(28) イザベラと休日 |
投稿者:Tomoko
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「ルーザー、ハーレム、サービス。お兄ちゃん、今日は仕事があるんだよ。だから、一緒に遊べないんだ」 「えーっ?!」 ぼくたちは不満の声を上げた。ルーザーお兄ちゃん。ハーレム。そして、サービス(ぼく)。 「その代わり――」 「私が面倒見てあげるわね」 家庭教師のイザベラ先生がひょっこり顔を出した。 「休日でも、アンタらをビシビシ鍛えてやるわ。腕が鳴るゥ」 先生はガッハッハ、と笑った。ぼく達は顔を見合わせた。背筋がぞーっとなった。
ぼくとハーレムは、宿題をしていた。ルーザーお兄ちゃんは天才だし、今は先生が教えることができるところはないので、隣の部屋で読書をしている。 「う〜。この問題わかんないよ〜」 ハーレムがうめく。 「ぼく、そこ終わったよ。写させてあげる」 「ほんとか?」 「ただし、三千円で」 「こらこら。何を話しているの?」 イザベラ先生に注意された。 「サービスが三千円で宿題写させてくれるって」 「何言ってるんだ!」 ぼくは叫んだ。 「三千円っていったら、相場より安いじゃないか!」 「そういう問題じゃないでしょ、アンタら……」 先生はなぜか、あきれたようだった。
工作の時間になった。 「雑誌やカタログの中で、気に入った形を切り抜いて貼る。これをコラージュといいます」 先生が説明してくれた。 ルーザーお兄ちゃんも混ざっている。ルーザーお兄ちゃんは、花の写真や絵を切り抜いて、大きな花を現している。ちょっとした芸術作品だった。 ハーレムは―― 『娘を返して欲しければ、一千万円よこせ』 と、いう文章を作っていた。 「脅迫状書いてんじゃないの!」 イザベラ先生が、ハーレムの頭をスリッパでスパーン! ぼくはというと、おもちゃや人形の写真を切り抜いて貼っていた。 さて、心を入れ替えたハーレムは、珍しく、静かに作業をしていた。 何を作っているのかと見ると、そこには、パスタやソバや、ケーキなどが画帳を飾っていた――お腹が空いているのがよくわかった。
「さぁ、昼ごはんは、先生特製のピザにするわね」 「先生。ぼく、タコとイカのアレルギーだから、入れないでね」 ルーザーお兄ちゃんが言う。 「あら。そうだったわね」 「先生。タマネギ入れないで。ぼく、アレンギーなの」 ハーレムが真似をした。言い慣れてないので、発音がおかしい。 「なぁにがアレンギーよ。アンタのはただの好き嫌いでしょ。克服しなさい」 「ちぇー」 「今日は、タマネギたーっぷり入れるわね。美味しいし健康にいいし、苦手も治る。一石三鳥よ」 イザベラ先生は、鼻歌交じりにキッチンへと向かう。――ガンバレ、ハーレム。
「さ、食前のお祈りをしましょ」 ぼく達は、『天のお父様、このお食事を感謝します。いただきます』と声を合わせた。 ぼくはこっそり、ハーレムが、「タマネギを作ったことは、神様の大失敗だと思います」と呟くのを聞いて、吹き出してしまった。
「さぁ。今日も聖書の勉強をするわよ。いい? 『エデンの東』って映画、知ってる?」 ぼく達は全員、知っていた。 「あの中で、キャル、と呼ばれていた青年がいたでしょ。あれはケイレブの愛称なのよ。ケイレブは、聖書に出てくるんだけど、誰だか知ってる?」 「はい。エフネの子でしょう? 彼は、民数記などに出てきますよね。ヌンの子ヨシュアと共に、約束の地に入れる、と言われました」 ルーザーお兄ちゃんが答えた。 「よく覚えているわね」 イザベラ先生がほめると、ルーザーお兄ちゃんは、照れくさそうに笑った。
「双子を寝かしつけてきますね」 「ああ、いいのよ。ルーザー。ご苦労様。こいつらは、私に任せて」 「でも……」 「いいから」 「では、お願いします」 ルーザーお兄ちゃんは、ぺこり、と頭を下げた。
イザベラ先生は、ぼく達と一緒にベッドに横になった。 「ねぇ、先生。マジックお兄ちゃんて、昔はどんな子だったの?」 ぼくはきいた。 「マジックぅ? そうねぇ。きかん坊だったわよぉ。ケンカはするわ、いたずらはするわ」 「じゃあ、ぼくとおんなじだ」 ハーレムが言った。 「……嘘よ。真面目ないい子だったわ。私が初めて会ったのは、あの子が六歳のときね。私は右も左もわからない年頃だったから、あの子をピシピシ叩いたわ。あの子はしっかりしてた。自分の立場をわかっていたのね。ある日、私が、『もうちょっと肩の力を抜いてもいいのよ』と言ったら、体を預けてきたわ。でも、泣かなかった。――ま、立派だったわねぇ。こういう子、他にちょっと見なかったわ」 「どうしてイザベラ先生は家に来たの?」 また、ぼくはきいた。 「……アンタ、私がいない方がいい?」 「ううん。そういうんじゃなくて」 「頼まれたのよ。ジュリアに。ジュリアは、私の親友だったわ。ニーナも一緒に、三人でよくつるんでいたわ」 「ニーナって誰?」 「アナタ達、『この世であの子と二人っきりだったらいいのに』と思ったことない?」 「ない」 「ぼくはあるよ」 そう言ったのは、ハーレムだ。 「二人っきりならまだいいのよ。お互いにお互いしかないんだから。問題は三人のときよ。二人が仲良くしてて、あぶれてしまった一人は、ものすごーく、辛いと思うわ。一人っきりでいるよりも。ニーナの場合もそれだったのよ。――寒い冬の日、雪の上で、睡眠薬を飲んでね、自殺したの……そこで、私達、初めて、ニーナが死ぬほど寂しかったんだってことがわかったの。ニーナとは、孤児院にいたときからの付き合いだったのにね。ジュリアとは、寄宿学校にいたとき、知り合ったのよ」 「自殺って、何?」 ハーレムが質問した。 「自分で死ぬことよ」 「自分で死ぬ? ぼく、いつまでも生きていたいよ」 「そうね。ハーレム。でも、いつまでも生きていたいから、自殺するんじゃないかしら。誰かの心に、その名が永遠に刻まれるために」 「そんなのいや。そんなのってないよ……」 ハーレムが泣いた。ぼくも、もらい泣きしそうだった。 「私もイヤよ。でも、一生彼女のことを忘れないと思うわ。私は――神様に救いを求めたの」 「神様?」 「そうよ。聖書で言ってる、天地万物の主。もう一度、洗礼を受けたわ。今度は自分の意志で」 「よくわかんないよ。神様ってほんとにいるの?」 「私にもわからないわ。でも、いるって信じた方が得じゃない?」 「いるかどうかわからないものを信じるわけ?」 とぼく。 先生は、あっはっはと笑った。 「一本とられたわ。サービス。それは太古の昔から、世界中で話し合われていたことよ。『神様なんていないんじゃないか』と思うこともあるけど、信じているかと訊かれたら、答えはイエスよ。さぁ、もうアンタ達は寝ないとね。――おやすみ。二人とも」 先生は、寝るときのキスを、それぞれにしてくれた。やがて、ぼく達は眠りに落ちていった。
後書き お気づきでない方もいるかもしれませんが、これは、サービスの一人称です。 やぁ〜。後半、自殺の話が出てきましたけどねぇ、私、死に関する話題は、書かないようにしよう、と思ったことがあったんですわ。でも、書いちゃった。やっぱりねぇ。避けて通れない問題だし。どんな幸福な人でも、最後には死んでしまうからねぇ。 ニーナ、というのは、ぱっと浮かんだ名前。ニール(士官学校生。私のオリキャラ)、と「ニー」の字がかぶるけど、気にしないで。ニーナってつけたのは、ジュリーの影響かな。他になかなかいい名前がなかったのも事実だけど(苦笑) ジュリアも、ジュエル(かづなさんのところのオリキャラ。この人も四兄弟の母親なの)と、「ジュ」の字がかぶりますね(汗) 私の使っている聖書では、エフネの子は「カレブ」になっていますが、これってケイレブのことですよね。
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2006年02月10日 (金) 17時53分 |
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