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第二掲示板@うらたにんわあるど

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[189] 題名:サバンナの巨象1 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年08月31日 (火) 00時02分

            サバンナの巨象
 アマゾンはアフリカのサバンナに来ていた。
「話には聞いていたけれど凄いな」
 隣にいるモグラ獣人が感嘆の言葉を出した。彼は人間の姿をとっている。
「うん、アマゾンここへは何度か来たことあるけれど何時見ても凄い」
 彼も目を細めて言った。
「アマゾンとはまた違う。こうした自然もいい」
「そうだよな、おいらもそう思うよ」
 モグラ獣人もまた自然が好きだ。彼もまた密林の中で生きているからだ。
 二人は象やガゼルの群れの間を歩いている。ふとライオンの群れの中に入った。
「ちょっと通る、心配いらない」
 アマゾンは突然の侵入者を見て立ち上がったライオン達に対して言った。ライオン達はアマゾンの目を見てそこで止まった。そして逆にアマゾンを出迎えるように道を開けた。二人はその間を進んでいく。
「相変わらず動物達に凄い人気だなあ」
 モグラ獣人はそれを見て言った。
「アマゾン動物好き、だからその想いが伝わる、だから動物道を開ける」
 彼は笑顔でそう答えた。
「動物アマゾンの仲間。仲間は助け合うもの、アマゾンそう思う」
 彼はそう考え今までライダーとして戦ってきた。彼はライダーの中でも特に純粋で心優しい戦士なのである。
「動物もいいけれどさあ」
 モグラ獣人はそんなアマゾンに対して言った。
「アマゾン、ここで何をするつもりだい!?見たところ草原と木だけで何もないよ」
 サバンナは見渡す限りの大草原である。ここにいる人々は狩猟により暮らしている。彼等もまた自然と共に生きているのだ。
「モグラ、心配いらない」
 アマゾンは心配するモグラ獣人に微笑んで言った。
「もうすぐわかるから」
「もうすぐ、もうすぐ、っていったもう一週間だよ」
 彼は不満を露わにして言った。彼等はこの一週間ずっとサバンナを歩き回っているのだ。
「まだバダンの奴等は見つからないのかい!?」
「バダン!?」
 アマゾンはそれを聞いてキョトンとした顔をつくった。
「そうだよ、バダンだよ」
 モグラはその口をさらに尖らせて言った。
「ここにもバダンがいるんだろう!?だから来たんだと思うけれど」
「うん、確かにバダンここにいる」
 アマゾンは顔を真面目なものにして答えた。
「けれどまだバダンの連中には会えない」
「どうしてだい!?」
「奴等アマゾン達を狙っている」
 アマゾンは言った。
「じゃあ今すぐにでも来そうなものじゃないか」
 モグラ獣人は不思議そうな顔をして言った。
「奴等は待っている」
「何をだい!?」
「アマゾン達が隙を見せるのを。多分その時に来る」
「そうか」
 モグラ獣人はようやく事情を理解した。そして二人はサバンナを歩いていった。

 アマゾン達の動きはアマゾンが予想した通りバダンによって見張られていた。彼等はサバンナ中に網の目の様に監視網を作り二人を監視していた。
「アマゾンの動きはどうだ」
 キバ男爵は夕闇が覆うサバンナで戦闘員からの報告を受けていた。
「ハッ、やはり手強いです」
 その戦闘員は敬礼をして答えた。
「中々隙を見せません。どうやらこちらの動きを知っているようです」
「そうだろうな」
 彼はそれを聞いて言った。
「アマゾンライダーはああ見えても手強い男だ。わしはそれをカンボジアで知った」
「カンボジア・・・・・・アンコールワットの戦いでですね」
「そうだ、あの時はアマゾン一人を狙ったが」
 彼はマンモスの骨の兜の下で言った。
「全く相手にならなかった。こちらの刺客は全て倒されてしまった」
「そして日本でもアマゾンでも我々は奴の前に一敗地にまみれましたな」
「うむ。まるで獣の様な男だ。おそらく今は逆にこちらの隙を窺っているのだろう」
「こちらのですか」
「そうだ、油断してはならぬぞ」
「わかりました」
 その戦闘員は答えた。
「だがこちらにも切り札がある」
 キバ男爵は顔を上げて言った。
「奴ですら一撃で倒すあの兵器がな」
「はい、アマゾンライダーをこのサバンナと共に消し去ってやりましょう」
 戦闘員は頭を垂れて言った。
「その為には何をするべきか」
 キバ男爵はここで考え込んだ。
「誘き出すべきか、それとも」
 彼は言葉を続ける。
「一気に消し去るか」
 そう言いながら闇の中へ消えた。夜のサバンナに象の咆哮が聞こえた。

 アマゾンとモグラ獣人は休んでいた。二人はモグラ獣人の掘った穴に入っている。
「何かツチブタみたいだな」
 モグラ獣人は穴の中で笑いながらアマゾンに対して言った。
「ツチブタ!?ああ、あれか」
 アマゾンはそれを聞いてある動物を思い出した。
 ツチブタとはサバンナに住む動物である。土に穴を掘ってその中で暮らしている。夜行性の哺乳類である。
「似てるだろ、こうして穴の中にいるから。まあおいら達は昼に動いているけれど」
「確かに似てる。アマゾンとモグラツチブタそっくり」
「おいおい、けれどおいらはあんなに不細工じゃないよ」
 彼は困った顔をしてそれを否定した。
「こんな男前を捕まえて何を言うんだよ」
「御免」
 アマゾンは素直に謝罪した。
「モグラいい奴。アマゾンそれ保証する」
「顔はなしかよ。まあいいや」
 元々そんなことにこだわる男ではない。彼等はそのまま穴の中で休息に入った。
「なあアマゾン」
 モグラ獣人が不意に話しかけてきた。
「モグラ、どうした?」
 アマゾンは顔を上げて尋ねてきた。
「何で昼動かないんだい!?おいらもアマゾンも夜でも平気なのに」
 彼は不思議そうに尋ねた。
「夜は特別」
 アマゾンはそう答えた。
「特別!?」
「そう、サバンナは昼と夜じゃ違う。出ている動物達も違う」
 ライオンも実は夜行性である。彼等は昼は寝て夜に狩りをするのだ。
「だから出歩かない。さもないとそこにバダン来る」
「そうか、気をつけないとな」
「気をつけるの凄く大事。よく見ておくことも大事」
 アマゾンは言った。
「バダン隙を見せる。その時に動く」
「そうか、それを考えていたのか」
 モグラ獣人はそれを聞いてようやく納得した。
「その時は近い。アマゾンその時になったら一気に戦う、モグラも頼む」
「わかったよ」
 二人はそう言い合うと眠りに入った。そして夜になった。
 
 二人は穴から出てまたサバンナの中を歩きはじめた。やがて木の陰に止まった。
「御飯にしよう」
 そしてその木の実をとり食べはじめた。
「アマゾンは食事を採っているな」
 それを遠くから見る者達がいた。
 一見この辺りに住む部族の者達である。だが何故か周りに山のようにいる獲物達を一瞥だにしない。ただアマゾン達を見ているのである。
「気をつけろよ。気付かれたら終わりだ」
 リーダー格の一人が言った。
「はい」
 彼等はそのリーダーの指示に従いゆっくりと風下からアマゾン達に近付く。そして一気に攻勢に出た。
「**(確認後掲載)っ!」
 槍を投げ踊りかかる。だがアマゾンとモグラ獣人はそこにはいなかった。
「ムッ!?」
「何処だっ!?」
 彼等は慌てて周りを探る。その時上から声がした。
「ケケーーーーーッ!」
 いきなりその中の一人が引っ掻かれた。見れば仮面ライダーアマゾンがいた。
「バダン、覚悟っ!」
 彼はすぐに他の者に挑みかかった。そして別のバダンの者を噛み殺す。モグラ獣人も姿をあらわした。
「ヌウウ、こちらの動きを読んでいたか」
 リーダー格の男は既に怪人の姿になっていた。ジンドグマの扇風怪人ゴールダーである。
「御前達の殺気、ここにみなぎっていた。アマゾンそれに気付いた」
「迂闊だったわ」
 ゴールダーはそれを聞いて舌打ちした。
「だが貴様を倒せばそれですむこと」
 怪人は身構えてそう言った。
「これでも受けるがいい」
 そして力を溜めた。
 口から冷凍ガスを放ってきた。だがアマゾンはそれを上に跳躍してかわした。
「ケケーーーーーーーッ!」
 そして空中で一回転する。そのまま怪人へ向けて急降下する。
 そして両手の爪で切り裂いた。それは怪人の胸を切った。
「ブブーーーーーーーッ!」
 怪人は絶叫した。そして前に倒れた。
 起き上がれなかった。ゴールダーは爆死して果てた。
「アマゾン、やったな!」
 モグラ獣人はそれを見て喝采した。
「モグラ、油断しては駄目」
 だがアマゾンはそんな彼に対して言った。
「何でだよ、折角怪人をやっつけたのに」
 彼は口を尖らして反論した。だがアマゾンはそんな彼に対して言った。
「もう一人いる」
「えっ!?」
 モグラ獣人はその言葉に思わず身構えた。そこへ何かが飛んできた。
「ムッ!」
 二人はそれを左右に跳びかわした。それは溶解液であった。後ろの木がそれにより溶ける。
「ファンファンファーーーーーンッ!」
 ゲルショッカーの触手怪人イソギンジャガーであった。怪人は無気味な唸り声を出してこちらにやって来た。
「ケケーーーーーーッ!」
 アマゾンがそこに跳びかかる。まずは爪で切り裂かんとする。
 だが怪人はそれをかわした。そして右腕の触手で首を絞めようとする。
「甘いっ!」
 しかしアマゾンはそれをかわした。だが左腕に絡み付いてきた。
「ムムム」
「ファファファファファ」
 イソギンジャガーは得意そうに笑う。そして口から溶解液を出そうと身構える。
アマゾンはそこで右腕を振り下ろした。そしてそれで触手を断ち切った。
「ヌッ!」
 一気に攻勢に転ずる。蹴り飛ばし怯んだところにまた襲い掛かる。
「ケーーーーーーーーッ!」
 右腕を振り下ろした。大切断だ。それで怪人を上から真っ二つにした。
 イソギンジャガーの身体が左右に分かれる。鮮血をほとぼしらせた後怪人の身体は爆発して果てた。
 しかしそこにもう一体やって来た。今度は空からだ。
「ヴェーーーーーーーッ!」
 ショッカーのカマイタチ怪人ムササビートルだ。怪人は空中からアマゾンに急降下攻撃を仕掛けてきた。
「アマゾン!」
 モグラ獣人はアマゾンに声をかけた。
「モグラ、大丈夫!」
 しかし彼はそんなモグラ獣人に対して逆に元気付け、安心させるようにして言った。
 一撃目はかわした。だがムササビートルは上空に舞い戻ると旋回した後また狙いを定めてきた。そしてまた急降下攻撃を仕掛ける。
「今だっ!」
 そこで跳んだ。そしてこちらに襲い掛かってくるムササビートルに蹴りを放った。
「ケケケーーーーーッ!」
 アマゾンキックであった。それは急降下してくるムササビートルの顔を直撃した。
「ヴァッ!」
 それを受けたムササビートルは空中に吹き飛ばされた。そして激しく回転し地に落ちた。
 そしてそこで爆死した。こうしてバダンの怪人達は皆アマゾンにより退けられてしまった。
「アマゾン、よくやったね」
 モグラ獣人は着地したアマゾンに対して声をかけた。
「よくやってない」
 だがアマゾンはそれに対して首を横に振った。
「ライダーが怪人倒す、これ当然のこと。アマゾン当然のことしただけ」
「そうか、そうだったね」
 モグラ獣人はそれを聞いて顔を綻ばせた。
「じゃあ言い方を変えるよ。勝ってよかったな」
「うん、それだといい」
 人間の姿に戻ったアマゾンは笑顔でそれに応えた。そして二人はまた歩きはじめた。

 キバ男爵はそれを遠くから見ていた。そして言った。
「怪人はあと三体残っていたな」
「はい」
 戦闘員の一人が答えた。
「よし」
 彼はそれを聞くと頷いた。
「あの兵器だがな」
「はい」
「可動式にできるか」
「可動式ですか!?」
 戦闘員達はそれを聞き思わず声をあげた。
「そうだ、可動式だ」
 キバ男爵はそれに対し顔を向けて言った。
「誘き出そうと思ったがそれはできないようだ。むしろこちらが攻めてくるのを待っている」
 彼はアマゾン達に顔を戻して言った。
「あの男は生まれついての狩人だ。その程度のことはできる」
 彼もまたロシアで勇名を馳せキバ一族の長として君臨してきた男である。密林において猛獣達を屠ってきた。そのことはよくわかる。
「ならばこちらもそれに乗ってやる」
 彼は目の光を鋭くさせた。
「こちらから出向いて倒す、怪人達に召集をかけよ」
「わかりました」
 戦闘員達はその指示に対して敬礼した。
「そしてあれだがな」
 キバ男爵はここで兵器について言及した。
「自走式にできるか」
「自走式ですか」
「そうだ、それなら狩りに使える。アマゾンを追ってな。できるか」
「お任せ下さい」
 戦闘員の一人が答えた。
「万難を排してやってみせます」
「頼むぞ」 
 キバ男爵は顔をアマゾン達に向けたまま言った。
「アマゾンライダーよ」
 そして遥か遠くのアマゾンに対して言葉をかけた。
「貴様の望み通りこちらから攻めてやる。しかしな」
 彼はまた目の光を強くさせた。
「勝利を収めるのは我々だ。このバダンがな」
 彼はそう言うと姿を消した。そしてサバンナはまた太陽の光に支配された。

 アマゾンとモグラ獣人は川辺にいた。そして水を飲んでいる。
「いいなあ、やっぱり久し振りに川で飲む水はいいよ」
「うん、普段飲む水とやっぱり違う。いい」
 モグラ獣人は水浴びまでしている。アマゾンは水を手ですくって飲んでいる。
「いつもは土を掘って飲んでいるもんな。それに比べたら全然違うよ」
「けれどサバンナはそういうところ。水凄く貴重」
 アマゾンは愚痴を言うモグラ獣人に対して言った。
「アマゾンとは違う。それはわからないといけない」
 その口調ややや厳しめであった。
「そうなんだよなあ、アマゾンと違うんだよな」
 モグラ獣人は残念そうな顔をした。
「アマゾンなら水は飽きる程あるし食べ物も豊富なのに。ここはそれに比べてかなり苦しいよ」
 彼等は主に魚や果物を食べる。だからサバンナの食事には慣れていないのだ。
「けれど仕方ない」
 アマゾンはそんな彼に対して言った。
「アマゾンにはアマゾンの、サバンナにはサバンナの状況がある。アマゾンそう考えている」
「そうなんだ」
「そう、だから文句言うのよくない。それよりもバダン倒す、その方が大事」
「そうだったな、バダンがいるんだ」
 モグラ獣人はその言葉に対し頷いた。
「今もここの何処かでおいら達を見ているんだよな」
「うん」
「そして隙あらば、か。油断できないな」
 モグラ獣人は川から出て周りを見回したあとで言った。
「うん、けれどそれいつものこと」
 アマゾンは言った。
「だから特に気を張り詰める必要ない。いつもと同じ」
「いつもと同じか」
 モグラ獣人はやや困ったような声をあげた。
「いつもバダンと戦っているもんなあ。本当に」
「それアマゾン達の仕事」
「そうなんだよなあ、早く終わって平和に暮らしたいよ」
「その日何時か必ずやってくる」
 アマゾンはモグラ獣人に対して言った。
「けれどそれにはバダン倒さなくてはいけない。その為にアマゾンいる」
「アマゾン」
 モグラ獣人はその言葉に顔を向けさせた。
「モグラの力も必要、アマゾンも一人じゃ戦えない」
「わかってるよ」
 彼はそれに対して微笑んでみせた。
「おいらは弱いし臆病だけれどアマゾンのことは好きだよ。だからこんなおいらでも力になれたらいいと思ってるよ」
「モグラ」
 アマゾンはそれを聞き嬉しそうな表情を作った。
「おいらも出来ることの範囲で力になるよ。そしてバダンをやっつけようぜ」
「うん、アマゾン戦う。そして世界平和にする」
「そうこなっくちゃ」
 彼等はここで両手を握り合った。そしてまた歩きはじめた。
 
 二人はシマウマの群れの横にやって来た。サバンナの名物である動物の一つだ。
「本当に変わった模様だなあ」
 モグラ獣人はそれを見ながら呟いた。
「何でこんな模様なんだろう」
「これ保護色」
 アマゾンは彼に対して言った。
「保護色!?こんなに派手な色と模様なのに!?」
「そう、保護色」
 アマゾンはにこりと笑って答えた。
「ライオンや豹の目人間のと違う。色がわからない」
「そうなんだ」
 哺乳類で色の識別ができるのは人間と猿だけである。他の哺乳類は白黒でしかものを見ることができない。
「だから隠れられる。シマウマ周りの風景に隠れられる」
「そうやって自分の身を守っているんだね」
「そういうこと、要するにアマゾンの生き物と同じ」
「そうだったんだ、勉強になるなあ」
「アマゾンもモグラもこの身体は隠すことできる。シマウマもそれをしている。だから同じ」
「そうだね、けれどおいら達は戦う相手が違うけれど」
 二人はシマウマの群れの間に入った。そしてその草を食べる様子を目を細めて見ていた。
 だがそれはすぐに終えなければならなかった。ここでバダンの攻撃を受けたのだ。
「!?」
 草原の向こうから何かが向かってくる。それはバイクに乗った一団だった。
「環境保護の連中かな」
 モグラ獣人は最初それを見てそう思った。
「いや、違う」
 だがアマゾンはそれを見て言った。彼にはその一団が何者かすぐにわかった。
「モグラ、あれバダン!」
「えっ!?」
 モグラ獣人はアマゾンのその言葉に思わず声をあげた。
「こちらにやって来る、すぐに用意しよう!」
「けれどどうやって・・・・・・」
 モグラ獣人は慌てて周りを見回す。だが周りには何もない。
「モグラは潜る、それでいい」
「ああ、そうか」
 アマゾンの言葉にハッとした。そして急いで地を掘り進む。
「アマゾンも来なよ」
「いや」
 だがアマゾンはここで首を横に振った。
「アマゾンは隠れない。考えがある」
「どうするつもりだよ」
「アマゾンに任せる。何も心配いらない」
 そしていつもの笑みを見せた。
「そうか、じゃあ」
 その微笑みはいつも見ていた。彼がその笑みを見せた時は必ず勝利をおさめている。
「アマゾン、頼むよ」
「うん、モグラは下から頼む」
「わかった」
 こうして両者は一旦別れた。そして迫り来るバダンの使者達に備えた。
「アマゾンライダーは何処に行った!?」
 その一団がシマウマの群れの中にやって来て彼を探しはじめた。
「見たところシマウマしかいないが」
 その先頭にいる怪人が辺りを見回した。ショッカーの吸血怪人モスキラスである。
「そんな筈はない、絶対にここにいる筈だ」
 もう一体の怪人が言った。デストロンの突撃怪人サイタンクだ。
「しかし何処にいるというのだ」
 モスキラスは焦っていた。アマゾンが奇襲を得意とするのを知っているからだ。
「落ち着け」
 サイタンクはそんなモスキラスに対して言った。
「焦れば奴の思う壺だ」
「そうだな」
 モスキラスは同僚のその言葉に落ち着きを取り戻した。そして再び辺りを見回した。
「この辺りにいる筈だが」
 だが見つからない。また次第に焦りはじめた。
「ムムム」
 その時だった。不意に奇声が何処からか聞こえてきた。
「ケケーーーーーーーーッ!」
「その声はっ!」
 彼等はその声を発する者wよく知っていた。そう、彼である。
 アマゾンライダーが姿を現わした。彼は前からジャングラーDに乗ってやってきた。
「前からかっ!」
 バダンの一団はそれを見て一斉に前に機首を向けたシマウマ達が左右に散っていく。
 両者を隔てるものはなくなった。バダンも突っ込む。両者はそのまま激突した。
「ケーーーーーーーーッ!」
 アマゾンはマシンをそのまま突っ込ませた。戦闘員達はそれだけで何人か吹き飛んだ。
「クッ!」
 モスキラスが憤怒の声を出す。そして突き抜けたアマゾンに機首を向ける。
 そしてこちらに振り返ったアマゾンに突き進む。サイタンクは後ろから叫んだ。
「止めろ、俺と連携しろ!」
 だがモスキラスは頭に血が上っていた。彼の制止を振り切りそのまま突き進む。


[188] 題名:奇策2 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年08月30日 (月) 23時57分

「問題はこれからだな」
「はい」
 植村もそれを聞き頷いた。
「何処であの男を投入するかですね」
「ああ」
 大沢は真剣な顔で首を小さく縦に振った。
「おい」
 そして顔を右に向けた。そこにはあの男がいた。
「悪いがそろそろ準備しといてくれや」
「わかりました」
 そこには江夏がいた。彼はゆっくりと立ち上がるとブルペンへ向かった。
「さて、何時あいつを出すかだ」
 この時の日本ハムの切り札はこの江夏であった。よく日本ハムの野球は詰め将棋だと言われた。
「確かにそうかもしれねえな」
 大沢もそれを聞いてまんざらではなかった。
「点をとっていって最後にはとっておきの切り札で抑える。それも相手の先を読んで一手一手打っていくからな。そうした意味でやっぱりあいつは凄い奴だよ」
 そう言って江夏を褒めた。
 この時の江夏はストッパーとして完成されていた。その頭脳的なピッチングは最早難攻不落であった。
「あいつに最後を任せていれば問題ない、本当に頼りになる奴だぜ」
「いや、わしは監督あってのもんですわ」
 江夏は恥ずかしそうに笑ってこう言った。
「わしはただ投げるだけ、監督は考えなあかん」
「その投げて完璧に抑えられるストッパーってのはそうそういねえぜ」
 大沢は江夏に言った。彼等は実に気が合った。
「流石はあの人の名を継いどるだけはあるわ」
 江夏は大沢を評してこう言った。大沢は『親分』と言われる。その堂々とした風格とべらんめえ口調、グラサンをかけた威圧的な様子からそう言われるのだ。
「俺は兄弟で一番出来が悪かったんだよ」
 よく彼はそう言って高笑いした。
「野球を知らなかったらヤクザにでもなっていたかもな」
 そうした発言からのこの仇名が付いた。この仇名を彼より前に貰っていた人物がいた。
 かって南海の監督をしていた鶴岡一人である。その圧倒的な存在感により彼はその仇名を貰っていたのだ。
 タイプこそ違えどそれを受け継ぐだけはあった。大沢は周りの者をひきつけずにはいられなかった。その人柄が多くの人を魅了したのだ。江夏ですら。
 彼は阪神をトレードで出されてから南海、広島、そして日本ハムと渡り歩いた。だがその心は常に今そこにいる球団にはなかった。
「わしは阪神の江夏や」
 口には出さずともそう思っていた。彼の心はあくまで阪神に、甲子園球場にあった。
「あのファンの歓声は一度浴びたらやみつきになる」
 田淵もこう言った。彼もまた西武にあっても自分は阪神の田淵だと考えていた。
 それ程までに甲子園の声援は凄かった。自分を熱狂的に応援してくれるファンの声は到底忘れられるものではなかった
のだ。
「もう一度あのユニフォームが着たい」
 そう思う時もあった。いや、常にそう思っていた。
「けれどそれは最後でええ」
 そうも考えていた。
「今はこの日本ハムにおる。この球団を優勝させるんや」
 今の彼がいるのは日本ハムである。阪神ではない。
 それは誰よりもわかっている。だがやはり寂寥感は拭えない。
「何時かは甲子園に」 
 そんな彼を大沢は暖かく迎えてくれた。そして今も気兼ねなく付き合ってくれている。
「わしみたいな男にな」
 阪神を出てからは一匹狼だった。そんな一匹狼でも大沢は気にしなかった。
「どんどんやれよ、期待してるぜ」
 外様だとかそういう理由で差別したりはしない。自分のチームの選手は誰も同じである。日本ハムの選手だと考えていた。
 それが嬉しかった。だから彼は喜んで投げた。
「日本ハムの為に」
 二〇〇勝一五〇セーブも達成した。このシーズンは絶好調であった。打たれるとは全く思えなかった。
「さて、工藤はどこまでいけるかな」
 大沢はその江夏を投入する機会を探っていた。
「それで勝負は大体決まる。さて、何時にやるかだ」
 試合は投手戦となっていた。日本ハムの打線も強力だ。だが西武の継投の前に中々打てない。
「広岡らしいぜ」
 大沢は一塁ベンチにいる広岡を見て言った。
 西武は高橋から左の変則派永射保を経てエースの東尾を投入してきた。長期戦も睨んでのことであった。
「確かに東尾はいいピッチャーだよ」
 それは率直に認めていた。
「だがこっちにもとっておきの切り札があることも忘れていねえだろうな」
 ここでニヤリ、と笑った。彼は江夏に絶対の信頼を置いていたのだ。
 ブルペンでは江夏が投球練習をしている。それは時間の関係から西武ベンチでもおよそ予想はついていた。
「そろそろ出るな」
「はい」
 広岡と森は頷き合った。回は七回になっていた。
 工藤は先頭の山崎に内野安打を許した。それを見た大沢は考え込んだ。
「そろそろかな」 
 工藤はよく投げている。だがやはり怪我あけである。その指の調子が心配だ。
「よし」
 決めた。彼は決断の早い男であった。すぐに動いた。
「ピッチャー交代」
 審判に告げた。そして江夏がマウンドに姿を現わした。
「出たな」
 広岡は彼の姿を認めて言った。
「遂にこの時が来ましたね」
 森も彼から目を離さない。
 二人は明らかに何かを狙っていた。その目が光っていた。
「確かに江夏は凄いピッチャーだ」
 それは素直に認める。
「だがあの男も人間だ。弱点は必ずある」
 広岡はまず江夏の弱点を探ることからはじめていたのだ。
 江夏の弱点とは何か。それは本人すら気付いていなかった。
 投げる。するとバッターボックスに立つ片平晋作がバントの構えをとった。
「何!?」
 江夏は一瞬我が目を疑った。片平はパンチ力のある男である。それが何故。
 プッシュバントであった。それは明らかに江夏を狙ったものであった。
「しまった!」
 反応が遅れた。その動きも緩慢であった。バントは見事成功した。
「よくやった」
 広岡はそれを見て小声で言った。
「成功しましたね」
 森が彼に言った。
「ああ。予想通りだな。しかし片平がやるとはな」
 片平は左に弱い。そして小技も苦手な男である。江夏もそれだからこそ油断していたのだ。
「あそこでバントかい」
 まだ信じられないといった顔をしている。彼の意表を衝く奇襲であった。
「見ろ、あの江夏が動揺しているぞ」
「どうやらここが突破口になりそうですね」
 二人は江夏を見て囁き合った。作戦の成功を確信していた。
 江夏はマウンドでは常に冷静な男である。取り乱すことはない。
 だがこの時ばかりは違っていた。思いもよらぬ攻撃に戸惑っていた。
「あんなところでバントを仕掛けてくるとはな」
 それを見た大沢は危機を感じた。
「まずいな」
 これが勝負の分かれ目になった。ここまでに西武は周到な準備を重ねていたのだ。
 広岡と森はまずスコアラー達に江夏を徹底的に調査するよう依頼した。
「どんな些細なことでもいい、資料は全部掻き集めてくれ」
「わかりました」
 こうしてスコアラー達はデータを収集した。江夏のことはかなり有名である。だがそれでも彼等はデータを集めさせたのだ。
「日本ハムの切り札はあいつだ。ならば」
「その切り札を叩けばおのずと日本ハムには勝てる」
 これが広岡だった。彼はかってヤクルトの監督時代リーグニ連覇を果した巨人に対しこう言った。
「巨人恐るるに足らず」
「え!?」
 それを聞いた選手達は思わず耳を疑った。
「信じられないか」
 彼は選手達を見回してから言った。
「ええ、幾ら何でも」
「やっぱり巨人は強いですよ」
「そうだよな。投打に確かな戦力が揃っているし」
 選手達は口々にそう言った。
「成程、確かに戦力は揃っている」
 広岡はそれを聞き頷いた。
「だが采配はどうだ」
 そしてあらためて問うた。
「え!?」
 選手達はまた耳を疑った。
「聞こえなかったか。ではもう一度言おう。采配はどうか」
「それは・・・・・・」
 巨人の監督である長嶋の采配のことを問うているのだ。
「長嶋君の采配は理論的ではない。先のことを考えず、それは常に勘によるものだ」
 長嶋の采配を一言で言い切った。
「その為ミスも多い。選手達がそれをカバーしているのだ」
 その通りであった。彼の采配はお世辞にもいいとは言えない。
「それにより戦力が削がれているのは否定できない。そしてそのカバーができるのは」
 彼は言葉を続けた。
「かってのX9戦士達だけだ。しかしその彼等も老いている。生き残りも少ない」
 はっきりとそう言い切った。
「だから総合力では大したことはない。そうした意味で私は巨人は恐れる必要はないのだ。そして」
 ここで彼はスタッフに何冊かのノートを持って来させた。
「ここに巨人の全選手のデータがある。これで巨人のことは全てわかる」
「何と」
 選手達はもう何も言えなかった。
「諸君等は巨人に負けることはない、いや、勝てる」
 はっきりと言った。
「だから怖気付いてはいけない。巨人を倒し必ず優勝するのだ」
 冷徹な目が光った。そして彼等は巨人との戦いに挑んだ。
 死闘であった。十勝九敗、そしてあとは引き分けだった。だがこの引き分けが利いた。巨人は勝てなかったのだ。そしてヤクルトは見事初優勝を達成した。
「監督、おめでとうございます」
 皆が広岡を称える。だが広岡は眼鏡を正して静かに言った。
「当然のことを自然にしただけです」
 素っ気なかったがそれは勝利者の言葉であった。巨人に勝った、だからこそ優勝できた、彼にとっては最高の勲章であった。
 そうした実績があった。ここでもそれを発揮したのだ。
 二人は江夏を細部まで研究した。そして遂に彼の弱点を見つけ出した。
「確かに江夏は凄い男だ」
 まずはそう感じた。
 かっては目にも止まらぬ剛速球で鳴らした。だが今は流石にそれはない。
 しかしその投球術は見事だった。ストレートとシュート、フォーク、そしてスライダーとカーブをミックスさせたような独特の
変化球スラーブを武器に投げていた。球種もそれ程ではない。
 だがコントロールが抜群によかった。これは阪神時代から変わらない。
「そして変化球のキレもいい」
 森は言った。
「阪神時代からまた凄くなっている」
 森は現役時代江夏の最盛期とぶつかっていた。そのボールはそうそう容易には打てるものではなかった。彼もまた三振の山を築いていたのだ。
「左ピッチャーだから左打者でも意味はない。うちで左に強いのは田淵だが」
「それでも過度の期待はできませんね」
「ああ」
 江夏の武器はそれだけではなかったのだ。
 江夏は頭もよかった。相手バッターを見て何を考えているか、何を狙っているか考える。そしてそれを抑えるボールを投げるのだ。
 バッターだけではない。彼は球場全体を見る。ランナーも、自軍の守備も。彼は球場全体を見ることができた。それは彼ならばこその視野と洞察力もあった。
「ピッチャーはただ投げるだけではない」
 彼の投球はまさにそれであった。
 球場全体を見ることができなければ駄目である、彼の投球はそう言っていた。
「精神力も強い、ここぞという時には無類の強さを発揮する」
 これもまた江夏であった。
 ピッチャーは気が弱いとそれだけでかなりのマイナスになる。ピンチに顔面蒼白になるような男では心もとないのである。
これは幾ら実力があっても同じだ。
 江夏の打たれ強さ、勝負強さは阪神時代からであった。彼は言った。
「甲子園の土よファンの歓声がわしを育ててくれたんや」
 阪神ファンの声は熱い。甲子園は他の球場とは何かが違う。よく魔物が棲んでいると言われる。
 その甲子園のマウンドに立つ。かって若林忠志や小山正明、村山実がいたこのマウンドに。
 背にはファンの熱狂的な歓声を受ける。打たれるわけにはいかないのだ。
 そうした状況で江夏は投げてきた。そして幾多の死闘をかいくぐり彼はここまできたのだ。
 その彼の精神力は実に強靭なものであった。日本シリーズでもそうであった。
「ここまで穴のない男もそういないな」
「はい」
 二人は流石に頭を抱えた。だがあることに気付いた。
「だが守備はどうだ」
「守備ですか」
 ピッチャーは投げた直後五人目の内野手になる。その存在は極めて重要なのだ。
 だが江夏の守備はどうか。
「あの体格では満足に動けないでしょう」
「だろうな」 
 江夏の太った身体に気付いた。
「それに歳です。足の動きはいいとは到底思えません」
「だろうな。特にダッシュは苦手だろう」
 彼等はここであることを考え付いた。
「バントだ」
「はい、それで奇襲を仕掛けましょう」
 江夏は動きが遅い。バントの処理は満足にできそうもない。遂に突破口を見つけた。
「しかし」
 広岡はそれでも警戒していた。
「悟られては駄目だ」
「ですね。奴は頭がいい。気付いたらファーストとサードを前に出して対処してくるでしょう」
「あえてバントが困難なコースに投げてな」
 そして広岡が江夏に対して最も警戒することがあった。
「少しでも変な素振りを見せたら駄目だ。あの男の勘は常識外れだ」
 江夏の最大の武器、それは勘であった。
 とにかく抜群に勘がいいのだ。これは最早天性のものであった。
「特にあの時は凄かった」
 広岡は七九年のシリーズのことを口にした。
「あの時ですね」
「そうだ」
 森も顔を険しくさせた。
 あのシリーズにおいて近鉄は九回裏無死満塁の絶好のチャンスをつくった。マウンドにいたのが江夏であった。
「あんな投球ははじめて見た」
 冷徹を以ってなる広岡ですらうならざるをえなかった。
 近鉄の監督西本幸雄はここで勝負に出た。左殺しである佐々木恭介を送り込んできたのだ。
「普通ならあそこで終わりだ」
「はい。どんなピッチャーでも精神的に耐えられません」
「そうだな。もし私がマウンドにいてもそうだ」
 広岡ですらそう言った。
「私もあの状況ではどうリードしていいかわかりませんね」
 それに対し森はキャッチャーの視点から答えた。巨人において名捕手と謡われ、その黄金時代を支えただけはあった。
「だろうな」
 広岡はそれに頷いた。
 江夏はここで驚異的な投球を見せた。危うくサヨナラになる場面でその佐々木を見事三振に仕留めたのだ。
 西本は次のバッター石渡茂には最初は打つように言った。だが一球目石渡が見送ったのを見て考えを変えた。
「あの時の西本さんの判断は決して間違いではなかった」
 広岡は言った。
「私ではあんなことは考えもつかない」
「同感です」
 二人はその場面を思い出して思わず身震いした。
 西本はここでスクイズのサインを出した。まさかの奇襲である。
 三塁ランナーは盗塁マシーンとまで言われた藤瀬史郎だ。牽制球の名人江夏ですら防ぐのが不可能な男だ。単に脚が速いだけではない、その走塁技術も素晴らしいものであった。無論ホームへの突入も。
 江夏はこれを予想していたという。だが何時くるかわからない。
「少なくとも私ではあそこは外野フライで一点といきたいが」
「相手が相手です。そうそう簡単にはいきません」
「そうだ。しかも広島の守備は固い。下手に打てば」
 併殺打だ。それで全てが終わる。
「腹をくくらなくてはならない時だった。西本さんは腹をくくった」
「ええ。ですからあのサインを出せたのだと思います」
 二球目でスクイズのサインを出した。藤瀬がスタートを切った。
「!」
 江夏は背中でそれを受けた。カーブを投げようとしていた。
「くっ!」
 何とそのカーブの握りのままウエストしたのだ。咄嗟にである。
「外に外せば何とかなる!」
 外した。そしてスクイズは失敗に終わった。
「カーブの握りのままウエストができるのかどうか私は知らない」
「私もそれは無理だと思いますが」
「ただ一つ言えることがある」
「はい」
「江夏はスクイズがくることを察知していたのだ。勘でな。それが重要だ」
 普通では思いもつかない。広岡も森をそれを言ったのだ。
 思いもつかない作戦は行動に移せない。知略で知られるこの二人ですらそうなのだ。
 だが江夏はそれを感じていた。勘で、である。
「あの勘は怖ろしいぞ」
「はい、人間業ではありません」
 長い間戦いの世界で生きてきた。だからその勘の怖ろしさもわかっていた。
「とにかく少しでも勘付かれたらそれで終わりだ。江夏は必ず対処してくる」
「それはわかっています。ですが江夏にはやはりバントが効果的です」
「そうだな。あの体格を考えると」
「はい」
 二人はまた考え込んだ。
 やがて広岡が口を開いた。
「練習しかないな」
「私もそう思います」
 二人はほぼ同時に顔を上げていた。
「ナインに伝えよう。これから毎日バント練習だと」
「クリーンアップにもですね」
「当然だ。誰の場面でもないとできなければ意味がない」
 かってスラッガーマニエルにバントさせた男の言葉である。彼は相手が誰だろうが躊躇しない。例えチームの主砲である田淵であっても。
「参ったな」
 田淵は閉口してしまった。
「バントの練習なんてプロになってはじめてだよ」
「そうか」
 広岡は表情も変えずにそれを聞いた。
「では丁寧にやるんだ。バントは簡単そうに見えて案外難しいものだ」
「わかりました」
 かって阪神でホームランアーチストとまで呼ばれた男がバントの練習をする。これだけでナインは目が点になった。
「いいか」
 広岡は彼等をよそに説明をはじめた。
「まずはこれを見てくれ」
 見れば練習場の内野に二本の線が引かれている。ホームベースから一本はセカンドの定位置、もう一本はショートの。
「右バッターはショートの方に、左バッターはセカンドの方にだ」
「プッシュバントですか」
 選手の一人が尋ねた。
「そうだ」
 広岡は頷いた。
「いいか、これは江夏対策だ」
「江夏のですか!?」
「その通り、あの男の体格を見ろ」
 広岡はここで江夏の体格について言った。
「あの体型ではバントの処理は苦手だ。そこを衝く」
 彼は選手達を一瞥して言った。
「心配するな。絶対に成功する」
 広岡は選手達が不安を口にする前に先んじて言った。
「私を信じるんだ。これでプレーオフで日本ハムに勝てる」
 その口調は有無を言わせぬ程強いものであった。
「だがこれから毎日練習してもらう」
「毎日ですか」
「そうだ」
 また有無を言わせぬ口調であった。
「江夏に悟られない為にな。悟られたら何もならん」
 広岡は奇策を用いる時は徹底的にそれを隠蔽するのがここでも発揮された。
「奇策は見た目にはいい。お客さんも喜ぶ。だがな」
 彼はここで釘を刺した。
「見破られては何にもならないんだ」
 策が見破られた時のダメージの大きさは誰よりもわかっていた。
 余談であるが森はそれを後に嫌という程思い知らされることになる。
 彼が横浜ベイスターズの監督に就任した時だ。この時ヤクルトには古田敦也がいた。
「確かに素晴らしいキャッチャーだ」
 森はそれは正当に評価した。
「だが力だけで攻める必要はない。策で攻めればいい」
 彼は古田とヤクルトを知略で攻めることにした。
 結果は大失敗であった。森の策はことごとく古田に破られてしまったのだ。
「まさかこれ以上とは」
 野村と並び称される知将が一敗地にまみれたのだ。見れば野村が率いる阪神もだった。
 機動戦も投げるコースも攻撃における戦術も全て見破られていた。横浜はヤクルトに歯が立たなかった。
「戦力の問題じゃない」
 森は首を横に振った。
「知略には一つの弱点がある。見破られては何にもならない。そして」
 彼は青い顔で言葉を続けた。
「それ以上の知略の持ち主に出会ったら倍にして返される」
 それが古田であった。森も野村も自分達以上の知略の持ち主に遂に勝てなかったのだ。
 だがそれはかなり後の話である。今の話ではない。
「やるぞ」
 反対は許さなかった。
「わかりました」
 広岡も森も付き添っていた。そして毎日プッシュバントの練習をしたのだ。
「遂にあの練習の成果が出てきましたね」
「ああ」 
 二人はそれを見ながら言った。
「ここまでくるのにどれだけ練習したか。だが」
 広岡は釈然としない面持ちの江夏を見ながら言葉を続ける。
「野球は一瞬の為に全てを賭けるものだ。そして今がその時だったのだ」
 哲学めいた言葉であった。だがそれは真理でもあった。
「江夏はまだ落ち着いていない。ここを攻めるぞ」
「わかりました」
 ここから西武の攻勢がはじまった。江夏は打ち崩され日本ハムは敗北した。
 それでプレーオフは決まった。日本ハムは工藤で一勝はしたものの、第一戦で江夏を攻略されたこといより流れを完全に掴まれてしまった。西武は見事リーグ制覇を果した。
「無念だな」
 大沢は宙を舞う広岡を見て呟いた。
「こっちよりすげえ奇策を用意していたなんてな」
 不思議とさばさばした声であった。
「すいません」
 隣にいた江夏は申し訳なさそうに頭を下げた。
「謝る必要はねえよ。おめえはよくやったよ」
 彼は江夏をそう言って宥めた。
「勝敗は野球の常だ。そんなにしょげることはねえ。胸を張りな」
「はい」
 江夏にここまで言えるのは数える程しかいなかった。彼が終世目標にしていた阪神の伝説的エース村山実、南海で彼をストッパーにした野村克也、そして彼を認め完全な信頼を置いたこの大沢だけであった。
「藤本さんも凄かったけれどな」
 かっての阪神の老将もその中に入れた。
「けれどこの三人は特別やな」
 江夏にはそういう思いがあった。
 彼はあくまで村山を追い続けた。その十一番こそが目標だった。
 二〇〇勝を達成した時に彼は言った。
「嬉しいけれどまだ村山さんには及ばんからな」
「村山さんですか」
「そうや。まずはあの人のところに行ってからや」
 彼は自信家であった。だが、その彼も素直に村山は尊敬していた。
「あんな素晴らしいピッチャーはおらんかった」
 江夏は村山に憧れていた。阪神に入って嬉しかったのは村山と同じチームだったからだ。
 村山も江夏を認めた。彼は江夏に言った。
「御前は王をやれ。長嶋はわしがやる」
 彼はあくまで長嶋一人を狙っていた。彼以外の者が長嶋を倒すことは許さなかった。
「敵のバッターを全力で葬る。それがピッチャーや」
 村山はそれをマウンドで語った。ザトペック投法とまで呼ばれた決死の投球で単身巨人にも、長嶋にも立ち向かっていった。
 江夏はその姿に魅せられた。そして彼もまた王に、巨人に立ち向かったのだ。
「わしにピッチャーとしての在り方を教えてくれた人や」
 そんな村山も遂に引退した。江夏はこの時他のピッチャー達と共に村山を騎馬に乗せた。
「行きましょう」
 自分達が組んだ騎馬に乗るよう勧めた。
「悪いな」
 村山は涙ぐんでいた。彼もまたこの幕引きに泣いていた。
「村山、今までようやった!」
「御前のことは絶対に忘れんからな!」
 ファンは口々に自分達の前に来た村山にそう声をかけた。村山はもう感無量だった。
「わしは幸せモンや。こんなに愛してもらって」
「はい」
 村山は泣いていた。いつも野球を、そして阪神を心から愛していた。
「江夏、あとは頼むで」
「わかりました」
 江夏は頷いた。だが彼は南海に放出された。
「これが阪神のお家騒動か」
 これはこの時から有名であった。阪神といえばお家騒動であった。
 かって毎日に多くの主力選手を引き抜かれていた頃からそれはあった。常にフロント内部の醜い権力闘争に選手達が巻き込まれていた。
 選手達の派閥まで作られた。またマスコミもそれに入った。阪神が長い間思うように強くならなかったのはこうした複雑な事情もあったのだ。
 ともあれ南海に来た。彼はそこで監督兼任でキャッチャーを務めていた野村に出会った。
「野球を変えてみる気はあらへんか?」
 野村は江夏のボールを受けて思わせぶりに言った。
「野球をですか!?」
「そうや、革命を起こすんや」
 彼はニヤリ、と笑った。
「ストッパーになるんや。試合の最後を締める男にな」
「最後をですか」
「どうや、やってみるか?」
「少し考えさせて下さい」
 江夏は考えた。そして遂に決心した。
「どや、どないするんや?」
「やらせてもらいます」
「よっしゃ、そう言うと思ったで」
 野村は笑顔で彼を迎えた。それから彼は常にベンチにいた。そして最後になるとマウンドに立った。日本ではじめての本格的なストッパーと言ってよかった。
 彼はあらたな居場所を見つけたと思った。野村は腹の黒い狸かと思っていたら違っていた。実は繊細で心優しい寂しがり屋の男であったのだ。
「あの男は人に理解されにくい奴や」
 当時近鉄の監督をしていた西本幸雄は野村を評してこう言った。
「素直やないし、外見も野暮ったいしな。けれど本当は違うんやな」
 弱小球団を一から鍛え上げ、優勝させてきた男である。それだけにその言葉には重みがあった。
「西本さんがそんなこと言うてますよ」
 ある日記者の一人が野村にそんな話をした。江夏は丁度彼と打ち合わせを終えた直後であった。
「ほう、あの人がか」
 野村はそれを聞くと少し嬉しそうな顔をした。
「またえらくわしを買い被ってくれとるな」
 あえて嫌味を言うがいつもの切れ味はなかった。
「おだてても何も出えへんとだけ伝えてくれ」
 野村はそう言って記者を帰らせた。
「じゃあわしも休憩するか」
 そう言ってベンチの奥に消える彼の背中を見た。
「何か少しウキウキしとるな」
 野村はあまり褒められることがなかった。常に日陰者であった。生まれた時から苦労し、幾ら打ってもサブマリンのプリンス杉浦忠がいたから人気もそれ程なかった。鶴岡一人監督に可愛がられるのもいつも杉浦であった。チームの外では巨人だ。王や長嶋ばかりであった。正当に評価されているとはとても思えなかった。
「わしは所詮月見草や」
 彼は自嘲気味にそう言うのであった。
「パリーグやしな。それもキャッチャーや。誰も見てくれへんわ」
 だが西本は違った。彼は野村を公平に見ていた。
 それはよくわかっていた。だから野村もまた西本を認めていた。だからこそ嬉しかったのだ。
「西本さんの下でやりたいな」
 そう思う時もあった。後に阪神の監督になった時も阪神OBに対しては頑なだったが、西本には違っていた。
「私なぞよりこのチームのことをご存知ですから何かとアドバイスしていただければと思っています」
 あの野村からは考えられない程謙虚な物腰であり言葉だった。
 それは本心からの言葉だった。彼は西本には敬意を忘れなかった。
 江夏もそれは知っていた。彼も西本の下で野球をやりたいと思ったことがある。だがそれは残念なことに適うことはなかった。
「人の巡り合わせっちゅうのはわからんもんや」
 その言葉は皮肉であった。彼は野村と別れることになった。
 野村が南海の監督を解任されたのだ。江夏は今度は広島に来た。
「よりによって阪神の敵チームか」
 そう思っていても受け入れた。それがプロの世界だとこの時にはもうわかっていた。
 甲子園のマウンドに敵として立つのは不思議な気持ちだった。だが彼は沈黙したまま阪神に対して投げた。
「これも人生や」
 広島では高橋慶彦、衣笠祥雄、大野豊等と会った。特に衣笠、大野とは馬が合った。ここで初めての日本一も経験した。プロに入ってはじめて味合う美酒であった。
 だがここも彼の安住の地ではなかった。今度は日本ハムであった。
(ここでこの人に巡り合うたんや)
 そして大沢を見た。彼は豪放磊落ながら細かい気配りもできるさばけた男であった。
「わかったな、おめえはよくやってくれたよ。このシーズンを通してな」
「はい」
 彼は決して江夏を攻めなかった。どの選手も責めたりはしなかった。
 それどころかこう言ったのだ。
「どうだ、工藤のピッチングよかっただろうが」
 彼は工藤を褒め称えたのだった。
「よく投げてくれたぜ。痛そうな顔一つせずにな。緩急もよくつけたし、落ち着いたものだった」
「確かによかったですね」
 記者達もそれは認めた。
 大沢の奇策は失敗に終わった。広岡の奇策は成功した。だが大沢は胸を張っていた。
「負けたのは確かに残念だ。俺が至らなかったせいだ。しかしな」
 彼はここでニヤリと笑った。
「話題づくりにはなったな」
「え、ええ」
 記者達は大沢のこの言葉に驚いた。
「プロ野球は何だ」
 と言われれば答えは決まっている。
「お客さんを楽しませるもの」
 である。大沢はそれがよくわかっていた。
「これでパリーグの野球の面白さが皆にちょっとは知ってもらえたと思うよ。俺はパリーグの宣伝部長になれればそれで満足さ。確かに負けたのは悔しいが」
 ここで邪気のない顔になった。
「お客さんに楽しんでもらえることがまず肝心だ。そして選手がよくやってくれりゃあいい。勝ち負けは常だからな」
 そう言って彼は悠然とその場をあとにした。その背は敗者のそれではなかった。
「相変わらず見事な人だな」
 記者達もその背を見て思わず感嘆の言葉を漏らした。大沢は記者達の心をも掴んでいたのだ。パリーグの野球、パリーグの人間、大沢は常にそう言っていた。そして今でも野球を純粋に愛し、パリーグを暖かい目で見守っているのだ。大沢啓二、彼もまた一代の名将であった。


奇策   完


                                 2004・8・18

 


[187] 題名:奇策1 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年08月30日 (月) 23時51分

               奇策
 単純に奇策と言っても色々あるものだ。戦術や人材の起用等それは幾らでもある。
 野球の世界においてもそうである。そしてその奇策が時には勝負を決定付けるのである。
 この時もそうであった。昭和五七年、パリーグは二つのチームの一騎打ちの状況であった。
「またここまで来ちまったな」
 日本ハムを率いる大沢啓二は高笑いと共にこう言った。日本ハムはこのシーズンの後期圧倒的な勢いをもってペナントを制していた。そして前期の覇者西武との対決を控えていたのだ。
「どうせならシリーズは巨人に出て来て欲しいな。中日じゃなくてよ」
 彼はその独特のべらんめえ口調で威勢のいい言葉を口にしていた。
「去年の仇があるからな。やられたらやりかえす、そうでなくちゃあいけねえ」
 いつもの調子だな、と記者達は大沢を囲んで笑っていた。大沢は口ではかなり威勢のいいことを言うがその内心では実に緻密な作戦を駆使するのだ。
「野球は面白くなくちゃいけねえんだ」
 そう言って機動力を駆使した。時には豪快な長打攻勢も使う。ピッチャーの起用も上手い。そして何より選手達をよく育て、我が子のように可愛がった。
「あの人は男だよ」
 皆口を揃えてそう言った。彼の凄いところは移籍により入団してきた選手でも生え抜きと分け隔てなく使ったことである。
 柏原純一もである。間柴茂有もだ。そしてあの江夏豊も。
 当初江夏と大沢の仲を危惧する者もいた。だが大沢は江夏を認めた。
「ピッチャーはああじゃなくちゃいけねえ」
 江夏もまた大沢の度量に感じ入った。
「器の大きい人やな」
 この二人の出会いが日本ハムの運命を決定した。不動のストッパーを得た日本ハムは昭和五六年見事にリーグ制覇を達成したのだ。
 シリーズは巨人とであった。世に言う『後楽園決戦』である。これは藤田元司により生まれ変わった若手を主軸とする巨人により敗れ去った。
「負けたけrど選手達はよくやってくれたよ」
 彼はそう言って選手達を労わった。悔しかったがそれで決して選手達を責めたりはしなかった。
 勝負は翌年に持ち越されることになった。大沢には自信があった。
 だがここで思わぬ勢力が伸張してきた。所沢の西武である。
 田淵幸一、山崎裕之等かってそれぞれの球団でスターと謡われた男達と西鉄時代からのエースだった東尾修、新しく入って来た期待の若手石毛宏典等を主力とする混成部隊であった。率いるは巨人で名ショートと言われた広岡達郎。参謀に森昌彦を置いた隙のない戦力であった。
 彼は徹底した管理野球で知られる。選手達に米食や肉食を禁じ、酒も煙草も麻雀すらも許さなかった。炭酸飲料も禁止し、練習もまずは守備からであった。
「幾ら打っても守れなくては駄目だ」
 彼の持論であった。ヤクルトの監督時代はスラッガーマニエルをその理由で切っている。
 昼も夜も練習した。そしてミーティングも徹底して細かいところまでやった。
「こういう場合にはどうすべきか」
 選手達に考えさせた。そして意見を出させる。広岡式のシンキング=ベースボールであった。
 そして相手チームのデータもこれ以上にない程収集した。そしてそこから弱点を分析するのだ。
 サインも多くなった。身体で触る部分がなくなる程であった。
 実に緻密な野球であった。大沢はそんな広岡のやり方を嫌った。
「あんなチマチマした競馬の管理みたいなのはいけ好かねえな」
 彼の他にも広岡のやり方を嫌う者は今でも多い。坂東英二はことあるごとに批判の限りを尽くした。西武でも東尾や太田卓司など広岡と不仲が囁かれる者は多かった。そしてそれは事実だった。東尾は後に西武の監督になった時に広岡のやり方を真っ向から否定した。そして投手出身者独特の采配やチーム育成を行ったことで知られている。
 確かに広岡の野球には批判は絶えない。本人もそれは自覚しているがあらためる気はない。
「言いたい者には言わせておけばいい」
 これが彼のスタンスである。
「勝てればそれでいいのだからな」
 だが選手達に厳しい食事管理を強制しておきながら自身が通風になり、それを後をつけていた田淵に見つかり肉食禁止を解いたり、徹底した勝利至上主義を掲げながらロッテのゼネラルマネージャー時代にはバレンタイン監督とコーチ陣の不仲を聞いて驚いたりしている。そしてこれは彼が何故今一つ球界で力を持ち得なかったかという原因であるが口が悪い。しかも言いたいことは絶対に言わずにはおれないのだ。
「あれは長嶋君のミス以外の何者でもありません」
 解説者時代に歯に衣着せず平気でこう言った。
「私がいればああはなりません」
 こう言ったりもする。
「高校野球より下手ですね」
 実は長嶋とは仲がわりかしいいのだが、それでもこんなことを言う。
「長嶋君に原君を次の監督にするように言ったのは私だ」
 これでは長嶋も困るのではなかろうか。と思うが長嶋がこのようなことを気にする人物かといえばそうではない。そもそも長嶋の後見人を自認する時点で隠し事をするつもりなぞない広岡もある意味流石だ。その原に対しても平気でこう言ったりもする。
「優秀だがまだ若い。その若さに気をつけるように」
 こうしたタイプは案外多いものだ。何か言わずにはおれない。言わないと気が済まない。かってこれで巨人を追い出されたりもしている。だが何処か腹が綺麗なのはわかる。要するに頭は切れるがプライドが高く、口が何よりも先に出てしまう。今も堂々とかっての古巣巨人を批判したりしている。
 嫌う人物は多いがわかり易い。だからこそ彼については好き嫌いがはっきりと分かれるのだ。
「私は他人からどう思われようと一向に構わないが」
 そういう時に彼はいつもこう言う。あくまで済ました紳士であろうとする。だが口がまた出るのだ。
「ああ、広岡さんまた言ってるんだ」
 長嶋はそれに対していつもこう言う。この二人程不自然な組み合わせもないが案外こんな二人だからこそそれなりに上手くいっているのかも知れない。なお広岡と森が犬猿の仲なのは今ではあまりにも有名だが、長嶋はその森とも結構仲がいい。これも不思議な関係といえばそうだ。これが長嶋の不思議なところか。
「あいつはまた特別だよ」
 大沢は長嶋についてこう言う。実は彼は長嶋の大学の先輩である。
 この二人の関係もまた微妙だ。大沢はある時長嶋の悪口をこれでもかと言った。だが最後にニヤリと笑って言った。
「だがあいつには巨人のユニフォームが一番似合うかもな」
 とあるテレビ番組でも色々言う。だが長嶋を常に意識しているのだ。
 思えば長嶋という男も変わっている。これから戦う二人の将に互いに意識されているのだから。
「まあ今は長嶋は巨人にはいねえから仕方ねえか」
 大沢は本心では長嶋のいる巨人と戦いたかった。
「じゃあまずはこのプレーオフで派手に花火をあげてやるよ」
 そう言ってベンチに戻った。
「思ったより強気だな」
 記者達はそんな彼の後ろ姿を見送りながら囁き合った。
「ああ、あんなことになってるのにな」 
 実は今日本ハムには危機的な問題が起こっていたのだ。
 この時の日本ハムのエースは右のサイドスロー工藤幹夫。最多勝と最多勝率の二冠に輝く男だ。特にプレーオフの相手西武には六勝と抜群に相性が良かった。
 その工藤が負傷したのだ。それも利き腕の右手の中指をだ。
 表向きには自宅で柔軟体操をしていた時に誤って怪我をしてしまったということだった。だが実は喧嘩によるものであった。
 これは迂闊だった。ピッチャーにとって利き腕は命そのものなのだから。
 しかも骨折である。とても投げられる状態ではない。
「起こったことは仕方ねえが」
 大沢は顔を顰めて考えた。
「どっかに魔法の薬でもねえのか。骨がすぐにくっつくような」
 半ば本気でそう思った。それ程までの痛手だった。
「いざという時にトレーニングはしておけよ」
 大沢はあえて怪我をした彼にこう言った。そして工藤はそれに従いランニングや機器トレーニングを続けた。
「だがギプスをはめちまっている。これはそうそう簡単にはいかねえだろうな」
 大沢はピッチングコーチである植村義信と顔を突き付けあって考えた。何とかしてプレーオフを勝つ為に。
「さてどうするか」
 頭を抱える。やはり工藤の穴は大きい。
「工藤か」
 そう、工藤であった。
「待てよ」
 ここで彼にある考えが思い浮かんだ。
「何か妙案でも?」
 植村は大沢のそんな様子を見て顔を上げた。大沢は奇計も好きだ。それも周りをアット驚かせるような。
「いや、何も」
 大沢は慌てて顔を深刻なものに戻した。
「やっぱりどうしようもねえなあ。何かいい解決方法ねえかなあ」
「そうですね」
 植村は顔をまた元に戻した。そして二人はまた深刻な顔で話し合った。
(いけねえいけねえ)
 大沢は内心笑っていた。
(今は誰にも気付かれちゃあいけねえ)
 その時彼に思いもよらぬ考えが浮かんでいた。
(いけるかどうかわからねえが試してみる価値はあるな)
 すると彼は一つの伏線を張った。
 遠征に工藤を帯同させた。私服でありあやはり球場にいてもギプスをしている。
「やっぱり工藤はプレーオフは無理だな」
 ファンもマスコミもそう思った。
「西武有利」
 皆彼のその姿を見てそう結論付けた。西武の方もこれで一勝、と喜んでいた。
「いいか、気付かれるなよ、絶対にな」
 大沢はその声をよそにトレーナーに対して言った。
「わかっています」
 トレーナーは険しい顔で頷いた。
「かみさんにも言うな、子供にもだ。辛いだろうがな」
「はい」
 大沢の言葉に頷いた。大沢はそれを同じく険しい顔で受けた。
「よし、頼むぜ。とにかく今は大事な時だからな」
 彼は何かを考えていた。
「おい」
 そして工藤にも声をかけた。
「わかってるな」
「はい」
 工藤は頷いた。そして二人はニヤリと笑った。
 大沢は球場での練習中には審判の一人に意味ありげに言った。
「賭けって面白いよな」
「え、ええ」
 大沢は人生の真ん中ばかり歩く男ではない。酒も女もやってきた。博打もだ。そうしてそこで人生とは何かを学んできた。
「やり過ぎちゃいけねえがそもそも往来の真ん中だけが人生じゃないだろ」
 ここでも独特の人生論、野球感が出て来た。
「端っこや裏側も見なくちゃいけねえ。そうでないと人間ってやつはわからねえし深みにでねえ。人間ってやつは綺麗なだけじゃ駄目なんだ。時にはそうしたこともよく学ばなくちゃいけないんだよ」
 やはり彼はそうした意味でも大物であった。器が大きかった。だからこそ将たりえたのだ。
「時には喧嘩も必要だ」
 ビーンボールを投げた相手チームのピッチャーを殴り飛ばしたこともある。
「人生は色々ある。それがわからねえと野球もわからねえんだ」
 深みのある言葉であった。一見豪放磊落だが、その中身は鋭く、そして細かかった。
 その彼がいわくありげにそう言ったのだ。その審判は何かある、とすぐに思った。
「俺は近いうちにでっかい賭けをしようと思ってるんだ。皆がアット驚くようなな」
「驚くような、ですか」
 審判は誰にもそんなことは言えない。公平でなければならないからだ。
「そうだ。もしかしたらな。まあ楽しみにしておいてくれよ」
「わかりました」
 大沢はそこでベンチに戻った。そして電話をかけた。
「どうだ、調子は」
 電話に出た男に声をかけた。
「思ったより遥かにいいです。いけます」
「そうか」
 大沢はそれを聞くとまた笑った。
「どうやらいけそうだな、見てろよ」
 向かいのベンチにいる広岡に顔を向けた。
「今にその澄ました顔が仰天して顎まで外れちまうぜ」
 彼はこれから自分がやろうとしていることに胸が躍っていた。
 西武も負けてはいない。広岡は知将を自認している。その知略はやはり秀でていた。
 采配ミスや選手の失敗にも驚かない。あくまで冷静である。これはこちら側の好プレイや殊勲打に対してもである。常に表情を変えない。ただ口の端を一瞬歪めるだけである。
「巨人の時のあれは何だったんだろうな」
 実はそんな澄ました彼も一度激怒したことがある。
 その時広岡は打席に立っていた。三塁ランナーに長嶋がいた。
「長嶋君の脚だとまあ少し打つだけで楽に点が入るな」
 彼はそんなことを考えていた。
 ピッチャーが投げた。その時だった。
「え」
 広岡はその時何が起こったのか理解できなかった。何と長嶋がいきなりホームスチールを敢行してきたのである。
「これはどういうことだ」
 彼は呆然となった。その長嶋はあっけなくアウトとなった。
「どういうつもりか」
 三振してバッターボックスから戻った彼のはらわたは煮えくり返っていた。その怒りは長嶋に向けられたものではなかった。
「何を考えているんだ」
 彼は監督である川上哲治を睨んでいた。
 明らかに頭に血が昇っていた。彼はヘルメットとバットを叩き付けるとロッカーに戻り球場をあとにした。これが彼の巨人との決別の原因となった。
「私を信頼していないのか」
 広岡の言い分はそれである。それでホームスチールのサインを出したのか、と言いたいのだ。だがこの事件は実は長嶋の独断だったのだ。徹底した統制で知られた巨人だが彼はよくこういうことをした。動物的カンがそうさせたのである。
「長嶋君はいいんだ」
 広岡はそう言った。
「彼のことは本当によくわかっている。伊達に三遊間を組んでいるわけじゃない」
 彼はここでも長嶋を嫌ってはいなかった。
「問題は他にあるんだ」
 彼はこの直後二軍落ちとなりコーチ兼任であったがそれも剥奪された。
 これが彼を追い詰めるもととなっていく。次第に巨人での居場所がなくなる。しかもまた悪い癖が出て記者に言わなくてもいいことを話してしまう。何処までも舌禍の絶えない男だった。
 結果として彼はその怒りにより巨人を追い出された。彼は川上に追い出されたと思っていた。
「私を信用していない、しかもそれからも事あるごとにあの男は私に嫌がらせをした」
 彼のそのポーカーフェイスはプライドの高さ故だとも言われる。そのプライドに触れられると激怒するのだ。
「あれは広岡さんのプライドを刺激しちまったからな」
 記者もファンもそう囁き合った。とかく彼は人間味を消そうとして逆にその人間味により広岡となっていた。ちなみに西武の監督を辞任した時もプライドがもとで喧嘩したからだ。
 その彼だがこの時は普段と変わりなかった。そう、全く変わらなかった。
「広岡がああした顔をしちえる時が一番怪しい」
 誰かが言った。
「あの男は何かする時は徹底して隠す。最後の瞬間までな」
 見れば西武ナインは室内練習場で今日も夜遅くまで練習していた。
「いつもと同じだが」
 広岡は記者達に澄ました顔でそう言った。
「君達もご苦労だな」
 そう言うだけであった。そして何食わぬ顔で自宅へ戻って行く。
「昔からだよ。ああして気取ってるんだ。けれどな」
 ベテランの記者が広岡の乗る車を見ながら言った。
「尻尾が見えてるぜ。あれだけ隠れるのが下手な奴もそうそういない。さえ、プレーオフには何を見せてくれるかな」
 彼等も感じていた。広岡はこのプレーオフで何かを企んでいる、と。
 こうして両者の思惑が含まれたままプレーオフの幕が開いた。両者はその胸に思いも寄らぬ奇策を抱いていたのだ。

 その前日工藤はまだギプスをしていた。
「やっぱり無理だな」
 西武ナインは彼の身を心配しながらも内心ホッとしていた。
「とにかく天敵がいないのは助かる」
 そう考えていた。だが彼等は気付いてはいなかった。それを見る大沢が鼻の穴を膨らませていることに。
 試合当日には包帯を巻いていた。どう考えても怪我は完治していない。そして先発オーダーが発表された。
 西武の先発はベテランアンダースロー高橋直樹であった。口髭が似合うダンディーな男である。
「ほう、広岡も中々洒落のわかる男じゃねえか」
 大沢は彼を見て笑った。実は高橋はかって日本ハムでエースであった。だが江夏との交換トレードで広島に行った。そしてまたトレードで西武にやって来たのだ。
「人の一生なんてわからないものだけれど」
 高橋もそれは同じだった。
「まさか俺を先発とはな。てっきりトンビだと思ったが」
 西武のエースといえば東尾である。だが広岡はあえて彼を先発に出さなかった。
「東尾は何でも使える」
 彼はそう言った。
「先発でなくてもいい。今日はな」
 それで終わりだった。そしてグラウンドに顔を向けた。
「さて日本ハムの先発は誰だ」
「高橋里志ですかね。それとも間柴か」
「そんなところだろうな」
 森の言葉に頷いた。彼等なら充分に勝算はあった。
「データは揃っている。工藤の様に絶対的な強さはない」
 そう、彼は工藤だけを怖れていたのだ。
「そのチームに絶対的なエースがいるとそれだけでそのチームは圧倒的に有利に立てる」
 これはかっての稲尾や杉浦の様なエースを見ればわかることであった。
 工藤もこのシーズンではまさにそれであった。その工藤がいないと思うとそれだけで気が楽だった。
「そろそろ先発ピッチャーですね」
「ああ」
 二人はアナウンスに耳をすました。
「ピッチャー工藤」
「何!?」
 二人はそれを聞いて思わず目が点になった。
「本当か!?」
 慌ててメンバー表を見る。確かにそこには工藤の名があった。
「これはどういうことだ」
 二人はまだ信じられなかった。
「偵察要員でしょう」
 その時記者会見を受けていた西武のオーナーもそれを聞いて言った。
「いえ、それが」
 記者の一人が彼に言った。
「一度発表されたら最低一人には投げなくてはいけないんですよ」
「そんな」
 彼は狐につままれたような顔になった。
「一体どういうつもりなんだろう」
 そう首を傾げざるを得なかった。それ程までに意表を衝く起用であった。
「おい見ろよ、連中の顔」
 大沢は得意そうに西武ベンチを指差して言った。
「鳩が豆鉄砲食らったような顔ってのはああいうのを言うんだろうな。広岡のあんな顔ははじめて見たぜ」
「しかし監督」
 植村はそこで不安そうな顔をした。
「何だ」
「本当に大丈夫なんでしょうか、今の工藤は」
「それだがな」
 大沢はニヤリと笑った。
「実は一回投げさせてみてるんだよ」
「えっ!?」
 これは植村も知らなかった。
「悪いがおめえにも内緒にしておいた。軍事機密ってやつだ」
「そうだったんですか」
 植村にすら話していなかった。大沢の隠蔽工作もまた見事であった。
「それを見ていけると思った。それで今日マウンドに送ったんだ」
「何と」
 工藤は淡々と投球練習をしている。そして試合がはじまった。
「まさか出て来るなんて」
 思いもよらなかった天敵の登場にさしもの西武打線も戸惑っていた。工藤の前に凡打の山を築く。
「フフフ」
 大沢は満足そうにそれを見ていた。勝ち負けよりも工藤のピッチングそのものを楽しんでいた。
「よくやってくれているな、最初はまさかと思ったが」
 やはり彼も思いついた時は本当に投げられるとは思わなかったのだ。
 工藤は快調に飛ばす。澄ました顔で西武打線を手玉にとっていた。
「よくやったな」
 大沢は手を差し出そうとした。だが途中で止めた。
「いけねえいけねえ」
 慌ててその手を引っ込めた。
「今下手なことしてあいつの指に何かあっちゃあいけねえ」
 彼はあくまで工藤の指を気遣っていた。
 工藤の表情はいつもと全く変わらない。淡々とした顔で実力者揃いの西武打線を封じている。
「さて、と」
 大沢は彼を見ながら考えていた。


[186] 題名:最後の晴れ舞台 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年08月30日 (月) 23時46分

           最後の晴れ舞台
 この世の中で最も気紛れな者は一体誰であろうか。それについて考えた者もいるだろう。
 よく言われることであるが運命というものは本当にわからない。人間は一寸先どうなっているか本当にわからないものだ。
 これは野球の世界では特にそうだ。急に輝きを発する選手も時にはいる。それは全て野球の神が決めることであり我々人間に決めることはできないのかも知れない。
 そうした選手はスター選手とはまた違う。彼等もまた独自の輝きを放ち、その光は美しい。この話はそうした中の一人であるある選手の話である。
 山本和範という選手がいた。これは本名である。登録名は時にはカズ山本となっていた。引退の時にはこれになっていた。
 彼程波乱万丈の野球人生を送った者もいないだろう。高校の時に一度留年して卒業の時には十九歳になっていた。そこで巨人のテストを受ける。
 彼は見事合格した。だが家族は反対した。
「そやけど」
「もう一年考えてくれ」
 プロは厳しい社会である。だから家族も反対したのだ。
 彼は涙を飲んだ。そして一年考えてみた。やはりプロへの思いは断ち切れるものではなかった。
 もう一度巨人のテストを受けた。だがこの時は不合格だった。
 だが南海のテストには合格した。そして入団しようとしたその時だった。
「おい、近鉄にドラフト指名されたぞ」
「嘘やろ」
 彼は友人にそれを聞かされた時思わずこう言った。
「わし、近鉄の人と会ったことも話したこともないで」
「そやけど実際に指名されとるぞ。何なら新聞見るか?」
「ああ」
 彼は狐につままれたような顔をして新聞を広げた。そこには確かに彼の名があった。
「ホンマやろ」
「ああ」
 だが彼はまだ信じることができなかった。
「何で近鉄なんや」
 そう思いながらも近鉄に入団することになった。断る理由もなかった。
 ピッチャーとして入団した。入団して彼ははりきっていた。
「あの人みたいになるで」  
 あの人とは当時近鉄のエースだった。鈴木啓示である。この時にはもう阪急の山田久志と並んでパリーグを代表する
ピッチャーとなっていた。
 彼は練習に励んだ。だが入団して一週間後のことであった。
「おい」
 そこに片手にウイスキーの瓶を持った男がやって来た。
「はい」
 山本はそちらに顔を向けた。
(何や、この人は)
 彼はその男を見てまずそう思った。
(いや、待てよ)
 確かコーチの一人の筈だ。小柄で飄々としている。名前は仰木といったと記憶しちえる。
(そうや仰木コーチや。それにしてもグラウンドで酒飲んどるとはまた凄い人やな)
 仰木はそんな彼の考えなぞ一切構わずこちらにやって来た。
「御前な」
「はい」
 山本は姿勢を正して彼に挨拶した。
「ピッチャークビだ」
「えっ!?」
 山本はその言葉に思わず目が点になった。
「御前は見たところバッティングのセンスの方がええ。それに肩も脚も悪くないしな」
「はあ」
 彼はまだ自分が何を言われているかよくわからなかった。
「だから外野になれ。ええな」
「はい」
 仰木はそれだけ言うとスタスタとその場を去った。こうして彼は外野手となった。
 外野にはなったが彼の出番はあまりなかった。それでも彼はオフに土木作業のアルバイトをしながら働いた。
「身体も鍛えられるし金ももらえる。丁度ええわ」
 そう言いながら明るく野球をしていた。例え出番がなくとも懸命に野球に取り組んでいた。
 男前でもなくプレーも華麗ではなかった。だから人気もなかった。
「それでもええよ」
 彼は言った。サインを頼みに来るファンには誠実に接した。特に子供には優しかった。
「あいつは物凄いええ奴やな」
 チームメイトはそんな彼を見てこう言った。そんな彼がオープン戦遂にチャンスを与えられた。主砲マニエルの後の五番を任されたのだ。
 だが凡打ばかりであった。そして最後には代打を出された。これで彼のチャンスはなくなった。
 当時の近鉄には平野光泰、栗橋茂、佐々木恭介、島本講平と多くの人材がいた。左では栗橋がいたが彼はスラッガーでありそうそう簡単にはレギュラーのポジションは得られなかった。こうして彼は代打に回された。
 それでも彼のひたむきなプレイは変わらなかった。そんな彼もプロ入り初のホームランを打てた。
 お立ち台に上がった。彼はそこで泣いた。
「あの、山本さん」
 アナウンサーが声をかかえる。だがそれでも涙が止まらなかった。
「嬉しいです・・・・・・」
 大粒の涙がボロボロと零れてくる。彼はそれを抑えることができなかった。
 そしてまた代打稼業を続けた。しかし芽が出ず遂に解雇となった。
「それでも野球を続けたい」
 彼は思った。そしてバッティングセンターで働きながらトレーニングを続けた。もう一度プロのユニフォームに袖を通す為にだ。
 そんな彼に声がかかった。あの仰木だ。
「御前ヤクルトに入る気あるか」 
 当時ヤクルトには仰木の西鉄時代のチームメイト中西太がいた。そのつてで入ってはどうかというのだ。
「ヤクルトですか」
 またしても断る理由はない。彼はそれを快諾しようとした。だがここで他に彼を誘う者がいた。
 南海の穴吹義雄である。彼もまた山本に目をつけていたのだ。
「どうしようかな」
 彼は考えた。だが彼の家は関西にある。それを考えると南海の方がよかった。
「よし」
 彼は南海に入ることにした。これで彼はまたプロ野球に戻ってきた。
 南海ではレギュラーだった。当時の南海は弱小球団でしかなかった。彼はその中で外野手として活躍した。
 実は彼は難聴の気があった。それで打球の反応が遅れることが危惧された。だが彼はそれを果敢なプレイで補った。これには元々の守備勘も助けてくれた。そして勝負強いバッティングを頼りにされるようになってきた。何時しか彼は南海にとって不可欠な選手となっていた。
 南海が身売りされダイエーになると福岡に移った。ここでも彼のひたむきなプレイは変わらなかった。
 顔は怖かった。だがその心は誰よりも優しく笑顔は誰よりも誠実であった。
 そのプレーは何時しか多くの野球ファンに知られるようになり彼は人気選手となっていた。
「わしってこんなに人気があったんか」
 記者やファンから声がかかる度にそう言って苦笑した。だが彼の態度は変わることはなかった。いつも優しく誠実な人柄で愛されていた。
 ある時自分の子供が虐められていると聞いた。自分の仇名のせいだという。
 お世辞にも美男子とは言えない。付いた仇名がドラキュラだ。とにかく一目では怖い顔であった。
「そうか」
 それを聞いた彼はグラウンド名を変えることにした。サッカーの人気選手カズにちなんでカズ山本とした。
「これで虐められへんで済むやろ」
 これで彼の子供は虐められなくなった。それどころか優しくひたむきな野球選手の父親がいるということで子供も人気者になった。そしてサインをねだられるようにまでなった。彼はそのサインにも快く応じた。
 そんな彼がオールスターに出場した。平和台球場でのオールスターである。
 彼はチームでただ一人の出場選手であった。ダイエーの当時の本拠地である。
「お客さんの為にもやったるか」
 彼はそう決意して試合に挑んだ。だがそのやる気が空回りした。
 ことごとく凡打に終わる。その原因は空回りだけではなかった。
 肩が傷むのだ。守備には就けないほどだった。だが彼は平和台に来てくれたファンの為にライトに入った。
「あの人ホンマは肩が痛くて仕方ないのに」
 パリーグの選手達はそんな彼を見てそう思っていた。だが彼はそれを顔に出すことはなかった。
 最後の打席、ここで彼は四球を選んだ。
 類に出る。ここで勝負に出ることにした。
「よし」
 何と走ったのだ。オールスターは基本的にノーサインである。それで走ったのだ。
 俊足という程でもない。普通といったところだ。だが彼はあえて走ったのだ。
「ダイエーで出とるのはわしだけや」
 彼はそう思いライトスタンドにいる平和台のファン達のことを思った。
「だからそのわしが活躍せんとお客さんに悪い」
 その一念で走ったのだ。
 二塁を陥とした。これでファンから拍手が鳴り響いた。
 しかしそれで終わらなかった。
 三塁にも走った。そして見事成功させたのだ。
 観客達の声援は最高潮になった。場内は割れんばかりの拍手に包まれた。
 これもまたプロのプレイであった。お客さんに応える、彼はそれを知る選手であった。
 彼はダイエーの看板選手となり誰からも慕われるようになった。しかしその彼も寄る年波には勝てなかった。
 遂にダイエーも解雇されたのである。しかし彼はまだ諦めてはいなかった。
「やれるだけやりたいしな」
 年俸は大幅に減る、それでも野球を続けたかったのだ。
「金やない、わしは最後まで野球をやりたいんや」
 そして古巣近鉄に入った。とにかく野球がしたかった。
「よお、久し振りやな」
 彼を出迎えたのは佐々木であった。
「また同じチームになるとは思わんかったな」
 彼は打撃理論には定評がある。それを買われ監督になったところがあった。
「そうですね」
 山本は彼のことは近鉄時代から知っていた。だから何かとやり易かった。
 佐々木は熱い男であった。褌を締め髪を短く切っている。かって自分や多くの近鉄の選手を育てた西本幸雄を心から敬愛し、その背番号も受け継いでいた。
「この背番号を背負うのが夢やった」
 佐々木は感慨深げに言った。
「西本さんのチームみたいにしたいんや」
 その心意気がはっきりと見てとれた。
 彼の活躍の舞台はすぐにやってきた。開幕第二試合、西武との戦いである。
 この時マウンドにいたのは西武の若きエース西口文也。大きく振るスリークォーターからの速球とスライダーが武器だ。
 その彼と対峙した。かたや若きエース、かたや何時引退してもおかしくないロートルである。
「こらまた面白い対決やな」
「これで三振したら引退やな」
 ファン達は面白半分に観ていた。口ではそう言うが皆山本が好きだった。内心彼に期待しているところもあった。
 西口は投げる。山本はそれにしつこく合わせてきた。
 粘る。ファールが続く。何時の間にか球数は十を越えていた。
「ここまで粘られるなんて」
 西口は焦りだした。彼は確かにいいピッチャーである。東尾修が認めただけはあった。
 だが弱点があった。今一つ気が強くないのだ。どちらかというと弱気な方である。ここぞという試合で打たれることがままあった。彼は責任感の強い男だがそれが裏目に出るのだった。
「責任感が強いのはいいことだがそれに押し潰されるのは駄目だ」
 当時西武の監督をしちえた東尾はこう言った。
「あいつにはもっと図太くなって欲しいのだが」
 だがそれができないのが西口の性格だった。そうなれる程彼は太くはなかった。
 そうした男が山本のようなベテランに粘られるとつらい。焦りだすとそれが止まらないのだ。
「早く楽になりたい」
 そう思うようになってきた。それが間違いだった。
 失投だった。山本はそれを待っていたのだ。
「よし!」
 振った。打球はそのままライトスタンドへ向かっていく。
「う・・・・・・」
 打球を見た西口が苦い顔をする。彼が見たのはホームランだった。
 彼は満面の笑みでベースを回る。そしてホームを踏んでベンチに戻るとナインが総出で出迎えた。
「ようやったな!」
 佐々木も帽子を取って彼を迎えた。監督までが彼に敬意をあらわしたのだ。
 これで山本は復活した。彼は近鉄の一員として見事に復活を遂げたのだ。
「山本さ〜〜〜〜ん!」 
 球場で練習をしていると子供達の声がする。
「お、オリックスファンの子か」
 帽子を見てそう言った。だが彼は帽子で子供を差別したりはしない。
「おう、どないしたんや!?」
 彼は子供達の方に歩いていって声をかけた。
「有り難うございます!」
 そして急に礼を言われた。
「わし、自分等に何かしたか!?」
 礼を言われた彼はキョトンとした。
「僕達、神戸から来たんです」
 子供達はそんな彼に言った。
「神戸からか、そうやったんか」
 この時神戸はようやく震災から立ち直ったばかりであった。当時の政府のあまりに無能な対策の為不必要に遅れてしまったのだ。
 山本は即座に義援金を送った。その額何と二千万。どこかの人権派ニュースキャスターが被災地で優雅に煙草を吸いながら温泉街のようだ、と暴言を吐いたのとは見事なまでに対象的だった。
 これを神戸の子供達は覚えていたのだ。そして彼に対しその礼を言ったのだ。
「わしそんな大層なことしとらんけれどな」
 彼はその頭頂まで禿げ上がった頭を照れ臭そうにかきながら言った。
「何言ってるんですか、凄いことですよ」
 チームの若手達が彼に対して言った。
「そうですよ、そんなこと滅多にできませんよ」
 皆彼のそうした行いを知り改めて彼が好きになった。
 その年のオールスターにも出場した。相手は当時阪神のエースだった藪である。
 そのエースナンバー一八は伊達ではない。いい球を投げていた。
 それでもこの日の山本は絶好調だった。彼は藪から文句なしのスリーランを放った。
「やったでえ!」
 彼はガッツポーズをしながらベースを踏む。そしてやはり満面の笑みでホームを踏むのだった。
 それで見事MVPを獲得した。意外な、だが奇妙な程誰もが納得できるMVPだった。
「これもあの人の人徳だよ」
 選手達はそう言った。そう言わせるだけのものが彼にはあったのだ。
 それから彼は代打の切り札として活躍した。近鉄にとってはもう欠かせない頼りになる存在であった。
 しかしやはり年だった。次第に出番が少なくなってきた。
「おい」
 九九年のある日彼は練習中に佐々木に声をかけられた。
「何ですか」
「言いにくいことやがな」
 それだけで全てがわかった。
「わかりました」
 最後まで聞く気はなかった。彼は無表情で頷いた。
「ここともお別れか」
 そう思うと寂しかった。だがまだ現役でやりたいと思っていた。
「監督」
 山本は佐々木に語りかけた。
「何や」
「このチームの最後のゲームですけれど」
「ああ」
 その目は何時にも増して真剣なものだった。佐々木はそれに見入った。
「わしを出してくれませんか」
「御前をか」
「はい、それでこのチームを綺麗に去りたいんです」
「・・・・・・・・・」
 佐々木は暫く考え込んだそして口を開いた。
「わかった。思いきり打ってくれ」
「はい」
 それで決まりだった。佐々木の後ろ姿を思いながら山本は思った。
「打ったる」
 彼は強く決意した。
「そして次のチームでやる時の力にするんや。わしはまだまだやりたい、やったるんや」
 何としても野球を現役で続けたかった。まだやれるという確信があったからだ。
 彼はまた黙々とバットを振りはじめた。そしてその来るべき試合に備えていた。
 その日は来た。このシーズン最後の試合だ。
 相手はダイエー。かって自分がいたチームだ。
「これも何かの縁かな」
 彼は球場に入る時そう思った。
 ダイエーはこのシーズン福岡に移って初めての優勝を達成していた。その戦力はかっての弱小球団とはまるで違っていた。
「変われば変わるもんや」
 山本は素直にそう思った。
「わしも近鉄に戻ったしな」
 彼は自分の数奇な野球人生を振り返りそう思わざるをえなかった。
 試合はダイエー有利のまま進んでいく。やはり優勝したチームは強かった。
「ホンマに変わったもんや」
 またそう思った。
「嬉しいやら悲しいやらやな」
 古巣が強くなるのは嬉しい。だが敵だからその思いは複雑であった。
 やがてダイエーは最強のカードを出してきた。中継ぎエース篠原貴行である。
 速球を武器とする男である。何よりも彼にはジンクスがあった。
「篠原が投げると負けない」
 そう言われていた。彼はその抜群の勝ち運でこのシーズン負けなしの十三勝を挙げていたのである。
「運も実力のうち」
 と言われる。篠原にはその幸運の女神がついていたのだ。
 近鉄は彼を打てなかった。そして佐々木はベンチを出た。
「代打か」
 ここで彼は代打を送る気でいた。だがそれは山本ではなかった。別のバッターを送るつもりだったのだ。
「山本は次や」
 そう考えていた。だが山本のことが頭にあったので咄嗟に彼の名を口にしてしまった。
「代打山本」
 言った瞬間彼はしまった、と思った。
 実はここでは荒井幸雄を出すつもりだったのだ。ヤクルトから来た左の外野手である。
(しもた)
 そう思ってが何故か訂正するつもりはなかった。これは男気を大事にする彼の性格もあった。
(言うてしもうたことは仕方ない)
 古風な言葉だが男に二言はない、今更変える気にはならなかった。
 こうして山本は打席に向かった。佐々木が彼に話しかけた。
「思いきり振れや」
「はい」
 山本は笑顔で頷いた。屈託のない笑顔であった。
 山本は打席に立った。篠原は自信に満ちた顔で彼を見ていた。
「やっぱり優勝したチームの柱はちゃうわ」
 山本は彼を見て思った。篠原は完全に抑えるつもりだ。
「しかしわしもやったる」
 彼はバットを見た。
「わしにも意地がある、この一打でまた野球を続ける道を掴むんや」
 おそらく今度入る球団の年俸は今よりもずっと少ないだろう。出番もないかも知れない。だが彼はそれでもよかった。
「野球がしたい、ボールを打って、追って、捕って、走りたい」
 それだけだった。彼は何よりも野球を愛していたのだ。
 その野球をする為に打席に立つ。そこには邪念はなかった。
「来い」
 彼は構えた。篠原もマウンドの地ならしを終えると彼に正対した。
 投げた。彼は最大の武器であるストレートを投げた。
「きよったな」
 山本はそのボールを見た。狙いは定めてはいなかった。
「来た球を打つ」
 その時はそれだけを考えていた。そう、率直にそれだけを考えていたのだ。
 振った。振りぬいた。そのスイングがボールを完全に捉えた。
「いかんかい!」
 思わず叫んだ。打球に彼自身の一念を全て入れた。
 そのまま飛んでいく。一直線だ。その向こうにはライトスタンドがある。
「入れ!」
 山本だけではなかった。近鉄ナインも、ファンも念じた。そして彼等以外も。
 ダイエーファンも思わず念じた。ここまで来たら最早勝負なぞどうでもよかった。いい勝負を見たい、見た、そしてその結末を見たかった。
 その結末が今決まった。打球はスタンドに入った。
 入った瞬間福岡ドームは爆発的な歓声に包まれた。近鉄ファンだけでない、ダイエーファンも歓声をあげていた。
「よお打った!」
「やっぱりあんたはすごか男たい!」
 関西弁と九州弁が入り混じっていた。大阪と福岡、両方の人から声援が送られていた。
「これは・・・・・・」
 山本はその時あらためてわかった。自分が彼等にどれだけ愛されていたのかを。
「わしみたいな男に」
 彼は俯いた。そしてゆっくりとベースを回る。
 サヨナラホームランである。あの無敗の男篠原を最後の試合で見事打ち崩す劇的なアーチでもあった。
 ダイアモンドを回る間拍手と歓声は止むことがなかった。彼はそれでも泣かなかった。
「なんでやろ」
 彼はそれについてふと思った。自分でも涙が出ないのが不思議やった。
「まだ何かあるんやろか」
 そう思った。その時にはもう三塁ベースを回っていた。
 ホームベースでは近鉄ナインが総出で彼を待っている。彼はナインに手厚い歓迎を受けながらベースを踏んだ。その瞬間拍手と歓声は最高潮に達した。
「どないしようか」
 彼はふと思った。まだ野球をしようと思っていた。だがその気持ちが揺らいできたのだ。
「こんだけ愛された人間ってわしだけやろな」
 それは今の拍手と歓声でわかった。
 それだけではないのだ。
「皆わしを喜んで送り出してくれるんやな。出て行くのに」
 そう思うと気持ちが揺らいできた。
 試合終了後近鉄の引退する選手達のセレモニーが行われた。山本もその中にいた。
 山本の番になった。見れば観客席はまだ満員である。誰も帰る者がいない。
「ダイエーの負けた試合やのに」
 近鉄ファンもダイエーファンもいた。彼等は誰一人として席を立つことなく山本を見ていた。
「山本さんの番ですよ」
 球場を見回す彼に声がかかった。
「あ、はい」
 その声にハッとした。そして前に出る。すると球場を拍手が包んだ。
「まだ拍手してくれるんか」
 彼はそこでようやく目頭が熱くなった。
「そうか、この時の為やったんやな」
 ここでようやくあの時何故涙が出なかったかわかった。
 マイクが手渡される。そこで観客達の歓声は最高潮に達した。
「山本!」
 ダイエー側からも声援が起こった。
 彼はその声に顔を向けた。
「今まで有り難う!」
 見ればどの者も彼に暖かい声を送ってくれている。今はもう敵だというのに。
「・・・・・・・・・」
 もう言葉が出なかった。彼は涙でもう前が見えなかった。78
「わしは本当に幸せ者や」
 彼は心からそう思った。
「普通片方にチームからしか声援なんて贈ってもらえへん。いや、それすらもないもんや」
 ひっそりと去る選手もまた多いのがこの世界だ。
「そやのにわしは今これだけのファンに、両方のファンにここまで暖かい声と拍手を贈ってもらえる。プロ野球の選手として最高の花道ちゃうんか」
 そう思うともう胸が一杯だった。
「わしをこれだけ快く送り出してくれるこの人達の気持ちに報いらなあかんな。わしをこんなに愛してくれた人達の為に」
 決意した。未練は完全になかった。
「最高の花道や」
 今彼はその花道に一歩踏み出した。
「皆さん、最後まで有り難うございました!」
 彼はそう言うと四方八方に頭を下げた。
「皆さんのおかげでここまでやることができました」
 その声はもう涙の中に消えようとしていた。
「けれどもう思い残すことはありません。最高の野球人生でした」
 拍手が球場をまた包んだ。
「最後に、皆さんに言いたいことがあります」
「何だ!?」
 皆そこで思わず静まり返った。
 山本は涙を拭いた。そしてゆっくりと口を開いた。
「最後の最後まで何が起こるかわからない、それが野球なんです!」
 それが最後の言葉だった。福岡ドームはその言葉を聞き終わった瞬間今までで最高の拍手と歓声に包まれた。
 山本は花束を手に彼等に身体を向ける。そして全身で彼等の思いを受けた。
「最高や」
 彼は思った。
「わしは最高の野球人生を送った」
 また涙が溢れてきた。
「色々あったけれどホンマにもう思い残すことはあらへん」
 声援を受けながら花束を手にベンチへ向かう。そしてそこで振り返った。
「今まで有り難うございました!」
「また会おうな、千両役者!」
「あんたみたいないい男はこれからも頑張れや!」
 頭を垂れて挨拶した彼にファンからの声がまた降りかかった。
 その声の中彼はベンチの中に消えた。そしてその長く多くの出来事があった野球人生を終えた。
「人生色々あるわ」
 かって彼は言った。
「晴れの日ばかりやあらへん。雨の日もあるわ」
 幾度の波乱を送ってきた彼ならではの言葉である。
「陰に隠れなあかん時もあるやろ。じっと我慢せなあかん時もある。そして冬の時もある」
 彼はその時目の前に今までの野球人生を走馬灯の様に見ていた。
「けれどな」
 そこで優しい顔になった。
「何時までも降る雨なんてあらへん。隠れんですむ時も耐えたことへのご褒美が来る日もやって来る」
 そこでファンの声援を思い出した。
「そしてな、冬があれば春は絶対にやって来る。春のない冬はないんや」
 それが彼の野球人生の全てであった。彼はその最高の春を受け、そしてその中で花道の中を歩き終えたのであった。
「ホンマに何が起こるかわからへん」
 彼はニコリとして笑った。邪気のないいい笑顔だった。
「だからこそ面白いんやろな、野球も人生も」
 彼は今も野球を愛している。マスターズリーグでも活躍している。
「今も野球人やで」
 そう言う彼の背中は誰よりも頼もしい。そして誰よりも優しかった。


最後の大舞台   完



                                    2004・8・11
 


[185] 題名:二日続けての大舞台 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年08月24日 (火) 01時06分

          二日続けての大舞台
 野球とはまさに筋書きのないドラマである。
 しかしだからといって奇跡がそうそう起こるわけではない。滅多に起こらないからこそ奇跡なのだから。
 だがそれが起こる時にそこに居合わせた者は感動に包まれる。それが野球の素晴らしさだ。
「それでも二日続けては起こらない」 
 それは誰もがそう思う。柳の下に二匹もどじょうはいない。
 だがこの時は違っていた。昭和五九年近鉄バファローズはその二匹のどじょうを捕まえたのだ。
 六月のことであった。舞台は藤井寺球場、相手は同じ関西の球団南海ホークスである。
「南海や阪急と戦うのは他のチームに比べて気が楽やわ」
 こう言うファンもいた。
 理由は簡単である。距離が近いからだ。お互い電車で楽に通える距離である。藤井寺も西宮も大阪も電車で一時間もかからなかった。互いのファンは遠足に行くような気分で相手の球場に行ったものであった。
 そして親会社が電鉄の会社だったことがあり何処か兄弟意識があった。特に近鉄と阪急はかって西本幸雄に率いられたこともありその意識は強かった。だからといって乱闘が起こらないわけでもなく応援団同士の野次合戦もあったがそれでも阪神ファンが巨人に見せるようなああした異常な敵愾心はなかった。あくまで好敵手同士であったのだ。
 この年パリーグは阪急の独走状態であった。強力な助っ人ブーマーが大暴れして阪急を引っ張っていた。対する近鉄と南海は瞬く間に離されてしまっていた。
 だがまだ望みはあった。彼等は阪急に追いつき、追い越そうとこの試合に挑んでいたのだ。二位と三位にあった。まさしく挑戦者決定戦であった。
 藤井寺球場、近鉄の本拠地である。ここで一人のベテランがバットを振っていた。
 加藤秀司であった。かっては阪急の四番としてその黄金時代を支えていた。
 彼は西本にそのバッティングを買われ阪急に入団した。そして彼により育てられたのであった。
 気性の激しい男であった。乱闘を起こして退場になったこともあればシリーズで審判の判定に噛み付いたこともある。その意外とも言える攻撃性で阪急を引っ張っていたのだ。
 だがその彼も衰えが見られるようになった。それは打撃よりもむしろ守備に顕著だった。それに危惧を覚えた上層部により彼は広島に水谷実雄と交換トレードされたのだった。
 ここで彼は肺炎になりシーズンを棒に振った。それで今度は近鉄に出されたのだ。
「まさかここに来るとは思わんかったな」
 加藤は藤井寺に来た時思わずこう言って苦笑した。
「何か阪急と違和感があらへんのう」
 それもその筈であった。阪急も近鉄も西本が作り上げた球団なのだから。
 見ればグラウンドにる選手達の多くは西本により育てられた選手達だ。つまり彼にとっては同門の者ばかりである。
「西本さんだけやな、ここにおらへんのは」
 西本は既に監督を退いていた。最後の近鉄、阪急両チームによる胴上げに加藤も加わっていた。
 西本はこの時解説者になっていた。よく藤井寺にも仕事でやって来ていた。
「おう、あいつ等も流石に固くなっとるわ」
 加藤は西本にインタビューを受ける同僚を見て笑った。
 見れば羽田も栗橋も梨田もである。皆西本の前では直立不動になっていた。
「そういえばあの連中とは長い間戦ってきたもんや。それが同じ釜で飯を食うようになるとはなあ」
 人間の世界とはよおわからんもんや、加藤はそう思った。
 近鉄と阪急は長年に渡って優勝をかけて争ってきた。西本幸雄を中心として。
 いつもどちらかに彼がいた。阪急の監督だった時も近鉄の監督だった時も。
 そして加藤も今西本のインタビューを受けている羽田や栗橋も西本に育てられた男であった。言うならば兄弟弟子である。
「だからここは居心地がええんかな」
 目を細めてそう思った。かっては阪急でもとびきりのはねっかえりであった。派手に暴れたものであった。無様な試合をした近鉄ナインを怒鳴りつけたこともある。
「わしもあの時は若かった」
 ほんの数年前のことである。しかしもう遥か昔のようだ。
「おい」
 昔のことを色々と思い出す加藤に声をかける者がいた。
「え、わし!?」
「そうや」
 その声には聞き覚えがあった。あの声だ。
「か、監督」
 加藤は思わず立った。そして直立不動でその人の前で畏まった。
「おいおい、何をそんなに慌てとるんや」
 声の主は笑ってそう言った。
「い、いえ何しろ監督の前ですから」
「わしはもう監督やないぞ」
 低い声だった。だがそこには誰にも何も言わせぬそうした頑固さと全てを包み込む優しさがあった。
 その西本であった。彼はにこにこと笑いながら加藤を見ていた。
「どうや、調子は」
「それはその・・・・・・」
 加藤は口篭もった。今彼は絶不調なのであった。
「あまりええことないみたいやな」
「はあ」
 実は彼はこのシーズン不調であった。打率もホームランもかっての阪急の主砲とは思えぬ程であった。
「加藤ももう年やな」
 ファンの間からこういう声がした。
「そやな、今までよう打ったけれどな」
 近鉄ファンだけでなく阪急ファンもこう言った。そんな声が加藤には辛かった。
 しかも膝も負傷していた。悪いことばかりだった。
 しかし彼は何とか踏ん張ろうとしていた。折角近鉄に来たのだ。このチャンスを逃すつもりはなかった。
「今が踏ん張り時やぞ」
 西本はそんな彼の思いをよくわかっていた。そしてこう言った。
「ボールをじっくり待つのもええがな、最初から強気で向かっていくのが近鉄や阪急の野球や」
「近鉄や阪急の・・・・・・」
 それを聞いた加藤は思わずハッとした。
「そうや、それを思い出したらちやうと思うで」
 西本は優しい声で言った。
「わしが言えるのはそれだけや」
 彼はそう言うと別の選手のところに向かった。小さなその背中がとてつもなく巨大に見えた。
「西本さん・・・・・・」
 彼はその背を見て呟いた。
「そうでしたな。最初から思いきりいかな。ずっとそれを忘れていましたわ」
 彼はかって西本に手取り足取り教えてもらっていた若き日を思い出した。
「口で言うてもわからんかあっ!」
 よく拳骨が飛んだ。痛い拳であった。信じられない程の硬さであった。
 だがそれ以上に熱かった。西本の選手を思う気持ちがその拳から伝わってきたのだ。
 加藤もよく殴られた。とにかく厳しい教育であった。だがその拳が今の加藤を作り上げたのだ。
「あの拳を思い出すか」
 彼はそう呟くとバットを握った。
「今日から思いきってやるで」
 バットを振った。今までとは違う音がした。
 それを聞いて笑った。そして試合に向けて一人黙々と練習をはじめた。

 その試合は近鉄窪康生、南海藤本修二の先発ではじまった。両方共若い投手である。
 試合は南海優勢に進む。南海の若手三塁手久保寺雄二が二打点をあげ阪急は八回までに三点をあげていた。
「久保寺は相変わらずええな」
 ベンチにいる加藤はそれを見て言った。彼は四番指名打者だったので守ってはいなかったのだ。
「そうやな、あのセンスはええ」
 近鉄の監督岡本伊三美もそれを見て言った。彼はかって南海でMVPを獲得したこともある男だ。『見出しの男』と呼ばれここぞという時によく打った。
 その岡本や加藤が認める程久保寺は良かった。だが彼はこのシーズン終了後急死する。それを聞いた南海ファンは皆涙を流した。
 藤本も力投した。近鉄は八回を終わって二点に抑えられていた。
「しんどいな」
 そういう声は聞こえてきた。九回表南海は藤本を降ろしストッパー金城基泰を投入してきた。
 アンダースローからのスライダーとシンカーを武器とする男である。キャッチャーも万を持してドカベン香川伸行から金城と相性のいい岩木哲にかえた。
「頼んます」
「よし」
 岩木は笑顔でキャッチャーボックスに向かった。香川はベンチに戻るとプロテクターを外しその巨体をベンチに下ろした。
「今日の藤本はよおやったけれど交代は当然やな」
 香川はそう思った。力投したが八回には栗橋にホームランを打たれている。球威が落ちていたのだ。
 だが金城の投球を見ていると香川は不安になった。どうも普段と様子が違うのだ。
「おかしいな」
 彼は首をかしげた。ストレートも変化球もいつものノビやキレがないのだ。
 だが金城も百戦錬磨の男である。こうした事態をいつも切り抜けてきた。ここは彼に全てを託すしかなかったのだ。
 確かに金城は不調であった。だが不調だけなら切り抜けられたかも知れない。
 この日彼はもう一つ大切なものがなかった。それは運である。
 勝負の世界は運がものをいうことが多い。運も実力のうちなのである。
 香川もそれはよくわかっていた。だが神ならぬ身である彼はその運を見ることはできなかった。そしてこれから起こることを知るよしもなかったのである。
 まずは梨田を三振にとる。これでいけるかと思われた。
 ここで近鉄ベンチが動いた。代打である。
 柳原隆弘だ。ヤクルトから近鉄にトレードで来た男である。
 この柳原がセンター前に打った。変化球に弱い彼はストレートに的を絞ったのだ。
「しまったな、あそこでスライダーかシンカーを投げておけば」
 金城はそう思った。だが冷静である。あと二人しとめれば終わりなのだから。
 打順は一番に戻った。大石大二郎である。小柄ながらパワーがある。
「ここは慎重にいくか」
 バッテリーはそう思った。大石はボールにバットを当てた。
 何とか当てたという感じであった。打球はフラフラとレフトにあがった。
「よし」
 金城も岩木も打ち取ったと思った。だがここで外野の動きがおかしかった。
 目測を誤ってしまた。その結果打球は左中間にポトリと落ちた。
「え!?」
 これには金城も驚いたがだからといってどうにもなるものではなかった。大石は二塁を陥れていた。
「点が入らなかっただけでもよしとするか」
 金城はそう思うことにし再びバッターに顔を向けた。そして続く平野をショートゴロに打ち取った。
「あと一人」
 そう思ったところで力が入ってしまった。栗橋は歩かせてしまった。これで満塁である。
「落ち着け」
 それを見た南海の監督穴吹義雄はマウンドでバッテリーに対して言った。
「今のあいつは抑えられるで」
 そう言って打席に向かう加藤をチラリ、と見た。
「だからここは丁寧についていけばええ。わかったな」
「はい」
 二人は頷いた。それを見た穴吹は安心してベンチに戻った。
「大丈夫かな」
 香川はまだ不安を拭いきれていなかった。
「今日の加藤さんは調子ええけど」
 そうであった。この試合加藤は二安打を放っている。往年の冴えが戻ったかのような振りであった。
 加藤の目は光っていた。ただ金城を見据えている。
「気合も入っとるわ。あら何かに狙い定めとるな」
 その外見から鈍重に思われるが香川もキャッチャーである。そうした打者の動きは特に目に入る。
「今日の金城さんの調子やと」
 しかしここで思い直した。ここは落ち着いておけばいい筈なのだから。
「まあ丹念にコーナーつくやろな」
 香川はそう見ていた。
 しかしマウンドの金城は彼が思うよりも動揺していた。穴吹に言われてもまだ完全にそれは拭いきれていなかったのだ。
「今日はおかしいな」
 彼も今日は調子が悪いとわかっていた。
「特に変化球はやばい」
 今の調子だとすっぽ抜けるかも知れない。そうすれば本当に終わりだ。
 彼はまずはストレートを投げることにした。しかし甘いコースは駄目だ。ここは香川と同じであった。
「内角から入るか」
 彼はそう決めた。そして投球動作に入った。
 内角高めに投げた。ここなら長打の心配はないからだ。
 しかし香川の考えは違っていた。彼はまずは様子を見る為に一球外してもいいと思っていたのだ。
 金城はストライクをとりにきていた。まずストライクをとり楽になりたかったのだ。
 これが加藤に合ってしまった。彼は初球を狙っていたのだ。しかもストレートを狙っていた。
「来たな!」
 それを見た加藤はバットを一閃させた。肘を綺麗にたたみバットを振った。
 ボールは放物線を描いて似飛んだ。その放物線がライトスタンドへ向かう。
「まさか!」
 金城だけではない。香川も南海ナインも思わず打球を追った。
 打球はライトスタンドに入った。ガラガラのスタンドに入り跳ねながら転がっている。それをそこにいたファンが追う。逆転満塁サヨナラホームランであった。
「おい、ここで打つか!」
 近鉄ファンは狂喜乱舞している。加藤はそこでようやく我にかえった。
「まさかスタンドに入るなんてな」
 まだ信じられない。だが観客の声が今のホームランを真実だと教えていた。
 加藤はゆっくりとベースを回る。藤井寺の観衆は彼に爆発的な歓声を送る。
 ホームでは近鉄ナインが総出で待っている。かっての宿敵、今はチームメイトに囲まれながら彼はようやくベースを踏んだ。
「加藤さん、お見事!」
 彼はナインにもみくちゃにされる。その中で思った。
(これや!)
 彼は阪急にいた時に感じていたあの感触を思い出していた。
(わしはこれで近鉄の一員になった!)
 そうであった。彼は今まで何処か余所者という意識があった。だがこのホームランで彼は近鉄の選手になったのだ。
 西本の作り上げたもう一つの球団である近鉄に入ったのは運命であった。彼はそう思った。
(ここも西本さんのチームや) 
 それはわかっていても実感がなかった。だが今それがようやくわかった。
 花束が渡される。加藤はそれをキョトンそひた顔で見た。
「何やこれ」
 まさか逆転満塁サヨナラホームランでの花束ではないだろう。加藤は何かと思った。
「記念の花束ですよ」
 チームメイトの一人が笑顔で言った。
「記念!?」
「ええ、加藤さんの三百号アーチの記念のですよ」
「ああ、そうやったんか」
 加藤はそれを聞いてようやく理解した。そういえばそろそろだった。
 加藤はそれを受け取った。そしてそれを手に観客達に顔を向けた。
「よおやった千両役者!」
「御前もこれで近鉄の選手になったな!」
「西本さんにその花見せたるんや!」
 近鉄ファンがこぞって声をかける。彼はそれを笑顔で受けた。
「おおきに」
 彼は言った。そして満面の笑みでベンチに戻った。
「今まで近鉄とは何度も戦ってきたけれど」
 記者達に対して言う。
「こんなええ舞台用意させてもらえるとは思わんかったわ。冥利につきるわ」
 この一打で加藤は甦った。後に彼は二千本安打を達成し名球界に入るがこのサヨナラアーチがなければ入ることはなかったであろう。かって阪急黄金時代を支えた打撃職人の復活を知らしめた一打であった。
 これでドラマは終わりだと誰もが思った。
「誰だってそう思うでしょうね」
 香川はこう言った。
「普通はそうですよ。こんなこと誰だって思いつきませんよ」
 首を横に捻ってそう言った。顔には苦笑がある。
「本当に。あんなことになるなんて」
 加藤も同じことを言った。香川にとっても加藤にとっても予想もできない話であった。
「しかし」
 彼等はここでも同じことを口にいした。
「野球の神様の配剤でしょうね、本当にだから野球は面白い」
 二人はここで純粋な笑顔になった。野球を心から愛する者の顔になった。
「今思うと運がよかったですよ。あんな信じられないことに立ち会えたんですから」
 二人は言う。次の試合は雨だった。それでもこう言うのだ。
 六月一一日、また藤井寺で試合が行われた。両チームはお互いのベンチについた。
「あの時はそんなことは夢にも思いませんでした」
 二人はこう言う。
「けれど予感はあったかな、今だからそう思えるだけかも知れませんけれど」
 近鉄の先発は鈴木啓示、このシーズンで三百勝を達成した近鉄の誇る大投手だ。対する南海は山内和宏。この時南海はピッチャーには恵まれていた。その中でも山内は若きエースとして知られていた。
「うん」
 練習中香川は山内のボールを受けて満足した笑みを浮かべた。
「これならいけるな」
 やはり試合前の投球練習でかなりのことがわかる。今日の山口は好調だ。勝てると思った。
 それに対して鈴木もいつもの調子だ。有田修三とのバッテリーは相変わらず強気の投球とリードでくるだろう。しかし今日は負けるとは思わなかった。
「ホームランを打たれることの多い人やし」
 香川は鈴木を見ながらそう思った。
「それが出たらうちの勝ちやな。門田さんかナイマンがやってくれるやろな」
 門田博光はこの時の南海の主砲である。ベテランの持ち味を感じさせる見事な打撃で知られていた。彼もまた名球界に入っている。
 ナイマンはこの時南海にいた助っ人である。彼はパワーのあるバッティングで知られていた。
 香川の予想はここでも当たった。四回に鈴木からツーランホームランを放ったのだ。
「やっぱりな」
 香川も岡本もこれを見て言った。鈴木は歴代一位の被本塁打の記録がある。とにかくホームランを打たれることの多い男であった。今日もやはり打たれた。
「これで今日は勝ちかな」
 香川は山内のボールを受けながらそう思った。彼はヒットは打たれながらもそこで踏ん張り得点を許さない。そのまま八回まで完封で進んでいた。
「ナイマンの一発が痛いな」
 岡本はスコアボードを見ながら唇を噛んだ。だが鈴木の浴びたホームランは仕方ないと思っていた。
「スズは他は抑えとるし。これで抑えてくれとるのは感謝せなな」
 彼もまた完投ペースである。そんな鈴木を攻める気にはならなかった。
「打線の調子も悪くはないし。やっぱり今日の山内はええわ」
 山内を見てそう言った。
「今日はあかんかもな」
 岡本もそう思った。流石に今日は負けるだろうと見ていた。
「スズには悪いが」
 鈴木の好投が惜しい。だがこうした試合もある。
 そして九回を迎えた。打席にはあの加藤がいた。
 ここはシェアに打った。レフト前に流した。ここで岡本は代走に慶元秀章を送った。
 次に打席に立つのは助っ人デービスである。パワーには定評がある。
 デービスも続いた。センター前へ弾き返す。だがこれを見てもまさか、と思う者はいなかった。
「山内の球威は落ちとらん。まあゲッツーで終わりやな」
 続く小川亨はピッチャーフライに終わった。やはり山内の調子はいい。羽田もピッチャー前に力なく転がしてしまった。
「これで終わりやな」
 香川はそれを見て思った。だがここで山内の動きが鈍った。何とそれを捕り損ねてしまったのだ。
「えっ!?」
 香川は我が目を疑って。打球はそのままセンター前へ転がっていく。ここで慶元がホームを踏んで一点入った。これで完封はなくなった。
 それだけではない。近鉄ベンチもファンも活気づきだした。これで終わりかと思われたのに思いもよらぬ形で一点入ったからであった。
「これはいけるかも知れませんね」
「ああ」
 岡本は隣にいたコーチに応えた。その顔には笑みがあった。
「流れが変わってきた。もしかすると、もしかするな」
 ここで打席に立つのは有田。勝負強い男である。
「監督、どうします?」
 南海ベンチでコーチの一人が穴吹に尋ねた。
「そうやな」
 問われた穴吹は山内を見て口に左手を当てた。
「山内の調子はここにきてもええ。それに」
 この前のことがある、とは決して言えなかった。だが脳裏にはあの場面が残っている。替える気にはなれなかった。
「このままいくで」
「はい」
 コーチも同じであった。加藤のホームランのことが頭にあった。彼等は山内続投を決めた。
 近鉄ファンはサヨナラへの期待に胸をワクワクさせている。彼等は興奮状態にあった。
 その中で山内のコントロールに狂いが生じた。有田を歩かせてしまう。
「まずいなあ」
 香川はそれを見て思った。流れはもう完全に近鉄のほうにある。だが山内はボールのノビもキレも落ちてはいない。もしかすると、とは思ってもやはり抑えられると思えた。
 岡本はここで動いた。審判に代打を告げる。
「代打、柳原」
 柳原、その名を聞いて香川はホッと胸を撫で下ろした。
「よかった」
 彼なら抑えられる、そう思ったからだ。
 彼には弱点があった。変化球に弱いのだ。だからこそ今一つ大成しないでいたのだ。
 だが岡本は彼にかけた。そのパワーにかけたのだ。
「頼むで」
 岡本は彼を見て言った。半ば祈るようであった。
 しかし香川は落ち着いたものであった。冷静に山内にサインを送った。スライダーだ。
「よし」
 山内はそれに頷いた。それを引っ掛けさせ併殺打にする狙いであるとわかったからだ。
 一球目は外角へのスライダーだった。だがそれは外れた。
「一球位はいいか」
 香川はそれを受けながら思った。球場は最早完全に近鉄への応援になっていたがそれでも彼は冷静なままであった。そうでなくては捕手は務まらない。
「またスライダーでいこう」
 山内はフォークも投げることができる。だがそれは考えなかった。
 満塁である。捕球がストレートやスライダーに比べて難しいフォークではパスボールの恐れもある。こうした場面ではあまり投げるボールではない。ましてやフォークはすっぽ抜けることも多い。かって我が国ではじめてフォークを駆使した中日のエース杉下茂も実はフォークは多投しなかった。彼はこう言った。
「フォークは一歩間違えると長打になる危険なボールだ。それにこっちにフォークがあると思わせるだけで有利になるんだ」
 彼はそれよりもストレートのコントロールを重要視した。フォークを武器としているだけにその弱点もよく知っていたのだ。
 香川もそれは知っていた。だからスライダーで攻めることにしたのだ。
「この人にはスライダー一本やりでいこう。それで抑えられる」
 そう思った。そして次のサインもやはりスライダーだった。
 山内もそれは納得した。彼も柳原が変化球に弱いことは知っていたのだ。
 そのスライダーは真ん中に入った。甘い球だ。だがいつもの柳原には打てないボールだ。
(引っ掛けてくれよ)
 香川はそう思った。バットを振ってくれることを願った。そして柳原は振った。
(よし!)
 彼はここで会心の笑みを浮かべた。勝った、そう確信した。
 しかしこの日の柳原は普段の柳原ではなかった。彼は無心のままバットを振ったのだ。
「いける!」
 彼はバットを振った瞬間そう思った。変化球に対する意識はこの時不思議な程なかった。ストレートを打つ時と同じように無心で振った。
 振り抜いた。無心だっただけに打球は派手な音と共に飛んだ。
 弾道は低かった。香川はそれを見た時しまった、と思った。
「同点か」
 打球は左中間に飛んでいる。だが低い。勢いもある。狭い藤井寺のことを考えるとヒットで済む。
「西武球場や後楽園じゃなくてよかったな」
 この時は狭い藤井寺に感謝した。しかしそれは一瞬だけだった。そう、藤井寺は狭いのだ。
 打球は一直線にスタンドに入った。弾丸ライナーでレフトスタンドの最前列に飛び込んだ。
「え・・・・・・」
 香川は最初目に映るその光景を信じられなかった。夢でも見ているのかと思った。
「嘘だろう!?」
 山内もそんな顔をしていた。彼等だけではない。南海ナインもベンチも同じだ。しかもそれは近鉄側もであった。
 打った柳原も呆然としていた。しかしそれは一瞬のことだった。彼等はその瞬間時を止めてしまっていたのだった。
 球場内が爆発的な歓声に包まれた。柳原はその声にようやく我に返った。
「ホンマのことやったんか!?」
 彼は狐につままれたような顔をしていた。
「おい柳原、はよベースに向かわんかい!」
「ボサッとしてベース踏み忘れるなや!」
 観客からの声が飛ぶ。彼はそれに従うようにようやく一塁ベースに向かった。
 そしてゆっくりと回った。ホームではナインが総出で待っている。
「よっしゃあ!」
 ホームを踏んだ彼はもみくちゃにされる。まさかの代打逆転満塁サヨナラホームランであった。
「まさか二試合続けて起こるなんてな」
 香川は顔を顰めながら言った。まだ信じられなかった。
「けれどこんな体験した野球選手って他にいないだろうな。悔しいけれどそう思えばいいか」
 あまりのことに今でも悔しさはない、と香川は言う。
「あの時は別ですけれどね」
 ここで彼は苦笑した。
「けれどこれが近鉄の野球、パリーグの野球ですね」
 パリーグで過ごしてきた彼はここでこう言う。
「こんなことはセリーグ、いや他の国のどのリーグでも起こりません。パリーグだからこそ起きるんです」
 その声は熱いものであった。彼にしては珍しい。
「僕はパリーグにいてよかった、と思っています。本当に。こんな熱い、素晴らしい野球ができたんですから」
 彼はそう言うと今日もパリーグの試合を観に行く。解説者として。
「世の中の人はまだ巨人巨人と言いますけれど少なくとも僕は違いますよ」
 加藤秀司も同じことを言う。
「パリーグの野球こそ最高です。あんな素晴らしいものが見られるんですから」
 二人は今も野球を愛している。パリーグの野球を。この素晴らしい野球の中で育ち、生きてきた男達は何時までもその世界を愛しているのだ。



二日続けての大舞台    完


                               2004・7・31


[184] 題名:光と闇の死闘 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年08月24日 (火) 01時01分

          第四部 光と闇の死闘

序曲
 ライダー達の活躍により世界各地におけるバダンの作戦はことごとく失敗に終わった。そしてそれに携わった大幹部や改造魔人達も戦死しその戦力は大きく失われていた。
 だが首領は諦めてはいなかった。いや、むしろさらにその野心を膨らませことに当たっていた。
 彼には自信があった。世界をその手に収められるという自信が。彼には力があった。
 この世界は光と闇から成る。光がライダー達だとしたら彼は闇である。彼はその闇の力を使おうと考えていた。
 それを知る者はまだいなかった。バダン以外は彼等はライダー達との戦いを続けながらその毒牙を磨いていたのだ。
 その毒牙が今剥かれた。そして世界を、人々を、そしてライダーを殺さんと口を開いた。新たなる戦いが今ここに幕を開かんとしていた。

             闇の集結
「随分と減ったものだな」
 暗闇の中首領の声が響く。
「かってあれ程いたというのに」
 その声からは感情が感じられない。ただ言った、そういう感じであった。
「申し訳ありません」
 暗闇の中に立つ地獄大使が言った。
「皆ライダー達により倒されてしまいました」
 見れば他の大幹部達もそこにいる。地獄大使の他には死神博士、ドクトル=ゲー、キバ男爵、アポロガイスト、百目タイタン、ゼネラルシャドウ、ゼネラルモンスター、メガール将軍といった顔触れである。
「そして残ったのはこれだけか」
 首領は地獄大使に対して問うた。
「残念ながら」
 彼は頭を垂れたまま報告した。
「ふむ」
 首領はここで考えるような声を出した。
「だがまだまだ作戦行動は可能だな」
「はい」
 彼等は一様にそう答えた。
「ならばよい」
 首領はそれを聞き満足した声を出した。
「それでは諸君」
 そして彼等に対し言った。
「これより我がバダンの最大の作戦を発動する」
「最大の作戦!?」
 それを聞いた大幹部達は一斉にざわめいた。首領はそれを見下ろすかのように沈黙をしちえたがやがて言った。
「新兵器のことは聞いていよう」
「はい」
 死神博士が答えた。
「それを使い世界を破壊するのだ」
「世界をですか!?」
 ゼネラルモンスターが問うた。
「そうだ、世界をだ。そしてその廃墟の後に我がバダンの理想とする世界を作り上げる」
 首領は見下ろすような声でまた言った。
「そしてライダー達だが」
「ハッ」
 彼等は顔を声の方へ顔を向けた。
「必ずやこの作戦を阻止しに来るだろう。だがそれを必ずや叩き潰せ」
「わかりました」
 彼等は答えた。
「ですが首領」
 ここで百目タイタンが言葉を出した。
「何だ!?」
 首領はそれに対して問うた。
「その兵器とは一体どのようなものでしょう」
「そうです、我等はまだそれが届くとしか聞いておりませんが」
 メガール将軍も言った。
「フフフ、まあそう焦るな」
 首領は彼等に対して言った。
「すぐにわかることだ。その兵器が諸君等のもとに届いた時にな」
「そうですか」
 彼等はその言葉に納得するしかなかった。首領の言葉は絶対であるからだ。
「ところで首領」
 今度はドクトル=ゲーが尋ねた。
「何だ?」
「仮面ライダーのことですが」
 彼は言った。
「私は希望があるのです」
「わかっておる」
 首領はそれを聞いて笑みを含んだ声で言った。
「貴様の願いは叶えてやろう。見事あの男を討ち取って来い」
「では私もそうさせて頂いてよろしいでしょうか」
 今度はアポロガイストが尋ねてきた。
「無論だ。私はライダー達が倒れればそれでよい」
 首領はいささか機嫌のよい声で彼に対しても言った。
「ゼネラルシャドウよ」
 そしてシャドウに対しても言葉をかけた。
「ハッ」
 彼はそれに対して姿勢を正した。
「貴様もわかっていような」
「有り難き幸せ」
 彼は片膝を折りそれに感謝の意をあらわした。タイタンはそれを睨みつけていた。
「では首領」
 キバ男爵が言った。
「早速その作戦を発動すると致しましょう」
「そうだな」
 首領はそれを聞いて言った。
「では暗闇大使よ」
「ハッ」
 ここで暗闇大使が闇の中から姿を現わしてきた。
「ヌッ」
 地獄大使は彼の姿を見て顔を顰めさせた。
「フン」
 暗闇大使はそれを一瞥しただけであった。だがその目には明らかに敵意と憎悪の色があった。
「作戦の名を伝えよ」
「わかりました」
 彼は一礼してから口を開いた。
「今回の作戦名を」
 他の大幹部達をゴクリ、と喉を鳴らした。
「時空破断作戦とする」
「時空破断作戦・・・・・・」
 彼等はその名を聞いて思わずその作戦名を口にした。
「そうだ、時空破断作戦だ」
 首領はそんな彼等に対して言った。
「では諸君よ」
 首領は言葉を続けた。
「行くがいい、そして全てを破壊しライダーを倒せ、そして我がバダンの世界を築き上げるのだ」
「ハッ!」
 彼等は敬礼した。そして一斉にその場から姿を消した。
「さて、ライダー達よ」
 一人残った首領の声が暗闇の中に木霊する。
「今度こそ貴様等の最後だ。楽しみにしているがよい。フフフフフ・・・・・・」
 哄笑が闇の中に木霊する。そこに姿はない。だが明らかに何者かの気がその場を支配していた。

 ライダー達はそれぞれ世界各地に散っていた。だが何かが動いたのを感じた。
「まさか・・・・・・」
 彼等は同時に顔を顰めた。各地に散っているというのに。
「行くか」
 そして彼等は戦場へ向かった。マシンの爆音と共に彼等は向かう。
「はじまりましたよ、おやっさん」
 日本に戻っていた結城は立花に対して言った。
「ああ、わかってるよ」
 彼もまた感じていた。その正義を愛する心で。
「いよいよだな」
「ええ」
 二人は固い表情で頷き合った。
「おそらく今までの最も辛い戦いになるぞ」
「ですね」
「丈二、御前は日本にいるんだな」
「はい、ここで村雨と一緒に」
 彼は固い顔のまま言った。
「そうか、なら日本は安心だな。わしも安心してあいつ等のフォローに行ける」
「というとおやっさん」
「当然だ、あいつ等にだけ戦わせてたまるか、あいつ等を助けるのがわしの仕事だ」
 立花は険しい顔でそう言った。
「御前もその一人だ」
「はい」
 結城が人として温かい心を知るようになったのは立花の存在も大きかった。彼にとっても立花は父親のような存在であったのだ。
 その立花にそう言ってもらえる、それが嬉しかった。だが顔には出さない。結城はあくまで自分を冷静な状態で留めるようにしているのだ。
「頼むぞ」
「任せて下さい、あんな連中の思うようにはさせませんから」
「そうか」
 立花はそれを聞いて目を細めさせた。
 それから数日後立花は日本を発った。息子達を助ける為に。結城はそれを空港で見送った。
 立花を乗せた飛行機が飛び去っていく。彼はそれを見えなくなるまで見ていた。
「おやっさん行っちゃいましたね」
 彼の隣にいた史郎が言った。
「そうだな、だが感傷に耽っている暇はないよ」
 結城はそんな彼に対して言った。
「日本にもバダンは攻めてくるだろうし」
「やっぱり」
 彼はそれを聞くとしょげた顔になった。それが面白い程似合っている。
「いつもそうだっただろう、連中が活動している時に日本が無事だったことがあるかい?」
「いえ、俺もショッカーにはいつも殺されかけてましたhし」
「おいおい、大袈裟だなあ」
 結城は思わず顔を綻ばせてしまった。史郎のそんな様子に思わずふきだしてしまったのだ。
「笑い事じゃないですよ、俺本当に危なかったんですから」
「けれど今もこうして生きているだろう」
「そりゃそうですけれど」
「君も戦士なんだよ。だから戦ってここまで生きてこられた」
「そうですかね。俺が戦士だなんて。戦死ならしそうですけれど」
「まあまあ、そう弱気ならない」
 そこへチコとマコがやって来た。
「史郎さんだって戦闘員達と戦ってきたじゃない、大丈夫よ」
「そうそう、私達も結構史郎さんを頼りにしてるのよ」
「そうかなあ、俺君達にはいつもからかわれてるような気がするんだけれど」
「史郎さん面白いから」
 ここで純子も出て来た。
「ついついそうやってからかいたくなるのよね」
「純子ちゃんまでそう言うのかい!?」
 彼は口を尖らせてそう言った。
「おいおい、三人共それ位にしとけよ」
 ここで結城が間に入ってきた。
「俺は本当に史郎さんは頼りにしてるんだから。いつも必死にやってくれるしな」
「丈二さん・・・・・・」
 三人はそれを聞いて史郎をからかうのを止めた。
「君達もだよ。君達の存在がなければ俺達は戦えないんだ」
 結城は真摯な顔でそう言った。
「ライダーは一人じゃ戦えない、決してね」
 かって彼は一人で戦おうとしていた。だがそれでは悪は倒せない、自らの経験でそれを知ったのだ。
「おやっさんや滝さん達だけじゃないんだ、君達みたいに俺達を支えてくれる人達がいてはじめて仮面ライダーは戦えるんだ」
「そんな、言い過ぎよ」
 マコが言った。
「そうよ、丈二さん私達を買い被ってるわ。私達なんて単なる足手まといだし」
 チコも続いた。彼等は幾度となくゴッドに捕らえられ神に救出されているのだ。
「それは俺だって同じさ、いや全てのライダーが」
 どのライダーも幾度となく絶体絶命の危機に陥った。だがそれを立花やライダーと共に戦う彼女達により救い出されてきたのだ。
「君達がなければ今の俺達はない。当然バダンとも戦えない」
「丈二さん・・・・・・」
 純子が彼を見上げて思わず彼の名を言った。
「だから・・・・・・これからも頼むよ。バダンを倒す為に力を貸して欲しい」
「はい!」
 史郎とチコ、マコ、純子は笑顔で答えた。そして空港を去りアミーゴに戻った。
 丁度それと入れ違いに空港の出口にサングラスをかけた一人の男が姿を現わした。
「暫くぶりだな」
 それは村雨だった。彼はサングラスを取り外すと感慨を込めて言った。
「バダン、ここにも来るか」
 彼は何者かの気配を感じていた。
 右に顔を向ける。サッと影が消えた。
「来るなら来い。俺は逃げも隠れもしない」
 彼はそれを見て言った。
「俺の前に来るならば倒す、例え俺がどうなってもな」
 村雨はそう言うと空港を去った。そして一人アミーゴへ向かった。


序章 闇の集結   完


                                2004・7・15


[183] 題名:もう一人の自分2 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年08月20日 (金) 22時52分

 何とその起用が見事的中したのだ。水原は王手をかけられたが決して焦ってはいなかった。そしてすぐに手を打ったのだ。
「調子のいい選手がいればその選手を使う」
 野球のセオリーである。彼はそれを忠実に実行しただけである。しかしそれは巨人のようなスター選手が揃っているチームでは容易ではない。やはり彼は名将であった。
 彼等の活躍でその試合は巨人が勝った。首の皮一枚で生き残った巨人はここから反撃に出た。
 別所穀彦、中尾硯志の両エースをフル回転させてきたのだ。別所はかって南海にいながら巨人に強奪された選手だ。
「よりによってあいつを使うかい」
 巨人は手段を選ばない。どのような卑劣で無法な行いも平然とやってのける。だがマスコミという巨大権力がバックにある為多くの者はそれに気付かない。巨人ファンは何故巨人を応援できるか。野球を知らないからだ。
 その巨人にまたしても敗れた。鶴岡は怒りと屈辱で全身を震わせた。
「またしても負けたか・・・・・・」
 目の前での水原の胴上げ。それを忘れたことは一度もない。
「あの時みたいになってたまるか」
 彼はこのシリーズが決まった時からそう考えていた。
「それはさせん、一気に叩き潰したる」
 その為に今まで選手達を手塩にかけ獲得し、育ててきたのだ。そしてその中心にいるのがやはり杉浦である。
「スギ、頼んだで」
 彼はマウンドの杉浦を見て祈るようにして言った。杉浦は今マウンドで大きく振り被った。
 一回裏、巨人は杉浦の立ち上がりを攻める。バッターボックスには長嶋がいた。
 その長嶋が強打した。打球はショートを強打した。
「ムッ!」
 それは内野安打となった。巨人はこれで先制点を入れた。
 長嶋の一打で後楽園は喜びに湧く。だが杉浦は後続を何事もなかったかのように抑えた。
「スギの仇はとったる」
 しかし南海ナインは先制点に対しても臆することがなかった。二回表野村が逆転のツーランホームランを放つ。
「おおきに」
 杉浦は戻って来た野村を笑顔で迎えた。
「あとは頼んだで」
 野村はいささか照れ臭そうにそう言った。彼ははにかみ屋で感謝されることは苦手なのだ。
「わしは憎まれ役や」
 野村はよくこう言う。この時でそうだったし今でもだ。だが彼は実は恥ずかしがり屋で寂しがり屋なのだ。
「野村さんって人はあれで繊細な人や」
 野村をよく知る人はこう言う。
「それをわかっとらん人も多いけれどな」
 人は外見ではない。野村は野暮ったい容姿で身体も大きい。どうしてもそう見られてしまうが心はそうではない。人は顔で判断してはいけないが、野村の場合は特にそうである。
 その野村の一打で南海が優勢に立った。だが藤田もそれ以後得点を許さない。試合は杉浦の予想通り二人の投手戦となった。
 七回裏、巨人の攻撃である。先頭打者の長嶋が打席に立つ。
「こいつをまず抑えないと」
 杉浦は長嶋を見てそう思った。自然と身体に力が入る。
 投げた。渾身のボールだ。しかし長嶋は簡単に抑えられる男ではない。バットが一閃した。
「しまった!」
 杉浦は思わずボールを追った。それは右中間へ伸びていく。
「長打コースか」
 ホームランにはなりそうもない。だが二塁打は確実だ。長嶋の足だと三塁打もある。
 だがそれはならなかった。センターの大沢がそこにいたのだ。
「えっ!?」
 これには杉浦だけでなく巨人ベンチも驚いた。大沢はあらかじめかあんり右寄りに守備位置をとっていたのだ。
 長嶋の打球は何事もなかったかのようにアウトとなった。大沢はニヤリ、と笑いボールを投げ返してくる。
「俺の予想があたったな」 
 彼は言った。実は守備勘がよくその場の状況に合わせて守備位置をよく変えることで知られていたのだ。
「あいつにまた助けられたな」
 鶴岡はベンチでそれを見て呟いた。大沢はよく彼の采配を批判したりする。その為チームでは嫌う者も多かった。実は杉浦もその一人であった。
「まあここはこらえてくれ」
 それを止めるのが野村であった。彼は粗暴なことは好まない。
「わしへの批判か、存分にやったらええ」
 鶴岡はそれを一笑に付した。彼にとっては批判は喜ばしいことであった。それだけ自己を客観的に見ることができるからだ。
「それにしてもわしに対しても歯に衣着せず言うとはな」
 逆にそんな大沢の男気と頭脳が気に入った。
「面白い奴や。見所があるわ」
 むしろ彼を頼りにする程であった。後に日本ハムの監督になり『親分』の仇名を受け継ぐことになる大沢の若き日の姿である。
 杉浦はピンチを救われた。シーズン中にも度々あったことである。
 九回裏にもピンチはあった。ホームランを打たれ同点となった。
「まずいな」
 彼は心の中で呟いた。血マメが遂に破れたのだ。
「おかしいな、ボールに勢いがなくなってきとる」
 野村もそう思っていた。ミットに収めたボールを杉浦に返そうとする。その時だった。
「!」
 彼はそのボールを見て絶句した。
「どうかしたのかね?」
 主審がそれを見て野村に声をかける。
「あ、何でもありまへん」
 野村は慌ててそのボールを杉浦に投げ返した。
(危ない危ない、巨人に知られるところやったわ)
 チラリ、と巨人ベンチを見て呟いた。どうやら気付かなかったらしい。内心ホッとした。
 だが杉浦は野村のその様子を見て唇を噛んだ。
(ノムは気付いたみたいやな)
 それだけでもいい気持ちはしなかった。誰にも気付かれたくなかったのだ。
 しかし野村も杉浦の指のことを知っていてもそれをリードに影響させたりはしない。あくまで勝利を目指す為だ。ここはあえて鬼になった。
 だが球威の衰えは出る。巨人は土壇場で攻め立て一死二、三塁のチャンスをつくる。
 ここで水原はピッチャーの別所にかえて代打を送る。左の森だ。前の試合に続き杉浦対策なのは言うまでもない。土壇場で巨人は彼を攻略する絶好のチャンスを手に入れたのだ。
「ここで下手をしたら流れが変わってまう」
 鶴岡は言った。
「そして流れが向こうにいったら」
 南海としては最も考えたくないことである。
「それをもう一度こっちに戻すのは簡単やないで」
 その言葉には反論できぬ重みがあった。南海ベンチもファンも固唾を飲んでマウンドの杉浦を見守っていた。
 だが杉浦は表情を変えない。しかしその心の中は別だった。
「ここは何としても」
 気を奮い立たせる。だが指の痛みがそれを削ぐ。血マメの破れた場所が痛むのだ。
 それでも投げなければならない。今この場を抑えることができるのは彼だけなのだから。
 投げた。しかしいつものノビはない。
「いける!」
 森はそれを見て思いきり振りぬいた。打球は流し打ちの形となり左中間に飛んだ。
「やられた!」
 杉浦はこの時ばかりは観念した。森の顔がサヨナラで喜びのものになる。
 ショート広瀬叔功が跳ぶ。だが打球は彼の頭上を越えた。そしてそのまま一直線に飛ぶ。
「いったな」
 三塁ランナー広岡達郎は勝利を確信していた。だが彼は打球から目を離さなかった。
「落ちるのを確認してからでいい。万が一捕られても」
 彼には余裕があった。
「タッチアップで簡単に点が入る。焦ることはない」
 そう睨んでいた。
 誰もが捕れる筈がないと思った。しかしそこに大沢がいた。
「えっ!?」
 杉浦はそれを見てまた驚いた。
「ほう」
 広岡はそれを見てもそれ程驚かなかった。
 杉浦にとっては七回のそれに続く驚きだった。大沢はここでもその勘を存分に発揮したのだ。
「俺は博打には強いんだよ」
 そう言わんばかりの顔で森の打球を捕った。
「よし」
 広岡はそれを見てスタートを切った。これでサヨナラだ、少なくとも彼はそう思っていた。だが彼はここで計算違いを一つしていた。
 大沢は確かに外野フライにした。だが森のボールは強かったがそれ程深いものではなかった。少なくとも広岡が思ったよりは。
「甘いぜ、広岡」
 大沢はスタートを切った広岡を見て笑った。既に彼は返球の動作に入っている。
「如何に彼の肩が強かろうがもう手遅れだ」
 広岡も大沢の肩が強いことは知っている。だがそれでもいけると思ったのだ。
 しかし大沢の打球を捕った場所はショートの後方だった。広岡の予想よりも浅いのだ。それが仇となった。
 大沢はキャッチャー野村へ素早くバックホームする。それは一直線に野村のミットに収まった。
「なっ」
 広岡はそれを見て眉を少し上げた。気取り屋と言われることもある彼はあまり表情を変えようとはしない男だ。
 間に合わなかった。広岡はスライディングをすることもなくホームでタッチアウトとなった。大沢の二重のファインプレイであった。
「どんなもんでえ、広岡」
 大沢は広岡を見てニンマリと笑っていた。そして悠然とベンチへ引き揚げる。
「有り難うございます」
 杉浦がそこに来て礼を言う。
「礼には及ばねえよ」
 彼はニンマリと笑ったまま言った。
「後輩を助けるのは先輩の務めだからな」
 と言って大学の後輩である杉浦の左肩を優しく叩いた。それで彼はベンチに入った。
「不思議なものだな」
 肩を叩かれた杉浦はそう思った。思えば南海に入ったのも彼を通じてである。
「長嶋は巨人のユニフォームを着る為に生まれてきたような奴だからな」
 大沢は豪快に笑って今でも言う。だがその長嶋も彼なくしてはプロに行けなかったかも知れないのだ。
「これが因縁というやつか」
 杉浦はそう思わずにいられなかった。そう思いながらマウンドに入った。
 これで巨人に向かいつつあった流れは南海のもとへ戻った。そしてそれを掴まない南海ナインではなかった。
 十回表まず野村が四球で塁に出る。
「相変わらず球をよく見る奴だ」
 巨人ベンチは悠然と一塁に向かう野村を見て吐き捨てるように言った。流れを掴み損ねた彼等は明らかに焦りはじめていた。
 その野村を置いて打席には八番の寺田陽介が入る。マウンドには第一戦で先発だった義原だ。
 寺田のバットが一閃した。打球は一直線に飛びライトの頭上を越えた。
「よし!」
 野村はその鈍足をフル回転させて走る。そしてホームに突入した。これで勝ち越しだ。
「やったぞ!」
 寺田の会心のツーベースであった。南海ベンチはこれで一気に沸き返った。
「スギ、これでいけるか」
「はい」
 杉浦は寺田に対して笑顔で答えた。そしてマウンドに向かった。
 勝負はこれで決していた。杉浦はその裏を無事に抑え三勝目を挙げた。南海はこれで王手をかけた。
「あと一勝ですね」
 勝利インタビューで記者が杉浦に話し掛ける。だが彼の顔はそれ程浮かれたものではなかった。
「あの男にとっては何でもないといったふうだな」
 巨人ナインは彼の顔を見て言った。
「怖ろしい奴だ。まるで学者みたいな顔をしているというのに」
 ただ杉浦の超人的なピッチングに舌を巻くだけだった。
「スギはホンマに大した奴や」
 鶴岡はそんな彼を見て満足した笑みを浮かべていた。彼は杉浦の決して慢心しないその性格もこよなく愛していたのだ。
 だが両者共勘違いをしていた。何故彼の顔が浮かれたものでなかったかを。
「何とか勝ったけれど」
 インタビューを終えベンチに戻る彼はチラリ、と右手を見た。
「これで明日投げられるかな」
「よおやったな」
 鶴岡はそんな彼を笑顔で出迎えた。
「全部御前のおかげや」
「有り難うございます」
 杉浦は笑顔で答えた。だがその顔は僅かに強張っていた。
「緊張することはないで」
 鶴岡はそれを緊張だと思った。
「御前は勝ったんや堂々と胸を張ったらええ」
「はい」
 杉浦は素直に頷いた。そしてベンチを後にした。
「あんだけのピッチングしてあんだけ謙虚な奴は他にはおらんな。何処までもできた奴や」
 鶴岡もナインもそう思っていた。
 杉浦は廊下を歩いて行く。その前に一人の男が立っていた。
「ノム」
 杉浦は彼の姿を認めて言った。そこには野村が立っていた。
「指、大丈夫か」
 彼は心配そうな顔で尋ねてきた。
「やっぱり気付いとったか」
 杉浦はここでようやく表情を素にした。
「気付かん筈ないやろ。ボールを見たらわかるわ」
「そうか。御前にだけは隠せんな」
「なあスギ」
 野村は彼に歩み寄った。
「そんなんで投げることはできへんやろ。明日はもう休め」
 野村は彼を気遣って言った。
「気持ちは有り難いけれどな」
 彼も野村が本当はどんな男かわかっていた。だからこそその言葉が痛みいるのだ。
「それでも投げたいんや」
「チームの為か」
「それもある」
 否定はしなかった。
「日本一になりたい、それは御前も一緒やろ」
「ああ」
 野村もそれは同じだった。
「しかしな、もう三勝しとる。それでもう充分やないか。スギ、御前は自分の責任はもう果しとる。あとはわし等に任せるんや」
「もう一つ理由があるんや」
「何や」
 野村は彼が次に言う言葉がわかっていた。そして自分がそれを止めることができないこともわかっていた。
「投げたいんや。僕はとにかく投げたいんや」
 彼は純粋に野球を愛していた。だからこそ出る言葉であった。
「そうか」
 野村は頷くしかなかった。それは彼もよくわかった。彼も野球を心から愛しているからだ。
「じゃあわしはもう言うことはないわ。しかしな」
 野村は心配そうな顔のままであった。
「無理はするなや。皆御前には何時までも投げていて欲しいんやからな」
「ああ」
「そういうても御前は投げろ、言われたら投げるやろ」
 杉浦はそれには黙って頷いた。
「わかっとるわ。御前はそういう奴や。そやけれどな」
 野村は言葉を続けた。
「細く長く生きるのも人生やぞ。もっとも太く長く生きるのが最高やけれどな」
「御前らしいな」
 杉浦はそれを聞いて顔を綻ばせた。
「ええな、それ。じゃあ太く長く生きたるか」
「そうや」
 野村はそれを聞き我が意を得たと喜んだ。
「ただ僕の太いのと、御前の太いのはちゃうと思うがな」
「それはそうやろ。わしはそれについては何も言わん」
 後に杉浦は野村とは人生観も全く変わってしまったと口にしたことがあった。それはこの時に既に伏線があったのであろうか。
「けれどお互い満足のいくように野球しようや」
「ああ、それはな」
 杉浦もそのつもりであった。
「わしはもうそれ以上言えん。投げるな、と言いたいが御前が投げるんやったらわしが受ける」
「頼むで」
「それは任せといてくれ。御前のボールを一番知っとるのはわしやからな」
 野村はそう言って杉浦の背中を軽く叩いた。杉浦はそれを受け笑顔でその場をあとにした。
「わしも甘いな」
 野村はその背中を見送りながら苦笑した。
「投げるな、というてもそれを引っ込めてもうた。投げたいという奴はぶん殴ってでも止めなあかんのにな」
 投手の肩は消耗品という人もいる。だからこそ酷使は禁物なのだ。それは肩だけでなく、肘や指についても言えることであった。
 野村もそれはわかっていた。だから杉浦に言おうとしたのだ。
 だが杉浦の言葉に心打たれた。野村にも彼の気持ちは伝わった。
「スギ、思う存分やれや。悔いのないようにな」
 そう言うと彼は帰り支度に向かった。そしてバスに乗り込むのであった。

 次の日は雨だった。朝雨の音を聞き杉浦は喜んだ。
「降ったか」
 彼にとって恵みの雨であった。
 これで一日休息がとれた。彼は機嫌よく好きな囲碁に興じた。
 だが手の動きが妙だ。いつもはパチリ、と音を立てさせるのに今日はそっと静かに置く。
「どないしたんや、音は立てさせへんのか」
「え、ええちょっと」
 彼は先輩にそう言われ慌てて誤魔化す。何とかばれずに済んだ。そして翌日の試合に向け英気を養うのであった。
 次の日、今日で決まるかも知れない。南海ナインは眦を決して球場に向かった。
 見れば晴れ渡った綺麗な秋の空である。杉浦はそれを眺めていた。
「青いな、何処までも続くようや」
 白い雲もある。これ程絵になる空はそうそう見られるものではない。
「今日みたいな日に決められたらいいな」
 彼は邪心なくそう考えていた。そこへ鶴岡がやって来た。
「今日いけるか」
 彼に先発を言いに来たのだ。
「はい」
 杉浦は頷いた。これで決まった。
 そしてマウンドに立った。巨人の先発は藤田である。
「今日だけは頼むぞ」
 彼はマウンドで右の中指を見て言った。それはまるで祈るようであった。
 だが杉浦の立ち上がりは今一つであった。彼は三回まで毎回ランナーを背負う状況であった。
 連投のせいだろうか。鶴岡はそう思った。だがどうやら違うようだ、と思うようになっていた。
「どっかおかしいんちゃうか」
 彼はそれは口には出さなかった。他の者に知られてはチームに動揺が走るからであった。
 一回も二回もランナーを背負いながらも併殺打で切り抜けていた。やはり流石である。
 それでも九回までもつとは思えなかった。鶴岡は杉浦の投球を細部まで見た。
「・・・・・・指か」
 鶴岡はそこでようやく気付いた。思えば今まで何処かおかしな様子があった。
 それも中指のようだ。爪を傷めたのだろうか。
「スギの持ち球はストレートの他はカーブとシュートしかあらへん。爪はあまり考えられへんな」
 では何か、彼はすぐにわかった。
「マメか」
 ベンチを一瞥する。どうやら今杉浦以上の投球をできる者はいそうにない。
「ここはやってもらうか」
 彼は決断した。見れば野村がマウンドで杉浦と話している。
「ノムは知っとるみたいやな」
 サインの打ち合わせのふりをして杉浦を気遣っているようだ。
「あいつだけが知っとるのは好都合やな」
 彼はここでコーチの一人を呼び寄せた。
「はい」
 呼ばれたそのコーチはすぐに鶴岡の側へやって来た。
「これスギに渡せ」
 彼はここで懐からあるものを取り出し白い布に包むと彼に手渡した。
「監督、これ・・・・・・」
 そのコーチはそれを見て顔を強張らせた。
「ええから」
 彼は急かすように言った。そしてそのコーチを追い立てるようにしてマウンドに送った。
「スギ、御前に全部預けさせてもらうで」
 鶴岡は最後の腹をくくった。もうそこから一歩も引かないつもりであった。
「かって何度も死線を潜り抜けてきたが今みたいな気持ちになったのははじめてやな」
 ニヤリ、と笑って言った。
「ここで負けたら腹でも切ったるわい」
 伊達にあの陸軍で将校をしていたわけではない。いざという時には覚悟も決めている。
 コーチが杉浦のもとにやって来た。そして鶴岡から授けられたそれを手渡した。
「監督からや」
 見ればそれは白い布に覆われている。杉浦はそれを黙って広げた。
「これは・・・・・・」
 彼はそれを見て思わずベンチにいる鶴岡に目をやった。
「何も言うなや」
 野村が言った。
「ああ」
 杉浦はそれに頷いた。彼は鶴岡が何を言いたいのか理解した。
「じゃあわしはこれでな」
 コーチはベンチに戻っていった。
「監督、まさかこんなものまで」
 それは厳島神社の御守りであった。鶴岡の故郷広島の守り神であり彼が常にその身に着けているものだ。
「わかりました」
 杉浦はそれを右手に握って言った。
「この試合、必ず勝ちます。監督の御心に絶対報います」
 彼は今鶴岡の心をその胸に宿した。もう血マメなぞ関係なかった。
「ノムやったるで」
「あ、ああ」
 普段と変わらないもの静かさの中に燃え盛る闘志があった。普段の彼とは明らかに違っていた。
「今日の投球は全部僕に任せてくれ。そのかわり絶対に勝ったる」
「わかった」
 野村はその言葉に頷いた。
「思いきり投げたらええ。わしが全部受けたるわ」
「頼む」
 二人はここで頷き合った。そして野村はキャッチャーボックスに戻った。
「さあ来い」
 野村は黙ってミットを差し出した。サインは出さない。全て杉浦に任せた。
 杉浦は投げた。その時音が鳴った。
 ビシッ
 彼の手首が鳴る音だ。あまりものスローイングの速さにその手首が鳴ったのだ。
 放たれたボールは一直線にバッターに向かっていく。デッドボールか、巨人ベンチは一瞬ざわめきだった。
 だがそれは違っていた。それは信じられない角度でベースに食い込んでいった。
「な・・・・・・」
 それはカーブだった。杉浦の最大の武器である大きく曲がるカーブだった。
「ストライク!」
 審判の声が高らかに響く。コントロールも信じられない程よかった。
 続けて投げる。外角へのボール球だ。
「一球外すか」
 しかしそれも違っていた。それは少し沈みながらバッターの胸元に襲い掛かるようにして向かってきた。
「シュートか!」
 確かにそれはシュートであった。しかしこれも普通のシュートではなかった。
 打てるものではなかった。バットは空しく空を切った。
 またストライクの声が響き渡った。瞬く間にツーナッシングに追い込まれてしまった。
 三球目。杉浦のあまりのスローイングのスピードに砂塵が舞った。そしてまたあの音がした。
 今度はストライクゾーンにまっすぐに向かってくる。
「ストレートなら何とか」
 打とうとする、しかしそれは手元で大きく浮き上がった。
「まさか!」
 確かにそれはホップした。恐るべきボールのノビだった。
 またしても空振りだった。あえなく三振となった。
 杉浦の投球はそれだけではなかった。次々と巨人のバッターを屠っていく。そこにはもう何の雑念もなかった。そう、無心の投球であった。
 五回には遂に血マメが潰れた。だがそれももう苦にはならなかった。
「だったら指のハラで押し出すだけだ」
 そうやって投げた。目の前にいる筈のバッターも見えなかった。
 マウンドで砂塵が舞う。杉浦はそれも意に介さず投げる。
 何時しか自分がマウンドに投げる自分を見ているような気分になった。いや、彼は確かにそれを見ていた。
 長嶋も他のバッターももう関係はなかった。ただマウンドにいて投げる、それだけであった。
 ベンチにいる記憶はなかった。不思議なことだが彼はもうマウンドにいる自分だけが見えていたのだ。
 観客の声も聞こえなかった。審判の判定も。自分でそのボールがストライクがボールか、そして打たれるか打たれないかわかっていた。投げた瞬間にわかる、だが絶対に勝つ確信があった。
 気付いた時にはもう全てが終わっていた。そう、最後のバッターが倒れていたのだ。
「スギ、よおやった!」
 見ればナインがマウンドに駆け寄って来る。
「え!?」
 彼はその言葉にハッとした。
「勝ったで、日本一や!」
「勝ったんですか!?」
 彼はまだ状況が掴めていなかった。
「勝ったんや、わし等は遂に巨人を倒したんや!」
 皆口々に言う。
「そうですか、勝ったんですか」
 南海は三対〇で勝ったのだ。杉浦も打席に立った筈だがその記憶はなかった。
「そうや、御前が勝ったんや」
 見ればそこに野村がいた。
「ノム」
 杉浦は彼の姿を認めた。だがまだ信じられない。
「これは御前にやる。ウィニングボールや」
「ボールか」
「そうや、御前の勲章や」
 野村はそう言うと杉浦にミットの中の白球を手渡した。
 杉浦はそれを手に取った。見ればそこには血がついていた。
「そうやった、血マメが潰れたんや」
 彼はそのことも忘れていた。
「やっと勝ったんや、思えば長かったけれどな」
 野村も泣いていた。南海ナインは皆涙を流していた。
「スギ」
 そこに鶴岡がやって来た。
「御前の勝ちや。これは全部御前のおかげや」
「監督」
 見れば鶴岡も泣いていた。かって幾度も巨人に挑みながらも敗れてきた男が遂にその宿敵を倒したのであった。
「御前がおらな絶対にここまでいけんかった。有り難うな」
「いえ、そんな」
 杉浦は師でもある鶴岡にそう言われ思わず頭を下げた。
「おい、お客さんのところへ行くで」
 鶴岡はナインを三塁側に連れて行った。そこには南海の勝利を見にわざわざ大阪から後楽園まで駆けつけてきたファン達がいた。
 ナインは彼等の熱い声援に応える。そして鶴岡の胴上げがはじまった。
「今まで何度も胴上げされたけれど」
 鶴岡は後に語った。
「やっぱり日本一の胴上げは最高や。これだけはされたもんでないとわからんわ」
 彼は喜びに満ちた顔でそう語った。
「よし」
 胴上げが終わると鶴岡は彼を囲むナインに対して言った。
「次はスギや」
「え、僕ですか!?」
 杉浦はその言葉に戸惑った。
「そうや、うちがここまでこれたのは全部御前のおかげや。御前等もそう思うやろ?」
 彼はナインを見回して尋ねた。
「はい」
 それを否定する者はいなかった。野村も大沢もそこにいた。
「よし、これで決まりや」
 鶴岡とナインは杉浦を輪の中心に導いていった。
「スギの胴上げや、思いきり高く上げたらんかい!」
「おおーーーーーっ!」
 鶴岡の掛け声と共に杉浦の胴上げがはじまった。その身体が宙を舞った。
 二度、三度。彼はそれをまるで夢の世界にいるような気持ちで受けていた。
「まさか僕も胴上げされるなんて」
 そんなことは夢にも思わなかった。
 胴上げが終わった。だが彼はまだ信じられなかった。
 チャンピオンフラッグが渡される。記念撮影が終わる。彼は文句なしの最優秀選手に選ばれた。それに異論を挟む者なぞ誰もいなかった。
「杉浦さん」
 興奮さめやらぬ中記者達が杉浦のところにやって来た。
「はい」
 彼はそれを三塁ベンチ前で受けた。
「今のお気持ちをどうぞ」
 そう言ってマイクを突き出す。それは一つや二つではなかった。
「そうですね」
 彼は記者も大事にする男である。相手が誰であろうが無礼な態度はとらない。
「今はまだ試合が終わったばかりですし球場も騒然としています」
 彼は落ち着いた様子で話しはじめた。日本一になってもまだ自分を失ってはいない。淡々とした口調であった。
「ですからまだ実感はありません。勝ったという。けれど」
「けれど!?」
 記者達は杉浦のその言葉に突っ込みを入れた。
「一人になったら嬉しさがこみ上げてくるかも知れませんね。一人になったら静かに」
「そうですか」
「はい」
 インタビューはそれで終わった。杉浦はベンチの奥へ消えていった。
 これが後にこの言葉になる。
「一人で静かに泣かせて下さい」
 知的な顔立ちの美男子である彼に相応しい言葉だと誰もが思った。そしてそれが何時しか彼が言った言葉となった。
「あれ」
 杉浦は翌朝の新聞を見て首を傾げた。
「そんなこと言ったっけなあ」
「スギ、ブン屋はそうしたもんや」
 鶴岡はそんな彼に対し言った。
「面白い、売れる記事にする為にあえてそう書くんや。そっちの方が売れるやろ」
「まあそうでしょうけれど」
「そして御前はそれを勲章に思わなあかんで」
「勲章にですか」
「そうや」
 鶴岡はそこで頷いた。
「そういうふうなことを成し遂げたし言ったんや。それは御前が活躍して記事になるような男や、ちゅうことや」
「そういうものですか」
「そういうもんや。わしはいつも言うてるな」
「あ」
 杉浦はそこでハッとした。
「思い出したな」
 鶴岡はそんな彼の顔を見てニヤリと笑った。
「グラウンドには銭が落ちとる。そしてプロ野球は客商売や」
「はい」
 如何にも大阪の球団らしいと言えばそうなる。だが鶴岡はそれだけで留まる人間ではない。
「お客さんにいいプレイを見せた者にはそれだけの追加の報酬が貰えるんや。その記事がそれや」
「そうなんですか」
「そうや。多分御前の今回のことは野球がある限り語り継がれるで」
「そんな大袈裟な」
 杉浦は鶴岡のその言葉に苦笑した。
「大袈裟やない。ホンマのことや。御前がこの世におらんようになっても人はこのことを語り継いでいくで」
 杉浦はそれを聞いて顔を強張らせた。そこまで聞いて怖くなったのだ。
「怖がることはない。それに胸を張ったらええ」
「胸をですか」
「そうや、胸を張るんや。怖がることはない。そしてな」
 鶴岡は言葉を続けた。
「それを光栄に思うんや。ずっと御前のことを覚えててもらうんやからな」
「はい!」
 杉浦は頷いた。そして彼は意気揚々と大阪へ戻り御堂筋のパレードでその晴れやかな笑顔を見せた。それはまさしく勝者の笑顔であった。
 あれからもう四十年以上の歳月が流れた。大阪球場も後楽園球場ももうない。杉浦も鶴岡もこの世の人ではない。
 だが大阪球場での戦いの記憶は今でも残っている。今も杉浦のあの時の姿が写真で残っている。
「凄いピッチャーやった」
 彼をその目で見た多くの人がそう言う。彼は鶴岡の言ったように人々の記憶に永遠に残る男となったのだ。
 そのことは今も語り継がれている。そして今も野球を愛する多くの人々の心にその雄姿が生きている。



もう一人の自分    完



                                  2004・8・8


[182] 題名:もう一人の自分1 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年08月20日 (金) 22時47分

             もう一人の自分
「スギ、ちょっといいか」
 立教大学の寮で眼鏡をかけた男に顎の割れた太い眉毛の男が尋ねてきた。
「どうした、シゲ」
 スギと呼ばれた男は彼の仇名を呼んで応えた。
「いや、実はな」
 シゲは少し照れ臭そうに言葉を出してきた。
「御前に会って欲しい人がいるんだよ」
「僕にか!?」
 彼はそれを聞き思わず声をあげた。
「そうなんだ。その人は御前にとても会いたがっているんだ。頼むよ」
「ううん」
 彼はそれを聞き少し考え込んだ。だが元々気がいい彼はそれを承諾することにした。
「わかった、会うよ。シゲの頼みだしな」
 彼は笑顔になりそう言って頷いた。
「済まないな、じゃあ今度ここに行ってくれ」
 彼は一枚のメモを手渡した。
「わかった、ここにその日に行けばいいんだな」
「ああ」
 こうして彼はとある人物に会うことになった。
「君が杉浦忠君やな」
 その人は彼に会うとまず彼の名を呼んだ。
「はい」
 杉浦はここで顔をあげた。その人を見て杉浦は言葉を失った。
「あいつ・・・・・・」
 まず出た言葉はこれだった。
「どないしたんや?」
 その人はそれを聞いて彼に尋ねた。
「いえ、何も」
 杉浦は慌ててその言葉を打ち消した。
「話は長嶋君から聞いとると思うけれどな」
 その人はゆっくりとした口調で話しはじめた。
「はい」
 杉浦は真摯な顔で頷いた。だが内心はいささか複雑であった。
(あいつ、また肝心なところ忘れやがって)
 彼は長嶋に対して舌打ちしていた。
(まさか鶴岡さんだとは誰も思わないだろうが。全く何処までボケれば気が済むんだ)
 杉浦は同期の長嶋茂雄のそうした物忘れの激しさをここにきてようやく思い出した。彼はいつもこうしたことをする。
(まあ仕方ない)
 杉浦はここで腹をくくることにした。
(話は聞かないとな。鶴岡さんは僕に何をお話しにここまで来られたのかわからないし)
 これが南海のエース杉浦忠と南海の監督であり関西球界のドンとまで言われた鶴岡一人との出会いであった。これが後の奇跡的な偉業のプロローグとなるのである。

 杉浦忠、立教大学のエースである。アンダースローから繰り出される速球を武器に快刀乱麻の活躍をしていた。
 武器は速球の他にはカーブとシュートしかなかった。だがそのどちらも常識外れのものであった。
 ノーヒットノーランも達成している。それに目をつけたのが南海の監督鶴岡だったのだ。
「これはいけるで」
 当時彼は人材を欲していた。南海を優勝させる人材をだ。
 南海はこの時強敵と対峙していた。知将三原脩が率いる西鉄、そして球界の盟主を自称する巨人である。
 そのどちらにも力及ばず敗れてきた。特に巨人には日本シリーズで四度も苦汁を飲まされていた。
「この二人はいける」
 その指揮官鶴岡は長嶋と杉浦を見て言った。
「打つのは長嶋、そして投げるのは」
 目の前で杉浦が投げていた。あっさりと完封で勝利を収めている。
「この男や。これで南海は日本一になるで」
 そして立教の先輩大沢啓二を通じて彼等の獲得に動いたのだ。ドラフトのない時代こうしたことはどの球団でもやっていた。半ば無法地帯のようなものであった。
 だからこそ一瞬の隙も見せてはいかなかった。油断していてはその人材を横から掠め取られてしまう。この時の彼もそうであった。
 長嶋は巨人に獲られてしまった。一説によると巨人は彼の身辺からの切り崩しにより獲得したらしい。今も巨人が得意とすることである。実に清潔な球界の盟主だ。黒い正義である。
 これに鶴岡が激怒したのは言うまでもない。彼は杉浦を呼びつけるとこう問い詰めた。
「長嶋は裏切ったぞ!杉浦君、君はどうなんや!」
 怖ろしい剣幕であった。鶴岡の怒声は並の人間とは思えぬものがあった。
 彼は広島商で甲子園に出場したのを皮切りとしてその野球人生をはじめた。法政大学では好打堅守のサードとして知られ南海に鳴り物入りで入団するとすぐに本塁打王となった。
「グラウンドには銭が落ちとる」
「見送りの三振だけはするな」
 彼はよくこう言った。振ればもしかしたらバットに当たるかも知れない、だから諦めるな、彼はこう言ったのである。
 そしてプロはこれで飯を食っているのだ、彼はそれを選手の頃から言っていたのだ。
 戦争では機関砲部隊の中隊長であった。陸軍将校としてもその優れた統率力を見せつけた。そして戦後復員すると僅か二九歳で選手権任の監督に就任した。
 この時は食糧難に悩まされていた。彼の仕事はまず選手達の食べ物を確保することだった。
「ナッパの味しか知らん選手達にビフテキの味を教えてやりたい」
 これは当時熊谷組で選手権監督となり後に大毎、阪急、近鉄を優勝させた西本幸雄の言葉である。彼もまた選手を食べさせるのに必死であった。そのナッパですら碌に手に入らないのだ。
 鶴岡もそれは同じだ。当時は食べるものもなく空きっ腹で野球をしていたのだ。だが彼は必死に食べ物を調達した。
 時には闇市を仕切る裏の世界の親分連中ともやりあった。しかし彼は一歩も引かなかった。彼には戦争で身に着けた凄みがあった。そして選手達のことを心から思っていた。それが親分連中をも従わせたのだ。
 後に選手獲得にもその手腕を発揮する。ここで彼はその親分連中の力を借りることもあった。この時代では普通であった。裏で金が動く。そこでそうした世界との付き合いがものを言うのだ。これは三原や水原も同じであった。そうでなくては監督なぞ務まらなかった。特に彼と三原、水原はその裏の世界の親分連中ですら逆らえぬ凄みと力量があった。だからこそ大監督たりえたのだ。
 その鶴岡が杉浦に対し怖ろしい剣幕で迫ってきたのだ。普通の人間なら蒼白になるところだ。
 余談であるが長嶋は鶴岡が激怒していると聞き心底震え上がったという。もしかしたら彼の下にいる裏の人間に何かされるかも、と本気で怖れたのだ。
「もう野球ができないかも」
 彼はそう言って震えていた。だがここで彼等の先輩である大沢があちこちに頭を下げて事なきを得た。長嶋はこのことで今だに大沢に頭が上がらないという。
 大沢はこのことから長嶋に対して色々と言う。とあるテレビ番組で嘘発見器にかけられながらこう問われた。
「長嶋さんがお嫌いですね?」
 彼は笑ってそれを否定した。だが嘘発見器は急激に上がっていった。
 他にも長嶋を許したのはつい最近の話だ、と語ったこともある。ある時は長嶋の悪口を飽きる程まくしたてた。しかし最後にニヤリ、と笑ってこう言った。
「しかしあいつには巨人のユニフォームが一番似合うだろうな」
 これが大沢であった。彼らしい男気に満ちたエピソードである。なお長嶋は彼を通じてもらっていた『小遣い』を無視する鶴岡の背広のポケットに無理矢理押し込んだという。彼もまた悪いことをしたと思っていたのだ。
 そして杉浦だ。彼は鶴岡を前にしても表情を一切変えていなかった。
(こいつええ度胸しとる)
 鶴岡はそれを見て心の中でそう呟いた。
(わしを前にして平然としていられるとはな。顔立ちは穏やかやが相当肝の座っとる奴や)
 杉浦は穏やかな物腰であったがそれだけではなかった。流石にマウンドにいるだけはあった。鶴岡の剣幕を前にしてもいつもと同じ様子であった。
 こういう話がある。彼はランナーを一塁に背負っていた。普通ならそのランナーを警戒してセットポジションにする。
 しかし彼は違っていた。何と普段と変わらず大きく振り被って投げたのだ。
「えっ!?」
 これには皆驚いた。当然ランナーは走る。次のボールも振り被った。また走られる。
 だがバッターは三振に討ち取った。そして無得点に抑えたのだ。
 そこまで肝の座った男であった。その彼がゆっくりと口を開いた。
「鶴岡さん、僕は男です」
 彼は鶴岡を見据えて言った。
(ムッ)
 彼はそれを聞いた時杉浦の男気を見抜いた。
「シゲのことは関係ありません。僕は南海へ行きます」
 はっきりとそう言い切った。それで全てが終わった。
「よし」
 鶴岡は一言そう言うと頷いた。こうして杉浦の南海入りが決定した。
 これで鶴岡は杉浦のピッチャーとしての才能以外の部分にも惚れ込んだ。その度胸と人柄もであった。
(こいつは信用できる)
 そう思ったのだ。事実杉浦は素直で穏やかな性格であり誰とも親しく付き合えた。よって南海でも忽ちチームのプリンスとなった。
 投げると砂塵が舞った。華麗なアンダースローから繰り出される速球とカーブ、シュートはどの強打者も打つことができなかった。
 投げた時の『ビシッ』という音がバッターボックスにまで聞こえてきた。そしてバッターに当たるかと思われたボールがストライクゾーンに大きく曲がり込んでくる。その速球も異様なノビがあった。
「あんなもの打てないよ」
 怪童と呼ばれた中西太がたまらずこう言った。青バット大下弘も暴れん坊豊田泰光も沈黙した。シュート打ちの名人と謳われた山内一弘もそのシュートはなかなか打てなかった。入団した年で二七勝を挙げた。文句なしの成績で新人王に選ばれたのだった。
 二年目のジンクスを危惧する声もあった。だがそれは彼に関しては心配無用であった。
「こんなボール今まで受けたことないわ」
 彼とバッテリーを組む野村克也はそう言った。後に彼は多くのピッチャーのボールを受けるが彼はそれでも杉浦以上のピッチャーは見たことがなかった、という。
 その彼がこの年恐るべき偉業を残した。
 三八勝四敗。防御率一・四〇.奪三振三三六。今では到底信じられない成績であった。これ程までのピッチャーがいて優勝しない筈がなかった。彼がマウンドに上がるとそれだけで勝利は半ば約束されたようなものであった。
 穏やかな物腰に黒ブチ眼鏡の知性的な美男子。そして静かで素直な性格。彼は最早南海で一番の人気選手であった。その彼がマウンドにいるだけで客はやって来た。
「何時見てもいい投球フォームや」
 ファンはその投球を見る度に言った。彼等は来るべきシリーズに思いを馳せていた。
「今年はいけるで」
 そういう予感がった。杉浦がいれば負けない、そう確信していた。
「負ける気はせえへんな」
 鶴岡も確かな手ごたえを感じていた。
「ウチにはスギがおるからな」
 西鉄の誇る鉄腕稲尾和久にも匹敵する大投手。鶴岡は彼にシリーズを託すつもりでいた。
「頼むで」
 そして杉浦に声をかける。
「はい」
 杉浦は頷いた。こうして南海は宿敵巨人に立ち向かう用意を終えた。

 このシリーズ、世間ではやや巨人有利と見ていた。それでも鶴岡は勝利を確信していたのだ。
「スギを知らんからそう言うんや」
 彼は自信に満ちた顔でこう言った。
「しかもかっての貧打線とちゃうぞ、四〇〇フィート打線の力もとくと見せたるわ」
 鶴岡が西鉄に打ち勝つ為に考え出した打線である。野村を主軸としてこの打線の攻撃力にも自信を持っていた。
 大阪球場での第一戦、南海は当然のように杉浦をマウンドに送った。巨人の先発はエース藤田元司が予想された。だがここで水原は意外な策を打った。
 藤田ではなく左腕の義原武敏を第一戦の先発投手に選んだのだ。これは藤田を第三戦で出す為だったと言われている。しかしこれは裏目に出た。
 南海は右打者が圧倒的に多い。左では不利だ。そして義原では四〇〇フィート打線を抑えることはできなかった。
 この打線は西鉄の流線型打線や大毎のミサイル打線と比べるとパワーはなかった。全員が四〇〇フィート、すなわち約一二二メートル飛ばせる打線という意味だったのだがこの打線はむしろバランスと集中力にその真価があった。鶴岡は無意味な派手にホームランを打つだけの打線は駄目だと知っていた。そしてそれぞれに役割を分担させ、どこからでも得点ができる打線にしたのである。
 南海は一回裏いきなりこの義原に襲い掛かった。集中打で忽ち五点を手に入れた。それを見た南海ファンはこれで勝った、と思った。だが巨人ファンは涼しい顔をしていた。
「巨人の打線を見てから言え」
 彼等は巨人は絶対に勝つと思っていた。一回表の杉浦の投球なぞまともに見ていなかった。完全に南海を舐めていた。これはしゃもじを持って他人の食事を覗いて騒ぐだけしかできない落語のできない能無しの落語家くずれと同じ知能レベルだからである。残念なことに巨人ファンには今だにこうした愚かな手合いが多い。
 南海は次々に巨人投手陣を撃破していく。八回にはもう一〇点を入れていた。流石に巨人ファンも諦めた。
「一試合位いいか」
 彼等はそう思った。そしてマウンドで投げる杉浦を見た。
「確かにいい球を投げるが所詮一人だしな。まああいつが出ない時に勝てばいいさ」
「そうだな」
 その声に他の者が同意した。
「この前の稲尾みたいな奴が他にいる筈もないし」
 この前の年巨人は西鉄に敗れ日本一を逃していた。三連勝から奈落の四連敗であった。稲尾を打つことができなかったのだ。
「あれは化け物だよ」
 誰かが言った。まだあの悪夢から醒めてはいなかった。
「あんなのが二人もいる筈がない。だから安心していればいいさ。こっちには長嶋がいるんだし」
「ああ、そうだな」
 彼等にとって長嶋はもう信仰の対象ですらあった。
 とにかく勝負強かった。脚も速く守備も華麗だった。打ちどころのないスーパースターであった。
 彼がいる限り大丈夫だ、そう信じていた。彼を抑えられはしない、そう思いなおしグラウンドに視線を戻した。
 杉浦は八回でマウンドを降りた。三失点の好投であった。
「ご苦労さん」
 鶴岡は笑顔で彼を迎えた。
「はい」
 杉浦は静かに頷いた。だがその顔は何処か強張っていた。
「どないした!?」
 それを不審に思った鶴岡は声をかけた。
「いえ、何も」
 心配をかけるわけにはいかない、彼は笑顔で応えた。
「そうか、だったらええがな」
 杉浦はこの時隠していた。実は彼は右の中指に血マメを持っていたのだ。
(まずいな)
 杉浦は思った。だが幸いにして誰にも気付かれていない。彼はそっとそのマメを隠した。
 試合はこれで決まりだと思われた。しかし巨人がここで意地を見せた。
「杉浦以外の奴は怖くない!」
 そう言わんばかりの攻勢を仕掛けてきた。鶴岡はそれに驚いた。
「やっぱり巨人には並の戦力ではあかんな」
 試合に勝てはしたが心底そう思った。何と杉浦降板後で四点を失ったのだ。
「やっぱり巨人を抑えられるのは一人しかおらんか」
 彼は痛感した。ちらり、と杉浦を見た。
「このシリーズ、全部スギに託すか」
 決意した。勝つ為にはやはり杉浦の力が不可欠だ。
 杉浦は勝利インタビューを受けていた。その顔はいつも通り穏やかなものだった。
 だが痛みをひた隠しにしていた。血マメが痛むのだ。
 自宅に帰ると痛みはさらに増した。
「クッ・・・・・・」
 マメに針を刺す。そしてそれで血を抜き取る。
「明日までに抜き取っておかないと」
 もしかしたら明日も投げることになるかも知れない。その時に血マメが痛んではいけない。それまでに何とかしておかなくてはいけない。
 彼は右手の中指を上に向けたまま眠った。そして次の試合に備えた。

 第二戦、巨人はここで勝負にでた。藤田を登板させたのだ。
「出てきたな」
 南海ナインは藤田の姿を認めて呟いた。彼は淡々とした様子で投げている。
「あいつを打ち崩すんや」
 鶴岡はナインに対して檄を飛ばした。
「今日勝ったら一気にいける。ええな」
「はい」
 シリーズにおいてはよく第二戦こそが最も重要であると言われる。黄金時代の西武なぞはよく第二戦に絶対のエースを先発にした。この時の巨人はそれにならったのだろうか。
 だがこの時代は第一戦にこそ絶対のエースを登板させた。南海もそうした。
 しかし水原は違っていた。もしかすると第一戦は捨てていたのかも知れない。そう思える起用であった。
 南海の先発は田沢芳夫、杉浦の連投はやはりないと思われた。
「今日はあかんな」
 大阪球場のファンはそう見ていた。勝てるとは思っていなかった。
 案の定一回表いきなり先制された。長嶋のツーランが飛び出たのである。
「やっぱり凄い男やな」
 鶴岡はそれを憮然とした顔で見ていた。逃した魚は大きかった。
 田沢は一回で降板となった。やはり巨人相手には役不足だった。仕方なく二回から三浦清弘を送る。
 彼は何とか巨人打線を抑えてくれていた。だがそれも何時までもつかわからない。
「どうしたもんやろな」
 鶴岡は顔を顰めさせた。だが巨人の方も悩みがあった。
「藤田の調子をどう思う」
 水原はコーチの一人に尋ねた。
「そうですね」
 尋ねられたそのコーチはマウンドにいる藤田を見ながら答えた。
「球威がありませんね。それに変化球も」
「そう思うか」
 水原はそれを聞き深刻な顔になった。彼も同じことを思っていたのだ。
 藤田は球速はあまりない。だがドロップとシュート、そして球威とノビのあるストレートが武器だった。しかしこの日はそのいずれもが精彩を欠いていたのだ。
 南海は四回裏に攻撃に出た。一気呵成の連打で四点を奪い逆転したのだ。
「よし」
 鶴岡はそれを見て会心の笑みを浮かべた。
「連勝や」
 彼はナインに対して声をかけた。
「連勝して後楽園に乗り込むで」
「はい!」
 彼等はそれに対し一斉に応えた。その中には杉浦もいた。
「よっしゃ、皆の心意気はわかった」
 鶴岡は満足そうに頷くと杉浦の方へやって来た。
「スギ」
 そして声をかけた。
「はい」
 杉浦はそれに対し顔を向けた。
「いけるか」
 鶴岡はここで杉浦の目を見た。
「任せて下さい」
 杉浦は意を決した目で応えた。これで決まりであった。
 南海は五回から杉浦をマウンドに送った。この得点を守れるのは彼以外にいなかったからだ。
「よし、これでうちの勝ちや」
 ファンはもうこれで安心しきっていた。この時代エースの連投は当たり前である。エースにはそれだけのものが求められていたのだ。
 杉浦は投球練習を終えるとバッターに顔を向けた。そしていつもの淡々とした顔で華麗な投球フォームを観客に見せた。
 やはり巨人打線でも杉浦は打てない。そのボールはまるで何かが宿っているようであった。
 その間に南海は追加点を入れる。これで六対二となった。
「おい、このままでいいのか」
 水原は巨人ナインに対して言った。
「黙っていては男がすたるぞ、杉浦は確かに凄い。だがな」
 彼は言葉を続けた。
「あの男も人間だ。打てない筈がない」
 その通りであった。だがそれでも容易には打てる代物ではなかった。
「そうだな」
 ここで彼は王貞治と森昌彦に声をかけた。
「二人には期待している。頼むぞ」
「はい」
「わかりました」
 二人は水原の言葉を受け頷いた。彼等は二人共左打者である。
 アンダースローはその投球フォームの関係から左打者にその動きをよく見られる。従って左打者は右のアンダースローに対しては比較的有利だと言われている。
 七回表二人は連続で杉浦からヒットを放った。これで一点を返した。
「よし」
 水原はそれを見て頷いた。だがそれもここまでであった。やはり杉浦はそうそう打てる男ではなかった。
 その水原が頼みとする二人も九回表の攻撃で連続三振に討ち取られた。一度打たれた男には二度と打たせない、杉浦のその静かな顔の下にある気迫に二人は抑えられたのだった。
「よおやった」
 鶴岡は杉浦に声をかける。これでニ連勝だ。南海はその望み通り連勝して気持ちよく後楽園に乗り込むことができるのである。
「有り難うございます」
 杉浦は出迎えた鶴岡に対して微笑んで応えた。だがその微笑みは僅かだが何処か硬かった。
「?」
 鶴岡がそれに気付かない筈がなかった。だが彼はそれは杉浦の節度だと思っていた。
「やっぱりよおできた奴や。勝ちに奢らず、か。あいつらしいな」
 鶴岡はそう思った。確かに杉浦は勝利に奢るような男ではなかった。
 だがそれはいつものことである。彼の微笑みが微かに硬かったのは別の理由からだった。
(まずいな)
 やはり血マメの状況が芳しくない。それどころか昨日よりも悪化していた。
 しかし、それは決して表に出してはいけない。もし知られたら、それだけはならなかった。
(皆にいらぬ心配をかけたくない)
 それだけではなかった。敵に知られでもしたら。
 そこに付け込んでくるだろう。相手も必死だ。なりふり構ってはいられない。これも勝負だ。
(まだ誰も知らないな)
 それだけが安心できることだった。とにかく今は誰にも知られてはならなかった。
 杉浦はそっと球場を去った。そして一人自宅でその血を抜き取り手当てをするのであった。
 
 後楽園への移動時彼は右の中指に絆創膏を貼っていた。
「巨人の関係者はいませんよね」
 彼は周りの者に尋ねた。
「ああ、いないよ」
 彼等は周りを見回したあと杉浦に対して言った。
「よかった」
 杉浦はそれを聞いてホッと息をついた。
「どないしたんや、そんなに気にして」
 周りの者は少し不思議に思った。
「いえ、巨人の関係者がいると電車の中の話から情報を仕入れるかも知れませんしね」
「確かにな」
 皆その言葉に頷いた。
「巨人やったらやりかねん」
 当時からこうした風評はあった。鶴岡もシリーズが近くなると読売関係や巨人寄りと思われる記者達をあえて遠ざけた。情報が漏れる、と危惧したからだ。実際に彼等はそうしたことを平気でやる。プロ意識なぞ全くない提灯記事を平然と書く連中だ。その記事なぞ何処ぞの独裁国家の将軍様への賛辞と全く同じだ。
 こうした連中が大手を振って歩いているのである。南海側が警戒するのも当然であった。彼等もまた巨人の目に警戒はしていた。
「しかしスギよ」
「はい」
 だが彼等はあえて杉浦に対して言った。
「少し気にしすぎやで」
 その顔と声は笑っていた。
「そうですね」
 彼はそれを聞き少し表情を和らげた。
「けれど用心するにこしたことはないで」
 ここで鶴岡がやって来た。
「巨人をなめたらあかん、それだけはよお覚えとくんや」
「はい」
 杉浦だけでなかった。南海ナインは真剣な顔でその言葉に頷いた。
(こっちもそれやったらええな)
 それを聞いてこう考える者がいた。野村である。
(情報を盗むのには手段を選んだらあかん。使えることは何でもせなな)
 彼はその独特の思考でそう結論付けていた。
(そうせなプロでは飯は食っていけん。巨人は嫌いやがそれだけは納得できる)
 彼はのちに選手の癖盗みで定評を得る。その背景にはこうしたことがあったのだ。
 だがこの時彼の他にそれを知る者はいなかった。彼がその知略で名を知られるようになるのはもう少しあとの話であった。

 第三戦、南海の先発はやはり杉浦であった。もう彼以外考えられなかった。
「頼むで」
「はい」
 鶴岡に背中を叩かれ今日もマウンドに登る。そしてボールを手にした。
「う」
 小声だが思わず声を漏らした。
 やはりマメが痛むのだ。しかも連投したせいだろう。その痛みは一昨日よりひどくなっている。
 だがそれを知られてはいけない。巨人の先発も連投でエース藤田だ。
(今日の藤田さんの調子はいいみたいだな)
 試合前の投球練習を見てそれはわかっていた。おそらくそうそう点はとれないだろう。
 だが彼には意地があった。マメのことを知られ、くみし易いと思われるだけで癪であった。
 ましてや巨人の四番は長嶋だ。彼にだけは打たれたくはない。
 長嶋は全く隙のない男だ。どこに投げても的確に反応してくる。まさに野性的な勘だ。
「だからこそ打たれるわけにはいかない」
 杉浦はそう考えていた。このシリーズの第一戦も第二戦もそれを考えていた。
 彼はその静かな目の中に炎を宿らせていた。そしてそれで巨人を、長嶋を見据えていた。
「今日が山場やで」
 鶴岡はそんな彼の炎を見て言った。
「今日勝ったらいける、しかし」
 彼は言葉を続けた。
「今日負けたらわからへん。下手したら」
 ここで彼の脳裏に悪夢が甦った。
 昭和三〇年の日本シリーズ。鶴岡率いる南海は巨人と四度目の対決に挑んでいた。過去三回の戦いはいつも巨人に負けていた。
「あの時はいける、と思った」 
 鶴岡は後にそう語った。
 第四戦を終え三勝一敗、今まで巨人の重厚な戦力と水原の戦略の前にとてもそこまでいけなかった。だがこの時は違っていた。
 あの強力な巨人打線を抑えここまできたのだ。流石に巨人も最後かと思われた。
 だがここで水原は思い切った作戦に出た。何とそれまでチームを引っ張ってきたベテランを引っ込め若手をスタメンに起用してきたのだ。
「巨人の悪あがきやな」
 鶴岡はそれを見て笑った。だが数時間後その笑いは凍り付いていた。


[181] 題名:十三人の自分2 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年08月20日 (金) 22時40分

「今度は上かっ!」
 上へ向けて攻撃を仕掛ける。しかしそこに彼はいなかった。
「おのれっ、またしても・・・・・・」
 怪人は再び焦りはじめた。それがゼクロスの狙いだろうか、再び声がした。
「残念だったな。折角俺がここにいるのに」
「言うなっ!」
 今度は破れかぶれに毒液を飛ばしてきた。だがそのようなものが当たる筈もない。ただ美術館の床や化石を溶かしていくだけであった。
「**(確認後掲載)」 
 そこで声がした。ゼクロスが真横からマイクロチェーンを放って来たのである。
「ウググ・・・・・・」
 それは怪人の首を絞めた。ゼクロスはそのまま上に跳んだ。だが怪人もまだ諦めない。その翼で飛翔した。
「そうくるか。ならば」
 ゼクロスはそれに電撃を走らせた。それは瞬く間に怪人の全身を襲った。
「キキィーーーーーーーッ!」
 怪人は断末魔の声をあげた。そして無残に焼け焦げ爆死した。
「これで終わりか」 
 着地したゼクロスはその爆発を見て呟いた。その時だった。
「・・・・・・くっ」
 腹を押さえ方膝を着いた。彼は今になりようやく傷のことを思い出したのだ。
「お見事です、その傷で怪人達をよく倒されました」
 そこへ役が出て来た。
「いや、見事も何も」
 村雨に戻った彼は苦笑しながらそれに応えた。
「こんな無様な傷を負いましたし」
「いえ、それは無様な傷などではありませんよ」
 役は微笑んでそれに対して言った。
「立派な勲章ですよ」
「勲章!?」
 村雨はその言葉に思わず顔をあげた。
「はい、少女を守る為におった名誉の負傷です。それを勲章と言わずして何と言いましょう」
「またそんな」
 村雨は立ち上がった。だが苦笑はまだ崩していない。
「他のライダー達もそうですよ。皆数々の勲章を背負っています。目に見えない勲章を」
「それがこの傷ですか」
「はい。ライダー達はその恐るべき回復能力で傷跡も消してしまいます。しかし」
 彼はここで表情を引き締めた。
「その勲章は残ります。ただ彼等はそれを誇りにしないだけで」
「誇りにしないのですか」
「そうです、彼等にとってそれは当然のことなのですか」
「ライダーとしてですか?」
「いえ」
 役はその言葉には首を横に振った。
「人間としてです」
「人間として、ですか」
「はい。人間であるからこそ他の者を助ける、それだけです。それが彼等の行動原理なのです」
「心は人間だから、ですね」
 彼は役の言いたいことがわかった。だからこそ役が言う前に言ったのだ。
「そうです。人間だからこそ同じ人間を愛し、慈しむ。それ以外に何の理由があるのでしょう」
「そう言われてみると凄く単純なものなのですね」
「そうですね。しかし正義も悪も本来そうしたものなのです」
「というと!?」
 村雨は意外に思った。彼はライダーの行動原理もバダンの野心ももっと複雑なものだと思っていたからだ。
「人を助け、愛することが善、人に危害を及ぼすのが悪ではないでしょうか」
 役は言った。
「あくまで私個人の考えですが」
 そう断ったうえで。
「けれど案外そうしたものかも知れませんよ。ライダーによってはそんなに深く考えないで戦っていた人もいるようですから。今はどうかわかりませんが」
 アマゾンや城のことを言っているのであろうか。
「難しく考えるとかえって駄目な場合もあります。時にはこうやって簡単に考えるのもいいですよ」
「そうしたものですか」
「ええ。人の歩く道なんて一つではないですし。ライダーもそれぞれの戦い方、考え方があります」
 それはよくわかっていた。彼自身も今までそうして独自の戦い方を貫いてきたのだから。
 しかし正義とは何か、漠然としかわかってはいなかった。バダンを倒し世界に平和を取り戻すことが正義なのだと思っていたのだ。
「それも正義ですよ」
 役はまた言った。
「間違いではありません。正義派一つではありません」
「そうなのですか」
「しかし悪もまた一つではない」
「悪も・・・・・・」
「はい。だからこそ首領の下にこれ程までに闇の者達が集まってくるのです」
「彼等それぞれにもそれぞれの悪があるということですか」
「そうですね。今まで大幹部も改造魔人もそれぞれの戦い方や考え方があったでしょう」
「はい」
 二人は美術館を出ていた。歩きながら話をしていたのだ。
「それはライダーと同じです。ライダーがそれぞれの正義を背負っているように彼等もまたそれぞれの悪を信じているのです」
「それぞれの・・・・・・」
「しかし正義も悪も根は一つです」
 役は美術館の出口をくぐったところでこう言った。
「それぞれ一つの大きな幹から枝分かれしているに過ぎないのです」
「そうなのですか」
「はい。ですから信じるものは同じです」
「戦う目的も同じ」
「そういうことです。そして貴方も今それをご自身の心の内に留められました」
「えっ、まさか・・・・・・」
 村雨はそれはお世辞だと思った。だが役はそれに対して言った。
「その傷が何よりの証です」
 そう言うとその腹部の傷を指し示した。
「その勲章が」
「勲章ですか」
「はい、それこそが貴方が正義の為に戦う戦士である証です。それは忘れないで下さい」
「わかりました」
 村雨は笑顔で頷いた。そして二人はその場をあとにした。

 マシーン大元帥は美術館での戦いの報告を自身の基地の指令室で聞いていた。
「そうか、やはりそう簡単にはいかぬか」
 彼は戦いの結果をある程度予想していたようである。まるで最初からわかっていたように頷いた。
「やはり私が出向かねばならないようだな、直々に」
「しかしそれは・・・・・・」
 マシーン大元帥自身を危険にさらすことになる、配下の戦闘員達はそれを制止しようとした。だが大元帥はかえって彼等を手で制した。
「心配無用だ。私の力は知っていよう」
「しかし・・・・・・」
「わかったな」
「・・・・・・はい」
 その言葉には有無を言わせぬ重みがあった。彼等はそれに従った。
「ところで美術館の戦いだが」
 彼はその戦闘員達に対して尋ねた。
「どうやら役清明が来ているようだな」
「はい、ゼクロスの後方支援を務めていたようです」
 戦闘員の一人が言った。
「そうか。一条ルミはいないのだな」
「どうもシアトルでの戦いの後日本に先に帰らせたようです。おそらく巻き添えになるのを心配したのでしょう」
「そうか。村雨という男頭も回るようだな」
「そのようですね。それは奴の戦い方を見てもわかります」
「うむ。どうやら相当手強い男のようだな。まあ当然か。最高の人材に最高の改造手術を施したのだからな」
 彼はそう言ってニヤリと笑った。ゼクロス開発の責任者であっただけにそれはよくわかっていた。
「思えばこうなる運命だったか」
 彼は感慨を込めてそう言った。
「奴は私が見出した。そして今こうして対峙するようになるとはな」
 来るべき戦いに胸を躍らせているようであった。
「面白い。それではとっておきの場所に奴を案内してやろう」
「それは何処ですか?」
「フフフフフ」
 彼は戦闘員の問いかけに対し不敵に笑った。
「すぐにわかる。すぐにな」
 彼はそう言うと指令室を出た。そして自室に向かった。
「ヨロイ騎士、磁石団長よ」
 彼は死んだ同志達の名を呟いた。
「貴様等の仇をとる前に弔いの生け贄を捧げてやるぞ」
 そう言うと自室に入った。そしてその扉が硬く閉じられた。

「ふむ、自ら戦いに赴くつもりか」
 ゼネラルシャドウは赤い円卓の上でトランプ占いに興じていた。そして占いの結果を見てそう呟いた。
「フン、また占いをしているのか」
 そこに百目タイタンが姿を現わした。
「無駄なことを。占いで何がわかるというのだ」
「未来がわかる」
 シャドウはタイタンに顔を向けて言った。
「未来か。そんなものは奪い取るものだ」
 タイタンはそれに対して反論した。
「この力でな」
 そして掌に火の玉を浮き上がらせた。
「それもいいだろう」
 シャドウはそれに対して落ち着き払った態度で返した。
「だがあらかじめ知っていれば何かと対策を講じられる」
「そんなものか。俺は常に幾通りも事前に用意しておきがな」
「その為に死神博士に協力を要請したのだな」
「そうだ。あの男を倒す為にだ」
 彼はその無数の目を光らせて言った。
「それは貴様とて同じ考えだろう。あの男も」
「そうだな。ところでその男だが」
 ゼネラルシャドウはそこでトランプのカードをタイタンに見せた。
「どうやらこれから戦いに向かうらしい」
「ストロンガーとか!?」
「いや、違う。ゼクロスとだ」
 シャドウはタイタンに対して言った。
「フム、そういえばあ奴は今カナダにいたのだったな」
「そうだ、トロントだ」
「トロントか。また洒落た街に」
 タイタンはシニカルな声で言った。
「市街で戦うつもりか?いや、あの男は市街戦は好まないか」
 タイタンも彼のことはよく知っていた。いずれ決着をつけるつもりだったのだ。
「それはこれからのお楽しみだな」
 シャドウは面白そうに言った。
「余裕だな。結果がわかっているのか?」
「いや。そこまでは占っておらん。観戦は結果がわかっていては面白くない」
「そうだな。それは貴様に同意する」
 タイタンはそう言って頷いた。
「じっくり見せてもらうか。あの男とゼクロスの戦いを」
 そう言うと踵を返した。
「待て。ここでは観ないのか?」
 見れば暗闇の上にモニターが浮かんでいた。だがタイタンはそれに対して首を横に振った。
「悪いが俺は一人で酒を飲みながら観るのが好きなのだ。シチリア産のワインでな」
「残念だな。俺もワインを用意していたが」
「貴様の酒は口に合わん。折角だが遠慮する」
「ふむ、ならばいい」
 シャドウはそれ以上引き留めなかった。彼としても社交辞令として言っただけであり特に強く言うつもりはなかったのだ。それに彼等は互いを激しく嫌悪していた。
「では俺も一人で観ることにしよう」
 そう言うと指を鳴らした。戦闘員が酒と杯を持って来た。その戦闘員はワインのコルクを抜くとそれを杯に注いだ。白ワインであった。
「ご苦労」
 シャドウは戦闘員に対し礼を言い彼を下がらせた。そして杯の中の酒を飲んだ。
「さてと」
 彼はモニターに顔を向けた。
「見せてもらおうか、マシーン大元帥よ。そして」
 彼はここでニヤリと笑った。
「仮面ライダーゼクロスよ」
 その笑みにはえも言われぬ凄みがあった。彼は杯を手にしながら戦いを待った。

 その頃ゼクロスはトロントのホテルにいた。そして役と二人で話し込んでいた。
「怪人を四体も倒したんだ、マシーン大元帥もそろそろ本気でくるでしょうね」
「そうでしょうね」
 役はそれに対して頷いた。
「おそらくそろそろ自らの出撃を考えているでしょうね。彼のの性格からすると」
「自らですか」
「はい。彼は誇り高い性格。敗北は決して許さない男です」
「そうなのですか。かなりの力を持っているとは聞いていますが」
「だからこそです」
 役は言った。
「その実力が彼の誇りのもとなのです。おそらく戦い方も正攻法でくるでしょう」
「正攻法ですか」
「はい、マシーン大元帥はデルザーの改造魔人の中でも特に強大な力を誇っております」
「それは知っています。あのゼネラルシャドウすら寄せ付けず百目タイタンも正面から渡り合おうとはしない程の」
 ストロンガーを最後まで苦しめた二人の男をも凌駕する程の者である。その強さは推して知るべし、である。
「だからこそ姑息な手段を好みません。ストロンガーやX3との戦いにおいてもそうでした」
 彼は常に正面からライダー達と渡り合った。そして互角、若しくはそれ以上に渡り合ってきたのだ。
「そして演出家でもあります」
「演出家、ですか」
「はい」
 役は答えた。
「大幹部や改造魔人は大抵そうですが」
 彼等は己の力に絶大な自信がある。だからこそそうしたことを好むのだ。
「自身が戦うのならばそれに見合った場所を選びます」
「そういえばそうですね」
 彼もヘビ女と戦った時は後ろに海が見える港であった。無意識にそうした場所を選ぶらしい。
「だとすれば次の戦場も絞れてくる」
「はい」
 役は頷いた。
「この辺りですとおそらく」
 彼は考える目をした。
「ナイアガラなんかが考えられますね」
「ナイアガラですか」
 村雨はそれを聞いて思わず顔を上げた。
 ナイアガラ、新婚旅行等で有名な滝である。カナダとアメリカにありその壮大な光景が見る者の心を惹きつけてやまない。
「あの場所ならマシーン大元帥も文句はないでしょう」
「ですね」
 村雨は頷いた。
「ですが今は身体を休めるべきです。怪我もしておりますし」
「ええ」
 村雨の腹部の傷は癒えてきた。だがまだ完治には程遠い。
「そしてそれから戦えばいいです。万全な状況でないとあの男に勝のは難しい」
 マシーン大元帥の実力はよく知られていた。役もそれを警戒しちえたのだ。
「わかりました。それでは」
 村雨はゆっくりと立ち上がった。
「暫くはこの傷を回復させることに専念します。その間トロントはお任せします」
「わかりました」
 村雨はそう言うとその場を立ち去った。そしてそのまま自らが泊まっているホテルに向かった。

 それから数日後村雨の傷がようやく癒えたその時であった。
「村雨さん」
 彼の部屋に役がやって来た。
「はい」
 村雨は部屋の扉を開け彼を出迎えた。
「これを」
 彼は一通の手紙を手に持っていた。それにはあのマークがあった。
「バダン・・・・・・」
「はい」
 役は頷いて答えた。
 村雨は無言で封を切った。そして手紙を読んだ。そこにはナイアガラにて待つ、と書かれていた。
「ナイアガラか」
 村雨はそれを読んで思わず呟いた。
「役さんの予想があたりましたね」
「はい」
 村雨は手紙を捨てた。そして言った。
「すぐに行って来ます」
「私も行きましょう」
「しかし・・・・・・」
 相手はあのマシーン大元帥である。勝てるかどうかわからない。その戦いに彼を連れて行くのは不安があった。
「私でも戦闘員位は相手にできますよ。それにこちらには策があります」
「そうですか」
 村雨は役の微笑みを信頼することにした。
「では行きましょう。おそらくここでの最後の戦いになります」
「わかりました」
 二人は部屋を出た。そして戦場に向かって行った。

 ナイアガラの滝の入口に浮島が置かれていた。そこにバダンの者達がいた。
「準備はいいか」
 怪人は二体いた。そのうちの一体が戦闘員の一人に対して問うた。ガランダーの大顎怪人ハンミョウ獣人である。
「はい」
 その戦闘員は答えた。ハンミョウ獣人はそれを聞いて満足そうに頷いた。
「よし、そちらはどうだ」
 そしてもう一体の怪人に声をかけた。ドグマの拳法怪人ライギョンである。
「こちらは全て整っている」
 ライギョンは答えた。
「あとはあの男が来るだけだ」
「よし」
 ハンミョウ獣人はそれを聞いてまた頷いた。
「マシーン大元帥が来られるまでもない。我等だけでゼクロスを倒すぞ」
「うむ」
 ライギョンはその牙をガチガチと鳴らして言った。
「久し振りに腕が鳴るわ」
 彼はその口を耳まで裂けさせて言った。
「こっちもだ」
 ハンミョウ獣人はその目を細めた。
「ライダーを倒せば褒美は思いのままだ」
「そうだな、大幹部になるのは間違いない」
 彼等はそう言いながら来るべきライダーとの戦いに備えていた。
 やがて上流の方から何かが聞こえてきた。
「ムッ!?」
 それはマシンの爆音であった。
「来たかっ!」
 怪人と戦闘員達は一斉に身構えた。
 彼等の予想は当たった。すぐにバイクにまたがる村雨が川の上を走って来た。
「来たな、村雨良!」
 やがてあと少しのところまで来た。村雨は口を閉ざしたまま構えに入った。

 変・・・・・・
 右手を真横にしそこから斜め上四五度に上げる。そして左手はそれと垂直にさせる。
 次に左手をそこから正反対の左斜め上に持って行く。右手はそれと一直線に置く。
 身体が銀色になっていく。両手呂足が赤くなる。手袋とブーツは銀色だ。
 ・・・・・・身!
 左手で拳を作りそれを脇に入れる。右手を斜め上に突き出す。
 顔を赤い仮面が覆う。右から、左から。眼が緑色に光った。

 そして光が彼とマシンを包んだ。そしてそれが消えた時仮面ライダーゼクロスが姿を現わした。
「行くぞっ!」
 ゼクロスはそのまま突っ込んで来た。ハンミョウ獣人がまず攻撃を仕掛ける。
「喰らえっ!」
 口からその大顎を飛ばす。それはブーメランの様な動きでゼクロスに襲い掛かる。
「無駄だっ!」
 ゼクロスはヘルダイバーの機首の部分でそれを受けた。大顎はそれで弾き返された。
「トォッ!」
 そしてそのままダイブする。そしてハンミョウ獣人に突撃する。
「ヘルダイバーーーーアターーーーーーーーック!」
 それは怪人を直撃した。口から鮮血がほとぼしり出る。
「ルゥリリィーーーーーーーッ!」
 ハンミョウ獣人は断末魔の叫び声をあげながら谷底へ落ちていく。そして後ろから水飛沫が上がった。
「おのれ、よくもっ!」
 目の前で仲間を倒されたライギョンが怒りに震えマシンから降り立ったゼクロスに襲い掛かる。
「ムンッ!」
 だがゼクロスはそれを受け止めた。巨大な牙を両手で上下から受けている。
「まだだっ!」
 そしてその腹を蹴った。怯んだところにまた攻撃を仕掛ける。
「受けろっ!」
 それは衝撃集中爆弾であった。口の中に入る。
「ギョギョーーーーーーーーーッ!」
 そして爆発した。内部を破壊されたライギョンはその場に崩れ落ち爆死した。
「残ているのは戦闘員だけか」
 その戦闘員達がゼクロスを取り囲んだ。その時だった。
 銃声がした。上からだった。忽ち一人の戦闘員が倒れる。
「来たか」
 ゼクロスは上を見上げて言った。そこには一機のヘリが飛んでいた。
「ゼクロス、戦闘員は任せて下さい!」
 役がヘリの中から叫ぶ。先程の銃声は彼の手によるものだ。
「お願いします」
 ゼクロスは言った。役はそれに従い戦闘員達を上空から次々と倒していく。
 戦闘員があらかた倒された時だった。不意に何者かの気配がした。
「仮面ライダーゼクロスよ」
 中空から声がした。
「よく私の招待に応じ来てくれた。礼を言うぞ」
 見れば棺が中空に浮いている。
「マシーン大元帥か」
 彼はその棺を見て言った。
「フフフ、その通り」
「やはり貴様自身が来たか」
「そうだ、貴様を倒す為にな」
 棺の中からあの声が聞こえてくる。マシーン大元帥の声だ。
「この私の手にかかって死ぬのだ。光栄に思え」
 棺はゆっくりと下に降りて来る。そして島に降り立った。
「戯れ言を」
 ゼクロスは言い返した。
「死ぬのは俺ではない。そう、死ぬのは」
 そう言いながら棺を指差した。
「貴様だ」
 そしてこう言った。
「フン、流石に大した自信だな」
 棺がゆっくりと開いた。中から白い煙が出る。
「もっともそれだけの実力があるからこそ言えるのだが。そうでない奴など倒しても面白くはない」
 そしてマシーン大元帥が姿を現わした。
「ライダー」
 そこに役が来た。手に銃を持っている。
「役さん、大丈夫です」
 だがゼクロスは彼を引き下がらせた。
「俺がやります」
「しかし・・・・・・」
「信じて下さい」
「・・・・・・わかりました」
 ゼクロスは彼に顔を向けて言った。役はその眼を見て頷いた。
 役は下がった。そして戦いを見守ることにした。
「フフフ、それでいい」
 マシーン大元帥はそれを見て満足そうに言った。
「ごく普通の人間なぞに興味はない。私はライダーを倒すのが望みだからな」
「俺をか」
「何度も言っているようにな」
 マシーン大元帥は構えをとった。
「覚悟はいいな」
「そちらこそな」
 これが合図になった。遂にゼクロスとマシーン大元帥の一騎討ちがはじまった。
 まずはマシーン大元帥が攻撃を仕掛けてきた。額からビームを発する。
「ムッ!」
 ゼクロスは横に跳んだ。そしてそのビームをかわした。
「速いな」
「その程度」
 ゼクロスは手裏剣を投げる。だがマシーン大元帥はそれを何なく右手で払った。
「無駄だ、このようなオモチャでは私は倒せん」
「そうか」
 ゼクロスは特に驚いたようには見えなかった。すぐに次の攻撃を繰り出した。
「ではこれはどうだ」
 そう言うとまた何かを投げた。
「ム」
 マシーン大元帥はそれを見た。見れば黒く丸いものである。
 爆発した。それは衝撃集中爆弾であった。
「これならどうだ」
 ゼクロスはその爆風を見送り言った。やがて爆煙が消えた。
 するとそこにはマシーン大元帥が何食わぬ顔で立っていた。何と全くダメージを受けていない。
「面白い余興だ」
 彼は余裕に満ちた声でそう言った。
「だがこれでも私は倒せん」
 そして背中からマシンガンを出した。
「しかしいいものを見せてくれた。これは返礼だ」
 そう言うと斉射した。そしてそれでゼクロスを撃たんとする。
 ゼクロスはそれもかわした。横に素早く動く。
 銃弾がそれを追う。だが全く当たらない。ゼクロスは横転しつつそれをかわす。
「やるな、そうでなくてはな」
 撃ち尽した。マシーン大元帥はそれを見ると銃を捨てた。
「もう小細工はいらん」
「それはこちらの台詞だ」
 ゼクロスも体勢を立て直して言った。
「行くぞ」
「来い」
 二人はススス、と前に出た。そしてほぼ同時に拳を出した。激しい衝撃がその場を覆った。
 二人は格闘戦をはじめた。ゼクロスはスピードで、マシーン大元帥はパワーでそれぞれ相手を倒そうとする。
 だが双方の実力は拮抗していた。両者は互いに一歩も引かず戦いを続ける。
「ムンッ」
 マシーン大元帥の渾身の一撃が襲う。ゼクロスはそれを見事な身のこなしでかわす。
「今度はこちらの番だ」
 そして反撃に手刀を繰り出す。しかしそれはマシーン大元帥に防がれる。
 両者の攻防は続いた。疲れは見られず互いに相手に攻撃を仕掛け続けた。
 マシーン大元帥が蹴りを放った。それは回し蹴りだった。
「遅い」
 ゼクロスはそれを屈んでかわした。そしてそれと同時に足払いを出した。
「ウオッ」
 それを受けバランスを崩したところにゼクロスはさらに攻撃を続ける。まずは彼を掴んだ。
「行くぞ」
 そのまま飛んだ。マシーン大元帥を上に掴んで。
「ほう、投げ技か」
 彼は掴まれてもまだ余裕の表情であった。
「まさかそれで私を倒すつもりか」
「そうだ」
 ゼクロスは答えた。
「無駄だ」
 大元帥は言った。
「私の耐久力は知っているだろう」
「確かにな」
 わかっているのかいないのか、そういった言葉であった。
「普通に投げたのならばな」
「何!?」
 マシーン大元帥はその言葉にはじめて表情を変えた。
「これではどうかな」
 ゼクロスはそう言うとマシーン大元帥の身体を頭上で激しく回しはじめた。
「あれは・・・・・・!」
 下で戦いを見守る役はその技を見て思わず声をあげた。
「まさかこの技は・・・・・・」
 技を受けているマシーン大元帥も表情を強張らせていた。
「そうだ、あの技だ」
 ゼクロスはまだマシーン大元帥の身体を回転させている。そして投げる時に言った。
「ダブルライダーの持つ技の一つライダーきりもみシュート、俺のこの技はさしづめゼクロスきりもみシュートか」
 マシーン大元帥は激しく回転しながら投げ飛ばされた。上へ飛んでいく。
「まだだ」
 ゼクロスはそれを追う様に上に向かっている。そして頂点まできたところで急降下する。
「くらえ・・・・・・」
 その真下にはマシーン大元帥がいる。今落ちようとしているところだ。そこに攻撃を加える。
「ゼクロスキィーーーーーーック!」
 そして蹴りを浴びせた。それはマシーン大元帥の強固な腹を打ち抜いた。
「グフッ・・・・・・」
 腹から鮮血がほとぼしり出る。口からも吐いた。
 そして地に落ちる。激しい衝撃が全身を襲った。
「どうだ、最早立てまい」
 着地したゼクロスは身構えながら大元帥を見て言った。
「フン」
 マシーン大元帥はその言葉に対し冷笑で返した。
「私を甘く見るな」
 何と立ち上がってきたのだ。
「まだ闘えるというのか」
 ゼクロスはそれを見て言った。
「安心しろ」
 だがマシーン大元帥は言った。
「私はもう闘えるだけの力は持っていない。貴様の勝ちだ」
「そうか」
 ゼクロスはそれを聞いて動きを止めた。
「よくぞこの私を倒した。そのことは褒めてやる」
 彼は静かに言った。
「だがな」
 無論それで言葉は終わらせない。
「それでバダンを倒せるとは思わないことだ」
 彼は傲然と胸を張って言った。
「バダンの力はこんなものではない。貴様はいずれそれを知ることになるだろう」
 いささかありきたりな言葉であったが彼が言うと妙な重みがあった。
「それを私は地獄から見ることにしよう。ゼクロスよ」
 そして彼に対して言った。
「地獄で待っているぞ。バダンに栄光あれーーーーーーーっ!」
 それが最期の言葉であった。マシーン大元帥は前に倒れると爆死した。
「終わりましたね」
 役はゼクロスの側に歩み寄ってきた。そして彼に声をかけた。
「はい、流石はデルザーでもその力を知られただけはあります」
 ゼクロスは爆風を身体に浴びながら言った。
「見事でした。闘いも、その最期も」
 素直に敬意を払っていた。敵といえど戦士への敬意を忘れてはいなかった。
「はい、敵とはいえ立派でした」
 役も同意した。マシーン大元帥の身体は爆発により欠片すら残ってはいなかった。
「これでカナダでのバダンの勢力は壊滅しましたね」
「ええ、これで終わりです」
 役が答えたその時であった。
「確かにマシーン大元帥は死んだ」
 二人の後ろから声がした。
「その声はっ!?」
 二人は慌てて後ろを振り向いた。同時に身構える。そこに彼がいた。
「フフフフフ」
 暗闇大使が無気味な笑みを浮かべて立っていた。既に黄金色のバトルボディに全身を包み右手には鞭を持っている。
「ゼクロスよ、久し振りだな」
「会いたくはなかったがな」
 ゼクロスは彼を睨んで言った。
「だがここで会ったのが貴様にとって運の尽きだ」
 そう言いながら身構えた。
「**(確認後掲載)」
「まあ待て」
 だが暗闇大使はそんな彼に対して言った。
「今日は貴様と戦う為に来たのではない」
「どういうことだ!?」
 ゼクロスと役はその言葉に一瞬首を傾げた。
「貴様に紹介したい者達がいてな」
「紹介!?」
「また何か企んでいるというのか!?」
 役は咄嗟に拳銃を懐から取り出した。
「待てというのだ。貴様等と戦うつもりはないと言っただろう」
「ムウ」
「わしとてバダン最高幹部として誇りがある。言ったことは嘘ではない」
 その言葉には偽りは感じられなかった。それを聞いて二人は警戒しながらも武器を収めた。
「それは誰だ」
 ゼクロスはあらためて問うた。
「貴様がよく知っている者達だ」
「俺が!?」
「そうだ。来い」
 暗闇大使は横に顔を向けた。するとそこに一人の男の影が現われた。
「ム・・・・・・」
 ゼクロスはその影を見て声を漏らした。
「やはり生きていたか」
 そして言った。影は次第に人になっていく。
「フフフ」
 それは三影であった。サングラスに黒い皮のジャケットを身に着けている。
「村雨、いやゼクロス」
 彼はサングラスを取り外してゼクロスに対して言った。
「久し振りだな。元気そうで何よりだ」
 そしてその機械の左眼で彼を見た。
「俺はようやくこうして出られるようになったばかりだがな」
 そう言うと再びサングラスをかけた。
「貴様の一撃は効いたぞ」
「そうか」
 ゼクロスは無機質な声で答えた。
「フン、相変わらず感情の乏しい奴だ。しかし」
 彼は言葉を続けた。
「それも今のうちだ」
「何!?」
 ゼクロスはその言葉に対し身を前に乗り出した。
「待て」
 大使は二人の間に立つようにしてそれを静止した。
「三影も挑発はよせ。今は戦わぬ」
「わかりました」
 三影は口の端だけで笑って言った。
「言っておくが貴様に会いたいのはこの男だけではない」
「だろうな」
 三影が出て来た時点である程度はわかっていた。
「いでよ、我がバダンの戦士達よ」
 彼の言葉と共に無数の影が姿を現わした。それは暗闇大使の左右に現われた。
 それはあの者達であった。バダンの改造人間となった者達、皆凄みのある笑みを浮かべてゼクロスを見据えていた。
「久し振りですね、ゼクロス」
 ヤマアラシロイドもいた。彼もまた不敵な笑みを浮かべている。
「約束通り戻って来ましたよ」
「俺は約束した覚えはないが」
「ふふふ、相変わらず冗談の下手な方だ」
 そう言うと目を光らせた。
「私を倒したあれが約束でなくて何だというのか」
「よせ」
 暗闇大使はまた止めた。
「折角再会の場所を与えてやったというのに」
「これは失礼しました」
 ヤマアラシロイドは恭しく頭を垂れて応えた。
「では私も静かにしておきましょう」
 そして暗闇大使の側に控えた。
「わかればよい」
 大使は彼に顔を向けて言った。その口には微笑みがあった。
「さてゼクロスよ」
 そしてゼクロスに顔を戻した。
「どうだ、感動の再会だろう」
 喜びを噛み締めた様な声でゼクロスに対し言った。
「俺はそうは思わないがな」
 ゼクロスはやはり無機質な声で返した。
「まあそう言うな」
 大使はそんな彼に言った。
「これから貴様に面白いものを見せるのだからな」
「何!?」
 ゼクロスは彼の顔を見た。
「何だそれは」
「見たいようだな」
 大使はあえて言葉に余裕を含ませている。
「まあどのみち見せるつもりだったがな」
 暗闇大使は言葉を続けた。
「さて」
 そして前に出て改造人間達の方へ顔を向けた。
「見せてやれ、貴様等の新しい姿を」
「わかりました」
「はい」
「ああ」
 彼等は口々に答えた。そして不敵に笑った。
「ムッ!?」
 その瞬間十二の光が彼等を包んだ。
 その光は普通の光ではなかった。黒い、暗闇の光であった。
「馬鹿な、こんなものは有り得ない・・・・・・」
 役は驚愕の声を出した。
「フフフ、この世の常識ではな」
 暗闇大使は黒い光の中言った。
「だが我々はこの世の力だけではないのだ」
 彼の声は自信に満ちていた。
「どういうことだ!?」
 ゼクロスはそれに対して問うた。
「今教えるつもりはない」
 彼は言った。
「今教えても面白くはない。そうだな」
 彼はここでニヤリ、と笑った。
「貴様等が我々の軍門に降る時に教えてやろう」
「戯れ言を」
 ゼクロスはそれを聞いて言った。
「戯れ言かどうかはやがてわかることだ」
 やはり暗闇大使の声は自信に満ちたものであった。
「まあ今は落ち着いてこれを見るがいい」
「な・・・・・・」
 次第に黒い光が消えていく。ゼクロスはそれを見て次第に驚愕の色を露わにしだした。
 そこにはゼクロスがいた。厳密に言うと彼ではない。彼と同じ姿をした者達だ。
 色は違う。赤ではない。青、黄、緑、紫、茶、白、黒、灰、橙、金、銀、そして虹色のゼクロスがいた。彼等は黒い光が消え去るとそこに姿を現わしたのだ。
「どうだ、流石に驚いたようだな」
 暗闇大使は不敵に笑いながら言った。
「自分自身が今ここにいるのだからな」
「クッ・・・・・・」
 ゼクロスはそれを見て歯噛みした。
「どうだ、この者達は。素晴らしいだろう」
 暗闇大使は彼にそのゼクロス達を見せつけるようにして言った。
「姿だけではないぞ。力も貴様とおなじだ。無論装備もな」
 彼等はここでそれぞれ武器を取り出してみせた。
「そう、これも貴様と同じものだ」
「俺のコピーを作ってどういうつもりだ」
 彼は問うた。
「何をするか!?決まっているだろう」
 暗闇大使は不敵に笑って言った。
「この世を我等が手に収めるのだ。それ以外に何があるというのだ」
 彼は愚問だ、と言わんばかりの態度を示して言った。
「それが我がバダンの目的なのだからな」
 そして腕をゼクロスに向けた。
「今日のところはこれで終わりだ。ただの顔見世に過ぎんしな」
「顔見世か。えらく大袈裟にやってくれたな」
 役は大使を睨みつけて言った。
「顔見世は派手にやったほうがいいからな」
 彼はそれに対して言った。
「そうでなくてはこの者達の怖ろしさが貴様等にわからぬ」
「大した自信だな」
 ゼクロスも言った。
「何なら今ここで倒してもいいのだが」
 そしてその手に手裏剣と爆弾を持った。
「フン」
 大使はそれを見て口の端を歪めた。
「せっかちな奴だ。余裕がない男は好かれぬぞ」
「そうした態度が何時までとれるかな」
 彼は手裏剣を身構えて言った。
「そのようなものでか」
 だが大使は手裏剣を見て嘲笑した。
「馬鹿な男よ、オモチャでわしを倒そうなどとは」
「オモチャというか。これを」
「ではそれでわしを倒してみよ」
 彼はあえてゼクロスを嘲笑する言葉を吐いた。ゼクロスはそれに対し無言で手裏剣を放った。
 それは一直線に暗闇大使の額を狙う。大使はそれを微動さにせず見ている。
「フン」
 そして一瞬口の端を歪めたかと思うとマントを翻らせた。
「ムッ!?」
 それだけであった。手裏剣はマントの中に消えた。
「この程度だということだ、貴様の自慢の武器はな」
 彼は笑ったまま言った。
「馬鹿な、俺の手裏剣をこうも簡単に」
 ゼクロスは流石に狼狽の色を見せた。
「これも先程の力だ」
「黒い光か」
「そうだ。これで少しはわかっただろう、我等の力が何であるかを」
「魔術か。それも黒魔術」
 役は暗闇大使に対して銃を構えながら言った。
「そうだ。どうやら只のインターポールの人間ではないようだな」
「生憎。日本から来ていますから」
 役は答えた。
「フフフ、そうか」
 それだけではないだろう、と言うつもりだったが止めた。
「普通の黒魔術でもないがな」
 暗闇大使はまだ余裕があった。
「だが今それを全て見せるつもりはない」
 彼は言った。
「楽しみはあとまでゆっくりととっておきたいしな」
「余裕だな、すぐに滅びるというのに」
 ゼクロスはまた言った。
「滅びるのはどちらかな」
 大使は言葉を返した。
「その言葉は貴様等ライダーに返しておこう。今はな」
 彼はそう言うとマントで全身を覆った。
「さらばだ」
 そして姿を消す。十二人のゼクロス達もそれに続く。
「待てっ!」
 ゼクロスはそれを追おうとする。だがそれはできなかった。
 彼等は光の中に消えた。そしてそのまま黒い光に包まれていく。
 ゼクロスは衝撃集中爆弾を投げた。だがそれも黒い光に吸い込まれた。
「無駄だ、それはわかっているだろう」
 黒い光の中から大使の声がした。
「この光には誰もあがらえぬ」
「クッ・・・・・・」
 ゼクロスは歯噛みした。
「ゼクロスよ」
 最早彼の姿は見えなくなっていた。
「また会おう。その時がバダンが世界を征服している時だ」
 それが最後の言葉であった。暗闇大使も十二人のゼクロスも姿を消していた。
「消えましたね」
 役はそれを見て言った。
「ええ」
 ゼクロスは答えた。その声は沈んだものとなっていた。
「かってショッカーライダーがありましたが」
 ゲルショッカーがアンチショッカー同盟を倒す為に開発した六人のライダーのコピーである。ショッカーに残っていたライダーのデータを使い開発したものであった。
 まずはハエトリバチと共同でライダー一号を海に叩き落とした。しかしそこでライダー二号こと一文字隼人が姿を現わし状況が変わった。そして二号と生きていた一号がやって来てダブルライダーとショッカーライダー達の戦いがはじまった。
 結果はダブルライダーの勝利であった。ショッカーライダーは数に勝りながらもその能力はダブルライダーと比べると劣っていた。これはもとになった人間の違いであった。
 本郷猛も一文字隼人もショッカーにその常人離れした能力を買われライダーに改造された。心技体どれをとっても超人的な二人と比べると流石にショッカーライダー達は劣っていた。それが結果に出たのだ。
 ダブルライダーは勝った。それからもそれぞれの組織はことあるごとにライダーの偽者を開発した。だが所詮偽者は偽者であった。ライダー達には到底及ばなかった。
「しかし今回は違うようですね」
 役は言った。
「全身から発せられていたあの黒い光」
 それはこの世の常識ではありえないものである。
「あれこそがその証」
「ですね」
 それはゼクロスにもわかっていた。彼もバダンとの戦いでそれを知っていた。
「おそらく彼等はライダーとしての力だけではありません」
「ではやはり」
「ええ。怪人の力も併せ持っているでしょう」
 当然それは考えられた。彼等の前の身体は怪人なのだから。
「気をつけて下さい、彼等は強いです」
「はい」
「しかもバダンの武器は彼等だけではないでしょう」
「といいますと」
「あの黒い光」
 役はまたあの光のことを口にした。
「あれを他のものに使ったなら」
「何か怖ろしいものができる」
「はい。全てを破壊するような力が」
「全てを破壊・・・・・・」
 ゼクロスは言葉を暗くさせた。
「ゼクロス、いえ仮面ライダー」
 役はここであえて仮面ライダーと言った。
「世界は貴方達の手にかかっています。世界を守って下さい」
「しかし俺には」
「いえ、貴方ならできます」
 役は口篭もろうとする彼に対し言った。
「あの時一人の少女を助けた貴方なら」
「俺なら・・・・・・」
「はい、期待していますよ」
 彼はここで微笑んでみせた。
「わかりました」
 ゼクロスにはそう答えるしかなかった。
「この世界、そして人々の命」
 ゼクロスは顎を上げて言う。
「俺が守ってみせます」
「はい」
 二人は夕陽が映える滝の上で誓い合った。そして二人は新たな戦場へ向かうのであった。

「また派手な宣戦布告をしたな」
 暗黒の中からあの首領の声がする。
「奇巌山の時といい中々演出が巧いな」
 見れば暗闇の中央に何者かが浮かんでいる。
「これも戦いのうちです」
 見れば暗闇大使であった。軍服に身を包んでいる。
「戦いは晴れの舞台、思い切った演出も必要です」
「演出か」
 首領はそれを聞いて楽しそうな声をあげた。
「貴様は中々の演出家だな、それを聞くと」
「有り難うございます」
 大使はそれを聞いて頭を垂れた。
「やはり貴様を最高幹部にしたのは正解だったようだな。切れる奴だ。ところで」
 首領はここで話を変えた。
「あれはどうなっている」
「あれでございますか」
 暗闇大使は顔を上げながら言った。
「そうだ。そろそろ開発が終了する頃だが」
「御心配無用です」
 彼は落ち着いた声で言った。
「既に開発は終了しております」
 その声には余裕すらあった。
「そうか、それは何よりだ」
 暗闇に響き渡る首領の声はさらに上機嫌なものになった。
「ではすぐにそれを各地に送るがよい」
「わかりました」
 大使はその命令に対し頭を下げた。
「既に各地の同志達には作戦のことを伝えております故」
「手回しが早いな」
「そうでなくてはライダーに遅れをとるかと」
「フフフ、確かに」
 首領はライダーの名を聞いて笑った。
「今まではそれで奴等にやられてきた、常にな」
 そうであった。ショッカーの時からである。
「だがこれからは違う」
「はい」
 大使はその言葉に頭を垂れた。
「ライダー達の慌てふためく顔が目に見えるようだ」
 声はまた上機嫌になった。
「世界が滅亡し絶望と暗黒が支配する世界」
 首領は言葉を続けた。
「その世界が訪れる時がやって来たのだ」
「はい、我等の理想の世界が遂にこの世を覆うのです」
 暗闇大使の声も上機嫌なものであった。
「今までどれだけライダー達にそれを阻まれてきたことか」
 それまでのことが脳裏に浮かぶ。首領はそれに対し歯噛みしたようだ。
「しかしそれもこれまでだ。暗闇大使よ」
「ハッ」
 大使は敬礼した。
「ライダーを倒せ、世界を支配せろ」
「お言葉のままに」
「そして全てをこの私が支配するのだ。永遠にな」
「永遠に絶望と暗黒が支配する世界」
 彼はニヤリと笑って言った。
「地獄の黒い炎で絶え間なく焼かれる世界」
「そうだ、その世界がもうすぐやって来る、地獄が」
 首領は目を細めたような声を出した。
「漆黒の中におわす偉大なる首領よ」
 暗闇大使はここで首領に対して言った。
「私の全ては貴方の為に」
 そう言うとまた敬礼した。
「暗闇大使よ、信頼しているぞ、暗黒の使いよ」
「お任せ下さい」
 その瞬間彼の全身を暗黒が覆った。あの黒い光であった。
「この偉大なる力をお見せしましょう」
「期待しているぞ」
「はい」
「世界が私のものになる時も近い」
 首領の声は笑った。
「世界を暗黒に覆ってやろうぞ・・・・・・」
 暗闇が全てを覆っていく。その中で首領の声だけが響いていた。


十三人の自分   完

            第三部 完

            2004.7・14


[180] 題名:十三人の自分1 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年08月20日 (金) 22時35分

             十三人の自分
「フン、随分と数が減ったものだな」
 ドクトル=ゲーはゾル大佐とブラック将軍の死を自身の基地で聞いていた。
「これで残ったのは何人だ。最早数える程しかおらんではないか」
「はい、まことに残念ですが・・・・・・」
 報告した戦闘員は無念そうに頭を垂れた。
「私は仮面ラァーーーイダX3を倒せればそれでよいがな。しかし」
 彼はここで言葉を一旦区切った。
「戦力の消耗がな。ましてやブラック将軍が死んだとなると大きい」
 ブラック将軍は人の血から改造人間を復活させることができた。バダンの戦力は彼の力によるところも大きかったのである。
「そちらはまだ何とかなるようです。我がバダンの科学陣が総力を挙げて復活させておりますから」
「ならばよいがな。実際に我々の主戦力は怪人なのだしな」
「はい」
「あと新兵器が開発されているそうだな」
「ええ、それで今度の作戦を執り行なえと首領からご指示がありました」
「新兵器か」
 ドクトル=ゲーはそれを聞いて考える顔をした。
「それがどういうものかは知らないが」
 彼はそう前置きしたうえで言った。
「存分に使わせてもらいたいな。バダンの為には」
「はい」
 戦闘員はその言葉に対し頷いた。
「だがそれだけとは思えぬ」
「といいますと!?」
「うむ。さっきも言ったな。我等の主戦力は改造人間だと」
「はい」
「その改造人間がなくして我等は動かぬ。それを考えるとまた何かしらの改造人間も開発しているのではないか」
「まさか」
「だがな。暗闇大使のあの余裕を見るとそうではないか、とつい勘ぐってしまう」
 今のバダンの最高幹部は暗闇大使である。暫定的ではあるが首領が直接任命したものだ。
「その彼が何かしていたらとしたら。これは充分有り得るぞ」
「そうでしょうか。しかしもしそうだとしたら」
「わからん。だが彼も今は直属の部下はいない」
 バダンの改造人間達は皆日本各地でのライダー達との戦いで戦死していた。すくなくとも彼はそう聞いている。
「だがそれは新たに造ればいいだけだ」
「それはそうですが」
「その話も聞かないが。これはどういうことだと思う?」
「私に言われましても・・・・・・」
 戦闘員の知ることができることなぞほんの僅かである。大幹部が知らないことを知っている筈がなかった。ゲーも話していてそれに気付いた。
「済まん、貴様に尋ねても仕方のないことだった」
「はあ」
「それにしても何か妙な感じがするのだ」
 ドクトル=ゲーにはある疑念があった。
「何かある、暗闇大使は絶対に何かを企んでいる」
 彼も伊達にデストロンにおいて大幹部を勤めていたわけではない。その勘は鋭いものがあった。
「だが暫くは様子見だな」
 彼は腕を組んで言った。
「それも近いうちにわかるだろう」
 彼には予感があった。
「動くのはそれからでもいい。そしてそれよりも」
 ここで彼の目が光った。
「仮面ラァーーーーイダX3との戦いの準備をしておかなくてはな」
 彼は仇敵との対決に思いを馳せた。そしてその場から消えた。

 ヘビ女との戦いを終えた村雨良はそのまま北上しカナダに入った。
 カナダはアメリカの北にある。だがアメリカとは違い何処か影の薄い印象がある。
「そういえばカナダに来たのははじめてだったな」
 村雨はトロントに到着してそう呟いた。
 カナダはイギリス連邦に属している。その国土は広いが人口は少ない。そしてその国民性も比較的穏やかである。
 街並みにもそれはあらわれている。何処か物静かである。そして人々の服もアメリカに比べるとかなり地味である。
「気候も関係あるのかな」
 村雨はふとそう思った。カナダは冷帯及び寒帯に属する。北の方は北極圏にある。
 北の方では多くの島々がある。だがそこに人は殆どいない。北極圏は人が住むにはあまりに過酷であった。イヌイット達が吹雪の中で暮らしているだけであった。
 だがこのトロントはまだ比較的温厚な気候である。人口も比較的多く五〇〇万に達する。そして移民も多い。
 移民といえばアメリカであるがこのカナダも移民の国である。中国系等アジア系が多いことでも知られている。街中を見ればそこにはうどん屋等日本料理店の店もある。
「うどんか。そういえば長い間食べていないな」
 村雨は腹が空いていることに気付いた。そしてその店に入った。
 うどんは有り難いことに本格的な和風のうどんであった。よく海外に見られる変に甘かったりダシがコンソメやトリガラのものではなかった。そして麺もしっかりとしていた。
「美味かったな」
 食べた村雨の感想は率直であった。彼も祖国の味を忘れたわけではなかった。
 腹ごしらえを終えた彼はそのまま街中を歩いた。見ればかなりバラエティに富んだ街である。
 中華街があればイタリアンタウンもある。ネイティブ=カナディアン、すなわちインディアンの街もあった。カナダではインディアン達は主に森林地帯に住んでいたこともありそれ程弾圧はされなかったのである。アメリカのように虐殺などされはしなかったし天然痘菌が着いた毛布を渡されることもなかった。
 残念ながらこうしたことは人類の歴史においてはよくあることである。西部劇では白人の騎兵隊やガンマン達が悪辣で野蛮なインディアン達を倒しているその騎兵隊やガンマン達こそ侵略者であった。彼等は次々と西へ、西へと進みインディアン達を殺戮しその土地を奪っていった。丁度中国の歴代王朝が北方の遊牧民族達を野蛮人と罵りながら彼等の土地を開墾し北へ、北へと追いやったように。こういう意味でアメリカと中国はその根は同じであろう。
 白人と書いたがここには黒人も入る。彼等は確かに奴隷でありそうした意味で虐げられていただろう。しかし奴隷は当時非常に高価なものであった。むげには扱えなかった。ましてやアンクル=トムの小屋の様に虐待なぞできるものではなかったのである。確かに奴隷であり人権を無視したものであっても。奴隷制が廃止された後は彼等も企業を持つことができたし様々な文化活動が自由であった。差別はあった、にしろだ。
 そして彼等もまたアメリカ人であった。そう、今彼等は自らのことをアフリカ系アメリカ人と言う。その言葉は正しいだろう。彼等はアフリカにルーツを持つアメリカ人なのだから。アメリカにやって来た理由はどうであれ彼等もまた新大陸以外にそのルーツを持つアメリカ人なのだ。
 これは複雑な意味を持つ。彼等もまたインディアン達から見れば余所者であり侵略者であったのだ。
 実際にアフリカ系で構成された騎兵隊もあった。肌の黒いガンマンも大勢いた。カウボーイの三人に一人は黒人であった。そして彼等はインディアンの土地を侵略し彼等を殺戮しバッファローを撃ち殺していった。これも歴史である。差別されている者が差別をしないという道理はない。被害者が加害者になるケースも多いのだ。
 そうしたことをライダー達が知らない筈がない。彼等はそのうえで人間を、そしてこの地球を愛しているのだ。
「確かに人は多くの罪を犯してきた。しかし」
 そのインディアン達を救った多くの人達がいた。そしてそうした人達は今も大勢いる。人は決してその中に悪だけを持っているのではない。善も持っている。だからこそ今もこうして世界があるのだ。
 それがわからぬライダー達ではない。何故なら彼等こそその善を受けて戦う戦士達なのだから。
 村雨は街中を歩き回った。そして夕方になるとホテルへ帰った。そして休息をとった。

 村雨がトロントにいるという情報はバダンの上層部にも伝わっていた。
「そうか、村雨良はトロントにいるか」
 地下の全てが暗黒に包まれた部屋である。首領はそこで暗闇大使を前に話していた。
 見れば暗黒の中にバダンのエムブレムだけが浮かんでいる。声はそこから発せられている。
「はい、どうやらまた我等のことを探っているようです」
 暗闇大使は暗闇の中に立っていた。そして首領の声がするエムブレムを見上げていた。
「ふむ、そうか。あの街には何もないというのにな」
 首領は馬鹿にしたような声で言った。
「そういうわけではありません。丁度今五大湖周辺で作戦行動の準備をしている者がおります」
「ほほう、誰だ!?」
 首領はそれを聞いて意外そうに尋ねた。
「マシーン大元帥です」
 暗闇大使は答えた。
「そうか、マシーン大元帥がか」
 首領はそれを聞くと楽しそうに笑った。
「暫く見ないと思ったがそのようなところにいたのか」
「はい、五大湖工業地帯を狙っていたと思われます」
「あの男らしいな。あそこを狙うとは」
 五大湖工業地帯は北米で最大の工業地帯である。ドイツのルール工業地帯をも凌駕する世界最大の工業地帯の一つである。
「だがその作戦を一旦中止せよ、と伝えよ」
「ゼクロスに向かわせるのですね」
 暗闇大使は問うた。
「そうだ、あの男ならゼクロスとも互角に渡り合えるからな」
「ですが今の彼は」
 暗闇大使はここで口篭もった。
「どうした!?何かあるのか!?」
 首領はそれに対して問うた。
「はい。今の彼はヨロイ騎士と磁石団長を失っております。万全の力は出せない怖れがあります」
「それなら心配はない」
 首領は大使の危惧を一笑に付した。
「奴の力はデルザー随一だ。あの二人がいなくとも問題はない」
「そうでしょうか」
「フフフ、心配症だな、暗闇大使は」
 首領はそうした暗闇大使の様子を見て笑った。
「いや、慎重と言った方がよいか。確かにそれが貴様のよいところだ」
「お褒めに預かり光栄です」
 暗闇大使はその言葉に頭を垂れた。
「だがな、時として大胆にやるのも悪くはない。そう、貴様の従兄弟のようにな」
「・・・・・・わかりました」
 地獄大使のことを出せば彼は怒る、それを見越した上での言葉だった。
「フフフフフ」
 そして首領は含み笑いを出した。
「貴様にはこれから思う存分暴れてもらう。そしてこの世界をバダンのものとするのだ」
「ハッ」
 暗闇大使は頭を垂れた。
「その為には多くのものを学べ。そしてそれを己が力にするのだ」
 首領はそう言うと気配を消した。あとには暗闇大使だけが闇の中に残った。
「偉大なる首領に栄光あれ」
 彼もそう言うとその場をあとにした。そして消えていった。

 村雨はトロントの競馬場の中にいた。彼はギャンブルはしないがこうしたレースを見ることは好きだ。
「いい馬が揃ってるな」
 彼は馬達を見て思わず呟いた。
「俺もああした馬に乗りたいもんだ」
 そう話しているうちに馬達がスタートした。レースがはじまったのだ。
 まずは一頭出て来た。だがすぐに別の馬が出て来る。
「ん!?面白くなってきそうだな」
 レースは白熱していた。騎手達は身を屈め馬を走らせる。
 コーナーを曲がった。レースはより一層白熱していく。
「どれが勝つ!?これは見ごたえがあるぞ」
 一周目を終えた。そしてまた村雨の前に来た。
「あの黒い馬が特にいいな」
 彼は先頭を走る黒い馬を見て言った。その時だった。
 不意にその黒い馬に乗る騎手が立ち上がった。そして鞍から何かを取り出した。
「ムッ!?」
 それは小型のグレネードランチャーであった。それで村雨のいる席の方に攻撃を仕掛けて来たのだ。
「何ッ!?」
 村雨は咄嗟に腕から手裏剣を出した。そしてその手裏剣を投げ付けグレネードを空中で爆発させた。
「何だ、何が起こった!?」
 観客達は一斉に騒ぎ出す。そこへ無気味な叫び声を聞こえて来た。
「イィーーーーーーーッ!」
 バダンの戦闘員達が観客席から次々に姿を現わす。そして村雨がいた場所に殺到する。
「探せ、あの程度で死ぬような奴じゃない!」
 それを指揮する怪人が叫んだ。ゲルショッカーの切断怪人ワシカマギリである。
「しかし何処にも見当たりませんっ!」
「よく探せっ!」
 怪人の叱咤が飛ぶ。
「残念だったな」
 ここで村雨の声がした。
「そこかっ!」
 怪人と戦闘員達は声がした方へ顔を向けた。
 彼は観客席の最上段にいた。そして怪人達を見下ろしていた。
「仮面ライダーゼクロス・・・・・・」
「そうだ、貴様等の探していたのは俺だな」
 ゼクロスは怪人に対して答えた。
「フン、その通りだ」
 ワシガマギリは言った。
「貴様のその首、貰い受けに来た!」
 怪人はそう叫ぶと左手の鎌を放り投げて来た。
「ムッ!」
 ゼクロスはそれをかわした。そして右腕にナイフを持った。
 そしてそれで鎌を弾き返した。怪人は横に動き鎌をとった。
「電磁ナイフか。面白いものを持っている」
 そう言うと再び身構えた。
「ではこれはどうだ」
 そして今度は羽根を飛ばしてきた。
「ギィーーーーーラァーーーーーー」
 それは羽根の形をした爆弾であった。ゼクロスはそれを見て身構えた。
 ゼクロスは両肩から煙幕を出した。そしてその中に消えた。爆弾は全てかわされてしまった。
「今度は煙幕かっ!」
 すでに観客は皆逃げている。その戦闘員と怪人しかいない客席を煙が覆っていく。
「散るな、一箇所に集まれ!」
 それを見たワシカマギリは戦闘員達に指示を下した。そして戦闘員達が彼の周りに集まる。
 だがそこにゼクロスの攻撃がきた。衝撃集中爆弾である。
「しまった!」
 これにより戦闘員達は吹き飛んだ。そして煙幕が晴れた。
「我々が一箇所に集まることを狙っていたか」
 ワシカマギリは何とか立っていた。だが既に致命傷を受けていた。
「怖ろしい奴だ、そこまで考えていたとはな」
 そう言うと前に倒れた。そして爆死した。
「他にもいるな」
 ゼクロスは周りを探った。見れば下ではまだ馬達が走り回っている。
 その馬上には先程とは別の戦闘員達がいた。そしてボウガンから矢を放って来る。
「ムッ」
 ゼクロスは跳躍でそれをかわした。見れば怪人もいる。
「ギギーーーーーーーーーッ!」
 ネオショッカーの拳法怪人ドラゴンキングであった。怪人は奇声を発しながらゼクロスに顔を向けた。
「来い、仮面ライダーゼクロス!」
 そこへ一頭の馬が前に出て来た。鞍には誰も乗っていない。
「来いということか」
 ゼクロスはその馬を見て言った。
「ならば行ってやる、行くぞバダンの改造人間!」
 そして跳躍した。馬に飛び乗った。
「来たかっ!」
 それを見た戦闘員達がボウガンを捨て剣を抜く。そして一斉に切りかかる。
「ムンッ!」
 ゼクロスはそれに対しナイフで対抗する。剣の方がリーチがあったがそれを寄せ付けない。見事なナイフ捌きであった。
 戦闘員達は逆に次々と倒されていく。ゼクロスは馬を駆りながら周囲に群がる戦闘員達を倒していく。
「やはり戦闘員達では無理か」
 それを見たドラゴンキングが言った。
「ならば俺がやろう」
 そして馬を飛ばしゼクロスの横に来た。
「**(確認後掲載)ぇっ!」
 両手に持つサイで攻撃を仕掛ける。ゼクロスはそれをナイフで受けた。
「フフフ、見事だ。俺のサイを受けるとはな」
 ドラゴンキングはそれを見てニヤリ、と笑った。
「貴様のサイなぞ」
 ゼクロスは冷たい口調で言った。
「どうということはない」
「言ってくれるな」
 ドラゴンキングは内心憤ったがそれで我を忘れることはなかった。
 再び攻撃に移る。両手でサイを繰り出し続ける。
「フン」
 ゼクロスは一本のナイフでそれを受け続ける。そして隙を窺う。
 さしものドラゴンキングにも疲れがでてきた。それを見逃すゼクロスではない。
「今だな」
 そして攻撃を繰り出した。ナイフをそのまま投げてきたのだ。
「ウワッ!」
 それは怪人の喉を貫いた。ドラゴンキングはそれを受けて落馬した。そしてそのまま爆死した。
「やったか」
 馬はその間にも駆けている。ゼクロスはそれを見送り呟いた。
「やりおるな。瞬く間に二体の怪人を倒すとは」
 そこで男の声がした。
「貴様か」
 ゼクロスはその声がした方を振り向いた。
 見ればそこには赤い馬に跨る男がいた。それはマシーン大元帥であった。
「マシーン大元帥、カナダには貴様がいたのか」
「そうだ。別の作戦でここに来ていたのだがな」
 マシーン大元帥はこちらに馬を進めながら言った。
「だが予定が変わった」
「何故だ!?」
「仮面ライダーゼクロス、貴様を倒す為だ」
 彼は低い声でそう言った。
「俺をか」
 ゼクロスはそれに対して言った。
「そうだ。貴様がいては作戦を実行出来ぬからな」
「それは有り難いな」
 ゼクロスはそれを聞いて言った。
「俺の任務は貴様等の野望を阻止すること、まさかここにいるだけでそれが出来るとはな」
「だがそれもここまでだ」
 マシーン大元帥は彼に対して言った。
「貴様はこの私が倒す」
「出来るかな、貴様に」
「私を侮らんことだ」
 彼はそう言うと額からビームを放って来た。
「ムッ」
 だがゼクロスはそれを身体を捻ってかわした。
「あれをかわしたか」
 大元帥はそれを見て言った。
「だがこれはどうだ!?」
 そして今度は鞍からマシンガンを出して来た。
「喰らえ」
 マシンガンを放つ。だがその時には既にゼクロスはそこにはいなかった。
「何処だ!?」
「ここだ」
 彼は上にいた。そしてそこから攻撃を仕掛けるべく急降下をかけて来た。
「ムムム」
 見ればゼクロスは五人いる。分身を使っているようだ。
「これが貴様によけられるか」
 五人のゼクロスはそれぞれ攻撃を繰り出して来た。しかしマシーン大元帥はそれを全てかわした。
「何ッ!?」
 何と彼はミイラの棺に全身を覆ってそれを防いだのだ。
「生憎だったな。私にはこういった楯もある」
「クッ・・・・・・」
 ゼクロスは着地して歯噛みした。五人の彼は一人に戻っていた。
「どうやら貴様は倒しがいのある男のようだ」
 彼は棺の中から言った。
「仮面ライダーストロンガーと同じくな。ならば私も全力で相手をしてやろう」
「言うな、この魔人がっ!」
 ゼクロスは珍しく感情を露わにして叫んだ。
「貴様のせいで姉さんは死んだ。それを忘れたか!」
「姉!?フフフ、村雨しずかのことか」
 彼はそれを聞くと笑って言った。
「それがどうしたというのだ。我がバダンが人間のことなどに意を払うと思っているのか」
「何ッ!」
 彼はさらに激昂した。そして棺に手裏剣を投げ付けた。
「無駄だ」
 だがマシーン大元帥にそれは全く効きめがなかった。
「また会おう、ゼクロスよ」
 彼はそう言うと棺ごと姿を消した。
「待てっ!」
 ゼクロスはさらに攻撃を続けようとする。だが棺はその前に消えていった。
「心配するな。貴様はもうすぐ倒れることになる。このオタワでな」
 彼の声だけが競馬場に響く。
「その時まで名残を惜しんでおけ。もうすぐだからな」
「言うな、それは貴様のことだっ!」
 ゼクロスは叫んだ。だがその声はマシーン大元帥には届かなかった。彼はその前に姿を消してしまっていた。
 あとには誰もいなかった。馬達とゼクロスだけがいた。
「マシーン大元帥、いやバダン」
 彼はマシーン大元帥が消えた方を怒りに震えながら見ていた。
「姉さんの仇・・・・・・。必ず忘れない」
 そして言った。
「貴様等だけは必ず倒す、そして姉さんの仇をとる、そして世界に平和を取り戻してやる!」
 彼の声が競馬場に響いた。それは雷神の怒りを呼びその場に雨をもたらした。そしてゼクロスは雷が降り注ぐ中その場を去って行った。

「どうやらゼクロスが勝ったようだな」
 暗闇大使は競馬場での戦いの報告を聞いて頷いた。
「はい。マシーン大元帥とも一戦あったようです」
 報告をした戦闘員が答えた。
「ふむ。マシーン大元帥自ら前哨戦に出て来るとはな」
「それだけあの男を警戒しているということでしょうか」
「おそらくな。口ではどう言ってもやはり油断のならない相手だからな、ゼクロスは」
「はい。我がバダンの総力を挙げて作り上げただけはあります。惜しむらくはそれが今敵に回っているということです」
「うむ。だがその技術をコピーしておいて正解だったな」
 暗闇大使はそれを聞いて言った。
「おかげで新たな戦士達が甦った」
 そう言うと右に顔を向けた。そこは改造室であった。
 そこで何人かの改造人間が横たえられている。そのシルエットは何かに酷似していた。
「遂にこの者達が姿を現わす時が来たな」
「はい、ここまでやるのには骨が折れました」
 その戦闘員は苦労を思い出すようにして言った。
「フフフ、だがその介があったというものだ」
 暗闇大使はそれに対してねぎらいをかけるようにして言った。
「この者達がバダンの第二の切り札となるのだからな」
「はい、あの兵器と並ぶ我等の切り札ですな」
「そうだ、今までの作戦はほんの序章に過ぎん」
 暗闇大使はその改造人間達を目を細めて見ながら言った。
「これから起こることに比べればな」
「はい。これで世界は我がバダンのものとなりましょう」
「そうだ、この世界が偉大なる我が首領のものとなるのだ」
「そして全てが闇に覆われる」
「恐怖と絶望が支配する世界が訪れる」
「フフフ・・・・・・」
「ハハハハハハハ・・・・・・」
 彼等は暗黒に包まれた。そしてその中で無気味な笑いが何時までも響いていた。

 競馬場での戦いを終えたゼクロスは村雨に戻った。そしてオンタリオ湖を眺めていた。
「綺麗な湖だな」
 彼はそれを見て感慨に耽っていた。
「戦いが終わればこうした場所に住みたい」
 そしてそう呟いた。
「何時になるかはわからないがな」
 そうであった。彼等の戦いは何時終わるかわからない。それは彼等自身が最もよくわかっていた。
「しかし何時かは終わりますよ」
 そこで誰かの声がした。
「そうだといいのですが」
 村雨は振り返らずその声に対し答えた。
「役さんはどうお考えですか」
 そして横にやって来た役に尋ねた。
「そうですね」
 どうやら彼は村雨がこのカナダに来ることを前から知っていたようである。
「あのショッカーのことをご存知ですか」
「はい」
 村雨は答えた。
「本郷さんと一文字さんが戦った組織ですね。あの首領がはじめて作った組織らしいですが」
「はい。その戦力は強大でした。そしてこちらは最初は本郷さん一人でした」
 本郷は一人であった。そして最初は孤独な戦いを強いられていたのだ。
「ですが次第に仲間が増え一文字さんも加わりました。そしてショッカーも倒れたのです」
「しかしすぐにゲルショッカーができた」
「はい」
 役は頷いた。
「ゲルショッカーの改造人間達はショッカーのそれよりも強力でした」
 彼等は二種類の動物を使って改造人間を作り上げた。その戦闘能力はショッカーの改造人間達を遥かに凌駕していた
のである。
「しかし彼等もダブルライダーの前に倒れました。悪の組織はそれからも次々に姿を現わしました。しかし」
 役はここで言葉を切った。
「彼等はことごとく崩壊しています」
「ですね。悪の組織は最後は必ず崩壊しています」
「バダンもそれは同じ」
 役はここでこう言った。
「村雨さん、バダンといえど無敵ではありません」
 彼は村雨を諭すように、励ますようにして言った。
「必ず戦力には限りがありそして弱点も必ずあるのです」
「弱点・・・・・・」
 村雨はそれを聞いて考える目をした。
「弱点と言いましょうか」
 彼はここでまた考える顔をした。
「天敵です」
「天敵、ですか」
 益々話が読めなくなった。彼は少し困ったような顔をした。
「わかりやすく言いましょうか」
 役はここで微笑んでみせた。
「お願いします」
 村雨は苦笑してそれを望んだ。
「はい、全ての悪の組織はライダー達によって滅ぼされています」
「ライダー達によって」
「そうです、ライダー達はどれ程強大な組織が相手でも勝利を収めてきました。そして世界を守ってきたのです」
 役は話を続けた。
「あの首領の野望はライダー達によって全て阻止されてきました」
「どれだけ悪知恵を働かせても」
「そうです。それこそライダー達が彼等にとって最大の脅威である証なのです」
 役の声はこれまでとは少し違い力が入っていた。
「そして村雨さん」
 彼はここで村雨に強い視線を浴びせた。
「貴方もまたそのライダーの一人なのです」
「俺も・・・・・・」
 そう言われた彼の顔が引き締まった。
「はい、貴方はそのことをよく知って下さい」
 彼の声は強いままであった。
「貴方はバダンを滅ぼし、世界を救うことのできる男なのです」
「俺が、ですか」
 彼はここで少し自嘲気味の声を出した。
「姉さん一人救えなかった男が」
「はい」
 話を聞いているのか、いないのか役は彼に対して言った。
「貴方の力が今必要なのですよ」
「役さん・・・・・・」
 彼は意外に思った。今まで役はクールで感情を表に出さない男であった。だが今はどうだ。
 こうして強い声で自分に語りかけてくる。そしてその声は村雨の心を激しく打ってくる。
「皆そうでした」
 役は言った。
「どのライダー達も。皆大切なものを彼等に奪われています」
「・・・・・・・・・」
 それは知っているつもりであった。彼等の多くは恩師や親友、家族を悪の組織により殺されている。そしてその憎しみの為に立ち上がったのだ。
 風見志郎も神敬介も肉親を殺されている。結城丈二は右腕と自分を慕う部下達をヨロイ元帥の追手により殺された。あの城茂も親友をブラックサタンに殺された。そしてデルザー軍団との死闘でかけがえのないものを失ったという。
「かけがいのないものか・・・・・・」
 それが何なのか、はたまた誰なのか、彼も他のライダー達も知らない。知っているのは城と立花だけである。だが彼等はそのことになると決して口を開こうとはしない。
 アマゾンも筑波洋も沖一也もだ。彼等も恩師や友人を殺されている。その憎しみ、哀しみが彼等を戦いに駆り立てたのだ。
「しかしそれだけではありませんでした」
 役は言った。
「それだけで悪と戦えるものではありません。憎しみからは何も生まれません」
「はい」
 それは村雨にもようやくわかってきた。ライダー達を見ているうちに。
「人としての心、愛を知ってこそ世界を救えるのです。そう、貴方が今知ろうとしているものです」
「そうでしょうか」
 そう言われても実感がない。
「はい、貴方は今その心もライダーになろうとしています」
「心も、ですか」
「おそらくこのカナダでそれを掴むことになるでしょう。そしてその時こそ」
 彼はここでまた村雨に強く熱い視線を浴びせた。
「貴方が世界を救える人になる時です」
 彼はそこまで言うとその場をあとにした。
「世界を、か」
 村雨はその言葉を口の中で繰り返した。
「俺にできるのだろうか」
 だがやらなければならない、ということはわかっていた。彼は戦えるのだ。ならば悩む前にやらなければならないことがある。そう、バダンと戦うことだ。
「行くか」
 彼は立った。そして戦場に向かう決意を固めた。

 それから数日経った。バダンはその間姿を見せなかった。
「だからといって油断はできませんね」
 二人はイタリアン=レストランでスパゲティを食べながら打ち合わせをしていた。
「はい、おそらく今頃は隙を窺っているのでしょう」
 村雨はパスタを口に入れて言った。
「こうしている間にも」
「そうでしょうね」
 役がそれに相槌を打った。
「それにしても」
 彼はここで微笑んだ。
「どうしました?」
 村雨は突如として表情を変えた彼を見てキョトンとした。
「ここのスパゲティは美味しいですね」
「そんなことですか」
 それを聞いた村雨は苦笑した。
「いえ、笑い事ではないのです、これが」
 役は左手で彼を制しながら言った。
「何故ならカナダのスパゲティ程まずいものはそうそうありませんから」
「そうなのですか?」
 それは少し信じられなかった。
「今食べているこれは美味しいですよ」
 ごくありふれたミートソースである。イタリア人がシェフをしているだけあって程よい湯で加減だ。
「それが珍しいのです」
 役はあくまでそう言った。
「いえ、カナダに最初来た時まずレストランでスパゲティを食べたのですけれどね」
「どんなものだったのですか?」
「もう食べられたものではありません」
 彼は苦い顔をして言った。
「パスタが完全にふやけているんです。もうコシも何もあったものではあるません」
「それはまずそうですね」
「お勧めはしませんよ。けれど土産話にはいいかも知れませんね」
「いえ、遠慮します」
 村雨は苦笑して答えた。
 二人は食事を終えると再びトロントの街を歩き回った。そしてロイヤル=オンタリオ美術館に入った。
 ここはカナダ最大の美術館である。一九一四年に建てられた美術館でありその規模大きい。
「そういえばこの国はイギリス連邦の一員でしたね」
「ええ」
 役は答えた。カナダの国家元首はイギリス国王となっている。だが行政は首相が執り行なっている。こうしたイギリス連邦に属する国として他にオーストラリアやニュージーランドがある。
「だから博物館や美術館に凝るんですね」
「そういえばそうですね」
 役はそれを聞いて笑って答えた。
「それには気付きませんでした」
「俺も今ふと思ったことですけれどね」
 村雨は答えた。
 ここには色々な展示物がある。本物と見まごうばかりの蝙蝠の洞窟にエジプトのミイラ、恐竜のギャラリー等がある。その他には中国の仏教絵画や仏像等もある。
「わりかしバラエティに富んでいますね」
「そうですね。カナダというとネイティブのものばかりかな、と思ったのですが」
 二人は展示物を眺めながら中を歩いていた。そして恐竜のギャラリーに入った。
 そこは恐竜の骨格標本や化石等が置かれていた。どれもかなり巨大である。
「大昔はこんなのが地上を歩き回っていたんですよね」
 村雨はティラノザウルスの骨格を見上げて言った。
「ええ。今思うと信じられない話ですね」
 役がそれに対し相槌をうった。見れば他にエラスモサウルスやトリケラトプスの骨格もある。
「こうした恐竜達が今生きていたらどうなっていたでしょうね」
「そうですね」
 役はそれを聞いてふと考えた。
「我々人類が恐竜と共存していたら、ですね」
「ええ」
「そうですね」
 役はそれを聞いて考え込んだ。
「それはそれで面白い世界になっていたでしょうね。トリケラトプスの背中に乗ったりして」
「面白そうですね」
「海に行けばイクチオサウルスがいて。いや、そうした世界もなかなかいいかも」
「ティラノサウルスやエラスモサウルスがいますけれどね」
「まあライオンや虎もいますから、現実に」
「ははは、確かに」
 かっては虎やライオンは今とは比較にならない程怖れられていた。銃が人々を守るようになるまでは彼等もまた人間にとって脅威であったのだ。
「それにしても本当に大きい」
 村雨は感嘆を込めてそのティラノサウルスの骨格を見上げた。
「この巨体で世界を支配していたのかもな。暴君竜とはよく言ったものだ」
 ティラノサウルスは恐竜達の中でも最も大型で強い力を持っていたと言われている。実際にその骨格を見るとそれも頷ける。
「今この世界にいたらどうなっていたかな。そういうことを考えるのも悪くないな」
 村雨はそうやって想像することを楽しんでいた。
「骨格だけでも動いたら面白いんだけれどな」
 その時だった。その骨格がピクリ、と動いた。
「ムッ!?」
「何ッ!?」
 村雨と役はそれを見て一瞬身構えた。
 恐竜の骨格が一斉に動き出した。そしてそれは村雨と役に向かって襲い掛かって来た。
「くっ、まさか本当に動くとは!」
 村雨はティラノサウルスの骨の尻尾を上に跳びかわした。そして天井を掴んだ。
 空中でゼクロスに変身していた。そしてすぐに急降下する。
「喰らえっ!」
 その拳でティラノサウルスの脳天を撃つ。それを受けた暴君の骨は粉々に砕け散った。
「銃は通用しないか」
 役はエラスモサウルスの牙をかわしながら言った。
「ここは俺に任せて!」
 そこにゼクロスがやって来る。そしてエラスモサウルスを倒した。
 だが恐竜達は次々と襲い掛かって来る。ガチガチと骨が鳴る音がする。
 ゼクロスはそれを迎え撃とうとする。役は他の客を安全な場所に避難さようとする。
 だが一人逃げ遅れていた。小さな黒人の女の子だ。
 そこへ恐竜が襲い掛かる。トリケラトプスだ。
「しまった!」
 役が向かおうとする。だが他の客達を避難させるのだけで手が一杯だ。彼がいなくてはこの客達が危ない。
「ここは俺がっ!」
 そこでゼクロスが跳んだ。彼は恐竜達をその拳で退けるとトリケラトプスと少女の間に跳んだ。
 トリケラトプスの角が少女に迫る。だがその前にゼクロスがやって来た。
「させんっ!」
 そしてその角を受け止めた。角はゼクロスの腹を貫いた。
「グオッ・・・・・・!」
 思わず呻き声が出る。床に血が滴る。
「役さん・・・・・・」
 だが彼はそれに怯むことなく役の方を振り向いた。
「は、はい」
 そのあまりもの光景に役も絶句していた。だが彼に声をかけられ役も我を取り戻した。
「その娘を早く安全な場所へ」
「わかりました」
 他の客はようやく避難していた。役はその少女の元へ素早く駆け寄ると彼女を抱いた。
 そしてその少女を安全な場所へ連れて行った。そして彼はゼクロスの元へ戻った。
「大丈夫ですか」
「え、ええ」
 既にトリケラトプスは退けていた。だが腹からはまだ血が零れ落ちている。
「その傷で大丈夫もなかろう」
 そこで何者かの声がした。
「バダンかっ!」
「いかにも」
 そこで何者かの声がした。
「ァアーーーーーーーーッ」
 ショッカーの翼竜怪人プラノドンであった。彼はゼクロスの前に飛んで来た。
「この恐竜は貴様の仕業か」
 ゼクロスは怪人を指差して問い詰めた。
「だとしたらどうする?」
 怪人は不敵に笑って言った。それは肯定の言葉であった。
「許さん」
 ゼクロスは手裏剣を抜いた。そしてそれを投げ付けた。
「フン、無駄なことを」
 怪人は口からロケット弾を発射した。そしてそれで手裏剣を撃ち落とした。
「無駄だと思うか」
 後ろから声がした。ゼクロスのその間に怪人の後ろに回っていたのだ。
「なっ!」
 怪人は慌てて後ろに攻撃を仕掛けようとする。だが遅かった。
 ゼクロスは既にナイフを抜いていた。そしてそれで怪人の首を掻き切った。
「ケアッ!」
 怪人は首から鮮血をほとぼしらせながら床に倒れた。そしてそのまま爆死した。
「まだいるなっ!」 
 ゼクロスはまだ気を緩めてはいなかった。そして後ろを振り向くとそこへ手裏剣を投げた。
「いかにも」
 手裏剣は何者かによって叩き落とされてしまった。
「この俺がいることに気付くとはな」
 また怪人が姿を現わした。ネオショッカーの採血怪人コウモルジンである。
「キキキキキキキ」
 怪人は無気味な声を出しつつ天井に逆さに貼り付いた。
「仮面ライダーゼクロスよ」
 怪人はゼクロスを見下ろしながら言った。
「美味そうな血を流しているな」
 舌なめずりをしている。まるで御馳走を見た時のように。
「生憎だがな」
 ゼクロスはそれに対して言った。
「貴様等にやるものは一切ない。そして俺が求めるのは」
 そう言うと同時に跳んだ。
「貴様等の命だけだ」
 彼はその首にナイフを突き立てんとした。
「フン」
 コウモルジンはそれを何なくかわした。
「プラノドンにやったことが俺にも通用すると思ったか」
そしてその場から飛び去った。
「だがプラノドンの仇はとらせてもらう」
「何を」
 怪人は空中戦を挑んできた。ゼクロスは着地して上から来る怪人に対して身構えた。
「来るな」
 怪人は空中での旋回を止め来た。ゼクロスはそれに対して煙幕を張った。
「またそれか、だがな」
 コウモルジンはニヤリ、と笑った。
「俺には通用せん」
 彼は蝙蝠の改造人間である。口から超音波を発して行動する。その為煙幕は通用しないのである。
「それはわかっている」
 そこでゼクロスの声がした。
「ではこれはどうだ」
 目の前にゼクロスが姿を現わした。
「わざわざ死にに来たかあっ!」
 怪人は爪で切り裂かんとした。だがそれは幻影だった。
「しまった!超音波を使えば・・・・・・!」
 モウモルジンは悔やんだ。だが後悔先に立たず、である。
 すぐにゼクロスが攻撃を仕掛けて来るであろう。怪人は場所を移した。
「おのれ、何処だ」
 怪人は超音波を発しゼクロスを探す。だが何処にもいない。
「ムムウ、しかしここにいるのは間違いない」
「その通りだ」
 そこで崩れ落ちた恐竜の化石の残骸の中から声がした。
「そこかあっ!」 
 怪人は口から毒液を発した。それは化石を溶かした。しかしその中にゼクロスはいなかった。
「そこでもないか・・・・・・」
「そうだ、俺はここにいる」
 今度は上から声がした。




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