(66) 高松のお義母さん |
投稿者:Tomoko
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「おーい、高松君、高松君いるかね」 寮の守衛の胴間声が響いた。 「お」 そこに通りかかったのは、金髪と黒髪の二人組――サービスとジャンであった。 守衛を務めている男の隣にいたのは、白髪まじりの髪をひっつめにし、着物を召していた、小柄な中年女性だった。背中が少し曲がり気味だ。 「おばさん! 高松のおばさん!」 サービスは嬉しそうに声を上げた。 「高松? この人、高松の知り合いかい?」 ジャンが質問をふってきた。 「高松のお母さんだよ。いや、正確には、義理の母、でしたよね」 「ええ、そう」 「紹介します。こちらジャン。高松とも仲いいんですよ」 「お初にお目にかかります。高松恵理と申します」 「あ、どうも」 二人とも、深々と頭を下げる。 「高松君、呼んできますね」 守衛が、階段を上って行った。 「ヒロシと仲良くしていただいてありがたいことです」 恵理――高松の義母がもう一度、丁寧に頭を下げた。 「いや、こっちこそ。高松には、何かと世話になってます。というか、高松って、ヒロシって名前だったんですよね」 「はい」 恵理が頷いた。 「ヒロシって、博士(はかせ)って書くんですか?」 「はかせ?」 「ドクター、と言う意味もあるけど」 「じゃあ、あいつは高松ドクター……あ、いや、違った。ドクター高松! そう! ドクター高松! ぴったりじゃないか!」 「ふぅん。ドクター高松か」 サービスは皮肉げに言った。 「今はまだ、ドクターの卵だけどな」 「すぐに、一人前になるよ」 高松の義母は、微笑みを浮かべながら、サービスとジャンの話を聞いていた。 「なに人の噂してるんですか」 二人の背後に、高松が立っていた。 彼を連れて来た守衛は、そばを通り過ぎて自分の持場に戻って行った。 それからつかつかと義母に歩み寄って、 「お義母様、会いに来なくていい、と言ったのに」 「でも、久しぶりにおまえの顔が見たくてねぇ……」 「お互いに、情が移るといけないから、もう二度と会わない、という約束を忘れたんですか?」 「そうよねぇ……これからも、ヒロシは訓練だのなんだのって、危ない修羅場を何度もくぐって行くんですものねぇ。でも、どうしても、もう一度会いたかった……」 「やめてくださいよ。もう子供じゃないんですから」 「私は、本物の子供以上に、おまえを愛しているよ」 子供ができなかった恵理達夫妻は、高松を養子としてもらってきたのだ。 「とにかく、もう来ないでくださいね」 念を押した後、高松は、ダダダダッと駆けて行った。 サービスとジャンも、後を追った。 「高松、おい、高松!」 サービスの声には、びいんとした鋼のような鋭さがあった。 「高松……あれじゃ、お義母さんに悪いよ。いくら、血の繋がりがないとはいえ」 「アンタらには……わかんないんですよ」 高松は言った。声に、涙が滲んでいるように聞こえた。 (そうか)とジャンは思った。 高松だって、辛いのだ。人殺しの訓練をやって、ここを卒業すれば、明日をも知れない身。だから、きつく当たって、突っ放そうとしている。 「高松……」 ジャンが、高松の肩に手を置いた。 「せめて、お別れの挨拶は、ちゃんとし直そうよ、な?」
「お義母さん……」 義理の母を前に、高松が言った。 「さっきはすみませんでした。私のことは、そんなに心配なさらないでください」 「ヒロシ……」 「後で手紙でも書きますよ。だから、もうここには……来ないでください」 恵理の、皺の増えた手を、高松はそっと包み込んだ。 「危ないことは、しないでね」 「それは保障できかねます。ここは、人殺しを育てる学校ですから」 「それでも、命は大事にするんだよ」 「どんな場合にも、ですか?」 「どんな場合にも、よ」 高松が手を離すと、恵理が、 「手紙、絶対書くわね」 と言い、後ろ歩きで遠のいて行った。腕を大きく振りながら。 守衛室から、煙草の煙が出ていた。 「あーあ、あんな歩き方して。転んだらどうするつもりなんでしょう」 「おまえも、人並に肉親を思う情があることを知って、ほっとしたよ」 「ご挨拶ですねぇ、サービス」 「いいお義母さんだね」 「ええ――私には、過ぎた母です」 ジャンは見た。高松の目元に、うっすら涙が浮かんだのを。それは、守衛室から流れてきた、煙草の煙のせいだったのかもしれなかった。
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2008年10月27日 (月) 09時41分 |
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