Lawrence Wright “ The Looming Tower “ アルカイーダがエジプトに生まれてから9・11に至るまで、緻密に検証し、客観的に叙述している。この問題になると、大統領以下のアメリカ人が示しがちなヒステリーは全然ない。 イスラム教が21世紀を揺り動かす一大要因であることは間違いないし、その鬼子たるアルカイーダが、アメリカの相次ぐ失政にも助けられて、ますます活動を拡大するのも避けられない。 日本人として一番不案内なこの分野への最適の道標になる。
Alan Greenspan “ The Age of Turbulence” 1987年、いわゆるブラックマンデー(世界同時株安)直前にFRB議長に任命され、以降ロシア・アジアの通貨危機、そして2001年の9・11同時多発テロと、誠に狂乱の時代19年間その職にあって、共和党だけでなく民主党の大統領からも再任されたのは、彼のエコノミストとしての力量とその彼に対するアメリカの信頼感を遺憾なく示す。 1.アメリカンドリーム ニューヨーク下町で、離婚した母親一人に育てられ、クラリネット奏者・ジャズマンとして世に出ながら、経済学を学んでコンサルティング会社を興し、エコノミストとしての道を歩む。 ブッシュ大統領を始め、世襲が目立つアメリカにあって、今時珍しいアメリカンドリームの体現者である。 2.神の見えざる手 彼はアダム・スミスの信奉者で、本書にもっとも多く引用される人名はスミス、次いでウィンストン・チャーチルである。計画経済や経済統制には絶対反対する。これは、ソ連崩壊の前後にその実態を親しく見て、 その過ちを確信したことにも裏打ちされている。欧州に盛んなヘッジファンド規制にも反対で、「そのバランスシートは時々刻々変化する。規制など不可能」と明言している。 3.教育再生 初等中等教育、特に数学力を再生させることが、「アメリカ経済が成長を続ける絶対条件だ」と、これだけのエコノミストが、教育再生を強調しているのも興味深い。 4.各国論 各国首脳との交流を踏まえて、世界各国の命運を占っており、これも本当に面白いのだが、ここでは3国だけ紹介しておく。 (1)中国 資本主義化の努力は評価しつつも、「中国共産党が、権威主義的な、資本主義じみた体制を暫くの間維持することはできようが、民主主義のプロセスという安全バルブを持たない限り、そんな体制が長続きするこ とはないだろう」と予言する。中国が崩壊したら大変だが、こんな不自然で手前勝手な体制が長続きするはずはない、とは私も同感である。 (2))インド 「世界最大の民主主義国」であり、大きな可能性を秘めていることは認めつつ、反面、イギリス由来のフェビアン社会主義が、カースト制度と並んで、会社経営をもがんじ絡めにしており(例えば従業員解雇は事実 上不可能)、かような面の抜本的見直しなしには多くを期待することはできない、とする。 (3)日本 戦後復興のすばらしさ、経済大国の一つとして繁栄を続けるのは間違いない、と好意的に見つつ、その文化も経済政策も欧米とは全く異なるメンツ重視のものであるとし、これが80年代の金融危機回復を大きく 妨げた、として、宮沢喜一元首相との対話を紹介する。日本では欧米かぶれとされがちだった彼を、典型的日本人としているのも興味深い。また、日本における「団塊の世代」退職問題が、アメリカを始め全ての先 進国共通として、その対策を述べてもいる。 世の常の成功者の回顧録などとは異なり、FRBの調査マンたちを駆使しながら、正真正銘彼自身の手になるもののようで、日本経済新聞社から邦訳も出ている。一読の価値在り。