生長の家会員の個人サークル
谷口雅春先生倶楽部
谷口雅宣総裁になってからの生長の家は、創始者谷口雅春先生の本来のみ教え
とは違うものを説くようになりました。そして、本来のみ教えを求める多くの人は教
団を去りました。昭和15年に生長の家が宗教結社になった時の教義の大要は次
のとおりです。
『国体を明徴にして皇室の尊厳を明かにし、各宗の神髄を天皇信仰に帰一せしめ
尽忠報国、忠孝一本の国民精神を高揚し、悪平等を排して一切のものに人、時、
処、相応の大調和を得せしめ、兼ねて天地一切のものに総感謝の実を挙げ、中心
帰一、永遠至福の世界実現の大目的を達成せんことを期す』
生長の家教団は、本来の生長の家の教えを説かなくなり、創始者である
谷口雅春先生の説かれた生長の家の教えが正しく継承されていくのか
危機感を抱いています。生長の家会員自らがその危機感を訴えていくと同時に
教団内において正しいみ教えを学んで行きます。
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「森のオフィス」インターネット本部講師のブログ紹介C (2432) |
- 日時:2013年11月08日 (金) 14時07分
名前:不思議庵の住人
東京から「森のオフィス」へ移住した本部講師の皆さんは、どのような「自然との共生」の生活を送っておられるのでしょうか? 本部公式サイトのなかの「インターネット講師・ポータルサイト」から、記事を書き込んでおられる方のものを紹介させて頂きます。
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インターネット本部講師:小林光子氏
http://mk-sni.cocolog-nifty.com/
<プロフィール> 私は小林光子です。「生長の家」の本部講師です。このウェブサイトは、「生長の家」の真理普及のために開設していますが、内容や発言は、すべて私本人の責任において書いています。 ですので、私は「生長の家」を代表する者でもありませんし、私の発言が「生長の家」の見解ではありませんので、ご了承ください。不明の点がありましたら、私までお問い合わせくださいませ。
<最近のブログ記事>
@ 10月15日、オフィスで必要なもの――最近、懐中電灯を購入しました。というのも、暗くなってから帰宅する場合、オフィスの玄関からバス停車場所まで暗い道が続くので、足元を照らさないと危ないと思ったからです。毎日、かばんの中に懐中電灯を入れるようになりました。そして逆に、鞄に入れなくなったものがあります。それは、クレジットカードなどのカード類です。都会で暮らすときとは、必要なものが違ってくるのだな、と感じています。
A 10月21日、夜のお弁当――山梨の“森の中のオフィス”には食堂があり、昼食そして夕食をいただくことができます(もちろん、有料です)。しかし、申し込みが基本的に5日前まで(キャンセルは3日前まで)なので、その日に仕事の都合等でいただきたいと思っても、なかなか対応が難しいということでした。最近、忙しい日が続き、夕食を申し込めばよかったのですが、なかなかそこまで気が回らず、かと言って東京・原宿のように近くにお店があるわけではないので、とうとう昨日は夕食用のお弁当を持参しました。お弁当といっても玄米と漬け物です (^_^;) 昨晩は少し食べる量が減ったせいでしょうか、今朝は体の調子がよく、今日も同じお弁当を持ってきてしまいました。夕食のためのお弁当は始めてなので、少し違和感がありますが、これもいいな、と思い始めました。画像は今朝写した、オフィス敷地内の川です。普段は水が流れていないのですが、昨日の雨のせいでしょうか、やさしいせせらぎが聞こえました。
B 10月25日、『白鳩』(No44)を読んでいます――生長の家本部編集の月刊誌『白鳩』(11月号)を読んでいます。今回の特集のテーマは「地域とともに生きよう」ですが、生長の家白鳩会総裁 谷口純子先生のご文章「人とつながる価値」が印象に残りました。東京原宿と北杜市の郵便局をくらべられるなどして、都会における人間関係の希薄さなどを指摘していらっしゃいました。私も東京から韮崎市に引っ越し、この月刊誌を夜の8時すぎに受け取りましたが、その時配達して下さった宅急便のお姉さんが、“いつもこの時間なの? 普段はどれくらいにお帰り? 今日は残業?” と、次回以降の配達の参考として聞いておきたいような雰囲気だったので、嬉しいなぁ、と思ってしまいました。東京だったら機械的に再配達の依頼をするだけですが、ここでは一人一人の生活にあわせて(配達時間をみはからって)来てくださるのかもしれない、と想像してしまいました。これも“つながり”かな、と思ってしまいました。
C 10月27日、人とつながること――生長の家本部編集の月刊誌『白鳩』(11月号)には、「地域とともに生きよう」という特集テーマで、お二人の方が紹介されていました。そのうちのお一人が82歳になる近藤保子さん(広島)です。昨年までの6年間、恩返しの心で地元の老人会の会長を務めてこられたということですが、お写真からは、皆さんから信頼され親しまれている近藤さんの様子が伝わってきました。素晴らしいな、と思うとともに、私は『里山資本主義』(藻谷浩介著)の「”無縁社会”の克服」(第4章)を思い出しました。ここには広島県庄原市の熊原保さんの取り組みが紹介されています(207頁〜)。空き家が目立つこの地域で、熊原さんは、お年寄りのつくった野菜を、施設で使ってもらうこと、そしてお年寄りにいきる張り合いをもってもらうこと、地域通過を導入し、お母さんと子どもも生き生き暮らせる環境を作り出すこと、お年寄りの交流の場をもうけること・・と、「人のお役に立つ」場を作り上げ、お金をかけずに手間をかけることに価値を見いだす、そうした地域づくりをされてきました。そして、ヨーロッパの福祉先進国であるフィンランドから女性の大学教授2人が視察にこられ、”これは素晴らしいアイデアであり、社会的革新です。衰退する地域や農村が生き残るチャンスを示しています”と絶賛された、と書かれてありました(230頁)。かつては、田舎の人付き合いがわずらわしくて、都会にあこがれた、という人も多かったのではないでしょうか。しかし今はむしろ、人のお役に立つ、他を思いやる、というよい面に着目して、それを実践してゆく必要があるのではないか、と感じました。
D 10月28日、“森の中のオフィス”で5年祭――本日は、谷口清超大聖師の5年祭が執り行われました。晴れ渡る青空、そして、美しい紅葉のなかで行われたみ祭りには、主に職員と家族らが参加しました。谷口清超大聖師に感謝しながら、焼香させていただきました。式典の最後に、生長の家総裁 谷口雅宣先生がご挨拶くださいましたが、一職員として、“もったいないな”と思うくらい、ありがたいお言葉をいただきました。総裁先生に心から感謝申し上げます。ありがとうございます。画像は、“森の中のオフィス”の向かい(道路をはさんだ向かい側)にある紅葉です。美しくて、皆、写真を撮ってました。
E 10月29日、『いのちの環』(No.44)を読みました――生長の家本部編集の月刊誌『いのちの環』(11月号)を読みました。今回は”すべてを生かし合う農業”というテーマで特集が組まれていました。生物多様性を損なわないような方法でお米づくりなどをされている福元さん(徳島県)と、有機農法に積極的に取り組む山本さん(愛知県)のお二人が紹介されていました。特に福元さんの、オタマジャクシを死なせてしまうことになる「中干し」(土用の時期に水を切るもので、徳島県ではこの方式が主流とのこと)はしないほうがよいのではないか、というご意見にとても興味を覚えました。というのも、生物多様性を保つことにより、必要となる養分(肥料)がおのずと備わってくるという稲の育て方を紹介する本を以前読んだからでした。今後、農業においてもっと生物多様性が注目されたらいいのではないか、と感じました。画像は今朝写したものです。土に還っていく姿も美しいな、と思いました。
F 11月1日、今年は蚊が・・――生長の家本部編集の月刊誌『いのちの環』(11月号)の生長の家総裁 谷口雅宣先生のご文章「正しい事実を伝えよう」には、函館のスルメイカの被害や、サンマの高値など、海水の温度上昇による漁業の変化のようすが紹介されていました。先日、新潟の母と電話で話をしたとき、”今年は蚊が多くてなぁ〜。畑に行って仕事しようものなら、あっという間に藪蚊がいっぱいつくがらやぁ〜。聞いてみたら、どこんちもそうげらなぁ〜。”と、さすがの母も畑にでることをためらうようでした。総裁先生のご文章を拝読して、これも気象が変化してきているせいだろうか? と思ってしまいました。私は畑にでるわけでもなく、蚊にさされてつらい思いをするわけでもない・・で終わるのではなく、異常気象を無くしていけるよう、現状を正しくとらえ、できることから取り組んでいかなければならないと思いました。
G 11月2日、通勤バス――画像は、昨日写したものです。長坂駅から“森の中のオフィス”へ、電気バスに乗って通勤しています。だんだんと、紅葉が美しくなり、写真を撮り続けていたら、オフィスに到着していました。5枚目の画像の左側は、“森の中のオフィス”の駐車場になります。
H 11月5日、生長の家本部編集の月刊誌『日時計24』(11月号)を読みました。今回の特集テーマは「それって、あなたの人生に必要ですか?」です。たくさんの物に囲まれて暮らす現代人の生き方について考えてみよう、というテーマのようです。ここには、断捨離トレーナーとしても活躍していらっしゃる近藤さんや、新築した自宅に薪ストーブを置いた埼玉在住の若林さんが紹介されていました。物を大切にされるお二人で、素晴らしいなと思いました。一方でふと、物を大切にすることは素晴らしいことだろうけれども、それでは景気が回復しないのではないか? と考える人もいるかもしれないと思いました。そして、『里山資本主義』(藻谷浩介著)を思い出してしまいました。 この本の著者・藻谷氏は、”筆者は、今日本人が享受している経済的な繁栄への執着こそが、日本人の不安の大元の源泉だと思う”(251頁)と指摘していらっしゃいます。
I 11月6日、『里山資本主義』(藻谷浩介著)の252頁には次のように書かれています。 ”マネー資本主義の勝者として、お金さえあれば何でも買える社会、自然だとか人間関係だとかの金銭換算できないものはとりあえず無視していても大丈夫、という社会を作り上げてきたのが、高度成長期以降の日本だった。ところが繁栄すればするほど、「食料も資源も自給できない国の繁栄など、しょせんは砂上の楼閣ではないか」という不安が、心の中に密かに湧き出す。この不安は理屈を超えたある種の実感として、成長の始まり以来ずっとそこにあった(後略)” そして、その不安が、”心の奥底で自暴自棄になって”、原発再稼動などの”刹那的な行動”に出てしまうのだろうと説明していらっしゃいました(277頁)。なるほどなぁ、と思ってしまいました。本気で原発の再稼動や公共投資の乱発が良いと思っているのか? と怪訝に思っていましたが、なるほどな、と思いました。そして、著者は、254頁で、次のように書いていらっしゃいます。”経済的な繁栄への執着を捨てられれば話は早いのだが、人間社会が人間様ではなく仏様の集まりでない限り、無理というものだろう。”(254頁) また、その不安をぬぐい去るためには里山資本主義への移行が有効だと訴えていらっしゃいました。というのも里山資本主義は、”お金が機能しなくなっても水と食料と燃料を手にし続けるための、究極のバックアップシステム”(282頁)だから、です。
J 11月8日、少子化対策として――この里山資本主義について、”身近にあるものから水と食料と燃料の相当部分をまかなえ”るという安心感とともに、”自然の循環の中で生かされている自分であることを、肌で知っている充足感がある”(283頁)と藻谷浩介氏は著書『里山資本主義』に書いていらっしゃいました。そして、この里山資本主義こそ、少子化という日本の危機に対処できる”最大で最後の対抗手段かもしれない”(284頁)と述べていらっしゃいます。驚いたことに、出生率が高いのは、島根県、鳥取県、福井県、山形県など日本海側の県、沖縄県、福岡以外の九州各県だそうで(285頁)、”もう少し定性的に言えば(中略)保育所が完備し、子育てに親世代や社会の支援が厚く、子育て中の収入も確保しやすい地域ほど、子どもが生まれている”(286頁)そうです。”そこにはまだ緑と食料と水と土地と人の絆が、相対的に多く残っている。同じ県の中でも、山間地や離島になるほど出生率は高い。そういう地域の住民は、足元では富を生まない簿外資産(金銭換算不可能な財産)、たとえば子宝を得ること、井戸や田畑や里山を残すことなどに、大都市圏よりいも多くの力を割いてきた。刹那的な繁栄だけでなく、その先にある本当に大事なものにも目を向けてきたのである”(286頁)さらに説得力のある言葉が290頁にありました。人との絆、そして自然の恵みとのつながりを回復することで、”かけがえのない自分”であることを実感する、すると人は初めて心の底から子どもが欲しいと思うようになる・・・それは、”生きてる幸せを、子どもにも味わって欲しいと心の底から思う”のであると。都会では薄らいできているであろう、人との絆や、自然がもたらす恵みへの感謝の気持ちを大切にしなければならない、と思いました。
<読後感を数言>
@ 小林本部講師は、常にマサノブ君の書いているブログやフェースブックに最大級の賛辞をもってコメントを書いたり、<いいね!>の指マークを贈ったりしている最高のマサノブ教絶賛信奉本部講師さまでいらっしゃいます。人間的には心根のやさしい純粋なお人柄と拝察しますが、その思考傾向は肉体人間の現象知中心であり、實相智までは至っておられないと拝察させて頂きます。そこで、次の質問をさせて頂きます。
A 貴女さまのブログ記事を読みますと、地政学的に見た日本の国の位置が、中国大陸や朝鮮半島からはるかに遠く離れた太平洋の真中に位置している仮定条件の下に書かれている内容です。現代日本の平和ボケしている一般大衆と同じであり、左翼平和主義者の唱える平和論・文明論・地球環境論と本質的には同じものです。しかし、現実の日本は、共産中国からの尖閣・沖縄侵略の増し行く危険性の真っ只中におかれています。日本国民の一人として、信徒を導く本部講師としての貴女さまの見解を伺います。つまり、本部講師として、開祖・谷口雅春先生の国家論や憲法論や愛国心について全く放擲されている点についてであります。
B 青年会の壊滅状態、相愛会の衰退状況、白鳩会の混乱状況の主たる原因は、マサノブ君が開祖・谷口雅春先生の「生命的国家論」・「中道實相の真の愛国心」・「環境問題の根本的解決は<三界唯心>から」という生長の家の根本教義から逸脱し、左翼唯物論を中心にした「今の教え」への転換にある、と小生は見ています。貴女さまのお考えをお尋ねします。
C 「環境問題の根本的解決は<三界唯心>から」つまり、都会に住んでいようが、田舎に住んでいようが、先ず、物主心従・肉主霊従の唯物的生活価値観から、心主物従・霊主肉従の霊的生活価値観への転換を図ることが宗教界の第一の務めであるのに、マサノブ君の環境問題への取り組みは、この価値観転換教育をせずして政府・行政と同じ“物の面”つまり、住環境を森のある田舎に移す、そして「自然の恵み」を実感する事を重点にしている。その為に信徒の浄財をつぎ込んでいる。このことを貴女さまは、本部講師として如何に考えていますか?
D マサノブ君は、“森の中の生活”と言っても自給自足の原始生活に戻ることではない、都会での生活レベルは維持するのである、と云っている。しかも、「人間至上主義」を否定しながら、「森のオフィス」建築や太陽光発電、バイオマス発電設備、通勤用電気バスなど「人間至上主義」社会の生産物を最大限に使っている。この矛盾(言行不一致)について、本部講師としての見解を伺います。
E 「森のオフィス」建設の最大目的は、下層の末端信徒や一般庶民でも、自然環境豊かな田舎の森の近くへ家を建てて移り住み、CO2排出ゼロの生活ができるノウハウ作りのためと謳っています。「森のオフィス」がオープンして2ヶ月近くになりますが、マサノブ君を始めとして本部講師の誰もこの最大目的に関する情報記事を出していません。八ヶ岳の美しい紅葉を紹介して記事にする事を「自然との共生」だとカン違いしています。本部講師としての貴女さまの見解を伺います。
F 『里山資本主義』(藻谷浩介著)を紹介されています。小生もその考え方には賛成です。しかし、その理想を如何にして達成して行くかの実行可能な具体的プランを述べていただく必要があります。貴女さまは、< 生長の家は、新しい文明の構築を運動方針に掲げていますが、信仰があればこそ、今の”経済的繁栄”への執着を捨て、自然とともに生きるライフスタイルへ移行が比較的容易なのではないかと考えました。> と書かれていますが、<自然とともに生きるライフスタイルへ移行>つまり、都会を捨て田舎へ移住していける具体的プラン、それも、特に、セレブ族ではない末端の普通の信徒が実行していけるプランを示していただきたいと考えます。如何でしょうか? 私の考えは、マサノブ君の田舎への“移住”という唯物的環境対策論よりも、“移住”関係なしの霊的価値観教育の普及を宗教家としては優先すべきと考えるのですが・・・
G 最後に質問します。マサノブ君は、病悩苦からの救済という宗教家の責務を放棄しました。信徒の奇跡的体験談にも「それは、タマタマのこと、全部の人には当てはまらない」と冷たく突き放し、講習会や著書に於いても、清超先生が為された如き信徒の奇跡的体験をもとにした真理の解説を、全く放棄しています。この辺も左翼主義思想と同じです。「今の教え・マサノブ教」に於ける病悩苦からの<衆生救済>の放棄――これについての小林本部講師の見解を伺います。
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