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第二掲示板@うらたにんわあるど

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[321] 題名:第四十八話 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2006年03月22日 (水) 01時43分

           新たなる来訪者
「おう、来たで」
 ラ=ギアスにいるロンド=ベルに一人の男がやって来た。
「・・・・・・何であんたがここにいるんだ?」
 マサキはその男の姿を見てそう言った。呆れた顔であった。
「あんた、シュテドニアス軍にいたんじゃなかったのかよ」
「それは昔の話や」
 その男ロドニーはそう答えた。
「シュテドニアスとラングランが講和したのは知っとるな」
「ああ」
「知らない人がいたら教えて欲しいニャ」
「少なくともラ=ギアスでは常識ニャぞ」
「それでや。トロイアもラングランに戻ったな」
 ラングラン東方にある州の一つである。長い間ラングランとシュテドニアスの係争地ともなっている。
「そういやそうだったな」
「そこの出身者は選ばさせられたんや。どっちにつくかってな」
「それでラングランに来たのかよ」
「そういうことやよろしゅう頼むぜ」
「ああ。何かよくわかんねえけどこれから宜しくな」
「わからへんのは余計や」
「で、おっさんだけかよ」
「というと」
「援軍はもう一人来るって聞いたけどよ。それは誰なんだよ」
「それはな」
「あ、あの」
 ここで消え入りそうな少女の声がした。
「!?」
「誰かいるのかニャ?」
「こ、ここです」
「!?」
 マサキ達が辺りを見回しているとそこに青いショートヘアの少女がいた。見ればラングランの軍服を身に纏っている。
「エリス=ラディウス少尉です。宜しくお願いします」
 その少女エリス=ラディウスは赤い顔をしてマサキ達にそう言った。
「あんただったのか」
「は、はい」
 エリスは赤い顔のままそれに答えた。
「こちらに援軍として派遣されました。魔装機のパイロットです」
「ふうん」
「わいも同じや。魔装機ももらって来たで」
「何に乗ってるんだよ」
「ラストールや」
「フ、フェンターです」
 二人はそれぞれ答えた。
「ふうん、フェンターなのか」
「は、はい」
「何か今一つ似合わねえ気もするけどいっか。まあ頑張ってくれよ」
「あ、有り難うございます」
「わいにはなしかい」
「あんたは言わなくてもわかるからよ。まあ宜しくな」
「ああ」
 こうしてロドニーとエリスが仲間に入った。ロンド=ベルは新たな仲間が入ったがそれでも場所は移動しなかった。相変わらずシュメルの家の周りで警戒活動にあたっていた。
「何か変わり映えしないな」
 ブリットがその現状を鑑みてポツリと呟く。
「どうせまた来るのだろうけれど」
「あのゼツって人よね」
「他に誰がいるんだよ」
 声をかけてきたクスハにそう返す。
「ああしたタイプは何処にでもいるんだな。何か本当にそう思うよ」
「そうね」
 クスハはそれに頷いた。
「地上でもそうだったし。バイストンウェルでも」
「ショットは少し違うタイプだったけれどな。何かドクターヘルに近いと思う」
「あの人をもっとおかしくした感じかしら」
「そんなところかな。しかしまた厄介なのがいてくれるさ」
「だからここに召喚されたのよ」
「そうだったな。シラカワ博士に」
「あの人も何を考えているかよくわからないところがあるけれど」
「けれどもう俺達に何かをしようと考えているわけではないみたいだな」
「ええ」
 それはクスハにもわかっていた。
「それはわかるわ。けれど何か引っ掛からない?」
「そうだな」
 ブリットは彼女の言葉に頷いた。
「今までが今までだ。何かあると思っておいた方がいい」
「ええ」
「少なくとも知っていることは全部話してはいないと思う。ここのことも」
「何かあるのね」
「その何かが何なのかまではまだわからないけれどな」
「そうね」
「用心しておこう。もしもの時に」
「ええ。頼むわね、龍虎王」
 二人の側に並んで立っている二機の半生体兵器がそれに応えるかのようにその目を光らせた。そして二人はそれを見てまた話を続けていた。

 ここ数日戦いらしい戦いはなかった。ザッシュ達はその間にシュメルと色々と話をしていた。剣の手ほどきまで受ける者もいた。
「ふむ」
 シュメルはザッシュの剣捌きを見て一言漏らした。
「中々いい筋をしていますな」
「有り難うございます」
 ザッシュはそれを受けてシュメルに顔を向けてそう応えた。
「しかしまだ若い。確か魔装機に乗っておられましたな」
「はい」
「では一つ技を伝授しましょう。宜しいでしょうか」
「技をですか」
「はい。冥皇活殺法といいましてな」
「冥皇活殺法」
「私の編み出した剣技の一つです。それで宜しいでしょうか」
「ええ、是非」
 ザッシュはそれに頷いた。
「教えて頂けるのなら。お願いします」
「わかりました。それでは」
 こうしてザッシュはシュメルに直々に技を伝授してもらっていた。そしてそれとは別に技を身に着けている者もいた。
「駄目だ駄目だ!」
 ゲンナジーがプレシアに対して叫んでいた。
「この程度ではまだ完成したとは言えない!もう一回だ!」
「ふえええええ」
 プレシアはそれを受けて泣きそうな声を出した。
「厳しいなあ、ゲンナジーさんって」
「厳しくて結構!」
 彼はまた叫んだ。
「これも技を極める為だ。さあもう一回!」
「わかりました」
 こうしてプレシアも修業を受けていた。見ればそれをマサキ達が見守っている。
「へえ、ゲンナジーも意外だね」
「そうか?」
 ヤンロンはリューネの言葉に顔を向けてきた。
「彼はああした一面もあるが。仮にも元水泳のオリンピック金メダリストだぞ」
「そういえばそうだったね」
「何か水泳より柔道か何かみたいな感じはするけどな」
「柔道は好きではないと聞いた」
 ヤンロンはマサキにも言った。
「格闘技は性に合わないらしい」
「あの体格と腕力で」
「ゲンちゃんって意外と優しくて繊細なのよ」
「まさか」
 リューネはミオの言葉に顔を顰めさせた。
「あれで」
「実はね、絶対に人を殺せないし」
「そうだったんだ」
「よく見ていればわかるよ。敵でも絶対に急所を外して逃げられるようにしてるしプレシアにも怒るだけで殴ったりなんかしてないし」
「そういえば」
 見ればその通りであった。ゲンナジーはプレシアを怒ってはいても決して手をあげたりはしていなかった。
「もう一回!」
「はい!」
 見ればプレシアも乗ってきていた。すっかり懐かしのスポ根漫画の世界であった。
「まだだ!」
「何の!」
「そんなゲンちゃんだから。格闘技は好きじゃないのよ」
「何かねえ、本当に意外だね」
「しかし御前よくそんなのわかるな」
「当然よ」
 ミオは胸を張ってマサキにそう答えた。
「私はゲンちゃんの相方なんだから。知っていて当然でしょ」
「・・・・・・何時から相方になったのだ?」
「最初にここに来た時に」
「そうだったのか」
 ヤンロンはそれを聞いて首を傾げさせた。
「僕ははじめて知ったが」
「誰にも知られないうちに進むのがザムジード」
「ちょっと違うんじゃねえのか?」
「まあ小さなことは気にしない気にしない」
「そんなモンかよ」
 彼等が話をしている間にもプレシアは修業を続けていた。そしてこの日は終わった。
「はああ」
 グランガランに帰るとプレシアは疲れたように大きく息を吐き出した。
「やっと終わったあ」
「お疲れさん」
 そんな彼女をリューネが出迎えた。
「もう夕食はできてるよ」
「そうなの?」
「私が作ったのよ」
「マーベルさん」
 見ればマーベルがそこにいた。
「西部の料理をね。作ったから」
「といってもステーキとマッシュポテト、茹で豆だけれどな。まあ西部だとこんなものだろな」
「トッド、不満かしら」
「別に」
 彼はいささかシニカルな笑みで彼女に応えた。
「西部のイモ料理も案外嫌いじゃないからな」
「少なくとも私は東部のダイエットメニューは好みじゃないから」
「ヘッ、言ってくれるねえ」
 トッドはそれを聞いてまたシニカルに笑った。
「そういうあんたも結構ワイルドなの食べるじゃない」
「おっ、言ってくれるな」
 トッドはベッキーに顔を向けた。
「空軍ってのは体力使うんでな。食わなきゃやっていけないんだよ」
「パイロットは特にそうらしいね」
「よくわかってんじゃねえか」
「あたしの何人か前の彼氏がそうだったからね。陸軍のヘリパイロットだったんだ」
「陸軍か」
 しかしトッドは陸軍と聞いてその顔を暗くさせた。
「まああそこはな。身体だけだからな」
「あれ、あんた陸軍は嫌いなのかい?」
「確かアメリカ空軍は陸軍から生まれたのではなかったのか?」
「よく知ってるな、ヤンロンの旦那」
「勿論だ。アメリカ空軍は第二次世界大戦の頃はまだなかった」
「へえ、そうだったんだ」
 リューネがそれを聞いて思わず声をあげた。
「てっきりその前からあると思ってたけれど」
「それまではアメリカ陸軍航空隊だった。空軍ができたのは朝鮮戦争前だ」
「その通りさ」
 トッドはそれに頷いた。
「俺達はアメリカ軍じゃ新参者だったのさ。陸軍から出たがそれで結構あっちからは言われてたな」
「何て?」
「陸軍の旦那達が穴や密林の中で必に野宿してる時に俺達は優雅に隊舎のベッドで寝てるってな。わざわざ教本にまで書いていてくれたな」
「そうだったんだ」
「何か俺の国のかっての陸軍と海軍みたいだな」
「程度の差こそあるけどな」
 ショウに対してもそう言った。
「どの国でも軍はそれぞれ仲が悪いものさ。何処も同じだよ」
「自衛隊はそうでもなかったけれどな」
 タダナオはそれを聞いて呟いた。彼はもう分厚いステーキを口にしていた。
「御前さんとこはまた別だ」
 トッドはそれに対してこう言った。
「別!?」
「自衛隊か?まあ日本軍だな」
「ああ」
「士官学校は三軍同じだろ?最初に同じ釜で焼いたパンを食ってると違うものさ」
「パンじゃないけどな」
「それはいいさ。けどそこにあるんだよ」
「そういうものか」
「おまけに自衛隊はそれぞれで結構付き合いがあるだろ?うちはあまりそうしたのがなかったんだよ」
「へえ」
「じゃあピートのことも知らなかったんだな」
「ああ」
 ニーの問いに頷いた。
「全然な。同じパイロットでもな」
「そういうものか」
「そうだな。海兵隊は俺達にとっちゃ別世界だった」
「どんなのだと思っていたんだ?」
「それはな」
 ショウの言葉を聞いてまずは辺りを見回した。
「ピートの奴はいねえな」
「大空魔竜にいるみたいよ」
 キーンが言った。
「じゃあいい。あそこは怪物だ」
「怪物」
「俺達は結構陸軍の連中に馬鹿にされててな。ベッドのこと以外にも机で勉強だけしてりゃいいってな」
「ああ」
「やっぱり陸軍は身体使うんだよ。ところがその陸軍でも奴等にかかれば」
「お嬢さんなのだな」
「よく知ってるな」
「アメリカ海兵隊のことは聞いている」
 ヤンロンはまた言った。
「信じられない程激しい訓練を受けていたのだったな」
「それこそぬようなな。ヤンロンの旦那の言う通りさ」
 彼はまた言った。
「あんなとこまともな奴じゃやってられないぜ。罵声もうちとは比べ物にならねえしな」
「あら、聖戦士でも怖いものがあったの」
「皮肉か、マーベル」
「まさか。私のパパはテキサスよ。そんなのが好きだったわ」
 そう言いながらトッドにステーキとマッシュポテトを渡す。
「はい」
「お、悪いな」
 トッドはそれを受け取るとまずはマッシュポテトを食べた。それからステーキを口にする。
「案外美味いな」
「どうかしら、そのテキサスの味は」
「いいんじゃねえのか。たまにはこんなのもいいな」
「海兵隊風の味付けよ」
「何っ!?」
「近所にね、いたのよ。硫黄島の戦いに参加していたお爺さんが」
「あのとんでもねえ戦いにか」
 アメリカ海兵隊にとって最悪の戦いと言われているのが硫黄島の戦いである。制空権、制海権を完全に掌握し、完璧な包囲下に置き、空爆と艦砲射撃を執拗に行ったうえで攻撃を開始するのがアメリカ軍の戦術である。第二次世界大戦の末期に行われたこの日本の孤島での戦いはそれでも苦戦したことで知られている。
 攻略は海兵隊が受け持った。その圧倒的な戦力をバックに攻撃を開始した。誰もが簡単に勝てると思った。しかしそうはいかなかったのだ。
 日本軍の指揮官は栗林中将をはじめとしてそこにいた日本軍の将兵はそれでも戦った。事前に地下に複雑な基地を設け、そこを拠点として戦ったのだ。一ヶ月にも渡る戦いを経て日本軍は玉砕したがこの孤島を攻略するのに海兵隊は二万を超える犠牲を支払わなければならなかった。これは日本軍の損害よりも大きかった。
「よくもまあ生きてたな」
「その人に教えてもらったソースを使ったのよ」
「へえ」
「どうかしら、その味は」
「まあ悪くはねえな」
 彼はまた言った。
「濃くてな。それに甘いな」
「疲れがとれやすいようにね」
「やっぱり海兵隊は違うな」
「惚れたかしら」
「その爺さんにか?」
「いえ、海兵隊によ」
「それは勘弁してくれ」
 トッドは笑いながらそう言った。
「俺は空の空気が一番合ってるさ」
 そんな話をしながら彼等は夕食を採っていた。その時大空魔竜ではレイはグランガランにあるようなステーキを食べたりしてはいなかった。皆はヤマガタケが作ったちゃんこに舌鼓を打っていたが彼女は自分で作った野菜だけのちゃんこを食べていたのだ。
「美味しい?」
「はい」
 彼女はミドリの言葉に頷いた。
「うどんやお餅も入れていますから」
「そうなの」
「他にはきりたんぽも入れようかと思いましたけれど」
「また面白いものを入れようとしたわね」
「知ってますか?」
「日本の秋田の食べ物でしょ。知ってるわ」
「そうだったのですか」
「あれもね。美味しいわね」
「はい」
 レイは頷いた。
「あれ、好きです」
「私もよ。お米だし食べ易いしね」
「そうですね」
「あら、こっちはこっちで盛り上がってるわね」
 そこにレインがやって来た。
「おうどんなのね。私も呼ばれていいかしら」
「はい」
「どうぞ」
 二人は場所を開けてレインをそこに招き寄せた。
「有り難う」
 レインはそれに礼を言って入った。そして正座をして席に着いた。
「あっちはね。もう何が何だか」
 ヤマガタケ達の方を指差して苦笑した。
「修羅場になっちゃって。皆凄く食べるし」
「特にヤマガタケ君がですね」
「わかってるわね」
「はい。最初から凄かったですから、彼は」
「そうなの」
「力士ですからね。やっぱり食べるのが仕事ですから」
「ドモンは食べ物がない時は平気ね、そういえば」
「そうなんですか」
「何食べても生きていられるし。本当に丈夫よ」
「そうでしょうね」
 それは何となくわかった。そうでなくてはドモンではないからだ。
「あの人は」
「流石に石とかは食べないけれど」
「うふふ」
「一週間位水だけで生きてたこともあるし。本当に凄いんだから」
「そこまでいくと人間離れしてますよ」
「だからガンダムファイターなんでしょうね」
「納得」
「レインさん」
 ここでレイが口を開いた。
「何かしら」
「おうどん、美味しいですか?」
 そしてこう尋ねてきた。
「ええ、とても」
 レインはにこやかに頷いてそれに答えた。
「私おうどん大好きなのよ」
「そうですか」
「そうよ。けれどそれがどうかしたの?」
「こういう場合嬉しいって言ったらいいんでしょうか」
「!?」
「御免なさい。私まだよくわからなくて」
「そうね。そうだと思うわ」
 だがレインはそれに戸惑うことなく言った。
「感情はね。湧き出るままに言った方がいいわよ」
「はい」
「中には湧き出すぎちゃってる人も多いけれど」
「ああ、そりゃ忍のことだな」
 甲児がそれを聞いてうんうんと頷いた。
「あいつにも困ったもんだぜ、全くよお」
「そうだわさ。あいつの無鉄砲さには俺達はいつも参ってるだわさ」
「・・・・・・二人共鏡って知ってる!?」
 アスカがそれを聞いて呆れた声を出した。
「そりゃどういう意味だ」
「そのままよ。あんた達もそーーーでしょーーーーが。盗人猛々しいとはこのことよ」
「何っ、盗人!?」
「言うにことかいてあんまりだわさ!」
「あんまりじゃないわよ!二人共好き勝手ばかり言って!少しは他人の迷惑考えなさいよ!」
「おめえにだけは言われなくねえよ!」
「そもそも鏡は御前こそ見るだわさ」
「そんなの見なくてもわかるわ」
 負けてはいない。胸を張ってこう返す。
「何!?」
「あたしみたいな完全無欠の美少女に鏡なんて必要ないのよ!」
「・・・・・・アスカ、それ暴走し過ぎ」
「話もずれとるで」
「そんなことはどうでもいいわよ!とにかくあたしはこの二人のあんまりさに対して言ってるのよ!」
「そういうおめえこそあんまりだろうが!」
「そうだわさ!おかめ甚だしいだわさ!」
「何か無理があるわねえ」
 ミサトがそれを聞いて首を傾げた。
「そう思わない、マヤちゃん」
「どうして私なんですか?」
「いや、貴女イズミちゃんと仲いいから。わかるかなあ、って思って」
「・・・・・・確かに何か似たものは感じますけれど」
 マヤはいささか不本意ながらもそれに頷くしかなかった。
「けど私あそこまで強引なネタは飛ばしませんよ」
「そうだけれどね。ただ、時々似てない?」
「そう言われると声が」
「まあ声はなしにしましょう」
 美久が注意した。
「私も人のこと言えませんし。ねえデュオ君」
「僕はマサトだよ、美久」
「あっ、御免なさい」
「わざとやっていないかい?」
 そんなやりとりをしながら食事の時間を過ごした。そうこうしている間に朝になりロンド=ベルはまたシュメルの家の周りに布陣した。するとそこに何者かが姿を現わした。
「この気は」
 ゼンガーはすぐに何かを感じた。
「来たか」
「どうしたのだ、ゼンガー少佐」
 そんなゼンガーに大文字が問うてきた。
「まさか敵が」
「はい」
 ゼンガーは彼の言葉に頷いた。
「北東に敵です。その数七百」
「七百!?」
「ゼツの野郎、どっからそんな数を」
「残念だがあの男ではない」
 ゼンガーは仲間達にそう述べた。
「すると」
「別の者だ。この気配は」
「邪魔大王国か!」
「そうだ」
 叫ぶ宙に対して言った。
「あの者達だ。このラ=ギアスにも来たようだな」
「チッ、一体どうやってこんなところにまで来やがったんだ」
「多分地下を掘り進んだのよ」
 美和は宙に対してそう言った。
「しかしこのラ=ギアスは」
「別の次元を使ってです」
 美和は疑問の声を呈しようとしてモニカに対しても言った。
「彼等の技術は我々のそれとはまた違います。おそらくシュウ=シラカワ博士の使った召還を別の方法で行ったのだと思われます」
「そうだったのか」
「だがどっちにしても鬱陶しい奴等が来やがったのは事実だぜ」
「宙の言う通りだ」
 ゼンガーは彼のの言葉に頷いた。
「敵が来たならば討つ。それが邪魔大王国であってもな」
「しかし今我々は」
 ピートはそれに対して異論を述べた。
「あのゼツに専念すべきじゃないのか。あの男はあまりにも危険だ」
「だが敵がここに来たらどうするのだ?」
「そんなことは言うまでもない」
 ピートはゼンガーの問いに迷わずそう答えた。
「叩き潰す。それだけだ」
「では今回もそうだな」
「成程、そういうことか」
「そうだ。では覚悟はいいな」
「ああ。皆もそれでいいか」
「勿論さ」
 万丈がそれに明るく応えた。
「ギャリソン、昼食までには戻るからね」
「畏まりました、万丈様」
 ギャリソンは大空魔竜の艦橋でそれに応えた。
「昼食はラ=ギアスの牛のティーボーンステーキで如何でしょうか」
「悪くないね、じゃあ任せるよ」
「はい」
 万丈は賛成であった。そして他の者も大体同じであった。
「まあ来るのならやってやるさ」
 マサキはゼンガーにそう言葉を送った。
「それでいいんだろ」
「その通り」
「それじゃあいつも通り派手にやるか。宙、あまり焦るんじゃねえぞ」
「俺は焦ったりはしないさ」
 宙は自信に満ちた顔でそう言った。
「この鋼鉄ジーグはあいつ等を倒す為にいるんだからな」
 そう言うと跳んだ。そして宙で拳を撃ち合わせた。
「ビルトアップ!」
 鋼鉄ジーグに変身した。そして敵を見据える。
「ミッチー、行くぞ!」
「ええ、宙さん」
「あっ、待て宙!」
「俺達と小隊を組んでいることを忘れるな!」
「そうだ。御前達だけを行かせはしないぜ!」
 そこに彼等と小隊を組んでいるゲッターチームが加わった。そしてブラックゲッターも。
「おいら達もいるぜ!」
「HAHAHA、ミーがいれば千人力ね!」
「兄さん、ケタが違うわよ」
 彼等につられるままに戦いに入った。邪魔大王国はまずはハニワ幻人達を前に出して来た。しかしそれにまずゴラオンが砲撃を加えた。
「エイブ、あれを使います」
「わかりました、エレ様」
 エイブはエレのその言葉に頷いた。
「オーラノヴァ砲発射用意」
「目標前方の敵主力」
 エイブがエレの言葉を補佐する。
「撃て」
「撃て!」
 エイブはエレの言葉を復唱した。そしてゴラオンの前方から巨大な一条の光が放たれた。そしてそれが邪魔大王国の軍を打ち据えた。
 それだけでかなりの数のハニワ幻人達が消え去った。だがそれで終わりではなかった。今度はグランガランが動いていたのであった。
「シーラ様、オーラキャノン砲の発射準備が整いました」
「わかりました」
 シーラはカワッセのその言葉に頷いた。
「それでは前方に発射」
「わかりました」
 グランガランから巨大な火球が放たれた。そしてそれがまたハニワ幻人達を直撃した。またもや大きな穴が開いた。
「今だ!」
「斬り込め!」
 そこにオーラバトラーやブレンパワードを先頭にして突撃が行われる。そして邪魔大王国の軍を切り裂いていく。ゼンガーはその中で一人の敵を探していた。
「何処だ」
 彼は言った。
「ククルよ、何処にいる。早く姿を現わすのだ」
「貴様に言われなくとも」
 それに応えるかのように冷たい声が聴こえてきた。
「わらわはここにいる。安心せよ」
「いたか」
 顔を向けたそこにはマガルガがいた。そして彼女も。ククルはゼンガーを見据えたまま冷たい言葉を発し続けていた。
「わざわざ貴様の首を取りにここまで来たのだ」
「ほう」
 だがゼンガーはそれを聞いても顔色を一向に変えない。
「感謝するがいい」
「俺は敵に感謝なぞしたりはしない」
「何!?」
「俺は見事な敵に対しては敬意を払う。だがそれ以上のものはない。それは敵に対する侮辱になる」
「侮辱とな」
 ククルはそれを聞いてその整った切れ長の眼を憎悪で歪ませた。
「わらわも貴様に受けた侮辱を忘れてはいない」
 そしてこう言った。
「腕の恨み、返させてもらう」
「来るか」
 それを受けて剣を構える。
「その為にこのような場所にまで来た」
 彼女も負けてはいなかった。
「無論。覚悟せよ」
「ならばこちらも」
 ゼンガーも言った。
「一切容赦はしない。行くぞ」
 こうして彼等の戦いがラ=ギアスでもはじまった。その横ではジーグがアマソ達を相手に派手な立ち回りを演じていた。
「っ!」
 叫びながら飛び掛かる。そして蹴りを放つ。
「まだだっ!」
 だがそえで終わりではなかった。今度は美和の乗るビッグシューターに顔を向けてきた。
「ミッチー、あれを!」
「あれね、宙さん」
「ああ」
「わかったわ」
 美和はそれに頷くとビッグシューターから何かを発射した。それは巨大なドリルであった。
「よし!」
 ジーグはそれを見てから跳んだ。そしてそのドリルを両手に装着する。
「マッハドリル!」
 それでアマソ達を攻撃する。それにより彼等の乗るヤマタノオロチは致命的なダメージを受けてしまった。
「おのれ鋼鉄ジーグ!」
「またしても!」
 彼等は苦悶の悔し声を出す。
「かくなるうえは!」
 ヤマタノオロチを特攻させようとする。しかしそれはククルに止められてしまった。
「待つがよい」
「ククル様」
「そなた達はんではならぬ」
「しかし」
「邪魔大王国の為だ」
 拒もうとする彼等に対してそう言った。
「邪魔大王国の」
「そうじゃ。これでわかったな」
「はい」 
 こう言われては彼等も頷くしかなかった。ククルはその邪魔大王国の女王であるからだ。
「それではここは退くがよい」
「はっ」
「ククル様は」
「わらわはまだここに用がある」
 その切れ長の目を細めさせてそう言った。
「のう、ゼンガー=ゾンボルトよ」
「あくまで俺と戦うつもりか」
「その通り」
 先程と同じような話となっていた。
「では行くぞ。よいな」
「フン」
 言われるまでもなく構える。
「ならばこの斬艦刀の錆にしてくれよう」
「斬艦刀をもってしても今のわらわは倒せぬ」
「何だと」
「どのような刀では当たらなければ意味がない」
 そう言ってまた笑った。
「今からそれを見せてしんぜよう。さあ参るがよい」
「ならば」
 ゼンガーはそれに頷き剣を構えた。示現流の構えである。
「行くぞ」
「来い」
 ゼンガーは無言で走った。そしてその剣を思い切り振り下ろす。
「チェストオオオオオオオオーーーーーーーーーーーッ!」
 示現流の掛け声であった。それで袈裟斬りにするつもりであった。
「ふ」
 しかしそれを前にしてもククルは笑っていた。そのマガルガに剣が吸い込まれていった。
「ククル様!」
「やったか!」
 両軍それを見て互いに声をあげる。邪魔大王国のそれは悲鳴に近く、ロンド=ベルのそれは歓声に近かった。だがそれは一瞬にして逆転した。
「ムッ!?」
「ふふふふふ」
 ククルはまだ笑っていた。何とゼンガーの剣が彼女のマガルガの身体をすり抜けていたのだ。
「これは一体」
「そなたも剣の道を極めんとしているのなら知っていよう」
「まさか」
「そう、そのまさかよ」
 ククルは自信に満ちた声と笑みを以って言った。ジョルジュがそれに対して言った。
「見切りですね」
「その通り」
 ククルはそれに頷いた。
「そなたも会得しておったな、確か」
「ムッ」
「そなたに出来るものならばわらわにもできる。それだけだ」
「おい、馬鹿言ってるんじゃないよ」
 サイシーがそれに反論する。
「あんな技がそう簡単に会得できるものかよ」
「俺だってフットワークには気を使ってるんだぜ。それでもまだまだだってのによ」
「いや、認めたくはないがこれは事実だ」
「アルゴの旦那」
「おいおい、敵の肩を持つってのかよ。御前さんらしくないぜ」
「いや、それは違うよ」
 不平を言う二人に対してアレンビーがこう言った。
「あのお姉さん多分影でずっと努力してきたのよ」
「努力」
「そうよ。そうじゃなきゃあんな技とても身に着けられないわよ。それはわかるでしょ?」
「アドモアゼル=アレンビーの言う通りですね」
 ジョルジョがそれに頷いた。
「おそらく彼女も影で鍛錬を積んでいたのでしょう。あの自信こそその証」
「まさか」
「努力がどのようなものかは知らぬが」
 ククルの言葉には確かにその自信があった。
「わらわのこの見切りは確かなもの。それではゼンガーよ」
「ムッ」
「また来るか?そしてわらわの強さを知ってから地獄に行くか?どうするのじゃ」
「どうするもこうするもない」
 やはり彼はゼンガー=ゾンバルトであった。毅然としてこう言い切った。
「我が名はゼンガ=ゾンバルト」
 言葉を続ける。
「悪を絶つ剣。ならば見切りがあろうとも貴様を切れる!」
「ならば見せてみるがいい」
 ククルはまだ笑っていた。
「わらわの見切りを破る技をな」
「では見せよう」
 ゼンガーは構えた。
「斬艦刀」
「それはわらわには最早効かぬぞ」
「斬艦刀は一つではない」
 だが彼は言った。
「まだある。では見せよう」
 そう言いながらその剣を動かす。
「大車輪!これならどうだっ!」
「なっ!」
「チェストオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーッ!」
 また叫んだ。そして激しい剣技を繰り出す。それは乱れ飛びククルに向かって来た。
「ふ、無駄なことを」
 しかしそれを見ても彼女はまだ余裕であった。その余裕で以って見切りを発動させようとする。
 だがそれは適わなかった。ゼンガーの剣技はそのククルの見切りをも凌駕するものであったのだ。
「何とっ!」
 叫んだ。その瞬間であった。
 マガルガの左脚が断ち切られた。見切りが通じなかったのである。
「クッ!」
「これでどうだ」
 ゼンガーは勝ち誇るわけでもなく一言そう言った。
「これが我が剣だ。我が剣の前には邪悪なる者は負ける宿命なのだ」
「わらわが邪悪だと言いたいのか」
「そうだ」
 彼はまた言い切った。
「貴様の目は赤く光っている」
「それがどうした」
「その目が何よりの証拠。今の貴様は本来の貴様ではない」
「本来のわらわ!?」
「そうだ。よく考えてみろ」
 彼は言葉を返した。
「御前は本当に邪魔大王国の者なのか」
「何を世迷言を」
「その顔、その姿。決してハニワ幻人なぞではない」
「わらわはヒミカの娘」
 ククルはそれを否定するかのように言った。
「それが何よりの証拠よ」
「そうか」
「まだ言うか」
「いや」
 だがゼンガーはそれには首を横に振った。
「俺が言うのはここまでだ。後は貴様自身で確かめるがいい」
「ふざけたことを」
「今回の勝負は預けておく。また来るがいい」
「何のつもりかは知らぬが」
 ククルはその目を憎悪に歪めさせながら言った。
「わらわを逃がしたこと、後悔するぞ」
「俺の人生に後悔の二文字はない」
「ほざけ。では行くぞ」
「ハッ」
 ククルはハニワ幻人の残存戦力を引き連れて戦場を離脱した。こうしてラ=ギアスでのロンド=ベルと邪魔大王国の戦いは終わった。しかしその後には一つ大きな謎が残されていた。
「そういえば前から気になっていた」
 サコンがそう呟いた。
「ククルの姿、邪魔大王国の者のそれじゃない」
「そうだな」
 ピートがそれに頷く。
「化け物じみてはいない。むしろ俺達のそれに近い」
「近いというより同じだな」
「同じか」
「ああ」
 サコンはそれに応えて言った。
「全く同じだ。むしろかなり優れている部類だ」
「あの見切りか」
「それだけじゃない。他の能力もだ」
 彼はまた言った。
「天才というやつだな」
「天才か」
「ああ。若しかするとサンシロー以上のな」
「いや、それはないな」
 だがピートはサコンのその言葉を否定した。
「何故だ?」
「サンシローは俺達の中でも最も才能に恵まれた奴だ。あいつよりそういった才能に長けている奴はそうはいない」
「ククルはそこまでではないというのか」
「少なくとも俺はそう思うがな。だがこれはサンシローには言うなよ」
「何故だ?」
「あいつはすぐ調子に乗るからな。馬鹿なのもそうそう上にいる奴はいない」
「そうか。じゃあわかった」
「しかし問題がある」
「ククルが人間だということ自体がだな」
「そうだ。やはりおかしい」
 彼は首を捻ってそう言った。
「何故奴等の中に人間がいるのだ。しかも女王として」
「宙の奴に聞いてみるか?」
「それもおそらく無駄だな。ククルのことは宙の方が驚いていた位だ」
「そうか」
「今は調べるとしよう。まだはじまってもいない」
「ああ」
「何かわかったらまた言う。それまで待っていてくれ」
 ククルに関してはそれで終わりであった。だが当のククルはそれで終わりではなかった。
「おのれゼンガー=ゾンバルト」
 彼女は帰還した邪魔大王国の地下基地において憎しみに満ちた声を漏らしていた。
「よくも一度ならず二度までも。わらわに恥をかかせるとは」
「おいたわしや」
 ミマシがそんな彼女を慰めようとする。
「日之本の国の正統なる統治者が。あの様な一介の武人に」
「戯れ言を申すな」
 だがククルは逆にミマシをそう言って叱った。
「あの男は一介の武人なぞではない」
「では一体」
「敵だ」
 そして一言こう言った。
「わらわにとって不倶戴天の敵だ。それ以外の何者でもない」
「それでは我々にとっても」
「それもまた違う」
 それもまた否定した。
「あの男はあくまでわらわ一人の敵なのだ」
「ククル様御一人の」
「そうだ。だから手出しは許さぬ」
 有無を言わせぬ口調でそう言った。
「よいな。手出しをした者に対してはわらわが直々に手を下す」
 声に冷徹さまで漂わせる。
「決して許さぬ故。覚悟するがいいと皆の者に伝えよ」
「ははっ」
 ミマシは最後まで聞いたうえで頭を下げた。
「それでは皆にはそう申しておきましょう」
「うむ。頼むぞ」
「はっ」
 ミマシはその場から姿を消した。そしてククル一人となった。
 彼女は暗い玄室に一人いた。そして青く燃える蝋燭の火を一人で眺めていた。
「青い炎か」
 邪魔大王国の、ククルの力を現わすものの一つであった。今この炎はククルによって燃やされているものだからである。
「よいものだ。まるで人の命の様じゃ」
 そう言って笑った。凄みのある笑みであった。
「命は必ず消えるもの」
 その青い炎が消えた。
「ゼンガー=ゾンバルトよ。貴様も消える運命なのだ」 
 青い炎が消え去った場所を見詰めながら呟く。
「わらわの手によってな。この火と同じく」 
 そこまで言うと玄室から消え去った。後には何も残ってはいなかった。
「邪魔大王国とな」
 ゼツは邪魔大王国とロンド=ベルの戦闘の話を自身のラボにおいて聞いていた。
「また妙な連中が来たようじゃな」
「如何致しますか」
 報告にあがったバゴニア軍の士官が彼に問うた。
「あらたな敵の出現ですが」
「敵とな」
「はい」
 その士官はゼツの言葉に頷いた。
「彼等は地上ではかなり手荒く暴れたようです。もしかするとこのラ=ギアスも」
「そんなことはどうでもいいことじゃ」
「どうでもいいこと」
 ゼツの性格は知っていたがそれを直接聞くと疑わずにはいられなかった。彼が正気かどうかということを。
「ラ=ギアスがどうなろうとわしには関係のないことじゃ」
「関係のないことですか」
「ラングランの愚か者共を滅ぼせさえすればそれでよいのじゃ。わしを認めなかったあの愚者共をな」
「はあ」
 彼はそれを聞き、そして語るゼツの目と声を目の当たりにして確信した。彼は間違いなく狂っているのだと。
「どうでもよい。放っておけ」
「無視するのですか」
「その通り。例え何が出ようとわしには関係ないことじゃ。どうでもよい」
「わかりました。それでは」
「うむ」
 士官はゼツのラボを去ろうとする。だがここでゼツはふと呟いた。
「待つがよい」
「!?」
「その連中はロンド=ベルの連中と戦っておったのじゃな」
「はい」
 最初に報告したことであったg。どうやら忘れていたらしい。
「面白い。今面白いことを考えついたぞ」
「はあ」
 これ以上彼の側にいたくはなかったが仕方のないことであった。止むを得ずゼツに付き合うことにした。
「その者達をロンド=ベルを向けさせるのじゃ。偽の情報を流してな」
「偽の情報を」
「その通り。そして奴等をシュメルから引き離す」
「そして」
「その後はわしがやる。よいな」
「わかりました」
「ジノとトーマスには伝えよ。邪魔大王国を監視しておけとな」
「御二人をですか」
「全てわしがやる。それとも何かあるのか?」
「い、いえ」
 士官はゼツにそうと我慌てて被りを振った。
「滅相もありません」
 見ればラボの所々に骸が転がっている。腐ったものや白骨、まだ息があるものまで。大抵は実験用の生物のものであるようだが中には明らかに違うものもあった。五本の指を持つ細長い腕も転がっていたのだ。
 ゼツはバゴニアの影の最高権力者となっていた。首脳部は政界も官界も財界もそして軍部も皆彼に洗脳されていた。そして彼は自らの思う通りに実権を行なっていたのだ。それが何かはもう言うまでもなかった。
「それでは私はこれで」
 油断していると自分自身も何をされるかわかったものではない。その士官は報告が終わったと見るやすぐにラボを後にした。そしてゼツだけが残った。
「シュメルが遂にわしのものとなる」
 彼は笑っていた。
「そしてわしの望みもまた」
 ここで笑った。それは最早人間のものとは思えないものであった。
 狂気の笑いがラボに木霊する。その中で異形の影が蠢いたように見えた。


第四十八話   完


                                            2005・10・3
 


[320] 題名:第四十七話 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2006年03月22日 (水) 01時32分

            帰って来た男達
 地球圏降下を狙うネオ=ジオンの行動を抑止することになったロンド=ベルは月を離れそのまま地球に向かっていた。それを阻む者は今のところはいなかった。
「これでギガノスは当分動けないわね」
「そうですね」
 ルリはユリカにそう答えた。
「しかし油断はできません。敵はギガノスやネオ=ジオンだけではありません」
「ティターンズとかポセイダル軍とか?」
「はい。彼等の動きも無視できませんから。何をしてくるかわかりません」
「けれどティターンズも戦力の殆どを地球に送ってるんじゃなかったかしら」
 ハルカがそれを聞いてふと声をあげる。
「ザンスカールやクロスボーンの系列まで送ってるし。他に誰かいたっけ」
「彼がいます」
 ルリはハルカに対してそう答えた。
「彼って?」
「あれよ、ハルカさん」
 少し首を傾げさせたハルカにユリカがそう答えた。
「ほら、木星帰りの」
「ああ、パプテマス=シロッコですか」
「そういえば生きていましたね」
 メグミがそれを聞いて言った。
「木星の戦いでカミーユ中尉に撃墜されたけれど」
「はい。それでも彼は生きていました」
 ルリは静かにそう述べた。
「そしてまたティターンズに参加したのです」
「それで今は宇宙にいるのよね」
「はい」
「またジ=オに乗って来るのかしら。あれって確か滅茶苦茶強いのよね」
「運動性能でゼータガンダム、ライフルやビームソードでダブルゼータに匹敵します」
「凄いじゃない」
「しかも乗っているのがシロッコ大尉ですから。かなり危険です」
「それでその彼が私達の前に出て来る可能性があるのよね」
「はい」
「どれ位の割合で?」
「一〇〇パーセントです」
 ルリは静かにそう答えた。
「いずれは確実に出会うものと思われます」
「参ったわね、それは」
 ハルカはそれを聞いて困った顔を作った。
「私ああした女を食い物にするタイプって嫌なのよね」
「そうだったんですか」
「レディーファーストでなきゃね、やっぱり」
「はあ」
「その点うちの部隊は合格よね。美少年も多いし」
「藤原中尉なんてどうですか?それじゃあ」
「もう美少年じゃないと思うけれど」
「あ、すいません」
「けれど悪くないわね。ああしたワイルドな人も」
「問題は本人にあまりそうした話に興味がないってとこですね」
「そこがいいのよ。戦いだけを追い求める男って。それに声もいいわ」
「そういえばジュドー君に声似てますしね」
「そうでしょ。私あの二人の声って好きなのよね」
「カミーユ中尉やクワトロ大尉の声はどうですか?」
「あの二人もいいわよね。特にクワトロ大尉なんて何かこう大人の雰囲気が出ていて」
「いいですか」
「そうよ。メグミちゃんにもそうしたところはおいおいわかると思うわ」
「はあ」
「男ってのは外見だけじゃなくてね。声も大事なのよ」
「そんなものですか」
「何よりも大事なのはハートなのは言うまでもないけれど。ルリルリはそれについてどう思うかしら」
「私ですか」
「そうよ。まだそれがわからないかなあ」
「それは」
 ルリはそれを聞いてその頬を微かに赤らめさせた。
「あら、何かあるのかしら」
「嫌いじゃないです。一矢さんとエリカさんのそれを見ていると」
「あの二人はね」
 ハルカはそれを聞いてその切れ長の色気のある目をさらに細めさせた。
「見ているこっちが妬けちゃうわ。それに本当に応援したくなるわ」
「そうなのよね、あの二人って」
 ユリカもそれに頷く。
「最後には幸せになって欲しいわ、本当にね」
「そんなの心配いらねえよ」
 そこにリョーコが入って来た。見ればヒカルとイズミも一緒である。
「愛は勝つんだよ、絶対にな」
「リョーコさんいいこと言いますね」
「あったりまえだろ。正義と愛ってのはな、敵が強ければ強い程燃え上がるんだ。そして勝つんだよ」
「漫画みたいですね」
「漫画よりもずっといいもんさ。特にあの二人のはな」
 そう言ってニヤリと笑う。
「見ていてな。あんな純粋な奴等は見たことねえ。あたしも馬鹿だがもっと馬鹿なのがいたのも驚きだったが」
「馬鹿ですか」 
 ルリはそれを聞いてポツリと呟いた。
「この部隊は馬鹿しかいねえけれどな。けど一矢はその中でもとびっきりの馬鹿だよ」
「何か褒め言葉みたいですね」
「そうさ、褒めてるんだよ」
 ルリにそう言葉を返した。
「世の中利口な奴だけがいいんじゃねえんだ。馬鹿の方がずっといいんだ」
「それ、わかるようになりました」
「ルリルリもわかってきたじゃない」
「はい。私も馬鹿ですから」
「そうさ、ここには馬鹿しかいねえ。だから戦える」
「馬鹿ばっか。河馬ばっか馬鹿」
「・・・・・・だからよ、イズミ、強引過ぎて何が何だかわかんねえんだよ」
「それでもリョーコさんの言うことはわかりますよ」
「おっ、流石は熱血漫画家だな」
「はい。一矢さんとエリカさんのことが心から気になってるんですね」
「こっからどうなるかな。けれどあたしは確信してるんだ」
 またニヤリと笑った。
「あの二人は最後はハッピーエンドだ。地球人やバーム星人も関係ねえ」
「愛があればそんなもの」
「乗り越えられるんだよ、絶対にな!」
「いい言葉だ」
「あれ、リョーコさん今何か言いました?」
「え、いや」
 突如として聞こえてきた声に戸惑う。
「何も言ってねえけれどよ、あたしは」
「それは私だ」
 ノインがナデシコの艦橋にやって来た。
「声が似ているのでな。迷惑をかけたな」
「あ、ノインさん」
「ミスマル艦長、只今偵察より帰還致しました」
 ノインはユリカに敬礼してそう述べた。
「偵察中異常はありませんでしたか?」
「はい」
 彼女はユリカの問いに頷いてそう答えた。
「ヒイロ達も今帰還しております。とりあえずは周辺には敵の脅威はありません」
「それでは今のところは安心ですね」
「そう思います。ですがネオ=ジオンの部隊をまだ発見できていないので引き続き偵察が必要かと思います」
「わかりました。それでは引き続き偵察を続けましょう」
「それが宜しいかと。それでは」
「はい」
 ノインは報告を終えると艦橋を後にした。そしてそのまま自室に戻って行った。リョーコ達はその後ろ姿を見送って溜息をつかざるを得なかった。
「ホンットウに格好いいですよね、ノインさんって」
「そうだな。同じ女のあたしから見てもな。キリッとしたものがあるぜ」
 リョーコはヒカルの言葉に頷いた。
「うちの男共は何かな。ナガレ以外はこれといってキリッとしたものがねえからな」
「ナガレさんもちょっと違うタイプですしね」
「サブロウタは軽いし副長は優しいしな。ヤマダはまた暑苦しいし」
「俺はダイゴウジだ!」
「ヤマダさん」
 ルリが彼の姿を認めて声を出す。
「今来られたのですか」
「そうよ。トレーニングも終了してな。男たるもの何時如何なる時でも身体を鍛えておかなくてはならんのだ!」
「そんなんだから暑苦しいって言われるんだろ」
 リョーコは呆れた様子で彼にそう言った。
「何かな、もっとこうクールにいけねえのかよ」
「それは少なくとも俺の流儀ではない」
 当然の様に聞き入れなかった。
「あくまで、そして徹底的に熱く、強く、激しく」
 彼は言った。
「それがこのダイゴウジ=ガイだ!例え何があろうとも俺は敗れはしない!」
「わかったから汗飛ばさないでくれよ」
「何だスバル、今日はやけにつれないな」
「あたしだってね、色々あるんだよ。あんたみたいにいつも暑苦しくいられるわけじゃないのさ」
「つまらん。それでは何がいいのだ?」
「うちの男共にはわからないことだよ」
 口を少し歪めてそう答えた。
「永久にな。特にあいつにはな」
「あいつ」
 ダイゴウジはそれを聞いて考え込んだ。
「それだけではわからんな」
「別にわかってもらいたくもないさ。それよりあんたこの前の怪我はいいのかよ」
「怪我!?ギガノスとの戦闘の時のか」
「利き腕怪我したんだろ?それはいいのかよ」
「そういうこともあったか」
 自分の利き腕を見つめながらそう言う。
「今まで忘れていたぞ」
「ホンットに丈夫な身体してんな、おい」
「丈夫なのが取り得だ」
「そういう問題じゃねえだろ、もう」
「まあいい。それより腹が減っていないか?」
「腹!?」
「そうだ。何か今急に腹が減ってきてな。何だったらセシリーちゃんの焼いたパンでもどうだ」
「そういえばセシリーちゃんってパン屋の娘さんだったわね」
 ユリカがそれを聞いて頷く。
「パンが焼けてパーンと割れる」
「イズミ、やっぱり無理があるわよ」
 今度はいつものリョーコではなくハルカが突っ込みを入れた。
「もっと自然にいかないと」
「いや、そういう問題じゃねえんじゃねえかな、イズミのは」
「まあそれはいいとしてだ。パンは嫌か」
「ああ、悪いがそういう気分じゃねえ」
「ではラーメンはどうだ」
「ラーメンか」
 それを聞いたリョーコの顔が少し明るくなった。
「丁度ホウメイさんが作っているところだしな。どうだ」
「じゃあそれでいいよ。ヒカル、あんたも来るんだろ」
「悪くないですね」
「イズミはどうするんだ?」
「ラーメン大好き」
「それじゃあ決まりだな。ヤマダの旦那、そういうことだ」
「ダイゴウジだと言っているだろう」
「いいじゃねえか、名前なんてよ。それじゃあ他のメンバーも誘おうぜ。人が多い方がうまいからな」
「よし、それでは行くか」
「ああ」
 こうしてダイゴウジとリョーコを中心としてエステバリスのメンバーはホウメイのラーメンを食べに向かった。ただし『あいつ』
はいなかった。その者はまだトレーニングルームにいたのだ。
「ふう」
 トレーニングはまだ終わってはいないが一息ついた。そして額の汗を拭う。
「まだだ、こんなものじゃ駄目だ」
 アキトはそう呟いてまたトレーニングを再開した。その拳が白くなる。
「あいつに勝てはしない」
「かなり無理をしているな」
「一矢さん」
 そこに一矢が姿を現わした。
「どうしてここに」
「エステバリスのメンバーが君を探していたからな。ここにいるんじゃないかと思って来たんだが」
「そうだったんですか」
「どうしたんだい、君がラーメンのことを忘れるなんて。何かあったのか?」
「宇宙に出る時のことを覚えていますか」
「ああ、木星トカゲとの戦闘になったな。覚えているよ」
「その時あの北辰衆との戦い。どう思いました」
「手強いな」
 一矢はその整った顔を真摯なものにさせてそう述べた。
「機体の性能だけじゃない。その技量もかなりのものだ」
「はい」
「特にリーダー格のあの男は。気をつけた方がいい」
「今の俺で勝てると思いますか」
「今の君でか」
「はい。それはどう思いますか」
「それは」
「正直に言って下さい」
 口篭もる一矢に対してそう言う。
「今の俺で勝てるかどうか。どうなんですか」
「それは御前さんが一番よく知ってることだと思うがな」
「京四郎」
 そこに京四郎がやって来た。そしてアキトに対して冷たさを含んだ声でそう述べた。
「そうじゃないのか。違うとは思わないが」
「そうですね」
 アキトはそう言われて頷いた。
「今の俺じゃあいつには」
「それがわかってるのならいい」
「京四郎」
「一矢、だから御前は甘いんだ」
 京四郎はとがめようとする一矢に対しても言った。
「こういったことははっきりと言っておいた方がいいんだ」
「しかし」
「それじゃあ御前はアキトに何かあってもいいのか?そうなってからでは遅いんだ」
「そうか」
「そうだ。御前じゃ言えないこともある。だが俺は違う」
 京四郎はその言葉をさらにクールなものにさせた。
「アキト、御前さんのエステバリスにも限界があるのかも知れん」
「エステバリスにも」
「そこいらも考えてみるんだな。何もエステバリスにこだわるばかりでもない」
「はい」
「戦争ってのは生き死にだ。それを忘れるなよ。相手が死ぬか、自分が死ぬか、だ」
「そうでしたね」
「生き残る為には自分を知ることだ。いいな」
「わかりました」
 そうしたやりとりの後でアキトはトレーニングルームから姿を消した。そして後には一矢と京四郎が残ったがその二人もそこから姿を消した。そして二人はそのまま廊下に出た。
「一矢」
 京四郎は歩きながら横にいる一矢に声をかけてきた。
「何だ」
「俺を冷たいと思うか」
 彼はサングラスの奥のその目で一矢を見ながら問うてきた。
「どう思う」
「少なくとも俺はそうは思わない」
 一矢はそう答えた。
「冷たかったらそもそも言葉もかけたりはしないだろう」
「そうか」
「御前は純粋にアキト君の為を思って言ったんじゃないのか」
「御前はそう思うか」
「そう思えるんだが違うのか」
「さて、どうかな」
 だが彼は不敵に笑って答えをはぐらかしてきた。
「生憎俺はこんな男だからな。何を考えているかはわからないぞ」
「素直じゃないのはわかっているつもりだが」
「さてな、それもどうかな」
 そこで自分の部屋の前に来た。京四郎はそこに入った。入る時にまた言った。
「御前もだ。あまり焦るなよ」
「焦るな、か」
「そうだ。そして周りをよく見ろ。俺の言いたいのはそれだ」
「わかった。じゃあそうさせてもらうよ」
「それが出来ればな。無鉄砲さは誰に似たのか」
 そう言いながら部屋に消えた。一矢は一人となった。
「無鉄砲か」
 京四郎の言いたいことはわかっている。だが彼はそれでも忘れられないものがあったのだ。
「エリカ」
 彼はその名を呟いた。
「今君はどうしているんだ」
 それを思うだけで胸が一杯になる。そして他のことが考えられなくなく。例え誰に言われようとも。
 彼もまた自分の部屋に入った。丁度京四郎の部屋の向かいであった。
 そこにある写真を見る。そこには幸福があった。彼はその幸福をもう一度その手に掴もうと決意するのであった。

 ロンド=ベルは順調に地球圏に向かっていた。だがそこで突如として異変が起こった。
「ムッ!?」
 カミーユが何かを感じた。そしてその脳裏に何かを見た。
「あいつだ・・・・・・」
「カミーユ、どうしたの!?」
 ファが突如として呟いた彼の側に寄って問う。そこにはフォウもいた。
「ファ、君は感じなかったのか」
「何を!?」
 ファもニュータイプとしての素質は備えている。実際にそれにより戦闘においては鮮やかな動きを見せる。しかしカミーユのそれと比べると明らかに歴然たるものがあった。その差が今出ているのである。
「あいつが来る・・・・・・!」
「あいつが!?」
「そう、あいつだ」
「ええ、来ているわ」
 フォウにもそれはわかった。
「まっすぐにここに」
「フォウ、君にもわかったんだね」
「ええ、危険だわ。すぐに動かないと」
「よし」
 カミーユはその言葉を受けて立ち上がった。
「じゃあ行こう、すぐに」
「ええ」
 こうして二人はそのまま何処かに向かおうとした。ファがそんな二人を呼び止める。
「ちょっと二人共何があったのよ」
「すぐにわかることさ」
 カミーユはまた言った。
「すぐにって」
「ファ、君は何も感じないのか」
「何をよ」
「このプレッシャーを」
「プレッシャーって・・・・・・!?」
 その瞬間彼女も脳裏に何かを察した。
「これは・・・・・・まさか」
「そう、あいつだ。すぐに行こう」
「わかったわ。それじゃエマ中尉とカツも呼ぶわ」
「ああ、頼む」
 こうして彼等はその場を後にした。そしてこの時何かを察し動いていたのは彼等だけではなかったのであった。
「ブライト」
 アムロがブライトに声をかけた。だがそれは艦橋においてではなかった。
「アムロ、どうしてそんなところにいるんだ」
 彼は格納庫にいた。そしてニューガンダムに乗り込んでいたのだ。ブライトはそんな彼に対して問うた。
「まだ戦闘用意の命令は出してはいない筈だが」
「じゃあ今すぐ出してくれ。大変なことになる」
「大変なこと」
「御前もそろそろ感じると思うんだが。どうだ」
「まさか」
 長い付き合いである。彼が何を言いたいのかわかった。
「あの男か」
「そうだ、遂に出て来た」
 生きていたのは知っていた。それが遂に来たのであった。
「わかった、それならばすぐに頼む」
「そう言ってくれると思ったよ。それじゃあな」
「うむ」
「艦長、レーダーに反応です」
「都合がいいな」
 既にモビルスーツ部隊は出撃している。ニュータイプ能力を持つ者と彼等がいる小隊だけだったがそれだけでもそれなりの数であった。トーレスがレーダーの反応を確認する頃にはもう戦艦の前に展開していた。
「さて、あいつも元気でやってるかな」
 ジュドーは目の前にいるまだ姿も見えない敵を見据えながらそう言った。
「元気でって。元気だからこっちに来るんじゃない」
「おっと、そうだったか」
 隣にいるルーにそう言われて片目をつむる。
「もう、しっかりしてよ」
「悪い悪い」
「しかし本当に生きているとは思わなかったな」
「そうだね」
 プルがプルツーの言葉に頷いた。
「木星で死んだと思っていたが」
「悪運が強いってことだろ」
 ビーチャが二人に対して言う。
「元々そういう奴だったしな」
「何かそれじゃよくわからないよ」
「イーノ、そういうのはね、勘で感じるのよ」
 エルが彼に対してそう言う。
「勘でね」
「勘かあ」
「だったら賭けるかい、エル」
「?何を?」
 モンドの問いに顔を向ける。
「あいつが何で来るか。負けた方がジュースをおごるってことで」
「悪くないね。けれどあたしはビールの方がいいね」
「こら」
 そんな彼等をエマが叱った。
「子供がそんなもの飲んじゃ駄目でしょ」
「いけね」
「全く。目を離したら何をするかわからないんだから」
「忘れてた、エマさんもいたんだ」
「厳しいなあ、全く」
「ははは、エマ中尉も相変わらずだな」
 クワトロはそんなエマを見て思わず笑い声を出してしまった。
「いい教官になれるな」
「大尉が甘過ぎるんですよ」
 エマは今度はクワトロに注意してきた。
「いつもそうではないですか。彼等を甘やかすから」
「子供はそれでいい」
 だがクワトロは反省するところはなくそう言葉を返した。
「無理に抑圧するよりはな。それぞれの道を歩ませた方がいいのだ」
「それは違います」
「違うのか」
「はい。教えることも必要です。ましてこの子達ときたら」
「何か俺達って信用ないんだな」
「心外よね」
「こんな利発な子供達を捕まえて」
「ジャンク屋なんてそうそうできはしないぜ」
「これでも苦労してるんだよ」
「皆の苦労はちょっと違うと思うけれど」
「けれどお風呂は我慢したくない」
「あたしもそれは嫌だね」
「そういうのが駄目なのよ」
 見かねたファが彼等にそう言った。
「そんなのだからエマさんに怒られるんでしょ」
「ちぇっ」
 ジュドー達はそれを聞いて口を尖らせた。
「何か面白くねえなあ」
「そんなこと言ってる暇じゃないけれどね」
 今度はクェスが言った。
「ん!?来たか!?」
「うん、ほら」
 赤いヤクトドーガが指差した方にそれはいた。果てしなく巨大な艦であった。
 だがそれは戦艦ではなかった。だが戦艦よりも遥かに巨大であった。それは木星のヘリウム輸送船であるジュピトリスであった。輸送艦であるが武装はある。これに乗る男は一人しかいなかった。
「来たな」
 カミーユはジュピトリスの巨大な姿を見てその目を決した。
「シロッコ、また俺の前に出て来るのか」
「カミーユ」
 だがそんな彼にフォウが声をかける。
「気を走らせては駄目よ」
「フォウ」
 それに気付きフォウを見た。優しい顔をしていた。
「いいわね」
「わかった」
 カミーユはそれに頷いた。そしてジュピトリスを見据えていた。
 
 その艦橋には白い軍服の男がいた。パプテマス=シロッコである。
「ふむ、既に出撃しているか」
「ニュータイプが多いようですが」
 隣にいるサラがそれに答える。
「予想通りだな。そしてあの男もいる」
「カミーユ=ビダン」
「サラ、ボリノーク=サマーンで出撃しろ。レコアはパラス=アテネだ」
「はい」
「了解」
 見ればレコアもいた。二人は敬礼してそれに頷いた。
「モビルスーツ部隊を出せ。ジュピトリスを中心に展開する」
「ハッ」
 それに従いジュピトリスからモビルスーツが発進する。見ればジュピトリスの他にも艦艇がいた。アレクサンドリア級が数隻いた。
「さて、と。宇宙でこの連中とやりあうのは久し振りだな」
 その中の一隻にいるいかつい顔の男が呟く。ガディ=キンゼイである。
「ジェリドやヤザンがいないのが残念だが贅沢も言ってられん」
「今連中は地球で頑張っているそうですね」
「ああ、その通りだ」
 側にいる艦橋のスタッフにそう返す。
「どうせ何かと不平を言っているのだろうがな。どちらにしろ今は関係ない」
「今ジュピトリスより連絡がありました」
「何だ?」
「すぐにモビルスーツ部隊を発進させて欲しいとのことですが」
「わかっていると伝えろ。そんなのは常識だ」
「はい」
「それにしてもあの戦いで生きているとはな」
「木星ですか」
「しかもバームにいた者を使うとは。ジャミトフ閣下もわからないことをされる」
「艦長、それ以上は」
 副長が彼を止めた。
「わかってるさ。戦力は少しでも必要だ」
「はい」
「だがな、クロスボーンや木星の残党を入れたり。ティターンズとはわからん組織だな」
 地球至上主義を題目に掲げているがそれが看板に過ぎないことは彼にもわかっている。何故ならジャミトフはジオン共和国と関係を深め同盟関係にあるからである。そもそもが単なる独裁を目的とする組織なのだ。
「まあいい。俺は政治のことには興味はない」
「はい」
「ジャマイカンとは違う。俺は俺だ」
「それでは戦いには参加されるのですね」
「少なくともロンド=ベルを放っておいてはならないだろう。やるぞ」
「わかりました」
「モビルスーツ部隊を出す。いいな」
「了解」
 見れば他の艦のモビルスーツ部隊も出撃していた。そしてロンド=ベルに向かう。
 その中にはサラとレコアもいた。しかしシロッコの姿はなかった。
「出撃されないのですか?」
 それが気になったジュピトリスの士官の一人が艦橋にいるシロッコに尋ねた。見れば彼はパイロットスーツすら着てはいなかった。
「今はいい。私が出る必要はない」
 彼は落ち着いた声でそう答えた。
「それよりもこれまでの戦いを生き抜いた彼等を見てみたいのだ」
「左様ですか」
「サラとレコアに伝えろ。サラはカミーユ=ビダンを狙え」
「はっ」
「レコアは戦艦だ。いいな」
「わかりました」
 それに従いサラとレコアはそれぞれの敵に向かう。その頃にはコウ達普通のモビルスーツパイロット達や他のマシンも出撃していた。そして戦艦の周りに展開しはじめていた。
「艦長、一機こちらにやって来ます」
「誰だ」 
 シナプスは報告したパサロフに問う。
「緑のモビルスーツ、パラス=アテネです」
「そうか、来たか」
 彼はそれを聞いても落ち着いていた。これは予想されたことであったからだ。
 パラス=アテネは重装備のモビルスーツである。対艦用に開発されその火力は絶大だ。ならばこちらにやって来るのは自然であったからだ。
「迎撃用意」
「了解」
「他の艦にも伝えよ。敵の急襲に警戒するようにとな」
「わかりました。それでは」
「うむ」
 他の艦にシナプスの言葉が伝わる。それぞれ迎撃態勢に入る。だがそれでもレコアのパラス=アテネは戦艦の方に向かっていた。
「これなら・・・・・・!」
 そしてミサイルを放った。巨大な対艦ミサイルであった。
 それは一直線にアルビオンに向かう。だが突如として爆発した。
「何っ!?」
 切り払われたのだ。そしてそこにはエマがいた。
「クッ、エマ中尉」
「久し振りね、レコア中尉」
 エマはそう言葉を返す。そしてレコアと対峙していた。
「どうやら元気そうね」
「貴女もね」
 レコアはミサイルを切り払われた衝撃を押し殺しつつそう返した。
「先の大戦以来だけれど。またパラス=アテネで来たのね」
「貴女もね。どうやらそのスーパーガンダムがお気に入りみたいね」
「そうね。乗り易いから」
「それでどう、そっちは」
「悪くはないわ。皆元気だし」
「そう。じゃあカミーユも」
「ええ」
 エマはそれに頷いた。
「元気よ。すぐ側にいるわ」
「そう。だったらいいわ。じゃあカミーユに伝えておいて」
「何て言えばいいのかしら」
「フォウを大事にねって。それだけよ」
「わかったわ」
「貴女もね」
「!?私が」
 エマはその言葉にハッとした。
「どうして私なのかしら」
「それも変わっていないわね」
 レコアはキョトンとするエマを見て思わず苦笑してしまった。
「他人への気配りはできても自分のことは気付かないんだから」
「何を言ってるのかわからないのだけれど」
「まあいいわ。それよりも」
 そう言いながらビームサーベルを抜く。
「やるんでしょ?もっともやるしかないのだけれど」
「ええ、わかったわ」
 エマも頷いた。そしてサーベルを抜く。
「カツ、サポートお願いね」
「はい」
「じゃあ行くわよ」
 パラス=アテネが先に動いた。そして斬りつける。
「まだっ!」
 エマはそれも払った。だがレコアの攻撃はそれで終わりではなかった。
「これならどうっ!」
 今度は拡散ビーム砲を放つ。切り払うことができないのを見越しての攻撃だった。
 しかしそれも駄目であった。エマは素早い動きでそれをかわしたのだ。
「これでもっ!」
「その程度の攻撃で!」
 エマは叫んだ。
「じゃあっ!」
 だがレコアも負けるわけにはいかなかった。間合いを放すと今度は拡散メガ粒子砲を放ってきたのだ。
「これでっ!」
「それでもっ!」
 しかしエマはそれもかわしてみせた。上に跳びかわす。見事な操縦だと言えた。
「クッ・・・・・・」
 パラス=アテネは重装備であるぶん機動性に欠ける。それに対してスーパーガンダムはガンダムならではの非常に優れた運動性能を持っている。それが如実に現われていた。レコアはそれを悟って舌打ちしたのだ。
「このままでは」
「レコア中尉、まだティターンズにいるつもりなの?」
「というと」
「貴女もジャミトフやバスクがどういった連中か知っている筈よ。離れて悪いことはないわ」
「それは知っているわ」
 レコアはそれに対して冷静にそう返した。
「じゃあ何故」
「私は彼等についているわけじゃないの」
 そしてこう言った。
「私はシロッコと一緒にいるのよ」
「シロッコと」
「そうよ。これからの新しい時代はニュータイプの女性が創るというのなら。それを見てみたくなったのよ」
「それは詭弁よ」
 エマはそう言ってシロッコを否定した。
「彼は自分以外の存在は認めてはいないわ。自分だけが頂点にいるのだと」
「確かにそうかも知れない」
「なら」
「けれど・・・・・・そんなに簡単じゃないのよ、女ってのは」
「わからないわ、そんなの」
「貴女にはわからないかも知れない・・・・・・。けれどそれはいいわ」
「それじゃあやっぱり戦うのね」
「ええ」
 レコアは頷いた。
「シロッコの為に」
「それじゃあ私はロンド=ベルの為に。行くわよ」
 二人の戦いも続いていた。そしてカミーユとサラも戦いを続けていた。
「サラ、まだわからないのか!」
 カミーユはビームサーベルを振りながらそう叫んだ。
「シロッコなんかに!何ができるというんだ!」
「この世の中を作り変えることができる!」
 サラはそれに対して叫んだ。
「パプテマス様ならできる!」
「それは違う!」
 だがカミーユはそれを否定した。
「あいつは御前を利用しようとしているだけなんだ!レコアさんも!」
「どうして貴方にそう言えるの」
「俺はあいつのプレッシャーを感じたからわかるんだ」
 彼は言った。
「あいつは・・・・・・自分以外の者は全て手駒だとしか見ていない。サラ、君もだ」
「貴方はそうとしか見れないのね」
「何!?」
「パプテマス様を。一度あの人を倒したのに」
「倒したからわかる」
 それでも彼はシロッコを否定した。
「全部。あいつを生かしておいてはいけないんだ」
「それでは私は貴方を倒す」
 サラは強い声でそう言い切った。
「パプテマス様を御守りする為にも」
「どうしてもやるというのか」
「ええ」
 そして頷いた。
「あの人は私の全てだから」
 二人の戦いもまた続いていた。その周りではマラサイやバーザムといったティターンズのモビルスーツ達がロンド=ベルのマシン達と死闘を展開していた。シロッコはジュピトリスの艦橋でそれを見守っていた。
「相変わらずの強さだな、彼等は」
「はい」
 それに副長が頷く。
「いや、さらに強くなったと言うべきか。特にあの青いマシンだ」
「あれですか」
 そこにはゴッドマーズがいた。タケルはその中で剣を振り回し戦っている。
「あのマシンに乗る少年・・・・・・。強い力を持っている」
「力をですか」
「そうだ。それもかなりのな。だが悲しい力だ」
「といいますと」
「半分しかない。その半分は今はここにはない」
「はあ」
 副長は彼が何を言いたいのかわかりかねていた。力なくそれに頷く。
「だがすぐに来るだろう。その時面白いことになる」
「そういえば太陽圏外に何やら新しい勢力が姿を現わしたそうです」
「バルマーか」
「おそらくは。こちらに向かっているようですが」
「そうか。遂に来たのだな」
 彼はそれを聞いて面白そうに笑った。
「彼等も何かと御苦労なことだ」
「しかし厄介なことになりませんか」
「厄介とはどういうことだ?」
「我々の立場です。以前のことがありますから」
 シロッコは前の戦いで木星の勢力と共にバルマーに組していたのだ。その為木星においてカミーユと対決したのである。その後木星の勢力はティターンズに入った。この時彼もまたティターンズに戻っていたのである。
「関係を疑われたりは」
「その心配はない」
 だがシロッコはそれを否定した。
「それは何故でしょうか」
「ジャミトフ閣下は聡明な方だ。我等を信頼して下さっている」
 そう心にもないことを言った。
「だから何も気に病む必要はない。わかったな」
「艦長がそう言われるのでしたら」
「そういうことだ。安心していいぞ」
「わかりました。それでは」
「うむ。ところで戦局だが」
「はい」
 彼等はここで話を今行われている戦いに移した。
「我々にとって不利になってきているな」
「如何されますか」
「一旦退くとしよう。今は無理をする時ではない。わかりました。それでは」
 副長はそれに従い命令を出した。それに従いティターンズのモビルスーツ達は次々と後退していった。
「むっ」
 その命令はレコアの許にも届いていた。彼女はそれを受けてまずはエマから離れた。
 そして最後に拡散ビーム砲を放つ。エマはそれをかわすのに専念しなければならなかった。
 エマが戸惑っている間に撤退に移った。エマが態勢を立て直した時にはもう彼女は消えていた。
「行ったわね」
「レコアさん」
 カツもそれを見て彼女を気遣う声を出した。
「何時までああしてるんでしょう」
「それはわからないわ」
 それに対するエマの返答は要領を得ているとは言い難かった。だがそれでも意味は通じた。
「私達には。全部彼女の問題だから」
「レコアさんの」
「そうよ。けれどこのままではどうにもならないことは彼女が一番わかっている筈」
 その言葉は厳しいものであった。
「それでもどうしようもないのかもしれないけれど」
「そうなんですか」
 サラも戦場を離脱していた。カミーユはゼータツーをウェイブライダーに変形させて追撃しようとするがそれはフォウに止められてしまった。
「駄目よ、カミーユ」
「どうして」
「追うと・・・・・・死ぬわ」
「死ぬ・・・・・・どうしてなんだい」
「シロッコが。貴方を狙っているわ」
「!?」
 その時彼は感じた。シロッコのプレッシャーを。それは確かに彼に向けられていた。
「どうしても行くというのなら止めないけれど。けれどその時は私も一緒よ」
「・・・・・・わかった」
 彼はそう言われて頷いた。
「じゃあ今は止めておこう。それでいいんだね」
「ええ」
 フォウもそれに頷いた。こうして彼は追撃を止めてその場に留まった。戦いは終わりティターンズは何処かに撤退してしまった。ロンド=ベルの勝利ということになった。
 だがロンド=ベルの面々はそれを素直に喜ぶことはできなかった。特にニュータイプと言われている者達は。彼等は皆不機嫌な顔をして塞ぎ込んでいた。
「一体どうしたってんだよ」
 勝平はそんな彼等を見て声を出さずにはいられなかった。
「勝ったんだろ。もっと喜んでもいいじゃねえか」
「御前本っ当に何もわかっていないんだな」
 宇宙太はそんな彼を見ていつもの呆れ顔を作った。
「シロッコを見て何にも思わねえのかよ」
「思うって何をだよ」 
 だがやはり彼は何もわかってはいなかった。
「あんなキザな白服野郎。ガイゾックなんかと比べたらヒョロヒョロだぜ」
「考えようによってはガイゾックより怖いぞ」
「!?そうなのか」
「ああ。ガイゾックは破壊するだけだろ。だがあいつは違う」
「よくわからねえな、それって」
「ギレン=ザビとかな。ちょっと違うが」
「独裁者なのかよ」
「そうなる可能性はある。とにかく奴は危険過ぎるんだ。言うなら怪物だ」
「怪物か」
「だからだ。御前もあいつを前にしたら用心しろよ。何をされるかわからねえぞ」
「よくわからねえがわかった」
 勝平はそう答えた。
「とにかくやっつけりゃあいいんだな」
「わかってるのかしら」
 恵子はそんな彼を見て首を傾げたがそれ以上は何も言わなかった。彼女もシロッコの脅威を感じてはいたがそれでもどうしようもないのではと思っていたからだ。ニュータイプでないとわからないこともあるのではないか、とさえ思っていた。
 ニュータイプの者達も少し経つと気を取り直してきた。だがカミーユだけは別だった。
「カミーユはどうだ」
 心配になったブライトがファに尋ねた。
「かなり悩んでいるようだが」
「少しはましになりましたけれど」
 それでもその声はあまりよいものではなかった。
「けれどそれでも。やっぱり何か歯切れが悪いです」
「そうか」
「時間が経てば違うと思うんですけれど。どうでしょうか」
「生憎その時間がな」
 ブライトはそれを聞いて苦い顔を作った。
「あまりない。ネオ=ジオンの部隊が確認された」
「ネオ=ジオンが」
「そうだ。カミーユの力は必要だ。できるだけ早く立ち直って欲しいんだが」
「けれど今は」
「難しいかどうしたものかな」
「あれっ、何かったんですか?」
 二人が悩んでいるところにケーン達がやって来た。
「そんなに落ち込んで。悩みですか!?」
「気になるなあ。何なんですか」
「俺達でよかったら相談に乗りますよ」
「実はな」
 ブライトはその苦い顔に少しだが笑いを含ませてから三人に対して言った。三人はそれを聞くと一気に笑い飛ばした。
「何だ、滅茶苦茶簡単じゃないですか」
「簡単!?」
「そういう時はね、身体を動かせばいいんですよ」
「音楽を聴きながらね。それで万事解決です」
「そう上手くいくかな」
「失敗した時は考えない方がいいですよ。その時はその時」
「何か適当ね」
「適当なのが俺達のウリでな」
「あまり気にしない。じゃあファは案内して」
「何処によ」
「カミーユのところに。いっちょ派手に行こうぜ」
「あ、ちょっと」
「いいからいいから」
 何が何かわからないうちにファは三人に連れられてカミーユの部屋に向かった。ブライトはそんな彼等の後ろ姿を見て一人笑っていた。
「あれで上手くいけばいいがな」
「上手くいくさ」
 そこにクワトロがやって来た。そして彼にこう言った。
「そう思わなければ何もできはしない」
「楽天的にいくのか」
「そうだな。まあケーン達にはもう言うまでもないことだが」
「ああした軽い雰囲気はな。どうも苦手だ」
「ジュドー達もか」
「あの連中にも最初は悩まされたさ。どれだけ修正してもなおらないしな」
「苦労したんだな」
「アムロもそうだったしな。最初はあいつもどうしようもない奴だった」
「また懐かしい話だな」
 アムロもそこにやって来た。
「あの頃のことを蒸し返すのは正直困るんだが」
「だがそれで今の御前があるしな」
「確かにな」
 それを言われると苦笑するしかなかった。
「御前とはあの時は色々あったな、本当に」
「全くだ。どうしようもない奴だったよ」
「連邦軍の白い流星の若き日だな」
「おい、俺はまだ二十代だぞ」
「そういう私もだ」
 クワトロもそれに応えた。
「最近やけに老け込んできたのは自覚しているがな」
「私もな。何か色々と身体が痛む時がある」
「御前はストレスじゃないのか?」
「そうかも知れないが。まだ二十代だというのに」
「検査を受けてみろ。五十代とか言われるぞ」
「そこまではいかないだろ。三十代だと思うが」
「トレーニングはしているか?」
「一応はな。だが内臓がどうもな」
「ストレスだな、確実に」
「やれやれだ。もっとも最近はいい加減慣れてきたように感じているがな」
「それはどうかな。ある時急に来るぞ」
「一年戦争の時の方が楽だったか。厄介なのは御前やカイだけだったし」
「カイもか」
「あいつもな。ひねくれていて扱いに困った」
「今はジャーナリストをしていたな」
「そうらしいな。地球にいるらしいが」
「あいつも元気にやっていればいいな」
「まあ生きていることは確かだ。元気でやっているだろう」
 ブライトは懐かしそうな笑みをたたえながらそう言葉を続けた。
「リュウもスレッガーもいたしな。セイラさんも」
「セイラさんか」
 それを聞いてアムロも懐かしい顔になった。
「地球にいるとは聞いているが。どうしているかな」
「アルティシアなら元気でやっているさ」
「知っているのか、シャア」
「ああ。この前連絡があった。ダカールで株をやって生計を立てているらしい」
「そうなのか」
「会うことはないがな。だが何処となくうちとけてきた」
「それは御前がシャア=アズナブルでなくなったからだろう」
「そうなのかな」
「今の御前はクワトロ=バジーナだ。もうシャアじゃない」
「そうだな。もうその名前は捨てた」
「だがキャスバル=ズム=ダイクンには戻らないのだな」
「私には父の理想を完全には理解できはしないからな」
 クワトロは少し寂しそうな声でそう答えた。彼が言ったとは思えないような口調になっていた。
「私が父の理想を実現しようとすれば他の者を不幸にしてしまう」
「そうか」
「それは他の者にとっても私にとってもよくない。それならば私はクワトロ=バジーナでいる」
「わかった。それでは御前はそうしたらいい。クワトロとしてな」
「ああ」
「だが、御前をまだシャア=アズナブルだと思っている者もいる。それは忘れるな」
「わかっているさ」
 シャアはそう答えた。
「ハマーンもな。そう思っているだろう」
「ハマーン=カーンか」
 その名を聞いたアムロの顔が少し変わった。
「あの女、何を企んでいるのだろうな」
「ハマーンもまたジオンの亡霊に取り憑かれているのだ」
「ジオンの亡霊にか」
「そうだ。だからこそ地球に戻って来たのだ。アクシズからな」
「そうだったのか」
 アムロとブライトはそれを聞いて顔を引き締めさせた。
「地球がある限り戦いは避けられない。それは覚悟している」
「ジオンの亡霊とだな」
「そうだ。これは私の宿唖だ。逃げられはせんよ」
「では戦うのだな」
「そうするしかないだろう」
 その言葉には最早達観があった。
「ザビ家と私は。だがミネバに罪はない」
「ミネバ=ザビか」
「あの娘は何とかしたいが。できるだろうか」
「可能性がある限りはそうした方がいいな」
 アムロは言った。
「それは御前もそう願っていることだろう」
「全てお見通しというわけか」
「御前のことだ。すぐにわかるさ」
「やりづらいものだな。何もかも見透かされていると」
「しかしそれで止めるつもりもないだろう」
「ふ、確かにな」
 三人は来たるべきネオ=ジオンとの戦いについてそれぞれ考えていた。そしてそれを別に思う者もいた。
「あれ、セラーナさんこんなところにいたんですか」
「ええ」
 見ればナナである。セラーナは一人マクロスの喫茶店にたたずんでいたのだ。そして窓の外から道路を眺めていたのだ。
「シローさん達が探していましたよ。何処にいるのかって」
「そうだったのですか」
「マクロスにいるのならそう言ってもらわないと。皆心配しますよ」
「御免なさい。ところでナナさんはどうしてこちらに?」
「私はちょっとお兄ちゃんや京四郎さんについて。それでここに来たんですよ」
「そうだったのですか」
「ダイモスの整備のことで。色々とお話があるらしくて」
「ダイモスも前線で頑張っていますからね」
「そうなんですよ。もうフォローするこっちが大変で。お兄ちゃん仲間がピンチだとすぐにそっちに行っちゃうから」
「一矢さんらしいですね、何か」
「仲間が傷つくのを見ていられないんですよ。それで何かと頑張っちゃって」
「京四郎さんは止めないんですか?」
「まさか。京四郎さんってああ見えても実はお兄ちゃんより熱いんですよ」
「あら」
「戦いになるとね、お兄ちゃんのことが本当に心配らしくて。ピンチになるとすぐに突進するんですよ」
「意外ですね。そうは見えないのに」
「普段はすかしてますけれどね。あれで結構いい人なんですよ」
「そうだったのですけ」
「そんなのだからこっちもやらなきゃって思うんですけれど。けれどね」
「一緒にいると何かと大変そうですね」
「楽しいですけれどね」
「楽しい、ですか」
 セラーナはそれを聞いて少し寂しい顔になった。
「そうでしょうね。周りにいつも誰かいてくれると」
 そう言って寂しい笑みを作った。
「けれど私にな」
「セラーナさん・・・・・・」
 セラーナは一人窓を見続けていた。ナナはそれに何も言うことはできなかった。
 彼女もまた胸の中に何かを抱いていた。しかしそれは誰にも見せようとはしなかった。


第四十七話   完


                                   2005・9・28


[319] 題名:第四十六話 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2006年03月22日 (水) 01時24分

            狂った錬金術士
「チカ」
 シュウはマサキ達との約束通り地上にいた。今は赤道上においてチカと共にいた。
 ネオ=グランゾンに乗り込んでいる。その中から真下に広がる海を眺めていた。それは何処までも広がっていた。
「マサキ達は今頃どうしてるでしょうね」
「さあ」
 チカはそれには首を横に振った。
「あんな奴が何処で何してようとあたしには関係ありませんから」
「おやおや」
「御主人様はどうしてあんなのをいつも気にかけていらっしゃるんです?全然取るに足らない奴じゃありませんか」
「貴女はそう思いますか」
「当たり前ですよ」
 彼女はそう答えた。
「十を越える博士号を持っていて王族でしかもDCの大幹部だった御主人様がですよ。あんなのを相手にするなんて」
「手厳しいですね」
「それだけわからないんですよ、本当に」
 彼女はまた言った。
「時間の無駄ですよ、相手にするだけ」
「私はそうは思いませんけれどね」
 だが彼は自らのファミリアに対してそう言葉を返した。
「彼とは何か運命的なものを感じますしね」
「そうなんですか」
「はい」
 そしてあらためて頷いた。
「マサキとサイバスターは地球を、いえ人類を守る大きな力となるでしょう」
「あんな方向音痴でですか」
「ええ。そんなものは問題にならない位にね。世界を守る風となるでしょう」
「風、ですか」
 チカは風と聞いて考える顔をした。
「けれどあいつ一人じゃどうにもなりませんよ」
「確かにそうでしょうね」
 それは認めた。
「しかし彼は一人ではありません。そう、一人では」
「ロンド=ベルですか」
「それだけではありませんよ。運命です」
「運命」
 チカはそれを聞いてさらにわからなくなった。
「どういうことなんですか、本当に」
「わかりませんか」
「ええ。わかるように説明して下さい」
 そして逆にそう言った。
「何かこんがらがるだけですから」
「風がさらに大きなものを持ち込んで来ます」
「マサキがですか」
「ラ=ギアスも収めてね。それからさらに動くでしょう」
「あの、もっとわからなくなってきたんですけど」
「おや、そうですか」
「はい。何か困るんですけど、ここまでわからないと」
「そうですか。仕方ありませんね」
「もっとわかり易くお願いしますよ」
「要するにマサキとサイバスターが世界を救う力の一つになるということです」
「それだけですか?」
「はい、それだけです」
 シュウは言った。
「少なくともラ=ギアスでは動いてくれますよ。だから彼に行ってもらったのですよ」
「そうそう上手くいけばいいですよ」
「では私が判断ミスをするとでも」
「いや、そうじゃないですけれどね」
 主はからかうように笑ったのを見て慌ててそう返す。
「けど。大丈夫ですかね」
「安心していいですよ。それより」
 シュウは眼下の海を見下ろしながらまた言った。
「地球はまた騒がしくなりますよ」
「地球が!?」
「はい。また一人動こうとしています」
 そう言いながら今度は上を見上げた。
「あの女が」
「ああ、彼女ですか」
 シュウにはそれが誰であるのかすぐにわかった。
「予想通りですね」
「えっ、そうなんですか!?」
「はい。必ず動くと思っていました、彼女は」
「何とまあ」
 チカはそれを聞いてまたもや驚いていた。
「何か御主人様の読みって凄いですね」
「大したことはありませんよ。彼女の性格を考えると当然のことです」
 だが当人の態度は至ってしれっとしたものであった。
「これでまた一人新たな力が加わります」
「そうなります?」
「なりますよ」
 懐疑的なチカにもそう答える。
「ですから安心していて下さいね。当面は」
「当面は、ですか」
「大切なのはこれからです。宇宙からある者が来ます」
「バルマーですか?」
「はい。そこに彼がいます」
 そう言いながら上を見上げる。
「彼が。果たしてどうなるか」
 その顔に何かが差し込んでいた。
「それが問題なのです。地球にとっても、私達にとっても」
 シュウはそう言いながら空を見上げて続けていた。その空は彼が今まで見下ろしていた海のそれとは全く違う青を映し出していた。しかしその青は海のそれに勝るとも劣らぬ程美しいものであった。

 ミケーネ帝国は恐竜帝国が崩壊した後はあまり大きな軍事行動を起こしてはいなかった。暗黒大将軍も七大将軍も前線にはあまり出ず、ミケーネの侵略はとりあえずは沈静化していると言えた。
 それは邪魔大王国も同じであるように見えた。しかし彼等の姿は何時の間にかミケーネ帝国から消えてしまっていたのであった。
「ククル殿の居場所はまだわからぬか」
 暗黒大将軍はミケーネの基地の奥深くで七大将軍達に対してそう問うていた。
「ハッ、残念ながら」
 まずは超人将軍ユリシーザがそれに答える。
「地上にもおられませぬし。一体何処に行かれたのか」
「見当もつきませぬ」
 ドレイドウもそれに続く。彼等はそれぞれククルの居場所を探していたのだ。
「そうか。困ったことだな」
 暗黒大将軍はそれを聞いて溜息と共にこう言った。
「闇の帝王が復活されれば。我等は地上に対して全面的な攻撃に出るというのに」
「その為にあの者達も甦らせましたしな」
 昆虫将軍スカラベスが口を開いた。
「抜かりなきように」
「あの者達にも働いてもらわなければならんしな」
「はい」
 スカラベは暗黒大将軍に対して恭しく頭を垂れた。
「兜甲児にはあの者達をぶつけましょう。それが最も効果的でしょうから」
「兜甲児か。あの男にも我々は今までかなり煮え湯を飲まされておるな」
「だからこそです。あの男はあの者達に任せて我々は剣鉄也を」
「いや、待て」
 しかし彼はその言葉には首を縦には振らなかった。
「!?何か」
「あの男はわしがやる」
「暗黒大将軍自らですか」
「そうだ。そうでなければあの男は倒せはせぬ」
 彼は胸を張ってこう言った。
「だから任せておけ」
「わかりました」
 ここで悪霊将軍ハーディアスが部屋に入って来た。まるで影の様にすうっと姿を現わした。
「ハーディアスか。どうした」
「ククル殿の居場所がわかりました」
「ほう。何処におられるのだ?」
「ラ=ギアスです。そこで邪魔大王国の手勢を引き連れて何かを為されようとしておられますが」
「そうだったのか」
「如何致しますか?御呼びしますか?」
「待て」
 だが暗黒大将軍はそれをよしとしなかった。
「今は好きなようにさせておけ」
「宜しいのですか?」
「よい。今はな」
「はあ」
「それに上手くいけばラ=ギアスを占領できる。確かあの地にはロンド=ベルはいなかったな」
「以前はいたようですが」
 彼等はロンド=ベルがシュウによりラ=ギアスに送られていることをまだ知らない。今ロンド=ベルは日本か何処かにいるとばかり思っているのである。
「そうか。ならよい」
「わかりました。それでは」
「うむ。ただし闇の帝王が甦られたならわかっているな」
「はい」
 ハーディアスだけでなく他の将軍達もそれに応えた。
「その時こそ我等が地上を支配する時」
「ミケーネの手で」
「そなた等が兵を率いるのだ。よいな」
「ハッ」
 暗黒大将軍を中心として彼等は話を続けていた。そして次の侵攻に備えるのであった。

 ロンド=ベルはミケーネの予想に反してラ=ギアスにいた。そしてシュメルの家の近くで待機していたのであった。
「そのゼツって爺さんだけどよ」
 トッドがウェンディにゼツについて尋ねていた。
「ショットとかとは全然違うみたいだな」
「ショット。ショット=ウェポンのことですね」
 ウェンディはそれを受けてトッドにそう言葉を返した。
「ああ。あの旦那はああ見えても苦労人でな」
 トッドは彼について述べはじめた。
「地上じゃからり苦労してきたんだ。それでバイストンウェルでやっと成功した」
「そうだったのですか」
「その苦労のせいか野心持っちまってああなったんだがな。けどそのゼツって爺さんは何か野心とかそんなのはねえみたいだな」
「そうですね」
 ウェンディはそれに頷いた。
「確かに彼には権力欲や金銭欲といったものはありません。以前よりそうしたものには一切興味がありませんでした」
「やっぱりな」
「女性関係についても聞きませんしそういった面では問題はありません」
「ただ頭がおかしいだけか」
「結果としてそういうことになりますね」
「何かわかり易いわね」
 トッドの横にいたマーベルがそれを聞いて呟いた。
「所謂マッドサイエンティストってやつだな」
「ショウ、古い言葉を知ってるわね」
「それ以外に適当な言葉を思い付かなかったんでね」
 ショウはマーベルにそう返した。
「けれど間違ってはいないだろう?」
「そうですね」
 ウェンディもそれを認めた。
「科学と錬金術の違いはありますが大体において同じです」
「じゃあゼツはその研究に狂ったということか」
「若い頃からそうした錬金術士の倫理には問題があったと聞いています」
「やっぱりな」
 ショウはそれに頷いた。
「そして人を実験材料にしたのです。その脳を取り出して」
「いかれてやがるな」
「それで何をしたのですか?」
「そこからコンピューターを作ろうとしたのです。生体コンピューターを」
「そうしたものは案外あるのじゃないかしら」
 マーベルはそれを聞いてふと呟いた。
「色々な方法はあるにしろ」
「そうですね。問題はそれが生きた人間のものを取り出したことであり、それで大量破壊兵器を作ろうとしたことなのです」
「だからか。ラングランを追放されたのは」
「はい。そして今も剣聖シュメルを狙っているようですが」
「どうせ碌なことじゃねえな」
「それにより彼が恐るべき兵器を開発したならばラングランにとって大きな災いになります。それだけは防がなくてはなりません」
「そうでなきゃここにまた来た意味はないか」
「そうね」
「シュウに言われた時は何でまた、なんて思っちまったけどな。こうなりゃ仕方がねえ」
「協力してくれますか」
「協力も何も仕方ねえだろ」
 トッドはまた仕方ないという言葉を使った。だがその顔はそうした感じではなかった。
「戦友なんだからよ」
「戦友」
「そうよ。ウェンディさんもマサキ達も私達にとっては大切な戦友よ。それは変わらないわ」
 マーベルも言った。
「俺は正直何か強制的な感じで反発もないわけじゃないけどな。それでもそれが聖戦士の務めならやってやるさ」
「ショウも」
「そういうことだ。ウェンディさんよ、安心しな」
「はい」
 あらためてトッドに言われて頷いた。
「それでは宜しくお願いします」
「おう」
「宜しくね」
 聖戦士達とウェンディはそんな話をして絆を固めていた。そしてマサキ達もマサキ達でそれぞれ話をしていた。
「シュメルっておっさんはそんなに強かったのかよ」
「知らなかったのか!?」
「ああ。今はじめて詳しく聞いたぜ」
 マサキはファングにそう答えた。
「そんなに凄かったなんてよ」
「ゼオルート先生から何も聞いてはいなかったのか」
「生憎な。まだこっちにも慣れちゃいなかったしな」
「そうだったのか」
「おめえに言われたのが最初だな。詳しいことは」
「なら仕方がないか」
「だがそれにしてもどうかと思うがな」
 ヤンロンがそれに付け加える。
「プレセアからは何も聞いてはいなかったのか」
「わたしもパパからはあまり聞いてはいないんです」
 プレセアはヤンロンにそう答えた。
「パパおうちじゃお仕事のこととか全然話さなかったから。わたしもファングさんのお話聞いてびっくりしてます」
「そうだったか」
「あの人家じゃ冴えないおじさんだったからね」
 ベッキーがここで言った。
「宮廷でもどこかぼんやりしてたし。伝説的な剣皇って言われてもどこかピンとこなかったよ」
「俺はそうではなかったがな」
 だがアハマドは違っていた様である。
「あの気・・・・・・。明らかに只者ではなかった」
「そうなの」
「かなりの腕の持ち主だと思った。そしてその通りだった」
「アハマドはずっと戦いの中に生きてきたからね」
 シモーヌが口元にうっすらとした笑みを浮かべてそう述べる。
「だからわかるんだろうね」
「何か私とは全然違いますね」
「どっちかっていうとデメクサに近かったね、普段は」
 ベッキーはデメクサが口を開くとそう言った。
「そういえば似ておるな、雰囲気といい」
 チェアンもそれに同意する。
「もっとも拙僧もあの御仁は最初は単なる貴族か何かかと思っておったが」
「チェアンはまた煩悩が強過ぎてわからなかったんじゃないの?」
「シモーヌ、言ってくれるな」
「あんたはね。まあそこがいいところなんだけれど」
「いいところなのかなあ、それって」
 それを聞いて呆れずにはいられないプレセアであった。
「けれどあのシュメルって人も普段は静かな人みたいだね」
 話が一段落したのも束の間ふとリューネがそう言った。
「絵なんか描いてさ。ちょっと見じゃ剣を使うなんてわからないよ」
「それでも昔はホンットに凄かったんだから」
 セニアがそれに答える。
「その時あたしはまだほんの子供だったけれど。ゼオルートとの試合見て感激したわ」
「それで次の日から棒振り回したんだね」
「ウッ、何でそれ知ってるの?」
 リューネに言われギクッとした顔になる。
「ウェンディさんから聞いたよ。それでテリウスの頭殴って泣かしたそうじゃない」
「子供の頃の話よ、それ」
「まああたしも子供の頃は結構暴れたからね、気持ちはわかるよ」
「そうそう、女の子が元気でなくちゃ」
「けどそれが姫さんだと問題だろ?」
 マサキはそれを聞いてぼやいた。
「テリウスも災難だな」
「マサキ、何か言った!?」
「いや、何も。けどそんな人がゼツなんかの手に渡ったらマジでえらいことになるな」
「そうね。だから私達がここにいるのだし」
 テュッティがそれに頷く。
「何とかしなくちゃ駄目よ。マサキ、それはわかってるわね」
「わかってるけどよ」
 それでもマサキは何か言いたそうであった。
「何かあるの?」
「テュッティ、さっきから紅茶に角砂糖何個入れてるんだよ。もう十個だぜ」
「あら、それが普通よ」
「普通じゃねえだろ、そんなの」
「けれど美味しいわよ」
「美味いまずいの問題じゃなくてな」
 とりあえずはシュメルに関する話は終わった。彼等は甘いものの話に転じた。そして夜になっていった。

 ラ=ギアスの夜は地上の夜とは違う。太陽は昇ったり沈んだりするのではなく、出たり消えたりするのである。月もまた同じである。タダナオとオザワはそれを大空魔竜の下から見ていた。
「何か久し振りに見るとあらためて驚くな」
「ああ」
 二人はそのラ=ギアスの夜空を眺めながら話をしていた。
「最初見た時はもっと驚いたものだが」
「御前もか」
「驚かない筈がないだろ?」
 オザワはタダナオにそう言葉を返した。
「いきなりここに来てだ。それで太陽が昇ったり降りたりしないんだからな」
「それは俺もだ」
 タダナオは相槌を打った。
「全くな。何て場所だと思ったよ」
「それで魔装機に乗せられてな。しかも僕と御前は敵同士だった」
「ほんの少し前のことなのにもうかなり昔のようだな」
「あの戦いもな。夢のようだった」
「それでそのシュテドニアスだがな」
「ああ」
「一体どうなったんだ?あれだけ派手に負けちゃ後がかなり大変だろう」
「強硬派は失脚したらしいな」
「まあそうだろうな」
「そして元々議会で主流を占めていた穏健派が中心になって国の建て直しにあたっている。ゾラウシャルドも落選したよ」
「あいつも失脚したのか。当然だな」
 タダナオはそれに頷いた。
「シュテドニアスも選挙があるからな。戦争に負ければ当然だな」
「そうだな。しかしそれでロボトニー元帥が大統領になったのは意外だったな」
「ロボトニー元帥?ああ、あの人か」
 名前を聞いてすぐには思い出せなかった。だがタダナオはそれに関して何も思わなかった。
「シュテドニアス軍の良識派で重鎮でもある」
「軍人だけれど軍事の知識だけじゃない。幅広い視野を持つ人だぜ」
「よく知ってるな」
「当たり前だろ」
 彼はそう言って笑った。
「シュテドニアス軍にいたんだからな、僕は」
「そういやそうだったな」
「・・・・・・ってさっき話しただろうに」
「人間忘れることもあるさ」
「しょっちゅうだろうが、それは」
「まあ気にしない気にしない」
「連邦軍にた頃から全然変わってないな、本当に」
「そうそう急に変わったらかえって怖いだろ」
「それはそうだけれどな。しかし」
「しかし、何だ?」
「御前あのロザリーって娘どう思う?」
「何だ!?ホレたか!?」
「違うよ。生憎今一つタイプじゃなくてな」
「おやおや」
「赤い髪の女の子には昔ふられたことがあってな。それからどうも」
「ミレーヌちゃんはいいのかよ」
「あの娘はピンクだろ。また違うさ」
「どっちも似たようなもんだろうに」
「それが違うんだよ。それがわからないから御前は駄目なんだよ」
「どのみち俺は年下にはあまり興味がないけれどな。それでそのロザリーだがどうしたんだ?」
「おかしいと思わないか?何か」
「そう言われてもなあ」
 タダナオはオザワのその言葉に首を傾げさせた。
「何処かどうおかしいのか。まずはそれを言ってくれよ」
「言わなくてもわかるのが本当のプレイボーイだと前言ってなかったか?」
「無茶言うな。いきなり言われてわかるか」
「どうやら本当のプレイボーイじゃないみたいだな」
「ごたくはいい。それでどうおかしいんだ?」
 少し苛ついてそう言い返した。
「俺は特におかしいとは思わないけれどな」
「目だ」
 オザワはそう言った。
「目!?」
「そうだ。彼女がシュメルさんを見る目だ。おかしいとは思わないか?」
「俺は別に」
 腕を組み考えながらそう述べた。
「おかしいとは思わないけれどな」
「そうか。しかし僕は違う」
「どう違うんだよ」
「何かね、フィアンセと言ってる割には目の色が違うんだ」
「そうかねえ」
「普通押し掛けてまでフィアンセというからには愛している筈だよな」
「当然だろう?そんなこと」
 今更何を言っているのかとさえ思った。
「恋愛小説や少女漫画の基本だぜ、それは」
「御前もそう思うか。だが彼女の目は違う」
「どう違うんだよ」
「何かな、憎しみを感じるんだ」
「憎しみ!?」
 タダナオはそれを聞いてさらに首を傾げさせた。
「また訳のわからねえこと言うな、おい」
「どう訳がわからないんだ?」
 オザワも反論してきた。
「あのな、押し掛けフィアンセだぞ。押し掛け」
「押し掛け押し掛けしつこいがまあいいだろう」
「それでどうして憎しみなんてあるんだ!?どう考えてもおかしいだろ」
「普通に考えればな」
「普通じゃないっていうのかよ」
「よく考えてみろ。ロザリーはバゴニアの人間だな」
「ああ」
 タダナオはそれに頷いた。
「そう、バゴニアだ。ではゼツと関係があるとは考えないか?」
「まさか」
 タダナオは首を横に振った。
「そんなこと有り得ねえだろうが」
「断言できるか?」
「うっ」
 しかしオザワにそう言われかえって黙り込む羽目になってしまった。
「言えないだろう。スパイである可能性は否定できない」
「しかしな」
「一年戦争の時にホワイトベースに潜り込んだジオンの女スパイの話は知っているな」
「ああ、カイさんのあれか」
 タダナオもその話は知っていた。カイが出会ったジオンのスパイのことである。彼女は弟や妹達を養う為にジオンに協力していたのだ。だがカイに見つかり身を引いた。一歩間違えれば彼女もカイも命を落としていたかも知れない危険な状況下において。
「けれどあれは」
「剣聖シュメル、事前に何か手を打たれていてもおかしくはない」
 オザワは冷静にそう述べた。
「そうではないか」
「そりゃ軍隊では常識だけれどよ」
「可能性は大いにある否定はできないな」
「そうだが今回はそれではない」
「ゼンガーさん」
 二人の前にゼンガーが姿を現わしてきた。闇夜の中に赤い軍服と銀の髪が浮かび上がる。
「どうしてここに」
「鍛錬を積んでいた」
 彼は静かにそう言った。
「示現流は一日で極められはしない。剣の道はな」
「それでですか」
「それはそうと話は聞かせてもらった」
「はい」
「あのロザリーという娘がスパイかという疑念だな」
「ええ。ゼンガーさんはどう思われますか?」
 オザワは彼にも尋ねてきた。
「そうじゃないですよね」
 タダナオもであった。それぞれでゼンガーが答えることを願っている内容はそれぞれ違うが。
「そうだな」
 彼はまず一テンポ置いてから言った。
「俺はそうではないと思う」
「やった」
「何故ですか!?」 
 それを聞いて喜ぶタダナオ。だがオザワはそれでも問うた。
「どうしてなんですか、教えて下さい」
「動きだ」
「動き!?」
 オザワはそれを聞いて眉を動かせた。
「あの娘の動きは確かに剣の嗜みがある者の動きだ」
「はい」
「それもかなりの熟練の。若いが剣の腕は確かなようだ」
「けれどそれだけじゃ」
「それだけだった」
 ゼンガーはまた言った。
「だがそこには軍人としての動きはなかった」
「軍人の」
「そうだ。このロンド=ベルにも民間人は多いな」
「ええ、まあ」
「かなりの割合で」
「彼等と軍人の動きは違う。訓練を受けているからな」
「訓練ですか」
「軍人は何事も訓練だ。それで戦いを身に着ける」
「まあ」
「その通りですね」
 タダナオもオザワも軍人である。だからこそわかることであった。彼等も入隊からラ=ギアスに召還されるまでずっと訓練を受けてきた。それはもう骨身に染みついている。だからよくわかった。
「彼女にはそれがない。軍人の動きではなかった」
「けれど民間人のスパイじゃ」
「それにしては目の色が違う」
「目、ですか」
 またそれについて触れられた。
「そう、彼女の目は探る目ではない。そこからも違うとわかる」
「じゃあ完全にフィアンセなんですね。いいことだ」
「だがそれもまた違う」
「っていいますと?」
「その目だがあれは憎しみの目だ」
「やはり」
 オザワはその言葉に大きく頷いた。
「やっぱりゼンガーさんもそう思いますか」
「今までよく見てきた目だ。仇を見る目だ」
「仇を」
「詳しいことはまだわからないが。あれは決して愛しい者を見る目でないのは確かだ」
「そうなんですか」
「だからか、あの目は」
 そうやら二人の言っていることはそれぞれ一面においては正解であって一面においては外れであったようだ。
「剣聖シュメル、決して他人から恨みを買うような者には見えないが」
 ゼンガーは静かにそう言った。
「だが人というものはわからない。何処で恨みを買うのかはな」
「そうですね」
「けど。仇討ちだとすると厄介だな」
 タダナオはポツリとそう言った。
「厄介なことになるな、ドロドロとしてて」
「ドロドロか」
「時代劇でもよくあるじゃねえか。父の仇、とかいってな」
「よく知ってるな」
「知ってるも何も時代劇つったらお決まりだからな。嫌でも知ってるさ」
「バゴニアも気懸りだ」
「それもありますしね。何かこの話思ったより厄介なものみたいですね」
「うむ」
 ゼンガーは最後に頷いた。三人は闇夜の中最後までそう話をしていた。

 翌日ロンド=ベルはシュメルの邸宅を中心として哨戒活動を行っていた。哨戒にあたるのは魔装機達であった。他のマシンと三隻の戦艦はシュメルの邸宅近辺で警戒にあたっていた。
「マサキ、今度は迷うんじゃないよ」
「チェッ、またそれかよ」
 マサキはシモーヌにそう言われて顔を顰めさせた。二人はペアで哨戒にあたっていたのだ。
「いい加減俺を信用してくれよな」
「それは無理な相談だね」
 しかしシモーヌは辛辣であった。
「あんたには前科があり過ぎるからね」
「そう言われるとまるで俺が犯罪者じゃねえか」
「少なくともこの件に関して信用がないのは本当だニャ」
「自覚してないところが凄いよな」
「御前等ちょっとは御主人様をフォローしようとは思わないのかよ」
 影からひょっこりと出て来たクロとシロに対して言う。
「守ろうとかよ。それでもファミリアかよ」
「ファミリアだから言うんだよ」
「そうじゃなきゃ他に誰が言うんだよ」
「ちぇっ」
 マサキはまたふてくされた。
「わかったよ。じゃあ大人しくシモーヌについて行くぜ」
「そうそう」
「それが一番だよ」
 こうしてマサキとシモーヌは哨戒を続けた。だが二人は敵にはあたらなかった。幸か不幸かは別にして。
「こちらミオでぇ〜〜〜す」
「はい」
 ミオとプレシアのチームから連絡が入った。シーラがそれに出る。
「敵発見しました。そっちに向かってます」
「どれだけですか?」
「数にして二百。魔装機ばかりです」
「わかりました。それでは迎撃用意を整えます」
 シーラは冷静にそう返した。
「お疲れ様です。それでは戻って下さい」
「わっかりましたあ。ところでうちのサモノハシが何か言いたいみたいなんですけれど」
「カモノハシがですか」
 しかしそれを聞いても特に変わりはしない。シーラはいつものままであった。
「はい。女王様に新しい芸を披露したいって言ってます」
「芸?」
「はい。いいでしょうか」
「ちょっと師匠」
 ここでジュン達が出て来た。
「最初に言うたらあきまへんがな」
「けれど言っておかないとお姫様驚いちゃうよ」
「それがええんですがな。お笑いは驚かせてナンボ」
「それにお姫様じゃなくて女王様やし」
 ショージとチョーサクも出て来た。
「まあここはパッといかなあきまへんのや。戦争の前の景気付けに」
「そうそう」
「ではほまいきまっせ」
「わし等の新しい芸」
 しかしそこでモニターは切られた。次にはプレシアが出て来た。
「とりあえずそっちに戻りますね」
「わかりました」
 こうして三匹の新しい芸とは何であるのか結局はわからなかった。何はともあれロンド=ベルは迎撃態勢を整えるのであった。
 ロンド=ベルが迎撃態勢を整え終わるとそこにバゴニア軍が来た。その先頭には何やら異様な魔装機があった。それが何なのかロンド=ベルにはよくわからなかった。
「変なのが先頭にいやがるな」
 それに最初に気付いた甲児が言った。
「悪趣味なデザインだぜ。ドクター=ヘルに対抗できるな」
「ヒョヒョヒョ、誰じゃそれは」
 するとその魔装機からしわがれた老人の声が聞こえてきた。
「わしのことではないようじゃが」
「あんた、一体何者なんだ?」
「まともな人間じゃないのはわかるが」
 サンシローとリーがそれぞれ問うた。そして老人はそれに答えた。
「わしか?わしはゼツじゃ」
「来たのね」
 ウェンディはそれを聞いて顔を顰めさせた。
「遂に」
「おや、そこにいるのはウェンディじゃな」
 ゼツの方も彼女の存在に気付いた。
「元気そうじゃな。どうやらいい女になったようじゃ」
「お久し振りです。博士」
 ウェンディは内心はともかく表面上は冷静さを守ってそう応えた。
「お元気そうで何よりです」
「ヒョヒョヒョ、お互いな」
 ゼツはそれに対して相変わらず笑ったままであった。
「御苦労なことじゃ。わざわざこんなところにまで」
「そして御用件は何でしょうか」
「いや、何でもない。貴様等ラングランに復讐するだけじゃ」
 彼は何気なくそう言った。
「その為にそこにいるシュメルを貰い受けてやろう。さあさっさとどくがいい」
「おい爺さん」
 そんな彼に宙が言った。
「何かあんたに一方的に有利な話だと思うんだがどうなんだ」
「それがどうしたというのじゃ?」
 しかしゼツはそれに対しても平気であった。
「貴様等のことなんぞ知ったことではないわ。わしだけがよければな」
「何て奴だ」
 ピートはそれを聞いて嫌悪感を露わにさせた。
「わしがラングランの愚か者共を成敗するのにシュメルが必要なのじゃ。さあさっさとどくがいい」
「どけと言われてそうそうどく奴なんかいないわよ」
 マリアがそれに反論する。
「大体あんたみたいにいかにも危なそうなのの言うことなんか聞ける筈ないでしょ」
「何じゃとて?」
「あんたみたいなのはねえ、今まで飽きる程見てきたのよ。まんまマッドサイエンティストじゃない」
「見たまんまだな、おい」
 甲児がそれに突っ込む。
「けどそうとしか思えないだわさ」
「あんたみたいなのがいるから世の中よくならないのよ。さっさと諦めて帰りなさいよ」
「帰れと言われてそう帰るわけにもいかんのう」
 当然聞く筈もなかった。
「わしはそこにいるシュメルに用があるんじゃからのう、フォフォフォ」
「この・・・・・・」
「よせ、マリア」
 飛び出そうとするマリアのドリルスペイザーを兄が止めた。
「兄さん」
「どうやら何を言っても無駄だ。話が通じる相手ではないらしい」
「じゃあ」
「そうだ。やるしかない。皆用意はいいか」
「と言われても最初からこうなるとはわかっていただろう」
 神宮寺は大介にそう言葉を返す。
「全軍攻撃用意。シュメル氏をお守りするんだ」
「了解」
 そして大文字の指示に頷く。
「じゃあまた派手にやってやるか」
「HAHAHA武蔵、ミーも一緒にいるってこと忘れでは駄目デーーーース」
「兄さんこそ調子に乗ったら駄目よ」
 ロンド=ベルは展開した。そしてそこにバゴニア軍が突進する。戦いはバゴニア軍の攻撃からはじまった。
「死ねいっ!」
 まずはゼツがビームを放つ。しかしそれはダイザーにあっけなくかわされてしまった。
「どうやら姿形の割りには大したことはないようだな」
 大介はリブナニッカプラスの蠍に似た異様な外見を見ながらそう呟いた。
「だが油断するわけにはいかない。マリア」
「ええ、兄さん」
 マリアはそれを受けて前に出た。そして宙を飛ぶ。
「合体ね」
「よし、ドリルスペイザーだ!」
 ダイザーも空を飛んだ。そして合体する。こうしてグレンダイザーはドリルスペイザーとなりそのままバゴニア軍に向けて急降下する。
「行くぞ!」
 そのまま眼下にいる敵に攻撃を仕掛けた。
「ドリルミサイル!」
 そしてミサイルを放つ。それによりまずはバゴニア軍の魔装機を一機撃墜する。
 それから地中に潜る。飛び出ると同時に真上にいた敵を貫く。
「ドリルアタック!」
「やったわね兄さん!」
 変幻自在の動きであった。空中と地中から攻撃を次々に放ち敵を屠る。バゴニア軍が動揺しだしたところで後ろから新たな敵が姿を現わした。
「どうやら間に合ったみたいだな」
 それはマサキ達であった。敵を発見した後でこちらに向かっていたのだ。そして今戦場に姿を現わしたのである。
「一気に行くぜ、皆」
「いや、待て」
 はやるマサキをゲンナジーが止める。
「どうしたんだ?」
「ミオがいない。何処に行ったのかわからないが」
「あれっ、ついさっきまでここにいましたよ」
 デメクサがおっとりした声でそう言う。
「けれどいませんね。おかしいなあ」
「見ればプレシアもいないな」
 ファングはプレシアにも気付いた。
「これは一体どういうことなんだ」
「ああ、大体わかったよ」
 しかしベッキーにはその事情がわかったようであった。声をあげる。
「わかったって何がだよ」
「二人はね、下にいるよ」
「下に!?」
「そうさ。心配無用だよ」
 そう言いながら前に出る。そしてバスターキャノンを放った。それで敵の魔装機を一機撃破した。
「だからね、どんどん行けばいいからね」
「けどよ」
「マサキ、迷うなんてあんたらしくないわよ」
 シモーヌがまたマサキをからかうようにして言う。
「今は前に出る。それとも怖いの?坊や」
「俺は坊やじゃねえ!っていうかその言い方は止めろ!」
「それじゃあ前に出る。いいね」
「ちぇっ、わかったよ」
「ふふふ」
 マサキの操縦は手馴れたものであった。こうしてサイバスターも前に出る。そしてサイフラッシュを放とうとしたその時であった。
「ん!?」
 突如としてその眼前に何かが姿を現わした。地中からであった。
「レゾナンスクエイク!」
 それはザムジードであった。ミオは出現と同時にレゾナンスクエイクを放ってきたのだ。
「うわっ!」
 マサキは慌てて身を退いた。レゾナンスクエイクは敵も味方も巻き込むかなり派手な攻撃なのである。
 サイバスターはそれを間一髪でかわすことができた。しかしバゴニア軍はそうはいかなかった。彼等はその攻撃によりかなりのダメージを受けてしまっていたのだ。
「今度はプレシアの番よ」
「はい」
 そして次にはプレシアのディアブロが姿を現わした。どうやらこの二機は最初からこれを狙っていたらしい。すぐに攻撃に移った。それによりバゴニア軍がまた撃破された。
「よし、上手くいったね」
「はい」
「師匠お見事!」
「流石でんなあ!」
「ピーピー!」
 二人は顔を見合わせて喜ぶ。三匹のカモノハシ達がその周りではしゃいでいる。だがそんな彼女達にマサキが声をかけてきた。
「流石じゃねえ、今までそうやって隠れてたのかよ」
「あ、お兄ちゃん」
「どうマサキ、上手くいったでしょ」
「上手くいったも何もいきなりレゾナンスクエイクぶっ放つなんてどういうつもりだ!こっちまでやられるところだったろうが!」
「仕方ないじゃない。そういう攻撃なんだから」 
 しかしミオはしれっとしたものであった。
「それによけてるし。結果オーライってことで」
「それで済むと思ってんのかよ!大体そんなことやる前に俺達に断りを入れておきやがれ!」
「意味ないじゃない、それじゃあ」
「何!?」
「兵とは軌道なり、って言うでしょ。騙すのはまず味方から」
「確かにその通りだな」
 そこにやって来たヤンロンがそれに頷く。
「ミオも戦いがわかっているな」
「ヤンロン、手前」
「まあここはマサキの負けだよ。二人のおかげでかなりこっちに有利になってるし」
「リューネ」
「それよりも敵の真っ只中だよ。それわかってる?」
「おっと、いけね」
 マサキは我に返った。そしてそこに来た敵を切りつけた。
「魔装剣アストラル斬り!」
 両断した。袈裟切りにされた敵はパイロットが命からがら脱出した直後に爆発した。だが敵は一機ではなかった。
「チッ、まだいるのかよ!」
「マサキ、そこにいるのか!」
「ショウ!」
 オーラバトラー達が敵を切り伏せながらこちらにやって来た。
「どうやら無事みたいだな」
「ああ、何とかな」
 ショウにそう返す。
「ちょっと危ないっていやあ危なかったけれどな」
 そう言ってミオをチラリと見るが当然ながら本人は意には介していない。
「そうか。だがもう大丈夫だ」
「敵はまだまだ多いけれどな。俺達もいるしな」
 トッドがそう述べて不敵に笑っていた。
「ああ、それじゃあ頼りにさせてもらうぜ」
「ああ」」
「任せておいて」
 マーベルも言った。オーラーバトラー達は舞い上がってそのまま敵を倒していく。その剣はまるで敵を斬れば斬る程その斬れ味を増していくようであった。
「何かあちらさんは凄いことになってるわね」
 レミーがそんなオーラバトラー達を見ながら楽しそうに声をあげた。
「まるで時代劇みたい。群がる敵を次から次に」
「荒木又右衛門みたいだな、こりゃ」
「キリー、よくそんなの知っているな」
「この前深夜放送で見たのさ。案外楽しいな」
「一人身は夜寂しいからね」
「へっ、それはお互い様だろレミー」
「あら、言ってくれるわね」
「戦士ってやつは孤独なのさ」
「そういうわりにはいつも一緒にいるけれどね」
「野暮なことは言いっこなし」
「それはそうとして目の前にいる敵を何とかしないとな」
「あら」
「おいおい、忘れてたとか言うなよ」
「よりどりみどりだったから。どれを相手にしようか考えてたら」
「それでどれを相手にするんだ?」
「ここは何か大物を狙いたいわね」
「じゃあ決まりだな」
 真吾はそう言ってゼツの乗るリブナニッカプラスを指差した。
「あれをやろう」
「ボスキャラをやっちゃうのね」
「それじゃあ何を使うかはもう決まっているな」
「ああ。それじゃあ行くぞ」
「了解」
「いっちょ派手にいきますか」
「よし!」
 ゴーショーグンは構えに入った。そしてその全身を緑の光が包む。
「ゴーーーーフラッシャーーーーーーーーッ!」
 そして数本の光の矢を背中から放った。それはそれぞれ一直線にゼツに向かって行った。
「おう!?」
 反応が遅れた。どうやらゼツはパイロットとして腕はそれ程ではないらしい。彼が気付いた時にはもうゴーフラッシャーの直撃を受けてしまっていた。
「ウゴゴ・・・・・・」
「何かドンピシャって感じかしら」
「こんなに見事に当たるのってそうそうないよな」
「しかし何か今までとは違うな」
「というと?」
「いや、今までよりもビムラーのパワーが上がっている気がするんだ」
 真吾はゴーフラッシャーの感触を思い出しながらそう言った。
「何かな、今までよりレベルアップしている」
「つまり強くなったってこと?ビムラーが」
「ああ、どうやらそうらしい。その証拠に敵さんのダメージも半端じゃない」
「そう言われれば」
「何かいつもより三割増し派手にやられてるな」
「ヒョヒョヒョ、どうやら今日のところは引き上げてやる時じゃな」
「けれど全然懲りてないわね」
「負けたとは思っていないみたいだぜ、奴さん」
「それはまあいいさ。どっちにしろあの爺さんは今回は退くしかないさ」
「冷静ね、真吾」
「ここは格好よくクールって言ってくれよ」
「そう言われるようになるまでドジでなかったらね」
「運がよくなきゃな、ヒーローってのは」
「随分言ってくれるな」
「愛情表現よ」
「仲間へのな」
「そう言えば許してもらえるわけじゃないぞ」
「まあまあ」
「気にしない気にしない」
 そんなやりとりの間にゼツは戦線から離脱していた。部下のことは知ったことではなかった。
「しかしこれでシュメルが今何処にいるかはわかったわい。後は・・・・・・」
 笑っていた。狂気が露になった笑みであった。
「お楽しみじゃな。ヒョヒョヒョヒョヒョ」
 不気味な笑い声を撒き散らしながら姿を消した。それを見てバゴニア軍も撤退するのであった。
「何か呆気なく行っちゃいましたね」
 ザッシュがそんな彼等を見送ってそう呟いた。
「意外とあっさりしていますね。話を聞いただけだとどんなにしつこいかと思っていたのに」
「おそらくこれで諦めたりはしないだろう」
 アハマドはザッシュに対してこう述べた。
「また来る。覚悟めされよ」
「はい」
「もっとも連中の行動パターンはわかり易いけれどな」
「そうなんですか」
 ザッシュは今度はマサキに顔を向けた。
「こっちにしか来ねえだろ。シュメルの旦那が狙いなんだからな」
「そうですね」
「とりあえずは守ってりゃいいさ。何か俺の性に合わねえけれどな」
「マサキもやっと戦いというものがわかってきたようだな」
「へっ、お世辞はいらねえぜ」
 アハマドにそう返す。
「だがまだほんの少しだけだ」
「それが本音かよ」
「戦いというものは奥が深い。それは覚えておくといい」
 何はともあれ戦いは終わった。ロンド=ベルはそれぞれ戦艦に帰投し休息に入ることにした。しかしそこでフェイルから通信が入った。
「殿下から?」
「一体何だろうね」
 そんな話をしながらそれぞれの艦橋のモニターに集まる。そしてモニターに姿を現わしているフェイルに注目した。
「よく集まってくれた」
 フェイルはまず一同に対してそう述べた。
「どうやら頑張ってくれているようだな。本当に何よりだ」
「まあこっちはそれ程敵も多くありませんしね」
 それに万丈が答えた。
「作戦も今までのとは比べて楽ですし。心配はいりません」
「そうなのか」
「それより大変なのはそちらでは?確かバゴニアの主力と戦闘中でしたよね」
「いや、実はそうでもない」
 だがフェイルはそれを否定した。
「といいますと」
「我が軍の主力とバゴニア軍の主力は国境を挟んで対峙したままだ。どうやら敵は積極的に攻撃に出るつもりはないらしい」
「そうなのですか」
「そして士気も奮わないようだ。目の前にいる彼等からは積極的に戦おうという意志は見られない」
「バゴニアも実はそれ程ラングランと戦うつもりはないということでしょうか」
「おそらくは。どうやら本気で我が国と戦おうと考えているのはゼツだけらしい」
「彼だけ」
「だが彼もそれはよくわかっている。政府や軍の上層部を洗脳しているらしい」
「それでですか」
「何て酷いことを」
 リムルがそれを聞いて顔を顰めさせた。
「だから戦い自体は続いている。対峙したままとはいえな」
「それじゃああの爺さんをやっつけちまえばいいんだな」
 豹馬があっけらかんとした調子でそう言った。
「それで万事解決なんじゃねえの?」
「アホ、そんな簡単に話がいくかい」
「全く。それで戦争が終わったら苦労しないわ」
「いえ、案外豹馬さんの言う通りかもしれませんよ」
 豹馬の言葉に呆れた十三とちずるだったがそんな二人に対して小介が言った。
「どういうことでごわすか、小介どん」
「今バゴニアは実質的にゼツ博士の独裁体制になっていますね」
「その通りだ」
 フェイルはそれに頷いた。
「今バゴニアはゼツの私物といってもいい状況だ。全てが彼の思うがままだ」
「けれどそれは僕達にとって狙い目なのです」
「爺さん一人やっつけりゃいいだけだからな」
「豹馬さんの言う通りです。それで我々は勝てます」
「けどそんなに上手くいくもんかいな」
「ユーゼスみたいに影でコソコソやられたら厄介よ」
「いえ、それはないと思います」
 小介はまた二人の仮説を否定した。
「それはどうしてなの?」
「彼はさっきも前線に出て来ましたし。どうやら自分の手でシュメル氏を捕らえたいようです」
「そうなんかい」
「はい。ですから僕達は彼が前線に出て来たところをやればいいです。それで全てが終わります」
「それやったら楽やな」
 十三は考えながらそう述べた。
「あの爺さんはパイロットとしてはそれ程やないからな」
「はい」
「そこを狙うか。それで万事解決だぜ」
「豹馬、それで全部終わりじゃないわよ」
「あれっ、そうなのか?」
「まだヴォルクルスってのがいるし。油断はできないわよ」
「そうか。じゃあ気を引き締めていくか」
「そうそう。しっかりしてよ、貴方リーダーなんだから」
「わかってるよ」
「もっとしっかりしてくれないと困るのよ」
「だからわかってるって言ってるだろ」
「わかってなさそうだから言ってるのよ。大体貴方はいつも・・・・・・」
 そしていつもの口喧嘩になった。間に十三と大作が入る。そして止めるのであった。
「そして殿下」
 今度は大文字がフェイルに語りかけてきた。
「はい」
「今回の御用件は。戦局をお伝えに来られただけでしょうか」
「いえ、実はそれだけではなくて」
「何でしょうか」
「援軍をそちらに送らせてもらおうと思いまして」
「援軍を」
「はい。こちらは戦力が足りていますし。それでそちらの助けになるかと思いまして」
「ふむ」
「如何でしょうか。宜しければすぐにでも送らせて頂きますが」
「有り難いですな、それは」
 彼はそう言って頷いた。
「そしてその援軍とは」
「今からそちらに送らせて頂きます」
 フェイルはそう答えた。
「頼りになると思いますよ。二人と魔装機達です」
「ほう」
「期待しておいて下さい。宜しいでしょうか」
「わかりました。それでは」
「はい。そしてモニカ、セニア」
「はい」
「何、兄さん」
 フェイルは話が終わったのを見計らって妹達に声をかけてきた。二人もそれに応えた。
「どうやら元気そうだね。何よりだ」
「御愁傷様で」
「モニカ、それ意味違うわよ」
「あら、そうでしたの?」
「おかげ様で、でしょ。大変な間違いよ」
「そうでしたの。それではお疲れ様で」
「・・・・・・もういいわ」
「どうやらモニカも変わりないようだな」
「そうね。けれど兄さんも元気そうじゃない」
「そうでもないけれどね」
「えっ、無理とかしてない!?」
 セニアはそう言われて少し不安になった。
「あまり無理しちゃ駄目よ。カークス将軍もいるんだし」
「戦いの方はそれ程でもないのだけれどね。ただ」
「ただ?」
「御前達のことが心配でね。クリストフのところに行ったテリウスのことといい」
「知ってたの」
「テリウスは元気にしているのだろうね」
「とりあえず元気みたいよ。あんまり影響を受けていないみたいだし」
「そうなのか」
「結構気が合ってるみたいよ。今は地上で二人でいるわ」
「本当でしたらあたくしがいる筈でしたのね」
「おめえはまたいたら何するかわかんねえんだよ」
 マサキがハンカチを口に噛んで悔しそうにするサフィーネに対して言った。
「只でさえ危ないのによ」
「御言葉ね、坊や」
「実績があり過ぎるんだよ、ちょっとはまともにやれよ」
「どうやら坊やにはあたくしの高貴な趣味は理解出来ないようですわね」
「理解できなくてもいいってんだよ、そんなの」
「何だったら今度部屋に来てみる?」
「お断りだね」
「あらあら」
「セニアにはいいものを届けられると思う」
「何かしら」
「それはすぐにわかる。期待しておいてくれ」
「何かよくわからないけれどわかったわ」
 セニアは言われるがままに頷いた。
「それじゃあ楽しみに待ってるわね」
「うん。ところで地上はどうだった」
「地上?」
「そうだ。かなり大変だったようだが」
「まあね。けれど楽しかったわよ」
「楽しかったのか」
「あちこち行けたし。色んな人に会えたしね」
「何か凄い人もいるけれど」
「それって誰のこと!?」
 ポツリと呟いたシンジにアスカがくってかかる。
「あたしのことじゃないでしょうね」
「アスカって凄い人だったの?」
「えっ、違うの!?」
「凄いっていうのはつまり」
 そう言いながら横目でドモン達を見る。
「常識を超える人達のことなんだけれど」
「あのね、あたしは人間を対象にしてるのだけれど」
「タケルさん達はいいの?」
「超能力はね。それにバルマー星人もあたし達も一緒でしょ」
「うん」
「今ここにはいないけれどダバさんやミリアさんも。それはいいのよ」
「そうなんだ」
「けれどあからさまに人間じゃないのは論外なの。何処の世界に素手で使徒やっつける人がいるのよ」
「何かそれにやけにこだわってない?前から」
「ニュータイプや聖戦士って問題じゃないでしょ。あんなの見たことも聞いたこともないわよ」
「あら、それはアスカの経験が足りないだけよ」
「ミサトさん」
 見ればミサトが姿を現わした。
「あれ位普通よ」
「そうなんですか」
「世の中にはね、秘孔を突いたりコスモを感じたりする人がいるんだから」
「何か言ったか?」
「俺が呼ばれたような気がするんだが」
 竜馬と宙がやって来た。
「あら、噂をすれば」
「言っておくが俺は北斗神拳は知らないぞ」
「俺は魔球も知らないぞ」
「何かよく知ってますね」
「それは言わない約束よ、シンジ君」
「そう言うミサトも色々と過去があるじゃない」
「ギクッ」
 リツコに言われ顔を崩す。
「セーラー服はもう卒業したのかしら」
「そんなのはどうでもいいでしょ。大体私だけじゃないし」
「僕も何か記憶があるなあ」
「タキシードを着たアムロ中佐とね」
「何かそれって全然似合いそうもないですね」
「若しくは宙君とか」
「俺はそんなの着ないぞ」
「わかってるわよ。大体私の歳でセーラー服着たらおかしいでしょ」
「確かに」
「異様だな」
 竜馬と宙がそれに頷く。
「とにかくね、セーラー服はもう十年も前に卒業したのよ。今はこのネルフの制服よ」
「そうなんですか」
「そうよ。これって案外動き易くて気に入ってるのよ」
「ミサトには赤も似合うしね」
「わかってるじゃない、リツコ」
「長い付き合いだからね。私には黒と白よ」
「何で黒なの?白はわかるけれど」
 ミサトはリツコの白衣を見てそう言った。
「クロちゃんとシロちゃんよ」
「ああ、成程」
「あの子達がいるとね。やっぱり違うわ」
「リツコって猫好きだもんね」
「ええ。何かね、落ち着くの」
「犬はどうなんですか?」
「犬も好きよ」
「そうなんですか」
 シンジの問いに答える。
「全体的に動物は好きなのよ。昔からね」
「けれど飼ってはいないわよね」
「部屋がなくてね。この戦いが終わったらペットも飼えるマンションに引っ越したいのだけど」
「まあ頑張りなさい」
 ミサトとリツコはそうした軽いやりとりを続けていた。フェイルの通信も終わった。こうしてシュメルを巡る戦いはまたロンド=ベルの勝利に終わった。だがそれで戦いは終わりではなかった。敵も彼等だけではなかった。
「イキマよ」
 暗闇の中から女の声が聞こえてきた。
「ハッ」
 それに従いイキマが闇の中から姿を現わした。
「用意はできておろうな」
「既に」
 イキマは畏まってそれに頷いた。
「後はククル様の御言葉だけです」
「うむ。ならばよい」
 それに応えるかのようにククルが闇の中から姿を現わした。
「アマソとミマシはどうしているか」
「二人も同じです」
「そうか。では後はわらわの声だけだな」
「如何為されますか」
「そうじゃの。そろそろ動くか」
 彼女はにやりと笑ってそう述べた。
「時が来た。よいな」
「はっ」
「このラ=ギアス、来るのははじめてだが」
「中々壊しがいのある場所のようですな」
「それは違う」
 だがククルはイキマのその言葉を否定した。
「といいますと」
「わらわはここには興味はない。あるのはあの者達だけだ」
「ロンド=ベル」
「左様。特にあの男にな」
 その脳裏に銀髪の髪の男の顔が浮かんだ。
「マガルガの恨み、ここで晴らしてくれる」
 赤い目に憎悪の炎が宿る。だがそれはすぐに消された。
「ククル様」
 そこにアマソとミマシも来たのである。三人はククルの前で並んで畏まった。
「来たか」
「はい。御命令を」
「わかった。では行くがいい」
「はっ」
「ただしあの男はわらわが相手をする。手出し無用ぞ」
「わかっております。それでは」
「うむ」
 三人は姿を消した。後にはククルだけが残った。
「わらわも行かねばば」
 そう言いながら奥へ消えた。そして玄室に入るとその服を脱いだ。白い裸身が姿を現わす。それはまるでギリシア彫刻の様に整っていた。幻の様に美しかった。
 髪も解く。銀色の髪がその裸身を覆う。そのまま玄室の向こうにある扉を開けた。そこは巨大な浴室であった。
 その浴室にある浴槽に身体を浸す。そしてその中で一人思索に耽っていた。
「ゼンガー=ゾンボルト」
 彼女はあの男の名を呟いた。
「今度こそ必ずやぬしの首を討つ」
 その脳裏で首を断ち切られるゼンガーの姿が思い浮かんでいた。
「覚悟しておれ」
 彼女は戦いに赴く為にその身を清めていた。それはそのまま戦いへの決意であった。ゼンガーに対する憎しみの表われでもあった。

第四十六話    完


                                     2005・9・24


[318] 題名:第四十五話 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2006年03月22日 (水) 01時15分

            潰えた理想
 宇宙へ出たロンド=ベルの者達はマイヨが守る防衛ラインを突破しそのまま月にあるマスドライバーに向かった。そしてそこでマスドライバーを破壊する予定であった。
「目標まであと一時間です」
 ルリの声が四隻の戦艦に響く。
「皆さんそろそろ準備をお願いします」
「よし」
 ブライトはそれを聞いて頷いた。
「総員スタンバれ。いいな」
「了解」
 アムロが皆を代表するようにそれに頷く。
「いよいよだな」
「ああ」
 ブライトは友の声に頷いた。
「何か戦ってばかりだが」
「お互いな」
「御前の方が辛いだろうが宜しく頼むぞ。モビルスーツ部隊はやはり御前が中心だからな」
「おいおい、これはいつものことだぞ。俺が前線に出るのは」
「それでもだ。御前には昔から何かと助けられているしな」
「それで今回もだな」
「戦いが終わるまで御前には何かと負担をかけることになるが。頼むぞ」
「御前も艦長として宜しく頼むぞ」
「ああ、わかった」
 アムロはブライトと艦橋で軽くやりとりをした後で格納庫に向かった。するとそこには既に他のパイロット達が集まっていた。
「何だ、今回は早いな」
「あ、アムロ中佐」
 そこにいた者達がアムロの声を聞き顔を上げる。ビルギットが声をあげた。
「今度でギガノスとの決戦ですよね」
「まあそうだな」
 アムロはそれに頷いた。
「敵の本拠地を叩くわけじゃないがこの作戦が成功すればギガノスは地球への攻撃手段をなくす」
「重要ですね」
「そうだ。だからこそ皆には活躍を期待するよ」
「任せて下さいって」
 ジュドーが胸を叩いて言う。
「俺とダブルゼータがいる限りギガノスの奴等に大きな顔はさせませんよ」
「随分自信があるんだな」
「勿論。ニュータイプの戦いを見せてやりますって」
「そうい言っていつもみたいにエネルギー切れにはなるなよ」
 シーブックが調子に乗るジュドーをそう言って窘めた。
「この前それで大変だったんだからな」
「全くですよ。コロニーを防いだと思ったらダブルゼータが動けなくなってるなんて」
 ウッソもそれに参戦した。
「ラー=カイラムまで持って行くの大変でしたよ」
「悪い悪い」
「後先考えずにハイメガキャノンを使うから。今回はそんなことがないようにして下さいよ」
「そうでなくてもダブルゼータはエネルギー消費が激しいしな」
 カミーユが冷静に述べる。
「慎重に戦わなくちゃいけないんだ」
「カミーユさんが言うと説得力あるわね」
「俺もゼータツーにはじめて乗った時はそうだったからな」
 ルーにそう応える。
「だからわかるんだ」
「そうだったんだ」
「そういえばカミーユさんマークツーにも乗ってましたよね」
 エルが彼に尋ねてきた。
「最初の頃だったかな。少し乗っていたよ」
「あれはそれ程でもないですよね、エネルギー消費は」
「ああ。何かと使い易くていい機体だよ、あれは」
「そうそう」
「エルのはそうかもしれないけど俺のは違うよ」
「モンドのはフルアーマーだからね」
「最初は困ったよ。今までのマークツーとは動きが全然違うんだから」
「そのわりに巧く扱ってるじゃない」
「慣れたからね、何度も乗ってると」
「俺のフルアーマー百式改も曲者だしな」
 ビーチャも言った。
「火力がでかいのはいいけれどその分操縦が難しいぜ」
「僕のメタス改も今までのメタスとは違うしね」
「何だ、イーノのもかよ」
「うん。だから結構困ったよ、最初は」
「そうなんだ」
「最初だけだったけれどね。けれどやっぱり慣れるよね」
「ブライトから聞いたが何か君達はまた変な方法でロンド=ベルに入ったそうだな」
 アムロは話の途中で彼等にそう尋ねてきた。ガンダムチームの面々はそれに答える。
「まあシャングリラに敵が来て」
「それであれよころよという間でしたから」
「何か君達はそういうパターンが多いな」
「成り行きってやつですかね」
「これも運命かな」
「けれどそれでまたキュベレィに乗れるとは思わなかったな」
「プルツーはキュベレィが一番好きだからね」
「まあな」
 彼女はプルの言葉に頷いてみせた。
「あれが一番いい。あたしにとっては一番いい機体だ」
「あたしも。何か乗り易い」
「一緒にいられるしな。今度も頼むよプル」
「うん」
「まあ乗り易い機体が一番だな」
「アムロ中佐はやっぱりニューガンダムですか」
「そうだな」
 アムロは彼等の言葉に頷いた。
「俺が設計したせいもあるが。やっぱりガンダムが合っている」
「それはいいですね」
「もう前のバルマー戦役だからな。長い付き合いになるな」
「俺のダブルゼータもそうですけれどね」
「どうだ、やはり付き合いが長いとわかり易いだろう」
「はい」
「機体の癖がな。よくわかるようになる」
「そうですね」
「フォッカー少佐も言っていたよ。今乗っている機体が一番いいってな」
「そういえばバルキリーもかなりの種類が開発されていますね」
 オデロがここで気がついたように言った。
「三角形のやつとか。他にも色々と」
「目的に合わせて開発しているらしい」
「目的に」
「そうだ。例えばVF−17はステルス機能を重視した」
「はい」
「サイレーンは重装備。それぞれ目的に応じて開発されているらしい」
「何かモビルスーツと同じですね、それでは」
「そうだな。その点では近いのかもな」
 アムロは今度はマーベットの言葉に頷いた。
「あちらは変形機能がかなり複雑だけれどな」
「ただ戦いだけの為に開発されているわけじゃないみたいですよ」
「ウッソ、それはどういうことだ?」
「いえ、月にいた時に聞いた話ですけれど」
「ああ」
「何か月ではファイアーボンバーのメンバーがバルキリー買って自分で改造しているらしいんですよ。自分の歌を聴かせる為だけに」
「ああ、熱気バサラのことね」
 そこにはモビルスーツ乗りだけがいるのではなかった。見ればアヤ達もいた。
「アヤさん」
「彼ならそれ位はやってくれるわね。熱いから」
「いや、それは熱いというよりは」
 カミーユが突っ込もうとするがアヤはそれを遮るようにして言う。
「いかしてるわよね。私彼のそうしたところがいいのよ」
「はあ」
「面白いと思わない?バルキリーを自分の為だけに改造しちゃうなんて」
「それはまあそうですけれど」
「面白いのとは少し違うような」
 さしものガンダムチームの面々もこれには賛同しかねていた。だがアヤはそれに構わずさらに言う。
「横紙破りでね。それがロック歌手らしくて」
「それでそのバルキリーに乗っているんですか?」
「今は乗ってはいないらしいわ。まだね」
「まだ」
「何でも調整中らしくて。けれど俺の歌で戦争を止めてみせる、ってやる気満々らしいわ」
「何かかなり凄い人みたいですね」
「だから注目されてるのよ」
「普通に注目されていないような」
「一度会ってみたくはあるけれど」
「皆さん」
 ここでまたルリの放送が響いた。
「そろそろです。お願いします」
「時間だ。行くぞ」
 アムロがそれを受けて他の者に対して言う。皆それに頷いた。
「はい」
「派手にやりましょう」
「攻撃目標はマスドライバー。これはザンボットにお任せします」
「俺達かよ」
 彼等はマクロスにいた。それを聞いて思わず声をあげた。
「先程ザンボットにイオン砲を装填しました。それで攻撃をお願いします」
「イオン砲!?何だそりゃ」
「馬鹿、知らないのか」
 とぼけた声を出す勝平を宇宙太が叱った。
「キングビアルの主砲だろうが」
「あれっ、そうだったのか」
「この前の補給でこちらに移されていました。それを装填しました」
「へえ」
「時間が来たならばそれでマスドライバーへの攻撃をお願いします」
「何か責任重大みたいだな」
「というかこの作戦は貴方達にかかっていますので。お願いします」
「へへっ、そりゃいいや」
「緊張しないの、そんなこと言われて」
「!?何で緊張するんだ!?」
 恵子に言われてもまだわかってはいなかった。勝平らしいと言えばらしかった。
「大任を任されたのに。ワクワクはするけどな」
「あっきれた」
「まあその糞度胸だけは認めてやるぜ」
 宇宙太も呆れてはいたがそれでも口が悪いのは変わらない。
「サポートはいつも通り俺と恵子でする。だから確実にやれよ」
「わかってるさ」
 勝平はそれに頷いた。
「一撃で決めてやるぜ」
「期待していますね」
「わかってるけど何か引っ掛かるなあ」
「何がでしょうか」
 ルリは勝平の声に応えた。
「いや、ルリさんって何か声に感情がねえから」
「これは前からですけど」
「綾波さんみてえにな。だから何か本当に期待してもらってるかどうか不安になる時があるんだ」
「本当に期待していますよ」
「いや、それでもな」
「贅沢言ってるときりがねえぞ」
「そうよ。声をかけられるだけましよ」
「そんなものかなあ」
「そうに決まってるだろ」
「それにザンボットはあんたがメインパイロットなんだから。期待しないわけにはいかないのよ」
「やれやれ」
 二人のいつもの突っ込みに頭を掻く。無論ヘルメットの上からであるが。
「まあそれでもいっか。じゃあ行くぜ」
「おう」
「ザンボット発進ね」
「ザンボットコンビネーションはできねえけれどな、もう合体しちまってるし」
 何だかんだと言いながらも三人はザンボットに乗り込んだ。そして出撃する。マクロスの前に出る。目の前には月がその殺伐とした白い姿を見せていた。ロンド=ベルとギガノスの決戦がはじまろうとしていた。

 ロンド=ベルは準備を整え終えていた。だがギガノスはそうはいってはいなかった。彼等は今戦場とは違った場所で深刻な対立を迎えていた。
「閣下、お願いです!」
 元帥の執務室にて白い髪に同じく白い口髭を生やした四角い顔の男がギルトールに詰め寄っていた。
「今こそ若手将校の武力鎮圧を!それしかありません!」
「ならん!」
 だがギルトールはそれを頑として認めようとはしなかった。頑なに首を横に振った。
「それはならんぞ!」
「マスドライバーの無差別使用もですか!」
「それもだ」
 ギルトールはそれも認めはしなかった。
「同志達をその手にかけて何が理想か!ドルチェノフ、貴様は自分の言っていることがわかっているのか!」
「しかし!」
「マスドライバーもだ!あれの無差別使用だけは断じて許されん!」
「ですが」
「ですがも何もない!我等はジオンとは違う」
 そしてこう言った。
「わしはギレン=ザビではない!無差別攻撃なぞして我等の理想が為すとでも思っているのか!」
「また理想ですか!そのようなものは」
「理想なくして何事もない!」
 また言った。
「それがわからぬのか、貴様は!」
「そんなことを言っていては軍の士気が・・・・・・」
「何を言っている。我が軍の士気は高い。統率もな」
 流石は連邦軍において随一の切れ者と言われていただけはあった。ドルチェノフの詭弁を適切に見抜いていた。
「それに若手将校達の言っていることにも一理ある。ある程度は彼等の意もくむつもりだ」
「お甘い!その甘さが全てを壊してしまうのですぞ!」
「そのようなことはない!この世は常に正しき方向に流れるものだ」
 ギルトールの難点としてはあまりにも純粋でありその理想を追い求め過ぎることであろうか。その為に汚い手段を好まず無意味な流血も嫌う。こうした人物は時としてその潔癖さ故にミスを犯したりする場合がある。本人が気付いていない場所においてである。
「大義は我等にある。それならば最後に勝つのは我等だ」
「ならば武力鎮圧もマスドライバーの全面使用も」
「くどいと言っている」
 彼はいい加減腹がたってきているのを自分でも感じていた。
「もういい。さがれ」
 そしてドルチェノフに対して下がるように言った。
「貴様は貴様の持ち場に戻るのだ。いいな」
「クッ・・・・・・!」
「これh命令だ。よいな」
「閣下」
「何だ」
 見ればドルチェノフのその顔は怒りと不満の為か真っ赤になっていた。そしてギルトールを見据えていた。
「何としてもお聞き入れ下さらないのですか」
「何度でも言う」
 ギルトールも言った。
「ならぬ。わかったな」
「ならば仕方ありませぬな」
 そう言って腰から何かを取り出した。
「!」
「閣下!」
 それは拳銃であった。ここでギルトールの寛容さが裏目に出てしまった。
 彼は部下を信頼し、寛容さと人柄、そして理想で導く男であった。その為その警護も極めて緩やかであり将兵達には拳銃を持ったままで会うことも認めていたのだ。それを危惧する声は前からあったが彼は同志達を信頼していた。今それが裏目に出てしまったのだ。
「閣下!何としても御聞き入れて頂きます」
「ドルチェノフ、何のつもりだ」
 銃を突きつけられる。だがそれでもギルトールは怯んだりはしなかった。
「それをわしに向けてどうするつもりだ」
「重ねて要請致します。武力鎮圧とマスドライバーの全面使用を」
「ならんと言っている」
 それでもギルトールはそれを認めようとはしなかった。
「いい加減にしろドルチェノフ、見苦しいぞ」
「ならば我々にも覚悟があるということを御理解下さい」
「馬鹿なことを」
 それでも彼はドルチェノフに理があるとは認めなかった。
「その様なことで我等が理想を実現できると思っているのか」
「理想という問題ではありませぬ」
 ドルチェノフは自分の考え以外を認めようとはしなかった。
「勝利の問題です」
 しかしこれは論理の摩り替えであった。この時点でもう彼は負けていた。それに気付いていないのは彼だけであった。自分が何を言っているのか、何をやっているのかわからなくなっていたのだ。ここで部屋の扉が開いた。
「失礼します、閣下」
 入って来たのはマイヨであった。
「これよりロンド=ベルの迎撃に・・・・・・何っ!?」
 その目にはギルトールに銃を突きつけるドルチェノフが映っていた。彼はそれを見てすぐにギルトールの側に向かった。
「ドルチェノフ中佐、これは一体」
「ええいプラート大尉、そこをどけ!」
 マイヨの突然の入室が彼をさらに狼狽させた。
「どけと言っているのだ!」
「何を馬鹿なことを!」
 だが彼は当然のようにそれに従おうとはしない。
「閣下に銃を向けるとは・・・・・・それでもギガノスの軍人か!恥を知られよ!」
「そんな悠長なことを言っている場合ではないのだ!」
「何故!」
「若手将校達の粛清とマスドライバーの全面使用をしなければギガノスは敗れてしまうのだ!そんなこともわからんのか!」
「それでギガノスが勝利を収めるわけではない!」
 マイヨは彼の言葉を完全に否定した。
「大義なくして勝利はない!そんなことでギガノスは勝てはしない!」
「青二才が!貴様に何がわかる!」
「戦い、そして大義がわかる!」
 毅然として言い返した。
「ギガノスの大義が!」
「妄言を!」
「妄言を言っているのは貴方だ!今すぐここから立ち去れ!」
「貴様上官に対して!」
「私はギルトール閣下直属だ!貴官の部下ではない!」
「まだ言うか!」
「いい加減にせぬか、ドルチェノフ!」
 そしてギルトールも動いた。ドルチェノフの銃を奪おうとする。
「そのようなもので我が理想は阻めぬ!」
「クッ!」
 ドルチェノフの指が動いた。そして銃声が響く。それがギガノスを崩壊させてしまった。
「グッ・・・・・・」
「閣下!」
 マイヨは叫んだ。その目には胸に銃弾を受け背中から倒れ込むギルトールが映っていた。まるでコマ送りのようにゆっくりと見えた。
「な・・・・・・」
 ドルチェノフは自分がしたことがわからなかった。あまりのことに呆然としていた。
 ギルトールは床に倒れた。そこにマイヨが駆け寄る。
「閣下!」
「マイヨ・・・・・・」
 その顔には既に相が浮かんでいた。最早助かりはしないことは明らかであった。
「マスドライバーの地球への全面使用、そして同志達への粛清は・・・・・・」
「はい」
 マイヨは彼の言葉を一字一句聞き逃そうとはしないかのように耳を傾けていた。
「ならぬぞ」
 そう言いながらその手をゆっくりと掲げる。窓の外に見える青い地球に向けて。
「あの美しい地球は・・・・・・」
「はい」
 その手は地球を掴もうとしているかのようえあった。いや、護ろうとしているのかも知れない。いずれにしてもその手は彼の理想によって動いていた。
「汚してはならぬ・・・・・・」
 それが最後の言葉であった。彼はゆっくりと目を閉じその手を降ろした。そして息を引き取ったのであった。
「閣下ぁぁぁぁーーーーーーーーっ!」
 マイヨの沈痛な叫びが部屋に響く。だがそれに応える者はもういなかった。
 ドルチェノフはそれを見下ろしながら陰惨な笑みを浮かべていた。彼の脳裏に悪魔的な考えが宿っていたのだ。
「誰かいるか!」
 彼は叫んだ。
「ギルトール閣下が討たれた!マイヨ=プラート大尉に討たれたぞおっ!」
「何っ!?」
 マイヨはその言葉を聞いて思わず顔をあげた。そしてドルチェノフを見上げた。
「今何と!?」
 彼もまた純粋であった。あくまでギルトールの理想を絶対なものとして考えていたのだ。だが今その目に映っているのは醜い顔と心を持つ俗物であった。
「聞こえなかったのか、プラート大尉」
 ドルチェノフは笑ったままであった。その後ろに武装した兵士達がやって来る。
「貴様を元帥暗殺の現行犯として逮捕する。動くなよ」
「ドルチェノフ、貴様ぁっ!」
 最早叫んでもどうにもなるものではなかった。マイヨは左右を兵士達に抑えられながらもドルチェノフを睨み据えていた。その目には怒りと憎しみの光が宿っていた。そしてドルチェノフの目には狂気が宿っていた。

 程無くマイヨは連行されていった。処刑場にである。現行犯であり最早言い逃れできないというのがその理由であった。
 誰もがマイヨは終わったと思っていた。彼以外は。そして彼はここで動いた。
 彼を連行する兵士達は明らかに油断していた。マイヨが何も持っていないことに安心しきっていたのだ。だが彼は銃を持ってはいなくとも爪を持っていた。ギガノスの蒼き鷹としての爪を。
(今だ!)
 マイヨはすぐに動いた。左右の兵士達に当て身を浴びせその銃を奪う。そしてそこから逃走したのだ。
「このままでは終わらん」
 彼は廊下を走りながら呟く。そして外に出る。
「このままでは・・・・・・」
 そこにたまたま停めてあった車に飛び乗った。それで基地に向かう。若手将校達がいる基地に。そこでギルトールの理想を受け継ぐつもりであったのだ。
「こうなっては私が閣下の・・・・・・」
 だがそれは適わなかった。ドルチェノフは既に動いていたのだ。自らに反対する者達を粛清する為に。
 マイヨは見た。同志達のいる基地が突如として燃え上がるのを。その上にはメタルアーマーが飛び交わっていた。
「まさか、ドルチェノフ・・・・・・」
 予想通りであった。ドルチェノフはすぐに反対派の粛清に取り掛かっていたのだ。マイヨの目の前で今何もかもが炎に包まれていっていた。
 基地に到着した時には何もかもが終わっていた。基地は炎に包まれ所々で爆発が起こっていた。彼はそれを見て愕然とするばかりであった。
「終わったのか、何もかも・・・・・・」
 それに答える者はいない。だがそうであるのはよくわかった。炎と光が彼の周りを覆っていた。宇宙においても。それがドルチェノフの粛清のせいであるのはもう言うまでもないことであった。
「あの光と共に私の理想も、望みも全て消えていく・・・・・・」
 泣いていた。男の涙であった。理想が消えていくのを感じる男の涙であった。
「閣下、私はこれからどうすれば・・・・・・」
 もう彼の中のギガノスはなかった。ギルトールの気高い理想とカリスマ、それがあってこそのギガノスであった。今それがなくなってはもう彼の拠り所はなかった。少なくとも今まではそうであった。
 しかし彼は覚えていた。ギルトールの最後の言葉を。それが彼を再び立ち上がらせたのだ。
「閣下、これが最後の私の戦いです」
 そう言って格納庫に向かった。
「マスドライバーを。あれだけは」
 格納庫はまだ炎が回ってはいなかった。幸運であった。マイヨはこれを幸いとして格納庫に向かう。だがその前に武装したギガノスの兵士達がいた。
「やはりここに来たな、プラートよ」
「貴様!」
 そこにはドルチェノフがいた。彼はマイヨがここに来ることを察知して先回りしていたのであった。
「ギルトール閣下の仇、とらせてもらうぞ」
「何を!」
 それはこちらの言葉だ、とは言わなかった。これが仇になったのか。
「討て!」
 ドルチェノフは兵士達にマイヨを撃つように命じる。だがここでその横から銃撃が起こった。
「ムッ!?」
「大尉殿!こちらでしたか!」
「御前達・・・・・・」
 そこにいるのは若手将校達であった。マイヨを慕う者達である。
「御無事でしたか!何よりです!」
「どうしてここに」
「貴様等、どういうつもりだ!」
 かろうじて銃撃を生き延びたドルチェノフは彼等を見据えて叫ぶ。その周りを兵士達で固めさせながら。
「この男はギルトール閣下を暗殺したのだぞ!そのような男を」
「黙れ!大尉殿がそのようなことを為されるか!」
 将校の一人が叫んだ。
「これは何かの間違いだ!どうせ貴様の差し金だろう!」
「クッ!」
 ドルチェノフは答えるかわりに歯噛みした。これが何よりの答えであると言えた。
「大尉殿、こちらへ!」
 彼等はその隙にマイヨを導く。
「早く格納庫へ!大尉のフぁルゲン=マッフがあります!」
「しかし御前達は」
「何、ここはお任せ下さい」
 彼等はにこりと笑ってこう言った。
「我等のことは御気遣いなく」
「しかし」
「しかしもこうしてもありません。どうかここは」
「我々にお任せを」
「・・・・・・わかった」
 彼等の心がわかった。ならば頷くしかなかった。
 マイヨはまた駆けはじめた。行く先は格納庫しかなかった。彼はそこで自らの理想、そして希望の全てに対して決着をつけるつもりだったのだ。
「閣下、お任せ下さい」
 そう言いながら窓に映る青い地球を見た。ギルトールが愛した地球を。
「マスドライバーは。この命にかえて必ず・・・・・・」
 遂に格納庫に着いた。そこでファルゲン=マッフが彼を待っていた。
「行くぞ」
 一言そう言うとそれに飛び乗った。そしてそのまま出撃した。
 マスドライバーに到着する。だがそこには護衛の部隊はいなかった。皆粛清に駆り出されているようであった。
 もう何の迷いもなかった。それの内部に入り込みファルゲン=マッフが持っていた爆弾を仕掛ける。そしてそれで全てを終わらせるつもりであったのだ。
 出て来たところで後ろから声がした。見ればそこにドルチェノフがいた。大勢のメタルアーマーを引き連れて。
「ふふふ、それまでだ」
「ドルチェノフ、動きだけは速いな」
「貴様の行動は全てわかっている。ここに来ると思っていた」
「そうか。そしてどうするつもりだ?」
 マイヨは問うた。
「私を倒すつもりか?」
「そうだ」
 彼は答えた。
「ぬがいい。覚悟はできているな」
「フン・・・・・・」
 だがマイヨはその言葉を鼻で笑った。そしてその手に持っていたレールガンを放り投げた。
「な・・・・・・!?」
「ギガノスの蒼き鷹の最後にはここの方がより相応しいか」
「何!?」
「来い、ドルチェノフ中佐。私の最後の戦いを見せてやる」
「遂に覚悟を決めたか。ならばよい」
 彼はそう言いながら部下達に対して言う。
「斬り刻め!容赦はいらぬ!」
 それに従いメタルアーマー達が一斉に動く。本当にマイヨのファルゲン=マッフを斬り刻むつもりであった。だがそうはならなかった。
「無駄だ」
 マイヨは一言そう言った。そして風の様に動く。蒼い風だった。
「諸君等では私は倒せない」
 その手に持つレーザーソードが光った。そしてそれで次々と斬っていく。それで彼等は退けられた。
「逃げろ。急所は外してある」
 マイヨは言った。メタルアーマーのパイロット達はそれに従うかのように次々と脱出する。そしてマシンだけが爆発した。
「中佐、これ以上部下を巻き添えにするな」
「ク・・・・・・!」
「無駄だ」
「何を!裏切り者が!」
「私が裏切り者かどうかはいずれわかる」
 彼はそう言いながら宙を駆った。
「この世がギルトール閣下の愛された美しい世界なら」
 そう言ってドルチェノフのメタルアーマーの腕を掴んだ。
「中佐、一緒に行ってもらうぞ!」
「ヌウウ!」
「ヴァルハラに!そこにな!」
 レーザーソードで肩を貫く。そしてマスドライバーに彼のマシンの背を押し付けた。そこで爆発が起こった。
「中佐!」
「プラート大尉!」
 ドルチェノフもマイヨも爆発に覆われた。マスドライバーは大爆発を起こしその場に四散した。これではドルチェノフもマイヨも命はないと思われた。だがヴァルハラの主ヴォータンは彼等をまだ導きはしなかった。
「ウググ・・・・・・」
 まずはドルチェノフが出て来た。全身から煙を出しながらもかろうじて動いていた。
「誰かおらぬか・・・・・・」
 彼は周りを見回しながら言った。
「脚をやられた。うまく動けぬ」
「は、はい」
 それに従い二機のメタルアーマーが出て来た。そして彼を両方から支える。だがドルチェノフはそんな彼等に対して礼を言うことはなくこう言った。
「プラート大尉は何処だ」
「大尉殿ですか」
「そうだ。奴は一体何処にいるのだ、奴は」
 その前に影が現われた。それは蒼い影であった。
「貴様は・・・・・・」
「閣下、貴方も運がお強いようで」
 それはファルゲン=マッフであった。マイヨは生きていた。
「ですがここで終わりです」
 そしてまたレーザーソードを構えた。
「覚悟!」
「ま、待て!」
 ドルチェノフはここにきて命乞いに入った。
「わしと共にこのギガノスを!」
「ギガノスはギルトール閣下の理想と共にあるもの!」
 彼は叫んだ。
「それなきギガノスは最早・・・・・・ギガノスではない!」
 言い切った。それが彼のギガノスであったのだ。
「最早問答無用、覚悟しろ!」
「うわああああっ!」
 ドルチェノフは最後に叫んだ。全てが終わったと思った。だがそうはならなかった。
 ファルゲン=マッフの右腕が撃ち落とされた。レーザーソードを持つ右腕が。そして右から声がした。
「プラート大尉、これまでだ!」
 ギガノスの将兵達であった。かっては共に同じ理想の下戦った同志達だった。
「潔く投降しろ!そして裁きを受けろ!」
「生憎だがそうはいかぬ」
「何!?」
「私もギガノスの蒼き鷹と呼ばれた男。引き際は心得ている」
「ではどうするつもりだ」
「こうするのだ」
 そう言って地球を見上げた。最後に呟いた。
「閣下、おさらばです」
 そして地球へ向けて飛んで行く。速度のリミッターを解除して。今の爆発により傷付いたのはファルゲン=マッフであり、それは命取りであるのはもう言うまでもなかった。
「貴様等何をしておるか!」
 ドルチェノフはそれを見て狂ったように叫ぶ。
「早く、早く撃ち落とさんかあっ!」
 だがギガノスの将兵達はすぐにはそれに従わなかった。まずはマイヨのファルゲン=マッフに対して敬礼した。
「さらばギガノスの蒼き鷹」
「貴方は永遠の我等の中に生きる」
 そしてレールガンを構えた。一斉射撃に移る。
 それは一直線にマイヨに向かう。まるで彼に対する祝砲の様に。
「閣下、お約束は果たしました」
 蒼き鷹は心の中で呟いていた。
「これでもう思い残すことは・・・・・・」
 そして青い流星となって消えた。最後に一筋の光を残して。ギガノスの蒼き鷹はこうして姿を消した。

「兄さん!?」
 ナデシコの艦橋でリンダが急に呟いた。
「!?どうしたのリンダさん」 
 その声に気付いたユリカが彼女に声をかけた。
「何かあったの?」
「あ、いえ」
 だが彼女はそれを誤魔化して首を横に振った。
「何もありません」
「そう。けれど何か月がおかしなことになってて」
「マスドライバー付近で大規模な爆発と戦闘が行われている模様です」
 ルリが報告する。
「戦闘が」
「はい。今マスドライバー付近にいる敵は当初の想定の半分以下のようです」
「何か急に減っちゃったわね」
「何かあったのでしょうか」
 ハルカとメグミが口々に疑問の声を呈する。
「詳しいことはわかりませんがもう部隊を出撃させましょう。そろそろ敵が迎撃に来る距離です」
「そうね」
 ユリカはそれに頷いて答えた。
「じゃあエステバリス隊も他のマシンも出撃して下さい」
「了解」
「攻撃目標はマスドライバー。総員攻撃用意」
「総員攻撃用意」
 メグミは復唱する。それに合わせてロンド=ベルが出撃した。そしてマスドライバーに向かう。だが彼等がそこで見たものは巨大な砲でも月を埋め尽くさんばかりのメタルアーマーの大軍でもなかった。ただ廃墟だけがそこにあった。
「な、何だこりゃあ!?」
 まずケーンが驚きの声をあげた。
「ゴジラでも来たのかよ、これ」
 マスドライバーは完全に破壊されていた。その大破した巨砲の無残な姿を曝しているだけであった。
「何が起こったんだよ、一体」
「ケーンそこでゴジラはないだろ」
 しかしライトはいつもと変わりなくそう突っ込みを入れた。
「ゴジラが月にいるか?」
「まあそれはそうだが」
「スーパーマンの仕業か」
「スーパーマンはまだ銀行で働いている時間だろ」
「おっと、そうか」
 タップにも突っ込みを入れる。そこに僅かに残っていたギガノスのメタルアーマー達が攻撃を仕掛ける。だがケーン達はそれを何なくかわした。
「おっと」
 そして反撃に転じる。それで敵を撃破した。
「けれど敵さんはまだ残ってるみたいだな」
「しぶとい奴等だぜ」
「それじゃあいてもらっても困るし」
「ちゃっちゃとやっちゃいますか」
「おう」
 こうして戦いがはじまったがそれは僅か数分で終了した。ギガノス軍は呆気無く撤退しその総司令部に向けて去って行った。後にはロンド=ベルと廃墟だけが残された。
「意外と言えば意外なことだが」
 ブライトはラー=カイラムの艦橋からマスドライバーの残骸を見ながら呟いた。顎に手を当てている。
「まさかこのようなことになるとはな」
「どうやらギガノスで何かあったらしいな」
 モニターにクワトロが姿を現わした。
「そうでなければこうしたことにはならん。暫く情報を収集すべきだと思うが」
「そうだな」
 ブライトはそれに頷いた。
「じゃあそうするとしよう。全軍一時集結だ」
「了解」
 そしてドラグナー3やルリ等を中心として情報収集が行われた。戦いの最中捕虜としたギガノス軍の者達もいた。彼等にも話を聞くと意外なことがわかった。
「まさか、プラート大尉が」
 皆それを聞いて驚きを隠せなかった。
「ギルトール元帥を。そんな筈がない」
「だがどうやら本当らしい」
 直接尋問を行ったクワトロが皆に対してそう述べた。拷問は彼のやり方ではない。もっとも捕虜になった虚脱感かこちらが聞いてもいないことまで向こうから話したのであるが。
「そしてそれによりギガノスの若手将校達は粛清されたそうだ。ドルチェノフ中佐によってな」
「早いな」
 アムロはそれを聞いて眉を顰めさせた。
「どうやらプラート大尉のギルトール元帥暗殺は突発的なもののようだが。それにしては早過ぎないか」
「私もそう思う」
 クワトロもそれに同意した。
「以前から若手将校と将軍達の間で対立があったようだが」
「そのドルチェノフってのは将軍派なんだな」
「それもかなり急進派だったらしい」
 洸にそう答える。
「ギルトール元帥にも若手将校達に対して強硬策を取るよう執拗に言っていたらしい」
「あいつならそう言うだろうな」
 忍はそれを聞いて顔を顰めさせた。
「それしかねえ単純馬鹿だからな」
「忍が言っても説得力ないけれど」
 沙羅がそう言って笑う。
「けれどあいつに関しては同意だね。威張るだけで実力も何もないし」
「どうやらとんでもないおっさんみたいだな」
 神宮寺はそれを聞いただけでドルチェノフがどういう男かを的確に見抜いていた。
「そんなおっさんのやることだ。何か裏があるな」
「ミスター、それは深読みし過ぎては」
「いや、彼の言う通りだと思う」
 クワトロは今度は麗にそう返した。
「おそらく。彼は以前から計画していた。若手将校達の粛清を」
「そしてギルトール元帥暗殺も」
「そこまではわからないがな。だが可能性はある」
「ふむ」
 皆それを聞いてそれぞれの思索に入った。
「何か情報がまだ足りないな」
 まずフォッカーが言った。
「今の状況じゃな。即断はできないぞ」
「フォッカー少佐の言う通りですね」
 そしてルリがそれに賛同する。
「今はそれよりも今後のギガノスのことです」
「彼等か」
「どちらにしろこの粛清とマスドライバーの破壊で戦力はかなり落ちています」
「潰すのなら今、ということだな」
「はい」
 彼女はグローバルの言葉に頷いた。
「どうでしょうか」
「そうだな」
 グローバルはそれに答えた。
「ではそうするとしよう。全軍ギガノスの総司令部に向けて進撃だ」
「了解」
「おそらく敵はまだ落ち着いてはいない。衝くのなら今だ。それに」
「それに!?」
「あ、これは何でもない」
 一瞬ギルトールについて言及しようとしたがそれは止めた。
「気にしないでくれ」
「わかりました」
「それでは敵の戦力が整わないうちに叩くぞ。いいな」
「じゃあすぐにでも行動開始ですね」
「うむ」
「全軍挙げていきますか」
 こうして次の作戦が決定しようとしていた。だがそこで思わぬ横槍が入った。
「おお、丁度皆集まっていたな」
 モニターにミスマル司令が姿を現わした。
「御父様」
「おおユリカ、元気そうだな」
 彼は娘の顔を見るとその厳しい顔を急に崩れたものにさせた。
「本当に心配しているんだぞ、御父さんは毎日御前のことをだね」
「あの、司令」
 そんな彼にブライトが声をかけてきた。
「御用件は何でしょうか」
「あ、うむ」
 彼の言葉に我に返り顔を元に戻す。
「実はな。ネオ=ジオンがまた動こうとしているのだ」
「ネオ=ジオンが」
「そうだ。コロニー落としにこそ失敗したが彼等はまだ戦力がある。その戦力を地球に向けようとしているのだ」
「地球に」
「アフリカ大陸に向けて降下しようと計画しているそうだ。既にその主力がアクシズを発っている」
「もう」
「何と素早い」
「その部隊の中にはハマーン=カーンもいる。どうやら本気のようだ」
「ハマーン」
 クワトロはその名を聞いてサングラスの奥の目の光を強くさせた。
「彼女が陣頭指揮にあたっているらしい。すぐに対処したいのだが」
「しかし今我々はギガノスと」
「彼等の力は弱体化している。今は放っておいていいという判断だ」
「誰のですか?」
 グローバルはそこを衝いてきた。
「諸君等もわかっているとは思うが。彼だ」
「ああ、あの方ですか」
 グローバルにはそれが誰かすぐにわかった。
「成程な。相変わらず地球のことしか考えてはいないらしい」
 京四郎がシニカルにそう言葉を漏らした。
「今ここでギガノスを潰しておかないと禍根を残すというのにな」
「そのギガノスの動きも地球でまた活発化している」
「またですか」
「中央アジアでな。グン=ジェム大佐の部隊だ」
「またあの爺さんかよ」
 ケーンがそれを聞いてあからさまに嫌そうな顔をした。
「暫く見ねえと思ったら」
「生きていやがったのかよ」
「まあそう簡単にぬとも思えないけれどな」
 タップとライトがそれに合わせる。
「どっちにしろ迷惑だぜ。ただでさえティターンズやドレイクやらがいるってのによ」
「おまけにミケーネや邪魔大王国までいるしな。地球も大変だな」
「だからこそ君達に対処して欲しいというのだ。月は今は抑えるだけだ」
「勝手な話だな」
 亮はそれを聞いて呆れたような言葉を漏らした。
「都合のいい時だけ俺達を使うんだから」
「だがそれが戦争だからな」
 アランがそう言って雅人を窘めた。
「仕方ないと言えば仕方のないことだ」
「どうやら君は納得してくれているようだな」
「納得も何もハマーン=カーンを放っておくわけにはいかないでしょう」
 それがアランの答えであった。
「あの女は危険です」
「危険、か」
 クワトロがそれに対して思わせぶりな言葉を漏らした。
「確かにな」
 しかしそれは誰にも聞こえなかった。彼等は言葉を続けた。
「それではすぐにネオ=ジオンの迎撃に向かってくれるか。他にもまたバルマーが動いているらしいしな」
「バルマーまで」
「ポセイダル軍との戦闘の結果捕虜を得てな。三輪長官が直々に詰問した」
 そう語るミスマルの厳しい顔に一瞬嫌悪の情が走る。皆それに気付いたがあえて言おうとはしなかった。
「そしてわかったことだが。バルマーの本軍が地球圏に向かって来ているそうだ。方面軍ごとな」
「方面軍が」
「その司令も一緒だ。ヘルモーズに乗艦し、多くの将兵達を引き連れて来ているという」
「よりによってこんな時に」
「次から次へと」
「正直に言うと彼等に対処できるのは君達しかいないのが現状だ。今地球にいるロンド=ベルは行方不明だ」
「行方不明!?」
 それを聞いて驚きの声があがった。
「では彼等は今一体何処に」
「シュウ=シラカワ博士が教えてくれたのだが」
「彼が」
 何やら得体の知れない不気味さを感じずにはいられなかった。その名にはやはり何かがあった。
「彼等は今ラ=ギアスにいるらしい。そしてそこで活動しているそうだ」
「ラ=ギアスですか」
「地下でも騒乱があるそうでな。それに参加しているらしい」
「ふむ」
「地上は今はシラカワ博士が防衛にあたってくれている。ネオ=グランゾンでな」
「ネオ=グランゾンでですか」
「圧倒的な力を持つあのマシンなら当分は大丈夫だと思うのだが。三輪長官はそれも信用していないらしい」
「あのおっさんには人を信用するってことがねえのかね」
 イサムはそれを聞いて口の端を歪めさせた。
「そんなんだから周りに人がいねえんだよ」
「だがそれは彼だけではない。連邦政府も連邦軍も彼に対しては不審の目で見ているのが現状だ」
「当然だよな」
 リュウセイがそれに頷いた。
「俺達もあの人にはとんでもねえ目に遭ったし」
「そうおいそれと信じるって方が無理だよ」
 ジュドーも同じであった。彼等は未来の戦いで彼と実際に剣を交えているから言えるのであった。
「けれど守ってくれてるんならそれに頼るしかないかな」
「シラカワ博士については私が責任をもって当たっている」
「司令が」
「今の彼は信用できる。だから地上のことは任せてくれ」
「わかりました」
「それでは我々はハマーン=カーン、そしてバルマー帝国にあたるということですね」
「うむ。頼めるか」
「それが任務とあれば」
 ブライトが最初に応えた。
「喜んで行きましょう」
「済まないな、君達にばかり負担をかけてしまっている」
「いえ、そのような」
「そちらにまたラビアン=ローズを向かわせる。補給を整えた後すぐに行動にあたってくれ」
「はい」
 こうして彼等の作戦行動は変更された。ギガノスからネオ=ジオン、そしてバルマーにあたることとなった。彼等はそれに対処する為にすぐにマスドライバーから離れ宇宙に出たのであった。

 リンダはナデシコにある自分の部屋で一人いた。そしてその部屋の窓から見える銀河をただ眺めていた。
「リンダ」 
 そこにレッシィやフォウ達が入って来た。
「見ないと思ったら。ここにいたんだね」
「ええ」 
 リンダは力ない声でそれに頷いた。
「御免なさい、今は」
「言わなくてもわかるよ」
 レッシィはにこりと笑ってそれに応えた。
「お兄さんのことだろ」
「ええ」
「やっぱり気になるんだね」
「そうね。ずっと一緒に暮らしてきたし」
 リンダは力ない声で答えた。
「それに兄さんがそんなことするとは思えないし。話を聞くと」
「大丈夫よ、リンダ」
 だがここでフォウが言った。
「あの人は生きているわ」
「えっ・・・・・・!?」
 それを聞いて思わず顔を上げた。
「私にはわかるの。あの人が生きているって。プレッシャーを感じたから」
「そうなの」
「私にもそれはわかりました」
「麗さん」
 そこには麗もいた。彼女はにこやかに笑ってリンダにそう言った。
「彼は生きていますよ。そして地球に辿り着きました」
「地球に」
「ファルゲン=マッフは大気圏突入能力があったわよね」
「ええ、確か」
「それに助かったみたいよ。あの人は今地球にいるわ。生きてね」
「そうなの」
 それを聞いて気持ちが落ち着くのがわかった。
「だったら安心していいのね」
「とりあえずはね」
「これからどうなるのかまではわかりませんが」
「そう」
 フォウと麗の言葉にも頷いた。
「じゃあ私も元気でいることにするわ。そうじゃないと心配かけるし」
「あたし達はそうでもないけれどね」
 ここでレッシィは笑ってそう言った。
「えっ!?」
「一人ね。凄く心配するのがいるから」
「彼ね」
 フォウにもそれが誰だかわかった。
「そうでしょうね。あの人なら」
「誰のことなの、それって」 
 麗にもわかった。だがリンダにはそれが誰かまだわからなかった。
「すぐにわかるよ」
「すぐに」
「そうさ」
「おうい、リンダ」
 そしてここでケーンの声がした。
「ほら」
「噂をすれば影ね」
 フォウも彼の声を聞いてくすりと笑った。それを知ってか知らずかケーンがリンダの部屋に入って来た。
「おろ!?」
 だが彼は部屋の中を見て声をあげた。
「何でレッシィさん達がここに?」
「あたし達がいたら何か不都合なことでもあるのかい?ケーン」
「いや、そうじゃねえけど」
 彼は嘘をつくのが下手である。それは明らかに不都合がある顔であった。
「ちょっとね。まあ何ていうか」
「わかってるさ。お邪魔虫達は**ってことだろ」
「どうやら私もいても意味がないようだし」
「帰りますか。後はケーンさんにお任せします」
「お任せしますって」
 フォウと麗のわざとらしい態度にかえって面食らってしまっていた。
「そんなこと言われてもなあ」
「あんたは三銃士なんだろ」
 だがレッシィがそんな彼に対して言った。
「地球の小説読んだよ。中々面白いじゃない」
「あら、レッシィさんって読書家なんですね」
「麗、あんたが薦めたんじゃないか。暇潰しにって」
「そうでしたっけ」
「いいね、あれ。あの三人だけでなくダルタニャンもいてさ」
「気に入って頂けましたか」
「ああ。まだまだ続きがあるんだろ。読ませてくれよ」
「いいですけれど長いですよ」
「長くてもいいさ。早く続き読ませてよ」
「わかりました。それでは」
「頼むよ。何か病み付きになっちゃったよ、あれ」
 デュマの小説はかなり長いが登場人物が個性的で生き生きとしており、かつ歴史とも合わさっており非常に読み応えがあるのである。なおこの三銃士は主人公の四人はおろかその脇役達の殆どが実在人物である。もっともデュマの脚色がかなり入っているのであるが。
「それでレッシィさん」
「おっと、いけない」
 ケーンに言われて話を元に戻すことにした。
「それで三銃士ですけど」
「あれにはコンスタンスっていう恋人がいたね」
「はい」
「ダルタニャンも恋人を大事にしたんだ。あんたもそうしな」
「!?」
「少なくともミレディーとは違うんだからね。いいね」
「俺はミレディーみたいなのは嫌いですよ」
 どうやらわかったようである。もう普段のケーンに戻っていた。
「けどリンダはコンスタンスじゃないですよ」
「じゃあ何なんだい?」
 レッシィも乗ってきた。ニヤリと笑っている。
「リンダはリンダですよ。コンスタンスじゃないですよ」
「そうかい」
 それを聞いて笑みをさらに深くさせた。
「安心したよ。じゃあ任せたよ」
「はい」
 こうして三人は席を立った。後にはケーンとリンダが部屋に残った。二人は向かい合って立っていた。
「ケーン」
「なあリンダ」
 深刻そうな顔になるリンダに対して言った。
「何かしら」
「ちょっとナデシコのプールに行かねえか?戦闘は数日後だって話だし」
「プールに?」
「そうさ。丁度タップやライトから誘われてるんだ。ユリカ艦長からもな」
「あの人からも」
「そうさ。それで一緒に来て欲しいんだけど。いいかな」
「ええ、いいわ」
 リンダはにこりと笑ってそれに頷いた。
「それじゃあ水着用意しておいてくれよ」
「えっ!?」
 いきなりそう言われて戸惑わずにはいられなかった。
「プールつったら水着だろ、何言ってるんだよ」
「けど、私」
「頼むよ、もう皆にリンダも来るって言ってあるしよ」
「何時の間にそんなこと言ったの?」
「さっき。ナデシコのメンバーにも言ったしさ。もう後戻りはできないから。な!?」
「強引ね」
 思わず苦笑してしまった。
「いつもそうなんだから。勝手に話を進めて」
「嫌かい?」
「いいえ」
 だがそれには首を横に振った。
「いいわ。じゃあ行きましょう」
「そうこなくっちゃ。それじゃあ俺先に行ってるから」
「あ、ちょっと」
 呼び止めようとするが彼の方が早かった。ケーンはウキウキした足取りで部屋から消えていた。後に残ったリンダは一人先程の苦笑いを続けていた。
「ホントに。困ったものね」
 口ではそう言っても悪い気はしなかった。箪笥を空けそこにある服の中から水着を取り出す。そしてそれを確かめた。
「これでいいわね」
 合格であった。白と緑の縦のストライブのワンピース。それを着ていくつもりだった。
「けれどユリカさんやハルカさんもプロポーションいいから。心配ね」
 ふと他の女性のことも考える。何時の間にか気がかなり楽になっていた。
「けれどケーンはそれは心配ないわね。あんなのだし」
 そう言いながら身支度を整える。そして部屋を出る。
 部屋を出る時に窓を見た。そこには地球が見えていた。
「兄さん、またね」
 そう言い残して部屋を後にした。そしてナデシコのプールに向かうのであった。

 その地球に蒼い流星が降り注いだ。そしてある島の海岸に一機のマシンが横たわっていた。
「父ちゃん、あれ」
 そこに一人の少年が通り掛かった。その父親も一緒である。
「モビルスーツかな」
「いや、似ているが違うぞ」
 父親は息子に対してそう答えた。
「あれはメタルアーマーだ」
「メタルアーマー?」
「ああ。モビルスーツとは別のマシンだ」
「そうなの」
「珍しいな、こんなところに」
「そうだね。こんなところにマシンが来るなんて」
「道にでも迷ったのかのう」
「まさか。コンピューターも付いている筈なのに。あっ」
 そして少年はここで気付いた。
「父ちゃん、あれ」
 今度はそのマシンの側に倒れている男を見つけた。金色の髪の若い男である。
「兵隊さんだよ。倒れてる」
「んでいるかな」
「どうかな」
 二人はそんな話をしながらその軍人に近付いて行った。見れば気を失ってはいるがんではいないようだ。
「生きてるみたいだな」
「うん」
 少年はそれを確かめたうえで父親に尋ねた。
「それでどうするの?」
「どうするって?」
「この人だよ。怪我してるみたいだけれど」
「そうだな」
 彼は一呼吸置いたうえでそれに答えた。
「怪我してるのなら仕方ないな。家に連れて帰って手当てしよう」
「助けるんだね」
「いつも言ってるだろう?傷付いてる人は絶対に助けろって」
「うん」
「それなら助けなきゃな。よいしょっと」
 そしてその軍人を肩に担いだ。
「帰るぞ。ベッドを用意しておけ」
「わかったよ」
 その親子はそんな話をしながら家に戻った。そしてその軍人は命をとりとめようとしていたのであった。


第四十五話   完


                                       2005・9・18


[317] 題名:第四十四話 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2006年03月22日 (水) 01時03分

                第三の敵
 シュウの召還によりマサキ達はラ=ギアスに向かうことになった。まず彼等は王都ラングランに姿を現わした。
「遂に来たか」
 フェイルは彼等の姿を王都上空に見ても冷静であった。事前に情報を掴んでいたらしい。
「市民達に伝えよ」
 彼はすぐに指示を出した。
「彼等は友軍だとな。従って何の心配もいらないと」
「わかりました」
 側近達がそれに応える。そしてすぐに通達が出されロンド=ベルも軍事基地へと誘導された。
「何かすげえ久し振りに戻って来たって感じがするな」
「地上では色々とあったからね」
 リューネがマサキにそう声を返す。
「戦いばっかだったけれど」
「そうだったな。けれどこっちでも同じなんだよな」
「けれどそんなに嫌でもないでしょ。戻って来れたんだし」
「まあな」
 マサキはそれに頷いた。
「ここにもそれなりにいるしな。しかし問題は地上だな」
「シュウの奴、本当に守ってくれるのかね」
「しかも一機でな。どうもあいつだけは信用ならねえ」
「いや、そうでもないと思うよ」
 だがそれを万丈が否定した。
「何でそう言えるんだい?」
「彼の目を見たからさ」
「目を」
「今まで彼の目には何か別の存在が見えていた」
「別の存在が」
「そうさ。けれどあの時にはそれがなかった。純粋に彼の目だった」
「それであたしは信用ならないんだけれど」
「けれどそれじゃあわざわざ僕達をここに召還したりはしないね。そのゼツやヴォルクルスとやらを倒す為に」
「そりゃまあ」
「あいつにはあいつなりの考えがあるんだろうけれどな」
「それならそれに乗ってみるのも悪くはない。そうは思わないか」
「そういうものかね」
「まあここはそのバゴニアと戦おうよ。何を言ってもはじまらないしね」
「そうだね。じゃあそうするか」
「おいリューネ、いいのかよ」
「そういうマサキだって考えるのは苦手でしょ。ここはいっちょ派手にやればいいじゃない」
「・・・・・・ったくよお、いつもそうやって突っ走るけれどな」
「いや、マサキだってそうだし」
「へっ、わかったよ。じゃあ今回も派手にやらせてもらうか」
「そうそう」
「じゃあまずはフェイル殿下に話をしに行こう。もう来られているかな」
「はい」
 そこでシーラが声をかけてきた。
「今来られたそうです」
「流石に早いね」
「俺達も行くか」
「そうだね。殿下に会うのも久し振りだし」
「マサキ、失礼のないようにしないと駄目よ」
「わかってるって・・・・・・ってテュッティ、いたのかよ」
「さっきからいたわよ」
「あ、そうだったのか」
「僕もな」
 ヤンロンもいた。
「殿下もお忙しい中来られたのだ。是非共御会いしなければな」
「そうだよなあ。何か殿下にはいつも世話になってるしな」
「マサキは迷惑かけてばっかりだよね」
「ミオ、おめえもいたのかよ」
「あんたは言う資格ないと思うけれど」
「あたしはゲンちゃんといつも一緒に殿下を和ませているからいいのよ」
「呆れさせているの間違いじゃないの?」
「まさか」
「まあそれはいい。皆行くぞ」
「えっ、もう!?」
 リューネはヤンロンの言葉に驚きの声をあげた。
「早いんじゃないかしら」
「王族の方をお待たせするわけにはいかない。行くぞ」
「そういうことだね。じゃあ行くか」
「了解」
 皆万丈の言葉に従い艦を出た。そして大文字とシーラ、エレを代表としてフェイルと会見の場を設けた。
「はじめまして、フェイルロード殿下」
 まずは大文字が一同を代表して挨拶した。手を差し出す。
「大文字洋三と申します」
「はじめまして」
 フェイルも返礼して手を差し出した。
「ラングラン王家のフェイルロードと申します
「はい」
 二人は互いに握手をした。それから話をはじめた。
「お話は聞いております。地球でのお働き、見事です」
「いや、そのような」
 大文字は謙遜して言った。
「私は何もしておりません。彼等の働きです」
 そう言って後ろにいるロンド=ベルの者達を手で指し示した。
「彼等が戦ってくれたからこそです」
「左様ですか」
「ですから。私は何もしておりませんよ」
「しかし貴方の卓越した指導力がなければロンド=ベルは今まで戦ってはこれなかった」
「まさか」
「謙遜なさらずに。素直にご自身のことを認められることも必要です」
「有り難うございます」
「シーラ女王とエレ女王には以前もお世話になりましたね」
「はい」
 二人はそれに頷いた。
「あの時のことは深く感謝しております。おかげでラングランは平和を取り戻すことができました」
「有り難うございます」
「心に染み入ります」
「そして今こうして御会いすることになるとは。因果なものと言えば因果なものですね」
「兄さん、そうは言ってもいずれはこうなったと思うわよ」
「セニア」
 見ればセニアが前に出て来ていた。モニカも一緒である。
「モニカも。一緒だったのか」
「あたしはもうノルス=レイには乗っていないけれどね」
 セニアは笑いながら兄にそう答えた。
「モニカが乗っているわよ」
「モニカ、大丈夫なのか?」
「はい」
 モニカはにこやかな笑みで兄に応えた。
「おかげさまで。慎ましく生活させられて頂いてます」
「・・・・・・モニカ、文法が変だが」
「何かこっちはどうしようもないみたいね。まあいいわ」
 とりあえずは妹の文法は放置すrことにした。
「それで兄さん」
「うむ」
「あのゼツがバゴニアにいたことだけれど」
「御前の言いたいことはわかっている」
 フェイルは妹の言葉に顔を引き締めさせた。
「追放したのだが。まさかバゴニアにいるとはな」
「ところで一つ聞きたいんだけどよ」
「ん、豹馬どうしたの?」
「そのゼツっておっさん何者なんだ?とりあえずとんでもねえ奴だってことはわかるけどよ」
「かってはラングランの王立アカデミーにいる錬金術士だった」
 フェイルがそう語った。
「だが禁断の秘術・・・・・・。人を使ったものに手を出してしまったんだ。そしてその罪によりラングランを追放されてしまった」
「つまりよくあるマッドサイエンティストってやつだな」
「まあわかり易く言うとそうなるわね」
「で、そのおっさんがバゴニアに潜り込んで復讐の為にラングランに攻め入ろうってことだな」
「その通りよ。よくわかってるじゃない」
「というかすぐわかるぜ。あんまりにもお決まりのパターンだからな」
「何かドクターヘルを思い出すわね」
「あいつにも手こずったしな」
 甲児はさやかの言葉に苦い顔をした。
「今度こそくたばったみたいだけどな」
「生きてちゃ怖いわよ、あんな見事に死んだのに」
「地獄から甦ったとかいうのはなしにして欲しいいな、全く」
「ホント」
「けれどゼツは実際にここに攻め入ろうとしているのよね」
 セニアは溜息混じりにそう述べた。
「昔から本当に執念深かったし」
「何か性格的には最悪みてえだな」
「それで頭だけはいいからね。厄介なのよ」
「何ちゅうかホンマわかり易いやっちゃな」
「所謂狂気の天才というものですね」
「何かいい方向に頭を使えないものでごわすか」
「それができたらあたし達はここにいないわよ、残念だけれど」
「ちずる、わかってるじゃない」
「嫌でもわかるわ。もうコンバトラーチームに入って大分経つし」
「その間いかれた奴も何度も見てきたからな。で、そのゼツっておっさんはどんなマシンを作ってるんだ?マグマ獣とかそんなモンじゃねえよな」
「魔装機よ」
「ああ、そっちなのか」
 豹馬はセニアのその言葉を聞いて頷いた。
「で、ジャオームとかそんなのか?だったら厄介なんだけどな」
「何か変な形をしたのが多いわね」
 眉を顰めさせながら答える。
「動物みたいな。趣味が悪いと言えばそうなるけれど」
「よく知ってるじゃねえか」
「一回バゴニアの魔装機見たことがあるから。あれが彼の開発だとしたら納得がいくから」
「ふうん」
「性能はよくわからないけれどね。けれど覚悟しておくことは変わらないわ」
「何かあるのか?向こうの魔装機に」
「ゼツはね、人の脳を錬金術に使おうとしたのよ」
「またえらく気色の悪いやっちゃな」
「酷いことをするものでごわす」
「意識を持つ兵器を作ろうしたのよ。けれどその為に追放された」
「まさかバゴニアの魔装機もそうやって」
「いや、それはなかった」
 小介の危惧をフェイルが打ち消した。
「今のところでしかないがバゴニアの魔装機は我々のものと同じだ。人間が操縦している」
「そうですか、よかった」
「しかし問題はある。どうやら彼は剣聖シュメルを狙っているらしい」
「シュメル!?誰だそりゃ」
「バゴニアの剣の達人なのよ。不易久遠流の使い手なのよ」
「何か凄そうだな」
 セニアの言葉に皆妙に納得したように頷く。
「ラ=ギアス剣術大会三連覇を達成しててね。ゼオルートのライバルだったのよ」
「ああ、マサキの義理の親父さんだった」
「よく覚えていたな、おい」
 マサキがそれに声をかける。
「当たり前だろ、プレシアちゃんにいつも話してもらっていたからな」
「そうだったのかよ」
「何でも凄い人だったらしいじゃねか」
「まあ剣の腕は凄かったな」
「けれどそれ以外はあれだったけれどね」
 セニアが笑いながら言う。
「プレシアちゃんがいなかったら生きていられない人だったから」
「・・・・・・何かそういう意味でも凄い人だったらしいな。まあいいや、それでそのゼオルートさんのライバルだったんだな」
「ええ、そうよ」
 セニアはまた頷いた。
「剣術大会では凄かったらしわよ。互いに相譲らず」
「おう、それで」
「試合場では稲妻が舞うようだったらしいから。その中で認め合ったライバル同士だったそうよ」
「パパってそんなに凄かったんだ」
「あたしもよくは知らないけれどね。昔のことだから」
「そうなんですか」
「ええ。けれどかなりの腕前だったことは確かね」
「それでゼツはそのシュメルさんを狙っているんだな」
「おそらく」
「だとしたら大変なことになるぜ。若しその人の脳味噌か何か使って魔装機でも作られた日にゃ」
「だからこそ君達はシュウにここに召還されたと思う」
 フェイルは静かにそう述べた。
「我々としてもバゴニアを迎撃しなくてはならない。だが君達にも協力を要請したいのだ。申し訳ないが頼めるだろうか」
「喜んで」
 まずはそれに大文字が応えた。
「その為にこちらに呼び出されたのですから。喜んでお引き受け致しましょう」
「お願いできますか」
「はい。では早速御聞きしたいのですが」
「はい」
「そのシュメル氏は何処におられるのでしょうか」
「それは」
 彼等は話し合いに入った。そしてロンド=ベルはそれが終わるとすぐにバゴニアとの国境に向かうのであった。
「では殿下、私も」
「うむ、頼む」
 カークスも出撃する。フェイルはかれを見送っていた。
「おそらく卿にはバゴニア軍の主力が向かって来ると思うが。耐えてくれよ」
「少なくともそれでいいかと思います」
 カークスは主のその言葉に頷いた。
「我々の目的はバゴニアへの侵攻ではありませんからな」
「そうだな。だがバゴニアの上層部は一体どうしたのだろう」
「バゴニアのですか」
「彼等もそれ程愚かではなかった筈だが。ましてやゾラウシャルドのような野心家でもなかった」
「それですが一つ奇怪な情報が入っております」
「奇怪な情報」
「はい。どうやら今のバゴニア上層部は彼に操られているようなのです」
「洗脳か」
「おそらくは。今やバゴニアは彼の思うままです。だからこそ我々に攻め入っているのではないでしょうか」
「そこまでしているとは。何という男だ」
「それがゼツという男です。手段は選ばない」
「わかってはいるつもりだったが」
「ですから御気をつけ下さい。殿下の身辺にも」
「私もか」
「そうです。殿下に何かあってからでは手遅れですから。宜しいですね」
「わかった」
 フェイルは彼の言葉をよしとした。
「それでは少し身を慎もう。何かとありそうだからな」
「シュテドニアスは抑えましたがまだ彼等がいます。ですから御気をつけを」
「うむ」
 そう言い残してカークスもまた出撃した。フェイルはそれを見届けると王宮へと戻った。カークスの言葉を受け入れたからであった。

 その頃ラングランとバゴニアの国境では一機の魔装機が警戒にあたっていた。バゴニアの魔装機ギンシャスプラスであった。バゴニアの指揮官用魔装機である。
「ふむ」
 それに乗っているのは革命前のフランス貴族の髪形をしたバゴニアの軍服の男であった。細面で整った顔をしている。
「今のところラングラン軍は来てはいないな」
「ジノ=バレンシア少佐」
 後ろから声がした。そして数機の魔装機がやって来た見ればギンシャスであった。
「そちらには何もいませんか?」
「うむ。そちらはどうだ」
「何も。今のところはな」
「そうですか。ラングランはどうやらカークス将軍を差し向けて来るそうですが」
「カークス将軍をか」
「はい。既に出撃しているとの情報もあります」
「そうか」
 ジノはそれを聞いて少し思索に耽った。
「だとすれば少し厄介だな」
「はい」
「彼は名将だ。それにラングランはシュテドニアスとの戦いの後とはいえ力がある。少なくとも我々よりはな」
「勝利は難しいでしょうか」
「順当に考えたならばだ。だがゼツ博士は違うと言っておられる」
「ゼツ博士が」
 シュテドニアスのパイロット達は彼の名を聞いて顔を顰めさせた。
「あの人がですか」
「そうだ」
「また良からぬことを考えているのではないでしょうか」
「滅多なことは言うな」
 だがジノはそんな部下達を窘めた。
「確固たる証拠もないからな」
「わかりました」
「だが。何故ここに兵を派遣するのかがわからぬ」
「ここにですか」
「剣聖シュメル殿の邸宅近辺。一体ここに何があるというのだ」
 ジノはそう言って首を傾げさせた。
「戦略的には何の重要性もない筈だが。国境にあるとはいえ」
「それはそうですが」
「そういえばバレンシア少佐はシュメル殿の弟子であられましたな」
「知っているか」
「はい。不易久遠流免許皆伝だと御聞きしておりますので」
「確かにな。私はかってシュメル殿に剣を教わった」
「やはり」
「ああ見えても繊細で心優しい方でな。私は剣以外にも多くのものを教わった」
「人格者としても有名な方ですからね」
「だからこそだ。何故そのような方の場所に兵を向けるのだ」
「それがわからないので我々も困っているのです」
 彼等はそう言って首を傾げさせた。
「何故でしょうか」
「シュメル殿がラングランと通じる可能性があるというのなら愚かなことだ」
 ジノはその切れ長の目に嫌悪感を露わにさせた。
「そのような方ではない。かといって軍に協力もされないだろうが」
「それでではないでしょうか」
「幽閉するつもりだというのか」
「こうした状況ではよくあることです。どう思われるでしょうか」
「ふむ」
 ジノはそれを受けて再び考え込んだ。
「だとすれば愚かなことだ、実にな」
「そうなのですか」
「元々この戦いに大義があるとは思えない。それでそうした行動をとるとはな」
「幽閉、がですか」
「それにシュメル殿は一市民に過ぎない。市民に害を為してどうするというのだ」
「はい」
「我々が戦うのはあくまでラングラン軍に対してのみ。それは諸君等もわきまえておくようにな」
「はい」
「それはちょっと甘い考えだと思うぜ」
 ここでギンシャスプラスがまた一機やって来た。そこにはリーゼントにした白人の男がいた。かなりワイルドな雰囲気を漂わせた男であった。
「バレンシア少佐、だからあんたは甘いんだよ」
「トーマス=プラット少佐か」
「おうよ、暫く振りだな」
 彼は煙草をくわえながらジノに返礼した。
「元気そうで何よりだ」
「まさか貴官までここに来ているとはな」
「あの爺さんに命令されれば嫌とは言えねえさ」
 彼はシニカルに笑いながらそう答えた。
「それが軍人ってやつだろ。ビジネスには真面目でなくちゃな」
「それが貴官の考えか」
「気がついたらここにいてそれで少佐にまでしてくれたんだ。働かなきゃ名が廃るってもんだぜ」
「それはそうだが」
「まああんたはそっちを頼むぜ。俺はちょっと仕事があるんでな」
「仕事を」
「ああ。それじゃあな」
「うむ」
 別れを告げると彼はジノ達から離れた。そして遠くへ消えてしまった。
「プラット少佐の任務とは何でしょうか」
「余計な詮索は無用だ」
 ジノはそう言ってまた部下達を窘めた。
「よいな」
「は、はい」
「申し訳ありませんでした」
「だがあまりいい仕事ではなさそうだな」
 部下達にそう言いながらふとそう呟いた。
「あの目は・・・・・・汚れ仕事をしようとする目だ」
「?何か」
「あ、いや」
 部下の問いに言葉を濁した。
「何でもない。気にするな」
「わかりました」
「それでは哨戒を続けるか。これからは小隊ごとに行う」
「はい」
「ラングラン軍が来たならば無闇に迎撃しようとするな。まずは後方に連絡をとれ」
「了解」
 ジノ達は飛び上がり哨戒を再開した。そして彼等の任務を忠実に行なうのであった。

 この頃ロンド=ベルはバゴニア領に入っていた。三隻の戦艦は超低空飛行を続けバゴニア領を進んでいた。
「精霊レーダーに反応は?」
「今のところは何もねえな」
 偵察に出ているマサキのサイバードからゴラオンに報告が入った。
「敵もいねえし。そろそろ目的地だけれどな」
「そうか」
 エイブはマサキの言葉に頷いた。
「今のところは、か。だがそれでもいい」
「いいのかよ」
「今はな。敵に発見されてはならぬ」
「そういうもんか」
「そうだ。御前もそれを心がけておいてくれよ」
「了解。しっかし敵の勢力圏に入ってこれはちと暇だな」
「まあそう言うな。そのうち嫌でも戦いが起こるだろうからな」
「期待しねえで待っておくぜ」
 そう言って通信を切った。エイブはマサキからの報告を聞き終えるとエレに顔を向けた。
「以上です」
「今のところ敵はいませんか」
「はい」
 エイブはそれに頷いた。
「今のところは。少なくとも周囲にはいないようです」
「わかりました。それでは今まで通り進みましょう」
「はい」
「何か思ったより平和に進んでいるな」
 勇が意外といったふうにそう言った。
「国境を越えたらすぐに敵が殺到してくると思っていたけれど」
「敵の主力はカークス将軍の軍の方に向かっているそうだから」
 それにカナンが答えた。
「だからじゃないかしら」
「そうだったのか」
「さっき聞いた話だとね。だからここは比較的平穏なのよ」
「何か意外だな」
「まあそのうち意外じゃなくなるわ。エイブ艦長の言われる通り」
 そう言って勇を宥めるか、窘めるように見た。
「ここが敵領なのは変わらないのだから」
「わかってるよ」
 勇は苦笑してそれに頷いた。
「その時になったら宜しくな、お嬢さん」
「お嬢さん?私が?」
「じゃあ言い換えようか。レディってね」
「ナンガやラッセみたいなことを言うようになったわね」
「おかげさまでね、影響を受けてるのさ」
「おう」
 ここでまたマサキから通信が入って来た。
「何かあったのか?」
「そろそろシュメルさんの家だぜ」
「もうか」
「サイバードだとな。先に行っておいていいか?」
「いや、それは駄目だ」
 だがエイブはそれを許可しなかった。
「何でだよ」
「御前は方向音痴だ。それを認めると何処に行くかわからん」
「ちぇっ、信用ねえな」
「エイブさんの言う通りだと思うけれど」
「今だって迷わないのが不思議な位だよ」
「おめえ等までそう言うのかよ」
「当たり前だニャ」
「おいら達は一番迷惑被るんだから」
「ちぇっ、忠誠心のないファミリアだぜ」
「だがその通りだ。今からそちらにもう一人派遣する」
「?誰だ」
「ショウ=ザマだ。あの者なら問題ないだろう」
「ショウかよ。まあいいぜ」
「ではすぐに合流するようにな。いいな」
「わかったぜ。それじゃあな」
「うむ」
 またマサキは姿を消した。グランガランからウィングキャリパーが発進していた。
「思ったより早かったですな」
「はい」
 エイブはまたエレに上申していた。エレは儀礼的にそれに頷く。
「剣聖シュメル。一体どのような方でしょうか」
「何かいかついおっさんじゃねえかな、って思うんだけれどな」
「武蔵、それはまたどうしてだ?」
「いや、リョウの親父さんがそうだろ」
「俺の」
「ああ。すっごい怖そうな顔の爺さんじゃないか。それでそうじゃねえかな、って思うんだけれどな」
「それは先入観だろ」
「確かに俺の親父はおっかないが」
「そうだろ?何か刀持ってる人ってそういうイメージがあるんだよな」
「おいおい、武蔵は人のこと言えないだろ」
「先輩だって柔道やってるじゃないですか」
「それはまあそうだけれどな」
「大丈夫ですよ。そんなに怖い人じゃないと思いますよ」
「そうかなあ」
「まあいざとなったら御前が相手をしてくれ。俺達は武道は知らないからな」
「おい、ラグビーなんて激しいのやっていてそれはないだろ」
「ははは、そうかもな」
 そんな話をしながらそのシュメルの家に辿り着いた。既にマサキのサイバードとショウのウィングキャリパーがあった。その前には小さいが綺麗に整った家があった。
「こんな人里離れた場所にか」
「らしいと言えばらしいが」
 地上に降り立ったロンド=ベルの面々は口々にそう言いながら家の前にやって来た。
「あのう」
 まずは美久が挨拶をする。
「シュメルさんはおられますか?」
「誰?」
 すると家の中から赤い髪の少女が出て来た。その髪は三つ編みで顔にはソバカスがある。だが可愛らしい顔立ちをしている。服はバゴニアの田舎の農民のものであった。
「あ、貴女は」
「私?私はシュメルさんのフィアンセよ」
 彼女はにこりと笑ってそう言った。
「フィアンセ」
「シュメルさんって独身だったの?」
「いや、初耳だぜ」
 マサキはヒメの言葉にそう返した。
「じゃあ若いとか」
「聞いた話によるといい歳したおっさんらしいが」
 今度はキーンに答える。
「おかしいな。何でこんな娘がいるんだ」
「おしかけなのよ。悪い?」
 その少女はマサキの言葉に少しむくれた。
「おしかけねえ」
「何だかなあ」
「細かいことは気にしないの。それであんた達は?」
「俺達?ロンド=ベルっていうんだけれど」
「聞いたことないわね」
「まあ色々あってな。それで御前さんは?」
「私はロザリーっていうの。ロザリー=セルエ」
「ロザリーか。いい名前ね」
「おや、ありがと」
 シモーヌにそう言って笑みを返す。
「それであんた達どうしてここに?」
「ちょっとシュメルさんに用があってな。何処にいるんだい?」
「先生なら家にいるけど。今はちょっと取り込み中でね」
「取り込み中」
「絵を描いているのよ。描きはいめたらもう他のことには目が入らなくなっちゃって」
「また難儀なことだな」
「それでよかったら後にしてくれない?折角来てもらって悪いんだけど」
「そうもいかないんだよな」
 だがマサキはそれには苦い顔をした。
「こっちも色々とあってな」
「また色々なんだね」
「仕方ねえさ。今そっちの国とラングランがどういう状況かわかってるだろ」
「テレビじゃ何か物騒なことになってるわね」
「そういうことだ。それでちょっとシュメルさんに言いたいことがあってな」
「さっきも言ったけれど今は無理よ」
「そこを何とかよお」
「だから後で来てよ。今はとても無理よ」
「ちぇっ。どうするよ皆」
 マサキはこう言って後ろにいる仲間達に声をかけてきた。
「どうするって言われてもねえ」
 まずリューネが困った顔をした。
「こっちにも事情があるし」
「それはわかってるつもりだけど後で来てよ」
「だからねえ」
「こっちも先生がああなると」
「一体何をそんなに話しているのだ?」
 すると家の奥から一人の赤茶色の髪と髭の男が姿を現わした。
「あ、先生」
「珍しいことだ。お客人か」
「あ、ああまあな」
 マサキがまず最初に言う。
「そんなところだ。あんたがシュメルさんか?」
「如何にも」
 彼はそう名乗った。
「私がシュメルだが」
「丁度よかった。実は話したいことがあるんだけれどよ」
「ふむ」
 彼はまずマサキの目を見た。それから言った。
「どうやら断るわけにはいかないようだな。いいだろう」
「おっ、悪いね」
「お茶を用意しよう。ロザリー」
「はい」
「おそらくこちらの方々にお茶をふるまったらもうなくなってしまうだろう。買出しに行っておいてくれ」
「わかりました。それじゃ」
「うむ。済まないな」
 ロザリーは家の後ろにある魔装機に乗った。どの国でも作業用等に使われているルジャノール改であった。彼女はそれに乗って何処かへと行ってしまった。
「あの娘は一体何なんだ?」
 マサキは彼女がいなくなるとあらためてシュメルに尋ねた。
「一応私の弟子ということになっている」
「弟子」
「フィアンセかどうかまではわからないが。とりあえず身の世話はしてもらっている。私はどうも世事のことには疎いものでな」
「へえ、いい娘だねえ」
「うむ。悪い娘ではない」
 それはシュメルも認めた。
「おかげで私も助かっている。それに剣の捌**い」
「へえ」
「素直でいい剣だ。きっと大成するだろう」
「それであんたのことだけどよ」
「君達が言いたいことはわかっている」
 シュメルは静かにそう答えた。
「ゼツ博士のことだな」
「ああ」
「今こちらにバゴニアの大軍が向かっている可能性もあるよ」
「そうであろう」
 リューネの言葉に頷いた。
「だが恐れることはない」
「いや、そうは言ってもよお」
「あんた狙われてるんだよ。用心した方がいいよ」
「それはわかっている。だが私にとっては彼等は恐れる程のものではない」
「馬鹿な。相手は狂人だというのに」
 ヤンロンが言った。
「剣聖シュメル、僕達は貴方をお救いする為にここに来たのです。是非我々と共に」
「私はそれよりも今の絵の方が重要だ」
「絵がどれだけ大事かわからねえけれどよ」
「このままだとあんたゼツに殺されちゃうよ」
「心配は無用。あの男に私は殺せない」
「何でだよ」
「その時になればわかること。心配は無用」
「・・・・・・わかったよ、じゃあ好きにしな」
 マサキはそう言って彼から背を向けた。
「もう知らねえ。勝手にゼツに利用されて殺されちまいな」
「あっ、マサキ待ちなよ」
 そんな彼をリューネが呼び止める。だがマサキは行く。それで話は中断となった。ロンド=ベルの面々は止むを得ず大空魔竜の中に入って話をはじめた。
「困ったことになったな」
 まずは大文字が口を開く。
「シュメル殿がああ言われるとは」
「いや、これは想定されたことです」
 だがサコンはこう述べた。
「予想されたことかね」
「はい。シュメルさんはどうやらかなりの剣の腕前のようですから。おそらく敵が来ても退けられると思っておられるのでしょう」
「しかし相手は魔装機だぞ」
 アハマドがそれに反論する。
「そうおいそれとできるものか」
「魔装機も技は使うことができるな」
「うむ、そうだが」
「それならば問題はないだろう。あの小さい魔装機でもな」
 そう言って窓の外に見えるルジャノールを指差した。丁度今帰ってきたところであった。
「だが問題はバゴニアだ。セニア姫」
「何?」
「そのゼツという男、人間的にはどうなのですか」
「はっきり言って頭がおかしいわね」
 彼女は率直にそう述べた。
「目的の為には手段を選ばないし」
「やはり」
「どんな汚いことだってするわよ。だから気をつけて」
「わかりました。やはりな」
「具体的には何をしてくるだろうな」
「そこまではわからん。だが用心するにこしたことはない」
「ここにも来るかな」
「おそらくな。それもそろそろだろう」
「そろそろか」
「そうだ。配置についておいた方がいいかもな」
「そうだな」
 大文字もそれに頷いた。
「ではすぐに配置につこう。いいな」
「了解」
 大文字の指令を受けてロンド=ベルはそれぞれの配置についた。そして敵を待つことにしたのである。そうするとすぐにシーラのグランガランから報告があがった。
「レーダーに反応です」
「来たか」
「ドンピシャってやつだな」
 ショウとトッドがそれを聞いて口々に言う。
「敵の数約百。魔装機です」
「バゴニアだな、絶対に」
「それ以外に何処があるニャ?」
「マサキ、幾ら何でもそれはボケだぜ」
「ええいうるせえ、御前等もささとハイ=ファミリアに入りやがれ!」
「やれやれ、人使いが荒いニャ」
「まあ猫なんだけどな」
 ブツブツ言いながらもクロとシロもファミリアに入る。そしてサイバスターはグランガランから発艦した。
「サイバスター、行くぜ!」
 他の魔装機やマシンも次々と出撃する。そしてシュメルの家を守る様に布陣したのであった。
「何だ、ありゃあ」
 ロンド=ベルを見たトーマスは思わず声をあげた。このバゴニア軍の指揮官は彼であったのだ。
「何時の間にあんな大軍がいやがったんだ」
「どうやらラングラン軍のようですが」
「そういえばあの魔装機はそうだな」
「おそらく我々の行動を察知して先に動いたようですが」
「参ったな。こりゃ先を越されたか」
「どうしますか、少佐」
「どうするってやるしかねえだろ」
 彼はニヤリと笑ってそう答えた。
「全機攻撃用意だ」
「了解」
「一気に蹴散らすぞ。そして剣聖シュメルを保護するんだ」
「保護、ですか」
「あまり深く考えるな。戦争ではよくあることだ」
 彼は今度はシニカルに笑ってそう述べた。
「言葉を代えるってことはな」
「わかりました。それでは」
「おう、行くぞ」
「ヘッ、やるつもりらしいな」
 マサキはバゴニア軍が攻撃態勢に入るのを見て不敵に笑った。
「そうでなくちゃ面白くねえ。どのみちバゴニアも敵だからな」
「マサキ、無茶は駄目よ」
「わかってるぜ。そういうテュッティもフォロー宜しくな」
「私は前線に出るわ。マサキが何するかわからないから」
「信用ないんだな、俺って」
「日頃の行いだニャ」
「そうそう、だからおいら達がいつも言ってるだろ」
「何かこういう時に言われるな、いつも」
「ほら、その信用を取り返したければさっさと動く」
「敵は待ってくれないぜ」
「わかってるよ。じゃあ行くぜ」
「あいニャ」
「じゃあ出撃」
「頼んだぜ、クロ、シロ」
「あたし達にお任せニャ」
 早速ハイ=ファミリアを放ちバゴニア軍のギンシャスに攻撃を仕掛ける。これが攻撃の合図であった。
 戦い自体は比較的ロンド=ベルにとって有利な状況であった。彼等は的確に敵を攻撃し、撃墜していた。だがその中で一機だけ腕の立つ者がいた。
「フン、何だこんなものか」
 トーマスであった。彼のギンシャスプラスだけは敵からの攻撃を避けていた。そして反撃を加えてくる。その剣をヤンロンはグランヴェールのフレイムカッターで受け止めた。
「このプラーナは」
「ヤンロン、どうしたんだい!?」
「地上人のものだ」
 ベッキーにそう答える。ヤンロンの顔からは油断の色はなかった。
「手強いぞ、気をつけろ」
「へっ、どうやらわかったみたいだな」
 トーマスはヤンロンの言葉を聞いて不敵な笑みで返した。
「俺は地上から来たのさ。国はアメリカだ」
「あたしと同じかよ」
「その声はリューネのお嬢ちゃんだな」
「あたしを知ってるのかい?」
「当然だろ。俺はDCにいたんだ。まああんたとはかっての同僚ってわけだ」
「あたしはあんたなんか知らないよ」
「けれど俺は知ってるのさ。まあ下っ端だったから無理もねえか」
「トーマス=プラットっていうんだ。宜しくな」
「トーマス=プラット」
 ゼンガーがそれを聞いて顔を彼に向けさせた。
「DCのエースパイロットの一人か。名は聞いている」
「そういうあんたはゼンガー=ゾンボルトだな」
「うむ」
「あんたのことは聞いてるぜ。示現流の使い手だったな」
「如何にも」
「一度あんたと手合わせしたいと思ってたんだ。願えるか」
「来るのか」
「来ないって言えば嘘になるな。さあ行くぜ」
「ならば来い」
 ゼンガーはそう言ってその斬艦刀を構えた。
「このゼンガー=ゾンボルト、逃げも隠れもせぬ」
「いいねえ、武士道ってやつかい。俺はそういうの好きだぜ」
 そう言いながら自分の中のアドレナリンが上昇するのを感じていた。
「俺もオレゴンの生まれでな。ガンマンだったのさ」
「へえ、意外だね」
 ベッキーはそれを聞いて口を少し尖らせて言った。
「オレゴン生まれかい」
「おっ、あんたはどうやらネィティブみてえだな」
 ベッキーに気付き彼女にも声をかける。
「まあね。けれどハーフさ」
「へえ」
「半分はまああんたと同じ血さ」
「といっても俺も何処の血が混ざってるかわからねえぜ。親父はアイリッシュでお袋はジャーマンだからな」
「ややこしいね、お互い」
「それがアメリカってやつだろ。違うかい?」
「まあその通りさ。戦いじゃなかったら一緒に飲みたいね、あんたとは」
「おう。バーボンでな」
「あたしはバーボンには五月蝿いよ」
 話に乗ってきた。お互い上機嫌で話す。
「銘柄は選ぶよ」
「いいねえ、俺もだ」
 トーマスも彼女に合わせて笑う。
「じゃあ機会があったら飲もうね」
「おうよ。けれど今はな」
 ゼンガーに顔を戻す。
「あんたと戦わなくちゃな」
「来い!」
「言われなくてもなあっ!」
 すぐにリニアレールガンを放つ。そしてグルンガストを貫こうとする。
「これでどうだっ!」
「甘いっ!」
 しかしそれは通用しなかった。ゼンガーはそれを何なくかわす。残像だけが残った。
「見切りか!」
「その通り」
 ゼンガーはそれに答える。
「俺にこれを使わせた者はそうはいない」
「そうかい、光栄だね」
「だからこそ本気でかかる。覚悟!」
「やってやらあ!行くぜ!」
 今度はサーベルを抜きそれで切り掛かる。しかしそれも受け止められてしまった。
「チッ!」
「どうやら剣の裁きは銃程ではないようだな」
「言っただろ、ガンマンだってな」
「そうか」
「アメリカじゃなあ、銃こそが正義なんだよ」
「そうなのか」
「だがサーベルだって使えるんだがな。どうやらあんたには通用しないらしいな」
「どうするつもりだ?」
「知れたことさ。やり方を変える」
 そう言いながら間合いを離す。
「今度は外さねえからな。覚悟しろよ」 
 再び攻撃に入ろうとする。だがそこで作戦自体が停止されてしまった。
「待て、プラット少佐」
「あんたか」
 出て来たのはジノであった。もう一機ギンシャスプラスが姿を現わした。
「ラングラン軍の主力が国境に集結している。そちらの迎撃に向かわなくてはならない」
 ジノは落ち着いた声でそう言った。
「しかし俺にはこっちの任務を優先するように言われてるんだがな」
「軍の上層部からだ。ここは一時退けとのことだ」
「あの爺さんじゃなくてか」
「ゼツ博士は今は別のことでお忙しいようだしな」
「ちっ、わかったよ」
 トーマスは舌打ちしながらもそれに従うことにした。
「じゃあ撤退だ。それでいいんだろ」
「うむ」
「そういうことだ。ロンド=ベルの兄ちゃん姉ちゃん達よ」
 彼等に顔を向けた。
「それじゃあな。また会おうぜ」
 こうして戦いは終わった。丁度その時にロザリーのルジャノールが姿を現した。
「何かあったみたいね」
「まあな」
 マサキがそれに応える。
「お客さんがいてな。パーティーをやったんだ」
「そうだったの。面白かった?」
「それなりにな。それでお茶なんだけれどな」
「待ってて、すぐ入れるから」
 そう言いながら魔装機のコクピットから出る。そして家の中に入って行った。
「さて、これからどうするかな」
「それですね」
 ピートが大文字の溜息混じりの言葉に応えた。
「何とかしなければならないのは事実ですが」
「それはそうだが」
「とりあえずはここに留まりますか。それで様子を見ましょう」
「だがそれではあまりにも無策ではないかね」
「いえ、俺はそうは思いません」
 サコンがそれに対して言った。
「待つのも一つの作戦です。今回はそれでいくべきです」
「そうか」
「はい。ですからここは待ちましょう。いいですね」
「わかった。そうするか」
「はい」
 こうして彼等はここに留まることになった。ただシュメルとの交流は続けられた。彼等の中にはその家の中に入る者もいた。
「ふうん」
 マサキ達はシュメルが描いたという絵を眺めていた。それ等はアトリエにそれぞれ飾られていた。描きかけのものまである。
「成程ねえ」
「こんなものか」
「どう、先生の絵は」
 ロザリーが彼等に尋ねる。
「気に入ってもらえた?」
「ううん、それはねえ」
 リューネが苦笑いを作った。
「どうかなあ」
「駄目かな」
「何というかね。あたしには合わないよ」
「あら、残念」
「俺もな。もうちょっとこうアニメチックじゃねえと」
 マサキも酷評していた。
「最近の絵はそうでなきゃな」
「僕は水墨画の方がいいがな」
 ヤンロンも話に加わってきた。
「どうも風景の描写に独創性が足りないようだが」
「何か今一つ評判がよくないね」
「いや、そうは思わない」
「ゲンナジー」
 見ればゲンナジーもいる。彼はシュメルの絵から目を離さないでいた。
「素晴らしい。これだけの名画はそうそう見られるものではない」
「へえ、ゲンナジーが気に入るなんて意外だね」
「ゲンちゃんこれでも芸術には造詣が深いからね」
「そういえばそうだね」
 シモーヌがそれに頷く。
「バレエや音楽にも詳しいし。暇があると文学書読んでるし」
「意外とインテリなんだ」
「拙僧と同じだな」
「あんたは格闘技の本ばかりでしょーーが」
「きついのう、ベッキーは」
 そう言いながらも全く反省していないのがティアンらしいと言えばらしかった。
「それにしてもゲンちゃんって本も好きなんだ。意外ね」
「ミオさんは漫画ばかり読み過ぎですよ」
「それが今時の女子高生なのよ。それでどんな本読んでるの?」
「ロシア文学とか哲学書とか」
「ふんふん」
「そうしたのが多いですよ」
「何だ、ゲンちゃんわかってるじゃない」
「わかってるってどういうことなんだ!?」
 マサキがその言葉に首を傾げさせる。
「自分のキャラクターがよ。ゲンちゃんはそうでなくちゃ」
「また変なことを考えてやがるな」
「さて、何のことでしょ」
「おめえは大介さんとこにでも言ってろ。それが一番お似合いだ」
「大介さんにはひかるさんがいるよ」
「そういう意味じゃねえ。声の問題だ」
「マサキ、そんなこと言ったらまた話がややこしくなるよ」
「そうだ。だから止めろ」
「うっ、そうだったな」
「そういうこと。言いっこなしね」
「わかったよ。何か変なことは迂闊に話せねえな」
「それにしてもこの色使いといい」
「気に入ってもらえたみたいね」
「天才だ。まさかこのような場所で出会うとはな」
「何かゲンナジーさんには気に入られたみたいね、あの人の絵」
「そうみたいだね」
 シンジがアスカの言葉に頷く。
「あんな絵の何処がいいんだか」
「そう?僕はいいと思うけれど」
「あんたねえ」
 アスカはそれを聞いて呆れた顔をした。
「おかしいんじゃないの!?あんなのの何処がいいのよ」
「いいじゃない。何かダイナミックで」
「絵の具塗りたくってるだけよ」
「派手な色彩で」
「色彩感覚がないだけよ」
「凄くいいじゃない。何でわからないのかな」
「元々あたしはああした絵は好きじゃないのは認めるわ」
「じゃあゴッホは嫌いね」
「まあね」
 レイの言葉に憮然として頷く。
「少なくともいいと思ったことはないわ」
「そうなの」
「じゃあ結局は好き嫌いの問題なのかな」
「あら、若いのにもうわかってきたじゃない」
「こりゃ将来有望な少年だね」
「少年の時はこうじゃないとな。色々と見ないと」
「そうそう」
「まあ一歩間違えればブンドルみたいになるけれど」
 レミーとキリー、そして真吾もいた。彼等は絵よりシンジ達を見ていた。
「少年、ああはなるなよ」
「なったら大変なことになるわよ」
「まああれはあれで個性があっていいかもな」
「あり過ぎって言うのよ、それは」
 アスカがそれに突っ込みを入れる。
「あんな人間が二人も三人もいてたまるものですか」
「まあそれはそうだけれど」
「最近そうした人が多いけれど」
「例えば東方不敗」
「最悪よ」
「そうかなあ。敵だけれど格好いいじゃない」
「使徒を素手で倒せる人間なんて何処がいいのよ!」
「憧れない?あそこまで強いと」
「強いとかそういう問題じゃないわよ!北斗の拳じゃないんだから!」
「おやおや、また懐かしいものを」
 真吾がそれを聞いてくすりと笑う。
「あんなことできたらそれこそ十二宮でも何処でもいけるわ!」
「また古いことを言うわね、アスカも」
「俺も興味出て来たな、何だか」
 キリーがそう言って笑う。
「あたしも。何か聖闘士っていう響きが好きなのよね。仮面被ってね」
「レミー、聖闘士ってのは女はなれないんじゃなかったのか?」
「だから仮面を被るのよ」
 真吾にそう言葉を返す。
「そうしたら女でも聖闘士になれるのよ」
「よく知ってるな」
「まあね。色々あったから」
「過去を持つ女ってのはミステリアスね」
「ブロンクスの獅子程じゃないわよ」
「俺は狼だぜ、そこんとこよろしくな」
「わかってて言ってるのよ。じゃああたしは蛇遣いね」
「俺は竜か」
「楯と拳を持ってね。期待してるわよ」
「宙がいないのがちょっと残念になってきたな」
「ははは、そうだな」
「とにかくあたしはあの金髪のキザ男もおさげの変態も認めないからね!それだけは言っておくわ!」
「変態だなんてあんまりじゃ」
「じゃあ妖怪にしておくわ。何処をどうやったらあれが人間に見えるのよ」
「超人とか」
「だからねえ、そうした存在が嫌なのよ!常識がない!」
「何かエキサイトしてるな」
「ナーバスな年頃なのよ」
 さらに感情的になっていくアスカを見ながらグッドサンダーチームは笑っていた。結局この時はシュメルとの交流は進んだが彼を保護するまでには至らなかった。ロンド=ベルは止むを得なくここはその場に駐屯するに留まり交渉を続けることにした。
「それにしても気になるわね」
「何が?」
 シュメルの家からグランガランに戻って来たミサトにリツコが尋ねた。二人もシンジ達と共にシュメルの家に行っていたのである。ちなみにリツコはシュメルの描いた猫の絵ばかり見ていた。
「あのロザリーって娘だけれどね」
「ええ」
「何かおかしいと思わない?」
「そういえばそうね」
 リツコは彼女の言葉に頷いてそう言葉を返した。
「何かね。引っ掛かるわね」
「普通フィアンセっていうのならもっといとおしそうな目をするじゃない」
「それはわかるわ」
「けれどあの娘は違ったわ。何か憎しみを感じる」
「そして同時に何かやすらぎも感じる。複雑ね」
「マサキ君もシンジ君もそれには気付いていないみたいね」
「案外グッドサンダーの面々はわからないけれど」
「確かなことはまだわからないからこれからどうなるかわからないけれど」
「何か妙なことにならなければいいね」
「ええ」
 そう話をしながらそれぞれの部屋に戻った。この日は戦いの他は何の進展もなかった。翌日バゴニアがラングランに対して正式に宣戦を布告したことを除けば。

 バゴニアとラングランはこうして戦闘状態に入った。だがその数日前からバゴニア軍のラングラン侵入があり戦闘も起こっていたからこれはあまり意味がなかった。だが話は別のところで問題となっていたのであった。
「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
 バゴニアの首都バラスの国立アカデミーの奥深くから不気味な笑い声が聴こえる。暗い部屋の中で多くの実験器具に囲まれた男が笑っていたのであった。
「遂にはじまったわ。わしの宴が」
 見れば老人であった。白髪頭でその頭頂部は見事に禿げ上がっている。結果として河童、いや落ち武者の様な髪形になっている。
 白衣を着ておりその足はガニ股で猫背だ。痩せ細っており小柄な身体がより小柄に見える。そして何といってもその顔に特徴があった。
 眼鏡をかけたその顔もまた痩せていた。そしてその目は視点が定まらず狂気が明らかであった。彼こそがゼツ=ラアス=ブラギオである。
 かってはラングランの王立アカデミーに在籍しており、天才とも謳われていた。だがその心は頭脳程優秀ではなかった。卑劣で残忍な人物と知られ度々問題を起こしていた。そして人体実験を行ない追放されたのである。ラ=ギアスの錬金術士の間では札付きの男として知られている。
 だがバゴニアに潜り込み今まで生きてきた。バゴニア政府の上層部を洗脳し今ではこの国の実権を握っている。この度の戦争も彼が黒幕であることはもう言うまでもない。
「憎きラングランの者共よ、楽しみにしているがいい」
 彼はその手にある実験器具を操りながら笑っていた。
「貴様等全員地獄に送ってやる故な」
 その手にあるフラスコの中の液体は赤く輝いていた。明らかにまともなものではない。そしてそれを持っている者自身も。
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
 彼は笑っていた。
「ヒハハハハハハハハハハハハハ」
 不気味な笑いが暗い実験室に響いていた。それはまるで地の底の悪魔のそれのようであった。


第四十四話   完


                                        2005・9・14


[316] 題名:第四十三話その二 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2006年03月22日 (水) 00時55分

「あと暫くでまた戦場に送り出せるようになると思いますが」
「それは何よりだ」
「やはり大尉が乗られるのですね」
「いや、私はもうこれに乗るつもりはない」
「何故ですか?」
 技術将校はそれを聞いて驚きの声をあげた。
「ジ=Oは大尉のものではなかったのですか」
「最早ジ=Oでは足らないのだ」
 彼は素っ気無くそう答えた。
「より上のものが必要だ」
「左様ですか」
 将校は一呼吸置いてからまた問うた。
「ではジ=Oはどうされるのですか?」
「メッサーラと同じようにすればいい」
「ではジェリド大尉に」
「そうだ。彼も何かと大変だろうからな」
 笑いながらそう述べた。
「私からのささやかな贈り物とだけ伝えてくれ。いいな」
「わかりました」
「彼なら無難に乗りこなせるだろう。だが私はそれより上に進む」
「上とは」
「それもわかることだ」
「はあ」
「それよりも他のモビルスーツの開発も順調なようだな」
「ええ、まあ」
「ボリノーク=サマーンもパラス=アテネもな」
「どちらも間も無く実戦配備可能と思われますが」
「それについて話がしたい。サラ=ザビアロフ少尉とレコア=ロンド中尉はいるか」
「今それぞれ自室で待機中だと思われますが」
「すぐに呼んでくれ。いいな」
「わかりました」
 こうしてピンクの髪の小柄な少女と茶髪の女が格納庫に呼ばれた。それぞれティターンズの軍服を着ている。ピンクの髪の少女がサラ、茶色の髪の女がレコアであった。なおレコアはかってエゥーゴにいたことがある。紆余曲折を経て今はこのティターンズに身を置いている。
「よく来てくれた、二人共」
「パプテマス様、何の御用件でしょうか」
「実は二人に渡したいものがあってな」
「渡したいもの」
「そうだ。あれだ」
 シロッコはレコアに応え格納庫の後方を指差した。そこには二機のモビルスーツが置かれていた。
「ボリノーク=サマーンとパラス=アテネだ」
「あれが」
「今後戦いの際にはあれに乗って戦ってもらいたいのだ。いいか」
「喜んで」
 まずはサラが頷いた。
「パプテマス様の御命令なら」
「そうか。ではレコア中尉、君はどうなのだ」
「私も搭乗させて頂きます」
 レコアは強い声でそう答えた。
「それがこれからの世界の為ならば」
「そう。これからの世界は今までとは違う」
 シロッコは静かにそう述べた。
「いつも私が言っていることだが」
「はい」
「これからの世界はニュータイプの女性が指導する社会になるのだ」
「ニュータイプの女性が」
「そうだ。その為にもやってもらわなければならないのだ。出来るか」
「勿論です」
 サラは少し上気して言った。
「これからの世界の為にも」
「レコアは」
「私もです」
「そうか」
 だがシロッコはそこにサラとは違う醒めたものを感じていた。しかし今はそれを口には出さなかった。
「では頼むぞ。期待している」
「はい」
「わかりました」
 やはりレコアの声は醒めていた。だがシロッコはそれを置いておいたままそのまま格納庫を後にした。サラとレコアだけが残る形となった。
「サラ」
 レコアが年少の部下に声をかけてきた。
「貴女は何に乗りたいのかしら」
「私ですか」
「ええ。まずは貴女が選んで」
「中尉は宜しいのですか?」
「私は便利屋だから」
 うっすらと微笑んだ。大人の女の笑みであった。
「どんなのでも大抵乗れるからね。前からそうだったし」
「わかりました。それじゃ」
 サラはそれを受けてモビルスーツを見回した。
「私はボリノーク=サマーンを」
「じゃあ私はパラス=アテネね」
 いささか事務的な声となっていた。
「それでいいわね」
「はい」
「それじゃあまた宜しくね。どうやらパラス=アテネの方が装備はあるみたいだけれど」
「それは対艦を意識して設計、開発されたそうです」
 ここで先程の技術将校が言った。
「対艦」
「はい。敵の戦艦を攻撃する為に。だから装備も重厚なものになったというのがシロッコ大尉の御言葉です」
「そうだったの」
「ボリノーク=サマーンはそれとは変わって偵察用です」
「偵察用」
「機動力を重視しているそうです。ただ、武装はそれなりにありますが」
「戦闘も可能なのね」
「はい」
「ならいいわ。私はスピードがある方が好きだから」
「丁度よかったわね」
「はい。レコア中尉はそれで宜しいのですね」
「だから言ったでしょ。便利屋だって」
 そう言ってまた笑った。
「気にしなくていいからね」
「わかりました。それじゃ」
「ええ」
 サラは早速ボリノーク=サマーンのコクピットに乗り込んだ。そして色々と見回している。だがレコアは格納庫でパラス=アテネを眺めているだけであった。
「これでまたカミーユの前に出ることになるのね」
 かっては弟のような存在であった。だが今はそれについても何とも思わなくなってしまっていた。
「不思議なものね、人間なんて」
 今度はふっきれた笑みであった。
「寂しくなくなったらどうでもいいのかしら」
 カミーユにはフォウがいる。ファもいればエマもいる。かっては自分も側にいたのだが。その時は彼女はあるものを求めていた。しかしそれは手に入らず今こうしてティターンズにいる。
「カミーユの相手が務まるかどうかはわからないけれど戦場には行かないとね」
「レコア中尉」
 ここでまた御呼びがかかった。
「何かしら」
「サラ少尉が御呼びです」
「今度は一体何の御用?」
「ちょっと操縦について御聞きしたいことがあるそうですが」
「わかったわ。今行くわ」
 彼女はボリノーク=サマーンのコクピットに向かった。そしてサラに色々と話をする。ジュピトリスにおけるささやかな一場面であった。

 ロンド=ベルはいよいよ月に接近しようとしていた。だがここで補充のパイロットが到着していた。
「はじめまして」
 それは女性であった。まだ少女と言ってもいい年齢であった。
「ヒルデ=シュバイカーです」
 彼女は敬礼して自身の名を名乗った。
「階級は少尉であります」
「そうか、これから宜しくな」
 グローバルは彼女に対して鷹揚に言葉を返した。
「かってはOZにいたそうだが」
「はい」
 彼女はそれに頷いた。
「その関係で今搭乗している機体もオズのものです」
「一体何かね?」
「ヴァイエイトです」
「ヴァイエイトか」
「はい。それなら今後の戦いでも問題ないと思いますが」
「そうだな。では宜しく頼む」
「わかりました」
「配属はヒイロ=ユイとノイン大尉の小隊でいいな。付き合いもあるだろうから」
「喜んで」
「うん。配属がスムーズに決まって何よりだ」
 こうしてヒルデがロンド=ベルに補充された。彼女はすぐにアルビオンに入った。
「暫く振りだな」
「お久し振りです、ノイン特尉」
「おい、その階級ではもうないぞ」
 ノインはかってのOZでの階級を言われて苦い笑いを浮かべた。
「今は連邦軍の大尉だ。いいな」
「そして私も少尉ですね」
「ああ。もっともあの五人は相変わらずだが」
「変わり無しですか、彼等も」
「変われと言われてそうそう変わってもらっても困るがな」
「確かにそうですね」
「まああの五人のことはいい。しかしまさかここに配属されるとはな」
「意外でしたか」
「ヘンケン中佐の部隊はそこまで余裕があるのかと思ってな」
 彼女もヘンケン隊に今までいたのである。だがマスドライバー攻略作戦を機にこちらに配属されたのである。
「そちらはどうなのだ」
「防衛、哨戒が主な任務ですからね」
「それは聞いているが」
「ベテランパイロットが多くて戦闘も苦労しませんし。リュウさんやスレッガーさんもおられますし」
「あの二人も健在か」
「もう元気過ぎる程ですよ」
 ヒルデはここで朗らかな笑みになった。
「おかげで雰囲気もいいですし」
「そうか、それは何よりだ」
「私がここに来る前も送迎会開いてくれましたし」
「いい話だ」
「こっちじゃそんなのはないですよね」
「すぐにパーティーがはじまるが」
「そっちですか」
 それを聞いて彼女も苦い笑いになった。
「やっぱりロンド=ベルブライト隊は違いますね」
「そうぼやくな。ぼやいても何もはじまらない」
「それはわかっていますけれど」
「丁度艦橋に御前と同じような声のオペレーターもいるし言ってみればどうだ?」
「いえ、声はもう」
「禁句だったな、ふふふ」
「あとカムジンさんもあっちにいるんですよ」
「カムジンさん!?ああ、彼か」
 それを聞いて誰だかすぐにわかった。
「グラージで相変わらず戦っているのだろうな」
「はい。結構トラブルメーカーですけれど」
「結婚してもそれは変わらないか」
「そうそう、いつも暇があると家族の写真見てるんですよ。何かすっかりマイホームパパで」
「それでトラブルメーカーか。やれやれだ」
「それでエメラルド=フォースもこちらに配属になりましたよ」
「エメラルド=フォースもか」
 バルキリーのエース部隊の一つである。金龍のダイアモンド=フォースと並び称されるバルキリーのエース部隊である。
「ドッカー大尉も来られています」
「ふむ」
「そしてメンバーもちゃんと」
「メンバーも」
「はい。神崎ヒビキさんとネックス=カブリエルさん、そしてシルビー=ジーナさんです」
「神崎ヒビキはカメラマンに戻ったのではなかったのか?」
「連邦軍にスカウトされちゃったみたいですよ。その腕を見込まれて」
「幸か不幸かといったところだな」
「本人はあまり乗り気じゃないみたいですけれど」
「そうだろうな。で、エメラルド=フォースの機体は何だ」
「VF-19Sですけれど」
「ダイアモンドと同じか」
「そうですね。まあ実力は同じ位じゃないんですか。あとバルキリーは新型機も届いています」
「新型機!?」
 一瞬だがノインの眉がピクリ、と動いた。
「サイレーンです」
「それがバルキリーの新型機か」
「はい。霧生さんとミスティさん、そしてレトラーデさんに回されるみたいですね」
「そうか。あの三人なら新型機でも大丈夫だろうな」
「はい。きっとやってくれると思いますよ」
「そうか。それにしてもバルキリーも賑やかになってきた」
「そうですね」
「これで音楽でもあればもっと騒がしくなるな」
 ノインはこの時冗談交じりに言っていたに過ぎなかった。この時マクロスの中はちょっとした騒ぎになっていた。
「で、そのイシュタルちゃんはもう地球にはいないのか」
「はい」
 黒髪を先だけメッシュで茶にしたアジア系の男がフォッカーの言葉に応えた。彼が神崎ヒビキである。戦場カメラマンであったが戦闘に巻き込まれ何時しかパイロットになっていたという変り種である。
「残念ですけれどね」
「まあ仕方のないことかもな」
 だがフォッカーはクールな言葉を返した。
「彼女はそうするしかなかっただろうからな」
「はあ」
「御前さんも気にするな。いいな」
「わかりました」
「それにしてもロンド=ベルに来ていきなり驚かされましたよ」
「おっ、どうした」
 フォッカーは今度は金髪をリーゼントにした二枚目の男に顔を向けた。彼の名はネックス=ガブリエルという。エメラルド=フォースの一員である。
「あのカミーユって子いますよね」
「ああ」
「俺の声聞いていきなり『シロッコ!?』でしたから。驚きましたよ」
「ははは、そういえばそっくりだな」
「よく言われますね。けれど別人ですよ」
「それはわかっているさ」
「カミーユもすぐにわかってくれましたけれど。何か嫌な気分ですね」
「御前さんの声は案外敵に似てるのが多いからな」
「そうみたいですね」
「そえを言えば今はここにいねえがヤンロンだってそうだ。セラーナもな」
「ああ、セラーナ外務次官」
「あの人も今ここにいるからな。うちはかなりの大所帯だぞ」
「それは聞いています」
 今度は金髪の大人びた女が言った。シルビ=ジーナである。
「ヘンケン隊の倍以上はいますね、優に」
「そうだな。あっちから来た者も多いしな」
「我々のように」
「そうだ。まあここに来たからには退屈はねえぞ」
「それはいいですね」
 ネックスはそれを聞いて不敵に笑った。
「宜しく頼みますよ」
「おう、ただしストレスはためるな」
 フォッカーはいつもの調子で笑いながらそう応えた。
「さもないと髪の毛が減るぞ、ガムリンみたいに」
「な、何で私なんですか」
「おう、いたのか」
「さっきからいましたよ。私は別に禿てなんかいませんよ」
「そうなのか?」
「これは生まれつきで家系なんです。私の家族に禿はいませんよ」
「だといいがな」
「何でこんなにムキになるんだ?」
「ヒビキ、それは言わない約束よ」
 シルビーが耳元で囁く。
「いいわね」
「了解」
「何かいつもこうして言われるな。何故だ」
「御前さんがそれだけからかい易いってことさ」
「それに禿も悪くはないぞ、俺みたいにな」
「金龍大尉は剃ってるだけでしょ?」
「それがいいのだ。まあ手入れが大変だがな」
「まあもうすぐだから気にするな」
「少佐、ですから私は。全く」
 フォッカーの言葉が止めとなった。ガムリンはただ溜息をつくしかなかった。
 ガムリンが溜息をついている間にマクロスの格納庫では霧生とミスティ、そしてレトラーデの三人が集まっていた。そして新型のバルキリーを眺めていた。
「外見は案外普通だな」
「まあ同じバルキリーだからね」
 レトラーデが霧生にそう答える。
「そんなに形が変わるわけでもないし」
「けれど能力はかなり違うらしいわ」
 ミスティは静かな声でそう述べた。
「そんなにか」
「ガンポッドの替わりにレーザーを装備しているわ」
「レーザーを」
「そして独特な武器もね。何か独立して敵に攻撃するらしいわ」
「ファンネルみたいなものか!?モビルスーツの」
「そうね。どうやらそれに近いらしいけれど」
「何か凄いな。最近バルキリーも性能があがってきたな」
「元々そんなに性能差あるようには思えないけれど。モビルスーツに比べて」
「まあそうだけれどな。けれどレトラーデもやっぱり新型機の方がいいだろ?」
「それはまあそうだけれど」
「じゃあそれでいいじゃないか。これで思う存分暴れようぜ」
「暴れるのは結構だが」
 ここで大人びた声がした。
「あまり早って撃墜されないようにな」
「ドッカー大尉」
「霧生、どうやら元気そうだな」
 そして一人の男が姿を現わした。彼がエメラルド=フォースの隊長ドッカーである。
「ミスティにレトラーデも。どうだ、こっちは」
「悪くはないですよ」
 まずレトラーデが答えた。
「皆いい人達ばかりですし」
「そうか」
「後方支持もしっかりしていますし。戦い易いです」
「それは何よりだ。ところで金龍はいるか」
「金龍大尉ですか?」
「ああ。何処にいる?」
「一般市民のエリアの中華料理店じゃないんですか?さっきフォッカー大尉とそっちに向かっていましたけれど」
「そうか」
「どうしたんですか?旧友と親交を深めにでも」
「まさか。そんな殊勝なことはしないさ」
「じゃあ何を」
「一杯おごってもらう為さ。あいつには借りがあってな」
「おやおや」
「それではな。また後で色々と話をしよう」
「はい」
 マクロスのパイロット達も充実してきていた。そして戦場に刻一刻と近付いていたのであった。
「それで諸君そろそろ戦闘配置についてくれ」
「了解」
 皆グローバルの指示に従いそれぞれの配置に着く。パイロット達はそれぞれの機体に乗り込む。
「レーダーの反応は」
「駄目です、ミノフスキー粒子が散布されています」
「そうか」
 キムの報告を聞いてもグローバルは冷静なままであった。
「ではもういい。総員出撃」
「もうですか」
「そうだが。何か不都合でも」
 早瀬に顔を向けた。
「早いと思うのですが」
「早瀬君、敵は何時来るかわからんよ」
「それはそうですが」
「ミノフスキー粒子が撒かれているということはその必要があってのことだ。違うかね」
「はい」
「それを考えると敵は我々の予想とは違った動きをしている可能性がある。ならばそれに備えよう」
「わかりました。それでは」
「うむ。では君はパイロット達への指示を頼む」
「了解」
「中尉、お手柔らかにな」
 出撃する直前フォッカーはそう早瀬に通信を入れた。
「あまり厳し過ぎると怖いからな」
「フォッカー少佐には厳しくしろと言われていますので」
 だが早瀬はうっすらと笑いながらそう返した。
「さもないと何をするかわからないからと」
「またクローディアからか?」
「はい」
「いつもいつも心配性だな。俺がしくじるとでも思っているのか」
「万が一がありますから」
「そうか。じゃあクローディアに伝えてくれ」
「私はメッセンジャーではありませんよ」
「まあそこはサービスでだ」
「仕方ないですね」
「俺には女神がいる限り大丈夫だってな」
「わかりました。それではラサール中尉に伝えておきますね」
「おう、宜しくな」
「はい」
 フォッカーを先頭としてバルキリー隊も出撃する。そして他のマシン達も。ロンド=ベルはそこに幅広く展開しはじめた。
「さて、どっから来るかね、旦那は」
 ケーンは楽しそうに笑いながら軽口を叩いていた。
「前からか、または横から」
「正面じゃねえの?」
「何でそう言えるんだよ、タップ」
「いや、何となく」
「いつもの気分でかよ」
「まあそう言うなよ。勘は大事だぜ」
「御前のは単なるあてずっぽうだろうが。そんなので戦争ができるかよ」
「ケースバイケースってやつさ」
「何処がだよ。じゃあ後ろから来た場合もケースバイケースかよ」
「そうそう」
「そうやって勝手に撃たれてやがれ。どうなっても俺は責任持てねえからな」
「そんなこんな言ってる間に来るぜ、敵さんは」
「マギーちゃんがそう言ってるのか?」
「いや、これは俺の勘だ」
「おめえもかよ。そんなこと言ってていいのかね」
「少なくともケーンには言われたくねえな」
「同感」
「おい、そりゃどういう意味だ」
「御前が一番いきあたりばったりじゃべえか」
「ヒーローはどんな状況でも負けないんだよ」
「誰がヒーローだって?」
「油断大敵。そんなことじゃ何時かヒーローの座から落ちるぞ」
「そうなったら御前等も一緒だぜ」
「いや、俺もう自分が脇役だってわかってっから」
「分はわきまえてるのさ」
「おい、それでいいのかよ」
「平気平気」
「そんな小さなことは気にしないさ」
「・・・・・・何か面白みがねえな、それって」
「いいんじゃねえの?俺達は俺達で」
「肩を張っても面白くはないと思うぞ」
「やれやれだ。そんなのだから最近影が薄いんだろ。このままじゃギガノスの旦那に主役を奪われちまうぜ」
「もう奪われてたりしてな」
「不吉なこと言うんじゃねえ!」
「まあそれはここで決まることだ」
「皇国の興廃この一戦にあり」
「またえらく古い言葉を知っているな」
 それを横から聞いていた京四郎が話に入って来た。彼とダイモスはコープランダー隊と組んでいた。
「日露戦争のことか」
「あ、やっぱり知っていますか?」
「知らない筈はないだろう」
 京四郎はそう答えた。
「あの戦いの重要さを考えるとな。あれで世界が変わった」
「世界が」
「そうだ。人種主義に終止符を打つきっかけとなった戦いだった」
 日露戦争は今まで劣等人種とされていた黄色人種が近代においてはじめて白人に勝った戦いであった。それにより世界各地のアジア系、アフリカ系の者達が立ち上がった。そして世界を変える大きなうねりとなっていったのである。
「知らないというわけにはいかない」
「へえ、そうだったんですか」
「流石に博識ですね」
「何処でそんなの習ったんですか?」
「学校だが。習わなかったのか?」
「いやあ、俺達授業中はずっと寝てばっかりだったんで」
「早弁とか」
「おかげでいつも追試でしたよ」
「やれやれ。困ったものだ」
「京四郎さんってそういうことに詳しいしね」
 ナナも言った。
「ちょっと特別だと思うよ」
「だがこれで覚えたな」
「さて、それはどうでしょう」
「何?」
「俺達の脳味噌ってあまりよくないから」
「すぐ忘れちゃうんですよ」
「そのせいかアスカには色々言われていますからね」
「覚えなければ身体で覚えさせる」
「ええっ!?」
「じょ、冗談は止めて下さいよ」
「身体って京四郎さんの場合刀が」
「おい京四郎、ケーン達をからかうのは寄せ」
「一矢」
 一矢のダイモスもそこにいた。
「三人共ベン軍曹がちゃんと教えてくれているからな」
「そうか」
「何かケーンさん達にはベン軍曹よりOVAさんの方がいい気もしますけれど」
 エステバリス隊もいた。ヒカルがあっけらかんとして言う。
「おいヒカル、そらyどういう意味だ」
「俺達の頭が小学生レベルだっていうのかよ」
「まあ玉葱とかピーマンって言われるよりはマシか」
「ライト、納得するんじゃねえ!」
「馬鹿にされてるんだぞ!」
「大丈夫ですよ、それは」
「何でだ!?」
 ケーン達はヒカルの声に顔を向ける。
「だってロンド=ベルは皆大体同じですから」
「どういうことだ!?」
「私も皆馬鹿だってことですよ」
「俺達が馬鹿なのは認めるがそりゃどういう意味だ?」
「今一つわかんねえんだけど」
「馬鹿だから正義を大切にしたい」
「何か引っ掛かるがまあそうだな」
「だから戦っているんですよね」
「まあな」
「その通りだ」
「だからですよ。頼りにしていますよ」
「そういうことなら」
「ドラグナーチームの力見せますか」
「よし」
 ドラグナーの三機は前に出た。
「おらおら、敵は何処だ!」
「さっさと出て来やがれ!」
「はい」
 それにルリが応じた。
「敵が来ました」
「おっ、何処だ!?」
「正面です。数にして約四百」
「多いな」
「で、指揮官はあの旦那だな」
「先頭にファルゲン=マッフがいます」
「やっぱりな」
「こちらに向けて扇状に展開しております。どうしますか」
「全軍突撃用の陣を組め」
 グローバルはそれを聞いてすぐに指示を下した。
「モビルスーツ及びバルキリーを先頭に配する。いいな」
「了解」
「それじゃあ」
 それを受けて陣を組む。そして敵に備えた。
「全軍突撃を仕掛ける。戦艦も突撃するぞ」
「はい」
「敵の戦線を突破する。そして月にそのまま向かう」
「何か凄いことになってきたねえ」
 ケーンはそれを聞いて楽しそうに言う。
「敵中突破なんてワクワクするぜ」
「けど撃墜されないようにな」
「わかってるよ」
 タップの声には顔を顰めさせる。
「おめえも用心しとけよ」
「はいはい」
「まあまずはあの旦那を何とかしてな」
「そうだな」
 ケーンはそれを受けて正面を向き直した。そしてサーベルを抜いた。
「一気に突っ切るぜ。いいな」
「おう」
「まあ後ろは任せてくれ」
「よし来た!行くぜ!」
 まずはケーンが突進した。
「ドラグナー様のお通りだあ!邪魔する奴は容赦しねえぞ!」
 三機のドラグナーはフォーメーションを組んだ。そして光子バズーカを放つ。
「どうだっ!」
 それで敵の小隊が一つ吹き飛んだ。それを合図として戦いの幕が切って落とされたのであった。
 マイヨは吹き飛ばされた自軍の小隊を見ていた。だがそれでも冷静さは失ってはいなかった。
「大尉殿!」
「心配は無用だ」
 クリューガーにそう答える。
「クリューガーは右に行け」
「はい」
 そして指示を下した。
「ダンは左だ」
「わかりました」
「カールは私のフォローを頼む」
「わかりました。そして大尉殿は」
「私は正面にあたる。敵の主力にな」
「しかしそれでは」
「まずは敵の攻撃を受け止めることが肝心だ」
 マイヨは澱みなくそう述べた。
「それには正面に最強の戦力を当てるしかない。わkるな」
「わかりました。それでは」
「うむ。では頼むぞ」
「はい」
 ロンド=ベルは既に目の前にまで迫っていた。モビルスーツやバルキリー、そしてドラグナー達がその先頭にいる。
「ローマ以来だな、旦那!」
「ケーン=ワカバか」
 マイヨはケーンのドラグナーを見据えて静かに言った。
「どうやらまた腕をあげたようだな」
「おかげさまでね」
「だが私もここから退くわけにはいかん」
「ギガノスの理想の為にかい?」
「そうだ」
 毅然としてそう答えた。
「ギガノスの理想を実現させる為に勝たなければならない」
「今はそんなことをやってる場合じゃないと思うけれどね、俺は」
「同感」
 タップもそれに頷いた。
「人類でドンパチやってる状況ではないな」
 ライトも同じであった。
「まあそれはそれぞれ見解があるにしろだ」
 ケーンは二人の後でまたマイヨに対して言う。
「あんたはそのギガノスの理念に命を捧げるつもりなんだな」
「それ以外に何がある」
「ならいい。じゃあ俺はリンダの為に戦う。それでいいな」
「リンダか」
 一瞬逡巡がよぎったかのように思えた。だがそれはほんの一瞬のことであったのでマイヨ以外にはわからない。
「勝手にするがいいい。私は私だ」
「そうかい、じゃあ俺も俺だ」 
 ケーンはレーザーソードを抜いていた。
「やらせてもらうぜ」
「来い」
「タップ、ライト」
 二人に対して言う。
「手出しは無用だぜ」
「おう」
「じゃあ任せたぞ」
「やってやるぜ。ってこれは忍さんの台詞か」
「呼んだか!?」
 忍はもう戦闘に入っていた。派手に断空砲を放っている。
「あい、何でもないです」
「俺の台詞はフリーだ。気に入ったら使ってくれ」
「はい。まあそういうことだ」
「そうか」
 マイヨは生真面目にそれに頷いた。
「ではあらためて参るぞ」
「来な!やってやるぜ!」
 サーベルがぶつかり合う。マイヨのサーベルが旋回した。まるで鞭の様にしなる。
「ウォッ!」
 ケーンはそれを受け止めた。そして返す刀で切り返す。ケーンのサーベルもまた鞭の様にしなる。
「ムンッ!」
 だがそれはマイヨに受けられた。ケーンの動きをそのまま真似るかのようであった。
「こちらの腕も上げたな」
「おかげさまでね」
 ケーンはニヤリと笑ってそれに応えた。
「けれどまだまだ腕は上がってるぜ」
「楽しみだ。では見せてもらおう」
「言われなくてもよお!」
 二人の戦いも激しさを増す。その横では霧生の小隊が攻撃に入っていた。
「ミスティ、レトラーデ!」
「わかってるわ」
「あれを使うのね」
「ああ」
 霧生は二人の言葉に頷いた。まずはレーザーを放つ。それで敵のメタルアーマーが一機吹き飛ぶ。
「行けっ!」
 霧生が叫ぶと三機のバルキリーから一斉に何かが飛び出した。そして敵に攻撃して粉砕していく。しかも小隊単位でだ。あまりもの威力の前に敵陣に穴が開いた。
「凄いな」
「予想以上ね」
 ミスティもその威力に驚いていた。
「本当にファンネルみたいね」
「ああ。これはかなりいけるぞ」
「でかした霧生!」
 そこに金龍が入って来た。
「これで一気にカタをつけられるぞ!」
「金龍大尉」
「ダイアモンド=フォース、準備はいいな!」
「はい!」
「何時でも!」
 ガムリンとフィジカがそれに頷く。そして三機同時に突進した。
 稲妻の様な動きであった。一瞬にして敵の小隊を屠った。まるで影のように見えた。
「凄いな、また」
「霧生、驚いてる場合じゃないわよ」
 レトラーデが彼にそう声をかける。
「エメラルド=フォースもいるわよ」
「そうだった」
 エメラルド=フォースも攻撃に入っていた。こちらは閃光の様であった。そして敵を次々と屠っていく。まるで戦の乙女達が戦場に舞っているようであった。
「何か俺も暴れたくなってきたな、おい」
 イサムも乗ってきたようだった。
「なあガルド」
「何だ」
「俺達もちょっとやってみるか」
「御前が暴れたいだけではないのか?」
「じゃあやらねえのかよ。周りは敵ばっかりですっげえ楽しい状況だってのによ」
「楽しむつもりはないが敵を倒す必要はあるな」
「じゃあやるんだな」
「仕方ないだろう」
「へっ、相変わらず理屈ばっかだな、御前は」
「御前が無謀過ぎるのだ」
「まあこれ以上言っても仕方ねえ。じゃあやるか」
「うむ」
 二機のバルキリーが突進を開始した。
「行くぜダブルピンポイント」
「アタック!」
 そして同時に敵に拳を繰り出した。一機だけでなくその衝撃で一気に何機も粉砕される。それで敵の小隊をまた一つ一掃したのであった。
「はじめてやったわりには上手くいったな」
「意外だったな」
 二人はコンビネーション攻撃の成功に機嫌をよくしていた。
「これも俺のおかげだな」
「それはどうかな」
 だがガルドはそれには懐疑的であった。
「何だよ、文句あんのかよ」
「確かに御前の技量は認める」
「素直にそう言いな」
「だがそれも一人ではできなかった。俺もいてこそだ」
「じゃあ御前は俺と同じ位の技量があるってことかよ」
「不服か?」
「言ってくれるな。前は意地でも認めなかったのによ」
「少なくとも御前はパイロットしてはよくなった」
「へえ」
「それを素直に認めただけだ。別に私情はない」
「そうかい。で、また敵が来てるぜ」
「うむ」
 二人の前にまた敵が現われた。敵が尽きることがなかった。
「どうするよ。またやるかい?」
「二度続けてやると読まれるな」
「じゃあ別れていくぜ、いいな」
「うむ」
 二機はバトロイドからバルキリーに戻った。
「俺は右に行く。御前はどっちだ?」
「左しかないだろう」
「じゃあそっちを頼むぜ。いいな」
「了解した」
 バルキリーになっても攻撃の激しさは変わらなかった。二機のバルキリーから放たれたミサイルは複雑な螺旋状の動きをしながらそれぞれの敵に向かって行く。
「死にやがれっ!」
 戦場にイサムの声が木霊する。ギガノスのメタルアーマー達はそれに応えるかのように次々と撃墜されていった。
 ギガノス軍はその数を大幅に減らしていた。しかしそれでもマイヨの指示の下彼等は粘り強く戦いを続けていた。
「流石はギガノスの蒼き鷹といったところか」
 クワトロはそれを見て感嘆したように声を漏らした。
「このような状況においても怯むところがないとはな」
「だがそれも限界のようだな」
 アムロがそれに応えるようにして述べた。
「やはり全体的にダメージが大き過ぎる。彼等はもう限界だろう」
「問題は彼等がそう思っているかどうかだ」
 だがそれでもクワトロはこの場における戦いが終わるとは即断しなかった。
「さて、どうするかな」
「ギガノスの鷹、それ程愚かではないと思うがな」
 アムロの言葉は当たっていた。確かに彼は愚かではなかった。だが彼には引いてはならない事情があった。それは大義故であった。
「大尉殿、このままでは」
「わかっている」
 彼はクリューガー達の言葉に応えた。
「だがここで退くわけにはいかない」
「マスドライバーを守る為に」
「そうだ」
 彼は頷いた。
「今ここで我々が退いては後がなくなるぞ」
「はい」
「確かに」
 プラクティーズの面々はそれに頷く。彼等も自軍がその数を大きく減らしたのに伴いマイヨの側に集結していた。
「しかしこれ以上の戦闘は」
「我が軍の損害を無駄に増やしかねません」
「それでもだ」 
 それはマイヨもわかっていた。だがそれでも退こうとはしなかった。
「今は引くわけにはいかぬのだ」
「ではここに留まって」
「そうだ。それしかない」
 しかしここでマイヨのファルゲン=マッフに通信が入った。
「!?これは」
「マイヨ、まだ戦場にいるか」
「閣下」
 何とモニターにギルトールが姿を現わしたのであった。
「どうしてここに」
「御前のことが気になってな。戦局はかなり危険ではないのか」
「どうしてそれを」
「我が軍の戦力と敵の戦力を考えるとな。当然だと思うが」
「そこまで」
 流石は連邦軍においてその優秀さを認められた人物であった。ギルトールは後方にいながら全てを予測していたのである。
「これ以上の戦闘は危険だ。退け」
「ですが閣下」
「マスドライバーは前線で守ればいい」
 彼は戦線縮小を命じた。
「今はこれ以上同志達を失うわけにはいかぬ。わかったな」
「了解しました。それでは」
「うむ」
「全機に告ぐ」
 マイヨはあらためて指示を下した。
「マスドライバーまで撤退だ。よいな」
「ハッ」
 こうしてギガノス軍は撤退した。戦いはクワトロの予想よりも早く幕を降ろした。
「どうやら撤退したようだな」
「やはり戦局がわかっていたということか」
「それはどうかな」
 だがクワトロはアムロの言葉には疑問を呈した。
「違うというのか」
「彼はまだ戦いたがっていたようだからな」
「そうか」
「おそらく上層部からの指示だ。しかもかなり上のな」
「ギルトール元帥」
「そこまではわからないが。彼に影響を与えることのできる人物なのは確かだろう」
「そうか」
「だがこれで我々の道が一つ開けたな」
「月までのか」
「そうだ。とりあえずは艦に帰投しよう。詳しい話はそれからだ」
「わかった」
 ロンド=ベルはそれぞれの艦に帰投した。そしてすぐに次の作戦についての討議をはじめた。
「思ったより敵が早く退いたな」
「これをどう見るかだが」
 クワトロはブライトの言葉を補足するように述べた。
「何か私見のある者はいるか」
「はい」
 宇宙太が手を挙げていた。クワトロは彼に目を向けた。
「君はどう思っている?」
「ギガノスは内部で分裂寸前だそうですね」
「そうした情報が入ってきているな」
「それでではないでしょうか。今回の撤退は」
「つまりマイヨ=プラート大尉の意思ではないということだな」
「はい。何か退かざるを得ない状況が起こったんじゃないかと思います」
「そうか。君はそう見るか」
「違うんですか?」
「いや、その可能性は否定しない」
 クワトロは宇宙太の考えを完全には否定しなかった。
「だが純粋に上層部の判断という見方も可能だな」
「上層部の」
「そう、彼等が戦局を単純に見て指示を下した。その可能性も否定できないだろう」
「それでどっちがやばいんだ?」
 オデロがここで尋ねた。
「俺はあまり変わらないように思うけれどな」
「確かに大した違いはない」
 クワトロはそれも認めた。
「だがこの撤退がギガノスの分裂が原因ならば問題はより複雑だ」
「複雑」
「例えばの話だが」
 クワトロは仮定の話でワンクッション置いてきた。
「ギガノス内部で粛清が起こっているならば」
「まさか」
「今目の前でドンパチやってるってのにかよ」
「いや、有り得るぞ忍」
「亮」
「ナチスやソ連もそうだったからな」
 ナチスにしろソ連にしろ戦争を行いながら粛清を続けてきた。ヒトラーもスターリンも自分の地位を脅かす可能性のある者や全体主義に批判的な将軍達を次々と粛清してきた。彼等の特徴は平時においても戦局が彼等にとって著しく不利な時でもそれを行ってきたことである。それが独裁者の本質であった。
「ましてギガノスのような全体主義ならばな」
「確かにその可能性はある」
 シナプスはそれに頷いた。
「大佐」
「だがギルトール元帥は粛清は行わない。あの人は仲間をそう易々と消すことはできはしない」
「理想主義者だからな」 
 グローバルもそれに頷いた。
「おそらくそうした場合にはどうしても説得しようとするだろう。無闇な粛清はあの人の好むところではない」
「確かに」
 アムロもそれに同意して頷いた。
「あの人はそんな人じゃない」
「そうですね」
 アヤもそれに続く。
「そうすることしかないとわかっていても。そういう人です」
「何かえらい信頼されてるな、おい」
 ケーンはそれを見てかえって呆気にとられてしまった。
「あのおっさんそれだけ凄いってのかよ」
「真面目過ぎたのだ」
 クワトロはそれに対して口惜しそうにそう述べた。
「それが為にな。残念なことだが」
「そうなのか。真面目過ぎたのか」
「つまり真面目なのはよくないってことだな」
「俺達みたいに気軽じゃねえとな」
「あんた達は別でしょ」
 マリがジュドーと勝平にそう突っ込みを入れた。
「もう少し真面目にやりなさい。危なっかしくて見ていられないわ」
「マリの操縦よりはましだな」
「あら、お言葉ねミスター」
「最近は少し上手くはなったようだがな」
「そのうちミスターを追い越してやるから。見てなさいよ」
「ははは、まあ期待してるさ」
「馬鹿にして」
「けれどマリさんもコープランダー隊にとって欠かせないですよ」
「ありがと、大先生」
「頼みますね、これからも」
「了解。期待しててね、洸」
「まあね」
 洸は苦笑いでそれに応えた。そして話は元に戻った。
「つまりギルトール元帥ならば粛清の心配はないということか」
 ブライトは腕を組んで思索に入っていた。
「そうだな。だが他の者だったらどうか」
「ドルチェノフみたいな奴だったらか」
 アムロはクワトロの言葉に顔を顰めさせた。
「ギガノスにとって大変なことになるな」
「むしろそっちの方が俺達にとっちゃ好都合ですけれどね」
 ライトはあっけらかんとそう答えた。
「有能な敵よりは無能な敵の方がいいですから」
「おっ、戦略家だね」
 タップがそれに突っ込みを入れる。
「流石はドラグナーチームのブレーン」
「褒めても何も出ないぜ」
「そうだったな。俺達は軍人貧乏暇なし」
「可愛い娘ちゃんにももてないときた」
「やれやれってなもんだ」
「それはおめえ等が悪いんじゃねえか」
 今度はリョーコが突っ込みに回った。
「そんな軽いノリじゃ女ってのは駄目なんだよ。こうドドーーーンってなあ」
「ドドーーーンと」
「押すんだよ。女は一に押して二に押す」
「ふん、それで」
「三四がなくて五にも押すんだよ。それが女を陥落させるコツなんだ。わかったか」
「また随分強引ですね、リョーコさん」
「ヒカル、おめえが言ったんだろうが」
「あれ、そうでしたっけ」
「そうでしたっけなあ・・・・・・」
「おっす」
「イズミ、もう無理して駄洒落入れなくてもいいからよう。苦しいにも程があるぞ最近」
「けれどライトさんの仰ったことは事実です」
「おっ、ルリちゃんにはわかってもらえたみたいだな」
「ギルトール元帥であったならばギガノスはそのまま強敵であり続けます」
「そうだな」
 京四郎がそれに頷いた。
「カリスマ性のある指導者というのはそれだけで厄介なものだ」
「ああ」
 多くの者はギレン=ザビを知っている。だから頷くことができた。
「だが今はギガノスの内部よりも我々自身の方が重要だ。すぐにでも行くぞ」
「マスドライバーに」
「そうだ。総員戦闘配置を続ける。いいな」
「了解」
 彼等は月にと向かった。ギガノスの牙を砕く為に。


第四十三話   完



                                       2005・9・9


[315] 題名:第四十三話その一 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2006年03月22日 (水) 00時48分

             月の異変
 ネオ=ジオンによるコロニー落としはロンド=ベルにより防がれた。しかし地球の危機はまだ去ってはおらず月に本拠地を置くギガノスのマスドライバーがまだ地球を狙っていた。ロンド=ベルはそれも防がなくてはならなかったのだ。
「マスドライバーはジャブローに照準を合わせているようです」
 ルリがロンド=ベルの主立った者達を集めた作戦会議室においてそう述べた。
「ジャブローをか」
「はい。それも軍事施設ばかりピンポイントで狙っているようです」
「ジオンみてえに無差別攻撃はしねえんだな」
 ケーンがそれを聞いて一言こう言った。
「随分面倒なやり方をするな、ギガノスは」
「それがギルトール元帥のやり方だ」
 グローバルがそれに答えた。
「あの人は地球を無差別に攻撃したりはしない」
「それは何故です?」
 フォッカーがそれに尋ねた。
「あの人は理想主義者なのだ。人間にしろ優秀な者だけがいればいい」
 それは危険思想とも言えるものではあるが。
「そして地球は美しいままで留めておきたいのだ。少なくともあの人はそう考えている」
「ギレン=ザビやジャミトフ=ハイマンとは違うということですね」
「うむ」
 アムロの言葉に頷いた。
「そういうことだ。独裁者ではあるだろうが根本で違う。彼は無差別攻撃を好んだりはしない」
「そうなのですか」
「だからといって危険な人物であることには変わりはありませんね」
 ここでブライトが口を挟む形で入ってきた。
「少なくとも彼が選民思想を持つ独裁者であることには変わりがありませんから」
「それは否定しない」
 グローバルはそれを認めた。
「そうした意味でギレン=ザビやジャミトフ=ハイマンと同じだ」
「それもかなり優秀な」
「何か独裁者ってのは優秀な奴ばかりなんだな」
 ジュドーはそれを聞いて首を傾げさせた。
「そうじゃなきゃ駄目なのかね」
「独裁者というのはある意味神だ」
 クワトロがそれに答えた。
「神ならば絶大な力を持っているのは当然だろう。違うだろうか」
「じゃあアムロ中佐やクワトロ大尉なんかもそうなりますね」
「むっ」
 それを聞いたアムロとクワトロの顔色が一変した。
「ジュドー」
 まずはアムロが口を開いた。
「生憎俺は一軍人に過ぎない。そんな能力はとてもない」
「そうなんですか」
「私もだ。私も所詮は一パイロットだ。独裁者になぞなれる力量なぞはない」
「・・・・・・・・・」
 だがアムロとブライトはそれに対しては疑念を覚えていた。しかしそれは決して口には出さない。
「神といっても色々な神がある。独裁者は出来ることならこの世には存在しない方がいい神だ」
「そんなもんですかね」
「それもわかるようになる。歳をとればな」
「ヤングにはわからない話ってやつですね」
「まあそうだな」
「ウッソにもわからねえか」
「何で僕に話を振るんですか」
「いや、ここで一番若いからな」
「女の子には一番不自由してねえみたいだけどな」
「ケーンさんまでそんな」
「こらこら二人共」
 そんな二人をライトが窘める。
「子供をからかっちゃいけないぜ」
「そういう御前はどうなんだよ」
「んっ、俺がどうした」
「ローズさんとだよ。進展あったのか?」
「残念ながら」
「そりゃどういうことだ?」
「ベン軍曹とお付き合いしているようで。まあ俺にはミレーヌちゃんがいるし」
「っていうかアイドルかよ」
「何か空しいな、おい」
 タップも話に入ってきた。いつもの面々である。
「まあ俺にはどうも大人のお付き合いってのは合わないみたいでね。それよりも年下の娘の方が」
「そんなもんかね」
「ミレーヌちゃんつってもここに来たらそんなに子供じゃないと思うけれどな」
「まあ来る筈がないから」
「バサラ君は来て欲しいけれどね」
「おおっ」
 意外なことにアヤが話に参戦してきた。
「彼みたいにワイルドなのがいたら面白いと思わないかしら」
「いや、ワイルドなら獣機戦隊がもういますけれど」
「藤原中尉達も格好いいけれど」
「おっ、コバヤシ大尉は見る目があるじゃねえか」
「おかげさまで」
 忍の言葉に頷いてみせる。
「藤原中尉みたいに破天荒なのでそれで歌も歌えるなんて人がいたらいいのだけれど」
「俺歌も歌えるぜ」
「そういうのじゃなくて」
「アヤさんが欲しいのは歌手なんですよね」
「御名答、恵子ちゃん」
「ファイアーボンバーって格好いいですから。あの熱気バサラの派手派手なヴォーカルがいいですよね」
「そうそう、あの歌い方ってついつい真似しちゃうのよね」
 アヤはかなり乗ってきた。
「俺の歌を聴けーーーーーーーって」
「私学校で真似してたんですよ」
「私はカラオケで。本当に病みつきになるわよね」
「はい!」
「ああした音楽って戦争に案外重要だし」
「そうなのか?」
 コウはそれを聞いて首を捻った。
「俺はあまり意識したことはないけれど」
「いえ、これが案外重要なのよ」
「ん、ニナ!?」
 違った。ミスティだった。
「残念だけど違うわ」
「あ、御免」
「コウ、私はこっちよ」
 見れば隣の席にいた。ふてくされた顔になっていた。
「何で間違えるのよ」
「いやあ、何か声が似ているから」
「よく言われるわ、それ。確かに似てるけれど」
「私もよ」
 ミスティもそれに同意した。
「マリーメイアちゃんにも似てるって言われたことがあるし」
「銀河の中央に行っちゃったカズミちゃんにもね。私達に声が似てる人って多いみたいね」
「そうみたいね。あとブライト艦長にアムちゃんなんかも」
「まあ声のことは置いておこう」
 アムロがそれを中断させた。
「俺もそんなことを言ったら宙と声が似ているしな」
「アムロ中佐の場合そっくりだよね」
「特徴あり過ぎよね」
 エルとルーがヒソヒソと話をしていた。
「だから止めておこう。キリがない」
「わかりました」
「それでマスドライバーのことですが」
「はい、ルリルリ」
 ハルミが皆をルリに注目させた。
「何かしら」
「まだ射撃できる状況にはないですが間も無く全ての準備が整うと思われます」
「そうか」
「それは報告通りだな」
「はい。そしてギガノスは我々が来ることを予想して月に防衛ラインを敷いております。既にかなりの数のメタルアーマーが展開しております」
「そしてそれを指揮するのはギガノスの蒼き鷹、か」
「あの旦那も忙しいことだな」
「ケーン、あの旦那は御前に任せたぜ」
「俺かよ」
「そうさ、御前以外に誰が相手をするんだよ」
「できれば三人で相手をされた方がいいです」
 ルリはドラグナーチームの三人に対してそう述べた。
「三人で」
「それはまた慎重な」
「プラート大尉の力量は確かです。おそらくアムロ中佐やフォッカー少佐にも匹敵するでしょう」
「まあそうだろうな」
 ケーンはそれを認めた。
「あの旦那は半端じゃねえ」
「だからこそです。プラート大尉が来たならば三人で対処して下さい。宜しいですね」
「了解」
「まあ絶対来るだろうな、それがヒーローものの掟ってやつだし」
「タップが何時の間にヒーローになったんだよ」
「昨日からさ」
「へっ、よく言うぜ」
「マスドライバーの防衛ラインですが」
 ルリの話は続く。ドラグナーチームの馬鹿話をよそに。
「月面上空に第一次ラインが敷かれております。そしてマスドライバーの側に第二次ラインが」
「二重か」
「はい」
「ネオ=ジオンと同じだな。堅固なことだ」
「それは予想されたことです。ただ、予想外のこともありました」
「ギガノス内部の対立だな」
 シナプスが述べた。
「はい。これは最初想定していませんでしたが」
「この作戦にも影響してくるかもな」
「既に高級将校と若手の将校の間で対立が生じております」
 ルリの報告は淡々としたものであった。だからこそ真実味があった。
「この防衛ラインにおいても考え方の相違があったようです」
「それはどんなのですか?」
 ユリカが問うた。
「積極的に攻撃を仕掛けようという若手将校と防衛に務めるべしであるという高級将校の間でかなり衝突があったようです。ギルトール元帥が高級将校達の案を取り入れることで話は収まったようですが」
「そうか」
「他にはそれで何か見るべきものは」
「高級将校の中でも過激派がいる模様です」
「過激派が」
「ギルトール元帥のマスドライバーの使用自体に対する考えに異論を述べる者達がいるようです」
「何か複雑だな、ギガノスも」
 リュウセイはそれを聞いてぼやいた。
「独裁国家だともっと単純なものかと思ってたが違うんだな」
「まあそんなものだ」
 ライがリュウセイにそう述べた。
「人間がいればそれだけ派閥が生じる」
「独裁者がいてもか」
「その独裁者の寵を得たいのもいる。そして互いに争う」
「へえ」
「中には独裁者自体になりたいのもいるだろうしな」
「要するに自分がお山の大将になりたいってわけか」
「簡単に言うとそうなる」
「何かどっかのガキの喧嘩みてえな話だな」
「人間の世界ってのはあまり変わらないものだから」
 アヤが二人に対してそう述べた。
「何処でも大なり小なり同じよ」
「それでその過激派とは」
「ドルチェノフ中佐がその中心にいるようです」
 ルリはブライトの問いに答えた。
「ドルチェノフ中佐」
 それを聞いた連邦軍にいたメンバーの多くが顔を顰めさせた。
「あいつか」
「そういえばギガノスにいたんだったな」
「何か有名人みてえだな」
 勝平はそれを見て呟いた。
「何かとんでもねえ野郎みてえだけど。どんな奴なんだ?」
「一言で言うと最低な奴だ」
 ビルギットは吐き捨てるようにそう言った。
「傲慢で底意地が悪くてな。それでいて無能だ」
「何か凄い御仁みたいだな」
 ライはそれを聞いて呆れたような言葉を漏らした。
「あんな奴がギガノスのいるだけでギガノスにとってマイナスになるぜ」
「だとすると今後のギガノスが楽しみだな」
「何でだよ」
「そのドルチェノフが何かしでかす可能性があるということだ。敵の勢力が衰えるのならばそれにこしたことはない」
「そんなもんかね」
 リュウセイはそうしたことには疎かった。
「俺はどっちかって言うと全力で戦いたいんだがな」
「それはわかるがこれは戦争だ」
 だがライはそれよりも戦争全体を見据えていた。
「敵の衰退はこちらの勝利に直結するからな」
「戦って勝つだけじゃねえのかよ」
「それもわかってくる。今は無理でもな」
「あまりわかりたくもねえなあ」
「嫌でもわかるようにるさ。嫌でもな」
 思わせぶりな言葉であった。ロンド=ベルはそのまま月に向かっていた。

 その頃月ではルリやライが予想した通り内部において衝突が起こっていた。若手将校と高級将校達の対立である。若手将校達はマイヨの前に殺到していた。無機質な基地の中で激しい喧騒が起こっていた。
「大尉殿、これ以上待ってはいられません!」
 若い将校の一人が叫んでいた。
「このままではギガノスはその理想を失います!」
「これも全て無能な将軍達のせいです!」
「人事の刷新を!」
「そしてギガノスの理念の再生を!」
「待て!」
 マイヨは彼等に対して一言そう言った。
「今ここで御前達が騒ぎを起こして何になるというのだ!」
 彼は将校達を見回しながらそう述べた。
「ギガノスはまだその戦いをはじめたばかり。そこで亀裂を起こして何になるというのだ!」
「しかし!」
 それでも彼等は引かなかった。
「このままではギガノスは腐敗してしまいます!」
「ギルトール閣下はどう御考えなのでしょうか!」
「閣下の行われることに今まで過ちがあったとでもいうのか!?」
「そ、それは・・・・・・」
 それを言われると沈黙せざるを得なかった。
「ありません」
「そうだろう。ではここは閣下の御考えに従え」
「はい」
 マイヨにギルトールの名を出されては頷くしかなかった。
「わかったな。それぞれの責務を果たせ。そして本当の意味で腐敗しきった地球連邦に勝利を収めるのだ」
「わかりました」
「ティターンズ、そしてネオ=ジオンもいる。我々の敵は一つではない」
 彼等は月にいた。従ってその敵もまた宇宙にいる者達だけであったのだ。
「わかったな。戦いはまだこれからだ」
「はい」
「軽挙妄動は慎め。さもないと御前達のせいでギガノスは敗北する」
「我々のせいで・・・・・・」
「そうだ。そうした愚かな結果にならない為にも」
 マイヨは最後にこう言った。
「自身の責務にのみ専念するのだ。よいな」
「わかりました」
 こうして騒ぎは何とか収束した。そして若手将校達は別れてそれぞれの場所に帰った。しかしそれを見届けるマイヨの顔は晴れはしなかった。
「困ったことだ」
 彼はこれからのギガノスについて憂いていた。最早若手将校達の不満は彼が宥めても限界が見られるようになっていた。それに対して高級将校達は彼等を鎮圧する機会を窺っている。不穏な空気がギガノスを支配しようとしていることは他ならぬ彼が最もわかっていることであったのだ。
「あの者達の言うことも最もだ」
 内心ではそう思っていた。彼も高級将校達の腐敗には気付いていた。そしてそれを苦々しく思っていたのだ。特にある男のことを。
「ドルチェノフの様な輩は。除かなくてはならない」
 そう思っていた。しかしそれは出来ない。少なくとも彼には。それができるのはギガノスにおいては一人しかいなかったのだ。
「プラート大尉」
 ここで一人の若い兵士が彼に声をかけてきた。
「何だ」
「ギルトール閣下が御呼びですが」
「閣下が」
 それを聞いて丁度いいと思った。直接話をしたいと思っていたところであったのだ。
「すぐに執務室に来て欲しいとのことですが」
「わかった。すぐに行こう」
 それに答えるとすぐにギルトールの執務室に向かった。そして部屋の前でまずはノックをした。
「入れ」 
 一言そう声がした。それに従い入ると質素な部屋の中に彼がいた。ギガノスの総司令官であり国家元首でもあるギルトールである。
「よく来てくれたな」
「閣下の御呼びとあらば」
 マイヨはギガノスの敬礼をしながらそれに応えた。
「何処にいようとも」
「うむ」
 ギルトールはそれを聞き頼もしそうに頷いた。
「話があってな」
「若手将校達のことでしょうか」
「やはりわかっていたか」
 ギルトールはそれを聞き席を立った。そして窓の外を見た。そこには月の荒涼たる大地と銀河、そして青い地球が映っていた。
「閣下、御言葉ですが」
「言いたいことはわかっておる」
 ギルトールは重い声でそう言った。
「それでは」
「だがそれはできぬ」
「何故ですか、彼等の言っていることはギガノスを真剣に思って・・・・・・」
「マイヨ」
 ギルトールは彼に顔を向けてきた。
「はい」
「わしも彼等の気持ちはわからぬでもない。いや!」
 自分の言葉を否定した。
「わかり過ぎている程わかる。だがな」
「それでも駄目なのでしょうか」
 マイヨは問うた。
「腐敗した上層部の刷新は」
「それは確かに重要だ」
 ギルトールはそれも認めた。
「我々は地球連邦やティターンズなどとは違う。理想によってのみ立っている」
「ならば」
「この戦いには勝たなければならないな」
「はい」
 ギルトールはここでマイヨの機先を制するようにして言った。
「だがその後はどうなるか」
「その後ですか」
「問題は勝利の後だ。戦いの後の地球、そして選ばれた人類の当地と管理には老練な将軍達の力が必要なのだ」
「では彼等の言う通りに鎮圧を!?」
 マイヨの心に戦慄が走った。
「それも愚だ」
 しかしギルトールはそれもよしとはしなかった。
「勝利するには、そして将来のギガノスの為に若き者達も必要だ」
 彼は全てわかっていた。だからこそ悩んでいたのだ。
「武力による解決はならん。彼等のどちらも失ってはギガノスは崩壊する」
「・・・・・・・・・」
「将軍達はわしが止める。何としてもな」
「はい」
「マイヨ、御前は若い者達を頼む。さもなければギガノスは破滅してしまうだろう」
「わかりました」
 やはりギルトールは優れた指導者であった。全てがわかっていた。そして彼はギルトールであった。ギレン=ザビでもジャミトフ=ハイマンでもなかったのだ。
 彼は再び窓の外に目をやった。そして地球を見る。
「美しいな」
「はい」
 マイヨもそれに同意した。
「美しい星だ、地球は。だからこそ正しい者によってこそ治められなければならん」
「その通りです」
「だが・・・・・・あまりにも美し過ぎる」
 彼は一言漏らした。
「地球を見ていると思うのだ。わしは重大な過ちを犯してはいないだろうか」
「過ちを」
「そうだ。あの地球を。攻撃してもいいものだろうか」
「腐敗した者達への粛清ならば」
「最低限の攻撃はな。今まではそう考えていた」
 彼は地球を見据えていた。その青い輝きの前に全てを見ているようであった。
「だが・・・・・・。それは違うのではないか。わしはマスドライバーなぞ作らせてはならなかったのではないか」
「閣下、御言葉ですが」
 マイヨがそれに対して言おうとする。
「あれは腐敗した無能な者達に対する正義の裁きの為です」
「そうだったな。わしも今まではそう思っていた」
「ならば」
「だが・・・・・・あの青い光を見ていると心が揺らぐのだ。使用してはならぬではないかと」
「限定的ならば問題はないのではないでしょうか」
「そう思うか」
「はい」
 マイヨはそれに頷いた。
「全面使用には反対なのだな」
「それでは地球を汚すだけです」
 それはマイヨも反対であった。
「美しい地球を・・・・・・。それでは我等の理念はどうなるでしょうか」
「そうだ。だが急進派の中ではそれをわしに強硬に求めている者もいる」
「ドルチェノフ中佐でしょうか」
「そうだ」
 マイヨはそれを聞いてやはり、と思った。彼こそが今の高級将校の腐敗の中心であり、若手将校の粛清も目論んでいる者達の領袖であったのだ。同じギガノスにいながらマイヨとは決して相容れない存在であったのだ。
「それだけはならん。わかるな」
「はい」
「ならばよい。御前は若い者達をまとめよ。わしは上層部を何とかする」
「わかりました」
「人類の為に・・・・・・。頼むぞ」
「ハッ」
 マイヨは返礼して退室した。とりあえずは安心した。だが騒動が長く続くこともわかっていた。だからこそ完全には安心してはいなかった。
「これから・・・・・・どうなるか」
 それを思うと不安である。だが今はそれを心の中だけに留めることにした。戦いも目前に迫ろうとしていたからである。彼はそのまま港に向かった。
「出撃準備はできているか」
「はい」
 整備将校がそれに応えた。
「全機すぐにでも出撃が可能です」
「わかった。ではすぐに第一次防衛ラインに向かうぞ」
「すぐにですか」
「そうだ。敵は待ってはくれぬ」
 彼は簡潔にそう述べた。
「先んずれば人を制す、だ。いいな」
「わかりました。それでは」
「うむ」
「御気をつけて」
「ここを頼むぞ」
「はい」
 こうして彼はファルゲン=マッフに乗り込んだ。そしてそのまま宇宙へと飛び立った。

 ロンド=ベルとギガノスの戦いがはじまろうとしていることはティターンズからも確認されていた。それを遠くから見る一人の男がいた。
 彼は巨大な宇宙船にいた。それは戦艦ではなかった。木星のヘリウムガス運搬の為に建造された巨大輸送船ジュピトリスであった。今そこに白い軍服を着た紫の髪の切れ長い目の男がいた。ティターンズの将校の一人であるパプテマス=シロッコである。かってはバルマーにいたがバルマー敗北後木星に戻りそこでティターンズに加わったのである。ティターンズにおいては宇宙のモビルスーツ部隊の指揮を任されている。彼は艦橋で部下からの報告を受けていた。
「そうか、いよいよか」
 彼はロンド=ベルとギガノスの動きを聞いてその目を動かせた。
「思ったより早いな」
「まさかコロニー落としを阻止した後ですぐにマスドライバーに向かうとは思いませんでした」
 報告をした部下がそれに応える。
「相変わらずの動きの速さというところでしょうか」
「それだけ彼等に時間的な余裕がないということにもなる」
 シロッコはそれに応えるようにして言った。
「ギガノスは本気でマスドライバーを使用しようとしているのだからな」
「はい」
「ならば当然だろう。だが敵は手強いぞ」
「マイヨ=プラート大尉ですか」
「そうだ。果たして彼に勝てるかな」
「そこまではわかりませんが」
 部下は返答に困りながらもそう述べた。
「ただ、この戦いは我が軍にも影響が出ると思われますが」
「それはわかっている」
 シロッコはそれに頷いた。
「ロンド=ベルが勝ってもギガノスが勝ってもな」
「ではどうされますか」
「今は静観していていい」
 しかしシロッコは動こうとはしなかった。
「よいな。静観だ」
「わかりました」
「趨勢ははっきりしてからでもいい。それに今はネオ=ジオンの動きも気になる」
「彼等は今コロニー落としの失敗とその際の損害の多さで暫くは動けないと思いますが」
「ハマーン=カーンを侮るな。あの女はその程度のことは予測済みの筈だ」
「左様ですか」
「そうだ。この時に何かを仕掛けて来る可能性が高い。油断するな」
「わかりました」
「差し当たってはこのセダンの門の守りをさらに固めるぞ」
「はっ」
「ポセイダル軍もいることだしな。バルマーもいずれ来るだろう」
「そういえば彼等はまだポセイダル軍を派遣してきただけですな」
「あの者達はまだこちらには来てはいないがな」
「はい」
「だが油断してはならない。あのギワザという男も狸だろう」
「狸ですか」
「器は大きくはないだろうがな。だが小者は小者なりに動くもの」
「ですな」
「油断してはならないということだ」
「わかりました」
「ジャミトフ閣下から御言葉があれば伝えてくれ。バスク大佐のものだ」
 シロッコはそう言い残すと踵を返した。
「どちらに行かれるのですか?」
「少しやることを思い出してな」
 薄い笑いを浮かべながらそう答えた。
「それではな。後を頼む」
「わかりました」
 シロッコは艦橋を降りるとそのまま廊下を進み格納庫に向かった。そしてそこに置かれているモビルスーツ達を悠然と見上げていた。
「ジ=Oもかなり修復が進んだな」
「はい」
 傍らにいるジュピトリスの技術将校の一人がそれに頷いた。


[314] 題名:登場組織図(追加) 名前:電波時計 MAIL URL 投稿日:2006年03月08日 (水) 21時57分

登場敵組織(追加)


ジャシーン帝国
創造主ジャシーンを崇める機械生命体の帝国。有機物で出来た生命体は下等であるという考えを持っており、宇宙警察だけでなくドーマやギガロとも敵対している。『ジャシーンの遺産』と呼ばれる物を探しており、そのために地球にやって来た。地球のメカを『発達の遅れた悲しい物たち』と呼んでいる。

国際生物研究所
表向きは生物の遺伝子などを研究している機関だが、裏では遺伝子操作で生み出した生物兵器を秘密裏に売りさばいており、テストやデモンストレーションの為に暴れさせる。本来、危険度Aランクに認定されている生物(主に怪獣や宇宙生物)の遺伝子を使ってクローン等を作り出す事は禁止されているが、ここで生み出された生物兵器はその殆どがAランクの生物の遺伝子を利用している。


登場中立組織


クトゥルー教団
クトゥルーと呼ばれる存在を神と崇める集団。1年前までアメリカで活動していたが、現在は日本で活動している。防衛軍、セントラル・コーポレーション、ネオジョーカー、新世界党、新世人、クライム団、ブラックマジックなど様々な組織に手を貸している。構成員、資金源、技術力、目的など色々と謎の多い集団で、協力関係にあるどの組織もその実態を掴みきれていない。

呪われし星の民
遥か昔に滅びてしまった名も無き星の生き残りの末裔。その者たちは生まれながらの戦闘種族で、様々な能力を持っているとされ、宇宙警察からも特別凶悪犯罪者として追われている。当人達は生まれた瞬間から自分達の宿命を知る様に遺伝子を操作されている。


[313] 題名:第四十二話その二 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2006年03月07日 (火) 19時58分

「そうかのう」
「いいと思うがな、わしは」
「ことワーグナーに関してはフルトヴェングラーの方が上だ」
「こだわりだろう、それは」
「わしはトスカニーニも好きだぞ」
「かけるのは私だ。何か異論でもあるか?」
「いや、そこまで言われるとないのう」
「では早くかけるがいい。戦いがはじまらなくては腕がなまって仕方がない」
「わかった。ではかけるぞ」
「うむ」
 こうしてワーグナーの曲が戦場に奏でられた。透明な青い音楽が戦場に鳴り響いた。
「おっ、ワーグナーか」
 それを聞いてまずキリーが声をあげた。
「いいねえ、それもフルトヴェングラーとは」
「わかるのか、キリー」
「ああ。フルトヴェングラーの指揮には特徴があるからな」
 真吾の言葉にそう答えた。
「だからわかるんだよ」
「へえ、そうだったのか」
「キリーって中々クラシックに詳しいのね」
「まあな」
 レミーにも応えた。
「何なら今度メトロポリタン歌劇場でもどうだい」
 ニューヨークにある歌劇場である。世界屈指の大劇場として知られている。
「考えておくわ」
「そりゃいい。じゃあこの戦いが一段落ついたらな」
「ええ」
「ふむ、メトロポリタン歌劇場か」
 ブンドルはそれを聞いて呟いた。
「世俗的だな。やはりアメリカの文化というものは」
「おいおい、メトは世界一のオペラ=ハウスだぜ」
「オペラは欧州のもの。スカラ座やウィーンこそが」
 間を置いた。
「美しい」
「何かいつものパターンだのう」
「わしはかみさんにせがまれてよくメトに行くがあそこはいいと思うぞ」
「これは私の美学だ」
「またそれか」
「ではずっとスカラにでも篭っておれ」
「言われなくとも既にロイヤル=ボックスをとってある」
 ブンドルは憮然としてそう言った。
「話はそれでいいか。では戦いだ」
「ようやくか」
「何か毎度毎度前置きが長いのう」
「一体誰のせいなのだか」
「自覚してないのが痛いよなあ」
「まあ自覚していたらいつもみたいにはならないのだけれど」
「辛辣だな、マドモアゼル=レミー」
「レディは厳しいものなのよ。それは御存知」
「ふ、ではその厳しさに応えるとしよう。シャンデラーよ」
「まだおったのか」
「忘れておったぞ」
 ブンドルの言葉に従いシャンデラーが動いた。
「見事ゴーショーグンを散らすのだ。よいな」
 シャンデラーはそれに従いゴーショーグンに向かった。そして攻撃に移る。
「他の者はそれぞれロンド=ベルに攻撃を仕掛けよ。波状攻撃だ」
「一気にはやらんのか?」
「私は御前とは違うのでな」
 ケルナグールに対して言う。
「趣向もまた違う。力技はとらん」
「フン、それこそが戦争の醍醐味だろうに」
「お主はまたやり過ぎだろうが」
「カットナルにだけは言われたくはないわ」
「わしはまだ策を使うぞ」
「五十歩百歩じゃ」
 あれこれ話している間に戦闘に入っていた。三人の戦艦も攻撃に入っていた。
「よし、突撃じゃ!」
 ケルナグールは自分の艦を前に出させた。
「邪魔する奴はラムで粉砕せよ!」
「こら、ケルナグール!」
 そんな彼をカットナルが叱った。
「波状攻撃を忘れておるのか!」
「だから波状攻撃をしておるのだ!」
「何処がだ!」
「一端突進して不本意ながら退き、また攻撃に移るのだ!」
「それの何処が波状攻撃だ!」
「五月蝿いわ!つべこべ言わずに貴様も戦うがいい!」
「言われなくとも!」
 挑発に乗る形でカットナル艦も前線に出て来た。それを見てロンド=ベルの面々はまたか、という感想を持った。
「進歩がないようだな」
 隼人がまず言った。
「まあそれがドクーガの売りだしな」
 真吾がそれに頷く。
「ネタとして楽しめばいいんじゃないかな」
「待て」
 それにブンドルがクレームをつけた。
「我がドクーガは真面目な組織だぞ」
「そうは見えないがな」
「真面目にやっていない節もある」
 ピートも参戦してきた。
「だが敵は敵だ。手は抜かないぞ」
「ふむ、ならばいい」
「博士、大空魔竜も前線に出していいですか」
「うむ、いいだろう」
 大文字はそれを認めた。
「ピート君、是非そうしてくれ給え」
「了解」
 それに従い大空魔竜が出て来た。周りにいる敵を次々と倒しながら前進する。
「サンシロー、援護を頼むぞ」
「おう」
 ガイキング達も一緒であった。五匹の恐竜がそれぞれ力を合わせ敵を倒していく。それを見てブンドルも決意した。
「私も行くか」
「行かれるのですか」
「そうだ。大空魔竜が来てはあの二人でも荷が重いだろう。私の艦も必要だ」
「わかりました。それでは」
「うむ。だが音楽は変えぬようにな」
「はっ」
 ブンドル艦も前進してきた。それは更なる激闘のはじまりを意味していた。
 熾烈さを増す戦いの中ゴーショーグンはシャングラーと対峙していた。激しい応酬が行われている。
「ゴースティック!」
 ゴーショーグンが空間からゴースティックを取り出す。それでシャングラーを斬りつける。
 だがそれでもシャングラーは平然として立っていた。そして反撃を加える。
「おっと」
「あらら、残念でした」
 だがそれはかわされた。レミーも声をあげる。
「意外としぶといな」
「しつこい男は嫌いなんだけれど」
「おいおいレミー、あれはシャングリラだ。レディじゃないのか」
「あら、だったらキリーの出番ね」
「生憎俺のタイプじゃないので。丁重にお断りさせてもらうよ」
「もう、冷たいのね」
「じゃあやはり撃墜するか」
「賛成」
「もっともそれしかないのだがな」
「さてと」
 真吾はゴーショーグンを身構えさせた。
「あれをやるか」
「ああ、あれね」
「待ってました、ってとこかな」
 二人はそれに合わせて言う。真吾はその間にゴーショーグンに力を溜めさせていた。
「行くぞ」
 ゴーショーグンが緑の光に包まれる。
「ゴーフラッシャーーーーーッ!」
 数本の光の槍がゴーショーグンの背から放たれた。そしてシャングラーに一直線に向かう。
 それはシャングラーを貫いた。そして瞬く間に撃墜してしまった。一瞬のことであった。
「終わったな」
「何かあっさりとした終わり方だったわね」
「ああ。ただゴーフラッシャーの力が上がっているような気がするな」
「!?そうなの?」
「何となくだけれどな」
「真吾の腕が上がったとかそんなのじゃないの?」
「何だかんだ言って真吾も出番多いしな」
「いや、そうじゃない。今までだったらあれだけの敵は一撃じゃ倒せなかった筈だ」
「言われてみれば」
「そうだよな」
「だが今は一撃で撃墜できた。それもあっという間にだ。これはどう考えてもおかしいだろう」
「確かに」
「ビムラーのエネルギーが上がっている。これは一体どういうことなんだ」
 真吾は首を捻り考えた。しかし戦場はそんな余裕を彼に与えなかった。そこへインパクターの小隊がやって来た。
「おい、来たぜ」
「考えるのは後でゆっくりとね」
「仕方ないな。それじゃあ」
 また新たな武器を取り出してきた。
「スペースバズーカ!」
 バズーカを取り出すとそれを撃った。そしてインパクターを撃墜していくのであった。
 やはりインパクターだけでは荷が重かったのであろうか。何時しか三人の戦艦意外は殆どいなくなっていた。
「ぬうう、やはりインパクターだけでは駄目か」
「最近何かと出費が多くて新しいマシンを開発できなかったからのう」
「シャングラーも撃墜されたようだな。では潮時か」
「待てブンドル、撤退するというのか」
「致し方あるまい」
「許さんぞ!わしはまだ戦いたいのだ!」
「ではこのまま無駄に損害を出すことになる。それでもいいのか」
「む、そう言われると」
「忌々しいが仕方あるまい。退くぞ」
「クッ、またしても奴等に負けるとは」
「勝負は時の運だ。また勝利を収める機会はある」
「では退くか、おい」
 カットナルは側の者にトランキライザーを持って来させた。そしてそれを噛み砕きながら言う。
「作戦中止、総員撤退だ!」
「覚えておれよ、ロンド=ベル!」
「それではマドモアゼル=レミー。再会を願って」
「そんなことはいいから早く撤退せんか!」
「・・・・・・無粋な」
「無粋も何もあるか!行くぞ!」
「おい、インパクターを回収せんか!」
「そんなものとっくに済ませておるわ!ええい忌々しい!」
 最後にケルナグールがケルーナを殴る音がした。それを最後にドクーガの面々は慌しく戦場を離脱したのであった。
「やれやれ、やっと退散か」
「相変わらず騒がしい連中だったな」
「ホンット。五月蝿いと女にもてないわよ」
「しかしこれでドクーガは去った。とりあえずはな」
「いや、安心するのにはまだ早いぞ」
 サコンがここでピートに忠告した。
「レーダーに反応だ。また別の敵だ」
「オルファンか!?」
「いや、違う。これは」
 彼はレーダーを見ながら言う。
「ミケーネだ。ハニワ幻人達もいるぞ」
「ハニワ幻人もかよ」
 宙が言った。
「ならばあの女も」
「ゼンガー=ゾンバルト、いるか!」
 ゼンガーが思った時にその声が響いてきた。
「今までの借り、返させてもらおう!」
「やはり来ていたか」
「貴様を倒すまでわらわは引き下がらぬ」
「そうか」
「さあ来るがいい。今度こそ地獄に送ってやる」
 彼等は前に出た。そして睨み合う。その周りではミケーネも戦闘獣達もいた。
「今度は貴様達か!」
「如何にも」
 鉄也の問いに異形の形をした二人の巨人が答えた。
「魔魚将軍アンゴラス!怪鳥将軍バータラー!」
 いずれもミケーネ七大将軍である。暗黒大将軍の腹心の部下達であった。
「暗黒大将軍はいないのか!」
「お忙しい方でな」
 アンゴラスがそれに答えた。彼は海中にいた。
「貴様等の相手だけをしておられるわけではないのだ」
「ヘン、減らず口かよ!」
「兜甲児よ、貴様の蛮勇は認めよう。だがそれだけでは我等には勝てはせぬ」
「じゃあ今からぶっ倒してやるよ!」
「待て、甲児君」
 しかしそれは鉄也と大介に止められた。
「何だよ、止めないでくれよ」
「君のマジンガーは水中戦はあまり得意じゃない。俺のグレートも」
「じゃあどうすれば」
「君達はバータラーの軍に向かってくれ。水中は僕が引き受ける」
「けど大介さんのダイザーも」
「忘れていないか?僕にはスペイザーがあることを」
「あっ、そうか」
「マリンスペイザーもあるさ。心配無用だ」
「私が乗るから」
 ひかるが言った。見ればもうマリンスペイザーに乗っていた。
「何かいつものダブルスペイザーと少し違うから戸惑っているけれど」
「そこは僕がフォローするよ。じゃあ合体しよう」
「ええ、大介さん」
 ダイザーとマリンスペイザーが合体したそしてそのまま水中に飛び込む。
「とりあえずはあっちは大介さんに任せるか」
「俺達は空だ。いいな、甲児君」
「了解!どちにしろ思いきり暴れてやるぜ!」
 三機のマジンガーはそれぞれの敵に向かった。そしてゲッターも動いていた。
「いよいよ俺の出番だな!」
 弁慶が嬉しそうに言う。
「リョウ、隼人、いいな」
「ああ」
「久し振りに御前の技を見せてやれ」
「よし。オープンゲェェェェェェェェェェーーーーーーーーット!」
 ゲッターが三つに分かれた。そして空中で弁慶が叫ぶ。
「チェンジポセイドン。スイッチオン!」
 ポセイドンが先頭に来る。次にドラゴンが。最後にライガーが。合体した時光が走ったように見えた。そして光が消えた時そこには黄色の巨人がいた。
「行くぞ、ストロングミサイル!」
 海中に落ちながらミサイルを放つ。それでまずは戦闘獣を一機粉砕した。
「うおおおおおおーーーーーーーーーーっ!」 
 側にいるミケーネやハニワ幻人の者達を手当たり次第に殴り飛ばし投げ飛ばす。水中ではまさに無敵であった。だがそこにいるのは彼だけではなかった。
「何かこっちまで暴れてきたくなったぜ!」
 ブラックゲッターも水中に入った。そこにいるのは当然ながら武蔵であった。
「水の中でおいらに勝てると思うなよ!」
 周りにいる敵を手当たり次第に爪で切りまくる。それはまるで獣のようであった。
「これはおつりだぜ!」
 ハニワ幻人のマシンを掴んだ。そして技を仕掛ける。
「くらえ、大雪山おろしーーーーーーーーーーーーーっ!」
 思い切り上空に投げ飛ばした。投げ出された敵は宙に舞い落ちた。そしてそのまま落下し水中で爆した。
「これでどうだっ!」
「ぬうう、おのれゲッターロボめ!」
「おいおい、そりゃ恐竜帝国の言葉だぜ」
 隼人はアンゴラスのその言葉を聞き苦笑した。
「言う相手が違うんじゃないのか」
「そんなことは関係ないわ!今わしの目の前にいるのは貴様等だ!」
「HAHAHA,それでどうするつもりですかーーーーーー!?」
「知れたこと、捻り潰してくれるわ!」
「それってアシュラ男爵の言葉じゃねえのか?」
「こら、甲児君」
 さやかが嗜めた。
「また出て来たらどうするつもりなのよ」
「あ、いけね」
「貴様等だけは許さん!許さんぞ!」
「許さなかったらどうするつもりなんだ?」
 隼人が問うた。
「俺達を倒すとでもいうのかい」
「無論そのつもりだ」
「ほう」
「覚悟しろ。七大将軍の力今こそ見せてくれる!」
「アンゴラス、待て!」
 しかしここで上から声がした。
「何だバータラー!」
「今暗黒大将軍がここに来られた!」
「何、暗黒大将軍が!」
 それを聞いてさしものアンゴラスも驚きを隠せなかった。
「何故ここに」
「わからん。だが今は落ち着け。よいな」
「クッ、わかった」
「暗黒大将軍が来ただと」
 それはロンド=ベルにも伝わっていた。鉄也が辺りを見回した。
「一体何処にだ」
「ふふふ、剣鉄也よ久し振りだな」
「そこか!」
 彼はその声を聞くとすぐに攻撃に移った。
「グレートブーメラン!」
 胸にあるブーメランを放った。それは前に向けて放たれていた。
 しかしそれは弾き返された。そしてそこに剣を持ち漆黒の鎧を身に纏った巨人が姿を現わした。どうやら剣でブーメランを弾いたようである。
「ふむ、よくぞ見破った」
「あれで隠れていたつもりか、まるわかりだったぜ」
「どうやら貴様には小細工は通用せぬようだな。だがよい」
「それで一体何の用でここにきやがったんだ」
 甲児も入ってきた。
「やるつもりなら手加減はしねえぜ」
「まあ待て」
 だが彼はそれを制した。
「いきり立つばかりでは何にもならんぞ」
「ヘッ、これが俺のやり方なんだよ。少なくとも敵にまで言われたくはねえぜ」
「今わしは貴様等と戦いに来たのではない。戦いを収める為に来たのだ」
「何っ、どういうことだ」
「最初はアンゴラスとバータラーに任せておくつもりだったがな。オルファン攻撃は」
「やはりオルファンを」
 勇がそれを聞いて顔を顰めさせた。
「だが事態が変わった。そういうわけにはいかなくなったのだ」
「へッ、逃げるつもりかよ」
「フン、そう取るならば構わんがな。だが今は貴様等と遊ぶつもりはない」
「ミケーネの戦力はそんなに落ちてはいないと思うが」
「宇門大介か」
「今まで御前達とはそれ程戦ってはいない。ましてや損害もそんなに多くはない筈だ。違うか」
「その通り」
「では何故だ。どうしてここを退くのだ」
「しかもこれだけの戦力を向けながらな。どういうつもりだ」
「それは私がお話しましょう」
「ムッ!?」
 白い光が暗黒大将軍の側に現われた。そしてその中から青い威圧的なマシンが姿を現わした。ネオ=グランゾンであった。
「シュウ、どうしてここに!?」
「マサキ、貴方にも関係があることなのでね」
「俺に」
「そう、わしが兵を引かせるのはこの者の為なのだ」
 暗黒大将軍はシュウのネオ=グランゾンを横目に見ながらそう言った。
「シュウ=シラカワの為にな」
「どういうことだ」
「詳しいことはこの男から聞くがいい。それではな」
「ムッ、待て」
「貴様等とはまた決着をつける。次に会う時にな」
 そう言い残して戦場を後にした。バータラーもアンゴラスも戦場を離脱した。だがククルはそれでも戦場に残ろうとしていた。
「ククル殿、お主も」
「いや、私は残る」
 彼女はそれでも退こうとしなかった。
「この男との決着をつけるまでは」
 ゼンガーを見据えていた。しかし暗黒大将軍はそれを認めようとはしなかった。
「それはなりませんな」
「何故だ」
「今の貴女は邪魔大王国の女王。軽率な行動はなりませんぞ」
「クッ・・・・・・」
 それを聞いて舌打ちした。
「わかりましたな」
「・・・・・・致し方あるまい」
「ではこれで。宜しいですな」
「わかった。ゼンガーよ」
 振り向きざまに言った。
「貴様の首、今は預けておこう!」
 そう言い残して去った。魔の蝶もまた戦場を離脱したのであった。
「で、シュウ」
 マサキはサイバスターを前に出してきた。そしてシュウに問う。
「今度は一体何を企んでいやがるんだ?」
「企む?何をですか」
「おい、とぼけるんじゃねえぞ。御前が何もなしに俺達の前に姿を現わす筈ねえだろうが。一体何のつもりだ」
「ラ=ギアスですが」
「御主人様、言っちゃうんですか?」
「隠す必要もありませんしね」
 シュウはそう言ってチカに応えた。
「そうなんですか」
「はい。それでマサキ」
「おう」
「貴方達に少しラ=ギアスに来て欲しいのです。ロンド=ベルの皆さんにも」
「どういうつもりだ」
「今地球がどういう状態なのかわかっているだろう」
「勿論ですよ。皆さんがおられない間は私とこのネオ=グランゾンが責任を以って御守り致します」
「地球をか」
「はい。それなら構わないでしょう」
「信用できるとでも思ってるのかよ」
「それは御自由に。ですが私は自分自身が言ったことは守ります」
「どうだか」
「そのうえでお話しているのですよ。是非共ラ=ギアスに向かって欲しいのです」
「どういう理由でかね、シラカワ博士」
「あ、大文字博士」
 シュウは大文字に気付いた。
「どうも。ロンド=ベルにおられるとは聞いていました」
「色々あってな。それでどうして我々にラ=ギアスに行ってもらいたいのだね」
「大文字博士、、いいのかよ」
 マサキがくってかかった。
「こんな奴の話を聞いて」
「誰であろうとまず話は聞くべきではないのかね」
「まあそうだけれどよ」
「それに今のシラカワ博士は以前とは違う。それは君もわかっていると思うが」
「・・・・・・まあな」
 渋々ながらそれを認めた。
「では聞くとしよう。それでいいかね」
「御好意有り難うございます」
「うむ。では話してみたまえ」
「ヴォルクルスのことです」
「ヴォルクルス」
 それを聞いた魔装機のパイロット達が一斉に顔色を変えた。
「ラ=ギアスで今復活させようという動きがあります」
「ルオゾールか」
「はい」
 シュウはそれに頷いた。
「彼が復活させようとしているのです、あの破壊神を」
 ここで彼はあることは言わなかった。自身とルオゾールの関係を。そしてもう一つのことを。
「それを貴方達に阻止してもらいたいのですよ」
「それだけじゃねえだろ」
 マサキがまた言った。
「他にあるんじゃねえのか、正直に言えよ」
「御名答」
「やっぱりな。で、それは一体何なんだ?」
「バゴニアもね。不穏な動きを見せていますので」
「やはりな」
 ヤンロンがそれを聞いて呟いた。
「あの男のことか」
「あの男?」
「ああ、リューネは知らなかったか。以前ラングランに一人の錬金術士がいた」
「はい」
 シュウがそれに応えて頷いた。
「彼は天才だったがその心は病んでいた」
「マッドサイエンティストってやつだね」
「そうだな。それに近いか」
「で、そいつがどうしたんだい?」
「ラングランにおいて禁じられていた秘術に手を出した。そしてそれにより追放された」
「何かよくある話だね」
「ドクター=ヘルに近いな」
「そうかもしれない」
 ヤンロンは甲児の言葉にも頷いた。
「長い間行方不明となっていたがバゴニアにいることがわかったのはつい最近のことだ」
「そうだったんだ」
「対策を考えている間にシュテドニアスとの戦いに入ってしまってな。有効な手を打てずにいたんだ」
「で、そいつが今バゴニアで何かしようとしてるんだね?」
「具体的にはラングラン侵攻です」
「やはりな」
「ラングランに復讐する為に。バゴニアにとっては侵攻のよい口実になります」
「ちょっと待ってよ、ラングランに侵攻するの?」
「はい」
 シュウはリューネに対してこう応えた。
「バゴニアは長い間ラングランと対立関係にありましたから。シュテドニアスと同じく」
「だからって。国力に差があり過ぎるじゃない。そんなことしてもバゴニアが勝てる筈ないよ」
 それはラ=ギアスにおいては誰でもわかることであった。ラングランとバゴニアは対立関係にあるとはいえその国力差ははっきりしている。シュテドニアスとの戦いで疲弊しているとはいえその差は歴然たるものがあった。
「それはバゴニアの者もわかっています」
「じゃあ何で」
「彼等が正常な状態ならば、です」
「それはつまり・・・・・・」
「ゼツが彼等を洗脳したということか」
「はい。だからこそ彼の考えが通ったのです。今バゴニアは全軍を挙げてラングランに雪崩れ込もうとしております」
「まずいね」
「ですから貴方達の御力が必要なのですよ。バゴニアを止めて頂きたいのです」
「そしてゼツを倒す」
「そうです。やって頂けますか」
「本来なら御前の誘いは乗るわけにはいかないが」
 ヤンロンは一言そう断ったうえで述べた。
「どうやらそうも言ってはいられない状況のようだな。わかった」
「有り難うございます」
「それでは行こう。ラングランでの場所は何処だ」
「王都です」
「まずはフェイル殿下に御会いしてからか」
「ええ。それならば何かと問題も生じないと思いますが」
「わかった。それでいい」
 ヤンロンはそれに頷いた後で後ろを振り向いた。
「皆はどう思うだろうか」
「どっちにしろほっておくわけにもいかねえだろ」
 まず甲児が言った。
「そんなやばい野郎はよ。倒すしかねえぜ」
「そうだな。俺もそう思う」
 隼人もそれに賛成した。
「とりあえず今はそのやばい爺さんか親父かわからんのを始末するべきだ。ラ=ギアスのことも重要だからな」
「しかし地上のことはどうするんだ?」
 ショウがそれに異論を述べた。
「確かにラ=ギアスのことも大事だが。シュウだけで何とかできるのか」
「それは御心配なく」
 しかしシュウはその疑問に対して微笑んで答えた。
「このネオ=グランゾンがありますから。ミケーネも恐れるに足りません」
「だといいけれどね」
 万丈がそれを聞いて言う。
「ダイターンも残ろうかい?よかったら」
「いえ、それはよくありません」
 だがシュウはそれを断った。
「貴方もまたラ=ギアスに行かれるべきです」
「それだけ厄介な相手だってことか」
「ええ。そうでなkればわざわざここに来ませんし」
「またここで何か企むんじゃねえだろうな」
「あんたには前科が一杯あるからね」
 マサキとリューネがシュウを見据えて言う。
「悪いけど信用はできないよ」
「信用するされるの問題ではないのですよ」
 しかしシュウはその言葉を意に介さなかった。
「私にとってはね。今はこの地上を守ることが契約なのです」
「契約!?」
「そう、今貴方達と交わした。契約は私にとって絶対のものです」
「神に対するのと同じようにね」
「そうですね。今はどの神とも契約はしていませんが」
 ミサトの言葉に思わせぶりな言葉を返した。
「自由な身ですがそれは絶対です」
「それじゃあこの地球は御前一人でやるんだな」
「はい」
「・・・・・・わかった、じゃあやってみろ」
「えっ、マサキいいの!?」
「いいも何も俺達はラ=ギアスに行くんだろ。じゃあこいつに全部任せるしかねえだろ」
「けど」
「思い切りも大事だぜ。ここはそういう時だ」
「けどねえ」
「けどもこうも言っている場合じゃねえ。今はラ=ギアスを何とかしなくちゃいけないんだ。ヴォルクルスにいかれた爺までいちゃどうなるかわかりゃしねえ」
「結局任せるしかないのね」
「そうだ。宇宙にいた連中がこっちに戻ってくるまでな。シュウ」 
 そしてあらためてシュウに顔を向けた。
「ここは御前に任せてやるよ。好きにしな」
「有り難うございます」
「ただし、絶対に奴等を抑えろよ。いいな」
「勿論ですよ」
「何かあったら絶対に許さねえからな、いいな」
「やれやれ、疑い深いものですね、本当に」
「おめえとは以前派手にやり合ったからな。嫌でもそうなるぜ」
「ふふふ、また懐かしいことを」
「いいから送るのなら早くしやがれ。放っておいていい奴等じゃねえだろ」
「わかりました。それでは」
 シュウはあらためてロンド=ベルの面々を見据えた。顔が真剣なものとなっていた。
「皆さん、宜しいですね」
「うむ」
 大文字が一同を代表して頷いた。
「それでは頼む。宜しくな」
「わかりました。では」
 シュウはネオ=グランゾンを動かした。集結するロンド=ベルの周りに白い光が集まりはじめた。
「ラ=ギアスを救う為に」
「おめえに言われるのは癪だけどな」
 マサキはまだ悪態をついていた。だがそれでも光が覆いはじめていた。
「お願いしますね、マサキも」
「へっ」
「シュウ様」
 サフィーネが言った。
「はい」
「久方ぶりに御会いできたというのに。残念ですわ」
「貴女にも御苦労をおかけしますが」
「わかっております。ですが私にもしものことがあれば」
 彼女は言った。
「私の灰を。シュウ様の花に変えて下さい」
「何か言ってることが今一つわからねえな」
「まあサフィーネだからね」
「ちょっとマサキ」
 彼女はそれにくってかかってきた。
「それはどういう意味よ」
「って本当に訳わからないし」
「リューネまで。あたくしの言葉の何処がわからなくて!?」
「意味がな。いつも危ないことばかり言うしよ」
「その格好もね。何か変なお店の人にしか見えないわよ」
「格好のことであんたに言われたくはないわよ」
 リューネにそう反論した。
「胸は見せればいいってもんじゃないのでしてよ」
「御前が言っても何の説得力もねえしなあ」
「とか何とか言ってる間にそろそろよ。もういいの?」
「あっ」
 リューネに言われてハッとした。そしてあらためてシュウに顔を向ける。
「シュウ様」
「はい」
「また再会の時を心待ちにしておりますわ」
「わたくしもでしてよ」
 モニカも出て来た。
「シュウ様、お名残惜しいと少し思わないこともないですが」
「モニカ、文法が変ですよ」
「何か王女の話し方ってこんなのかね」
「あたしは違うわよ」 
 セニアがマサキに反論した。彼女は大空魔竜の艦橋にいた。
「モニカだけだからね」
「まあ確かにそうだけれどな」
「タダナオもそう思うでしょ」
「あ、私ですか!?」
「ええ。そう思わない?」
「は、はい」
 彼は顔を赤くしながらそれに頷いた。
「王女の仰る通りだと思います」
「ほら」
「前から思っていたけれど」
「言いたいことはわかってるわ」
 シモーヌとベッキーがヒソヒソ話をする。
「タダナオってやっぱり」
「間違いないわね」
 そうした大人の噂話に興じていた。だがそれも中断しなければならなかった。
「いよいよか」
「ええ」
 光がロンド=ベルを完全に覆った。そして彼等はその中に消えていった。
「ではお願いします」
「お願いされてやるぜ」
 これが別れの言葉であった。こうしてロンド=ベルはラ=ギアスに向かった。
「さて」
 光が消えるとシュウは声をあげた。
「ではチカ、行きますか」
「あ、覚えててくれたんですね」
 チカはそれを受けてかん高い声をあげた。
「出番がなくて困ってましたよ」
「貴女にもこれから色々と働いてもらいますよ」
「お金はもらえますか?」
「お金?」
「そうですよ。たっぷりはずんでもらわなくちゃ嫌ですからね」
「わかってますよ」
 彼は微笑んでそれに頷いた。
「では前金として」
「やった」
 一粒の大きなダイアモンドを取り出す。そしてそれをチカに与えた。
「どうぞ」
「やっぱり御主人様って気前いいですね、だから大好きなんですよ」
「私にとってはさして価値のあるものでもありませんし」
「けれどどうするんですか、これから本当に」
「ミケーネのことですか」
「ええ。それにガイゾックもいますし他の勢力も」
「ティターンズやドレイク軍は今のところ勢力の回復に務めております」
 シュウはまずは彼等に言及した。
「ですから彼等については心配することはありません」
「ガイゾックは」
「彼等については私自身が向かいます。これで充分でしょう」
「神ファミリーには何も言わないんですか?」
「彼等はね、無茶をしてしまいますから」
「無茶!?」
「ええ。命を捨ててでも戦うでしょう。彼等にそれはさせられないです」
「で、御主人様自ら行かれると」
「はい」
「けどそれじゃミケーネとかはどうなるんですか!?厄介なことになりますよ」
「彼等はおそらくは動かないでしょう」
「何故ですか!?」
「地下に向かうと思われます。彼等の本拠地が地下にあるのは知っていますね」
「はい、まあ」
「おそらくヴォルクルスの存在を知っているのでしょう。彼の力を借りようとするでしょう」
「ミケーネが」
「というよりククルがです」
「ククル!?ああ、あの銀色の髪のきつい女ですね」
 チカは持ち前の毒舌をここで発揮した。
「彼女はミケーネとは協力関係にありますが本質的に違います」
「邪魔大王国の女王ですからね」
「元々は違いますけれどね」
「あれっ、そうなんですか!?」
 チカはそれを聞きまた驚いた。
「初耳ですよ、それ」
「貴女の知らないことも多くあるということです」
「意地悪いなあ、御主人様は」
 それを聞いて不平を漏らす。
「いつもそうやって肝心なことは教えてくれないんだから」
「そのうちわかることですから」
 シュウはうっすらと笑ってそう言葉を返した。
「私が言わなくても」
「そうなんですかね」
「そうですよ」
「まあそれならいいですけれど。けれどそろそろ」
「はい」
 話を終えシュウとネオ=グランゾンは姿を消した。そしてそこには何も残ってはいなかった。

第四十二話   完


                               2005・9・3


[312] 題名:第四十二話その一 名前:坂田火魯志 MAIL URL 投稿日:2006年03月07日 (火) 19時51分

             召還者
「オルファンの方は一段落ついたようですね」
 地下の奥深くにある玄室で男がいた。彼は小鳥に対してそう声をかけていた。
「それにしても意外でしたね」
「何がですか?」
 男は小鳥の声に応えてそう言った。
「いえね、オルファンのことですよ」
「人類の為になるということですか?」
「ええまあ。あれが浮上すると地球が崩壊するって言われていたもんですから。驚きましたよ」
「人間というのは臆病なものです」
 男は笑いながらそう述べた。
「知らないものに対しては恐怖を感じるものです」
「じゃあオルファンもそうだったんですか?」
「はい」
 それに頷いた。
「だからこそ怯えていたのですよ、彼等は」
「そうだったんですか」
「ですが問題が解決されたわけではありません」
「といいますと」
「それはそれで利用しようとする輩が出て来るということですよ。例えば」
「あの訳のわからない三人組ですか?何だかんだ言っていつも一緒にいる」
「彼等ならもう動いていますよ」
「あら、せっかちなんですね」
「迅速だと彼等自身は思っているようですけれどね。オルファンに向かっているようです」
「何かまた馬鹿なことやっちゃいそうですね、あいつ等」
「貴女はどうも彼等が嫌いなようですね」
「いや、そうじゃないんですけれどね」
 小鳥はそれを否定した。
「何と言いますか、からかいたくなるんですよ」
「おや」
「見ているだけで。あんな馬鹿っぽい連中は」
「それでですか」
「そうですね。見ていて飽きないですし。これから何をしでかすか楽しみですよ」
「ではこれから彼等に会いに行きますか」
「えっ!?」
 それを聞いて思わず声をあげた。
「御主人様、今何て」
「聞こえなかったのですか?オルファンに向かうと言ったのですよ」
「けどそれは」
「大丈夫ですよ、目的はオルファンでも彼等でもありませんから。戦闘にはならないでしょう」
「じゃあどうして行くんですか?」
「もう一つの存在に用があるのですよ」
「もう一つ・・・・・・。ああ、連中ですね」
「はい。そろそろラ=ギアスの方も何とかしなければならないですし」
「シュテドニアスの次はバゴニアが動いているみたいですね。フェイル王子が対応に苦慮しているそうですよ」
「今更動いたのですか、バゴニアが」
 ラングランの南東に位置する国である。連邦制でありラ=ギアスにおいては第三勢力となっている。ラングランとは国境等を巡って対立関係にある。
「タイミングが悪いというか」
「いえ、それがそうもばかりは言えないようですよ」
「?どういうことですか」
「ゼツがバゴニアにいるらしいですよ」
「ゼツが」
 それを聞いた男の顔が見る見るうちに曇っていった。
「それは本当ですか!?」
「はい、どうやら確かな情報らしいです。何でもあそこでまた厄介なことをしようとしているとか」
「ではこれで決まりですね」
「戻りますか?」
「はい。ですがその前にオルファンに向かいましょう」
「結局そうなるんですね。やれやれ」
「仕方ありません。どのみち彼等の力は必要ですから」
「それが嫌なんですよねえ。あの方向音痴もいますし」
「ふふふ」
 小鳥の嫌そうな声を聞きながら男は笑っていた。
「そんなに嫌ですか」
「勿論ですよ、側に猫が絶対いるし。あたしにとって猫ってのは天敵なんですよ」
 これは鳥であるから当然であった。鳥にとって猫は天敵であるのだ。
「おまけに黒豹や狼までいるし。物騒なことこの上ないですよ」
「大丈夫ですよ、それは」
 男はそう言って小鳥を宥めた。
「いざとなったら私の影に隠れればいいですから」
「お願いしますよ、本当に。何かあってからじゃ遅いですから」
「わかってますよ、だから安心して下さい」
「頼りにしてますよ、御主人様」
 そんなやりとりを終えてその玄室から消えた。彼等は何処かへと姿を消したのであった。

 その頃ロンド=ベルは再びオルファンに向かっていた。だが今度は彼等との戦いの為ではなかった。
「全く人使いが荒いな」
 真吾は自室でそうぼやいていた。
「今度は救援か。オルファンってのは的みたいだな」
「言いえて妙だな。あんなに目立っちゃ仕方ないな」
 キリーがそれに応えてこう言った。
「出る杭は打たれるってね。日本の諺だったな」
「よく知ってるな、キリー」
「伊達に自伝書いてるわけじゃねえぜ。これでも文章は勉強してるんだ」
「その自伝売れるといいわね」
 レミーが笑いながら話に入ってきた。
「楽しみにしてるわよ、キリー」
「まあ書き上がるのはまだ先だがな」
「何だ、まだ書いていないのか」
「文章ってのはな、推敲が大事なのさ。どういった素晴らしい文章にするか」
「ストーリーもじゃないの?」
「俺の人生を俺が書くんだぜ、ストーリーは最高なものに決まっているさ」
「あら、そうとも限らないんじゃないの?」
「レミーは辛口だね、本当に」
「綺麗な薔薇には棘があるのよ」
「おやおや」
「それで今度の敵は誰なんだ?」
「何でもドクーガらしいぜ」
「そうか。連中と会うのも久し振りだな」
「まぁたあの三人が一緒でしょうね。懲りないこと」
「懲りるのなら最初からドクーガには入ってはいないだろうな」
「言われてみればそうなのよね。頭にそうした考えがインプットされていないのかしら」
「悪役は不滅なのさ、特に連中みたいなのはな」
「やれやれといったところだな、全く」
「頼りにしてるわよ、真吾」
「じゃあ頼りにされてみるか」
「ケン太の為にもね」
「了解」
「そういや最近ケン太はOVAや他の子供達といつも一緒にいるな」
「そういえばそうね」
「ロンド=ベルに合流するまではずっと俺達と一緒だったのにな」
「キリー、妬いてるの?」
「そういうふうに見えるか?」
「見方によってはね。どうなの?」
「否定はしないな」
 彼は口の左端を歪めてそう答えた。
「何か寂しいのは事実だな」
「またキリーらしくない言葉だな」
「俺はこう見えても繊細なんでね」
「そうなのか」
「側に可愛い子がいないと寂しいのさ。子供でもな」
「何かその表現危険じゃないかしら」
「ん!?そうか!?」
「ええ、何となくね。気をつけた方がいいわよ」
「そうだな。俺も結構そう言われることがあるしな」
「御前はまた運がないだけだろ」
「おい、それは言わない約束だぞ」
「ははは、悪い悪い」
 グッドサンダーの三人はそうした軽いやりとりをしてリラックスしていた。だがケン太はそうはいかなかった。
「えっ、またあ!?」
 彼はOVAから出された宿題の山を見て嫌そうな顔をしていた。
「ケン太君、勉強だけは忘れてはいけませんよ」
 OVAはそんな彼の顔を見て嗜めた。
「少年老い易く、学成り難しです」
「それでも多過ぎないかなあ」
「多いにこしたことはないですよ。人生は常に勉強です」
「学校の勉強だけじゃなくて?」
「はい」
 OVAは頷いた。
「何でも勉強ですよ。ビムラーのことも」
「そうなんだ」
「だから頑張って下さい。身体だけ鍛えてもよくはないです」
「ふうん」
「頭も鍛えないと。いいですね」
「わかったよ。じゃあこれをしなくちゃいけないんだね」
「はい」
「じゃあとりあえず今日はこれをするよ」
「私も側にいますから。頑張りましょう」
「うん」
 こうして彼はOVAと一緒に勉強に取り掛かった。二人で真剣に取り組むその姿はまるで母子のようであった。
「何かいい光景だな」
 マサキがそれを見て目を細めていた。
「ああして勉強して、それを教えるってのはな」
「マサキって勉強できるの?」
「俺は体育だけだったけれどな。まあそんなことはどうでもいいじゃねえか」
 ミオにそう答える。
「どっちにしろ今の俺にはあまり関係ねえよ」
「そうね。プレシアちゃんって一人でもお勉強できるし」
「しっかりした妹を持つとな。兄貴はすることがねえんだよ」
「そのかわりに妹は大変だったりして」
「おい、そりゃどういう意味だ」
「にひひひひひひひ」
「ミオ、おめえ最近特に性格が悪いぞ」
「あたしは元々そうなんだから。気にしない気にしない」
「気にするよ。ちょっと待って」
「鬼さんこちら」
 二人はそんなやりとりをしながら廊下から消えた。その光景を今度は大介とマリアが眺めていた。
「ううん」
「どうしたの兄さん、何か複雑な顔しちゃって」
「いや、兄妹というのは血は繋がっていなくても成り立つもんだな、と思ってね」
「そういうものかしら」
「少なくともマサキ君とプレシアちゃんはそうみたいだね。仲がいいよ」
「妬いてるの?」
「おいおい、何を言っているんだ」
 大介は妹のその言葉は否定した。
「僕には御前がいるじゃないか。ちゃんとした妹が」
「だったらいいけれど」
「それに御前の他にもいてくれるしな。鉄也君に甲児君も」
「何か兄さんってマジンガーチームのお兄さんみたいだものね」
「ジュン君やさやかさん、ボスもいるしな。そういえばそうかな」
「あら、私は?」
「ちづるさん」
 ちづるもそこに姿を現わした。
「ひどいわ、私を除け者にするなんて」
「除け者にはしていないよ。ただちづるさんは」
「私は?」
「特別なんだよ。マジンガーチームの中でも」
「そうかしら」
「少なくとも僕にはね。だから安心してくれ」
「そう。だったらいいけれど」
「あっ、大介さんここにいたんだ」
「ちょっと来てくれませんか」
「ん!?」 
 見れば彼の弟達がそこにいた。
「丁度今から宙の奴とトレーニングルームで自転車競走やるんですけれど」
「大介さんもご一緒しませんか?人数が多い方がいい」
「いいね」
 大介は二人の呼び掛けに応じて微笑んだ。
「それじゃあ早速行かせてもらうよ。ちづるさんとマリアもどうかな」
「私は遠慮させてもらうわ。ちょっとさやかちゃんやジュンちゃんとお話したいから」
「そうか」
「あたしは別にいいけれど。何だったらあたしも入れてよ」
「えっ、マリアもか!?」 
 それを聞いた甲児が驚きの声をあげる。
「言っておくが相手はサイボーグだぜ」
「しかも元レーサーだ。それでもいいのか」
「何よ、甲児も鉄也さんもあたしが負けると思ってるの!?」
「いや、そうじゃねえけど」
「手強いぞ。いいのか」
「あたしは敵が強ければ強い程燃えるのよ」
 そう言ってニコリと笑った。
「相手が宙だなんて光栄じゃない」
「だったりいけどよ」
「大介さん、それでいいですか」
「僕が言っても聞かないだろうしね。別に危険じゃないしいいか」
「さっすが兄さん、わかってるじゃない」
「全く。困った奴だ」
「まあいいじゃない。それで勝ったら何をもらえるの?」
「宙が勝った場合は野球のチケット」
「何か宙らしいわね」
「俺達が勝ったらプロレスのチケットだ」
「それでいいか」
「ええいいわ。じゃあ兄さん行きましょう」
「わかった。それにしてもスポーツばかりだな」
「仕方ないでしょ。宙の奴が好きなんだから」
「俺達だってそれは同じでしょう。じゃあ行きましょう」
「うん」
 四人はちづると別れてトレーニングルームへ向かった。ちづるは一人彼等の後ろ姿を見送りながら困ったような顔をしていた。
「鈍いんだから、もう」
 そんな彼女の気持ちにも自分の言葉の意味もわかっていない大介であった。

 三隻の戦艦はオルファンに向かっていた。その途中シーラの顔は今一つ晴れなかった。
「シーラ様、やはりあのことが」
「はい」
 カワッセの問いに沈んだ顔で応えた。
「勝平さん達がいなかったのがせめてもの救いですが」
「致し方ありません」
 カワッセもそれを受けて暗い顔になった。
「戦いとはああした者達も生むものですから」
「それはわかっていたつもりですが」
 それでもシーラの顔と声は晴れない。整った顔に陰が差していた。
「彼等の気持ちもわかりますから」
「はい」
 彼等はガイゾックとの戦いを終えオルファンに向かう前に難民達を保護していた。そこには勝平の喧嘩相手であった香月や彼といつも一緒にいたアキやミチもいたのだ。彼等は口々にロンド=ベル、そして神ファミリーを批判していたのであった。
「御前等がいるからガイゾックに攻められるんだ!」
 と。ガイゾックは軍事施設よりも一般市民を標的として狙う。戦争において最も醜く、卑劣なやり方を好むのである。
 彼等はその犠牲になった。その恨みや怒りをロンド=ベル、そして神ファミリーに向けたのだ。頭ではそうではないとわかってはいてもそうするしかなかった。心の問題であった。
 彼等はそれでも任務を実行した。難民達を保護して安全な場所に届けた。宙やトッド、アスカ等は露骨に嫌そうな顔をしていたがそれでも任務を実行したのだ。
「戦争なら一般市民も巻き添えになるのは当然なんだよ」
 トッドは苦々しい顔でそう言った。
「それが戦争だろうが」
 彼のいたアメリカでは戦争は一般市民を巻き込むのが普通であった。インディアンとの戦いにおいても第二次世界大戦においてもベトナムにおいてもそうであった。アメリカ軍というものは一般市民をも攻撃対象とする。内戦であった南北戦争でもそうである。東京やドレスデンでの爆撃もベトナムの枯葉作戦もそうであった。彼等にとって戦争とは掃滅戦である。一般市民であろうと敵なのだ。
「そりゃいいモンじゃねえけどよ」
 彼はそうした戦いは好きではない。嫌悪感も感じている。だがそうした戦争があるのもわかっていた。だからこそ嫌なのであった。
「それでも俺達のせいにするなよな」
「トッドさんの言う通りね」
 アスカがそれに頷いた。
「これは戦争なのよ。何処にいても安全な筈ないじゃない」
「アスカ」
「シンジ、あんただてわかってるでしょ!?そりゃ難民になるのは辛いわよ。けどね」
 いつものキレはなかった。やりきれない顔になっていた。アスカがそうした顔になるのは珍しかった。
「仕方ないじゃない。それであたし達が悪いって言われてもお門違いよ」
「それでも」
「あんたの言いたいことはわかってるわよ。けれどね」
 やはりアスカの顔も暗い。
「じゃあどうしろっていうのよ。あんなガイゾックみたいな連中ほったらかしにしておく方が遥かにやばいでしょ」
「けど」
「あたし達はね、結局戦うしかないのよ。それはわかってるでしょ」
「うん」
「こんなこと・・・・・・覚悟はしてたわよ。けどね」
「もうそれ以上言うのは止めておくんだ」
「万丈さん」
「アスカにトッドももう少し落ち着いてくれ。僕達は僕達のやれることだけをやればいい」
「けどよ」
「いいね。そっちの方が気が楽になるから」
「ああ」
「わかったわ」
 それでも二人の顔は晴れなかった。宙は難民達の言葉に歯軋りし、今にも飛びかからん程であった。美和がそれを止めていた。皆それぞれやりきれない気持ちであった。
「このことは勝平達には内密にしておきます」
「はい」
 シーラはカワッセの言葉を受けて頷いた。
「今は何も言わないでおいた方がいいですね」
「はい」
「それがいいと思います」
「アスカ達はどうなっているでしょうか」
「アスカさん達なら今はゴラオンで落ち着いておられますよ」
 モニターにエレが出て来てそう述べた。
「トッドも。ショウ達が側にいますし」
「そうですか。それは何よりです」
 シーラはエレの言葉を受けて頷いた。
「彼等の心に戸惑いがあってはなりませんから。それを聞いて安心しました」
「ただ、先の戦い以後ガイゾックが姿を再び消したのが気にはなりますが」
「連中のことです。またすぐに出て来ますよ」
 シーラの横にいたミサトがそれに答えた。
「今までの行動からしますと。ですから警戒は緩めるべきではないと思います」
「わかりました。そして今度の敵であるドクーガですが」
「彼等が何か」
「彼等の背後には何かしら邪悪なものも感じます」
「邪悪な」
「全てを支配しようという野心のような。ドレイクのそれに似ています」
「ドレイクの」
 それを聞いてカワッセもエレの隣にいるエイブも顔を顰めさせた。
「はい。ですから彼等についても御気をつけ下さい。前線にいる三人からはそれ程の悪意等は感じられませんが」
「あの三人はまた特別ですね」
 ミサトはそれを聞いて納得したように頷いた。
「何と言いますかあまりにも独特です」
「はい」
「強敵なのは事実ですが変わっているというか。そして三人共何処かで見たような気もします」
「ミサト、あのカットナルって人だけれど」
「片目でカラス肩に泊まらせている如何にもって感じの怪しいおじさんね」
「あれ連邦政府の下院議員のカットナル氏じゃないの?」
「まさか」
 ミサトはそれを否定した。カットナルは下院において過激派で知られている。軍備の拡大に熱心であり、またティターンズに対しても一歩も引かなかった硬骨の男としても名高い。連邦の政治家では人気が高い。
「あんな人が他にいるかしら」
「言われてみればそうだけれど」
「それにあのケルナグールってのもフライドチキンのオーナーに顔が同じなんだが」
「まさか」
 ミサトは今度は加持の言葉を否定した。
「有り得ないわよ、あの人って凄い美人の奥さんがいるんでしょ」
「ああ」
「奥さんと一緒にフライドチキン経営しているそうだし。忙しい筈よ」
「だったらいいけれどな。しかしあんな青い肌であの顔の人間は滅多にいないぞ」
「ううん」
「ブンドルってのも。あの人でヨーロッパの化粧品会社のオーナーなのじゃないかしら」
「ああ、そういえばブンドルって名前のブランドもあるわね」
「他にもデザイナーとかもやってるけれど。あの人にそっくりなのよ」
「何か限り無く灰色に近い黒ばかりのような気が」
「というか三人共完全に黒だろ」
「あんな目立つことをして何がしたいのかはわからないけれど」
「愉快犯とか?」
「否定はできないな」
「あれじゃあね」
 加持とリツコはミサトの言葉に頷いた。
「何を考えているのかは知らないけれど」
「まああまりいいことではないのは確かだな」
「何かわからないわね、あの人達が動く理由が」
「理由もない可能性もあるけれど」
「ううん」
 そんなやりとりをしながらドクーガを追う。その頃ドクーガではクシャミが鳴り響いていた。それも三つであった。
「うぬうう」
「三人同時とは」
「また面妖な」
 カットナル、ケルナグール、そしてブンドルは同時にそう言った。
「誰か噂しておるのかのう」
「わしが美人のかみさんと結婚しておるのを嫉妬しておる奴がいるな」
 恐ろしいことにその予想はある程度あたっていた。
「ふふふ、幸せな者は辛いのう」
「何故お主のような者があんな美人の奥方がいるのか本当に不思議だがな」
「まあ妬くな」
「全く。世の中とはわからぬものだ」
「全く」
「ブンドル、お主も早く結婚したらどうだ」
「残念だが私はまだ一人でいさせてもらう」
「何故だ?」
「一人で孤高の美を追い求める。その姿こそが」
 そして言った。
「美しい・・・・・・」
「さて、いつもの台詞が出たところでレーダーに反応があったぞ」
 カットナルが言った。
「戦艦が三隻だ。どれもやたらでかいな」
「では連中か」
「それしかあるまい。どうする?」
「どうすると言っても決まっておるではないか」
 ケルナグールは即答した。
「全力で叩き潰す。それ以外にあるか」
「そう言うと思っておったわ」
「ではお主はどうなのじゃ」
「わしか?わしは最近暇で困っておったところだしな」
「出番がなかったからのう」
「そうではない。どうも最近派手に暴れておらんから困っておったのじゃ」
「そうなのか。で、お主も戦いたいのじゃな」
「うむ。ブンドル、貴様はどうなのだ?」
「私か?」
「そうだ。まさか戦いを避けると言うつもりはあるまい」
「戦いこそは人類の歴史の華」
 右手に持つ深紅の薔薇を掲げながら言う。
「その華を掴まないこと程無粋なことはない」
「では賛成だな」
「言うまでもないこと」
「では丁度島の上だしな。ここいらで戦うとするか」
「待て、この島には見覚えがあるぞ」
「?何処だったかのう」
「沖縄ではないか。忘れたのか」
「沖縄!?ああ、あそこか」
 ケルナグールは思い出したように頷いた。
「確か日本の南にある」
「そうだ、知らなかったのか」
「海が美しい島だ」
「かみさんが行ったことがなかったからのう。忘れておったわ」
「全く。貴様の店も一つ位あるだろうが」
「生憎わしの店は日本ではまだそれ程進出してはおらんのだ」
「そうだったのか」
「破嵐財閥との問題があってな。それで進出は控えておったのだ」
「貴様にしては慎重だな」
「フン、経営に失敗は許されんのだ」
「美は欠かせないものだがな」
「何はともあれよいな。インパクターを出すぞ」
「うむ」
「今回は私がマシンを出させてもらおう」
「何だ、持ってきておったのか」
「用意がいいのう」
「ふふふ。万端に抜かりはない。それでこそ美も引き立つというものだ」
「いつもの台詞はいいから早く出さぬか」
「そうじゃ。もったいぶっておると飽きられるぞ」
「無粋な。間を知らないのか」
「生憎わしは日本人ではないのでな」
「そういうお主もイタリア人ではないか」
「まあいい。ではい出よ、シャンデラー」 
 ブンドル艦からシャンデリアの様な巨大なマシンが出て来た。
「ロンド=ベルを美しく散らすがいい」
「何だ、シャンデリアそっくりだのう」
「また訳のわからんものを」
「どうやら私の崇高な美は凡人には理解されないようだな」
「いちいち理解していては身が持たんわ」
「いいから貴様もインパクターを出せ。わし等はもう出しているぞ」
「・・・・・・わかった。では出すとしよう」
「早くせい」
「見ろ、もう来おったわ」
 ロンド=ベルも姿を現わした。彼等も次々に出撃していた。
「あら、もう布陣しちゃってるわね」
 ゴーショーグンに乗るレミーがドクーガを見てそう呟いた。
「用意がいいこと」
「マドモアゼル=レミー、レディを歓迎する時に準備は欠かせないものなのだよ」
「あんたもいるしね」
「何かいつもいるな」
「暇なんじゃないのか」
「フン、言ってくれるのう」
 カットナルがそれに応えた。
「生憎わし等は他にもやることがあってのう。貴様等の相手ばかりしておるわけにはいかんのだ」
「わしは家にかみさんがおるしな」
「私は美しいものを追い求めるのみ」
「何だ、あの三人はドクーガはアルバイトなのかよ」
 甲児がそれを聞いて言った。
「戦争をアルバイトでするなんていい身分だな」
「誰がいい身分だ!」
 それを聞いてカットナルが激昂した。まずはトランキライザーを頬張りながら言う。
「わしにとってはこれもまた重要な仕事なのだ!決して副業などではない!」
「ありゃ、聞こえてたか」
「おいおい甲児、気をつけなよ」
 キリーが茶化し気味に甲児に対して言う。
「あの三人は地獄耳だからな」
「耳はとにかくいいからな」
「あと目もね。都合のいい身体の構造してるわよね、本当に」
「わし等の身体のことなぞ放っておけ!」
「そうじゃ、それが貴様等にどう関係があるのだ!」
「いや、大いにあると思うけれどな」
「何度撃沈されても死なねえし」
「実は不死身だったりして」
「色々言ってくれるのう、いつもいつも」
「よくもまあネタが尽きんものだ」
「少なくとも美しい言葉ではないな」
「というかあんた達がネタなんだけれど」
 レミーはそう反撃を加えた。
「ちょっとは落ち着いたら?さもないとレディにももてないわよ」
「わしにはもうかみさんがおるわ!」
「わしにも敬愛する母上がおられる」
「私にはマドモアゼル=レミー、君がいる」
「・・・・・・言ったことがわかんないのかなあ」
「わかっていてもそれは多分理解する段階で俺達の考えとは全然違う方向に行くのだろうな」
「またえらく凄い思考回路だね、こりゃ」
「ごたくはいい!やるのかやらぬのか!」
「売られた喧嘩は買うぞ!」
「早く美しい戦いに入りたいものだ」
「あんなこと言ってますけれど」
「どうしますか、大文字博士」
「そうは言っても最早致し方あるまい」
 大文字はグッドサンダーチームの問いにそう応えた。
「元々迎撃の為にここに来たのだしな」
「じゃあやりますか」
「戦いの後はバカンスという条件で」
「沖縄って可愛い娘ちゃんが多いしな」
「キリー、ここに極上の美人がいるのにつれない言葉ね」
「たまには別の花も見たくなるのさ」
「あら、浮気するのね」
「俺は浮気なんてしないさ。いつも本気だぜ」
「それはどうかしら」
「おやおや、信用ないんだな」
「それがキリーの人徳ってやつだな」
「ちぇっ」
「まあ話はそれ位にしていいか」
「了解」
「やるんですね」
「そうするしかあるまい。皆戦闘用意はできているな」
「勿論」
「話が長かったのでとっくの昔に終わってますよ」
「あらら、そんなに長かったかしら」
「これからはおしゃべりもスピード化しないと駄目なようだな」
「女の子を口説く時はゆっくりと時間をかけなきゃいけないけれどな」
「キリー、バカンスの時は程々にね」
「わかってるさ。じゃあ行きますか」
「よし」
 ゴーショーグンが前に出た。それに続いて他のロンド=ベルのマシンも展開する。
「いよいよだな」
「また思いきり暴れてやろうぞ」
「二人共、まだそれには早い」
 いきり立つ二人をブンドルが制止した。
「?どうしたのじゃ」
「まだ出し忘れていたインパクターでもあったのか?」
「そうではない。一つ忘れていないか」
「?何じゃ」
「何かあったかのう」
「音楽だ。戦いを飾るのに美しい調べは欠かせない」
「またそれか」
「で、今度は何なのじゃ?」
「ワーグナーがいいな」
 ブンドルは二人にそう延べた。
「私の今回のマシンにはワーグナーこそが相応しい」
「そんなものかのう」
「ただお主はワーグナーは嫌いではなかったのか」
「それはワルキューレの騎行だけだ」
 そう反論した。
「あれは今一つイメージがよくない」
「映画でも使われておったのにか」
「あれはかなりよかったぞ」
 コッポラの映画『地獄の黙示録』のことである。ベトナム戦争を題材にした映画であり、この映画の中でアメリカ兵達はヘリコプターから攻撃を仕掛ける場面がある。この時アメリカ兵達は音楽をかけていた。それがこのワーグナーのワルキューレの騎行なのであった。元々はワーグナーの壮大な楽劇『ニーベルングの指輪』の第一夜『ワルキューレ』第三幕において奏でられる曲である。神々の王ヴォータンの娘達が現われて槍を掲げながら唄うのである。この楽劇においてもとりわけ有名な場面の一つである。
「戦いの場面によくあっていてね」
「あれは美しくはない」
 しかしブンドルはそれをよしとしなかった。
「あまりにも醜い」
「そうかの」
「それもまた戦争じゃぞ」
「戦争とは華々しく行うものだ。あの様な戦いは美しくはない」
「フン、まあ一般市民を巻き込んだりするのはわしもやらんがな」
「そうだな。お客さんが減るしな。かみさんにも怒られるわ」
 どうやら彼等もまた人間としての心は持っているようであった。ガイゾックとはここが違っていた。
「で、何の曲なのじゃ」
「ワーグナーといっても色々あるぞ」
「ローエングリンだ」
 ブンドルは静かにそう答えた。
「ローエングリン」
「また面白いものを選んだの」
「どういう基準でそれにしたのじゃ」
「物語もいいからだ」
 それがブンドルの返事であった。彼はこの楽劇が好きであったのだ。
 かって狂王と呼ばれた男がいた。バイエルンの王ルードヴィッヒである。彼は子供の頃この楽劇を見て忽ちワーグナーに心を支配された。そして王になるとまず彼を呼び寄せた。それから死ぬまでワーグナーの音楽に耽溺した。あの有名なノイスヴァンシュタイン城を築かせたのもワーグナーの世界に耽溺した故であった。彼はこの城において白銀の騎士ローエングリン、悩める詩人タンホイザーになり時間を過ごしていた。厭世観につきまとわれ、俗世を嫌った彼が愛した世界こそがワーグナーであったのだ。
 オーストリアから生まれ出て欧州を席巻した独裁者がいた。アドルフ=ヒトラー。幼い頃にローエングリンを見た感激を死ぬまで忘れなかった。時間があればワーグナーを聴き、そしてその音楽について考えていた。彼は愛するドイツを救うことが出来るのは自分しかいないと信じていた。そして一度は救った。だがドイツは彼と共に滅んでしまった。まるでワーグナーの世界をなぞるかのように。
 その世界をブンドルもまた愛していた。だからこそ選んだのであった。
「姫を救う為に聖なる城より現われた白銀の騎士・・・・・・。素晴らしいと思わないか」
「まあのう」
「悪くはないな」
 彼等もワーグナーは聴いたことがある。悪い印象はなかった。
「で、そのローエングリンのどの曲なのじゃ?」
「一口に言ってもかなりあるぞ」
 四時間程あるかなり長い楽劇である。ワーグナーの作品は長いことでも有名だ。
「それはもう決めてある」
「ふむ」
「どの曲だろうな」
「第一幕前奏曲だ」
「ほう、あれか」
「中々いいのう」
 透き通った印象の美しい曲である。この作品のストーリーを現わしているとさえ言われている。
「でははじめるぞ」
「早くせい」
「で、指揮者は誰じゃ?」
「フルトヴェングラー」
 ブンドルは自信に満ちた声でそう答えた。ドイツが生んだ偉大な指揮者である。ロマン派を大成した人物としても知られている。ヒトラーも彼の指揮を愛したという。
「これでどうだ」
「トスカニーニではないのか」
「意外だのう」
 案外教養のある二人であった。トスカニーニはフルトヴェングラーと同時代のイタリアの指揮者である。この二人は終生のライバルとしても知られている。ザルツブルグにおいてナチスを巡って激しい論争を繰り広げたこともある。共に反ナチスでありながら政治と音楽は別としてヒトラーの前でも指揮したフルトヴェングラーとそれを否定したトスカニーニ。二人の共通の友人であったもう一人の偉大な指揮者ワルターがユダヤ人であったことがこの関係をさらに複雑なものとさせていた。
「トスカニーニはワーグナーに合わない」
 ブンドルはそう言い切った。




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