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成功への道 (7592)
日時:2013年04月11日 (木) 04時42分
名前:伝統

     *「光明道中記」(四月十一日 必ず成功する日)より

【天地に満つる大きな清浄な空気 ―― それが得られるのに何故
 吾々は狭い室内からのみ空気を吸う必要があるでしょうか。(『百事如意』)】

不成功な人間が常に呟く言葉は「自分には運がない」という言葉である。
「運さえあれば自分だって立身出世も出来れば高位高官にもなれるのだが」と言う。
そしてとうとうこんな人は生涯呟きながら不成功で終って了(しま)うのである。

併し本当に成功する人は「運は常に自分の掌中にある」と言う。
「時々刻々自分を磨き、自分を伸ばす運だ」と言う。

そして斯う云う人々は常に自分を磨いて時々刻々自分の能力を増大し、
自分を高い位置にまで押し上げる。

常住楽観主義、常住成功主義の人はこんな人である。

運は外にあり、環境にあると思う者はついに成功を失って了(しま)うものである。
運は内にあり、環境は自分の心の反影なのである。

自分の内にある「運」を育てないものは、ついに外に何らの「運」がないことを見出すであろう。
自分の内に深切の心を養わない者は、環境も亦その人に対して不深切であろう。

大抵の人は「私は金が欲しい」と言う。
そんな人は金の方から逃げて行く。

「金が私を欲しがる」ようにならねばならぬ。
その人は諸方から引張り凧(だこ)である。

           <感謝合掌 平成25年4月11日 頓首再拝>

成功とは魂が生長することである (7637)
日時:2013年04月13日 (土) 04時42分
名前:伝統


       *『生命の實相』第七巻生活篇(P57)より

われらが今できる仕事に全力をあげてぶっつかって進む時、恐れることはない。
目先にかえって失敗があらわれてこようとも、それがなんだ。
失敗だと言うことを止めよ。失敗とはなんぞや? 

われらの望むところは、われらに宿っている『生命の生長』することではないか。
『生命(せいめい)』ができるだけ豊富な経験を積んで生長することが本当の成功である。

境遇が便利で安穏でノラクラ居眠りできるような状態になることは、
われらの欲するところではないのだ。
『生命』であるところのわれらにとって創造が悦びだ。生長が喜びだ。

固い運命の岩石に『自己』を彫刻してして行くことが喜びだ。
これが『生長の家』で言う本当の生長だ。

この生長主義をあてはめて考えるとき、われらにとっては成功は
もはや未来に遠く約束されている希望ではないのである。

境遇のいかんにかかわらず、環境のいかんにかかわらず、刻々瞬々が生長であり、成功である。
今、何人(なんぴと)も成功しうるように決定されているのである。

           <感謝合掌 平成25年4月13日 頓首再拝>

潜在意識を浄(きよ)める (7676)
日時:2013年04月15日 (月) 04時54分
名前:伝統


        *「光明法語」(4月15日の法語)より

日本は現在意識では勝つように祈り乍ら、
潜在意識では、「靖国神社で会おう」というように祈っていた。
又みずから「水漬く屍」「草生す屍」になる様に祈っていた。

現在意識で「成功」を願い乍ら、潜在意識には「失敗して、死して靖国神社に祀られる」様に
祈っていたわけだから、その祈りは成就して負けたのである。

必ず「成功」を実現せんと欲するならば現在意識・潜在意識共に、
「成功」を念願しなければならぬ。

その為には神想観して潜在意識の底までも「吾神の子なり必ず成功する」
との念を深く印象せねばならぬ。

        <感謝合掌 平成25年4月15日 頓首再拝>

すべてが成功に変る (7751)
日時:2013年04月18日 (木) 04時57分
名前:伝統


     *「光明道中記」(四月十八日 全てが成功に変る日)より

【自己の内に埋蔵されたる無限無尽の供給を知らないものは
 自己に対して罪を犯すものであります。(『百事如意』)】

若し躓きと見える様な事が起っても躓きと云うものは神の造り給いし世界には無いと信ぜよ。

『躓き』とは本当は『入口』なのである。
どこの家にも入口の門は閉まっているが如く見えるであろう。

吾々は『入口』の前に往って行詰る。否、行詰ったと錯覚するのである。
併しその時には既に奥座敷に近いのである。

吾々は野原を彷徨(さまよ)っているときには少しも行詰らないと感じる。

而も既に成功の玄関に来たときに、その前に直面した『扉』に対して、
『ハテ、行詰った』と錯覚する。

併し、吾々の前に鎖(とざ)されている『扉』は決して、
吾々を閉め出すために鎖されているのではないのである。
それは吾々が当り前に開くのを待っている。

その『扉』を開くには秘密の秘伝も何もない。
ただ当り前に『眼の前にある扉を開く』と云う仕事、言い換えれば、
眼の前に『今』与えられていることを百パーセントの忠実さで実行すると云うことによって、
成功の『扉』は開かれるのである。

『今』をおろそかにする者は『扉』を開かないものである。

生命がそれ自身の本然なる自他共栄の相互活動を行なうとき、
健康になるのは当然である。

        <感謝合掌 平成25年4月18日 頓首再拝>

成功への扉はこうして開かれる (7893)
日時:2013年04月25日 (木) 03時36分
名前:伝統


       *「幸福を招く365章」(P201)より

如何に自分が失敗したかのように見えるときにも、
失敗し切らない魂が自分の内に宿っているのである。
何故なら自分の魂は神の生命であるからである。

不幸が我々の前に立ちふさがり、暗黒が自分を蔽うて手のほどこしようがないと
考えられている時にも、神と直通する道は閉ざされていないのである。

神と我々との間を閉ざしているように見えているのは、
唯(ただ)神を愛しないところの自身の「不信」の念のあらわれである。

神を愛し信念と信仰とによってこの扉をひらいたならば、
直ちに神の光は射し込んで来るのである。

成功への扉は、時として「それは不可能だ」と云う考えを、
「神はわれを愛し給う。神と偕なる自分には不可能なし」と云う信念に置きかえるだけで
開かれる事さえあるのである。

           <感謝合掌 平成25年4月25日 頓首再拝>



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