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昨日眠かったせいか、今日は冴えてきた。 図書館で本を借りた。読書を頑張ろう。 読書が趣味とは言えない。読書は目標だと思った。
名前について考えていた。お前と名前は似ている。その前は同じ前かもしれない。自分の前にいる存在=相手ってことだろうか。だとしたら名前も、対象に付けるものであるんじゃないか。自分には名前が必要ない。自分の名前というのは相手の為にあるのだ。レッテルである。レッテルは相手が自分にはる物である。しかし自分で自分の名前を自覚していることもある。相手が自分に貼っているレッテルを自覚するのもあるだろうが、自分で自分にレッテルを貼ってもいるだろう。そしてそのレッテルと自分に齟齬が発生すると、理想と現実に苦悩する姿になるのだろう。私の名前はよくネット上で、個性を出そうとしている烏合の衆のHNなどに使われていたり、似たり寄ったり、である。昔は嫌いでもなかったが、今はちょっと複雑だ。最近そのレッテルと自分の齟齬に戸惑っている。そのレッテルが本当に自分を指すものであるかどうか、自信が持てない。かといって他に、自分を指す名前は思い浮かばない。人間としては、肉体でしかない。
返信 2008年08月22日 (金) 03時32分
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