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宝蔵神社落慶大祭 「奇瑞  本殿にのみ雨」 (1231)
日時:2012年09月08日 (土) 15時22分
名前:一信徒

雅宣総裁の「聖使命」新聞の9月1日号
“自然災害物故者追悼慰霊祭で『大自然讃歌』を読誦”
“宝蔵神社盂蘭盆供養大祭 214万柱のみ霊を奉安”

〉強い雨は、再び思い出される遺族や物故者の悲しみとも、その悲しみを浄化する雨とも思われた。

嘘を書くのもいい加減にしなさい!


雅春先生の宝蔵神社落慶大祭 「奇瑞  本殿にのみ雨」
を是非お読み下さい。


宇治別格本山の歴史より以下引用
------------------------------

宝蔵神社落慶大祭 
盂蘭盆供養大祭

奇瑞  本殿にのみ雨

 十九日の夕刻五時から「盂蘭盆供養大祭」の本祭がとりおこなわれた。この模様を『聖使命』紙はこのように伝えている。
「雅楽『慶徳』とともに祭員が入場、総裁谷口雅春先生、副総裁谷口清超先生も祭員と同じ白の神官衣に空色の袴を召されて祭場に入場される。式は祝詞、修祓、招神歌を経て献饌される。雅楽『皇じょう』の奏されるなか、宝蔵神社に献饌される。祈願文を奏上する久山祭員の声も深く澄み切っていよいよ荘重。やがて招霊に移る。
 四人の祭員とともに神殿に進まれた総裁先生は、生長の家大神、大国主大神、観世音菩薩、地蔵大菩薩、阿弥陀如来の五柱の諸神諸仏諸菩薩を宝蔵神社祭神として鎮座の儀をとり行なわれる。なんという神秘さ。なんという神々しさ。この時、ちょうどこの時、奇瑞が起ったのである。記者の隣りにいた京都の西川さとさんが小さく叫んだ『ああ、雨が』。千葉の井手静子さんもいった『雨、雨』。見ると神殿の屋根にサアッと一条の雨が降りかかっているではないか。まるで雲の切れ目より一条の光が射し込むように、白く眩ゆく一条の小雨が降り注いでいるのだ。勿論雲一片だにない晴天。なんという不思議さだろう。私たちは大祭役員として、或いは取材のため、神殿の最も近い所にいた。だからこの奇瑞を見たのは私たちだけかも知れない。だが、私たちはこの眼で確と見たのだ。魂の奥深くまで刻まれた激し過ぎるほどの強い印象であった」
『生長の家四十年史』には、このように書かれている。
「落慶式につづいて谷口雅春先生御親祭のもとに宝蔵神社祭神鎮座の儀が厳粛に行われた。この儀式中、瑞気みなぎり、谷口先生が入魂の気合をおかけになるや神殿の上に、〝霊雨〟がふりそそいだ」
 宝蔵神社落慶の〝霊雨〟を見た長部真知さん(元白鳩会兵庫県連合会会長・宇治別格本山参与)は、その神秘な体験を次のように語っている。
「宝蔵神社の本殿と大拝殿が落慶の運びとなりました時、余り立派なので暫くは呆然と眺めたことでした。その時の総裁先生の御講話は一段と力が入り、本当にお嬉しそうでした。私は接待係で、お茶やお菓子、おしぼりの準備でスピーカーから聞えてくる谷口雅春先生のお声を聴きながら働いておりました。谷口先生の御神霊へのお祈りが始まったので奥殿に向かって窓を開いたとき、金モールの細い糸が霧雨と共に降って来ました。目を擦って錯覚ではないかと思いましたが、本当に降っているのです。青空の下で雨が降る。どうしても不思議で受付けに電話で尋ねてみましたが、雨は降っていないとのことでした。濡れているのは定規で測ったように、玉垣の内だけクッキリと土が濡れておりました。その後余り神秘なことなので口にしないでおりましたが、一緒に見られた接待係の方々が昇天され、今では私一人の神秘な体験として、当時の接待係としての光栄を胸に生かされている幸福の日日でございます」
 この儀式のもようは記録映画(16ミリ、カラー)に撮影されているが、撮影にあたった関西テレビ(KTV)のディレクター小川晴孝氏(生長の家の信徒ではない)は、
「一瞬の曇りで、レンズの絞りを変えるひまがなくて、そこだけ色が変ってしまいました」
と、霊雨を見たことを証言している。
これは、特に信仰をもつ者だけにあらわれた幻覚というようなものではないことを証明している。確かに映画では、本殿を写したそのときの画面の色が変っている。

つづく

宝蔵神社落慶大祭 「奇瑞  本殿にのみ雨」 (1232)
日時:2012年09月08日 (土) 15時23分
名前:一信徒

この時谷口雅春先生が奏上された祝詞は、次の通りである。

宝蔵神社神殿捧堂の祝詞

 天地の創造主にましまし 神道にては造化之三神とあらはれ 古事記にては住吉大神 また水火津霊の大神とも称へられ 仏教に垂迹しては 阿弥陀 観音 勢至 薬師如来 地蔵大菩薩とも顕れたまひ キリスト教に垂迹しては黙示録にあらわれたる白髪のキリストとも顕れたまひ 時と処と人とに応じて善き御教を垂れ 迷界より悟りの世界に導き給ふ宇宙本源の大神を遙かに拝み奉りて 汝が御教を授かりし信徒達を代表して谷口雅春敬つて白す
ここ宇治川の畔清き丘に大神の鎮宮を創り成し 招ぎ奉りて 大神の御教へを受けしものの内 現世の務を終へ幽世に帰りましし御霊達に御導きを垂れ給はんことを祈願ひ 生長の家信徒同士相集ひ 相計り御殿を創り捧げ奉る 内殿の中央に大神達の鎮ります神殿をしつらえ その左右に紫雲殿と称へる宮在りて 世にて御教を伝へる御業に仕へ奉りたる人々のみ魂を鎮め奉り 更にその左に光明宮 右に宝蔵宮を設けて霊宮聖使命会員並びに信徒達に縁あるものの霊牌を祭祀し奉る これ等諸霊共々に霊界にて御導きを受け大神の御栄えを称へ仰ぎ奉り 人類光明化運動に霊界より挺身せんとするものなり 神橋を渡れば五千人道場あり 人々道場に坐し 大神達を拝し奉り 御教を聴聞し いのちを清むる「いのちのゆには」なり 如何に罪業重く苦海に沈むとも また迷ひ深く暗黒の世にさまよふとも はたまた死の影におびえ恐怖に追わるるとも 一度この「ゆには」に座して御教を受け心浄まり実相を悟りなば忽然として天地開け 太陽の如く光輝く神の子なる自己の実相を見 歓喜と喜びに満ち溢るることを必定なり これこの「ゆには」に於ける御神徳の現れなり これの作りの業は 巧みの長技師四方靖郎にして此の御神殿を大神に捧げ奉らんとして身も心も斎き清めて 一挙一動に大神への感謝と賛美の言葉を籠め 念々誠を尽し 精を極め 愛念深めて修工すること爰に一年余りにして竣工しぬれば 今日の佳き日を選び定めて神祝ぎ 豊寿ぎ 御祭りを仕へまつりて大神に此の御殿を捧げ奉らんとす 庶幾くは御神意も安らかに相嘉納ひ給ひて 今より後は一層に人類光明化運動の道に栄光を弥や増し給ひ これらの諸霊が世界平和に貢献し得て人類悉く道に迷はず争ふことなく清く明き心にて 愈々深く神仏及び祖先を敬い 顕幽相携へて大神の経綸を扶翼することを得るよう導き給へと恐み恐み白す

つづく

宝蔵神社落慶大祭 「奇瑞  本殿にのみ雨」 (1233)
日時:2012年09月08日 (土) 15時24分
名前:一信徒

谷口雅春先生は、この日のことを次のように書かれている。

 宝蔵神社落慶式が終ると、神社の本尊神霊の鎮座式が厳かに執行せられた。
 生長の家大神の神示には、「わが神殿は既に成れり、名づけて、『生命の実相』と称ふ」と示されてあり、また「われに神殿は不要である」とも訓えられており、「神は真理のコトバであるから、真理のコトバを載せた本が神殿である」と教えられているのである。それなのに神社を建てるということは神示と矛盾していると考える人もあるかも知れないけれども、宝蔵神社は、信徒及び、祖先の霊廟としてつくられた神社であって、生長の家大神を祭祀する神殿ではないのである。しかし信徒の諸霊を祭祀する限りに於て、諸霊ばかり沢山祭祀しても、霊界の諸霊を悟りに導き給う神霊及び仏霊の降臨がなければ、迷っている霊たちがウジャウジャしているだけで、長くその迷いの状態から脱することができない。そこで導きの神霊の降下を願う為のアンテナたる役目をするための宝蔵神社の本尊神霊の鎮座式を行ったのである。
 中央に大宇宙神霊の包括的名称たる〝生長の家大神〟なる神名を書し、古事記に幽界大神と尊称されている大国主命の神名を左脇に書し更にその左側に顕幽両界に三十三身に変化顕現して救済に当たらせ給う観世音菩薩を配し、中央の右脇には児童の諸霊を護りたまう地蔵大菩薩の仏名を書し、更にその左側にはクリスト(クスリ人 薬師)として顕幽両界に於て、悩める者を導き癒したまう阿弥陀如来の仏名を書し、それを〝本尊曼荼羅〟として各々その御名を呼び奉ってその神霊の御降臨を請い奉り、本尊両側の紫雲殿及び光明宮並びに宝蔵宮に祭祀せる諸々の霊魂たちを導き給わん事を祈ったのであった。
 その祈りの瞬間、奇蹟的なことが起ったということを私は後で聞いたのである。当日は一点雲もなく晴れ渡っていたのであるが、その瞬間、実にその瞬間、突然、宝蔵神社の甍の上に白く連珠をなして輝く雨が、神社の真上だけに降り、それが終ると、光明燦然と日が射した。この奇瑞を見たのは当日大祭役員をしていた京都の斎藤寿美さん、西川さとさん、森定艶子さん及び西宮の長部真知さんなど数名の白鳩会の婦人と、工事現場にいた一人の職人などであって、それらの人たちはこの奇瑞を同時に見たと言うのだから、
単に幻覚だというわけには行かないのである。講習会中、演壇に咽喉をうるおす茶を搬ぶ仕事に奉仕していた和田節子さん(同志社大学一年生)は、その父君和田英雄氏の話によると、私が鎮座式を終って廊下に出て来ると、祭祀されていた無数の諸霊の姿が私の周辺にアリアリと見えたということである。このような純情な乙女には、時折そのような霊眼がひらくということがあるらしいのである。森定艶子さんなどは、その奇瑞の雨が降ったときは、拝殿の廊下越しにそれを見ていて、どこも一様に近所一帯に降っているのだと思っていたのに、あとで見ると神殿の周囲につんだ四角な石垣の内部だけに真四角にふったあとがあり、石垣の外の地面は全然ぬれていない奇瑞に面して身体がゾクゾクふるえ出したということである。

(『生長の家』誌昭和三十五年十一月号「明窓浄机」より)

宝蔵神社は「金の雨」幽斎殿は「銀の雨」が降ったそうですよ。 (1239)
日時:2012年09月08日 (土) 18時44分
名前:みすまる



宝蔵神社は「金の雨」幽斎殿は「銀の雨」が降ったそうですよ。

一部分だけです。・・だから「奇瑞」なのです。

近隣の人を「殺生」したり、数百人の方の生活を奪ったりはしませんでした。



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