。さすがに彼も疲れてきていた。 「ああ、いやぁ――ちょっとな」 「無理はしない方がいい。体調に響く」 「んー、そうだなぁ……」 「そこで休んでいたらどうだ?」 執務室には、仮眠室もある。 「いや。この作戦のプランだけでも立てなくちゃあなぁ」 「何故だ。おまえは総帥だ。部下に命令してもいいだろうに。――無理するぐらいなら」 「俺は無理はしてねぇ。大変なら大変と、きちんと周りに意思表示する。だけど、できることは、全部しておきたい」 「何故そんなにがんばれる」 「おまえは何故何故ばかりだなぁ」 シンタローが苦笑する。 「パプワのおかげだよ」 「パプワ……」 あまり接点はなかったが、その名前を聴くと、心が休まる。 「俺、あいつに、いろんなことを教わったよ。また会うときがあるのなら――胸を張って会えるように、がんばりたいんだ。それから、コタローが目を覚ましたときにも、恥ずかしくないように」 コタローは、弟だから、庇護すべき存在だと考えているのはわかる。だが――。 「おまえにとって、パプワとはいったいなんなんだ」 「――あいつ、初対面の俺にこう言ったんだぜ。『今日からおまえも友達だ』。それが全てを物語っているような気がしないか?」 「――ああ」 不意に、シンタローがきょろきょろし出す。 「ん? どうした? シンタロー」 今まで、ニセ者として憎んでいた男を、自然にシンタローと呼んでいるのも忘れて、キンタローが質問する。 「いや、あいつがさ、友情を話題にすると、どこで聞きつけてくるんだか、姿を現して」 「ああ。アラシヤマか」 「――来ないな」 シンタローは背凭れに体を預け、ふーっと息を吐く。 「残念そうだな」 「そんなことねぇよ。でも、ま、いないとちょっと物足りないかな」 「シンタローはーん!!」 勢いよく扉が開き、アラシヤマが飛び込んできた。 「ちょっとでも寂しい思いをさせて堪忍しておくれやす〜。夜食どすぇ〜」 ――アラシヤマは本日二度目の眼魔砲を食らって吹っ飛んだ。 「だからあいつ、いまいち好きになれないんだよな」 シンタローの言葉に、キンタローもこくんと頷いた。
一方、アラシヤマは――。 「ふふ、さっきの会話は、しかと録音しましたぇ」 懐からテープレコーダーを取り出した。が、それはぼろっと崩れた。 「わーっ! わてのテレコがーーーーっ! これやからグンマ博士の作る機械は……」 ぶつぶつと文句を言いつつも、それでも嬉しそうな京男であった。
十二時五分前―― 「やっと終わったー」 シンタローは、仕事からの解放感を味わっているようだ。 「今日は助かったぜ。キンタロー」 シンタローが手を差し出した。 キンタローは、迷いもなく、その手を握り返した。心地よい握力がぐっと伝わる。 「おまえは――ニセ者ではない。本物の――シンタローだ」 「そうか……」 シンタローは、嬉しそうに口元を綻ばせた。 「俺は、”キンタロー”として頑張る」 「そうか」 シンタローが、バンバン、と背中を叩いてくれた。 「お茶でも飲むか?」 「――そうだな」 本当はコーヒーの方が好きなのだが、日本茶も嫌いではない。 男達が仕事後の時間を満喫していると、執務室のドアが開いて、パンパーンとクラッカーが鳴った。 「なっ、なっ……」 「へっへっへー」 グンマの笑い顔が目に飛び込んできた。 「はーい! シンちゃん! キンタロー」 続いて、叫びながらマジックも入室してきた。巨大なケーキと共に。 それから、部下、同僚、親族、友人、世話係、特戦部隊にいたるまで。――アラシヤマもちゃっかりそこにいた。 (あ、今日は――) 気がついたら、五月二十四日だった。 「キンタロー、誕生日おめでとう」 「え? 今日はおまえの誕生日じゃ――」 「おまえの誕生日でもあるんだよ。今年からな。さ、今から行こうぜ!」 「え? どこへ」 「コタローの部屋にだよ!」 「こんな大人数で行ったら、コタローの奴、びっくりして起き出したりしてな」 そう言ったのは、シンタローの叔父の一人、ハーレムだった。 「それこそ、願い通りってもんだ」 シンタローが、上機嫌ではしゃぎ出す。だいぶ眠気が吹っ飛んだらしい。ハイになっている。 「キンタロー様。誕生日を祝われるのは、初めてでしょう?」 高松の気遣いには、親愛の情が込められていた。 「――ああ、生まれて初めてだ」
後書き 思ったより長くなっちゃいました。 それから……結構力入るねぇ。小説書きというやつは。
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2008年05月24日 (土) 11時43分 |
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