(12) 墓碑銘 |
投稿者:Tomoko
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「ルーザー兄貴。戦場へ行くんだって?」 部屋に入ってくるなり、開口一番で、ハーレムはそう尋ねた。 「そうだよ。兄さんから聞いたのかい」 ルーザーは、手にしていた本を膝の上に乗せ、いつものように、柔らかい笑みを浮かべながら言った。 「ああ、そうだよ。マジック兄貴から聞いたんだよ」 「で、君は何しに来たんだい?」 「別に何も……」 「じゃあ、出て行ってくれないかい? 僕にも、いろいろ考えたいことがあるんだ」 「質問ならある。どうしてこの時期に激戦区へ行くのか? アンタの妻は妊娠してるだろ。サービスだって、まだ不安定なのに」 「……僕は気付いたんだ。自分の愚かさに」 ルーザーは、目をつぶって言った。 「赤の一族を殺して、得意になっていた。でも、それが、サービスに仇となっていたとは……考えもしなかったんだ。立場の違う者から見れば、物象もまた違うものになりえる。だから、僕は、戦場へ行くんだ。僕が想像もつかなかった視点を持つために」 「でも……そうしたら、悲しむのはサービスだ」 「サービスのことは、君と兄さんに任せるよ」 「無責任だ!」 ハーレムは叫んだ。 「無責任だ! 畜生! 畜生!」 「ハーレム――」 ルーザーが、膝の上の本をテーブルに置き、ハーレムに近付いていった。そして、手を差し伸べた。 「泣いているのかい?」 「違う!」 「泣いているんだ」 「違う! おまえがいなくなったら、サービスがどう思うかを考えていただけだ」 それから、数秒の間があいた。 「ハーレム」 ルーザーが、俯いている弟を抱きしめた。 「離せよ」 口では言いつつも、ハーレムは抵抗しなかった。 「生きて、帰ってくるよ」 「本当だな」 「本当だとも」 「もし死んだりしやがったら、アンタの墓碑銘、『我侭放題に生きて、勝手に死んでいったルーザー(敗残者)』にしてやる」 ルーザーはくすっと笑った。 「冗談を言える余裕はあるというわけだ」 「実際にやってやるからな」 「それもいいね。僕にはぴったりの墓碑銘だ」 ルーザーは、そのままハーレムを抱きすくめた。 「子供の頃を思い出すね」 兄の言う通りだった。ハーレムは、懐かしさに身を浸した。
そして、時が流れ―― ルーザーは戦場に行った。死んだことになったルーザーの墓碑銘は、長兄マジックの提案によって、 『夭逝した天才にして我が兄弟、ルーザー』 となった。
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2003年11月13日 (木) 16時49分 |
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