「わたしはねー、男の子に月ってつけたい」 ユミコが空を見上げていった。昼の空にはパステルカラーの水色が塗りつけられていて、おまけのように浮かんでいる雲の間にもつきは見えなかった。 「月? 月太くんとか?」 「アオイ。それは流石にダサいでしょ」 「ごめんごめん、だって思い浮かばなかったんだもん」 よほどその「月」が気に入っているのか、ユミコは気分を害したようだった。わたしが肩をすくめてみせると、もう、とユミコは腰に手を当てた。 一つ縛りの艶やかな髪の毛が揺れる。まだ高校生の、鮮烈な風貌。将来の子供の名前、なんていう話をしていても、ユミコはとても「奥さん」を想像できない子だ。わたしはどうだろう。 「クロツキ、とかさ。ヨシツキ、とかでもいいし」 「はー、なるほどね。ま、おしゃれなんじゃない?」 「何よ、気に入らないの? わたしの考えた名前が」 「そういうわけじゃないけど」 「そういうアオイは、子供に付けたい名前ないの?」 ぷんぷんと口を尖らせて、愛らしい怒気を放っているユミコ。問いかけられたわたしはゆっくりと、首を傾げた。
「でさ、特にないんだけどさ。お母さんだったらどう?」 家に帰るなり、忙しなく夕食の支度をする母の背中に問いかけた。振り返った母は、訝しげな視線と苦笑をくれた。 「あんた、ばかね。自分に聞いてみなさい」 ほんのわずかに優しげな笑みをくれてから、母はお鍋に向き直った。数度瞬きをしてから、急に体中がこそばゆくなって、うがいしてくる、と急いで駆け出した。
コメント 2011年06月16日 (木) 23時40分
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