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[396]ねこ三四郎
そして、続き…これで終わり
師匠である剛内三蔵の異変に気がついたのは少し前だった。もうすぐ後継者選びが始まるんだと楽しみにしていた矢先に現れたのは貴方、光明三蔵だった。
選ばれる自信があったのに、その先を見透かされて後継者として選ばれなかった健邑。 選ばれぬ理由を問いながら師である剛内三蔵に反発するように手を伸ばして────。
鷲掴みにされた手首にはクッキリ痕が残っていた。止めたのは光明三蔵。 反省しろと懲罰房に入れられていた健邑の様子を見に来ていた光明三蔵に気がつき声をかけた。
「そんな柔な顔して、こんな力…出せたんだ、アンタ」
手首の痕を撫でながら、健邑は戸板を挟んで向こう側にいる気配に呟いた。
「手加減したんですけどね…ぁ、大丈夫ですか?」
本当に心配そうに、それでいて健邑の力量に気付きながら柔らかな声が響いた。
「もう少しで…届いたのにさ…」
「ぁ、恨まれちゃいますか私?いいですよ、坊さんですから恨まれることには慣れてますし…ぁでも…そんなに簡単に届いちゃつまらないでしょ?」
「つまらない?」
健邑の問いかけに応える訳でもなく、開いている小窓から紫煙が流れてきたことで、光明三蔵が煙草を吸っていることに気がついた。
「あ、煙草吸います?」
「いらない。」
即答するとクスクスと笑う声が聞こえてきた。
「アンタって面白いね」
「それはお互い様でしょ」
流れる時の速さが止まったように思えた瞬間。 話題を変えるように健邑が尋ねた。
「アンタのその髪型、自分でやるの?」
「え?」
ふわりと揺れた垂れ下がったポニーテール。
「えぇ、これは自分で…でも、三つ網は自分では出来ないので江流に手伝ってもらってますけどね…それが何か?」
「ふぅ〜ん、その髪を解いた姿…知ってるのはその子だけ?」
しばらく途絶えた光明三蔵の声に、健邑の心が揺れた。
「……ぁ…」
小さく何かを思い出したように光明三蔵が声をあげた。その声に、やっぱりほかに誰かいるのだろうと思わず小窓を見つめてしまった健邑。
「…いました、もう一人……」
「そっ、やっぱりね……その子だけじゃなかったんだ」
再び途切れた光明三蔵の声が、小さく吐息をついたのがわかった。
「……私が……」
その応えに戸板の向こうで健邑がぷっと吹き出して笑い声をあげた。
「アンタってさァ、やっぱ天然?」
よくもまぁ、こんなのが最高僧になれたものだと健邑の楽しそうな声につられて光明三蔵が頷いた。
「それは……私と付きあってみないとわからないことですね」
返事に詰まったような顔をした健邑が、小さく舌打ちをしてから息を吐いた。
「参ったなぁ、毒気にあてるつもりだったのに」
逆に当てられたとは口が裂けても言えやしない。
その夜、密かに呼ばれた健邑が向かえと言われた場所に、髪を解いた光明三蔵がいた。
「江流がいない時は、一つ結びなんですけどね。貴方が見たそうだったから」
そう言いながら健邑に向かって後ろを向いてみせた。懲罰房に入っていた健邑を剛内三蔵に頼んで出させ、無防備に向けた背中に垂れる光明三蔵の髪を、触れていいものなのかと櫛も持たずに触れようとする健邑の姿を照らしている灯籠の火。
「ほら、そうやってまたアンタは誘ってくるんだから」
「いぇ、誘ったんじゃなくて……」
そんなことなど関係ないと振った首から覗く光明三蔵の白い項────。
「踏み込んできたんですよ、貴方もココに…」
柔らかな笑みを零し自分の胸に手を当てる真似をしてみせた光明三蔵に、健邑の目が少しだけ嬉しそうに笑っていた。ただそれだけの出逢いからはじまったことだとは本当に誰も知らなかった。 END
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2004年04月16日 (金) 23時16分
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