From:じゅりんた(8) [関東/51歳から60歳]
1996年 新潮社刊
読んでも読んでも読み終わらない。だからといって読むのに飽きるのではない。むしろその逆で、叶うならばいっそいつまででも読み続けていたい。
池澤文学の最高峰に位置する作品と言ってもいいのでは。斯く言う私はすべての池澤作品を読んではいないのだから断定するわけにはいかない。
この作品は平成5年(1993年)に刊行された。耽美派の巨匠谷崎潤一郎の名を冠す谷崎賞を受賞している。いかにも納得がいく受賞だと思う。
マシアス・ギリとは大統領の名前。南太平洋に浮かぶいくつかの島々からなる小さな国、ナビダート民主共和国。
その国の大統領になったマシアス・ギリのそれまでの人生のハイライトを挟みながら、現在進行形で大統領の行動を追う展開。しかしこれだけに終わらない。
この国の成り立ちから、神秘的な祭礼のこと、日本から来た戦没者慰霊団のこと、バスの失踪のこと、過去から姿を現す亡霊のことが興味深く書かれる。
さらに天皇制のこと、予知能力を持つ若い巫女のこと、メルチョール島に伝わる大魚のこと、朝な夕なの鳥のこと、大航海時代のこと、高級娼館と居続ける二人の男のこと、日本からのODAのこと…。
すべての物語が有機的につながり、一切の無駄がない。それでいて緩まずあせらず物語が運ばれてくる。
池澤文学の特徴がこの地球上に引き継がれている豊かな自然環境を文章の中に見事な筆致で溶かし込む事にあるのだとするならば、この作品ほどその特徴に覆われた作品はないだろう。
文庫版の586ページ後ろから2行目。その行から始まる大統領の視線に従い、594ページの9行目までを読み終えた時、私の瞳には涙があふれてしまった。
もはや大統領でいる必要性はなくなった。個人としての役割は薄れている。薄れれば薄れるほど気持ちが落ち着いてくる。それはあたかも神の領域へ一歩ずつ近づいているかのようだった。
メルチョール島が地図に載ってないのが何故なのかわからなかったが、読み終えて本を閉じた時に目に飛び込んできた。
そうかこのカバーのイラスト、この島こそがメルチョール島か。美しいその姿にまばたきすら忘れてしまった。
2009年06月09日 (火) 10時12分
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