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(30) イザベラの祈り 投稿者:Tomoko MAIL URL
※この作品には、オリキャラが出てきます。

 これは、ぼくがまだ幼かった頃のお話である――。

 今日こそは一番乗りだ。張り切って礼拝堂の扉を開けると――先客がいた。ぼくらの家庭教師、イザベラ先生だ。
 熱心に祈っている先生は、光に包まれて、神々しかった。
 ぼくはじゃまをしないように、イザベラ先生の後ろに座った。
 やがて先生は祈り終えて、ぼくの方に振り向いた。
「おはよう、サービス」
 先生は笑顔でぼくに挨拶した。
「おはようございます」
「さっきから、そこにいるのはわかってたのよ」
「そうですか」
「遠慮せず、どんどん声かけてくれてもよかったのに。気を遣わずにさ」
「す……すみません」
「いいのよ。そういうところが、アンタのいいところなんだから」
「はい――」
 しばしの間、沈黙が降りた。
「何かあるの? 知りたいことがあったら、何でも質問しなさい。わかる範囲で答えるから。わからなかったら、一緒に考えましょ」
「先生。ぼくが何かききたいことあるの、お見通しなの?」
「顔に書いてあるわよ」
(ハーレムだな)
 ぼくはそう思い、ごしごしと顔を袖で拭った。
「あははは。本当に書いてあるわけないでしょ」
 今思えば、相手の顔をじーっと見つめたり、かと思うと、急に目を逸らしたり。何かあるなとは、赤の他人でも察することができるだろう。
 しかも、先生は、ぼくが物心ついた頃からの付き合いである。
「うーん」
 ぼくは、考え込んだ。いや、考え込んだふりをした。ぼくが一番尋ねたかったのは、決まっていたからだ。
「イザベラ先生は、さっき、何を祈っていたの?」
「――ニーナのことよ」
「ニーナって、死んだ人?」
「そうよ。ニーナが天国で幸せに暮らせますようにって、お祈りしてたの」
「いつも」
「そうよ」
 こんなに想われ、愛され、祈られ続けているとは――ぼくはニーナがうらやましかった。
 ニーナは、死んだことで、イザベラ先生の心を強く捉えたに違いない。
「ねぇ、先生。先生は、ニーナのことだけ祈っているの?」
 今度は、本音が口をついて出てしまった。しまった、ぶしつけな質問してしまった、と思った。
 だが、先生は、澄んだ目でぼくを見ていた。
「いいえ。ジュリアやクラウン、マジックに、ルーザー、ハーレム――そして」
 先生はぼくを指差した。
「サービス。あなたのことも祈っているわ」
 そのときのぼくは、きっと、はにかんだ笑顔を浮かべていただろう。
 ニーナと比較した自分が恥ずかしかった。
 ぼくは、死によって人の心を捉える代わりに、生きて、その人と想い出を作ることができる。
「ねぇ。ぼくも一緒に祈っていい?」
「いいわよ」
 ぼくは、するりとイザベラ先生の隣に座って、手を組んだ。

 イザベラ先生の祈りが、ききとどけられますように――

2006年03月24日 (金) 00時19分




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