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体験的信仰論、総括⑥ (4875)
日時:2012年12月21日 (金) 11時29分
名前:中村晃生

2.法灯継承者が必要ないなら、

<教団の「総裁」「副総裁」のポストも必要ない>。


生長の家教団を決定的に間違わせた存在。

それは谷口先生の高みの悟りを開いていない「生半可」な悟り

(?)しか開けていない人間が、周囲から「法灯継承者」と言わ

れ、信徒からは「総裁先生」とチヤホヤされるようになって、

そのうちに「魔がさして」自分も谷口雅春先生と同じことができ

る、同じことをやろうと「無理をした」ことに根本原因がある

と、私は考えています。雅春先生は、頭も良かったが、超人的な

筆力を持っておられた(これは、ご自分の頭脳で考えておられた

のではないからできることなのです。個人の脳力には限界があり

ます。私も、翻訳業をしておりますが、3時間も英語と取り組んで

いると、頭脳が疲労してくるのが、自分で分かります。だから、

私は作業が3時間経ったら休むか、寝るか、コーヒーを飲むか、す

るようにしています。凡人の頭脳は、まあこんなもんです。

しかし、雅春先生の書かれた生の原稿をご覧になると良く分かり

ますが、ほとんど訂正されていない。そのまま一気に書かれてお

られ、所々に後から加筆されている程度。だから、先生の原稿

は、私たちとは違ってすごくきれいなんです。

問題は、何故こんな超人的なことができるのか――ということで

す。

もちろん、万人が出来る業ではない。

こうしたことが出来るのは、実は書いておられる谷口先生の背後

には、その時々の(時務いかんによって変わっておられたようで

すが、)問題担当の守護神、指導神が付いておられ、先生の体を

通して書かれておられたからです(先生も、実際に本の中でそう

書いておられます)。だからこそ先生は「私はあくまでパイプに

過ぎない」と、最後までおっしゃっておられたのです。

こうした神業が出来るのは、普通の人間には出来ません。また

少々行をしただけでも出来ません。

長い間の神様との交流、話し合い、によって神様とのチャンネル

が形成され、いわば常に「神人合一」の境地にまで到達しなけれ

ば、とても出来ない業です。神様から認めていただかなければ、

とても叶わないことです。言ってみれば、谷口先生創業の初期の

ように、周囲に奇跡がバンバン起きるような状態にならなけれ

ば、ならないということです。


したがって、こうした境地にまで清超先生が達しておられたのか

というと、私は多分に頭を傾げざるを得ないのです。(失礼なが

ら)一般信徒よりは、多少良かったという程度ではないのでしょ

うか? だから清超先生の周辺では、あるいは講習会でも奇跡

は、さほど発生しなかった。


ここが、信仰の難しいところなのです(宗教とは違います)。神

様は、総裁だろうが、入ったばかりの一般信徒だろうが、全く差

別はなさりません。ただその人間の「至誠」と「信心」によって

のみ感応される、お応えになる――のです。だからこそ信仰は厳

しいのです。神様には「ウソ」は通用しません。


では、どうすれば良かったのか?

その点、清超先生は自分の限界を素直に認め、

雅春先生の「弟子である」ことに徹すれば、こうした間違いは起

こさなかったのかもしれない。しかし、人々から総裁として祭り

あげられるにつれ、

ひょっとしたら自分も雅春先生と同等の力量があると

「勘違いしてしまった」ように見えます。だから、確かに沢山は

書くのだが、いずれも粗製濫造で、本を読んでいても人に訴える

力が無いのです。

そのうち、「自分は偉い、雅春先生と同等以上の

尊崇を受ける資格がある」――とまで思うに至ってしまった。

ここに「魔」が入り込む隙があったのです。

ここが間違いの根本原因です。


「神人合一」の境地は、万人には到達できません。

まして、住吉大神から認められるようになるまでには。


だとすれば、雅春先生と同じ地位の「総裁」と称することを、

最初から止めればいいのです。


生長の家「総裁」は、谷口雅春先生お一人だけでいい。

後は、なべて「私は雅春先生の忠実な弟子である」で、称号は十

分じゃありませんか。

最近、八ヶ岳教団では、故清超先生のことを「大聖師」と称して

いるとか。霊界にいるご本人も、雅春先生を前にして、時折下界

から聞こえてきる「大聖師」の称号に、「さぞかし迷惑している

だろうなあ」と、感じているのは私だけでありましょうか?

そのぐらいでおわりに・・ (4883)
日時:2012年12月21日 (金) 12時46分
名前:元職員

中村先生にお願いします。

中村先生のご意見やご想像はお一人の感想としてお述べになる事は自由でありますが、本流復活を目指す運動にとって今そのようなご意見を述べられることがはたして良いのかどうか疑問です。

中村先生は元政治家としての立場から述べておられると思いますが、私ども本部勤務を30年近くして清超先生のご指導を受けてきた立場の人間から考えますと、中村先生のご意見にはとても賛同できるものではありません。むしろある種の偏見をもって書いておられるようにすら思えます。

谷口清超先生は大変謙虚に尊師・谷口雅春先生を師と仰がれておられました。わたし達はそれを肌で感じて本部に勤務しておりましたのでね中村先生のご意見を読んでとても悲しい思いがしました。

谷口雅春先生が清超先生を後継者(総裁)としてお選びになった
という厳然たる事実と、現在の雅宣問題を同じレベルで語ることは、ハッキリいって間違っていると思います。
まさか、谷口雅春先生も間違ったと・・・雅宣のようなことを考えておられるわけでは無いと思いますが・・・

味噌も糞も一緒にするなと、怒っている人もいます。
どうか、一致団結を崩しかねない清超先生に対する批判記事は・・そのぐらいでおわりにしてください。お願いします

教えて頂きたいことがございます。 (4931)
日時:2012年12月22日 (土) 18時41分
名前:マリーゴールド


合掌 ありがとうございます。

「法灯継承」という制度と申し上げて良いのでしょうか…。

「法灯継承」というのは、雅春先生御指示のもとに出来上がったのでしょうか?

もしくは、周りの理事の方々で作られたのでしょうか?

合掌再拝。

法燈継承は制度ではありません (4933)
日時:2012年12月22日 (土) 19時29分
名前:元職員

過去記事より転載します。

 法燈継承は正式には龍宮住吉本宮での継承祭で行われるものであり、その継承者候補として副総裁が上げられますが、あくまでも候補者であって面授があったかどうかを示す総裁の文書もしくは発言が無い場合は根拠が薄弱となります。
前総裁は突然亡くなられたわけでもなく、亡くなられるまでその発言を公にされなかった事により、法燈継承者は不明のままであるとすることが妥当だと思います。

 総裁就任だけでも教団のトップになれるのですが、何故に雅宣氏が「法燈継承」に拘ったかというと教規に書かれている以上の絶対的な権限を持ちたかったからだと思えます。

それは、彼が総裁になった後の独裁的な行動や他の谷口家とそれに近い人たちを全員排除したことからも窺えます。
以下、過去記事より↓

一、平成二年、谷口雅宣副総裁が「法燈を継承」?

 先の「聖使命」新聞によれば「先生(谷口雅宣副総裁)は、ご自身が平成二年十一月の副総裁就任時、総裁先生から法燈を継承されたことを明らかにされ(た)」とある(五段目)。つまり副総裁は並み居る本部講師・本部講師補を前に、自らが生長の家の「法燈を継承」したことを明言されたわけである。しかし、もしそれが事実であるとするならば、なぜ副総裁はこれまで十三年間もの永きにわたって、そのような教団の在り方そのものにかかわる最重要問題を、秘匿し続けてこられたのであろうか。また、谷口清超総裁もそのことを何故、一切口外されなかったのであろうか。最も理解に苦しむところである。
  また、仮に「法燈継承」が事実であったとすれば、教団にとって最重大事の発表である以上、当然トップ見出しで大々的に報道するのが自然である。にもかかわらず、「聖使命」新聞には何の見出しもなく、特別記事の扱いもなされていないから、教修会に参加していない大多数の信徒は、そのような重大事があったこと自体に気がつかないでいる、というのが実状ではなかろうか。他の人事であれば、見出しを付け、写真入りで報道するのに、なぜそれをしないのか。

二、谷口清超総裁は「法燈継承」につき一切明言されていない

 前述のとおり、谷口清超総裁が雅宣副総裁に「法燈を継承」されたなどと言われたことは、これまで一度もなかった。しかも今回、雅宣副総裁が教団幹部の居並ぶ前で「法燈継承」の事実を宣言するという、教団史上きわめて重要な場面に、肝腎の谷口清超総裁と恵美子夫人のお姿は見られなかった。つまり雅宣副総裁が「法燈を継承」したというのは、あくまで副総裁の一方的な言い分であって、谷口清超総裁が直接明言されたわけではない。つまり副総裁が「法燈を継承」したということについては、雅宣氏の発言以外に、何も証拠が存在しないことになる。
  総裁・恵美子夫人ともにご健在であって、このような重要な教修会を欠席される理由はまったく考えられない。にもかかわらずこの会に出席されなかったのはなぜか。あるいは欠席されたのではなく、副総裁が総裁ご夫妻の出席を阻止し、総裁の不在のもと、勝手な発言を行ったのではないか。そしてこの発言に対する信徒の反応を密かに窺い、もし信徒から疑問や批判が出てこなければ、それを奇貨として、「法燈継承」を既成事実化してしまう。そのような目論見さえ透けて見えてくる。もしそうであれば、それこそ教団の私物化であり、「雅宣教」の旗揚げということになろう。それにこのような重要な教修会が、なぜ本部以外の、それもよりによって宗教的雰囲気の微塵も感じられない観光地(お台場)で行われたのか、その真意を疑うものである。

三、「生長の家教規」に照らせば、副総裁の「法燈継承」などあり得ない

 教団の憲法とも言うべき「生長の家数規」には、「総裁の任期は終身とする」(第十条一項)と明記されている。したがって谷口雅宣副総裁は、たとえ「総裁代行」として事実上全権を把握していようが、その地位はあくまで「副総裁」にとどまり、「総裁」ではない。他方、教団の前理事長の黒河内潤氏は、先の教修会において副総裁を前に、「総裁」こそが「法燈継承者」であることを明言したという。黒河内氏といえば、副総裁の忠実な代弁者であり、『生長の家相愛会』誌上で再三、本会を名指しで誹膀中傷してきた御仁であるが、その黒河内氏でさえ副総裁の面前で、「総裁」こそが「法燈継承者」であると述べたことになる。そしてこれは、同氏が副総裁をもって「法燈継承者」ではなく、あくまで「法燈を次に継がれる方」と言っていることと完全に符合する(『生長の家相愛会』本年五月号。ちなみに、これは黒河内氏の昨年十一月の講演筆録である)。
 「生長の家数規」では「総裁」は終身であり、しかも「総裁」が「法燈継承者」であることは、黒河内氏の言をまつまでもなく、信徒周知の事実である。つまり「総裁」と「法燈」は一体である。とすれば、「教規」上総裁でもない雅宣副総裁が「法燈を継承」した、つまりすでに「法燈継承者」となられたなどということは、理論的に絶対にあり得ぬことであって、副総裁の発言は黒を白と言いくるめるものである。


“元職員”様、有難うございました。 (4940)
日時:2012年12月22日 (土) 20時35分
名前:マリーゴールド



 合掌 有難うございます。

 元職員様、過去記事を掲載いただき、御教授頂いて有難うございました。


 雅宣氏は「前総裁からの文書等、公の発言がないままでの法灯継承をした」と言えるのですね。

 
 就任後に身内縁者の方をすべて排除されていることから、法灯継承に関する証拠隠滅を図り、身内の方の余計な口出しはシャットアウトしたかった可能性は否定できません。何があったのか真実はすべて、雅宣氏が握っているのですね。

 
 教団会員に、コンサルティング会社がアンケートか何やらの情報収集するそうですが、一番必要なのは雅宣氏自身のコンサルティングですね。

 有難うございました。


      感謝 合掌 再拝


総裁を法灯継承者と捉えるべきではないと思います。 (4981)
日時:2012年12月23日 (日) 23時18分
名前:サンザシ

中村晃生様がおっしゃったように、法灯継承者は信徒一人一人であり、何も総裁だけが法灯継承者ではないという御意見には賛成です。ただ、元職員様のおっしゃったように、清超先生が雅春先生の弟子に徹しておられたのも事実であろうと思います。

総裁というのは、組織がある限りは必要な役職ですが、これは自民党総裁と同じく、代表者としての役割に過ぎず、決して法灯継承者というべきものではないと思います。もちろん法灯継承者の一人ではありますが、禅宗などのような衣鉢を継ぐというのとは違って、信徒組織の長に過ぎないと思います。

この法灯継承を私物化した罪、法灯継承者が一人であると思い違えたことが、今の教団の根源にある罪ではないでしょうか。
中村晃生様の仰られたように、真理は万人のものであり、法灯もまた万人に与えられるものであるという根本を間違った罪が、今の教団の現状を招いたのではないでしょうか。

清超先生は、慢心された訳ではないと思いますが・・ (5009)
日時:2012年12月24日 (月) 22時33分
名前:あめのうずめ

もう随分昔の話ですが、谷口雅春先生がご昇天なされた直後の講習会が、

当時はやりだった写真週刊誌に掲載された事がありました。

私は早速立ち読みしましたが、ガラガラの講習会の会場に立つ清超先生が撮影されていて、びっくりした記憶があります。

見出しもうろ覚えですが、確か・・カリスマ亡き後の、教団の行方は?・・みたいな記事だったように記憶しています。


確かに、もし今、谷口雅春先生が生きていらして講習会をなさったとしたら、

皆様這ってでも行くでしょう!

弁当券なんかどうでもいい。それよりチケットを手に入れられるかどうかという話です。

その一大カリスマであられた谷口雅春先生の後を継いだ清超先生には、

並々ならぬご苦労があったこととお察し致します。


清超先生としましては、この御教えを存続させる為、

盤石の組織を作る事を使命とされたのではないでしょうか?

慢心されたのでは無いと、私は思います。

ただそれが、良い結果を招いたかといったら、話は別です。



実際のところ、組織は拡大しましたが、あまりにも大きくなっていった。

本も増えたけれど、一番良くなかったのは、勉強不足の講師をどんどん増やしていった事だと思うのです。

講師は講習会のチケットノルマがあるので、講師が増えれば増える程、講習会の人数は上がるのです。

今でこそ、派手な講習会は無くなりましたが、その点だけは、雅宣氏を評価したいです(笑)

一体あのお祭り騒ぎのような人集めの講習会は一体何だったのかと、今でも思います。


組織も肥大化してくると、いわば肉体と同じようなもので、それ自体存続したいという心を持ち始めるように思います。

主人公がしっかりしていれば話は別だろうけれども、

もはや主人公がフラフラなので、

今や肉体だけが飲んだり食ったりしているような状態なのではないかと感じています。



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