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第二掲示板@うらたにんわあるど

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[159] 題名:奇蹟が起こる時 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年07月29日 (木) 22時26分

            奇蹟が起こる時
 二〇〇一年九月二六日、大阪は熱い熱気に包まれていた。
「今日で決まるか」
「いや、わからんぞ。相手も必死やろ」
 大阪ドームに向かう者は皆口々にそう言っていた。
 この時大阪近鉄バファローズはマジック一、あと一勝で優勝である。
 近鉄は長い間沈滞していた。かって知将仰木彬に率いられ一世を風靡したのは今は昔、投手陣の崩壊を主な原因としてパリーグの底に沈んでいた。とりわけこの二年は連続して最下位という有り様であった。
 あの投手陣では駄目だ、評論家達は口々にこう言った。そしてその殆どが最下位を予想していた。
 だがこのシーズンは違っていた。ペナント開幕から打ちまくり弱体な投手陣をカバーした。打たれたら打ち返せ、いてまえ打線はそれを合い言葉にするように派手に打ちまくり絶体絶命の危機を幾度も乗り越えてきた。
 その中心だったのが主砲中村紀洋と助っ人タフィ=ローズ。そしてその脇を礒部公一、吉岡雄二、大村直之、川口憲史等が固める強力な打線であった。
 その打線で勝利を奪ってきた。そして遂にここまで来たのだ。
 前の試合で西武の誇る若きエース松坂大輔を打ち崩した。ローズが日本タイ記録となる五五号を放つと中村がサヨナラツーランを放った。これで松坂を撃沈した。
 この試合で決まるかも知れない、ファン達は喜び勇んでドームに入っていった。
「そうか、今日で決まるかも知れないのか」
 その時かって近鉄を優勝に導いた仰木は対戦相手オリックスブルーウェーブの監督になっていた。ここでもその知将ぶりを発揮し天才打者イチローを見出しチームを二度のリーグ優勝、そして日本一に導いていた。
 だがイチローがメジャーに行ったこのシーズンオリックスは苦戦が予想された。イチローの存在はバッティングだけではなかった。その脚も守備もチームにとっては欠かせないものだったのだ。
 しかし仰木はそれを智略で補おうとした。途中までは首位を争った。しかし戦力のなさが響きこのシーズンはAクラスになれるかどうかという微妙なところであった。
 そうした状況で実は彼はある決意を胸に秘めていた。今シーズン限りでユニフォームを脱ぐことである。
「もう歳だしな」
 本心は違っていた。やはり監督をやりたい。だが様々な事情がそれを許さなかった。
「最後に近鉄の優勝を見るかも知れないな」
 彼は向かいのベンチにいる近鉄ナインを見てそう呟いた。
「だがそう簡単に負けたくはない」
 勢いは近鉄にあるのはわかっている。しかし彼にも意地があった。
 意地をなくしてはプロは務まらない。彼は最後まで戦うつもりであった。
 それは近鉄も同じである。彼等は互いに火花を散らしつつプレイボールを待った。近鉄とオリックス、阪急時代から続く長年のライバルである。その日このカードであったことも天の配剤であったのだろうか。
 近鉄の先発はバーグマン、シーズン途中からやって来た助っ人である。長身から繰り出す速球とチェンジアップが武器だ。
 だが四回のファーストを守る吉岡のエラーがもとで失点を許す。そこからは継投策に入っていった。
 対するオリックスの先発北川智規は好投を続ける。試合はオリックス有利に進んでいった。
「あのエラーが痛いなあ」
 観客達は試合を見ながら言った。今日は無理だろう、という声もちらほらしてきた。
 しかし今シーズンそうした試合が幾度もあった。諦めていない近鉄ファン達の熱気は回が進むにつれて高まっていくばかりであった。
 だがオリックスは順調に得点を重ねていく。このシーズン近鉄等に隠れて地味だったがオリックスの打線もよく打ったのである。
 九回表、この回にも相川良太のソロアーチで一点入れたオリックスはなおもランナーを出して攻め立てていた。そこで近鉄の監督梨田昌崇が動いた。
「ピッチャー、大塚」
 彼はそう告げた。近鉄のストッパー大塚晶文、一五〇を超える速球と落ちるスライダーが武器である。
「えっ、ここで大塚!?」
 これには客席にいた殆どの者が驚いた。時折梨田はそうした継投をする。それで敗れたことも多いが試合の流れを変えたことも多い。
 その時は流れを変えることを狙っていた。そして大塚はそれに応えた。
 あえなくオリックスの攻撃は終わる。そして九回裏近鉄の攻撃が始まろうとしていた。
「おい」
 ここで梨田はベンチに座っていたある男に声をかけた。
「はい」
 その少し太めの男は顔を上げた。北川博敏、今シーズン阪神から移籍してきた男である。
 阪神に入団当初は強打の捕手として期待されていた。だが中々芽が出ず近鉄にトレードに出された。当初は二年連続最下位のチームなので何の期待もしていなかった。
 だがチームの雰囲気は違っていた。明るく勝利への執念に満ちていた。
「何かが違うな」
 彼はそう思った。そして不思議と練習に身が入り何時しか代打の切り札として重用されるようになった。
 こうなると俄然やる気が出てきた。彼は元々明るい男である。近鉄の水がよくあったのだ。
 時にはサヨナラ打も打った。そして近鉄の一員として活躍した。
「実績も何もない俺にここまでやらしてくれるなんてな」
 彼はそれが嬉しかった。そして監督からの信頼も得た。だからこそこの日も声をかけられたのだ。
「今日は出てもらうぞ」
 梨田は彼に対して代打の用意をするよう告げたのである。
「わかりました」
 彼は答えた。そして気合を入れなおしマウンドに視線を送った。そこにはオリックスのストッパー大久保勝信がいた。彼は仰木に見出されそのシーズンはストッパーを務めていた。ルーキーながら見事な投球であった。
 だがこの日の彼は好調とは言えなかった。まずは先頭打者の吉岡にいきなり甘い球を投げてしまう。
「来た」
 物静かな男である。その声も小さい。だが意外な程のパワーがありそのバッティングは侮れない。
 吉岡はほぼ無心でバットを振った。それはレフト前に行った。
 続いて川口が入る。そのバットが唸り打球は右へ飛んだ。
 それはツーベースとなった。一点入るか。だがそれは三塁ベースコーチが止めた。
 次は助っ人ギルバートである。だがここで梨田は代打を送った。
「代打、益田」
 増田大介、中日から移籍してきた男である。近鉄で頭角を現わし代打の切り札的存在となったところは北川と似ている。この時の近鉄の特徴としてこうした移籍組が活躍したことであった。派手なスラッガーだけで野球ができるのではない。それをわかっていない者が多いのも我が国の野球ファンの悲しい部分の一つだ。
 益田は四球を選んだ。これで無死満塁である。
「満塁か・・・・・・」
 観客達はゴクリ、と喉を鳴らした。
「もしかすると・・・・・・」
 北川は以前にもサヨナラヒットを打っている。明るく波に乗りやすい男だ。
「一気に形勢が変わるかもしれへんな」
「そうやな。そやけど」
 無死満塁、それを聞いて年配の近鉄ファンの間であの時のことが思い出された。
 昭和五四年日本シリーズ第七戦。近鉄は九回裏に広島の守護神江夏豊を無死満塁にまで追い詰めた。今日のように。
 だがその時は江夏の神懸りのピッチングにより抑えられた。この時の勝負は伝説になっている。
「けれど今日はあの時とは違うで」
 誰かが首を横に振って言った。
「はっきり言ってしまえば明日勝っても優勝や」
 そうであった。最早近鉄の優勝はほぼ確実である。だがファンの考えは違っていた。
「けれど今日優勝を見たいな」
「ああ」
 それは皆同意見であった。次の試合からはロードだ。やはり優勝、そして胴上げは本拠地で見たい。そういうファンがドームに詰め掛けていたのだ。
 北川は打席に入った。そして大久保を見た。
「よし」
 だが大久保も負けてはいない。ここで意地を見せた。彼もルーキーで抑えを任されたプライドがある。
 忽ちツーナッシングに追い込む。それを見たファンは駄目かと思った。
「ゲッツーだけはやめてくれよ」
 北川は併殺打の多い男であった。どういうわけか勝負強さとそれは裏返しのような関係であったのだ。
「あの二人にまで繋ぐのは難しいかな」
 梨田は北川を見てそう呟いた。あの二人とは言うまでもなく近鉄の二人の主砲ローズと中村である。
 大久保は一球外した。これでツーストライクワンボール。だが投手有利な状況には変わりない。
「ゲッツーだけは勘弁してくれよ」
 それは近鉄ベンチ、そしてファンの共通の考えであった。皆北川を祈るような目で見ていた。
「ここで見たいんや」
「頼むで」
 祈るように見る者もいた。だがそこにいる者は皆奇蹟を信じていたわけではなかった。ただ繋いでくれることだけを期待していた。
 大久保が投げた。そのボールを見た瞬間北川は思った。
「いける!」
 打てる、そう確信した。ボールの動きにバットを合わせる。
 スライダーであった。北川はそれをすくい上げた。そしてバットに乗せそのまま振り切る。
 ボールは高く上がった。そしてそれはゆっくりと天を舞った。
「何ッ!」
 それを見た近鉄ベンチが思わず総立ちになった。そしてボールの行方を見守る。
「まさか・・・・・・」
 ボールは落ちていく。その場所は。
 バックスクリーンの左奥であった。ボールはそこに飛び込んだ。
「な・・・・・・」 
 それを見て呆然となったのは近鉄ナインやファン達だけではなかった。オリックスのベンチにいる仰木も思わず我を失った。
 入った。ホームランである。サヨナラだった。
 ただのサヨナラではない。代打逆転サヨナラ満塁ホームラン。長い我が国のプロ野球の歴史においても数える程しかない極めて稀少なサヨナラアーチである。
 それがまさかこの時に出るとは。誰もが予想しなかった結末であった。
「えっ、まさか!?」
 それを見た北川も信じられなかった。こんなことが有り得るとは夢にも思わなかった。
 だがそれは本当だった。その証拠に近鉄ベンチは最早お祭り騒ぎである。
「やった、やったぞ!」
 中村が何回転もしながら跳び回る。その他のナイン達も一斉にベンチから出ていた。
「おおーーーーーーっ!」
 北川も一塁ベースを踏む直前にガッツポーズをしていた。そしてそのまま満面の笑みでベースを回った。
「まさかこんなのを打たれるなんてな」
 打たれた大久保はまだ狐に摘まれたような顔をしている。だが球場の爆発的な喜びの声がそれが真実であるということを教えていた。
 北川は三塁ベースを回った。ホームでは近鉄ナインが総出で待っている。
「さあ、帰って来い!」
 その中心にはローズがいる。このシーズン、打って打って打ちまくってチームに貢献してきた男だ。その彼が逞しい両腕で彼を待っていた。
 そしてホームを踏んだ。ローズはその彼を抱き締めた。
「よくやった、優勝だぁっ!」
 ローズと北川だけではなかった。ナインが一丸となってその歓喜の輪に加わっていた。
 そしてそれは球場全体にも伝わっていた。近鉄ファンは皆総立ちでナインに激しい声援を送っていた。
「おい、こんな凄い結末あるかい!」
「夢ちゃうんか、これは!?」
「夢やない、見てみい、あの胴上げ!」
 梨田が胴上げされている。前の年には最下位だったチームの監督が胴上げされているのだ。
「嘘みたいや・・・・・・」
 梨田だけではなかった。ナインもファンも同じ言葉を口にした。
 オリックスナインは無言で引き揚げていく。だが仰木はそれを見てはいなかった。
「ここでこんなのを見るとはな」
 ただ梨田の胴上げを見ていた。いや、正確には胴上げを見ていたのではなかった。
 彼はかって近鉄の監督を務めていた。その時のことは今でもはっきりと覚えている。
 一度優勝した。その時には彼が胴上げされた。
「あの時のことは忘れたことはないが」
 だが今は敵の、しかも敗軍の将として近鉄の胴上げを見ている。
「何故だろうな」
 彼はポツリ、と言った。
「悔しくはない。負けたというのに」
 自分でも不思議であった。むしろ別の感情がその胸を支配していた。
「正直ホッとした。最後にいいものを見せてもらった」
 そう言い残すと彼はベンチから姿を消した。そしてこのシーズンの最終戦で彼はユニフォームを脱いだ。その時の相手は奇妙な因縁で近鉄だった。そしてオリックスと近鉄、双方の球団から胴上げされた。
 かって最後の試合で二つのチームから胴上げされた監督は一人しかいなかった。阪急と近鉄の監督を務めた闘将西本幸雄。彼は最後の試合で近鉄、そして阪急両方の選手達から胴上げされたのだ。彼は西本と並ぶ最高の花道の去り方をおくれた幸運な男であった。
 球場はまだ歓喜の渦に包まれていた。選手達は旗を手にグラウンドを回る。
「何時までも続いて欲しいな」
 誰かが言った。それはその場にいた全ての者の考えであった。
 あの時の熱い想いは今も大阪近鉄バファローズの中に残っている。そしてその熱い心をそのままに今日もグラウンドで戦いを繰り広げているのだ。



奇蹟が起こる時    完



                                    2004・7・1


[158] 題名:宮殿の人狼3 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年07月29日 (木) 22時20分

 凱旋門。シャルル=ド=ゴール広場にあるこの門はナポレオンが作らせたものである。彼は自身の栄光と勝利を讃える為に作らせたのである。
 この門からシャンゼリゼ通りをはじめパリの十二の通りがはじまっている。そしてその門には多くの美しいレリーフが飾られている。
「カオーーーーーオゥ」
 ゲルショッカーの水素怪人ガラオックスである。彼は凱旋門の上で車の群れを見下ろしていた。
「さて、今こそはじめる時か」
 彼はその角に力を込めようとしていた。
「そしてこのパリの交通を破壊してやる」
 彼の角から白いガスが放たれようとしたその時であった。
「そうはさせないぞっ!」
 そこにライダーが現われた。そしてガラオックスと対峙する。
「クッ、もう来たかライダー!」
 怪人はガスを放つことをやめた。そしてライダーと対峙した。
「行くぞっ!」
 凱旋門の上で戦いがはじまった。ライダーは怪人にパンチを浴びせた。
「フンッ!」
 だが怪人はそれをかわした。そして上空に飛び上がった。
「フフフ、おしかったな」
 彼は翼を羽ばたかせながらライダーを見下ろしていた。
「今度はこちらの番だ」
 そして彼は指からミサイルを放ってきた。
「ムッ」
 ライダーはそれを跳んでかわした。
「そうか、空に留まるつもりか」
 彼は怪人を見上げてそう言った。
「ならばこちらにも考えがある」
 そして右手を挙げた。
「サイクロンッ!」
 シャンゼリゼ通りを銀色のマシンが駆けて来る。ライダーの愛車新サイクロン改だ。
 マシンは跳んだ。ライダーはそれに動きを合わせる。
「トォッ!」
 そして跳躍した。空中でマシンに飛び乗る。
「サイクロンアターーーーック!」
 体当たりを敢行した。それは怪人を直撃した。
 ガラオックスは致命傷を受け地に落ちていった。そして空中で爆死した。
 ライダーを乗せたマシンはそのまま大空を飛んでいった。そして何処かへ消えていった。

 それで終わりであった。バダンのパリ総攻撃はライダーの前に失敗に終わった。
「これで終わりね」
 ルリ子はインターポールパリ本部に帰って来た本郷を笑顔で出迎えた。
「いや、まだだ」
 しかし本郷の顔は暗かった。
「えっ、もうパリにバダンは残っていないわよ」
 彼女はそれを聞いて怪訝そうな顔をした。
「一人残っている、あの男が」
 彼は厳しい顔のままそう言った。その時インターポールの事務員が入って来た。
「本郷猛さんですね」
「はい」
 本郷は答えた。
「お手紙です」
「俺にですか」
「はい」
 手紙を受け取った。そして封を切り中身を読む。
「これは・・・・・・」
 それは果たし状であった。差出人はオオカミ長官である。
「どうしたの!?」
 ルリ子が尋ねる。
「・・・・・・オオカミ長官が今夜決闘を申し込んできた」
「本当!?」
「ああ。場所はベルサイユ宮殿だ」
「ベルサイユ・・・・・・」
 太陽王ルイ十四世が建てさせた巨大な宮殿である。パリの南東にある。
「そこで待っているそうだ。一人で来いと言っている」
「あのオオカミ長官が・・・・・・」
 彼が策謀家であることは彼女もよく知っていた。
「猛さん、やっぱりこれは・・・・・・」
「罠なんじゃないか、と言いたいのだろう」
「ええ」
 ルリ子はそれを否定しなかった。かってはあのゼネラルシャドウを陥れようと企んだこともある男である。
「心配はいらない。俺は必ず勝つ」
 本郷は心配する彼女を勇気付けるようにして言った。
「けれど・・・・・・」
「大丈夫だ、明日の朝ベルサイユに来ればそれがわかるから」
「信じていいのね」
「勿論だ、俺が嘘を言ったことがあるか」
「いえ」
 本郷は決して嘘は言わない。そして約束を破ったこともない。
「明日の朝だ、いいね」
「はい」
 ルリ子は頷いた。本郷はそれを見て優しい笑みを浮かべた。

 その日の夜本郷はベルサイユ宮殿にやって来た。
 この宮殿はルイ十四世が建てさせたものであるがあまりの巨大さの為彼の生きているうちには完成しなかった。完成したのは十九世紀ルイ=フィリップのオルレアン朝の時代である。その間にフランス革命が起こりブルボン王家も一旦断絶している。ナポレオンが皇帝になり失脚している。この宮殿はそれを栄華の中に見ていた。
 第一次世界大戦の終了の場もこの宮殿で設けられた。ドイツはこの宮殿において連合国と講和し多くの領土を失い多額の賠償金を支払うこととなった。その時の怨みがナチス=ドイツを誕生させる遠因の一つとなったのだ。
 宮殿の中は豪華絢爛な総飾で飾られている。金や銀で目も眩まんばかりであり幾何学の模様や宗教画と共にこの宮殿を彩っている。
 その中でも最も有名なのが鏡の間である。ルイ十四世の居室であった場所でありここでベルサイユ条約も調印されている。
 庭園に面したこの部屋は一七の鏡と窓がある細長い部屋である。天井画はル=ブランの手によるルイ十四世の生涯を古代風に描いたものである。
 本郷猛はその部屋にいた。そして前に進んで行く。
「よく来てくれた、礼を言うぞ」
 前から声がした。
「ここにいたか」
 本郷はその声を聞き前を見据えて言った。
「フフフ、貴様との闘いに相応しい場所だと思ってな」
 オオカミ長官が姿を現わした。
「この宮殿の中でも最も美しい部屋、貴様の死に場所にはもってこいだろうな」
「それはどうかな」
 本郷はそれに対して言い返した。
「俺は負けるわけにはいかない」
 そして身構えた。
「そうか、ライダーとしての意地か」
「だとしたらどうする」
「来い」
 オオカミ長官は一言で言った。
「そんなものが何の役にも立たんということを俺が教えてやる」
「そうか」
 本郷はオオカミ長官を見据えた。
「ならば行くぞッ!」
 構えを取った。腰からベルトが現われた。

 ライダァーーーーー・・・・・・
 右手を左斜め上からゆっくりと旋回させる。その手刀の手は弧を描いている。
 それと共に身体が黒いバトルボディに包まれていく。胸は緑となり手袋とブーツが銀色になる。
 変身っ!
 右手を拳にし脇に入れる。左手を手刀にし右斜め上に突き出す。
 顔がライトグリーンの仮面に覆われる。右から左へと。目が紅くなった。

 光が彼の全身を包んだ。そして彼は本郷猛から仮面ライダーとなった。
「行くぞっ!」
 ライダーは変身を終えるとすぐにオオカミ長官に立ち向かった。
「フフフ、来たな」
 彼は自らに向かって突き進んで来るライダーを余裕の表情で見ていた。
「喰らえっ!」
 ライダーはチョップを繰り出した。長官はそれを身をのけぞらしてかわした。
「甘いな」
 そして彼は蹴りを出した。
 ライダーも蹴りを出す。両者の右脚が激しくぶつかり合った。
「ムウウ・・・・・・」
 ライダーはその衝撃を受けて思わず呻いた。だが怯んでいる暇はなかった。
 オオカミ長官はステッキを突き出してきた。ライダーはそれをかわし左手で掴んだ。
「ムムム」
 両者はステッキで力比べをはじめた。力はライダーの方がやや上であった。そして長官はステッキを離した。
「それは貴様にくれてやろう」
 彼は後ろに跳んだ。
「そのかわり本気を出させてもらおう」
 彼はそう言うと顔の前で両腕をクロスさせた。
「受けてみよ」
 その頭部を覆うユニットに光が宿っていく。
「満月プラズマ光線っ!」
 そしてその光をライダーに向けて放ってきた。
「何っ!」
 ライダーはその光を見て驚愕した。それは今までの満月プラズマ光線とは比較にならぬものだったのだ。
 ライダーは紙一重でそれをかわした。つい先程までいた床が完全に破壊される。
「な・・・・・・」
 ライダーはその床を見て驚愕した。何と飴の様に溶けているのだ。
「どうだ、今までのプラズマ光線とは全く違うぞ」
 オオカミ長官は高らかに笑いながら言った。
「確かに・・・・・・」
 ライダーもそれは認めた。
「しかし何故だ」
「フフフ、知りたいか」
 オオカミ長官は自信に満ちた笑みを漏らした。
「どうせ貴様はここで死ぬ身、教えてやろう」
 そして窓を指差した。
「あの月は一つだけではないのだ」
「どういう意味だ!?」
「鏡を見よ」
 彼は今度は鏡を指差した。
「この鏡が月の光を反射する。そして俺に月の光を普通に浴びるより多く与えてくれるのだ」
「クッ、そうだったのか・・・・・・」
「それにより今までとは比較にならぬ程の満月プラズマパワーを手に入れたのだ。最早貴様など相手にもならぬ程にな」
 彼は全身にみなぎるその力を感じながら言った。
「仮面ライダー一号よ」
 彼はその勝利を確信しためでライダーを見据えて言った。
「貴様はこの俺の栄華の前祝いにここで滅ぼしてやる、感謝するがいい」 
 彼はそう言うと力をためた。
「最早誰も俺には適わん。俺こそが最強なのだ」
 ユニットだけではなかった。全身をその光が覆った。
「喰らえ、満月プラズマ光線っ!」
 オオカミ長官の全身が光った。それは凄まじい光の帯となりライダーに襲い掛かる。
「来たか」
 ライダーはそれを見ていた。
「フフフ、観念したようだな」
 オオカミ長官は彼がさけようともしないのを見て勝利をさらに確信した。
「仮面ライダーよ、砕け散り死ぬがいいっ!」
 だがその時であった。ライダーは手に鏡を取った。
「何っ!?」
 それは鏡の間に多くある鏡の一つであった。それで光線を受けようというのである。
「馬鹿め、それで俺の満月プラズマ光線が防げるかっ!」
「それはどうかなっ!」
 一号は叫んだ。光線はその鏡を直撃した。
「ウォッ!」
 凄まじい衝撃がライダーを襲う。だが彼はそれを受け止めた。
「ムンッ!」 
 そしてその鏡にエネルギーを伝える。鏡がさらに光った。
「何とっ!」
 オオカミ長官はそれを見て思わず叫んだ。何と鏡が光を反射したのだ。その衝撃も。
 そしてそれを弾き返した。逆にオオカミ長官の足下を狙って来た。
「クッ!」
 オオカミ長官はそれを跳躍でかわした。そして空中で身構えた。
「来たか、やはりっ!」
 ライダーも跳んでいた。そして空中で拳を繰り出す。
 二つの拳が空中で激突した。夜の闇に包まれた宮殿に鈍い衝撃音が響く。
 両者は交差して着地した。そして互いに振り向く。
「グッ・・・・・・」
 だがオオカミ長官はその時一瞬足が揺らいだ。満月プラズマ光線を全力で放出した疲れが出たのだ。
「今だっ!」
 それを見過ごすライダーではない。素早く上に跳んだ。
「喰らえっ!」
 彼は斜めに跳んでいた。そして部屋の壁を蹴った。
「ライダァーーーーーー」
 彼はそのままオオカミ長官に向けて弾丸の様に跳んで行く。
「稲妻キィーーーーーック!」
 そして蹴りを繰り出した。疾風の様な速さである。
 それはオオカミ長官の腹を直撃した。蹴りを入れたライダーはその反動を利用して後ろに跳んだ。
「グウウ・・・・・・」
 キックを腹にまともに受けた長官は呻き声を出した。そしてガクリ、と片膝を着いた。
「まさかあのような防ぎ方があるとはな」
 オオカミ長官は口から血を出しながら言った。
「鏡が貴様の力を反射させ大きくさせると聞いたからな。咄嗟にそれに思いついたのだ」
「フン、貴様に話してしまった俺の迂闊か」
 彼は一号の頭脳を侮っていたのだ。
「だが月の力を浴びた俺を倒したことは褒めてやろう」
 彼はよろめきながら言った。
「そこまでできたのは貴様がはじめてだ。俺は月の力を浴びれば誰にも負けなかったからな」
「だがそこに慢心が生じたようだな」
「クッ、確かに。だがな」
 彼は言葉を続けた。
「それでも俺を破ったことは事実だ。それは褒めてやろう」
 そしてニヤリ、と獣の笑みを浮かべた。
「偉大なる狼男の血を引くこの俺をな」
 そう言うと立ち上がった。最後の力を振り絞った。
「偉大なる魔界の支配者よ、今こそ貴方のもとへ!」
 そう言うと後ろに倒れた。そしてそのまま爆死した。
「欧州の夜の世界の君主もこれで死んだか」
 一号はその爆発を見届けて言った。彼の死をもってパリでの仮面ライダーとバダンの戦いは幕を降ろした。

「フム、敗れたか」
 タイタンはその戦いの一部始終をモニターを通して見ていた。
「惜しい男だったがな。自らの力と血脈を過信し過ぎたな」
「そう言っていられる状況なのかな」
 そこに誰かが入って来た。
「やはりここにも来たか」
 タイタンはその男の姿を認めて言った。
「貴様も暇なことだな。あちこちを飛び回って」
「それはお互い様だ」
 ゼネラルシャドウは皮肉に怯むことなくそう言い返した。
「フン、貴様とは目的は違うがな」
「同じだと思うが」
 シャドウはあえて挑発する言葉を出した。
「何っ」
 そしてタイタンはそれに乗ろうとした。しかし。
「・・・・・・フン」
 それに乗るのを止めた。
「今貴様を倒しても何の利益もない」
「そうだな。貴様はこれで全ての手駒を失くしてしまったのだし」
「いずれは切り捨てるつもりだった。その手間が省けただけのことだ」
 彼はそう言うと懐から葉巻を取り出した。そして指で火を点けた。
「惜しくもない」
「そうか。だがあの男に対抗するには苦しいようだな」
「別にな。機が来ればこちらから出向いて倒してやろうと思っている」
「貴様にそれが出来るかな!?」
 シャドウは冷静さを保とうとする彼をさらに挑発した。
「・・・・・・さっきから何が言いたい」
 タイタンの言葉に怒気が含まれた。
「まあそう怒るな」
 彼はそう言うとグラスを取り出した。
「折角だ。一杯やらんか」
「生憎だが俺の飲む酒は決まっていてな。安物は口に合わんのだ」
「残念だな。これは魔界で摂れた銘酒なのだが」
 彼はそう言うとグラスにその紅い酒を注ぎ込み口に含んだ。口が血を飲んだように紅くなる。
「そして何の用でここに来た!?」
 タイタンはシャドウが酒を飲み終えるのを見てから問うた。
「何、一つ情報が入ってな」
「何だ」
「城茂のことだ」
「あの男か」
 タイタンはその無数の眼を光らせた。
「今はインドネシアにいるらしい」
「インドネシア、バリ島にでもいるのか」
「そうだ、そこに二人の同志が向かった」
「二人、か。誰だ」
「磁石団長とヨロイ騎士だ」
「あの二人か」
 タイタンはそれを聞いて暫し考え込んだ。
「大方その後ろにはあの男がいるのだろう」
「ほう、察しがいいな」
「それ位馬鹿でもわかる。だがあの男が自分の仲間を二人共送るとは珍しいな。バリ島に何かあるのか?」
「もう一人ライダーがいる。スーパー1だ」
「成程な。だからこそ二人を送ったのか」
 納得がいった。タイタンは大きく頷いた。
「二人でライダー二人を一気に始末してしまおうということか」
「そのようだな。あの男らしい」
「バリ島での作戦も考えているのだろうな。奴のことだ、ただであの島に行くとは思えん」
 バリ島は観光地として有名である。
「それはこれからのお楽しみだ。どちらにしろ我々が動くわけにはいくまい」
「それはそうだが。貴様にしてはやけに大人しいな」
「フッ、それはどうかな」
「・・・・・・・・・」
 タイタンはそれを見て妙だと思った。今のシャドウの言葉は何処か強がりがある。常に自らをクールに見せる彼だが今はそこに虚勢がある。
(そういえば最近ヘビ女の行動を聞かないな)
 ふとそう思ったが口には出さなかった。
(まあ良い、あの女が消えてくれたならば俺にも好都合だ)
 タイタンは言葉を出した。
「そしてバリ島は今どうなっている」
「既に二人はライダーを狙って行動しているようだ」
「そうか、流石に速いな」
 タイタンは頷いた。
「しかしそうそう上手くいくかな」
「それはわからんな。ただ」
 シャドウはその虚勢を覆って言った。
「この戦いの結果が俺達に大きく影響することは確かだ」
「それはわかっている」
 タイタンは言った。
「ストロンガーが勝っても負けてもな。だが」
 彼は一旦言葉をとぎらせた。
「あの二人が倒せるとは思わんが」
「貴様が倒すつもりだな」
「それは貴様とて同じことだと思うが」
 タイタンは無数の眼でシャドウを見据えながら言った。
「確かにな」
 シャドウはその言葉に対して不敵に返した。
「奴を倒すのは俺だと決まっているのだ。カードがそう教えている」
「ほう、俺は貴様ではないと確信しているが」
「何なら争うか?奴の首を」
「当然だ。力こそが我がバダンの最大の法であることは知っていよう」
「・・・・・・フン」
 シャドウはそこでタイタンに横を向けた。
「面白い。ではバリ島での戦いの結果を見てそうしようか」
「望むところだ」
 二人はそう言うとその場から消えた。そしてそれぞれの基地へと戻っていった。


 宮殿の人狼    完


                                     2004・5・12


[157] 題名:宮殿の人狼2 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年07月29日 (木) 22時16分

「フフフフフ、それでは作戦の最終準備をはじめるとするか」
 基地に戻ったオオカミ長官は指令室に入ると部下達の敬礼を受けながら言った。
「怪人達の準備はいいか」
「ハッ、既に長官のご指示を待つだけです」
 戦闘員の一人が敬礼して答えた。
「そうか。すぐに全員指令室に呼べ」
「わかりました」
 彼はそれに従いマイクの前に向かった。そして怪人達を呼び寄せた。
「花の都か」
 彼はモニターに映るパリ市内を見ながら言った。
「もうすぐこの街が血により美しく塗られることになる」
「あの時のようにですな」
 ここで戦闘員の一人が言った。
「あの時といっても色々あるがな」
 オオカミ長官は機嫌がよかった。彼は戦闘員の言葉に対し上機嫌で返した。
「サン=バルテルミーの時もそうだった」
 ヴァロア朝末期新教と旧教の対立が引き金となった。事件である。彼等の対立が遂に爆発し旧教徒達が新教徒達を虐殺した事件である。
「フランス革命の時も」
 この時はフランス全土が血に覆われた。百万人以上が死んだと言われる。とりわけジャコバン派の粛清は酸鼻を極めた。狂信的な彼等により銃弾、そしてギロチンの前に死した者は数えられない。
「コミューンやその他の革命騒ぎもあったな。この街はその外観とは異なり血により塗られた街なのだ」
 それは歴史がよく物語っていた。パリもまた人間達の血生臭い抗争の舞台の一つであったのだ。
「だがその中で俺が最も気に入っている話は」
 オオカミ長官の目が喜びに満ちる。
「クルトーに攻められた時だな」
 クルトーとはかって冬のパリを何年にも渡って脅かした巨大な魔王である。彼は人ではなく狼であった。その群れを率いパリを攻めていたのだ。
「一人の騎士と相討ちになったというがそれまでこの街を血と恐怖で覆い尽したのだ。人間共をその牙で支配したのだ」
「誇り高い話ですな」
 クルトーの正体は普通の狼ではなかった。彼は魔界より抜け出てきた魔性の者だったのだ。言わばオオカミ長官の眷属である。
「そうだ。誇りある我等狼男の一族の中でも特に知られた英雄の一人だ」
 彼の声は誇らしげなものであった。
「そうですな、我々は今またパリを攻めようとしております」
「今度はあの時の比ではないぞ。何しろ何百万の人間共の血が流れるのだからな」
「はい、真に楽しみです」
「フム、何百万の人間共の血か」
 そこで誰かの声がした。
「貴様か」
 オオカミ長官は声がした方に顔を向けた。
「うむ、折角だから観戦に来てやったのだ」
 指令室の中に火の玉が現われた。その中から百目タイタンが現われた。
「久し振りだな」
「ウム、お互い元気そうで何よりだ」
 両者は心にない挨拶をした。
「パリを血で覆うと言ったが」
「今からな」
「そうか。美しいこの街が紅く彩られるか」
 タイタンはその無数の眼でモニターに映る市街を眺めながら言った。
「実に楽しみなことだ。しかし」
 タイタンはここで言葉をつけ加えた。
「俺の好みとしては全てを焼き尽くすのだがな」
「そして人間共が炎の中で苦しむのを楽しむということか」
「そういうことだ。やはり赤といえば炎だからな」
「それは貴様の好みだがな」
 オオカミ長官は言葉に僅かの皮肉を込めて言った。
「俺は血で染める。狼にとって血は月と同じく力の源だ」
「そうか。月はないがな」
「月は切り札だ」
 彼は言った。
「ライダーを倒すのは月の下でだ。その時まで俺は動かん」
「それまでは他の怪人達に任せるのか」
「そういうことだ」
「成程な」
 彼は何かを言葉の中に含んでいた。
「どちらにしろ今はここにいさせてもらうとするか。貴様の戦いぶりをとくと見せてもらおう」
「何なら席を用意しておくが」
「いい。立っているのも気分がいい」
「そうか」
 タイタンは懐から葉巻を取り出した。そして指から火を出しそれを点ける。
「俺はこれさえあれば他には何もいらんしな」
「その嗜好も相変わらずだな」
「美味いぞ。一本どうだ?」
「俺はいい」
「そうか」
 そこで指令室のシャッターが開いた。そこから怪人達が入って来た。
「来たか」
 数体の怪人達が中に入る。そしてオオカミ長官に敬礼した。
「よく来てくれた」
 彼は怪人達に対して言った。
「かねてからの計画通り頼むぞ、いいな」
 怪人達は無言で頷いた。
「ならば行くがいい。そしてパリを血の海に変えるのだ」
 怪人達は敬礼し指令室を後にした。そこにいた戦闘員達のうち数人がそれに続く。
「おれも用意をしておくか」
 オオカミ長官もそう言うと指令室を後にしようとする。
「何処へ行くつもりだ?」
 タイタンは彼に対して問うた。
「ライダーを倒すのに相応しい場所だ」
 彼は不敵な声でこそう答えた。
「そうか」
 タイタンは深く尋ねようとしなかった。
「では俺はここでずっと見せてもらうことにしよう。貴様の戦いぶりを」
「うむ。期待しているがいい」
 オオカミ長官はそう言うとその場を後にした。見れば部屋にはタイタンだけが残っている。
「さてと」
 彼はモニターを複数つけた。
「ここで一部始終をしっかりと見せてもらうか」
 無数の目が光る。彼はその目でパリをしかと見ていた。

「猛さん」
 その時ルリ子はモンマルトルのカフェで本郷と共にいた。
「さっきインターポールから情報が入ったんだけれど」
「何て!?」
 本郷はその言葉にすぐに反応した。コーヒーから口を離す。
「オオカミ長官のことなんだけれど」
「うん」
 本郷は思わず身を乗り出した。
「どうやらパリに総攻撃を仕掛けるつもりらしいわ」
「総攻撃か。一体どうやって」
「何でも怪人達を使って。かなりの戦力が動員されるみたいよ」
「そうか。これは厄介なことになったな」
 本郷は眉を歪めて言った。
「インターポールからも援軍がやって来ているわ。ヨーロッパ中から腕利きばかり呼んでいるみたいよ」
「そうか、それは一体何時のことなんだい!?」
「そこまではけれど既にかなりの数のバダンの連中が潜り込んでいるらしいわ」
「まずいな。一刻の猶予も許されない」
 本郷の顔は完全に悪と戦う戦士のそれとなっていた。
「ルリ子さん、こうしてはいられない、すぐに動こう」
「ええ。けれどどうやって!?」
 ルリ子は本郷の何時にない性急な様子に戸惑っていた。
「俺には怪人の居場所が大体わかるんだ」
「あ・・・・・・」
 彼女はOシグナルのことを思い出した。
「それだけじゃない。奴等の動きも大体わかる。ここは任せてくれ」
「ええ」
 そして本郷の頭脳も思い出した。彼を支えるのは何もその技と力だけではない。かってその天才的な頭脳をショッカーに狙われたことからもわかる通り彼はライダー達の中でも特に頭の回転が速かった。そして勘も長きに渡る悪との戦いで鍛えられていた。
「ルリ子さんはインターポールに協力してくれ。俺は独自にバダンの連中を各個撃破していく」
 彼はそう言うと席を立った。
「じゃあ」
 そして停めてあるバイクに向かう。
「猛さん」
 ルリ子は彼の背中に声をかけた。
「何だい!?」
 本郷は振り向いた。
「・・・・・・いえ仮面ライダー」
 彼女は言い直した。彼の心は既にライダーとなっていたのだから。
「勝ってね」
「有り難う」
 本郷、いや仮面ライダー一号はそう言うとバイクに乗った。そして戦場へ向かった。
「頼んだわよ、ライダー」
 彼は疾風となりその場を去った。ルリ子はその後ろ姿を見送っていた。

 パリの数多い名物の中にエッフェル塔がある。これは一八八九年に開かれた第四回パリの万国博覧会に際してギュスタフ=エッフェルにより建てられた。建設当初は景観を損ねる等といった多くの批判があったが電波通信塔として有効なことがわかり市民達に受け入れられた。今ではパリの象徴の一つである。
 その下にも観光客達が集まっている。だが今はどうしたことか誰もいない。
「これは一体どういうことだ!?」
 そこにやって来た黒服の男達が思わず声をあげた。
「インターポールとフランス政府が退避勧告を出したのだ。テロがあるという理由でな」
 そこで塔の上から声がした。
「その声はっ!」
 彼等はその声を嫌という程よく知っていた。
「そうだ、貴様等のあるところライダーは必ずやって来る!」
 塔の鉄筋の上に両足をかけた仮面ライダー一号がそこにいた。
「ぬうう、仮面ライダー!」 
 男達は彼の姿を認めて呻く様に叫んだ。
「正体を現わせ、バダンの怪人達よ!」
「望むところだ!」
 彼等は服を脱ぎ捨てた。戦闘員達と一体の怪人が現われた。
「パフォーーーーーーッ!」
 ゴッドの発狂怪人パニックであった。彼は角を振りかざし吠えた。
「行くぞっ!」
 ライダーは下に飛び降りた。そして戦いがはじまった。
 戦闘員達がサーベルを振るう。ライダーはそのうちの一人からサーベルを奪いそれで彼等を斬り伏せていく。
「今度は貴様だっ!」
 そして怪人に向かっていく。パニックは角からミサイルを発射した。
「ムンッ!」
 それはサーベルで斬り落とした。そしてそれを投げる。
 怪人はそれをマントで防いだ。ライダーはその間に上に跳んでいた。
「喰らえっ!」
 ライダーはいきなり技を放ってきた。
「ライダァーーーー月面キィーーーーーーック!」
 そして空中で宙返りをし蹴りを放つ。それはパニックの額を直撃した。
「ウオオオオーーーーーーッ!」
 怪人は断末魔の叫び声をあげエッフェル塔の下に倒れ爆死した。ライダーはそれを見て背を向けた。
「サイクロン!」
 そして彼はマシンを呼んだ。何処からか銀色のマシン新サイクロン改が姿を現わした。
「トォッ!」
 ライダーはそれに跳び乗った。そして次の戦場へ向かった。
 
 モンマルトルの丘は栄華にもよく出る場所である。その観光の中心はサクレ=クール寺院である。
 これは一八七〇年に普仏戦争の後カトリック教徒達により建てられたものである。昔からフランスはカトリックの勢力が強かった。それに対してプロイセンはプロテスタントである。彼等にとっては宗教においても負けたも同然だったのだ。
 彼等は信仰とフランスの未来を願いこの寺院を建てた。『キリストの聖心』という意味の名はそこからきている。
 白い寺院の中はモザイクで飾られている。だが今その前で激しい戦いが行なわれていた。
「ザーーーーキーーーーー」
 その中心にはやはり怪人がいた。デストロンの電流怪人クサリガマテントウである。
「まさか怪人まで出て来るとは・・・・・・」
 それに対するのはインタポールの捜査官達である。彼等は皆手に得物を持ち怪人や戦闘員達と対峙していた。だが怪人が相手では流石に分が悪く苦戦を強いられていた。
「フフフフフ、我等の存在を忘れていたとでもいうのか」
 クサリガマテントウはインターポールの捜査官達を蹴散らしつつ笑った。
「バダンの基幹戦力である怪人達を忘れているとはインターポールも相当迂闊だな」
 そこに白い服の男が姿を現わした。
「貴様はっ!」
 捜査官達はその男を見て凍りついた。
「だが俺のことは知っているか。少しは見所があるな」
 ゼネラルシャドウは彼等の顔を見て機嫌をよくした。
「ゼネラルシャドウ」
 だが怪人も戦闘員達も彼の姿を見て驚いていた。
「何故貴方がここに・・・・・・」
 彼等はオオカミ長官の部下達である。彼とは別系統に所属している。
「何、ただ諸君等の戦いぶりを見に来ただけだ」
 ゼネラルシャドウは不敵に笑った。
「あいつも来たか」
 それは基地の指令室から作戦を観戦するタイタンからも確認された。
「作戦の妨害をするつもりはない。安心するがいい」
「しかし」
「俺はすぐに消える。それよりもだ」
 彼は寺院の下をサーベルで指し示した。
「御前達を追ってやって来たぞ」
 見ればライダーがマシンの乗りこちらにやって来ている。
「健闘を祈る。精々頑張るがいい」
 そう言うと自分のマントで身体を包んだ。
「マントフェイドッ!」
 彼はマントの中に消えた。丁度その時にライダーが寺院の前にやって来た。
「ゼネラルシャドウは消えたか」
 ライダーはマシンから跳び降りて言った。
「だが今はそれはどうでもいい、バダンの改造人間よ、覚悟しろっ!」
 そしてクサリガマテントウに向かっていく。
「来たかっ!」
 怪人はそれを認めて身構えた。
「貴様はこの俺は倒すっ!」
 そして右手からチェーンを出してきた。
「おっと」
 ライダーはそれを右にかわした。そこへ左手の鎌が襲い掛かる。
 ライダーはその手を掴んだ。そして上に投げ飛ばした。
「トォッ!」
 そして自らも跳んだ。そしてその背に攻撃を仕掛ける。
「ライダァーーーーニーーーーブロォーーーーーック!」
 膝蹴りを浴びせた。怪人はさらに上空に吹き飛ばされ爆死した。
 着地する。そこにはマシンがあった。
「行くぞっ!」
 そしてその体当たりで戦闘員達を一掃した。彼は次なる戦場へ向かった。
「やはりな、怪人一体だけでは話にもならんな」
 シャドウは寺院の上からそれを見ていた。
「オオカミ長官も戦いがわかっていないと見える」
 彼は嘲りを込めた声でそう言った。
「各個撃破。まあ奴の策はこれだけではないと思うが」
 彼は姿を消した。ライダーはそれには気付かずマシンで次の戦場に向かっていた。

 バスチーユ広場。かってはここに監獄がった。
 バスチーユ監獄。絶対王政の象徴と言われた要塞でもあった。
 この牢獄は最初は百年戦争の時に宮殿を守る為の砦であった。だが時代が経るにつれ牢獄としても使われた。これはよくあることであった。ローマの聖天使城等もそうである。
 ここには主に政治犯が収容された。サディズムの語源となったマルキ=ド=サド侯爵もここにいた。生きては帰れぬというのは誤りで貴族が収容されることが多かったせいでもあるが囚人の待遇は悪くはなかった。だが発禁処分を受けた本やサド侯爵の様な思想的に快く思われていない人物が入れられていた為専制政治の象徴とされていたのだ。
 革命当時は囚人は数える程しかいなかった。だがその巨大な壁と大砲を誇示している為パリ市民を威圧していた。
 革命における襲撃の話はよく劇的に言われ芸術作品に使われるが実像は違う。政治犯の釈放よりも大砲を退けて欲しかったのだ。
 当時のこの監獄の責任者は事態を重くは考えていなかった。最初に話を持って来られた時はもう夜遅いから明日にしてくれと言った。
 朝になった。会談の要請が市民側から来た時彼は朝食を摂っていた。食事中だから後にしてくれと言った。彼は別に市民達を敵と思っていなかったし彼等が攻めて来ているとも思っていなかった。実際にそうであった。
 そして朝食が終わった。彼は市民側の代表と会った。まあお茶でも飲みながら、ということで穏やかに会談の席に着いた。
 代表から話を聞いた時彼はそんなことか、と思った。大砲をどけること位何でもなかった。既にバスチーユは少数の罪人しかなく大砲も旧式なものである。彼は快諾し大砲をしまうように命令した。彼はこんな些細なことで二日越しになるというのもおかしなことだと思った。
 だが大砲がしまわれる時市民達はその真下にいたのだ。大砲が後ろに退くのは砲撃する前に砲弾を詰める時である。市民達の誰かが騒ぎだした。
「砲撃して来るぞ!」
 それが決め手であった。恐慌状態に陥った市民達は監獄の中に突撃した。そして監獄は陥落し責任者は虐殺されその首は晒しものとなった。これがフランス革命の導火線となるのである。元々は寒波による食糧危機にはじまった革命であるがその実像からは遥かにかけ離れて美化されそして多くの血を流している。
 今その監獄はない。広場になり七月革命の記念碑が置かれている。
 そこに怪人達がいた。逃げ惑う市民達に襲い掛かっている。
「殺せ、殺せっ!」
 その中央にいる怪人が指示を出している。ジンドグマの石鹸怪人シャボヌルンである。
「ここにいる人間共は皆殺しだ、それこそがこのバスチーユに相応しい!」
 多くの血が流れた革命の発端である。彼は興奮して戦闘員達に虐殺を督励している。
「待て!」
 そこにライダーがやって来た。市民達に襲い掛かろうとする戦闘員達をサイクロンカッターで一掃する。
「イィーーーーーーーッ!」
 戦闘員達は倒れた。ライダーはマシンから降りると怪人の前に来た。
「罪無き人々を殺めることは許さん!」
「ボフォフォフォフォフォフォ」
 怪人は彼のその姿を見て嘲笑った。
「これは有り難い、わざわざそちらから死にに来てくれたか」
「どういう意味だ」
「それは・・・・・・」
 怪人は右腕をライダーに向けた。
「こういうことだっ!」
 そしてそこからシャボンを放って来た。
「ムッ!」
 ライダーはそれをかわした。そして間合いを離して身構えた。
「どうだ、俺の攻撃は」
 シャボヌルンは誇らしげに言った。
「今度は外さんぞ」
 そして再び放とうとする。
「また来るか」
 ライダーはそれを見て身構えた。
「ならばっ!」
 放たれたシャボンを跳躍でかわした。そして怪人の頭上に襲い掛かる。
「これでどうだっ!」
 怪人の頭を両足で掴んだ。そしてそのまま前に倒れる」
「ライダァーーーーーヘッドクラッシャアアーーーーーーッ!」
 一度怪人の頭をコンクリートに打ちつける。そしてその力で再び上にあがりもう一度叩きつける。それで決まりだった。
「ウオオオオーーーーーーッ!」
 怪人は頭を押さえ倒れた。そしてそのまま爆発した。
 ライダーはそれを見届けるとその場を風のように去った。そして次なる戦場に向かった。


[156] 題名:宮殿の人狼1 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年07月29日 (木) 22時11分

            宮殿の人狼
 ゼネラルモンスターはその時シリアゴラン高原にいた。
 この地はイスラエルとシリアの激戦地であった。この地を巡りシオンの民と『シリアの獅子』と謳われたアサドは■闘を繰り返した。
 いまだにこの地は緊張がくすぶっている。停戦を監視する為国連からPKOが派遣されている。この中には我が国の自衛隊も含まれている。
「あの者達までいるとはな」
 彼は眼下でせっせと働く青いベレー帽の者達を見ながら呟いた。
「どうした、何か思い入れでもあるのか」 
 そこに誰かがやって来た。
「お主か」
 それはゾル大佐であった。
「俺もお主もこの地には何かと縁があるからな。あの者達もいることだし」
 大佐はそう言うと右手に持つ鞭で高原の遠くを指差した。
 自衛官達とは反対側のその場所にはイスラエル軍がいた。独特の形をした戦車が走り回っている。
「今はあの連中にこれといった感情はないが」
 二人はかってナチスの将校であった。戦犯として追われたこともある。
「中東にいた時はあの連中とも渡り合ったな」
「うむ」
 ゾル大佐はショッカーで、ゼネラルモンスターはネオショッカーでそれぞれ中近東支部長を務めていた。そしてこの地で数多くの功績をあげている。
「モサドの者達をよく返り討ちにしたものよ」
「私はむしろ原理主義者達との戦いが多かったがな」
 大佐とゼネラルモンスターは口に笑みを浮かべて語り合っている。彼等にとっては誇らしい戦績なのである。
「残念だが俺はイギリスに向かう。後のことは頼んだぞ」
 ゾル大佐は言った。
「うむ、任せておけ」
 ゼネラルモンスターはそれに対して頷いた。
「この中東は私が戦乱の渦に落としてやる」
「フフフ、期待しているぞ」
 大佐は満面に笑みをたたえた。まるで血に餓えた肉食獣の様な笑みである。
「ところでだ」
 大佐はここで表情を戻した。
「魔神提督の話は聞いているな」
「ああ」
 ゼネラルモンスターは答えた。
「タイで仮面ライダースーパー1に敗れたらしいな」
「うむ、タイでの基地建設は失敗に終わった。シンガポールに続きあの場所での基地建設は再び失敗した」
「そうか」
 ゼネラルモンスターはそれを聞き目に何かを宿らせた。
「あの男も■んだか。長い因縁があったが」
 彼と魔神提督はネオショッカーで宿敵関係にあったのだ。
「借りを返すことは出来なかったか」
「だがお主には一人倒さねばならん男がいる」
「わかっている」
 ゼネラルモンスターはゾル大佐のその言葉に頷いた。
「それは俺にも言えることだがな」
「お主はどちらを倒すつもりだ」
「それは決まっている、と言いたいところだが」
 ゾル大佐はここで言葉を切った。
「両方倒さねばならん。どちらを倒すという問題ではない」
「そうか」
「俺にとっては仮面ライダーはどちらも宿敵だ。両方共倒さねばならない敵だ」
 その目には炎が宿っていた。
「ではな。俺はロンドンでお主の活躍を見守るとしよう」
「うむ、達者でな」
 ゾル大佐はそこで姿を消した。あとにはゼネラルモンスターだけが残った。
「あの者は既に行っているか」
 ふともう一人の男のことを考えた。
「フランスでの戦いだというが。さてどのようなことをしてくれるか」
 彼はそう言うとゴラン高原から姿を消した。そして自らの基地へ戻っていった。

 フランス、欧州の指導的な役割をドイツやイギリスと共に長い間果たしてきた国である。欧州屈指の農業国でありその産業は多くの分野で世界に知られている。
 特に文化は彼等の自慢するところである。バロックやロココといった貴族文化だけでなく文学や哲学等でも欧州の文化の中心となってきた。
 芸術でもそうである。絵画や彫刻等その粋がルーブル美術館に収められている。ヒトラーがここに来れたことは一生で最も嬉しいことだと言ったこの美術館は全てを見回るだけで四日かかると言われている。
「けれどそれだけじゃないのよね、フランスの誇る文化は」
 ルリ子はパリオペラ座から出てきて言った。
「オペラとか音楽でも有名なのよ」
 彼女は文学部出身でありこうしたことには詳しい。とりわけ音楽には造詣が深い。
「しかし」
 隣にいる本郷猛は少し首を捻った。
「フランスのオペラはイタリアやドイツのもの程あまり知られてはいないと思うのだけれど」
「そういえばそうね」
 ルリ子は本郷の言葉に相槌を打った。
「ビゼーとかオッフェンバック位かしら」
「だろう、カルメンはどの国でも上演されるけれど」
 カルメンはビゼーの代表作である。メリメの小説を題材にしたこの作品は初演の時こそ不評であったが今では最も名の知られているオペラの一つである。
「長い間フランスは見る方だったしね。何処かで作るものじゃないって意識があるのかしら」
「俺はマイアベーアが好きだけれどあれは何かと言われてるしな」
「グランドオペラは最近見直されてきているわよ」
「ううむ・・・・・・」
 二人はそんな話をしながらオペラ座を後にした。彼等は今パリにいる。ここにバダンの影があるとインターポールからの情報が入ったのだ。
 この街は多くの人々がいる。住んでいる市民達だけでなく観光客や留学生。フランス政府もここにいある。他には欧州にその名を知られたロスチャイルド家のパリ分家もいる。あらゆる分野で欧州の中心の一つなのだ。
 この地で若し何かあれば・・・・・・。欧州は忽ち大混乱に陥るだろう。だからこそ本郷とルリ子はここに来たのだ。
「そういえば猛さんパリには何度も来ているのよね」
「ショッカーとの戦いの時からね」
 彼は欧州で■神博士と■闘を繰り返していたのだ。
「その後も何度か来たな。いつも戦ってばかりだったが」
 彼はそこで腕を組んだ。
「たまには戦い以外で来たいものだ」
「それはバダンを倒してから言いましょ」
「うん。ルリ子さんはしっかりしているな」
「猛さんが浮世離れし過ぎているのよ」
 ルリ子はそんな本郷に対し微笑んだ。そして二人はそのままセーヌ河の方へ向かった。
 セーヌ河はパリを流れる河である。古くからこの街に美しい景観だけでなく水運により多くのものをもたらしてきた。フランス革命の原因は寒波によりこの河が凍結し穀物が運べなくなったことであった。
 今二人はその石橋の上を歩いていた。その両端には枯れた木々が立ち並んでいる。
「詩的な風景ね」
「そうかな」
 本郷はルリ子の言葉に首をかしげた。
「もうっ、猛さんってこうしたことには鈍感なのね」
「俺はどちらかというと日本の景色の方が好きなんだけれど」
「好みの問題じゃあしょうがないかな」
「すまない、こればかりはどうしようもない」
 本郷はルリ子に口を尖らされながら橋の上を歩いていた。そこへ誰かが来た。
「本郷猛と緑川ルリ子だな」
 それは黒服に身を包み帽子を目深に被った男だった。
「そうですが」
 本郷はその男の怪しげな様子に警戒しつつ答えた。
「そうか。ならば問題ない」
 男はくぐもった声でそう言った。
「■」
 そう言うと服を脱いだ。そして何かを投げて来た。
「ムッ!」
 本郷はそれをジャンプでかわした。橋の手摺りの上に着地した。
「バダンか!」
「いかにも」
 男の正体は怪人であった。ショッカーのオーロラ怪人カメストーンである。
「貴様の命、貰いに来た」
「何をっ!」
「そして来たのは俺だけではない」
「何っ!?」
 その時だった。橋の下から何かが跳んで来た。
「ウォッ!」
 それは何か黒いものであった。本郷の首を掴むとそのまま河の中に引き摺り込んだ。
「猛さんっ!」
 ルリ子は驚いて本郷を助けようとする。だがそれは間に合わず本郷はそのまま河の中へ消えていった。
「エエエエエ」
 カメストーンは無気味な笑い声を出しながらルリ子に近付いて来る。
「無駄だ、本郷猛は助からぬ」
 彼は笑い声に劣らぬ無気味な声でルリ子に対して言った。
「あの者の髪の毛から逃れた者はおらん」
 河の中から一体の怪人が飛び出てきた。
「ヒッ・・・・・・」
 怪人のその醜悪な姿を見てルリ子は思わず引いた。ネオショッカーの鬼火怪人クチユウレイであった。
「クァーーーーー」
 怪人は無気味な叫び声を出しながらルリ子に近寄って来る。彼女は前後から怪人に取り囲まれた。
「緑川ルリ子よ」
 そこで後ろから声がした。
「こうして会うのははじめてかな」
 左右に戦闘員達を従えたその男は言った。
「オオカミ長官・・・・・・!」
「いかにも」
 オオカミ長官はルリ子に名を呼ばれ悠然とした態度で答えた。
「流石に俺のことは知っているか。誇り高き狼男の末裔を」
「知らないとでも思っているの!?」
 ルリ子は左右を怪人達に取り囲まれながらも毅然と彼を睨みつけて言った。
「貴方のことは色々と聞いているわよ」
「ふむ、それはこちらとて同じことだ」
 オオカミ長官は右手に持つステッキを弄びながら言った。
「ショッカーの時から我々に対し刃向かってきた女、それを忘れたことなどない」
 そう言うと目に残忍な光を宿らせた。
「生け贄には丁度いい。我が力をより強くする為にな」
「クッ・・・・・・」
 ルリ子は左右から怪人達に押さえられた。
「さて、と覚悟はいいな」
 長官はなおも彼女に対し言葉を続ける。
「今ここで偉大なる祖先に捧げてもよいが風情に欠ける。生け贄を捧げるにはより素晴らしい場所がある」
 彼はそう言うとパリの南西の方角に目をやった。
「そこで貴様を生け贄としよう。美しい女はそれだけで価値がある」
「待てっ!」
 そこで橋の下から声がした。
「生きていたか」
 オオカミ長官はそれを聞いて顔をそちらに向けた。
「この程度で■ぬとは全く思っていなかったがな」
 そこには仮面ライダー一号がいた。
「だがそうでなくては面白くはない」
 オオカミ長官は彼を睨みつける一号に対し悠然とした態度を崩さない。
「女はとりあえずは放っておけ」
 彼は怪人達に対し命令した。
「まずはライダーからだ」
「ハッ」
 怪人達はそれに従い左右に散った。ライダーも橋の上に降りて来た。
「かかれっ、まずはライダーから先だっ!」
 オオカミ長官がステッキを振るう。それに従い怪人と戦闘員達が一斉に動いた。
「エエエエエエーーーーーッ!」
 まずはカメストーンが来た。怪人は左手からオーロラを放つ。
「トォッ!」
 ライダーはそれを上に跳躍してかわす。そこにクチユウレイが襲い掛かる。怪人は歯を投げ付けながら空中でライダーに迫る。
「ムッ」
 ライダーはその動きを冷静に見ていた。そして歯をかわしつつ怪人の動きを冷静に見ていた。
「来るな」
 爪で切り裂かんとしてきた。ライダーはその爪をかわし逆にその手を取った。
「ライダァーーーーきりもみシューーーーートォッ!」
 そして頭上で激しく回転させ投げ飛ばす。怪人は地面に叩き付けられ爆■した。
「今度は貴様だっ!」
 そしてカメストーンと対峙する。その周りを戦闘員達が取り囲む。
「ライダー、戦闘員は私に任せてっ!」
 ルリ子がその脇に来た。そしてライダーに迫る戦闘員達を次々と倒していく。
「頼むっ!」
 ライダーは彼女のサポートを受けつつ怪人に迫る。怪人はその右手にサーベルを握っている。
「エエエエエ」
 そして奇妙な叫び声を再び発する。次第に間合いを詰めていく。
 斬りかかった。ライダーはそれを後ろにのけぞってかわした。
「ムンッ!」
 その力を利用して空中で後転する。足の先でそのサーベルを蹴った。
「エッ!?」
 怪人の手からサーベルが飛んだ。それは空中で回転し地面に突き刺さった。
「今度はこちらの番だ」
 ライダーはそう言うと間合いを一気に詰めた。武器を失い狼狽した怪人はそれに対処できなかった。
「トォッ!」
 まずはチョップを繰り出した。それは怪人の喉を撃った。
 ライダーの攻撃は終わらない。さらに拳を繰り出し膝で蹴る。これで怪人の姿勢は完全に崩れた。そこに一気に畳み掛ける。
「ライダァーーーーパァーーーーンチッ!」
 拳を連続で繰り出した。そしてそれで怪人を激しく撃った。これで決まりであった。
 怪人は倒れた。そしてカメストーンも爆■した。
「力もかなり上がっているようだな」
 オオカミ長官は今しがた怪人をしとめたライダーの拳を見て言った。
「当然だ、何時までも同じところに留まっているライダーではない」
 ライダーは彼を指差してそう言った。
「ふむ、確かにな」
 彼はステッキを相変わらず弄びながらそう言った。
「だが今見ただけでは断定は出来ん」
 そう言うとライダーと正対した。
「俺も一度手合わせしておこうか」
「望むところだ」
 こうして両者の闘いがはじまった。
 まずはオオカミ長官が牙を出してきた。
「喰らえっ!」
 おしてその牙を投げ付けて来た。
「ムッ!」
 ライダーは横に動いた。それまでいた場所が爆発に包まれる。
「ルリ子さん、安全な場所に」
「はい」
 ライダーは彼女を避難させた。そして改めて長官と対峙する。
「今のはほんの小手調べ」
 長官は余裕を保ったまま言う。
「これはどうかな」
 今度はステッキを手にライダーに挑みかかって来た。
「ムッ」
 ライダーはステッキを防いだ。そして拳を繰り出す。
「甘いな」
 だが長官は慌てない。冷静にその拳をステッキで防ぎ逆に膝蹴りを放つ。
 ライダーはそれを己の膝で相殺した。そして手刀を繰り出した。
「やはりそうきたか」
 長官は後ろにステップしてそれをかわした。そして間合いを離した。
「これ位でいいだろう」
 彼は不敵な笑みと共に言った。
「貴様の腕前はあらためてよくわかった」
「ここで決着をつけるのではないのか!?」
「残念だったな。俺は場所を選ぶのだ」
 彼はクールな声で言った。
「貴様との決着をつけるべき場所はここではない。そこで貴様を倒してやる」
「そうか」
「もっともそれは貴様が俺の作戦を阻止できたらの話だがな」
「作戦!?」
「いずれわかることだ」
 オオカミ長官はそれに対して言葉を返した。
「このパリで■ぬか俺に倒されるか。どのみち貴様はフランスを墓場とすることになる」
「そうはさせんっ!」
「そうやって強気でいられるのも今のうちだな」
 彼は余裕の声で反論した。
「教会にでも行っておけ。この世に別れを告げる為にな」
 彼はそう言うと姿を消した。
「偉大なる狼男の恐ろしさを味わいながらな」
 オオカミ長官の気配が消えた。ライダーは変身を解きそれを見守っていた。
「倒れるのはオオカミ長官、貴様の方だ」
 本郷は毅然とした声で言った。その目には強い光が宿っていた。


[155] 題名:僥倖か運命か3 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年07月25日 (日) 00時21分

 第三戦は場所を変えて後楽園球場。既に三原は勢いが自らの手の中にあるのを悟っていた。あとはそれを存分に使うだけだ。
 一回表一死から鈴木武がセンター前ヒット。三原は彼に盗塁のサインを出す。
 鈴木はまず二塁を陥とした。三原はまた盗塁のサインを出す。
 続いて三塁。大毎はこれに浮き足立った。
 二死で何とショート柳田がエラーをしてしまう。そしてそこに金光のヒットが加わる。相手を霍乱しそこに隙を生じさせる。そしてそこに付け込み崩していく。大毎は最早三原の魔術の中にあった。
 四回を終わって五対零。いきなり勝負は着いたかに思われた。
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経・・・・・・」
 永田の口からは法華経の声が響いてくる。記者達はそれを聞いて顔を見合わせた。
「こりゃ駄目かな」
 だがまだ諦めていない者がいた。誰であろう、前の試合でスクイズを命じた西本本人であった。
「まだ試合は終わっとらん!わし等の意地を見せるんじゃ!」
 選手達を前にして言った。後に闘将と呼ばれる男である。彼の気迫に大毎は息を吹き返した。
 まず五回裏に一回にエラーをした柳田がレフトスタンドへツーランホームラン。これが反撃の狼煙であった。
「遂に火が点いたな」
 三原はそれを見て動いた。マウンドに秋山を送る。
 しかし大毎が意地を見せた。六回、バッタボックスに第二戦のあのスクイズでホームでタッチアウトにされた坂本が入った。
 その坂本が打った。そしてその後に榎本が入る。
 後に二千本安打を達成する男である。彼はここで仕事を果たした。坂本に続く。これで三点目が入った。
 勢いは大毎に傾きかけていた。それは西本も感じていた。
 彼は攻撃の手を緩めない。まずは秋山をマウンドから降ろす事を考えた。
 七回、あのスクイズを失敗した谷本が打った。今日の秋山は明らかにミサイル打線に捕まっていた。
「よし」
 三原は再び動いた。こうした時彼の動きは実に素早い。投手交代だ。
「ピッチャー、権藤」
 三原は主審に告げた。アナウンスが球場に響き渡る。
「やっと秋山を引き摺り下ろしたな」
 西本は腕を組んで呟いた。これで勝機が見えたと感じた。
 戦前よりミサイル打線を抑えられる大洋のピッチャーは秋山だけだと言われていた。その秋山を遂にマウンドから降ろすことに成功したのだ。意気上がる大毎ベンチ。
 権藤も優れた左腕である。だが今の波に乗ろうとするミサイル打線を抑えるのは難しい。
 今一つ制球が定まらない。八回に四球で二人のランナーを出してしまう。そこで葛城が打席に入る。
 葛城のバットが一閃した。打球はそのまま右中間を割った。長打コースだ。
 ランナーは二人共生還した。葛城自身は二塁ベース上でガッツポーズを上げる。これで同点だ。
 歓声に包まれる一塁側スタンド。第三戦にしてのようやくのミサイル打線爆発であった。
「よし、あと一点で勝てるぞ!」
 西本は選手達に言った。こうした時彼は選手達に暗示をかけるのが上手い。これが名伯楽と呼ばれた所以でもある。
 そう、あと一点で勝てるのである。大毎は。しかしそれは大洋にとっても同じであった。
 九回になった。まずはワンアウト。打順は一番の近藤昭仁に回ってきた。
 近藤はバットを振り打席に入ろうとする。
「おい」
 その彼を呼ぶ男がいた。
「監督・・・・・・」
 近藤は彼を見て言った。三原が彼を自分の方に呼び寄せたのだ。
「近藤」
 三原は静かに彼の名を呼んだ。そして彼の耳元に顔を近付けた。
「君はリズムに乗っている。思い切って振ってみろ」
 この二人は同郷出身である。場所は高松。だからこそ何か通じるものがあったのかもしれない。
 三原はここで近藤がリズムにに乗っていると言った。だが実はそうでもなかった。第一戦では無安打、第二戦は四打数一安打。この試合も今までノーヒットである。こうして見ると不調と言っていいだろう。
 だが三原は第二戦の唯一のヒットを指してそう言ったのであった。あの試合の七回裏チャンスを繋ぎ鈴木武の決勝打を呼んだヒット。それを指していたのだ。
 近藤はその言葉に乗った。その気になったのだ。そして胸を張りバッターボックスへ向かう。
 大毎のピッチャーは六人目、第一戦で先発した中西である。彼はの武器は何と言ってもその速球だ。
 近藤はその速球に狙いを定めた。そしてそれを待つ。
 二球目にそれは来た。高めに入って来る。
「今だっ!」
 近藤はそれを振り抜いた。ボールは高々と舞い上がった。
「あ・・・・・・」
 ネット裏で観戦していた永田は思わず声をあげた。それまで時折法華経を漏らしていた彼の口が止まった。それは絶望的な声であった。
 ボールはそのままライトスタンドへ向かって行く。そこには大毎ファン達がいる。ボールは彼等の中に落ちた。
 球場は一瞬静まり返った。だがその直後それは大歓声に変わった。
 近藤はダイアモンドをゆっくりと回っていく。大毎ナインも西本もそれを唇を噛み締めて見ている。この試合はそれで決まったようなものであった。
 永田は顔を下へ向けた。そして黙り込んでしまった。そこにはつい三日前の自信に満ちた姿は何処にもなかった。
 第三戦は終わった。大毎は九回の攻撃は何無く抑えられてしまった。
 大毎ナインは力無くベンチを後にする。西本は無言のまま大洋のベンチを見た。御通夜の様な自軍とは違い向こうは勝利に沸き返っている。
「・・・・・・・・・」
 そして彼はベンチを後にした。無言で引き揚げていく。
 永田は顔を上げていた。だがその目はライトスタンドを見ていた。九回に近藤の決勝アーチが飛び込んだ場所だ。
 誰も声をかけられなかった。皆黙っている。
 試合は三戦全て大洋が勝った。そして次の試合に向かおうとしていた。

 第四戦、大洋の先発は島田、大毎は小野であった。第二戦と同じである。この試合でも秋山は先発させていない。
「最後までそう来るか・・・・・・」
 西本は大洋のベンチにいる三原、そして秋山を見て言った。これまでの三試合と同じくここぞという時に投入してくるのだろう。それはもう予定通りであった。
 大毎の先発小野は鬼の形相となっていた。もう負けられない。彼の左腕に全てがかかっていた。
 打線も必死である。何とか点をもぎ取ろうとする。
 しかし試合は双方無得点のまま進む。四回を終わって零対零である。
 だが均衡が破れる時が来た。五回表大毎の攻撃であった。
 まず七番の渡辺清がレフトへヒットを放つ。大毎のレフト山内へのドライブがかかった猛打であった。
 渡辺清。かっては阪急にいた。五五年にルーキーで一三二試合に出場、打撃五位の打率三割三厘をマークした。その年の新人王が榎本であった。彼の打率は二割九分八厘、打撃十位であった。彼にしては面白くなかったであろう。そしてこの六〇年に大洋に移籍して来た。
 このシリーズにぴて彼の起用は一定しなかった。もっともこれは三原の采配の特色であったが。
 第一戦は最後の守備固め。第二戦は三打数一安打。第三戦は代打で登場し四打数一安打。この試合も仮の偵察用メンバーを出した後相手投手が左腕の小野なので七番センターでの出場であった。この男は今日打つ、三原はそう読んでいたのだ。
 そしてそれは当たった。第一打席にはレフト前に打っている。そしてこの打席では二塁打だ。三原は笑みを浮かべた。
 次の打者はキャッチャーの土井である。彼は打撃はお世辞にも良くはない。そして次は投手の島田。何無くツーアウトまで取られる。ここで前の試合に決勝アーチを放った近藤がバッターボックスに入る。
 だが彼はこの試合ノーヒットである。小野は完全に抑えていた。彼は近藤を完全に抑える自信があった。
 カウントは忽ちツーストライクワンボールとなった。小野は近藤を捻じ伏せていた。そして四球目を放つ。
 人には運命というものがある。それは誰にも見えない。そして本人にも筋書きはわからない。それを知るのは神々だけである。しかし優れた眼を持つ者はそれをほんの少しだけ見ることが出来る。そしてそれが出来る人物がここにいた。
 それは誰か、言うまでもなかった。三原である。彼は近藤は打つと確信していた。だからこそ彼に対し前の試合でささやいたのだ。そしてそのささやきは今も生きていた。
 近藤はその四球目を打った。だがそれは詰まっていた。小野の足下に転がっていく。
 小野は口だけで笑った。抑えた、と思った。そして右腕のグラブを差し出した。
 だがそのボールは速かった。小野が思ったよりもそれは速かったのだ。
 打球は二遊間を抜けた。まるで測ったかのように。
 二塁ランナー渡辺は駆けた。彼の脚は速い。忽ちホームを陥れてしまった。
「よし」
 三原は歓声の中戻って来る渡辺を迎えて言った。彼はこの時次の手を考えていた。チラリ、とその手を見る。
「行くぞ」
「はい」
 彼の言葉に声をかけられたその男は一言返した。
 四回裏マウンドには島田がいた。彼はこれまでヒットを浴びながらも何とか抑えていた。
「今日は秋山は出ないのか?」
 観客席で誰かが言った。西本はそれを黙って聞いていた。
「いや、絶対に出て来る」
 彼はそう呟いた。その時三原が動いた。
 アナウンスがピッチャー交代を告げる。そしてその名は。
「ピッチャー、秋山!」
 場内がどよめく。西本の読みは当たったのだ。しかしこの場面で出て来るとは。
「もうこの試合で決着をつけるつもりやな」
 西本はマウンドで投球練習をする秋山を見て言った。そしてベンチに立っている三原も。
 秋山は大毎の並みいる強打者達を危なげなく抑えていく。そしてそのまま試合は進んでいく。
 永田はもう念仏を唱えるばかりである。彼の発言を取材しようとしていた記者達は試合の感想が聞けないことに戸惑いながらもこれはこれで記事になるな、と考えていた。
 しかし西本も大毎ナインも最後まで諦めない。意地を見せねばならなかった。
 七回秋山を攻める。一死二、三塁の絶好の好機である。
「ここで打ってくれ・・・・・・」
 永田の言葉は最早祈りであった。威勢のいい言葉を売りにする彼とは思えないものであった。
 打者は坂本。ここで強打かと思われた。流石に併殺打の可能性は少ない。
 しかし西本はここでもスクイズに出たのだ。だがもうそれは通用しなかった。西本の采配がまずいのではない。坂本の技量が劣っているのではない。もうそれは流れとして、運命として成功しないものだったのだ。
 秋山の速球は坂本の胸元をえぐった。かろうじてバットに当てたがそれは高々と舞い上がった。
「ああ・・・・・・」
 永田はそれを見て溜息をついた。それはファールフライだった。土井がマスクを外し追う。
 打球は土井のミットに収まった。そして二度目のスクイズは失敗に終わった。
「またここでスクイズをしてくるとはな」
 三原は空しくベンチへ引き揚げる坂本を見ながら呟いた。
「だがもう成功する筈が無い。ましてや坂本君ではな」
 坂本は第二戦のスクイズでホームでタッチアウトになったその人だ。その彼がスクイズをしても上手くいく筈もなかったのだ。それは流れであった。運命にも言い換えられよう。
 それで全ては終わった。九回裏遂に大毎の攻撃は終わった。
 歓喜に包まれる大洋ナイン。四連投で無事勝利を収めた秋山は笑顔でナインと握手をしている。
 三原が胴上げされる。二度、三度と高く天に舞う。
 戦いは終わった。結果は四戦全勝、大洋の圧勝であった。
 その全てが一点差、だが圧倒的戦力を誇る大毎を寄せ付けない見事な勝利であった。
 MVPに輝いたのは近藤昭仁、第三、四戦での決勝打がものを言った。シーズン打率二割二分六厘、ホームラン四本の男が獲るとは誰も思わなかった。
 秋山は最優秀投手に選ばれた。MVPではなかったが彼はそれで満足だった。日本一になったのだから。
 しかしそれは負けた者達にとって実に悔しい光景であった。
 大毎ナインは唇を噛んでその一連の光景を見ている。特に西本のそれは険しい。
「三原さんにしてやられたわ・・・・・・」
 彼は言った。そして無言でその場を去った。
 永田は既に決定していた。西本を解任する事を。それは第二戦の後のあの電話のやり取りでほぼ決定していた。
 この戦いで三原の名声は不動のものとなる。そして三原マジックは伝説の妙技として知られることになる。
 西本はこの後阪急、近鉄の監督を務める。このシリーズを合わせると八回のシリーズ出場を果たしたが遂に日本一になることは出来なかった。そして人は彼を『悲運の闘将』と呼んだ。
 永田はこれ以後もワンマンオーナーぶりを発揮する。だがチームは低迷し大映の経営も行き詰まる。そして最後には球団を手放し大映も倒産する。
「愛する皆さん、何時か私を迎えに来て・・・・・・」
 球団経営からの撤退を宣言する場で彼は言った。そして号泣した。哀しい男泣きであった。一代の映画人永田雅一は最後まで野球を、映画を愛していた。そして愛を残して去ったのだ。
 思えばあのスクイズが全てだったのだろう。三原、西本、永田、そして多くの選手達の運命を決定付けたあの場面が。
 あの場面で三原は僥倖と言った。しかしそれは果たして本当に僥倖であったのだろうか。その一言で片付けるにはあまりにも劇的であった。運命的であった。
 だがその真実を知る者はいない。僥倖か、運命か。それを知るのは時を司る女神達だけである。そして彼女達もそれを全て制御出来るわけではないのである。人の力はそれ程大きくなる時もあるのだ。
「こんな場面は西本さんやないと出来んわ」
 昭和五十四年の秋のことであった。雨の大阪球場で誰かが言った。目の前では広島が日本一の胴上げを行なっていた。
 それを黙って見詰める男、西本である。彼はスクイズで再び負けたのだ。
「けれど凄いわ。この場面であんな采配わしには出来ん」
 その人はこう行った。
「思えばあの大毎の時もそうやった。西本さんはこういった場面でも生きる。あの人やないとこうした負けでも生きるということは出来へん」
 言葉を続けた。
「運命っちゅうやつやろうな。西本さんは負ける運命やったんや。けれどな、それでもあの人が素晴らしい監督であり素晴らしいお人であるのは変わらへん」
 近鉄ナインは西本と共にその胴上げを見ている。西本はやはり口をへの字にしている。
「わしは幸せもんや。こんな凄い場面二回も見れたんやからな。こんな筋書き神様でも書けへんで」
 彼はそう言うと席を立った。そして酒屋へと繰り出していった。そしてその側にいる子供に言った。
「ぼん、酒はあかんけれど付き合わんか?わしが西本さんの話たっぷり教えたるで」
 その子供はそれについて行った。彼が顔見知りだから安心していたこともあった。だがそれ以上にあのへの字口の監督の話を聞きたかったのだ。
 それもまた運命であろうか。それとも僥倖であろうか。だが一つだけ言える。この勝負を知ることが出来た人は幸せ者であったと。


僥倖か運命か   完


                                   2004・1・19


[154] 題名:僥倖か運命か2 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年07月25日 (日) 00時15分

 秋山が動いた。投げた。だがそれは山内に投げたのではなかった。二塁にいる柳田に対して投げたのだ。牽制球だった。
 驚いたのは柳田である。だが遅かった。塁に戻れない。彼は挟殺されてしまった。
「な・・・・・・!」
 西本はそれを見て絶句した。彼だけではなかった。大毎ナインもバッターボックスに立つ山内も観客達も絶句した。そしてネット裏にいる永田も。
 土井は二塁ランナー柳田の動きを冷静に見ていた。そのうえで秋山に牽制球のサインを出したのだ。
 チャンスを潰された大毎はこの回無得点。これで流れを掴んだ秋山と土井はミサイル打線を抑え得点を許さない。
 試合は予想外の投手戦となった。秋山の右腕が土井のリードのもと唸ると中西も力投する。試合は六回まで両者無得点であった。
「何をやっとるんじゃ、ミサイル打線はどうしたんだ」
 永田はそう言いたかった。だが言えなかった。目の前の秋山と土井のバッテリーはまるで要塞の如きであった。
 七回裏バッターボックスには大洋の五番金光秀憲が入った。シーズンにおいては麻生実男と共に代打の切り札として活躍した。八十一試合の出場で打率二割五分六厘、ホームランは五本である。まさかこのような大試合で先発出場するとは誰も思わなかった。この起用も皆首を傾げた。オーナーである中部自身も妙な采配だと思った。
 だが三原の奇計にはいつもハッとさせられている。彼は三原に全てを託していた。ここが盛んにチームの事にも口を出す永田と違うところであった。これが良いか悪いかはまた別問題であるが。
 中西はまずストライクを取ろうと考えた。初球はストレートだ。速球が唸り声を挙げて放たれた。
 金光は初球はストライクで来ると思っていた。それもストレート。その通りだった。
 彼は振り抜いた。打球はそのまま上がっていく。そしてスタンドに入った。
「まさか・・・・・・」
 大毎ベンチは沈黙した。打たれた中西もナインもダイアモンドを回る金光を呆然とした顔で見た。
 金光はホームを踏んだ。大洋が一点を先制した。
「まだ一点や」
 西本は言った。だがそれが果てしなく重い一点であるのは彼もわかっていた。
 その後大毎が誇る筈の強力打線は秋山の好投の前に完全に沈黙してしまう。打ち崩す事は容易ではないことはわかっていた。それだけに試合の展開は大毎にとって苦しいものであった。
「やっぱりあの一回か」
 西本はポツリ、と呟いた。試合は結局一対零で大洋が勝利を収めた。
「何の、まだ一敗だ。まあこれ位は負けないと面白くない」
 永田は余裕たっぷりに言った。彼は自分のチームの戦力に全幅の信頼を置いていた。
 しかし全幅の信頼を置くのと過信、いや慢心は異なるものである。彼のそれは明らかに慢心であった。これが後々彼にとって大きな禍根となる。だが神ならぬ身の彼はその事に気付いていなかった。もし気付いていたとしてもそれはどうすることも出来なかったであろう。既に彼も三原の魔術に捉われていたのだから。
 この敗戦に最も危機感を募らせていたのは西本だった。選手達はまだ一敗、とその表情は明るい。だが彼の顔は暗かった。そのへの字の口をさらに厳しくし試合終了後のグラウンドを見据えていた。
「打てんか、秋山は」
 西本は一人呟いた。既に三原はグラウンドを引き揚げている。そしてマスコミ達に囲まれながら試合終了後のコメントを行なっているだろう。おそらく彼等もその魔術に捉われだしているだろう。
 打線の調子が下降線であるのは彼自身がよくわかっていた。それが出た一面は確かにある。打線は水物という。好不調の波は投手陣に比べて比較的大きい。打線のチームにとって最も恐ろしい事は不調の時に絶対的な投手が現われる事だ。そしてそれが今だった。秋山を打ち崩す事は普通にやったのでは困難であろう、そう考えた。
「ここはこれまで通りのやり方やったら負けるな・・・・・・」
 彼は思った。そして次の日の試合に備えその場を後にした。
 
 第二戦がはじまった。大洋の先発は島田源太郎、大毎は若生智男であった。
「今日は大毎が勝つだろうな」
「ああ、そしてミサイル打線がいよいよ爆発するぞ」
 球場に入った観客達はそう言っていた。永田が聞いていたがニンマリと笑っていただろう。
 しかしこの時永田は球場にはいなかった。彼はとある料亭である人物と共に試合をテレビ観戦と洒落込んでいたのだ。
 当時テレビは信じ難い勢いで普及していた。それまでは庶民にとって高嶺の花であった筈のテレビが次々に庶民の手に渡っていったのだ。そして瞬く間にその普及数が五百万台を突破した。
 これは映画業界にとって脅威になる得るものであった。それは永田も薄々感じていたかもしれない。
 だが彼はこの時は試合をテレビで見ていた。そして共に観戦する人物に話を聞かせてもらっていた。
 今この時その場にいた人物の名を聞けば多くの者は恐ろしいものを感じたのではないだろうか。永田も大物であろうが彼は何処か愛敬というか人間臭さがある。しかしもう一人の人物の名を聞けば政治家もギョッとするのではないだろうか。
「何であの人がそこに?」
 我が国の野球の歴史を語る上で欠かせない人物は幾人かいる。三原も西本も、そして永田もそうである。だが同時にこの人物を外しては到底成り立たないであろう。永田がこの時共にいた人物はそれ程の大物であった。
 その人物の名は鶴岡一人。南海ホークスの監督にして球界一の名将と言われる男である。
 広島県呉市に生まれた。広島商業に入り甲子園にも出場した。法政大学では好打堅守の内野手として活躍した。その当時から華のある選手として有名であった。そして鳴り物入りで南海に入団した。そしてルーキーでいきなり本塁打王となった。
 当時は戦争の暗い影が世の中を覆っていた。彼とて例外ではなく戦争に招集された。そこで陸軍将校として名を馳せた。この時から人の上に立つ人物として一目置かれていた。
 戦争が終わりプロ野球が再開されると彼は二十九歳の若さで監督となった。選手兼任である。それから彼の真の手腕が発揮されるようになった。
 時には百万ドルの内野陣、時には四〇〇フィート打線。その時のチームの状況を冷静に見極めそれに合ったチーム作りをする。これはと思った選手を獲得し育てる。そうして南海を常に優勝を争うチームにしていた。事実彼は二リーグ時代だけでも八回の優勝を成し遂げている。
「グラウンドには銭が落ちとる」
 彼はそう言った。彼は誰よりもプロ野球にいる人間としての意識が強かった。
 彼は常に高所高所からプロ野球界全体の事を考えていた。同時に野球を深く愛していた。これが野球のことは何一つ知らず金にあかせて長距離砲ばかり掻き集め選手を全く育てようとしない愚かな人物やその卑しい取り巻き、テレビや雑誌等でそれを無批判に礼賛する愚劣な提灯持ち共との決定的な違いである。彼は常にパリーグ、そして野球界の事を考えていた。そしてそれを見て行動していた。
 そのような人物であるから彼を慕う者は多かった。そして彼はカリスマ性だけでなく絶大な力も持っていた。
 おそらく長い我が国の野球の歴史で帝王学を実践したのは彼だけであろう。その力は裏の世界の人間ですら逆らえない程のものであったという。
 当時は選手の獲得等で不明瞭な金が動いていた。これはそういう時代だったからである。別に彼だけでなく多くの球団も大なり小なり同じであった。とある球団などはいまだに他のチームからそうしたやり方で選手を**(確認後掲載)まがいの方法で強奪したりしているようであるが。
 その戦績は見事である。リーグ優勝は一リーグ時代と合わせると十一回、日本一二回、監督通算一七七三勝、勝率六割九厘は歴代一位である。これだけの将は最早出ないだろうと言われている。
 その鶴岡が今永田と共に試合を観戦している。鶴岡の目はテレビに映し出される試合に釘付けだった。
 永田はその鶴岡を見ていた。ワンマンな彼もこの人物の言葉なら問題無いと思っていた。
 試合が始まった。まずは一回、両者共無得点であった。
 西本は二回途中で動いた。マウンドにエース小野を投入してきた。
「昨日の秋山の時に似ているな」
 鶴岡はボソッと呟いた。
「だが状況が違う。これは吉と出るか凶と出るかわからんな」
 永田はその言葉を耳に残した。そう、この時点では試合はまだ動いていなかった。
 試合が動いたのは六回だった。表の大毎の攻撃で榎本がツーランホームランを放ったのだ。
 この先制点にファンは狂喜した。西本も微笑んで先制アーチを放った榎本を迎える。
 永田はこの時勝利を確信した。これで自慢の打線は爆発する、そして小野も大洋打線を僅か二安打に抑えていた。
 そう思っていた。だが勝利の女神の気紛れさを彼は忘れていた。
 大洋打線は確かに打率は低かった。しかしその集中力は凄まじかった。大毎側はそれを忘れていた。小野もこの程度なら楽に抑えられると油断したのであろうか。
 その裏であった。大洋の数少ない中心打者である近藤和彦と桑田が連打を放つ。これで同点となった。
 永田もファン達も沈黙した。そして七回裏にはシーズン打率僅か二割二分六厘の近藤昭仁と二割一分の鈴木武がこれまた連打を放ち逆転した。これには皆流石に唖然とした。
 この年三原は『超二流』という造語を造っている。
「うちのチームは他のところみたいに一流の選手は少ない。しかし打っても守っても超二流の選手が揃っている。彼等が力を合わせて一流の選手を超えていくん三原の言葉通りその超二流の選手たちが活躍する。第一戦の金光然りこの試合の近藤、鈴木然り。そして大毎を追い詰めていっていた。そして試合はいよいよ天王山を迎えた。
 八回表大毎の攻撃である。先頭の坂本文次郎がまずバント安打で出塁する。次は左の田宮である。三原はここでマウンドに向かう。そして投手を左の権藤に替える。だが四球で歩かせてしまう。
 西本はここで慎重策に出た。前の打席でホームランを放っている榎本にバントをさせた。これで一死二、三塁。次は主砲山内だ。
 三原はここで山内を歩かせた。敬遠策である。これで満塁。三原は遂に切り札を出した。秋山投入だ。
 マウンドにはエース、しかし一死満塁である。状況は大毎圧倒的有利であった。
「遂にミサイル打線爆発か・・・・・・」
 観客達は固唾を飲んだ。それはテレビで観戦する永田も同様である。鶴岡も黙って見ていた。
(下手をすればゲッツーやが)
 鶴岡は内心そう思った。だがあえて言わなかった。風は大毎に大きく傾こうとしていたのを察したからだ。
 三原は黙ってマウンドの秋山を見ていた。ここは全てを彼に託していた。
(ここを凌げれば流れはうちに大きく傾くな)
 しかし場内の雰囲気は違っていた。若しここで秋山が打たれると大毎は波に乗る。
 そうなれば戦力的に圧倒的な優位にある大毎はここぞとばかりに攻勢に出るだろう。西本はそうした攻撃的な野球を持ち味とする男である。そうなればこのシリーズで大洋の勝ちは無い。
 だからこそ秋山を投入したのだ。この場面を凌げる男は彼しかいなかった。
(任せたぞ) 
 彼は心の中で呟いた。そして静かに西本を見た。
 西本は何かサインを出している。それは三原にも、そしてテレビから永田にも見られていた。
 鶴岡は何か聞こえて来るのを耳にした。それは永田のほうから聞こえてくる。
(永田さんは何を呟いとるんや?)
 ふと彼の方へ顔を向けた。すると彼は一心不乱に念仏を唱えていた。
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経・・・・・・」
 彼が篤く信仰する日蓮宗の法華経であった。彼は今や仏にもすがっていたのだ。
(成程な。永田さんにもこの場面の重要性がわかっとるみたいやな)
 彼はそう思うとテレビへ視線を戻した。そして彼には言葉をかけなかった。あえてそっとしたのだ。
 彼は神仏にまですがろうとする永田を窘める気も軽蔑する気にもならなかった。彼もこれまで幾多の修羅場を潜り抜けてきた。野球においても戦場においても。実際に戦場で部下が好きな女性の毛を御守りの中に持って行っているのを見ている。極限の状況において人はどのようなものでもすがりたがるものである。それは彼もよくわかっていた。だから何も言わなかったのだ。
 打席には五番谷本稔が入る。キャッチャーを務めまた強打で知られる。ここは誰もが打って出ると思った。
「・・・・・・・・・」
 だが西本は無言でサインを出した。表情はいつも通りのへの字口である。そこからは何も読み取れない。
(西本君は何か考えているようだな)
 三原はその様子を冷静に見ていた。そして何かある、と悟った。
(外野フライでも一点入る。それだけで流れは大きく変わる。しかし)
 グラウンドを見る。そしてスコアボードを。一死満塁、大毎にとって確かに絶好のチャンスである。
 だがその逆とも言える。もしここでダブルプレーなりでこのチャンスを無駄にしたら。それで全ては終わってしまうだろう。少なくともこの試合の勝利はまず無い。
 一塁ランナーを見る。ランナーは途中から柳田と交代していた坂本だ。ベテランながら俊足で鳴らした男である。そう、彼は脚が速い。
 チラリ、と打席の谷本を見る。何処か顔が強張っている。そして蒼い。
(確かにこの大舞台でこんな場面ではそうもなるだろう)
 その時三原の脳裏で何から閃いた。直感が彼に対し何かを叫んだ。
(待てよ・・・・・・)
 もう一度坂本を見る。見れば彼の顔も緊張している。谷本としきりに目を合わせ妙にそわそわしている。
 西本は腕を組み動かない。まるで腹をくくったように。
 これまでの戦いの場で育った直感、それが三原を知将たらしめているものだった。それが持つ意味を彼は他の誰よりも理解していた。
 戦場ではその直感が生き死にを左右する。野球においては勝敗を。彼は戦場で、そして試合でそれを嫌という程教わった。
 秋山と土井のバッテリーを見る。彼等はそれにはまだ気付いていないようだ。
 二人がこちらを見た。そのとき彼はあるサインを出した。
(スクイズも考えておけ)
 そうサインを出した。だが本当にそれを仕掛けてくるか。それは彼の直感だけがわかっていた。
(これまでこの直感のおかげで生き延びてきたし勝ってきた。ここは信じるしかないな)
 そしてこうした場面で直感よりだ大事なものを。それは運だった。
 三原はこの時一塁側ベンチにいた。これはホーム球場だからである。そしてそこからは三塁ランナーの表情がよく見える。そして右バッターの顔もよく見える。そう、谷本は右打者だった。
(これは僥倖か)
 三原はあえてここで表情を消した。向かい側にいる西本に悟られない為だ。
 ここで彼は大毎はほぼ強攻策で来るだろうと思っていた。スクイズは殆どないと考えていた。
 だがあえてバッテリーにスクイズを警戒するようサインを出した。そうすればいざという時咄嗟に対処が出来る。
 人は頭に入れていたことに対しては対処が素早いが頭に入れていないとそれは難しい。三原はそれも踏まえて二人にサインを出したのだ。
 秋山と土井は頷いた。土井はナインにサインを出す。だがナインは普通にバックホーム用のシフトである。それを見て西本の目が光った。
(ふむ・・・・・・)
 ひょっとするとやるかもな、三原はその目を見てそう思った。だがそれはひょっとすると、だ。確実にくるとは思っていなかった。
 観客達は固唾を呑んでいる。さあいよいよミサイル打線が爆発するか。それとも秋山が抑えるか。どちらにしても目が離せなかった。
 秋山はセットポジションをとった。そして三塁の坂本を見る。
 坂本はそれに一瞬ビクッとしたように見えた。だが彼もプロである。それは悟られないうちに隠した。
 彼は目だけでバッターボックスにいる谷本を見た。谷本もそれに対し目で合図する。
 秋山の腕が捻られた。その右腕が竜巻の様に唸る。
 その時だった。坂本が走った。
(来たか!)
 三原は心の中で叫んだ。もしや、とは思った。だがまさか本当に仕掛けてくるとは。
 谷本はバントの構えを取った。もうウエストは出来ない。ボールはそのまま秋山の手を離れ谷本のバットへ向かう。
 大洋内野陣がダッシュする。しかしそれも間に合いそうもない。
(やったか!)
 西本は作戦が成功したと確信した。彼は頷いた。
(秋山、土井、頼むぞ)
 三原は腕を組んだままそれを見ている。既に秋山はダッシュに入り土井はマスクを外した。
 ボールがバットに当たる。ボールはそのまま地に落ちる。谷本は打球を上手く転がした。
 かに見えた。ところがその打球は奇妙な転がり方をしたのだ。
 普通ならそのまま前へ転がる。この場合は投手の秋山の方に。
 この時打球が前へ転がっていたならば。西本と大毎ナインはそう思っただろう。
 しかし何ということであろうか。打球は戻って来たのだ。打球を追う土井のほうへ。
 土井はそのボールを素早く掴んだ。そして三塁から突入しホーム寸前まで来ていた坂本にタッチしたこれでツーアウト。
(なっ・・・・・・)
 西本は絶句した。その間に土井はボールを振り向きざまに一塁へ投げた。
 アウトだった。一瞬の間のダブルプレーであった。
「なっ・・・・・・」
 観客達はその思いもがけぬ奇襲、そして併殺に絶句した。場内は静まり返った。
「土井め、上手くやったな」
 三原はそれを見て笑みを浮かべた。薄い笑みである。だがそれは勝利を確信した笑みであった。
「な、なななな・・・・・・」
 それを見てガタガタと震える男がいた。テレビの前の永田である。
「あの場面でスクイズはないな」
 その光景は傍らにいる鶴岡も見ていた。彼は一部始終を見てポツリ、と言った。
(そうやな)
 永田はその言葉にふと我に返った。そして次第にテレビに映る西本を険しい目で見るようになった。
(西本君にとってまずいことになったな)
 鶴岡はその永田を見ながら思った。試合だけではない。西本自身にとっても。
 試合はそのスクイズが全てだった。秋山は球界を二三振とサードゴロに抑えた。大洋は本拠地で連勝した。
 これは予想外の展開であった。マスコミは三原の周りを取り囲んだ。
「僥倖、運も試合の重要な要素だ」
 三原は彼等に対し含み笑いを浮かべて言った。これは彼の持論でもあった。
 短期決戦はリズムに乗っているかどうかで大きく違ってくる。運があるかないか。それを見極める事が将としての手腕。そしてその男を縦横無尽に使うのだ。それが三原マジックであった。
(だがあの場面は果たして僥倖かな)
 三原は僥倖と言いながらも内心そう考えていた。
(ああいった場面はそうそうあるものではない。これは運命かも知れないな)
 彼はそう思うとさらに笑った。今度は心の中でだ。
(だとすればこのシリーズ一体どういう運命になるか、楽しみにしておこう)
 彼は川崎球場をチラリと見るとバスに乗った。そして球場を後にした。
 収まりがつかないのは大毎側であった。怒りに震える永田は西本に電話をかけた。
「一体何を考えとるかあっ!」
 第一声はそれであった。いきなり怒鳴り声である。
「うちは打線のチームだ、チャンスにバントなぞしてはミサイル打線の名が泣くぞっ!」
 永田の声は怒りで震えていた。もし面と向かっていたならば殴りかかっていたかもしれない。
 だが西本はそれに対して冷静であった。
「監督は私です。オーナーは采配にあれこれ口を挟むべきではありません」
 そうなのだ。これは野球の不文律である。オーナーは現場の采配には一切口出ししない。まあ中にはチームが不調なのでオーナーのゴマをすってか監督やコーチがミーティングしている途中にズカズカと入り込んで醜く怒鳴り散らし野球の事も知らないくせに采配に口を出し首脳陣が一斉に辞任する異常事態を招いた愚劣な球団代表もいるようだが。そのような輩はまあ例外中の例外であろう。
 しかし永田も負けてはいない。何しろ当世きっての名物オーナーだ。後に拳骨と頑固で知られる西本にも臆しない。
「御前に任せて負けているだろうが!あの満塁の場面でスクイズを命じる監督が何処にいるんだ!」
「ここにおります!」
 西本も言った。彼も意地がある。戦争では高射砲部隊で小隊長をやり戦後はアマチュア球団星野組で一塁手兼任で監督をして優勝させている。ろくに食べ物も無い時代、選手達の食べ物を調達しながら優勝させたのだ。その時彼はまだ三十前後という若さである。
「バカヤローーーッ!」
 その言葉に対して永田は切れた。彼も一代で大映を築いた男である。血気も盛んだ。
「バカヤローーとは何だ!取り消して頂きたい!」
 西本も激昂した。だが永田はそれ以上だった。すぐに電話を叩き切った。
 永田は怒り来るってその場を後にした。そしてこの時点で西本の命運はほぼ決まってしまっていた。
 しかも彼のラッパは止まらない。彼は報道陣に対してこう言った。
「うちは豪快な打線が看板のチームだ。それがコソコソとしていては勝てるわけがない。わしは谷本がバントの格好をした時に負けたと思った」
 弁舌は続く。これには報道陣のほうが驚いた。
「西本は強打して内野ゴロの併殺を恐れたと言うとる。そんな風に考える時点でもう負けているんだ」
 前代未聞であった。シリーズの真っ最中にオーナーが自分のチームの監督の采配を批判するのだ。そんなことは今までなかった。無論その後もない。
「永田さん大丈夫か」
 インタビューの後報道陣の一人が首を傾げながら言った。
「まああのスクイズは確かに驚いたけれどな」
 別の記者が言った。
「それでも西本さんの采配にも一理あるだろ。あそこであの秋山を打てるとは限らないんだし」
「それがな、あの時永田さん球場にいなかっただろ」
 他の記者がそこで口を挟んだ。
「ああ。何処にいたんだ?」
「料亭でテレビ観戦していたらしい。ある人と一緒にな」
「ある人って・・・・・・誰だ?」
「親分さんだ」
 その記者はそう言って西の方を親指で指した。その場にいた記者達はそれであっとした顔になった。親分とは鶴岡の通称である。彼はその風格と実力からそう呼ばれていたのだ。
「あの人が言ったらしい。あそこでスクイズはないだろうって。確かにあの人ならそう采配するだろう」
「しかし天下の大監督とはいえ他所のチームの監督だろ。その人の言う方を信用するというのも・・・・・・」
 だが彼はそれ以上言えない。鶴岡の言う事は絶対的な重みがあるのも事実だ。何しろ関西球界のドンであるから。後に野村克也が南海の監督を急遽解任された時もその存在が噂された程だ。もっともこの件については野村の被害妄想とも言われている。真相は定かではない。だが存在が噂されるだけの力があったのは事実だろう。
「まああのスクイズが正しいかどうかなんて誰にもわからないよ。俺達は神様じゃないんだからな。ただこれだけは言えるな」
「何だ?」
 記者達は次の言葉に耳を傾けた。
「西本さんはこれだ」
 その記者は首を自分の左手でサッと切った。それを見て記者達は真摯な顔で頷いた。ワンマンで知られる永田だ。一度決めたら覆らない。それは皆よく知っていた。
 後永田がこの世を去った時であった。西本はこう言った。
「あの時はお互い若かった」
 それを聞いて冥土へ旅立つ彼はどう思ったであろうか。
 


[153] 題名:僥倖か運命か1 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年07月25日 (日) 00時08分

            僥倖か運命か
 人は時として恐ろしいまでの強運に恵まれる時もある。かって連合艦隊を指揮した東郷平八郎は類稀な強運の持ち主として知られていた。彼が司令官に任じられたのはその将としての資質もそうであったが強運も考慮されたのである。山本五十六も運の無い人物を使いたがらなかったという。いざという時に運に見放されるというのは戦場においては致命的な敗北に繋がるおそれがあるからだ。
 運、それは偶然である。これは人には如何ともし難くどうしようもないものである。人は時としてこれに大きく左右される。運に恵まれている時は何をしても上手くいく。しかし運が無いとその逆だ。落ちていくばかりである。
 それは運命だという人もいる。確かにそうかもしれない。人の一生はほんの数秒先でさえわからないものなのだ。それを知るのは運命の女神達だけである。彼女達の糸の紡ぎ次第でどうにでもなるものだ。それだけ不安定かつわからないものである。
 そうした運命論は非常に大きな主張となる場合がある。それはどんなものにおいてもそうである。戦争においても政治においても。そしてスポーツにおいても。
 スポーツ、そう野球においてもそうである。否、野球程それが大きな意味を持つものもそうないのではなかろうか。あの戦いの時のように。
 昭和三五年、この年の日本シリーズは以外な顔触れであった。
 パリーグは大毎オリオンズ、ミサイル打線で知られる強打のチームである。
 ミサイル打線、その名を憶えておられる年配の方も多いだろう。シュート打ちに名人として知られる山内和弘を筆頭に首位打者榎本喜八、阪神から移籍した田宮謙次郎、葛城隆雄等強打者が揃っていた。そしてエースとして小野正一がいた。そのそうそうたる顔触れを率いる将が西本幸雄。後に阪急、近鉄を優勝させた不世出の名将である。
 これ以上はない強力なチームであった。この時パリーグは野武士集団と言われた西鉄、名将鶴岡一人が率い杉浦、野村といったスター集団を揃えた南海等強力なチームがあったが大毎の力はそれ以上であった。
 打線は開幕早々爆発した。六月に入るとリーグタイ記録の十八連勝、そのうち小野が十五試合に登板して十勝をあげていた。打線は前述のように榎本が首位打者、二位に田宮、三位が山内と上位を独占、そして山内は本塁打王と打点王を獲得していた。小野は三十三勝で最多勝であった。まさに無敵であった。
 しかもそれを派手に宣伝する者がいた。大毎のオーナー永田雅一である。
 彼は大げさな身振り手振りと絶妙かつ威勢のいい言葉、派手好きな性格で知られていた。映画会社大映の社長としても有名であった。『ラッパ』と呼ばれとかく話題の人物であったのだ。
「いやあ、あれ以上はないという程の堂々たる優勝だな」
 彼は満面に笑みを浮かべて言った。
「京都の実家でお袋に会いに行った時こぼしたんじゃ。『わしゃあ何か前世で悪い事しかんかのお。一所懸命やっとるのに野球だけは報われん』とな。甘えてのう」
 彼は政界にも顔が利き映画人としては『羅生門』『忠臣蔵』『日蓮と蒙古襲来』等派手な大作で世界的に知られていた。ちなみに彼は熱心な日蓮宗の信者であり身延山に詣でる事が多かった。日活に若きスター石原裕次郎を取られていたが映画監督として市川コン、増村保造、俳優として勝新太郎、長谷川一夫、市川雷蔵、山本富士子と大物を揃え君臨していた。ワンマンであったが力があった。大映は実質的に彼のものであった。
 だが今まで野球では今一つパッとしなかった。大映スターズは伸び悩んでいた。
 しかし毎日オリオンズと合併し『大毎オリオンズ』になると意気上がった。そして優勝したのだ。
「けどそん時お袋は言うたんや」
 彼は得意気に言った。とにかく何でも話してしまう人物であった。
「『けどあんた、一所懸命に人に尽くすことは続けなあかんで』とな」
 彼は母親の口真似までして言った。これが永田独特の話術であった。時に激しく、時に人の情に訴える。いかなる場面でも人の心を掴む。そうした話術であった。
「それが今報われたのお」
 得意の大弁舌であった。彼は有頂天であった。
 それに対して大毎を率いる西本は表情を暗くしていた。
 彼は就任一年目にしてチームを優勝させた。早速若き名将と謳われるようになった。強力なチームを率い彼の運気は上昇気流に乗っていると思われた。
 だが彼は後にこの時を含めて八回のリーグ優勝を達成した男である。その眼は厳しかった。彼は冷静に自分のチームの状況を見ていた。
 オールスター明けに南海に首位を奪われたことがある。後半自慢の打線も下降線にあった。明らかに前半戦飛ばした疲れがあった。シリーズにまでその疲れが残っている怖れがある。
 そしてオーナーは舞い上がっている。選手達にまで吹聴して回っている。彼等が慢心すると危険であった。油断すればそこを付け込まれる、それは勝負の世界にあっては常識であった。そして相手のチームの将はそうした事が何よりも得意な人物であった。
 対するチームは大洋ホエールズ、将はかって巨人、西鉄を率いていた三原脩である。
 三原脩、球史にその名を残す男である。早稲田大学卒業後暫くは株で飯を食っていたと言われる男でありその智略と勘は恐るべきものであった。
 巨人においては別所を南海からいまだに語り継がれる強引なやり方で強奪に近い形で獲得した。そして優勝させた。西鉄においては自らスカウトまでして集めた戦力を育て上げ黄金時代を築き上げた。その時の水原茂率いる巨人との日本シリーズ三連戦は今でも最高の勝負として知られている。
 このシリーズの最後の戦いで雨を理由に試合を中止させたりオーダーを変更させたりした。これに水原が怒った。この二人は同郷出身であり大学時代からのライバル関係であった。そもそも三原が巨人から西鉄に移ったのは水原との確執もあったのだ。
 そして西鉄から大洋の監督になった。大洋は六年連続最下位。弱小チームであった。誰もが優勝は無いと思っていた。
 しかし智略を以って優勝した。ライバルに胴上げを許した水原はカメラマンを殴ってしまうという暴挙をしでかしてしまった。これが彼の辞任の一つの理由になる。彼はライバルを四度下したのだ。
 その強かさは不気味な程であった。激情家としても知られ荒くれ者揃いの西鉄を完璧に統率し審判室にバットを持って殴り込んだ事もある。西本も熱い男として知られるが彼には三原の持つドス黒さも無かった。三原は裏の世界の大物達ですら逆らえないどころか手足のように使えた男である。そこまで出来る者は彼の他に鶴岡か水原しかいなかった。底知れぬ沼のような男であった。
 西本はその彼の動きを警戒していた。向こうのベンチを見る。三原はただグラウンドを見ているだけである。だが彼には三原がこちらを見て不気味に笑っているように見えた。
(あの人は絶対に何かをやって来る)
 彼はそう思った。否、確信していた。それは何故か。既にやられていたからだ。
 シリーズ前の予想は誰もが大毎の圧倒的有利であった。毎年決まったように何処かの球団の圧倒的な優勝が言われるがこれは戦力の一面しか見ずに述べているか単なる提灯記事である。この程度の輩達が大手を振って偉そうに論調にもならない事を放言して回っているところに我が国の球界の問題があるのだが彼等は一向に気付かない。単に頭が不自由なのか媚を売っているのかはわからない。だが多くはその予想を見事に外している。だが毎年同じ事を繰り返す。もしかすると彼等は自分で考える脳味噌を持っていないのかもしれない。
 だがこの時は違った。戦力的にはどう見ても大毎が大洋を圧倒していた。ここまでの戦力差のあるカードも珍しかった。ミサイル打線が爆発して終わりだと殆どの者が思った。一人を除いて。
 その一人とは誰か。三原脩その人であった。
 三原は動いた。まず戦前の両チームを包む雰囲気を察しそれを逆手に取る事を考えたのだ。
 まず自分の意に合わない解説者を遠ざけた。そして次に西本との試合前の対談を約束した。
 西本はこれに喜び勇んだ。一代の知将の胸を借りて対談出来るのだ。彼は対談が試合前の前哨戦だと考えた。
 しかし三原はそれを直前になってキャンセルした。西本はこれに驚いた。そして屈辱に身体を震わせた。
 これで西本の心に強張りが出来た。彼はいよいよ強く決心したのだ。
「負けてはならぬ」
 本来は圧倒的な戦力を誇っている筈なのに。彼は妙に力んでしまっていた。
 三原はそれを見てほくそ笑んだ。そして西本がこう言ったのを聞いた。
「あの人は何を考えているのかわからない」
 彼はその言葉を聞いて笑った。まずは将の動揺を誘う事に成功したからだ。
 焦る西本。しかし永田は相変わらずであった。
 彼は完全に舞い上がっていた。連日マスコミの前に立ち彼等が言う大毎の優勢に鷹揚に頷いていた。
 オーナー同士の対談が行なわれた。大洋のオーナーは中部謙吉。永田より年上であったが永田は彼をこう呼んだ。
「中部君、中部君」
 と。もう完全に勝ったつもりであった。
 司会は報知新聞の社長が行なった。派手好きの永田にとって司会も記者クラスでは満足出来なかったのだ。
「中部君とこの大洋ホエールズというチームは実に理想的な素晴らしいチームだ」
 彼は言った。褒めているが完全に勝ってつもりでいる。
 彼は大洋の優勝を大阪出張中にラジオで聞いたという。
「全国の港、港の鯨か鮭の船かは知らん。しかしその船という船が汽笛を一斉にボーーーーッ、と鳴らしたんだな。大洋漁業という会社の団結の強さを知って感動したなあ」
 と言った。話はさらに続いた。
「土井捕手の奥さんが『女房役の女房として光栄に思う』という手記を発表していたなあ。わしはそれを読んで泣いた。一人で会社の屋上に上がって泣いたよ。大洋というチームはようまとまっとると感心した」
 最早彼の独壇場であった。ラッパ節全開であった。だがこの時彼は知らなかった。その土井に彼は奈落の底に落ちるきっかけを作られてしまうのだと。
 彼の話はある種の人の良さが出ていた。周りはそれを聞いて苦笑していた。これが彼の人間臭さの表れであった。彼は人の情けも心も知っていたのだ。それを知っているからこそ皆笑っていた。
 しかしそれが裏目に出る事も多いのが世の中である。仮にも一人で会社を動かしていた男である。それがわからぬ筈はなかった。しかし彼は舞い上がるばかりその事を忘れていた。そして試合は始まろうとしていた。
 まずはそれぞれのチームの帽子を被ったオーナー達が花束を手に握手する。双方のチームの選手達が入場する。その先頭には監督がいる。
「・・・・・・・・・」
 西本は三原を見た。だが三原は彼を見ない。戦いは始まろうとしていた。
 まずは始球式。この時の慣習では開催球場がある市の市長に頼むことになっていた。この場合は川崎球場で行なわれるので始球式は川崎市長。だが永田はそこでも派手にやった。
「わしのチームが出るシリーズや。ここは一国の宰相に投げてもらうか」
 この言葉に球界関係者は皆驚いた。そんな事は今まで考えられなかった。またやりやがった、ある球界の大物が顔を顰めたという。話を持ってこられた当時の首相池田隼人も驚いたという。
 だが頼まれて嫌と言えば男が廃る。池田は冷徹な切れ者の印象が強いがそうした事は快く引き受ける親分肌も併せ持っていたのだ。彼は喜んでその頼みを受けた。
 捕手は金刺川崎市長。永田はきちんと相手の大洋、そして川崎の顔を立てたのだ。
 彼はそれを中部と並んでネット裏に座った。彼にとってこの始球式は自分のチームが日本一になる前の幸先良い幕開けであった。彼は知った顔を見つけては声をかけていた。
 
 そして試合が始まった。大毎は速球派中西勝巳、対する大洋はチームの大黒柱である秋山登を送ってくるものと誰もが思った。
 秋山登、その名を球史に残す一代の名投手である。明治大学の頃より名を知られ高校の時からバッテリーを組んできた土井と共に弱小と言われた大洋を支えてきた。竜巻の様な独特のアンダースローから繰り出される速球とシュート、スライダーで知られる男である。この年二十一勝十敗、防御率一・七五という成績であった。両リーグで唯一五〇〇打点を叩き出したミサイル打線を抑えられるのはこの男しかいなかった。
 対する大洋打線はチーム打率二割三分、ホームラン僅か六〇本。長打力があるといえば桑田武しかいない。しかしその彼も十六本、大毎の主砲山内の三十二本の半分だ。このような頼り無い打線でも投げ勝てるのは秋山しかいないのだ。
「これは一体どういう事や・・・・・・」
 永田はマウンドにいる男を見て思わず声を漏らした。
 だが彼以上に驚いているのは西本であった。彼は思わず三塁コーチボックスにいる三原を見た。
「秋山でないんか」
 そこにいたのは左腕鈴木隆。この年五勝十一敗の男である。明らかに秋山とは格が違う。この時大洋には左腕で権藤正利という投手がいた。後に阪神に移籍し江夏豊にも慕われた温厚な人物である。彼は小児麻痺による左半身不随を乗り越えた男でその鋭いドロップで知られていた。
 その彼も出さなかった。西本も大毎ベンチも驚いていた。
 それは当の鈴木も同じである。青い顔をして三原を見る。
 だが三原はそんな彼に対し笑みを返すだけである。こういった時は彼が奇計を用いる時だ。このシーズンはそれにより勝ってきた。だがそれがシリーズでも通用するか。それは全くの未知数である。
 西鉄の時もそうやって巨人に勝ってきた。だがあの時は西鉄という強力なチームであった。今は大洋だ。その戦力は西鉄とは比べ物にならない。僅かなミスがそのまま惨敗に繋がる。
(何かやってくるの)
 西本はそう直感した。そしてベンチにいるナインに対し言った。
「鈴木を引き摺り落とすんや!例え秋山が出て来てもどうしようもないところまで追い込んだれ!」
「オオッス!」 
 選手達は叫んだ。そしてバッターボックスに入っていく。
「もし秋山が出て来ても策はある。それを見せたるわ」
 西本は言った。大洋のベンチを見る。そこにはその秋山が黙って座っていた。
 一回、ミサイル打線は早速鈴木の立ち上がりを攻める。まずは先頭打者の柳田利夫が出塁、田宮がレフト前ヒット。三番榎本は三振。そして四番山内だ。
「早速ミサイル打線爆発か」
 永田はほくそ笑んだ。マウンドの鈴木はまず初球でカウントを取った。ワンストライクノーボール。
(機、熟したり)
 三原は黙ってマウンドへ向かった。西本はそれが何を意味するかわかっていた。
(来るか)
 三原は主審のほうへ歩いていく。そして言った。
「ピッチャー秋山!」
 球場をざわめきが起こった。何とこのいきなりのピンチでエース投入だ。
「三原君も妙な事をするな。ここで秋山を投入するとは」
 永田は笑った。彼は自分のチームが大洋の誇るエースを打ち崩すと確信していた。
「よし、ここが絶好の好機や!」
 西本は言った。そして策を仕掛けてきた。
 マウンドで投練習をする秋山。その独特の竜巻の様な動きでボールを土井めがけ投げる。
 土井はそれを受けながらチラリ、と見た。彼が見たのは主砲山内ではなかった。
 土井は秋山ならば山内を抑えると信じていた。長い間バッテリーを組んできた間柄である。その日の調子は投球練習だけでわかる。今日の秋山の調子ならばいけると思った。
 しかしこの世に完璧なものなどない。秋山もそれは同じである。それは土井が一番よく知っていた。
(だからこそ俺がいる)
 土井は心の中で思った。そしてその心意気は三原も知っていた。
(さて、と。ここでこの試合は決まるな)
 三原はベンチで二人を見ながら心の中で呟いた。向こうのベンチを見れば西本が何やらサインを出している。
(西本君も動くか。だがあの二人に通用するかな)
 三原は西本の視線の先を見た。そこには秋山がいる。そう、秋山だ。彼は土井は見ていなかった。
 三原が名将ならば西本もまた名将である。だがタイプが違う。三原は選手の能力を引き出し奇計を縦横無尽に使う策士である。西本は選手育成からはじめ正攻法で攻める現場型の人間である。それは西本自身がよくわかっていた。彼は短期で勝負を決するタイプではなかったのだろう。三原とは正反対である。それが禍した。
 西本が見破った秋山の弱点、それはその投球フォームにあった。
 身体を思いきり捻る為動作が大きい。その為牽制球が苦手だ。二塁にいる柳田にリードを大きく取らせた。
(隙を見せたら走れ)
 柳田は西本のサインを確認した。リードが大きくなる。
(よし、それでいい)
 西本は柳田が塁を離れたのを見て思った。そうすれば秋山を引っ掻き回せる。そうすれば四番の山内が打ってくれる。秋山の決め球はシュート、しかし山内はそのシュート打ちの名人として知られている。普通の状態なら難しくとも動揺させれば打てる。西本の作戦だった。
 土井がサインを出す。三原はそれを見てほくそ笑む。その笑みは西本の目にも入った。
「!」


[152] 題名:古都の鬼神3 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年07月24日 (土) 23時59分

「喰らえっ!」
 そして投げる。怪人は床に叩き付けられた。
 さらにそこに肘を入れる。それは喉に決まり怪人の息の根を止めた。
 トカゲバイキングも爆■した。スーパー1はその爆風を後ろに受けつつさらに進んだ。
「おのれっ、来るとは思っていたが」
 魔神提督は戦闘員達を引き連れスーパー1がいる方へ向かっていた。
「これ程早く来るとはな」
 彼の索敵能力を甘く見ていた。彼はその迂闊さを呪った。
「ですが今からでも対処は可能です」
 それに対し側にいる戦闘員の一人が言った。
「スーパー1を倒せばいいのですから」
「そうだったな」
 魔神提督はその言葉を聞き微笑んだ。そして落ち着きを取り戻してきた。
「そこか、魔神提督!」
 前からスーパー1の声がした。竜も一緒である。
「おう、貴様を成敗する為に来てやったぞ!」
 彼は剣を抜きそれでスーパー1を指し示しながら言った。
「望むところだ、来いっ!」
 スーパー1も来た。二人は狭い廊下で互いにぶつかり合った。
 スーパー1は銀の拳で立ち向かう。魔神提督はそれに対し剣を振るう。
 一見魔神提督の方が有利であった。しかしスーパー1はその素早い身のこなしと拳法の腕で彼を寄せ付けなかった。
「クッ、やはり手強いのう」
 提督は剣でスーパー1の攻撃をしのぎながら言った。
「魔神提督、ここが貴様の墓場だっ!」
 スーパー1の攻撃は続く。彼は次第に押されてきた。
「だがのう」
 しかし彼はまだ余裕があった。
「あしにも切り札があるのじゃ」
 彼はそう言うと間合いを離し胸に手を当てた。
「行くぞっ!」
 そう叫ぶと全身が光った。鎧の光がさらに強くなった。
「ムッ!?」
 スーパー1はそれを見て思わず声を漏らした。今までとは雰囲気が異なると感じた。
「行くぞ、スーパー1」
 魔神提督は再び剣を構えた。そしてスーパー1に切りかかってきた。
「ウォッ!」
 スーパー1はその剣裁きを見て思わず唸った。先程までとは全く違っていた。
 速かった。それだけではない。力も相当なものであった。
「フフフ」
 魔神提督は笑っていた。まるでその力を楽しんでいるようだ。
「どうじゃ、この剣は」
 そして次々と剣撃を繰り出す。スーパー1はそれに対して防戦一方であった。
「馬鹿な、先程までとは動きが違い過ぎる」
「わしもパワーアップしたのだ。貴様の知らぬうちにな」
 彼は自信に満ちた笑いを浮かべながら言った。
「パワーアップ!?」
「そうじゃ、今それを味あわせて■なせてやるぞ!」
 そう言うと剣を振り下ろした。
 スーパー1は後ろに跳び退きそれをかわそうとする。だが一瞬遅れた。剣が胸を掠めた。
「グッ・・・・・・」
 致命傷ではなかったが傷を受けた。思わず怯む。
「ライダーーッ!」
 竜が救援に向かおうとする。だがそこに魔神提督は左腕を飛ばしてきた。
「うわっ!」
 その腕に掴まれた。竜は壁に押さえ付けられ動けなくなった。
「フフフフフ」
 魔神提督は左腕を再生させた。そして今度はその腕をスーパー1に向けて放った。
「クッ・・・・・・」
 スーパー1も壁に押さえ付けられた。身動きがとれなかった。
「その腕は時限爆弾になっておる」
 魔神提督は動けない二人をせせら笑いながら言った。
「そこで基地と共に滅ぶがいい。貴様等が捜し求めていた基地と共にな」
 そう言うと踵を返した。
「クッ、待て!」
「これで貴様は終わりだ。今更待つ馬鹿が何処にいる」
 彼はそう言うと姿を消した。戦闘員達も後に続く。
「まずい、ライダー、このままでは・・・・・・」
 竜はスーパー1に顔を向けて言った。
「大丈夫です」
 見れば彼はパワーハンドに変えている。そしてそれで自分を押さえ付ける腕を引き剥がした。
「竜さんのも」
 彼を押さえ付ける腕も剥がした。
「行きましょう」
「はい」
 彼はその時スーパー1の五つの腕の力を実感した。そのおかげで助かったのだから。

 基地を脱出した魔神提督はゴンドラ型の船でメナム川を降っていた。
「もう爆発した頃か」
 夜になっていた。黄金色の満月が川に映っている。
「はい」
 同じ船に乗る戦闘員が時計を見て答えた。
「そうか。これでスーパー1も最後だな。バンコクが奴の墓場となったのだ」
 彼はそれを聞き満足したように笑った。
 メナム川は本来の名をチャオプラヤ川という。穀倉地帯であるタイを支える豊かな川だ。この川なくしてタイはないと言っても過言ではない。
「基地は惜しいが仕方ない。ライダー一人と引き換えならば諦めがつく」
 彼は基地のあった方を振り返って言った。
「次の基地の場所を決めなくてはな。何処がいいかだ」
「その心配はない!」
 そこで何者かの声がした。
「その声はっ!?」
 魔神提督は声がした方を見た。
 右の岸である。そこに彼はいた。
 青いマシン、ブルーバージョンに乗っている。彼はその上から魔神提督達を見ていた。
「沖一也、生きておったか」
「何度でも言おう、貴様等がいる限りライダーは不滅だっ!」
 そして彼はマシンの上から変身の構えを取った。

 変・・・・・・
 右腕を上から後ろに持っていく。その平は半ば開き指は獣のように立てている。左腕は腰の下で前にある。手の平は右手と同じ形である。
 右腕を前に出す。左手をされに添える。
 身体が黒いバトルボディに覆われる。胸や手袋、ブーツは銀である。
 ・・・・・・身
 両手を手首のところで付けゆっくりと前に出す。そしてそれを時計回りに百八十度回転させる。
 すると顔の右半分が銀の仮面に覆われる。左半分も。その目は真紅である。
 
 光がマシンを包んだ。そして宇宙を駆るライダーがそこに現われた。
「トォッ!」 
 スーパー1は跳んだ。そして魔神提督の船に跳び乗ってきた。
「クッ、しぶとい奴だ!」
 魔神提督は戦闘員達を差し向ける。怪人もその中にいる。
「アウォーーーーーッ!」 
 デストロンの射撃怪人ウォーターガントドである。怪人はスーパー1に向けて左腕の水中銃を放ってきた。
「フンッ!」
 スーパー1はそれを身を捻ってかわした。そして戦闘員達を蹴散らし川の中に落としながら腕を替えた。
「チェーーーンジ、レーーダーーハァーーーーーンドッ!」
 金色の腕に変わった。スーパー1はその腕を怪人に向けた。
「喰らえっ!」
 そしてその腕からミサイルを放った。
 スーパー1のレーダーハンドに装着されているミサイルは武器にもなるかってこれにより怪人を倒したことがある。今またそれをおこなったのだ。
 ミサイルは怪人の顔を直撃した。急所であった。
「グウオオオッ!」
 ウォーターガントドは叫び声をあげ川の中に落ちた。そしてそのまま水中で爆発した。
「やりおったな」
 魔神提督はその爆発に顔を向けたがスーパー1に顔を戻して言った。
「魔神提督、ここで決着を着けてやる!」
 戦闘員達を全て倒したスーパー1は腕を銀のスーパーハンドに戻して言った。
「フン、墓場が基地から川に変わっただけだ」
 魔神提督はそう言うと腰から剣を引き抜いた。
「今度こそその首落としてくれるっ!」
 剣を構え間合いを詰める。スーパー1も巧みな足裁きをしつつジリジリと間合いを詰める。
 スーパー1が拳を繰り出した。魔神提督はそれをかわした。
「ムンッ!」
 気合と共に剣を横に一閃させる。スーパー1はそれを上に跳びかわした。
「トォッ!」
 魔神提督の上を跳び宙返りする。そして船の縁に着地した。見事な身のこなしである。
「今のをかわすとはな」
「知っている筈だ、ライダーに一度見せた技は通用しないと」
「言うのう、ではこれはどうじゃっ!」
 剣を収め右手首を外す。そしてそこから機銃で掃射をかける。
「ムッ!」
 それは船の縁やスーパー1の周りを撃った。水面を銃弾が走る。
「これだけではないぞ」
 今度は口から牙を出した。そしてそれをスーパー1に投げ付ける。
「ウォッ!」
 それは爆弾であった。スーパー1は危ないところで上に跳び難を逃れた。
「まさかこれ程多彩な攻撃を持っているとは」
 スーパー1は着地して構えを取り直しつつ言った。
「わしが改造人間を正体に持たぬから甘く見ておったか」
 魔神提督はスーパー1に対し不敵な声で言った。
「わしはこの姿しかない。だがのう」
 そしてニヤリ、と笑った。
「この姿が改造人間と同じ力を持っておるのだ」
「クッ・・・・・・」
「わしはこの身体のほぼ全てが機械となっておる。そう、改造人間なのじゃよ」
 彼は心臓と頭脳以外は機械なのである。
「姿形だけで判断は出来ん。それを■んで理解するがいい」
 そう言うと再び機銃を放ってきた。
「■ィ、スーパー1!」
 だがスーパー1はそれをかわした。そして水面へ向かう。
「水中か。ならばこれを受けよ!」
 そして再び牙を取り出す。その時だった。
「ムッ!」
 魔神提督は投げようとしたところで動きを止めた。スーパー1は水中には向かわなかったのである。
 彼は水面にいた。何とその上に立っていたのだ。
「これはどういうことだ・・・・・・」
 魔神提督はそれを見て思わず呆然となった。
「マシンにも乗っておらぬというのに」
「魔神提督、貴様は重大なことを忘れていた」
 水面に立つスーパー1は彼を指差して言った。
「俺は重力を調節することが出来る。だから水面に立つことも可能なのだ」
「クッ、そうであった。五つの腕と赤心少林拳だけではなかったのだったな」
「そしてこれはもう一つ俺に素晴らしい力を与えてくれている。今からそれを見せてやる!」
 彼はそう言うと跳んだ。
 高い何処までも登っていく。まるでスカイライダーのセイリングジャンプのようだ。
「まさか・・・・・・」
 魔神提督は上を見上げて呟いた。
「そのまさかだ!」
 スーパー1は上空で叫んだ。その高さは最早雲を掴まんばかりであった。
「喰らえ・・・・・・」
 そこから急降下する。風を切り凄まじい唸り声が響く。
「スーパーライダァーーーーー」
 空中で型をとる。赤心少林拳の型だ。
「月面宙返りキィーーーーーック!」
 そして蹴りを放つ。それは魔神提督の胸を直撃した。
「グフウゥッ・・・・・・」
 それでも彼は立っていた。だが全身から煙を噴き出していた。かなりのダメージを受けていることは明らかだった。
「恐ろしいまでの威力だ。まさかパワーアップしたわしまで倒すとはな」
「魔神提督、確かに貴様は強かった」
 船に着地したスーパー1は彼に対し言った。
「だが俺が重力を操れることを忘れていた。そしてそれから何を出すのかも」
「確かにな・・・・・・」
 彼は口から煙を出しながら言った。
「わしの負けだな。最早心臓もズタズタにされてしまった」
 見れば左胸が破損している。先程の蹴りで心臓を潰されたらしい。
「最後位は大人しく■んでやろう。生き返ることも出来ぬしな」
 彼はそう言うとスーパー1から間合いを離した。
「筑波洋に伝えておけ。貴様を倒せなかったのが心残りだったとな」
「わかった」
 スーパー1はその申し出を受け入れた。
「ならばよい。ではわしも去るとしよう」
 そして川の中に身を躍らせた。
「偉大なるバダンの首領に栄光あれーーーーーっ!」
 そして彼は川の中に消えた。暫くしてその中で大爆発が起こった。
「ネオショッカーを支えた大幹部の最後か」
 スーパー1はその爆発を船の上から見ていた。やがて水面は落ち着きを取り戻し戦いの幕が降りたことを告げた。

 タイでの戦いは終わった。沖と竜はそれを例の屋台で祝っていた。
「お兄さん達機嫌いいね」
 それを見た兄ちゃんの一人が言った。
「うん、ちょっとね」
 沖はそれに対し笑顔で答えた。
「機嫌いいならどしどし注文してくれよ」
 もう一人が言った。
「わかってるよ、じゃんじゃん持って来てくれよ」
 沖はそれに対してそう言った。待つまでもなく料理が山のように運ばれて来る。
 二人はそれを食べる。ビールも注文する。
「これでこの料理ともお別れだと思うとなあ」
 沖はタイ風カレーを食べながら言った。
「少し残念ですね」
 竜もそれに同意した。彼は魚料理を口にしている。
「まあ心配いらないって。俺達すぐにでっかい店持つからさ」
「そうそう、それを楽しみにしてくれよ」
 店の兄ちゃん達はそんな彼等に対し笑顔でそう言った。
「だったらいいけれどな」
「ついでにモグリの仕事からも足を洗ってくれれば」
 二人は言葉を返した。
「マイペンライ、マイペンライ」
 だがそれに対する彼等の返事はいつもこれである。
「店が立ったら止めるよ。そして店を大きくするんだ」
「何時かでっかいレストランを建ててやるよ」
「期待しているよ」
 二人は微笑んでそう言った。後に本当に大きな店になる。世の中とはわからないものである。

 ■神博士は魔神提督が敗れたという話をスペインで聞いていた。
「そうか」
 彼はその時バルセロナの闘牛場にいた。
「その強さはどうであった」
 彼はスーツに身を包んだサングラスの男に対して問うた。
「かなりのものだったとか。一度はスーパー1を退けたらしいです」
 そのサングラスの男は小声で彼の耳に囁きかけた。
「成程な」
 彼はそれを聞き頷いた。
「とりあえずは成功だったと見てよいな」
「はい」
 サングラスの男はそう答えた。
「フフフ」
 ■神博士はそれを聞くと不敵に笑った。
「どうやら私の腕はまだまだ衰えてはおらぬらしい」
 そう言うと席を立った。
「面白い。気が乗ってきた。すぐに戻るとするか」
「どちらにですか」
「決まっている。研究室だ。すぐに強化に移るぞ」
「ハッ」
 ■神博士はサングラスの男を引き連れ闘牛場をあとにした。
「あの若造共に敗れるわけにはいかぬ。私の力をもってすればどのようなものでも作れる」
 彼はその不敵で自信に満ちた笑みを浮かべたままであった。
「バダンの若き天才達か。どのような者達かは知らぬが私を越えられるかな」
 そして彼はバルセロナから消えた。スペインの空は何処までも晴れ渡り赤い太陽が照らしていたが彼のその笑みは陰惨なものであった。


古都の鬼神   完



                                        2004・5・2


[151] 題名:古都の鬼神2 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年07月24日 (土) 23時56分

 その言葉に沖と竜は顔を見合わせた。
「ではそちらに行くか」
「それでは。料理は美味かったぞ」
「ありがとよ。何かあったらまた来てくれよ」
 こうして彼等は屋台を後にして彼等が言ったその場所に向かった。
 先程も書いたがバンコクは清濁併せ呑む街である。あまり治安の良くない場所もある。二人はそこへ足を踏み入れた。
 そこには怪しげな店が多くあった。ポン引きや薬の密売人が昼からもう道でたむろしている。
「お兄さん、可愛い女の子いるよ」
「コカインどう、コカイン」
 彼等はそう言って二人に声をかける。彼等はそれを適当にあしらいつつその中を進んでいく。
「何かこうした場所は大きな街だと何処にでもありますね」
「人間というのはそうしたものですから」
 竜は答えた。彼の方がやはり世の中をよく知っているようだ。
「さて、と」
 竜は立ち止まって辺りを見回した。
「とりあえずは姿を隠しましょう」
 二人は店で服を買った。そしてそれに着替え現地人の中に紛れ込んだ。そして夜を待った。
 夜になっても人は減らない。それどころか益々増え、怪しげな人物のその数を増やしていた。
「それでも連中の姿は見えませんね」
 現地人の中に紛れた沖は隣にいる竜に対して声をかけた。
「いや、そうでもないか」
 沖はあることに気付いた。
「見ればチラホラいるな」
 彼は屋台や建物の上を見た。すると黒い影が時折見える。
 二人は道から姿を消した。
 戦闘員達は建物の上を走り回っていた。そして何かを探っている。
「いないな」
「ああ、何処にもいない」
 彼等は誰かを探しているようである。
「ここに来たと言われたんだがな」
「偽情報だったか」
 どうやら誰かの指示でここで探っているらしい。
「仕方ない、基地に戻るか」
「ああ、そうしよう」
 そこに何かが飛んできた。
「ムッ!?」
 それは一本のナイフであった。
「残念だったな、基地に戻る必要はない」
 戦闘員達はナイフが飛んで来た方に顔を向けた。そこには竜がいた。
「貴様等が探していたのは私達だろう?」
「クッ、滝竜介か」
 戦闘員達は彼の姿を月夜の下に認めた。
「そうだ、探しているのでこちらから出向いた。覚悟するがいい」
「望むところだ、今ここで貴様だけでも倒してやる」
「そして魔神提督様への手土産にしてやる!」
 戦闘員達はそう言って竜に向かって行った。竜はそれに対してナイフと格闘術で対抗する。彼は流石に強く戦闘員を寄せ付けない。
「クッ、こうなったら」
 数人が倒されたところで戦闘員達は間合いを離した。
「怪人を呼ぶんだ!」
 忽ち二体の怪人が姿を現わした。
「ゾォーーーーリイイィィィーーーーッ」
「コォーーーーウ」
 ゲルショッカーのガス怪人サソリトカゲスとガランダーの分身怪人ゲンゴロウ獣人である。二体の怪人は無気味な叫び声と共に竜のところへやって来た。
「来たな」
 竜は怪人達の姿を認めて呟いた。
「ライダー、出番だ。すぐに来て下さい!」
「了解!」
 竜が呼ぶと共にライダーはその場に姿を現わした。下から跳んで来たのだ。
「行くぞっ、怪人達!」
 銀の仮面と拳が月夜の下に映える。ライダーは身構えると二体の怪人に向かって行った。
 まずはゲンゴロウ獣人が来た。怪人はその槍の様な両腕でスーパー1を突き刺そうとする。
「甘いっ!」
 だがスーパー1にそれは通用しなかった。彼はそれを手の甲で払い胸に蹴りを入れた。
 怪人は後ろに身体をのけぞらせた。その隙にライダーは腕を替えた。
「チェーーーンジ、冷熱ハァーーーーンドッ!」
 そして左手から冷気を発した。昆虫型怪人である彼にとってこれは効果があった。
 ゲンゴロウ獣人は忽ちのうちに凍りついた。そしてそのまま砕け散り爆発した。
 今度はサソリトカゲスが来た。怪人は左手の鋏でライダーの首を断ち切らんとする。
 しかしライダーはそれをかわす。そしてその左脇に回し蹴りを入れた。
「まだだっ!」
 そして更に背中へ回り込んだ。右腕をその背に叩きつける。
「喰らえっ!」 
 そこから炎を発する。それで怪人の背を焼いた。
 これが決め手であった。怪人は炎に焼かれそのまま爆発して消えた。こうしてスーパー1は二体の怪人を倒した。
「フフフフフ、やはりメガール将軍が警戒するだけのことはある」
 ここで何者かの声がした。
「誰だっ!」
 戦いを終えていたスーパー1と竜はその声に対し身構えた。そこには黄金色の鎧に全身を包んだ男が立っていた。
「スーパー1よ、久し振りだな。アメリカ以来か」
「貴様、魔神提督か!」
 スーパー1は彼の姿を見て叫んだ。
「一体何故ここに」
「それを言う必要はない」
 彼はそう言うと剣を抜いた。そしてスーパー1に斬りかかってきた。
「ムッ」
 スーパー1はそれをかわした。そこに二撃目が来る。
 しかし彼はそれもかわした。そして反撃した。
 蹴りを出す。それは魔神提督の腹を打った。
「グッ」
 提督は一瞬怯んだ。だがそれは一瞬だった。すぐに攻撃に移る。
 スーパー1は剣をかわす。そして腕を変えようとする。
「チャーーーンジ、エレキハァーーーンドッ!」
 青い腕に変わった。それを見て魔神提督は間合いを離した。
「出でよ!」
 彼は叫んだ。すると一体の怪人が姿を現わした。
「エーーーーーィッ!」
 それはブラックサタンの電気怪人奇械人電気エイであった。怪人は右腕の鞭を振り回しスーパー1に襲い掛かる。
「ブラックサタンの怪人か」
 彼はブラックサタンの怪人について多少知っていた。ストロンガーから聞いていたのだ。
「ならば好都合だな」
 彼はエレキハンドを見て言った。そしてその腕を怪人に向けた。
「喰らえっ!」
 両腕から電撃を放った。そして怪人をその電撃で撃った。
「フフフフフ」
 魔神提督はそれを見て笑っている。まるで何かを期待するように。
「無駄だ、スーパー1よ」
 彼はスーパー1に対して言った。
「その怪人に電気は通用せぬ」
「どういうことだ!?」
 スーパー1はその言葉に対し顔を向けた。
「その奇械人は普通の奇械人とは違う。そ奴の胸を見るがいい」
「胸!?」
「そうだ」
 見れば胸は何かのゲージになっている。それは急に上へ上がっていく。
「その怪人は電気エネルギーを吸収するのだ。そして自分のパワーにしてしまう」
「何っ!?」
「迂闊だったな。ストロンガーからそれは聞いていなかったのか」
「クッ・・・・・・」
 見れば怪人の力が満ちている。スーパー1は自らの迂闊さに舌打ちした。
 怪人は満ち足りたその力でスーパー1を打たんとする。だがその動きを急に止めた。
「!?」
 そして全身から煙を発する。ガクリ、と片膝を着いた。
 そのまま倒れ込み爆死した。どうやらスーパー1のエネルギーを全て吸収出来なかったようである。
「何と、これ程までの力とは・・・・・・」
 さしもの魔神提督もそれを見て絶句した。
「まさかパワーアップしたエレキハンドがこれ程までの力を持っているとはな」
 スーパー1は自身の両腕を見て呟くように言った。
「魔神提督、今度は貴様の番だ!」
 そして魔神提督に顔を向け指差して叫んだ。
「ウヌヌ・・・・・・」
 彼は呻いた。そして踵を返した。
「待て、逃げるか!」
 スーパー1は追おうとする。だが魔神提督はそこに右腕を飛ばしてきた。
「ムッ!」
 スーパー1はそれを電撃で撃ち落とした。右腕は爆発して消えた。
「スーパー1よ、この勝負はお預けだ」
 魔神提督はその間に何処かへ姿を消していた。
「だが覚えておくがいい。貴様はこのタイで死ぬのだ」
 彼の声だけが闇夜の中に響く。
「その事を決して忘れるでない」
 そして気配を消した。後にはスーパー1と竜だけが残っていた。

「迂闊だったわ、まさかあれ程までの力を持っているとは」
 基地に帰った魔神提督は一人自室で酒を飲みながら呟いていた。
「奇械人電気エイ、あ奴をもってしてもエネルギーを吸収出来ぬとはな」
 彼は何時に無く深刻な顔をしていた。無理もあるまい。
「だがこれで終わりではない」
 そこで彼は顔を上げた。
「まだ手駒はある。幾らでも挽回してやる。幾らでもな」
「そういう楽天的なところは見習うべきかな」
 そこで何者かの声がした。
「今度は誰じゃ!?」
 魔神提督はその声に対して顔を上げた。
「私だ」
 見れば死神博士である。部屋の中に瞬間移動で入って来たのである。
「死神博士か。一体何用じゃ」
「うむ。そなたの様子を見たくてな」
 彼はいつもの無気味な様子で彼に対して言った。
「わしのか。笑いにでも来たのか」
「生憎だが私にそのような趣味はない。少し気になることがあってな」
「気になること!?」
「そうだ、ここには仮面ライダースーパー1が来ているそうだな」
「情報が速いのう。今しがた三体の怪人を倒されてきたところじゃ」
「三体か」
「そうじゃ。まさかあれ程までの力を持っているとはな」
「あの男はヘンリー博士の最高傑作だ。強いのも道理だな」
「ヘンリー博士のことを知っておるのか」
「多少はな。あれ程の男になると」
 彼は頷いて答えた。
「流石と言うべきだろうな。あの五つの腕は私でもそうそう容易には作れぬ」
「敵を褒めている場合か」
 魔神提督は死神博士のその余裕に満ちた態度に対し苛立ちを覚えた。
「そうイライラするな。お主はどうもそういうところが地獄大使に似ておるな」
「わしはそうは思わんがな」
「まあそれはいい。だがお主は今自分がスーパー1に勝てると思うか」
「わからんな」
 彼は顔を横に向けてふてくされた態度で言った。
「正直に言おう。今んままでは難しいと思っているだろう」
「・・・・・・・・・」
 彼は死神博士の問いに答えようとしなかった。図星だったのだ。
「しかしこれを使えばお主はあの男以上の力を手に入れることが出来る」
 死神博士はそう言うと懐から何かを取り出した。
「それは・・・・・・」
 それは一つの小さな機械であった。バッテリーのようである。
「これを身体の中に埋め込むがいい。そうすればお主の力は今までとは格段に違うだろう」
「まことか!?」
「ただし数分だけだがな」
「超電子ダイナモのようなものか」
「うむ。あれからヒントを得た。だが違うのは長時間使用しても問題はないということだ」
「凄いのう」
「その分開発には苦労した。だがそれだけの介はあったと自負している」
 死神博士はその鋭い眼を光らせて言った。
「では有り難く使わせてもらおう。感謝するぞ」
「うむ」
 魔神提督はそれを死神博士から受け取った。
「ところで何故わしにそのようなものをくれるのだ?何か見返りでも要求するのか!?」
「それはない」
 死神博士は静かに答えた。
「ただそれを使ってもらいたいのだ」
「わしを実験にしてか」
 魔神提督は死神博士の顔を見ながら言った。
「そうだ」
 彼は臆面もなく答えた。
「この装置はいずれ大いに役に立つだろう。それをまずテストとして見たいのだ」
「フン、むしがいいのう」
 魔神提督はそれを聞いて言った。
「だが良い」
 しかしその声は不服そうであったが了承したものであった。
「わしは今はスーパー1さえ倒せればそれでいい。これで倒せるのならな」
「そうだろう」
 彼はそれを聞いて頷いた。
「心配する必要はない。それさえあれば仮面ライダースーパー1は必ず倒せる」
「そうであればいいがな」
「私を信じるのだ」
 彼は疑念の言葉に対し鋭い声で答えた。
「私の作ったものに欠けているものなどない」
 彼は自信に満ちた声で言った。
「私の腕を信じるのだ。そうでなければ最初から使わなければよい」
「大した自信だな」
 魔神提督はそれを見て言った。
「では聞こう。私の怪人達より優れた怪人がいるか」
 死神博士の言葉は続いた。
「私の開発した兵器より優れた兵器があるか」
 彼の言葉は自信よりも何か信仰めいたものがあった。
「私は首領よりこの才を認められたのだ。そしてショッカーの大幹部となった」
 彼はそれまでは学会では異端とも言える存在であった。科学や医学だけでなく占星術や錬金術にまで手を出していたのだから無理もないことではあるが。
「その私の作りしものに文句をつけるというのなら構わん」
 彼は右手に持つ鞭で魔神提督を指し示した。
「ならば使うな。それだけだ」
「誰が使わんと言った」
 魔神提督はそれに対して口の端で苦笑いを浮かべて言った。
「有り難く使わせてもらうと言ったのだ。わしとてお主の実力はよく知っているつもりだ」
「ならば良い」
 死神博士はそれを聞いて頷いた。だがその表情はまだ硬いままである。
 何かあったのか、と魔神提督はふと思った。しかしそれは口にも顔にも出さなかった。
「それではこれはどうして使うのだ」
「超電子ダイナモと同じだ。それをお主の身体に埋め込むのだ」
「そうか。それでは早速手術を頼む」
「うむ」
 こうして二人は部屋を後にして手術室に向かった。そして魔神提督は恐るべき力を手に入れた。

「やっぱり昨日のことは話題になっていますね」
 沖は例の屋台で朝食をとりながら現地の新聞を読んでいる。そして麺をすすった後竜に対して言った。
「そりゃ三回も爆発が起これば。しかも夜の街で原因不明のものがですよ」
 竜がそれに答えた。彼も沖と同じ麺を食べている。
「あんた達また何かやったのかい?」
 店の兄ちゃんが麺をさばきながら尋ねてきた。
「いや、そういうわけじゃないけれど」
 沖はそれを誤魔化そうとした。だが根が正直な彼である。すぐにそれがばれた。
「そしたらそんなに新聞を熱心に読むかい?普通新聞といったら興味あるところをちょこちょこと読んであとは食い物を包んだりとかに使うものだろう」
 もう一人が鶏肉に包丁を入れながら言った。
「まあ何をしていたかとかは聞かないけれどな。ほら、おかわりだ」
 麺が飛ぶ。沖はそれを受け止めた。
「有り難う」
 そしてそれを食べる。辛いがそれがまた食欲をそそる。
「あんた達のやってることに首を突っ込んだら冗談抜きにこっちの命がいくらあっても足りなさそうだからな。俺達がこれからレストランで大儲けする為にはそんなやばいことには関わらないことが肝心なんだ」
 鶏をさばいていく。見れば野菜や魚介類と食材はかなり豊富である。
「だったらモグリの仕事も止めた方がいいだろう」
 竜は沖と同じく麺のおかわりを食べながら突っ込みを入れた。
「あっちは命がかかってないからな」
「そうそう、警察も黙認してくれてるし」
「黙認すればいいというものでもないだろうに」
「そうだ、悪いことをしているのだとは思わないのか?」
 二人はいささか日本人特有の善悪の判断で二人を嗜めた。だが二人はそれに対して反論した。
「別にな。人を殺したり傷つけたりするわけじゃないし」
「そうそう、それに俺達はこう見えても家族の面倒はちゃんとみて朝からしっかり働いているぜ」
「お坊さんにも礼儀正しくするようにしてるしな」
 タイ人と日本人では法律に対する考え方が少し異なっている。法についてタイ人はわりかし柔軟に考える。その反面警官が賄賂を要求したりするのは困りものであるが。
「まあそれはいいさ。こうしたことはあちこちであるし」
 沖は彼等に対してこれについて言うことを止めた。
「ご馳走様、美味しかったよ」
 二人はそう言って金を置き席を立った。
「有り難う」
 兄ちゃん二人はそれに対し笑顔で答えた。こうした微笑みが実にいいのがタイ人のいいところだ。
「あの笑顔見るとまた来たくなりますね」
「はい、それに味もいいですし」
 二人はそんな話をしながらその場をあとにした。そしてまたあの場所に向かった。
 
 やはり今は夜のような雰囲気ではない。昼と夜で街は顔を変えるものだがこうした場所は特にそうしたことが顕著である。だが今は趣きが異なる。
「当然といえば当然ですが警官が多いですね」
「はい」
 二人は道を行きながら監察していた。昨日の夜の爆発のせいだ。色々と捜査にあたっている。
 だからといってあまり店の中には入らない。ただ現場で捜査をしているだけだ。
「ただの警官ではないですね」
 見れば軍人も一緒にいる。
「タイ政府も何か掴んでいるのかも」
 彼等はそんなことを考えながら道を進んでいた。だがここには手懸かりはなかった。
「引き払ったかな」
「まさか。そう簡単に諦めるような連中じゃありませんよ」
 沖はここで考えた。そしてあることに気付いた。
「じゃあこれを使いましょう」
 彼は早速一台のバイクを呼び寄せた。
 それはXマシンであった。それを見たバンコクの市民達が好奇心に満ちた目で見る。
「おい、ハーレーかよ」
「また派手なバイクに乗ってる兄ちゃんだな」
「ちょっと見せてくれよ」
 皆わらわらと寄って来る。
「ちょ、ちょっと待って」
 沖は苦笑いをしながら彼等に帰ってもらおうとする。だが彼等は細かいことは気にするな、と言わんばかりである。
「マイペンライ、マイペンライ」
 大体においておおらかなタイ人である。沖があまり強く言わないこともあり彼等はXマシンを興味深げに見ている。
「いいよなあ、俺も何時かこんなのに乗ってみたいな」
「ああ、五〇CCじゃなくてな」
 そんな話をはじめた。だが飽きたのかやがて去って行った。
「参ったなあ、ハーレーじゃないのに」
 沖は彼等が去った後も暫く苦笑したままであった。
「何はともあれ始めますか」
 竜はそれに対して落ち着いたものである。そして沖にXマシンを使うよう促した。
「はい」
 彼はレーダーのスイッチを入れた。Xマシンの特徴は索敵能力の高さにある。
 沖は暫くの間レーダーを見ていた。そしてある地点に反応を見た。
「成程」
 彼は顔を見上げある建物を見た。そこはこの地域によくある平凡なものであった。
「あれです」
 彼はその建物を指差した。二人は早速その建物に向かった。
 建物の中に入る。そこは一見ただの廃屋であった。
 二人はその中を探る。やがて竜が床に何かを見つけた。
「そこですね」
 開けてみる。その下は階段が何処までも続いていた。
 そこを降りていく。やがて鉄の扉の前に来た。
 沖は怪力でそれをこじ開ける。忽ち警報が鳴り響いた。
「まさか!」
 戦闘員達はそれに対し一斉に動き出した。すぐに入口へ向かう。
「いたぞ、スーパー1だ!」
 彼は既に変身していた。そして向かって来る戦闘員達を竜と共に次々と倒していく。
「これ以上はやらせん!」
 やがて怪人が姿を現わした。
「フニャオーーーーーーッ!」
 ゲドンの毒爪怪人黒ネコ獣人である。怪人はその爪でライダーを切り裂かんとする。
 だがスーパー1はそれを蹴りで弾き飛ばした。そして身構えた。赤心少林拳の構えである。
「行くぞっ!」
 そして怯んでいる怪人に向けて突進した。その両手を振るった。
「スーパーライダァーーーー諸手頚動脈打ちっ!」
 それで黒ネコ獣人の首を撃った。首の骨を叩き折られた怪人はそれで倒れ爆発した。
 二人はそのまま進む。向かって来る戦闘員達は倒していく。
 またもや怪人が現われた。ゴッド悪人軍団の一人トカゲバイキングである。
「グルルルルルルルルルッ!」
 怪人は無気味な唸り声を挙げスーパー1に向かって来る。その手には鋭い斧が握られている。
 スーパー1は落ち着いて腕を替えた。銀の腕、スーパーハンドである。
「行くぞっ!」
 そしてその腕を構え立ち向かう。トカゲバイキングはそれに対し斧を振り下ろした。
 斧は唸り声をあげて襲い掛かる。スーパー1は斧ではなくそれを持つ手を打った。
「グエエッ!」
 怪人が呻き声を漏らす。彼は肘を打ったのだ。
 動きが止まったところに掌底を入れる。それは腹に入り怪人は後ろにのけぞった。
「まだだっ!」
 さらに追い打ちをかける。斧を蹴り飛ばしその腕を掴んだ。


[150] 題名:古都の鬼神1 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2004年07月24日 (土) 23時53分

            古都の鬼神
 東南アジアにおいて古い歴史を誇るタイ王国は山田長政の話でもわかるとおり我が国との交流が古い。二次大戦の時にも日本に対しては好意的と言ってもよかった。日本人も彼等の主権を尊重した。その精強さで知られた日本軍も非戦闘員、とりわけ子供達に対しては温厚であった。ただし軍事訓練は恐ろしい程厳格であり押し付けがましく融通が利かないとよく言われた。当時の帝国軍人の悪い癖であった。 
 だが彼等は真面目であった。タイ人達もそれはわかっていた。そして二次大戦が終わった後東南アジアに進出してきた日本の企業もタイに好んでやって来た。タイ人もそれを歓迎してくれた。そしてそれがタイの経済発展へと繋がっていくのである。
 よく『日本の経済侵略』といった全くの的外れな批判が日本の知識人と自称する輩から聞こえてきた。だがこれは完全に筋違いであった。この連中は経済のいろはさえ何一つ理解していなかったのだ。経済はマルクス主義を金科玉条に念仏の様に唱えるだけでは動かない。こうした連中はその程度のことすら理解出来ない知識人であったのだ。今ではそこいらの女子高生ですらわかることだ。だがそれすらも理解出来ないのである。それが戦後の我が国の経済学の実態であった。まことに笑うべきことである。
 こうした輩の正体はどうかというと何のことはない。革命を主張しとある凶悪かつ陰険、悪辣な国家と結託していた。こうした連中こそ悪であると言ってよい。とある料理漫画の原作者なぞは自分は決して謝罪などしないが他人には厳しく言う。その卑しい性根をこそ謝罪すべきではないのではなかろうか。
 テレビのキャスターと称する輩もである。所詮他人の謝罪や責任を強制する人間は自分は決して責任をとったり謝罪なぞしない。そうして世の中に害毒を撒き散らしていく。世の中の悪はバダンだけではない。こうした連中もそうだと言ってよいであろう。
「日本では何かバダンと結託していた市民団体が見つかったそうですね」
「ええ、それは村雨君が壊滅させましたよ」
 タイの首都バンコクを流れるメナム川の船の上で沖一也と滝竜介は話していた。
「バダンはとある過激派を名乗っていて市民団体はそれに気付いていなかったそうですが」
「ちょっと待って下さいよ、市民団体が過激派と結託しようとしていたんですか!?」
 沖は竜の言葉に眉を顰めた。
「そうか、沖さんは日本を離れていたからご存知ないのですね」
 竜はそれに対し表情を暗くさせた。
「日本ではよくあることなんです。市民団体を主導する者や後援者が過激派であるということが」
「とんでもない話ですね」
「ええ。しかしこれは残念なことに本当の話です」
 竜の表情は暗いままである。
「口では平和を唱えながらもその裏では全く別の事を画策する。そうした団体にはチェックが行き届きにくいのが現状です」
「呆れた話ですね」
「ですが最近はそうでもなくなってきていますよ。ネットでそうした団体のチェックが行なわれるようになりましたから」
「公安がですか?」
「いえ、我が国の公安にそんなことは出来ませんよ。一般の人が調べているのです」
「よくそんなことが出来ますね」
「ああした連中の世界は狭いですからね。関係を洗えばすぐに尻尾を掴めるのです」
「そうなのですか」
 実際にとある戦争の後で武装勢力がいる場所に極めて不自然な状況で向かい捕まり株価にして何兆もの損害を出した連中の交際等まで瞬く間に掴まれたことがある。驚くことにこの三人は出発前から奇妙なことが多くありそしてその映像等も不自然なものであった。交際はそうした団体を中心にしたものであった。実に奇妙な一致であると皆噂したものだ。
「今までは彼等に同調するマスコミや自称知識人もいましたがね」
「彼等もその力を失っているということですか」
「そうです。まあいずれはそうなる運命でしたけれどね」
 竜はシニカルな笑いを浮かべて言った。
「悪貨は良貨を駆逐する、と言いますがね。それは一時的なものに過ぎないのです」
 彼は言葉を続けた。
「邪道は邪道、正道には勝てません。悪の組織がそうであるように」
「はい」
 沖はその言葉に対し頷いた。そして二人は船を降り街の中に入って行った。

 魔神提督はバンコクの地下深くに設けた基地の奥深くにいた。
「フフフフフ、どうやら計画は順調に進んでいるな」
 彼は工事現場を自ら視察しながらほくそ笑んでいた。
「これでシンガポールでの失敗は取り戻せるな」
 彼はかって仮面ライダーX3により阻止されたシンガポールでの基地建設について考えていた。
「あれでこの東南アジアでの我々の足掛かりは費えたが今度はそうはいかん」
 顔を引き締めた。
「この基地が完成した暁には東南アジアは我等がものとなる。そしてここからアジア太平洋地域を支配するのだ!」
「ハッ!」
 側に控える手の空いた戦闘員達がその言葉に対し敬礼する。魔神提督はそれを見てさらに機嫌をよくした。
「フフフ、期待しているぞ」
 彼は目を細めた。
「そなた達に全てがかかっているからな。この作戦を成功させれば昇進も思いのままだぞ」
「はい!」
 戦闘員達はその言葉に声を明るくさせた。
「上手くやるがいい。無理をせずにな」
 彼はそう言うとその場をあとにした。そして自室へと戻った。
「こうして下の者の士気も鼓舞しなくてはな。働かなくなっては終いだ」
 彼は黒い木製の椅子に座りそう言った。
「戦闘員あってのものだしな。わしもあの者達の育成には力を注いだものだ」
 彼はネオショッカー時代にアリコマンドの養成機関の長官を務めていたことがある。
「戦闘員も組織に欠かせぬ人材だ。大事にしなくてはな」
「所詮は消耗品だというのにか」
 そこで誰かが部屋に入って来た。
「貴様か」
 魔神提督はその者も姿を認めて椅子に座ったまま彼を見上げた。
「そうだ。こちらの様子が気になり来てみたが」
 それはゼネラルモンスターであった。彼等は共にネオショッカーの大幹部であった。
「進んでいるようだな」
「当たり前だ、わしを誰だと思っている」
 魔神提督は彼の言葉に対し顔を顰めた。
「ふむ、自信はあるようだな」
 ゼネラルモンスターはそんな彼を一瞥して言った。
「伊達にネオショッカーで大幹部をしていたわけではないぞ」
「それは私も同じだ」
 ゼネラルモンスターは言い返した。
「もっともスカイライダーの始末は貴様に邪魔されたがな」
 彼はスカイライダーとの最後の戦いにおいて彼を道連れに自爆しようとしたのだ。だがそこで魔神提督は彼に雷を放ち彼を殺している。
「あの時の借り、何時返してもいいのだぞ」
「あれは介錯をしてやったのだ」
 魔神提督は悪びれることなく言った。
「介錯だと」
「そうだ、貴様もハウスホーファー閣下の下にいたことがあるのなら知っていよう」
 ハウスホーファーとは第二次大戦時にヒトラーのブレーンの一人である。ミュンヘンに生まれ地理学者、及び軍人としてその名を知られた。地政学を唱えたことでも知られている。
 彼の特徴の一つとしてオカルトに深く傾倒していたことである。彼は当時かなりの親日家として知られ日本を訪れたこともある。高野山に登ったこともありそこで我が国の神秘主義にも深い関心を示していたようだ。
 それがどうやらヒトラーとの結び付きになったようである。ヒトラーはオカルトにも造詣が深かった。どの様な難解な書でも読破し一度聞いたことは決して忘れず、そして多くの言語を操るというやはり知性においては傑出していた彼の私生活は極めて質素なものであった。
 まず極端な菜食主義であった。肉も魚も食べずラードも使わなかった。酒も飲まない。とりわけ煙草は嫌った。総統官邸においては誰も煙草を吸うことが出来なかった。
 そして女性関係もなかった。エバ=ブラウンのことは側近の将軍ですら知らなかった。ごく一部の者だけが知ることであった。蓄財にも一切関心がなかった。服装も何もかも極めて質素であった。夜明けまで仕事をし明け方には起きる。そうした生活であった。
 まるで修道僧の様な生活である。彼はその卓越した演説と人をひきつけるカリスマ性で知られていたがそれにはどうやらこうした生活と無縁ではないようだ。彼は生活にあるものを科していたようだ。
 それは宗教性であろうか。ナチスは国家社会主義である。ソ連と同じ全体主義国家でありその体制は自らこそ唯一にして絶対なものとする。宗教も敵の一つである。
 では何を信仰するのか。ナチス党員はよく『私は生涯どの宗教も信じなかった』と言った。彼等は宗教を信じてはいなかったのだ。その替わりがナチスの教義であった。
 これを果たして教義と呼んでいいのだろうか。ソ連のそれと同じく自らを絶対的な正義とし他者は悪と定義し抹殺していく。彼等はユダヤ人や資本家だけを殺すのではない。知識人も貴族も宗教家もポーランド人もロマニーもロシア人も殺した。そしてあらゆるものを消した。二十世紀を支配した狂ったイデオロギー、それは全体主義であった。いまだに人類はその狂った教義に苦しめられている。
 この教義の中心、法皇こそヒトラーであった。彼はこの世のものだけではなく人の心までも完全に支配しようと考えていたのである。これはスターリンも同じであった。やはり彼の私生活も質素で孤独なものであった。
 人の心を司る者は神秘性がなくてはならない、欲を極めた生活を送る者に神秘性など備わらない。彼はそう考え私生活を質素なものにしたと言われている。これは宣伝省であり彼の知恵袋であったゲッペルスの提案もあったというが他にも副総統のヘスの意見もあったらしい。
 このヘスもまた私生活はヒトラーのそれと似て質素であった。やはり菜食主義者であった。彼に影響を与えたのはローゼンベルクという怪しげな男であった。彼はオカルトの専門家であったのだ。
 彼はハウスホーファーとも交遊があったという。その縁でヒトラーとハウスホーファーは知り合ったのだ。そして彼の地政学とオカルトはヒトラーに大きな影響を与える。ソ連との戦いのもとになった東方植民はドイツに昔からある東方十字軍の影響もあるが彼の地政学の影響が大きいことは否定できない。彼はヒトラーのオカルトのブレーンの一人ともなっていたのだ。
 彼は前述した通り日本について深い関心を寄せていた。そしてそれは生涯変わることはなかった。ヒトラー、そしてナチスは極端な人種主義で知られているが彼は日本を忘れたことはなかった。そう、最期まで。
 彼はその生涯を自らで幕を降ろしている。ナチスは敗れ彼も裁判にて処刑されることが確実な身分であったのだ。
 ここで彼は実に奇妙な自殺を遂げている。本来ドイツ軍人はプロイセンの慣習に習い自殺には拳銃を使う。ナチスでは多くはカプセルだ。ヒムラーは自殺を蔑視しており部下の親衛隊員達にそれを禁じていたが彼自身もカプセルで自殺しているのはまことに皮肉なものである。ゲーリングも同じくカプセルで自殺している。なおヒトラーは拳銃を使っている。ハウスホーファーは拳銃もカプセルも使わなかった。
 彼は日本刀で割腹自殺を遂げた。切腹である。何と彼はドイツの流儀にもナチスのそれにも従わず切腹したのだ。そして彼はこの世を去った。それを聞いた連合軍の高官達は皆首を傾げたという。何故日本のもので死んだのか、それは誰にもわからなかった。
 ゼネラルモンスターは彼の下にいたことがある。そして彼の思想に影響を受けてもいた。
「ハウスホーファー閣下か。懐かしいな」
 彼はナチス時代を思い出しながら言った。
「だが今の私にそんなものは関係ない。関係があるのは貴様のあの時の行いだけだ」
 彼はその右目で魔神提督を睨み付けた。
「フン、生き返ってもそのことは忘れんか」
「そうだ、私が生き返るのはこれで三度目だがな」
 彼はネオショッカー時代二度甦っている。スカイライダー、そして他の七人のライダーとの戦いにおいてだ。だがいずれもライダー達の前に敗れている。
「それは貴様とて同じだろう」
 魔神提督は心臓が残っている限り幾度でも甦るのだ。
「確かにな」
 彼はその言葉に対して不敵に笑った。
「一度貴様とは決着をつけたいと考えている」
 ゼネラルモンスターは右手に持つ杖を向けて言った。
「それはわしとて同じこと。わしも一度貴様に殺されているしな」
 この二人の因縁は相当深いものであるらしい。魔神提督も剣に手をかけた。
「だがそれは全てライダー達を倒してからのことだ」
 魔神提督の言葉にゼネラルモンスターも杖を収めた。
「確かにな。あの者達を倒すことが先決だ。特にあの男は」
 そこでスカイライダーの姿が脳裏に浮かんだ。
「ここは矛を収めよう。だが忘れるなよ」
 ゼネラルモンスターは左手の鉤爪を鳴らしながら言った。
「貴様とは必ず決着を着けるということを」
「望むところだ」
 ゼネラルモンスターは姿を消した。魔神提督はそれを嫌悪に満ちた眼差しで見送っていた。

 沖と竜はバダンの捜索を行なっていた。バンコク市内をくまなく探し回る。しかしやはり容易には見つからない。
 このバンコクはタイ王国の首都であり政治、経済の中心地である。何百万もの人口を擁する東南アジアでも有数の大都市である。その街においては多くの人々が雑居している。
 その中には良からぬ者も多い。そうした輩が自らの領域に誰かが入るのを好まないのはどの国でも同じである。彼等が沖と竜に対し牙を剥くのは当然の成り行きであった。だが所詮彼等は普通の人間である。特別な訓練を受けた竜や改造人間である沖に適う筈もなかった。
「つ、強え・・・・・・」
 彼等は道に伏していた。沖と竜はそんな彼等を見下ろしている。
「どうやらただのチンピラみたいですね」
 沖は彼等を見て言った。
「はい、手加減して正解でしたね」
 竜もそれに同意した。
「痛てて、それにしてもあんた達強いなあ」
「全くだよ。一体何処から来たんだよ」
 彼等は起き上がりながら二人に尋ねてきた。
「?日本だが」
 竜が答えた。
「日本人!?じゃあ早く言ってくれよ」
「そうだよ、俺達は別に日本人に恨みがあるわけじゃないし」
「そっちからつっかかって来た癖に」
 沖はその言葉に顔を顰めた。どうやら彼等は何処かの国の人間と勘違いしたらしい。
 彼等はどうやらこのバンコクで屋台をやっているらしい。つでに副業であまり好ましくない仕事もしているという。
「まあそれは聞かないでくれよ」
 彼等が開く屋台でタイ料理を食べながら話をしている。中々美味い。
「この料理だけで充分だと思うけれどな」
 沖はタイ風チャーハンを食べながら言った。
「まあ見たところ良からぬ仕事といってもそんなに顔を顰めるようなものでもないようだな」
 竜は彼等の顔を見て言った。どうせモグリの食品販売とかだろう、彼等のさほど悪くはない人相を見ながらそう思った。
「金が欲しくてね。今はこの屋台だけれどいずれもっと大きくするのが夢なんだ」
 彼は白い歯を見せて笑った。笑顔もいい。
「だったら地道に働けばいいんじゃないか」
 沖はチャーハンを食べ終えて彼に対し言った。
「そうだな。この味があれば問題ないと思うが」
 竜も同じ意見である。
「すぐに大きくしたいんだよ。一攫千金」
「そういう考えだから変な仕事もするんだろ」
「いいんだよ、別に人を殺したり迷惑をかけているわけじゃないんだし」
「だからといって裏の仕事を持つのはどうかと思うぜ」
 沖の性格からしてこういったことは認められないのだ。
「マイペンライ、警官も黙認しているから」
「そういう問題じゃなくてな」
 おおらかな国である。裏といっても警官が文句を言わなければそれでいいのである。
「俺達の夢はこの屋台をでっかいレストランにするのが夢なんだ。その夢の為にこうして頑張っているんだよ」
「せめて変な仕事を止めてから言ってくれ」
 やはり沖はこうしたことが許せないようだ。
「沖さん、まあいいじゃありませんか」
 竜は融通の利かない彼を窘めて言った。まだ彼の方が世の中を知っている。
「じゃあその裏の仕事で聞きたいことがあるんだけれど」
「おっと、そうそう口は割らねえよ」
「そうだそうだ、さっきあんた達にはのされてるしな」
「それはあんた達が悪いんだろうに」
 沖は仕様が無いな、といった顔で彼等を見て言った。
「じゃあこうしよう。ここにあるメニュー全部頼もう。そして今この辺りにいる人達全員におごろう」
「えっ、いいのかい!?」
 屋台の店員達だけではなかった。その場を通り掛かっていたバンコクの老若男女が竜の側に集まってきた。
「ああ、それなら文句はないだろう」
「あんた話がわかるねえ。日本人っていうのは親切だけれどどうもせこいところがあるもんだけれどね」
「せこいのは余計だろ。否定はしないけれど」
 沖の声は渋いままである。だが竜の言葉が決め手となった。沖もこの屋台の料理を堪能し運の良いバンコクの人達にも御馳走した後情報を聞いた。
「最近のあそこで変な噂をよく聞くね」
「ああ、何でも黒い影が夜になるとウロウロしているとか」
「黒い影・・・・・・」




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