(27) 遅めのメリークリスマス2 |
投稿者:Tomoko
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「わぁっ……っ!」 部屋に入ってきたジャンが歓声を上げた。 「綺麗だね」 サービスは素直に感動したようだった。 「どうも。喜んでもらえて嬉しいよ」 ルーザーは、人に見せれば、光の強度を失っていくという、不思議なこの、目の前の石の話を、かいつまんで話してくれた。 そして、最後にこう言った。 「皆の反応を送ったら、僕の友人も、本望だと思うよ」 (友人……?) 高松は訝しがった。助手として働いてきたけれども、ルーザーの友人の話は、聞いたことがない。 「ルーザー兄さんにも、友達がいたの?」 サービスは率直に言った。 「ああ、いるよ。ただ、滅多に会うことはないけどね。あいつは、世界中を回っているからね」 「世界中を回っているなんて、ジョン・フォレストみたいだ」 「ああ。あの人とは違うけれどね。もっと豪放磊落なやつだよ。正反対のタイプだから、うまくやっていけたのかな」 (そんな話、初めて聞いた……) 高松は、想像してみようと思ったけれど、うまくイメージが掴みきれなかった。 「さあさ。弁当食おう」 「なんだ、おまえ。花より団子なんだな」 ジャンの台詞に、サービスは苦笑した。 「あ、そうだ。一番下のお重の料理は、決して食べない方がいいよ」 サービスが言った。 「なんで?」 ルーザーが訊く。 「ジャンが作った焼き魚だから」 これが答えだった。 「なんだよー。本格的に焼いたんだぜ」 「そう。木切れから火を起こすという、原始的な方法でね」 「うはっ。ジャンの料理ですか!」 高松も嫌そうに声を上げた。 「なんだよ。皆して」 「ジャン君の料理は、そんなにまずいのかい?」 小首をかしげたルーザーの髪が、さらりと揺れた。 「まずいなんてもんじゃないですよ」 「寮の連中、こいつの料理を、罰ゲーム代わりに使ってるからね」 「ひどいなぁ、サービス。そんな言い方って、ないだろ」 「でも、事実なんだから仕方がない。味音痴の田葛先生が、こいつの料理を評価したから、試験にパスした、という噂が流れているからね」 「監督が、寝込みさえしなければ、家庭科のテストの時、彼は合格しなかっただろう、と言われているんですよ」 高松は可笑しがりながら、口の端に笑みを浮かべた。 「もっとも、これはジョークですが」 「美味しいと、俺は思うんだけどな。それに、俺のウルトラスーパーハイパーデラックスシャラシャンテホイサッサを食べたのは、田葛先生だけじゃなかったぜ」 ジャンは、二人に向かって反駁している。 「その焼き魚、食べてみたいな。興味が湧いた」 ルーザーは、ニコニコ。 「ええっ?! やめておいた方がいいですよ。ルーザー様は、もっとご自分を大切になさった方がいいですよ」 「充分大事にしてるけどな。それに、興味ある物は、研究したいと思うのが、科学者に必要な好奇心ではないかな。尤も、好奇心を持っても、そっとしておく事物っていうのも、僕にはあるけれどね」 「じゃ、じゃあ、私も食べますよ」 「いいのかい? 無理しなくても」 「いいえ。私はルーザー様の助手ですから。ルーザー様が研究なさりたいなら、私もお供します」 「兄さんも高松も、よくやるよ」 サービスは呆れ顔だ。 高松とルーザーは、焼き魚を取り出した。 「せーのっ」 口にした瞬間、高松はうっと唸った。ルーザーの目も気にする余裕もなく、急いでトイレに駆け込む。 酒に酔って吐いたりするのとは、無縁だと思ってたけれど……。 (酒の方がマシだったかもしれませんね……) 「生焼けの部分と黒焦げの部分が、ないまぜになっているね」 ルーザーはそう評した。 「それがうまいと思うんだけど……」 「ジャン君。僕も、サービスも、初めてケーキを作った時は、散々な出来だったんだよ。生焼けだったり、砂糖と塩を間違えたりね」 「兄さん!」 くすくす笑いながら、過去の失敗談を話すルーザーに、サービスは赤くなった。 「いいかい。料理は、天賦の才と、努力と経験だよ」 「天与の才なんて、ないよ、こいつに。なんせ、大好物が塩、というやつだから」 「努力と経験で補えないものはない、と、僕は思ってるよ」 驚いた。ルーザーが、ジャンをかばっている。 「そういえば、家庭科の授業のときは、こいつもまぁ、まともな物作ってるかな」 それは、サービスも認めざるを得ないことだった。 「先生の言う通りに作ってるからな」 ジャンは言った。 「じゃあ、今度は、サービスのをお手本にして、僕の所に持ってきてくれないか。サービスの料理を評価してくれた君だ。才能はあるよ。必ず、うまくなるよ」 「わかりました! ルーザーさん」 ルーザーとジャンは、すっかり打ち解けたみたいだった。 けれども、高松には不安があった。 (ルーザー様とジャンが、仲良くしている間はいいけれど……) 決裂した時が怖い。そう、高松は感じた。 ルーザーが、気に入らないとき、どう反応するか、身近にいる高松は知っているから。 そのときは、二人のうち、どちらかが死なねばならなくなるかもしれない。高松は、二人のうち一人でも、失うのは嫌だった。 けれど、そのときはそのときかもしれない。 ジャンとサービスが仲良くなるためには、ルーザーのことも、避けては通れない問題だと思う。 不安に襲われるとき、高松は、『明日のことは思い煩うことなかれ』という聖書の言葉を思い出す。無神論者の高松も、このみことばだけは好きになれた。 それに、自分を拾ってくれた義理の母は、何度も、「貴方は心配性ね。何事も、必ずうまくなっていくから、困ったら、相談しなさい」と言ってくれたではないか。 美味しいサービスの料理を食べながら、高松は、「今日は、精一杯楽しもう」と思い直した。
後書き すっかり『愛○エプロン』と化した、クリスマスです(あの番組、父が好きで、よく見てるんですよ。それを観ているうちに思いついたのがこの話……) あの聖書の言葉は、父が感心していたものです。父は学校の先生で、物理と数学が担当だという、現実主義者ですがね。ここのところ、高松にも通じるものがあるかな? 今更クリスマスもないでしょうが、頭の中で、形となったので、書いてみました。 『遅めのメリークリスマス』の続編なので、短めです。私の文章は、いつも短いですがね。長い文章を書ける人が羨ましいです。 さっき気付きましたが、この話は、前編から一ヵ月経った後に書かれたことになるんですよね。 高松が苦労症になったのは……私の癖です。登場人物は、いっつも取り越し苦労してるんですよね。 ちなみに、『シャラシャンテホイサッサ』は、鈴木由美子の『カンナさん大成功です』に出てくるアレです。名前だけ借用しました。 ジャンの家政科の入試課題に作ったのは、彼が勝手につけたあの長い名前のフルーツサラダだったという、裏話も書いておきます。
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2006年01月28日 (土) 23時30分 |
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