(25) 遅めのメリークリスマス |
投稿者:Tomoko
MAIL
URL
|
(今年も後僅かですねぇ――) 高松がビーカーを洗いながら、感慨に耽っている。 実験も順調に行った。論文の期日には充分間に合うはずだ。 それに、今はあの人もいる。 あの人。高松が尊敬している、あの人が。 (ルーザー様――) 天才と噂される頭脳もさることながら、あの白皙の美貌。どんな人間でも、一瞬はっとさせられるような、あの輝き。高松もご多分にもれず、それに参ってしまった。 奨学金を与えられたからだの、論文作成の助手として、世話してもらっているからだの、そんなことを通り越して、崇敬の念を持っていた。 そのルーザーは、隣の部屋で何かやっていたらしい。声がした。 「高松君。入っておいで」 「え? でも、まだ洗い物が――」 「いいから早く」 こんなことでルーザーの機嫌を損なう訳にはいかない。天才肌のルーザーは何か少しでも気に入らないことがあると、たちまち荒れる。それを知っている高松は、素直に指示に従うことにした。 「どこに石を置いたか、わからなかったからね」 ルーザーはそう言って、電気を消した。 「うわぁ……」 高松は思わず感嘆の声を上げていた。 部屋中に広がる、淡い、青色の光。 「綺麗ですね。ルーザー様」 光は、机の上の石から発せられている。 「そうだろう? 高松君にも見せたかったんだ。ハーレムにも見せたけど、この石、いらないみたいだったから」 『ハーレムにも見せたけど』 (私はハーレムの次ですか) 高松は微かに、ルーザーの弟に嫉妬した。ハーレムは、露骨にルーザーに反感を表している。しかし、ルーザーは、そんな彼にも、普段は優しく接している。怒り心頭に発したときは、どうだかわからないが。 弟、というだけで愛されているハーレムを、高松は、ずるい、と思った。 電話が鳴った。 こんなことでルーザーの手を煩わせてはいけない。高松が取った。 「よぉ」 ハーレムの声だ。 「なんの用ですか? ハーレム。いったい」 自然と、高松の声が刺々しくなる。 「今日、仕事納めなんだってな。ルーザー兄貴から聞いたよ」 「それが、あなたと何の関係があるんです?」 「兄貴が言ってたぜ。『高松君のおかげで研究がはかどったよ』ってな」 「ルーザー様が……」 さっきの不機嫌さもどこへやら、高松に、思わず笑みがこぼれた。 「兄貴の下じゃ大変だろ?」 「ええ。でも、あの天使の笑顔を見られるんだから、プラスマイナスゼロですよ」 「気が知れねぇな。まぁ、でも……よくがんばったな」 最後の台詞は、消え入るようだった。 「え? 何ですか?」 聞こえたけれど、高松はわざと訊く。 「なんだよ。いちいち訊くなよ。もう言わねぇよ」 「言わなきゃ伝わらないことだってあるんですよ」 一呼吸、間があった。それから、出し抜けにハーレムが言った。 「メリークリスマス!」 「はぁ? クリスマスなんて、とっくに終わったでしょうが」 「気分だ。俺がクリスマスと言えば、クリスマスなんだ!」 (まぁ、確かに――) 十二月二十五日にクリスマスという儀式が誕生したのは、イギリスの女王が勝手に決めたのであって、本当は九月頃だ、という説もある。いや、ローマの支配者が決めたのだったか。 「当日には言えなかったしな。おまえ、忙しかったんだろ?」 そのとき、高松達は、実験の最後の追い込みで、寮で開かれたクリスマスパーティーにも、少ししか参加できなかった。 「わざわざそれをいう為に電話をかけてきたんですか?」 僅かに間があいて、ハーレムが答えた。 「そうだよ。悪いか」 電話の向こうで照れくさそうにしている彼が見えたように、高松は思った。 「あなたらしくないですねぇ。雪でも降るんじゃないですか?」 「この地方に雪なんて珍しくないだろ」 「じゃ、雪がやみますね」 「――おまえ、口が減らない奴だな」 「お互い様でしょう」 「ま、そういうことで――じゃあな。あ、兄貴には繋ぐなよ」 電話は切れた。 『よいお年を』と高松がいう前に、ツーツー、と音がした。 「誰から?」 「――あ、あの」 「ハーレムからだろ? 話の内容でだいたいわかるよ」 「そうです」 「ハーレムも、僕と同じくらい、君のことが好きなんだよ」 そう言って、ルーザーは、成長途中で頭一個下にある高松の顔を覗き込んだ。 淡い光が、尊敬する人の顔を縁取る。彼は、微笑んでいた。 ハーレムに対する嫉妬が、一挙に消えた。その代わり、二倍ものプレゼントをもらった気になった。 (私は今、幸せです)
「おーい。高松〜」 聞き慣れた声。ジャンだ。サービスも一緒だった。 「どうしたんです? こんな夜中に」 「差し入れ」 そう言って、ジャンはお重と、シャンメリーを高松に差し出した。 「作ったのは僕だけどね」 「そう! そうなんだよ! つまみ食いしたけど、美味かったぜ。サービス、いいお嫁さんになれるよな」 サービスは、ジャンのことをはたいた。 「僕はお嫁にはいかん。男だしな」 「ええ〜。料理が上手な人は、お嫁さんになるんじゃなかったのか?」 ジャンは、時々常識外れの台詞を言う。 「嫁に行くのは、女の人だよ」 「なぁんだ。サービスが女だったら良かったのに」 「もし僕が女性でも、君は選ばないよ」 「ちょっとちょっと。痴話げんかはいいですから、何のつもりでここまで来たんです?」 「だって、クリスマスパーティー、ちょっとしか出てこなかったじゃないか。だから、今日は、おまえを主役にお祭りしようというわけ」 ジャンは、楽しそうにしている。これからのイベントに、わくわくしているのだろう。 「もう十二時ですよ。帰っているかも……とは思わなかったんですか?」 「寮に帰ってきてないじゃん。おまえ」 「そうか……そういえば、私も寮暮らしでしたね」 「ハーレムも誘ったんだけど、断られたな」 「ルーザー兄さんと仲が悪いからね。家では否応なく、会っているみたいだけど」 サービスが言った。 「あの方と住んでいるなんて、羨ましい限りです! 何が不満なんでしょうね」 「さあ……僕もそこまでは」 「サービス。ルーザーさんとも一緒に、宴会やろうぜ」 「ちょっと待ってください。『ルーザーさん』なんて、気安く呼ばないでください」 ジャンの台詞に、高松が意見した。 「じゃ、高松と同じ呼び方で?」 「ルーザー博士の方が無難じゃないですか」 ジャンの天然ボケぶりには、時々いらだたしくなることがある。ハーレムが彼に喧嘩を売ったのも、むべなるかな。 ルーザーが石の部屋から出てきた。 「まさか、お客さんが来るとは思わなかったね」 「あ、ルーザー博士」 高松に教えられた呼称を、早速ジャンは使ってみた。 ルーザーはくすくす笑った。 「肩書きで呼ばなくていいよ」 「だとさ」 ジャンは、胸を張って、高松に言った。 「う……ルーザー様がそう言うなら」 「ジャン君。サービス。こっちに来て」 ルーザーは、彼らを招じ入れた。ジャンとサービスはもうすぐ、世にも稀な美しい光に包まれるであろう。 (まぁ、よしとしましょう……) 高松も、やがて始まるパーティーでの愉快さや、友人が用意してくれたご馳走などを味わうことにした。 ジャンがいるから、退屈もしないであろう。もちろん、ルーザーは別格である。 クリスマスイブには、勝手に皆で盛り上がったはずだ。忘年会などで、吐いたり、友人にクダを巻いたり、いくら無礼講だからと言って、やり過ぎて上司にクビを宣告される人もいるかもしれない。 だが、自分達には関係ない。 高松達にとっては、これが遅めのメリークリスマス!
後書き 高松がハーレム(人名じゃなくてよ)状態ですねぇ。 サービスは、あくまで男っぽくないとイヤなのです。学生時代はあの女顔にコンプレックスを持っている、というのがいいな。だから、女扱いしたら、たとえジャンでも許さない、と。 高松中心の話なんて珍しいけれど、書いている間中、とっても楽しかったです。 推敲は大変でしたけれどね……。 それでは。良いお年を!
追記 イエス様の誕生日が、六月だという説は、九月の間違いみたいです。中秋の名月。間違いというか、主な説はね。
|
|
2005年12月28日 (水) 18時41分 |
|