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第二掲示板@うらたにんわあるど

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[219] 題名:戦士小話 ある日の鏑矢諸島 名前:真理 MAIL URL 投稿日:2004年12月13日 (月) 17時16分

鏑矢諸島に空色と朱色の光玉が舞い降りる。空色の光玉は長い黒髪を束ね、黒のドレスに白のベストを纏う女に、朱色の光玉は長い黒髪を下ろし、黒いレザードレスを纏う女に姿を変えた。

「久しく訪れなんだが、この風景は変わっていないな」
「そうだな…いろいろあったが、彼は息災でいるだろうか」
美しい鏑矢諸島の風景に思いを馳せる黒髪を束ねた女の言葉に、黒髪を下ろした女が頷きながら言った。
地球の、そして宇宙の平和を願ってともに戦い、時には対立もした。その経験は今も心の糧として2人の記憶に残っている。その経験を共有する『彼』に会いたいというのも鏑矢諸島に降りた理由のひとつでもある。

2人の女は、獣たちに気づかれないように鏑矢諸島に属する島々を見て回る。リドリアスやモグルドンをはじめとする鏑矢諸島在住の獣たちが無邪気に遊ぶ様子を、2人の女は微笑ましく見守る。

「そこにいるのは、誰?」
不意に投げかけられた声に2人の女が振り向くと、ひとりの女が立っていた。
「何者か?」
「アヤノ…森本綾乃」
黒髪を下ろした女の問いに、アヤノは戸惑いつつも言った。
「アヤノ? ムサシの同僚だった人間か…ムサシは元気か?」
黒髪を束ねた女の言葉に、今度はアヤノが驚いた。
「ムサシのこと、知っているの?」
「古き知人といったところだが」
アヤノの問いに、黒髪を束ねた女は微笑む。

「お〜い、アヤノちゃん!」
遠くから聞こえてくる声。見ると、2人の男が駆けてくるところだった。休憩時間が重なって散策のために出てきたらしい。
「フブキさん、ムサシ! この2人がムサシに用があるって」
「へ?」
アヤノの言葉に、ムサシとフブキは顔を見合わせる。
「久しいな、ムサシ…いや、この姿では『初めまして』とでも言うべきか?」
「…はい?」
黒髪を束ねた女の言葉に、ムサシは唖然とした。
「わからぬか?」
そう言って、黒髪を束ねた女は胸元を飾るペンダントを示した。それを見たムサシが胸元を探り、黒髪を束ねた女がつけているのと同じペンダントを取り出した。
それは、『輝石』と便宜上呼ばれている地球上に存在しない不思議な力を秘めた結晶体だった。
「もしかして、コスモス?!」
ムサシの驚きの問いに、黒髪を束ねた女=コスモス人間体は頷いた。
「こちらはジャスティスだ。この姿のジャスティスには会ったことがあるだろう?」
「これを見たら、わかるかな?」
コスモス人間体の言葉にムサシ、フブキ、アヤノが頷くのを、黒髪を下ろした女=ジャスティス人間体は、コサージュ代わりにつけている結晶体つきの羽飾りを示す。
「それにしても、いきなりこの鏑矢諸島に来るなんて」
「どうせなら連絡入れろって言いたいけどな…連絡手段もへったくれもないもんな〜」
ムサシとフブキの言葉に、アヤノは何度も頷く。それもそのはず、地球からのコスモスとジャスティスへの連絡手段は鏑矢諸島どころか地球のどこにも存在しないのである。

コスモス人間体とジャスティス人間体には、ムサシたちに隠していたことがあった。それは、ジャスティスがかつてカオスヘッダーだったことである。
カオスヘッダーはひとつの意志で纏まって動く光の生命体で、あらゆる生命や物質に取りついて狂暴化させたり異様な能力を発揮させる力を持つためにその力を相殺させたり消滅させる力を有するコスモスと対立を繰り返し、コスモスと同化したムサシの『カオスヘッダーを救いたい』という願いもあってコスモスと鏑矢諸島に暮らす獣たちの力で優しさを知り、コスモスと和解した。
宇宙の片隅で平穏に過ごしていたカオスヘッダーは、宇宙の平和維持のために無理をして倒れた先代ジャスティスと出会い保護したが、先代ジャスティスの『これからは私として生きてほしい』との願いに応え、その能力と意志、記憶を受け継いで現在のジャスティスになり、先代ジャスティスの意志に導かれるようにコスモスを助け、対立もしたのである。
コスモス人間体とジャスティス人間体が鏑矢諸島を訪れたのは、この事情を伝えるためでもあった。

コスモス人間体とジャスティス人間体は、自分たちの関係をムサシ、フブキ、アヤノに語った。
「何で早く言ってくれなかったのさ!」
「立て続けに一大事が起ころうものなら、伝える機会を逸してしまうばかりだからな」
「地球の生命体全部のリセットを望んだ宇宙意志のことだ…その宇宙意志が再び望めば、宇宙意志に逆らった我ら2人もただでは済まされない。だから、平穏な時にと思ったのだ」
声を荒げるムサシに、コスモス人間体とジャスティス人間体は平謝りした。

地球が有害な惑星になるのは、人類が存在するから…人類は宇宙を脅かす存在になると予測し、人類もろとも地球の生命体全部の消滅と再生を望んだ宇宙意志を最初は信じたジャスティスだったが、何事にも諦めずに勇気を振るって立ち向かう人類を理解しているコスモスとムサシの想いに完全に共鳴し、コスモス=ムサシとともに宇宙意志の差し金を倒した。
だが、宇宙意志に逆らったことでその怒りを買うのはジャスティスもコスモスも承知の上。再び宇宙意志が再び地球を『有害な惑星』と判断するなら、とことんまで逆らって判断を覆させてやろうという覚悟が2人にはあったのである。

「君たちは、自分の道を歩んでいるようだな」
コスモス人間体の言葉にフブキ、アヤノ、ムサシは気恥ずかしげに微笑む。フブキはヒウラの異動を機にチームEYESのキャップに昇格、アヤノは鏑矢諸島保護区管理員、ムサシはSRC宇宙開発センター職員をしている。
実は、コスモスとジャスティスは密かに地球上空に来ては地球の様子を見ていた。
「地球を空から見ていると、必死に生きようとする者たちの様子がよくわかる」
ある戦士≠フこの言葉がきっかけだったが、何度か訪れるうちに地球の素晴らしさが見えてきたのである。

突然、大地を揺るがす轟音が響いた。
「何だ?!」
轟音の方向を見ると、何とサンドロスが倒れ込んできたところだった。
「なぜ、サンドロスが?」
ジャスティス人間体は、コスモスと協力して倒したはずのサンドロスに驚いた。
コスモスとジャスティスが見たサンドロスはある事情から精神異常を起こし、やむなく倒した者だったが、このサンドロスは様子が違った。何かに戸惑っているようでもあり、怯えているようでもあった。
「泣いているようだ…」
サンドロスの様子に何かを感じたコスモス人間体は、戦士体になった。
ジャスティス人間体も、追いかけるように戦士体になった。
「コスモス、もしかしたら今度こそ救えるかもしれぬ」
ジャスティスの言葉に、コスモスは頷く。自分が気をつけて見守っていれば…同族を死なせたことの罪滅ぼしのためにもこのサンドロスは助けようという想いが、ジャスティスの心の中にあった。
「何があったのだ?」
コスモスの問いにサンドロスは上空を見つめ、悲しげな声を発する。
「いきなりここに落ちたから、動転しているのか…帰りたいのだな」
事故に巻き込まれたのかと、おちつかせるようにサンドロスの頭を撫でるジャスティス。
「EYESの皆に出動を見合わせるように言ってくる!」
「私、皆の様子を見てくる! 騒いでいるかもしれないから!」
「そうか…ムサシ、アヤノと一緒に行ってやってくれ」
フブキとアヤノの言葉に、コスモスはムサシに行くように促す。

突然、サンドロスの身体を何かが貫き、悲鳴が響き渡った。
「何?!」
コスモスとジャスティスが見ると、防衛軍の戦車がミサイルを発射してサンドロスに重傷を負わせたところだった。
「おのれ!」
激怒したジャスティスが足で大地を踏み鳴らすと、防衛軍の戦車数台がその衝撃で飛ばされ、別の戦車数台と衝突、爆発した。
「居場所を求めて泣いているこの者を傷つけるとは許せぬ! 今度このようなことをしたら、ただでは済まさぬぞ!」
防衛軍の行為に呆れ怒るコスモス。こんな暴挙に出る人間もいるという現実には、コスモスもジャスティスも困っている。
コスモスとジャスティスもろともサンドロスを抹殺しようと防衛軍が再びミサイルを向けようとした時、咆哮が響き渡った。
「皆…」
コスモスとジャスティスが顔を上げると、いつの間にか鏑矢諸島在住の獣たちが防衛軍を囲んで威嚇していた。
コスモスとジャスティス、鏑矢諸島在住の獣たちに睨まれてはどうすることもできないのか、防衛軍の戦車は引き上げていった。

コスモスとジャスティスの力でサンドロスの身体の傷は癒された。だが、心の傷が癒えるには長い時を要する。
「サンドロスを宇宙に帰してやって!」
「わかった。この者が安心して暮らせる場所を見つけたから、そこにつれて行く」
ムサシの言葉に、ジャスティスが頷いた。
「このものがおちつきを取り戻すまでは、暫く傍にいよう」
いつか、再び鏑矢諸島を訪ねる…そう言って、コスモスとジャスティスはサンドロスを連れて宇宙へ飛び立った。
ムサシ、フブキ、アヤノ、鏑矢諸島在住の獣たちは静かに見送った。

 〈完〉


[218] 題名:嵐の前2 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年12月10日 (金) 22時52分

 役はそれに頷いた。そして二人はその中に入って行った。
 一段一段探し回りながら昇っていく。だがやはり見つかりはしない。そして遂に頂上に達した。役はまだ下の方にいる。
「ここにもないか」
 彼が諦めようとしたその時であった。
「御苦労なことだな」
 天守閣の外の廊下からサングラスの男が姿を現わした。
「三影」
 村雨は彼の姿を認めてすぐに身構えた。
「よせ、今は貴様と戦うつもりはない」
 だが彼は構えはとらなかった。村雨が構えをとらない相手を攻撃しないのを知ってのことであった。無論彼自身もそうである。
「では何故ここに来た」
 村雨は構えを解いて彼に問うた。
「一つ聞きたいことがある」
「何だ」
「あの役という男だ」
「役さんがどうかしたのか」
「貴様はあの男と今一緒に行動しているな」
「ああ」
 別に否定するつもりもなかった。
「では暫し見ている筈だ」
「何をだ」
「あの男の行動をだ」
「行動」
 村雨はそれを聞いて怪訝な顔をした。
「役さんの行動に何かあるのか」
「ふむ」
 だが三影はそれに対しては答えなかった。そのかわり考える言葉を発した。
「どうやら知らないようだな」
「何をだ」
「あの男のことをだ。一体あの男が何者かということをだ」
「おかしなことを聞くな」
 村雨はそれを聞いて首を傾げずにはいられなかった。
「おかしなことか」
「そうだ、そんなことは貴様等バダンも既に調べてある筈だが。貴様等の情報網を以ってすれば簡単にわかるだろう」
「確かにな」
 三影はそれについては認めた。
「長野県警に在籍する警官だな。階級は警部補、年齢は二十五歳だ」
「その通りだ」
 寸分の狂いもない。やはりバダンの情報網は恐るべきものであった。
「だがそれは表の話だけのことだ」
「表の」
「そうだ、全てにおいて表と裏が存在する。コインがそうであるようにな」
「何が言いたい」
 村雨は彼の言葉の真意がわかりかねなくなっていた。
「一つ言っておくが我がバダンはあの男とは関係はない。それは安心しろ」
「それはわかっている」
 三影の方から彼がバダンのダブルスパイであることを否定してきた。だがこれは既にわかっていることである。それは彼の行動でわかっている。
「しかしそれまでの経歴がわからない」
「経歴が」
「そうだ。何時何処にいたのか一切掴めないのだ」
「長野にいたのではないのか」
「いない。調べたが何も出てはこなかった。こんなことははじめてだ」
「バダンの情報網でもか」
「そうだ、悔しいことだがな」
 彼はそう言いながら顔を顰めさせた。
「それにあの射撃の腕だ。あれは一体何だ」
「警察で鍛錬を積んだのだろう」
「それであれだけの種類の銃を使えるか。あれは最早神業の領域だ」
「才能があったのではないのか」
「貴様はそう考えるか」
「それ以外にどう考えろというのだ」
「フン」
 三影はここで半ば舌打ち混じりに言った。
「どうやらあの時の言葉を覚えてはいないようだな」
「あの時の」
「そうだ、富士の樹海で俺が貴様を殺そうとした時のことだ」
「あの時か」
 村雨はそう言われ目を顰めた。
「あの時俺は秘められていた赤い光の力を開放することができたが」
「その時のあの男の言葉だ。どうやら聞こえてはいなかったようだな」
「残念だがな。それどころではなかった」
「ならば仕方ない。教えてやろう」
 彼はあらためてそう言った。
「あの時あの男は『予定通り』と言ったのだ」
「予定通り!?」
「そうだ、貴様がその力を開放するのをあらかじめ知っていたのだ。これは一体どういうことだ?」
「・・・・・・それは本当か」
「嘘を言ってどうするのだ。それに俺にも誇りがある。決して嘘はつかん」 
 それが彼の誇りであった。彼のプライドの高さは村雨もよく知っている。
「何故そう言える。奴は未来を知っているとでも言うのか」
「・・・・・・・・・」
 村雨にはわからなかった。だがそれが嘘ではないのもわかっている。
「はっきり言わせてもらおう。奴は只の警官ではない。おそらく遙かに恐るべき存在だ」
「恐るべき存在」
「そうだ。あの全てを知っているかの様な話し方。おそらく何か別の力を受けて動いている筈だ」
「またわからないことを言う」
 村雨の疑念は止まるところがなかった。
「その別の力とは一体何なのだ」
「それは俺にもわからん」
 三影もそう答えることしかできなかった。
「だがそれは俺達とはまた別の次元にある話だ」
「どういうことだ」
「強いて言うならば」
 三影の言葉が低いものになっていく。感情がこもってきていた。
「神か」
「神」
「そうだ。それはおそらくこの世の摂理を司る神だ」
 三影もまた神を崇拝しているからこそ言える言葉であった。彼の信じる神はあの首領であった。この世の摂理を破壊し、
そしてそこから新たな世界、己が全てを支配する世界を築かんとする邪なる神である。
「その中のどれかはわからないがな」
「では役さんは神の僕だということか」
「そこまではわからん。より高位の存在ではないかと思うがな」
「では神・・・・・・」
「さてな。そこまではわからん」
 三影はそれについては言葉を濁した。
「しかし少なくともその力は貴様等ライダーや俺達と同じ程度はあるだろう」
「俺達と」
「そうだ、種類こそ違えどな」
「生身だというのにか」
「確かに生身だろう。だがな」
「だが!?」
「人間だとは限らないのだ。それはわかるな」
「ああ」
 村雨はそれに対して頷くしかなかった。彼も三影もその身体はもう人間ではないのだ。だからこそわかる言葉であった。
「残念だがな」
 そしてこう言うしかなかった。
「今ではそれも誇りに思っているが」
「そういう考えになったか」
 三影はそれを受けて言った。
「だがそれはいい。問題はあの男だ」
「うむ」
「少なくとも改造人間ではない。そうした意味で俺達とは違う」
「わかるのか」
「わかるさ」 
 三影は答えた。
「俺達とはあきらかに気配が違うからな。それは御前も感じているだろう」
「うむ」
「しかし普通の人間のそれとも違う。それもわかるな」
「確かに」
 それは以前より薄々ながら感じていた。村雨もライダーである。その勘は普通の人間のそれとは比較にならない。
「俺はそういったことから言っているのだ。あの男の謎をな」
「生身であるが人間ではない、と」
「そういうことだ。では何者か」
「神かそれに近いもの」
「あくまで仮定だがな」
 三影はそう断った。だがそのサングラスの奥の目はそれを仮定だとはみなしていなかった。
「俺にとってはあの男も敵だ。そういった意味であいつもライダーと同じ存在だ」
「同じか」
「違うか。バダンの世界を築くのを防ごうとしているのだからな」
「確かにな。だが一つ言っておこう」
「何だ」
「それは俺達だけじゃない。この世界の心ある人全ての願いだ」
「つまり俺達は世界の敵ということか」
「そう言わずして何と言うのだ」
「フン、それは否定しない」
 三影はそれを笑いながらも認めた。
「何しろ俺達バダンは真の理想世界を築こうとしているのだからな。弱い者や愚かな者にはそれがわからないのだ」
「三影」
 村雨は不敵な調子でそう言った三影を見据えて言った。
「どうやら貴様はあくまでわかろうとしないようだな」
「わかる?」
 だが三影はそれには口の左端を歪めて返すだけであった。
「一体何をわかるというのだ。弱い者や愚かな者はそれだけで罪だというのに」
「それがバダンなのはわかっている、そして貴様も」
 村雨はそれを聞いて言葉を出した。
「それ故に貴様等を許すことはできん」
「許す、か」
 三影はその言葉も笑い飛ばした。
「バダンにはない言葉だな」
「バダンにはか」
「そうだ。そんな女々しい言葉には興味がない。俺が好きな言葉は」
 口の端を歪めたまま言った。
「力こそ正義、だ。これは不変の真理だ」
「不変の真理か」
「そうだ。一度は俺は貴様に敗れた。だがな」
 ここでサングラスを取り外した。その目が無気味に光っていた。
「最後に貴様を倒せばいいのだ。それで俺の正義が確かになる」
「では貴様にとってはバダンが正義なのだな」
「それ以外の何だというのだ」
「わかった。ではいい」
 村雨はそれ以上話をする気にはなれなかった。
「近いうちにそれははっきりするだろう。その時にわかることだ」
「そうだな、俺が貴様を倒す時だ」
 三影はサングラスをかけた。そして表情を元に戻した。
「その時に備えて精々強くなっておけ。今以上に強くないと俺は認めん」
「言われずともそのつもりだ」
「では期待しておこう」
 そう言い終えた三影の身体を黒い光が包み込んだ。
「貴様と拳を交える時をな」
 彼は黒い光の中に消えた。村雨はそれを見届けるとその階を調べはじめた。
「ここにあるかな」
「村雨さん」
 ここで下から役の声がした。
「ありましたよ、バダンの手懸かりが」
「本当ですか」
 彼は顔を下に向けて役に問うた。
「ええ、ちょっと来て下さい」
「はい」
 彼はそれに従い下に降りた。そこでは役が手に何かを持っていた。
「これです」
 それは一枚の地図であった。
「地図ですか」
「ええ、最初はディスクメモリーか何かだと思ったのですが」
「それは俺もです」
 村雨は先程の三影との言葉を心の奥にしまって彼に応えた。
「まさかそれが出て来るとは思いませんでしたね」
「はい」
 役はそれに答えた。
「ですが何やら罠の可能性もあります」
「罠」
「はい、肝心の地図を見て下さい」
 役に地図を手渡された。それは日本アルプスの地図であった。
「ここは」
「以前ここでスカイライダーとタカロイドが死闘を繰り広げたのは御存知ですね」
「はい」
「そしてスカイライダーが勝った。その時の作戦は核爆弾を使ったテロでした」
「そうらしいですね、それは筑波先輩からお聞きしています」
「一度破壊しようとしたところに本拠地を置くでしょうか。普通は有り得ないでしょう」
「そうですね」
 それは村雨も同じ考えであった。
「ではこれは罠ですか」
「はい、間違いなくそうでしょう」
 役は村雨に対して言った。
「おそらく事前に我々がここに来ることを察知してバダンが置いたものです。これは信用できません」
「そうですか」
 三影がここに来た理由の一つがわかった。彼はそこに自分達を誘き寄せるつもりなのだ。
「ではどうしますか。この地図は破棄しますか」
「そうですね、何の役にも立ちませんし」
 役はそれに同意し、その地図を破り捨てようとした。その時だった。不意に村雨の携帯が鳴った。
「はい」
「おう、わしだ」
「立花さんですか」
「んっ」
 役はそれに耳を立てさせた。
「実はな」
 立花は今の彼等の行動について話をした。話を聞き終えた村雨は顔を少し綻ばせていた。
「そうですか、有り難うございます」
「何、これも奴等との戦いだ」
 立花は明るい声でそう返した。
「今こっちにはバダンのかなりの戦力が来ている。あいつ等もいるぞ」
「ロイドですね」
 村雨はそれを聞いて顔を真剣なものにした。
「おう、かなり来ているな。わしも全員見たわけじゃないが」
「確か先輩達は全員そちらでしたよね」
「ああ、皆こっちにいるぞ」
 立花はそれに答えた。
「だからこっちの方は心配するな。どうにでもなるからな」
「わかりました」
「だから御前は役君と調査をしっかりやれ。わかったな」
「はい」
「そういうことだ。じゃあな」
「はい、お元気で」
 こうして電話は終わった。携帯をしまった村雨を役が見た。
「立花さんからですね」
「はい。何でも向こうにバダンの戦力がかなり向かっているようです。どうやら関東で陽動作戦を展開していてそれで引き付けたようです」
「そうみたいですね」
 それは電話の声からも伝わった。
「ではこちらには殆どノーマークですね」
「それはどうでしょうか」
 三影のことを言おうとした。だが急にそれを言ってはならない気がした。
(何故だ)
 それは村雨にもわからない。しかし彼はそれを受けて話をするのを止めることにした。
「何かあるのですか?」
「あ、いえ」
 彼はそれを打ち消した。役の問いに対して首を横に振った。
「何でもありません。ただ警戒は怠ってはならないかと」
「それはわかっています」
 役は答えた。
「それでこの地図ですが」
「はい」
 話は地図に戻った。
「やはり罠だと思います」
「やはりそう思われますか」
「ええ。敵はおそらく別の場所に本拠地を置いていると思われます」
「それは何処だと思われますか」
「今まで彼等はこの日本だけでも実に多くの場所で活動してきました」
「はい。どうやらこの国に一時は最大の戦力を配置していたようです」
 それが日本における各ライダーとバダンの改造人間達の戦いであった。その後彼等は日本から撤収していたがまた舞い戻ってきているのである。
「その中には多くの霊力の強い場所もありました」
「霊力」
「そうです。彼等は霊力も利用しているのです。いえ」
 ここで彼は目の光を強くさせた。一瞬それは緑に光ったように見えた。
(!?)
 村雨はその緑の光に不意に気付いたがそれは一瞬のことであった。すぐにそれは消えたのでやはり一瞬の幻だと思った。
「首領自身が霊力を欲しているというべきでしょうか」
「首領が」
 村雨はそれを聞いて不思議に思わずにいられなかった。
「何故必要とするのです!?」
「これは単なる仮定です」
 役はそう断ったうえで話をはじめた。
「今まで首領は数多くの戦いで傷を受けてきました」
「はい」
 ネオショッカーの時などは最後にその実体すら崩壊している。だがそれでも彼は生きていたのだ。それ自体が信じられないことであった。
「そのダメージがまだ完全に回復してはいないのではないでしょうか」
「そうなのですか」
「あくまで仮定ですよ」
 役はここでまた断った。
「別の理由かも知れません。ただ」
「ただ!?」
「今までの作戦を見るかぎり彼が霊力を欲する傾向にあるのは間違いないでしょう」
「そういえば」
 村雨はその言葉を受け考えた。確かに多くのテロ作戦がバダンにより命じられてきた。だがその時の基地とする場所にはいわくつきの場所が実に多かった。
 日本においても霊山の多い日本アルプスや桜島、大阪城、金沢城。長崎の様に宗教的な色彩のある都市において活動することも多かった。
 それを考えてみると役の言葉にも納得がいく。そしてこの辺りでそうした地域といえば。彼はすぐにわかった。
「伊勢ですか」
「可能性はあると思います」
 役もそれに頷いた。どうやら彼も同じ考えであったらしい。
「それにあの場所は何かと隠密行動に向いています」
「山が多く海岸線も複雑ですからね」
 そうした場所は彼等の好む場所であることは言うまでもなかった。それに彼等は一度この辺りに基地を造ろうとしたこともある。正反対の場所であるが紀伊半島である。ショッカーの地獄大使がここに基地を建設しようとしてダブルライダーと激戦を展開したのである。
「彼等にとっては王者の地かと」
「王者の地」
 村雨はそれを聞いて眉を顰めさせた。
「確かに王者ですね」
 思わせぶりな言葉を口にした。
「しかしそれは邪悪の王者だ」
 首領を指しているのは言うまでもない。
「それが今伊勢にいるとしたら大変なことです」
「ええ」
 伊勢は古来より日本の聖地とされている。その地に首領がいるということはその冒涜だけではない。その力を彼のもの
にされる恐れもあるのだ。
「行きましょう、それで何もなければいいですが」
「あれば」
「戦うだけです」
 村雨は強い声で言った。
「そして倒す。それ以外に何がありますか」
「それを聞いて安心しましたよ」
 役は彼の言葉を受けて微笑んでそう言った。
「では行きますか。伊勢へ」
「はい」
 二人はここで頂上に登った。そしてそこから外を眺めた。
「伊勢はここからだと見えませんね」
「ええ、残念ながら」
 だが村雨にも役にも見えていた。そこに潜む悪の影が。
 迷うことはなかった。彼等は互いの顔を見て頷き合った。
「行きましょう」
「はい」
 それだけで充分であった。二人は天守閣を降りた。そして城を後にするとすぐに伊勢へ向けて発った。
 後には爆音だけが残った。それは戦いへと向かうワルキューレの雄叫びにも似ていた。

 それを遠くから見る男がいた。三影であった。
「伊勢に来るか。やはりな」
 彼は山の上からそれを見ていた。
「ならばいい。俺が思う存分相手をしてやろう」
 彼にとってはそれは予想されたことであった。村雨を見ながら懐から煙草を取り出した。
 それに火を点ける。そしておもむろに吸った。
 吸うと口から離した。口から煙を吐いた。
「ふうう」
 美味そうに味わっている。そしてそれを手に村雨から役に視線を移した。
「今度は貴様も相手にしてやろう」
 彼は役も標的に入れていた。
「最早容赦はせん」
 その目が光った。まるで刃の光であった。
 煙草を吸い終えると彼はそれを放り捨てた。天高く飛ぶ。
「フン」
 懐から拳銃を取り出す。そしてそれで煙草を撃ち抜いた。
 小さな煙草はそれで粉々になった。そして葉を撒き散らしながら落ちていった。
「貴様等もこうしてやろう」
 そして彼はその場から姿を消した。後には獣の気だけが残っていた。

嵐の前   完


                               2004・11・15


[217] 題名:嵐の前1 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年12月10日 (金) 22時50分

            嵐の前
「おやっさん、お帰りなさい」
 村雨の特訓を終え、アミーゴに帰ってきた立花に後ろから声をかける者がいた。
「その声は」
 立花は後ろを振り返った。そこに彼はいた。
「暫くです」
 それは神だった。彼はにこやかに微笑んでいた。
「おう、何か大分会っていなかった感じだな。元気そうで何よりだ」
 立花も笑顔になった。彼の顔を見ることができてやはり嬉しいのだ。
「ところで向こうはどうなったんだ?まあ終わったからこっちに来たんだろうが」
「ええ、まあ」
 だが彼の顔は浮かなかった。
「何かあったな」
 立花はそれを素早く見抜いた。そして問うた。
「わかりますか」
「わからない筈ないだろう、わしを誰だと思っているんだ」
「おやっさんです」
「そうだろう、御前等のことなら何でもわかるんだ。で」
 立花はそう言いながら神を見上げた。
「何があったんだ?」
「いえね」
 彼は浮かない顔のまま答えた。
「奴等急に姿を消したんですよ。どういうわけかわかりませんけれど」
「急にか」
「ええ。おかしいと思いませんか?」
「確かにな。奴等はとにかくしつこいからな」
 立花も彼等のことはよく知っていた。だからこそわかった。
「御前の行ったところだけか?それは」
「いや、そこまでは」
 神もそこまではわからなかった。だがここでもう一人やって来た。
「こっちもそうでしたよ」
 城が姿を現わした。
「茂か」
「俺だけじゃありませんよ、ほら」
 親指で後ろを指し示した。そこには筑波もいた。
「洋の奴のところもらしいですよ。奴等は急に姿を消した。一週間前にね」
「一週間前か」
 神はそれを聞いて右目を顰めさせた。
「ええ」
 城はそれを見て少し驚いた顔をして答えた。
「俺の方もだ。丁度一週間前に姿を消した」
「神さんのところもですか」
 筑波が彼等のところに来て言った。
「こっちもです。どういうわけか奴等は急に姿を消しまして」
「御前のところもか。一体どういうことだ」
「わかりません。けれどこれは何かありますよ」
「だろうな。何かない方がおかしい」
 神と筑波はそう言って考え込んだ。城もである。ここで立花の携帯が鳴った。
「はい。お、谷さんか」
 立花は彼の声が普段と違うことに気付いた。
「・・・・・・そっちもですか」
 そして急に深刻な顔になった。
「おい」
 携帯の電話を切った後で三人に顔を向けた。そして言った。
「谷さんのところに志郎と一也が来たらしい」
「そして何と?」
「一緒だ。やっぱり一週間前に奴等は姿を消したらしい」
「やはり」
 三人はそれを聞いて頷いた。
「そうだと思いましたよ」
「とりあえずは中に入ろう。谷さんと二人もすぐにこっちへ来るらしいしな」
「わかりました」
 三人は立花に従いアミーゴの中に入った。そこには結城がいた。
「どうも」
 彼は立花と三人に挨拶をした。
「御前のところもか」
「ええ」
 彼は立花の質問の意味がわかっていた。真摯な顔で頷いた。
「どういうことだろうな」
「まさか奴等がびびって逃げたとか?」
 カウンターにいた史郎が言った。
「馬鹿言え、そんな筈があるか」
 立花はそれを一笑に伏した。
「御前も奴等のことはわかってるだろうが。そんな連中か」
「やっぱり」
「しかし問題は奴等がどうして姿を消したかですね」
 結城がそこで言った。
「やっぱり何かあるでしょうね」
「ああ」
 立花は頷いた。そこに谷が入って来た。
「どうも」
「おお」
 立花とライダー達が彼に顔を向けた。
 谷が中に入って来た。風見と沖も一緒である。
「立花さん、さっきお話したことですが」
「ええ。わかってます」
 立花は答えた。
「一体どういうことなんでしょうな、これは」
「わかりません。ただ奴等が何も企んでいないとは考えられません」
「ですね。絶対何かありますよ」
 立花は目を細めて考えながら言った。
「問題は何をしてくるかです」
「それなら大体わかってますよ」
 入口であの声がした。
「おお」
 一同そちらに再び顔を向ける。そこには本郷と一文字がいた。
「やっぱり御前等のところもか」
「ええ、それで今まで二人で調べていたんです」
 本郷が答えた。
「それがこれです」
 一文字が懐から何か取り出した。それは一枚の写真であった。
「これは・・・・・・」
 それは奇巌山の写真であった。だが只の写真ではない。
 そこにはバダンの者達が映っていた。暗闇大使の姿もある。
「ちょっとあの山に細工をしておきまして。それから手に入れた写真です」
「そうか」
 立花はそれを受け取って見た。谷も一緒である。
「見たところあの山を去っているようだな」
「ええ」
 本郷が答えた。
「やはり何か考えているようですね」
「ああ。問題はそれが何かだ」
 立花は考え込んだ。
「奴等のことだ。とんでもないことを考えているぞ」
「そうでしょうね」
「何をしやがるかな、本当に」
「あの時空破断システムは絶対に使ってくるでしょうね」
「ああ、そうだろうな」
 一文字に答えた。
「それは間違いない。ただ奴等はそれで終わるような連中じゃない。あの首領だぞ」
「はい」
 本郷と一文字だけではない。そこにいる九人のライダー達が頷いた。
「今までの大幹部や改造魔人まで復活させてきたような連中だ。多分とんでもないことを考えているに違いない」 
「一体何を企んでいるか、ですね。今度は」
「隼人」
 立花は一文字に顔を向けた。
「御前はどう考える?」
「俺ですか」
「ああ。他の皆もだ。御前等はこれについてどう考える」
「そうですね」
 ライダー達は立花の言葉を受けて考え込んだ。
「わしは正直奇巌山に基地をまだ置いていること事態に驚いた。一度日本から撤退していたからな」
「ええ。多分俺達が世界に散ったバダンの相手をしているうちに戻って来たのでしょう」
 城がそれに答えた。
「しかしその基地も放棄した」
 神がそれを受けて言った。
「ということは別に基地を置いているということですね」
 沖も考えながらそれを受けて言った。
「だとしたら何処にその基地があるかだ。その場所によって奴等の次の作戦が大体わかる」
 風見は席から立ち上がった。そして歩き回りながらそう言った。
「まずは今奴等が持っている戦力だが」
 本郷がここで他のライダーと立花に対して話した。
「大幹部も改造魔人も皆倒れた。怪人達も俺達によって相当数が失われている」
「ということは今バダンには戦力はあまり残ってはいない」
 筑波が言った。
「それはどうかな。その割には奴等には余裕がある。おそらくまだ切り札があるんだろう」
 だがここで一文字がそれを否定した。
「だが問題はその切り札が何かだ」
 立花が言った。
「今奴等が持っているのは」
「あの改造人間と時空破断システムですね」
 結城がそれに答えた。
「ああ。今のところわかっているのはその二つだ」
「しかしそれだけじゃない」
 ここでアマゾンが言った。
「アマゾンわかる。バダン絶対に他にも何か持っている」
「だろうな。アマゾンの言う通りだ」
 立花がそれを受けた。
「とりあえず今それを良と役君が調べに行っているけれどな」
「あ、そういえば」
 彼等はここでようやく村雨がいないことに気付いた。
「あの二人がですか」
「ああ」
 立花はライダー達に頷いた。
「あの二人ならやってくれるだろう。ここは任せてみることにした」
「そうですか」
「それで御前達だが」
 ここで滝が入って来た。
「おっ、皆揃っているな」
 彼はライダー達の顔を見てその顔を綻ばせた。
「おお、いいところに来た」
 立花は彼に対して言った。
「滝御前に頼みたいことがあるんだ」
「何ですか?」
「これから暫くこいつ等のアシストに回ってくれないか」
 ライダー達を親指で指し示しながら言う。
「ライダー達のですか」
「ああ。他にもチョロやモグラ、竜君にも頼みたいんだが」
「一体何をするつもりですか?」
「陽動だ」
 立花はここで不敵に笑った。
「陽動」
「そうだ、陽動だ」
「おやっさん」
 ここでライダー達も話に加わった。
「また何か企んでいますね」
「当たり前だ、奴等はそうしたことが何よりも得意だ。それならな」
「それなら」
 ライダー達は問うた。
「こっちもやってやるんだ。まずは御前達はあえて目立つ様に動き回れ」
「はい」
「そして滝達も一緒だ。関東を中心に動くんだ」
「わかりました」
 滝もそれに頷いた。
「そうすればバダンが動くな。こっちに目がどうしてもいく」
「はい」
「それが狙いだ。奴等が何処から出て来ているのかわかるだろう。そうでなくても戦力がこちらに向く。良達には目がいかない」
「成程」
 ライダー達も滝をそれを聞いて会心の顔で頷いた。
「つまり良の行動の援護ですね」
「そういうことだ」
 立花はニヤリと笑って答えた。
「出来るだけ派手に動けよ。谷さんも協力をお願いしますよ」
「ええ」
 谷はそれを受けてにこやかに笑った。
「やりましょう。これは面白そうだ」
「そうでしょう。バダンの奴等にはショッカーの頃から色々と煮え湯を飲まされているんだ。今度はこっちが飲ましてやる番だ」
「おやっさんも結構根に持つタイプなんですね」
 ここで後ろにいた史郎が言った。
「おう、御前も参加しろよ」
 立花は彼の声を聞き思い出した様に言った。
「えっ、俺もですか!?」
「当たり前だろうが。ここは全員でやるんだ」
「け、けれど俺・・・・・・」
わかってるよ。御前には別の方法でやってもらう」
「別の方法」
「そうだ、通信でやってもらう。純子達と一緒に偽の情報を流しまくるんだ」
「そっちでもやるんですか」
「当たり前だ、やれることは何でもやる」
 立花は強い声でそう答えた。
「そうでなかったらバダンには勝てないからな」
「わかりました」
 とりあえず戦いに駆り出されるわけではないのでホッと胸を撫で下ろした。
「じゃあ早速取り掛かるか。他のメンバーも集めてな」
「はい」
 ライダー達はそれに頷いた。
「いいか、やるからには派手にやるぞ。そしてバダンの目を全部こっちに引き付けるんだ」
「ええ、任せて下さい」
 彼等は不敵に笑って言った。
「絶対にやりますよ。それもおやっさんが言うのよりもずっと派手にね」
「おう、その意気だ。どんどんやれ」
「はい!」
 彼等は力強く答えた。そしてすぐにアミーゴを出てそれぞれのマシンに飛び乗った。

 ライダー達の動きはすぐにバダンにも伝わった。
「何やら活発に動き回っているな」
 暗闇大使は指令室でライダー達の動向を見ながら言った。
「一体何をするつもりなのか」
「我々を探しているのでは?」
 ここで側に控える戦闘員が言った。
「おそらく我々が奇巌山を後にしたのを知っているでしょうし」
「うむ」
 彼はそれを聞いて考える顔をした。
「それは有り得るな」
「そういえばここは何度か戦いの場になっておりますし」
「一度撤収しているからといってマークが外れるとは考えにくいな」
「はい」
 戦闘員は答えた。
「今ライダー達は何処で動いているか」
 暗闇大使は他の戦闘員達に問うた。
「ハッ」
 右に控えていた戦闘員が敬礼した。そして答えた。
「関東で活動しております。こちらには一人も向かってはおりません」
「どうやら我々の所在は掴んではいないようだな」
「そのようですね」
「我々の基地が関東にあると思っているのだろうか」
 彼は話を聞きながら考え込んだ。
「そうではないでしょうか。実際に今までの組織は日本においては関東を狙うことが多かったですから」
「ふむ」
 大使は戦闘員の言葉を受け考え込んだ。
「ならば問題はないが」
「ただ関東に置いてある我等の支部を狙う可能性があります」
「それはあるな。奴等に関東の支部を叩かれては後々の作戦に支障が出る」
「ではやはり兵を向けますか」
「うむ。それもライダーがあれだけいるのだ。かなりの兵力を向けなくてはなるまい」
 そこで彼は後ろを見た。そこには影達がいた。
「いけるか」
「何時でも」
 影達は答えた。そしてすぐにその場から消え去った。
「流石だな。動きが速い」
「時空破断システムはどうしますか」
 戦闘員の一人が尋ねた。
「あれか」
「はい、ライダー達を倒すにはやはりあれがないと苦しいと思うのですが」
「今はいい」
 だが彼はそれを引っ込めた。
「あれはまだ調整段階だ。それに今使うのは得策ではない」
「何故でしょうか」
「あれは決戦の時に使う。今の戦いはほんの前哨戦だ。あの者達にも伝えておけ」
 そう言いながら戦闘員達を見渡した。
「今は無理をするな、と。何かあったらすぐに退くように、とな」
「わかりました」
 戦闘員達はそれに頷いた。
「では我々もすぐに向かいましょう」
「うむ、頼んだぞ」
 暗闇大使はそれを受けて言った。戦闘員達に一部がそれを受けてそこから姿を消していった。
 大使はそれを見送りながら顔をモニターに移した。
「ところであの男はどうしている」
「三影様ですか」
「そうだ」
 戦闘員に答えた。
「あの戦い以後どうやら自室に篭っているかトレーニングに励んでいるかのどちらかのようだが」
「はい」
 戦闘員の一人が答えた。
「今のところはそのようです。ですが何やら考えておられるようです」
「何やら、か」
「はい。お伺いになられますか?」
「いや」
 だが大使はそれには首を横に振った。
「今は一人にしておけ。答えはおのずと出るだろう」
「ハッ」
「あの者にはわかっている筈だ。今後己が何をするべきか、をな」
「何をするべきか、ですか」
「そうだ、それは既に答えが出ている。ならばそれに向けて動くだけだ。今はその時ではないということだ」
「機が熟せば、ですか」
「うむ、急いては事を仕損じる。虎も牙や爪を養う時が必要なのだ」
「牙や爪を」
「そういうことだ。今はあの男は静かにしておけ。時が来れば自ら動く」
「わかりました」
 その戦闘員は敬礼をして答えた。
「では今後ライダー達から目を離すな。今この基地の存在を知られてはまずいからな」
「わかりました」
 戦闘員達がそれに応えた。
「そして準備を怠るな。我等も時が来れば動かなければならぬからな。その時はもう間近に迫っておるぞ」
「ハッ!」
 戦闘員達は一斉に敬礼をした。そして彼等は次の動きに備えて気を養うのであった。

 その頃村雨と役は名古屋にいた。中部日本でも随一の大都市である。
「名古屋はまた独特の街ですね」
 村雨はうどん屋できし麺を食べながら役に語りかけていた。
「ええ、何か食べ物も独特ですしね」
 役は海老を食べていた。名古屋では非常によく食べられるものである。
「この味噌と海老は欠かせないものですかね」
「まあそうでしょうね」
 見れば役も海老に味噌を付けている。それも赤味噌である。
「織田信長も好きだったそうですよ」
「本当ですか」
「ええ」
 これは事実である。信長は毎食焼き味噌を食べていた。当時味噌は非常に高価なものでありこの焼き味噌は金が落ちるとまで言われていた。だがこの戦国から安土桃山の時代にかけて生産力が大幅に上昇しこうした味噌も普通に食べられるようになっていくのである。弁当に味噌を入れるのはこの頃からであり、江戸時代には味噌汁も庶民の間で普通に飲まれるようになっていくのである。日本の食事は実はこの時代に下地があったのである。
「そう思うと何だが意味深ですね」
「実際に味噌は身体にいいですしね。うちの田舎でも結構食べますよ」
「そういえば役さんは長野県警におられたのですね」
「ええ、そうです」
 役はここで顔を崩した。
「長野といえば蕎麦ですけれどね。あと林檎でしょうか」
「あそこの蕎麦はいいですね」
「そうでしょう、一度来られるといいですよ。御馳走しますから」
「それは楽しみだ」
 二人はこんな会話を楽しみながら食事を採った。そして店を出ると市街に向かった。
「行きましょう」
「ええ」
 二人は顔を引き締めさせた。そして中に入って行った。
 二人は街中で何かを探し続けていた。時として散り、時として集まった。何かを必死に探していた。
「ありましたか?」
「いいえ」
 二人は集まる度にそう言い合って首を横に振ったりしていた。だがそこに焦りはなかった。
 彼等は探していた。明らかに何かを探していた。
 この名古屋にそれはあるのだろうか。それはわからない。だが彼等はそれでも探していた。
 名古屋城の前に来た。名古屋の者にとっては大阪人の大阪城のようなものである。
 この城は御三家筆頭尾張徳川家の城である。築城の名人加藤清正によって建てられたこの城は金の鯱で知られる名古屋の象徴であった。
 雄大な天守閣である。この天守閣は二代目だ。第二次世界大戦の空襲により焼け落ち建て直された。だがその心は今もなお健在である。
「いい城ですね」
「はい」
 役は城を見上げながら感嘆の言葉を漏らす村雨に答えた。
「これだけの城は我が国にもそうそうありませんね」
「そうですね。会津に大阪、姫路、広島、それに熊本がありますがこの城もその中に入りますね」
「ええ、本当に立派な城ですよ」
 彼はその中でもこの城が特に気に入っていた。彼の好みに合っているのだ。
「この城にあるかもしれませんね」
「ええ、ここにもバダンがうろついていたそうですし」
 バダンはあらゆるところに潜む。そしてそこから隙を窺うのである。
 彼等はそれがよくわかっていた。だからこそ慎重に動いているのだ。
 名古屋城に入る。そして入口で二手に別れた。
「それじゃあ」
「はい」
 左右に散った。そして何かの捜索を開始した。
 だがその何かは中々見つからなかった。城内を隈なく探した二人は天守閣の前に集まった。
「やはりここしかないようですね」
 村雨はその天守閣を見上げながら役に対して言った。
「はい」


[216] 題名:秘められた力3 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年12月10日 (金) 22時47分

「それは知っている」
「フフフ、焦るなと言っているだろう」
「別に焦ってはいないが。ただ聞きたくはないだけだ」
「聞きたくないか。だが俺は話したい」
 優越感に浸った声であった。
「この俺の力をな」
 ゼクロスは答えなかった。虹のゼクロスはそれに構わず言葉を続ける。
「俺も他の者も皆それぞれ貴様の力を手に入れている。その証拠に見ろ」
 そこで彼は己の肘をゼクロスに見せつけた。
「これは十字手裏剣だ。先程貴様が俺に投げたものと同じだ」
「俺の手裏剣か」
「そうだ。貴様のそれと全く同じだ」
 ゼクロスはそれを聞いて違和感を感じずにはいられなかった。これは彼だけのものであると今まで思っていたからだ。
「そしてこれも」
 今度はチェーンを取り出した。
「貴様のものだったものだ。だが今では俺達も使える」
「所詮猿真似だ。それがどうした」
「それは否定しない」
 虹のゼクロスはそれに対して反論はしなかった。
「だがこの黒い光は備わってはいないだろう。ネクロノミコンのこの力は」
「俺にはその様なものは不要だ」
 ゼクロスは吐き捨てる様に答えた。
「俺にはライダーとしての心がある。それ以外のものは必要ない。暗黒の力などはな」
「そう言うと思っていた」
 虹のゼクロスはそれを予想していた。
「だがな」
 しかし次の言葉も用意していた。
「脳に秘められた力を極限まで引き出したうえで身に着けたこの力に勝てるか。この力に」
「当然だ」
 ゼクロスはそれに臆することなく答えた。
「必ず勝つ、それがライダーの宿命だ」
「宿命か」
「そうだ。貴様等バダン、いや悪は滅びる運命にあるのだ。俺達ライダーの手でな」
「それはどうかな」
 虹のゼクロスは再び不敵に笑った。
「俺のこの力を見てそれが言えるかな」
「無論」
 ゼクロスは躊躇することなく答えた。
「この俺がライダーでいる限り貴様等には負けない」
 そう言いながらナイフを取り出した。
「貴様もここで倒す」
「フフフ」
 虹のゼクロスもこれに応えナイフを取り出した。そしてそこに暗黒の光を宿す。
「ならば来い。そしてこの暗黒の力を味わうがよい」
「行くぞ」
 ゼクロスは前に出た。そしてナイフを横に振った。
 それは虹のゼクロスの首を掻き切らんとする。だが彼はそれを己のナイフで受けた。
 普通に受けたのではない。その暗黒の力で受けたのだ。
 ゼクロスのナイフはその力により溶けた。そして二つに分かれ刃の部分は地に落ちた。
「ククク」
 虹のゼクロスはそれを見て哄笑した。ゼクロスは危機を察し咄嗟に後ろに跳ぶ。
「クッ!」
 そして再び間合いを置いた。そこへ虹のゼクロスの手裏剣が来た。
 ゼクロスはそれを己も手裏剣を出し防いだ。双方の手裏剣が空中で激しくぶつかり合う。
 そして衝撃音と共に地に落ちる。どうやら武器の性能はそれ程変わらないようであった。
 両者は森の中を跳んだ。そして駆けながら互いの隙を窺う。体術もほぼ互角であった。
 だが虹のゼクロスの顔には焦りも危機もなかった。彼は単純に戦い、いや狩りを楽しんでいるように見えた。
「そうだ、もっと動け」
 彼はそれを証明するように言った。
「そして俺をもっと楽しませろ」
 彼はゼクロスから目を離すことなく言葉を続ける。
「そうでなくては倒す介がないからな」
 明らかにそれを狩りだと認識していた。彼はゼクロスを獲物だと認識していた。
 時折攻撃を放つ。それは彼を狙っていた。しかし殺す為のものではなかった。
 追い詰めていくようであった。彼はジリジリと間合いを詰めてきていた。
 駆けながらその脇に来た。それと同時にナイフを繰り出す。
「**(確認後掲載)!」
 そしてそれで首を落とそうとする。刃には黒い光が宿っている。
 だがゼクロスは紙一重でそれをかわした。走りながらバク転をする。
 そしてその力を使って下から蹴りを浴びせる。それは虹のゼクロスの顎を狙っていた。
「ヌッ!」 
 虹のゼクロスも後ろにのけぞった。そしてその蹴りをかわした。
「そうでなくてはな!」
 笑いながらバク転で態勢を整える。そして起き上がったところのゼクロスに攻撃を仕掛けた。
「喰らえっ!」
 それは拳であった。それでゼクロスの頭を砕こうとする。
「ガハッ!」
 ゼクロスの頬を直撃した。彼は後ろに弾き飛ばされた。
「アイディアはよかったが」
 虹のゼクロスは木に叩き付けられたゼクロスに歩み寄りながら言った。
「俺には通用しない。それが計算違いだったな」
「おのれ」
 ゼクロスは全身に鈍い痛みを感じていた。だがそれでも立ち上がろうとする。
 しかしダメージは思ったより大きかった。身体の動きが鈍い。
「俺の拳を受けたのだ、当然だな」
 虹のゼクロスはそれを見ながら笑った。
「そしてそれが命取りとなる」
「命取りか」
「その通り。これで終わりだ」
 彼はそう言いながらゼクロスの頭を掴んだ。
「このまま貴様の脳をこの指で潰してくれる」
 指を彼の頭に突きたててきた。
「もう逃れられぬ。観念するがいい」
「誰が」
 だがやはり立てなかった。彼の身体は思うように動けなかった。
「ククククク」 
 虹のゼクロスはそんな彼を見下ろし愉快そうに笑った。彼は勝利を確信していた。
「もう逃れられはせぬ。諦めるのだな」
 指が入っていく。頭を覆う護りがミシミシと音を立てていた。
「ゼクロス」
 そこに戦闘員達を倒し終えた役が来た。
「遅かったな」
 虹のゼクロスは彼の方を振り返り言った。
「今からこの男は死ぬ。この俺の手でな」
「ゼクロスが」
「そうだ。今からそこで見ているがいい。正義の戦士とやらが死ぬ光景をな」
 虹のゼクロスはやはり笑っていた。
「貴様は殺さぬから安心しろ」
 そして彼に対して言った。
「どのみち弱く愚かな人間共は我等の理想世界において淘汰されるのだ。それまでの命、精々楽しんでおくがいい」
「何を言うかと思えば」
 役は彼のそんな言葉を笑い飛ばした。
「実にありふれた言葉ですね。それでどうするつもりですか」
「何!?」
 虹のゼクロスは嘲笑を浴びて顔色を変えた。
「人間よ。俺を侮辱しているのか」
「侮辱、確かに」
 彼はまた笑った。
「愚かな存在を笑うのが侮辱というのなら。私が貴方を笑うのがそうでしたら」
「・・・・・・死にたいのか」
 虹のゼクロスの言葉に怒気が篭りだした。
「残り少ない命、折角おいてやろうというのに」
「生憎ですが」
 だが役はその言葉にも怯んではいなかった。
「私達人間はこれから大きく羽ばたく運命にあります。貴方達とは違ってね」
「戯れ言を」
「戯れ言ではありませんよ」
 ここで彼はまた言った。
「定められた運命です。人類の未来は」
 その目は真実を語っているという確信に満ちていた。曇りは全くなかった。
「未来か」
 だが虹のゼクロスは口の端を歪めて笑った。
「我等の糧となるだけの存在だというのに」
「糧」
 役はその言葉に対してシニカルな声を出した。
「そんなことはこれからの未来にはありませんが」
「また未来か」
 虹のゼクロスはそれを聞いてまた腹立たしさを憶えた。
「では貴様はこれからのことを全て知っているというのか」
「ええ」
 役は答えた。
「完全にね。虹のゼクロス」
「何故俺の名を」
「いえ、こう言いましょうか。三影英介」
 彼は不敵に笑いながら言った。
「貴方の運命も知っていますよ。貴方は敗れる」
「馬鹿なことを」
「いえ、事実です。貴方はゼクロスにより倒されます。それはもう既に決められていることなのです」
「・・・・・・貴様はどうやら冗談が過ぎるようだ」
 彼は怒りに満ちた声でそう言った。
「そこにいろ。ゼクロスの始末が終わったら次は貴様だ。本来ならば嬲り殺しにしてくれるところだが特別に苦しまずに殺してやる」
「それはどうも」
 だが役は尚も余裕を保っている。
「では存分にゼクロスの相手をして下さい」
「言われずともな」
 彼はそう言うと指に力を入れた。指が人口骨を砕き脳に近付いていく。
 灰色の脳漿が出て来た。それが指を染めていく。
 指は更に進んだ。そしてそれが脳に達した。
「いよいよですね」
 役はそれを見ながら笑っていた。今ゼクロスが死のうとしているというのに。
「さあ、ゼクロスよ今です」
 ゼクロスは今まで何も言わなかった。彼は何とかして逃れようとしていたが虹のゼクロスの指の圧力の前に抗することが出来ず呻いていたのだ。
「グググ・・・・・・」
 逃れることは出来なかった。そして指が脳を貫いた。
「**(確認後掲載)」
 虹のゼクロスはそれを感じて言った。彼はその顔に残忍な歓喜の色を浮かべた。
「これで最後だ」
 指がさらに深く入った。するとその瞬間光がそこから漏れてきた。
「何っ!?」
 虹のゼクロスはそれを見て思わず動きを止めた。光はすぐにゼクロスの全身を覆った。
「よし」
 役はそれを見て会心の笑みを浮かべた。
「全ては予定通りだ」
 光は彼を覆う。そしてそれはオーラの様に包み込んでいる。
「さあゼクロスよ、今こそ本当の力を発揮する時です」
 光は黄金色から赤に変わっていく。そしてそれと共にゼクロスの身体が動きはじめた。
「何ッ!?」
 虹のゼクロスはそれを見て驚きの声をあげた。
「まさか俺の圧力を受けても尚動けるとは・・・・・・」
「彼の力を侮っていましたね」
 役はそれに対して言った。
「今までの力は全てではなかった」
「俺が知らないとでも思っているのかっ」
 虹のゼクロスは語気を荒わげた。彼は怒りを抑えられなくなっていた。
「ええ」
 役はそんな彼を挑発するように言葉を放った。
「そう言わずして何と言いましょう」
「貴様・・・・・・」
「おや、怒っておられるのですか」
「調子に乗るなよ、人間が。貴様から始末してもいいのだぞ」
「それができればね。今貴方の手の中で何が起こっているか、御覧なさい」
「ぬうう」
 ゼクロスの身体は赤い光に覆われていた。そして動きが活発になってきた。
「俺は・・・・・・」
 彼は言った。その手をゆっくりと動かした。
「ここで負けるわけにはいかない」
 そして虹のゼクロスの腕を掴んだ。
「何・・・・・・」
 虹のゼクロスはその動きに戸惑った。力が緩む。
 隙も生じた。その隙を逃すゼクロスではなかった。
 ゼクロスは立ち上がった。そして掴んでいるその手を思い切り振り被った。
「うおおおおおおおっ!」
 そのまま投げた。虹のゼクロスは投げ飛ばされた。
「おのれっ!」
 だが彼は空中で回転して態勢を整えた。そして何なく着地した。
「まさか俺の力を退けるとはな。それが秘められた力だというのか」
「秘められた力」
 ゼクロスはその言葉にようやく己の身体の変化に気付いた。そして自分の身体を見回す。
「これは・・・・・・」
 ここでようやく己の身体を包む赤い光に気付いたのだ。
「それが貴方の力です、ゼクロス」
 役が彼に言った。
「役さん」
 ゼクロスは彼に顔を向けた。彼はその力がまだわかっていなかった。
「その力は貴方の奥底に秘められていたものです」
「奥底に」
「そう、今までは攻撃を放つ瞬間にのに現われていたものです」
「あれか」
 虹のゼクロスはその赤い光に気付いた。彼は一度その攻撃を奇巌山で受けているからだ。
「まさかあの時のあれがそうだったとは」
「今まで貴方はそれを攻撃の瞬間にしか出せませんでした」
「何故ですか」
「気だからです」
「気」
「はい。それが極限にまで達した時にその赤い光は現われるものでした。言うならば切り札です」
「切り札」
「そうです。簡単に言いますとそうなります」
 役は言った。
「それこそが貴方の秘められた力だったのです。それを自由自在に使いこなす力こそが」
「そして俺は今それを身に着けた」
「ええ。他ならぬバダンの手によってね」
 役はゼクロスににこやかにそう語りかけながらもう一人のゼクロスを見た。
「御苦労様です。感謝しますよ」
「感謝だと」
「ええ。わざわざ彼の力を引き出して下さって。これからの貴方達との戦いがぐっと楽になりましたよ」
「俺を馬鹿にしているのか」
 虹のゼクロスの身体が黒い光に覆われだした。
「言え。返答次第によっては容赦せんぞ」
 その黒い光は怒りに満ちたものであった。どうやら彼は黒い光を操るらしい。ゼクロスのそれとはまた違うようだ。
「そう聞こえなかったとしたら残念なことですね」
 彼はあくまで強気であった。その黒い光にも臆することはなかった。
「貴様!」
 彼は激昂した。黒い光を全身に纏ったまま役に襲い掛かった。
「ここは俺が」
 だがゼクロスがそこで出て来た。
「三影、貴様の相手は俺の筈だ」
「ぬかせ!」
 まるで獣の様な声であった。虹のゼクロスは黒い光を纏った拳を繰り出して来た。
「**(確認後掲載)っ!」
 その拳はそれまでのものとはまるで違っていた。怒りに任せた荒々しいものであった。
 ゼクロスはそれを何なくかわした。そして逆に膝蹴りを放った。
「この程度なら」
 それは虹のゼクロスの腹を打った。
「グブッ!」
「今の俺にとって問題はない」
 呻き声を挙げる敵を見下ろしながらそう言った。
 攻撃はそれだけでは終わらなかった。肘を下ろした。
 それが虹のゼクロスの背を打つ。彼はさらに声をあげた。
「グオッ!」
 だが彼もやられっぱなしで終わるような者ではなかった。反撃に転じることにした。
 上からアッパーを出す。それでゼクロスの顎を砕くつもりであった。
 ゼクロスは首を左に捻った。そしてその態勢のままそのアッパーを繰り出した腕を掴んだ。
 その掴んだ手を捻ろうとする。しかし虹のゼクロスはその瞬間何と腕の関節を外した。
「ぬっ!」
 そして彼は無理な態勢をとった。腕を極限まで伸ばして屈んだのだ。
 その下から蹴りを出した。それはゼクロスの腹を狙っていた。
 蹴りがゼクロスを打った。今度は彼がダメージに苦しむ番であった。
「ググッ」
 腕が離れた。虹のゼクロスは腕の関節を元に戻すとすぐに間合いを離した。そして仕切りなおしにかかった。
「どうだ、これは予想がつかなかっただろう」
 だが腕にはそれなりのダメージを受けたようだ。彼は腕を押さえていた。
「勝つ為には何でもする。勝利こそが正しいのだからな」
「まだ言うのか」
 ゼクロスはそれを聞いて小さな声で呟いた。
「フン、これだけは変わらん」
 虹のゼクロスの声は弱ってはいなかった。
「俺の信念は変わらんのだ。何があろうともな」
「何があろうともか」
「そうだ、ゼクロス」
 そして目の前の敵の名を呼んだ。
「貴様を倒すこともな。今ここで決着をつけてやる」
「それも変わらないのだな」
「無論、俺が正しいか、貴様が正しいか、今ここではっきりさせてやる」
「わかった」
 ゼクロスも身構えた。そして虹のゼクロスを見据えた。
「次で決める。覚悟はいいな」
「貴様こそな」
 二人は気を溜めた。二つの光がその場を覆った。
 それを見る役の顔が左右から照らし出されていた。赤い光と黒い光、その光により彼の顔は二つに別れていた。それはまるでヤヌスの様であった。
 彼は動かなかった。そして二人の戦いの行く末を注視していた。だがここで思わぬ参入者が姿を現わした。
「待つがいい」
 二人の間に別の影が姿を現わした。
「ムッ!」
「誰だ!」
 二人はほぼ同時にその影の方を向いた。影は急激に人の形をとっていった。
「二人共、落ち着くがいい」
 それは軍服を身に纏った男であった。暗闇大使である。
「それ程焦ることもあるまい」
「暗闇大使」
 二人だけでなく役も彼の姿を認めその名を呼んだ。
「一体何故ここに」
「ふふふふふ」
 役の問いには答えなかった。その替わりに無気味な含み笑いを出した。
「同志が心配になってな」
「同志だと」
「そうだ。三影、いや虹のゼクロスよ」
 彼は虹のゼクロスに顔を向けた。その顔が黒い光に覆われる。
「今は退け。時は来てはおらぬ」
「またか」
 彼はそれを聞いて不満を露にした。
「いつもそう言うがでは一体何時その時が来るというのだ」
「それは近い」
「今ではないのか、そしてそうやって俺を何時まで待たせるつもりだ」
「これは首領の御命令である」
 暗闇大使はここで峻厳に言い放った。
「首領の・・・・・・」
「わかったな。では大人しくさがるがいい」
「・・・・・・わかった」
 流石に不満があろうとも押し殺さざるを得なかった。バダンにおいて首領こそ唯一無二の存在であるからだ。
「ゼクロス」
 ゼクロスに顔を向けた。
「今は退く。だが忘れるな」
 その顔には憎悪が浮かび上がっていた。黒い光にそれは包まれている。
「貴様は俺が倒す。必ずな」
 そう言い残すと姿を消した。黒い光の中に消えていった。
「これでよし」
 暗闇大使はそれを見届けると満足気に笑った。
「ではわしも帰るとするか」
「待て」
 呼び止める声があった。ゼクロスのものであった。
「何だ」
 彼はそれに反応し顔を向けた。
「貴様はこの日本で一体何を企んでいるのだ」
「企んでいる」
「そうだ。何故この国に戦力を集結させている。どういうつもりだ」
「愚問だな」
 彼はそれを口の端だけで笑い飛ばした。
「何かと思えばそんなことか。詰まらぬ」
「詰まらないだと?」
「そうだ、そんなことはわかっているだろう、他ならぬ貴様達自身が」
「俺達が」
「そうだ。我々の行動は一切わかっているだろう」
「というとやはり」
「そういうことだ。ゼクロスよ」
 彼はゼクロスを見据えた。
「この日本で最後の決戦を挑む。貴様等とこのバダンの最後の戦いだ」
「最後の」
「そうだ、我等は必ずや貴様を倒す。そして」
「そして」
「ふふふふふ」
 彼は無気味な哄笑を発した。
「貴様等を倒しこのバダンの世界を築き上げるのだ。貴様等を一人残らず倒したうえでな」
「そんなことが出来るとおもっているのか」
 ゼクロスは少し感情を込めた声を発した。
「我がバダンに不可能はない」
 だが暗闇大使はあくまで強気であった。
「だからこそ言うのだ」
「むっ」
 彼は言葉を詰まらせた。だがそれは一瞬のことだった。
「この日本は貴様等の生まれ出た地。この地で貴様等を倒す為に我等は集結したのだ」
「俺達を」
「日本は貴様等と共に滅びる。そしてその跡地に我等の最初の帝国が誕生するのだ。貴様等十人の首を偉大なる首領の御前に出してな」
 彼はその光景を思い浮かべて笑っていた。その時のライダーの血に酔っているかのようであった。
「特にゼクロス。貴様の首を見るのを楽しみにしているぞ」
「戯れ言を」
「それが戯れ言かどうか」
 彼はその身を翻した。
「すぐにわかることだ。クククククク」
 そして闇の中に消えていった。後には何も残ってはいなかった。
「消えたか」
 ゼクロスは彼が消え去ったのを確かめて呟いた。
「いつもながら消えるのが早い奴だ」
「それだけあの黒い光の力を完全に我がものとしているのでしょう」
 隣にいた役が言った。
「そうでなければあそこまで素早く移動はできません」
「そうなのですか」
「ええ。そして彼の力はあれだけではありません」
「改造人間の姿の時以外にもですか」
「はい。恐らく彼もまたあれは仮の姿です。他の大幹部達がそうであるように」
「正体はまた別のもの」
「そうです」
 役はそれを深刻な表情で言った。
「その正体の姿は今の比ではありません。多くの大幹部達がそうであるように」
「デルザーの改造魔人達と同じ位でしょうか」
 彼は大幹部達とは戦ってはいない。改造魔人であるヘビ女、マシーン大元帥と戦ってはいるが。
「デルザーのですか」
「ええ。彼等も大幹部と同等に強さを持っていますし」
「そうですね」
 役は考えながら言った。
「彼等よりも遙かに強い可能性がありますね」
「マシーン大元帥よりもですか」
 マシーン大元帥はデルザーにおいても随一の強さを誇っていた。その圧倒的な戦闘力はゼネラルシャドウすらも凌駕し、彼から指揮権を何なく剥奪したことからもその強さがわかる。
「彼も確かに強かった。しかし」
「しかし!?」
「暗闇大使にはあの黒い光の強さがあるのです。侮ってはいけませんよ」
「・・・・・・そうでしたね」
 ゼクロスはその言葉に対して頷いた。
「油断はできませんね」
「そうです。おそらく彼もまた戦いにおいては決死の覚悟で挑んで来るでしょう」
「決死で」
「それが大幹部です。戦場においては常に最前線で立つ。それに彼は地獄大使の従兄弟です」
「あの地獄大使の」
 彼はベトナムの頃から常に前線に立っていた。そしてその参謀である暗闇大使もだ。
「戦いに無上の喜びを見出しているのです」
「無上の」
「そうです。だからこそ貴方に対しても並々ならぬ関心を向けているのでしょう。単にライダーとしてだけでなく」
「迷惑な話ですね」
「しかしそれが戦いです」
 役は冷然とそう言い切った。
「そして向かって来る敵は倒さなくてはならない」
「それはわかっています」
 ゼクロスはそれに対して反論した。
「いや、違うな」
 彼は言葉を訂正した。
「バダン、この世の平和を乱す存在を許すわけにはいかない。そうした存在は何があろうと倒す。それがライダーです」
「それを聞いて安心しました」
 役はスッと微笑んだ。
「では行きますか、皆のところへ」
「あ、はい」
 彼はここで立花達のことを思い出した。
「力を引き出すこともできましたしもうここには用がありません。帰りましょう」
「そうですね。何かあっという間でした」
「そういうものですよ、この世にある全てのことは」
 彼は何やら不可思議な言葉を発した。
「世界にある全ての事柄は一瞬のことに過ぎません。無限の時の中では」
「・・・・・・・・・」
 インド哲学の様な言葉であった。ゼクロスはそれを黙って聞いていた。
「しかしその中で何をするのかが重要なのです。違いますか」
「いえ」
 ゼクロスも大体同じ考えであった。否定するつもりはなかった。
「面白くないですかね。こんな話は」
「そうは思いません」
 彼もそうした話には興味のある方であった。
「俺達はつまり永遠の時間の中で戦っているのですね」
「はい。少なくとも人間にとっては永遠の時間の中で」
 役は答えた。
「人間の生きている時間は僅かなものです。この宇宙の時の中では」
「その宇宙もまた永遠の時の中の一つに過ぎない」
「はい。インドにおいてはそう考えられています」
 インド哲学は極めて独特の世界観を持つ。輪廻転生の思想があり人は死んでも転生するのだ。そして魂はその時の間を漂うようにして生きる。
 人も神々も魔族も同じである。彼等はその輪廻の中で生きているのだ。
「俺もそうなのかも知れないのですね」
「そうですね」
 役はそれを否定しなかった。
「中には輪廻から解き放たれた者もいますが」
「そんな者もいるのですか」
「ええ。ごく僅かですがね。確かにいます」
「そうなのですか」
「彼等は彼等でその輪廻の秩序を守っているのです。そうした意味で彼等もまた輪廻の中にいる」
「またややこしいですね」
「難しく考える必要はありません」
 だが役はここで断った。
「人は死んでまた生まれ変わる。宇宙もその宇宙を無数に置く世界全ても」
「何もかもがですか」
「そうです。宇宙にしろ大樹の木の葉の一つに過ぎません」
「面白いことを言いますね」
 ゼクロスはそれを聞いて笑った。
「それでは俺達が今生きているこの宇宙もその大樹の一葉に過ぎないのですか。そしてその葉が無数にある」
「はい」
「その中で戦っているに過ぎない。俺達は実にちっぽけな存在なのですね」
「それは違います」
 だが役はそれは否定した。
「そこに生きている者は全てそれぞれの世界を持っているのです」
「それぞれの世界を」
「はい。それは大きさも実は変わらないのです」
「同じなのですか」
「ええ。それは心そのものなのですから」
「心」
「そうです。ゼクロス、貴方の心もです」
 役はそこでゼクロスの目を見た。緑の機械の目だ。だがその目は人のものである。機械であってもそれはまごうかたなき彼の目であった。
「俺の心も」
「そう。貴方の悪と戦うその心もまた世界の一つ。ライダーは一人一人が世界そのものなのです」
「十の世界ですね」
「ええ。正義もまたそれぞれです。ライダーそれぞれが世界であるように。ただ」
「ただ!?」
「貴方達が目指すものは同じです。この世に平和をもたらすこと。それは貴方達が最もよくわかっている筈です」
「・・・・・・はい」
 ゼクロスはその言葉に対して頷いた。否定はしなかった。
「だからこそよく考えて下さい、世界を守るということを。そしてその大切さを」
「大切さを」
「最も貴方達ライダーは私なぞより遙かそれについておわかりですが」
「まさか」
 だが役の微笑みはそれを告げていた。彼が何よりも、誰よりも世界を守ることの意義と大切さを知っていることを。
「では行きましょう。お話はこれで終わりです」
「は、はい」
 ゼクロスはその言葉に我に返った。
「皆待っていますよ。貴方が生まれ変わったその姿を見ることを」
 それが最後の言葉であった。二人はその場を後にした。そして立花達の待つテントへと向かった。

「そうか、あの力を完全に我がものとしたか」
 無数のマネキンが置かれた無気味な一室があった。暗闇大使と三影はそこで首領の声を聞いていた。
 二人は恭しく頭を垂れていた。マネキンはその周りにまるで林の様に立っていた。
 その中のどれかからだろうか。首領の声はそこから聞こえていたのだ。
「ハッ、申し訳ありません」
 三影は頭を垂れたまま首領に対して言った。
「我を忘れてしまいました。この度の失態は万死を以って償います」
「まあ待て」
 だが首領はそんな彼を止めた。
「これは予定事項だ。貴様が今償う必要はない」
「予定事項と言いますと」
 三影はそれを聞いて顔を上げた。
「フフフ、あの男の力が開放されるのは予想していたということだ」
 首領は自信に満ちた声で答えた。
「それよりも三影よ」
「ハッ」
「今は休むがよい。そして次なる戦いに備え英気を養っておくがいい」
「わかりました」
 彼はそう答えると黒い光に覆われた。そして消えていった。
 後には暗闇大使だけが残った。彼は頭を垂れたままである。
「さて」
 首領は彼に言葉をかけてきた。
「どうやら貴様の方は極めて順調なようだな」
「ハッ」
 彼は頭を垂れたまま答えた。
「期待しているぞ。貴様のその力がライダーとの戦いの切り札となる」
「わかっております」
 彼は恭しい声で答えた。
「この暗闇大使偉大なるバダンの首領の為に全てをなげうってライダー達を全て倒して御覧に入れます」
「だが奴等の首は他の者も狙っているぞ」
「それはわかっております」
 彼は答えた。
「ですがそれが何だというのでありましょう。私が奴等の首を獲るというのは既に決まっていることです」
 そしてニイイ、と笑った。
「この力、思う存分お見せしましょう。その時は近付いております」
「フフフ、楽しみにしているぞ」
 首領はそれを聞き嬉しそうに答えた。
「貴様のその力を見るのが今から待ち遠しくて仕方がない程だ」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒め言葉ではない」
 だが首領はそれを否定した。
「事実だ。それは褒め言葉にはならないだろう」
「ハッ」
「私の世界が遂に誕生するのだ、貴様がライダー達を一人残らず倒したその時に」
「はい」
 大使は答えた。
「それは約束致しましょう。必ずやその御前にライダーの首を持って参ります」
「うむ、頼むぞ」
 首領はやや鷹揚に言葉をかけた。
「貴様ならばできる」
「はい」
「そして暗黒の世界が誕生するのだ」
「我等が理想の世界が」
「そうだ、その時が遂に来る。今まで果たし得なかったその世界が」
 その声は喜びに満ちていた。
「フフフフフフ」
 首領は笑い声を発した。地の底から響く様な声であった。
「ハハハハハハ」
 暗闇大使も共に笑った。哄笑が無気味なマネキンの林の中に響き渡る。
 マネキンが消えていった。それと共に首領の気も。暗闇大使はそれを見届けるとゆっくりと立ち上がった。
「フフフ・・・・・・」
 そして彼も消えた。後には何も残ってはいなかった。


秘められた力   完



                                 2004・11・8


[215] 題名:秘められた力2 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年12月10日 (金) 22時43分

「相手が比較にならない程危険だということです。村雨さんはバダンが敵なのですから」
「・・・・・・そうだったな」
 二人は役のその言葉にあらためて表情を険しくさせた。
「バダンは常に村雨さんを狙っています。そして何をしてくるか全く予想がつきません。それに対処できなくては力を引き出すことなぞ夢物語です」
「厳しいな」
「そうでなくては勝てません」
 彼は博士達にも言った。
「そして世界を守ることも」
「そうだったな」
 彼等はそれに頷いた。
「では今回の特訓は役君に任せよう。村雨君、それでいいかね」
「はい」
 村雨は伊藤の言葉に頷いた。
「それではすぐにはじめよう。万が一の時は我々が責任をもって村雨君の治療にあたる」
 志度が強い声でそう言った。
「だから安心して受け給え。いざとなったら我々がいるからな」
「わかりました」
 海堂の言葉に頷いた。こうして村雨と役の特訓がはじまった。

 彼はまず富士山に登った。言うまでもなく日本で最も知られた霊峰である。
 険しい山道を登る。そしてそこで役の狙撃に備えた。
「確かにここは狙われ易い」
 富士には木はない。そして足場も極めて悪い。だが彼はそれを知りながらあえて登ったのである。
 それは何故か。周りがよく見えるからだ。
 見たところ役の姿はない。だが何処からか彼を狙い狙撃する隙を窺っているのだ。
「まずは彼が何処にいるのか見極めてからだ」
 彼は最初の攻撃は浴びる覚悟があった。
「そこからだ。それから動いてもいい」
 そう考えていた。役の最初の狙撃は何としてもかわすつもりであった。
 山を登り続ける。そして頂上に達した。
「さて」
 彼は下を見回した。
「どう来るかな」
 だが気配はしない。そして数時間が経った。
 村雨は気を抜くことなく狙撃を待っていた。だがまだ来ない。
 それでも村雨は待つことにした。恐るべき精神力であった。
 不意に何かが光った。斜め下からであった。
「来たか!」
 彼はすぐに跳んだ。すると今までいたところに銃弾が飛んできた。彼はそれをかわしたのだ。
 着地する。そして銃弾が来た方を見た。見れば樹海の中だ。
「そこか!」
 村雨は山を駆け下りた。そして樹海の中に入っていった。
 樹海の中を進むのは慣れていた。彼は一人その中を行く。
「何処にいる」
 この樹海は日本の秘境と呼ばれている。迷ったら最後出ては来れないとされている。
 だが彼はその中を平然と進んでいった。今までの経験と勘が彼を支えていた。
「この程度なら問題はない」
 彼にとって、いやライダーにとっては樹海は恐ろしくはなかった。アマゾンが特にそうだが皆密林での戦いを経験してきているからだ。
 彼もそれは同じであった。バダンにいた頃は一人アマゾンに放り出されたこともある。
「それに比べれば遙かにましだな」
 その時はジャガーや毒蛇等と死闘を繰り広げた。川に入れば鰐やピラニア、アナコンダがいる。電気ウナギもいれば血を吸う魚までいうのだ。
 彼はその中を進んできた。この樹海にはそうした猛獣や危険はない。それに広さも比べ物にならなかった。
 だからこそ特訓に使われているのだ。アマゾンで一人生き抜いたこともある彼にとってみれば本当に練習に過ぎなかったのだ。
 だからこそ落ち着いていた。そして役を探した。
「今度は何処から来る?」
 来るのは間違いない。そこを衝くつもりであった。
 木に登りその中に潜む。そしてそこから周りを見回した。
「ムッ」
 そして彼は遠くの木に一つの影を見た。
 見ればライフルを構えている。それが誰か、言うまでもなかった。
「いたか」
 村雨は彼を確認した。そしてすぐに行動に移った。すぐにそこから姿を消した。
 役はその時村雨を探していた。その手にはライフルがある。
「さて何処でしょうかね」
 彼もまた状況は同じであった。狙われているのも同じである。
 だからこそ緊張していた。そして木の上で息を顰めている。
 ライフルには銃弾が込められている。それで村雨を狙うのだ。無論本物ではないので殺傷能力はない。当たれば赤いインクが飛び散るだけである。
 しかしそれでも負けは負けだ。それは許されない。
 村雨は気配を消した。そして藪の中に隠れた。
 役は辺りを探り続けている。村雨を何としても撃つつもりであった。
「容赦はしませんよ」
 そうでなければ意味がなかった。それが彼の為でもあるからだ。
 不意に藪が動いた。
「狸か!?」
 違った。それより遙かに大きい。
「熊でもない」
 そこまでがっしりとしてはいなかった。日本、本州等に棲むツキノワグマは熊の中では比較的小型である。また大人しく人を襲うことはあってもそれはテリトリーを守る為だ。喰うようなことはない。
「ならば」
 それが何か見切った。引き金に指を当てる。
 出て来た。それに向けて発砲する。
「よし!」
 銃弾が当たった。役はそれを見て会心の笑みを浮かべた。
「村雨さん、私の勝ちですよ」
 そして村雨に対して言う。だが次の瞬間彼は会心の笑みを強張らせた。
「なっ!」
 藪から出て来たのは村雨ではなかった。何とそれは一本の丸太であった。
「まさか・・・・・・」
 彼は忍術でいううつせみの術を使ったのだ。忍者と呼ばれることもあるゼクロスだけはあった。
「しまった、あの人の特技を忘れていました」
 一旦発砲したからにはすぐに場所を移さなくてはならない。狙撃の鉄則である。さもないと死ぬ。
 彼は木から飛び降りた。そして別の木に移ろうとする。だがそこで動きが止まった。
「俺の勝ちですね」
 後ろから声がした。声の主はわかっていた。
「やられましたね」
 役は後ろを振り向いてそう言った。そこにはやはり彼がいた。
「報酬はジュース一本でいいですよ」
 村雨は役に微笑んでそう言った。
「安いものでしょう」
「ペットボトルででもいいですよ」
 役も笑顔で返した。こうして特訓は終わった。
 そして二人は立花達の待つテントへと戻って行った。その途中であった。
「!?」
 村雨は不意に立ち止まった。
「どうしました?」
 役はそんな彼に尋ねた。
「いえ」
 村雨は樹海の中の一点を見ていた。そこに何かを見ているようである。
「役さん、気付いているのでしょう」
 そしてこう言った。
「来ますよ、あの男が」
「・・・・・・・・・」
 役は答えなかった。そのかわりに懐から銃を取り出した。やはり彼は只者ではないようだ。
 村雨が見ている場所に影が姿を現わした。それはこちらに来る。
 次第に大きくなってきた。そして二人の前に姿を現わした。
「待ってくれるとはな。有り難い」
 三影は不敵な声で言った。
「自分の死をな」
 そしてニヤリ、と口の端で笑った。
「三影」
 村雨はそんな彼の名を呼んだ。
「あくまでそうして俺との戦いを望むか」
「当然だ」
 彼は即答した。
「俺はバダンの者だ。そして貴様はバダンを裏切った。そのうえ」
 彼はここで歯を噛み合わせた。唇から見えるそれは虎の牙であった。
「この俺を倒した。それで充分だろう」
「ふん」
 村雨はそれを聞くとすぐに身構えた。
「確かにな。俺の望みはバダンを倒すこと。世界の平和を脅かす貴様等をな」
「理想社会なぞどうでもいいのか」
「俺は多くの罪もない人々を殺し、その上に築かれる社会を理想社会とは呼ばん。それは」
「それは・・・・・・何だ?」
 三影は問うた。
「地獄だ。貴様等はこの世に地獄を築こうとしているだけだ」
「戯れ言を」
 三影はその言葉を一笑にふした。
「弱い者、役に立たない者なぞ不要だ。力のある者だけが正義だ」
「力のある者だけが、か」
「そうだ。力こそが正義だ。だからバダンは正義なのだ」
 彼は傲然とそう言い切った。
「他に何が必要だ。貴様が守ろうとしている人間共を見ろ」
 彼は権力欲と選民思想で濁りきった目で言った。それはバダンの者に特有の目であった。
「弱いからこそ互いに争う。疑い、殺し合う。実に醜いものだ」
「醜いか」
「そうだ。弱いからこそそうする。実に醜い。奴等は存在自体が悪なのだ」
 彼は言葉を続けた。
「人間共こそ悪だ。俺達はそんな奴等を粛清しているだけだ」
「粛清か」
「その通り、そして不要な存在を全て消し去り俺達はそこに今までとは全く違う世界を築くのだ。バダンによる理想郷をな」
「首領による暗黒の世界をな」
「貴様にわかるとは思ってはいない」
 三影は村雨に対して言い返した。
「裏切り者にはな。貴様は所詮その程度の器だったのだ」
「その程度か」
「そうだ、バダンの偉大な理想を理解できぬ愚か者だ。愚か者はこの世に生きている資格はない」
 彼はそう言うとサングラスを外した。
「この俺の手で倒してやる、覚悟しろ」
 身体が厚い毛に覆われる。爪が伸び顔が前に出ていく。背中に巨砲が姿を現わし牙が剥き出しになった。
「行くぞ」
 彼はタイガーロイドに変身した。その左右に戦闘員達が姿を現わした。
「ここが貴様の墓場だ」 
 戦闘員達と共に襲い掛かる。まずはその爪で切り裂かんとする。
「来るか」
 村雨はそれを冷静に見ていた。その一撃目はすんなりとかわした。
 そして攻撃を繰り出す。膝蹴りだ。それはタイガーロイドの腹を打った。
 だが効果はなかった。タイガーロイドはそれを受けニヤリと笑った。
「無駄だ」
 逆に彼を掴んだ。そして投げ飛ばした。
 投げ飛ばされた村雨は空中で回転した。そして木を両足で蹴ってその衝撃を殺した。
 その反動でタイガーロイドに再び襲い掛かる。頭から突っ込む。
「ならば」
 タイガーロイドはそれを見て構えをとった。
「その首、叩き飛ばしてくれる!」
 腕の一撃で彼の頭を潰すつもりであった。突攻しtけうる村雨を見る。
 村雨は空中でまた回転した。前転である。
 そして浴びせ蹴りを放つ。踵でタイガーロイドの脳天を砕こうとする。
 しかしそれもかわされた。タイガーロイドは恐るべき反射神経でそれをかわした。
「無駄だと言っただろう」
 彼は村雨の左手に移って言った。
「そのままで俺の相手をできると思っているのか」
 タイガーロイドは村雨に対して言った。
「変身しろ。そのままで戦ってもやはり面白くない」
「面白くないか」
「そうだ、ライダーとなった貴様を倒してやる」
 彼の目に炎が宿った。
「俺を倒したあの時の貴様をな」
 それは憎悪と復讐の炎であった。彼の心そのものが今目に浮かび上がっていたのだ。
「そうか」
 村雨はそれを受けても冷静なままであった。
「ならば俺も受けなくてはなるまい」
「当然だ」
 タイガーロイドはそれに対して言い放った。
「もっとも俺もまだ切り札があるがな」
 そう言ってニヤリ、と笑った。
「フン、あれか」
「それは言わないでおこう」
 彼はその邪さを含んだ笑みをたたえたまま返した。
「それを見たければ変身するがいい、今すぐにな」
「言われずとも」
 村雨は言葉を返すと変身に構えをとった。辺りを緊迫した空気が支配しはじめた。

 変・・・・・・
 まず右腕を真横にする。それから斜め上に持って行き左腕はそれと垂直に置く。
 それから左腕を斜め上に動かし右腕もそれと一直線になるように動かす。
 身体が赤と銀の機械のバトルボディに覆われていく。銀色の手袋とブーツで姿を現わした。
 ・・・・・・身!
 左手を拳にし脇に入れる。そして右腕を斜め前に突き出す。
 顔の右半分を赤い仮面が覆う。そして左半分も。眼は緑になっていく。
 
 光が全身を包んだ。村雨良は仮面ライダーゼクロスに変身した。
「遂に姿を現わしたな」
 タイガーロイドはその姿を認めて笑った。
「それでいい、そうでないと戦いがいがない」
 彼はまた笑った。そして背を丸めた。
「ゼクロス!」
 彼の名を叫んだ。砲身に光が込められていく。
「これが俺の挨拶だ、受け取れ!」
 そして砲撃を放ってきた。巨大な砲弾が彼を襲う。
「フン!」
 ゼクロスはそれを横に跳びかわした。砲弾はその後ろで派手に爆発した。
「ゼクロス!」
 役がそれを見て思わず叫んだ。しかしゼクロスは冷静さを失ってはいなかった。
「大丈夫です」
 彼は落ち着いた声で彼に言った。
「それよりも役さんは他の連中を頼みます」
「他の!?」
 彼はその言葉にハッとした。見れば戦闘員達が彼とゼクロスの周りを取り囲んでいた。それを見て彼は自分が何をするべきであるか悟った。
「わかりました」
 そしてゼクロスに対して言った。
「戦闘員は私がやります。ですからゼクロス、貴方は」
「はい」
 ゼクロスはそれに頷いた。言われるまでもなくタイガーロイドと対峙していた。
「今のをかわすとはな。流石だと褒めてやろう」
 タイガーロイドは砲撃を何なくかわしたゼクロスに対して言った。
「だがそれも何時まで続くかな。それに俺の力は砲撃だけではない」
「それは俺も同じことだ」
 ゼクロスは構えをとりながら言葉を返した。
「俺もやられてばかりでいるつもりはない」
「ふふふ、そうでなくてはな」
 タイガーロイドはそれを聞き満足そうに笑った。
「俺も面白くとも何ともない」
 腰の二丁の機関銃がうごいた。そしてゼクロスに向けられる。
「もっと楽しませてもらわなくてはな」
 その機関銃を放った。それはゼクロスに襲い掛かる。
「今度は機関銃か」
 ゼクロスはそれから目を離さなかった。
「ならばこれはどうだ」
 腕を前に突き出した。そして手の平から音波を出して来た。
 それは機銃弾の信管に当たった。そして全て爆発させてしまった。
「音波にはこうした使い方もある」
「フン」
 だがタイガーロイドはそれを見ても尚余裕を崩さなかった。
「その程度は計算済みだ。ならばこれはどうだ」
 そして今度は突進してきた。爪でゼクロスを引き裂こうとする。
 爪がゼクロスの頭上に襲い掛かる。そして脳を潰さんとしたその時だった。
 ゼクロスは姿を消した。そして何処かへ姿を消した。
「ムッ!」
 タイガーロイドは彼が姿を消した瞬間目を瞠った。爪は空しく空を切った。
「幻か」
 これもまた彼の能力であった。彼は幻を機械により作り出すことができるのだ。
 タイガーロイドはそこで動きを一旦止めた。そして辺りの気を探った。
 必ず近くにいる、彼は確信していた。だから慌てることはなかった。
「問題は何処にいるかだ。そして」
 横目で辺りを見回す。
「何時来るかだ。ゼクロスよ、どう出る!?」
 彼はゼクロスが来ると確信していた。そしてそれを待っていた。
 不意に頭上から何かが降り立って来た。それは赤と銀の影だった。
「来たか!」
 タイガーロイドはそれを両手で掴んだ。そして一気に挟み潰そうとする。
「死ね、ゼクロス!」
 激しい衝撃が両腕に伝わる。何かが砕ける音がした。
 だがそれはゼクロスではなかった。一本の丸太であった。
「なっ!」
 それを見たタイガーロイドは驚愕の色を顔に現わした。またしても彼の幻術であったのだ。
「クッ!」
 彼は丸太を粉砕してすぐに左右を見回した。彼の姿は何処にもなかった。
「一度ならず二度までも」
 彼は自分がたばかられたと感じた。
「この俺を舐めるとはな」
 屈辱が顔に浮き出る。彼は激しい憤りを感じていた。
 だがすぐに冷静さを取り戻す。そして再び冷静に辺りを探る。
「だがこの程度で俺が我を失うと思ってもらっては困るな」
 そう言いながら口の端を歪めて笑った。
「まだまだ、甘い」
「甘いというか」
 何処からかゼクロスの声がした。
「そうだ、俺を倒そうというのならな」
 タイガーロイドはゼクロスの気配を探り続けながら言った。
「貴様もわかっているだろう、俺の力は」
「確かにな」
 またゼクロスの声がした。
「あの時でそれはよくわかっている筈だ」
 ここでタイガーロイドは奇巌山での戦いのことを口にした。
「そして俺はその時よりも比較にならない程強くなっている。貴様よりもな」
「俺よりもか」
「それを確かめたいだろう。ならばこの程度の小細工に何時までも頼らないことだ。全力で来るがいい!」
「わかった」
 ゼクロスは声でそれに頷いた。
「ならばこれを受けてみろ」
 すると四方八方から十字手裏剣が飛んで来た。そしてタイガーロイドに襲い掛かる。
「フフフ」
 やはり彼は笑っていた。
「そうでなくては面白くないわ!」
 彼は両腕を振り回した。そしてそれで竜巻を作る。それは彼の身体を覆った。
 その竜巻で彼は己を守った。手裏剣は全てそれに巻き込まれてしまった。
「俺に手裏剣は効かぬぞ」
「ふむ」
 だがゼクロスの声は変わりがなかった。
「これは竜巻では防げまい」
 そして今度は爆弾を放ってきた。
「爆弾か」
 タイガーロイドはその無数の爆弾を何の感情を込めることもなく見ていた。
「今更その程度で俺が倒せると思っているのか」
 そしてやはり余裕に満ちた声を出した。4
 腰の機関砲が動いた。そしてそこからまだ銃弾が放たれた。
 そしてそれで爆弾を全て撃った。爆弾は彼に当たる前に空中で爆発した。
「俺の機関砲は強烈でな」
 彼は勝ち誇った様子で言った。
「竜巻にも負けることがないのだ」
「竜巻にもか」
「そうだ。そこまでは考えに至らなかったようだな」
 その竜巻が消えた。タイガーロイドは生身をゼクロスの前に晒した。
「さてゼクロスよ」
 彼はまたゼクロスに語り掛けた。
「次はどうするつもりだ?まだ手はあるのだろう」
「戯れ言を」
 ゼクロスはそれを受けて呟いた。そして腕から何かを放った。
「これはどうだ」
 それはチェーンであった。それでタイガーロイドの首を絡め取った。
「ふむ」
 だがタイガーロイドはそれにも慌てることがなかった。
「マイクロチェーンか」
「その通り」
 彼は答えた。
「これの力は知っているだろう」
 そう言うとグイ、と引いた。それでタイガーロイドの身体が動いた。
 だが彼はその力に抵抗しなかった。ただ引かれるだけであった。
「また力が強くなっているな」
「俺も今までの時を無駄に過ごしてきたわけではない」
 ゼクロスは言った。
「それを見せてやる」
 そして腕に力を込める。腕力とは全く別の力だ。
「喰らえ」
 それは電流であった。チェーンを伝ってタイガーロイドに襲い掛かる。
「今度は逃げられまい」
 ゼクロスは彼に対して言った。しかしタイガーロイドの態度は変わらない。
「無駄なことを」
「何!?」
 ゼクロスはその声に思わず自らも声をあげた。
「この程度の鎖で俺を縛れると思ったか」
 チェーンを高圧電流が伝う。だがタイガーロイドはそれに構わず両手でチェーンを掴んだ。
「俺を縛るつもりならば」
 彼は鎖を握る手に力を込めた。
「地獄の番犬を縛るチェーンを持って来い!」
 そして思い切り引いた。それでチェーンは断ち切られてしまった。
「クッ!」
 電流が彼を襲う直前であった。さしものゼクロスも舌打ちをせずにいられなかった。
「ゼクロスよ」
 タイガーロイドは首にかかる鎖を取り払いながらゼクロスに対して言った。
「俺を失望させるつもりか。この程度の攻撃ばかり繰り返すとは」
「クッ・・・・・・」
「この俺を一度は倒した男。この程度だったとは笑わせてくれる」
「誰が!」
 ゼクロスはその声に怒りを覚えた。声にも怒気がこもる。
「怒ったか」
 タイガーロイドはそれを見て口の端だけで笑った。
「それでいい。そうでなければな」
「まだそんな口を言えるのか!」
 ゼクロスの声がまた荒くなってきた。
「フフフ、怒っているな」
 タイガーロイドはそれをさも嬉しそうに見ていた。
「怒れ、もっとな。そして俺に打ちかかって来い」
「言われずとも!」
 ゼクロスは動いた。そして彼に拳を打ちつける。
 タイガーロイドはそれを己の手で受けた。そしてその拳を握り締める。
「それが貴様の拳か」
 挑発するように言った。
「まだまだだな」
 そしてそれを握り潰そうとする。指に力を込める。
「ウオオッ!」
 ゼクロスはその痛みを受けて絶叫する。その声はやはりタイガーロイドを喜ばせた。
「いい声だ、もっと叫べ」
「おのれっ!」
 だが彼はここでタイガーロイドの腹を蹴った。
「グッ!」
 タイガーロイドはそれに怯んだ。指の力が抜けた。76
 その隙に逃れた。ゼクロスは再び間合いをとった。
「ククククク」
 タイガーロイドは腹を抑えしゃがみ込んでいた。だがその声は笑っていた。
「少しは意地を見せてくれるな」
 そして顔を上げた。痛みは顔には出していない。
「安心したぞ、どうやら俺を楽しませてくれそうだ」
「楽しませるだと」
 ゼクロスはその声にキッとした。
「俺は貴様を楽しませるつもりはない」
 そして彼に対して言った。
「俺は貴様を倒すこと、それしかないのだ」
「バダンもか」
「無論だ。俺の望みだからな」
「ならばいい」
 タイガーロイドの声は何故か安堵したものであった。
「俺もこれで心おきなく変身できる」
「変身」
「そうだ、変身だ」
 タイガーロイドは答えた。
「見るがいい、ゼクロスよ」
 彼の眼は笑っていた。その光は邪悪に満ちていた。
「これが俺のもう一つの姿、あらたな身体だ」
「あれか」
「そうだ、あれだ」
 彼は笑いながらゼクロスに答えた。
「再び見せてやる、この俺のもう一つの姿を」
 そう言った瞬間にベルトの形が変わった。バダンの紋章からゼクロスのそれに酷似したものになった。
「解き放たれよ、暗黒の力よ」
 タイガーロイドは言った。
「そしてこの俺をそれで包み込め、全てを支配する偉大なる首領の力よ!」
 ベルトが開いた。そしてそこから黒い光が放たれた。
 黒い光はタイガーロイドを包み込んだ。そしてその中で彼の姿が変わっていく。
「フフフフフ」
 彼はその中で笑っていた。
「ハーーーーーッハッハッハッハッハッハ!」
 彼の笑い声が響いた。そしてその中から別の者が姿を現わした。
 黒い光が消えた。そして彼がそこに立っていた。
「遂にその姿となったか」
「ククク」
 彼はまだ笑っていた。
「どうだ、この姿、そしてこの力」
 そこにはゼクロスがいた。だが色が違っていた。
 虹色に輝くゼクロスであった。だがその輝きは本来の虹が持つ美しいものではなかった。
 何処か邪悪さが漂っていた。虹の美しさではなかった。邪な輝きであった。
「フフフ、どうだこの姿は」
 タイガーロイド、いや虹色のゼクロスは勝ち誇った声でゼクロスに言った。
「素晴らしいだろう。身体に力がみなぎるのがわかるぞ」
「力がか」
「そうだ、素晴らしい力だ」
 彼は恍惚とした声で言った。
「暗黒の力だ。ゼクロス、貴様が持っていない力だ」
「俺が持っていない力か」
「その通り。この黒い光は貴様の中にはあるまい」
「そのような邪な力」
 彼は毅然とした声を発した。
「欲しいとは思わない」
「フン」
 だが虹のゼクロスはその言葉を鼻で笑った。
「貴様は所詮その程度の器だということだ」
 彼は完全にゼクロスを見下していた。
「この力の素晴らしさを知らないのだからな」
「一つ言っておく」
 ゼクロスは勝ち誇る彼に対して言った。
「その力、この世にあるものではないな」
「それがどうした」
 それは肯定の言葉であった。
「この力はネクロノミコンの力だ」
「ネクロノミコンのか」
「そうだ。あの伝説の魔道書のな」
 狂えるアラブ人によって書かれたと言われる書である。『死者の書』という意味でありこれはイギリスで訳された時に名付けられた。本来は『アル=アジフ』という。夜の砂漠で囁く悪魔の声をあらわしたものだという。今までの魔道を集大成したと言われている書である。
 その実在は確かではない。幻の書とも呼ばれ空想の世界にのにあると言われていた。
「あの書が本当にあったというのか」
 ゼクロスもこの書のことは聞いていた。だが本当にあるとは思っていなかった。
「そうだ」
 虹のゼクロスは答えた。
「この世の闇にあるとされるその書のうちの一冊を」
 彼は語った。
「地獄大使が持っていたのだ」
「あの男が」
「そう、そしてそれを暗闇大使が借りた。そして」
「その中の力を使ったのか」
「その通りだ。それこそがこの暗黒の力なのだ」
 彼の眼が不気味に笑った。緑だがゼクロスのそれとは異なっていた。陰惨な色の緑であった。
「貴様が備えている筈もない。貴様が組織を裏切った後でこの力が解放されたのだからな。そう、貴様が脱走した後でな」
「何が言いたい」
「何が言いたい、だと!?」
 虹のゼクロスは彼の言葉を繰り返した。
「フフフ、俺は貴様より後でゼクロスに改造されたのだ」
「それがどうした」
「まあ焦るな。話は最後まで聞け」
 彼は余裕をもってゼクロスを制した。
「俺達は貴様のデータを基に改造されたのだ」


[214] 題名:秘められた力1 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年12月10日 (金) 22時40分

          秘められた力
「さて同志達よ」
 暗闇大使は闇の中の一室で影達に対し語り掛けていた。
「遂に全てのライダーが日本に集結した」
 それを聞いた影達の気が蠢いた。
「驚くことはない。これは予定されていたことだ」
 暗闇大使はそれを宥めるように言った。
「諸君等もそれはわかっている筈だ」
「しかし暗闇大使」
 影の一つが口を開いた。
「何だ」
 大使はそちらに顔を向けた。
「十人のライダーを一度に相手にすることはいささか困難であると考えますが」
「それについては今まで何度も議論が為されてきた筈だが」
 だが大使はそれに動揺してはいなかった。
「案ずることはない。諸君等も私も心配することはないのだ」
 見れば彼は軍服であった。あの戦闘用の服ではない。
「全てはここにある」
 そう言って自分の頭を指差した。
「ライダーを倒す方法は幾らでもある。それは君もわかっている筈だが」
「はい」
 その影は項垂れた声で答えた。
「私の不明でした、お許し下さい」
「わかればいい」
 大使はそんな同志を慰める言葉をかけた。
「さて今我々が為さなければならないことは」
 彼はあらためて同志達に顔を向けた。
「二つある」
 声は急に峻厳なものとなった。
「まずはこの日本を占領しバダンの世界征服の一大拠点とすること。そして」
 言葉を続けた。
「ライダー達を一人残らず倒すことだ。これは並行して同時に進めていく」
「ハッ」
 影達はそれに頷いた。
「その為の戦力は充分にある。それもわかっていると思う」
「黒い光を持つ戦士達ですね」
「その通り」
 彼はそれを聞きニイ、と笑った。恐ろしい笑みであった。
「そして時空破断システムもある。力は有り余る程ある」
「それでこの日本に我がバダンの最初の領土を置く」
「そこから世界へ」
「そう、時空破断システムにより世界を灰燼に帰してからな」
 暗闇大使は話す度に機嫌をよくしていった。
「その為には諸君等には十二分に働いてもらいたい」
「それはもう」
 影達はその言葉に頭を垂れた。
「ご期待下さい、暗闇大使」
「必ずや我等の手でバダンの理想郷を築きましょうぞ」
「うむ、頼むぞ」
 大使はそれを聞き頷いた。
「全ては諸君等の手にかかっているからな」
「いや、それは買い被りというものでは」
「いや」
 謙遜に対して首を横に振った。
「我等は選ばれた者達だ、必ずや事は成就する」
「選ばれた者」
 ある種の人間にとってはこのうえなく甘美な響きを持つ言葉である。それが今彼等の心を溶かした。
「わかりました、暗闇大使」
「必ずや我等の理想を達成しましょうぞ」
「頼むぞ、同志達よ」
 再び言った。彼は自分の言葉に彼等が心を支配されていくのを感じていた。
「では行こうぞ、愛する同志達よ。ライダー達を倒し我がバダンの世界を作り上げる為に」
「ハッ!」
 影は一斉に散った。そして彼等は己が戦いに場に向かった。
「同志達も行ったか」
 彼はそれを見届けて呟いた。
「ではわしも動くとしよう、バダンの理想を成し遂げる為に」
 そして姿を消した。後には闇だけが残っていた。

 村雨は富士にて特訓を受けていた。それはまるで戦場の様であった。
「まだだ!遅いぞ!」
 立花の叱咤が飛ぶ。巨大な岩石が上から降り注ぐ。
「それを全て叩き潰せ!そしてここまで来い!」
「はい!」
 村雨はそれに答える。そしてその岩石を全て叩き壊し立花のところまで跳んで来た。
 その前に滝が出た。いきなり村雨に襲い掛かる。
「くっ!」
 村雨は滝の拳を防いだ。そしてすぐさま反撃を繰り出す。
「なんのっ!」
 だが滝も負けてはいない。それをかわし村雨の腕を掴んだ。
「でやあっ!」
 彼を後ろに投げ飛ばす。だが村雨は両足で踏ん張りブリッジをする形でこらえた。
 そこから跳ね飛ぶ。両膝で滝の頭を狙う。
 だが滝はそれを身を捻ってかわした。そして村雨から腕を放し彼から離れた。
「よし、そこまでだ」
 立花はそこで二人を止めた。そして二人を側に寄せて言った。
「昼飯を食ったらすぐにまたはじめるぞ、いいな」
「はい」
「わかりました」
 二人は頷いた。そして少し離れたところにあるテントに入って行った。
 それを離れた場所から白衣の男達が見ていた。志度博士や海堂博士達である。
「どう思う、彼の動きを」
 志度は海堂に対して問うた。
「そうだな、かなり動きはよくなった」
 海堂は先程まで村雨がいた場所に目をやりながら答えた。
「確かにな。今回の特訓でさらに動きはよくなった」
 それは志度もわかっていた。海堂の言葉に頷いた。
「だがまだ足りないな」
「足りないか」
「うん。おそらく彼の力はまだまだ秘められている筈だ。それを引き出せてはいないと思う」
「そうか」
「それを引き出すにはまだ時間が必要だ。我々も彼の動きを見守ろう」
「そうだな、そして力にならなければ」
「うむ」
 志度は頷いた。
「おおい二人共」
 ここで伊藤が出て来た。
「村雨君の様子はどうだい」
「おっ、来たか」
 二人は彼に顔を向けた。
「あっちの状況はどうだい」
「いいね。特訓には持って来いの場所だよ」
 伊藤は満足したように笑って答えた。
「ならいい。では立花さんには言おうか。午後の特訓は場所を変えてみてはどうかと」
「そうだな。ではすぐに言おう」
 海堂と志度もそれに賛成した。
「よし。では我々もまずは腹ごしらえといこう。腹が減っては何もできない」
「そうだな」
 二人は伊藤の言葉に従った。そして彼等のテントに入って行った。
 彼等はこうして特訓を続けていた。それを遠くから見る者がいた。
 サングラスをかけたリーゼントの男である。黒いジャケットと皮のズボンに身を包んでいる。
「やはりここにいたか」
 男は村雨達のテントを見下ろして呟いた。
「今なら確実に殺せる」
 見れば彼等のテントは丸見えである。攻撃を仕掛けるならば絶好の位置である。
「やるか」
 彼は攻撃を仕掛けようかと思った。だがそこで胸の携帯に電話がかかった。
「チッ」
 彼は舌打ちした。そしてその電話を手にとった。
「俺だ」
 そして不承不承それに出た。
「同志よ」
 それは暗闇大使の声であった。
「・・・・・・あんたか」
 男はその声を聞きさらに不機嫌になった。
「一体何の用だ。この任務は俺に一任されている筈だが」
「フフフ、そう不機嫌になるな」
 暗闇大使は電話の向こうで笑っていた。
「貴様にいいことを教えてやろうと思ってな」
「いい情報だと!?」
 彼はそれを聞きサングラスの奥の目の色を変えた。
「そうだ、聞きたいか」
「聞きたくないと言っても言うだろう」
「まあな」
 大使はそれを否定しなかった。
「わしの性格を実によく知っているな、流石だ」
「からかわないでくれ」
 男はまた不機嫌な声に戻った。
「話があるなら早くしてくれ。俺は気が短いのは知っているだろう」
「やれやれ」
 大使はあえて呆れたような声を出した。
「ではすぐに言うとしよう」
「頼む」
 男は言った。焦っているわけでもないが何故かイライラしている様な感じがある。眼下のテントを異様に気にしている。
「早くあいつをこの手で殺したいからな」
 サングラスの瞳が憎悪に燃えていた。
「それだ」
 暗闇大使は彼に言った。
「村雨良のことだが」
「あいつのことだったのか」
 男のサングラスの奥の色がまた変わった。
「一体何だ、教えてくれ」
 彼は急かした。
「待て、先程とは言葉が違うではないか」
 暗闇大使はそれを楽しむような声で言った。
「どうしたのだ」
「訳はわかっているだろう」
 男はそれだけを言った。
「だから教えてくれ、一体何なのだ」
「うむ」
 暗闇大使は一呼吸置いた。そして電話の向こうで口を開いた。
「今何故ああした特訓をしていると思う」
「強化の為だろう」
 男はすげない声で言った。
「それは俺でもわかるぞ」
「それも確かにある」
 暗闇大使はそれを認めた。
「しかしそれだけではない」
「どういうことだ」
 男はそれに問うた。
「あの男の力は知っているな」
「無論」
 男は答えた。
「伊達に一度負けたわけではない」
 そこで男の目に憤怒の炎が宿った。サングラスを照らし爛々と燃え盛っていた。
「だがそれで全てでないとしたら」
「何!?」
「あの男にはまだまだ秘められた力があるということだ」
「・・・・・・・・・」
 男はそれを聞き沈黙した。暫し静寂がその場を支配した。
「それは何だ、黒い光か」
「残念だが違う」
 大使は答えた。
「ゼクロスの能力は隠密行動に重点が置かれたものであることは知っているな」
「うむ」
 その武器も身体も全て闇に潜み、闇から攻める忍のそれであるからだ。
「それだけではなかったのだ。あの男には他にも恐るべきものがあった」
「それが秘められた力か」
「そういうことだ。それが何かまではわしは知らぬがな」
「何故だ、あんたはバダンの最高幹部だろう、知らないことはない筈じゃないのか」
 男は問い詰めた。本来ならば処刑されても文句は言えない言葉であった。だが暗闇大使はそれについてはとやかくは言わなかった。それ程器の小さい男ではないのである。
「わしとて知らないことはあるということだ。僅かだがな」
「それがあいつの力だったということか」
「そうだ、あの男は伊藤博士が改造した。彼しか知らないこともある」
「俺達とあいつは同じではなかったのか」
「貴様等の改造は確かにあの男をベースにした」
 暗闇大使は言った。
「だがその根幹が違ったのだ。貴様等には黒い光を宿らせた」
「ああ」
「あの男には別の力が宿らされているようなのだ」
「それが秘められた力だというのは」
「それはわからん。だが伊藤博士がそれを知っている可能性はある」
「そうか」
 男はそれに対して頷いた。
「じゃあ伊藤博士から聞き出せばいいのだな。ならば話は早い」
 彼は再び下を見下ろした。
「すぐにさらって来る。待っていろ」
「だから待てというのだ」
 暗闇大使は血気にはやろうとする男を宥めた。
「ここはまずは様子を見ろ」
「様子を見ろ、だと」
 男はそれを聞きサングラスの奥の眉を吊り上げさせた。
「今すぐ側にいるというのにか、この俺が」
「待つのも戦いの一つだ」
 大使はそんな彼を嗜めた。
「それがわからぬ貴様でもあるまいに」
「フン」
 男は渋々ながらもそれを認めた。
「ではわかったな」
「ああ、今は様子を見よう」
 彼は暗闇大使に従うことにした。
「だが俺の考えはわかっていると思う」
「それは承知している。あの男の首は貴様のものだ」
「よし」
 男はそれを聞き安心したように頷いた。
「ならばいい。それを保障してくれるのならな」
「それはこの暗闇大使の名にかけてな」
 彼にも誇りがあった。それを自ら捨てるつもりもなかった。
「ではよいな。ことは慎重に運ぶように」
「わかった。ではな」
「うむ」
 男はここで電話を切った。そして再び眼下のテントを見た。
「待っているがいい」
 彼は低い声で呻く様に言った。
「貴様の首が胴から離れる時をな。その時を楽しみにしていろ」
 男はそこから姿を消した。そして何処かに姿を消した。
 
 村雨の特訓は続いていた。今度は樹海の中で行われていた。
 彼は一人樹海の中を進んでいた。そこは深い木々の中であった。
 立花も滝もいなかった。だが彼等がこの密林の何処かに身を潜め彼を狙っているのは間違いない。
「何処から来るか、だ」
 これが特訓であった。彼は孤独と森林戦の訓練を受けていたのだ。
 生き物の気配は四方から伝わってくる。しかしそこに立花や滝の気があるか、というとどうもそうではない。人の気は今は感じない。
 それでも油断はできない。彼等も歴戦の戦士である自らの気配をある程度は消すこともできる。そして一瞬で側に近付いてくるだろう。
 村雨は慎重に辺りを探りつつ場所を移動する。そして木を背にして構えをとった。
 それを繰り返しながら場所を移っていく。一瞬たりとも気を抜くわけにはいかなかった。
 日の光すらささない。暗闇の中にも似ている。彼はその中を進んでいった。
「まだ来ないか」
 焦ってはいない。こうした戦いにおいては焦りは禁物である。気の乱れが生じるからだ。
 そうすればそこに付け込まれる。一瞬の乱れが死に直結する、密林での戦い、孤独との戦いはそれだからこそ辛いのであった。 
 後ろから突き刺す様な視線を感じる時もある。二人が村雨の隙を窺っているのは事実だ。決して殺すつもりではないにしろ本気であった。そうでなくては特訓の意味もなかった。
「何時か、だ」
 村雨はまた呟いた。
「何時来るかだ」
 彼もまた二人が来るのを待っていた。
「姿を見せれば対処し易い」
 彼が二人を待っているのはそういう理由からであった。
「そこを狙う。ゲリラに対しては待つのが一番だ」
 かってバダンにいた頃そう教えられてきたのを思い出した。彼にとっては決していい記憶ではなかったが。
 それでも今はそれが役に立っていた。今実際に彼はその時の経験を生かして動いていた。
「皮肉なものだな」
 彼はそれを思い呟いた。
「あのバダンの忌まわしい日々が今役に立っている」
 だがそれも運命なのだと思った。
「俺の運命か」
 彼はシニカルに笑った。
「ライダーとしての」
 姉を失い、記憶を奪われ改造人間となった。そしてライダー達との最初の戦いで心が動いた。そこから伊藤博士と共にバダンを脱出し、その道中で多くのことを学び、感じ取った。そしてヤマアラシロイド、タイガーロイドとの戦いで記憶を取り戻し、ライダーの一員となった。長いようであっという間の出来事であった。
 そして彼もバダンとの戦いに身を投じた。ライダー達との戦いがなければ今こうして特訓を受けてもいなかったであろう。
 それを思うと不思議だった。しかし同時にそれ等のことが全てあらかじめ予定されていたことのようにも思えるのだった。
「だからこそ運命なのかもな」
 彼は宗教めいたことにも思いを馳せた。ライダーは戦う神だとも言う者がいる。悪を打ち滅ぼす為に戦う神なのだと。だが彼等はあくまで人間なのである。
 身体が違っていてもその心は何処までも人間なのだ。人の痛み、優しさ、怒り、悲しみ、全てを知る人間なのだ。ライダーは人間なのである。
 彼もそれがようやくわかったのだ。多くの戦いと経験を経て。ライダーとなるにはまず人の心を持たなくてはならないということを。
「俺は人間なんだ」
 今では確かにそれを言う事が出来る。
「身体がどうなっていようと」
 もうこの機械の身体を悲しんだり、憎むこともなかった。心が人間なのだから。
「誰もが最初は苦しむんだ」
 先輩に当たる他のライダー達は口々にそう言う。自ら進んで改造手術を受けた白や沖にしろそれを決意するまでにはかなりの苦悩があったのかも知れない。彼等が口に出さないだけで。風見は家族を奪われた悲しみと憎しみからなろうとした。そうした重く暗いものが彼等にはあった。
 それを乗り越えていく。そこから本当の意味でのライダーに目覚めていく。彼も多くの戦いからそれを学んでいたのだ。
「俺もライダーになれたのだろうか」
 しかしそれはまだだと思った。本当のライダーとは何か、常に思うことである。
 十人のライダーがいれば十人の考えがあるだろう。答えは一つではない。ライダーそれぞれのタイプが違うように。
 彼には彼のライダーがある。ならばそれを目指していくしかないのだ。
「それは戦いの中で見極めていくしかない」
 彼はそうも考えていた。
「ならば」
 それがこのバダンとの戦いにおいて出るか、それはわからない。しかし戦わなくてはならないことに変わりはなかった。
 彼はまた動いた。この特訓もその戦いの一貫である。そう考えると身体が動いた。
 そこに何かが来た。村雨は咄嗟に首を右に動かした。
 今まで彼がいた場所にナイフがあった。それは木に突き刺さっていた。
「立花さんか!?」
 そう思いながら違う、と思った。彼はナイフを使うことはない。
 滝でもないようだ。彼はナイフを投げる術は身に着けてはいない。
 では誰か。彼はナイフが飛んできた方を見た。そこにナイフの主がいた。
「お見事です」
 それは役であった。彼はゆっくりと前に出て来た。
「貴方もここに」
 村雨は彼の姿を認めて言った。
「確か北陸かその辺りに言ったと聞いていましたが」
「事情が変わりましてね」
 彼は微笑んでそれに答えた。
「貴方がここで特訓を受けていると聞きまして。それで協力させてもらいに来たのですよ」
「そうだったのですか」 
 村雨はそれを聞いて納得した言葉を述べた。だが内心では腑に落ちないことがあった。
(何故ここがわかったのだろう)
 立花は今日ここで特訓をすることに決めたというのに。
 それに何故自分の場所がわかったか。彼には不思議なことであった。
 だがそれを問うことはできなかった。役は彼に話しかけてきたのだ。
「迷っておられるようですね」
 彼は優しい笑みと共に尋ねてきた。
「え!?」
 村雨はそう言われ思わず声をあげた。
「ライダーとして。これからどうあるべきか」
「え、ええ」
 答えずにはいられなかった。その通りであるからだ。
 だが何故彼の心までわかるのだろう。これもまた不思議なことであった。
(何故だ)
 村雨は異様にすら思った。役を見た。
 やはり優しげな笑みを浮かべている。だがその笑みにはえも言われぬ凄みがあるようであった。
(彼は一体何者なのだ)
 一旦起こった疑念は消えなかった。膨らむ一方であった。
(今俺が考えていることも読めているとすると)
 底知れぬ無気味ささえ感じていた。
 だが彼の考えはここで強制的に中断されてしまった。
「立花さん達は何処でしょうか」
 役は不意に尋ねてきた。
「立花さん!?」
「はい、折角来ましたから。挨拶をしておこうと思いまして」
「そうなのですか」
「どちらでしょうか」
 役は再び尋ねた。
「この樹海の何処かに。実は今その立花さんに特訓をつけてもらっているところなのです」
「そうだったのですか」
「はい。多分今も俺を探していますよ。そして攻撃を仕掛けようと狙っています」
「ほう」
 役はそれを聞き声をあげた。
「滝さんも一緒です。御二人共それぞれ別々に俺を狙っていますよ」
「それはいいですね。いい訓練になると思いますよ」
「はい」
 村雨は役の賛同の言葉に頷いた。
「では私もこれから協力させてもらいたいのですが。宜しいでしょうか」
「俺は別に構いませんよ。相手をしてくれる人が多いならそれにこしたことはありませんから」
「それを聞いて安心しました」
 役は微笑んで頷いた。
「では後程。流石に今は何かと不都合がありますから」
「はい」
 役は挨拶をした後でその場から姿を消した。そして村雨は特訓に戻った。
 それは日が落ちるまで続いた。そしてそれから役も入れての夕食となった。
「やっぱり良はああした場所での戦いが上手いな」
 立花はレトルトのカレーを飯盒に入れながら言った。
「こうした時にもライダーの時の適正が出るんだな、つくづくそう思ったよ」
「そういえばそうですね」
 滝もそれに同意した。彼もレトルトのカレーを食べている。
「本郷にしろ隼人にしろそうでしたからね。敬介も」
「アマゾンなんかは特にそうだな。あいつ位になると変身してもさ程変化があるようには思えねえな」
「ははは、確かに」
 滝はそれを聞いて笑った。茶色い米粒が頬についている。
「筑波君もそうだな。ハングライダーをしていたせいだろうが」
 志度もそれを聞いて言った。
「やはり元々の地がライダーに影響しているのだろうな。村雨君はおそらくバダンでの訓練が大きく影響していると思う。こう言うと不愉快に思うかも知れないが」
「いえ」
 村雨は伊藤の言葉に首を横に振った。
「そのおかげで今のライダーとしての俺がありますから。それは別に何とも思ってはいません」
「そうか」
 皆それを聞き安心したように頷いた。
「じゃあその適正についてもよく考えてくれ。そこに答えがあるかも知れないからな」
「はい」
 海堂の言葉に対し頷いた。
「では今日はもう休もう。明日も早くから特訓だ」
「みっちりしごいてやるからな」
 こうした会話の後彼等は食事の後始末をしそれぞれのテントに入った。そしてすぐに眠りに入った。
「・・・・・・寝たか」
 それを遠くから見る一つの影があった。あの男であった。
 彼はやはり上から村雨達のいるテントを見下ろしていた。見下ろしながら懐から何かを取り出した。
 それは煙草であった。一本口に咥えるとライターを取り出した。
 火を点ける。煙が先から出た。
「ふう」
 その煙草を口から離す。そして口から白い煙を吐き出す。
 それは闇夜の中に浮かんだ。そしてすぐにその中に消えた。
「そろそろはじめるとするか」
 彼は煙草を吸い終えるとその場から立ち去った。そして下に降りて行った。
 
 村雨は起きていた。横になりながらも目を開けていた。
「・・・・・・・・・」
 目が冴えていた。どうしても眠りにつくことが出来ない。
 彼の隣では立花が大きな口を開けて眠っていた。彼を挟んで向こうには滝が横になっている。
 彼等は三人で一つのテントに入っていた。三人の博士と役は別のテントである。
 彼は姿勢を変えた。仰向けになった。だがやはり眠りにはつくことが出来ない。
「参ったな」
 眠れないことに少し苛立ちを覚えていた。
 それならば仕方がない。彼は外に出ることにした。
 靴を履きテントから出る。そして夜の空気を吸った。
 ふと空を見上げる。そこには無限の星の大海が拡がっていた。
「綺麗なものだな」
 彼はそれを見て呟いた。考えてみるとライダーになってから空を見上げたことはなかった。
 常に目の前の敵と対峙していた。そして激しい死闘を繰り返していた。
 それがライダーの宿命といえばそれまでである。だが言い換えるとこれは余裕がなかったことにもなるのだ。
「そういえば沖先輩が言っていたな」
 ここで彼は沖一也の言葉を思い出した。
 戦いの中にも一輪の花を愛する心も必要だ、と。彼が赤心少林拳で学んだことだという。
「戦いの中でもか」
 彼はそれについて思った。
 今までの彼は敵を倒し、人々を救うことのみで必死であった。花のことなぞ考えたこともなかった。
「いや」
 だが彼はここでふと気付いた。
 花とは単に一輪の花だけではないのだ。そこには多くの意味がある。
 人の命や平和もそれに入るのだ。ならば彼は既に戦いの中に一輪の花を愛する心を備わっているということになる。
「難しく考え過ぎても駄目か」
 その通りであった。真実は時として極めて単純なものなのである。
 よく言われることである。書において難解なものは無理をして読む必要がない。何故ならそれは実際には中身が全くないからだという。
 これを実証するような話もある。ある偉大な思想家と呼ばれていた男は何を書いているかわからない時は偉大な思想家であった。だが誰にでもわかる文章を書くようになるとただの思想家となってしまったのだ。
 否、彼は普通以下どころかまともな知性や常識すら備わっていなかったのであろう。馬脚を露にしたのはさる凶悪な宗教団体がテロに及んだ時であった。
 多くの者はこの宗教団体の教組を批判した。テロ行為を行ったのだから当然である。そしてその出鱈目な教義も明らかとなりそれも批判された。
 だが彼はこの愚かで卑しい教組を擁護した。曰く彼は偉大な思想家だという。そして最も浄土に近く、テロの犠牲者を踏み躙る発言を平然と続けた。
 この程度の男なのであった。何が偉大な思想家なのだろうか。小学生ですら普通にわかる理屈をこの男は全く理解できていないのだ。この様な愚かな男が戦後最大の思想家と言われてきたことは日本にとって実に不幸なことであった。何故ならこの男が知性の象徴なのだから。
 村雨は単純に考えてみることにした。そうすればそこから自ずと答えが出て来るように思えたからだ。
「とりあえずは特訓を続けるか。鍛えられもするし」
 目の前のことからはじめてみるのも解決方法の一つであった。
「そこから答えも出て来る筈だ」
 彼は決めた。これで気が楽になった。
 テントに戻ろうとした。しかしその前に何者かが姿を現わした。
「貴様は」
 村雨は暗闇の中に浮かぶその男の姿を認めた。
「久し振りだな」
 男はニヤリと笑って彼に語り掛けてきた。
「ナイアガラ以来か。元気そうで何よりだ」
「何の用だ」
 村雨は彼に問うた。
「何の用だ、か」
 その男、三影は不敵な空気を漂わせつつ村雨の言葉を繰り返した。
「わかっていると思うがな」
 村雨はそれには答えなかった。そのかわりに身構えた。
「用意がいいな」
 三影はそれを見て言った。
「確かに俺は貴様を殺しにここまで来た」
 そう言いながらサングラスを取り外した。
 あの機械の目が村雨を見た。光だけで魂のない目である。
 だがそこには憎悪が宿っていた。彼に対する底知れぬ憎悪の眼差しであった。
「この目が何よりの証拠だ」
 彼は冷たい声でそう言った。
「今ここで貴様を倒すこともできる」
「やるつもりか」
 村雨はその言葉を受けすぐに身構えた。だが三影はそんな彼に対して言った。
「だがそれは今ではない」
「!?どういうつもりだ」
 村雨は彼の真意が読めなかった。三影の性格とその目の光からすぐにでも襲い掛かってきそうであるというのに。
「気が変わったのだ。ここに来たのは貴様をこの手で殺す為だったがな」
「ではどうするつもりだ」
「また貴様の前に姿を現わす。その時だ」
 彼はまた冷たい言葉を返した。
「その時を楽しみにしているがいい。だが一つだけ言っておこう」
 三影は村雨に背を向けた。そして振り向いた。
「貴様を倒すのは俺以外にいないということをな。これだけは忘れるな」
 そして彼は闇の中に消えた。後には村雨だけが残った。
「三影・・・・・・」
 彼はかっての友が消えた場所を見ていた。そこにはもう影も形もなかった。
 この時彼はそこにいるのは自分だけだと思っていた。だがそれは間違いであった。
 それを見ている者がいた。役であった。
「全ては予定通りか」
 彼は何かを知っているような言葉を呟いた。その目も同じであった。
 そして彼は村雨が自分のテントに戻っていくのを確かめると自身もテントへ戻った。そして次の朝何食わぬ顔で村雨の前に出て来た。無論村雨はそれを知らない。

 村雨は朝食の後すぐに特訓を開始した。今度のメインの相手は役である。
「今回はこれを使いましょう」
 彼は愛用のライフルを取り出した。
「無論実弾は使いませんよ」
 笑って村雨に対し説明した。
「遠くからこれで貴方を狙撃します。それを察知し、かわして下さいね」
「はい」
 村雨はそれを了承して頷いた。
「この富士の何処からか貴方を狙います。それをかわし何処かにいる私を見つけその後ろに回り込んでその背中をとる。それができるまで特訓は続きます」
「というと場合によっては何日もか」
「ええ」
 役は立花の問いに答えた。
「戦闘にはそうしたケースもありますから」
「その間の食事は携帯だな」
「そうですね。それがなくなれば自分で調達するしかないでしょうね」 
 滝の問いにも答えた。
「何か話を聞くとレンジャーみたいだな、自衛隊の」
 立花はそれを聞いて言った。実際にこの富士では陸上自衛隊レンジャー部隊の訓練も行われている。彼等は自衛隊の中でもパイロットと並ぶ過酷な訓練を受けているのだ。そしてそこから真の精鋭を目指しているのである。
「確かに似ているかも知れませんね。ただ」
「ただ!?」
 立花と滝は問うた。


[213] 題名:二匹の毒蛇3 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年11月15日 (月) 00時36分

 従兄弟から策を授けられた地獄大使はすぐに行動に出た。総力をあげてホー=チミンに攻撃を仕掛けて来たのだ。
「来たか!」
 本郷とルリ子はそれに対してすぐに出撃した。彼等はベンタン市場で激突した。観光名所としても知られているベトナムでも最も有名な市場である。
「フッフッフ、本郷猛よ」
 地獄大使は既にそこにいた。そして本郷を見て笑った。
「この前言った約束を果させてもらうぞ」
「何」
 彼はその言葉に目を向けた。
「貴様にはここで死んでもらう。言った筈だな」
「それがどうしたというのだ」
 彼はそれに対して言い返した。
「俺はそのような約束などはしていない。勝手に決めてもらっては困るな」
「フフフフフ」
 だが大使はそれに対して無気味な笑い声で応えた。
「わしはよく強引な男と呼ばれていてな」
 彼は笑いながら言った。
「約束も人に強要することが多いと言われてきた」
「誰が貴様の話なぞ聞いている」
「まあ聞け」
 だが彼は本郷を言葉で制して話を続けた。
「今もだ。貴様には約束を是非守ってもらいたいのだ」
「誰が!」
 本郷はそれを当然の様に拒絶した。
「死ぬのは貴様だ、その言葉そっくり返してやろう」
「それでいい」
 だが彼はその言葉を聞きさらに笑った。目に炎が宿った。
「さあ来い。そしてこの手で倒してやろう」
「言われずとも」
 本郷は変身に入った。腰にあのベルトが姿を現わす。

 ライダァーーーーー
 右腕を手刀の形にして左から右に大きく旋回させる。
 それと共に身体が黒いバトルボディに覆われる。そして銀色の手袋とブーツが姿を現わした。
 変身!
 右腕を拳にして脇に入れる。左手を斜め上に突き出す。その手もやはり手刀だ。
 それと共に顔の右半分がライトグリーンの仮面に覆われる。目は真紅だ。そして左もすぐに覆われる。

 腰のベルトが回転をはじめた。そして光が放たれる。彼はそれに包まれた。
 そして光の中からライダーが姿を現わした。多彩な技を誇るライダー達のリーダー仮面ライダー一号である。
「フフフ、変身したか」
 だが地獄大使はまだ余裕を保っていた。
「そうでなくては面白くはない」
 ここで後ろを振り向いた。
「あれを出せ」
「ハッ」
 後ろに控える戦闘員が敬礼して応えた。すると何やら地響きが聞こえてきた。
「これは一体」
「すぐにわかる」
 地獄大使は一号とルリ子に対して言った。やがて巨大な戦車が姿を現わした。
 砲塔はなく巨大な大砲があるだけであった。何やら自走砲のようである。
「それはまさか」
「そう、そのまさかだ」
 地獄大使は笑いながら答えた。そして鞭を持つその右手をゆっくりと上げた。
「撃て」
「はい」
 戦闘員の一人が答えた。すると戦車の砲身に何かが宿った。
 それは黒い光であった。それを徐々に増大させながら砲口を一号とルリ子に向けてきた。
「いかん!」
 すぐに危機を悟った一号はルリ子を抱えて跳んだ。その直後に二人がそれまでいた場所に黒い光が放たれた。
 それはその場を跡形もなく消し去った。後には巨大な穴だけが残った。
「ふむ、かわしたか」
 地獄大使はそれを見てまるで楽しむように言った。
「だが何時までかわせるかな」
「戯れ言を」
 一号も怯んではいない。
「ルリ子さん」
 まずはルリ子に顔を向けた。
「ここは安全な場所へ」
「けど」
「俺は大丈夫だ。いいね」
「・・・・・・はい」
 一号の強い言葉に従わざるを得なかった。ルリ子は黙って頷いた。
 そして後方へ下がる。地獄大使は戦闘員達に彼女を追わせようとするがそれが一号が阻んだ。
「貴様等の相手はこの俺だ」
 そして戦闘員達を次々と倒していく。
「ふむ」
 地獄大使はそれを見て頷いた。そして左右に控える怪人達に顔を向けた。
「行け」
「ハッ」
 怪人達は頷いた。そして左右に散った。
 それと同時に再び黒い光が放たれる。一号はそれをやはり跳んでかわした。
 そこへ怪人達が襲い掛かる。右からゲドンの変体怪人獣人ヘビトンボ、左からブラックサタンの吸血怪人奇械人ブブンガーが来た。
「**(確認後掲載)、ライダー一号!」
 彼等は空中から同時にライダーに攻撃を仕掛けてきた。まず獣人ヘビトンボの鎌が来た。
「ジャーーーーーーッ!」
 同時に口から緑色の液体を吐き出す。これで一号を溶かすつもりなのだ。
「クッ!」
 一号はそれを身を捻ってかわした。そしてそこで怪人の腹を蹴った。
「ゲハッ!」
 そしてそれを反動に後ろに跳ぶ。そこで叫んだ。
「サイクロン!」
 すぐにそこに新サイクロン改が来た。空を駆っていた。
 その機首を蹴った。その反動で獣人ヘビトンボに向かって跳ぶ。
「食らえ!」
 そして攻撃態勢に入った。
「ライダァーーーーー反転キィーーーーーーーーック!」
 蹴りを放った。それで怪人を大きく吹き飛ばす。
「ジャーーーーーーッ!」
 怪人は断末魔の叫びと共に後ろに吹き飛んだ。そして爆死して果てた。
 一号は空中で前転し態勢を立て直そうとする。だがそこにもう一体の怪人が来た。
「ビビビビビビビッ!」
 口の針を引き抜きそれを剣にする。それで切りつけてきた。
「甘い!」
 だが一号はその手を蹴った。そして剣を叩き落とし使えなくした。
 一瞬隙が生じた。一号はそれを逃さなかった。
「今だっ!」
 空中であるが怪人の身体を掴んだ。そして上に向けて投げた。
「トォッ!」
 そしてそこでまたマシンを踏み台にして跳んだ。上に飛ぶ怪人に対して攻撃を仕掛ける。
「ライダァーーーーーフライングチョーーーーーーップ!」
 顔の前で両手を交差させそれで怪人を撃った。奇械人ブブンガーも空中で爆死した。
 これで二体の怪人を倒した。一号はマシンに乗ろうとする。
 だがそこに再び黒い光が襲い掛かって来た。彼はそれを慌ててかわした。
「油断はできないか」
 時空破断システムに目をやった。どうやらこれを倒さなくては何にもならないようだ。一号は意を決した。
「よし」
 そして急降下する。二次大戦の時の爆撃機と同じ様にだ。
 ほぼ直角に下がる。丁度砲の死角にあい狙うことはできない。
「ほう」
 それを見た地獄大使は思わず口の端に笑みを零した。
「またいいものを見た。急降下爆撃か」
 急降下するマシンが今凄まじい唸り声をあげていた。
 これはかって東部戦線で死のサイレンと呼ばれていた。ドイツ軍がソ連軍の戦車を襲う時の音を評してこう呼んだのだ。
 ドイツ軍の急降下爆撃機シュツーカもまた多くの戦果をあげた。だがそれよりも怖るべき活躍をしたのが日本軍の急降下爆撃機であった。
 九九式艦上爆撃機。その攻撃で連合軍を恐怖のドン底に陥れた爆撃機であった。
 連合軍の夥しい艦船を海の藻屑にしてきた。その光景は地獄大使も砂浜で見たことがある。自分達に対する圧政の象徴の一つであった重厚な白人の船をいとも簡単に沈めていったのだ。
 急降下爆撃の命中率は本来低いものである。二桁に達すればそれで上出来だと思われていた。だが日本軍は信じられない程の訓練によりその命中率を九割近くにまでしていた。
 日本軍の急降下爆撃の怖ろしさは機体だけではなかったのだ。そのパイロットの技量もあったのだ。
 地獄大使は今ライダーにその姿を見ていた。それを思うと思わず笑みが零れたのだ。
「素晴らしい。あの伝説の攻撃を今見ることが出来るとはな」
 感嘆の言葉が漏れた。
「だがそうはいかぬ。生憎だがわしも敗れるわけにはいかぬからな」
 彼は今度は全く別の笑みを浮かべた。勝利を確信した笑みであった。
「わしが何の備えもしておらぬと思うか」
 急降下を続ける一号を見て言った。
「行け、そして見事ライダーを倒せ!」
 彼は叫んだ。すると時空破断システムから一体の怪人が飛び出て来た。
「ガーーーーーーーーッ!」
 デストロンツバサ一族の毒霧怪人殺人ドクガーラだ。怪人は一直線に一号に向かって来た。
「来たか!」
 一号はそれを確認しながらも急降下を続ける。怪人を体当たりを吹き飛ばそうというのか。
 怪人はそこに攻撃を仕掛けてきた。羽根から無数の蛾を放ってきたのだ。
「クッ!」
 それを見た一号はマシンから跳んだ。そして怪人に飛びかかった。
「そうくるならばっ!」
 そして怪人の腹を殴り動きを止める。続いて怪人の身体を掴んだ。
「ライダァーーーーハンマァーーーーーーーッ!」
 空中でスイングを仕掛けた。まるでコマの様に回転する。
 そして投げた。時空破断システムに向けてだ。
「クッ、そうくるか!」 
 地獄大使はそれを見て叫んだ。そしてシステムから離れるべき跳んだ。
「いかん!」
 マントで身を守った。その瞬間黒い光がその場を支配した。
 殺人ドクガーラはシステムに叩き付けられていた。そして同時に爆発したのだ。言わば怪人を爆弾にしたのだ。
 当然システムも無事で済む筈がなかった。怪人の爆発によりシステムもまた爆発した。それにより黒い光が出て来たのだ。
 それが通り過ぎると後には何も残ってはいなかった。一号はその場に着地しておりその後ろにはマシンがあった。
「ぬうう」
 地獄大使は彼を歯噛みした顔で見据えていた。
「まさか怪人を爆弾代わりにするとはな」
「あくまで咄嗟のことだ」
 一号はそれに対して言った。
「だがかなりの効果があったな。本来ならばマシンを犠牲にしてでも破壊するつもりだったが」
 彼は前に来たマシンを見ながら言った。
「そうしなくて済んだ。僥倖だな」
「フン」
 地獄大使はそれを聞き顔を歪めさせた。
「それで勝ったとは思わぬことだ」
「無論」
 一号はその言葉に合わせて身構えた。
「貴様を倒さなければ終わったことにはならないからな」
 そしてジリジリと前に出て来た。
「貴様にできるかな」
 大使もそれに合わせて前に出て来た。両者は互いの隙を窺いはじめた。その時であった。
「待て!」
 不意に声がした。一号の右手、地獄大使の左手にだ。
「貴様か」
 地獄大使はその声にすぐ反応した顔をそちらに向けた。
「貴様!?」
 一号はその言葉に疑念を抱きながらも右手に顔を向けた。するとそこにはもう一人地獄大使がいた。
「いや」
 違った。彼のことは一号もよく知っていた。
「暗闇大使か」
「如何にも」
 暗闇大使はニヤリと笑って一号に言葉を返した。
「やはりわしのことは知っているようだな」
「知らないとでも思っているのか」
 一号は彼に言葉を返した。
「一体何の用だ」
「わかっていると思うが」
 彼はその酷薄そうな笑みを浮かべたまま答えた。
「ダモンよ」 
 そして従兄弟に顔を向けた。
「苦戦しているようだな。助太刀に来たぞ」
「助太刀だと」
 だがその従兄弟がそれを聞いて更に顔を歪めさせた。
「誰が頼んだ、わしは貴様を呼んだ覚えはないぞ」
「水臭いことを言うな」
 だが彼はそれを聞いても尚笑っていた。
「実際に今窮地に追い込まれているではないか」
「馬鹿なことを言うな!」
 だが地獄大使はそれに対して激昂して叫んだ。
「わしはまだ負けてはおらぬ。この程度で窮地とは片腹痛いわ」
「ほう」
 暗闇大使はそれを聞いて眉を上げた。
「貴様も知っていよう。我等が今まで潜り抜けてきた戦場を」
「無論」
 暗闇大使もまた戦場を潜り抜けてきた。圧倒的な物量を誇る大国を前にしては指揮官もそうであるように参謀もまた自ら武器を手にとって戦うしかなかったのである。彼等の生き抜いてきた戦場はそれ程までに過酷であった。将校といえども自ら武器を手に戦わなくてはならない程だったのだ。
「それを思えばこの程度。それにわしは今勝機を掴んだのだ」
「勝機」
「わかっているだろう」
 そう言った地獄大使の目が黄色く光った。暗闇大使はそれを見て再び笑った。
「わかった」
 そしてこう言った。
「ならばここは貴様に全て任せるとしようか。かっては常にそうであったように」
「うむ」
「では見事武勲を挙げるがよい。わしはあの時の様に陰に潜むとしよう」
「好きにしろ」
「そうさせてもらおう」
 そう言うと背中のマントで全身を包んだ。
「日本で待っているぞ」
 そして彼は姿を消した。後には影も形も残ってはいなかった。
「さてライダーよ」
 地獄大使は従兄弟が消えたのを確認して一号に顔を戻した。
「いよいよ貴様の首を貰い受ける時が来た」
 その目がまた黄色く光った。
「行くぞ、わしの真の姿」
 そう言いながら背中のマントを被った。
「再び貴様に見せようぞ」
 マントの中の身体が変わっていく。脚が黒くなりマントの中の頭部の形も変化していく。そしてマントが剥ぎ取られた。
「ガァーーーーラッ!」
 毒蛇の頭と鱗を持つ怪人が姿を現わした。右手は鞭になっている。
「再びこの姿を貴様に見せるとは思わなかったな」
 彼は言った。
「ガラガランダ、わしの正体を二度も見たのは貴様がはじめてだ」
 彼はその黄色い目で一号を見据えながら言った。
「この姿を見た者はショッカーの者以外で誰一人として生きてはいないからだ、貴様等以外はな。いや」
「いや!?」
 一号はそれに反応した。
「今貴様も死ぬ。また一人わしの正体を知る者はいなくなるのだ」
「それはどうかな」
 だが一号はやはり言い返した。
「死ぬのは地獄大使、いや、ガラガランダ」
 ガラガランダを見据えた。
「貴様だ!」
 そして指差した。宣戦布告であった。
「フン」
 だがガラガランダはそれを鼻で笑った。
「貴様にできるのか、わしを倒すことが」
「無論」
 彼は身構えながら言った。
「今ここで倒してやる」
「フフフフフ」
 ガラガランダはそれを聞いて不敵に笑った。
「ならばやってみせるがいい。返り討ちにしてくれるわ」
「行くぞ」
「望むところだ!」
 二人は同時に前に出た。そして互いに攻撃を繰り出し合った。
 一号は拳と蹴りを繰り出す。それに対してガラガランダは右手の鞭を振るう。互いに一歩も引かない。
 そして暫くの間攻防を続けた。だが両者共隙は全く見せず闘いは膠着状態になりつつあった。
「クッ、このままでは埒があらぬわ」
 先に痺れを切らしたのはガラガランダであった。
「こうなっては」
 彼は地中に姿を消した。アスファルトであろうがその中に消えていった。
「消えたか」
 一号はそれに対して構えを一旦解いた。そして辺りを見回した。
「何処から来る」
 そしてガラガランダの気を探る。彼は必ず来ると予想しちえた。
 それは当たった。後ろから鞭が来た。
「やはり!」
 彼は跳んだ。そしてその鞭をかわした。
 だがそれを追って鞭が来る。それも一本ではなかった。
「何!?」
 前後左右から無数の鞭が来た。だがそれでも彼は慌ててはいなかった。
 目では無数の鞭が見えていても実は一本しかない。これはガラガランダの幻術であることを見抜いていたからだ。
「そらく本物は」
 一号はそこで後ろへ振り向いた。
「これだ!」
 そして最初に来た鞭を蹴った。それが本物だと見抜いていたからだ。
「おのれ!」
 地中から声がした。ガラガランダのものであるのは言うまでもない。
「よくぞわしの術を見破ったな」
「この程度、俺がわからないと思ったか」
 一号は着地して地中にいるガラガランダの対して言った。
「さあ来い、まだ終わりではないだろう」
「その通り」
 再び地中から声がした。
「わしを甘く見るな」
 そして気配を地の底に消した。
「またか」
 一号はそれを見て身を顰めた。そして敵の気を探った。
「何処にいる、そして何処から来る」
 それが問題であった。一瞬でもそれを見誤れば死に直結する。それは彼が最もよくわかっていることであった。
「どうする」
 彼は自分の動きについても考えた。下手に動くと全てが終わる。どうするべきか。
 まずは気配を消した。それで周りを見た。
 ガラガランダは動いてはいない。だがいずれ必ず動いてくる。一号は彼の性格をよく知っていた。
(奴の性格なら)
 地獄大使の気性の激しさは有名である。ショッカーでもそれはよく知られていた。バダンにおいても激情家として名が通っている。
(すぐに動く)
 そう読んでいた。おそらく長い間息を顰めていることは出来ないであろう。
 時が暫く流れた。両者はまだ動かない。
(まだか)
 一号は待った。次第に何者かの焦る様子が感じられてきた。
(来るか)
 来た。それもすぐ目の前に。
「ガァーーーーラァーーーーーーッ!」
 地の中から出て来た。そして一号に襲い掛かる。
「**(確認後掲載)ぇっ!」
 鞭を振るおうとする。だが一号はそれより前に動いた。
「今だ!」
 彼の身体を掴んだ。そして空中に放り投げた。
「この程度で!」
 だがガラガランダもさるものである。空中で態勢を立て直し着地した。
「わしを倒せると思ったか!」
「俺の攻撃がこれで終わるとは思わないことだ!」
 だが一号もそれで終わりではなかった。ガラガランダに向けて突進していた。
「喰らえっ!」
 そして体当たりを浴びせた。それで怪人の態勢が崩れた。
「ウォッ!」
「トォッ!」
 一号はガラガランダを掴んだ。そして再び空中に投げ飛ばした。
 体当たりのダメージで今度は思うように動けない。一号はその隙を逃さずすかさず跳んだ。
「これならどうだっ!」
 空中で攻撃態勢に入る。そしてガラガランダに向かって行く。
「受けてみろ」
 蹴りを出して来た。
「電光ライダァーーーーーキィーーーーーーーック!」
 強烈な蹴りが空中のガラガランダの腹を直撃した。これを受け空中高くに跳ね飛ばされた。
 攻撃を終えた一号は着地した。ガラガランダはまだ宙を舞っている。だが彼も大地に落ちた。
「終わったか」
 激しい衝撃と音と共に落ちた怪人を見て呟く。だがガラガランダは最後の力を振り絞って立ち上がってきた。
「まだだ」
 彼は言った。そして地獄大使の姿に戻っていった。
「わしはまだ倒れぬぞ」
 そう言いながら一号に顔を向けた。
「生涯で最強の敵の顔を見るまではな」
 そして一号の顔を見る。そしてニヤリと笑った。
「二度もこのわしを倒すとはな。褒めてやろう」
「礼を言う」
 一号はそれに応えた。
「わしは今まで数多くの戦いを経てきた。だが一度として敗れたことはない」
 彼は言った。
「どれ程強大な敵にもな。フランスにもアメリカにも中国にも勝った」
「この国での戦いか」
「そうだ」
 彼はそれに答えた。
「ショッカーにおいてもだ。わしは東南アジアを支配していた」
 彼はその実績を買われ日本支部長となっていたのである。
「だが貴様に会ってからそれは全て変わった」
 ライダー達の前に全ての作戦が失敗に終わった。首領にも見捨てられ進退が極まった彼は最後の賭けに出た。自らを裏切り者にしてライダーを誘き寄せたのだ。
「あの時は上手くいったと思ったがな。まさか敗れるとは」
「あの時は俺も苦戦した」
 一号はそれに対して言った。
「それでも貴様は勝った。わしにな」
「ああ」
「あの時も見事であった」
 彼はそれを素直に称賛した。
「そして今も」
 そこでニヤリと笑った。そこには恨みも憎しみもなかった。
「わしを二度も倒す者がいるとは思わなかったわ。だが悔いはない」
 清々しい顔になっていた。
「力の限り闘うこともできた。これでもう思い残すことはない」
 そして日本の方へ顔を向けた。
「首領、世界をその手に納められることを心より願います。その時を見ずに逝くのをお許し下さい」
 言葉を続けた。
「ガモンよ、先に行っておく。待って折るぞ」
 そう言うと最後に叫んだ。
「バダン万歳!」
 前に倒れた。そして爆発の中に消えていった。こうしてショッカーでその勇名を馳せた大幹部地獄大使も死んだ。これでかっての大幹部、改造魔人達は暗闇大使を除いて全てこの世から去った。
「地獄大使」
 一号はその爆風の最後の風を浴びていた。
「見事だった。貴様が味方だったならどれ程頼もしかったことか」
 風も消えた。こうして地獄大使の名残もまたこの世から消えたのであった。
 ベトナムでの戦いも終わった。本郷とルリ子は残党のいないことを確認すると二人日本に向かった。こうして全てのライダーが日本に集結することとなった。
「ダモン、敗れたか」
 暗闇大使は報告を聞いた後自室で一人いた。
「わしの策を使いあ奴が敗れるのははじめてのことだ」
 彼は暗い部屋の中で呟いていた。
「ライダー、侮ることはできぬな。そして」
 ここで顔を上げた。
「ダモンよ、貴様の仇は取る。安心して地獄に行くがいい」
 その時心には憎しみはなかった。従兄弟への肉親としての気持ちだけがあった。
 かって彼等は激しく憎み合った。それは今後のベトナムのあり方を巡ってであった。
 中国との戦いに勝利したベトナムだったがその受けた傷は深かった。長い戦乱で疲弊しきっていたのだ。
 これを見たガモンは今後は内政に力を注ぐべきだと考えていた。その為周辺各国とは融和的な政策を執るべきであると考えていたのだ。
 だがダモンは違っていた。彼はまだ敵が来ると主張して軍備の充実、そして強硬策を主張した。これで両者の間に修復不可能な溝ができた。
 どちらも心からベトナムを思っていた。それだけに譲らなかったのだ。何時しかその対立は軍部を大きく割る事態となった。
 常勝将軍と天才軍師、どちらも力があった。そして従兄弟同士でもありその対立は日増しに強まっていった。
 やがて彼等はミャンマーで極秘に作戦にあたることとなった。ここで彼等の仲違いが思わぬ悲劇を招いた。
 それにより作戦に大きな支障をきたしているところを敵に襲われた。ガモンは戦死し、ダモンは行方不明となった。
ベトナムは陰の勝利とひきかえに二人の有能な軍人を失ったのだ。
 だがダモンは生きていた。川に落ちながらも何とか生きていた。そして鰐の牙をかいくぐり出て来たところをショッカーにスカウトされたのだ。祖国では既に彼は死んでいるということになっているということを教えて。
 こうして彼はショッカーの地獄大使となった。彼はガモンのことは忘れてはいなかった。だが最早彼もダモンではなくそれに固執することもなかった。やはり彼は以前の彼ではなくなていたからだ。
 ガモンは墓で眠っていた。ベトナム軍の将兵達が作った墓であった。密林の奥でありとても祖国まで持ち帰ることが出来なかったのだ。
 こうして彼はバダンにより甦らされるまでそこで眠っていた。長い眠りであった。
「眠りから醒めるとこの身体になっているとはな」
 やはり彼も帰るべき祖国はなかった。死んでいる身で帰っても場所は何処にもないからだ。
 彼は暗闇大使となった。それが今の彼であった。
「ダモンよ」
 彼は従兄弟の名を呟いた。
「今ここにいるのだろう」
 席を立った。そして棚から酒と杯を二つ出した。
「共に飲もうぞ。ベトナムの酒だ」
 ベトナムの酒は案外強い。熱い国であるがその気候によく合っている。甘く一度好きになると病みつきになる。
 彼は二つの杯にその酒を入れた。そしてそのうちの一つを手にとった。
「乾杯だ、貴様の戦いに」
 そして飲み干した。見ればもう一つの杯の酒も減っていく。
「今宵は久し振りに二人で飲み明かそうぞ、心ゆくまでな」
 そして彼は杯に酒を再び注いだ。また飲む。もう一つの杯も減っていく。
「地獄でも達者でな。よろしくやるがいい」
 彼等は飲み続けた。宴は何時果てるともなく続いていた。
 
 本郷とルリ子はアミーゴに入った。それを見て驚いた顔をしたのは史郎であった。
「猛さん、戻ったんですか」
「ああ」
 本郷は何故彼が驚いているのかよくわからなかった。だが気の小さい彼がそんな顔をするのはいつものことである。ここは冷静に応対することにした。
「一体何をそんなに驚いているんだい」
「いえ、まだベトナムにいるとばかり思ってまして」
「ははは、そんなことか」
 本郷はそれを聞いて安心したように笑った。
「ベトナムでの戦いは終わったよ。東南アジアのバダンは壊滅した」
「そうだったんですか」
「あの史郎さん」
 ここでルリ子が尋ねてきた。
「立花さんはいますか?」
「おやっさんですか?」
「ええ。やっと戻ってこれたしお顔を見たいのですけれど」
「生憎今はここにはいないんですよ。すいませんねえ」
「では今何処にいるんだい?」
 本郷も尋ねてきた。
「今ですか」
 問われた史郎は少しキョトンとしたような顔になった。
「村雨君と一緒ですよ」
「良とか」
「ええ、滝さんも一緒で」
「滝もか」
 彼はそれを聞いて少し考え込んだ。
「一体何をしているのだろう」
「何でも彼の潜在能力を引き出す為に協力しているとか。俺も詳しいことは知らないんですけれどね」
「潜在能力」
 本郷はそれを聞いてさらに考え込んだ。
「あいつにはまだ秘められた力があるというのか。だとしたらそれは一体」
 そう思うとさらに深く考えざるをえなかった。彼の頭脳がそうさせるのだ。
「猛さん、それも大事だけれど」 
 だがここでルリ子が言葉を入れてきた。
「今日本はバダンの総攻撃を受けているんでしょう。猛さんも落ち着いてはいられないわよ」
「おっと、そうだった」
 彼はルリ子のその言葉にハッとした。そして史郎に顔を向けた。
「今他のライダー達はどうしているんだい」
 彼に問うた。
「皆各地で戦っていますよ。ただ今のところこの東京には誰もいません」
「そうか」
 彼はそれを聞き頷いた。
「じゃあ今のところ東京の守りは俺が引き受けよう。やはりライダーがいないと危険だからな」
「お願いできますか」
「当然だ。それがライダーの仕事だからな」
 史郎に対して毅然とした声で言った。
「何でも言ってくれ、バダンは俺が全て引き受ける」 
 ここで後ろの通信室から誰かが出て来た。ハルミであった。
「あ、猛さん」
「ハルミ君がいたのか」
 いつもは谷のところにいるがどうやら応援で来ているらしい。
「お久し振りです」
「うん」
 本郷はそれに頷いた。
「ところで通信の内容は?」
 史郎が問うた。
「一文字さんからです」
「一文字からか」
「ええ、何でも今後のことでお話したいということですけれど。立花さんがおられるかどうか聞いていますけれど」
「ふむ」
 本郷はそれを聞いて暫し考え込んだ。そして口を開いた。
「俺が出てもいいかな」
「猛さんが!?」
 史郎もハルミもルリ子もそれを聞いて思わず声をあげた。
「隼人さんが驚かないかしら」
「いや、あいつにはいつもされていることだから今度はこちらが驚かせたいんだ」
 本郷はにやりと笑って言った。
「いいかな」
「まあ」
「俺達もいつも隼人さんの唐突さには驚かされていますし」
 こうして決まった。本郷は通信室に入った。
「一文字か」
 そして彼に語りかけた。通信機の向こうの一文字が驚いた声をあげる。
「ははは、驚いたようだな」
 本郷はそれを聞いて笑った。そして二人は話に入った。


 二匹の毒蛇   完


                                   2004・10・24


[212] 題名:二匹の毒蛇2 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年11月15日 (月) 00時32分

「ダモン」
 ルリ子がその名を聞き思わず地獄大使に顔を向けた。
「あのゴー=ウェン=ザップと並び称された名将」
「そんなこともあったかな」
 地獄大使はその名を聞きとぼけてみせた。
「それを知らないとでも思ったか」
 だが本郷はそれに構わず言った。彼は地獄大使から目を離すことはなかった。
「おそらくここに来るのは貴様どろうと思っていた」
「ここがわしの祖国だからか」
「それもある。だが」
「だが!?」
「俺が来たのを知って動かない筈がないと思っていた」
「わしの考えを読んでいる、と言いたいのだな」
「そうは言わない」
「ほう」
 大使はそれを聞き左の眉を一瞬上がらせた。
「バダンの戦略自体を読んだのだ」
「我々の考えは全てお見通しというわけか」
「そうでなくてはライダーは務まらない」
 彼はそう言って身構えた。
「そして既にここには怪人達もいる」
「その通りだ」
 地獄大使の後ろに怪人達が姿を現わした。
「マダラマダラマダラーーーーーーーーッ!」
「ギローーーーーーーーーッ!」
「ミッミッミッミッミッミッ!」
 ネオショッカーの機銃怪人マダラカジン、ジンドグマの電気怪人イスギロチン、ショッカーの音波怪人セミミンガの三体の怪人が姿を現わした。怪人達は地獄大使を護る様に前に出て来た。
 そこに戦闘員達も姿を現わした。彼等はすぐに本郷とルリ子を取り囲んだ。
「では我等が何を考えているかもわかるであろう」
「無論」
 本郷は言い返した。
「俺の首を欲しいのだろう」
「その通り」
 地獄大使は酷薄な笑みを浮かべた。
「覚悟するがいい。このサイゴンが貴様の死に場所だ」
「サイゴン」
 本郷はその言葉に反応した。それはホー=チミンの旧名である。
 見れば地獄大使の顔は普段と違っていた。
 普段は血を好む残忍な顔をしている。だが今の彼はそれとは全く異なる顔をしていた。
 燃えていた。それでいて落ち着いている。まるで戦いを指揮する指揮官の様である。
「そういうことか」
 彼はあの時に戻っていたのだ。歴戦に勇将であったダモンの頃に。だからこそその街の名を呼んだのだ。
「やれい!」
 大使は命令を下した。すると怪人達はサッと上と左右に跳んだ。
 そこから攻撃を仕掛ける。狙うは本郷の首だ。
「**(確認後掲載)ぃ!」
 一斉に攻撃を仕掛ける。怪人達の刃が本郷を襲う。
 だがその瞬間本郷は姿を消した。まるで煙の様に。
「何処だっ!」
 怪人達は辺りを探った。そこで上から声がした。
「ここだっ!」
「ムッ!」
 上を見上げる。丁度怪人達の真上の木の上からであった。
 そこにライダーがいた。彼は跳んだ瞬間に変身していたのだ。
「トォッ!」
 下に跳び降りて来た。そして怪人達と対峙する。
「さあ来い!」
 その横にルリ子が来た。
「ライダー、戦闘員は私が」
「わかった」
 一号は頷いた。ルリ子はすぐに戦闘員達に向かって行った。
「御前達の相手は俺だ!」
「小癪な!」
 一号と怪人達は対峙する。そこに地獄大使が割って入って来た。
「甘いな」
 彼は不敵な笑みを浮かべていた。
「貴様の相手は怪人達だけではない」
「どういうことだ」
 彼は地獄大使を見据えた。
「このわしもいるということだ」
 地獄大使は右手の鞭で彼を差した。
「わしの力、知っていような」
「フン」
 知らない筈がなかった。地獄大使とはショッカーにおいて数多くの死闘を繰り広げてきたのだから。
「では行くぞ」
 彼は音もなく近寄って来た。そして鞭を繰り出して来た。
「喰らえっ!」
 だがそれは上に跳びかわす。だがそこに怪人の攻撃が来る。
「シャーーーーーーッ!」
 イスギロチンが鞭を繰り出して来た。その鞭は地獄大使のものと違い高圧電流を宿していた。
 それでライダーを撃とうとする。だがライダーはそれに対して空中で身を右に捻ってかわした。
「ムンッ!」
 その動きで回転する。そして怪人に接近した。
 そして手刀を浴びせる。それは怪人の首を撃った。
「グオッ!」
 動きが怯んだ。そこに勝機を見た。
「今だ!」
 ライダーは怪人の身体を掴んだ。そしてその首を両足で掴んだ。
「ライダァーーーーヘッドクラッシャアアーーーーーーッ!」
 そのまま怪人の頭を地面に叩き付ける。激しい衝撃を受けた怪人はライダーが飛び退くと同時に爆発四散して果てた。
 そこに地獄大使が接近する。今度は左の爪で切り裂かんとする。
「これならどうじゃっ!」
 彼は他の大幹部達と比べて実戦に適した身体をしている。それは陣頭で指揮を執ることを好む彼の気性がそうさせていたのだ。
 だがライダーもさるものである。その攻撃を的確にかわしていく。
 しかしそこに新手が来た。マダラカジンだ。
「地獄大使、助太刀致します!」
「うむ!」
 彼は右のサーベルで一号を突き刺さんとする。それと大使の爪が一号に襲い掛かる。
 しかし一号はその二つの攻撃をかわす。そしてその間にも反撃の機会を窺う。
「どっちだ」
 彼は怪人と大使の両方を見た。そしてどちらかに隙が生じるのを待った。
 それはマダラカジンに出た。怪人はサーベルを横に振った。
「これでどうだっ!」
 それで一号の首を断ち切らんとしたのだ。だがそれが誤りであった。
 サーベルは本来突く為のものである。彼は咄嗟にそのことを忘れてしまった。
 それが命取りとなった。その時に生じた一瞬の隙を逃す一号ではなかった。
「ムンッ!」
 その腹に蹴りを入れた。それで怪人は動きを止めた。
「グフッ!」
 更に攻撃を続ける。拳を出す。
「ライダァーーーーパァーーーーーンチッ!」
 それで怪人の顔を激しく殴打する。続け様に繰り出す。
 それは致命傷となっていった。最後の一撃が怪人の顔を叩き潰した。
「グオオオオッ!」
 怪人は呻き声と共に後ろに吹き飛ばされた。そして壁に打ち付けられ倒れた。
 そして爆死した。さしもの怪人もライダーの強烈な拳の連打を浴びては生きてはいられなかった。
「クッ、力を使うとはな」
「驚いたか」
 一号は舌打ちした地獄大使に対して言った。
「ライダー二号の専売だと思っていたがな」
「今まではな」
 一号はそれに対して言った。
「だがこれからは違う。俺も二号も互いの力と技を学び合った。改造も経てな」
「それが今の強さの秘密か」
「そうだ。覚えておけ、ライダーは常に進化するのだと」
「進化か」
「その通り、戦う度に強くなる。それを忘れるな」
「フン、忘れるものか」
 だが地獄大使はその言葉を一笑に付した。
「わしがどれだけ貴様等と戦ってきたと思う」
 彼は言葉を続けた。
「それだけではない、わしがのこれまでの戦いを知らないと見える」
 その目には戦いに燃える激しい炎があった。
「この街を陥落させたのもわしだ。同志ホー=チミンの為にな」
 ホー=チミンはアメリカとの戦争の最中死んでいた。最後までベトナムの独立を目指した英傑の死であった。
「そのわしの長年の戦いを経て身に着けた力、今こそ見せてやろう」
 身構えた。その目が無気味に光った。
「ムッ」
 何かある、一号はすぐに悟った。そして彼も次の動きに備えた。
 だがそこで別の者が割って入って来た。
「地獄大使、それには及びません」
 残った最後の怪人セミミンガであった。
「ここは私にお任せを」
「いいか」
 彼は何やら少し残念そうであったが怪人の言葉に顔を向けた。
「ハッ、地獄大使の手を煩わせるまでもありません」
 そしてライダーを睨みつけた。
「ライダーの相手は私が。先の仲間達のこともありますので」
「そうか」
 それを出されると言いにくい。彼はここは怪人に任せることにした。
「では貴様に任せた。見事ライダーの首をとるがいい」
「ハッ、有り難き幸せ」
 セミミンガは頭を垂れた。そしてすぐに一号に顔を向けた。
「行くぞ」
「来い」
 一号も退くつもりは毛頭ない。彼は構えをとった。
「ミッミーーーーーッ!」
 顔から超音波を放ってきた。それはライダーに向けて襲い掛かる。
 ライダーはそれをはっきりと見ていた。常人それとは違うその紅い目で見ていたのだ。
「その程度!」
 一号は上に跳んだ。だがそれは怪人も読んでいた。
「やはりな!」
 怪人も跳んだ。彼はその背の羽根を使っていたのだ。
「俺が蝉の改造人間であるのを忘れていたな!」
「それはどうかな」
 だが一号は落ち着きを保っていた。
「俺もまた改造人間だ」
 彼は言った。
「そう、空での戦いも可能だ」
「フン、戯れ言を」
 だがセミミンガは余裕であった。
「バッタがセミに勝てると思っているのか!」
「当然だ」
 だがライダーは冷静さを失ってはいない。
「貴様はバッタのことを知らない」
 一号は言った。
「バッタも飛ぶことができるのだ」
 実際にイナゴ等はかなりの長い距離を飛ぶことができる。だが彼がここで言ったことはまた別の意味であった。
「ムン!」
 空中で後転した。それで怪人の顎を蹴る。
「グオッ!」
 不意を衝かれた怪人はそれに怯んだ。一号はさらに動く。
 怪人の腿に足をかけた。そしてそれを踏み台にして跳んだ。
「トォッ!」
 そして怪人の頭上をとった。そしてそこで攻撃に移った。
「空中戦にはこうした戦い方もある!」
 空中で激しい回転に移る。
「ライダァーーーーー回転キィーーーーーック!」
 本来は二号の技である。だが特訓により身に着けていたのだ。彼等はその地獄の様な特訓でお互いの技も学び合い身に着けていたのだ。
 そしてそれで怪人の胸を蹴った。その衝撃を受けたセミミンガは地面に叩き付けられた。そしてバウンドし空中に跳ね飛んだところで爆発して果てた。
「奢ったな、飛ぶことができるのはセミだけじゃない」
 一号は着地した。そしてその爆発を見上げて言った。
「フン、その様な戦い方があるとはな」
 そこで地獄大使の声がした。
「流石は仮面ライダー一号だと褒めておこう。見事な戦い方であった」
 彼は苦い顔でそう言った。
「だがこれで勝ったとは思わないことだ」
「どういうことだ」
 一号はその言葉に反応し顔を向けた。
「わしの攻撃はまだこれで終わりではないということだ」
 一号はその言葉に対してすぐに身構えた。
「ふふふ、だがそれは今ではない」
 だが大使は今の攻撃を否定した。
「今は怪人達ももういない。これで退いておこう」
「そうか」
 だがまだ安心したわけではない。
「この街はわしにとっては特に思い入れの強い街だ。楽しませてもらおう」
「楽しむだと」
「そうだ。貴様を狩ることをな」
 彼はここで残忍な笑みを浮かべた。
「思い出すな、かっての戦いを」
 彼はここで過去の自身の戦いのことを口にした。
「フランスもアメリカも中国も強大であった。それぞれ恐るべき戦士達がいた」
 彼はその時から自ら前線で指揮を執ることを好んだのだ。
「だが皆わしの前に敗れた。どの者もわしに勝つことはできなかった」
「貴様はその時から自らも戦っていたのか」
「そうだ。そうでなくては戦場に出る意味がなかろう」
 彼は戦場を愛していた。その火薬と血の匂いを何よりも愛していたのだ。
 これは当時のベトナムの事情もあった。戦力おいて圧倒的に劣る彼等は将といえども戦場においては自ら戦うしかなかったのである。
 だからこそ彼は戦った。そしてその中で生き抜いてきたのである。
「ライダーよ、楽しみにしておれ」
 大使は言った。
「この街で貴様は死ぬ。わしの手でな」
「それはどうかな」
 だがライダーも怯んではいなかった。
「俺もそうそう狩られるつもりはない」
 そう言って反撃した。
「貴様を倒す為に今ここにいるのだからな」
「フン」
 地獄大使はその言葉を鼻で笑った。
「わしが狙った獲物を逃したことはない」
 その瞬間両目が黄色く光った。
「戦場においては特にな」
「戦場か」
「そうだ、他に何と呼ぶのだ」
 彼はこの街を戦場と認識していたのだ。
「今はその命預けておこう。だが」
「だが?」
「それも僅かの間だ。貴様の命は我が牙の中にあるのだ」
 そう言うとマントで全身を覆った。
「それを忘れぬようにな」
 そして姿を消した。後には彼の高笑いだけが残った。
「ライダー」
 そこに戦闘員達を倒し終えたルリ子がそっと来た。
「大丈夫よね」
 彼を気遣って声をかける。見上げたその顔は不安に支配されていた。
「大丈夫だ」
 一号はそんな彼女の不安を取り払うようにして言った。
「ライダーは負けない。決して」
 そして地獄大使が消えた方を見た。そこには既に何者の影もなかった。

 戦いを終えた地獄大使は基地に戻っていた。そしてそこで早速次の作戦に備えていた。
「今度の作戦だが」
 彼は怪人や戦闘員達を会議室に集めて話をしていた。だがそこで何者かの声がした。
「柄に合わないことをしておるな」
 それを聞いた大使の表情が一変した。
「何の用だ」
 彼は見る見るうちに機嫌を悪くしていった。
「まあそう怒るな」
 だが声の主はそんな彼をからかうようにして言った。
「折角貴様にいい策を授けてやろうと思って来たのだからな」
「策だと」
 彼はそれを聞いて顔をいささか戻した。
「それは一体何だ」
「今ここでは話すことはできん」
「そうか」
 地獄大使はそれを受けて席にいた怪人や戦闘員達に対して顔を向けて言った。
「休んでよいぞ」
 そう言って下がらせた。
 彼等はそれに従い部屋を後にした。そして地獄大使だけが残った。
「これでよい」
 声の主は満足そうに笑った。
「我等はいつもこうして作戦を決めておったからな、二人で」
「戯れ言はいい」
 地獄大使は苛立たしげに言った。
「早く姿を現わすがいい」
「わかった」
 声の主はそれを受けて姿を現わした。壁から浮き出る様にして地獄大使の前に現われた。
「また来るとはな」
 地獄大使は彼の姿を見て不機嫌そのものの声を出した。
「ふふふ、まあそう言うな」
 暗闇大使はそれに対しやはり彼の応対を楽しむような声を出した。
「我等はこの世でたった二人の肉親ではないか」
「貴様が言うとはな」
「何を水臭いことを言う」
 おそらく心にもないことであろう。だが暗闇大使は言った。
「我等は常に共にあったではないか。あの時から」
「あの時か」
 彼等が物心ついた時には互いの両親はもういなかった。二人は孤児として育った。
 その中で必死に生きてきた。その時主であったフランス人に仕えて生きてきたのだ。
「あの者達の靴を舐めて暮らしてきた」
「忘れる筈がなかろう」
 地獄大使は従兄弟から背を向けた。忌まわしい過去であった。
 彼等は自分達を見下す主人達に時として殴られ虐待された。だがそれに耐えてきた。全ては生きる為であった。
「覚えているか、あの時を」
「貴様も覚えていよう」
 暗闇大使はそれに言葉を返した。
「我等があれを忘れる筈がないだろう」
 暗闇大使の言葉は心理であった。彼等はその時のことを今でもはっきりと覚えていた。
 日本軍の仏印進駐。国際社会から批判を浴びたこの行為だがそれにより彼等は目覚めたのだ。
 あのフランス人達を何なく蹴散らした自分達と同じ黄色い肌の者達。彼等は威風堂々とベトナムに入って来たのだ。
 彼等は厳格で規律正しかった。融通が効かなく押し付けがましいところがあったがそれでもフランス人達より余程公正であり親切であった。
 何よりも強かった。彼等はその強さに魅せられたのだ。
 日本軍が敗れ去っても彼等は残った。そして今度は自らが戦場に向かったのであった。
「あの頃から常に共にいたではないか」
「長い間だったな」
 地獄大使はそえには頷いた。彼としてもそれは認める。
「だがわしと貴様は最早あの時の従兄弟ではない筈だ」
 彼は暗闇大使を見据えて言った。
「あの時以来な」
「確かにな」
 暗闇大使はその言葉に頷いた。
「我等はもう暗闇大使と地獄大使になった。ガモンとダモンではない」
「わかりきったことであろうが」
「うむ。だが今一度わしは貴様に策を授けに来たのだ」
「どういうつもりだ」
 彼は従兄弟をキッと見据えた。
「貴様に授けられるものなぞないぞ」
「まあそう言うな」
 暗闇大使は笑ってそう言った。
「別に見返りは要求せぬ。それでよいだろう」
「・・・・・・わかった」
 地獄大使はとりあえず頷いた。
「では貴様の策を聞こうか」
「うむ」
 暗闇大使はここで頷いた。
「時空破断システムは整っているな」
「無論だ」
「そして怪人も戦闘員達もいる」
「今にでも全力出撃が可能だ」
「それならばよい」
 彼はそこまで聞いて頷いた。
「すぐにでもわしの策を実行に移せるな。やはり貴様は歴戦の将だけはある」
「褒め言葉はいい。話を続けろ」
「フフフ、わかった」
 彼は笑いながら応えた。
「その全てを同時に使うのだ」
「一斉攻撃か」
「そうだ。それならば仮面ライダー一号といえど人たまりもあるまい。どうだ、中々いい作戦だろう」
「わしのやり方にも合っているな」
「そう考えて提案したのだ。どうだ、やってみるか」
「うむ」
 地獄大使はそれに頷いた。
「では詳しいことを聞こうか」
「わかった」
 こうして二人は席についた。そして話を進めた。

 話が終わり暗闇大使は日本に引き揚げた。そして首領の下に来た。
「地獄大使に策を授けたそうだな」
 暗闇の中首領の声が響き渡る。
「ハッ」
 彼は頭を下げて答えた。彼は暗闇の中に跪いていた。
「それもかなり念入りな策と聞いているが」
「お言葉の通りです」
 彼はそれを認めた。
「あの男に合った策を授けました。これでライダー一号を倒すことができるでしょう」
「それは何よりだ」
 首領はそれを聞き明るい声を出した。
「だが一つ気になることがある」
「何でございましょう」
 彼はその言葉に顔を上げた。
「あれ程憎んでいたというのにそこまで策を授けたものだな」
「はい」
 彼の顔に一瞬だが陰が差した。
「最初は陥れ利用するつもりではなかったのか」
「私も最初はそのつもりでしたが」
 彼は謹んでそう言った。
「実際に会ってみると考えが変わりました。ここは策を授けるべきだと思いましたので」
「また急な心変わりだな。一体どうしたのだ」
「目を見まして」
「目か」
「はい。あの男の目は昔の目でした」
「人であった頃のか」
「それは」
 暗闇大使はそれには答えかねた。だがそれが他ならぬ答えとなってしまっていた。
「ふふふ、よい」
 首領はそれを見て笑った。
「それで仮面ライダーが倒せるのならな。私はそれで構わん」
「左様ですか」
「そうだ。それが世界征服への第一歩となるのだからな」
「そうなのですか」
「そうだ。今我々は勢力を大きく減らしている。これは事実だ」
「はい」
「ライダー達によってな。今残っているのは貴様と地獄大使だけだ」
 暗闇大使はそれには答えなかった。首領は言葉を続けた。
「今はライダーを一人でも減らしておきたい。そして日本での最後の決戦に備えるのだ」
「この日本でですな」
「そうだ。その為の手筈は整っているな」
「無論」
 暗闇大使は不敵に笑って答えた。
「間も無く我がバダンの大攻勢がはじまるでしょう」
「その為には奴等の力が少しでも減っておかねばならない。この世界を我が手に収める為にな」
「御意」
「その為の策ならば何をしてもよい。何としてもライダーを倒せ」
「わかりました」
「では下がるがよい。すぐにその準備に取り掛かるがよい」
「ハッ」
 こうして暗闇大使は闇を後にしたそして自室に戻った。
「さてダモンよ」
 彼は従兄弟のいるベトナムの方に顔を向けた。
「上手くやるがいい。そして見事ライダーの首を挙げるがいい」
 そこには憎悪はなかった。ただその作戦の成功を願う参謀の顔があるだけであった。
「フン」
 彼は自分でもそれに気付いた。そして自嘲するように笑った。
「因果なものだな。また奴に策を授けるとは」
 ふとベトナムでの戦いのことを思い出した。
「やるがいい、ダモンよ。そして見事勝つがいい」
 そして彼は棚からワインとグラスを取り出した。血の様に赤いワインであった。
「今は貴様に乾杯しよう。そして帰って来たならば」
 グラスに口をつける。そして飲んだ。
「二人でまた飲もうぞ。あの時のようにな」
 そして一人飲みはじめた。彼はそうして酒を楽しんだのであった。


[211] 題名:二匹の毒蛇1 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年11月15日 (月) 00時20分

          二匹の毒蛇
 死神博士がスペインで倒れたという話はすぐにバダンにも伝わった。流石にこれには多くの者が衝撃を受けた。
「それは本当か」
 首領も驚きを隠せなかった。エンブレムから思わず暗闇大使に問うた。
「ハ、残念ながら」
 彼は頭を垂れてそれに答えた。
「仮面ライダー二号との戦いにおいて。見事な最後だったといいます」
「そうか」
 彼はそれでようやく事態を認識できた。だがそれでも落ち着きは取り戻せなかった。
「あの男がか」
 死神博士はショッカーの時から首領に絶大な信頼を受けていた。それはこのバダンにおいても同じであった。
 ゾル大佐や地獄大使と共にその功を競い合った。この三人こそがショッカーの最大の切り札であったのだ。
 だがその三人が敗れた時ショッカーは終わった。首領はショッカーに見切りをつけ新たな組織であるゲルショッカーを設立したのであった。
「あの時と一緒だな」
 彼はふとその言葉を口にした。
「あの時とは」
 暗闇大使はその言葉に顔を向けた。
「いや」
 だが首領はそれを打ち消した。
「何でもない。気にする必要はない」
「ハッ」
 バダンにおいては首領の存在は絶対である。よってその言葉もまた絶対であった。暗闇大使はそれ以上は何も尋ねようとはしなかった。
「ところであの男はどうしている」
「一文字隼人でしょうか」
「うむ。スペインから何処へ行ったのだ。消息を知りたい」
「この日本に。立花藤兵衛や滝和也も一緒です」
「そうか。どうやら我等の計画に気付いているな」
「おそらく。やはりあの者達を動かしたのが少し早過ぎたようです」
「いや、早くはなかったな」
 だが首領はそれには賛同しなかった。
「どちらにしろライダー達はこの日本に集まって来る。それを考えるとあの者達を出すのに遅いということはない」
「左様ですか」
「うむ。ただ一文字隼人が来るとなるとやはりそれなりの警戒は必要だな」
「はい。あの男は何よりも幾多の戦いで培ってきた勘が備わっておりますから。それは他のライダー達を凌駕しております」
「そうだ。そしてもう一人の男も気になる」
「本郷猛ですか」
「その通り」
 首領はそれに対し険しい声で答えた。
「あの男は特に危険だ」
 バダンにとっては。
「あの男まで来るとかなり厄介なことになるだろうな」
「はい」
 それは暗闇大使もよくわかっていた。長崎や沖縄での戦いは彼もよく知っていた。
「何とか今のうちに倒しておきたいが。そうすればライダー達にとっても大きな痛手だ」
「それでしたら」
「何か手はあるのか?」
 首領は大使に問うた。
「私にはありませんが」
「何、では何もないではないか」
「いえ」
 不機嫌を露わにした首領に対しても冷静さを失ってはいなかった。
「他の者が動いてくれるでしょう」
「他の者か」
「はい。私に策があります」
 彼はそう言うと口の端を歪めて笑った。邪な笑みであった。
「本郷猛を倒すのにうってつけの者がおります」
「フフフ、わかったぞ」
 どうやら首領も理解したらしい。それに合わせて笑った。
「では今回も貴様に任せるとしようか」
「有り難き幸せ」
 彼は深々と頭を垂れた。
「おあつらえ向きに今あの男はベトナムにおります」
「そうか、ベトナムに」
 暗闇大使の故郷である。そしてあの男にとっても。
「必ずや本郷猛を狙って動き出すでしょう」
「そうだったな。あの男は東南アジア支部長でもあった」
 首領は思惑を含んだ声で言った。
「はい。将に適役です。色々な意味で」
「色々な意味でな」
 やはり企んでいる声であった。
「あの男も必死になって戦うであろうな」
「当然でしょう。奴にも意地があります故」
 暗闇大使はこれからの成り行きを予想していた。そしてそれだけで楽しくて仕方がなかった。
「面白いことになるでしょうな」
「うむ」
 それは首領も同じであった。邪悪な含み笑いが漏れた。
「それでは早速かかるがよい。そして見事あの男を使って本郷猛を始末せよ」
「ハッ!」
 それだけ言うと首領の気配は消えた。後に残った暗闇大使も気配が消えたのを確かめるとすぐにその場を後にした。

 地獄大使はこの時ラオスの奥地にいた。そこで訓練を行っていたのだ。
「状況はどうだ」
 彼は側にいた戦闘員の一人に問うた。
「ハッ、全て順調であります」
 その戦闘員は敬礼をして答えた。
「怪人も連度を急激に上げております。おそらくこのままいけば一週間後には目標の連度にまで達するかと」
「そうか」
 地獄大使はその言葉を聞き目を細めた。
「どうやらかなり上手くいっているようだな」
「その様です」
 戦闘員は答えた。
「我々戦闘員の動きも見違える程になりました」
「さらによいことだ」
 彼はそれを聞いてさらに目を細めた。
「戦力は確かな方がよいからな。これからのことを考えると」
「ハッ」
「これだけは覚えておくがよい。ライダーはおいそれとは勝てぬ相手だ」
「ハイ」
 それを聞いた戦闘員は言葉を深刻なものにさせた。
「これでいいという段階でも勝ては出来なかった。今まではな」
 戦闘員は表情を更に深刻なものにさせた。
「それ程手強い相手だ。だが今度は違う」
 地獄大使はここで言葉をキッと引き締めさせた。
「わしもいるからな」
「はい」
「今度はわしが先頭に立ってあの男を倒す。よいな」
「わかりました」
 今までは怪人や戦闘員が前面に出ていた。彼は確かに前線での指揮を好む実戦派であったがライダーと直接戦う機会は少なかった。彼はそれを見直したのである。
「わしが直接戦えば奴等もそうそう容易に戦いを進めはしまい」
「そうでしょうな。如何に奴等が強かろうとも大使を相手にしていてはそうそう力を集中させるわけには」
「そうだ。そこを衝けばよい」
 彼はニイ、と笑った。酷薄な笑みであった。
「問題はどのライダーが来るかだな」
「はい」
「その心配はない」
 ここで地獄大使と全く同じ声が聞こえてきた。
「その声は」
 地獄大使はその声を聞くと表情を一変させた。
「ふふふ、その通りだ」
 そこへ声の主が姿を現わしてきた。
「ダモンよ、暫くぶりだな。元気そうで何よりだ」
「その名を呼ぶなと言っただろうが」
 地獄大使は彼を睨みつけて言った。憎しみに満ちた声であった。
「水臭いことを言うな。たった二人の肉親だというのに」
 だが暗闇大使は皮肉を止めなかった。彼の声も憎しみで燃え盛っているというのにだ。
「我等は何時でも一緒であったではないか」
「・・・・・・ガモンよ、貴様死にたいのか」
「ガモンとな」
 その名を聞いた彼の顔が一瞬憤怒で歪んだ。
「一つ言っておく。私の今の名は暗闇大使という。ガモンではない」
「それはわしも同じだ。二度とあの名で呼ぶな」
 彼等は互いに憎しみを隠そうとはしなかった。激しく睨み合っていた。
「やるつもりか」
 暗闇大使には普段の冷静さは全くなかった。
「貴様が望むのならばな」
 地獄大使はその気性を露わにしていた。少なくとも彼は引くつもりは一切なかった。
「何ならライダーを倒す前にまず貴様を血祭りにしてもよいのだぞ。出陣前の祭りにな」
「ライダー」
 それを聞いた暗闇大使の顔に急激に落ち着きが戻ってきていた。
「ふ、そうであったな」
 彼は急に口の端だけで微笑んだ。
「大切なことを忘れておったわ。今は貴様の相手をしている時ではないのだ」
「喧嘩を売ってきたのは貴様であろうが」
「ふふふ、そうだったかな」
 暗闇大使はそれに対してはとぼけてみせた。そして話をはぐらかした後で話を移した。
「ここにライダーが向かっているのは知っているな」
「やはりな」
 それは地獄大使もわかっていた。やはりその程度は察知していた。伊達にショッカーとバダンで大幹部を勤めてきているわけではないのだ。
「だがそれが誰であるかまではわかるまい」
「残念だがな。だが誰であろうが関係はない」
 地獄大使は強い声で言った。
「倒すだけだ。この手でな」
 そして右手に持つ鞭を掲げてみせた。鞭は鈍い黄金色の光を放っている。
「だができるだけ因縁のある相手と戦いたいであろう」
「因縁のある相手」
「そうだ。貴様が最も憎む男だ」
「何が言いたい」
 地獄大使は従兄弟の顔を見据えた。暗闇大使はそれを見て内心ほくそ笑んだ。
(よし)
 彼は従兄弟が術中にかかったのを確信した。
「銀の拳を忘れたわけではあるまい」
「忘れると思っているのか」
 あの男だけは忘れられる筈がなかった。今までの多くの戦いが彼の頭の中に甦った。
「この地獄大使、受けた恨みは決して忘れはせぬからな」
「ふふふ、ならば話は早い」
 暗闇大使はニヤリ、と笑って彼に言った。
「その男が今ベトナムに向かっている」
「まことか」
 地獄大使はそれを聞き表情をまた一変させた。それは驚きのものであった。
「わしは嘘は言わぬ。どうして今それを言う必要があるか」
「むう」
 彼等は互いに全く信用してはいない。だがその手のうちはよくわかっている。だからこそわかった。
「そうだな。貴様の言葉、今は信じよう」
「それでいい」
 暗闇大使はそれを聞きまたもや口の端を歪めて笑った。
「では今後どうするべきかわかっておろうな」
「無論だ」
 地獄大使は即答した。
「すぐにベトナムに向かう。そしてあの男の首を首領に献上しようぞ」
「うむ」
 暗闇大使はそれを聞きながらほくそ笑んでいた。
(これでいい)
 最早彼はその術中に完全にかかっていた。それを確信したのだ。
「では健闘を祈る。わしは日本に戻るとしよう」
「待て」
 ここでマントに身体を包み姿を消そうとする彼を地獄大使が呼び止めた。
「一つ言っておくことがある」
「何だ」
 暗闇大使はマントを一旦下した。そして地獄大使に向き直った。
「ライダーの次は貴様だ。わかっていような」
 そう言う地獄大使の目にはやはり憎悪がたたえられていた。それを見た暗闇大使の目も同じであった。
「無論だ」
 彼はそれに対して応えた。そして言葉を返した。
「だが勝つのはわしだ。それだけは覚えておけ」
「フン」
 暗闇大使はそう言うと再びその身体をマントに包んだ。そして今度こそ完全に姿を消した。
 後には地獄大使が残った。彼は部下の戦闘員達に向き直った。
「聞いておったな」
「は、はい」
 戦闘員達は先程までの激しい睨み合いにいささか驚いていた。そして咄嗟に問われて狼狽してしまったのだ。
「すぐにベトナムに戻るぞ。よいな」
「はい」
 有無を言わせぬ声であった。それに従わざるを得なかった。
 こうして彼等はラオスの奥地からベトナムに向かった。そして戦いに挑むのであった。

 ベトナムの近代の歴史は戦乱の歴史であると言っても過言ではない。これは帝国主義と冷戦の影響であったのは歴史が教える通りである。
 まずは清朝とフランスが争った。その結果インドシナ半島の東はフランス領となった。フランス領インドシナである。
 第二次世界大戦でフランスがドイツに降伏するとここにドイツの同盟国である日本が入った。彼等はまずベトナムの者に教育を施した。
「アジアは一つだ」
 と。これは多くの者に多大な影響を与えた。
 無論ここには日本の考えもあった。彼等はベトナムを自国の勢力圏に置くことを考えていたのだ。
 だがそれと同時にベトナム人の国を建国させるつもりであった。当時の日本がアジアの自立を掲げている以上これは必ず達成すべきことであった。そして彼等はそうしたのであった。
 この時代の日本程その理想に獲り憑かれ現実を見えなくなっていた国はなかった。彼等は帝国主義的であった反面こうした理想主義にも心を奪われていたのだ。
 だがこの考えがベトナムの者に光を見出したことは事実であった。
 彼等は立ち上がった。そこには今までの様なただ主人に従うだけの使用人の姿も心もなかった。
 戦いが終わり日本は去った。そこにフランスがまたやって来たのだ。彼等にしてみれば当然であった。
 だがベトナムの民衆はそれまでとは違っていた。彼等は自分達の国を勝ち取るべく戦う決意を固めていたのであった。
 彼等は果敢に戦った。裸足の軍隊とまで言われ、その装備は貧弱なものであった。だがそれでも彼等は戦ったのであった。
 相手は近代装備の軍隊である。しかし彼等は次々と勝利を収めた。
 遂には難攻不落を呼ばれたフランス軍の本拠地ディエンビエンフー要塞を陥落させた。それからの和平交渉の末彼等は遂に独立を勝ち取った。
 だがそれで終わりではなかった。問題は彼等を指導しているのが共産党であったことだ。
 厳密に言うとベトナム共産党は共産党ではない。指導者であるホー・チミン自身がナショナリストであり共産主義ではなかったのだ。彼は共産主義は独立を勝ち取る為の看板に過ぎないと完全に認識していた。必要とあれば外す看板であり、状況によっては日本と組んでも一向に構わなかったし、ナチスでも良かった。実際に彼はソ連と組んだ。これはあくまで独立を勝ち取る為だ。また彼等が何かした場合はすぐに手を切るつもりであった。恐るべき現実的な思考を持った優れた戦略家であり知的なナショナリストであった。
 彼がいたことはベトナムにとって幸運であった。何故なら戦いはこれで終わりではなかったからだ。
 アメリカが介入してきたのだ。共産主義を標榜する彼等を無視できなかったのだ。
「このままではインドシナだけでなく東南アジア全体が共産主義の手に落ちる」
 そう考えたアメリカはまず軍事顧問団を派遣した。そして南ベトナムに傀儡政権を樹立した。そしてトンキン湾事件を引き起こし本格的に介入を開始した。
 アメリカは空から大規模な空爆を行った。大軍を送り込み共産勢力を掃討しにかかった。
 だがこれは上手くいかなかった。ベトコンはジャングルに隠れ彼等を奇襲したのだ。アメリカはこれに対して執拗な掃滅戦と枯葉剤やナパームによる焦土戦術を実行した。
 それでもベトナムは屈しなかった。アメリカ軍に消耗を強いると共に外交戦略に訴えアメリカを逆に追い詰めていった。そして遂にアメリカの撤退という勝利を勝ち取ったのだ。
 それから統一を果した。ベトナムの長年の苦労が報われたかに思われた。だが歴史の神というのは極めて残酷な存在である。彼はベトナムにさらなる戦いを用意した。
 その頃隣のカンボジアには恐ろしい狂気の政権が蠢いていた。
 ポルポト政権である。異常な共産主義に支配されたこの政権は自国民を次々に殺戮していった。
 知識人、いや中には眼鏡をかけているというだけで殺された者もいた。文化も芸術も根絶し経済を完全に壊滅させた。国民は皆農業に強制的に従事させられた。
 厳格というよりは異常な刑罰で国民を殺していった。そしてその犠牲者は一説によると国民の半数近くに及んだという。
 この存在を危惧したベトナムはカンボジアに侵攻した。彼等がベトナムに影響を及ぼすのを警戒したのだ。
 しかしこれに神経を尖らせた国があった。北の大国中国である。
 カンボジアは中国と友好関係にあった。これは外交戦略においてベトナムを牽制する為であった。
 そのカンボジアが攻められ親越政権が樹立されたのである。しかも彼等はソ連とも友好を深めていた。ソ連は中国にとって不倶戴天の敵であった。これは中国の北にあるからだ。彼等にとってソ連とは北方の遊牧民族に他ならなかった。万里の長城の向こうにいる何よりも憎い存在に他ならなかった。
 ベトナムもソ連と友好関係にあった。ソ連海軍の基地すらあった程だ。これをアメリカも許す筈がなかった。 
 中国はアメリカに話をつけたうえでベトナムに侵攻した。名分は懲罰であったがその実はこれ以上の勢力伸張を放ってはおけなかったのだ。これに対してベトナムも反撃し両国は国境付近で激突した。
 大方の予想は中国有利であった。国力差を考えると当然であった。だが彼等はまたもや勝利を収めたのだ。
 やはり彼等は強かった。中国軍は圧倒的な物量を誇りながら敗れてしまったのだ。
 これを機にベトナムはソ連との関係をさらに強めた。そしてアメリカ中国、ASEAN諸国と睨み合った。太平洋の情勢はそうした一触即発の状況であった。
 だがソ連の崩壊と共に情勢は変わった。ベトナムは経済においては共産主義を躊躇いもなく放棄し資本主義を導入した。所謂ドイモイ政策である。
 そしてASEANやAPECにも参加したこうして見事冷戦を乗り切り新たな道を歩んでいる。卓越した外交と粘り強い戦いぶりは世界に知られている。
 今この国は発展途上にある。中でも南部の中心地ホー・チミンは特にそれが著しい。
 かってこの街はサイゴンといった。南ベトナムの首都でありメコン川の河口に位置している。
 統一と共にこの名となった。言うまでもなく独立の指導者ホー・チミンの名を冠したのである。
 今この街に一人の男がいた。彼は市街を歩いていた。
「やっぱり暑いな」
 見れば太い眉に精悍な顔立ちをしている。本郷猛であった。
「この街にも何度か来たことはあるがこの暑さには中々慣れないな」
「あら、そう」
 隣にはルリ子がいた。彼女は本郷を見上げて言った。
「私は結構平気だけれど。この街はそんなに暑くはないわよ」
「そうかな」
 彼はそれを聞き考える顔をした。
「かなり暑いと思うけれど」
「インドネシアやポリネシアよりは涼しいと思うけれど」
「ううむ」
 そう言われてみればそうかも知れない。本郷は考える顔をそのままにしていた。
「アマゾンよりはまだ快適じゃないかしら」
「あそこはまた特別だ。そうそうおいそれと暮らしていけるところじゃない」
「アマゾン以外はね」
「アマゾンはまた特別だ。あれだけ環境適応能力が高いのはライダーでもいない」
 アマゾンの身体の強靭さと適応能力はまた特別であった。彼はアマゾンの密林での生活で他の者とは比較にならない程逞しい生命力を身に着けていたのだ。
「そうなの」
「うん。確かにライダーは元々常人とはかけ離れた身体能力を持っている」
 本郷は頭脳だけでなくその運動神経も超人的であった。
「だがやはり本来住んでいた環境に一番適応しているんだ。この場合は日本だ」
「そうだったの」
 これは少し意外だった。ルリ子はライダーはどの様な環境でも問題ないと思っていたからだ。
「だから日本の環境一番適応しているんだ。これは個人差があるけれどね」
「けれど私はここでもそんなに辛くはないけれど」
「それが個人差なんだ」
 本郷はそこで彼女に対して言った。
「例えば一文字はロンドンで快適そうだっただろ」
「ええ」
「あいつはロンドンで生まれ育ったから霧の中でも平気なんだ」
「そういうものなの」
「ルリ子さんは幼い頃は沖縄にいたね」
「ええ。御父様が沖縄の大学にいたから」
「幼い頃にそこで暮らしているとその場に適応する。だからこのホー・チミンの暑さも苦にならないんだ」
「そうだったの」
 これは実際にある。例えば九州に生まれた者は東北の寒さが堪える。そして東北の者にとっては九州はあまりにも暑い。日本でもこれだけの差があるのだ。
「俺にとってはベトナムは暑いね。どうも慣れない」
「大丈夫なの、猛さん」
「ああ、戦いは任せてくれ」
 だが本郷はそれに対しては気を抜いてはいなかった。
「バダンに対しては別さ。必ず倒す」
「それを聞いて安心したわ」
 ルリ子はすっと笑った。
「流石はライダーのリーダーね。猛さんがいるだけで安心できるわ」
「おっと、それは買い被りだよ」
 本郷は苦笑して言った。
「俺はそんなに立派じゃない。ただの改造人間だ。ただのね」
 そこで一瞬表情が曇った。やはり改造人間であるということは変わらないのだ。
 実際は暑くとも普通の者とはまた感覚が異なる。汗もそれ程かきはしない。何故なら身体のつくりがもう普通の者とは全く異なっているからだ。
「ええ」
 ルリ子は何と言ってよいかわからなかった。だが本郷は自分ですぐに気をとりなおしていた。
「それでも生きていくしかない。改造人間として、いやライダーとして。それはわかっているつもりさ」
「そう」
 ルリ子はその言葉を聞いて顔を明るくさせた。そう思っているのなら安心だった。
「猛さん」
 そしてあらためて本郷に言った。
「何処か食べに行きましょ。ベトナムは美味しいものが多いし」
「うん」
 本郷もそれに頷いた。
「ねえ、何処に行く?」
「そうだな」
 本郷はまた別の問題で考えはじめた。
「ベトナムといえば屋台だしな」
 タイと同じでこの国は屋台が多い。これも東南アジア独特の文化である。
「麺類なんてどうかしら」
「悪くないね」
「あとご飯もいいわね」
「そうだな、ベトナムは本当に美味い料理が多い。蛙も食べられるし」
「あら、蛙も」
 蛙を食べる国は案外多い。中国でもそうだしアメリカでも食べる。東南アジアではわりかしポピュラーな料理だ。
 ルリ子も蛙は嫌いではない。欧州においてもフランスやドイツでは昔から食べられている。神聖ローマ帝国皇帝でありスペイン国王であったハプスブルグ家のカール五世は蛙の足を好んだことで有名である。彼は質素な生活を好み他には鰻やビールを好んだ。余談であるがこれはハプスブルグ家の伝統でありこの家は欧州随一の名門でありながらその生活は質素な者が多かった。これは宿敵であったブルボン家のそれとは大きな違いであった。
「それはいいわね」
「おや、ルリ子さんも変わったね」
 本郷はそこでからかうようにして言った。
「あの時はあんなに気味悪がっていたのに」
「昔の話は止めてよ」
 ルリ子はそれに対して口を尖らせた。かっては彼女も蛙が苦手であった。最初蛙の足を見た時は飛び上がった位である。
 実は本郷はそれを意外に思ったのだ。
 何故なら彼は科学者でもある。動物の解剖も行ったことがある。だからこれ位では驚かないのである。
 だがルリ子は違う。元々文学部の学生である。そうしたことに慣れている筈もなかった。しかし本郷がそれを知るよしもない。
「あの時は驚いたなあ」
「猛さんとは違うわ」
 彼は元々動揺することのない冷静な男である。時としてそれが浮世離れしたものに思われる時もある。
 だが彼はそれに中々気付かないのである。これも彼の生真面目さゆえんであろうか。
「まあ今は腹ごしらえといこう。本当にお腹がすいてきた」
「そうね」
 それはルリ子も同じであった。同意して頷いた。
「じゃあすぐに行きましょう。本当にお腹が鳴りそうだわ」
「ははは、確かに」
「あっちね」
 二人は屋台が立ち並ぶ場所に歩いていった。そしてそこで米の汁ビーフンや蛙を楽しむのであった。

 その頃日本ではいよいよ事態が急転しようとしていた。
「隼人さんはもう行ったのね」
 りつ子がアミーゴのカウンターで立花に尋ねていた。
「ああ」
 立花は答えた。その顔は晴れやかなものではなかった。
「あいつも行っちまったよ」
「そう」
「戦場にな。それがあいつ等のやらなきゃいけないことだってわかってはいるんだが」
 それでも心苦しくない筈もなかった。立花はそれを思うとどうしても顔が晴れないのだ。
「わしよりもあいつ等の方が余程辛いだろう。しかしな」
「それがあいつ等の宿命ですからね」
 そこで店に滝が入って来た。
「帰ってたのか」
「ええ。川崎の方は何とかしてきました」
 滝は立花に対して答えた。
「バダンの攻勢はかなり激しかったですけれどね」
「そうだろうな。奴等も必死だ」
 立花は表情を険しくしたままであった。
「川崎にもライダーが行ったんだよな」
「ええ、志郎の奴が」
「そうか、あいつも日本中駆け回ってるな」
「そうですね。本当に頭が下がりますよ。あれだけ傷を負っているのに」
 ライダー達も幾度もの激しい戦いで深い傷を負っていtだ。だがそれでも彼等は立ち上がらなくてはならないのだ。それがライダーだからだ。
「他の連中もな。隼人も行ったぞ」
「そうですか」
「新潟にな。そこに出たらしい」
「新潟ですか」
「そっちには佐久間も向かった。役君も向かうそうだ」
「役もですか」
「ああ。今ここに残っているのはわし等だけしかない」
「苦しいですね」
「苦しくない戦いなんてあるものか」
 立花は苦い顔でそう言った。
「苦しいから戦いなんだ。それは向こうも同じだ」
「はい」
 それは滝もわかっているつもりであった。だがそれでも思わざるをえなかったのだ。
「ここが耐え時だ」
 立花はまた言った。
「わし等もな。それを乗り切ったら一気にいくぞ」
「一気にですか」
「そうだ。まだわし等には力がない。本郷もいない」
「それに村雨も」
 滝の言葉は何やら深い意味があるようであった。
「ああ。まだわし等は我慢する時だ。ライダー達もそれはわかっているだろう」
「そうでしょうね。いや、それが一番よくわかっているのはあいつ等でしょうね」
「そうだったな。あいつ等が一番わかっていることだった」
 立花の顔はやはり苦しいものであった。
「何故それがわからんのだ、わしは」
「それは違いますよ」
 ここでりつ子が言った。
「おじさんはライダー達のことを思い過ぎなんですよ。だから色々考えてしまうのだと思うわ」
「谷さんもですね」
 滝も言った。
「あの人もいつもライダー達のことを考えていますよ」
「同じなんだよ、わしとあの人は」
 立花は言った。
「あいつ等といつも一緒で共に戦い寝食を共にしてきたからな。どうしても色々と考えてしまう」
「でしょうね。おやっさんも谷さんもあいつ等といつも一緒だったから」
「最初はどいつも色々と癖があったよ。隼人の奴なんていきなり出て来たからな」
「あの時は驚きましたね」
 滝はその時のことを思い出して微かな笑みを作った。
「本郷がいないと思ったらあいつが出て来ましたから」
「それでわし等の前で変身してな。けれどあいつもよくやってくれたよ」
「ええ。あいつも本郷もどちらかがいなかったらショッカーもゲルショッカーも倒せなかったでしょうね」
「だろうな。あいつ等がいてくれて本当によかった」
 だがその彼等は言う。立花や滝がいなくてはとてもショッカーもゲルショッカーも倒すことはできなかったと。彼等は互いに助け合って悪を倒したのである。
「今もな。本郷も隼人も本当によくやってくれているよ」
「他のライダー達も」
「ああ。アマゾンは今千葉にいる。敬介は和歌山だ」
「茂は名古屋らしいですね」
「そうだ、琵琶湖には洋が向かった」
「あとは和也が松山ですか」
「丈二が稚内でな。戻って来たらすぐに戦いに向かったよ」
「風の様に戻って来て風の様に戦場に向かうのね」
「そうだ」
 立花はりつ子の言葉に頷いた
「あいつ等は風だ。悪を吹き飛ばす正義の風だ」
 それがライダーであった。彼等は悪を倒す為に常に吹き続ける風なのであった。
 風だから常にさすらわなくてはならない。だが彼等はそれを苦しみとしてはいけないのだ。 
 何故ならそれがライダーだからだ。常に悪のあるところに向かい、それを倒す。それがライダーなのである。
 苦しみも悲しみも心の奥底に秘めて戦う。それは決して表に出ることはない。仮面の下の顔は決して見せてはならないのである。
 だが彼等はそれでも悪に立ち向かう。そして戦う。この世にいる多くの人々の為に。
「あいつ等の中には憎しみに心を奪われていた奴もいたさ」
 風見がそうであった。彼は両親と妹をデストロンに殺されていた。神も父を殺された。他の者達も師や友人を悪の手で殺されている。その怒りと憎しみは忘れられない。
 だが彼等はそれを乗り越えたのだ。そして本当の意味で正義の戦士となった。その心を消し去り正義を胸に抱いて。
「だからこそあいつ等は凄いんだ」
 それは立花も認めていた。だが彼等は人間である。悩み、苦しむ人間なのだ。
 そんな彼等を支え、時には厳しく、時には優しく育ててきた。立花は彼等が人間だからこそそうしてきたのである。
「人間は身体がどうとかいうんじゃない、心なんだ」
 彼はそれを知った。例えどの様な身体でも彼等は人間なのである。ライダーは人間なのだ。
 人間だから人の為に戦う。そして護る。それは人でなくては出来ないことであった。
 それを誰よりもわかっているのが立花であり谷であり滝であった。彼等はだからこそライダーと共にいるのだ。
「ところでだ」
 立花はここで話題を変えた。
「谷さんは今何処にいるんだ」
「あの人は今自分の店にいますよ。またこっちに来るそうです」
「そうか」
 立花はそれを聞いて頷いた。
「てっきり良のところに行ってると思ったんだがな」
「あっちには博士達が行ってます。全員で」
「全員でか」
「ええ。何でも奴の身体にはまだまだ潜在能力が眠っているそうで。伊藤博士も一緒ですよ」
「そうか」
「どうやらかなり凄い奴のようですね」
「そうでなくちゃあ困るしな」
 立花の声は険しかった。
「あいつはまだまだライダーになって間もない。経験は浅いんだ」
 ライダーも多くの戦いによる経験が必要なのは言うまでもないことであった。
「けれどアメリカとカナダじゃあ」
「ヘビ女とマシーン大元帥だな」
「ええ」
「確かにあれはいい勝負だったらしいな」
 それは立花も聞いていた。
「だがそれだけじゃまだまだ経験不足なんだ」
「そういうものですか」
「滝」
 立花はここで滝に顔を向けた。
「御前もわかるだろう、何で本郷と隼人があそこまで強くなったかを」
「はい」
 常に彼等と共に戦ってきた。それがわからない筈がなかった。
「そういうことだ。経験も必要なんだ、奴にはまだそれがない」
「このバダンとの戦いだけじゃまだ足りないですか」
「ああ、確かに最初の頃よりはずっといいだろう」
「その最初でライダー達をまとめて相手したのにですか」
「それからあいつ等は再改造を受けて特訓もした。あの頃とは比較にならん」
「それはわかります」
 確かにライダー達は強くなっていた。それは事実だ。
「わしはな、あいつ等の特訓の時に念頭に入れていたことがあるんだ」
「それは何ですか」
「あいつ等に今までの戦いを思い出させる様な特訓をしたんだ。谷さんと話し合ってな」
「そうだったんですか」
「ああ、それまでの戦いを思い出させ、そこからあいつ等を鍛えるつもりだったんだ。そしてそれは成功した」
 だからこそ彼等はバダンと戦うことができたのである。立花はそれが誰よりもよくわかったいた。いや、彼でなくてはわからなかったであろう。
「皆戦いを経て成長していったんだ。良にはまだそれがない」
「それを補う為に力を引き出すんですか」
「そうだ。あいつにはかなり苦しいことだと思う。だがな」
 立花の顔は更に深刻なものになっていく。
「その苦しいことを乗り越えて悪と戦うのがライダーなんだ」
「ええ」
 それは滝も嫌という程よくわかっていた。
「あいつにも苦労をかける。だがそれは乗り越えなくちゃならないんだ」
「この世界の為に」
「そしてあいつの為に。あいつもライダーなんだからな」 
 二人の話は険しいものであった。だが彼等は誰よりもライダー達を愛していた。
 それだからこそ出る言葉であった。二人はあくまで村雨のことを思っていた。
「おやっさん」
 滝が言った。
「俺も行きましょうか、あいつのところへ」
「行くのか」
 立花は顔を上げた。
「ええ、練習相手も必要でしょう。博士達にはそれは辛いでしょうし」
「そうか、じゃあ行って来い」
 彼はそれを認めた。
「わかってるとは思うが手加減はするなよ」
「おっと、さるのはこっちですよ。相手はライダーですよ」
「おっと、そうだったな」
 ここで立花はようやく笑った。
「ライダーが相手なら御前も悪ふざけはできないだろうしな」
「おやっさん、俺はそんなことしませんよ」
「何言ってやがる、しょっちゅうしやがったくせに」
「あれ、そうでしたっけ」
「この野郎、とぼけるつもりか」
 二人は笑顔になった。こうした明るさがなくては戦えないのもまた事実であった。
 そんな光景をりつ子は笑顔で見ていた。彼女もそうした二人を見るのが好きであった。
 翌日滝はすぐに村雨の元へ向かった。東京の守りは立花と谷、そしてアミーゴの面々が担うことになった。
「またやらなくちゃいけないんですかあ」
 史郎は情ない声で言った。
「何言ってやがる、それがわし等の仕事だろうが」
 立花はそんな彼を叱り飛ばすようにして言った。
「けれど俺」
「何だ」
 顔を顰める立花に怯えつつも怖る怖す声を出した。
「只の喫茶店のお兄さんですよ。そんなバダンと戦うなんて」
「何言ってやがる、ショッカーとも戦っていただろうが」
「けど」 
「まあまあ」
 そこへ谷が入って来た。
「ここは私達だけでやりましょうよ。彼はアミーゴさえ守ってもらえばそれでいいですし」
「谷さんがそう言うんなら」
 立花もそう言われようやく納得した。
「戦い方は幾らでもありますよ」
「成程、確かに」
 言われてみればそうである。立花は大いに頷いた。
「今はここにいるのは私達と彼、それに女の子達だけですし」
 今東京に残っている者は少なかった。純子とチコ、マコ、りつ子、そして史郎と立花、谷だけである。戦力になりそうなのは二人だけであった。
 チョロやがんがんじい、竜はライダーのサポートに向かっている。役は役で調査に当たっているという。
「役君がいてくれたら楽なんですがね」
「彼にも彼の事情があるのでしょう、仕方ありませんよ」
 谷はそれに対しては何も言うつもりはなかった。
「それよりも今私達だけでやれることをやりましょう」
「ええ」
 結局そうするしかない。立花は頷いた。
「丁度少年ライダー隊もいますし。彼等には情報収集なんかをしてもらって」
「危険な任務からは外して」
「はい。後は赤心少林拳の人達にも協力を頼みましょう」
 かってドグマに壊滅させられたが生き残った僅かな者達によって復興されていたのである。再び道場を構え日々修業に励んでいる。
「それだけでかなりの戦力になりますね」
「そうですね。少年ライダー隊を後方に回してわし等と赤心少林拳で戦うと」
「そうなりますね。アミーゴを基地として」
「はい」
 立花はここでアミーゴを見回した。
「何かと色々と役に立ってくれるなあ」
「本当に。ここがなくては今頃どうなっていたことか」
 谷もそれに同意した。
「うちじゃあこうはいきませんよ」
「そうなんですか」
「ええ、通信設備もマシンの整備も出来ませんから」
 やはりそうした設備は不可欠なのは言うまでもないことであった。
 立花はマシンの整備を得意としていた。かってサイクロン改から研究して新たなマシン新サイクロンを開発したこともある。その腕は確かであった。
「それに気のいい面々もいますし」
 谷はそこで史郎達に顔を向けた。
「俺ですか」
 史郎は顔を向けられ少し嬉しそうな顔をした。
「ああ、頼りにしているよ」
 谷の顔は温かかった。彼もまた立花と同じくライダー達にとって父親の様な存在であった。
「いいなあ、俺谷さんのところへ行こうかな」
「勝手にしろ」
 立花はそれを聞き冗談混じりに言った。
「おやっさん、それはないですよ」
 しかし彼はそれに対して悲しそうな声を出した。
「俺はここしか居場所がないんですから」
「そうか、だったら今月から給料は半分だ」
「そ、そんなあ」
 彼はまた情ない声を出した。谷はそれを笑いながら聞いていた。
 こうして話し合いは終わった。彼等もまた戦いに赴くのであった。

 本郷とルリ子は食事を終えホー=チミンの街中を歩いていた。
「美味しかったわね」
「ああ」
 二人は今しがた食べ終えたばかりの昼食について話していた。
「ベトナムの料理ってタイのとはまた違うわね」
「そうだな、タイのもの程辛くはない」
 タイの料理はまた特別である。
「あの青い唐辛子は一度食べたら忘れられない」
「沖さんが好きらしいわね」
「一度タイへ行ってからだったな。それ以来病みつきになったらしい」
 人の舌というのも不思議である。気に入るとそれをずっと食べたくなったりするのだ。
 日本人にとってはそれが醤油や味噌、白米等である。その白米もジャポニカ米という独特のものだ。
 だがこれは他の国の人々には人気がない。ベチャベチャしているというのだ。
 日本人にはこれが不思議でならない。逆に日本人やタイ米やカルフォルニア米はパサパサしているといった好まない。
「日本人の味覚はよくわからない」
 タイの人はよくこう言う。米だけでなく生の魚を好んで食べることも理解できないというのだ。
「あんな奇妙な魚をどうやって食べるのだろう」
 フィリピンの人達は日本に向けて輸出される魚を見て首を傾げる。彼等は日本で食べられるような魚はあまり口にはしないのである。
 これは逆のことにもなる。日本人がタイに行くとその辛い料理に驚く。だがタイ人にとっては普通だ。
「こんな辛い料理平気なんですか」
「何がですか」
 逆にこう不思議がられるのだ。フィリピンでもだ。とかく料理というものは難しく、かつ面白いものだ。ここからもそれぞれの国の違いが出て来るのだ。
「一文字はロンドンの料理がまずいと言っていたな」
「私はそんなに感じなかったけれど」
「最近はね。昔はそれこそ凄いものだったらしい」
 彼が日本に来てまず驚いたことは料理の美味さだったという。それ程までにイギリスの料理はまずいとまで言っていた。
「隼人さんが言うと何だかオーバーに聞こえるわね」
「いや、それは本当だ」
 本郷はそれに対して注釈を入れた。
「俺も一度ゴッドとの戦いの時イギリスにいたことがあってね」
「ええ」
 その時ルリ子はユーゴスラビアで別行動をとっていたのだ。
「あの料理は酷いものだった。どうしたらあそこまでできるのか不思議な程だ」
「アメリカよりも凄いの?」
「アメリカは量が多いだけで味はそれ程だとは思わないけれどね」
 実際アメリカはその差が大きい。だが量は異常に多いのが特色だ。
「ベトナムの料理はそんなに脂っこくないわね」
「そうだね、生野菜も多いし」
 それがベトナム料理の特色の一つであった。
「食べ易くて値段も手頃で。何か家庭料理が多いわ」
「それがこの国の特徴なんだ」
 本郷はここで感慨に耽る顔をした。
「今まで長い間苦難の歴史を歩んできたからね」
 ここで旧アメリカ大使館の前を横切った。その苦難の歴史の象徴の一つだ。
「アメリカだけじゃない、中国もフランスも」
「どの国もベトナムを狙って戦争をした」
「それに打ち勝つのは大変だっただろう。多くの犠牲者が出た」
 長い戦いにより夥しい人命が失われた。そして国土は荒廃した。
 それを戦い抜いたのは民衆の力もあった。ベトナムは民衆の力で大国に勝ってきた国なのだ。
「ホー=チミンという素晴らしい指導者がいたことも事実だ」
「けれど民衆の力がなければ到底勝つことはできなかった」
「そう思う、彼等は命を賭けて侵略者に戦いを挑んだ」
「そして遂に独立を勝ち取った」
「夥しい犠牲を払いながらね」
 その象徴がこの旧アメリカ大使館であった。彼等の苦難の歴史の中の一ページもであるのだ。
「そう、ベトナムの二十世紀の歴史は戦いの歴史だった」
 ここで声がした。
「その声は」
 本郷とルリ子はその声に聞き覚えがあった。忘れることのできない声であった。
 二人は振り向いた。そこにあの男がいた。
「久し振りだな、本郷猛よ」
 地獄大使は彼を見据えて言った。
「貴様か」
「そうだ、ベトナムの歴史をよく知っているな」
「知らない筈がないだろう」
 本郷は彼に対して言葉を返した。
「貴様の祖国でもあるからな」
「それも知っていたか」
「三度のインドシナ戦争」
 フランスとの独立戦争、ベトナム戦争、中越戦争の三つのことである。
「その全ての戦いにおいて獅子奮迅の活躍をした名将ダモン」


[210] 題名:マウンドの将2 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年11月01日 (月) 23時09分

 第二試合もまずは予告先発からであった。横浜はその整った顔立ちが人気の右のエース斉藤隆、西武も男前で評判のある豊田清だった。両方共顔には定評のある好投手なので試合開始前からスタンドでは話題だった。
 だが観客席にいるのは殆どが横浜ファンであった。これには西武ナインも苦笑した。
「おいおい、俺達の援軍はあれだけかよ」
 西武ファンはほんの僅かであった。だがその声援は熱かった。
「その援軍に応えるぞ」
 東尾はナイン達に対して言った。こうして試合がはじまった。
 まず西武は斉藤の立ち上がりを攻める。ノーアウト一、二塁。だが彼を攻めきれず結局無得点に終わる。
 その裏の横浜の攻撃である。またしても石井にヒットを許した。
「またかよ・・・・・・」
 東尾は唇を噛んだ。そして例によって走られた。
「伊東の肩に問題があるな」
 そして同じように鈴木にタイムリーを許す。まるで昨日の試合のVTRを見ているようだ。
 だが違うところがあった。残念ながら西武にではない。横浜にであった。
 斉藤は絶好調であった。西武打線を見事に抑えている。まるで打たれる気がしなかった。
「斉藤の調子はいいですね」
「ああ」
 権藤は全く動かなかった。斉藤はなおも飛ばしていく。
 五回の横浜の攻撃。まずは石井がホームランを打った。
「またあいつか」
 東尾は苦い顔をした。そして鈴木にも打たれた。
 一塁には鈴木がいる。彼にはバッティングの他にもう一つ武器があった。
 スチールを決めたのである。初回にも走られている。これで二盗塁である。
 そしてローズに打たれた。これで豊田はマウンドから降りた。
 七回にも追加点を入れる。タイムリーを放ったのはやはり鈴木であった。
「石井とあいつは何とかならんのか・・・・・・」
 東尾は顔を顰めて呻いた。この二人には特にやられていた。
「打たれるのは構わんがな」
 彼は目の前で累上で誇らしげに笑う鈴木を見ていた。
「走られては元も子もない。これだけやられたら黙っているわけにはいかんな」
 試合は結局横浜の勝利に終わった。斉藤はシリーズ初登板ながら見事完封勝利を収めた。
「今日は監督もコーチも必要なかったな」
 権藤は記者達に対して言った。斉藤の好投のことを言っているのである。その言葉が横浜の雰囲気を表わしていた。
 逆に西武は沈む一方であった。
「このままだと四連敗もあるぞ」
 東尾は一人腕を組んでいた。
「ここは一つ思い切ってやってみるか」
 彼は何かを決した。元々博徒として知られた男である。ここぞという時の奇計は有名であった。
「舐められるわけにはいかん、そして勝つ為にはな」
 東尾はそう言うと北西の方を見た。次の試合からは舞台が変わる。西武の本拠地西武球場だ。彼はここで一か八かの大博打を打つことにした。
 翌日行なわれる筈だった試合はまたしても雨で流れた。

 十月二三日、第三戦は西武球場で行なわれた。西武の先発は潮崎哲也、黄金時代から抑え、そして先発で活躍してきたサイドスローである。武器はシンカーである。横浜はリーゼントで有名なハマの番長三浦大輔、立ち上がりに不安はあるもののその独特の二段フォームで知られる実力派である。
 ここで観客達が驚いたのはキャッチャーである。何と西武のキャッチャーは中嶋聡である。
「伊東じゃないのかよ!?」
 皆目を見張った。実はこのシリーズにおいて注目される対決が二つあった。一つは石井対松井稼頭夫。ショート、そして切り込み隊長同士の対決。そしてもう一つは谷繁対伊東。キャッチャーの対決であった。ここで東尾はその伊東を外してきたのだ。
「また思い切った作戦に出ましたね」
 コーチの一人がそう言った。
「これが博打ってやつだ」
 東尾は不敵な笑みを浮かべて答えた。
「相手に舐められたら勝負の世界ではそれで終わりだ。今からそれを見せてくれるさ、中嶋がな」
 彼はそう言って潮崎のボールを受ける中嶋は頼もしそうに見た。こうして試合がはじまった。
 伊東のリードは一つの特徴がある。それはピッチャーに最もいい球を投げさせるというものである。どんな球でもキャッチする。そうした彼の卓越したキャッチング技術があるからこそできるリードである。古田も卓越した技術があるが彼の場合はピッチャーの最もいい球を引き出す。これもまたリードの違いである。
 それに対して中嶋は強気のリードで知られる。グイグイと押すタイプのリードだ。
 中嶋のリードはストレート主体であった。それが功を奏した。初回石井を四球で出し嫌な雰囲気を作ったものの次の波留を併殺打に打ち取った。これには彼の肩があった。中嶋の強肩はよく知られていたのだ。
「流石に走ってこないな」
 東尾はダブルプレーとなりベンチに戻る石井の背を見ながら言った。彼の采配は的中したのだ。
 横浜はチャンスを作るものの得点を入れられない。逆に西武は立ち上がりの不安定な三浦からチャンスを作ることに成功した。
 いや、それは三浦の自滅であった。彼は四球を連発しピンチを自ら拡げてしまった。そこでローズがまさかのエラーだ。まずは一点だった。そして内野ゴロの間にまた一点、こうして西武はノーヒットながら二点を手に入れた。
「四球は構わない」
 権藤はこう言う。だが彼は同時にこうも言う。
「エラーの点は返って来ない」
 守備の乱れにより生じた得点はホームランを打たれた時よりも後味は悪い。そこから傷口が広がる恐れもある。ピッチャーにとっては打ち取った筈のものが得点になるのだ。これはたまらない。守備のよいチームが強いと言われる根拠もここにある。ましてや横浜は守備、特に内野のそれは定評があるのでピッチャーのとっては尚更である。
 三浦は三回もコントロールに苦しんだ。二回のエラーで完全に緊張の糸が切れたのだろうか。遂に高木浩之にタイムリーを許し降板した。西武はそれからも追加点をあげ四点を取った。
 横浜は毎回ランナーを出しながらも中嶋の強肩を警戒し盗塁を敢行出来ない。そしてダブルプレーでチャンスをことごとく潰してしまっていた。
「この試合いけますね」
 コーチの一人が東尾に対して言った。
「ああ」
 東尾はニンマリとして笑った。横浜のピッチャーは三浦から福盛に替わっていた。だが彼も制球に苦しんでいる。五回からは三番手サイドスローの戸叶尚だ。だが彼もコントロールが悪いことで有名である。しかも球質が軽いせいか長打を打たれることも多い。内野安打のあと連続四球で満塁のピンチを作った。
「ここで点が入ったら勝ちだ」
 東尾は言った。そしてバッターボックスにいる男を見た。
 松井である。西武が誇る遊撃手、その俊足と強肩、そして長打は有名である。抜群の運動神経を誇り西武の攻撃の柱の一人であった。
 その松井が思いきりバットを振り抜いた。打球はレフトの頭上を越えた。
「行け、そのまま走れ!」 
 三塁ベースコーチが右腕を大きく振り回す。西武のランナーは次々に三塁ベースを回った。
 松井は二塁で止まった。流石に三塁は無理だった。だが会心の走者一掃のツーベースだった。これで試合は決した。
 そのあとは西武は自慢の中継ぎ陣を投入して横浜を抑えにかかった。そして最後はこの年日本ハムから移籍してきていた西崎幸広である。彼が九回を無事抑え西武はこのシリーズ初勝利となった。
「これで一つ取り戻したな」
 東尾はニンマリと笑った。
「今日はあいつのおかげだな」
 彼は中嶋を親指で指して言った。
「あいつの気の強さと肩がうちを救ってくれたよ」
 流れは完全に横浜にある。ここで負ければそのまま四連敗の危機であった。それを周りの肝を抜く采配で切り抜けたのであった。
「今日は完全に向こうのペースだったな」
 権藤は球場を引き揚げる時そう言った。
「まだまだ勝負は長い。焦らずいくとしよう」
 そしてバスに乗った。横浜は十一四球というシリーズの不名誉な記録を更新してしまっていた。
「戦っていっればそういうこともある」
 だが権藤は全く焦らない。そしてバスは宿舎に去って行った。

 次の試合の先発は西武は石井貴であった。一五〇キロの速球を武器とする正統派投手だ。しかも気の強さでも有名であった。対する横浜は第一戦で好投した野村である。
 この試合でも西武のキャッチャーは中嶋であった。彼は試合前に昨日の試合を振り返っていた。
「横浜はどうも変化球には滅法強いな」
 西口もそれにより打たれた。
「だが速球には思ったより強くないな」
 潮崎はシンカーを武器とする。だがそれをあえて使わずにストレート主体で攻めると意外と効果があったのだ。
「よし、ここは腹をくくるか」
 気の強い中嶋は意を決した。そしてキャッチャーボックスに入った。
 彼のリードは当たった。横浜は石井のストレートを攻められなかった。凡打の山を築いていく。
 西武はアーチで二点を先制した。だが横浜も石井の速球を黙って見ているだけではなかった。
 四回石井を二塁において打席に鈴木が入る。ここで彼は石井貴の打球を完璧に捉えた。
 打球は西武球場の外野スタンドに消えた。勝負はこれでふりだしに戻った。
 だが中嶋と石井はここで踏ん張った。六回のボークにより招いてしまった危機も乗り切り横浜に勝ち越しを許さない。
 そしてその裏であった。高木大成がヒットで出塁すると打席には西武の主砲ドミンゴ=マルチネスが巨体を揺らしながら入って来た。
「頼むぞ、マルちゃん!」
 ベンチもスタンドにいる西武ファンも彼に声援を送る。ここは彼のパワーにかけたのだ。
 彼はそれに応えた。野村のボールをスタンドに叩き込んだのだ。
「よっし、これで勝ったぞ!」
 観客達が総立ちになった。ベースをゆっくりと回る彼をナインが出迎える。
「あとは頼んだよ」
 マルチネスはニコリと笑って石井と中嶋に声をかけた。二人はそれに対しニヤリ、と笑って頷いた。
 だが横浜も諦めない。九回に決死の粘りを見せ満塁のチャンスを作る。バッターボックスにはチームのムードメーカーであり思いきりのいい佐伯貴弘が入った。
「土壇場でこんなことになるとはな」
 東尾はマウンドにいる西崎を見ながら呟いた。
「替えますか?」
 コーチが問うた。西崎は右、それに対して佐伯は左である。佐伯は右ピッチャーには強い。
「いや」
 それに対して東尾は首を横に振った。
「ここはあいつ等に賭ける」
 そう言ってマウンドの西崎と中嶋を見た。
 中嶋は迷わなかった。四球連続で外角にストレートを要求した。
「おいおい、四球続けてかよ」
 西崎は四球目のサインを見て思わず心の中で呟いた。中嶋の目に迷いはなかった。 
 ならば投げるのがピッチャーである。佐伯はボール球に手を出してしまいあえなく三振した。これで西武はシリーズをふりだしに戻した。
「おい、よくあんなリードが出来たなあ」
 東尾は中嶋を満面の笑みで迎えた。
「ええ、ここは腹をくくろうと思いまして」
 中嶋は会心の笑みをたたえていた。
「そうか、腹をくくったか」
「はい、変化球は最初から捨てていました」
 その言葉に西武ナインは驚いた。
「頼もしいな、これからもその心構えでやってくれ」
 東尾は彼のその気の強さが有り難かった。彼により西武は生き返ったかに見えた。
 一方宿舎に戻った権藤は一人考えていた。
「これで五分と五分か」
 彼は悩んではいなかった。だが何か考えているのは明らかである。
「こうなったら悔いのないようにやるか」
 そう言うと椅子から立った。そしてビールの缶を開けた。
「勝負に迷いは禁物だ。そして悔いがあってはならない」
 彼はここでも独自の哲学を脳裏で呟いた。それは投手であるということからくる哲学であった。

 第五戦、これはこのシリーズの趨勢を決める戦いであった。この試合を制するということは王手をかけること、将に天王山であった。
 両チームの予告先発である。横浜は第二戦で完封した斉藤、やはり最も頼りになる男であった。それに対して西武は当初西口が予想された。この試合には当然エースを出してくると思われたからだ。
 だがマウンドにいたのは西口ではなかった。横田久則であった。
 何故西口ではなかったか。東尾はここは何としても彼を出したかった。だが出来なかったのだ。
 この時西口は風邪を再発させていた。しかも腰まで痛めてしまっていた。シリーズ中の登板は絶望的とまで言われていたのだ。
 替わりの横田であるが明らかに調子は悪かった。だが東尾は彼を先発に指名した。
 これには理由があった。
「監督」
 シリーズの途中であった。彼は自チームの投手陣に呼び止められた。
「どうした?」
 彼は投手達の方を振り向いた。
「シリーズの登板のことですが」
「ああ」
 彼等はここで顔を決した。
「横田を出してやってくれませんか?」
「横田をか」
 彼はそれを聞いて顔を俯けさせた。
 横田はこの年父親を亡くしていた。西武投手陣はその彼にシリーズで投げさせ弔いをさせたかったのだ。
「・・・・・・・・・」
 東尾は沈黙した。勝負は非常にならなければならない。まして今の横田の調子では横浜のマシンガン打線を抑えられるとは到底思えない。結果は火を見るより明らかである。
 彼はここは退けるべきだと思った。野村や森なら迷わずにそうしたであろう。だが彼は野村でも森でもなかった。
「・・・・・・わかった」
 彼は頷いた。そして横田をマウンドに送ることを約束した。
「御前達の気持ちはよくわかった。俺はそれをくもう」
「監督・・・・・・」
 中には涙する者もいた。彼は非情になりきれなかった。それよりも一年間死闘を共にくぐり抜けてきた選手達の気持ちを大切にしたかったのだ。
「行って来い」
 東尾は彼の背を叩いてマウンドに送り出した。たとえ結果が見えていようと彼は後悔しなかった。
 試合がはじまった。やはり横田は打たれた。石井に打たれるとローズにタイムリーを許した。
 二回にもだ。佐伯のツーベースから指名打者の井上に打たれた。権藤は彼を指名打者にしたのだ。これも一種の勘であった。皆守備に不安のある鈴木を指名打者にするものと思った。だが彼はあえてそれをしなかったのである。
「権藤さんも時々わからないことをするな」
 観客も首をかしげていた。鈴木は足は速いが打球への反応はすこぶる悪かった。しかも肩も極めて弱い。当時の横浜において守備での唯一の弱点とさえ言われていた。
 だが権藤は何も言わなかった。そしてこの意外な采配は何と的中する。
 二回裏西武の攻撃である。鈴木健の打球はレフトへの大きなファールフライであった。
「これは無理だな」
 誰もがそう思った。打球はフェンス際へ向かっていく。
 しかし鈴木は諦めなかった。その打球を必死に追う。
 追いついた。そして何と捕ったのだ。
「えっ!」
 これには観客達も驚いた。東尾も鈴木健も驚いた。
「おい、鈴木ってあんなに守備よかったか!?」
 東尾は思わず傍らにいるコーチの一人に尋ねた。
「いえ、そんな話は・・・・・・」
 そのコーチも信じられないといった顔であった。西武は横浜の守備の弱点を衝くとしたら鈴木だと分析していたのである。
 敵の守備の穴を衝くのは西武の伝統であった。かって巨人との日本シリーズではクロマティの緩慢な動きを衝きそこで思いもよらぬホーム突入を敢行しシリーズの流れを決めている。
 だが横浜の他の守備は固く鈴木もカバーしていた。その為思うように攻めきれていなかったのだ。だが機会は狙っていた。しかし今の守備を見せられては。
「参ったぞ、これは。鈴木は攻められん」
「はい」
 東尾とそのコーチはほぞを噛んだ。守備の穴は衝けそうにもない。
 しかもその守備が試合の流れを大きく横浜に引き寄せた。特に鈴木は波に乗った。
 三回、鈴木の打順である。彼はここでツーベースを放った。
「まずいな」
 東尾はマウンドに向かった。そしてピッチャーを交代させた。
 横田は結局それでマウンドを降りた。彼の背中は泣いていた。
「横田、胸張れ!」
 肩を落としベンチに戻る彼にファンの一人が声をかけた。
「天国で親父さんが見とるぞ!御前はよう投げた!」
 彼はそれを聞き顔を上げた。見れば観客達が彼に対し温かい眼差しを向けていた。
「・・・・・・有り難うございます」
 彼はそれを見て帽子をとり深く頭を下げた。そしてベンチに戻っていった。
 美しい光景であった。死闘の中にも彼等は人の温かさを忘れてはいなかったのだ。
 だが死闘は続く。横浜はその波を止めてはいなかった。
 ローズは三振に終わった。だが次のバッター駒田が打った。このシリーズでは今一つ調子がよくなかったがここで打った。
 打球はセンター前に抜けた。これで鈴木がホームを踏んだ。
「駒田まで打ったか」
 東尾は表情を険しくさせた。彼の脳裏にこの試合で最も恐れていたことが浮かんできた。
 それは森も同じであった。その恐れが制球を乱した。暴投でその駒田を進塁させてしまった。
 そして谷繁のヒットで追加点を入れられる。横浜ファンは喝采を送る。
 西武は反撃に出た。その裏大友進が出塁し高木のヒットで返った。だが斉藤は動じない。
 彼の今日の投球は前回のそれとは違っていた。決め球である高速スライダーはあまり使わない。ストレートとフォークが主体であった。
「今日の斉藤のストレートはあまりよくは思わんが」
 東尾はマウンドで投げる斉藤を見ながら呟いた。
「要所要所で占めているな。中々手強い」
 西武はその彼を攻めきれなかった。
 それに対して横浜の攻撃は止まらない。東尾が最も怖れていたマシンガン打線の爆発が現実のものになろうとしていた。
「今日の森の制球は悪いな」
 権藤は森を見て呟いた。石井に打たれると波留の内野ゴロで進塁を許す。好調の鈴木は敬遠した。何と主砲ローズとの勝負に出たのである。東尾の面目躍如の采配であった。
「東尾も思いきったことをする」
 権藤はそれを見て呟いた。
「だが今日の森でそれはどうか」
 森は制球が定まらない。ここでローズを歩かせてしまった。
 二死満塁。ここで打席には先にタイムリーツーベースを放った駒田が入った。満塁では驚異的な強さを発揮する。この場面では最も相手にしたくない男だ。
「落ち着け」
 中嶋はマウンドに向かい森に対して言った。
「このシリーズ、駒田さんはあまり調子がよくない。落ち着いていけばそんなに怖い相手じゃない」
 そして森の気を宥めた。
「満塁だからといって気にするな。普通に投げればいい」
「はい」
 森は頷いた。そして中嶋はキャッチャーボックスに戻った。
 だが彼はまだ動揺していた。それがボールにもあらわれた。
 駒田は打った。打球はそのままライトへ飛んで行く。
「させるかあっ!」
 ここで得点を許せば試合の流れは決定的なものとなる。それだけは許してはならない。ライト小関が果敢に突っ込んだ。
 だがそれが裏目に出た。彼は打球に追いつけずその横を抜けさせてしまった。
 ランナーが次々にかえる。打った駒田は二塁に向かった。走者一掃のツーベースであった。
 横浜ナインが狂喜する。最早その流れを止めることは不可能かと思われた。
「まだ試合は負けちゃいない」
 東尾は歯噛みしながら言った。その裏西武は一点をかえしまだ満塁のチャンスを迎えていた。ここで打席に立つのは駒田の打球をとれずタイムリーを許した小関であった。
「あの三点は俺のせいだ」
 彼はボックスに向かいながら心の中で呟いた。
「だから俺のバットで取り返す!」
 彼は全身に力をみなぎらせていた。だがあまりにも力が入りすぎていた。
 彼はショートゴロに終わった。西部の攻撃はここであえなく終わった。
「・・・・・・しまった」
 彼は肩を落とし呟いた。その姿がこの試合の西武を象徴するようであった。
 横浜の攻撃は終わらなかった。八回には新谷博から三点を奪った。ここでも駒田がまたしてもタイムリーを放った。
「駒田まで打ちだしたな」
 権藤はそれを見て呟いた。
「今日は打線がいい」
 これは西武にとっては全く逆となる。
「監督、今日は・・・・・・」
「わかっている」
 東尾の顔は苦渋に満ちたままである。その顔は晴れない。
 その裏登板した五十嵐から二本のアーチで三点をかえす。だが最早全てが遅かった。そしてそれがかえってマシンガン打線をたきつけてしまった。
 九回になっても攻撃は終わらない。井上のヒットを狼煙にしてそこから攻撃が収まらないのだ。
 波留が、鈴木が、ローズが。続けざまに打つ。それでもまだ終わらない。駒田が、佐伯が。それはまさにマシンガンであった。
 よくホームランバッターだけ集めればいいという者がいる。これは野球を知らぬ愚か者だ。そうした打線は繋がらない。守備のバランスも悪くなる。どこぞの品性も人格も劣悪極まる愚か者がそうした愚行を繰り返しているがこれは野球そのものへの冒涜に他ならない。残念なことに我が国にはそうした輩を褒め称える人間があまりにも多いが。こうした者は野球ファンでも何でもない。マスコミの提灯記事に踊らされているだけの愚者だ。そうした人間がテレビで喚き散らし他の者に嘲笑われている。自分では得意になっているが他の者にはその浅はかさを侮蔑されその醜い人柄を嫌悪されている。そうしたことにすら気付かないのだ。まさしく愚か者である。どういうわけか世代も共通している。そうした人間が若い者がどうとか言っても何の説得力もない。少なくとも彼等が馬鹿にする若い者は暴力と民主主義を混同したりはしない。
 九回には大差ながら佐々木が出て来た。そしてあっさりと三者凡退で締めくくった。彼の登板は流れを完全に掴む為であったのだろうか。
「勢いだけはつけさせたくはなかったが」
 東尾はその圧倒的な結果を見て呟いた。
「勝ち負けよりも酷いことになったな」
「はい・・・・・・」
 傍らにいたコーチも声のトーンが低かった。そこへ選手達が戻って来た。
「おい、しょげるなよ」
 だが東尾は彼等に対してはあえて大きな声で言った。
「二敗したわけじゃないんだ、横浜には気分を入れ替えていくぞ!」
 しかしその声は何処か空虚であった。誰もが試合の結果に沈み込んでいたのだ。
(まずいな)
 それは東尾が最もよくわかっていた。
(ここまできたら腹でも何でもくくるしかないな)
 彼はある覚悟を決めた。
「やられたらやりかえせ、か」
 権藤は記者達に問われ思わずそう呟いた。
「はい、監督のお言葉ですよね」
 記者達は次の試合の先発について尋ねているのだ。試合の結果のインタビューは既に終わっている。
「ああ、その通りだ」
 権藤はそれに対して答えた。
「そうでなくては勝てるものも勝てない」
 俗に権藤イズムと呼ばれる。それは彼独特の野球哲学であった。
「では次の先発は」
 誰もがそれは予想していた。第三戦で打ち込まれた三浦だと。格から言っても彼しか考えられなかった。
「それはもう決まっているよ」
「おお!」
 記者達の間でどよめきが起こる。予告先発だ。
「川村だ」
「え!?」
 皆それを聞いて一瞬目が点になった。
「川村ですか!?」
 皆驚いて権藤に対して問うた。
「そうだ、何か問題があるか」
「いえ・・・・・・」
 川村丈夫。確かにいい投手である。癖のあるフォームから投げられるカーブとチェンジアップが武器である。だが彼には不安材料もある。
 それは気の弱さである。ピンチになると顔が青くなり打ち込まれる。そして甘いところにボールがいき長打を浴びることも多かった。その為彼のシリーズでの登板はないだろうと誰もが思っていた。その彼を。
「二勝二敗になった時に決めた、勝ち負けよりもいい試合をしたいとね」
 権藤は彼等に対して語った。
「それなら川村だ。うちがここまで来れたのも前半の川村の頑張りがあったからこそだしな」
「はあ」
 確かにそうだ。だがこおでの彼の起用は普通では考えられないことであった。だからこそ記者達は呆気にとられたのである。
「私のコメントはこれでいいかな」
 権藤は彼等に対して言った。
「え、ええ」
 彼等はまだ狐につままれたような顔をしていたが何とか頷いた。
「ではこれで。明日もやることが多いし」
 彼はそう言うと球場をあとにした。そしてバスに乗りホテルに戻っていった。
「そうか、権藤さんらしいな」
 記者達からその話を聞いて東尾はそう呟いた。
「君等もそう思うだろう」
「ま、まあ」
 彼等は口ではそう言った。だがとてもそうは思えなかった。だが東尾には権藤の心理がよくわかったのである。
「俺もそうさせてもらうか」
「明日の先発ですか?」
「まあな」
 彼はそれに対して静かに頷いた。
「それは明日話すよ。今日はこれでな」
 東尾はそう言うと彼等の前から姿を消した。そして翌日の移動日のことである。
「おい」
 彼は宿舎のホテルに着くと一人の男に声をかけた。
「明日行けるか」
 その男はそれを聞くと顔を引き締めた。
「行かせて下さい」
「わかった」
 東尾はそれを聞くと頷いた。こうして西武もその先発が決まった。
 西武は球場で練習をしていた。そこに記者達がやって来た。
「監督、昨日のことですが」
「おお、早速来たな」
 東尾は記者達が来たのを見てニンマリと笑った。
「ネタを探すのに君達も大変だな」
「それが仕事ですから」
 彼等も顔を崩して答えた。
「では明日の予告先発は」
 そして本題に入った。
「それだがな」
 東尾はゆっくりと口を開いた。記者達はある程度予想していた。
「潮崎か石井だろうな」
 第三、第四戦で好投した二人である。日も開いている。彼等の登板が最有力だと考えられたのだ。だが東尾はここで思わぬ男の名を口にした。
「西口だ」
「えっ!」
 記者達は再び驚かされた。権藤のそれにも驚かされた。それも意外なものであったが今東尾が言った名はさらに驚くべきものであった。
「本当に西口ですか!?」
 彼等は驚いて東尾に問い質した。
「おいおい、俺が嘘を言ったことがあるか!?」
 彼は笑ってそれに返した。
「いえ、それは・・・・・・」
 元々が根っからの投手人間である。直情的で感情が顔にすぐ出る男だ。思っていることはすぐにわかる。
「だろう、西口がいたからここまで来れたんだ」
「はあ」
「よくても悪くてもエースと心中なら皆納得してくれるだろう。それにこうした大一番はエースでなければ勤まらん」
「それはそうですが」
「この試合に勝てばうちはグッと楽になる。大丈夫だ、ここはあいつを信じてくれ」
「わかりました」
 こうして記者達はその場を去った。東尾はそれを黙って見送っていたがベンチで一人になると腕を組んで考え込んだ。
(ここまで来たらもう賭けるしかない)
 彼はナイン、そして西口を見ていた。
(頼むぞ)
 そう言うとベンチをあとにした。そして一人横浜の予想できる攻撃をシュミレーションしていた。
 双方共投手の心理でなければ考えられない采配であった。野村と森はそれを聞いて思わず呆気にとられた。
「あいつ等は何を考えとるんじゃ」
「ああした場面ですることではない」
 すぐにバッサリと切り捨てた。やはり彼等にとってそれは受け入れられるものではなかった。
「どちらが勝とうがアホなことをしとるわ」
「野球というものが本当にわかっているか疑問だ」
 彼等の言葉は辛辣そのものであった。そこにはあからさまな拒絶反応があった。
 しかし当の二人はそれを全く意に介していなかった。ただ次の試合に向けて策を練るだけであった。

 そして十月二七日、遂に第六戦がはじまった。先発は予告通り川村と西口であった。
「おいおい、本当にあの二人かよ」
 観客達もまだ信じられなかった。
「こりゃ打撃戦になるぜ」
 彼等は口々にそう言った。だがマウンドに立つべき二人と指揮官は違っていた。
「この試合は接戦になる」
 指揮官達はそう見ていた。彼等は二人の目を見ていたのだ。
 初回西武はいきなりチャンスをつくる。一死三塁でバッターボックスには高木である。
 やはり川村は精神面で問題があるのか。ストライクが上手く入らない。
「・・・・・・・・・」
 キャッチャーの谷繁はそれを冷静に見ていた。強気のリードで知られる彼だがここでは完全に落ち着いていた。
 ここで川村は谷繁のサインに頷いた。そして投げた。
 それはチャンジアップだった。高木はそれに泳がされサードへのファウルフライに終わった。
「あそこで緩い球を投げるとはな」
 東尾はそれを見て呟いた。
「あんなリードはそうそうできるものじゃない。これも権藤さんの教えか」
 その通りであった。谷繁はピンチにおいても緩い球を投げる度胸を権藤から教わっていたのだ。
 これで西武の先制のチャンスは潰れた。四番鈴木健もあえなく倒れ西武結局この回無得点に終わった。
 それは西口も同じだった。得意のチェンジアップが決まると彼の顔に生気が戻ってきた。これで彼は本来の調子を取り戻した。
 それを見た中嶋もリードを組み立てた。非力なバッターにはストレートを、バットコントロールに長けたバッターにはチェンジアップを、と的確に攻めていった。
 だが川村もそれは同じである。彼のピッチングの前に西武打線はホームを踏めないでいた。
「遠いな」
 四回表、東尾は呟いた。
 一死一、三塁の絶好のチャンスである。ここでバッターボックスに入るのは中嶋である。彼はバットでもこのシリーズ貢献していた。五球目であった。
 ここで西武はエンドランを仕掛けた。一塁にいた高木浩之が走った。中嶋はボールを的確に打った。
「いった!」
 西武ベンチはその打球を見て確信した。センター前を抜けるクリーンヒットだった。
 普通だったらそうであろう。しかしそこに高木の動きを見て二塁へのベースカバーに向かっていたローズがいたのである。打球はローズのグラブに収まりあえなくゲッツーとなった。
「ツキがないな・・・・・・」
「いや、采配ミスじゃないのか、あれは」
 西武ファン達はそう言い合って嘆息した。あまりにも悔いの残る併殺であった。
 こうして西武は得点できないでいた。こうして試合は進んでいく。
「得点が欲しいな」
 川村も西口もそう思った。だが互いに踏ん張り得点を許さない。こうして思いもよらぬ投手戦が続いた。
 七回裏川村はバッターボックスに入った。ここまで両チーム共無得点である。
「今日はこのまま川村でいくつもりかな?」
「そうじゃないの?今日は調子がいいし」
 観客はそれを見て囁きあった。
 だがそれはなかった。八回先頭打者の松井にヒットを許し大友が送り一死二塁となる。打席には左の高木。西武にとっては先制のチャンスだ。
「よし、ここで打てばヒーローだぞ!」
 東尾はバッターボックスに向かう高木に対してハッパをかけた。こういう時の東尾の声は非常に大きい。権藤はそれを
黙って見ていた。
「今だな」
 彼はそう呟くとベンチを出た。
「おや、交代か?」
 観客達はそれを見て呟いた。
「川村を最後まで引っ張らないのか」
 権藤は背中からそれを黙って聞いていた。そしてマウンドにいる川村に対して声をかけた。
「今までよく投げてくれた」
「はい」
 温かい言葉だった。川村はそれに対して頷いた。
「ピッチャー交代」
 権藤は川村に声をかけたあとで審判に交代を告げた。
「誰だと思う?」
 一塁側スタンドにいる観客達は予想を言い合った。
「阿波野じゃないのか?相手は左の高木だし」
「だろうな。このシリーズの阿波野は絶好調だ」
 予想通りだった。リリーフカーに乗ってきたのは阿波野だった。彼は権藤の見守る中投球を開始した。
「やっぱり阿波野か」
 東尾はマウンドの彼を見て呟いた。高木のあとは鈴木健、予想された継投であった。
「まあいい。思いきり振っていけ」
 かれは作戦を伝えた。高木はそれに頷いた。
 だが粟野は絶好調であった。高木をセカンドゴロに打ち取り次の鈴木健もレフトフライとした。西武の攻撃はこれで終わった。
 チャンスを作りながらも得点ができない。こうした状況はピッチャーにとっては大きな精神的負担となる。西口は顔にこそ出さなかったが内心追い詰められだしていた。こうした時の彼は危険だった。これが巨人の桑田真澄のように安定感の強いピッチャーや阪神の井川慶のように図太いピッチャーなら問題はなかっただろう。彼等はあくまで自分の力と技で相手を抑えてみせると飲んでかかれるからだ。
 だがそれが出来ないピッチャーもいる。精神的に脆いピッチャーは特にそうだ。やはり西口は精神的にはそれ程強くはない。覇気がないとも言われるが投手特有の繊細さが特に出ている男なのである。
 八回裏の横浜の攻撃である。まずはこのシリーズで散々苦しめられた石井を三振にとった。次のバッター波留を四球で歩かせる。ここで石井以上にこのシリーズでは痛めつけられている鈴木を迎えた。
「走らせはしないぞ」
 キャッチャーボックスに座る中嶋は一塁にいる波留を見た。石井程ではないが彼も脚は速い。警戒が必要であった。西口にはバッターにだけ集中させた。そうでなくては到底打ち取れる相手ではなかったからである。
 彼は投げた。カーブである。明らかに打たせて取る為だ。
 それは当たった。鈴木は泳がされ打球は詰まった。そしてセカンドに転がっていく。
「よし!」
 西口の顔から笑みが零れた。これでダブルプレーとなる筈であった。
 だが打球があまりにも弱かった。セカンド高木浩之は一塁に向かう鈴木を諦めランナーである波留を殺そうとした。ボールを収めタッチに向かう。
 だがここで運命の女神は西武を振った。何とタッチする瞬間に波留が転んだのである。
「えっ!」
 これには西口も驚いた。前屈みになりタッチを逃れた。そして判定はセーフであった。
「おい、ちょっと待て!」
 これに血相を変えたのが東尾であった。彼はヘッドコーチである須藤と共にセカンドベース上に向かった。
「タッチしてるだろうがっ!」
 そして抗議を行なう。彼の抗議の激しさは有名である。よく退場にならないものだといつも観客達が不思議に思う程である。それ程激しい抗議である。
 だが判定は覆らない。結局一死一、二塁というピンチになってしまう。
「糞っ、ついてない」
 東尾はまだ顔を怒らせている。そして審判達を睨みつけていた。
「だがこうなっては仕方がない」
 彼は気を取り直して試合に戻った。
「西口に頑張ってもらうか」
 西口も気を落ち着かせた。そして四番のローズをセンターフライに打ち取った。次のバッターは駒田である。
「ここは慎重にいこう」
 西口はまずチャンジアップを投げた。駒田はそれを平然と見送った。
「見送ったか」
 中嶋はそれを見て思った。そしてその顔を見ながら考えた。
(ストレート狙いか?)
 バットコントロールには定評がある。ここで不用意なストレートは命取りになるかと思われた。
 ましてや今は得点圏にランナーがいる。ここで打たれると全てが終わってしまう怖れがあった。
(もう一球いくか)
 彼は用心した。そしてもう一球チェンジアップを要求した。
 西口は頷いた。そしてチェンジアップを投げた。
「もらった!」
 駒田の目が光った。それを見た西口と中嶋の目に怖れが走った。
 バットが一閃された。そして打球はセンターに一直線に伸びていく。
「いったか!」
 横浜ナインも観客達も思わず立った。二人のランナーはツーアウトということもあり一斉に走った。
 だが風があった。打球は押し返されてしまった。
 だがフェンスを直撃した。ランナー一掃のツーベースだった。
「やったぞお!」
 観客達は狂喜する。遂に均衡が破られたのだ。駒田の値千金の一打であった。
「第五戦で何かを掴んだようだな」
 権藤はそれを見て言った。その言葉通り駒打は第五戦以降バットが唸り声をあげていたのだ。
 これで西口は崩れた。その後連続して四球を出した。
「監督」
 コーチの一人が東尾に声をかけた。交代を促したのだ。
 だが彼は黙って首を横に振った。そして西口を見た。
「ここはあいつに全部任せろ」
 そう言って動かなかった。
 西口はそれを受けた。そして何とか復活し満塁のピンチを切り抜けたのだ。
「よくやった」
 東尾はその彼が戻って来るとそう言って左肩を叩いた。
「あとは任せたぞ」
 そして攻撃に移るナインに声をかけた。
「はい」
 こうした時はかえって静かな返答の方が気合が出た。彼等は東尾に対して低い声で答えた。
「さあ、出て来るぞ」
 最早横浜のファン達は勝利を確信していた。二点差で九回、それは横浜の完全な勝ちパターンであった。
 皆スコアボードを見る。そこには両チームのナインの名がある。
「横浜ベイスターズ、ピッチャーの交代をお知らせします」
 ウグイス嬢の声がグラウンドに響き渡る。
「ピッチャー阿波野にかわりまして」
 これはもう規定路線であった。リリーフカーが出るドアが開いた。
「佐々木。背番号二二」
「おおーーーーーーーーっ!」
 場内がどよめきに包まれた。皆彼が登板する時を待っていたのだ。
 大魔神と謳われた横浜の誇る最強の守護神がマウンドに登った。やはり最後を締めくくるのは彼しかいなかった。
「終わったか・・・・・・」
 最早日本一を確信して歓喜に包まれる横浜ファンとは正反対に西武ファンは全てが終わったと思った。最早佐々木を打てるとは誰も思わなかった。
 だがいきなり先頭打者大塚が打った。ここでレフト鈴木尚典の目に照明が入った。
 打球は後ろに逸れた。これで大塚は三塁に進んだ。
「おい、もしかして・・・・・・」
 西武側のスタンドで誰かが言った。
「それはない」
 しかし周りの者がそれを否定した。
「相手は佐々木だぞ。あんなの打てる筈がない」
 リーグは違うといっても彼の存在は誰もが知っていた。その豪球とフォークは到底打てるものではなかった。
 それは当たるかと思われた。代打ペンパートンはあえなく三振した。だが佐々木はやはり風邪の影響か本調子ではないようだ。次の代打マルティネスを歩かせてしまう。そしてこのシリーズにおいて西武をここまで引っ張ってきた中嶋がボックスに入った。
「こいつの運にかけるか」
 東尾は呟いた。だが打球はサードゴロだった。万事休すか。
 しかし運命の女神というのはやはり気紛れであった。もう少し遊びたいと思ったのかここで名手進藤がセカンドへフィルダーチョイスを出してしまった。その間に三塁ランナー大塚が入り一点、そしてなおもチャンスが続く。
「おい、もしかして・・・・・・」 
 先程期待の声を漏らした観客が再び言った。今度は周りの者も頷いた。
「ああ、ひょっとして・・・・・・」
 ここで西口の打順である。東尾は迷うことなく代打を送った。
 金村である。ここは彼のバットに全てを賭けた。
「全部思い切って振れ!」
 東尾はそう言うだけであった。そして金村はそれに頷いた。
「いけ、ここでサヨナラだ!」
 西武のファンは彼に最後の望みをかけた。金村はそれに対し頷いてバッターボックスに入った。
 だが一球で全ては決した。金村は打ち損じてしまいそれが併殺打となった。最後のボールは駒田が取った。
「終わったな」
 東尾はそれを見て呟いた。目の前で横浜ナインが一斉にベンチから出て来ていた。
 青い星達が歓喜に包まれる。グラウンドも観客席も同じであった。
 権藤が宙を舞う。横浜は遂に三八年振りの栄冠を手にしたのだ。
「うちはまだこれからのチームだ。いい勉強をさせてもらったよ」
 彼はその胴上げを見ながら呟いた。
「しかし」
 彼はここで表情を曇らせた。
「大トロと赤身の違いが見事に出たな」
 どちらがトロでどちらが赤身か、聞くまでもなかった。
「成熟度の違いだよ、ここまでやられるとそれがはっきりとする」
 彼は苦渋に満ちた顔で言った。誰もそれを否定できなかった。
「二年続けて負けた。三年目はプレッシャーが凄いだろうな」
 彼はそう言うとベンチをあとにした。これが彼がシリーズに出た最後の試合であった。
 以後西武は三年続けて優勝を逃した。投の西武が強打を誇るダイエー、近鉄に打ち破られ続けたのだ。
「よく日本シリーズだけでチームを見る人がいる」
 シリーズ後権藤は言った。
「だがそれだけではわからない。九九・九パーセントはペナントの優勝なんだ。それがどれだけ大変なことか」
 これはお互いに激しく嫌悪し合う森も全く同じ意見であった。
「そうした意味で二年続けてシリーズに出て来た東尾も西武も立派だ。それは皆わかっているだろうか」
 そうなのだ。ペナントに勝つことがどれだけ苦しいか。それは実際にやってみないとわからないことだろう。
 権藤はよく西本幸雄を褒め称えた。シリーズに八度も出場しながら一度も勝つことができなかった人物だ。俗に『悲運の闘将』と呼ばれる。
「君達は西本さんについてどう思う?」
 彼はある時親しい記者達に対して問うた。
「どうと言われましても・・・・・・」
 誰もが西本の偉大さを知っていた。弱小に過ぎなかった阪急、近鉄を一から鍛え上げ何度も優勝させた名将である。だが結局日本一にはなれなかった。
「私は西本さんが一番素晴らしいと思う」
 彼はそんな記者達に対して言った。
「八回も優勝したんだ、それも違うチームでな。こんなことはそうそう出来るものではない」
「はあ」
 それは知っていた。だがそう言われても記者達は今一つピンとこない。
「うちも二年続けて優勝してようやく本物だ。西本さんのチームがそうだったようにな」
 あの野村が決して嫌味を言うことなく謙虚な態度を崩さない人物がいる。それがこの西本なのだ。彼は一匹狼であり関西球界から半ば追放された身であったが西本の言葉には素直に従った。後に阪神の監督になった時にも阪神OBの言うことには頑として耳を傾けようとしなかったが西本の言葉だけは別だった。
「私よりもこのチームのことはご存知ですから何かと教えて頂けたらと思っています」
 彼はインタビューに来た西本に対しこう言っている。
「おい、あのノムさんがか!?」
 それを聞いた者は皆驚いた。野村がそのようなことを言うとは。
 だがそれは野村の偽らざる本心であった。野村はその毒舌から色々と言う人が多い。だが本当は苦労を重ねてきたせいか繊細で心優しい男なのである。尾羽根打ち枯らした者を見棄てることなど出来ない男なのだ。
 野村再生工場という。彼はそこで多くの選手を甦らせている。他の球団から戦力外通告を受けた多くの選手達をである。
 彼を知る者は言う。野村は本当はとても優しいのだと。新庄もそう言った。
 そうした野村が認めているのが西本である。彼は西本の下で野球がしたかったのだろうか。
「その為には驕ることなくいきたいな。西本さんがそうだったように」
 彼は最後にそう言った。だが現実は難しい。結局横浜の連覇はならなかった。それが野球なのである。優勝して当然と考えるのは思い上がりに他ならない。
 こうして九八年の史上初の投手出身監督同士による対決は終わった。互いに正面からぶつかり合い力を競ったこの戦いは横浜の勝利に終わった。だが西武ナインにも東尾にも心に残る素晴らしい勝負となった。二つの戦場は今もその記憶を残している。



お山の大将    完



                                 2004・6.4
 




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