(81) 一月と二月と五月 |
投稿者:Tomoko
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「ジャーン!」 黒いボディコン姿の女性が呼ばわる。 「ジャン!」 女性はものものしい扉を開け放つ。 その部屋には、一人の人間がいた。 長く白い髪。そして白いローブを纏っている。端正な面立ちで、女性に見間違われることもあるが、れっきとした男性である。 その男が、迷惑そうに眉を顰めた。 「私をジャン、と呼ぶのは止めてください。私には『ジャニュアリィ』という名前があるのですよ」 「どうせ本名じゃないじゃない」 「そうですけどねぇ……『ジャン』と言われるのはどうも慣れないのですよ」 「フェブラリィと間違われることを嫌がるみたいにね」 「ぬっ……それはやめてくださいって言ったでしょう!」 ジャン――ジャニュアリィは顔をしかめた。 「おかしなもんよねぇ。ジャンとフェブって。ちっとも仲良くないんだもん。兄弟なのに」 「じゃあ、メイさんもマーチと仲良くしたらどうですか? 同じ姉妹なんですから」 「――悪かったわ」 ボディコンの女、メイと、その妹マーチも、喧嘩ばかりしているのである。 それを指摘されて、メイは引き下がるかと思いきや。 「でもねぇ……アンタら少し異常よ。こんなにそっくりなのに?」 「そんなに似てますか? 私とフェブラリィは」 「似てるも何も――そっくりよ。ジャンが眼鏡かけたらフェブになるわ」 「だから、ジャンと言うのはやめてください」 「まぁ、趣味や特技は似てないけどね」 「当たり前です。別人なんだから」 ジャニュアリィが反駁する。 ジャニュアリィは、超自然的な技を得意としている。一方、双子の弟のフェブラリィは、そんなものがこの世にあるとは信じようともしない、徹底的な現実主義者なのである。 この二人が瓜二つの兄弟なんて、面白いではないか。 ――とメイは考えるのだが。 メイとマーチが似ている、と言われる時も、メイは何だか複雑な気持ちを覚えるので、ジャニュアリィとフェブラリィの兄弟の気持ちはわかるような気はするのである。 彼らは、『黒狐団』の十二人衆の中の一員である。 ジョナサン・ブラック率いる部下の十二人には、それぞれ英語の月の名がコードネームとして与えられている。 ジャニュアリィは一月、フェブラリィは二月、ついでにいうとメイは五月、マーチは三月である。 「ジャンもフェブも頭固いのよねぇ。他にもいろいろいっぱい似ているところはあるけど」 「だから、『ジャン』は止めてくださいって。弟と比較することも」 「あらぁ、どうして?」 「あの弟は虫が好かないのです。昔から」 「あなたは魑魅魍魎と友達。フェブは本と友達ですものね」 「魑魅魍魎じゃないって言ったでしょう。せめて妖精や超自然科学とか」 フェブラリィが聞いたら、 「オカルトに科学なんて名をつけないでください」 と怒るかもしれないが。 「あ、じゃあさ、アタシのこと占ってくれない? 得意でしょ? そういうの」 「人の話聞いてませんね、メイさん」 そういうところがメイらしくて好きなようだが、ジャニュアリィは口には出さない。きっと心の秘密としてしまってあるのだろう。 こぉぉぉぉ……と、手の平の宝石の赤い光が増す。 「あなたの身には……近い将来何か重大なことが起こると出ています」 「なぁに? 素敵な人に出会えるとか?」 「相変わらず俗っぽいですね……」 「なぁによぉ。重大なことよぉ」 メイがぶーと頬を膨らます。 「いや、それが、当たらずとも言えども遠からずみたいです。――たくさんの男の人の姿が見えます」 「ほんと? やった!」 「――女性の姿も見えますが」 「なんだ。ちぇっ」 メイには、妙齢の女性は皆、ライバルに見えて仕方がないのである。 「彼らが、貴方がたの運命を変えるそうです」 「貴方がた? アタシだけじゃなくて?」 「ええ。私もどうやら入っているようです」 「へぇ……面白そうじゃない」 メイは妖艶に舌で唇を舐めた。 「……で、それだけ?」 「それだけです。まぁ、美形揃いなんで、メイさんにはかなり楽しめるのではないでしょうか」 「ほんとねぇ……美女はどうでもいいけど」 メイは、独り言を言うと、 「フェブラリィによろしく」 と、余計な一言を吐いて、外へ出て行った。
メイは、今度はフェブラリィをからかおうというのである。 「だから! 何でこんな簡単なことが貴方がたにはわからないのですか!」 うわっちゃー。会議中みたい。やなとこ出くわしちゃったな。 会議中のフェビィってば、まるで鬼のようなんだもの。 ――ちなみに、フェビィというのは、メイがフェブラリィにつけたニックネームである。 それにしても、ジャニュアリィとフェブラリィは、声と話し口調だけ聞いていると、同一人物のように思えてしまう。 二人がお互いを意識し合い、犬猿の中であるのは、同族嫌悪であるからなのか。 (まっ、いっか) 「フェービーちゃん♪」 と、メイはできるだけ可愛らしくフェブラリィを呼んだ。 ――フェブラリィはずっこけたのであるらしかった。 「……今日はこれまで」 フェブラリィは早々に会議を止めると、逃げるようにその場を後にしようとした。 もちろん、それで諦めるメイではない。 「どうしたのよー。フェブー」 「邪魔者が入っては、まとまる話もまとまりません」 フェブラリィはずれた眼鏡を直した。 彼ら二人の見分け方は、案外簡単である。 眼鏡をしている方が弟のフェブラリィ、していない方が兄のジャニュアリィである。 フェブラリィが眼鏡をしていないのは、ジャニュアリィと混同されたくないからで、その説は主にメイと、同僚のエイプリルが広めているのであるが、二人とも否定しないところを見ると、どうやら本当にそうらしい。 「何ですか。メイさん」 フェブラリィが苛立たしげに声を上げる。 「んっふっふ〜♪ いいこと教えたげる」 「どうせつまらないことでしょう」 ギャラリーと化したその他の皆さんは、メイ達のやりとりを聞いてくすくす笑っている。 「今ね。ジャンと会って来たんだけど――」 「――兄のことは聞きたくありません」 「アタシ、占ってもらっちゃったんだけど」 「占いなんて、非科学的なことを――」 「あらぁ、占いは超自然科学よ」 「あんなものに科学なんてつけないでください!」 メイは、予想通りの反応に思わず吹き出した。 「だから、なんなんですか!」 かなり苛々しているらしく、フェブラリィは怒鳴った。 「あのねぇ……私達、美男美女に会えそうなのよ」 「ほう。それはそれは貴方にぴったりの結果ですね。それじゃ」 「待ってよ」 メイがジャニュアリィの腕をはっしとつかまえた。 「何ですか!」 「そのね、美形のお兄さんやお姉さんが、アタシ達の運命に関わって来るみたいよ。アタシはま、美形の男以外はどうでもいいけどね」 「そうですか……」 フェブラリィが怒るかと思ったら、急に大人しくなったので、メイは少し気味が悪くなった。 「フェビィ?」 「ああ。こちらのことです。そうですか……」 「どうしたのよ。静かになっちゃって」 「実は、ガンマ団と私達がやり合うことになったらしいんですよ。――戦争を」 「え?! ガンマ団と?!」 「まだはっきりしたことは言えませんが……いずれそうなるでしょう」 「え? 何で何で?」 「噂に敏いメイさんなら知っているかと思ってましたが――」 フェブラリィが説明を始めた。 ガンマ団に、ジョナサンの大切な人がいて、その子を取り戻す為に、宣戦布告をするかどうかで侃々諤々の会議が連日行われているようである。 夜になると、酒をかっくらって、チャンスがあれば可愛い男の子をベッドに引きずり込んでいるメイには知ったことではない。 けれど、物騒な出来事も、お祭りごととして案外好きな質である。 「へぇー。戦争か。面白くなりそうね」 「冗談ではないですよ。こちらは遣り繰り大変なのですからね」 「でも、隊長にそんなコがいたなんて初耳だわ」 隊長とは、ジョナサン・ブラックのことである。 「まぁ、あの方にも熱い血が流れていたということですよ」 フェブラリィは、微かに笑った。 「あー。フェブ。今、笑った!」 「笑ってないですよ。失敬な!」 「笑ったわ。確かに笑った。ねぇ、もう一回笑顔見せてよ」 「嫌です」 その時、部屋中に哄笑が湧き起こった。フェブラリィの部下達である。 冷血動物のように思われていたのは、どうやらジョナサンだけではなかったらしい。
ガンマ団が彼らの運命の歯車と噛み合うまで、後少し。
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2010年12月05日 (日) 13時06分 |
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