【広告】楽天市場にて 母の日向けギフト値引きクーポン配布中

第二掲示板@うらたにんわあるど

小説等の、長い文章はこちらに投稿してください。

ホームページへ戻る

名前
Eメール
題名
内容
URL
削除キー 項目の保存

[209] 題名:マウンドの将1 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年11月01日 (月) 23時00分

             マウンドの将
 野球において最も重要なポジションとは何処か。
 多くの人はこう尋ねられたらピッチャーと答えるであろう。それ程までに投手とは野球において重要である。
 近代野球においては総合力が求められる。守備、走塁、打線、采配・・・・・・。パワーヒッターばかり集めても勝てるものではない。それがわからないで野球をしていると負ける。
 中でも近年注目されているのがキャッチャーである。俗にいいキャッチャーがいるチームは負けないと言われる。それの代表がかっての西武でありヤクルトであった。伊東や古田のそれぞれのチームにおける重要性は最早言うまでもないだろう。とりわけ古田は日本の野球の在り方を変えたと言ってよい。 
 その二人を育てた二人の監督もまた捕手出身であった。森祗晶と野村克也。共に長い間巨人と南海において正捕手を勤めチームを優勝に導いた。そして監督としても何度も日本一の栄冠に輝いた。
 この二人はよく言われるように似ている。知将であり感情に走らない。采配はオーソドックスであるが時として思いもよらぬ奇計を用いる。俗に『知将』と呼ばれる。
 野村と長嶋茂雄の関係は有名であるが実は森は長嶋とは仲がいい。長嶋が監督に復帰した時は雑誌で対談を行いエールを送り合っている。シリーズにおいても互いを称え合っている。だが森と野村はそれ以上の同志的絆で結ばれている。それも彼等が捕手出身であるからだ。
 その二人が口を揃えて言う言葉は守備の強化である。まずはキャッチャーを中心とした野手の守備力。彼等の特徴はまずこれを確固たるものにしようとすることである。
 それから投手である。彼等は投手の重要性を認識はしている。だがまずはあくまで野手を求める。これは今までの野球からは考えられないことであった。まずはピッチャーであったのだから。
「ピッチャーちゅうんは我が儘な奴等や」
 野村がこう言えば森も言う。
「投手というのは身勝手なものだ」
 彼等はキャッチャーとして長い間投手と対峙してきた。それからくる考えであろうか。そして口を揃えてこう言う。
「プライドが高くて自己顕示欲も強い。要するにお山の大将だ」
 彼等はとかくピッチャーを批判する。ましてやそれが監督であった場合には特にだ。
 野村は97年のシリーズにおいてまずこう言った。
「あいつは野球を知らん」
 あいつとは相手の西武ライオンズを率いる東尾修である。長い間西鉄、太平洋、クラウン、そして西武においてエースを勤め名球界にも入っている。そして西武をリーグ優勝に導いている。高校時代は四番エースとして甲子園にも出場した。そうした経歴が強烈なプライドとなっている男である。
「あの爺そんなこと言ったんか!」
 これを聞いて東尾は激怒した。元々短気で有名な人物である。
 彼は怒りを爆発させたままシリーズに向かった。それこそ野村の思う壺であった。
「何も心配することあらへんわ」
 野村はこう言った。世間はヤクルト有利と見ていた。確かにこの時の西武とヤクルトの戦力差はかなりのものであった。しかしそれ以上の差があると世間は見ていた。
 それは勝負の結末ではっきるした。ヤクルトは危なげなく勝利を収めていき西武を四勝一敗であっさりと退けた。結果を見て驚く者はいなかった。皆当然だと思った。
「完敗だな」
 東尾は宙に舞う野村を唇を噛み締めながら見てそう呟いた。全てにおいて負けた勝負であった。
 この年ヤクルトは勝利の美酒を快くまで味わった。野村ID野球の面目躍如であった。
 だが翌年もそうなるとは限らないのが野球である。翌年横浜ベイスターズの監督に権藤博が就任した。
 かっては中日のエースであった。『権藤、権藤、雨、権藤』という程投げ続けた。そして二年連続三十勝という記録を打ち立てた。しかしそれにより野球生命を縮めてしまった。
 以後は投手コーチに就任した。中日、近鉄、ダイエーにおいてその手腕は多いに発揮された。
「投手の肩は消耗品である」
 彼の持論はこれであった。酷使され潰れた自らの現役時代からくる経験であろうか。練習においても投げるよりはランニング等に重点を置いていた。
 そして彼は投手の側に立った采配をした。四球を怖がらさせず心地良く投げさせた。そして流れを重視しバントや盗塁を少なくした。切れ目なく打っていく打線、『マシンガン打線』はここにもあらわれていた。
 『権藤イズム』と呼ばれる。その自由放任主義で選手の自主性に任せた指導はミーティングの少なさにも出ていた。それを見て真っ先に口を尖らせたのが野村であった。
「あんなんで勝てるわけあらへんやろが」
 彼は事あるごとに権藤を批判した。森も同じであった。口にはそれ程出さないが露骨に嫌った。彼等から見れば権藤のやり方は将にピッチャーそのものであった。
 だが権藤はそれに対しては反論は一切しなかった。
「言わせたい人には言わせておけ」
 そういった態度であった。権藤はそれでペナントに入った。
「監督になってまだ一年だしな。打線のことは殆どコーチや選手に任せているよ」
 彼は素っ気なくそう言った。これもまたチームの全てを統括し指示を出す野村や森のやり方とは全く違っていた。
「ほんまに野球を知らんのお」
 野村はまた言った。とかく権藤を何かにつけ批判した。長嶋に関しても批判も相変わらずであったがそれと同じ位権藤へも口撃を集中させた。
「打線は水物だ。まずはバッテリーを軸とした守りだ」
 これも野村や森の思想とは微妙に異なる。そして自分を監督と呼んだ場合罰金を取ったり夜間練習をしなかったりといったことも彼等の考えとは異なっていた。何処までも彼等と権藤の野球に関する思想は異なっていたのである。
「ミスを恐れるな。ただ全力でプレイしろ」
 権藤はこうも言った。敵のミスにここぞとばかり付け込むのが野村、そして森の采配の特徴である。ミスをしなければするように仕向ける。そしてそこから突破口を築く。これで長嶋はどれだけ負けたかわからない。
 それだけにミスの恐ろしさもよく知っている。野村、森はミスを嫌った。
 そうした野村や森の批判を権藤はものともしなかった。そしてそうした姿勢に深く共鳴する者もいた。
「流石は権藤さんだよ」
 東尾であった。彼もまた投手出身だけあり彼の考えをよく理解できたのだ。
「野球は面白くないとな。ああした野球がいいんだよ」
 彼等は私生活においても仲が良かった。投手畑を歩いてきた人間としてお互いに理解できる部分が多かったのだ。
 そうしてペナントは進んでいった。当初は躓いた横浜だが次第に勝ち星を積み重ねていった。
 もう毎年のことでありこうしたマスコミの提灯報道や勉強不足の解説者の意見にはいい加減食傷気味であるがこの年の優勝候補も例によって巨人であった。根拠は巨大戦力である。
 だが往々にしてその予想は見事に外れる。理由ははっきりしている。彼等が巨大戦力というのはホームランの数だけしか見ていないからである。野球を知らない無知、無学、思慮の浅い者の意見である。
 野球は総合力で見るものである。西武が黄金時代を築いたのもそれによるものである。かっての阪急もそうであった。
 巨人には抑えがいない。守備もお粗末である。その自慢の打線とやらもつながりなど皆無である。走ることもない。しかもコンディションも怠っているから怪我人まで多い。非常に幼稚な野球をしている。指揮官の識見を疑うレベルである。
 こうしたチームが優勝するかと言うとまぐれでしかない。そうしたことも理解出来ない人間が我が国の野球ファンに多い。悲しむべきことである。
 だが横浜の守備は固かった。内野も外野もレフト以外は隙がなかった。抑えにはあの佐々木主浩がいた。そして盗塁こそ少ないが機動力もあった。怪我は権藤が最も嫌ったことであった。彼は怪我人は何の躊躇もなく休ませた。
 次第に横浜は順位をあげていく。ヤクルトは不調であった。巨人は横浜に逆転されそこから坂道を下るように負けていった。所詮はホームランバッターだけでは野球はできないのである。おそらく野球を愛さず冒涜するような愚か者には未来永劫理解出来ないことであろうが。
 かわって中日が追い上げてきた。しかしそれでも横浜の勢いは止められなかった。
 場所は甲子園、大魔神と仇名される佐々木のフォークが唸った。最後のバッター新庄のバットが豪快に空を切った。
「やったな」
 それを見ていた横浜ファンが溜息と共に言った。佐々木がマウンドの上でガッツポーズをする。そこにナインが駆け寄る。横浜は今ここに三十八年振りの優勝を決めたのである。
「そうか、権藤さん勝ったか」 
 それを聞いて我がことのように喜ぶ男がいた。東尾であった。
「うちも早く決めないとな」
 今西武は劣勢にあった。ペナントは日本ハムが優勢であった。ビッグバン打線、驚異的な破壊力を誇るこの打線を背景に日本ハムは首位にいたのである。
 パリーグは混戦していた。しかしここで東尾は自慢の投手陣と機動力をフル活用しだした。
「野球を決めるのは何かわかるか」
 東尾はある時記者の一人に対して問い掛けた。
「何ですか?」 
 彼と親しいその記者はある程度はわかっていたが芝居っ気を好む彼に合わせて尋ねた。
「ピッチャーだよ」
 彼はニンマリと笑ってそう言った。
「野球はな、まずはピッチャーだ」
 ピッチャー出身の彼だからこそ言う言葉であった。
「ピッチャーがチームの柱だ、これがしっかりしていないチームは最後には負ける」
「はあ」
 その記者はある程度演技を入れて頷いた。
「まあ見ていてくれよ。最後にこのペナントを制するのが何処かな」
「監督、自信あるみたいですね」
「当たり前だよ、自信がなくてこんなこと言うわきゃないだろ」
 これが東尾であった。彼は常に自信がその胸の中に満ちていた。
「うちは十二球団でも一番の投手陣を持っている。これで去年の勝った。そして」
 彼は不敵に笑った。
「今年もな」
 そしてその言葉を残して監督室をあとにした。彼は戦場へと向かった。
 西武は日本ハムとの死闘を制した。頼みの綱の打線が停滞した日本ハムは西武投手陣の敵ではなかった。こうして西武は二年連続でペナントを制したのであった。
「今年のシリーズは楽しくなりそうだな」
 ペナントを制した後の東尾は上機嫌であった。彼は個人的にも親しく互いに認め合う仲の権藤と対決できることが何よりも嬉しかったのである。そこには昨年の野村へのあてつけもあった。
「そういえば今年ははじめてらしいな」
 対する権藤も機嫌は悪くなかった。彼は今回のシリーズが史上初の投手出身の監督同士の対決であることを聞いていたのだ。
「まあ私は内野もやっていたことがあるのだがね」
 彼はそう言って苦笑した。しかし権藤といえば誰もがあの連投を忘れはしない。
「ここは正々堂々といきたいな」
 これに対し野村も森も嘲笑を禁じえなかった。
「何を言うとるんじゃ、野球というのは騙し合いじゃ」
「作戦こそが勝負を決する。それがわからなくして野球は成り立たない」
 何処までも彼等は捕手であった。投手の言う言葉はやはりそりが合わない。
「言いたい奴には言わせておけばいいんだよ」
 東尾もそう言った。彼もまた野村や森とは現役時代からの不和である。
「俺は俺の野球がある。そして勝ってやるさ」
 彼はそう言うと車に乗った。行く先は横浜であった。
 横浜スタジアムの隣には中華街がある。横浜で最も有名な観光名所の一つでもあり行き交う者は皆中国の品物を愛で料理に舌づつみを打つ。そこに東尾はやって来た。
「ようこそ」
 店に入るとそこには権藤もいた。彼は微笑んで手を差し出した。
「どうも」
 東尾も微笑んで手を出した。そして握手をした。
「君達も来てくれよ」
 そして二人は周りにいた記者達を呼んだ。そして食事会場に誘った。
「またこれは洒落てますね」
 彼等は権藤と東尾の食事会を見て思わずそう言った。二人はスーツを着こなし優雅に食事を摂った。
「ここら辺もあの人達とは違うなあ」
 かってヤクルトを担当していた記者や前から西武を担当していた記者達は内心そう思った。彼等は九二、九三年のシリーズの開始前からの野村と森の駆け引きを思い出していた。
 それもまた野球であった。この二年越しの戦いは今でも伝説となっている死闘である。二人の知将がその全てを賭けて戦った激戦であった。
 それに対してこの二人は死闘を前に酒を酌み交わしている。これは彼等が投手であるということから来る独特のダンディズムであった。
「やっぱり投手ってのはこうなんだな」
 彼等の中の一人がそう呟いた。それは将というよりは侍であった。
「ところで一つ面白いニュースがあるんだけれどな」
 東尾は記者達に顔を向けて微笑んだ。
「何ですか?」
 東尾がこんな顔をする時は絶対に何かある、天性の博打打ちでもある彼の性格を誰もがよくわかっていた。
「おお、実はな」
 彼はここで権藤に顔を向けた。彼も薄っすらと笑った。
「今回のシリーズは互いに先発を予告しようと思うんだ」
「ええっ!?」
 これには皆驚いた。そんなことは今までなかったからだ。
 ペナントでは今まであった。だが短期決戦で手の内を容易に見せればそれがすぐに敗北に直結するシリーズにおいてそれは今までなかったことだ。実際に意表を衝く先発で勝利を収めた試合もある。そしてそれがシリーズの行方を左右するということもあるのだ。
「どうだ、驚いたか。じゃあまずうちからいくか。第一戦は先攻だしな」
 東尾は驚く記者達の様子を楽しみながら言葉を続けた。
「西口だ。やっぱりまずはエースからじゃないとな」
「西口ですか」
 西武の若きエース西口文也、これは容易に想像がついた。皆それしかないと思っていた。
「横浜はどうするんですか?」
 記者達は今度は権藤に対し尋ねた。
「うちか」
 権藤は微笑んだ。そしてゆっくりと口を開いた。
「働きに見合った年功序列といこう。野村だ」
 野村弘樹、この年十二勝を挙げ今までもエースとして活躍してきた左腕だ。
「野村ですか」
 中には斉藤隆や二段フォームで知られる三浦大輔を予想する者もいた。だが権藤が指名したのは野村であった。
「そうだ、まずは全て彼任せる」
 それで決まりであった。言い終わると二人は再び杯に酒を注ぎ込んだ。
「今夜十二時を以って犬猿の仲になる。それまでは酒を楽しもう」
 そう言って二人は杯を打ち合った。そして死闘の前の酒を楽しんだ。
「これが勝利の美酒になる」
 二人はそう思った。そしてそれぞれ中華街をあとにした。
 第一戦は一〇月十七日の予定であった。だがそこに台風がやって来た。
「こればかりはどうしようもないな」
 試合は当然流れた。権藤は記者達に対して言った。
「ゆっくりやttらいいさ。もう雨には慣れているよ」
 横浜も西武のこのシーズンは雨に悩まされた。
「今日本で真剣勝負をやっているのはうちと西武だけだしな」
 その口調には余裕があった。だが内心では安堵していた。
(恵みの雨だな)
 そう思わざるをえなかった。それは何故か。
 当時の横浜の切り札は二つあった。止まることなく連打を浴びせるマシンガン打線と最後を締めくくる絶対的な守護神佐々木。だがその佐々木が風邪で倒れていたのだ。
「佐々木の調子はどうだ」
 権藤はスタッフの一人に問うた。
「いいとは言えませんね」
 彼は首を横に振って言った。
「そうか」
 権藤はその顔を少し曇らせた。一時佐々木は点滴を打つような状態であったのだ。
「今は少しでも時間が欲しいな」
「はい」
 権藤は雨が降り注ぐ空を見た。そして佐々木を調整する時間を少しでも欲していた。
 それは西武も同じであった。エースの西口が風邪を引き体調が思わしくなかったのだ。
「おい、頼むぞ」
 東尾はそんな彼を元気付けるべくハッパをかけた。
「ビースは幾らでもいる。しかしエースは御前しかおらん。いけるところまで頼むぞ」
「任せて下さい」
 責任感の強い男である。監督の気持ちが痛い程よくわかった。二人は同じ和歌山出身ということもありウマが合ったのだ。
 彼は焦っていた。何とか試合までにコンディションを整えておきたかったのだ。
「あの時は絶好調でも負けたのだから・・・・・・」
 ふと彼の脳裏に昨年の忌まわしい記憶が甦った。
 九七年日本シリーズ。彼はこの時も第一戦に先発で登板した。相手は奇しくも野村と同じ左腕、剛速球で鳴る石井一久であった。
 試合は投手戦になった。西口は飛ばした。七回までヤクルト打線に得点を許さなかった。
 だがそれは石井も同じであった。石井の荒れ狂う剛球とそれをリードする古田の知略を攻略することが出来ず試合は膠着していた。西武は頼みの機動力も古田の強肩と智謀の前に発揮できずにいた。
 そして八回。バッターボックスにヤクルトの助っ人ジム=テータムが向かう。
「おい」
 ここで野村が出て来た。そして西口をチラリ、と見た。
(俺を見て何を言ったんだ!?)
 彼はふとそう思った。彼もまた野村のことはよく聞いていた。
 野村は西口を横目で見ながらテータムに囁いていた。
「初球を狙っていくんや、わかったな」
「オーケー、ボス」
 テータムは頷いた。そして打席に入った。
(また何かやるつもりかな)
 彼は少し不安になった。ここに少し焦りが生じたとしても不思議ではない。
 まずはカウントをとることにした。得意のスライダーを投げた。
 それが失敗だった。テータムのバットが一閃した。
「しまった!」
 叫んだ時には既に遅かった。打球は神宮のレフトスタンドに突き刺さっていた。
「やられた・・・・・・」
 彼は落ち着きを取り戻し、そして後悔した。不用意にカウントをとりにいってはいけない時だった。テータムはゆっくりとダイアモンドを周り野村は笑顔でそれを出迎えた。会心の笑みだった。
 結局それが決勝打になった。西武は石井と古田のバッテリーを攻略することが出来ず十二三振を喫して完敗した。只の一敗ではなかった。投打において完敗した試合であった。それがこのシリーズの西武の行方に暗い影を落とした。
 シリーズは終始ヤクルト有利に進んだ。第三戦では古田が決勝アーチを放ちシリーズの流れを完全に掌中に収めた。西武は手も足も出ず第五戦に挑んだ。
「ここで流れを引き寄せなくては」
 マウンドには西口が上がった。彼は全てを賭けてマウンドに立った。
 だが打たれた。五回で無念の降板だった。
 ヤクルトはその試合巧みな継投で西武を何なく退けた。まるで赤子の手を捻るようにあっさりと勝負を決してしまった。
「やっぱり野村には勝てなかったな」
「ああ、予想通りの結末だよ」
 皆そう言った。誰もがヤクルトの絶対的な有利を信じその通りに進んだシリーズであった。
 西武にとっても、彼にとっても苦い思い出だった。そのことは一日たりとも忘れたことはなかった。
 彼のシーズンはその時からはじまった。あの雪辱を晴らす為に。
 しかしここにきてこの体調不良である。彼は焦っていた。そしてその焦りを遂に打ち消すことができなかった。
 
 それに対する横浜は少し事情が違っていた。彼等もまた雨が降り注ぐ横浜スタジアムを見ていた。
「あれっ、こんな時でもランニングですか?」
 記者の一人はウェアを着込もうとしている一人の選手を見て声をかけた。
「ええ、案外雨の中を走るのも気持ちがいいですよ」
 彼はウェアを着終えるとそう言った。横浜の遊撃手石井琢朗である。
 幾度も盗塁王に輝いている。守備も素晴らしくサード、そしてショートでゴールデングラブ賞を獲得している。またトップバッターとして、チームリーダーとして活躍し横浜の柱といってもいい人物だ。
「そうなのですか、また気合が入っていますね」
「そりゃそうですよ」
 彼はにこやかに笑って答えた。
「シリーズですからね」
 彼はそう言いながらグランドに向かっていた。
 グラウンドには誰もいない。ただ雨が滝の様にグラウンドを支配していた。
 本当に誰もいないな、石井はそれを見てそう思った。
「西武ナインはいませんね」
 彼は記者の方を振り向いてそう言った。
「ええ、今は横須賀にいますよ」
 その通りであった。彼等は今この雨を避け横須賀の二軍室内練習場で汗を流していた。そこで試合前の最後の調整をする為だ。
「ここに来て守備練習はやっていないんですね」
「ええ、していませんでしたね」
 記者はそう答えた。石井はそれを聞いて一瞬考える顔をした。
「そうですか」
 そう言うと彼は顔を元に戻した。
「ここの人工芝今年張り替えたんですけれどね」
「あ、それは知っています」
 なかなかよく勉強している記者だ。最近の記者はろくに試合もキャンプも見ず特定の球団に媚び諂っている輩もいるというのに。これはテロ国家の下僕と化している者も多かった我が国のマスコミの病理のほんの一部である。
「ボールの転がり方に癖がありましてね。結構独特なんですよ」
「そうなんですか。それは知りませんでした」
 横浜内野陣の守備には定評があった。ショートにこの石井がおりサードには進藤達哉、セカンドには主砲でもある助っ人ロバート=ローズ。そしてファーストには駒田徳広。その守備の良さは他チームをして『併殺網』と言わしめる程であった。だからこそさ程気付かなかったのだろうか。
「じゃあこれで」
 石井はそう言うとグラウンドに出て行った。そして雨の中走り続けた。グラウンドを丹念に見ながら。
 それが終わると彼はロッカールームに戻った。そこには横浜ナインが集まっていた。
「お、西口か」
 ロッカールームに戻った石井は二台のモニターに映し出されている一人のピッチャーを見て言った。
「ええ、何せ第一戦の先発ですからね」
 彼等は西口の投球に見入っていた。やはりその球は良かった。
「スライダーがいいな」
「時折混ぜるチェンジアップも効果的に使ってるな」
 彼等は口々にこう言った。そして彼の投球を細部まで見ていた。そのフォームも実に綺麗なスリークォーターである。スリークォーターである。ワインドアップではない。ここに難点があった。
「ん!?」
 最初にそれに気付いたのは横浜きっての好打者鈴木尚典である。首位打者を獲ったこともある男である。
「どうした?」
 鈴木が首を傾げたのを見て石井が声をかけてきた。
「いえ、西口ですけれどね」
 彼は思いきり投げる西口を指差しながら言った。
「投げ終わったあとやけに一塁に身体が流れますね」
 確かにそうであった。スリークォーターで思いきり腕を振る為だろうか。身体が大きく左に動いていた。
「御前もそう思うか」
 石井はそれを聞いて言った。
「俺も今それを言おうと思ってたんだよ」
「石井さんもですか」
 鈴木はそれを聞いて言った。
「ああ」
 石井は考える目をしながら答えた。
「西武のサードは鈴木健だな」
「はい」
 お世辞にも守備はいいとは言えない。特に前のボールには弱かった。
「成程な」
 彼は再び考える目をした。
「一つ試してみる価値はあるな」
 石井の脳裏にある奇計が思いついた。こうしてシリーズ開始前の雨は両チームに多くの影響を与えた。だがこの時には誰にもわからなかった。

 十月十九日、遂にシリーズが幕を明けた。先発は両監督の発表どおり野村と西口であった。
「やはりな」
 石井はベンチにいる西口を見て呟いた。
「見たところあまり落ち着いてはいないな」
 西口は投手としてはあまり気が強くはない。その為かここぞという時に打たれることもままある。
「最初が肝心だな」
 石井はポジションに向かいながらそう思った。そしてプレーボールとなった。
 まずは簡単にツーアウトとなった。野村の立ち上がりは悪くはない。
 だがここで高木大成がレフト前ヒットで出塁する。ここで東尾は動いた。
「まずは先制点だ」
 サインを出す。高木はそれを見て頷いた。
 打席にいるのは西武の助っ人ルディー=ペンパートン。その四球目だった。
 高木は走った。それに対し横浜のキャッチャー谷繁元信は素早い動作で二塁に投げた。
 その肩は定評がある。高木はあえなく二塁で死んだ。
「谷繁さんっていい肩してるな」
 西口はそれを見て言った。彼はベンチ前で投球練習をしていたのだ。
「頼むぞ」
 東尾は彼に声をかけた。
「任せて下さい」 
 西口は強い声で言った。そしてマウンドに向かった。
「さて、と」
 彼はロージンを握りながらバッターボックスに向かう石井を見ていた。
「このバッターだけは出塁させたくはないな」
 石井の足のことはもう聞いていた。まず彼から横浜のマシンガン打線ははじまるのだ。
 攻撃の芽を潰しておきたい、そして何よりもまずはワンアウトが欲しかった。それで気持ちが楽になる。
 石井がバッターボックスに入った。西口はロージンを落としボールを握った。
「まずは」
 その独特のフォームで投げた。外角いっぱいに入るスライダーだった。
「ふうん」
 石井はそれを見て心の中で呟いた。そして西口の顔を見る。
 やはり焦っていた。とにかくアウトをとりたいのが手にとるようにわかった。
「あれをやるか」
 石井は焦る西口を見て思った。そして身構えた。
 二球目はストレートだった。一球目と同じく外角だ。石井はここで動いた。これがシリーズの流れを半ば決定付けた。
「なっ!」
 それを見て西口は叫んだ。彼だけではない、西武ナインも、東尾もアッと驚いた。
 何とバントだ。石井は西口のその外角へのストレートを三塁側に転がしたのである。
「しまった!」
 西口は咄嗟に動こうとする。だが態勢が一塁側に流れていて反応が遅れた。
 打球はその間にも転がっていく。水を含んだ横浜の人工芝は独特の動きをする。
 サードの鈴木が向かう。しかしやはり前の打球には手間取っている。石井はその間にも俊足を飛ばして一塁へ向かう。
 結果はセーフだった。何といきなりバントを仕掛けてきたのだ。
「横浜でバントかよ」
 東尾は思わず顔を顰めた。思いもよらぬ奇襲であった。
 西口は一塁にいる石井を見た。その顔はあきらかに嫌そうなものであった。
「よりによって・・・・・・・」
 無理をしてストライクを取りに行かなくてもよかった。焦る西口が判断を間違えたのだ。
 やはり身体のきれもよくない。彼の焦りは益々深くなっていった。
「気をつけろよ」
 彼の脳裏にバッテリーミーティングでのスコアラーの言葉が甦る。
「横浜は早いカウントからでも容赦なく打って走ってくるからな」
 そうであった。特にこの石井は隙を見せると確実に走って来るのだ。
 バッターボックスには二番の波留敏夫が入った。だが西口は彼よりも一塁にいる石井を見ていた。
「クッ!」
 牽制球を投げる。そしてまた何と波留に一球目を投げるまでに五つの牽制球を投げていた。
「西口の奴焦ってるな」
 それは横浜ベンチからもわかった。
 石井は捕まらない。冷静に西口の動きを見ていた。それが逆に西口を苛立たせた。
 一塁で黙ってマウンドの西口を見ている。西口も彼にばかり目を向けているわけにはいかない。
 投手にとって難しい技術がある。それはランナーを塁で止めることだ。かって阪急との日本シリーズでその時巨人の正捕手だった森は阪急のトップバッターであり当時驚異的な盗塁を誇っていた福本豊の足を封じた。これにより巨人を日本一に導いたのだ。ここには森がピッチャーにランナーに対するクイック投法や癖盗み、そして牽制球の有効な使い方を伝授していたことも効果があった。後に彼は西武の監督としても同じことをしている。
 野村のヤクルトでもそうである。ヤクルトには古田がいる。彼の捕殺は天下一品である。ランナーは余程上手くやらないと彼から塁は盗めない。西武がシリーズにおいてヤクルトに完敗すると皆予想したのは古田には機動戦が全く通用しないと思われたからである。それは事実であった。
 ここでも古田は投手陣にクイックや牽制を教えていた。そうしてランナーの動きを封じるのも戦術なのである。
 西口はそれを忘れていた。彼は焦るあまり石井に不必要に牽制球を投げ過ぎていたのだ。
「監督、どうしますか」
 コーチの一人が権藤に対して尋ねた。
「いつもの通りだ」
 権藤はそれに対してクールに答えた。
「あいつに任せる」
 これは横浜の方針であった。石井が一塁に出た時は彼とバッターボックスにいる波留に任せる。そうして勝ってきたのだ。
 四球目、キャッチャー伊東勤はサインを出した。スライダーである。西口は投げた。
「!」
 その瞬間石井は走った。ボールがミットに収まった時には石井は既に二塁を陥れていた。
「やっぱりやられたか・・・・・・」
 西口は苦渋に満ちた顔で二塁ベース上で砂を払う石井を見た。その石井に対し球場の九割以上を占める横浜ファン達が喝采を送る。
「やはりシリーズだけはあるな。凄い声だ」
 東尾はその声を聞いて呟いた。ベンチにいる彼ですらそう思うのだからマウンドにいる西口にはそれが余計に大きく聞こえた。
 波留は何とか打ち取った。そして打席には鈴木尚典が入る。
 鈴木のバットが大きく振られた。打球はそのまま一直線にライト前に打ち返された。
 石井の足はやはり速い。彼は苦もなくホームを踏んだ。シリーズの先制点は横浜が手中にした。
 球場は大歓声に包まれる。それが西口を余計に焦らせた。
 その回はエラーもあったが何とか抑えた。だが流れは明らかに横浜にあった。西武は毎回ランナーを出すが攻めきれない。
 試合は進んでいく。そして石井がまたバッターボックスに入った。
 伊東はチェンジアップを連投させた。だがストライクが入らない。そして結局歩かせてしまった。
 西口の表情がまた暗くなる。やはりまた走られた。彼は集中力を分散させてしまっていた。
 波留に打たれた。石井は無理をせず三塁で止まった。マシンガン打線に銃弾が装填されようとしていた。
 次の鈴木は粘った。初回のタイムリーが西口と伊東を圧迫する。
「ここを抑えてくれればいいが」
 東尾は苦しむ西口を見ながら言った。西武にとっては正念場だった。
「ここで点を入れればこの試合は勝ちだ」
 権藤は顎に手を当てながら呟いた。横浜にとっては試合を決める絶好の機会であった。
 鈴木のバットが一閃した。打球はレフト前に落ちた。
 これで一点。東尾はそれを見て苦い顔をした。
 続いてローズにも打たれた。今度はツーベースだ。彼は完全にマシンガン打線に捕まっていた。
「これは駄目だな」
 東尾は顔を顰めた。そしてマウンドに向かった。
 ピッチャー交代を告げた。西口はこれでマウンドを降ろされた。
 だが攻撃は続く。横浜はこの回三点を追加した。
 これに気をよくしたのが横浜のマウンドにいる野村である。彼は打席でも活躍した。
 打てばツーベースである。これに肝を冷やしたのだろうか。西武は守りに乱れが生じだした。悪送球や暴投で不必要に失点を重ねていく。
 最早点差は開く一方だった。野村は高木大成にツーランを浴びるも崩れなかった。それそころかまた打った。そしてまた追加点を入れられた。
 野村は七回で降板した。四失点ながら試合を見事に作った。
 そして八回となった。二死二塁、ここで権藤が動いた。
「五十嵐か?」
 この時マウンドにいたのは阿波野秀幸。かって近鉄のエースとして活躍した男であり今は横浜の貴重な中継ぎであった。
 横浜のリレーを考えると次はその五十嵐英樹、通称ヒゲ魔神だった。
 だが権藤は彼の名を言わなかった。ここで何と切り札を投入してきたのだ。
「ピッチャー、佐々木」
 権藤は彼を調整させる意味でもマウンドに投入したのだ。
 リリーフカーに乗り姿を現わす佐々木。横浜の観客達はそれを見て歓声を送った。
 佐々木の球は思ったより速かった。だがやはり風邪明けである。制球が定まらない。
 四球を出し二死一、二塁。忽ち窮地に追い込まれる。
 ここで西武は得意の機動戦術に出た。盗塁を仕掛け調子の良くない佐々木を揺さぶろうというのだ。
 だがそれは失敗した。三塁を狙った高木が谷繁により刺されてしまったのだ。
 その裏西武は中継ぎの柱の一人デニーをマウンドに送った。
「横浜のお客さんにもサービスしとかなくちゃな」
 東尾はニンマリと笑って言った。デニーはかって横浜にいた男である。その長身と整った顔立ちにより横浜時代より人気は高かった。
 横浜の観客達からも歓声が起こる。鈴木健のエラーにより失点を許したが満足のいく投球であった。彼は横浜のファン達にも温かく迎えられながらベンチに戻った。
 九回は佐々木が三者凡退で締めくくった。横浜にとっては幸先よい勝利だった。だが西武にとっては嫌な幕開けとなった。
「石井さんのバントとスチールで自分を見失ってしまいましたね。調子が悪かったので余計に気になったかも知れません」
 試合後西口は記者達に対して唇を噛んで言った。
「全てが悪かったな。ゲームになっていなかったよ」
 司令塔である伊東も憮然として語った。西武のベンチは沈滞していた。
 逆に勝った横浜は上機嫌だった。石井は記者達に対して言った。
「何度も牽制球を出してくれましたからね。かえってタイミングを掴めましたよ」
 その言葉が全てだった。西武は半ば自ら敗北を招いてしまった。
 試合後東尾はホテルで呟いた。
「この一敗は大きいな・・・・・・」
 ただの一敗ではなかった。両チームの流れを決定付けるような西武にとって後味の悪い一敗であった。


[208] 題名:スペインに死す2 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年11月01日 (月) 22時34分

「人の命を何だと思っている!人の未来を」
「そんなものは知らん。俺達にとっては一人一人の命なぞその辺りの石と同じものだ。それ位わかっていよう」
「ぬうう」
 それはわかっていた。ショッカー以来変わることのない思想であった。その思想が為にライダーは彼等と戦っているのだ。
「それ以上言う必要はない。仮面ライダー二号よ」
 怪人は話を打ち切ると構えをとった。
「貴様にはここで死んでもらう。喰らえ!」
 そう言うと両手を振り回した。そして小型の蛭を放ってきた。
「ムッ!」
 それは二号の身体にへばり付いた。そして血を吸っていく。
「フフフ、その蛭からは逃れられんぞ」
 ヒルビランはそれを見て勝ち誇った笑みを浮かべた。
「二号ライダーよ、そのまま全身の血を吸われて死ぬがいい」
 蛭は凄まじい勢いで二号の血を吸っていく。そしてその身体を急激に膨張させていく。
 かに見えた。だがそれは違っていた。
 蛭はまったく膨らまなかった。そして二号の手で呆気なく取り払われていく。
「何ッ!?」
 これに驚いたのはヒルビランであった。彼の切り札が全く通用しないから当然であった。
「これはどういうことだ」
「ヒルビラン、貴様はライダーのことを何も知らないようだな」
「それはどういう意味だ」
 彼にはその言葉の意味がわからなかった。ライダーのことならばくまなく研究した筈だからだ。
「俺は全身を瞬時に硬化させることができる。それを知らないわけではあるまい」
「ということは」
「そうだ、それにより蛭を防いだのだ。迂闊だったな」
「何と・・・・・・」
 彼はそれを聞き再び口惜しそうな声を漏らした。
「まさかそれをここで使うとは」
 それは彼も知らないわけではなかった。だがこの様な使い方があるとは夢にも思わなかった。
「話は終わりだ」
 二号は蛭を全て取り払うと怪人に対して言った。
「貴様だけは許さん!」
 そして前に跳んだ。怪人の身体を掴んだ。
「トォッ!」
 空中に高く放り投げた。そして自身も跳んだ。
 壁を蹴る。ヒルビランに破壊された駅の残された壁だ。
「貴様に殺された多くの罪のない人達の恨みだ!」
 二号は壁を蹴りながら叫んだ。その足に多くの人々の恨みと悲しみを宿らせて。
「ライダァーーーーー反転キィーーーーーーック!」
 これもまた一号の技であった。再改造と特訓により身に着けたのである。
 空中にある怪人を蹴った。そしてそのまま吹き飛ばした。
 ヒルビランは空中に吹き飛ばされた。そしてそこで先程の戦車と同じように爆発した。
「仇はとれただろうか」
 二号は着地して呟いた。怪人を倒したところで犠牲者は帰っては来ない。しかし。
 悪は倒した。人々の仇は取ったと言えば取ったことになる。
「だが」
 やはり二号は釈然としなかった。彼は死者を甦らすことはできないのだ。
 彼は立花のところに向かった。そして彼と共に生存者の救助に当たった。

 翌日二人は街をパトロールしていた。昨日のことがあり警戒しているのだ。
「おやっさん、また派手なジープですね」
 一文字は隣でジープを駆る立花に対して言った。
「おかしいか、わしは気に入っているんだが」
 このジープは彼の愛車であった。かってブラックサタン、デルザーと戦っていた時以来のものだ。
「いえ、中々似合ってますよ」
「だったらいいがな。茂には最初結構冷やかされたもんだ」
「あいつもかなり派手ですけれどね」
「御前もそう思うか」
「ええ」
 城の派手好きはライダー達の間でも有名であった。薔薇の刺繍の入ったジーンズなぞ身に着けるのは彼位だと言ってよかった。
「まああいつにはあれが似合ってますけれどね」
「確かにな。不思議な位にな」
 それは認めた。城はそれが似合う不思議な男だった。
「そういう御前の服も結構独特だな」
「そうですか」
 一文字はイギリスの服を着ることが多い。やはり幼い頃のロンドンでの暮らしからか。
「まあどのライダーも皆それぞれ服には凝ってるな」
「アマゾンはどうですか」
「それがあいつもあれで結構洒落者だ」
「本当ですか。まあ普段の服も似合っていますけれどね」
 アマゾンは密林にいた時からの服であった。それが野生児である彼にはピッタリの服であった。
「一度白いスーツに身を包んでいたなあ」
「へえ」
「ガランダーを倒して日本を後にする時にな。まあすぐにあの服に戻ったが」
「そうだったんですか」
「まあ皆それぞれの服を着ていいさ。それがライダーの個性を現しているしな」
「確かに」
 十人のライダーはそれぞれ異なる能力、個性、戦い方を持っている。それが服装にも表れているのだ。
 一文字と本郷ですらその人格や戦い方は全く異なる。だからこそ彼等は無二の戦友であり、同志であり続けていると言っても過言ではない。
 人にはそれぞれ個性がある。改造人間であるライダー達も。だがバダンはそれを認めないのだ。
「だからこそ俺達は奴等を許せない」
 一文字、いやライダー達はこう思う時がある。バダンが求めているのは機械なのだ。人間ではないのだ。
 その考えから改造人間が生まれた。彼等はあくまで人はものと考えているのだ。
 だからこそ平然と殺すことが出来る。処分することが出来る。何とも思っていないからだ。
 ライダー達はその考えを許すことが出来ない。ライダーとバダンはそうした意味でも決して交わることのない関係にあると言ってよい。
 立花もそうであった。彼はかって七人のライダー達と共に戦った。いずれも個性豊かな者達であった。彼はその個性を決して消そうとしなかった。
 むしろその個性を伸ばした。それがライダー達の成長に繋がっていったのだ。
 彼はライダーを育てた。彼なくしてライダー達は悪に勝つことは出来なかったのだ。
「おやっさん」
 一文字は立花に話しかけた。
「何だ」
 立花は運転しながら彼に応えた。
「これが終わったら皆で遊びに行きませんか」
「いいな。何処へ行く」
「そうですね」
 一文字は暫し考え込んだ。
「富士山でも行きますか。それで皆で乾杯しましょう」
「いいな、この戦いが終わったらな」
「ええ、一杯おごりますよ」
「楽しみにしているぞ」
「はい」
 二人はこんなやりとりを続けながらセヴィーリアの街をパトロールしていた。その日は何事もなかった。
「何もなかったな」
 二人はホテルに戻って一息ついた。
「俺達を警戒しているんでしょう。すぐにまた動きだしますよ」
「そうだろうな」
 彼もバダンのやり口はよくわかっていた。
「今夜も危ないな」
「はい」
 二人は夕食をとりとりあえずはベッドに入った。だが一文字は一人ベッドから這い出た。
 そして部屋を後にする。立花は起こさず一人で出た。
 ライダーに変身する。そして夜の街を駆けて行った。
 闘技場の側に来た。そこでふとOシグナルが点滅した。
「ムッ」
 闘技場の中からだ。それを察した彼は闇に紛れるようにして闘技場の中に入った。
 闘技場の中心で何者かが蠢いていた。見れば戦闘員達である。
「どうだ、作業は進んでいるか」
 それを指揮する影があった。ドグマの蟷螂怪人カマギリガンであった。
「ハッ、全て順調であります」
 戦闘員の一人がそれに対して敬礼で返した。
「うむ、ならばよい」
 カマギリガンはそれを聞き満足したように頷いた。
「早く済ませなければな。二号ライダーに見つかったりしたら大変だ」
「そんなに大変か」
 後ろから声がした。
「当然だ、奴は手強い。こうしたことは見つからないうちに済ませるのが一番だ」
「そうか、確かにな」
「わかったら貴様も早く貴様の部署に行け。客席にも仕掛ける予定だろうが」
「そうだったのか」
「おい、とぼけるな」
 カマギリガンはそれを聞いて声を荒だたせた。
「貴様の仕事は死神博士からお聞きしているだろう、そんなことを言っているとあの方に何をされるかわからんぞ」
「その心配はない」
「何故だ」
 怪人は次第に苛立ちを感じていた。
「俺が貴様等の計画を全て叩き潰すからだ」
「何ッ!」
 怪人はそれを聞いて後ろを振り向いた。振り向き様に拳が来た。
「グハッ!」
 それを頬に受けたカマギリガンは吹き飛んだ。そして闘技場の土の上に叩き付けられた。
「貴様は」
 立ち上がりながら拳の主を見る。それは赤い拳を闇の中に浮かび上がらせていた。
「言わないとわからないか」
 二号は拳を構えなおして言った。
「クッ」
 カマギリガンは声に悔しさを滲ませながら立ち上がった。
「俺を甘く見るな」
 彼は両手に持つ鎌を投げてきた。そしてそれで二号を両断しようとする。
 だが彼はそれを素早い身のこなしでかわした。夜とはいえ動きは素早い。
「おのれ!」
 彼は腕をサッと上げた。それによりそれまで左右に散っていた戦闘員達が動いた。
「やれい!」
「イィーーーーーーッ!」
 彼等は奇声と共に二号に襲い掛かろうとする。だがそこに誰かが来た。
 それは一台のバイクであった。颯爽と闘技場を駆けて来た。
「誰だっ!」
 バイクの主は答えない。そのかわりにライダーに襲い掛かろうとしていた戦闘員達をバイクで一掃した。
「ライダー、助けに来たぞ!」
 バイクの主がヘルメットの中から叫んだ。
「その声は!」
 二号はその声に聞き覚えがあった。
「おう、俺だ!」
 彼はヘルメットを取った。それはライダー達の掛け替えのない盟友であった。
「滝、どうしてここに!」
「おっと、バダンのあるところライダーありだろ」
 滝は悪戯っぽく笑って言った。
「じゃあ俺もいるのさ。ライダーと一緒に戦うのが俺の仕事だからな」
 彼はインターポールの捜査網によりバダンの動向を掴んでいたのだ。そしてこのセヴィーリアに来たのだ。
 彼はバイクから飛び降りた。そして二号の横に来た。
「戦闘員はいつも通り俺に任せてくれ」
「わかった」
「御前は怪人をやれ、いいな」
「よし!」
 二号は頷くとすぐに動いた。カマギリガンに飛び掛かった。
「行くぞ!」
「チッ、小癪な!」
 怪人は両手の鎌を振るってきた。二号はそれをかわしつつ間合いを詰めて来た。
「おのれ、何とすばしっこい」
「ライダーの武器はパワーだけじゃないのがよくわかるだろう」
 見れば摺り足で動いている。武道の達人である彼ならではの技だ。
 最小限の動きで攻撃をかわしつつ間合いを詰めた。そしてその身体を掴んだ。
「喰らえっ!」
 そのまま投げた。柔道でいる肩車だ。
「グフッ!」
 肺から息が吐き出た。肋骨が砕ける音がした。
 それでも立ち上がろうとする。だがその時には二号は既に空を跳んでいた。
「受けてみろ!」
 彼は攻撃態勢に入っていた。
「ライダァーーーーパァーーーーーンチッ!」
 そして拳を繰り出した。それで怪人を撃った。
 カマギリガンは後ろに吹き飛んだ。そして闘技場の中央で倒れ爆死して果てた。
「終わったか」
 ライダーのもとへ戦闘員達を倒し終えた滝が来た。
「いや、まだだ」
 だが二号はそれに対し首を横に振った。
「今の怪人の話だと観客席にも向かったらしい。まだここにいる筈だ」
「その通り」
 そこで何者かの声がした。
「よくもカマギリガンを倒してくれたな」
 怪人が夜の闇の中から姿を現わした。
「仇はとらせてもらうぞ」
「貴様は」
 二号は彼に名を問うた。
「知りたいか」
 怪人は不敵な声で言った。
「まあよい。どのみち死ぬ身だ。教えてやろう」
 怪人はそう言うとその威容な姿を現わした。
「ゴッドの地獄怪人死神クロノス。よく覚えておくがいい」
「死神クロノスか」
「そうだ。俺のこの大鎌、受けて地獄に行くがいい」
 怪人は手に持つ巨大な鎌で二号を指し示しつつ言った。
「**(確認後掲載)い、仮面ライダー二号よ!」 
 鎌に炎を宿らせた。そしてそれで断ち切らんとする。
 しかし二号はそれをかわした。後ろに跳び退く。
「今のをかわすとはな。噂通りのことはある」
 二号はそれには答えなかった。
「だがこれはどうだ」
 怪人はさらに攻撃を繰り出してきた。それで二号を両断せんとする。
 しかし二号はフットワークだけでそれをかわす。焦っているところはなかった。
「落ち着いているな」
「当然だ。この程度で」
 彼は冷静にその鎌の動きを見ていた。そしてそれから目を離さなかった。
 死神クロノスは鎌を繰り出し続ける。二号はその軌跡を見ていた。
「見切った!」
 すぐに動いた。斬り掛かって来るその刃身を蹴った。
「ウオッ!」
 鎌は回転しながら天を舞う。炎が回転している様であった。
 地に落ちた。そして闘技場に突き刺さった。
「おのれ」
 怪人は呪詛の声を漏らした。二号はその間に一気に間合いを詰めた。
「炎を宿らせたのが貴様の敗因だ」
「そういうことだ!?」
「この闇の中に炎はよく映える」
 二号は怪人の腹に掌底を浴びせながら言った。
「グフッ!」
 それを受けた怪人は口から血を噴き出した。
「ならば見切るのは実にたやすいのだ」
「クッ、そうであったか」
 二号は怪人の身体を掴んだ。
「この死神クロノス一生の不覚」
「時と場所を選ぶべきだったな」
 彼は最後の言葉を漏らした。二号は怪人を放り投げた。
「ライダーーーー投げ!」
 ライダーの基本的な必殺技であった。それで怪人を思いきり投げた。
 怪人は闘技場のフェンスに叩き付けられた。そして崩れ落ちそのまま爆発した。
「これで終わりだ」
 二号は闇の中のその爆発を見届けて言った。
「やっとか」
「ああ、後はこの場所を調べよう。まだ爆弾が残っているかも知れない」
「おお」
 二人は爆弾の回収に当たった。観客席のそれを見つけると宙に放り投げ処分した。そしてバダンの邪な行動を見事阻止したのであった。

 死神博士はその一連の戦いを地下のモニターを通じて見ていた。
「やりおるな、やはり」
 彼は瞬き一つせずそれを見ていた。車椅子に座りながらである。
「並の怪人では相手にならぬか。ではいよいよ私が動く時だな」
 そう言って立ち上がった。
 ベルを鳴らす。そして戦闘員達を集めた。
「これで全てか」
「ハッ」
 見ればかなりの数がいる。おそらくこの基地にいる全ての戦闘員であろう。
「よし。ではかねてよりの最後の作戦を発動する」
「遂にですか」
 戦闘員達はその言葉にざわめきだった。
「うむ。怪人達は全て倒された。最早私が行くしかあの男を倒す方法はない」
「わかりました」
 戦闘員達は皆動作を合わせたかの様に首を縦に頷いた。
 博士は車椅子から立った。そして今まで戦闘員達に背を向けていたが彼等に向き直った。
「行くぞ。セヴィーリアを死の街に変える」
「ハッ」
 彼等は敬礼した。そして死神博士に続いて出撃していった。
 こうして彼等は基地を後にした。仮面ライダー二号の首を挙げるまでは決して帰るつもりはなかった。

 数日後セヴィーリアに戦闘員達が次々と姿を現わした。そして街に襲撃を仕掛けて来た。
「また来たか!」
 二号はニューサイクロン改に乗り出撃した。立花はジープで、滝はバイクでそれぞれ後に続く。
 戦闘員達は広場で市民達に攻撃を仕掛けている。皆手に刀や槍を持っている。
「逃げろ!」
 市民達は彼等を見て必死に逃げ惑う。戦闘員達は武器を手に彼等を追う。
「殺せ、一人も逃がすな!」
 戦闘員達の殺気走った声が飛ぶ。そして市民達を追い詰めていく。
 だがそこに銀のマシンがやって来た。今まさに刀を振り下ろさんとする戦闘員を吹き飛ばした。
「そうはさせるか!」
 二号はマシンから刃の翼を出し、運転を続けながら叫んだ。そしてそのまま戦闘員達に突入して行く。
 マシンだけで戦闘員達を倒して行く。そしてすぐに彼等を一掃した。
「終わったか」
 見れば他の戦闘員達も滝や立花に倒されていっている。だがそれで終わりではなかった。
 最後の戦闘員を倒し終えた滝の携帯に電話が入った。
「はい」
 それは現地の警察からであった。話を聞く滝の顔がみるみる強張っていく。
「・・・・・・わかりました」
 滝は頷くと電話を切った。そして二号と立花に対して言った。
「新手だ。今度は市場だ」
「わかった」
 二人はそれに頷き戦場に向かった。
 市場でもやはり戦闘員達が暴れていた。武器を手に襲い掛かろうとしている。警官達が彼等と戦っていた。
「性懲りもなく!」
 三人は変身を解いていた一文字を先頭に警官達の助っ人に入った。そして戦闘員達を次々と倒していく。
 警官達の力もあり市場の戦闘員達も全て倒した。警官達が彼等のところにやって来た。
「有り難うございます、おかげで助かりました」
「いえ、それ程のことは」
 三人は少し照れ臭そうにそう言った。礼を言われる様なことはしていないと言いたげであった。
 それも当然であった。彼等はバダンと戦うことが仕事なのだから。
「それにしてもこの連中は一体何者ですか?見たところテロリストの様ですが」
 警官達の先頭に立つ背広の男が一文字に問うた。どうやら刑事の様だ。
「まあそんなところです」
 一文字はあえてそれをはぐらかして答えた。バダンのことを普通の者に教えたくはなかった。混乱が起こりかねないからだ。
「実は俺達はインターポールの者でして」
 滝が身分証明書を見せながらその刑事に説明した。
「この連中を追っているんです。それでここに来ました。そちらの署長から連絡を受けて」
 先程の滝への電話が署長からのものであったようだ。
「おお、そうだったのですか」
「はい。この連中は世界的なテロリストでしてね。このセヴィーリアに大勢来ていると聞いてここに来たんです」
「この街にですか」
「はい」
 三人は深刻な表情で頷いた。
「ではこの前の駅での爆発事故も」
「そうです」
 一文字が答えた。
「全てこの連中の仕業です」
「何という連中だ」
「それがテロリストですよ。目的の為ならどのようなこともする。だからこそテロリストなんです」
「全くです。この連中だけは許してはならない」
 刑事は顔を歪めて強い声でそう言った。どうやらテロリストを激しく憎んでいる様だ。
「しかしインターポールの人がいるとは心強い。宜しければ協力して頂けますか」
「喜んで」
 滝は答えた。そして彼と刑事は固く手を握り合った。
 三人は署に向かおうとした。とりあえず詳しい話をする為だ。だがそこにまた電話が入った。
「またか」
 滝は電話に出た。そして苦い声で一文字と立花に言った。
「今度は教会らしいぞ」
「カテドラルですね」
 ここで刑事が言った。
「ここからすぐです。気をつけて入って下さい。すぐに我々も向かいます」
 彼等にはまだここでやらなければならないことがあった。まだ残党がいるかも知れないからだ。
「わかりました」
 一文字達は頷いた。そしてすぐにその場を立った。
「すぐに行きますから、お願いします」
「はい!」
 こうして三人はカテドラルに向かった。
 カテドラルは欧州で三番目に大きな寺院である。コロンブスの墓があることでも有名だ。 
 スペインは欧州の中でも特にカトリックの勢力が強いことで知られている。ハプスブルグ家が長い間王であったことも関係しているがこれにはスペインの歴史が深く関わっていた。
 スペインはかってはイスラムの勢力圏であった。その名残は今でも各地にある。
 それに対してキリスト教世界は反撃に出た。所謂レコンキスタである。
 この旗印となったのがカトリックであった。イスラムに対抗する為にそれは至極当然のことであった。これを通じてスペインでのカトリックへの信仰は深いものとなっていた。
 これはスペインが世界に進出する時でも重要な役割を果した。彼等は神父と共に世界へ出て行ったのだ。
 そして各地で布教した。その血生臭い歴史はつとに知られている。だがスペインの統治は実際はまだ緩やかであった。後のイギリスのインド支配に比べると遥かにましであった。
 今もスペインではカトリックの信仰は深い。ローマ=カトリック教会のお膝元であるイタリアよりも深い程だとも言われている。
 この寺院もそうした歴史を見てきている。歴史の生き証人でもあるのだ。今その寺院に悪しき者達が来ていた。
「壊せ!全て壊すのだ!」
 戦闘員達がいた。既に寺院の中に侵入してきていた。
「この跡地にバダンの基地を作るのだ!そして偉大なる我等は首領をお迎えしろ!」
 彼等は口々に叫んでいた。そして抵抗する僧侶や観光客に対して容赦なく攻撃を加える。
 だが彼等も負けてはいない。手に得物を持ち、そうでない者は素手て抵抗していた。
 僧侶達は古い倉庫から様々な武器を取り出していた。教会にも武器はある。彼等は刃物を持つことは許されていなかったが棍棒の類は許されていたのだ。その中にはかなり物騒なものもある。
「退きなさい、神のおわす場所を汚すことは許しませんよ!」
 彼等はそれを手にバダンと戦っていた。如何に彼等といえど寺院を汚すことは許せなかったのだ。
「フン、神が何だ!」
 バダンは神を信じてはいない。少なくともキリスト教の神は。
 彼等にとって神とは首領のみである。他には何もいないのだ。
 だからこそこの寺院を破壊しようと何とも思わなかった。当然僧侶達を攻撃するのにも躊躇いはなかった。
「**(確認後掲載)!」
 そう叫び攻撃を続ける。だが僧侶達も必死なので中々倒せない。両者は何時しか寺院の中で睨み合うこととなった。
「クソッ、しぶとい奴等だ」
 通路にバリケードまで出来ていた。一方には戦闘員、もう一方には僧侶と観光客達がいる。両者はそれで身を守りながら激しく睨み合っていた。
「だがそれもこれまでだ」
 戦闘員の一人が言った。
「もうすぐあの方が来られる。そうすればこんな連中」
 彼は笑った。そして攻勢の準備に入った。
 だがそれは出来なかった。突如僧侶達のところから一人の男が飛び出して来たのだ。
「何ッ!」
 それは一文字であった。彼は戦闘員達のバリケードを叩き潰すとその中に踊り込んできた。
 その後に滝と立花が続く。三人はそのまま戦闘員達を次々と倒していく。
「何故貴様等がここに」
「俺達の情報網を甘く見ていたな。警察から聞いたのさ」
 一文字は戦闘員の一人を手刀で倒しながら言った。
「貴様等の行動は全てわかる運命になっている。諦めるんだな」
「フン、戯れ言を。その言葉地獄で後悔させてやる!」
 だが形勢が変わったのは明らかだった。三人は次第に戦闘員達を押していく。
 その後ろから僧侶や観光客が続く。そして警官達もやって来た。
 バダンの者達は寺院の中から追い出された。そして外の庭園に追い詰められていく。
 そこで一人残らず倒された。やはり一文字達が来たことが大きかった。
「これで終わりではないな」
 しかし一文字はまだ油断していなかった。
「おそらく来るな」
 彼は予感していた。いよいよ決戦がはじまることを。
 そこで誰かが叫んだ。
「また来たぞ!」
「やはりな」
 彼は声がした方に顔を向けた。
 そこにあの男がいた。戦闘員達を後ろに従え立っていた。
「死神博士」
 一文字は彼の前に来た。そしてその名を呼んだ。
「やはりここに来たか」
「そうだ、この寺院を破壊する為にな」
「何故だ」
「この街を破壊し尽くす為だ。それだけでは説明は不足かな」
「クッ」 
 どれで充分であった。他に理由はなかった。
「だがその前に貴様も倒さなくてはならないようだな」
 彼は一文字を見て言った。冷たく、それでいて残忍な光が宿っていた。
「望むところだ」
 一文字もそのつもりだった。彼を見据えて構えをとった。
「だがそれはここではない」
 しかし死神博士は一文字を睨んだままそう言った。
「我等が雌雄を決すべき場所は他にある」
「どういうことだ」
「来い。貴様の死に場所に案内してやろう」
 そして踵を返した。その黒いマントが翻る。
「待て!」
 一文字は彼を追いはじめた。だがその前に戦闘員達が立ちはだかる。
「イィーーーーーーーッ!」
 だがそこに滝と立花が来た。
「雑魚は俺達に任せろ!」
「御前は死神博士を追うんだ!」
 そして戦闘員達と戦いはじめた。
「さあ、早く行け!」
 一文字はそんな二人の心遣いを有り難く思った。
「済まない。滝、おやっさん」
 そして彼は死神博士を追った。
 老齢とは思えぬ程の速さであった。車椅子に乗っているのはその独特のダンディズム故であろうか。だがそれは誰にもわからない。
 彼はただひたすら歩いていた。それでも走っている一文字が中々追いつくことができない。
「クッ、奇怪な」
 おそらく死神博士の時の身体の能力も上がっているのだろう。そうでなければ考えられない速さであった。
 やがて二人はカテドラルから離れた。そして荒野に来た。
 遠くからヒラルダの塔が見える。それはカテドラルにある鐘楼である。セヴィーリアの象徴とも言える塔である。
「ここでよいな」
 死神博士はようやく後ろを振り返った。そして一文字へ顔を向けた。
「一文字隼人よ、ここが貴様の死に場所だ」
「ほう、それはいい。あの塔が見えることだしな」
 彼は塔をチラリ、と見て答えた。
「だがその言葉少し訂正させてもらおう」
「何!?」
「ここで死ぬのは俺じゃない。死神博士、貴様自身だ」
「戯れ言を」
 彼はそれを聞いて口の端だけで笑った。
「では今からその減らず口を塞いでやろう」
「出来るものならな」
 博士はススス、と前に出た。やはり老人とは思えない動きである。
 その右手には鞭があった。乗馬用のそれに近いものであった。それで二号を打ち据えにかかった。
「そんなもの!」
 二号はそれをかわした。見れば鞭には電撃が宿っていた。
 博士は攻撃を続けた。しなやかでsれでいて強靭な動きであった。
 だが一文字も負けてはいない。攻撃の合間の一瞬の隙を衝き攻撃を仕掛ける。
「トォッ!」
 左足から蹴りを繰り出す。それで博士を吹き飛ばそうとする。
 だが博士の姿はそこにはなかった。気がつけば一文字のすぐ後ろにいた。
「テレポーテーションか!」
「如何にも」
 彼は答えた。そして一文字の背に鞭を振り下ろしてきた。
「グフッ!」
 身体中に電撃が走った。一文字はその瞬間身体を大きくのけぞらせた。
「どうだ、私の鞭は」
 かろうじて踏み止まり何とかこちらに向き直った一文字に対して言った。
「普通の鞭ではないぞ。立っているのがやっとであろう」
「それはどうかな」
 だが一文字はそれでも平気な顔をした。あえてそういう顔を作ってみせたのだ。
「おれを舐めてもらっては困るな。その証拠に見ろ、自分の胸を」
「何!?」
 一文字に言われて己が胸を見た。そこには拳の跡があった。
「グフッ」
 その途端胸に鈍い痛みが走った。どうやら先程の一文字の攻撃の際に受けていたらしい。
「これでお相子だな」
「クッ、確かに」
 それは認めざるを得なかった。胸を走る鈍い痛みがそれを教えていた。
 博士は間合いを離した。そして一文字に対して言った。
「ならば私も本気を出そう」
「本気か」
「そうだ。私の真の姿、よく見るがいい」
 そう言うと羽織っていたマントを取り外した。そしてそれを上からバッサリと被った。
 その中で死神博士の身体が変わっていった。白いタキシードが軟体動物を思わせる皮膚になり身体中に何やら無気味な触手の様なものが生えてきていた。そしてそれは彼の両手に絡んでいった。
「フフフフフフ」
 マントの中から死神博士の哄笑が聞こえてくる。そして彼はマントを取り払った。
「行くぞ、一文字隼人」
 そこには奇怪な姿をした怪人がいた。烏賊を思わせる白い怪人であった。
「イカデビルか」
「そうだ。私の真の姿は知っていよう」 
 ショッカーにおいてその名を恐怖と共に知られた怪人である。その力はショッカーの怪人達の中でも最強と噂だれていた。
「この姿を見た者は必ず死ぬ。例えそれがライダーだとしてもな」
「ライダーでもか」
「そうだ。さあ一文字隼人よ、早く変身するがいい」
 彼は一文字に対して言った。
「この手で完全に破壊してやる」
「そうか」
 一文字はそれを聞いて不敵な笑みで返した。
「では俺も変身するとしよう」
 そう言うと腰に風車のベルトを出した。
「行くぞ、死神博士、いやイカデビル」
 そして変身に入った。

 変・・・・・・
 両手を右から上へゆっくりと旋回させる。手は手刀の形である。
 次第に身体が黒いバトルボディに覆われていく。その手袋とブーツが真紅のそれになっていく。
 ・・・・・・身!
 左で両手を止めた。
 左腕は肩の高さで肘を直角に上に向けている。
 右腕はそれに合わせて胸に水平にしている。やはり肘は直角だ。手は両方共拳にしている。
 顔が深緑の仮面に覆われていく。右から、そして左から。その目が紅に光った。

 激しい光がベルトから放たれる。そして光が全身を覆った。
 そしてライダーが姿を現わした。紅い戦いの心を持つライダーが現われた。
「行くぞ!」
 そして身構えた。こうして遂にスペインでの最後の戦いの幕が開けた。
 まずはイカデビルが来た。両手の烏賊の鞭で二号を打ち据えに来た。
 だがそれはかわされる。二号は左に動いた。
「喰らえっ!」
 そして拳を繰り出す。だがそれはイカデビルの奇妙な皮膚に防がれてしまった。
「フフフフフ」
 イカデビルはそれを見て奇妙な笑い声を出した。
「攻撃は何も硬い鎧で防ぐだけではない」
 彼は言った。
「吸収し、無効化することもできるのだ」
「ではその皮膚は」
「そうだ、私のこの身体を甘く見てもらっては困るな」
 そしてライダーを掴んだ。そのまま投げ飛ばした。
「フン!」
 だが彼は上手く着地した。この程度の攻撃では楽に防ぐことができた。
 しかしイカデビルの攻撃は続く。今度は口から墨を吐いてきた。
 それでもって辺りを覆う。イカデビルの姿は完全に見えなくなった。
「考えたな、今度は目くらましか」
 二号はその中でイカデビルの気配を探った。
 二号は動きを止めた。そして半ばしゃがんで身構えた。そして四方八方に気を張り巡らせる。
「来い」
 この闇の中にいるのは間違いない。そして彼を狙っていることも。そう考えると対処が楽であった。
(必ず来る。ならば)
 彼はその時を狙っているのだ。問題は何時、何処から来るかだ。それが問題なのだ。
(勝負は一瞬、それを逃したら終わりだ)
 それはよくわかっていた。だからこそ息を潜めている。そして待っているのだ。
 不意に左斜め後ろから何かを感じた。殺気だ。
(来たな!) 
 彼はすぐにわかった。そこに烏賊の鞭が飛んで来た。
「喰らえ!」
 イカデビルの声がした。それが何よりの証拠であった。
「よし!」
 二号はそれをかわした。そしてすぐに鞭が来た方へ跳んだ。
 そこには彼がいた。気配が何よりもそれを教えてくれている。彼は掌底を繰り出した。
「これならどうだっ!」
 かって鋼鉄参謀にダメージを与えた技である。これならば衝撃は伝わる。そしてダメージを与えられると読んだのだ。
 だがそれは適わなかった。確かに掌底は当たった。だがそれは効いてはいないようであった。
「フフフフフ」
 黒い霧は晴れた。そしてイカデビルが姿を現わした。彼は二号の掌底を浴びながらも立っていた。
 笑っていた。余裕の笑みであった。それだけで彼がダメージを受けてはいないことがわかった。
「まさか鋼鉄参謀との戦いを私が知らないとでも思っているのか」
「クッ」
 そうであった。彼は二号と鋼鉄参謀との最初の戦いの時インドに共にいたのだ。基地の中で戦ったことすらある。
「貴様の攻撃は全て研究済みだ。当然他のライダー達もな」
「俺達のことは全て知っているということだ」
「無論だ。私を誰だと思っている」
 そう言いながら攻撃を浴びせてきた。二号はそれをかわしながら間合いをとった。
「私はイカデビルだ。ショッカーで最大の頭脳を謳われたな」
「そうだったな」
 死神博士は若い頃から不世出の天才と言われていた。その悪魔的な頭脳を買われてショッカーに入っているのだ。
 それだけに彼は鋭かった。二号のことも全て研究しているのも道理であった。
「私が研究したのは防御だけではない」
 イカデビルはまた言った。
「攻撃も研究している」
 そう言いながら手を大きく振った。すると空が急に暗くなりだした。
「ムッ!」
 二号は上を見上げた。するとそこから何かが降り注いできた。
 それは隕石であった。無数の隕石が二号めがけて降り注いで来たのだ。
「おのれっ!」
 二号はそれを驚異的な運動能力でかわした。だがそれは絶え間なく二号に襲い掛かって来る。
「私のこ力は知っているだろう」
「知らないとでも思っているのか」
 本郷から聞いていた。イカデビルの本当の恐ろしさは何にあるかを。
 それは流れ星を操る能力だ。彼はこれで日本を壊滅状態に陥れるつもりであったのだ。
 それは今もなお健在であった。彼は今それを二号に向けて使ったのだ。
「だが私の力はこれだけでない」
「何!?」
 イカデビルの自信に満ちた声に再び身構えた。
「黒い光は聞いていよう」
「それがどうした」
 キングダークや巨人達に備わっていたあの黒い光。二号もそれは各ライダー達から聞いていた。
 全てを消し去る程の力があるという。だがこのセヴィーリアの戦いにおいてはまだ影も形も見てはいなかった。
「私が出して来ないのを不審に思っているだろう」
「フン」
 その通りであった。それを否定するつもりもなかった。
「今それを見せてやろう。有り難く思うのだな」
「別に見たくはないがな」
「フフフ、遠慮することはない」
 イカデビルはそう言いながら両腕をゆっくりと上げてきた。
 そして掌を二号に向けた。そこに黒い光が宿った。
 それは一直線に二号に向かって飛んで来た。そして二号を消し去らんとする。
「クッ!」
 咄嗟に上に跳んだ。光は後ろの岩に当たった。
 見れば岩は瞬時にして消えていた。後には何もなかった。
「ふむ、よけたか」
 イカデビルは落ち着いた声でそれを見て言った。
「そうそう簡単には当たらぬか」
「当然だ、俺を誰だと思っている」
 着地した二号はイカデビルに対して反論した。
「ライダーがそう簡単に倒されるとでも思っているのか。いや」
 二号は言葉を変えた。
「ライダーは決して敗れはしない。貴様等の悪しき野望にはな」
「フフフ、どの様な状況でも威勢がいいのは変わらないな」
 イカデビルはそれを聞きかえって楽しそうな声をあげた。
「だがそうでなくては面白くない。私も戦いを楽しみたい」
 彼にしては意外な言葉であった。彼は本来は武器をとることは少ないからだ。
 しかしそこには別の意味があった。戦いを欲するのとは別の意味が。
「血がそれだけ流れるからな」
 彼ももう一つの顔が姿を現わしていたのだ。酷薄な顔が。
「そうか」
 二号はその声を聞いて呟いた。彼のことはよく知っているつもりだ。当然この酷薄な顔も。
(ならば)
 彼はここで何かを決意した。その酷薄な顔が出ると何かが起こるのを知っているかの様に。
「しかしそうそう戦ってばかりもいられない。そろそろ終わりにするとしよう」
 イカデビルはそう言いながら再び両手を上げた。
「隕石と光、二つ同時ではどうかな」
 彼の酷薄な顔にはそれがあったのだ。同時攻撃で二号を葬り去るつもりだったのだ。
 空が再び暗くなった。また隕石が降り注いで来る。
「死ぬがいい、仮面ライダー二号よ」
 イカデビルは暗い声で言った。
「跡形もなく消し去ってくれる」
 そして両手からまたもや黒い光を放って来た。
 それは一直線に二号に襲い掛かる。同時に上から隕石が降り注いで来た。
 上と前からだ。逃げ道はないように思われた。
「**(確認後掲載)ぇ!」
 イカデビルは叫んでいた。勝ち誇った声であった。
 だが彼は気付いていなかった。自身が完全に無防備になっていることに。
 そこに二号は目を付けていた。残忍さが前に出るあまり彼は普段の慎重さをなくしていたのだ。
「今だ!」
 二号は跳んだ。隕石の方にである。
「馬鹿な、わざわざ死ぬつもりか!」
 だがそれは違っていた。何と二号は隕石を蹴っていたのだ。
 そして上に上がって行く。隕石を蹴りながらその反動で次々と上に上がって行く。
 まるで滝を昇る龍の様であった。凄まじいその脚力がなければ出来ないことであった。
 そうして遂に隕石を全てかいくぐった。そのまま急降下する。
「トォッ!」
 そしてイカデビルの懐に入った。彼を掴むとまた跳んだ。
「これならどうだ!」
 そしてイカデビルを頭上で激しく回転させはじめた。
「ライダァーーーーーー・・・・・・」
 ダブルライダーがライダーキックと同じ程得意としている大技である。
「きりもみシューーーーーーートォッ!」
 それは普段のものより遥かに威力が大きかった。彼は隕石を蹴った力をそのまま技に溜め込んでいたのだ。
 激しく回転させた。それから渾身の力で地面に叩き付けた。
 それで決まりであった。イカデビルは頭から叩き付けられた。
 それからバウンドする。それで全身を打ち据えられていた。
 二号は着地した。その前でイカデビルは倒れ伏していた。
「終わったか」
 どう見ても致命傷であった。勝負が決したのは明らかであった。
「ウググ・・・・・・」
 だが彼は立ち上がって来た。恐るべき生命力であった。
「見事だ、仮面ライダー二号よ」
 彼は何とか立ち上がった。そしてライダーの方に顔を向けた。
「まさかあの様なやり方で私の攻撃を破るとはな」
 そして死神博士の姿に戻っていく。
 博士は手を震えながらも動かした。そうすると先程脱ぎ捨てたマントが動いた。
 マントはふわふわと飛び博士の背についた。彼はそれを再び羽織った。
「流石だと褒めておこう」
 あらためてそう言った。
「まさか貴様が俺を褒めるとはな」
 これは意外であった。自信の塊である彼が他者を褒めることなぞ考えられないことだからだ。ましてや宿敵である仮面ライダーを。
「ふ、素直に貴様の力を認めただけだ」
 彼はそれに対して言った。
「貴様はこの私を倒した。それも力だけでなく頭脳でもな」
「頭脳でもか」
「そうだ。あの戦い方は見事だった。咄嗟によくぞあれ程までのことをしてくれた」
「隕石を昇ったことか」
「左様。まさかあの様な技を出すとはな。見事な機転だ」
「俺は特訓で得た体術を使っただけだ。驚くことじゃない」
 だが二号はそれについては誇ることはなかった。
「俺は身体で覚えている技を使っただけだ。頭脳を使ったわけじゃない」
「いや、それは違う」
 だが博士はそれを否定した。
「どう違うのだ?」
「それは無意識にそうした考えがないとできはせぬ」
「無意識にか」
「そうだ。それを使うのもまた頭脳なのだ」
 博士の話はかなり困難なものであった。だが二号はその言わんとしていることが容易に理解できた。
「ないものを使うことはできはしないのだからな」
「つまり俺の中にあの戦い方が最初からあったというのか」
「そうだ」
 博士は言った。
「それをあの場面で使うとは思わなかった。実に見事だった」
 二号はそれには答えなかった。だが博士は言葉を続けた。
「ダブルライダー、私が唯一勝てなかった存在」
 彼は今まで数多くの戦いを経てきた。欧州でのショッカーでの活動の成功は彼の手によることが大きかった。
「それは褒めてやろう。私は最後まで貴様等に勝つことはできなかった。だがな」
 彼は言葉を続けた。
「貴様等と戦えたことについては恥とは思ってはいない。それは確かだ」
「そうか」
「その誇りを胸に抱いて私は死のう。さらばだ仮面ライダーよ」
 彼はそう言うとゆっくりと前に倒れていった。
「偉大なるバダン首領の手に世界が渡らんことを!」
 それが最後の言葉だった。彼は爆発の中に消えた。これがショッカーが誇った最高の頭脳死神博士の最後であった。
「死神博士も死んだか」
 二号はそれを感慨を込めて見ていた。
「だが戦いは終わってはいない」
 そうであった。バダンにはまだ戦力があるのだ。彼もそれはわかっていた。
「行くか」
 爆発が消えると踵を返した。
「日本へ」
 そしてその場を後にした。スペインの戦いはこれで終わった。死神博士の死と共に全てが終わった。

 一文字はすぐに日本へ発つことになった。
「じゃあこれで」
 一文字は復興作業の中のセヴィーリアの駅で立花と滝に対して言った。
「おう」
「またな」
 駅から空港に向かう。そして日本へ行くのだ。
「おやっさんと滝はどうするんですか」
 彼はここで二人に尋ねてきた。
「わし等か」
 立花がそれに答えた。
「大体決まっている。今度はベトナムへ行くつもりだ」
「ベトナムですか」
「ああ、あそこに本郷がいる。そこであいつと一緒に戦うつもりだ」
 滝も答えた。どうやら二人は一緒にベトナムに行くつもりらしい。
「俺も行きたいですけれどね。けれどここはあいつに任せるか」
 今日本では不穏な空気が渦巻いている。それが気になって仕方がないのだ。
 一文字はその空気を感づいていた。だからこそベトナムに向かうわけにはいかなかったのだ。
「本郷ならやってくれるでしょうね」
「ああ」
 二人は一文字の言葉に頷いた。
「だがあいつだけだと何かと大変だろうからな」
「俺達の力も必要な筈だ」
「でしょうね」
 一文字は二人の気持ちが誰よりもよくわかった。だからこそここは二人に任せるつもりだった。だが。
 ここで立花の携帯が鳴った。見ればアミーゴからだ。
「何だ」
 彼はすぐに電話に出た。それは純子の声であった。
「何だ、御前か。どうしたんだ」
 立花は純子の声を聞き少し安堵を感じた。これがチコやマコなら何かと騒がしいからだ。
「おじさん、大変です。すぐに日本に戻って下さい」
 純子の声はかなり狼狽したものであった。
「おい、どうしたんだそんなに慌てて」
 一文字と滝もその様子に唯ならぬものを感じていた。
「暗闇大使が動き出したんです。ゼクロスにそっくりの改造人間を出してきて」
「何っ、それは本当か!?」
 それを聞いてさしもの立花も血相を変えた。
「本当です。今日本にいるライダーは皆その改造人間達との戦いに出ているんです。けれど神出鬼没でして」
「で、あいつ等は無事なんだろうな」
 立花は不安そうに問うた。一文字も滝も不安の色を隠せない。
「はい、何とか。けれど今手が一杯で」
「そうか」
 立花も日本の危機がよくわかった。今戻らなくてはおそらく大変なことになるだろう。
「すぐに日本へ戻って来て下さい。滝さんにも伝えて下さい」
「わかった、すぐに戻る」
 立花はそう答えた。そして電話を切って懐に収めた。そして二人に顔を向けた。
「聞いたか」
「ええ」
 二人はそれに対して頷いた。
「どうやらベトナムどころじゃないようだ。日本にバダンの主力が集結している」
「そのゼクロスそっくりの改造人間というのは」
「わからん。だがかなりの力を持っている奴だろうな」
 立花の顔は深刻なものであった。彼は長年の戦いの勘から危機を確信していた。
「隼人、滝」
 そして二人に対して言った。
「予定変更だ。わし等三人で日本へ向かうぞ」
「はい」
「わかりました」
 二人はそれに対して頷いた。
「ベトナムは本郷に任せる。だがサポートする奴がいないな」
「それならルリ子さんがいますよ」
 一文字が答えた。
「ああ、彼女がいたか」
 滝はその名を聞いて少し安心したような声を出した。
「彼女なら大丈夫です。俺から連絡をしておきます」
「そうか、頼む」
 一文字はすぐに電話を入れた。事情を聞いたルリ子はそれを了承した。
「これでよし」
 一文字は頷いた。あとの二人もそれを見てとりあえずは安心した。
「あとはあの二人次第だな」
「はい」
 ここは任せるしかなかった。だが不安はなかった。
「あの二人ならきっとやってくれますよ」
 一文字はまた言った。やはり彼等を心から信頼しているからこその言葉だった。
「ああ」
「そうだな」
 二人もそれに頷いた。
「では行きましょうか。ほら、来ましたよ」
 そこに電車が来た。丁度空港へ直行する便だ。
「よし」
 三人はそれに乗った。そして遠い日本へ向かうのであった。日本を守る為に。


スペインに死す   完


                   
                                 2004・10・9


[207] 題名:スペインに死す1 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年11月01日 (月) 22時28分

          スペインに死す
「ゼネラルシャドウと百目タイタンもか」
 死神博士は海が見える古城にて部下達からの報告を聞いていた。
「あれだけの猛者達まで敗れるとはな」
「超電子の力でしょうか」
「違うな」
 だが死神博士はそれを否定した。
「彼等が敗れたのは時空破断システムの使い方にあったのだ」
「時空破断システムのですか」
「そうだ。その使い方さえ間違えていなければ勝てただろう」
「そうですか」
「そうだ。私の言葉に間違いはあるか!?」
 彼はここでそのスーツにサングラスの部下をジロリ、と見据えた。
「い、いえ」
 その部下は慌ててそれを否定した。
「そんなこと滅相もありません。死神博士のお言葉に間違いなぞ」
「そうだ。私の考えることに誤りはない」
 彼は言った。
「ショッカーにおいても随一の頭脳だった私にはな」
 自負があった。ショッカーの頃から、いやその遥か前から彼には揺るぎない自負があった。己の頭脳に対する絶対的なものが。
「私が為したことは常に完璧でなければならないのだ」
「はい」
 彼は完璧主義者であった。どの様な些細なミスも許されなかった。
 その為絶対的な畏怖と恐怖を同時に持たれていた。部下にとっては実に仕えづらい男であった。
 バダンにおいてもそれは変わらない。むしろそれはさらに強まっていた。
 そんな彼には誰にも反論はできなかった。反論したからといって何をされるわけでもない。彼はそれ程度量の狭い男ではない。
 言えないのだ。そのオーラが他の者を寄せ付けなかった。彼はそれ程までに絶対的な存在であるのだ。
「一文字隼人が来たそうだな」
 彼は話題を変えた。
「は、はい」
 部下は敬礼をし、姿勢を正して答えた。
「どうやらセヴィーリアに向かっているようです」
「そうか」
 彼は窓を見ていた。ガラスに映るその顔がニヤリ、と笑った。
「ならば好都合だ。すぐにセヴィーリアに向かうぞ」
「すぐにですか」
「そうだ。そこであの男を討つ。よいな」
「わかりました」
 男は再び敬礼をした。
「ではすぐ準備に取り掛かれ。怪人達も総動員しろ」
「ハッ」
 男はすぐにその場から立ち去った。後には死神博士だけが残った。
「一文字隼人か」
 彼と一文字は深い因縁があった。
「必ずこの手で倒す。日本と南米の雪辱の為にもな」
 彼はショッカーにいた頃スイスにて他を寄せ付けぬ功績をあげた。そしてそれを高く評価され戦死したゾル大佐の後を受け日本支部長に就任したのであった。
「その御言葉は日本征服作戦完了まで保留して頂きたい」
 その時彼は首領に対してこう言った。日本と仮面ライダーを攻略する絶対の自信があったからである。
 だが彼の作戦と自ら改造手術を施した強力な怪人達は破られていった。そして人口重力装置の争奪戦でダブルライダーに敗北するに及び南米支部に更迭された。その多くは一文字との戦いの敗北によるものであった。
 彼にとっては生涯でも最大の屈辱の一つであった。もう一つの屈辱は日本にて本郷猛との戦いに敗れたことであるが。彼にとってダブルライダーは不倶戴天の敵であった。
「まずは一文字だ」
 彼は言った。その声に憎悪が篭っている。
「私の手で倒さなければならない、必ずな」
 そして窓に背を向けた。まるで悪鬼の様な形相をしていた。
「この時の為に備えていた。私は行く」
 彼は前に進んだ。そして部屋の扉を開けた。
「ライダーを倒す為にな」
 そして部屋を後にした。彼はこうして戦場に向かっていった。

「フフフ、死神博士が遂に動いたか」
 暗闇大使はそれを暗黒の中で聞いていた。
「ハッ、既にセヴィーリアまで移動された模様です」
 戦闘員の一人が報告を追え敬礼した。
「面白くなってきたな。確かあの地には仮面ライダー二号が向かっていたな」
「はい」
 戦闘員は答えた。
「運命の対決だな、まさしく」
「はい・・・・・・」
 戦闘員は力のない声で答えた。
「ん、お主どうやらあまり知らぬようだな」
 大使は戦闘員の声のトーンでそれに気付いた。
「申し訳ありません」
 彼はうなだれてそれを認めた。
「謝る必要はない。何しろかなり昔のことだ」
 大使は彼を慰めるようにして言った。
「一号と二号が伝説とまで言われていたことも知らないのだろう」
「それは本当ですか!?」
 これにはその戦闘員も驚いた。何しろ実際に今戦っている敵なのだから。
「ああ、かってはな」
 大使は答えた。
「今思えば不思議なことだが」
 彼は戦闘員に対し語りはじめた。
「デルザーの頃は伝説とされていたのだ」
「何故でしょうか」
「それは彼等があまりにも強かったからだ」
 彼は戦闘員に語った。
「その為一度出会った者は必ず倒されていた。これでは情報が入らず伝説とさえ言われるのも無理はないだろう」
「そうだったのですか。しかし」
「しかし!?」
 暗闇大使はその言場に反応した。
「それ程強かったのですか、あの二人は」
「うむ」
 彼は頷いた。
「一人一人でもかなりの強さを持つ。今までの無数の戦いがあの二人を作り上げていった」
「技の一号、力の二号ですね」
「よくそう言われるな。それも戦いで身に着けていったのだ」
 彼は言った。
「一号は技で、二号は力でショッカーと戦っていった。それは欧州と南米で身に着けたのだ」
「日本ではないのですね」
「そうだ。どちらも死神博士の配下との戦いだったな」
「死神博士と」
「彼の作る改造人間の性能は知っているだろう」
「はい」
 バダンにおいては今更言うまでもないことであった。死神博士は改造人間の開発の権威でもあるのだ。
「その強力な改造人間達に対抗する為に力と技を磨いていった。今では二人共両方を身に着けているがな」
「改造手術と特訓で」
「っそれと同じ位の効果が戦いの経験になったのだ。だからこそ彼等は強くなった」
「そうだったのですか。それで伝説と呼ばれるまでに」
「そうだ。だが彼等の力はそれだけではない。ダブルライダーと呼ばれるな」
「はい」
「それは何故だと思う?」
「ショッカーに対し二人で戦ったからでしょうか」
「おおまかな意味では正解だ。だが細かく言うと不正解だ」
「はあ」
 戦闘員は言葉の意味がよくわからなかった。思わず首を傾げた。
「まあそういう顔をするな。わしが言いたいのはあの二人の戦い方だ」
「戦い方ですか」
「そうだ。あの二人は元々同じタイプの改造人間だった」
「ショッカーにおいてバッタを基として作られた」
「そうだ。改造された時期こそ異なるがな」
「確か二号は一号を倒す為に作られたのでしたね」
「その通りだ」
 本郷は恩師でもある緑川博士により改造手術を受けた。ショッカーはそのデータから一文字を仮面ライダーにしたのだ。目的は本郷猛の打倒であった。
 だが脳手術の直前に彼は本郷に救い出された。そして第二の仮面ライダーとして生まれ変わったのだ。
「同じタイプの改造人間だからだけではない。彼等は共に幾多の死闘を潜り抜けてきた」
「無二の盟友なのですね」
「そうだ。だからこそ彼等の動きは合う。そして力を最大限に引き出すのだ」
「互いの力を」
 それは二倍しただけに留まらない。何乗にもなり強化されるのだ。
「ダブルライダーの真の力はそこにあるのだ。それにより多くの強力な怪人達が敗れた」
「ショッカーライダーをはじめとして」
「ショッカーライダーはゲルショッカーの切り札だったのだがな。それでもあの二人には勝てなかった」
「それだけ二人合わさった時の力が強大だということですね」
「一言で言えばそうなる」
 大使はその言葉を認めた。
「だからこそ彼等は伝説になった」
「一人一人でも強力だというのに」
「そう、一人一人でもな。彼等はライダー達のリーダーでもある」
 これは誰もが認めることであった。仮面ライダー一号と二号、本郷猛と一文字隼人はライダー達をまとめる重要なライダーであった。
「だからこそスペインの戦いは激しいものになるだろう」
「死神博士を以ってしても」
「死神博士だからこそ、だ。彼でもだ」
「そうですか」
「だがかなり面白い戦いになりそうだな」
 暗闇大使はそう言うと凄みのある笑みを浮かべた。
「ゆっくりと観させてもらうか」
「はっ!?」
 小さい声だったのでこれは戦闘員には聞き取れなかった。
「暗闇大使、今何と」
 彼はすぐに聞きなおした。
「何でもない」
 だが大使はそれを打ち消した。
「ところで今ライダー達が日本に続々と戻って来ているそうだな」
「はい」
「どうやら決戦の時が近付いてきているようだな」
 彼の笑みが凄みのあるものになった。
「その準備にも取り掛かれ。まだ時間はあるがな」
「わかりました」
 戦闘員は敬礼をして応えた。
「それで全てが決まる。バダンの世界がな」
「はい」
「よいな、我々は必ず勝つ。それは既に決められたことなのだ」
 彼は確固たる自信をもってそう言った。
「行くぞ、勝利は我等と共にある」
「はい」
 暗闇大使は戦闘員を連れその部屋を後にした。そして彼もまた戦いに備えるのであった。
 
 一文字隼人は今セヴィーリアの街中にいた。
「中々面白い街だな。美人も多いし」
 それが彼のこの街を見た最初の感想であった。
 このセヴィーリアはメリメの小説、ビゼーのオペラ『カルメン』の舞台として名高い。自らを自由なジプシーの女と呼ぶ奔放な女性カルメンは生真面目な田舎出身の騎兵伍長ドン=ホセに惚れる。彼の整った顔が気に入ったのだ。それから話がはじまる。
 やがて二人は愛し合うようになる。だがカルメンは自由な女だ。次第にホセに飽き他の男に惚れるようになる。捨てられたホセは彼女に寄りを戻すよう詰め寄る。だがカルメンはそれを断り逆上したホセは彼女を刺殺してしまう。世界各国のオペラハウスで上演されるのであまりにも有名なセヴィーリアを舞台として悲劇である。
 カルメンだけでなくこの街は多くのオペラの舞台となっている。
 ロッシーニの『セヴィーリアの理髪師』。頭の回転の速い散髪屋フィガロが伯爵と元気のいい娘の恋愛を成就させる話である。
 その続編にあたるのがモーツァルトの『フィガロの結婚』だ。今度はそのフィガロが結婚するのだがそれを巡る一夜のドタバタ劇である。ロッシーニもモーツァルトもボーマルシェ原作のこの作品に素晴らしい音楽を与えている。特にモーツァルトのそれは彼が何故天才とまで呼ばれたかということを雄弁に語っている。
 モーツァルトは他にもこの街を舞台とした作品を作曲している。
 デーモニッシュな魅力を漂わせた『ドン=ジョバンニ』、奇妙な恋愛劇である『コシ=ファン=トゥッテ』、どれもモーツァルトの名作である。端役なし、駄作なしとまで言われる彼の作品においてもとりわけ有名な作品達である。
 またこの街はイタリアの作曲家ヴェルディも舞台にしている。
 不可思議なジプシーの女アズチェーナの復讐とその息子マンリーコと実は彼の兄であるルーナ伯爵の美少女レオノーラを巡る争いを描いた『トロヴァトーレ』。これは炎が支配するヴェルディの作品の中でも最も情熱的であり、かつ最も暗い炎が味わえる傑作である。ヴェルディは男の暗い情念の炎を曲にした男であるがこの作品においてはそれが爆発していた。それが為にこのトロヴァトーレは不滅の名作となっている。
「ロンドンにいた頃は親父やお袋に連れられていたっけ」
 ロンドンにもオペラハウスはある。イギリスはどちらかというとオペラの消費地であるが。
「カルメンも何回か観たな。音楽はいい。けれど」
 彼は少し首を傾げた。
「ああいったストーリーはなあ。やっぱり明るいのがいいよ」
 彼は失恋の話等は好まない。ハッピーエンドの話を好むのだ。
「スペインは陽気な国なんだしそうした音楽を楽しみたいな。とりあえずお昼はフラメンコが聴ける店に行くか」
 そう言って市場に向かった。そしてそこで食事を採るのであった。
 食事は鶏肉のパエリアであった。特によく知られた料理である。
 スペインの料理は日本のそれよりも多い。これは殆どの国で言えることである。
 実は日本人は少食であるらしい。例えばイタリアでパスタだけ食べるので奇妙に思われたりしている。
「俺はそんなことは言われたことはないな」
 一文字はわりかし大食な方である。彼やアマゾン、城などはライダーの中では大食の方である。彼等がそれについて言われるといつもこう言う。
「腹が減っては戦ができぬ」
 その通りであった。彼等はその激しいエネルギーを養う為にも食べなければならなかった。たとえ改造人間であってもエネルギーは必要なのであった。
「全く飯ばかり食いやがって」
 立花は彼等に対しよくこう言った。城には丼一杯の白い御飯と何杯ものラーメンをよくおごった。
「そんなもんでいいのかよ」
「ええ、俺はこれだけで」
 こんなやりとりもあった。立花はとりあえず金の心配はなかった。必要とあらば手に持っている技で幾らでも手に入った。
伊達にマスターをしたり本郷達のマシンノメンテナンスをしていたわけではないのだ。
 風見や純子には河豚をおごったこともある。戦いの間のささやかな贅沢であった。
「おやっさんには食い物のことでも世話になったな」
 一文字もそれは同じであった。彼はそうしたことからもライダー達の父親であったのだ。
 彼は市場を進んでいた。そこでなにやら小柄な男性が店を見て歩いていた。
「ん」
 よく見ればアジア系である。スペイン人はどちらかというと小柄な方である。欧州ではラテン系はそれ程背は高くない。北欧やゲルマン系に比べると小柄だ。小柄といっても日本人と同じ位だが。
「何処の国の人だろう」
 よくいるのは日本人か中国人だ。たまにアジア系アメリカ人だったり韓国人だったりする。大体海外にいるアジア系といえば彼等である。
「お、この魚いいな」
 そうやら店の品物の品定めをしているようだ。言葉は日本語である。
「この声は」
 一文字はその声を聞きすぐに誰だかわかった。見ればそのアジア系の男性は野菜や果物にも目を通してる。
「物価はスペインの方が安いな。まあ東京はちょっと変なんだが」
 彼は赤いパプリカを手にしていた。そしえそれをまじまじと見ながら語っていた。
「まあ日本のやつが決して悪いってわけじゃねえけれどな。ただもう少し安かったらなあ」
 これといって日本を批判したりはしない人物のようだ。日本には他国を引き合いに出して日本を何かと批判する者が多い。物価にしろ食べ物にしろ風習にしろ文化にしろ、だ。
 だが彼等を振り返ってみればいい。彼等は日本にいて日本の生活にどっぷりと浸かっている。中には税金逃れの為に海外に移住してそこで日本を批判する輩もいるがこうした連中は論外である。何処ぞの自称美食漫画原作者は生半可で愚劣で浅墓な知識でもって食べ物を騙っているだけに過ぎない。その実は文化や文明を解さない猿に過ぎない。この男は料理はわからない。文化もわからない。七十年代に流行った反文明的思考を今も何一つ変わらずに背負っているだけだ。言うならば原始人である。料理を騙るよりも石斧を持って太鼓を叩いている方が余程似合う。そもそもこの男は口では日本や日本人に謝罪を強要する。しかし本人は贅沢な食事をしている。なおかつテロ支援国家とも癒着している。滑稽な現実がそこにはある。
 こうした輩は他にもいる。下品な笑いと英語だけで芸能界に君臨した醜く肥満した老人である。この男はその中途半端な知識と教養をひけらかすのだけが脳であった。そして自分は他の誰よりも偉いと思い上がっていた。
 オーストラリアに移住したが何でも日本の危機だと言って選挙に立候補した。当選したがそこで急に辞める。あげくにテロ支援国家により日本国民の拉致は疑問だの徴兵制度が復活するなど寝言を連発した。見事に馬脚を露わした。この男は何の識見も持たなかったのだ。
 こうしたことを見てもわかるように他国を引き合いに出して自国を批判したり貶めたりするのは自分が勉強していないからだ。自信がないからだ。批判するのならまず自国のことを学ぶべきだ。そしてそこから何処が悪く、何処がよいか検証する。そしてそれを正していくにはどうすればよいか、それを考えるべきなのである。それが出来ない者は知識人として失格である。当然日本にも悪い点は多々ある。だがそれは全ての国に言えることであるのだ。
 光があれば陰がある。そういうことだ。それがわからない者は愚か者と言って過言ではない。
「肉もあるな」
 今度は肉屋を見ている。色々と見回っているようだ。
「ふんふん、羊か」
 日本ではメジャーとは言い難いが海外ではポピュラーである。魚が主体の日本人ではこれは仕方がない。匂いが苦手という人が多いのだ。
「おやっさん」
 一文字はその男の背中から声をかけた。
「お、その声は」
 男の方でも声でわかっているようだ。
「おう、意外なところで合ったな」
 男は後ろを振り向いてニカッと笑った。やはり立花藤兵衛その人であった。
「意外なところって」
 面食らったのは一文字であった。
「まさかこんなところにいるなんて。一体どうしたんですか」
「スペインにいる、って聞いてな。それで来たんだ」
「よくセヴィーリアにいるってわかりましたね」
「本郷に聞いたのさ。あいつなら御前の居場所がわかるからな」
「そうだったのですか」
 本郷と一文字は互いの脳波を感じることで互いに何処にいるかがわかるのだ。それも彼等の絆の深さの一つとなっているのだ。
「それでもこんなに早く出会えるとは思わんかったぞ。それもこんなところで」
「俺もビックリしていますよ」
「ははは、実はわしもだ」
 二人はそう言って笑い合った。
「そもそもこんなスペインの南の街で日本人が会うことも珍しいからな」
「ええ。確かに」
 彼は歩きはじめた。立花もその横にいく。
「案外日本人は少ないんですよね、この街」
「確かにな。皆バルセロナとかに行っちまうからな」
「そういえばそうですね。しかしこの街って結構有名なんですよね」
「フラメンコでか?」
「いえ、オペラで」
「そっちでか」
 立花はそれを聞いて意外そうな顔をした。
「わしはオペラはあまり知らないんだ、悪いが」
「そうなんですか」
「どっちかというとフラメンコかな。あれは結構好きだ」
「スペインといえばあれですからね」
「ああ。どっかで見られるかな」
「そうですね」
 一文字は立花に問われ辺りを見回した。既に酒場の並ぶ場所に来ている。
 見たところ何件かある。だがどれも昼なのでまだ閉まっている。
「夜に行きますか」
「そうだな。酒は夜飲むのがいい」
「ここじゃ違いますけれどね」
 欧州では昼からワインを飲むことが多い。水が悪くそうせざるを得ないからだ。
「じゃあまずは宿でも探すか」
「はい」
 こうして二人は市場と酒場をあとにした。そして宿を探しに行った。
 
「そうか、市場にいるか」
 死神博士はそれを基地の指令室で聞いていた。
「ハッ、既に我々の存在は察知しているものと思われます」
 報告をした傍らに立つ戦闘員が敬礼して答えた。
「そうか」
 博士はそれを聞いて頷いた。暗い基地の中で赤い円卓に一人座っている。座っているのは車椅子だ。
「ならばこちらも動くとするか」
 彼は顔をいささか俯けたまま言った。
「はい」
 戦闘員は頷いた。そして彼の背後に回ろうとする。
「よい」
 だが彼はそれを手で制止した。マントが微かに翻る。
「一人で充分だ」
 すると車椅子はひとりでに進みだした。誰も手を出していないのに、である。
「行くぞ、他の者にも伝えるがよい」
「わかりました」
 彼はその後に従った。
 博士が前に来ると扉が開いた。そして彼はそこをくぐる。そこには怪人と戦闘員達が横に整列して並んでいた。
「用意はいいな」
「ハッ」
「既に整っております」
 彼等は答えた。
「よし」
 彼は進んだ。その後に悪の使徒達が続くのであった。

 一文字は夕刻もセヴィーリアの街中を歩いていた。立花は店で酒とフラメンコを楽しんでいる。
「おやっさんも好きだなあ」
 彼は思わず苦笑した。立花は実際に歳よりも遥かに活動的な男である。
「まあだからあの歳でバダンと戦えるんだろうけれど」
 彼の戦いもまた長かった。ショッカーからデルザーまで多くの組織と戦ってきた。そして今もバダンと戦っている。
 一文字も本郷も長い戦いを経ていた。立花はそれとほぼ同じ時間を戦ってきているのだ。
 二人はそれを忘れたことはなかった。やはり立花は決して忘れることのできない存在なのだ。
 急に雨が降ってきた。激しい雨であった。
「おっとと」
 慌てて物陰に入ろうとする。だがその前に一人の男が立ちはだかった。
「ん!?」
 その男は急に拳を繰り出して来た。
「ムッ!」
 一文字は後ろに反転した。手をつきバク転で態勢を立て直す。
 そして身構える。その周りを戦闘員達が取り囲んだ。
「バダンか」
「その通り!」
 彼等は一斉に斧を投げてきた。しかし一文字はそれを跳んでかわした。
「甘い!」
 そしてそのまま姿を隠した。
「クッ、何処だ!」
 戦闘員達は辺りを探る。すると上の方から声がした。
「ここだ!」
 建物の屋上から声がした。そこにライダーがいた。
 赤い拳のライダー、仮面ライダー二号であった。彼は跳躍し戦闘員の一人を蹴りで倒した。
「さあ、次は誰だ」
 そして戦闘員達の中に踊り込む。戦闘員達は斧を手に立ち向かうがやはりライダーの敵ではない。為す術もなく倒されていく。
「待て、ライダー二号!」
 戦闘員達をあらかた倒したところで何者かの声がした。
「誰だ!」
 二号はその声に振り向いた。
「貴様の相手はこの俺がしよう」
 ゴッド悪人軍団の策略怪人クモナポレオンであった。彼は右手から蜘蛛の糸を放ってきた。
「キシャーーーーーーーーッ!」
 奇声と共に蜘蛛の糸が飛ぶ。それはライダーの左腕を捉えた。
「ムッ!」
 それは完全に絡み付いていた。そして徐々に彼の左腕を締め付けていく。
「これだけではないぞ」
 彼はさらに攻撃を続けた。今度は毒蜘蛛を放ってきた。
「フフフフフ」
 蜘蛛達は二号に近付いてくる。彼はそれから逃れられないように思われた。
「さあ、どうする」
「知れたこと」
 二号はそれに対しすぐに言い返した。
「突破するだけだ」
「ほう、どうやってだ」
 クモナポレオンはそれを聞き嘲笑した。
「逃げられぬというのに」
「逃げる!?」
「そうだ、俺のこの糸からな」
 そう言って二号の左腕を締めつける糸を指差した。
「これか」
 二号はそれを無感情に見た。
「そうだ、逃れられるかな、果たして」
 彼は自身の糸に絶対の自信を持っていた。だが二号はそれでも尚余裕を隠さなかった。
「この程度」
 そしてその糸に右手をかけた。
「ムッ!?」
 思いきり引いた。その糸を引き千切ろうというのだ。
「フン、馬鹿なことを」
 クモナポレオンはそれを見て更に嘲笑した。
「俺のこの糸は決して切れはしないのだ!」
「それはどうかな!」
 二号はさらに力を入れた。すると糸がブチブチ、と激しい音を立てて引き千切られた。
「何っ!」
 これにはさしものクモナポレオンも驚愕の色を顔に浮かべた。
「俺が力の二号と呼ばれているのはわかっていた筈だ」
「し、しかし」
 それでも自分の糸が敗れるとは夢にも思わなかったのだ。
 怪人はたじろいだ。それが命取りとなった。
「今だ!」
 二号は前に出た。そして拳を繰り出す。
「グフッ!」
 それは怪人の腹を撃った。それで怯んだところにさらに攻撃を仕掛ける。
「トオッ!」
 怪人の身体を掴んだ。そしてそのまま上に跳ぶ。
「喰らえ!」
 怪人の頭を両足で抱え込んだ。そしてそれを地面に叩き付ける。
「ライダァーーーーヘッドクラッシャーーーーーッ!」
 怪人は脳天を地面に叩き付けられた。すぐに跳び退いた二号を追う様に立ち上がるがそれが限界であった。
 クモナポレオンは倒れた。そしてそのまま爆死して果てた。
「死んだか」 
 二号はその爆発を見送って呟いた。だがそこに新たな敵が来た。
「ミミンガーーーーーーーッ!」
 デストロンの熱風怪人ヒーターゼミであった。怪人はまず両腕の機関砲を放ってきた。
「ムッ!」
 二号はそれを左に動いてかわした。そしてすぐに間合いを詰めていく。
「来たな」
 怪人はそれを読んでいた。すぐに機関砲を引っ込める。
 そして両目から熱風を出す。それで二号を焼き殺すつもりだ。
「**(確認後掲載)ぇ、ライダー二号!」
 だが二号はそれに対して身を屈めた。そして柔道でいう大外刈りを仕掛けた。
「ウオッ!」
 怪人はそれでバランスを崩した。二号はそこに間髪入れず肘を入れた。
 さらに攻撃を続ける。身体を掴んで投げた。怪人は地面に叩き付けられた。
「まだだ!」
 しかしそれでも立ち上がってきた。だがその時既に二号は跳んでいた。
「トゥッ!」
 空中で激しく回転する。そして蹴りを放ってきた。
「ライダァーーーー回転キィーーーーーーック!」
 胸を打たれた怪人は大きく吹き飛ばされた。そしてその場で爆死して果てた。
「これで終わりか」
 二号は辺りを見回した。残るは怪人の残骸と戦闘員達の屍ばかりである。
「フン、見事にやってくれたものだ」
 ここで一人の大柄な老人が姿を現わしてきた。
「来たな」
 二号は彼に目を向けて言った。
「死神博士」
「如何にも」
 死神博士は二号を見据えたまま言った。
「このセヴィーリアは貴様の故郷だったな」
「そうだ」
 彼はそれを認めた。
「その故郷で貴様は何をするつもりだ」
「何をするつもり、か」
 彼はそれを聞き不敵に笑った。
「我等が為すことといえば一つしかなかろう」
「むっ」
 二号は彼の言葉にただならぬ殺気を感じた。そして再び構えをとった。
「案ずるな。今は戦わぬ」
 博士は二号を制して言った。
「貴様には一つ教えておくことがある。だからここに来たのだ」
「何だ」
 だが油断はできない。二号は構えをとったまま死神博士に問うた。
「この街は星屑と暗闇により崩壊する。それだけだ」
「星屑と暗闇」
「そうだ、これだけ言えば貴様にはわかるだろう」
「・・・・・・・・・」
 星屑はわかった。彼も博士の力はよくわかっていた。
「そして暗闇というのはあれか」
 各地でのライダー達の戦いのことは聞いている。彼はそれを問うた。
「答えるつもりはない」
 それが何にも増す答えであった。
「私から言うことはそれだけだ」
 彼はそう言うと踵を返した。そしてそこから去ろうとする。
「待て!」
 二号は彼を追おうとする。だがその前に一体の怪人が姿を現わした。
「ガブガブガブゥーーーーーーッ!」
 ショッカーの殺戮怪人ギリザメスであった。怪人は出て来るなり左腕の刃を振るってきた。
「クッ!」
 博士を追うどころではなかった。まずはこの怪人を倒さなければならなかった。
「それにしてもこいつが出て来るとは」
 二号は怪人の攻撃をかわしながら思った。
「死神博士の正体はやはり」
 博士の影は雨の為日が翳り見えない。だがその足下は雨で水溜りとなっていた。
 そこに彼の姿が映っていた。白い悪魔の様な姿であった。
「・・・・・・やはりな」
 二号はそれを見て妙に納得した。そしてギリザメスに顔を戻した。
「来い!」
「ガブガブーーーーーーーッ!」 
 怪人の攻撃は続く。頭部の鋸も使ってきた。
「フンッ!」
 それをかわす。そして逆に怪人の腹を膝で蹴った。
「ゲフッ!」
 蹴りを受けて怪人は怯んだ。そこに立て続けに攻撃を仕掛ける。
 拳を繰り出す。その連打を受けてさしものギリザメスも弱ってきた。
「今だ!」
 怪人を掴んだ。そして空中に跳ぶ。
「ライダァーーーー空中ハンマァーーーーーッ!」
 空中でジャイアントスイングを仕掛ける。そして怪人を渾身の力で放り投げた。
「ガブーーーーーーッ!」
 怪人は断末魔の叫びをあげながら地面に叩き付けられた。そして無残に爆死した。
「死神博士、何処だ!」
 二号は着地するとすぐに死神博士を探した。だが彼の姿は既にそこにはなかった。
「消えたか」
 その通りであった。彼は二号が怪人と戦っている間に既に姿を消していた。
「だが次は逃さん」
 彼も諦めるわけにはいかなかった。死神博士はショッカーの頃から悪魔の心を持つ天才科学者として知られている危険な男だからだ。
 彼は雨の中決意した。この街で死神博士との長年の戦いを終わらせることを。

「死神博士よ」
 基地で首領の声が木霊する。
「仮面ライダー二号との初戦はどうであった」
 彼は前に控える死神博士に語り掛けていた。
「ハッ」
 彼は壁にあるバダンの紋章の前に立っていた。首領の声はそこから聞こえていた。
「やはり手強い相手です。ですが今のあの男の戦闘能力はよくわかりました」
「フフフ、そうか」
「私に全てお任せ下さい。必ずやあの男をこのセヴィーリア共々灰燼に帰して差し上げましょう」
「期待してよいな」
「必ずや」
 博士はその言葉に対し不敵に笑って答えた。
「この死神の名にかけて」
「そうか」
 首領はその声に満足したようであった。
「ではこの作戦は貴様に全て委任するとしよう。報告は全てが終わってからでよい」
「ハッ」
 彼は頭を垂れた。
「朗報を期待している。それでは私はここから去るとしよう」
「御機嫌よう」
 首領の気配が消えた。そしてあとには死神博士だけが残った。
「誰かいるか」
 彼は前を向いたまま周りに問うた。
「はっつ、ここに」
 すぐさま数人の戦闘員達が姿を現わした。
「作戦の第二段だ。用意はいいな」
「わかりました」
 その戦闘員はそれを受けて敬礼した。
「すぐに送れ。そしてライダーを倒せ」
「ハッ!」
 戦闘員達は敬礼した。そして一斉にその場から離れた。
「さあ一文字隼人、いや仮面ライダー二号よ」
 やはり彼はそのままの姿勢であった。そして言った。
「貴様の力が勝つか、私の頭脳が勝つか勝負だ」
 彼は勝負に出ていた。その目が強く光った。

 二号が雨の中の戦いを終えた翌日セヴィーリアに不穏な空気が流れていた。
「テロですって!?」
 一文字はホテルで朝食の後立花に問うた。
「ああ、何でも駅の方らしい。どうやらかなりの死者が出たようだ」
 彼はテレビに映るニュースを見ながら一文字に話した。テレビでは傷を負った者達が担架で担ぎ出されている。まだ煙や炎が見える。
「みたいですね」
 一文字は南米で戦っていた経験からスペイン語がわかる。放送によると夥しい犠牲者が報告されている。
 映像はさらに続く。犠牲者達が次々に運び出されていた。
「・・・・・・・・・」
 彼はそれを見ながら考えていた。そして立花に言った。
「ちょっと行って来ます」
「駅にか」
「はい、ちょっと匂いますんで」
「バダンだな」
 立花の問いに対して無言で頷いた。
「よしわかった、わしも行こう」
「おやっさんもですか」
「ああ、すぐに行くぞ」
「はい」
 こうして逆に立花に急かされるように駅に向かった。そこではまだ救助活動が行なわれていた。
「酷いな」
 駅は完全に崩壊していた。壁は無残に砕けその下からは犠牲者の血に塗れた手が姿を出していた。
「それがテロです」
 一文字は苦渋に満ちた声で言った。
「自分達の為なら他の者がどうなろうと知ったことじゃない。だからこんなことも平気でするんです」
「そうだな」
 それは立花も同意だった。
「主張があるのならそれを堂々と言えばいい。戦うのなら権力者に対してのみ戦えばいい」
 握り締める拳に力がこもっていた。
「俺はテロリストも許すことができない。しかしこれは奴等の仕業じゃない」
「何故だ」
「この爆発の規模を見て下さい」
 見ればかなりの広範囲に及んでいた。
「ここまでの威力を持つ爆弾は普通のテロリスト達に持てるものじゃない」
「ということはだ」
 立花もそれを聞いてすぐに悟った。
「ええ、バダンです。間違いありません」
「おい、隼人」
「わかってますよ、おやっさん」
 一文字は頷いた。そしてすぐに動いた。
 破壊し尽くされた駅の中に入って行く。そしてその中で走りながら変身した。あまりもの速さの為誰の目にも止まることはなかった。
「!?」
 ライダーの動きは速い。その為その動きは人の目に止まることはないのだ。
 彼はすぐに物陰に消えた。そしてOシグナルに集中した。
「ここにまだいる筈だ」
 シグナルが点滅した。彼の予想が当たった。
「では何処だ」
 その時無気味な叫び声が聞こえてきた。
「ビラビラビラビラーーーーーーーッ!」
「言っているそばから来たか!」
 二号はすぐに物陰から飛び出た。見れば廃墟の中に一体の無気味な怪人が立っていた。
 ネオショッカーの毒液怪人ヒルビランであった。怪人は負傷者を救助する人々に襲い掛かろうとしていた。
「無駄なことは止めろ、そいつ等は死ぬ運命にあるのだ!」
 怪人の後ろには戦闘員達もいた。何と戦車まである。
「化け物が出て来たぞ!」
「戦車まである!」
 人々は口々にそう叫び逃げようとする。そんな彼等に戦闘員達が襲い掛かる。
「そうはさせるか!」
 立花がその前に立ち塞がる。そして戦闘員達を倒していく。
 だが多勢に無勢だ。その上敵には戦車まであるのだ。
 戦車が機銃を掃射した。それは立花の足下を襲った。
「うわっ!」
 足をバタバタと動かして何とかそれをやりすごす。だがそれで劣勢は明らかとなった。
「無駄なことを」
 ヒルビランは動きを止めた立花に対して言った。
「貴様一人でどうでもできる筈がなかろう」
「言ってくれるな、おい」
 彼はその言葉に対し逆にくってかかった。
「貴様等なんぞ怖くとも何ともないぞ」
「相変わらず強気だな」
「わしは貴様等なんぞに屈したりはせん、それはわかっているだろう」
「フン、確かにな」
 バダンの方もそれは嫌という程わかっていた。
「だがこれには勝てまい」
 怪人の言葉を合図として戦車が砲身を立花に向けてきた。
「さ、、どうする」
「こうするのさ」
 不意に何処からか声がした。
「ムッ!?」
 ヒルビランがその言葉に顔を向けた時には声の主は跳んでいた。そして戦車に蹴りを入れた。
「トォッ!」
 その蹴りで戦車は完全に戦闘力を喪失した。そして間髪入れずその戦車を担ぎ上げた。
「ウオオオオオオオッ!」
 戦車を空中に放り投げる。既に大破していた戦車は空中で爆発四散した。
「やはりいたか」
「当然だ、既に貴様の配下の者達は全員俺が倒したぞ」
 戦車を破壊した二号が彼の前に出て言った。見れば周りの戦闘員達は二号の言葉通り全員倒れ伏している。
「クッ、何時の間に・・・・・・」
「ライダーのスピードを甘く見たな。ライダーの力はパワーと技だけじゃない」
「ぬかったわ」
 ヒルビランはそれを聞き悔しげな言葉を漏らした。
「あと貴様に聞きたいことがある」
「何だ」
 怪人は二号を睨みつけた。
「この駅のテロは貴様の仕業か」
「だとしたらどうする」
 怪人はそれを認めた。否定する必要も意思もなかったからだ。
「そうか」
 二号はそれを静かに聞いていた。そしてゆっくりと構えをとった。
「許さん、貴様だけは何があろうと倒す!」
 構えをとった。いつもの構えとは違う。ライダーファイトだ。
 変身の時の最後の構えだ。左腕を肩の高さで直角に上に向ける。右腕はそれに合わせるように胸に垂直にする。肘はやはり直角に曲げている。両手は拳だ。
「許さんか」
 ヒルビランはそれを聞き嘲笑の声を漏らした。
「戯れ言を。バダンにとっては不要な存在を消したに過ぎんというのに」
「不要な存在だと」
 二号はそれを聞きさらに激昂した。
「そうだ、どのみちこの者達は我等が世界を掌握した時に粛清されるのだ。ならば今のうちに少しでも減らしておいて損はあるまい」


[206] 題名:三年目の花2 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年10月12日 (火) 02時53分

「ピッチャー角に替わりまして」
「岡林じゃろ」
「奴しかおらんからのう、ヤクルトは」
 三塁側の広島の応援席でもそうした話をしていた。彼等はウグイス嬢の次の言葉を予想していた。だがその予想は見事なまでに外れた。
「ピッチャー荒木。背番号十一」
「何ィ!?」
 それを聞いた球場の観客達が一斉に声をあげた。
「おい、間違いじゃないのか!」
「本当に荒木なのか!」
 一塁側、三塁側だけではない。外野も何処もかしこも皆驚愕していた。
「流石に驚ろいとるようやの」
 野村はそれを見てニヤリと笑った。
「おい、野村さん本当に荒木か!?」
「嘘じゃないだろ!」
 ファンは口々にそう叫んでいた。
「伊達や酔狂でこんなこと言うかい」
 野村はそれを聞きながら呟いた。その顔は笑っていた。
「まあ見てみい。荒木の投球を」
 マウンドには既に十一番の背番号をつけた男があがっていた。荒木大輔、かって甲子園を湧かせた天才投手である。
 リトルリーグの頃から活躍して。その速球は世界にも知られていた。
 甲子園には一年の頃から五回出場している。早稲田実業において押しも押されぬエースであった。
 そしてドラフト一位でヤクルトに入団した。プロでもその活躍が期待された。
 だが彼はプロでは怪我に苦しんだ。椎間板ヘルニアに右肘靭帯断裂。再起不能と誰もが思った。
 しかしその彼が今マウンドに上がっていた。そして投げているのである。神宮の観客は今完全に静まり返っていた。
「頑張れよ」
 誰かが言った。
「荒木、頑張れ!」
「復活したんだ、もう一度その姿を見せてくれ!」
 それは一塁側だけではなかった。
「荒木、とう戻ってきたなあ!」
「投げえや、思う存分打ったるけえのお!」
 彼等も彼等なりに荒木に熱い声援を送っていた。誰もが彼の思いもよらぬ復活に心打たれていた。
 初球はストレート。シュート回転した危ないボールだったが何とか助かった。荒木はホッと胸を撫で下ろした。
「頑張れ荒木!」
「勝て、勝つんだ!」
 ここまでの熱い声援はそうそうなかった。甲子園ですらなかった。彼は今多くの野球を愛する者達の熱い声を背に投げていた。
 ツーストライクスリーボール。泣いても笑ってもあと一球だ。
「さあ、どうする!?」
 古田がサインを出した。荒木が頷く。そしてセットポジションから投げた。
 ボールはフォークだった。それは見事なキレで古田のミットに収まる。
 江藤のバットが空を切った。荒木は見事復活を果したのだ。
「よくやった!」
「お帰り!」
 拍手が球場を支配する。そして荒木はその中を歩きベンチに戻っていった。
「最高の花道だ」
 荒木はポツリ、と言った。彼は今まで投げたくて仕方がなかった。だがそれが出来なかった。ようやく投げることが出来たので彼は感無量であった。
「おい、まだ投げてもらうで」
 野村はそんな彼に対して言った。
「その為に御前を呼んだんやからな。まだまだ御前の出番はあるで」
「本当ですか!?」
 信じられなかった。引退も間違いない、再起不能と言われた状態だったのに。
「わしは嘘は言わん。御前には期待しとるからな。どんどん投げてくれや」
「はい!」
 荒木は泣いていた。熱い涙が頬を覆う。それを見てヤクルトナインの心は奮い立った。
 その裏である。ランナーを一人置いて打席には荒木をリードしていた古田が入る。
「古田、打ってくれ!」
「荒木を男にしてやってくれ!」
 一塁側の声援は切実なものとなっていた。彼等は何から来ることを予感していた。
 古田のバットを持つ手に力がこもる。あまりにも強く握ったので両手が白くなった。
「打つ」
 古田は呟いた。
「そして荒木さんに勝利を」
 眼鏡の奥の目が光った。そしてバットを思いきり振り抜いた。
 打球は一直線に飛ぶ。そしてレフトスタンドに吸い込まれていった。
「やった、やったぞ!」
 思わず一塁ベンチに向かってガッツポーズをする。そして満面の笑みを浮かべてダイアモンドを回る。
「古田、よくやった!」
「あとは岡林だ!」
 ファンが喝采を送る。そして古田は今ホームベースを踏んだ。
 これで試合は一気にヤクルトのものとなった。あとは岡林がマウンドに上がり広島打線を抑えた。これでヤクルトは復活を果した。
「明日からが勝負や」
 野村はニヤリ、と笑って言った。明日からはその阪神との三連戦だ。
「ここで勝たな何にもならへん。明日からの試合に勝たへんとな」
 昨日まではとても無理なように思われた。だが今は違っていた。
「これはいけるかもな」
 不敵に笑った。
「勢いに乗ることが出来た。荒木を出したんは正解やったな」
 イチかバチかの賭けだった。ピッチャーの頭数が足りないという事情もあった。内心ヒヤヒヤした起用だったのだ。
 だがその賭けに勝つことができた。それだけにこの勝利は大きかった。
「確かに今の阪神は勢いがちゃう。けれどこっちもその勢いを手に入れた」
 大きかった。ヤクルトにとって実に大きな事件だった。
「やったるで。こうなったら最後まで諦めへん」
 彼にしては珍しく力のこもった言葉であった。野村はそう言うとベンチを後にした。
「こっからが本当の勝負や」
 彼は普段はそれ程自分を表には出さない。どちらかというとクールである。
 だがその本質はあくまで野球を一途に愛する一人の男だ。彼はこの時その本来の姿に戻っていた。
「勝ったる、絶対にな」
 そう言うと彼は球場を後にした。そして翌日からの決戦に備えるのであった。
 台風が接近していた。その中でいよいよ決戦の火蓋が切られようとしていた。
「まるでドラマみたいだな」
 神宮に詰め掛けたファンの一人が風を身体に浴びながら呟いた。
「ここで決めたらドラマなんてもんじゃないぞ」
 見れば一塁側も三塁側も満員である。両球団のファン達が駆けつけていた。
「頑張れ!」
「俺達がついているぞ!」
 ヤクルトファンが歓声を送る。
「優勝や!」
「また河に飛び込むんじゃ!」
 阪神ファンもである。野球はやはりファンあってのものである。
 そのファン達の歓声の中両軍はベンチから出て来た。そして遂に決戦がはじまった。
 七回裏ヤクルトの攻撃である。六対五、試合はヤクルト優勢の状況で進んでいた。
「このまま押し切れ!」
「逆転や!」
 両軍のファンが互いのチームに熱い声援を送る。試合は天王山を迎えようとしていた。
 ツーアウトランナー一二塁。打席には八重樫幸雄が立つ。長い間ヤクルトで正捕手を務めた男だ。
「八重樫打てよ!」
「ここで打ったらヒーローだぞ!」
 彼もまたファンに愛されてきた男である。初優勝の時もいた。数少ないX戦士であった。
「よし」
 八重樫はバットを強く握り締めた。
「ここで打たなければあの人達に申し訳ない」
 彼はかってヤクルトを支えた戦士達のことを思った。
 優勝の時に主砲だった大杉勝男。シリーズにおいては日本一をもたらしたアーチを放った。その前に疑惑のアーチも放ったがそれを吹き飛ばす程大きなアーチだった。
「打ったぞお!ホームランだ!」
 彼はそう言いたげに満面の笑みでダイアモンドを回った。そしてナインが待つホームベースを思いきり踏んだ。打つだけでなく常にチームメイトのことを思い、いざという時には身を挺して守る心優しき好漢であった。
 船田和英。ライフルマンと呼ばれバッテリー以外の全てのポジションを守ることができた。そして地味ながらその堅実な守備でチームに貢献した。
 その二人がこの年世を去っていたのだ。彼等のことをファンも選手達も決して忘れてはいなかった。
 八重樫は肝を据えた。どんな球でも打つつもりだった。
「来い!」
 心の中で叫ぶ。そしてマウンドにいる仲田を見据えた。
 仲田も敗れるわけにはいかなかった。この戦いには阪神としても落とすわけにはいかなかったのだ。
「負けへんぞ!」
 仲田は激しい形相で八重樫を見据えていた。いや、睨んでいた。
「わしにはファンがついとるんじゃ。何時でも熱い声援送ってくれたファンがな」
 阪神ファンの熱狂的な応援はあまりにも有名である。彼等は全力で選手を、そして阪神を愛しているのだ。
 仲田は投げた。左腕が唸り声をあげた。
「これは打てへんやろ!」
 鋭いカーブであった。まるで刃物の様に鋭く変化する。
 だが八重樫はそれにバットを合わせた。そして何とか当てた。
「やったか!?」
 しかしそれは平凡な内野ゴロであった。打球は一二塁間を転がる。
 セカンド和田豊が捕った。そしてファーストのパチョレックへ投げる。何でもない内野ゴロであった。
 だがここで思わぬ事態が起こった。
 ファーストのパチョレックがベースに戻る。しかし台風の影響か降雨でグラウンドはぬかるんでいた。彼はそこに足をとられて
しまったのだ。
「なっ!?」
 こけた。ボールは空しくグラウンドを転がった。
 その間に二人のランナーが走る。まずは一点。そして一塁ランナーも帰った。これで二点。ヤクルトにとっては幸運な、阪神にとっては不幸な出来事であった。
 これで試合は決まった。ヤクルトはまず一勝をあげた。
 だが不安材料もあった。
 主砲ハウエルがデッドボールを受けていたのだ。しかも左の手首に。これは左バッターである彼にとっては極めて深刻な事態であった。
 彼だけの問題ではない。これはチーム全体にとって嫌なムードを与えかねない出来事であった。だが彼はここで野村に対して言った。
「ボス、明日も試合に出させてくれ」
「明日もか」
「うん、俺は絶対に打つ。だから出させてくれ」
 野村は彼の目を見た。その目には燃えるものがあった。
「よっしゃ」
 彼はその目を見て頷いた。
「明日も出たらええわ。しかしな」
 野村の目が光った。
「そのかわり絶対に打つんや。わかったな」
「オーケー」
 ハウエルは頷いた。野村は彼の熱い心を信じることにした。
 だがどうなるか彼にもわからなかった。しかし野村は彼の熱い心に賭けることにしたのだ。
 翌日も激しい試合となった。伊東は踏ん張りながらも要所で失点を許し四回で一点をリードされていた。その四回裏にそのハウエルが打席に入った。
 悠然と左打席に入る。その全身にはオーラすら漂っている。
「今日のあいつはまた違うで」
 野村はベンチからハウエルを見て言った。いつもの嫌味な笑いはそこにはなかった。
 ハウエルのバットが一閃した。打球は一直線に飛ぶ。
「入れ!」
「入るな!」
 両チームのファンの声が交差する。打球は歓声と悲鳴を乗せて飛ぶ。
 歓声が勝った。打球はスタンドに飛び込んだ。
「オオオオーーーーーーーーーーッ!」
 ハウエルは思わず叫んだ。そしてダイアモンドを回った。
「やったぜボス!」
 ベンチを踏んで野村に声をかける。
「よおやった」
 野村はそんな彼に対して笑顔で言った。
「やっぱり御前はうちの主砲や」
「よしてくれよ、ボス」
 ハウエルはそれを聞いて顔を少し赤らめさせた。
「柄じゃないよ」
 野村の嫌味なキャラクターを意識しての言葉だった。だがナインは野村の本当の姿を知っていた。だからそれはうわべだけのことであった。
 本来は繊細で心優しい。寂しがり屋で困っている者を放ってはおけないのだ。
「野村さんはいい人やで」
 ジャジャ馬で有名な江本孟起さえこう言った。彼は野村に認められ成長した男であった。
「わしみたいな我が儘な人間を喜んで使ってくれたんや。バッテリー組んだら十五勝やってな」
 その時江本は東映の敗戦投手に過ぎなかった。その彼を野村は喜んで使ったのだ。
 そして江本は一皮剥けた。それまでの敗戦処理投手からエース格のピッチャーになったのだ。
 その長身から繰り出す多彩な変化球と負けん気の強さが武器だった。野村は彼の才能を上手く引き出すことに成功したのであった。
 江本だけではなかった。多くの選手が彼の下で脱皮し、復活していた。野村再生工場の名前は伊達ではなかったのである。
 そんな野村だからこそ多くの者が慕っていた。彼程マスコミに伝えられる姿と実像が違う男も珍しかった。
 しかし阪神も粘る。八回には同点に追いつく。
「負けてたまるか!」
「勝つ!そして優勝だ!」
 選手もファンも一丸となっていた。彼等もまた燃えていた。
 しかし勝利の女神はヤクルトに微笑んでいた。
 九回裏それまで奮闘を続けていた伊東が打席でも見せた。
 ヒットで出塁したのだ。そして打席には飯田が入る。
 俊足巧打で知られている。それにパンチ力も結構あった。
「どうでるかやな」
 野村は打席に入る飯田を見た。彼は古田、池山と並ぶチームの柱である。
「あいつで今日は決まるな」
 歴戦の勘がそう教えていた。その決まる時が来た。
 打った。打球は右中間を飛ぶ。
「どうなる!?」
 新庄と亀山が追う。二人共足は速い。守備もいい。特に新庄のセンスはズバ抜けていた。
「あいつは守備と肩だけでも超一流やな」
 口には出さないが野村は新庄をそう評していた。その新庄が今ボールを追っていた。
 だが打球は落ちた。伊東は既に走っていた。
「走れ!走れ!」
 ナインやファンだけではなかった。三塁コーチも叫んでいた。
 右腕を激しく振り回す。伊東は三塁ベースを回った。
 そしてホームを踏んだ。その瞬間球場は歓喜の渦に支配された。
 これでヤクルトは首位に返り咲いた。飯田の値千金の見事な一打であった。
 しかし阪神も負けてはいない。翌日の試合では痛恨のエラーをしてしまったパチョレックが汚名挽回のスリーランを放ち
勝利を収めた。これでまた首位が入れ替わった。
「敵も必死、こういうこともある」
 しかし野村は冷静であった。
「今度の直接対決が天王山やな。そこでいよいよ決まる」
 そう言って彼はグラウンドに背を向けた。
「いや、ちゃうな」
 彼は言い換えることにした。
「決めるんや。ヤクルトがな」
 そう言ってその場を後にした。その背には気さえ漂っていた。
 二度目の決戦の時が来た。十月六日からの二連戦であった。場所は神宮。
「勝て!」
「やったれ!」
 もうファンの声が木霊していた。神宮は先の三連戦の時と同じく激しい熱気に包まれていた。
 阪神は百二十七試合を消化して六十六勝五十九負二分。ヤクルトは百二十六試合を消化して六十五勝六十負一分。ゲーム差は一であった。
 引き分けの関係で試合は共にあと五試合、そのうち直接対決が何と四試合もあった。
「面白いな」
 野村はそれを聞いてニヤリ、と笑った。
「昔南海にいた頃のプレーオフみたいや。こういった試合では何が起こるかわからへん」
 彼はかっての阪急とのプレーオフを思い出していた。
 それは昭和四十八年のことであった。この年からパリーグにプレーオフが導入された。ペナントを前期と後期の二シーズンに分け、互いの勝者を争わせて優勝を決めるというものである。
 この時の下馬評は阪急有利であった。西本が育て上げた勇者達は他を寄せ付けない強さを誇っていたのだ。
「あの時は苦労したで」
 その時の死闘は今も語り草になっていた。
 阪急のエース山田久志をくまなく研究し、最後の五試合で攻略した。九回にまさかの連続アーチで仕留めたのである。
 その裏江本を投入した。そしてまさかのストレートの連投で抑えた。そして南海は見事優勝を果したのだ。
「死んだふりをしていた」
「いや、野村の知略だ」
 意見は食い違った。だが野村の頭脳で勝利を収めたのは間違いなかった。
「しかし今度はちゃうやろな」
 野村はそれを長年培ってきた勘で察知していた。
「今度は流れや。確かに今はうちが不利や」
 それは素直に認めていた。
「しかしな」
 口を横一文字に結んだ。表情がサッと変わった。
「流れならうちにもあるで」
 そしてベンチにいる荒木に顔を向けた。
「こいつがやってくれた。後はそれをどう生かしていくかやな」
 だが阪神が三勝すればそれで終わりである。ヤクルトはこの二連戦連勝が絶対条件であった。
 既にセリーグの運営側では会議が開かれもし決まらなかった場合のプレーオフについても討議されていた。流れはもうどちらのものになるか誰にも見当がつかなかった。
 阪神は活躍している助っ人のパチョレックを故障で欠いていた。だがそのハンデは感じさせなかった。
「それに引き換えうちは」
 野村は思わず舌打ちした。
 攻撃の要広沢が不調であったのだ。そうしたことを考えるとやはりヤクルトに不利か。関西ではもう阪神の優勝は予定されたこととして考えられていた。
「西武か。暫く振りやな」
「バースのかわりは新庄や」
 彼等はもう勝った気でいた。
「流れや、流れ」
「六甲下ろしが日本中に鳴り響くで!」
 恐ろしいまでの楽天思想に見えるがそうではない。これが阪神なのである。
 まともに負けたりはしないのだ。それはもう派手に、念入りい負ける。しかもそれが嫌になる程続く。
 それを知っているからこそ、だ。彼等は阪神の滅多に見ることのできない晴れ姿を待ち望んでいた。
 ヤクルトは岡林、やはり切り札だ。対する阪神は仲田。阪神も最強のカードを出してきた。
「ピッチャーのカードはうちの方がええで!」
「そやそや、野球はピッチャーや!」
 古くからのファン達が叫ぶ。彼等はかって阪神があまりにも貧弱な打線に甘んじ、江夏や村山が気迫で勝っていた頃を知っているからこその言葉であった。
 仲田はその期待に応えた。七回まで無得点であった。
「ええぞ仲田!」
「御前は阪神のスターや!」
 ファンが喝采を送る。流れはやはり阪神にあるかと思われた。
 だが七回に試合が動いた。
 打席には広沢が入る。ヤクルトファンはそれを黙って見ていた。
「打てるかな」
「わからないな」
 いつもは頼りになる筈の男に期待が持てなかった。
「あんな調子じゃな」
「ああ。今の広沢は」
 それは広沢本人の耳にも入っていた。
「・・・・・・・・・」
 彼はそれを一言も喋らずに聞いていた。それがかえって彼の心を落ち着かせた。
「よし」
 今までの迷いが切れた。思いきり振っていこうと決心したのだ。
「広沢の奴、ふっ切れたようやな」
 それは野村にもわかった。
「今のあいつは期待できるで」
「そうでしょうか」
 コーチの一人は不安そうであった。
「ああ。バッティングってのは相手のデータとかこっちのことも重要やけれどな」
 まず相手のデータから入るのが野村らしかった。
「まずは気持ちや。鎮めとかな打てるもんも打てへん」
「はあ」
「わかっとらんようやな」
 野村はそのコーチの反応を見て顔を顰めさせた。
「いや、そうじゃないですけれど」
 彼も野球をしている。それ位はわかっているつもりであった。
「だったらわかる筈やな」
「は、はあ」
 野村が言う言葉ではないのではないか、そう思いながらもここは口を閉ざした。
 そして広沢に目を向けた。
「大丈夫かなあ」
 彼はまだ不安であった。しかしそれは杞憂であった。
 仲田の左腕が唸った。そしてボールが放たれる。
 だがそれは失投であった。真ん中高めの甘いコースに入った。
「しまった!」
 仲田は顔を青くさせた。それは広沢にとっては正反対であった。
「もらった!」
 彼はバットを振り抜いた。そして打球を思いきり打ちつけた。
「いった!」
「やられた!」
 両者はほぼ同時に叫んだ。打球は一直線にバックスクリーンめがけ飛ぶ。
「いけ!」
 ヤクルトファンも叫ぶ。打球は彼等の思いも乗せて凄まじい速さで飛ぶ。
 そしてバックスクリーンに叩き込まれた。まさかのソロアーチであった。
「やったぞおお!」 
 広沢は猛ダッシュでダイアモンドを回る。会心の一打であった。
 そしてホームを踏む。これでヤクルトは見事勝ち越した。
「よし!」
「広沢よくやった!」
 ファンからの喝采も止まない。彼はようやく長いトンネルから脱出した。
「打つべき人が打ち」
 野村は試合を観ながら呟いた。
「投げるべき人が投げる」
 既にヤクルトの守備になっていた。マウンドでは岡林が伸び上がる様なフォームから投げている。
「それで勝てるんや。簡単やろ」
 先程のコーチに対して問うた。
「は、はあ」
 彼はまだ野村がこんなことを言うのが不思議で仕方なかった。何処か普段の彼とは違う気がしてならなかった。
「けれどな」
 ここで彼はいつものシニカルな笑みを作った。
「それがむつかしいんや」
「おや」
 彼はそれを聞き普段の野村に戻った、と思った。
「なんでやろな。口で言うのは本当に簡単なことや。せやけどいざやるとなったらむつかしい」
「はい、はい」
 彼は笑顔で頷いた。ようやく本来の野村になってくれたと思った。
「けれどな」
 彼はまた言った。
「そやからこそ面白いんやな、野球ちゅうもんは」
 野村は完全に普段の野村であった。
「面白い試合は明日もしたいな」
 そして彼はベンチから姿を消した。次の試合はもうはじまっていた。
 翌日ヤクルトの先発は伊東、阪神は中込だった。序盤は阪神が先制した。
 三回表にオマリーのヒットで一点が入った。阪神にとっては幸先良い先制点であった。
「まずは一点やな」
 中村はそれを見て呟いた。
「こっからコツコツいくで」
「はい」
 彼の言葉通り阪神は焦ることはなかった。着実に点を入れていく作戦にでた。
 五回に阪神はまた攻勢に出た。まずは先頭打者の和田が流し打ちで出塁する。
 亀山が倒れた後でオマリーが打った。打球は右に飛ぶ長打となった。
「よっしゃ、よう打った!」
 三塁側から歓声が飛ぶ。オマリーはその愛嬌のある人柄からファンに愛されていたのだ。
 まだピンチは続く。打席には四番のパチョレックが入る。故障から帰ってきていたのだ。
「まずいで、これは」
 野村はそれを見てすぐに動いた。そして主審に告げた。
「ピッチャー交代」
 マウンドには乱橋幸仁があがる。だが彼も打たれてしまった。
 これで三点差。次の八木にも打たれるが何とか一死をとった。
 ここでまた交代する。金沢次男だ。小刻みな継投策に切り替えた。
 そして阪神の攻撃を凌いだ。次の回からは小坂勝仁、そして西村龍次を投入し試合が動くのを待った。五回裏にパリデス、角富士夫の連打で一点を返したがまだ二点差。今の中込から二点を奪うのは難しいかと思われた。
「ここは我慢や」
 野村は言った。
「絶対チャンスが来るからな」
「絶対ですか」
 昨日のコーチはまた彼に尋ねた。
「そうや、この試合、このまま終わらへんで」
 彼には確信があった。だが試合は阪神有利のまま進んでいく。
 九回裏になった。あと三人で阪神の勝ちだ。中込はゆっくりとマウンドに登った。
「落ち着いていけよ」
 キャッチャーは若い山田からベテラン木戸克彦に替わっていた。あの優勝の時の正捕手である。
「任せて下さい」
 気の強い男である。少し疲れながらもニンマリと笑って応えた。
「勝ちましょう。そうしたら盛り返せますよ」
「ああ」
 木戸は中込のその心臓に賭けた。それはベンチにいる中村も同じであった。
「今日はいけるな」
「はい」
 コーチの一人がそれに頷いた。
「けれど九回ですし」
 それが問題であった。
「まあその時の為に備えも用意しとるし」
 チラリ、とブルペンの方を見た。
「あいつやったら大丈夫や」
「そうですか」
 中村は勝利を確信していた。中込と今ブルペンにいる男、その二人に対して絶対の自信があるからだ。
 ヤクルトの打順は四番のハウエルからだ。絶好の打順である。
「打て、ハウエル!」
「今のピンチを救ってくれ!」
 彼は今までチームの危機を救う一打を何度も放っている。こうした時最も頼りになる男である。
 だがこの時は中込が勝った。彼はあえなくショートゴロに倒れた。
「ああ・・・・・・」
「やっぱり今日の中込は無理か」
 一塁側を溜息が支配する。やはり無理かと思われた。
「あと二人!あと二人!」
 甲子園名物である筈のあと何人コールが木霊する。流石に阪神ファンはこうした時の熱い声援を忘れない。
 だが中込の疲れは彼自身が思っていたより溜まっていた。それは特にコントロールにあらわれた。
 次のバッター広沢を歩かせてしまう。そして打席にはズバ抜けた長打力を持つ池山が入る。
「池山、ホームランだ!」
「バックスクリーンで待ってるぞ!」
 彼のホームランは特徴があった。一直線にバックスクリーンに突き刺さる豪快なものだったのだ。ショートとは思えぬ大振りであり三振も非常に多かったがその破壊力はファンに愛されていた。
 その池山が打った。センターに飛ぶ。だがそれは幸いにしてホームランではなかった。センター前ヒットであった。
「・・・・・・・・・」
 中村はそれを見て暫し考え込んだ。
「どう思う」
 そして傍らにいるコーチに問うた。
「そうですね」
 彼も中村が何を問うているかよくわかっていた。
「そろそろ潮時かと。中込は今までよくやってくれました」
「よし」
 中村はそれを受けて動いた。マウンドに向かった。
「ご苦労さん」
 そして中込からボールを受け取る。
「すいません、もうすぐだったのに」
 彼は自分の疲れが悔しくてならなかったのだ。
「そんなことは気にせんでええ」
 中村はそんな彼を慰めた。
「御前はここまでホンマによお投げてくれたからな」
 この時だけではなかった。この一年を通じてのことである。彼はこのシーズン九勝を挙げていた。獅子奮迅の活躍であった。
「・・・・・・有り難うございます」
 彼はその言葉に頷いた。そしてマウンドを後にした。
 マウンドには湯舟があがった。中村はこうした時の為に先発ローテーションの彼をブルペンに送っていたのだ。
「大事な試合やからな。用心しとかんと」
 これはピッチャーの豊富な阪神だからこそ出来る戦術であった。それを見た野村は眉を顰めさせた。
「ピッチャーが揃っとるチームはええのう。思い切ったことができるわ」
「しかし厄介ですね、湯舟とは」
「・・・・・・確かにな」
 それは野村にもよくわかっていた。
「そうそう簡単に打ち崩せる奴やあらへん。普段はな」
「普段は、ですか」
「そうや、あいつの顔を見てみい」
 野村はそう言うとマウンドの湯舟を指差した。見れば蒼白となっている。いつも淡々と投げる彼にしては珍しいことであった。
「ああした顔の奴は打てるんや。普段がそれだけ凄くてもな」
「はい」
「まあ打たんでもええかもな。まずはコントロールや」
 野村の言葉は的中した。普段の冷静さがない湯舟はコントロールが全く定まらなかった。秦の代打八重樫を歩かせて満塁とする。そして続くパリデスも歩かせむざむざ押し出しの一点を献上してしまった。
「一人相撲やな」
 野村は醒めた声で言った。
「こらあかん」
 中村は首を捻ってベンチから出た。
「まさかの時を考えてもう一人ブルペンにやっといて正解やったかもな」
 そしてピッチャー交代を告げた。今度は中西清起が出て来た。優勝の時のストッパーである。甲子園においても力投し水島新司の漫画『球道くん』のモデルにもなったと言われている。実際に水島新司という人は阪神に対して好意的であり何かと漫画に出す。『野球狂の詩』においては水原勇気が出ていた頃はおそらく半分程が阪神との試合であった。それ以上だったかも知れない。その前から何かと阪神との試合が多かった。
 その中西がマウンドに上がった。阪神としてはこれ以上の失点は絶対に許されなかった。
 打順は九番だ。ピッチャーの西村には流石に期待出来ない。ここは代打を送ることにした。
「代打、橋上」
 橋上秀樹を代打に送った。だがここは中西が踏ん張った。
 浅いセンターフライだった。新庄の肩では動くことはできなかった。
 これで二死満塁。阪神にとっては依然としてピンチだがようやくあと一人というところまでこじつけた。
「あと一人!あと一人!」
 三塁側から木霊する。その中を一番の飯田が進む。
「飯田!この前みたいにやってくれ!」
「そうだ、今はあのサヨナラの時だ!」
「わしはタイムマシンは持っとらんぞ」
 野村はベンチの中からそれを聞いて思わず苦笑した。
「しかし飯田は粘りがあるからな。どうなるか見物や」
 彼は既に腹をくくっていた。そしてマウンドにいる中西を見据えた。
「ほう」 
 中西は飯田のその目を見て笑った。
「いい肝っ玉しとるな。流石は一番バッターだけあるわ」
 彼は急に楽しくなってきた。
「じゃあわしも思いきり投げたる。それを打てるもんなら」
 セットポジションから腕を大きく振った。
「打ってみいや!」
 渾身の力で投げた。右腕がまるで蛇の様にしなった。
 剛球が音を立てて来た。飯田はそれから目を離さなかった。
「今だ!」
 タイミングを合わせた。バットを全力で振った。
 ボールは龍の様にしなりながら三塁線を飛ぶ。
「やった!」
 ヤクルトファンが叫ぶ。
「やられた!」
 阪神ファンが絶叫する。だがそれをオマリーが止めた。
「させへんわい!」
 守備には不安のある彼が横っ飛びで止めた。そして倒れたままの姿勢で一塁に送球する。
「いけるか!?」
「終わりか!?」
 両軍固唾を飲む。だがここは飯田の足が勝った。
「やったぞ、同点だ!」
「クッ、まだいけるわい!」
 ファン達もそれぞれの顔でそれを見た。だが池山が帰ってことに変わりはない。これで勝負はふりだしに戻った。
「動いたで」
 野村は笑っていた。
「これで流れは大きくうちに傾いたわ」
「そうでしょうか」
 例のコーチはまだ不安そうであった。
「まだまだわかりませんよ」
「甘いな」
 野村はそれに対して言った。
「こうした時は一気に決まるんや」
「一気にですか」
「そや。御前もそれはわかっとる筈やけれどな」
「それはそうですが」
 だがヤクルトである。毎年下位に甘んじてきたチームだ。それは中々実感できない。
「確信は出来ませんよ」
「まあな」
 野村はそこではとりあえず頷いた。
「けれど動いたのは事実や」
「はあ」
 コーチの声はやはり力なかった。
「動くのはある時急に動くんやないで。前もって何かしらの力があって動くんや」
 物理の基本的な話をした。野村は話が上手い。選手達に対してもよくまず人生論等から入り話をした。頭の回転の速さだけでなく長年培ってきた経験もそこに深みを入れていた。
「これもや。そしてな」
 彼は言葉を続けた。
「一旦動いたもんを止めるのはそうそう簡単やないんや」
「そんなものでしょうか」
「そんなもんや。まあ見とくんやな」
 打席に荒井が入った。彼はプロとしては決して大きくはない身体であるがアマ時代には全日本で四番を打ったこともある。打撃には確かなものがある。
「もしここで打ったら」
 荒井はふと考えた。
「サヨナラか」
 野球をはじめてからサヨナラの経験はなかった。もし打ったらと思うだけで手が震える。
「打てるかな」
 逆に怖くなった。だがマウンドの中西にそれは気付かれなかった。
 投げた。荒井はバットを出した。
 だがそれはファウルに終わった。中西はまずはストライクを稼いだ。
「ファウルか」
 荒井は打球を見て呟いた。だが弱ってはいなかった。
「振れたな」
 それだけで充分であった。
 最初は振れるかどうか不安であった。しかし初球から振れたことで気持ちが楽になった。
「いけるな」
 彼はバットを見て頷いた。そして落ち着いて構えをとりなおした。
「来い!」
 そして中西を見る。マウンドにいる彼も抑える自身があった。
「左やがわしにはそうそう勝てへんぞ」
 彼も優勝の時のストッパーである。甲子園で気迫の投球を見せている。その自負があった。
 投げた。渾身の力を込めた。だが荒井のバットはそれに対して不自然な程に自然に出た。
「いける!」
 流した。打球は三遊間をライナーで抜けた。
「やったぞ!」
 三塁ランナーが笑顔で走り抜ける。これで激戦に決着が着いた。
「勝った、勝ったんだ!」
「連勝だ!」
 ヤクルトナインが一斉にベンチから出て来た。そして一塁ベースにいる荒井を囲んだ。
「え!?」
 彼はまだ何が起こったのかよくわかっていなかった。そんな彼をナインがもみくちゃにした。
「荒井さん、よくやってくれました!」
「あんなところで・・・・・・本当にな!」
 彼はナインの言葉を聞いてようやく事態を飲み込めてきた。そんな彼の前に一人の男が立っていた。
「荒井」
 それは野村であった。
「監督」
 だが野村は何も言わなかった。急に両手を大きく広げた。
「!?」
 荒井は何をするのかと思った。野村はそれより早く彼を抱き締めた。
「よおやった!」
 彼もまた泣いていた。そうした感情を表に出さないタイプの彼までもが泣いていた。
「凄い試合やった、これだけ必死になって野球をやったのははじめてやろ」 
 野村はナインに対して言っていた。
「は、はい」
 その通りであった。彼等は誰もが生まれてはじめてこれだけ必死に野球をした試合はなかった。高校の時よりも必死に野球をした。
「わしもこんな試合は滅多に見たことあらへん。そう、わしでもな」
 野村は今まで多くの死闘を経験してきた。杉浦忠の血染めのボールを受けたこともある。西鉄との死闘もあった。怪童と呼ばれた尾崎行雄と真っ向から勝負したこともある。頭から血を流しながらもホームランを打ったこともある。西本との戦い、阪急との優勝争い、鈴木啓示や山田久志といった名だたるピッチャーとも戦ってきた。思えばその野球人生のぶんだけ多くの死闘を経験してきた。その彼が言ったのである。
「そやからようやった、ホンマにようやった・・・・・・」
 泣いていた。彼は明らかに泣いていた。
 それがヤクルトの運命を決定付けた。この勝利によりヤクルトは単独首位に躍り出た。そして阪神戦に勝ち越しも決めた。流れは完全にヤクルトのものとなった。
「まだや!」
 だが諦めていない者達がいた。
「戦いはまだ終わってへんぞ!巻き返してこっちが優勝するんや!」
 阪神ナインとファン達であった。彼等は敗れこそしたがまだ闘志を燃やしていた。
 憤怒の形相で歓喜に包まれるヤクルトベンチを見ていた。誰もがその全身に炎を宿らせていた。
「行くで」
 高齢の縞の半被を着た男が周りの者に対して言った。
「ああ」
 彼等もそれに頷いた。そして神宮を後にする。
「名古屋や。そしてそっから反撃開始や。このままズルズルと負けてたまるか」
 ベンチを後にし廊下を歩く中村がコーチ達に対して言った。
「はい」
 いつもの落ち着いた様子はあまりなかった。声にはいささか激しさが宿っていた。
 だがその背には暗いものがあった。しかし誰もそれには気付いていなかった。当の中村さえも。
 九日の神宮でのヤクルト対広島はヤクルトの勝利に終わった。それに対して阪神は名古屋で中日に敗れた。
「終わったか・・・・・・!?」
「いや、まだや」
 それでも彼等は諦めてはいなかった。
「甲子園で最後の戦いや、そこで連勝や」
「連勝か」
「そうや、そうしたらプレーオフや。そこまでヤクルトを引きずり込むんや」
 三塁側は負けてもなお熱気に包まれていた。彼等とて優勝を見たかった。
 それはナインとて同じだ。いや、彼等こそその思いが最も強かった。
「勝つで」
 中村は一言だけであった。そして甲子園への帰路についた。
 阪神ファンは無言で頷き彼に従う。そして最後の戦場に向かうのであった。
「阪神が負けたか」
 野村はそれをベンチのラジオで聞いていた。
「負けましたか」
 コーチの一人がそれを聞いて野村に話しかけた。
「ああ。これでニゲームや」
 二ゲーム差。残り二試合。この時点でこれは確定的であった。だが。
「直接対決か、残りは」
「そうでしたね」
 そうであった。阪神の最後の戦いの相手は他ならぬヤクルト自身であったのだ。
 十日に両軍は甲子園に集結した。阪神ファンも甲子園を埋めた。
「連勝や!」
「そや、それでプレーオフにまで誘い込むんや!」
 ファンも必死であった。阪神ナインにとっては常にいる有り難い援軍であった。
 だがヤクルトは流れを完全に掴んでいた。彼等はもう負ける気がしなかった。
「気持ち良く投げて来い」
 野村はこの日の先発に対して言った。
「わかりました」
 それは荒木だった。彼は力強い顔で頷いた。
「この甲子園は御前の遊び場みたいなもんや。思う存分遊んで来い」
 かって彼が甲子園を湧かせた事をあえて言った。彼の気持ちを乗せる為だ。
「はい」
 彼は頷いた。そしてマウンドに向かった。
 この日の荒木は完全に復活していた。阪神ファンの必死の応援も空しく阪神は彼に為す術もなく抑えられていく。それに対してヤクルト打線は好調であった。ハウエル、広沢がアーチを放つ。試合はヤクルトのものとなっていった。
 抑えには伊東を投入する。彼も阪神打線を寄せ付けない。
 九回裏遂に試合は終わった。
「やったぞ!」
 伊東は思わず甲子園のマウンドで飛び上がった。
「やりました!」
 古田もそれに飛びつく。そしてそこにヤクルトナインが集まる。
 やがて野村の胴上げがはじまった。そしてヤクルトナインと駆けつけてきていたファンの喜びの声が木霊する。
「やった、やったぞ!」
「俺達は勝ったんだ!」
 それを阪神ファンとナインは黙って見詰めていた。
「・・・・・・仕方あらへんな」
「これも野球や」
 彼等はそう言って去って行った。彼等は確かに悔しかった。だが相手が球界の癌巨人でないだけ気が楽だったのだ。
 ヤクルトは絶体絶命の窮地から遂に優勝を果した。野村の知略だけではなかった。そこにはナイン全体のひたむきな野球があった。
 今我が国の野球は巨人とそれを支配する悪辣な男の手により瀕死の床にある。だがそれでも素晴らしいゲームは続く。そしてそれは永遠に語り継いでいかなくてはならない。守っていかなくてはならないのだ。

三年目の花   完


                                   2004・9・29



[205] 題名:三年目の花1 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年10月12日 (火) 02時41分

               三年目の花
「一年で種を撒き、二年で水をやり、三年で花を咲かせる」
 野村克也はヤクルトの監督に就任した時にこう言った。これを聞いて多くの者は笑った。
「幾ら何でも無理だろう」
 そう思っていた。
 この時ヤクルトは確かに若手が成長してきていた。だが優勝する戦力にはないと誰もが思っていた。
「確かに前よりは強くなったな」
 以前のヤクルトは万年最下位のしがない弱小チームであった。三試合して一勝すればいい、そうした雰囲気があった。当時最下位にはならなかった。阪神という他を寄せ付けない程の弱さを誇ったチームがあったからである。流石に阪神よりは強い、と冗談で言われていた。
「弱いからヤクルトが好きなんだ」
 こういったやせ我慢めいた台詞もあった。マゾヒズムと言えばそうなる。ヤクルトファンもヤクルトも長い間馬鹿にされていた。
彼等を最も馬鹿にしていたのが『自称球界の盟主』とその信者共であった。
 所詮この連中は野球を愛してなぞいない。そこまでの品性も知能もない。ただ長嶋や王を見ていればそれでよく偽紳士が勝つのを見たいだけである。劇場化された正義、いや偽善に酔いしれているだけなのである。
 そうした連中の嘲りにどれだけ耐えただろう。ファンは来る日も来る日もヤクルトを応援していた。
 だが弱いのは確かだった。チームの雰囲気はいい。フロントと選手の関係は他球団とは比較にならない位良好であった。ヤクルト程そうしたことに恵まれているチームはなかった。
 しかしそれは強さとは結びつかない。プロとしての気迫に欠けていたのだ。それはヤクルトのチームカラーと言ってしまえばそれまでだ。そういった執念を見せるチームではなくあくまで野球を楽しんでいるチームであった。
 そのカラーは野村の前任者関根潤三の時もそうであった。彼は戦術よりも育成に興味のある人物であった。
 彼はまずは若手の広沢克己、池山隆寛に目をつけた。試合前のバッティング練習は目を細めて見ていた。
「あいつ等は去勢しちゃ駄目なんだ」
 そう言って打席でも思いきり振らせた。三振してもよかった。それで関根は怒らない。ただし弱気なプレイには怒った。
「監督は消極的なプレイには厳しかったですね」
 こうした意見がよく出てきた。彼によりヤクルトの選手達は育てられていたのだ。
 そこに野村が入った。彼は当初ヤクルトに合うかどうか危惧されていた。
「関根さんは明るかったけれど野村さんはなあ」
 こうした意見があった。野村はその外見と囁き戦術等に見られる独特の知略からとかく陰気な人物と思われていたのだ。これは仕方ない一面もあった。そうした戦術を使うのは事実であるからだ。
 しかし野村程その実像を知られていない人物もそういない。彼は実際はなかなか洒落とユーモアのわかる人物なのだ。
「わしは陰気な男やからな」
 よく笑ってこう言った。自分を図々しくひねくれた人間であるとことさらに主張する。だがその本質は違うのだ。
 彼と長年に渡って戦ってきた闘将西本幸雄は彼を高く評価していた。こういう話がある。
 野村が南海の監督を解任され孤立無援の状況に陥った時のことである。新年の年賀状に当時近鉄の監督をしていた西本からのものがあった。そこには筆でこう書いてあった。
『頑張れ』
 と。西本は野村に何としてもこの苦境を乗り切って欲しかったのだ。
 西本は野村のことをよく知っていた。決して嫌いではなかった。だからこそ励ましたのだ。これが西本であった。彼はただの闘将ではなかった。人間としての度量の広さと温かさも併せ持っていたのだ。
「西本さんはわしを買い被ってくれとるわ」
 そう言いながらも西本への感謝の気持ちは決して忘れなかった。野村は西本に対してはあくまで誠実かつ謙虚に対応している。
「野村さんはああ見えても優しいんですよ」
「いい人ですよ。繊細で」
 こうした意見も多い。彼を知る者はよくこう言う。
「あの人ははにかみ屋かんですよ。だからわざとあんなことを言う」
「本当は困っている人を見捨ててはおけない。そういう人なんですよ」
 人生の辛酸を舐めてきた。だからこそであった。そして彼は心から野球を愛していた。
 暇があればテレビで試合を見る。高校野球もだ。彼は野球に全てを捧げていた。
 これについてもとかく言う人がいる。だが彼を批判する者は彼を全く知らないからだ。彼は野球を本当に愛しているのだ。
「愛とかそういった言葉はわしには合わへんな」
 そしてまた減らず口を言う。しかし常に野球のことを考えている。
「ほんの球遊びや。しかしそれが本当に難しくて楽しいんや。だから野球を止められへん」
 誰よりも野球を愛している彼はヤクルトの監督になっても当然の様に野球のことだけを考えていた。目指すのは一つしかなかった。
「優勝や」
 そして三年目で優勝する、と言ったのだ。
 ヤクルトで、である。巨人の様なチームではない。もっともこの当時の巨人は投手力を中心としたスマートなチームであり監督である藤田元司も至極まともな人物であった。あの『史上最強打線』という愚劣極まる滑稽な程醜悪で奇怪な看板を掲げた荒唐無稽な異常極まる打線を掲げたりはしなかった。この様なもので悦に入ることができるのは野球を冒涜しているからに他ならない。
 また当時のセリーグには巨人に匹敵するチームもあった。広島や中日も強かった。とりわけ広島の粘りは驚異的なものであった。
 そうした状況であった。野村は人材を着実に育てていった。まずは司令塔である。
 この時ヤクルトのキャッチャーは秦真司であったが彼はそれに満足していなかった。
「もっとええキャッチャーが必要や」
 ヤクルトの打線は揃ってきている。守備は池山のそれは雑だが運動神経がかなりいいのでショートは問題ない。セカンドの笘篠賢治はいい。ニ遊間はしっかりしている。サードのハウエルも普通に守備範囲こそ狭いが肩はそこそこある。ファーストの広沢が不安だがニ遊間がしっかりしていれば問題ない。
 外野は飯田哲也がいる。キャッチャー、セカンドとめまぐるしくコンバートしていたがその俊足と強肩を買った。彼をセンターに置けば守備はかなり固くなる。レフトには荒井幸雄だ。そして問題の秦はライトにした。
「守備は不安やがな」
 だがその打撃を買った。何よりも彼は貴重な左打者である。勝負強さと共にそれを考慮した。
 攻撃にもなかなか秀でていた。しかしそれだけでは勝てない。ヤクルトの弱点はそれではないのだ。
 投手である。人材がいなかった。
 エースには岡林洋一がいる。そして西村龍次。伊東昭光に内藤尚行。先発は数はいた。だが岡林以外は確実な人材はいない。甚だ心許なかった。
 それをカバーするにはやはりキャッチャーであった。その弱体投手陣を上手くリードし、勝利に導くことのできるキャッチャー。野村はそれ以上のものを考えていた。
「野球はまずキャッチャーからや」
 キャッチャー出身である彼の持論であった。野村はキャッチャーをリードするだけの存在とは考えていなかったのだ。
 リードやキャッチング、肩だけではない。グラウンド全体を見ることができ、的確な指示を出せるキャッチャー。文字通りの『司令塔』を欲していたのだ。
 それに白羽の矢を立てたのが古田敦也であった。野村は彼を徹底的に鍛えた。
「わしはグラウンドにまで指示を出すことはできん。あとは選手の問題や」
 その指揮官である。彼の采配や考え方を叩き込んだのだ。
 送球フォームもチェックした。打撃も。時にはロッカーの抜き打ち検査までしている。キャッチャーの在り方を教える為である。
「キャッチャーは繊細なもんや。そうでなくては指示も出すことはできへん」
 野村のキャッチャーの考え方は決して強気ではない。リードも作戦もデータに基づいた緻密なものであった。ここは強気のリードを旨とし、ピッチャーに怒声を浴びせることもあるダイエーの城島健児やかっての近鉄の有田修三等とは少し違う点である。
「つっぱり過ぎたら折れるもんや」
 野村はそういうところがあった。強引な采配やリードは好まなかったのだ。
 古田の考えにそれは大いに生かされた。そして彼は名実共に司令塔、そして野村の後継者としての地位を築いていったのである。
 人材はともかく揃った。そして野村率いるヤクルトは三年目の公約を果す為に出発した。目指すは一つ、優勝である。 
 だが下馬評は低かった。毎年のことで最早食傷気味であるが予想は誰もが彼もが巨人。そして対抗馬には広島や中日である。誰もヤクルトなどとは予想していなかった。 
 実際に野村もそれは危惧していた。特にストッパーがいないのだ。
「開花が遅れるかも知れへんな」
 野村も開幕直前に呟いた。かって江夏豊をストッパーに抜擢した彼である。ストッパーの不在がどれだけ深刻な問題であるか痛感していた。
 それが早速顕著に現われた。ヤクルトは継投に四苦八苦することになる。
「五点差守ることの出来ないストッパーなんてはじめて見たぞ」
「これが甲子園なら野村さん死んでるぞ」
 温厚なヤクルトファンはこの程度では怒鳴らない。怒ってはいても阪神ファンの様に過激にはならない。阪神ファンの熱狂ぶりは今更言うまでもないだろう。
 そう、阪神である。このチームは前年もその前の年も最下位であった。かっての優勝は最早遠い昔のことであった。この五年間で何と四回も最下位を経験していた。常に話の種になる程弱かった。弱いからこそ阪神だともまで言われていた。
それ程までに弱かったおだ。時には一〇〇敗まで言われる始末であった。全てにおいていいところがなかった。将にセリーグのお荷物であった。ヤクルトを最下位に予想する者は殆どいなかった。だが阪神の最下位はほぼ全員が確信を以って予想していた。
「首位はわかりませんがこれだけは確定です」
 こう言う者までいた。
「今年もやってくれるでしょう」
「高校野球の優勝チームの方が強いかもな」
「論外!」
 皆阪神の盛大な敗北を願っていた。そうでなくては面白くはなかった。阪神は幾ら惨敗しても許された。それが話の種になるからだ。敗北しても人気があるのが阪神の不思議なところであるが。その敗北の仕方があまりにも素晴らしい、だから阪神ファンは止められないというファンまでいる。勝った時の喜びはそれだけにひとしおであるらしい。
 この前の年の阪神も見事であった。六月には十連敗の後で一勝したがそこから華麗に七連敗を達成した。しかもその最後はよりによってこのヤクルトに十九対三で惨敗したのだ。関西、いや日本全国に散らばる阪神ファン達はこれに対し血の涙を流した。
「よりによってヤクルトに・・・・・・」
 無論この年も宿敵巨人には負け越している。
「かっては散々遊んでやったちゅうのに」
 しかしヤクルトは歯牙にはかけていなかった。しかしそのヤクルトに徹底的にコケにされたのだ。
 野村はここぞとばかりに嫌味を言った。彼の毒舌は巨人に対するよりも阪神に対する方が遥かに辛辣であった。
「御前は阪神に恨みでもあるんか!」
「阪神が御前に何かしたか!」
 黒と黄色のファン達が血涙を流しながら叫ぶ。野村はそれを聞きながら毒舌を発揮し悦に入るのであった。
 彼がもし巨人の監督だったならば命はなかったであろう。だが阪神ファンというのは不思議な人種であり巨人以外に対しては極めて寛容なのである。野村も恨みこそ買えど極端に憎悪されてはいなかった。
 ともかくこの年も阪神は最下位になることを予想されていた。記念すべき三年連続の最下位は最早十月を待たずして、いや三月で既に確実視されていた。
 バースもいない。江夏も村山も過去の伝説であった。最早阪神は何もなかった。いよいよか、皆その期待に胸を膨らませていた。しかしそれは見事なまでに裏切られた。
「もうダメ虎やないぞ!」
「わし等かてやれるんや!」
 それはかってのX戦士達が言った言葉ではなかった。いないと思われていた若手の選手達からのものであった。
 阪神は復活した。何の前触れもなく、だ。まずその先陣を切ったのは亀山努であった。
「前へ!前へ!」
 ヤクルトとの四月五日の戦いであった。試合はヤクルト岡林、阪神は猪俣隆の先発であった。二人は好投し八回まで二対ニの同点であった。だがこの回の裏に広沢のホームランが飛び出す。
「こっからが肝心や」
 野村は冷静な声で呟いた。
 ヤクルトの中継ぎ、抑えは弱い。だが阪神には多彩な変化球を誇る左のサイドスロー田村勤が抑えとしていた。一度逆転されると攻略するのは困難だ。しかし阪神ファンは既にその怒りに火を点けていた。
「また神宮で負けるんかい!」
「何回ここで負けたら気が済むんじゃ!」
 早速罵声が飛んでいる。とにかくヤクルトにはいつもの様に惨敗していた。甲子園でも神宮でも同じだ。どっちにしろ負けるのは気分が悪い。
 野村の危惧は不幸にして的中した。九回の土壇場で同点に追いつかれてしまうのだ。好機到来と見た阪神の監督中村勝広は動いた。
「代走、亀山」
 ここで亀山の名を告げたのだ。
「亀山!?」
「誰やそれは」
 見れば一塁に見知らぬ眼鏡の選手がいる。三塁側の阪神ファン達も首を傾げている。
「おい、あいつは誰や」
 野村が側にいるコーチ達に尋ねる。
「ええと」
 問われたコーチの一人が阪神のデータを調べる。そしてようやくその名前を発見した。
「若手の外野手ですね。今年から二軍に上がって来ました」
「今年からか」
「はい。どうやら足は速い様ですね」
 そのコーチはデータを見ながら野村に言った。
「あいつの武器は足か」
「そうみたいですね。その他はこれといって詳しいデータは」
「ふむ」
 野村はそこまで聞いて頷いた。
「どんな奴かはこれからわかる、ちゅうことやな。まあ今は様子見や」
「はい」
 野村はグラウンドに顔を戻した。そしてサインを出す。一応亀山の足に警戒するようナインには伝えた。
 続くバッターは八木裕である。彼のヒットで亀山は二塁に進む。そして問題は次の彼のとった行動であった。
 ベテラン真弓明信がレフト前に打つ。ここで彼は三塁を回った。
「回るか!」
 野村はそれを見て思わず声をあげた。レフト前だ。捕殺される可能性は高い。
 荒井はボールを上手く処理した。そしてホームへ送球する。だが亀山の足はそれよりも速かった。
「何ちゅう速さや!」
 それを見た三塁側スタンドが興奮の坩堝に覆われる。ホームでは古田が完全な防衛体制を整え彼の突入に備えていた。だが亀山はそれにも関わらず敢然と突撃する。
 ボールが返る。だが亀山はホームに突入していた。微妙な状況であった。
「アウト!」
 判定は亀山にも阪神にも不本意なものであった。一塁側は歓喜したが三塁側は声を失った。しかし一人声を失っていない男がいた。
「何でこれがアウトなんじゃ!」
 何と当の亀山本人が昂然と審判に対して詰め寄ったのである。一見大人しそうな外見であったがそれは外見だけのことであった。
 その思いもよらぬ行動にファンは一瞬呆然となった。だが彼等は日本一熱狂的な阪神ファンである。火が点くのは実に早かった。
「そうやそうや!」
 すぐに亀山に同調しだした。
「亀山、もっと言うたらんかい!」
「あれは絶対にセーフや!」
「審判、われどこに目をつけとるんじゃ!」
 彼等は口々にブーイングをする。どの国のサポーターよりも激しかった。
 中村も出て来た。監督としての役職上彼を止めざるを得なかった。
「それ位にしとけや」
「けれど監督」
「ええから。御前の気持ちはよおわかった」
 中村は誠実で生真面目な人柄で知られている。その彼に言われると亀山も黙らざるを得ない。
「わかりました」
「よし、じゃあそれを次に向けてくれ。ええな」
「はい」
 こうして亀山はベンチに下がった。だが彼の抗議はそれで終わりではなかった。 
 その瞬間から阪神ナインの目の色が変わった。彼等は忘れていたものを思い出したのだ。
「今日は負けやな」
 野村は三塁ベンチを見て呟いた。
「しかも今日だけやないな。今年の阪神はひょっとしたら巨人よりも厄介な相手になるかも知れへんな」
 彼の予想は当たった。試合は延長戦になり阪神は見事三点をもぎ取った。その中には亀山のヒットもあった。
「おい、勝ったで!」
「亀山、出て来い!」
 三塁側はお祭り騒ぎであった。彼等は意外な勝利をもたらした無名の男の名を叫んでいた。
 これで阪神は勢いに乗った。しかもチームを引っ張ったのは亀山だけではなかった。
 助っ人のトーマス=オマリーにジェームス=パチョレック。二人の助っ人が打線の主軸となる。そして八木もいた。それだけではなかった。
 二十歳のこれまた無名の男新庄剛志。彼が背番号がライトスタンドからも見える程の派手なスイングで初打席でホームランを出す。彼は足も肩も一流であった。守備も恐ろしいものであった。
「何だ、あいつの身体能力は」
「これはまた凄い奴がおったもんや」
 阪神ファンにとっての嬉しい誤算は終わらない。ショートの久慈昭嘉、キャッチャーの山田勝彦。若き虎の戦士達が打線を作り上げていた。そこに投手陣が上手く噛み合った。
 左の仲田幸司、右の中込伸。左右のエースに加えて技巧派の湯舟敏郎、バランスのとれたエースナンバーの野田浩司。猪俣と山田、葛西稔もいた。投手陣はヤクルトよりも上であった。これが阪神の強みとなった。安定した投手陣がここで獅子奮迅の働きをしたのだ。
 湯舟はノーヒットノーランも達成する。投打が噛み合った阪神とヤクルトは何時しか激しい死闘を演じていた。
 主役は巨人ではなかった。ここで実に不思議な現象が起こった。
『野球がつまらなくなった』
 前のシーズンからこうしたことがマスコミに書かれるようになった。特に読売の系列において。野球ファンはそれを見て首を傾げたものである。
 真相は単純明快である。単に巨人が優勝しないだけである。姑息かつ愚劣な行為であった。
 野球は巨人だけではない。巨人こそ球界の盟主と思い込んでいる愚か者は残念なことに実に多い。この連中は野球を好きなのではない。巨人さえよければいいのである。腐敗した愚か者共なのだ。
 翌年から巨人に長嶋茂雄が復帰すると急にこうした記事は消えた。その代償はマスコミのさらなる巨人偏重報道である。まるでどこかの国の将軍様の礼讃記事を彷彿とさせる記事まで散乱していた。関東ではそれが特に甚だしかった。
 球界が巨人のものと思い込んでいる輩は日本球界の癌に他ならない。この連中が日本の野球を腐敗させたのだ。この連中は知能が低い。その為他のチームの野球なぞ見ることが出来ないのだ。こうした連中は一刻も早く掃討されねばならないのは言うまでもない。
 だがヤクルトと阪神はそうした連中を嘲笑うかのように激しいデッドヒートを演じた。ペナントは完全に彼等のものとなっていた。
「どちらが勝つかな」
「阪神だろ。勢いが違う」
「いや、野村の頭脳が勝つ」
 真に野球を愛する者達はそう話をしていた。彼等にとって巨人は最早惨めな敗残者でしかなかった。巨人はこのシーズン優勝戦線から脱落していった。ヤクルトは後半戦が幕を開けるとすぐに首位に立った。
 だがこの九月が鬼門となった。
 勝てない。急に勝てなくなったのだ。野村の持論としてこういうものがある。
「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」
 やはり投手の駒不足がここにきて出て来たのだ。
「所詮ヤクルトは打つだけだからな」
「岡林と西村だけの投手陣だよ」
 シュートを得意とする川崎憲次郎は故障していた。ストッパーに回した内藤もだ。岡林をフル回転させ、伊東と西村に先発を頼っていた。時にはルーキーである石井一久まで使っていた。
 特に阪神との戦いで苦戦した。十一日の甲子園での戦いは特に激しいものとなった。
 長い戦いとなった。三回を終わって三対三。試合はここから動かなかった。
 ヤクルトは七回から岡林を投入した。負けが続いている。その流れを何としても断ちたかった。この時彼はこの試合が後々まで語られるものになるとは夢にも思わなかった。
 九回裏ツーアウトランナーなし。ここで打席には八木が立つ。八木はバットを思いきり振り抜いた。
「大きいぞ!」
 それを見た甲子園を埋め尽くす阪神ファンは思わず顔を上げた。
「入るか!?」
「入ってくれ!」
 皆口々に叫ぶ。そして打球の行方を追う。
 打球はそのまま上がる。飛ぶ。ファンはその動きを見てその顔を次第に綻ばせた。
「入れ!入れ!」
 だが微妙なところであった。甲子園は広い。そして波風もある。ホームランを打つにはコツが必要なのだ。かって阪神でホームランアーチストとまで謳われた田淵幸一もあの伝説の優勝をもたらした助っ人ランディ=バースも波風に乗せて打っていた。この風が思わぬ曲者なのだ。
 打球はゆっくりと飛ぶ。そしてスタンドに入った。
「よっしゃあああああああーーーーーーーーっ!」
 一塁側だけではない。甲子園はその全てが阪神ファンに支配されている。球場全体が歓声で揺れた。 
 お立ち台が用意される。阪神ナインもファンも殊勲打を放った八木を迎える。阪神にとって非常に大きな一打であった。
 そう、ホームランだったならば。
 審判達が集まりはじめた。そして何かを話していた。
「ん!?あいつ等何話しとるんや!?」
「まさか八木のホームランにいちゃもんつける気ちゃうやろな」
 彼等は眉を顰めはじまた。何かがあればすぐに暴れそうな者までいた。
 だが彼等の危惧は不幸にして的中した。ホームランは取り消されたのだ。
「何ィ!!」
 怒ることか怒らないことか。甲子園は今度は憤怒と殺気に支配された。
「われは何処に目ェつけとるんじゃ!」
「ボケ!アホ!ふざけたこと言うとるといてまうぞ**!」
 罵声が飛び交う。メガホンまで投げる者までいる。事態は抜き差しならぬ事態になりかねなかった。
 だが審判団の説明に流石の彼等も次第に落ち着きを取り戻してきた。打球は外野フェンスのラバー上段に当たっていたのであった。
「それなら仕方あらへんわ」
 ファン達は憮然としてそれを認めた。
「二塁におるしな。こっからサヨナラ決めればええわい」
「そうでなかったら延長戦や」
 彼等はそう考えていた。だが岡林はこれで立ち直った。彼はこの後獅子奮迅の力投で阪神打線を抑えた。
 そして延長戦に入った。両者共相譲らず膠着状態となった。
 岡林が力投した。そして延長十五回まで阪神打線を寄せつけなかった。結局試合は引き分けに終わった。
「長い試合やったな」
 試合を最後まで観ていたファンもふう、と溜息をついた。
「惜しかったな、八木のあれは」
「仕方あらへんわ。明日打ってくれるわ」
 こんな時でも彼等はポジティブであった。そうでなければ阪神を応援なぞできはしない。
 だがこの試合は後々多いに響いてくる。勝てなかった阪神、負けなかったヤクルト。だがそれはこの時は誰にもわかりはしなかった。
 翌日の試合だ。だが阪神ナインには疲れは見えなかった。
 先発の猪俣が飛ばす。そしてヤクルト打線を抑えた。
「やっぱりええピッチャーは打てへんようやな」
 野村は歯噛みしてそう呟いた。選手達もそれは同じであった。
「救世主が欲しいですね」
 広沢がポツリと呟いた。そして彼等は球場を後にした。
 その次の日はそう言った広沢本人が致命的なミスをしてしまった。
 何とサヨナラエラーである。何の変哲もない一塁ゴロを誤って後ろに逸らしてしまったのである。
「何とやっとるんじゃ」
 野村はそれを見て憮然としてそう呟いた。
「これこそ不思議の負けなしや。守備ちゅうのはこうした時に出てくるもんなんや」
 そう言って広沢の守備を批判した。広沢はそれを黙って聞いているしかなかった。
 終わってみれば九連敗である。この試合で首位が入れ替わってしまった。あまりにも痛いエラーであった。
 だが阪神にとっては僥倖であった。阪神ファンはもうお祭り騒ぎであった。
「このままいけるで!」
「ああ、優勝や!」
 関西はそうした話題でもちきりであった。スポーツ新聞は連日阪神の勝利を大々的に伝えた。何と高校でスポーツ新聞を読んで満面の笑みを浮かべる女子高生までいたのだ。
「今までホンマに長かったわ」
 阪神ファンとは耐えることが仕事である。それは果てしなく長く、しかも何時終わるか誰にもわからない苦難の道である。ある日急に終わるものだ。だが次の日からその苦難の道は再開する。地獄かと言うとそうでもない。その苦難の道をファンは選んだのである。そしてその中で馬鹿騒ぎをしているのだ。阪神ファンとはそうしたものである。
 二十日まで怒涛の七連勝であった。最早終盤の疲れなぞ頭になかった。ただひたすら優勝に向かっていくだけだと誰もが思った。
 道頓堀では厳戒体制が敷かれた。ケンタッキーフライドチキンのカーネルサンダースの人形の土台には施錠が為された。それは何故か。
 あの八十五年の優勝の時である。日本中がタイガースフィーバーに湧いたあの時であった。
「二十一世紀まで優勝せんのや!思いっきり騒がせてもらうで!」
 不幸にしてこの言葉は的中したが彼等はここぞとばかりに騒いだ。特に道頓堀では凄まじく河に飛び込む者が続出した。ヘドロの中であったがそれに構う者はいなかった。
 その途中で思いも寄らぬ事件が起こったのだ。
「なあ、この人形バースに似とらへんか!?」
 似ていると思う者は少ないがこれが発端となった。
「おお、そうやそうや」
「バースやバース!」
 信じられない声が沸き起こった。そしてこの不幸な人形の運命は決した。
「バースも入れたるんや!」
「そやそや、神様仏様バース様!」
 ここまで言われた者は他には五十八年日本シリーズで超人的なスタミナで投げ抜いた鉄腕稲尾和久だけであった。バースの活躍はその稲尾の域にまで達していたのであった。彼は最早阪神ファンとっては英雄であった。
 そのバースに似ていると言われた人形はこうして狂乱状態のファン達によって道頓堀に入れられることとなった。このままでは単なるエピソードの一つとして終わった。だがそうはならないのが世の中である。警察さえ呆然となったこの事件には続きがあった。
 翌年から阪神は元に戻った。開幕から振るわなかった。
 それだけではない。翌年には最下位だ。主力は次々と脱落していった。そして遂には優勝をもたらした偉大な神バースまでも家庭の事情で哀しい退団となった。
「何かあるんとちゃうか!?」
 ファン達は続けて起こるこの不幸に不思議に思いはじめた。
「誰かけったいなことしたんやろ」
 こうした意見が出た。
「あの優勝の時えらい騒ぎやったしなあ。何処ぞのアホが神社にバチ当たりなことしたんちゃうか」
「住吉さんにやったら洒落ならんぞ」
「法善寺横丁のお寺にやった奴がおるかもな。道頓堀で飛び込んだ時に」
 大阪の法善寺は難波にある。狭い路だがここには美味い店が多い。特に夫婦善哉は有名である。織田作之助の小説『夫婦善哉』の舞台でもある。
「道頓堀か」
 誰かがここで気付いた。
「もしかすると」
「知っとるんか!?」
「ああ、実はな」
 そこでその時道頓堀にいた者が話をした。カーネル=サンダースの話を。話が終わった時そこにいた者は皆顔を青くさせていた。
「・・・・・・それホンマの話か!?」
「わしも信じられへんけれどな」
「じゃあもしかして今の阪神の不幸はケンタッキーのおっさんが」
 昔から甲子園には魔物が棲むと言われている。だがカーネル=サンダースとなると話はさらにややこしくなる。
「どないしたらええやろ」
「許してもらうしかないやろ」
「どないしてや!?」
「そうやなあ」
 ファン達は考えた。とにかく道頓堀に入れたのがまずかった。こうなったら引き出すしかない。
 早速ダイバー達が飛び込んだ。しかし人形は遂に見つからなかった。おそらく他の場所に流れてしまったのだろう。
 だがファンはそうは考えなかった。これはカーネル=サンダースが甲子園に移り阪神に祟っていると考えたのだ。そしてその呪いこそ今の阪神の不調だ。
「あんなことがあってはならん」
 こうして道頓堀のカーネル=サンダースの人形には施錠が施されたのだ。
 それだけではない。千日堂のすっぽんも亀山に通づるという理由で警戒されていた。とにかく大阪、そして関西は阪神の優勝を指折り数えて待っていたのだ。
 阪神圧倒的有利の雰囲気があった。ヤクルトは流石にもう無理だと思われた。
「ヤクルトもよくやってるけれどな」
「阪神には勢いがある。これはもうどうしようもないよ」
 世間はこう言っていた。流れは確実に阪神のものであった。
「流れか」
 野村はここに気付いた。
「勢いをこちらに引き寄せるには」
 彼はここで広沢の言葉を思い出した。
「救世主」
 それが出れば流れは変わるかも知れない。流れが変わればひょっとする。打線には自信がある。阪神投手陣といえど攻勢を仕掛ければ押し潰せる。野村はまだ諦めてはいなかった。
「しかし誰がおるんや」
 打線はいい。問題は投手陣だ。ならば救世主はピッチャーであるべきだ。長い間苦しんでいた伊東も高野光も出した。彼等は確かによくやっている。しかしそれだけでは駄目だ。もう一人必要なのは前からわかっていたことなのだ。
 だがいない。考えてみたが誰も思いつかなかった。
「いや」
 しかし野村はここで気付いた。
「あいつがおったわ」 
 彼はここで電話を手にした。程なくしてスタッフの一人が出て来た。
「おう、わしや」
 野村はスタッフに対して言った。
「あいつはいけるか」
「彼ですか!?」
 そのスタッフは電話越しながらも驚いていた。
「そうや、いけるかどうか聞いとるんやが。どや」
「そうですね」
 彼は明らかに戸惑っていた。だが暫くしてこう言った。
「いけます。すぐに一軍に上げることができます」
「そうか」
 野村はそれを聞いて頷いた。
「じゃあすぐ上げるで。もう一刻の猶予もないんや」
「は、はい。すぐですね」
「そうや。そして優勝するんや、ええな」
「わかりました」
 野村はここで電話を切った。そして受話器を置いて一言呟いた。
「あとはあいつ次第や。頑張ってもらうで」
 彼は監督室を後にした。そしてそこから新たな戦場に向かうのであった。
 九月二十四日、神宮での試合である。相手は広島だ。試合は四対三で広島有利に進んでいた。
「もう一敗もできないぞ」
「今日も負けたら大変なことになる」
 一塁側はもう戦々恐々としていた。七回表、二死一塁。広島の打席には主砲の江藤智がいる。文句なしのパワーヒッターである。
「監督、どうします!?」
 ここでコーチの一人が尋ねた。
「角もそろそろ限界ですよ」
 この時マウンドにいたのは角三男であった。左のアンダースローからの変則派である。カーブやスクリューを駆使して相手バッターを翻弄する。特に左打者に対しては強い。
 彼はかって巨人にいた。だが放り出され日本ハムに移った。ここでストッパーとして活躍した後ヤクルトに移っていた。
複雑な経歴の持ち主でもある。
「そうやな。じゃあ交代させるか」
 野村は動いた。ゆっくりとベンチから出て来た。
「誰だ!?」
「岡林じゃないのか!?」
 一塁側は話をしている。そして野村の動向を見守った。
「ピッチャー交代」
 野村は主審に告げた。
「ヤクルト、ピッチャーの交代をお知らせします」
 ウグイス嬢の声がグラウンドに響いた。


[204] 題名:永遠の絆3 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年10月12日 (火) 02時30分

「いつも黒いスーツに身を包みやがって。そんなに服が大事か」
「当然だ」
 タイタンは無数の目で彼を見下ろして答えた。
「だが俺はキザではない」
「じゃあ何なんだ」
「これはダンディズムというのだ。貴様にはわかるまいがな」
「どっちも同じだ」
「まあいい。貴様には関係ない話だ。ところで」
 タイタンもまたストロンガーに目を向けた。
「俺もまた貴様に勝負を挑もう」
「やはりな」
 ストロンガーはそれを予感していた。
「時間はシャドウとの戦いの後でいい。何時でもな」
「そうか」
「場所はパレルモ。クワットロ=カンティだ」
「クワットロ=カンティか」
「そうだ。貴様の墓標に選んでやった。感謝するがいい」
 クワットロ=カンティとは『四つ角』という意味でありヴィットーリオ=エマヌエレ通りとマクエダ通りが直角に交わる場所である。それぞれの角にスペイン統治時代の君主や四季等を司る守護聖人達の像が置かれている。
「俺はそこにいる。シャドウとの戦いが終わったならば来るがいい」
「わかった」
「俺から言うことはそれだけだ。それではな」
 タイタンはそう言うと全身を巨大な火の玉に変えた。
「では次に会う時を楽しみにしているぞ」
 そして姿を消した。
「ンッフッフッフッフッフッフ」
 その独特の笑い声だけが残った。
「ストロンガー」
 立花は険しい顔でストロンガーに語り掛けた。
「わかっています」
 彼は強い声で答えた。
「シャドウにタイタン、リビアで再び対峙した時から何時かはこうなると思っていました」
「そうか」
「行きます」
 彼は頷いた。
「そして勝ってきます」
「おう、その時こそ飲むぞ」
「はい」
 こうして二人もこの劇場から去った。そして次の戦いに備え英気を養うのであった。

 翌日の正午城は約束通りシラクサのコロシアムに姿を現わした。
 一人である。あえて立花は呼ばなかった。
「一騎打ちですから」
 彼は立花に言った。男と男の勝負だからだ。
 このコロシアムはローマ風であった。擂り鉢状でありその中心に闘いの場があった。
「シャドウ」
 彼はゼネラルシャドウを呼んだ。
「約束通り来たぞ、早く姿を現わせ」
「言われずとも既にいる」
 前からシャドウが姿を現わした。
「城茂、いや仮面ライダーストロンガーよ」
 そしてあらためて彼に対して言った。
「よく俺の申し出を受けてくれた。礼を言うぞ」
「礼なぞ要らん」
 だがストロンガーはそれを突っぱねた。
「今から俺と御前は命をかけて闘う。それなのに礼なぞ不要だ」
「フフフ、そうか」
 シャドウはそれを聞きいつものように不敵に笑った。
「確かにな。これからどちらかが必ず死ぬ。それなのに礼なぞ言っても仕方ないか」
 そう言うと剣を抜いた。
「そして死ぬのはストロンガー、貴様だ」
「それはどうかな」
 城も不敵な声で返した。
「俺もそうそう簡単にやられるわけにはいかないからな」
「俺の勝利は決まっている」
 シャドウはそう言うと一枚のカードを取り出した。
「これを見ろ」
 そしてそのカードを城に見せた。
「カードが俺に告げている。俺の勝利をな」
「カードがか」
「そうだ。俺のカードが何なのか貴様はよくわかっている筈だ」
 シャドウはトランプの占いにより全てを決する。そして今まで生き抜いてきたのだ。彼の占いが外れたことはない。
「貴様は必ず死ぬ。この俺の手で」
「それはどうかな」
 だが城は不敵な態度のままである。
「生憎俺は占いは全く信じちゃいない。貴様もそれはよく知っていると思うがな」
「愚かな」
「愚かかどうかはこれからわかることだ」
 城は反論した。
「今からの闘いでな」
「面白い」
 シャドウもその言葉に乗った。
「では俺は俺の占いの正しさを証明するとしよう。この闘いに勝ってな。さあ来るがいい」
「言われずとも」
 城は構えに入った。両腕をゆっくりと動かす。

 変身
 まずは両手の手袋を脱ぐ。そこから銀の腕が現われた。
 そしてその両腕を右に置く。肩の高さだ。左腕は肘を直角にして右に合わせている。
 それを右から左に旋回させる。それと共に身体が黒いバトルボディに覆われた。胸は赤くなる。手袋とブーツは白だ。
 スト・・・・・・ロンガーーーーーッ!」
 左斜め上に置いた両手を合わせる。そしてそこに雷を宿らせる。
 すると顔の右半分を黒い緑の眼を持つ仮面が覆った。そして左半分も。角も備えていた。

 身体が激しい電流に覆われる。そしてその中から雷のライダーが姿を現わした。
「フフフ、変身したな」
 シャドウはそれを見届けて言った。
「さあ来い、これが最後の闘いだ!」
「行くぞ!」
 ストロンガーは前に跳んだ。そして拳を繰り出した。
「甘いっ!」
 シャドウはそれをマントで防いだ。そして逆にその拳を絡め取ろうとする。しかしストロンガーはそれより前に退いた。
「トゥッ!」
 今度は蹴りを繰り出す。だがそれもシャドウのマントに防がれてしまう。
「マントを使うか」
「フフフフフ」
 シャドウはそれに対して不敵に笑った。
「俺のマントは単なる飾りではない。こういったことにも使えるのだ」
 シャドウは笑みの後でこう言った。
「俺の身体にあるものは全て戦いの為のもの。それを忘れてもらっては困るな」
「クッ」
「そしてこれもだ」
 シャドウはここでトランプのカードを取り出した。
「受けよっ!」
 カードを投げる。ストロンガーはそれをしゃがんでかわした。
「この程度!」
「ならばこれはどうだ」
 続け様に投げる。しかしそれは全てストロンガーの素早い身のこなしの前にかわされる。
「さらに腕を上げているな」
「当然だ、伊達に今まで戦ってきたわけではない」
 ストロンガーは言葉を返した。
「貴様等を全員倒すまで俺の戦いは終わらない、だからこそ俺は腕を磨いた」
「そうか、俺を倒す為にか」
 シャドウは不敵に笑った。
「貴様だけではない」
 だがストロンガーはまた言った。
「バダン全てを粉砕する為、世界に平和を取り戻す為だ!」
「それだけではないな」
「何っ!?」
 ストロンガーはシャドウの言葉にピクリ、と動きを止めた。
「あの女との誓いもあるのだろう」
 ストロンガーはそれに対しては何も言わなかった。
「デルザーとの戦いで倒れたあの女との誓いだ。知らぬとは言わせぬぞ」
「・・・・・・否定はしない」
 彼は言った。
「そう、その為に俺は戦っている」
 そしてシャドウを見据えた。
「シャドウ、その誓いを果す為にも貴様を倒す!」
「フフフ」
 シャドウはそれを聞きニヤリと笑った。
「ならば全力で来るがいい。そして俺を倒してみよ」
「望むところだ!」
 彼はここで胸のSの文字に両手を合わせた。
「チャーーーージアップ!」
 胸のその文字が激しく回転する。そしてストロンガーの全身が光った。
 超電子の力を開放した。そして彼は超電子人間に変身した。
「行くぞシャドウ!」
「フフフ」
 構えをとったストロンガーに対して彼も構えを取った。剣を構える。
「そうでなくては面白くない。生まれ変わった超電子の力見せてもらうぞ」
「貴様に言われずとも!」
 ストロンガーは前に跳んだ。そして連続して手刀を出す。
「どうだ!」
「まだまだ!」
 シャドウはそれを剣でかわす。そして一瞬の隙を見て剣を繰り出す。
「クッ!」
 それはストロンガーの右肩を掠った。彼は危ういところでそれをかわした。
 シャドウの攻撃は続いた。突きを縦横無尽に繰り出す。
「フフフ、どうでぃたストロンガーを」
 流星の様な突きを出しながらもシャドウにはまだ余裕があった。
「俺の力はまだこんなものではないぞ」
 ストロンガーはたまりかねて間合いを離した。シャドウはそこにカードを投げた。
「間合いを離しても無駄なこと」
 トランプは電気ストームに落とされる。だがシャドウはそれにかまわず更にカードを投げる。
「こうしたものもあるからな」
 今度はその投げたカードが爆発した。
「うわあっ!」
 ストロンガーは爆発に吹き飛ばされる。だがかろうじて空中で態勢を建て直し着地した。
「トランプショットだ。俺のトランプは爆弾にもなるのを忘れていたな」
「クソッ・・・・・・」
 ストロンガーは歯噛みした。鈍い痛みが全身を襲う。
「いかん、このままでは」
 ダメージは思ったよりも大きかった。動きにも支障が出かねない程であった。
「ストロンガー」
 だが敵は待ってはくれない。シャドウはストロンガーに対して言った。
「今度はこれを受けてみるがいい」
 そう言うと剣を一閃させた。するとストロンガーの周りを数枚の巨大なカードが取り囲んだ。
「これはまさか」
「思い出したか」
 シャドウは嬉しそうな声で語りかけた。
「このカードの力は貴様はよく知っている筈だ」
「クッ」
「さあ、ストロンガーよ。このカードの中で死ぬがいい」
「誰がっ」
「フフフ、相変わらず気の強い男だ。だがそれでもこれを凌ぐことは出来まい」
 五枚のカードが一斉に火を噴いた。ストロンガーはそれから身をかわすだけで精一杯であった。
 それだけではない。シャドウは分身の術を使った。そしてカードの陰からストロンガーを狙う。
「敵はカードだけではないぞ」
 そうしてストロンガーを徐々に追い詰めていった。
「まずい、このままでは」
 ストロンガーは形勢が不利になっていることに焦っていた。
「何とかしなければ」
 だがシャドウの攻撃は激しかった。そうそう容易には破ることは出来そうもない。
「さあ、どうするストロンガーよ」
 隙を探っている間にもシャドウの攻撃は続く。
「どうして俺を倒すつもりだ」
 巨大なカードの間から攻撃を次々と繰り出す。
「どうするべきか」
 ストロンガーは考えた。
「上に逃げるしかないか」
 だがそうすればシャドウも跳ぶだろう。そして空中で剣に襲われるのは目に見えていた。
「フフフ」
 シャドウは剣も繰り出す。振り下ろされるその銀の煌きが目に入った。
「ムッ!?」
 ストロンガーはそれを見て閃いた。
「あったぞ、この攻撃を打ち破る方法が」
 彼はすぐに右腕に力を込めた。
「見ろ、シャドウ」
 そして叫んだ。
「ムッ!?」
 シャドウもそれを聞き思わず動きを止めた。
「これで貴様の攻撃は終わりだ!」
 そう叫ぶと力を溜めていた右腕を拳にして天に突き出した。
「見ろ、これが俺の戦い方だ!」
 渾身の力で叫ぶ。それと共に右の拳から雷を天に向けて放った。
「何ィ!」
 それを見て流石のシャドウも思わず叫んだ。天に向かって放たれた雷は忽ち天空を暗い雲で覆った。
「エレクトロサンダーーーーーーーーッ!」
 無数の雷が降り注いだ。そしてストロンガーの周りを覆う。
「おおっ!」
 素早く後方に退いたシャドウはその凄まじい光景を見て驚嘆の声をあげた。カードは全て雷に撃たれていた。
 カードは瞬く間に炎に覆われる。ストロンガーは雷を全身に宿らせたままその炎の中からゆっくりと姿を現わした。
「まさかここでエレクトロサンダーを使うとはな」
 シャドウは思わず賞賛の声を漏らした。
「シャドウよ、言った筈だ」
 ストロンガーは雷を宿らせたまま言った。
「俺は必ず勝つ、と。その為には何でもする」
「そうだったな」
 シャドウはそれを聞いてようやくストロンガーの本質を思い出した。
「勝つ為には何としても勝つ。正義の為に」
 ストロンガーはそれに応えるように宣言した。
「それがストロンガーだ!」
「ならば」
 シャドウもそれを聞き構えた。
「俺も必ず勝つ。カードの結果こそが俺の運命」
 そしてカードを抜いた。
「俺のカードは決して間違わん。ストロンガー、貴様の運命は決まっている」
「運命か」
「そうだ」
 シャドウはそこでその手に持つカードを投げた。
「それは死だ」
 ストロンガーに投げたカードは全てジョーカーであった。道化師が無気味な笑いを浮かべてそこにいる。
「さあ、カードの運命に従い死ぬがいいストロンガー」
「カードか」
 ストロンガーはそれに対して不敵な声を出した。
「運命は自分で切り開くもの、俺はカードになぞ頼らん」
「戯れ言を」
「ならばそのカードに占めされた運命を今こそ変えてやろう。ゼネラルシャドウよ」
 彼を指差した。
「今ここで貴様を倒す。覚悟しろ!」
「やれるものならな」
 ここでシャドウの全身を激しい気が覆った。
「俺にも切り札があることを忘れるな」
 その気は見る見るうちに強くなっていく。
「まさかその気は」
「そう、そのまさかだ」
 シャドウは笑った。皮膚のない肉だけの顔が恐ろしい笑みを浮かべた。
「かって貴様に見せたこの力、今また貴様に見せよう」
 力が全身を覆っていく。
「行くぞ、シャドウパワー!」
 身体を凄まじい気が覆った。それはまるで鎧の様であった。
「全力を出すか」
 だがストロンガーはそれに臆してはいなかった。
「ならば俺も全力で戦おう」
 全身を覆う雷を一つに集めだした。
「この雷にかけて!」
「無駄だ、カードの定めた運命には勝てぬ!」
 ストロンガーが放った雷撃を剣で両断する。何と剣で雷を切ったのだ。
「クッ、剣で切ったか!」
「フフフフフ」
 シャドウはジリジリと間合いを詰めてきた。
「さあ、どうする(ストロンガーよ。雷は最早俺には通用せんぞ」
「クッ、まさかそこまでの剣技を出してくるとは」
 しかしストロンガーは諦めてはいなかった。彼の隙を窺っていた。
(だが必ず勝つ。いや、勝てる)
 シャドウとて隙は生じる。その時を待っていた。
 だが敵もさるものである。シャドウもまたそれを狙っていた。
(さあ来い、ストロンガーよ)
 彼はストロンガーが動くのを待っていた。
(その一瞬に隙が生じる。その時にこの剣で心臓を刺し貫いてやる)
 両者は互いの隙を窺っていた。緊張した空気がその場を支配していた。
 先にストロンガーが動いた。その瞬間をシャドウは逃さなかった。
「今だっ!」
 剣を繰り出す。それでストロンガーの心臓を刺し貫こうとする。
 だがストロンガーはそれを察していた。彼は正面に出たのではなかった。
 右斜めに出ていたのだ。それで剣をかわした。
「クッ!」
「もらったぞ、シャドウ!」
 ストロンガーは手刀を放った。それでシャドウの首を撃つ。
「ガハッ!」
 普通の怪人ならばそれで首の骨を叩き折られているところだ。だがその力を全て開放したシャドウにとってはそれはどうということはなかった。だが衝撃で動きが一瞬乱れた。そしてその乱れが致命傷となった。
「トォッ!」
 ストロンガーは跳んでいた。そして空中で攻撃態勢に入っていた。
「行くぞ!」
 空中で大の字を作る。そして横に激しく回転する。
「受けろ!」
 そこから蹴りの態勢に入った。
「超電子・・・・・・」
 やはり超電子の技だった。だがそれは普通の超電子の技ではなかった。
「大車輪キィーーーーーーック!」
 回転による力を使った蹴りであった。凄まじい衝撃が空中から急降下した。
 そしてそれはシャドウの胸を直撃した。その凄まじい衝撃が彼の全身を襲った。
「グフッ!」
 だが彼はそれに耐えた。ストロンガーの足を掴んでその衝撃に必死に耐える。
 しかしそれも限界であった。彼はその手を離した。
 ストロンガーは蹴った反動を使って離れる。だがシャドウはそれでも倒れはしなかった。
 倒れもしなかった。彼はその衝撃に耐え何とか立っていた。
「何、超電子の力を以ってしてもか!」
 流石にそれには絶句した。だが超電子の力は何者も防ぐことはできなかった。
「案ずるな、ストロンガー」
 シャドウは言った。
「この戦い、貴様の勝ちだ」
 そして口から血を噴き出した。
「超電子の力、受けさせてもらったぞ。これ程の力を使いこなすとは見事だ」
「シャドウ」
「俺の負けだ。まさかカードの予想が外れるとはな。こんなことは今までなかったことだ」
 彼のカードが外れたことはない。かって彼がストロンガーとの戦いに敗れた時もカードは外れはしなかったのだ。その時カードは彼の敗北を伝えていたのだった。
「ジプシーに生まれた俺がカードを外す時の運命はわかっている。それで俺は終わりだ」
「シャドウ・・・・・・」
 彼は常にカードにより全てを決してきた。カードは彼の全てであったのだ。そのカードを外すということは彼にとっては死そのものであった。
「だが貴様はこれからタイタンとの戦いがあるのだろう。あの男は手強い。俺と同じ位にな」
 タイタンの強さは彼が最もよくわかっていた。かってブラックサタンにおいて、そしてこのバダンにおいてもライバルであったからだ。
「俺との戦いの後では辛いだろう。これが俺の最後のはなむけだ」
 そう言うと剣を天にかざした。
「受け取るがいい、ストロンガーよ!」
 すると雷が落ちてきた。そしてそれはストロンガーを直撃した。
「ウオッ!」
 思わず声をあげた。それは瞬く間に彼の全身を駆け巡った。
「どうだ、これで充分だろう。もっともこれ以上雷は出せぬがな」
「シャドウ」
「礼は要らぬ。俺と貴様は敵同士なのだからな」
 シャドウの足がかすかによろめいた。もう限界であった。
「だが俺の長い戦いの人生の中で貴様と出会えたのは幸運であった」
 最後にニヤリ、と笑った。
「思い残すことはない。思う存分戦うことができた」
 そこまで言うと全身をマントで覆った。
「さらばだストロンガーよ、さらばだバダンよ。偉大なる首領よ永遠なれ!」
 そして爆発の中に消えていった。あとにはカードが飛び散った。
「ゼネラルシャドウ」
 ストロンガーは爆発の中に舞うカードを見た。
「貴様が味方だったならな。惜しい男だった」
 カードは塵となって消えていく。ストロンガーはそれを黙って見ていた。
「だが俺にはまだやることがある」
 顔をカードから離した。
「タイタン、待っていろ」
 そこにマシンが来た。
 ストロンガーはそれに乗った。そしてその場を去った。
 こうしてブラックサタン、デルザーにおいて独自の地位を築き続け多くの者に一目置かれていたゼネラルシャドウは死んだ。彼は自らのカードの占いに反して壮絶な最期を遂げた。

 タイタンはこの時既に戦場にいた。そしてそこでストロンガーを待っていた。
「さあ、すぐに来るがよい、ストロンガーよ」
 彼は戦闘服に着替えていた。漆黒の皮の服である。
 これは黒龍の皮から作られている。彼の強烈な体温に耐えられるのはこれしかないのだ。
 そこに何かが飛んで来た。タイタンはそちらに目を向けた。
「ムッ」
 それは一枚のカードであった。スペードのキングである。
「そうか」
 タイタンはそれを見ただけで全てを察した。そのカードは彼の手の中に落ちた。
「シャドウ」
 彼はそのキングを見やった。
「どうやら最期まで退くことなく戦ったようだな。貴様らしい」
 彼はシャドウを嫌っていた。だがその能力は率直に認めていた。
 ブラックサタンにおいてもこのバダンにおいてもそうであった。彼等はやり方こそ違えどその能力は伯仲していた。時には激しく争ったのもその為であった。
「貴様の形見、確かに受け取った」
 彼はそれを己が懐の中に収めた。そして顔を元に戻す。
「あとは俺の仕事だ、そう」 
 ここで前を見据えた。
「早く来るがいい、ストロンガーよ」
 その声は力強いものであった。
「今度こそ貴様を倒す」
 そして前から来る陰を見据えた。
 ストロンガーは来た。タイタンの前に来ると颯爽とマシンから飛び降りた。
「百目タイタン」
 そしてタイタンを見据えた。
「何だ」
 タイタンはわかっていた。だがあえて問うた。
「今日で全てが終わる、全てがな」
 そう言って彼は身構えた。
「行くぞ、貴様を倒す」
「フン」
 タイタンはそれに対して不敵に笑った。
「貴様に出来るのか」
「戯れ言を」
 彼はこの時においてもまだ強気であった。
「この超電子の力で貴様を倒す」
「超電子の力か」 
 圧倒的なパワーを持つ。タイタンはそれに対しても臆することはなかった。
「それで俺を倒せると思っているのか」
「当然だ」
 その銀の角が光った。
「その為にここに来たのだからな」
「フン」
 タイタンはまた不敵に笑った。
「面白い冗談だ。この俺を倒すとはな」
「言うな!」
 ストロンガーはそれに対しては激昂した声を出した。
「タイタン、貴様の命は今日で終わる」
「シャドウのカードにでも出ていたな」
「まだふざけていられるのか」
 彼は気を抑えるのも必死になった。
(フフフ、いいぞ)
 これは無論彼の策略であった。
(怒れ、そして冷静さを失え)
 そこに付け込むつもりなのだ。
 だがストロンガーのそれにはすぐ気付いた。表情を元に戻した。
「フッ、危ないところだった」
 そう言って深く息をした。
「むざむざ貴様の策に陥ってしまうところだった。タイタン、貴様の考えは読めているぞ」
「そうか」
 彼は内心舌打ちした。
「では前哨戦はこの程度にしておくか」
「当然だ、行くぞタイタン」
「フフフフフ」
 タイタンは身構えた。そして不敵な笑みを漏らした。
「さあ来いストロンガー」
 彼は悠然と構えたまま言った。
「このクワットロ=カンティが貴様の墓場となる。前に言った通りな」
「それはどうかな」
「何!?」
 タイタンは彼の言葉にその無数の目を動かした。
「クワットロ=カンティは貴様の墓標となる、ということか」
「戯れ言を」
「それはすぐにわかる。今からな」
「そうだったな。では俺が貴様の言葉を訂正してやろう」
 彼は両腕に炎を宿らせた。
「この地獄の炎でな」
 ストロンガーも雷を宿らせた。そして両者は戦いを開始した。シチリアでの最後の戦いの幕が開けた。
「喰らえっ!」
 まずはタイタンが炎を放って来た。
「ファイアーーーボーーールッ!」
「何のっ!」
 ストロンガーは両手の雷でそれを打ち消した。そして続けて地面を撃った。
「エレクトロファイアーーーーーーッ!」
 電流を放つ。それは地を走りタイタンを撃った。だが彼は全く平気であった。
「フフフフフ、その程度か、超電子の力も」
 彼には何の効果もなかったのだ。
「俺をこの程度で倒せるとでも思っているのか」
「フン、まだだ!」
 ストロンガーはその挑発に乗るようにまた攻撃を仕掛けた。
「トォッ!」
 前に跳び込む。そして拳を繰り出した。
「超電子三段パァーーーーーンチッ!」
 拳を繰り出す。三段で続けて放つ。だがそれもタイタンに全て防がれてしまった。
「効かんな」
「クソッ!」
 ストロンガーは今度は手刀を放つ。それもタイタンに弾かれてしまった。
「効かんと言っている」
「おのれっ!」
 タイタンは強大であった。超電子の力を身に着けたストロンガーの攻撃すら簡単に受けていた。タイタンの攻撃もストロンガーはその力を以って防いでいる。両者は激しい死闘を展開していた。
「何という手強さだ」
 ストロンガーは間合いを離して思わず呟いた。
「あの時よりもまだ強くなっている」
 かってブラックサタンの時にも二人は激しい死闘を繰り広げた。彼はその時ある場所を狙って勝利を収めている。
「ストロンガーよ、肩を狙っても無駄だぞ」
 だがタイタンはそれを予期したようにそう言った。
「俺は死神博士の改造手術を受けパワーアップした。その時に力は全てこの中に封じ込めているのだ」
「クッ、そうだったのか」
「かっては貴様に飽和しきった状態で肩を攻められて敗れた。だが今度は違う」
 彼は自信に満ちた声で言った。
「今の俺に弱点はない。ストロンガーよ、今日こそ貴様の最後だ」
「何を!」
 ストロンガーは前に出た。そして手刀を出す。しかしそれはタイタンに防がれた。
「無駄なことを」
 彼はやはり余裕に満ちていた。
「その程度で俺を倒せると思っているのか」
 そして放り投げた。ストロンガーは空中で回転し受け身をとった。
「フン、身のこなしは見事だな」
 両足で着地した彼を見て言った。
「しかしそれだけでは勝てはせん。この俺の圧倒的なパワーの前にはな」
 頭部に手をやり目玉を一つ取り出した。
「ファイアーーーシューーーーートッ!」
 その目が炎となった。そしてストロンガーに襲い掛かる。
「何のっ!」
 だが彼はそれから身をかわした。そして逆にタイタンの懐に飛び込む。
「何度やっても同じだ」
 拳を繰り出したがそれも防がれた。
「その程度のパワーで俺を倒すことはできんと何度言えばわかる」
 拳を掴もうとする。握り潰すつもりだ。だがストロンガーはそれよりも前に後ろに跳び退いていた。
「またしても逃げるか。まあいい」
 やはり余裕があった。
「いずれは捕まえられる。その時こそこの炎で焼き尽くしてくれるわ」
 懐から拳銃を取り出した。そしてそれをストロンガーに向けて放つ。
「さあ、逃げるがいい、ストロンガーよ」
 ストロンガーを狙って次々と発砲する。
「何時まで逃げられるかな」
「クッ、このままでは」
 確かに何時までも逃げられるものではなかった。ストロンガーの体力にも限界があった。確かに超電子の力を多く使うことができる。しかしそれでもエネルギーを消費することには変わらないのだ。
 超電子はその力が絶大なだけに通常の状態よりも遥かにエネルギーを消費する。そしてこの力を使っている間は身体に凄まじいまでの激痛が走る。ライダー達は変身の時には激痛に耐える。だが超電子の激痛はその比ではないのである。
「だが何としてもタイタンは倒さなければならない。ここで諦めるわけには」
 冷静さを必死に保つ。まずは構えを取り戻した。
 そして戦場を見る。そこに一輪の花があった。
「あれは」
 それは紅い百合であった。淡い色をした一輪の百合が道の端にたたずんでいた。
「百合・・・・・・」
 ストロンガーはかって共に戦った一人の戦士のことを思い出した。自分より遥かに力が劣っていても果敢に戦っていたあの戦士を。
「あいつも決して諦めてはいなかった」
 例え力がなくとも。彼女は決して逃げることはなかった。
「あいつはあいつなりに必死に戦っていた。ならば俺も」
 キッとタイタンを見据えた。
「逃げるわけにはいかない。タイタン」
 そしてタイタンの名を呼んだ。
「今から貴様を必ず倒す、覚悟しろ!」
「出来るものならな」
 だが彼はそれでも自信に満ちた態度を崩すことはなかった。
「この俺のパワーに勝てるのならな」
「またパワーか」
 確かにパワーでは大きく劣っていた。しかし。
「見たところスピードは強化されていないな」
 ストロンガーはこれまでの戦いでそれを察知していた。
「ならば戦い方はある」
 彼はスッと右に動いた。
「フフフ、どうするつもりだ」
「今にわかる」
 ストロンガーはタイタンの後方に回り込んだ。
 そして跳んだ。そこから拳を出す。
「何をするかと思えばまたそれか」
 だがそれはタイタンに防がれてしまった。
「芸のない奴だ」
「それはどうかな」
 ストロンガーはそれに対して言い返した。
 すぐに再び攻撃を放った。今度はローキックだ。
「ムッ」
 それはタイタンの脛を撃った。さしたるダメージではないがこれは効果がある。
 足にダメージを受けたタイタンの動きが微かだが鈍った。ストロンガーはそれに付け込みさらに攻撃を加える。
「これでどうだ!」
 ストロンガーは果敢に攻撃を続ける。そしてタイタンを次第に押していった。
「おのれ」
 タイタンはそれに対して拳に炎を宿らせた。そしてそれでストロンガーを撃とうとする。だがそれはストロンガーの素早い動きの前にかわされてしまった。
 ストロンガーは攻撃を続ける。一撃一撃はタイタンの体力と防御力の前にさ程効果はない。だが手数で次第にダメージを与えていく。
 さしものタイタンもパワーが落ちてきた。何よりもパワーがもう限界だった。
「よし!」
 好機と見たストロンガーは跳んだ。そして空中で構えをとった。
「超電子・・・・・・」
 技の名を叫びながら激しく回転する。
「スクリューーーキィーーーーーーーック!」
 雷の様な蹴りを放った。きりもみ回転しながらタイタンに向けて急降下する。
 よけきれる速さではなかった。タイタンはそれを胸にまともに受けた。
「グフッ!」
 口から血を吐き出す。ストロンガーは胸を撃ちながらもまだ回転していた。
 本来なら完全に撃ち抜いているところである。だがタイタンはそれを凌いでいた。
 回転が止まった。ストロンガーは後ろに跳び退き後方に着地した。
 タイタンはなおも立っていた。足は揺らいでいたがそれでも立っていた。
「ストロンガーよ」
 タイタンはストロンガーに対して言った。
「見事だった。まさかスピードを使うとはな」
 彼はその無数の目でストロンガーを見据えていた。
「パワーにのみ頼った俺が迂闊だった。力だけでは勝てぬということか」
「いや、俺も危なかった。タイタン、貴様のパワーは確かに強大だった。下手をすれば俺も敗れていた」
「フッ、慰めはいい」
 彼はシニカルに笑った。
「俺の負けなのは事実だ。結局俺は最後まで貴様に勝てなかった、それだけだ」
 ストロンガーはそれに対しては何も言わなかった。
「だがいい闘いだった。この俺の最後を飾るに相応しいものだった」
 そう言うと姿勢を正した。
「貴様と闘えたことを誇りにして地獄へ行くのも悪くはない。そこでシャドウとでも心ゆくまで語り合うか」
「シャドウとか」
 やはり彼等はいがみ合いながらも互いに認め合っていたのであった。
「そうだ。さらばだストロンガー、だが地獄に来たならばまた会おう。楽しみに待っているぞ」
 そして前にゆっくりと倒れた。
「バダンバンザァーーーーーーーイッ!」
 そして爆発して果てた。炎の化身である彼の爆発は一際大きなものであった。
「これでブラックサタンの二人の大幹部も死んだか」
 ストロンガーはその爆発を見ながら呟いた。
「敵ながら見事な奴等だった。シャドウもタイタンも」
 爆発は消えていった。タイタンの姿は何処にもなかった。
 ストロンガーと二人の大幹部の戦いは終わった。彼は遂にブラックサタンからの強敵を倒すことに成功したのであった。だが彼の戦いは終わってはいなかった。
「おやっさんはこれからどうします?」
 城は空港で立花に尋ねた。
「わしか」
 彼を見送りにきた立花はそれを聞いて少し考え込んだ。
「そうだな、スペインに行こうと思っている」
「スペインですか」
「ああ、隼人があそこに向かっているらしい。何かと助けてやらにゃあいかんからな」
「おやっさんも大変ですね、一文字先輩のサポートは疲れますよ」
 一文字は本郷と比べて無茶な行動をすることが多いのを受けてそう言っているのである。
「何言ってやがる、御前が一番無鉄砲だろうが」
「あれ、そうですか。俺は自分では慎重な方だと思っていますけれど」
 城は悪戯っぽく笑った。
「フン、いつもそう言いやがる。何かというと無茶しやがった癖に」
「あの頃はね。あいつもいたし」
「ああ、あいつもいたな。確かに」
 立花は感慨深げに呟いた。
「そういえば御前そこにあるのは何だ」
 立花は城が横に置いている鉢植えを指差した。それは袋で覆われている。
「これですか、花ですよ」
「花、ってえと」
「ええ、百合です」
「・・・・・・やっぱりな」
 立花にはわかっていた。だがそれを聞いてあらためて頷いた。
「あいつが俺に教えてくれたんですよ、花を通じて」
「だろうな、あいつはそういう奴だ」
「おやっさん、俺はこれから日本に戻ります。最後の戦いの為に」
「丈二や良の助っ人にか」
「それもありますが予感があるんです。日本で何かがあるって」
「予感か」
 立花はそれを聞いて口に手を当てて考えた。城の予感はよく当たる。これはライダー全員に言えた。そうしたものがなければ今まで生きてこれなかったからだ。ライダーに求められるのはそうしたものもあるのだ。
「御前がそう言うってことは間違いないだろうな」
「ええ。他のライダー達ももう日本に向かっているようですし」
「他の連中もか。いよいよ何かあるな」
「おやっさんはスペインへ」
「ああ。わしも同じだ。あそこで絶対に何かあるからな」
 彼もまた歴戦の戦士である。それだけのものは持っていた。
「茂、日本は御前達に任せた。まあ暫くはバダンも何もせんだろうが」
「はい」
「わしはその間に本郷と隼人を助けて来る。そしてバダンの奴等を一掃してやる」
「頼みましたよ」
 城もまた立花を頼りにしていた。彼なくして今まで戦ってはこれなかったからだ。
「任せろ」
 立花は笑顔で城と別れた。
「日本で会いましょう」
「待っていろ」
 二人はそれで別れた。そしてそれぞれ次の戦場に向かうのであった。
 城の手には百合があった。彼はそれを手に最後の戦場に向かうのであった。


永遠の絆   完


                                 2004・9・25


[203] 題名:永遠の絆2 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年10月12日 (火) 02時25分

「一体何処にいるのか。あの程度で死ぬ筈がない」
 そう言った時であった。
「その通り!」
 不意に右から声がした。
「その声は!」
 怪人と戦闘員達が振り向く。そこに彼がいた。
「行くぞバダン!」
 カブトローXに乗る雷のライダー、仮面ライダーストロンガーがそこにいた。
 ストロンガーは突き進む。その前を戦闘員達が立ちはだかる。
「邪魔だ!」
 ストロンガーは叫んだ。そして戦闘員達を吹き飛ばしていく。
 そのまま怪人に突っ込む。奇械人メカゴリラはそれを見て構えをとった。
「させん!」
 その力で防ぐつもりだ。だがストロンガーは止まらなかった。
 怪人はその左の鋏でマシンを止めようとする。ストロンガーはそれでも進む。
「貴様の力と俺のマシン、どちらが勝つか」
 彼は突き進みながら言った。
「勝負だ!」
 そして体当たりを敢行する。怪人は鋏でそれを掴む。
 だがマシンは止まらなかった。鋏を弾き飛ばし怪人にぶち当たる。
「グオオオオッ!」
 思いきり跳ね飛ばされた。そして岩の地面に叩き付けられる。
 何度かバウンドした。そして空中に舞い上がったところで爆死して果てた。
 ストロンガーはそこで止まった。マシンから降りたその時だ。
「ムッ!?」
 彼の周りを数枚の巨大な布が覆った。その色は赤、青、黄、緑等と様々だ。
 そこから戦闘員達が姿を現わした。彼等は槍を手に襲い掛かる。
「**(確認後掲載)っ!」
 槍でストロンガーを突く。だがそれは全てかわされてしまう。
「その程度っ!」
 ストロンガーは一人の槍を奪った。そしてそれを手に戦闘員達の中に切り込む。
 槍を縦横無尽に振るう。戦闘員達はそれにより次々と薙ぎ倒されていく。
「グワアアッ!」
 戦闘員達が一人残らず倒れるのに然程時間はかならなかった。だがそれで戦いが終わったわけではなかった。
「ギギギギギィィィィィッ!」
 また怪人が出て来た。ゲルショッカーの植物怪人サボテンバットである。
「ストロンガー、貴様をサボテンにしてやろう!」
 怪人はそう叫ぶと腕を振るって向かって来た。ストロンガーはそれを槍で受けた。
「させんっ!」
 そしてそれで突く。だが怪人はそれをかわした。
 かわした反動を利用して再び襲い掛かる。だがそれはかわされてしまった。
 両者はそのまま攻防に入る。サボテンバットはその腕で槍を叩き折ろうとする。だがストロンガーはそれを察知して巧みにかわす。
「トォッ!」
 らちが明かないと見たストロンガーは後ろに跳んだ。そして間合いを離した。
 そして思いきり振り被った。当然その手には槍がある。
「これでどうだ!」
 槍を投げた。それは唸り声をあげながら怪人に向かって行く。
「グワアアッ!」
 槍は怪人の胸を刺し貫いた。サボテンバットは絶叫した。
 だが致命傷にはならなかった。怪人はまだ立っていた。
「ならばっ!」
 それを見たストロンガーは跳んだ。そして空中で一回転する。
「電キィーーーーーーック!」
 蹴りを放つ。だがそれは怪人を狙ったものではなかった。
 突き刺さった槍を狙っていたのだ。その先を蹴る。
 槍が怪人の身体を貫通した。怪人はそれを受け断末魔の叫びをあげた。
「ウワアアアアアーーーーーーーッ!」
 それが最後の言葉だった。サボテンバットは無残に爆死して果てた。
「これで二体」
 ストロンガーは油断してはいなかった。慎重に辺りを見回す。
「奴等のことだ、まだ何かしてくる筈だ」
 その予想は不幸にして的中した。
「シャーーーーーーッ!」
 突如としてミサイルが飛んで来た。ストロンガーは咄嗟に跳んだ。
 ミサイルは今まで彼がいた場所で爆発した。彼はそれを紙一重でかわしたのだ。
「危ないところだったな」
 だが危険はまだ去ってはいなかった。
「甘いわ!」
 今度は蛇の首が襲い掛かって来た。
「ムッ!」
 ストロンガーはそれを手刀で叩き落とす。蛇の首はその手刀で断ち切られた。
 だがそれで終わりではなかった。蛇の首は空を飛んで襲い掛かって来た。
「ウオッ!」
 身体を後ろに捻りかわす。そして反転して態勢を立て直す。
「どういうことだ」
 ストロンガーは再び襲い掛かろうと空中を浮遊する首を見た。その前に一体の怪人が姿を現わした。
「知りたいか」
 それは蛇の怪人であった。ドグマの毒蛇怪人スネークコブランである。
「それは俺の左腕だ」
「何ッ」
 怪人の左腕を見る。確かに手首から上がない。
「俺は左腕を自由に操ることができるのだ。例え離れていようとはな」
「離れていてもか」
「そうだ。それが俺の力だ」
 スネークコブランは誇らしげに言った。
「だがそれだけではない」
 そう言うと口に手を当て身構えた。
「喰らえっ!」
 そして口からミサイルを放ってきた。だがそれはストロンガーに何なくかわされてしまう。
「さっきのミサイルも貴様のものか」
「フフフ、如何にも」
 怪人はそれを肯定した。
「どうだ、素晴らしい力だろう、ライダーストロンガーよ」
「確かにな」
 ストロンガーは身構えながら言った。
「貴様はここで死ぬ。この俺の手でな」
 不敵な笑みを浮かべた。
「さあ**(確認後掲載)、苦しまずに殺してやる!」
 首が襲い掛かる。ミサイルも放った。ストロンガーはそれに対して微動だにしない。
「観念したか!」
 違った。彼は決して諦めてはいなかった。
 前に走った。ジグザクに走りミサイルをかわす。
「そうきたか。だが俺の首から逃れられるか!」
 首が襲い掛かる。ストロンガーめがけ牙を剥いてやって来る。
 ストロンガーは逃げなかった。その首を前に拳を出した。
「ムン!」
 その首を掴んだ。そして両手で掴む。
「電ショック!」
 両手から電撃を放つ。そしてそれで首を撃つ。
「まさか!」
 高圧電流を受けた首は忽ち黒焦げになった。そしてすぐに炭となり消えていった。
「残るは貴様だけだ!」
 ストロンガーはなおも突っ込む。そして怪人に手刀を繰り出した。
「電チョップ!」
 怪人の胸を撃つ。雷を帯びた手刀を受け怯む。
 火花が散る中ストロンガーはさらに攻撃を続ける。
「電タッチ!」 
 怪人の身体を掴み加熱させる。そしてそれで怪人を焼く。
「ウオオオオオッ!」
 それを受けた怪人は叫び声をあげる。ストロンガーはなおも攻撃を仕掛ける。
 投げた。空中に高々と投げる。
「トォッ!」
 そして自らも跳んだ。空中で態勢を整える。
「ストロンガーニーブローーーーーーック!」
 膝蹴りを放つ。それは怪人の腹を打った。
 それが決め手であった。怪人は空中で爆発四散して果てた。
 ストロンガーは着地した。最早そこには誰もいなかった。
 だがそこに何かが飛んで来た。
「ムッ!?」
 ストロンガーはそれに対して構えを取った。それは一枚の巨大なトランプであった。
「スペードのキングか」
 彼はそのカードに心当たりがあった。
「貴様か」
「その通り」
 カードの中から一人の男が姿を現わした。
「ストロンガーよ、暫く振りだな」
 ゼネラルシャドウはストロンガーに正対した。
「俺がここに来た理由はわかっているな」
「当然だ」
 ストロンガーは彼に対して言った。
「貴様の考えはよくわかっている。さっきのトランプ爆弾も貴様だろう」
「如何にも」
「シャドウ、貴様もタイタンと同じく俺の首を狙っているな」
「そうだ。その他に何の理由があるのだ」
 シャドウは背中のマントを翻しながら言った。
「貴様を倒すことこそが俺の生きがいなのだからな」
 そして腰の剣を抜いた。
「シャドウ剣」
 剣の名を呼び構えをとる。
「その剣を抜いたということは」
 ストロンガーは構えを崩していなかった。シャドウから目を離さない。
「やるつもりか」
「そうだ」
 シャドウは答えた。
「だがそれは今ではない」
 そして剣を下した。
「何!?」
「あれを見るがいい」
 シャドウはそう言うと自らの右手を剣で指し示した。
「ムッ」
 ストロンガーはそちらに顔を向けた。そこは岩山であった。
「見るがいい。俺の切り札を」
 シャドウはここでカードを取り出した。スペードのエースである。
「さあ、来るがいい古の巨人よ」
「古の巨人!?」
 ストロンガーはその言葉にハッとした。
「まさかそれは」
「フフフ、少し違うがな」
 シャドウは面白そうに笑った。
「タイタンのギガンテスのことを言っているのだろう。だが俺はタイタンとはまた違う。そこまで芸がないつもりではない」
「では何だ」
「問う前に見るがいい、あれを」
「ムッ」
 ストロンガーは言われるままに顔を向け直した。そこに巨人が姿を現わした。
「グオオオオオーーーーーーッ!」
 それは青銅の巨人であった。身体の全てが青銅で作られていた。
「タロスか」
「その通り」
 シャドウは答えた。ギリシア神話に出て来る青銅の巨人である。
「俺の生み出した最強の切り札だ。ストロンガーよ、よく見るがいい」
「クッ」
 ストロンガーは歯噛みしながらタロスを見据えた。
「この怖そるべき力を」
 タロスは両腕を上げた。そしてその手の平を下に向ける。
 そこからあの黒い光が放たれる。それはストロンガーとシャドウの少し前に当たった。
 やはり消えた。そこには巨大な穴が出来上がった。
「先にもこの黒い光は見ているな」
「・・・・・・・・・」
 ストロンガーは答えなかった。答えずともわかっていることだからだ。
「ならばわかっている筈だ。バダンの考えを」
 ストロンガーはなおも答えようとしなかった。
「ストロンガー、貴様の考えはわかっている。答えずともな」
「そうか」
 ここで彼はようやく口を開いた。
「来るがいい。そして俺と刃を交えるのだ」
 シャドウは来たるべき戦いに思いを馳せつつ言った。
「このシャドウ剣が貴様を倒す。それを楽しみにしていろ」
「生憎だがそうはいかない」
 ストロンガーは反論した。
「何度も言った筈だ。俺は悪には決して屈しないと」
「そう言うと思っていた」
 シャドウはやはり満足気に言った。
「俺もそうでなくては張り合いがない。貴様を倒すことにな」
「シャドウよ、これも何度も言ったことだ」
 ストロンガーはなおも反論を続けた。
「俺はバダンにも貴様にもタイタンにも決して負けはしない、とな」
「そうだったな」
 だが不敵な笑みは崩さない。それがゼネラルシャドウであった。
「では次に会う時を楽しみにしておこう。その時こそ貴様の最後だ」
 そう言うと手にトランプを拡げた。そしてそれを上に放り投げた。
「トランプフェイド!」
 そのトランプの吹雪の中に消えた。後にはトランプのカードだけが残された。
「消えたか」
 ストロンガーはそのカードを見下ろして呟いた。
「タイタン、シャドウと奴等が率いる二体の巨人か」
 ストロンガーはそのことについて考えた。
「相手にとって不足はない。俺は必ず勝つ」
 そして青空を見た。
「それがあいつに誓ったことだからな」
 空は何処までも広がっている。青くまるでサファイアの様に澄んでいる。
 だが今もここで戦いが行われている。ライダー達とバダンの世界の平和をかけた戦いが。彼はそれについて思わずにはいられなかった。
「必ずその日は来る」
 彼はまた呟いた。
「この世から怪人共が全ていなくなる日が」
 彼は戦場を去った。そして立花のいる休息の場所に向かった。束の間の休息をとる為に。

 立花はレストランにいた。そしてそこで食事を採っていた。
「どうやら一戦交えてきたようだな」
 立花は城の顔を見るなりそう言った。
「わかりますか」
「わからない筈ないだろうが」
 立花はそれに対して言った。
「伊達に御前達と長い間付き合ってるわけじゃないぞ」
「そうでしたね」
「御前達のことなら何でも知っているさ。今度はゼネラルシャドウにでも遭ったか」
「ええ」
 城はその問いに対して頷いた。
「奴も巨人を連れていました」
「そうか」
 立花もそれを聞いて頷いた。
「今度は青銅の巨人でした。ギリシア神話のタロスです」
「タロスか。また手強そうな奴が出て来たな」
「はい」
「だが行くんだろう。奴等を倒しに」
「はい」
 城は一言言って呟いた。
「そう言うと思っていたさ。じゃあまずは腹ごしらえといこう」
 立花はウェイターを呼んだ。そして料理を注文する。暫くして山の様な料理が運ばれてきた。
「おやっさん、これは」
「わしのおごりだ、たんと食え」
 立花は驚く城に微笑んだ。
「わしにはこれ位しかできないがな。けれどたっぷり食ってくれ」
「はい」
 城は頷いた。そしてフォークを手にまずはナスとトマトソースのスパゲティを口にした。
「美味い」
「そうだろうな、本場だからな」
 立花はそれを見て目を細めた。
「食ったらすぐに行くぞ。わしも一緒だ」
「おやっさんもですか」
「当然だ。わしが行かなくて他に誰が行くんだ」
「そうでしたね」
 城も温かい目をした。思えば立花がいなければ今の自分はなかった。
「わしは何時でも御前達の味方だ。例え何があろうとな」
「はい」
 その言葉に偽りはなかった。立花はどんな時でも自分達を信じ、時には優しく、時には厳しく接してきた。身寄りのないライダー達にとって彼はまさに父親であった。
 父親は常に子を見守り育て慈しむものだ。立花は子はなくとも立派な父親であった。
 だからこそ城も他のライダー達も彼を慕うのだ。彼なくしてライダーはなかった。
「茂」
 立花はここでワインを出した。シチリア産の赤だ。
「飲め。まずはこれで戦意を高めろ」
「はい」
 城は言われるままにグラスを差し出した。そこに紅いルビーの様な酒が注がれる。
 城はそれを飲んだ。口の中に芳香な味が漂う。
「いいですね」
「そうだろ、やっぱりイタリアのワインは違うな」
 見れば立花は顔を少し赤らめている。
「もう一杯どうだ」
「いいですね」
 そしてもう一杯飲む。立花もだ。酒はそれでなくなった。
「もう一本いくか」
「いえ」
 だが城はそれを断った。
「もういいです」
「何でだ」
「戦いがありますから」
「そうだったな」
 立花もそれに納得した。
「これ以上飲むのは勝ってからにするか」
「はい」
 城はそのつもりだったのだ。二人共酔って身体の動きを崩すようなことはない。ただ勝利の美酒は味わいたいのだ。
「じゃあ行くか」
「はい」
 二人は立ち上がった。
「奴等の首をへし折ってやるか」
「この手で」
 城は右の拳を出した。黒い手袋がギュッ、と音を立てる。
「よし」
 二人は店を後にした。そして戦場に向かうのであった。

 城は既にストロンガーに変身していた。そして立花と共に海辺に来ていた。
「反応はあるか」
 立花はストロンガーに問うた。
「いえ」
 ストロンガーはシグナルに注意を払いながら答えた。
「どうやらここにはいないようです」
「そうか」
 二人は海辺を後にした。
「この海から離れるのは少し心苦しいですが」
「勝ってからゆっくり見るか」
「はい」
 こうした時でも洒落っ気を忘れない二人であった。
 古代劇場に来た。かってのギリシア文化の名残だ。
「ここで戦いになると絵になりますね」
「ははは、確かにな」
 立花はストロンガーのジョークに笑った。
「いつもはこういう時に奴等が出て来るがな」
「呼んだか」
 ここでタイタンの声がした。
「・・・・・・噂をすれば何とやら、か」
「その通りだ」
 百目タイタンが姿を現わした。
「俺は貴様等がここに来るのを待っていたのだ」
 だが彼は今はスーツを着ている。戦闘服ではない。
「そして俺も」
 二人の後ろからもう一人が姿を現わした。
「シャドウか」
 ストロンガーは後ろを振り向いて言った。
「そうだ」
 シャドウはゆっくりと歩み寄りながら答えた。
「ストロンガー、もう逃げられんぞ」
「フン」
 ストロンガーはタイタンに言葉に対し不敵な笑みで応えた。
「元々逃げるつもりはない」
「ほう」
 二人はそれに応える様に間合いを詰めてきた。
「タイタン、シャドウ」
 ストロンガーは二人を見据えた。
「今ここで貴様等を倒す!」
 そして構えを取った。だが二人はそんな彼に対して言った。
「それはあの者達を倒してから言うのだな」
「残念だが俺との戦いはその後になる」
 二人はサッと間合いを離した。
「あの巨人達か」
「そうだ」
 二人は答えた。
「さあ、い出よギガンテス!」
「タロス、ここに姿を現わすがいい!」
 二人の声に合わせ巨人達が姿を現わした。二体の巨人達は左右から劇場の外に姿を現わした。
「ストロンガー、外に出るがいい」
 タイタンはストロンガーに言った。
「貴様もこの劇場を破壊したくはないだろう」
「無論」
 キザでも知られているタイタンらしかった。彼はこの歴史ある劇場を破壊することを好まなかったのだ。
「ほう、タイタンよ」
 シャドウはそれを見て笑った。
「貴様も芸術がわかるようだな」
「ふざけるな、シャドウ」
 タイタンはシャドウに振り向かずに言った。
「俺とて地底王国の魔王、芸術を見る目は備えている」
「フフフ、そうだったか」
 シャドウは笑みを出し続けている。タイタンはそんな彼に対しまた言った。
「からかうな、シャドウよ。それ以上は許さんぞ」
「そうか、では止めるとしよう」
 彼は笑みを消した。
「俺も貴様に従う。確かにこの劇場は壊すに惜しい。むしろ」
 劇場を見渡している。
「ここでストロンガーを倒したいと思う位だ」
「フン、相変わらずだな」
「フフフ」
 シャドウは再び不敵な笑みを出した。そして劇場から去った。タイタンもだ。
「行くぞ」
 二人は観戦に向かった。外では既に巨人達の咆哮が木霊している。
「わしも行くぞ」
 立花も向かった。彼は観戦の為ではない。ストロンガーと共に戦う為である。
 立花が劇場を出た時には戦いは既にはじまっていた。ストロンガーは二体の巨人を向こうに回していた。
「トォッ!」
 上に跳ぶ。そしてギガンテスに蹴りを放つ。
「電キィーーーーーック!」
 だがそれは効果がなかった。巨人は平然としていた。
「クッ、この程度では効果がないか」
「グオーーーーーーーッ!」
 巨人は叫んだ。そして着地したストロンガーの上に槍を振り下ろす。
 だがそれはかわした。ストロンガーは側転しながらかわす。
 しかし巨人はギガンテスだけではに。もう一体のいるのだ。
「ガオオオオーーーーーーッ!」
 タロスが足を振り下ろす。そしてストロンガーを踏み潰そうとする。
 ストロンガーはそれに対し側転を続けた。そしてそれでタロスの足をかわした。
「危ないところだったな」
 ストロンガーは態勢を立て直して言った。そこに立花が来た。
「おやっさん」
「ストロンガー、わしも戦うぞ」
 心強い味方であった。ストロンガーはその言葉を聞いて頷いた。
「わかりました、頼りにしてます」
「おう、任せとけ」
 立花は素早い動きで巨人の足下に潜り込んだ。
「こっちだ化け物!」
 そして怪人を挑発する。巨人はそちらに気をとられた。
 その隙にストロンガーが攻撃を仕掛ける。跳び拳を巨人の顔に繰り出す。
「喰らえっ!」
 だがそれはその青銅の身体に弾き返される。その身体は伊達ではなかった。
「グオッ!」
 ダメージはなかったが巨人の神経を逆撫でするには充分効果があった。タロスは両手でストロンガーを掴み、握り潰そうとする。
 だがそれはかわされた。ストロンガーは巨人の肩を踏み台にして後ろに跳んだ。そして巨人の手が届かない範囲で両手を胸でクロスさせた。
「チャーーージアップ!」
 胸のSの文字が回転する。そして超電子ダイナモが作動した。
 ストロンガーの角と胸の一部が銀色になった。超電子の力が身体に宿ったのだ。
「トォッ!」
 前に跳ぶ。そこには立花がいた。
「おやっさん、下がって!」
「おう!」
 立花はそれに従い後方に下がる。そしてタロスの攻撃が届かない範囲まで退いた。
「ストロンガー、神話を思い出せ!」
 そしてストロンガーに対して言った。
「神話!?」
「そうだ!」
 立花は叫んだ。
「タロスの弱点、それは」
「クッ、まさか」 
 観戦していたシャドウはその言葉に反応した。
「踵だ!タロスはそこを突かれて死んでいるんだ!」
「そうだ、踵だ」
 ストロンガーもそれを思い出した。そして巨人の足下に潜り込む。
「グオーーーーーーッ!」
 巨人は手の平から黒い光を放つ。しかし超電子の力で速度を速めているストロンガーには当たらなかった。
「その程度で俺を倒せるか!」
 ストロンガーは右の踵のところに来た。そして手刀を繰り出す。
「超電子チョップ!」
 それでまず一撃を加えた。
「グオオオオオオッ!」
 巨人は絶叫した。そして苦しみのあまりその動きを止めた。
「おやっさんの言う通りだ」
 ストロンガーはその苦しみを見て確信した。そしてさらに攻撃を仕掛ける。
「まだだ!」
 振り被った。そして拳に雷を宿らせて繰り出す。
「超電三段パァーーーーーンチッ!」
 三連続で拳を繰り出す。そしてそれで巨人の踵を完全に粉砕した。
「グオオオオーーーーーーッ!」
 タロスは断末魔の絶叫をあげた。そしてたちどころに砂の様に崩れてきた。
「危ない!」
 ストロンガーはそれから素早く飛び退いた。そして難を逃れた。まずは一体だ。
「フフフ、どうやら奴は貴様の巨人の手に負える男ではなかったようだな」
 タイタンはその様子を見てシャドウに語りかけた。
「何を」
 シャドウはキッと彼を見据えた。
「すぐに貴様の巨人もああなる」
「それはどうかな」
 だがタイタンは自信ありげな態度を崩してはいない。
「俺の巨人はタロスとは違う。そう」
 言葉を続けた。
「俺の巨人はかって神々と覇権を争った程の恐るべき巨人だ。あの様な作り物とは違う」
 ギガンテスは複数称である。単数ではギガスである。だがタイタンはあえてそう名付けた。その絶大な力故である。
 ギガンテスの力は他の巨人達よりも上であった。純粋に戦闘力ならばティターン神族よりも上であったしオリンポスの神々すらも凌駕していた。それはその怪物的な姿とも関係があった。
「さあ、ギガンテスよ」
 タイタンは眼下の巨人に対して言った。
「今こそその力を見せろ。そしてストロンガーを倒せ!」
「ガオオーーーーーーーッ!」
 それに応えるかの様に巨人は吠えた。そして両足の大蛇達が鎌首をもたげた。
 その両眼から黒い光が放たれる。ストロンガーはそれをかわした。
「おやっさん、こいつは」
 そして立花に問うた。
「ギガンテスか」
「はい」
 ストロンガーは答えた。
「確か神と戦ったやつだったな」
「ええ」
 立花もそれは知っていた。
「確かこいつは」
 二人は巨人の槍と黒い光をかわしていた。そして隙を窺う。
「弓にやられたな。神々とヘラクレスの弓にだ」
「ヘラクレスにですか」
 彼は力だけでなく弓にも秀でていたのだ。
「そうだ。その弓で一人残らずやられたんだ」
「そうだったのですか」
 ストロンガーはそれを聞いて考え込んだ。
「弓か」
 彼の脳裏にとあることが思い浮かんだ。
「上からならば蛇も狙うことは簡単じゃない」
 ギガンテスの蛇は両足である。下から上を狙うのは中々難しい。
「それは槍もだ」
 彼はこの巨人の弱点を見出した。上からの攻撃だ。
「よし!」
 彼は跳んだ。そして空中で構える。
「これでどうだっ!」
 そこから蹴りを放つ。
「超電子ドリルキィーーーーーーーック!」
 高速できりもみ回転しながら急降下する。そしてそれでもって巨人の胸を貫く。
 ストロンガーはその巨体を貫通した。背中まで蹴破り地面に着地した。
「ムッ」
 後ろを振り返る。そこで胸に巨大な風穴をあけた巨人が立っていた。
 しかしそれは一瞬のことであった。ギガンテスもまた砂の様に消え去っていった。
「巨人達は倒したか」
「ストロンガー、よくやった」
 立花がそこに駆け寄って来る。
「見事な戦いだったぞ」
「いえ」
 だが彼はその言葉には首を横に振った。
「どうしたんだ」
 立花はそれを見て怪訝そうな顔をした。
「今回の戦いはおやっさんのおかげです。おやっさんの助言がなければ勝つことはできませんでした」
「おい、謙遜は止めてくれよ」
 立花はそれを聞いて照れる。
「その通り、この度の戦いは立花藤兵衛の言葉があったからこそだ」
 ここでシャドウが言った。
「その助言があればこそストロンガーは勝つことができた。だが」
 彼は言葉を続けた。
「やはり巨人ではストロンガーの相手にはならなかったのも事実。やはりストロンガーを倒すのはこの俺しかいない」
「シャドウ」
 ストロンガーは顔を上げた。
「ストロンガー」
 シャドウはストロンガーに対して言った。
「明日勝負を挑む。いいな」
「望むところだ」
 ストロンガーはそれを承諾した。
「場所はシラクサのコロシアムだ。いいな」
「シラクサか」
「そうだ。我等が決着を着けるのに相応しい場所だろう」
 シャドウはそう言うとニヤリ、と笑った。
 シラクサはかってポエニ戦争で激戦地となった都市である。この都市を巡ってローマとカルタゴの勢力は互いに争った。そしてローマはこの都市を何とか陥落させている。
 なおこの街は偉大な学者アルキメデスの出身地として有名である。数学の定理で知られる彼はこの街がローマに占拠された際兵士達に殺されている。占領の際の交渉によりローマの将兵は一般市民には一切手を出さないことになっていた。ただ財宝はもらった。この時代の戦争においては当然の報酬であった。
 この時トラブルが起こった。兵士の一人がうっかりと数学の公式について考えている彼の思想の邪魔をしたのだ。これにアルキメデスは激怒した。それに激昂した兵士はアルキメデスを殺してしまった。不幸な話であった。
「それでよいな」
「俺に異論はない」
「よし」
 シャドウは満足したように頷いた。
「では明日だ。楽しみに待っている」
 シャドウはそう言うと身体を背中のマントで覆った。
「マントフェイド!」
 そしてその中に消えていった。後にはタイタンが残っていた。
「フン、相変わらずキザな男だ」
 タイタンはシャドウの様子を見送って言った。
「貴様も人のことは言えないだろうが」
 立花が彼に対して言った。


[202] 題名:永遠の絆1 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年10月12日 (火) 02時20分

                永遠の絆
 シチリア。イタリア南部の島だ。この島は地中海の制海権を考えるにあたり極めて重要な位置にあり昔から抗争が絶えなかった。
 まずはローマとカルタゴが衝突した。ポエニ戦争である。この戦争は三回に渡って繰り広げられ遂にはカルタゴが滅亡して終わった。ローマはこれにより地中海を完全に掌握した。だがそれでも戦いは終わらず宿敵ペルシア、そしてゲルマン人達との戦いを続けた。それはローマ帝国が東西に分裂しても続いた。
 それからイスラム教徒が占拠した。それからフランスが。続いてナポリが。戦いは続き時には大規模な暴動も起こった。この時反仏の抵抗組織がマフィアになったというがそれはどうやら誤りらしい。マフィアの起源は意外と新しい。
 ナポリ統治時代、十八世紀後半辺りからナポリ政府はこの島の治安維持に対して山賊達を警官にして当たらせるようになった。毒を以って毒を制す、というわけだ。裏世界にも通じていた彼等はそちらでも力を持つようになりやがてそちらの世界のドンとなった。それがマフィアのもとである。この山賊警察は力を握ったままでそのまま**(確認後掲載)組織となってしまったのである。
 彼等がアメリカに移住するとそこでも力を持った。独自の厳格な戒律と一族による固い絆が武器だった。そしてアメリカの暗黒街を牛耳るようになったのだ。
 だが彼等には一つの特徴がある。それは彼等がシチリア出身ということである。その郷土意識が彼等のアイデンティティでもあった。
 アル=カポネは実を言うとマフィアのドンにはなれなかったのだ。彼はナポリにルーツを持つ。南イタリアはマフィアとはまた違った系列の**(確認後掲載)組織がある。カモラというものである。
 だから彼は本来ならマフィアのドンにはなれなかったのだ。どれだけ頭が切れ大胆であってもだ。彼は最初頼りになるドンがいた。その人物に引き立てられたのだ。そして禁酒法時代のシカゴにて絶大な力を誇った。最早この街の夜の世界は彼のものであった。
 そうしたいささか複雑な歴史を持つアメリカン=マフィアだがイタリアにおいてもそれは変わらない。むしろ彼等の故郷でありシチリアではアメリカよりもそれが顕著だ。
 彼等は裏の全てを取り仕切っている。表の世界にも顔を出す。この島は農業で知られているがその仲介等もしているのだ。
 こういったことがあった。大規模な農場を経営しているある貴族が子供を誤って殺してしまった。当然捜査が入ったがここで彼と親しいマフィアが出て来た。そして話を収めた。
「済まないな」
 その貴族はマフィアのドンに礼を言った。ドンは笑って答えた。
「何、こういったことはお互い様さ。何かあったらまた話をしてくれ」
「ああ」
 彼はマフィアとの商売により利益を得ていた。このドンとも懇意であった。
「だがあんたはまだ警察とかにマークされているぜ」
 ここでドンは彼に忠告した。
「警察がか」
 彼はそれを聞き顔を顰めた。
「そうだ。少し姿を隠した方がいいな。何処かの綺麗なホテルにでも」
「わかった、そうしよう」
 こうして彼はとあるホテルに身を隠した。一時のつもりだったがそのホテルがいたく気に入ったのだ。
「ここにずっと住んでもいいな」90
 そして彼はそのホテルに死ぬまで住んだ。ホテルの住人ディ=ステーファノ男爵である。
 こうしたことからもわかるようにマフィアはこの島について語るうえで避けられないものだ。それはこの島の者が好むと好まざるに関わらず、だ。
 そしてこの島にはエトナ山がある。火山である。ギリシア神話においては巨大な怪物テューポーンがそこに封じ込められているという。
 そう、火山である。そして今この島はそのせいか異常に気温が高かった。連日うだるような暑さが続いた。
「この暑さは尋常じゃない」
 島の者はそう思い調査を行った。だが火山には何ら異常はなかった。ただ地表が不自然なまでに熱かったのだ。
 作物にも影響が出ていた。時として池が蒸発することすらあった。
「噴火の前触れか」
「それにしてはおかしい」
 こうした話がされた。真相は誰にも掴めなかった。
「人間共にわかる筈がない」
 百目タイタンはそれを聞きそう言って笑った。
「この暑さが俺のせいだとは誰も思わないだろう」
 彼の体内には八万度のマグマが流れていた。それが改造手術により数十倍にも高められているのだ。
 その熱気が島を下から熱していたのだ。恐るべき力であった。
「ストロンガーよ、来るなら来い」
 彼は指令室の椅子に座りながら言った。
「このマグマで焼き尽くしてくれるわ」
「フフフ、大した気合の入りようだな」
 そこでシャドウが部屋に入って来た。
「だが少し熱くなり過ぎではないか。今からそれ程熱くなっても仕方なかろう」
「ふん」
 タイタンはそれを聞き鼻で笑った。
「それは貴様とて同じだろう」
 そう言って反論した。
「何処がだ」
 シャドウはそれに対して澄ました様子で返した。
「貴様の手にあるのは何だ」
 タイタンはシャドウが手で弄ぶカードを指差した。
「それここが貴様が今戦いを待ち望んでいる証拠だ」
「確かに」
 シャドウは戦いを前にすると興奮を抑える為手でカードを弄ぶ。タイタンはそれをよく知っていた。
「どうやら隠していても仕方ないらしいな」
「俺に隠し事は通用しないとわかっていないようだな」
「そういうつもりはないが」
 シャドウはそう言うとカードを収めた。
「さて」
 彼はここでタイタンに歩み寄った。
「これからは俺と貴様の勝負だな」
「どちらが先にあの男を倒すか、か」
「そうだ。遂にこの時が来た」
 シャドウの声は先程のそれとはうって変わって硬いものであった。
「わかっているな」
「当然だ」
 タイタンは言葉を返した。
「俺はこの時の為に地獄から甦ってきた」
「それは俺も同じ」
 彼等の目に炎が宿った。
「どちらがあの男を倒すか、勝負だ」
「うむ」
 タイタンとシャドウは互いをみやった。
「俺があの男を倒す」
「それは俺の言葉だ」
 二人は睨み合った。だがすぐに視線を外した。
「先にあの男を倒した方が勝ちだ。よいな」
「望むところ」
 タイタンとシャドウはまるで敵同士の様に対峙していた。シャドウが正面を向くタイタンの後ろに回り込む。
「では俺はすぐに動かさせてもらおう。悪いがこれで失礼する」
「行くがいい。だが奴を倒すのは俺だ」
 指令室を去ろうとするシャドウにそう言葉をかけた。
「ではな」
 そしてシャドウは指令室をあとにした。タイタンだけが残った。
 タイタンはベルを鳴らした。すると数名の戦闘員が入って来た。
「百目タイタン、お呼びでしょうか」
 彼等は敬礼をした後そう尋ねた。
「怪人達はどうなっている」
 彼は戦闘員達に問うた。
「既に準備は整っております。後は百目タイタンの指示を待つだけです」
「そうか」
 タイタンはそれを聞いて頷いた。
「ではすぐに出撃だ。そしてあの男の首を取るぞ」
「わかりました。ところであれはどうしましょうか」
「あれか」
 タイタンはそれを聞き考える目をした。
「連れて行こう。だが我々と離れてな。いざという時の切り札だ」
「わかりました」
 戦闘員はそれを聞き頷いた。そして前に出て彼等の間に入ったタイタンの後ろに回った。
「行くぞ」
「ハッ」
 タイタンは指令室を後にする。その後を戦闘員達が続く。
 彼等は基地を出た。そしてタイタンを先頭に岩山の上を進んでいく。
「早いな。もう動くか」
 シャドウはそれを上から見下ろしていた。
「我等も動きますか」
 傍に控える戦闘員が問うた。
「そうだな」
 シャドウはそれを聞き不敵に笑った。
「ここは奴に花を持たせるとしよう。いや、お手並み拝見か」
「といいますと」
「我等が動くのはあとでよい。まずは奴等の戦いが終わってからだ。よいな」
「わかりました」
 その戦闘員はそう言って敬礼した。
「では戻るぞ。そして戦いの用意だ」
「ハッ」
 シャドウ達はそこから引き揚げた。そしてあとには岩山から出る硫黄の煙が立ち込めていた。

 このシチリアは大規模な農園が多いことで知られている。特にオリーブの栽培は有名だ。
 彼は今そこにいた。そしてオリーブの木々の中を歩いている。
「そういえば今までオリーブの木は見たことがなかったな」
 彼はその木を見上げて言った。
「こんなのだったのか。そしてここからオリーブ油がとれる」
 そう言ってオリーブの実を撫でる。見たところ油が採れるようなものではない。
 このまま食べられるだろうかとさえ思った。だが取るのは止めた。
「折角ここの人達が丹精込めて作っているんだ。それを取るのは悪いな」
 そう思ったからだ。彼はオリーブから手を離し先へ進もうとした。
「おい茂、ここにいたのか」
 ここで後ろから彼を呼ぶ声がした。
「おやっさん」
 彼はその声に応え後ろを振り向いた。そこにそのおやっさんがいた。
「シチリアにいると聞いてやって来たんだがようやく見つけたぞ」
 立花は少し息を切らしながら城の方に駆けてきた。そしてふう、と一息つく。
「まさかこんなところにいるとはな」
「似合いませんか」
 城はにこやかに笑ってそう尋ねた。
「いや、そうは思わんが」
 立花も笑って返した。
「案外似合うんじゃないか。その格好に農園は」
 見れば城の格好はジーンズである。元々作業着だからこうした場でも不自然ではない。
「だといいですがね」
 彼は笑いながらそう言った。
「俺は結構目立つそうですから」
「少しは自覚しろ」
 立花はそれに対してそう返した。
「薔薇の刺繍のジーンズなんてそうそう見ないぞ」
「これは俺のポリシーなんですよ」
「それでも目立つものは目立つんだよ。それだとバダンと戦う時に大変だろうが。すぐに見つかって」
「いやいや、これがいいんですよ」
 彼はここで反論した。
「何でだ」
 立花はそれを聞いて怪訝そうな顔をした。
「向こうからわざわざ来てくれますから。探す手間が省けるんですよ」
「そんなもんかな」
「ええ。ブラックサタンの時からそうだったじゃないですか」
「あれは御前は無茶な行動するからだろうが。他の奴はもうちょっと慎重だったぞ」
「風見先輩もそうでしたか?」
「ああ、志郎の奴は周りに純子とか丈二がいたからな。御前の場合一人だろうが」
「今はね」
 ここで城は寂しげな顔をした。
「今はね・・・・・・って、そうか。済まん」
 立花はその言葉の意味で気付いた。
「いえ、いいです」
 城はそう言った。だがその顔は明らかに曇っている。
「あれからどれ位経ったかな」
「さあ。けれど気の遠くなるような昔の話に思えますね」
「そうだな。ドクターケイトはまた死んだしな。敬介の奴の手で」
「モンゴルでしたね」
「ああ。手強かったそうだ」
「そうでしょうね。そうでなければあいつも死ななかった」
 彼等はオリーブの木々の中を進みながらそう話した。
「あの時あいつは命を賭けた。そして死んだ」
「ええ」
「わしはあいつに何をしてやれなかった」
「俺もです」
 二人は俯いていた。
「そしてあいつはこの世から去った。何も言わずにな」
「・・・・・・・・・」
 城はもう沈黙していた。
「茂」
 立花はここで彼の名を呼んだ。
「忘れられないとは思う。だが乗り越えてはいると思う」
 だが彼はそれには答えられなかった。
「戦おう、バダンと。そしてあいつが望んでいた平和を取り戻すんだ」
「はい」
 二人はオリーブの中を進んでいく。そしてラグーサまで来た。
 ここはイベレア山麓の町である。青銅器時代からあったという古い町でありギリシア人の植民都市と交流があったという。ビザンツ帝国の時代には城壁で覆われイスラム教徒の襲撃に備えた。だが九世紀には彼等の手に落ちやがてノルマン人の領土となった。二回の大地震に見舞われるとそれを機に新しく整備された。そして十九世紀には新旧二つの地区に分けられ、古い地区はラグーサ=イブラ、新しい地区はラグーサ=スーーベリオーレと名付けられた。今二人はイブラの地区にいた。
「古い地区というだけあって古風な建物が並ぶな」
 立花は左右を見回して言った。見れば石造りの古い建物が峡谷の部分にる。山麓にあるだけあってその傾斜は激しい。
「そうですね」
 隣にいた城が相槌を打った。
「イタリアにはこうした街が結構多いですけれどここはまた格別ですね」
「そうだな。少なくとも日本じゃこうした街はないな」
「ええ。やっぱり日本は木の家ですよ」
「そうだな。檜なら言うことなしだ」
 立花はそう言って目を細めた。彼もやはり日本人だ。和風の建物を愛していた。
「一度こうしたところに住んでみたいとは思ったことがあるがな」
「そうなんですか」
「ああ。若い頃ナポリに旅行に行ってな。そこで思ったんだ」
「意外ですね」
「そう思うか。これでも若い頃は色々と考えてたんだぞ」
「いやあ、おやっさんって頑固ですから」
「茂、そりゃどういう意味だ」
 立花はその言葉に顔を顰めさせて向けてきた。
「いや、大した意味はないですよ」
 城はそれに対して言った。
「おやっさん若い頃からこんなんだったのかなあ、って思ってましたから」
「そんなわけないだろうが、御前はわしを何だと思っとるんだ」
 彼は怒った顔をしてみせた。
「いやいや、すいません。冗談ですよ」
「冗談でも言っていいことと悪いことがあるぞ」
 彼はまだ口を尖らせていた。
「気分を害したぞ。昼飯は御前がおごれ」
「はいはい」
 そう言いながらも立花の機嫌は悪くはなかった。彼は城というだけでもよかったのだ。ライダー達は彼のとって息子のようなものだからだ。
「さてと」
 城は立花の言葉に従いレストランを探した。だがいざ探してみると中々ない。
「参ったな。もう少し先に行きますか」
「ああ」
 立花は頷いた。二人は傾斜の激しい道をそのまま進んでいく。
 やがて十字路に来た。そこで左右から何かが来た。
「城茂、覚悟!」
 不意に銃弾が襲い掛かって来た。
「ムッ!」
 城と立花がそれを察知した時は既に遅かった。それは彼等のいた場所で爆発した。
「やったか!」
 十字路の左右から戦闘員達が姿を現わした。彼等は手にそれぞれ大型の銃を持っている。
「いや、待て」
 前から黒服の男がやって来た。
「死体を確認しろ。あの男はそうそう簡単には死なぬ」
 百目タイタンであった。彼はスーツ姿でそこに姿を現わしてきた。
「よいな」
「わかりました」
 戦闘員達は頷いた。そして爆煙が消えるのを待った。
 消えた。だがそこには何もなかった。
「ムッ!」
 戦闘員達が声をあげた。その時だった。
「ハッハッハッハッハッハ」
 建物の上から笑い声が響いてきた。
「その声は!」
 タイタンが見上げる。戦闘員達もそれに続く。
 そこにいた。緑の眼を持つライダーがいた。
「やはり無事だったか」
 タイタンは彼を見上げながら言った。
「当然だ、あの程度でこの俺が倒せると思っていたか」
 ストロンガーはそれに対して言った。その隣には立花がいる。
「だが売られた喧嘩は買わせてもらう。高くな」
 そう言うと身構えた。
「行くぞ!」
 そして下に飛び降りる。戦闘員達の中に着地する。
「さあ来い!」
 取り囲む戦闘員を挑発する。戦闘員達はそれに乗ろうとした。だがタイタンあそれを止めた。
「待て!」
 そして前に出た。
「気をつけろ、ストロンガーには電気の技がある。下手に動くと一掃されるぞ」
「ハッ、そうでした」
 戦闘員達はそれを聞いて動きを止めた。
「フン、流石だなタイタンよ」
「俺を馬鹿にするな」
 タイタンはストロンガーに対して返した。
「伊達に貴様と何度と戦っているわけではない。俺を甘く見るな」
「確かにな」
「貴様の相手はこの者達がしてやる」
 するとタイタンの背に何者かが姿を現わした。
「行け、そしてストロンガーを倒せ!」
 奇声と共に怪人達が姿を現わした。
「ホワァーーーーーーッ!」
「ショワーーーーーーッ!」
「アブンガーーーーーッ!」
 デストロンの突撃怪人ドクロイノシシ、ゲドンの八足怪人クモ獣人、ネオショッカーの毒針怪人アブンガー、計三体の怪人達であった。彼等は素早い動きでストロンガーを取り囲んだ。
「さあストロンガーよ、まずはその怪人達と戦ってもらおうか。勝てるかな」
「戯れ言を」
 ストロンガーは自信に満ちた声で返した。
「俺が怪人達に負けるとでも思っているのか」
「フン、相変わらずだな」
 タイタンはそれを聞いて言った。何処かその言葉を待ち望んでいたようであった。
「ではまずはこの者達と戦うがいい。その後で俺がたっぷりと相手をしてやろう。生きていたならな」
「タイタン」
 ストロンガーはここでタイタンに対して言った。
「それは俺の台詞だ。死ぬのは貴様だ」
「フフフ、そうでなくてはな。面白くとも何ともないわ。だがな」
 その無数の眼が光った。
「貴様はこの俺の手で倒してやるということを忘れるな。覚悟しろ」
「望むところだ」
 ここで怪人達が襲い掛かってきた。
 まずはアブンガーからだ。右手の毒針を振り回してくる。
「アブの毒針か」
 ストロンガーはそれを見て呟いた。
「確かに毒は脅威だ。だがな」
 彼は不敵な笑みを言葉に含んでいた。
「それは俺には通用せん!」
 そう言うとその右腕を掴んだ。
「ウオオッ!」 
 そしてそのまま投げた。柔道の背負い投げだ。
「ウワァッ!」
 アブンガーは思わず叫び声をあげた。受け身を取ろうとする。だが間に合わなかった。
 背中から思いきり叩き付けられる。後頭部も打った。その衝撃が全身を襲った。
 昏倒する。ストロンガーはそこに拳を振り下ろした。
「電パァーーーーーンチッ!」 
 雷を帯びた拳がその胸を撃つ。電撃が心臓を直撃した。
「グオオオオオッ!」
 それをまともに受けたアブンガーは断末魔の叫びをあげる。そしてストロンガーが離れた時彼は爆死して果てた。
「さあ、次は誰だ」
 ストロンガーはアブンガーの爆煙が消えると残る二体の怪人に対して言った。
「ぬうう」
「では俺が相手になってやる!」
 今度はドクロイノシシが来た。そのままストロンガーに突進する。
「**(確認後掲載)、ストロンガー!」
 両脇からキバを出す。それで突き刺すつもりだ。
 しかしストロンガーは退くわけでもなくそれを冷静に見ていた。間合いに入ったと見るとすぐに身を屈めた。
「ムッ!?」
 エレクトロファイアーかと思った。それならばすぐに跳ぶつもりだった。
 だがどうやら違うようだ。彼は腕を前に出した。そして叫んだ。
「磁力扇風機!」
 両手から磁力の嵐を放ってきた。そしてそれで怪人を撃ってきた。
「ウワッ!」
 これには怯んだ。思いもよらぬ攻撃にさしものドクロイノシシも怯んだ。突進を止めた。
 それが命取りとなった。嵐が去るとストロンガーは消えていた。
「何処だっ!」
 辺りを見回す。だが何処にもいない。
「クッ、何処にいる!」
「ここだっ!」
 上から声がした。咄嗟にそちらに顔を向ける。
 ストロンガーはそこにいた。すぐに攻撃を仕掛けようとしたが既に手遅れだった。
「喰らえっ!」
 ストロンガーは攻撃態勢に入っていた。一回転してから身体を激しくきりもみ状に回転させる。
「スクリューーーーーキィーーーーーーック!」
 そして蹴りを放つ。それは怪人の胸を貫いた。
「グオオオオオオッ!」
 胸に大穴をあけられたドクロイノシシは最後の絶叫をあげる。倒れ込み爆発の中に消えた。
「ショワショワショワショワッ!」
 最後の一体クモ獣人は既に動いていた。壁に貼り付いている。
 そして糸を撒き散らす。ストロンガーをその中に置いた。
「俺を捕らえるつもりか」
「その通り」
 彼は既に巣を作っていた。そしてその網の目の中央に位置していた。
「貴様はカブトムシの改造人間、それに対して俺は蜘蛛の改造人間」
「それがどうした」
「虫は蜘蛛に喰われる運命。今からそれを思い出させてやる」
 そしてストロンガーの周りを漂う糸をその八本の足で引いた。
「喰らえっ!」
 糸が一斉に襲い掛かる。そしてストロンガーの全身を覆った。
「ストロンガー、その糸の中で潰されるがいい!」
 糸が無気味な音を立ててきしむ。そしてストロンガーの全身を締め付ける。これで終わりかと思われた。
「フフフフフ」
 だがその中にいるストロンガーは余裕の笑みを出した。
「何」
「甘いな、クモ獣人よ」
 ストロンガーはまた言った。
「この程度で俺を倒せると思っているのか」
「戯れ言を。今貴様は繭の中にいるではないか。俺の糸の中に」
「今はな。だが」
 ここで激しい放電が起こった。
「な!」
 クモ獣人はそれを見て叫び声をあげた。
「これでどうかな」
 放電による熱が糸に伝わる。そしてそれにより糸が瞬く間に焼かれていった。
 糸は消えた。そしてストロンガーは繭から無事出て来た。
「放電による熱を忘れていたな、クモ獣人よ」
「クッ、ぬかったわ」
「その台詞は何時聞いてもいい。だがな」
 彼は身構えた。
「今度は俺の番だ。ケリをつけさせてもらう」
 そう言うと跳んだ。そしてクモ獣人の前に来た。
「受けてみろ」
 右腕に力を溜めている。
「電気ビーーームッ!」
 そして電気を放った。それは一直線に怪人に襲い掛かる。
「させんっ!」
 怪人はそれに対して糸を放つ。それで防ごうというのだ。
 だがそれは出来なかった。やはり熱には勝てない。焼かれていく。
 電気が怪人の胸を撃った。糸の巣が伝わった熱で瞬く間に焼かれていく。
「グググ」
 クモ獣人は炎に包まれた。そしてゆっくりと下に落ちていく。
「見事だ、ストロンガーよ」
 それが最後の言葉だった。地に落ちると爆発して果てた。
 ストロンガーは着地した。そして戦闘員達を後ろに従えたタイタンを指差した。
「タイタン、残るは貴様だけだ」
「俺だけか」
「そうだ、他に誰がいるというのだ」
 ストロンガーは悠然とした物言いのタイタンに対して言い返した。
「それともまだ誰かいるというのか」
「いると言ったらどうする」
「知れたこと。そいつも倒してやる」
「そう言うと思っていた。では貴様にも見せてやろう。我がバダンの新たな切り札を」
「新たな切り札」
「そう、あれだ」
 タイタンがそう言うと同時に大地が揺れた。
「ムッ!?」
「見るがいい、ストロンガーよ」
 タイタンはその揺れを楽しむようにして言った。
「あの巨人を!」
 すると街の上に一体の巨人が姿を現わした。
「ウオオオオオオオオッ!」
 その巨人は姿を現わすと同時に地の底から響き渡る様な声で咆哮した。
「何と・・・・・・」
 ストロンガーはその姿を見て絶句した。巨大さにはまだ驚いていなかった。
 その姿は武装した男であった。古代ギリシアの鎧と兜で武装し、手には槍を持っている。漆黒の肌に濃い髭を生やしている。
 だがさらに驚くべきはその両足であった。何と人間のものではないのだ。
 それは巨大な蛇であった。二匹の大蛇がシュウシュウと音を立てて進んでいた。
「あれはまさか・・・・・・」
「ほう、やはり知っていたか」
 タイタンはストロンガーが驚いているのを見てさらに機嫌をよくさせた。
「ギガンテスだ。その目で見るとは思わなかっただろう」
 タイタンはストロンガーに対して言った。笑いを含ませた声で。
 ギリシア神話において大地の神ガイアが作り出した神々の敵対者。その巨大な身体と強大な力を以って神々と覇権を争った巨人達である。彼等はまさに大地の化身であった。
「このギガンテスはあのギガンテスとはまた違う」
「何!?」
「あれを見よ」
 タイタンはギガンテスを指差した。すると巨人の両足の二匹の蛇の目が赤く光った。
 そしてその口を開ける。そこに闇が集まった。
「いや、違う。あれは」
 ストロンガーはそれを見て思わずことばを出した。その声は半ば叫びとなっていた。
 それは黒い光であった。ある筈のない光が蛇の口に集まってきていた。
 その黒い光が放たれた。山に向けて放たれた。
 そしてその山の頂上を消し去った。山の頂上は跡形もなく消え去り跡には何も残っていなかった。
「何という力だ」
 ストロンガーはそれを見て思わず絶句した。タイタンはそんな彼に対して言った。
「どうだ、素晴らしい力だろう。これがバダンの力だ」
「タイタン、何を考えている」
 ストロンガーは高らかに笑う彼に詰め寄った。
「その力で何をするつもりだ」
「何をするつもりか」
 彼はニヤリ、と笑った。
「それ貴様が最もよくわかっていることだと思うがな」
「クッ」
「ブラックサタン、いやショッカーからの我等が悲願、遂にそれが果される日が来るのだ」
 タイタンは誇らしげに胸を張った。
「だが俺はその前にやらなければならないことがある」
 そう言ってストロンガーをその無数の目で見やった。
「ライダーストロンガー、貴様はこの俺の手で倒す。必ずな」
「やれるものか」
「フフフ、いつもながら大した自信だ。だがな」
 その無数の目が光った。
「ブラックサタンの頃の俺だとは思わないことだ。後悔するぞ」
「何を!」
 激昂したストロンガーはエレクトロファイアーを放った。
 電撃が地を伝う。そしてタイタンを撃った。だが彼は平然としていた。
「その程度では俺を倒せはせん」
「減らず口を!」
「まあよい。挨拶としては実にいい」
 彼は後ろに下がった。
「すぐに会おう。その時こそ貴様が死ぬ時だ」
「言うな!」
「その時は超電子の力で来るがいい。そうでなければ面白くはない」
「貴様に言われずとも見せてやる」
「楽しみにしておこう」
 タイタンは余裕に満ちた声でそう言った。
「ではさらばだ、フフフフフ」
 そして彼は姿を消した。戦闘員達もそれに続いた。
 ギガンテスも何時の間にか姿を消していた。戦いの後は何処にも残ってはいなかった。
「ストロンガー」
 そこに立花が戻ってきた。
「おやっさん」
 ストロンガーは彼に顔を向けた。
「多くは言わん。だがな」
 彼はあえて言葉を少なくさせた。
「戦え。そして勝て。わかったな」
「はい」
 ストロンガーは頷いた。そして次の戦いへの決意を新たにした。

 タイタンとの戦いを終えた城は一旦立花と別れた。そして一人バイクでシチリアの荒野を進んでいた。
「ギガンテスか」
 そしてタイタンの出した蛇の足を持つ巨人のことを脳裏に浮かべた。
「恐ろしい奴だ。あの黒い光は尋常じゃない」
 それは嫌でもわかることであった。
 黒い光は通常では有り得ない。それをバダンは使っている。それだけでも信じ難いことだ。
 それだけではなかった。その力は恐るべきものである。一撃で山の頂上を消し去る程である。
 もしそれで世界を破壊にかかったならば。結果は容易に想像できた。
「それだけは許さん」
 彼は強い声でそう呟いた。
「俺が、ライダーがいる限り世界は守る」
 それが彼の決意であった。
「そして」
 彼にはもう一つの決意があった。
「あいつに誓ったことを今度こそ果す」
 デルザーが崩壊した後彼は世界に旅立った。別れも告げずに。
 既に首領はこの時新たな組織の胎動を開始していた。ライダー達はそれを察知していたのだ。
 暗黒大将軍という怪しげな男と戦ったこともあった。彼はかっての組織の怪人達を使っていた。それが何故か、すぐにわかることであった。
「奴はほんの時間稼ぎに過ぎなかった」
 彼もまた首領の使徒であったのだ。
 彼との戦いでライダー達は首領の存在を感づいた。そしてすぐに動いた。
 それから世界各地に散ったのだ。デルザーを倒してすぐのことであった。
 首領はすぐに復活した。ネオショッカーと共に。
 ネオショッカーは世界で暗躍した。その力はかってのショッカーを彷彿とさせる程であった。
 ネオショッカーを倒し彼等が宇宙から帰って来た時にはまたもや首領が動いていた。宇宙に葬り去った筈の首領が生きていたのだ。
 ドグマ、ジンドグマ。戦いは何時終わるかわからなかった。
 そしてバダンだ。彼等は休むことなく戦い続けている。
 その為約束は今だに果されてはいない。それが何時になるのか彼にはわからない。
「もしかすると永遠かもな」
 そう思うことも何度もあった。だが彼は決して諦めてはいなかった。
 諦めない、それがライダーである。ほんの一条でも希望がある限り。
 だからこそ彼等は戦うのだ。少しでも希望があればそれを力づくでこじ開ける。そして世界を救うのだ。
「それがわかるまでどれだけかかったか」
 絶望に苛まれることもあった。特にデルザーとの死闘の時には。だが彼はそれを乗り越えた。
 超電子ダイナモを受け入れた時それを悟った。超電子の力は彼に悪と戦う力を与えただけではなかったのだ。
 この時彼は言われた。手術をして生き残る可能性は僅かだと。だが彼はそれにかけたのだ。悪に勝つ為に。
 そして彼は勝った。悪に勝ったのだ。そして心にある信念を宿らせた。
「ほんの少しでも希望、可能性があればそれに賭ける」
 ということを。そこから突破すればいいのだと。
 今もそれを胸に戦っている。それが彼の信念であった。
「勝つ。絶対にだ!」
 彼はあらためてそう決意した。そして荒野を進んでいく。
 暫く進んだ時であった。不意に何かが城に向かって飛んで来た。
「ムッ!?」
 それは数枚のトランプであった。
「まさか!」
 トランプ、それを彼はよく知っていた。
 爆発が彼を包んだ。激しい光と煙が荒野を覆った。
「やったか!」
 戦闘員達が姿を現わした。そして辺りを確認する。
「気をつけろ。そう簡単に死ぬような男ではない」
 怪人も姿を現わした。ブラックサタンの豪力怪人奇械人メカゴリラである。
「ハッ、それはわかっております」
 戦闘員達は彼に敬礼して答えた。
「左右に散れ。そしてくまなく探し回れ」
 怪人は素早く指示を出す。そして城とバイクを探させた。


[201] 題名:二つの意地 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年09月29日 (水) 01時45分

            二つの意地
 勝たなければいけない時がある。それが一方だけならば問題はない。しかし双方に勝たなければならない何かがあると話は複雑になり激しくなる。
 あの日もそうであった。伝説の前に掻き消されてはいるが決して記憶に残らないようなものではなかった。
 昭和六十三年十月十七日、この日近鉄は西宮球場にいた。
「あと三勝か」
 近鉄の監督仰木彬はポツリと言った。この時近鉄には優勝マジック3が点灯していたのだ。
 あと三勝、口で言うのはたやすい。
 しかし残り試合は僅か四試合、一敗も許されない状況である。
 そうした中近鉄ナインは必死に戦っていた。最後の最後まで諦めてはいなかった。
「優勝するんや!」
「絶対西武に勝つんや!」
 彼等は口々にこう言った。一時は八ゲーム差と絶望的なまでに開いていた状況を何とかここまでもってきたのである。
 今日の相手は阪急であった。
「今日も勝つぞ!」
 その様子を阪急の監督上田利治は一塁ベンチから見ていた。
「近鉄は凄い気迫やな」
 彼の顔は普段と変わらず穏やかであった。
 だが普段とは何かが違っていた。何処か陰があるのだ。
「ええな、ああして気迫がみなぎっとると」
 このシーズン阪急は絶不調であった。長い間チームを引っ張ってきた山田久志と福本豊に限界が囁かれていたのだ。
 阪急の黄金時代を支えたこの二人の衰えはチームにとって深刻であった。そう、この時阪急は世代交代の荒波の中にあったのだ。
 世代交代はまだよかった。上田には陰を作らざるを得ない事情があった。
「お客さん等には何て言うたらえんやろな」
 観客席を見る。彼等はいつも阪急を応援してくれている。
 数こそ少ない。阪急はお世辞にも人気のあるチームとは言えなかった。
「阪急の素晴らしさを知らへん奴や野球を知らへん奴や!」
「そうや、野球は阪急、パリーグや!」
 だがファンはそれにはめげなかった。昭和五十一年のシリーズにおいてはまさに全国から駆けつけてきた巨人ファンなぞものの数とせず後楽園で応援してくれたのだ。
「それを思うと」
 上田はそのことを一日たりとも忘れたことはない。あれ程有り難いと思ったことはなかった。
「そしてこいつ等にも」
 目の前では阪急ナインが試合前の練習を行っている。彼等は阪急のユニフォームに誇りを持ってプレイしていた。
 阪急ブレーブスとしての誇り。彼等はそれを常に心に持っていた。
 それは隠してなぞいなかった。人気の問題ではない。どこぞの球団に金に目が眩んで入り何の活躍もせず無様に退団する様な男達ではなかった。
 彼等もまた上田の誇りであった。彼等と共に野球ができることが何よりも嬉しかった。
「だからこそ勝ちたいんや」
 上田は思った。
「いや」
 ここで首を横に振った。
「勝ち負けはええわ。それも野球の常や」
 そう思うことにした。だが野球人の心が彼にこう言わせた。
「全力でやったる。そして悔いのないようにしたる」
 彼は後でナインに対して同じ言葉で激を飛ばしている。彼には必死にならざるを得ない事情があった。
 近鉄もそれは同じだ。優勝がかかっているのだ。
「あの試合は仕方なかったけれどな」
 仰木は振り返るように言った。
 あの試合とは十五日のことだ。大阪球場での南海ホークスとの試合だ。
 この試合は南海の大阪球場での最後の試合であった。この時既にダイエーに身売りされることが決まっていたのだ。
 球場にるのはほぼ全て南海ファンであった。彼等はその目に南海の雄姿を焼きつけようとしていた。
「最後や、これが最後や!」
「納得いくまで見たるで!」
 ファンの中には泣いている者もいた。南海もまたファンに心から愛されていたチームであった。
 勝てる筈がなかった。南海の選手も必死だった。結局近鉄は相手に鼻を持たせる形となった。
「では行って参ります!」
 南海の監督杉浦忠は大阪球場を埋め尽くす南海ファンに対してこう言った。球状全体に緑の鷹の旗が翻っていた。
 最後のパレードでは花吹雪が舞った。彼等は最後までこのチームとの別れを惜しんでいた。
「負けて悔いがないわけやない」
 痛い敗北であった。翌日の藤井寺ではその南海に勝っている。それでも痛かった。
「不思議やな」
 仰木は上田を見て呟いた。
「ウエさんにはあの時のスギさんに似たもんを感じるわ」
 近鉄、阪急、南海。この三球団は親会社が関西の鉄道会社同士であったこともあり何かと縁があった。チーム同士の中も決して悪くはない。特に近鉄と阪急は西本幸雄という監督を共に戴いていただけあり兄弟球団と言ってもよかった。好敵手同士であった。
 多くの死闘を演じてきた。近鉄の監督に三原脩が、阪急の監督に西本がいる時からであった。
「昭和三十五年のシリーズの再現やな」
 ファンはこの対決にいろめきだった。これは西本が勝った。
 そして次の戦いのピークはその西本が近鉄の監督になった時であった。
「口で言うてもわからんかあ!」
 西本の拳骨が飛んだ。阪急でもこれで選手達を鍛えていた。鉄よりも硬く、炎よりも熱い、心がこもった拳であった。
 それが近鉄を変えた。そしてかって自らが鍛え上げた阪急との戦いとなった。
 負け続けた。阪急には西本が育て上げた弟子達だけではなかった。山口高志という恐るべき剛速球を放つ男がいたのだ。
 しかし最後にはその山口を打ち崩した。そして近鉄は遂に阪急に勝ったのだ。
 それからも両球団の戦いは続いた。だが彼等の心には共に西本の志が息吹いていたのだ。
 そうした歴史がある。仰木もそれはよく知っていた。
「阪急にだけは負けたくないわ」
「近鉄の勝ちなんぞ見たくもないわ」
 ファン同士もよくこう言った。だがそれでも彼等は連帯意識があった。
 そうした両球団の関係はこれからも続くものと誰もが思っている。そう、この時もそうであった。
「今日も阪急電車で帰らせたれや!」
「御前等こそ近鉄電車で帰らんかい!」
 ファン達は今日も試合前のエールを送り合う。こうした中でプレーボールが告げられた。
 阪急の先発は星野伸之、とてつもないスローボールとスローカーブを武器とする変則派だ。
「あんな奴は見たことがない」
 彼の投球を見てこう言う者が多かった。
 ストレートが異常に遅いのだ。普通ピッチャーといえば速球を武器とすると考えるのが普通だが、彼はそれとは正反対であった。
「遅いボールも武器となる」
 彼はそれを証明してみせたのだ。相手の勢いをかわす柔のピッチングであった。
 それに対して近鉄の先発は阿波野秀幸。星野とは対照的に力で押すタイプだ。速球とスライダー、スクリューが武器だ。
 両投手の投げ合いで試合ははじまった。まずは二回表、近鉄の攻撃だ。
 オグリビー、羽田耕一が連打を放つ。打席にはここで鈴木貴久が入る。
「どうhします?」
 コーチの一人が仰木に尋ねた。
「そうだな」
 彼は考えた。そしてサインを出した。サインはバントであった。
 しかし鈴木は硬くなっていた。初球を失敗してしまう。ファウルになった。
「まずいな」
 仰木は鈴木が硬くなっているのを見て顔を暗くさせた。
「今の鈴木にバントは無理だ」
 元々あまり器用なタイプではない。バントを命じたのは酷だと思った。
 作戦を変更した。強打を命じた。
「鈴木にはこっちの方がいいだろ」
 彼はパワーがある。それに賭けることにした。
 だがそれが裏目に出た。星野のスローボールを引っ掛けてしまった。
 打球はショートゴロになった。あえなく併殺打となった。
 近鉄はこれでチャンスを潰した。星野の投球術にしてやられた形となった。
 今度は阪急の攻撃であった。三回裏である。
 ヒットと四球二つで無死満塁となる。阪急にとっては絶好のチャンス、近鉄にとっては絶体絶命のピンチである。
「どうなる!?」
 両チームのファンは固唾を飲んで見守る。ここで点が入れば試合は一気に阪急に傾く。
 だが阿波野はここで踏ん張った。何と三者連続三振に討ち取ったのだ。
「よっしゃあ!」
 近鉄ファンは思わず立ち上がった。
「クッ・・・・・・!」
 阪急ファンはそれに対して思わず歯噛みした。あまりにも対照的であった。
 阿波野はこのシーズン二年目であった。その投球は新人王と獲得した一年目から大きく成長していた。
「投手の肩は消耗品だ」
 この年から投手コーチに就任した権藤博はまずこう言った。
「あまり投げる練習をするな。最低限でいい。それよりも足腰を鍛えろ」
 連投により短いものに終わった自身の選手時代から得た経験でこう教えたのだ。実際にトレーニングはランニング主体のものとなっていった。
 これが阿波野には大きなプラスとなった。スタミナが飛躍的に伸びたのだ。
 そして権藤は投手陣に対してこうも言った。
「四球は四つ出して一点だ。だからそれ程怖れる必要はない」
 これが投手陣にとって精神的に大きな余裕になった。
「四球を怖れてコントロールに乱れが生じたらそれだけで駄目だ。甘いところに入ってホームランを打たれたら何にもならない」
 権藤はここでも独自の理論を展開させたのだ。
 これに気を楽にした投手陣はかえってノビノビと投げた。ピッチャーが繊細なものであることをよく認識しているからこそ言える言葉であった。
 彼は時には仰木と衝突した。それは投手を庇ってのことであった。
「どんなチームに勝っても一勝は一勝だ。西武にこだわる必要はない」
 彼の意見はこうであった。西武を何としても倒そうとする考えは同じでも一勝に対する考えは違っていたのだ。
 仰木の采配は知略ではあった。だがそれは師である三原脩のそれに近いものであった。『仰木マジック』とさえ呼ばれていた。
 権藤の考えはこれとは違う。彼もまた独自の考えを持っていた。
 これには元々のポジションが関係していた。仰木はピッチャーとして入団したが現役時代はセカンドであった。
 それに対して権藤はピッチャーだ。野手に転向したりもしたがやはり彼はピッチャーであった。その独自の指導も投手の視点からくるものであった。
 権藤は流れを重要視する。仰木は時として流れを強引にこちらに引き寄せようとする。
 これはどちらが正しいとは言えない。だからこそ二人は衝突するのだ。ピッチャーとセカンドでは見るものが全く違ってくるのだ。
 権藤の考えは投手陣にとっては有り難い。だが仰木にとっては目の上のタンコブだ。二人の亀裂は次第に深まっていくのであった。
 阿波野はその権藤の考えに深く感じ入っていた。そしてその愛弟子とも言える存在であった。
「よくやった」
 彼は帰ってきた阿波野に声をかけた。
「今日の調子なら大丈夫だ」
 さりげなく安心させる言葉もかけた。
「有り難うございます」
 それが阿波野には有り難かった。彼は落ち着いた様子でベンチに座った。
「さて」
 ここで権藤はマウンドに顔を移す。そこには星野がいた。
「今日の星野もまたいいな」
 彼は星野の投球を見ながら呟いた。
「今日は投手戦になる」
 二人の調子からそれはすぐにわかった。
 小雨が降っている。こうした日は投手の肩が心配だ。
「この程度の雨ならまだいいが」
 それでも肩は心配だ。見れば阿波野は既にトレーナーを上から着ている。投手として当然の心がけであった。
 権藤はそれを見て安心した。肩が冷えるのは安心していいようだ。
「だが」
 もう一つの気懸りがあった。それは相手の打線のことである。
 阪急は伝統的に打線が強いチームだ。この試合も主砲ブーマーこそいないもののパワーのある打者が複数いた。長打が怖い。
「特に」
 権藤はここでベンチにいる一人の男を見た。この試合四番指名打者として出場している石嶺和彦だ。その長打力はパリーグでも屈指のものである。
「あの男は要注意だな」
 権藤は石嶺から目を離さなかった。そして彼の危惧は的中した。
「策を出せないな」
 仰木は顔に陰をささせていた。こうした試合では中々動けない。それが彼にとってはいささか不愉快であった。
 試合は進む。六回裏阪急の攻撃である。
「さて、どうなるかな」
 権藤は呟いた。この回は二番からはじまる。当然四番の石嶺には確実に回ってくる。
 まずはワンアウトをとった。三番の松永浩美だ。
「この男も怖い」
 スイッチヒッターでありながらパワーも併せ持っている。技巧派が多いスイッチヒッターだがこの松永は別であった。その身体能力はズバ抜けたものであった。
 その松永が三遊間を抜くヒットを放った。一塁に進む。
「松永は足もあるな」
 盗塁王も獲得したこともある。そうした意味でも厄介な男であった。
 しかし阿波野は左投手である。そして牽制球には定評があった。それは安心できる。
 松永は走ってはこない。阿波野の牽制球を警戒してのことだった。
「芸は身を助ける」
 ランナーに気をやる分をバッターに向けることができた。打席には石嶺がいる。
「ここで決まる」
 権藤は言った。その目は阿波野と石嶺から離さなかった。試合の流れからいって石嶺に長打が出ればそれだけで試合が決まってしまう、それが嫌になる程よくわかった。
 一球目はファ−ルになった。まずはストライクを一つ稼いだ。
 二球目だ。阿波野は詰まらせるつもりだった。
「ゲッツーだ。それでこの回を終わらせる」
 胸元へのストレートを投げた。ベルトの高さだ。
「これなら確実にアウトにできる」
 近鉄内野陣の守備ではいける。ましてや石嶺は膝の故障を経験しており脚は遅い。転がせればそれで終わりだ。
 投げた。ストレートだ。
 だがコントロールが狂った。ボールは左にそれた。
「まずい!」
 阿波野も権藤もそれを見て咄嗟に思った。石嶺の目が光った。
「真ん中だ!」
 言わずと知れた絶好球である。打てない筈がなかった。
「行け!」
 打球はそのままレフトスタンドへ向かっていく。そしてその中に消えていった。
「よし!」
 石嶺は一塁ベースコーチと手を叩いた。そしてダイアモンドを回る。
「しまった・・・・・・」
 阿波野は呆然としていた。思いもよらぬ失投だった。ボールが入ったスタンドから目を離さない。
 だがまだ諦めてはいなかった。左腕にはロージンがあった。
「打たれたが」
 権藤は彼より早く立ち直っていた。そして阿波野がロージンを持っているのに気付いていた。
「まだ投げるつもりか。ならいい」
 彼はそれを見て仰木のところに行った。
「阿波野は続投です」
「続投か!?」
 彼は丁度この時替えようかと考えていたのだ。
「まだ目は死んでいません。これからはそうそう打たれませんよ」
「そうは思わへんがな」
 彼は顔を曇らせていた。
「ここは阿波野に任せて下さい。あいつ以外には今日のマウンドは務まりませんよ」
「そう言うけれど今日はな」
 何としても勝たなければならない、そう言おうとした。
「わかってますよ」
 だが権藤はそれよりも前に行った。
「ですから阿波野に投げさせるのです。ここで交代させてもそのピッチャーが打たれます」
「そう言うけれどな」
 権藤はここでは何も言わなかった。だがスッと顔を右に傾けた。
「!?」
 するとそこにはベンチに座る選手達の顔があった。当然そこには控えのピッチャー達もいる。
 見れば皆顔が硬かった。明らかに疲れが見える者もいた。
(こういう試合やからか)
 仰木はそれを見て思った。今日は優勝への大きな足掛かりとなる試合だからだ。
 そうした試合はどうしても緊張してしまう。思えば彼が現役時代優勝した時もそうであった。
(あの時は監督が色々言うてくれたがな)
 三原はそうした選手の心理を読むのが神技的に見事だった。それが伝説的な知略に繋がっていたのだ。
 それが仰木もよく覚えている。今選手達の顔を見てそれを思い出したのだった。
「・・・・・・わかった」
 彼はようやく頷いた。
「ここは阿波野に任せるで」
「はい」
 権藤はそれを聞きこれでいい、と思った。
 こうして阿波野続投が決まった。彼は権藤の予想通り後続を何なく断ち切った。
「だが流れはこれで大体決まってしまったな」
 それが彼にとっては残念なことであった。
「あとは打線に期待するしかないが」
 今日の星野の投球を見る限りそれは難しかった。
 その次の回近鉄の攻撃である。まずはオグリビーがツーベースを放つ。そこで鈴木がセンター前にヒットを放つがオグリビーの脚は遅い。残念ながら三塁で止まった。次の山下は四球となった。これでツーアウトながら満塁となった。
「羽田と梨田は仕方ないな」
 この二人も出たが星野に抑えられてしまった。打席にはここで真喜志康永が入る。
「打って欲しいが」
 だが真喜志は打撃は悪かった。あくまで守備の男である。打率は二割にも達していない。ましてや今日の星野を攻略できるとは到底思えなかった。
 仰木は動かなかった。代打を送ろうにもまだ早い。それに真喜志の守備を考えるとやはり必要だった。
「ここは仕方ないか」
 真喜志に代打は送らなかった。もし代打が打てたにしてもそれからの守備を考えると怖かった。エラー等での失点は終盤では致命的になるからだ。
 やはり彼は星野を打てなかった。空振り三振に仕留められてしまう。
「やはりな」
 仰木も権藤も当然の様に受け止めた。そして次の機会を待つことにした。
「あればやな」
 今日の星野の調子を見るかぎりそれは望み薄であった。仰木はさらに表情を暗くさせた。
 試合はそのまま進む。八回にはブライアントがホームランを放つ。これでい一点差となる。
 攻撃はさらに続く。オグリビー、羽田の連打で一気にチャンスを作る。二、三塁だ。
「よし」
 仰木はここで動いた。鈴木の代走に送っていた安達俊也に代打を送る。尾上旭だ。
 だがその尾上が三振に終わった。やはり今日の星野は打てない。
「いつも思うがあれだけ遅いとかえって打ちにくいな」
「はい」
 権藤もそれには同意した。星野がピッチャーとして活躍しているのはひとえにこのあまりにも遅いボール故であったのだ。
「球種もそれ程多くはないのに」
 フォークとスローカーブ位しかない。だがそのボールが曲者であったのだ。
 特にスローカーブは絶品であった。コントロールと投球術がそれを支えていた。
 どうにもなるものではなかった。結局試合はそのまま終わった。両投手の力投が光った試合であった。だが近鉄にとってはあまりにも痛い敗戦であった。
「負けたか」
 仰木は一言呟くと背を向けた。そしてベンチか消えた。
「・・・・・・・・・」
 権藤はその背中を見送っていた。彼も一言も言葉を発しない。
「三勝か」
 権藤はようやく言葉を出した。あまりにも思い言葉であった。
 口に出すのは容易い。だが実際に行うとなれば非常に難しい。だが諦めるわけにはいかなかった。
「残り試合全て勝つ!」 
 選手達は満身創痍の状況でもまだ立っていた。彼等は最後の最後まで諦めてはいなかった。
 負けるわけにはいかなかった。だがそれは近鉄だけではなかった。
「うちも負けるわけにはいかんかったんや」
 上田は試合が終わった後ポツリ、と言った。
「近鉄の事情はよくわかっとるわ。しかしな」
「しかしな!?」
 記者達はその言葉に注目した。上田の顔が一瞬泣きそうなものになったからだ。
「いや、何でもあらへん」
 上田はそれに対して首を横に振った。
「けれどすぐわかるかもな」
 それだけ言い残して球場から消えた。
「上田さんどうしたんだ!?」
 記者達はそんな彼の背を見ながら首を傾げていた。
「まるで奥さんに死に別れたみたいな顔をして」
「ああ、そういう顔だったな、さっきのは」
 彼等はこの時にはまだ知らなかったのだ。二日後のもう一つの舞台を。
『阪急ブレーブス、オリックスに身売り』
 その衝撃的なニュースが川崎球場の死闘と共に日本中を駆け巡った。記者達はこの時ようやく理解した。
「だから上田さんあんな顔しとったんか・・・・・・」
「そら悲しいやろな・・・・・・」
 彼等も上田の心情を察した。彼にとって阪急は何にも替え難いものであるのは言うまでもないからだ。
「残念なことやけれど事実や」
 上田は選手達にそのことを説明した。しかし涙は流さなかった。
「球場はここや。今までと同じようにやったらええ」
「はい」
 選手達は頷いた。だがそれでもその心は動揺していた。
 阪急百貨店にあった阪急の選手達の写真も全て取り外された。かっては宝塚の女優達と共に百貨店を飾っていたものがなくなってしまった。
「寂しいもんやな」
 阪急ファンはそれを何とも言えない悲しい気持ちで見ていた。それを遠くから見る一人の白髪の老人がいた。
「これも運命なんかの」
 かって阪急を率いた闘将西本であった。阪急は彼が育て上げた球団であった。
 彼が育てたもう一つの球団近鉄は川崎で無念の涙を飲んだ。あの日は彼にとって忘れられないものであった。
「しかし阪急やなくなってもブレーブスはブレーブスや。そして」
 彼は言葉を続けた。
「その名前が変わってもその心までは変わらへん。わしの愛した球団や」
 西本はそう言うとその場を立ち去った。そしてその場を立ち去った。
 このことは上田にも伝わった。
「西本さんがそんなこと言うてたんか」
 彼もまた西本に育てられた男である。彼のことはよく知っていた。
「有り難い。その言葉一生忘れまへん」
 上田はこの時になりようやく目に熱いものを宿らせた。
「例え阪急やなくなっても野球をするのはわし等や。こうなったら最後の最後まで阪急の、わし等の野球をしますわ」
 そしてその目のものを拭いた。
 彼はベンチに向かった。そこでは選手達が上田を待っていた。阪急のユニフォームだ。
「皆」
 上田は彼等を見てまず声をかけた。
「練習や。まずはいつも通り準備体操からや」
「はい」
「そしてそれからランニングや。いつも通りいくで」
 彼の顔は微笑んでいた。
「これからもそうや。いつも通り毎日練習して試合するで!」
「はい!」
 選手達は力強く頷いた。そして一斉にベンチを出た。
 彼等はそれぞれ準備体操をしている。それを見る上田の目は温かいものであった。
「これでええ」
 彼は笑っていた。
「わし等がおる限り阪急ブレーブスの心は永遠に残る。例え名前が変わってもこの球場やなくてもな」
 チラリとスタンドを見る。もうシーズンオフで試合もない為客はいない。
「だからずっといつもと変わらん野球をやる。そして全力を尽くす」
 選手達は準備体操を終えていた。そしてランニングを開始した。
「ランニングやからって気を抜くんやないで!一生懸命走るんや!」
 彼は選手達に檄を飛ばした。
「来年は優勝や!そしてこの西宮のお客さんに優勝旗見せたるんや!」
 彼の言葉が球場に響いた。それは永遠に西宮に残るようであった。
 死闘を終えた近鉄は藤井寺に帰っていた。そして彼等もまた西本の話を聞いていた。
「西本さんしか言うことができへん言葉やな」
 仰木はそれを聞いて呟いた。
「あの人にしか言われへん、ホンマに重い言葉や」
 彼は腕を組んでそう言った。
「そしてそれはうちにも言えるな」
「近鉄にもですが」
 権藤はそれを聞いて尋ねた。
「そうや。わしもあの人にはよう教えられたもんや」
 彼は長い間近鉄のコーチをしていた。西本の下でもコーチを務めていた。
「三原さんとはまた違う。ホンマに頑固でおっかない人や」
 鉄拳制裁なぞ日常茶飯事である。かって陸軍において高射砲部隊の将校として戦っていたのは伊達ではなかった。烈火の様に激しい気性の持ち主である。
「しかしそのおっかなさは優しさと同じや。心から野球も選手達も愛しとった」
 西本により近鉄も変わった。多くの選手達が彼に育てられた。
「わしもあの人には今まで気付かんかったことをよく見せてもらった。そして今のわしがあるんや」
 仰木の采配はただ三原のコピーをしているだけではない。そこには西本の野球も入っていたのである。
「この近鉄も同じや」
「近鉄もですか」
「そや。うちも西本さんが作り上げた球団やからな」
 そう言う仰木の目の前では選手達がそれぞれ練習に励んでいる。投手陣はランニング、野手陣はバッティング練習で汗を流している。
「よし、その調子や!」
 シート打撃では打撃コーチの中西太が選手達に声をかけている。彼は西鉄時代チームの主砲であり『怪童』とさえ呼ばれた。仰木の同僚であったのは言うまでもない。
 中西の打撃理論は定評がある。彼もまた多くの選手を育てている。
「この近鉄の野球もまた独特なもんがある。打線が強いとは言われとるな」
「はい」
 近鉄の看板であるパワー打線を作り上げたのも西本であった。『いてまえ打線』とも呼ばれる強力打線は近鉄の代名詞であるがそれも西本により作り上げられた。
「厳しくて激しい練習やったで。けれどそこからあの打線が出て来たんや」
 七十九年、八十年いてまえ打線は派手に暴れ回った。そして見事優勝をもぎ取ったのだ。
 それが近鉄のカラーとなった。おそらくかっての貧打線を知っている者はもう少ないであろう。
「昔は全然打たへんかったのにな」
 仰木はそれに言及した。
「変われば変わるもんや。これも西本さんのおかげや」
 西本道場とまで呼ばれた。極寒の中の練習で近鉄も変わったのだ。かっての阪急がそうであったように。
「これだけは変わることはあらへん。わし等がおる限りはな」
 仰木はここで上田と同じ言葉を口にした。上田がそれを言ったことは知らなくとも。
「我々がですか」
「そうや」
 仰木は彼にしては珍しく強い口調でそう断言した。
「見てみい、選手を」
 彼は選手達を指差した。
「あの連中にもそれはある。近鉄の、西本さんの志はあいつ等がおる限り消えはせんで」
 仰木はにこりと微笑んだ。そして選手達に対して言った。
「野球は来年もある。まだまだ終わりやないで!」
 そして言葉を続けた。
「来年こそは優勝や!そして日本一になるで!」
「はい!」
 選手達の声が聞こえた。それは藤井寺を包んだ。
 近鉄の野球も永遠である。それは選手とファンがいる限り永遠に残る。例え愚劣な輩が**(確認後掲載)計を弄してもだ。
 二つの意地が激突した。だがそれは散らなかった。それは何時までも野球を、近鉄と阪急を愛していた者の心に残っているのだ。そしてこの二つの球団もそれと共に永遠に残る。野球を愛する者がいる限り。野球を愛する者は野球を冒涜する者には決して敗れはしないのだ。

二つの意地    完


                                 2004・9・4


[200] 題名:絶望の運命2 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年09月29日 (水) 01時39分

 メガール将軍もこれには考えが及ばなかった。
「流石と言うべきか」
 しかしスーパー1の攻撃はこれで終わらなかった。
「チェーーーーンジ、冷熱ハァーーーーーンドッ!」
 緑の腕に換えた。そしてそれで下を凍らせた。そしてすぐにまた腕を換えた。
「チェーーーーンジ、パワーハァーーーーンドッ!」
 今度は赤い腕だ。それで凍りついた大地を渾身の力で打つ。
 凍てついた大地に亀裂が走った。凍った泥地はこれで地震の様に亀裂が走った。
 そしてまだ冷熱ハンドに換える。その亀裂に炎を走らせる。
 それで大地は再び溶けた。そして怪人達はその泥の中に沈んでいく。
 スーパー1は再びエレキハンドに換装した。目にも止まらぬ速さだ。
「腕の換装にも時間をかけなくなっているな」
 メガール将軍はそれを見て呟いた。
 スーパー1は再び電流を大地に走らせた。電流が今度は半身を泥の中に埋めている怪人達に襲い掛かった。
「グググ・・・・・・」
 これには流石に大きなダメージを受けた。怪人達は何とか泥から這い出ても立っているだけでやっとだった。
「どうだ、この攻撃は」
 スーパー1は重力をコントロールさせて泥の上に立っていた。彼ならではの能力であった。
「フム、見事だったと褒めてやろう」
 メガール将軍はそう言いながら前に出て来た。
「だがそれ位にしてもらおうか。この者達は私の腹心なのでな」
「戯れ言を」
 スーパー1は将軍を見据えて言った。
「メガール将軍よ」
 そして今度は彼に正対した。
「ならば貴様が相手になるというのか」
「それも悪くはない」
 将軍は平然とした態度で言った。
「来るか」
 スーパー1はそれを聞き身構えた。
「血気にはやるな。今は貴様と闘うつもりはない」
「ではどうするつもりだ」
「貴様に見せたいものがある」
「見せたいもの!?」
「そうだ。見るがいい」
 将軍は悠然と言った。右手をゆっくりと上げる。すると空に何かが姿を現わした。
「あれは」
 スーパー1は空に姿を現わしたそれを見て思わず息を呑んだ。
「懐かしいであろう」
 将軍はスーパー1を見たまま言った。
「火の車、あれまで復活していたのか」
「そうだ、全ては貴様とこのアメリカを滅ぼす為にだ」
「できるものか」
 だがスーパー1は厳然とした態度で言い返した。
「確かに前に火の車ならできなかっただろう」
 将軍は言った。
「だがこの火の車は違う」
 そう言うと上を飛ぶ火の車をチラリ、と見た。
「見るがいい、新たな力を」
 そして右手を再び上げた。
「やれ」
 右手を下ろした。すると火の車の龍の目に黒い光が宿った。
「あれは!」
「何だあれは・・・・・・!」
 その時スーパー1の隣に佐久間が来た。彼も戦闘員達との戦いを終えていたのだ。
「これは流石に知らないようだな」
 将軍はそれを見て呟いた。
「ではとくと見ておくがいい。我がバダンの新たな力をな」
 両眼からその黒い光が放たれた。それは大地を撃った。
「ムッ!」
 沖と佐久間はそれを見て思わず叫んだ。
 二条の黒い光が大地を撃った。するとその一帯が瞬く間に消え去った。
「何だ今のは」
 二人はそれを見て呆然となった。
「驚いたようだな」
 メガール将軍はそれを見て言った。
「これが我がバダンの時空破断システムだ」
「時空破断システム!?」
「そうだ。暗黒の力を使った究極の兵器だ。全てを抹殺する、な」
 彼は冷然とした態度をそのままにして言った。
「スーパー1よ、今この場でこの黒い光を貴様に放ってもよい。だが」
 将軍はここでスーパー1を睨んだ。暗い光が宿っていた。
「貴様を倒すのはこの私の拳以外にない。だから今日はこれで退こう」
「クッ・・・・・・」
 スーパー1は歯噛みした。
「また近いうちに会おう。ニューオーリンズでな」
 将軍の声は相変わらず冷然としたものである。
 背を向けた。ようやく立ち上がった五人がそれに続く。
「その時が貴様の最後だ。それまで腕を磨いておくがいい」
 そして彼等は姿を消した。火の車も何処かへ消えていった。
「スーパー1」
 佐久間が彼に声をかけた。心配そうな顔をしている。
「大丈夫です」
 だがスーパー1はそんな彼を逆に励ますような声を出した。
「火の車も地獄谷五人衆もメガール将軍も必ず俺が倒します」
 その声は力強いものであった。
「だから・・・・・・悲観してはいけません」
「はい」
 佐久間はその言葉を聞いて頷いた。
「諦めてもいけません。諦めたらそれで終わりですから」
「そうですね」
 彼はまた沖の、スーパー1の強さを知った。そして二人は新たな戦いに備え気を張るのであった。

「とりあえずはこれでいい」
 基地に戻ったメガール将軍は言った。
「そなた達もご苦労であったな」
 そして側に控える五人に対して声をかけた。
「いえ、我々は」
 だが五人はその言葉に謙遜した。
「スーパー1に遅れをとりましたし」
「それはよい」
 将軍はそれを宥めた。
「むしろそれを経験に生かしてもらいたい。次の戦いがあるからな」
「わかりました」
 五人はそれを聞き頭を垂れた。
「そなた達は十二分によくやってくれている。このメガール、謹んで礼を言うぞ」
「勿体なきお言葉」
 彼は部下を粗末にするような男ではなかった。ましてや彼等は自分自身が鍛えた者達である。愛情も持っていた。
「今はゆっくりと休むがいい。そして次の戦いに備えよ」
「ハッ」
 五人は下がった。そしてメガール将軍は一人になった。
「仮面ライダースーパー1」
 彼はスーパー1の名を呟いた。
「貴様は確かに美しい。だがそれ故に憎かった」
 かってドグマにいた時のことを思い出していた。
「私もあの姿になる筈だった。しかし」
 改造手術の技術が未熟であった為彼は醜い姿になってしまったのだ。
 それに悲観した彼は研究所から去った。そして一人命を絶とうとしていた。
 その彼を救ったのがテラーマクロであった。彼はそんな将軍に声をかけドグマに誘ったのだ。
「あの時は本当に救われたと思った」
 彼はドグマの大幹部の一人となった。そして他の四人の大幹部や最高幹部であった悪魔元帥と共にテラーマクロの下で暗躍した。
 しかしやがてテラーマクロと悪魔元帥が対立する。二人は性が合わなかったのだ。
 悪魔元帥はドグマから出ることになった。他の四人は彼についた。
「お主はどうするのだ?」
 五人は組織を出る時メガール将軍に尋ねた。彼はドグマに残ることにした。
「テラーマクロには命を救って頂いた」
 彼はその時に言った。
「そうか」
 五人はそれを聞くと静かに頷いた。そしてそれ以上は誘おうとしなかった。
「ならばお主の好きにするがいい。我等はそれを止めることはせん。そしてお主には危害は加えん」
「すまない」
「だがな」
 悪魔元帥はここで言った。
「お主はあまりにも自分の過去を気にし過ぎる。仕方のないことだが」
「・・・・・・・・・」
 将軍はそれには答えなかった。
「それを忘れることも必要だ。そうでなければ何時かそれに押し潰される」
 彼はそう言うとドグマをあとにした。そしてそれが彼と悪魔元帥の最後の会合であった。
「悪魔元帥の言ったことは正しかった」
 彼はまた呟いた。
「私は己の醜い姿を呪い過ぎた」
 それを悔やむのであった。
 彼はドグマ怪人の墓場にてスーパー1との決戦に挑んだ。そして奥沢正人としての過去の姿を知らされた。
 だが彼はそれでもスーパー1と闘った。婚約者の命まで奪って。そしてメガール将軍として死んだ。
「私はメガール将軍だ」
 彼は一人呟き続ける。
「奥沢正人ではない」
 それが今の彼の全てだった。
「バダンの大幹部、それ以外の何者でもないのだ」
 そして席を立った。
「スーパー1を倒す。バダンとして」
 モニターをつける。そこにはスーパー1が映っていた。
「覚悟するがいい。貴様は私が必ず倒す」
 そして拳を前に掲げた。
「この手でな」
 そう言うとその場を去った。あとには闇だけが残っていた。

 沖と佐久間はメガール将軍との対峙のあとニューオーリンズを回っていた。
「必ずバダンは来る」
 そう確信していた。
 二人はフレンチクォーターに来ていた。ここはかってフランスの植民地時代市街地であった場所だ。
 彼等はそこを調べていた。バダンがテロを仕掛けて来るのではと危惧しているのだ。
「メガール将軍はあまりテロは好まないですが」
 沖は彼の性格はよく知っていた。
「だがもしもの場合もあります。他の者が来ている可能性も否定できない」
「それはありますね」
 佐久間は彼の言葉に頷いた。
「バダンは複数の大幹部が一つのエリアで作戦行動を執ることも多い。テキサスでも重慶でもそうだった」
 沖はそれまでの戦いを思い出しながら言った。
「磁石団長や魔神提督も一緒にいた。魔女参謀と幽霊博士も同時に来た」
「やはりそれだけの戦力があるということなのでしょうね」
「そうですね。今までの組織でもこれだけのものはなかった」
 沖は真剣な表情で答えた。
「今までこれだけの怪人達を一度に相手にしたことはありません」
「はい、そして今度は時空破断システムという未知の兵器まで使用してきています」
「怖ろしい奴等です、一体どれ程の力があるというのか」
 彼は己の力を過信してはいなかった。冷静にバダンの力を見極めていた。
 そこに何者かが姿を現わした。そして沖と佐久間を取り囲む。
「何奴っ!」
 二人はそれに対して素早く身構える。
「そこにいたか、二人共」
 そこに蛇塚と象丸が姿を現わした。
「くっつ、貴様等は!」
「探したぞ、今度こそ息の根を止めてやる」
 大虎と鷹爪も出て来た。
「熊嵐は」
 象丸は鷹爪に問うた。
「もうすぐ来るわ、心配しないで」
「そうか」
 他の三人はそれを聞き頷いた。
「ならば暫し我等四人で沖一也の相手をしよう」
 そして戦闘員達と共に沖と佐久間を取り囲んだ。
「行くぞ!」
 そして沖に一斉に襲い掛かった。
「来たか!」
 沖もそれに立ち向かった。そして四人と拳を交えた。
「我等の力が怪人の時だけだと思ったら大間違いだ!」
 彼等は銘々独自の構えをとり沖に立ち向かって来た。
「これを受けてみよ!」
 熊嵐は激しい動きで襲い掛かって来た。
「ムッ!」
 沖はそれを受け止めた。そこに蛇塚が来る。
「シューーーーーーーッ!」
 腕を蛇の様にしならせる。そしてその腕を鎌首の様にして襲って来た。
 だが沖はそれを屈んでかわした。しかしそこに大虎の足払いがくる。
「甘いわっ!」
 それはまるで竜巻の様であった。沖はそれを自らも足払いをかけることで相殺させた。
 沖は跳んだ。態勢を立て直す為だ。だがそこに鷹爪が跳び掛かってきた。
「そうそう逃げられると思わないことだ!」
 その爪で切り裂かんとする。沖はそれを後ろに身を捻ってかわした。
 すんでのところで着地する。そこに新たな男が来た。
「待たせたな!」
「象丸!」
 象丸はその拳で沖の顔を砕かんとする。だが沖はそれを両手で防いだ。
「やるな」
 拳を受けられた象丸は思わず笑みを漏らした。
「流石は赤心少林拳の最後の継承者だけのことはある」
 赤心少林拳、既にテラーマクロにより壊滅させられていた。沖はその最後の奥儀伝承者であった。
「生憎だが俺は負けるわけにはいかない」
 沖は象丸から身を離し彼等と間合いをとって言った。
「貴様等を全て倒すまではな。さあ、来い」
「残念だがそれはない」
 彼等は沖を睨みつけたまま言った。
「貴様は今からこのニューオーリンズと運命を共にするからだ」
「何!?」
「見るがいい」 
 五人は上を指差した。すると空から雷の様な爆音が聞こえてきた。
「あれか」
 沖はその爆音の主が何であるかすぐに悟った。
 火の車が来た。厚い雲の間から舞い降りて来た。
「さあ、沖一也よ」
 五人は彼に対して言った。
「黒い光を浴びて死ぬがいい」
 そう言うと彼等は姿を消した。
 火の車はゆっくりと沖に近付いて来た。だが沖はそれから退こうとしなかった。
「沖さん、ここは一時撤退しましょう」
 戦闘員達との戦いを終えた佐久間が言った。だが沖はそれに対して首を横に振った。
「いえ、それはできません」
「しかし」
「俺が退いたらこのニューオーリンズはあの火の車により消されてしまうでしょう。それだけは許してはなりません」
「ではまさか」
「そのまさかです」
 佐久間の言葉ににこりと笑って答えた。
「見ていて下さい、沖一也の、仮面ライダースーパー1の戦い方を!」
 そう言うと天高く跳び上がった。
「ブルーバージョン!」
 そしてマシンの名を叫ぶ。するとブルーバージョン改が姿を現わした。
 マシンは大地を蹴った。そして沖のもとへ飛ぶ。
 沖は既にスーパー1に変身していた。光の中から姿を現わす。
 そしてそれに乗った。マシンは彼を乗せたまま空を飛ぶ。
 火の車はスーパー1に狙いを定めた。そして目に黒い光を充填させる。
「やはりあそこか」
 スーパー1はそれを冷静に見ていた。
「あの両目を破壊すれば火の車はただの円盤になる」
 彼はそう喝破した。だがそれは容易ではないこともわかっていた。
 二条の黒い光が襲い掛かる。スーパー1はそれをマシンの機首を捻ってかわした。
「ムン!」
 黒い光は後ろに消えた。空の彼方で消滅する。
 火の車の目は赤に戻った。スーパー1はその間に腕を換装していた。
「これなら」
 それはレーダーハンドであった。それで火の車の左眼に照準を定める。
「喰らえっ!」
 ミサイルを放った。それは一直線に火の車の左眼に飛んでいく。
 ミサイルが炸裂した。爆発と共に龍の左眼が潰れた。
「よし!」
 だが右眼がまだ残っていた。その右眼をこちらに向けてきた。
 そしてまた光を放つ。だがそれもかわした。だがミサイルはもうない。
「今度はこれだ!」
 そしてまた腕を換装させた。エレキハンドだった。
「喰らえっ!」
 両手を重ね合わせそこから電流を放つ。それは龍の右眼を破壊した。
 これで黒い光を放つことはできなくなった。だがスーパー1は攻撃を止めなかった。
「チェーーーーンジ、冷熱ハァーーーーーーンドッ!」
 緑の腕に換える。まずは炎を放った。
 炎が火の車の全身を包む。そしてその身体を真っ赤にした。
 今度は冷気を放った。一度極限にまで熱されたその身体が今度は急激に冷やされる。
 それによりかなりのダメージを受けた。装甲はもうあちこちが破損していた。
「よし!」
 ブルーバージョン改から跳んだ。そして火の車の背に跳び乗った。
「止めだっ!」
 また腕を換装した。パワーハンドだ。
 その紅い拳で龍の背を激しく殴る。そshちえその各部を次々と破壊していく。
 装甲を破壊された火の車は最早それに対して全く無力であった。瞬く間に原型を留めぬ程にまで破壊された。
 スーパー1は跳んだ。そして蹴りを放った。
「旋風スーパァーーーーキィーーーーーック!」
 火の車を貫いた。そしてスーパー1が着地した時火の車は空中で爆発していた。
「やりましたね」
 着地したスーパー1のもとに佐久間が駆け寄って言葉をかけてきた。
「ええ、とりあえずこれで敵の兵器は破壊しました」
 スーパー1は立ち上がって答えた。
「はい」
「ですが油断はできません」
 スーパー1の声はまだ気を緩めたものではなかった。
「わかっています、残るは」
「はい、地獄谷五人衆とメガール将軍です」
 二人はついさっきまで火の車があった空を見た。そこでは爆発が消え戦いの後は何も残ってはいなかった。

「火の車が破壊されたか」
 メガール将軍はそれを指令室で五人衆と共に観戦していた。火の車は彼が操っていたのだ。
「やりおるな、やはり」
 だが彼は驚かなかった。当然のことのように受け止めていた。
「将軍、如何致しましょう」
 鷹爪が尋ねてきた。
「こうなっては最早我等だけでスーパー1を倒すしかないかと」
 大虎も言った。
「全ては将軍の思われるまま」
 蛇塚が続いた。
「将軍が行かれるところなら何処までも」
 象丸が畏まった。
「参りましょう」
 そして最後に熊嵐が言った。
「そうか」
 将軍はそれを黙って聞いていた。
「ならば決まっている。スーパー1に最後の戦いを挑みに行くぞ」
「ハハッ」
 五人衆はそれを聞き片膝を折って応えた。
「我等が勝つか、スーパー1が勝つか」
 将軍はその戦いに思いを馳せながら言葉を出した。
「それを遂に決する時が来た」
「はい」
 五人は一斉に頷いた。
「行くぞ」
「わかりました」
 これで終わりだった。彼等は指令室をあとにした。そしてそこに戻ることはなかった。

「基地を爆破したのか」
 死神博士はそれをスペインの基地から見ていた。
「潔いな。バダンの者とは思えぬ」
 彼はそれを見て呟いた。
「元々この道に入るべき男でなかったのかも知れぬ。そう」
 彼は完全に爆破された基地の後を見ながら言った。
「沖一也と同じ道を歩むべきだったのだろう」
 死神博士は同じ科学者であった彼のことを常に意識していたのだ。
「科学者といっても色々いる。私の様な天才故に全てを欲する者もいれば純粋にその身を捧げる者もいる。あの男は後者だったのだろう」
 流石にそれをよく見極めていた。
「やはりあの手術の失敗が影響しているのだろうか。いや」
 ここで思い直した。
「あれは確かにはじまりだった。そしてそれによりスーパー1を憎んでいた。だが今は違うな」
 流石はショッカー随一の頭脳である。鋭い見極めであった。
「バダンで別の道に目覚めた。そう、もうあの男に己の姿を嫌う心はない」
 だとしたら何か。
「あくまでスーパー1と戦いたいか。そして倒したい。どうやら戦士として目覚めたようだな」
 彼もまた将軍であるからだろうか。
「ならば良い。思う存分戦うがよい。そして」
 死神博士はここで酷薄な笑みを浮かべた。
「ライダーの血で祝杯を挙げようぞ」
 そしてその部屋から消えた。暗闇の中に消えていった。

 沖と佐久間、そしてメガール将軍達はニューオーリンズの市街で対峙していた。
「これが最後の戦いだ」
 メガール将軍は一歩前に出て沖に対して言った。
「この街を貴様の墓場とする。前に言った通りにな」
「そうか」
 沖は壁に背を着けた。見れば壁にはジャズ歌手の絵が描かれている。如何にもアメリカらしい。
「火の車への戦い方、見事であった。だが私達はそうはいかん」
 五人が左右に出て来た。
「まずはこの者達が相手をする」
 そして将軍は後ろに下がった。
「それから私が相手をしよう。それでいいな」
「望むところだ」
 五人は素早く左右に散り沖と佐久間を取り囲んだ。戦闘員達もいた。
「沖さん、戦闘員達はいつも通り俺がやります」
「頼みます」
 沖は佐久間の言葉に頷いた。
「では」
 佐久間も身構えた。だが五人衆は彼には目をくれない。あくまで沖だけを見ている。
「行くぞ」
 そして彼等は顔の前で両手を交差させた。そして変身した。
「変身したか」
 沖はそれを見て言った。声は落ち着いていた。
「ならば俺も」
 彼も変身に入った。右手をゆっくりと後ろに引いていく。

 変・・・・・・
 引いた右手を上に持っていく。左手はそれに合わせるかのように下にし前に置いている。両手は爪の様に指を半ば曲げている。
 右手を前に持ってきた。左手をそれに合わせる。そして両手を手首のところで合わせる。そのままゆっくりと前に出す。
 身体が黒いバトルボディに覆われる。胸は銀だ。手袋とブーツも銀であった。
 ・・・・・・身!
 その前に出して両手を止めた。そして時計回りに一八〇度回転させる。
 顔の右半分を銀の仮面が覆う。眼は紅だ。そして左半分も覆われる。

 ベルトから光が放たれる。そしてそれが消えた時銀色のライダーがそこにいた。
「行くぞっ!」
 スーパー1は前に突進した。佐久間もそれに続く。怪人と戦闘員達が彼等を取り囲む。そして戦いがはじまった。
 まず佐久間は戦闘員達に向かっていった。そして拳と蹴りで彼等を倒していく。
「貴様等の相手は俺だっ!」
 そして戦闘員達をスーパー1のところに近寄せない。そして戦いをスーパー1に有利なようにした。
 それを受けてスーパー1は五人衆と対峙した。彼等は半円型の陣で彼を取り囲んでいる。
 彼等とスーパー1は睨み合う。互いに隙を窺っている。
 先に動いた方がやられる、そんな感じだった。双方共息を呑む。
 五人の足の動きが一瞬乱れた。スーパー1はそこに隙を見た。
「よし!」
 一気に攻勢に出た。その拳と脚で五人に切り込む。
「囲め!」
 ゾゾンガーが叫んだ。他の四人は素早くスーパー1を取り囲んだ。
「よし、今だ!」
 ゾゾンガーがバズーカを放とうとする。他の四人はバズーカが発砲された瞬間素早く跳び退いた。
 砲弾がスーパー1に襲い掛かる。だがスーパー1は瞬時に姿を消していた。
「ムッ、何処に行った!」 
 五人は慌てて彼を探す。不意に気配が姿を現わした。
 それはゾゾンガーの前に来た。そしてバズーカを奪った。
「トォッ!」
 その気配の正体はやはりスーパー1だった。彼は目にも止まらぬ動きで彼等の目を眩ませていたのだ。
 バズーカを奪うとそれを拳で砕いた。そして言った。
「これで飛び道具はなくなったぞ!」
「ほざけ!」
 ゾゾンガーは怒りに身体を震わせスーパー1に体当たりを敢行した。だがスーパー1はそれを防いだ。
「甘いな」
 両手で受け止めたのだ。そしてゾゾンガーの身体を掴むと上に放り投げた。
「クッ!」
 だがゾゾンガーは空中で身体を回転させた。そして両足で受け身を取った。
 彼の周りを他の四人が取り囲む。そして再びスーパー1と対峙した。
「こうなったら拳で倒す」
 スーパー1を取り囲む。
「最初からそうするべきだった」
 彼等はジリ、ジリ、と間合いを詰める。スーパー1は摺り足で間合いを図る。
「来るな」
 彼は悟った。そして五人を注視した。
「問題はどう来るかだ」
 まずはヘビンダーが来た。
「行くぞ!」
 その身体が右から左に複数に分かれる。分身の術だ。
 その全てがスーパー1に向かって来る。彼はその全てを相手にした。
「よし!」
 そしてその後方からストロングベアがブーメランを投げる。どうやらヘビンダーの分身はどれかわかっているようだ。的確に分身体に向かって投げる。そしてブーメランはその身体をすり抜けてスーパー1に襲い掛かる。
「クッ!」
 スーパー1はヘビンダーの攻撃とそれを身を捻ってかわした。だがそこに槍が襲い掛かって来た。
「油断したな!」
 それはクレイジータイガーの槍だった。そして見れば左右にはサタンホークとゾゾンガーがいる。
「我等の拳、受けてみよ!」
 五人は一斉に攻撃を仕掛けた。その瞬間だった。
「今だ!」
 スーパー1は上に跳んだ。
「上か!」
「だが!」
 五人は焦ってはいなかった。彼の降りるところを待ち構えていた。攻撃が来てもかわすつもりであった。
 しかし彼等は一箇所に固まっていた。それがスーパー1の狙いであったのだ。
「この時を待っていた!」
 彼は一旦遠くに着地した。そしてそれでまずは敵の出鼻をくじいた。
「何をするつもりだ!?」
 彼等はすぐに攻撃が来るものだと思っていたが当てが外れて少し拍子抜けした。
 しかしスーパー1はそのまま地を滑ってきた。
「突進して来るか!」
 だがこれもフェイントだった。スーパー1は彼等の目の前で跳んだ。
「トゥッ!」
 そして空中で前転した。そのまま構えを取る。
「スーパーライダァーーーー・・・・・・」
 構えの後背面跳びになる。そしてそこから蹴りに入る。
「天空連続キィーーーーーーック!」
 五人衆に向けて蹴りを放った。連続して五発繰り出す。それぞれ一撃ずつ撃った。
 それだけではなかった。そこから一度後ろに跳び蹴りを放った。今度は気を全身に纏っている。
 そして五人を貫く様に蹴った。気が五人を包んだ。
「グオオオオオッ!」
 凄まじい爆発が起こった。そして五人は吹き飛ばされた。
「な、何という攻撃だ・・・・・・」
 彼等はそれでも立ち上がってきた。だが変身を解き人間態になっている。
「まさか我等を一度に倒すとは」
 五人は全身に深い傷を負っていた。最早余命幾許も無いことは明らかであった。
「この時を待っていたのだ。貴様等が一度に集まる時をな」
 スーパー1は彼等に対して言った。冷静な声であった。
「そうだったのか」
「ぬかったわ、我等の負けだ」
 彼等は血に塗れた口でそう言った。
「だが我等の仇はメガール将軍がとって下さる」
「地獄で貴様が来るのを待っていよう」
「さらばだスーパー1!」
 そして彼等は倒れた五つの爆発が起こった。
「これで地獄谷五人衆は倒したか」
「そうだ、その戦い見事であった」
 スーパー1の前にメガール将軍が姿を現わした。
「あの五人を一度に倒すとはな。腕をあげたようだな」
 彼は後ろの爆煙を見ながら言った。
「だがスーパー1よ」
 そしてスーパー1に顔を戻した。
「この者達の仇は取らせてもらう、そして」
 スーパー1を睨んだ。鋭い光が宿っている。
「貴様との闘いをこれで終わらせる」
「望むところだ」
 彼もまた将軍を睨みつけていた。
「メガール将軍」
 彼の名を呼んだ。
「来い、そして全てを終わらせてやる」
「その為に私は甦った」
 彼は言った。
「さあ行くぞ、スーパー1よ」
 背中のマントを取った。
「私の真の姿で相手をしてやる」
 そしてそのマントで全身を包んだ。マントを剥がすとそこには巨大な牛の頭部を持つ機械の怪人が立っていた。
「死神バッファロー」
 彼は自らの名を呼んだ。
「この名にかけて貴様を倒す!」
 そして右手に持つ巨大な鉄球を投げてきた。
「行くぞ!」
 スーパー1は前に跳んだ。そしてその鉄球をかわして死神バッファローに攻撃を仕掛ける。
「ムンッ!」
 だが死神バッファローはそれを受けた。鉄球は既に壁にぶつかりそれを粉々に砕いていた。
 スーパー1は蹴りを放った。死神バッファローはそれを受ける。
「今度はこちらの番だ!」
 そして逆に手刀を放つ。スーパー1はそれを後ろに身体を捻ってかわした。
「この程度っ!」
 そして捻りながら死神バッファローの顎に下から蹴りを放つ。しかし彼はそれを受けた。
「どうした、動きが遅いぞ」
 彼は両手でスーパー1の足を掴んでいた。そして左に投げた。
「グォッ!」
 スーパー1はアスファルトに叩き付けられる。激しい衝撃が全身を襲った。
「まだだっ!」
 死神バッファローの攻撃はそれで終わりではなかった。立ち上がってきたスーパー1に体当たりを敢行した。
 右肩からぶつかる。それはスーパー1の腹を直撃した。
「ガハッ・・・・・・!」
 思わず呻き声をあげた。吹き飛ばされはしなかったが再び激しい衝撃が全身を襲った。
 だがそれに耐えた。そして踏み止まった。
「まだだ!」
 彼にも意地があった。
「流石だ」
 死神バッファローはそれを見て賞賛の言葉を口にした。
「それでこそ私の生涯の敵だ」
 その声には敵愾心はなかった。
「スーパー1よ、さっきも言ったが私は貴様を倒す為に甦ってきた」
 そしてスーパー1に対して言った。
「かってはこの身体を醜いとも思っていた」
 その為にドグマに入ったのであった。
「だが今は違う。この身体は貴様と戦う為にあるのだ。そう、これは運命だったのだ」
「運命・・・・・・」
「そうだ」
 彼は答えた。
「私は貴様と戦う運命だったのだ。その為に絶望の底に叩き落とされたこともあった」
 一度は自ら死を選ぼうとしていた程であった。
「だがそれは誤りだったのだ。私が何故改造手術を受け、ドグマに入ったのか考えた。地獄でな」
 彼にとって地獄はその答えを出す場所であったのだ。これが他の大幹部や改造魔人達とは違っていた。これは彼がドグマに入るまで、そして入ってからの経緯も関係していた。
「そしてわかった。私の運命を」
「俺と戦うというか」
「そうだ。スーパー1よ」
 彼はここでスーパー1を見据えた。
「今ここで貴様を倒す!」
 そして構えをとった。
「そうか、運命か」
 スーパー1はその言葉を反芻した。
「運命は俺にもある」
 そして死神バッファローを見据えた。
「俺の運命、それは」
 そしてゆっくりと構えをとった。
「悪を倒し、この世に平和を取り戻すことだ。そしてその為に」
 全身を闘気が包んでいく。
「メガール将軍、いや死神バッファローよ」
 彼の名を呼んだ。
「貴様を倒す!それが俺の運命なのだから!」
「望むところだ!」
 両者は同時に突進した。そして互いに拳を繰り出した。激しい衝撃がその場を覆った。
 二人はその場所で激しく撃ち合った。そこには恨みも憎悪もなかった。ただ闘う二人の戦士がいるだけであった。
「スーパー1・・・・・・」
 戦闘員達との戦いを終えていた佐久間はその戦いのあまりもの激しさに戦慄を覚えていた。
 これ程までに激しい戦いは彼も今までそうそう見たことはなかった。双方共一歩も退いてはいなかった。
 佐久間はそれを見守ることしかできなかった。ただその拳と拳の撃ち合いを見るだけであった。
 スーパー1は技で、死神バッファローは力で闘っていた。二人は最早ガードもなく互いに激しく拳を繰り出していた。その全身が傷だらけになっていた。
 体力は僅かに死神バッファローの方が上だった。スーパー1の動きが鈍くなってきた。
「そろそろ終わりだな」
 死神バッファローは肩で息をしだしたスーパー1を見て言った。そして身体に力を貯めた。
「これで終わりだあっ!」
 拳を出した。それは今までのものとは比べ物にならないものであった。
「これを受けたならば」
 スーパー1はそれを見て考えていた。
「ただでは済まない」
 すぐにわかった。このままでは危ない、すぐに察知した。
「トォッ!」
 上に跳んだ。そしてその拳をかわした。
「上かっ!」
 死神バッファローは上を見上げた。スーパー1はそこにいた。宙返りをしていた。
「これで決める!」
 スーパー1は空中で構えをとった。
「スーパーライダァーーーーー」
 そして空中で型をとる。
「月面キィーーーーーック!」
 蹴りを放った。雷の様な速さで死神バッファローに急降下していく。
 見えなくなった。それはまるで流星の様であった。
 蹴りが死神バッファローの胸を直撃した。あまりもの速さの為かわすことはできなかった。
「グワアアッ!」
 死神バッファローは叫び声をあげた。そして後ろの壁に叩き付けられた。
「これで決まりか」
 スーパー1は着地して壁に叩き付けられた死神バッファローを見た。彼は身動き一つしていなかった。
「グググ・・・・・・」
 だがそれは一瞬であった。彼は壁から出て来た。
「やはりな」
 スーパー1はそれを見て身構えた。警戒は解いていない。
「安心しろ、スーパー1よ」
 だが死神バッファローはそんな彼に対して言った。
「私はもう闘うことはできない。貴様の勝ちだ」
 そしてゆっくりとメガール将軍の姿に戻ってきた。
 メガール将軍は壁の前に立った。その全身からは血が噴き出していたがそれでも立っていた。
「見事な蹴りだった。私でもあれはかわすことができなかった」
「そうか」
 スーパー1はそれを静かに聞いていた。
「褒めてやろう、スーパー1よ。貴様は私が今まで合った中で最高の戦士だ」
「礼を言う」
 彼は素直にそう応えた。
「その最高の戦士と拳を心ゆくまで交えることができた。最早思い残すことはない」
 その表情は死ぬ前にしては不思議な程清々しかった。
 彼はその場を動かなかった。だがその顔はスーパー1から離れなかった。
「かってはこの身体に絶望したが今は違う。貴様と闘うことができたのだからな、最後まで」
「メガール将軍」
「貴様を倒すことができなかったことは心残りだがそんなことは最早どうでもいい。さらばだ」
 そう言うと最後に笑った。
「生まれ変わりまた会おうぞ。その時はまた拳を交えよう!」
 それが最後の言葉だった。彼は爆発の中に消えていった。
「メガール将軍」
 スーパー1はそれを感慨深げに見ていた。爆発の煙も炎も消えその後には何も残ってはいなかった。
「見事な男だった。そして」
 彼は言葉を続けた。
「生まれ変わりまた会う日を楽しみにしている。貴様と拳を交えるその日をな」
 そして彼はその場から背を向けた。隣に佐久間がやって来た。
「お見事でした」
 それだけであった。他には何も言わなかった。
「有り難う」
 スーパー1もそう言っただけであった。そして二人はニューオーリンズを後にした。

「メガール将軍は死んだか」
 死神博士は自分の部屋でその話を聞いていた。
「立派な最後だったそうです」
 戦闘員は敬礼して報告を続けた。
「そうか」
 彼はそれを車椅子に座って聞いていた。
「惜しい男だったが」
 そして少し上を見た。
「だが最後まで思う存分戦うことができたのだ。悔いはあるまい」
「はい」
 その戦闘員は静かにそう答えた。
「あの男は自分の望む通りの最後を迎えた。思えば幸せな男だ」
「そうでしょうか」
 戦闘員はその言葉に思わず問うた。彼もメガール将軍のことは知っているからだ。
「人の一生は最後で決まる」
 博士はそんな彼を評するように言った。
「あの男の最後はそれをよく語っていた。そう」
 彼は車椅子から立った。
「私もそうだ。そう、この街で生まれ、また帰ってきた」
「はい」
 戦闘員はその言葉に応えた。
「それが何を意味するか、わかるだろう。すぐにな」
 思わせぶりな言葉であった。
「死神博士、そのお言葉は」
「ライダーの死を意味しているのだ」
 不安になった戦闘員に対して不敵な笑みで返した。
「ライダーが死に、私がこの街でバダンの勝利を宣言するのだ。素晴らしいと思わんか」
「それはそうですが」
 だがその戦闘員はまだ不安を拭えてはいなかった。
「心配無用だ。私には切り札がある」
「時空破断システムでしょうか」
「切り札は一つとは限らない」
 彼はニヤリと笑った。
「そう、それは空にある」
 彼は上を見上げた。そこにその切り札はあるのだ。
「待っておれ、ライダーよ」
 まだその不敵な笑みをたたえていた。
「今度こそ貴様を葬ってやる」
 彼の笑いは続いていた。そしてそれは闇に同化していった。


絶望の運命   完


                               2004・8・28




Number
Pass

ThinkPadを買おう!
レンタカーの回送ドライバー
【広告】楽天市場にて 母の日向けギフト値引きクーポン配布中
無料で掲示板を作ろう   情報の外部送信について
このページを通報する 管理人へ連絡
SYSTEM BY せっかく掲示板