生長の家会員の個人サークル

谷口雅春先生倶楽部

谷口雅宣総裁になってからの生長の家は、創始者谷口雅春先生の本来のみ教え

とは違うものを説くようになりました。そして、本来のみ教えを求める多くの人は教

団を去りました。昭和15年に生長の家が宗教結社になった時の教義の大要は次

のとおりです。

『国体を明徴にして皇室の尊厳を明かにし、各宗の神髄を天皇信仰に帰一せしめ

尽忠報国、忠孝一本の国民精神を高揚し、悪平等を排して一切のものに人、時、

処、相応の大調和を得せしめ、兼ねて天地一切のものに総感謝の実を挙げ、中心

帰一、永遠至福の世界実現の大目的を達成せんことを期す』

生長の家教団は、本来の生長の家の教えを説かなくなり、創始者である

谷口雅春先生の説かれた生長の家の教えが正しく継承されていくのか

危機感を抱いています。生長の家会員自らがその危機感を訴えていくと同時に

教団内において正しいみ教えを学んで行きます。

 

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大アフリカに宗教史上空前の奇蹟・・・(その一) (548)
日時:2013年03月20日 (水) 14時54分
名前:ハスの華




大アフリカに宗教史上空前の奇蹟


(その一)


昭和四十九年十月一日発行「世界に伸びる生長の家」(大型グラフ版)P.0−5より




<< “暗黒大陸”アフリカに今、真の黎明の時が訪れようとしている。赤道直下の西アフリカ・ガーナ共和国、1960年を頂点とするサハラ以南のブラック・アフリカの独立運動の先頭に立ち、1957年・昭和三十二年三月英国領から独立した若い国、ブラック・アフリカで最も近代化の進んだ国―――とは云え数世紀に亘る植民地支配の残した傷跡は余りにも大きなものがある。

「黄金海岸」「奴隷海岸」と言った方が、ガーナと言うより解かりが早い。虐げられ、奪われ続けた悲しい民族の歴史に終止符を打ったのはつい十七年前のこと、解放の喜びはそれだけに強烈なものがあった。

しかし、それにも増して根深いのは、幾世代にも亘った奴隷の記憶である。抜きがたい民族的な屈辱感・劣等感は独立間もないこの国の人々の心の奥深くわだかまっていた。


 丁度そんな時であった。長い英国の支配下にありながら、屈することなく勇敢に抵抗を続けた強大で優秀なアシャンテ族の由緒深い血を享け嗣いだ一人の青年、プリンス・J・ブラックソン師が起ち上がったのは。

 彼は、この国の人々に説くのだった。

「人間は皆、神の子なのだ。民族を超え人種を超えて人間はみな万能なる神の子の愛ぐし子なのだ。目を開け、白人も黒人も皆ひとしなみに神から万能の力を与えられているのだ。智慧も富も能力も。悦べ、讃えよ、この大いなる福音を!」と。

独立の気概に燃える人々は、この人の教えに歓喜した。これぞアフリカに黎明を告げる教えだと。そして以来、今年まで十三年、ブラックソン師の下に次々と十万の信徒が集まった。―――


 ブラックソン師は何故起ち上がったのか。七、八才の頃だった。夢の中に一人の聖者が現れて優しく彼に人間の真実について説き明かすのであった。それ以来、その聖者は幾度となく彼の夢の中に現れて一つ一つ彼の疑問を晴らしてゆくのであった。

そして彼は人間の真実が、実相が、誇らかに光輝く姿を見る日が来た。ついに起ちあがる決意をした。時に、プリンス・J・ブラックソン師二十六歳の春であった。・・・>>(つづく)






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