(21) TO・CHI・GI |
投稿者:Tomoko
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コツーン。コツーン。士官学校の地下階段を降りる音が響く。 長い茶髪。吊り上がり気味の瞳。緑色の軍服。 彼の名はトチギ。ガンマ団士官学校の生徒である。 今日は、いや、今日も、というべきか。停学と、幽閉をくらった同級生のアラシヤマの食事を持っていく当番が回ってきたため、ここに来た。 それにしても、ここはいつも暗い。トチギは、来る度にそう思っている。尤も、それも、この部屋の主には似つかわしいかもしれないが……。 トチギは足を止めて、叫んだ。 「アラシヤマー!」 自分の世界に浸っていたアラシヤマは、初めて気がついたように、声のほうに目をやった。 「なんだ……栃木の田舎者でっか」 「田舎者で悪かったな。京都だって、日本の首都じゃねぇじゃねぇか」 「ふん。栃木に世界に誇る名物や名産がありまっか?」 「名物? そうだなぁ……日光だろ、猿軍団だろ、華厳の滝だろ?」 「ああ、『人生不可解』って言って飛び降りた人のいる滝どすな。それから?」 「あとは……なんだったかな」 「あんさん、ほんとに栃木の人間でっか? ほんまに愛郷心がないんやから」 「だったら、てめぇはどうなんだよ」 「京都には、名所や名物がぎょうさんあるんどすえ。生八ツ橋やろ、ぶぶ漬けやろ、わての名の由来になった嵐山やろ、祇園祭やろ、忘れちゃいけない平等院鳳凰堂。それから京都御所……」 「京都墓所? 縁起悪いけど、おまえにはぴったりだな」 「あんさん! 一体どういう耳してまんのや! 京都墓所やのうて、京都御所。江戸時代まで天皇のおられた場所どす」 「おまえが言うと、そういう風に聞こえるんだよ。――ほら、飯だぜ」 「飯……毒でも入ってんじゃないやろか?」 「失礼なこと言うなよ。第一、おまえを殺して、何の得があるんだよ」 「災いの芽ははよううちに摘む。お師匠はんが言ったことどすえ」 「だいじょうぶ。おまえなんか、ガンマ団の脅威にもならないんだからな。いくら炎の技が使えたところで」 「な……なんどすって!」 「せいぜい、総帥の息子のシンタローさんにボコり倒されるのが、オチだって」 「ぐぅっ」 「しかし、おまえも向こう見ずだねぇ。総帥の息子に、喧嘩売るなんてさ」 「あ、あれは、ちょっと、興奮し過ぎて……わて、緊張すると、炎を発するさかい」 「ふぅん。それをいい方向に生かせばいいのにな」 「そやさかい、わて、師匠に預けられたんどすわ」 「師匠って、それって誰のことなんだ?」 「ふっふっふっ。よう訊いてくれました。特戦部隊にその名も高き、マーカーのことどすえ!」 「知らねぇ」 トチギの言葉に、アラシヤマはズッコけた。 「し……知らない?! あの、世界に恐れられているマーカーはんのことどすえ」 「だから、特戦部隊って、名前は有名でも、その実態は、殆ど誰にも知られてねぇんじゃねぇか? マーカーなんていたの、初耳だしよ……」 「あー! お師匠はんを呼び捨てにしましたな! 即刻燃やされますぇ!」 「最初に呼び捨てにしたの、おまえじゃねぇか」 「わては、ガンマ団のエリートになることが夢なんどす」 「エリートに?」 「そうどす。野望を果たした暁には、標準語を、雅な京都弁にする。京都の駅を全部暗記させる。それから……」 「京都へ遷都する、だろ?」 「なっ……そんなことまでわかるなんて、あんさん、読心術でもできますのんか?」 「話の流れからそうじゃないかな、と思ったまでだよ」 トチギは、少し得意げな顔をした。 「それにしても、どういう教育受けてきたら、こんなに京都第一主義になれるのかね。そもそも、アラシヤマ、なんて名付ける親の顔が見てみたいよ。ま、俺も人のことは言えないけどよ」 「わてのお父はんとお母さんは、わてに愛郷心を持つように、この典雅な名前をつけたんどすえ」 「……愛郷心の育て方、間違ってるよ。おまえの両親」 「ともかく、わては絶対、京都を日本の首都にするんどすえ!」 「だったら、シンタローさんとは、もっと仲良くなるべきじゃねぇの? おまえ、あのとき、炎まみれになりながら、あの人に気絶させられたこと、覚えてるかよ」 「あ……う……それは、修行不足やったから。それに、あっちが殴ってきたんやし」 「ついでに、それが原因で、息子バカの総帥に、檻の中放り込まれたんだよな」 「トチギはん……わてのトラウマに、付け入ろうとしてるんでっか?」 「そうじゃねぇよ。ただの事実だろ」 「う……」 「でも、おまえ、あんまりこたえてねぇみてぇだな。そういう図太いとこ、俺、けっこう気に入ってるんだぜ。だから、もし良かったら、おまえの友達に、なってやってもいいぜ」 「ふん。栃木の田舎者に、わての相手が務まるとでも?」 「なんだよー。親切で言ってやってんだぜ。俺、おまえが独り言いったり、コックリさんやったりしてっとこ、見てっからな。そんなこと言ってっと、ますます嫌われるぞ」 「ええんどす。わてには、トガワくんがおりますさかい」 「トガワくん……?」 「ヒカリゴケどす。わての……友達、どすえ」 恥らうように、己の人差し指と人差し指をくっつけながら、アラシヤマは言った。 「それで、一人でぶつぶつ言ってたのかよ……人間の友達は、欲しいとは思わねぇのか?」 「人間のと・も・だ・ち……」 人間の友達、人間の友達、と、アラシヤマは、呪文のように呟いている。 「なんだよ! どうしたんだ?」 「人間の友達ー!!」 絶叫しながら、アラシヤマは炎と燃えた。 「うわっ」 トチギは、急いでアラシヤマの傍から離れた。 「あっぶねぇなぁ」 「人間の友達、人間の友達、シンタローめ、わての友達面しながら、ようもようも、裏切ってくれはりましたなー!! シンタローめー!! にっくきシンタローめぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」 アラシヤマはまだ燃えている。トチギは、ここが潮時と、昼食のトレイを置いて、立ち去った。
「あーあ、ふられちまったか」 トチギは、ひとりごちた。 「でも、シンタローさんのこと、あんなに気にしてたんだなぁ……」 嫌よ嫌よも好きのうち。いつか、アラシヤマも、シンタローの虜になるのかもしれない。そんなことは、今のトチギにはわからなかったけど、言える台詞はひとつ、 「まっ、いっか」 だけだった。
後書き トチギは、アラシヤマの外伝マンガで、「俺、トチギから来たんだけどよー」と話しかけてきた、あの少年がモデルです。 ずっと前から暖めてきたネタなんですが、書いてみると、これが意外と大変で……二時間かけて、やっと作品に仕上げることができました。 それにしても、主人公は、トチギというより、アラシヤマですね……(^^;)。ま、トチギは、狂言回しということで。 パクりとかもありますが、広い心で許していただけないでしょうか?
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2005年08月20日 (土) 20時26分 |
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