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谷口雅春先生をお慕いする掲示板 其の弐

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[715] 魔術の話
伝統 - 2015年07月06日 (月) 19時31分


            *「聖光録」(P109〜146)より


《魔術の話〜その1》

〜 この話を携帯すれば、きっと幸福になる


       ―― 時々読んで心を新たにしてださい ――


私は最近一冊の神秘な魔術的な力をもった書物を手に入れたのである。

その書物の魔術的力はどこから来るかというと善のみ實在であるという
眞理から来るのである。

その眞理の書物はいかにしたらその唯一の實在である善の力をわがものとすることが
できるかということが書いてあるのである。

その書物は第1部と第2部とに分かれている。
第1部の書出しは、グレン・クラーク教授の『牝鹿の脚の話』に
極めてよく似た書出しである。

ある日ハルヨット・D氏があるコーヒー店で一人椅子に凭(よ)って
折から運んでこられたコーヒーのカップに砂糖をほりこもうとして
手を伸ばしたというのが書出しである。

牝鹿の脚の話はあるレストランになっている。

そしてそれははげしく雨の降っている風のつよい日になっていたが、
この物語はやはり風のはげしいみぞれ雪の降りしきるひどい嵐の日になっているのである。

戸ががたがたいう、戸の隙間から冷たい風がぴゅうぴゅう入って来る。
しかしD氏は何となく心が楽しい。

外の降りしきる雪も吹きまくる風も、
心の中に、ただ楽しい感謝の念にみたされているD氏には
なんら影響を与えることはなかった。

D氏は何か楽しいことを夢みながらあついコーヒーをすすっていた、
と扉(ドア)が開いた。
そして扉(ドア)がしまる。入って来たのはS氏である。

S氏は前からD氏の知合いであるが、常に運の悪い、何をしても絶対成功せぬ男で、
それにもかかわらず、普通以上に美術家としての才能のある男なのである。
しかしどういうものか運の悪い続きでいつも生活に困っているのであった。

              <感謝合掌 平成27年7月6日 頓首再拝>

[716] 《魔術の話〜その2》
伝統 - 2015年07月07日 (火) 18時54分



D氏は目を上げてS氏を見た時に、D氏が驚いたことには、
S氏の容貌がすっかり変わっているということである。
何となく光り輝いているのである。

―― こういう表現はグレン・クラーク教授がダン・マッカーサーという旧友に
あのレストランで遇(あ)った時の印象の表現にも極めて似ているので、
この書物はグレン・クラーク教授のあの書物のやき直しであると思ったくらいである。

しかしこの魔術の書の出版の方がずっと古いのであるから、
焼直しでも何でもないといわなければならない。

ともかく今まで貧しくて弱っていたS氏が
輝くような容貌でやってきたというのが不思議なのである。

しかしS氏はやはりまだ前々どおりみすぼらしい服装をしていた。
いつも着ているその外套の襟の折り目はささくれて生地の糸目が見えていた。
そしてそのよごれた帽子も前とは変わらなかった。

しかし容貌が生き生きして希望にみちている。

S氏はその鳶色の帽子を脱いで、はたはた帽子についている雪をはらったが
その身振りもどこか悠々としたどこか新しい雰囲気が感じられるのだった。

今までD氏はS氏と一緒に飲食などしたことはなかったが、
ふとS氏の容貌が輝いて態度身振りのどこかに引きつけるところがあるので、
思わず知らず手真似で「ここへやって来たまえ」と招待した。

S氏はD氏の顔を見てうなずいたがやがてD氏の前の席に席を占めた。

S氏は食卓の上にあるメニューに目を通してのんびりとコーヒーを2人前注文した。

              <感謝合掌 平成27年7月7日 頓首再拝>

[718] 《魔術の話〜その3》
伝統 - 2015年07月08日 (水) 19時32分


D氏はあっけにとられてS氏を見つめていたのである。
D氏もそんなに金があるというわけではない。

自分がS氏にここへ来いといって招待した責任から、
支払いは自分がしなければならない。

さっきのんでしまったコーヒーと、これから二人前のコーヒーの代とは
自分が支払わなければならない。

しかしD氏はそれだけの現金を持ちあわせていないのである。
そこであっけにとられて、S氏のいつもは濁っているのに
今日は特別に輝いている瞳と健康に輝いている頬とを見つめながら、

「君の金持の叔父さんが死んで遺産でももらったのかい」ときいてみた。

「いやいや、しかし僕はマスコットを見つけたよ」と、S氏は答えた。

「マスコットってなんだい? 何かあのぶちのある牛か、それともテリヤのお守りか。」

「うんにゃ」とS氏は首をふって口元までもっていったコーヒーをのまずにいいだした。

「君のおどろくのも無理はないさ、僕は自分自身にすら不思議なんだからね。

僕は生まれ変わったんだよ。
僕は別人になったんだよ。
しかもこの生まれ変わりが最近1、2時間前に起こったんだからね。

僕は前にたびたびここへ見すぼらしい風(ふう)をしてやってきたんだが、
その時は君は僕を尻目にもかけなかったよ。

僕は君が見て見ぬふりをしているんだと知っていたよ。
なぜ君がそんなことをするか、僕も気がついていたよ。

それは君が僕と一緒に食事する金を払いたくなかったんじゃあないと知っているよ、
君がその持合せがなかったからなんだろう。

そこに書きつけがあるが、今日は僕が支払うよ、ありがとう、
もっとも僕は今晩一文(もん)もないんだがね、
しかしこれは僕のおごりにしておこう。」


              <感謝合掌 平成27年7月8日 頓首再拝>

[719] 《魔術の話〜その4》
伝統 - 2015年07月10日 (金) 02時28分


こういうかと思うとSはウェーターを呼んだ。
そして悠々とした態度で食卓の上においてある2枚の勘定書の裏側にサインして彼に渡した。
D氏はS氏のすることをおどろいて眺めている。

S氏は一瞬間だまってD氏の目をみつめていたが、

「僕よりも立派な個性をもった美術家があると思うかね。
いやいや僕が何でもやろうと思ったら何でもやれないことがあるなんて君思うかね。

君はいろいろ新聞の通信員などやっていたが、もう7、8年になるね。
その間に君、僕が今晩まで勘定書にサインするだけでそれでいいなんてみたことがあるかね、
ないだろう。

僕が名前をかけばどこでも通るんだよ。
君はその目で僕を見たんだ。
明日から僕の新しい歴史が始まる。

1ヶ月のうちに銀行には僕の預金がたっぷりできるよ。
なぜってかい。
それはね、僕は成功の秘訣って奴を発見したんだ。」



D氏はまるで狐につままれたようで、あっけにとられてS氏を見つめていた。

              <感謝合掌 平成27年7月10日 頓首再拝>

[720] 《魔術の話〜その5》
伝統 - 2015年07月11日 (土) 04時16分


Dが返事をしないのでSは再び話をしだした。――

「そうだよ、運命というものは自分が造るのさ。
僕は今し方不思議な話を読んだのだ。
そしてそれを読んだ時に僕の幸福はすでに確定的なものになったのだ。

その本は君の幸福も作るよ。
君がしなければならないということは何よりもまずその本を読むことだ。

君はその本のことを何もしらないらしいが、
その本を君が読んだら何事も不可能なことはないということになるんだがね。
それは難かしく見えていたものをすこぶる簡単なABCDにしてくれるよ。

その真の意味を君がつかんだ時に成功は確定的なものになるのだ。
僕だって、今朝目が覚めたときには焼け跡の灰の中にある建物のかけらのように
何の希望も目的もないがらくたにすぎなかったのだ。

しかし今晩はもうすっかり位置が顛倒して僕は百万長者になったんだ。
ばかな冗談を僕がいうと思うか、しかしそれが本当なんだよ。
百万長者はもう仕事に対する情熱が消えてしまっているが、僕のは今ここにすべてがあるんだ。」

「本当にびっくりしたよ」とD氏はS氏がアブサンでも飲んで
よっぱらってしゃべっているんじゃないかと疑いながら
「その君の読んだ本というのはどんな話なんだ、僕にきかせてくれ給え」といった。

              <感謝合掌 平成27年7月11日 頓首再拝>

[722] 《魔術の話〜その6》
伝統 - 2015年07月12日 (日) 02時51分


「きかせてやろうとも、僕はこの話を全世界にばらまいてやりたいんだ。
この本が書かれてそして随分長く印刷されたままで
今まで誰もその真価を知るものがなかったということは実に驚くべきことだ。

僕には何の信用もなかったし、飯をくわせてくれるところもない、
僕は真面目に自殺しようと思っていたくらいなんだ。

僕は今まで仕事したことがある。
3つの新聞社に行って仕事を求めたがみんな断られてしまった。
僕は自殺で立ちどころに生命(いのち)の根をとどめてしまうか
飢餓によって死んでしまうかどちらかを選ばねばならなかったんだ。

ところが今朝その話を読んだのだ。
そしたら僕はすっかり変わってしまったのだ、君は恐らく信ずることができまい。
だが万事は一瞬のうちに変化した、それこの通り。」

「その話というのはS君。」

「それがさ、僕のことの続きだが、今までどこでも断わられたその同じ挿絵をだね、
その話をよんでから後、ほかの編集長のところへもって行くと
どれもこれもよろこんでひきうけてくれたんだよ。」

「その話はね、君に効果があったように他の人にも効果(ききめ)があるもんだろうかね。
たとえば僕にそれが助けになりそうかね」 とD氏は尋ねた。


「君のために? 君のためにならんという法はない。
まあききたまえ、その話をきかしてあげよう。しかし本当は読む方がいいね。
しかしともかく話せるだけ話してあげよう、こういう話なんだがね。」


ここまで氏がいった時、ウェーターがやってきてその話を遮った。
そしてS氏に「電話がかかっていますからきて下さい」といった。

Sはちょっと言訳(いいわけ)をしてテーブルから立って行った。
それから5分後にSは霙(みぞれ)の降る町の中へとびだして行って
姿が見えなくなってしまった。

今までこのカフェーで度々Sの姿をDは見たのであったが
一度だって電話でよび出されるなんてなかったのである。
そのこと自身がすでに彼の境遇が変わっているという証拠だったのである。

―― この話もグレン・クラーク教授の『牝鹿の脚の話』の中で
ダン・マッカーサーがその話をしようと思っているときに給仕がやって来て
「レヴェレンド・ダン・マッカーサー・・・・・・」とよびだして行ったのと
構造を全く同じにしているのである。

              <感謝合掌 平成27年7月12日 頓首再拝>

[723] 《魔術の話〜その7》
伝統 - 2015年07月13日 (月) 04時02分

それから後のある晩D氏は以前大学の学友であって、
今はある夕刊新聞の通信員をやっているA氏に往来で逢ったのである。

それは彼がSに遇ってから約1カ月後のことであったが、
Sのことはもうほとんど忘れてしまっていたのである。

「やあ君、世界はどういうふうに運転しているかね、君はこの空間にまだいたのか」

とAは冗談まじりに心易い挨拶をした。


「やっぱり地球の上にいるよ、しばらくはなおこの町の上に住まいをしていると思うんだが、
しかし君の様子では何事も軌道にのっているらしいね。その話を僕にきかさないか」

とDはいった。

「何物もすべて軌道にのっているよ。それがね。こういうことなんだよ。
君あのS君を知っているだろう。
僕の仕事が軌道にのり始めたのはすべてあのS君のおかげなんだ。

今まで僕は運が悪くて何をやっても旨く行かなかった。
僕がSにあった時には実は君にね、僕の部屋の部屋代を払ってもらおうと思って
君を探していたくらいだったんだ。

ところが君、君に会えずSに遇ったのだ。
ところがSはいい話をしてくれたよ。
それは今まできいた中で一番すばらしい話だ。

その話をきいてから24時間以内のうちに僕は自分の足で立ち上がった。
もう誰のやっかいにもならない。絶対苦労もしらない身分になったんだ」

とAは全く静かな落ち着いた調子でまるで格言でも暗誦するような調子で話すのだった。


そのときDの心の中には
あの嵐の晩にコーヒー店でSが話したあの対話を思い出したのである。
ぜひともその話がききたかった。


「それはすばらしい話に違いない」と思わずDは叫んだ、

「S君にはこないだ会ったんだがね、
それ以来どうしているのか、あの人は今どこにいるのか。」


「1週間200ドルの約束でキューバで戦争のスケッチを描いていたよ。
そしてちょうど帰ったところだ。

誰でもあの話をきいた人はそれから皆よくなっているのは事実だ。
C君にP君に ―― 僕の友達だが知っているだろう。
Cは不動産の仲買いをしているし、Pはあるブローカーの書記をしていたがね。

ところがS君からあの話を聞いたんだ。
そしたらその話の効果といったら僕に効果があったと同じ効果が誰にでもあるのだ。」


「君その話を知っている? 僕にその話をしてみて、やっぱり同じ効果があるか、
一つきかせてくれないか」とDはいった。


「話そうとも話そうとも。これを話すぐらい世界で愉快なことはない。
僕はこの話をね一番大きな太い活字で印刷してニューヨークの高架鉄道の
あらゆる停車場の上にポスターにして掲示しておきたいくらいなんだ。

それはきっと多くの人を救うよ。
それはごく簡単な真理なんだよ。
百姓が農園で生活するように至極簡単なABCてなところだね。

しかしちょっとあそこにC君がいる。
Cにちょっと話さなければならないことがあるんだ、ちょっと1分間待ってくれ給え。」

こういうかと思うとAは自分でうなずいて微笑して行ってしまった。
Cとよばれる人の所でAはちょっと話しているのであったが、
Dはちょっとよそみをして、今度みると二人はその場所からいなくなっていた。

              <感謝合掌 平成27年7月13日 頓首再拝>

[725] 《魔術の話〜その8》
伝統 - 2015年07月14日 (火) 04時02分


本当のことをいうとDは腹がすいていたのである。
その時彼のポケットの中にはただ5セントぽっきりしかなかった。
それは山の手まで行く電車賃には間にあったが、腹をふくらせるには足らなかった。
その山の手行きの電車の中でDは一人の友人にあったのである。

その友人は最近、第八アヴェニューに地所を買ってそこに料理店を開業して
随分はやっている男である。

そしてDが電車にのろうとする時におりかけていたのであるが、
Dを見つけて引き返して次の停留場へ行く間に、
こんなに自分が何でも都合がよく行くようになったのは最近、君の友人である
S君に逢ってS君からふしぎな話をきいたからである、と教えてくれた。

そして彼は次の停車場でおりてしまった。


D氏はだんだんSの話した魔術の話というのが
本当に一種の魔術的力をもっているものと考え始めた。

彼はポケットの中に残っている僅かばかりの釣銭を数えながら、
自分の運命が、もうちょっとのところで自分につかめないような
もどかしさを感じるのであった。

ぜひともあの誰もが運のよくなる不思議な話を
自分もきかなければならないと思うのだった。

彼はポケットをまさぐって、手帳を開いて見た。
どこかにS君の住所が書いてあるかもしれないと思ったからである。
しかし、手帳にはS君の住所は見出すことはできなかった。

彼は最初あの話をきいたカフェーのことを思い出した。
もう時間が大分おそかったがSはあのコーヒー店にいるかもしれない。
彼はコーヒー店に入って行った。


彼はいた、コーヒー店の広いホールのはるかな隅の所に
一群の友人たちにとりかこまれながら彼は何か話しているのだ。

DはSの顔をみた。
Sもその瞬間Dを見つけたらしかった。

「さあやってきたまえ」という様子をした、
しかしもう話をきく機会はなかったのである。
テーブルをとりかこんで6人の人が話をきいていた。

DはS君から一ばん遠い位置に腰かけた。
SはDの目をじっと見つめた。
Sは起ち上がってもう帰ろうとしているところだった。

DはSと一緒に行きたいと思った。
何となしものものしい沈黙がつづき、緊張が一座の上に漂うた。
一座の人々はその目をSの上にそそいでいた。

その原因は明らかであった。
彼はあの話をしていたのであった。
Dはおそすぎてここへ来たのでその話をきくことができなかったのである。

Sのとなりには一人の医者がかけていた。
左側には弁護士がかけていた。
向こう側にはちょっと前から知合いである小説家がいるのであった。
そのほかに美術家や新聞記者等が集まっているのであった。


「お気の毒だがD君」といったのは医者である。

「君の来るのがほんの少しおそすぎたよ。
S君はある話を吾々に話してくれてたところなんだ。
それは全くすばらしい。
S君あの話をD君のためにもう一度してやってくれないか。」

              <感謝合掌 平成27年7月14日 頓首再拝>

[727] 《魔術の話〜その9》
伝統 - 2015年07月15日 (水) 04時03分


「えーそりゃあ、君があの魔術の話をききそこなったのは気の毒なことだ。
実はD君がこの話のことを僕から最初にきいた人なんだもの。
しかもそれはこのカフェーで、このテーブルで話したんだ。

君随分あの晩は荒れたね。
何だったけか、あの晩電話だったね。
そうそう思い出した。

君にあの話を始めようとしてた時にちょうど電話がかかって来ていたんだ。
それからあとで3、4人の人にその話をしたんだよ。

その結果皆勇気が出たよ、僕と同じにね、
単に話というものがあんなすばらしい精神的刺激を多くの人々に与えることができる
ということは全くふしぎな位だ。

しかしそれはほんとなんだからね、たとえばここにこういう人があるね。
その人はブローカーだ。

どうも1カ月間商売が思うように行かなかった、
そしてまさに破滅に瀕しようとしていた。

その時僕はあの人に遇ったんだ。
あの人は悲観のどん底におちていたんだが、僕があの人に例の魔術の話をしてやった。
するとその効果てきめんというわけさ。

それは全く心の外科手術をやるようなもんだね、
もっともその話し方がそこに”こつ”があるんだよ。

その話はすこぶる平々凡々たるものだが、その話し方だね。
―― いやその書き方にあるんだよ。
その本の著者がふしぎな筆致をもって読者を催眠状態にひき入れるというもんなんだ。

すると読者が精神的に興奮する、
それは全く言葉でつくられた精神的強壮剤みないなもんだね。
その科学的説明はここにいられるドクター君にまかしておくとして。」


話はそれで終わって一座はその学理の究明に議論が移って行った。
その話の中にときどき魔術の話の一部が引用されたが、
それがまたDの心をとらえて放さなかった。

全くD氏にとってはもどかしくってたまらないのである。

              <感謝合掌 平成27年7月15日 頓首再拝>

[728] 《魔術の話〜その10》
伝統 - 2015年07月16日 (木) 03時58分


遂にD氏はたち上がった。
そしてS君の片腕をつかむようにして皆の中からS君をひっぱりだした。
そしていった。


「僕はいつでもあの話をききそうになってきけないんだが、
そのため心がもどかしくって気が狂いそうな心持だ。
この一人の親友のことを思ってくれるなら今あの話をしてくれないか。」


「よろしい、ほんのしばらくの間、君に話すのを他の人は赦してくれるだろう。
実はあの話は僕がある町で買った古い切抜き帳にはりつけてあったんだ。
何という本にその話があったんだか原本の名前はない。著者の名前もないんだ。

その切抜き帳をたった三セントで僕が買って偶然にそれを読み始めたときに
僕は非常に面白く感じた。僕はくりかえしくりかえしそれを読んだ。
だからその話をほとんど一字一字まちがえないで話せるくらいだ。

それはふしぎに僕を感動させた。
全くその文章を読むのはある強い人格にふれると同じような効果をもっているんだ。
僕がそれを数回よんだあとで僕がそれに書いてある真理のことを考えてみた。

するともう家にじっとしておれなくなった。
そして外套を着、帽子をかぶると外へ跳びだしたんだ。
僕は愉快で愉快で、きっと数マイルも歩いたかもしれない。

ほんの少し前までは失望のどん底におった私が、
もう嬉しくて嬉しくてたまらないで町中歩いたあげく、
夜になって君に遇ったのがこのカフェーだったのだ。」


ここまでS君が話したとき
突然ユニホームを着た使いの者が一通の電報をS君に手渡した。

それはS君が仕事している社の社長からの電報であって、
すぐ事務所へ来るように書いてあった。
その電報はSの居所がわからないで1時間ももちまわったあげくであったので、
もう一刻も猶余できなかったのであった。

              <感謝合掌 平成27年7月16日 頓首再拝>

[730] 《魔術の話〜その11》
伝統 - 2015年07月17日 (金) 04時06分


「こいつは困った」とS君はいった。

「もう一刻も猶余ができないのだ。君にどうしてあげようか、ここに僕の鍵がある。
僕の部屋へ行ってこれで開けて僕の部屋で待っていてくれ給え。

窓に近い側の洋箪笥(ダンス)の中に革表紙の古いスクラップ・ブックが
入っているからそれを見てくれ給え。
僕はその魔術の話の著者が自分で装幀(そうてい)したと思うんだ。

それを読みながら僕が帰ってくるまで待っていてくれたまえ。」


こういって彼は出て行った。
DはSが与えてくれた機会を見逃してはならないと、
早速Sの住んでいる住居へ行ってそのドアを開けた。

部屋の中へ入って行くと言われたとおりの洋箪笥に古色蒼然たる手製の革表紙だと
思われるスクラップ・ブックが見つかったのである。

詳しい装幀などはここに書く必要はない。
珍しい書体の活字でそのスクラップ・ブックの付録みたいなところに
その『魔術の話』が印刷してとじてあるのであった。

その話の文章は17世紀と18世紀の文体をまぜ合したような書き方がしてあって、
ところどころにイタリックやキャピタルで原著者が書き入れたに相違ないと思われる
註釈が書き入れてある、

これから諸君に対して紹介しようと思うのはこのふしぎな話の概略である。

諸君もまたこの不思議な話を読んで幸福になり、健康になり、
運がよくなってもらいたいものである。

これからがこの物語の第二部に移るのである。

              <感謝合掌 平成27年7月17日 頓首再拝>

[731] 《魔術の話〜その12》
伝統 - 2015年07月18日 (土) 04時21分


 話の主人公というのはナスマッチという人である。――

「余(よ)、ナスマッチはわが生活の体験よりして、
処世上のあらゆる問題に対して成功の一大秘訣を発見したのである。

わが余命すでにいくばくもないと思われるが故に、
吾がもてるその智識のあらゆる恵福を次の時代に分たんがために、
これをここに書き遺すことを賢策であると信ずる。

余はわが表現の、しかしてその文学的価値の結果を弁解しようとは思わない。
しかしかくいうことが後者についてはそれ自ら弁解になっているかもしれない。

わが生涯の業務がペンよりも重いところの工具であったのと、
すでにわが肉体は年古(としふ)りてわが手も頭脳も幾分麻痺してしまっている
ために、余の文章の拙劣なのは止むを得ない。

しかし、余の語るところのものは
胡桃(くるみ)の皮の中にある滋味のようなものである。

その殻のわられようが如何なる形でわられようとも
その滋味がとり出されて有効に使われれば、それで満足すべきである」

というような調子で幾分古めかしく書いてあるのであるが、
私はここに翻訳しようというのではない。
もっとやさしく皆さんに紹介したいと思うのである。

まず簡単にナスマッチ氏の伝記を述べることにする。――


彼の父は船乗り業を営んでいたのである。
ところが所有しているその船を売ってしまってヴァージニアにある新しき植民地に、
ある天国的な空想を描いて入植したのであった。

ナスマッチの生まれたのはその年すなわち1642年のことであった。
「それはもう100年も前のことである」と彼は書いてある。
だから筆者は100歳以上の長寿を保っていたものと思われる。

彼の父は母のすすめるにもかかわらず、今もっていたところの
船乗り業という足場を捨てて、海のものとも山のものとも知れない
新しき植民地の移民となって生活を転換したのであった。

              <感謝合掌 平成27年7月18日 頓首再拝>

[733] 《魔術の話〜その13》
伝統 - 2015年07月19日 (日) 04時22分


ナスマッチはそれについてイタリックの如き文字で次の如き教訓を挿入している。――


「人は彼が今手にもてる機会の中に存在する
いかなる価値をも見逃してはならないのである。

未来に於ける一千の約束も、今手の中に一個の銅貨に比べれば、
無きに等しき価値しかないのである。

今、今もてるものを充分に使いきれ。」


ナスマッチが10歳になった時に母が昇天した。
その後2年後に父もまたその後を追ったのである。

ナスマッチは唯一人孤児として残されたが、
しばらくの間父母の深切な友人がいて彼の世話をしてくれた。
父の残した遺産はその後いつのまにかなくなっていた。

年がいってからナスマッチが考えてみれば、その友人は父を欺(あざむ)いて
従ってナスマッチをも欺いてその財産を横領してしまったらしいのである。

12、3歳から23歳までの中には何が起ったということは
その記録にはかかれていないのである。

その後ナスマッチはボストンに行き、そこで桶屋職人になったと書いている。
船のつく時には木造船の修理大工となって働いたものらしい。

              <感謝合掌 平成27年7月19日 頓首再拝>

[735] 《魔術の話〜その14》
伝統 - 2015年07月20日 (月) 03時44分


ナスマッチの生活の上に幸運がその頃ほほえみかけて来た。
だんだん栄えて27歳の時には自分が雇われていた
その木造船工場の持主になったのである。

しかし幸運というものは痩馬(やせうま)のようなものであって、
鞭でひっぱたいてやらなければ走らないものである。
甘やかしておいてはならないのである。

そこでナスマッチは第二の教訓をイタリックで次の如く書いている。――

「幸運は常にはかなく消え易いものである。
ただそれをとどめておくのは力によってのみである。

もし彼女をやさしくとりあつかうならば
彼女はもっと強い性格の男を求めて逃げてしまうであろう。
(それは私の考えでは私の知っている限りの御婦人と反対である)」


ちょうどそのころのこと、
おそらくナスマッチが自分自身の幸運を甘やかしすぎたためであろう、
突如として幸運が逃げさったのである。

火災が起こって造船所は悉く灰燼(かいじん)にきし、
やけ残ったものといっては黒こげになった道路と借金ばかりとなった。

ナスマッチは知人たちを尋ねて新しき出発のために援助をこうたが、
すべての資金を焼いてしまった彼は、
何人(なんぴと)の信用をも得ることができなかった。

しばらくの中(うち)に一切のものを失ったばかりでなくて
とうてい回復の見込みのない債務を背負ってしまったのである。
おまけに、債務不履行ということで監獄にほりこまれたのである。

ナスマッチがもし癇癪持ちでなかったら
彼は何とかその損失をかきあつめてやりくりができたかも知れなかったが、
彼の短気さがとうとう彼の運命を獄舎にまで引きずって行ったのである。

獄舎で1年過ごして彼は出て来た。
その時には彼はもう以前のような明るい希望にみちた
幸福そうなこの世界に自信をもった人間ではなかったのである。

この時のことについてナスマッチは自分で書いている。――

「人生にはたくさんの道がある。
しかしその大多数は下へ下へと降(くだ)って行く道である。

その角度はあるいは急であったりあるいはゆるやかであったりするけれども、
その傾斜にかかわらずきまって行くところは失敗である。

失敗はどこから来るかというと生命の弛緩(しかん)から来るのである。
失敗はただ墓の世界にのみある。
生き生きと生きているものには失敗はないのである。

方向を一転すれば登ることができる道を、
その同じ道をつたわって降りることもできるのである。

そして、そこにはゆるやかな傾斜の道がある。
それはまわり道であるけれどもある人にとってはいっそう確実で適当している。」

              <感謝合掌 平成27年7月20日 頓首再拝>

[737] 《魔術の話〜その15》
伝統 - 2015年07月21日 (火) 04時03分

彼が一文なしになって、獄から出て来たときに彼はただぼろぼろの着物と
何も役にたたないのでもつことを許してくれたただ一本のステッキとが
彼のすべての持ちものであった。

しかしながら彼には熟練した技術があったのである。
そこで彼は出獄すると高賃金をもらって木工職として雇われることができた。

しかしそれくらいの収入では一ぺん物質的に成功してきた彼を
満足せしめることはできなかった。

そこでナスマッチは心がどうもおもしろくないのである。

その心をひきたてるために、そして今まで受けた損害を忘れるために
晩になると居酒屋へ飲みに行くのが習慣になった。

彼は大酒家ではなかった。
しかし酔っぱらった気持で笑ったり歌ったり冗談やウイットをとばしたりして、
「決していいことはしない」連中どもと遊ぶのがせめてもの楽しみであったのである。


それがナスマッチにどういう影響を与えたかは、
彼が次の如く第四の教訓を書いているのでわかる。――


「努力精進する人々の中に自己の仲間を求めよ。
しからざれば、なまけものの群は汝から汝の精神的エネルギーを
吸いとってしまうであろう。」


              <感謝合掌 平成27年7月21日 頓首再拝>

[739] 《魔術の話〜その16》
伝統 - 2015年07月22日 (水) 08時43分


ナスマッチは居酒屋に出入りして、
毎日その雇主(やといぬし)の目をかすめて遊んでいたのである。

それはむしろ喜びであり雇主をうらぎってやることに興味を感じているのであった。
そしてとうとう彼はその職業を失ってしまったのである。

その当時の彼はけわしい山を惰性の力でかけおりるような状態で、
とまろうと思ってもとまることはできない。
行けば行くほど下向(げこう)の速力はだんだん速くなるのであった。

そして全く彼は浮浪者のような状態にまで堕落したのである。
そこで彼はまた次の教訓を書いている。


「浮浪者と癩病(らいびょう ※ハンセン病のこと)患者とは、
人から嫌われる点で全く同一のものである。

しかしながら浮浪者は完全なる健康をもっているのであって、
彼の状態はただ想像の結果にすぎないのである。
しかし癩病患者はその血液が汚れているのである。」


              <感謝合掌 平成27年7月22日 頓首再拝>

[741] 《魔術の話〜その17》
伝統 - 2015年07月23日 (木) 03時48分


こうして浮浪者にまで堕落してしまったナスマッチはその収入もほとんどなくなり、
毎日食うや食わずで肉体はやせほそるし、魂は骸骨のようになってしまった。

彼は全世界から追放せられたような気がした。
だんだん深い所へ落ちこんで行くような気がするのだった。

併しその時彼に第五の教訓が与えられたのである。


第五のその教訓はとても文字をもって表わすことはできない、
それは実際の出来事によって表わすほかはないのである。


それは寒い晩であった。彼はかつてはそこで雇われておったところの
樽製造工場の裏庭の鉋屑(かんなくず)の中で寝ていたのであった。

彼が目を覚まして見ると彼の前に健康で生き生きした男が
木の切屑を燃やしながら顔を焔に赤々とほてらせて
あたっているのであった。

ナスマッチは目が覚めるとその火にあたりたいと思って近づいて行った。
その男は椅子にかけていたが一脚の椅子を指して掛けろ
というような態度をした。然し一語もいわなかった。

ナスマッチは自分の体があたたまってきた時に
何ともいえない恥ずかしさを覚えてきた。
そして今度は本当に目が覚めたのである。

併しそれからというもの、
いつでもあの夢の中で見た男が自分と一緒にいるのである。
他の人には気がつかないらしい。

しかしナスマッチにはそれが実在の人物であるとしか思えないのだ。


その人物はナスマッチによく似ていた。
しかしまた非常に似ていなかった。

その頬はナスマッチのそれよりも高くはなかったが、
丸みを帯びてふっくらと充実していた。

かれの目は明るく無邪気で希望に満たされており
決心と熱情との輝きを示していた。

その口唇(くちびる)、頬すべての顔の表情は決意そのもののようであり
断乎とした支配力を示していた。

その前にナスマッチは何か恐怖に似た暗いものにみたされて
神経的に顫(ふる)えている自分であった。

その人物の行くところへナスマッチはついて行かずにはおれなかった。
その人物は今までナスマッチが行きたいと思っていた
或る建物の中へずんずん入って行った。

しかしナスマッチはそのドアをくぐることができなかった。
そしてドアの外でその人物の出てくるのをおずおずしながら
待っているより仕方がなかった。

それは彼がかつて取引きしていた或る会社の事務所であった。
今まで仕事を求めて幾度かそのドアの前をうろついた所であるが
入ることが出来なかったのである。

その人物はその事務所から出てくるとやがて又
どこかの事務所へずんずん入って行く。
ナスマッチは外で待っているのだ。

そしてとうとう夕方になる、
その人物は或る有名はホテルの玄関の所で消えてしまった。

夜が来た。ナスマッチは例のとおり樽製造工場の裏庭の
古樽桶や鉋屑(かんなくず)の中で寝る。

それから目がさめるとまた例の人物が出てくる。
そしてその人物に引きずり廻されるように
そのあとをついて行くナスマッチであった。

              <感謝合掌 平成27年7月23日 頓首再拝>

[744] 《魔術の話〜その18》
伝統 - 2015年07月24日 (金) 03時37分

数日の後にナスマッチはその人物に話しかける勇気が出た。

「あなたはどなたですか。」

「私は私というものだ。ここに生きているものだ」と彼は答えた。

「私はおまえがかつてあった所のものだ。
何のためにおまえは躊躇するのか。
私はおまえが昔おまえであった所の彼なのだ。

しかしおまえは彼を見すてて他の仲間に入って行ったのだ。
わたしはお前が見すてた所の彼である。
《神の姿に造られた人間そのものだ》。

そして私は一度お前の肉体を所有していた。
私はお前の肉体の中にお前と一緒に住んでいたのだ。

併し調和した状態ではなかった。
完全に一つにはなりきれなかった。

お前は小さいものであった。
そしてだんだんいっそう利己主義になって行った。
とうとう私はお前と一緒に生活するに堪えられなくなったのだ。

そして私はお前の体からとびだした。
人間の中には誰にでも+(プラス)の人間と−(マイナス)の人間とが
一緒に同居しているのだ。

そしてどちらを尊重するかということによって一方がその人間の支配権を得るのだ。

私はお前の+(プラス)の人間である。
お前はお前の−(マイナス)の人間である。

私は凡(すべ)てのものを有(も)っている。
しかしお前は一切をもっていないのだ。
吾々二人が住んでいた肉体は私のものである。

しかしそれはあまりにも見苦しい。
私には住むに堪えない。
それを浄めなければならぬ。

そうすれば私はお前の肉体に再び入るだろう。」

              <感謝合掌 平成27年7月24日 頓首再拝>

[745] 《魔術の話〜その19》
伝統 - 2015年07月25日 (土) 03時56分


「あなたはなぜ私につきまとって来るんですか」とナスマッチはその人物に尋ねた。

「つきまとうのは私ではない、
お前が私についてくるのだ。
おまえはしばらく私なしに生きることができた。

しかしお前の行く道はだんだん下へ降りる道だ。
最後にどん底の死が来る。
もうお前はその道のほとんどぎりぎりの所へ近づいている。

いよいよぎりぎりが近づいてきたので
お前は是が非でも私が入るようにお前の家を浄めねばならないのだ。
お前のいる所を浄めよ。頭の先から心の中まで綺麗にするのだ。

するとわたしはいつも通りにお前の中に入るであろう。 」


「私の頭はもう力を失ってしまったのです」

とナスマッチはよろめくようにいった。

「心もすでに弱りはてているのです。あなたに修繕はできませんか。」


「きけ」とその人物はナスマッチの上にのしかかる様にして言った。
ナスマッチはその人物の前に倒れて死んだようになった。

その人物の声は厳(おごそ)かに続くのだ。


「+(プラス)の人間にとってはすべてのことは可能である。
全世界は彼に属しているのである。

彼は何ものをも恐れない、何ものの前にも停止しない。
なんら特権を求めない。

彼は命ずるものである。
彼は支配者なんだ。
彼の言葉は命令そのものである。

彼が近づくと反対に逃げてしまう。

彼は山を移して谷をうずめる力をもっている。
彼の行く所、到る所その道はたいらかになる。」


              <感謝合掌 平成27年7月25日 頓首再拝>

[746] 《魔術の話〜その20》
伝統 - 2015年07月26日 (日) 12時07分


おごそかにきこえてくる彼の声をナスマッチははっきり目が覚めてきいていた。
たしかにそれは夢ではない、そう思いながらナスマッチはまたうとうとと
鉋屑(かんなくず)の中で眠ったのである。

そして今度目がさめてみると彼の見る世界は完全に別世界のように見えるのであった。

太陽が生き生きと輝いていた。
小鳥が囀(さえず)っていることが
何時(いつ)になくはっきりと意識に上るのだった。

昨日までふるえていた不確かな弱々しい身体が
今朝(けさ)は活気にみち満ちた健康さが感じられるのである。

彼は自分が眠っている所のうず高い鉋屑を見つめた。
そして、夢の中で起こった出来事を心に思い浮かべたのである。

彼は起き上がった。

そして例日(いつも)の習慣のように毎あさ朝飯をたべる居酒屋の方へ歩き出した。
するとどうしたものか今までこちらが挨拶しても応答もしなかった
居酒屋の人達が愉快そうにうなずくのだ。
数ヶ月間ナスマッチを軽蔑してきた人達が丁寧にお辞儀をして彼を迎えた。

彼は洗面所へ行って口をすすぐと朝飯のところへ出掛けて行った。
それが終わると酒保(しゅほ)へ行った。

そしてその主人公に、「前に私が借りていた同じ部屋を借りたいんですが、
もしふさがっておりましたらその部屋があくまで外(ほか)の部屋でもいいんです。」
こういっておいて彼は大急ぎで樽の製造工場に入って行った。

工場の広場には大きな荷揚(にあげ)馬車があって、
そこの人達は樽を荷馬車につんで港へ運ぶところだった。

ナスマッチは何もいわなかった。
そこにつんである酒樽を手にとると、
荷馬車の上にいて取り次いでいる人夫の手許へ酒樽を次から次へと投げてやった。

それが終わると彼は勝手知った樽製造工場へ入って行った。
そこには一脚のベンチがあった。
長い間使わないと見えて藁ぼこりが一ぱいたまっていた。

それは、かつてナスマッチがこの工場で働いていた時に
使った所の仕事の足場になるもので、そこにかけると
ヴァイスのレヴァに足をかけて桶板をけずり始めた。


それから1時間ほどすると工場主任が工場へ入ってきた。
ナスマッチが働いている姿を見て驚いた様子であった。
そこにはすでに新しくけずったかんなくずが相当つまれてあった。

工場主任はじっと彼をみつめていた。
ナスマッチはなにも口ではいわなかったが仕事の態度で、
「僕はまた仕事に帰ってきたんです」というように見えた。

工場主任はだまって自分の頭をうなづかせて過ぎ去って行った。

              <感謝合掌 平成27年7月26日 頓首再拝>

[747] 《魔術の話〜その21》
伝統 - 2015年07月27日 (月) 03時28分


これでナスマッチの第五のそして最後の教えは終わるのである。

ともかくそれ以来ナスマッチはすることなすこと都合がよく行くようになり、
まもなく他に木造船の造船所を設立してその所有主となって成功したというのである。


そして彼は最後に次のことを書き加えている。


「何にてもあれ善について汝が欲すれば必ずそれは汝のものとなる、
汝はただ手をのばしてとるだけで可(い)いのである。

汝の中にあるところのすべてのものを支配するところの力を自覚せよ、
すべてのものが汝の所有である。」

             ・・・

「いかなる種類のいかなる形の恐怖をも持ってはならない。
恐怖心は−(マイナス)の人間と兄弟分である。」

             ・・・

「諸君が何か熟練した能力があるならばそれをもって世界に奉仕せよ。
世界はそれによって利益を得る。したがって汝もまた利益を得る。」

             ・・・

「日夜努めて汝の+(プラス)の人間と交通せよ、
+(プラス)の人間の忠言にしたがえば失敗するということはない。」

             ・・・

「哲学はただの屁理屈である。世界は屁理屈ではないのである。
事実の集積であることを記憶せよ。」

             ・・・

「汝の手の中にあるところのすべてのことをなせ。
横合いから誘惑する手まねきに従うな。
何人も許可はいらない、自らなせ。」

             ・・・

「−(マイナス)の人間は人から赦しを求めるのだ。
+(プラス)の人間は人に赦しを与えるのだ。

幸運というものは自ら歩むところの一歩一歩の中にある。
それをつかめ。それをわがものとせよ。
それは諸君のものであり、諸君に属する。」

             ・・・

「今直ちに始めよ。上記の教えを忘るるな。
手を伸ばして+(プラス)をとれ。
人生は今が最も厳粛なる+(プラス)の時である。」

             ・・・

「諸君の+(プラス)の人間は今あなたのそばにいるのである。
あなたの頭を浄めよ。あなたの心を強めよ、それは入ってくるであろう。
+(プラス)の人間は今あなたを待っている。」

             ・・・

「今晩始めよ。今人生の新しき旅を始めよ。」

             ・・・

「+(プラス)の人間か−(マイナス)の人間か
どちらの人間が汝を支配しているか注意せよ。
1分間たりとも−(マイナス)の人間を汝の中に入らしむること勿(なか)れ。」



ナスマッチはこういう教訓を書いてそしてその文章は終わっているのである。

私はこれらの教訓が、前途に多望な未来を有(も)つ有為なる青年たちに、
その幸福なる人生航路への指標として役立つことを祈ってやまないのである。


(青年の書・第十七章「内在無限力を発揮する自覚」 として収録されております)

(以上で、謹写を完了いたします)

              <感謝合掌 平成27年7月27日 頓首再拝>



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