From:じゅりんた(8) [関東/51歳から60歳]
1999年 文芸春秋刊
バッハのカノン、この作品では「フーガの技法」に収められている「反行と拡大による2声のカノン」が何度も演奏される。演奏されるというより、主人公たちの耳に鳴り響くのだ。カノンとはフーガを発展させた音楽形式であり、分かり易くいえば、輪唱のことだという。カノンがこの作品の主題になっている。
芸術としての音楽の遙か高き頂点を目指す若者たちが出会った。彼らは音楽を演奏することでしか愛のメッセージを伝え合うことが出来なかった。彼らはあまりにも若かった。そして純粋だった。
ここまではいい。物語はその出会いと儚い別れから20年の月日を経て、ホラー小説になってしまった。
幽霊が出てきたり、幻覚や幻聴が頻繁に起こる。いったいこの作品は何を描きたいのだろう。読んでいるうちに、主人公たちの気持ちが読めなくなった。ただひたすら筋だけを追っていた。
登場人物の心がそれぞれバラバラで、まとまりがつかない。何が大切なことなのか、なかなか見えてこない。それなのに、作者の筆運びが見事なので退屈はしない。ぐいぐい読んでしまう。
どうしても理想を高く掲げてしまう。現実は捨て去るべきものだろうか。家族と同じ時間を共有すること、夫婦でもっと分かり合うこと。そんなことはどうでもいいというのだろうか。
気高い音楽家の心意気を理解出来ない。悔しいというわけではないが、少しばかりいじけるのだ。
2008年09月21日 (日) 21時19分
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