(70) デ・エ・ト |
投稿者:Tomoko
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サングラスに巻き髪の女性は野沢あやめ。タクシーからひらりと降りる。 正門前に屯していた士官学校の数名の生徒達は、その様子を目撃していた。 「あやめさんッ!」 その中の一人、高松は、嬉しそうな声を出した。 「なんや、姉貴。久しぶりやな」 あやめの弟、武司が言った。 「ねぇねぇ、あやめさん、この人、今日貴女が来ると知って、こうやってずーっとここで待ってたんですよね」 「アホ、それはおまえやろ。姉貴からの葉書が来なかったからって、いじけてたくせに」 「いじけてませんよ!」 「あはは。ごめんごめん。高松にも連絡した方が良かったかなー。でも、こっそり行ってびっくりもさせたかったし」 「あやめさん……」 もうお茶目なんだから、と、高松は思った。 けれど、弟から知らされてたなら、意味がない。 「今日は何の日か知ってるよね」 「え? 何ですか?」 「んもう、高松ったら、自分の誕生日忘れてどうすんのよ」 「え? 私の誕生日……ですか?」 そんなこと、すっかり忘れていた。それにしても―― 「どうして私の誕生日ご存知だったんですか?」 「武司に訊いた」 「よっぽどでたらめ教えたろか思ったんやけど、それをすると三倍の復讐が襲ってきそうだったんで、正直に言ったわ」 「賢明な判断です」 「高松も怖いけど、姉貴も怖いからなぁ……おまえら最強のタッグやもん」 「そう。私達は無敵です」 「よしよし。やっとお姉様の偉さがわかったか」 そう言って、あやめは弟の頭をなでようとする。ちなみに、武司はあやめの頭半分ほど背が高い。 「やめてんか。姉貴。わいはもうちびのタケシやあらへん」 迷惑そうにあやめの手を振り払う。 「私にとっては、アンタはずっと可愛い弟よ」 「高松。何とかしてくれ」 「あやめさん……」 「何?」 高松の真剣な様子に、あやめもつい身構える。 「私にも撫で撫でしてください!」 「なぁんだ。そんなこと。はい。よしよし、いい子いい子」 武司は拍子抜けしたようだった。 しかし、戦災孤児で、杖柱と頼める存在はルーザーしかいない、という過酷な状況に置かれている高松にとっては、年上の女性に甘えることができるというのは、贅沢なことなのである。 「じゃ、高松、行こうか」 「え? どこへ?」 「やぁだ。デートに決まってるじゃない」 「で、デート?」 「そ。二人で美味しい料理食べていろいろな話するの。楽しそうでしょ」 クラスメートと似たようなことをやったことはあるが、そこそこ楽しいというだけで、特にどうということはない。だが、あやめ相手なら、感想も変わってくるだろう。 「あ、わいも行く」 武司が言った。 「だーめ。今回は私は高松の貸し切りよ」 「だそうです。アンタは寮のしょっぱい食事で我慢なさい」 「別にしょっぱくないやろ。……って、あっ、こら待て」 あやめと高松は、手を繋いで駈け出して行った。 「ふぅ。ここまで来れば、あの子も追っかけてこないでしょう。あれで、聞きわけはある方だから」 あやめが額を拭った。 高松は暗い顔をしていた。 「ん? どしたの? 高松」 「どうしましょう……予算が……予算が足りるでしょうか。せっかくですから、ある程度のランクの店には招待したいし……」 「あらやだ。そんなこと。今日は私のおごり」 あやめがVサインをしてみせた。 「ここら辺にいいお店ってある?」 「『ムーランルージュ』とか……あ、あと、『大和撫子』という店は、高いけど、それなりに美味しい物出してくれますよ」 「じゃあ、そこ行こう」 「いえ……今は、訳ありで、あまり行きたくないんですよね」 「じゃあ、どこ行く?」 「すかいらーくなら、お値段は手頃ですが……」 「どこにあるの?」 「この近くにありますよ。歩いて五分というところです」 「美味しい?」 「ええ、まぁ」 「じゃ、しゅっぱーつ」 「あ、そこだったら、私も払えますよ」 「だめだめ。今回は何が何でも、私がご馳走するわ」 あやめは聞く耳を持たない。 「困りましたねぇ」 そうは言ってみたものの、そんなに困っていない風の高松だった。むしろ、あやめの好意が嬉しい。高松には、無条件に自分を愛してくれる存在が少ない。義母や、ルーザーや……しかし、この人々にも、どこか遠慮がある。 だが、あやめは、そんな高松の心に入って行きながらも、決して無神経ではない。 この人のためだったら死ねる。 ルーザーの他に、そう思わせる人物は、彼女だけである。多分、野沢武司もそう思っているだろう。 彼女には、人を惹きつける、不思議な魅力があるのだ。 知り合って日は浅いが、愛は時間で計れない。 「なによぉ、高松。さっきから黙りこくって」 「貴女って、いい女だなぁって」 「やだぁ、高松ったら」 あやめは彼の肩をどつきながら笑った。 「野沢さんにはいつもお世話になってますよ。姉がいいから、弟の出来もいいんでしょうね」 「そうかしらねぇ……」 「私もあやめさんの弟になりたかったですよ」 「そしたら、私、あなたの恋人になれないわよ」 「私でいいんですか? 貴女の恋人の座に着くのは」 「当然、当然」 「でも、私など、至らないところだらけなのに……」 「自分を知っているところがいいのよ」 やがて、『すかいらーく』に着いた。 水を飲みながら、二人は向かい合って座っている。BGMに、ビートルズがかかっていた。 二人がいろいろ話していると、 「お待たせしました」 と、ウェイトレスがやってきた。 「何食べる? 高松」 「そうですねぇ……」 あやめが注文を店員に伝えた。 高松のホットグラタンが来るのが先だった。 「冷めないうちに食べなさい」 あやめの前に、気遣いは不要だ。高松は、言葉に甘えることにした。 「美味しい……」 ほどなく、あやめのところにも料理が運ばれる。ハンバーグ定食だ。 「ねぇ、ちょっとこっちのハンバーグ食べない?」 「いいんですか?」 「もちろんよ。はい、あーん」 「え……それ、やるんですか?」 「当たり前でしょ。恋人同士なんだもん」 そういうのをテレビで観ては、バカップル……と蔑んできた高松である。しかし、少し羨ましかった、一度やってみたい、と心の奥底で感じていたのも事実だ。 その夢が、今、目の前にある。 「熱いから、先にふぅふぅしましょうね」 あやめは、ふぅふぅと、息を吹きかける。 あやめさんの息がかかったハンバーグ……。 ルーザーにこんなことやられた日には、鼻血で昇天してしまいそうだが、あやめ相手には、どきどきして頬が紅潮するだけで済んだ。 高松の口に、ハンバーグの切れっ端が入る。 (なんか……今まで食べたのと全然違いますねぇ……) 恋人と食べる料理は、かくも美味しいものなのか。大発見であった。 「じゃ、私にも食べさせて」 今度は、高松にも、このシチュエーションを楽しむ余裕ができた。 周りの人達は、いたって微笑ましげにその光景を見ていた。 二人はすっかり皿を平らげてしまった。 「高松。今日は楽しかったわ」 「こちらこそ」 「あのね、高松……」 「何ですか?」 「私、お見合いさせられるかもしれないの」 「えっ……」 そう言ったきり、高松は絶句した。 「断ったんだけど、親がうるさくてね」 「はぁ……」 「――……駆け落ちしよっか」 あやめが呟いた。 「駆け落ち……ですか?」 「なぁんて、冗談冗談。今は、武司も味方になってくれるし。大丈夫。高松以外の男と結婚する気ないから」 「しかし……ご両親の言うことには、耳を傾けた方がいいかもしれませんよ」 「高松……」 あやめのことは嫌いではない。大好きだ。大好きで大好きで、だから、誰よりも幸せになってもらいたい。 高松には、あやめを幸せにさせる自信がない。年下だし、研究に命賭けているし――それに、ルーザーもいる。 自分は一生独身だろうな、と思った矢先の話だった。 「いつか、高松のことも、親に紹介したいんだけど」 「ええ。紹介だけなら」 「何となく、よそよそしくなったわね」 「相手がいい方なら、御結婚なさった方が良いかと思われます」 「私の気持ちはどうなるの? 高松。私、アンタが好きよ。アンタも私が好きだと思ってたのに」 「想ってますよ! 誰よりも」 「じゃあ、どうしてそんなこと言うわけ?」 「貴女が好きだからです」 「好きだから、身を引くとでも言うの? それじゃ、私、ずっと独り身で過ごすわ!」 「あやめさん……」 あやめの瞳が涙で潤んだ。 「私、今度の見合いはきっぱり断る。これからも、ずっと、断り続けるわ。あなた以外は」 「勿体ないことしますね。私でいいんですか?」 「ええ。高松に、全てを賭けるわ。たとえ、結婚できなくても」 そして、あやめは、高松の手をぎゅっと握った。 「夢を叶えて、誰にも文句のつけようのない、偉い科学者になって。他人に言っても自慢できるような、そんなひとになって。私が、あなたを選んだことを後悔させないような、立派な男になって」 (あやめさん――……) 高松は、彼女の言葉によって、決心した。 「なります! 貴女の期待に添えるよう大人に」 そして、できたら、貴女を迎えに行きます――! そう言ったなら、あやめは頷くに違いない。 明日はどうなるかわからないから、あやめには、余計な負担をかけさせたくない。 (愛しています。あやめさん) いつか、堂々と言える日が来るまで。 この言葉は胸にしまっておこう。
後書き 高松ハピバ小説です! 今年はあやめさんと絡めたかったので、こうなりました。 しかし、こいつら、ファイナルワードをぼんぼん口にするので、筆者は、「おいおい大丈夫か?」と不安になりました。 そういえば、ホワイトデーも近いんですよね。 『STELLA』(綴りこれで良かったかな?)には、あやめさんは出てきません。まさか、こんな重大なキャラになるとは思ってなかったもので。 とりあえずまとめます。高松誕生日おめでとう!
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2009年03月12日 (木) 11時57分 |
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