私は先輩恐怖症だ。どうしても先輩と距離をおいてしまう。先輩を信じられない。中学の時のことが頭をよぎる。治したいけど、どうやって治せばいいのかわからない。
原因は三年前にさかのぼる。私は中学一年生でソフトボール部に所属していた。入部してからは先輩に怒られてばかりだった。怒られるたび、『礼儀がなってなかった』と自分でも反省し、練習に励んでいた。だから、怒られるのは平気だった。逆に、怒られたのをバネにして練習していた。でも、何ヶ月かがたったある日、確か、一コ上の先輩が林間でいなかったときだったと思う。練習を終え、部室に戻り、制服に着替えて外で先輩を待っているとき、先輩の声が私の耳に届いた。そのとき、妙に嫌な予感がした。 「亜美チャンちょっと調子乗ってない?」 「わかる。皆より少し早めにはじめて、少し上手いからってさ」 「ウザイよね」 衝撃だった。そのくらい普通ならどおってことない。でも、キャッチボールのペアで、優しくて、親しくしてくれて、すごく慕っていた先輩までも一緒になって私の悪口を言っているのが聞こえた。その会話は私しか聞いていなかったから、聞かなかったことにした。誰にも言わず、心の奥に閉じ込めた。それ以来、私は親しくしてくれる先輩や、優しい先輩を信用しなくなった。 そして、先輩に見せる顔や笑顔を「作りの顔」にした。そのおかげで、作り笑いが上手くなった。先輩に対し、本気で笑ったことはほとんどない。先輩は私の笑顔が偽の笑顔だなんて知らないだろう。 その先輩も引退し、一コ上の先輩の代になり、試合に出るようになった。怒られ、嫌われ、また怒られ・・・。そんな毎日が続いた。 先輩は私たちに対して差別をしていた。自分のキャッチボールのペアの人には優しくて、よく話して、笑っていた。私はペアがいなかったから、そんなこと一切なかった。でも、私以外にもペアがいない人は二人いた。一人は小さくて、可愛くて。もう一人は面白くて。そんな二人は先輩に好かれていた。私は一人で孤独を感じていた。心の奥にしまっていたはずの思いが、そして、あの会話が頭の中によみがえってきた。 それでも、私はソフトボールが好きだった。だから、ソフトボールにしがみついて生きてきた。時には先輩にかまってもらおうともした。でも、そんなこと無駄で、もっと嫌われてしまうのが怖くて、だんだん先輩を避けるようになった。
それらは、後輩が入ってくる前の話。だから私は、後輩の憧れになれるようにがんばった。私の逃げ道は同学年にも先輩にもなかったから。後輩に逃げていた。 ソフトボールをしている時は何もかも忘れることができた。ソフトボールに夢中なふりをして、先輩と向き合わないようにしていた。 先輩が私のことを嫌いなら、私も先輩が嫌い。先輩が嫌いなはずなのに、同級生までもが憎らしくなってきて、同級生にまでも素顔を見せなくなっていた。
いつどこで悪口を言っているかわからない先輩など、信用しない方がいい。親しくすればするほど辛くなるのは自分だから。嫌われるならそれでいい。親しくしなければ辛くなんかない。先輩が引退するのを待つだけ。もう、傷つきたくない。お面をかぶるのも疲れた。 先輩がいても、何のかかわりもなく、ただの先輩、後輩の関係なら楽しいのに。笑顔も素顔も見せたくない。誰にも・・・。 だけど、ソフトボールは団体競技だから。それに、高校の先輩には何の罪もないし、過去には何の関係もない。だから、早く治したい。治したいのにどうしても体が勝手に動く。先輩から離れようと、先輩の目を見ないようにと。 それでも、少しずつでいいから、先輩に近づけるといいな。これからどうなるかはわからないけど、できるだけ、ソフトボールを通じて、先輩との距離を近づけていきたいと思う。先輩恐怖症を克服するには、勇気を出して一歩ずつ近づくしか方法はないから。それまで、先輩が待っていてくれるといいな。先輩を信用できるようになるまで。
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