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(68) お人好し 投稿者:Tomoko MAIL URL
 グンマがカタカタカタとキーボードを叩きながらディスプレイを眺めていた。生まれつき目が良く、眼鏡とは無縁の生活をしている。ただ、時々、ドライアイ用の目薬を差すのは、彼の世話役、高松の言いつけである。
 扉が開いて、彼の従兄弟――キンタローが入ってくる。
 グンマの顔がぱっと明るくなった。しかし、そのキンタローは、何となく、しょんぼりしているように見えた。
「キンちゃん! どうしたの? ほら、入って入って。寒くなかった?」
「いいや」
 ここ、ガンマ団には、暖房設備が整っている。
「どうしたの? そんなうかない顔して」
「――ハーレム叔父貴に拒まれた」
「なぁんだ。そんなこと。いいじゃない。ハーレム叔父様、お年玉くれないんだもの」
「俺だって、稼ぎがある。お年玉が欲しいほど、子供ではない」
「あー、じゃあ、僕はお子様だって言うの?」
「そういうわけじゃ……いや、そうかもしれんな」
「なんだってぇー、このー」
 グンマは冗談まじりに拳を振り上げる。キンタローは避けようとしない。
「? どうしたの? キンちゃん。なんか変だよ」
「――俺は、やり過ぎた」
「何を?」
 キンタローの話によれば、己が父親、ルーザーの真似をして、ハーレムを起こそうとした、そうである。
「そんなことで、怒ったの? 叔父様ったら」
 グンマが呆れ顔で言う。確かにハーレムは短気だが、そんなことで怒るとは。
「叔父貴は、俺の父親が嫌いだったそうなんだ」
「でも、だからといって、いくらなんでも、ねぇ……」
「だから、俺のことも嫌いなんだろうな、きっと」
 キンタローは、相変わらず悄然としている。
「ハーレム叔父様なんかほっといて……他にいい人いっぱいいるじゃない。たとえば――」
 僕とかさ。そう言いかけて、グンマはその言葉を飲み込んだ。
「確かに、ハーレム叔父貴は怒りっぽくて吝嗇家でアル中で競馬狂いで――」
 そうそう、とグンマが頷く。
「傍若無人にみえるけど、他人のことも思っていて、不器用だけど優しくて――」
「えっ?」
「どうしようもない親戚だけど、そこがまた可愛くて――」
 そして、ずらずらと、ハーレムに対する賛美が並ぶ。――キンタロー自身は、褒めているつもりではないのだろうが。
(それって、のろけって言うんだよ。キンちゃん)
 グンマはこっそり思った。
「そんなに叔父様のことが気になるんだったらさ」
「な、何? 俺はハーレム叔父貴が好きだなんて、一言も言ってないぞ」
 語るに落ちるとはこのことだ。グンマは苦笑した。
「早く仲直りした方がいいよ。新年までにはさ」
「新年までに? 何故?」
 グンマは近寄って耳打ちした。
「新年には、近くの人とキスできるんだよ」
 キンタローは、赤くなって、急にわたわたし出した。
「わるいが急用を思い出した。じゃあな」
「良いお年を〜」
 グンマがひらひらと手を振った。我ながら、お人好しだと思う。
(僕はシンちゃんとこ行こうかな。僕には、アラシヤマに対するみたく、突然眼魔砲はないだろうと思うし)
 グンマは、優越感を交えた感情を覚えた。
(それとも、高松のところへ行こうかな)
 高松が、自分を慕ってくれているのはわかる。子供の頃から、面倒を見てくれているのだ。
(シンちゃんは忙しそうだからな、お父様もいるだろうし。高松のところにしようっと)
 その前に、一区切りつけないと。グンマはまた、キーボードを打ち始めた。

 シュン――と機械じかけのドアが開いた。高松は、ビーカーにコーヒーを注ぎ、一段落しているようだった。
「グンマ様――」
「えへへ、来ちゃった。今、ヒマ?」
「ええ。今年の実験はもう終わったので」
「じゃ、新年は、ここで過ごしていい?」
「もちろんですとも!」
 高松の鼻からは、赤い筋がつぅ、と垂れてきた。
「おっと。今日は鼻血は、なしね。片づけるのに苦労するんだから」
 それに、せっかく大掃除で綺麗にしたのだ。高松が鼻血を噴くと、せっかく掃除したところが、汚れる。
 高松は、急いでティッシュで鼻を押さえた。
「今日は来ないもの、と思ってましたよ。グンマ様は、多忙だと思っていましたから」
「新年のこのときは、別だよ」
「グンマ様……」
 高松の手の間から、鼻血がたらたらたら。
「あー、もう。高松ったら、拭いて拭いて」
「ふ、ふみまへん。ふんまはま」
(すみません、グンマ様)と言ったんだろうな、とグンマは思った。
「キンタロー様は?」
 鼻血が一旦止まったところで、高松が質問した。
「知りたい?」
「はい」
「キンちゃんはね〜、ハーレム叔父様のところへ行ったんじゃないかな」
「何ッ?!」
 高松の目がぎらりと光った。不倶戴天の敵の名前を聞いたときのように。実際そうなのだが。
「あんのアル中め、キンタロー様になに吹き込んだんですかッ?!」
「誤解しないでね。夢中になっているのは、キンちゃんの方だよ」
「ああ。それでは、なお悪い」
「僕の知ったことじゃないけどね、それより……」
 グンマは声を低めて、新年は、二人で過ごそ、と言った。
 もう耐えきれなくなったように、高松は鼻血を噴射した。
「あーあ。これじゃ大掃除のやり直しだね」
「すみません。グンマ様」
 慇懃無礼な毒舌家も、グンマとキンタローに対しては、大人しくなる。高松は、神妙な顔をして、謝った。
「いいよ。今のは僕も悪かったんだし……興奮させてごめんね」
 そして、グンマはまた、ごめん、という手ぶりをして、頭を下げた。
「グンマ様は、お優しいですね」
「だって、慣れてるから」
 グンマはくすくすと笑った。彼の白衣にも、高松の真っ赤な鼻血の跡がついている。
「あ、カウントダウンが始まるよ」
 テレビでは、アナウンサーの声が、新年への秒読みを告げていた。
「後片付けは、新年になってからにしよ。どうせ散らかるんだから。僕も手伝うし」
「ほんとにグンマ様はお優しい――」
「まぁね」
 グンマは照れながら答えた。やっぱり自分はお人好しだ。でも、こんなところ、嫌いではない。

 5……4……3……2……1……0!

「新年おめでとう!」
 グンマは笑って、高松に軽いキスをした。
 キンタローがどうなったのか、知りたい気持ちもあったけど、今日は新年。ケチなハーレムだって、キスぐらいはただでくれるだろう。――上手く行けば、だが。
 ハーレムもお人好しだ。キンタローにかかれば、あっという間に陥落するだろう。
 グンマは、高松ともう一度、今度は前よりもう少し濃厚なキスをした。

後書き
ちょっとやおいちっくでしたねぇ。
実は、おお振りの阿部誕小説を書いているときに思いついたネタです。
新年にキス、というのは、パームシリーズで知った知識です。アメリカではそうなのかな?
キンタローとハーレムがどうなったかも、大いに気になるところです。

いろいろ拘っていたときもあったけど、今は、やおいも健全も普通に好きです。
この小説は、大晦日に書きました。さらば! 2008年!

2008年12月31日 (水) 18時36分




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