[3] マスター目線婉曲的ニパ受(棚から転載 追記有) |
- 鬱 - 2007年02月08日 (木) 00時26分
その青年が店に来るようになったのは、町の支配者が変わった頃だった。 毎日、開店から閉店まで入り浸っている。 酒代が払えなくなるのも時間の問題だった。 常ならば当然追い出す。 だが事情を知っているだけに強く出られないでいた。
それから間もなく、甘やかすべきではなかったと後悔する事になる。
「金が無ぇなら帰んな」 形ばかり声を掛ける。 「今日は持ってんだ、帰れとは言わせねーぜ」 青年はぼそぼそと答え、俯いたまま片手を机の上に出す。 その手から、握り潰された数枚の紙幣が転がり落ちた。 「…その金どうした」 青年の肩を掴んで問う。 へへ、と彼は力無く笑い顔を上げた。 頬に殴られた跡、酒の所為だけでなく潤んだ目と 乾ききっていない汗で張り付く髪が、余韻を物語っている。 事情を察し、思わず眉を顰める。 突き飛ばすように手を離すと、青年はそのままソファに沈んだ。 「その金でちったぁマシな生活に戻るんだな」 肩越しに言い捨て、仕事へと戻る。 結局、その日も閉店まで居座った青年から金を取る事はしなかった。
“それ”はその一度にとどまらなかった。 店から連れ立って出て行く姿を見かけることさえあった。
閉店後、一通り店を片付けてから青年を追い立てるのはもはや 日課と化している。 「おいあんた、終いだ」 眠っているのか動こうとしない青年に近付く。 不意に腕が伸びてきて肩を組まれた。 酒臭い息が顔を掠める。 「マスター、金の代わりに体で払ってやろうか…なーんてな」 腕を振りほどき、気が付けば平手を食らわせていた。 青年が頬に手を当て見上げてくる。 「帰れ!二度と来んじゃねぇ!」 見開かれた青年の目に、みるみるうちに涙が溜まる。 「か…勘弁してくれよマスター」 青年が俯く。 長い髪が流れ、表情を隠す。 「ここ追い出されたら…オレ、いるとこなくなっちまう…」 青年は手で顔を覆った。 震える肩、漏れる嗚咽。 それらをただ、見ている事しかできなかった。
|
|