(38) 天使(エンジェル) |
投稿者:Tomoko
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明日はチビ共の誕生日か。 2月14日。なんて日に生まれてくれたんだろうと思う。もちろん、誕生日は喜ばしいことだけど。 双子の誕生祝いの買い物がてら、花束も買って、あの子の墓にそえるか。ちょっと荷物になるけど、しょうがない。 生きている間、私が面倒を見ていたつもりで、肝心なところを見落としていた、あの子に。
「きゃー。これ、可愛い! ねぇ、イザベラ、これ買って」 「冗談。いくらするのよ。そのドレス」 私、本当はジュリアも誘いたかったんだけど、ニーナが、 「私、イザベラと一緒がいいの」 と我が侭を言って、ジュリアもジュリアで、 「行ってらっしゃい」 なんて笑顔で言うもんだから、私はこの小うるさい娘と一緒に、散歩に行かなきゃなんなくなったのだ。 「どうしてアタシがいいわけ? タカるなら、バカな男にタカりなさいよ」 「だって、この頃イザべラ、ジュリアとばかりいるんだもの。たまには私にも付き合ってよ。ね」 ニーナは拝むように私の顔を見た。お目目きらきら。これで翻弄される男もいるんだろうな、と思う。 「ドレスは諦めるわ。だけど、靴だけでも買って欲しいなぁ」 「それが目的で来たんなら、残念ね。私は余分なお金は持ってないもの。さ、行くわよ」 そのときだった。ズボッ、と、胴体まで雪の中に埋まってしまったのは。 「きゃははは。イザべラ大丈夫?」 大失態! 最悪ッ! しかもニーナの目の前で。 結局、私は、親切な通りすがりの人と、ニーナに助けてもらった。 「わっかんないなー」 「どうしたの? イザべラ」 「どうしてアタシを誘ったの? ニーナ」 「だって、友達同士でウィンドーショッピングするのが夢だったんだもーん」 「小さな夢ね」 「イザべラったら冷たーい。ほらぁ、私、友達いないでしょ」 「それは確かに」 「イザべラったら……普通、そんなことないよ、とか言うもんでしょ」 「お生憎様。私は常識には反しているの」 「あ、あんみつ屋だ。入っていかない?」 「……あんみつ屋なら、私がおごらせてもらうわ」 「えっ?! いいの?! いいの?!」 ニーナはひどく嬉しそうだ。 貧乏といったって、私にも、少しは貯金がある。 ニーナが誰かに貢がれたお金を使うのはやだったし、私も少し、ニーナに感化されたのかもしれない。
私が寮に帰ってくると、クラスメートの女の子達が、わらわらと寄ってきた。 「ねぇ、イザべラ。今日、ニーナと一緒だったって本当?」 「そうだけど、どうして?」 「意外よねぇ。イザベラとニーナって組み合わせ。イザベラとジュリアなら、真面目同士でまだわかるけど」 「そう?」 「あのね、ここだけの話、ニーナって、この一月で、三人もの違う男と歩いてたのよ」 キャーッと黄色い悲鳴が上がる。 私はうんざりして、そこを離れようとした。 「ねぇ、イザベラって、ニーナのこと好きなの?」 「特に嫌いじゃないけど、どうして?」 「だあってねぇ」 「ニーナって、女も好きなのかしら」 「あ、それ有り得る。キャーッ! 禁断の恋!」 「あの子、どこまで行ってるのかしら」 一番口数の少なかった子が言った。大人しい顔して言ってることは結構すごい。 「さぁね」 「イザベラ知らない?」 「知ってても教えないわよ。それに――」 ニーナが通りかかるのが見えた。私はつい、調子に乗った。 「あの子、胸は豊かだけど、お腹も同じくらい豊かなのよ。大抵は、幻滅して、言い訳して離れていくって」 あーあ。言ってしまったな、と。 ニーナの足音が遠ざかる音がした。でも、追いかけて謝るなんてダサいこと、私はしないんだ。 そう。しないんだ――。
しかし―― 私は、翌日の五時限目の後、ぼーっとしながら歩いていた。 と。 私は、ビッターンと顔から派手に転んでしまった。 恥っずかしいー。みんな笑ってるわ。 「きゃははは。ひっかかったひっかかった」 ニーナの笑い声だ。 「ニーナー、アンタねぇ――」 「だって、昨夜イザべラだってひどいこと言ったじゃない。仕返し仕返し」 確かにそうだけど―― 「アンタ、ここでアタシが通りかかるのを、ずっと待っていたわけ?」 ニーナの作った仕掛けはこうだ。 廊下の片側の、ちょうど足首にあたるところに、ひもを貼り付けて、もう一方のひもをニーナが引っ張る。それにしても、なんと馬鹿馬鹿しい罠だろう。引っかかった私も間抜けだが。 「だいたい、先生は注意しなかったわけ?」 「私が説得したら、笑いながら『頑張ってね』と行ってしまったわ」 〜〜〜〜〜。この学校には、まともな先生はいないのかッ! 「あー、でも、これですっきりした。これであたし達、おあいこよね」 「ん……」 ニーナの言う通り、もう、心のもやもやも晴れた。 ニーナ――やっぱりアンタって……憎めないやつよ。
冬が終わり、春が来て、夏が来た。 ジュリアが言った。 「ねぇ、イザべラ、夏休み、私の別荘に来ない?」 別荘! なんてリッチな響き。 「いいわッ! 行く行くッ! だけど、アタシがいない間、ニーナが悪さしないか問題よね」 「ニーナも連れて来ていいわよ」 「本当?! じゃあ、お世話になります」 私は、冗談めかして、ぺこりと頭を下げた。 その話を聞いたとき、ニーナは何故か、気が乗らないように見えた。 だが、それは一瞬のことで、ニーナは嬉しそうにはしゃいだ。 「やったーっ! 私、別荘行ったことなかったんだ。さすがジュリア。これで快適な夏休みを送れそうっ!」
私達は、別荘の二階の、お客様用のお部屋に案内された。もっとも、私にとっては、どの部屋もみんな、お客様用の部屋なんだけど。 緑に包まれて、湖が窓辺に広がっているように見えた。 「いい部屋ねぇ〜」 私は、窓から爽やかな風を受けながら、感無量だった。 ニーナが隣に来た。 「ねぇ。イザベラ……」 「ん? 何?」 「私、思ったんだけど――この湖に飛び込んだら、死ねるかなぁ」 私は、何とも妙な顔つきになっていたに違いない。 この子の口から、『死』という言葉が出てくるのが、信じられなかった。 けれど、相手は気づかなかったらしい。 「人間って、寂しいよね……」 ふっと。 ニーナの身体が、白いドレスを纏ったように見えた。 私は目をこすった。 それは錯覚で、ニーナは赤い服を着ていたのだが。 その時から――私は――ニーナのことを――天使だと思っていたのかもしれない。
そして、2月14日―― 「きゃあああああ!」 その悲鳴で、人々が集まる。私も見てしまった。 ニーナの、もう、二度とは動かない体を――。 ニーナ、アンタは既に、死に捕らえられていたのね。 私もきついこと言ったけど、それはきっかけだったのかもしれないね。後押しにもなったかもしれないけど。 しばらくは、アンタを思い出し、落ち込むだろうね。でも、私はそこから這い上がってみせる。
花屋で、花束を買った。種類は適当。ニーナは、花なら何でも好きだ。 彼女は、可愛い物、美しい物、綺麗な物が大好きだった。まぁ、よくある少女像ね。 墓に行ったとき、花がもうそえられていた。雪もきれいさっぱり片付けられて。 (誰かしら――) 心当たりは、あるような気はしたけど。 私は、ニーナの墓に、そっと、花束の隣に、買ってきた花束を置いた。 他に誰か、彼女のことを天使だと思った人が、いたのかもしれない。
ジュリア達の、双子の倅が大きくなったら、ニーナの話をしようと思う。
後書き これは「書きたいんじゃー、誰が何と言おうと書きたいんじゃー」と、最初のうちは思ってました。 その頃、メモしとけばよかったのかな〜。 この話、インスピレーションとして、降ってきました。いつもそうだとありがたいんだけど。 ニーナのことが、もうちょっとだけ、よくわかったような気がします(作者なのに)。 でも、文章をまとめるのに手間がかかってしまいました。そして、結局いつもかかる時間に(笑)
これは、青の双子が生まれてまだ間もない頃の話です。
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2006年10月05日 (木) 23時11分 |
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