生長の家会員の個人サークル
谷口雅春先生倶楽部
谷口雅宣総裁になってからの生長の家は、創始者谷口雅春先生の本来のみ教え
とは違うものを説くようになりました。そして、本来のみ教えを求める多くの人は教
団を去りました。昭和15年に生長の家が宗教結社になった時の教義の大要は次
のとおりです。
『国体を明徴にして皇室の尊厳を明かにし、各宗の神髄を天皇信仰に帰一せしめ
尽忠報国、忠孝一本の国民精神を高揚し、悪平等を排して一切のものに人、時、
処、相応の大調和を得せしめ、兼ねて天地一切のものに総感謝の実を挙げ、中心
帰一、永遠至福の世界実現の大目的を達成せんことを期す』
生長の家教団は、本来の生長の家の教えを説かなくなり、創始者である
谷口雅春先生の説かれた生長の家の教えが正しく継承されていくのか
危機感を抱いています。生長の家会員自らがその危機感を訴えていくと同時に
教団内において正しいみ教えを学んで行きます。
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反・『御教え』・・・雅宣総裁語録と講評 <第十話> (239) |
- 日時:2013年02月28日 (木) 10時02分
名前:信徒連合
< 第十話 > 日本神話は一種の文学作品?(建国記念祝賀式典・平成20年2月11日)
<<“建国の精神”とか“建国の理想”というものは・・・日本のように“神話”という一種の文学作品に物語の形で描かれている場合は、解釈の違い・・・色々な意見が出ている。>>
(講評)
「古事記」・「日本書紀」という日本の神話は、文学的才能に勝れたある古代人が、大和朝廷の権威付けのために、その肉体頭脳知で想像力を働かせて書き上げた今日でいう一種の文学作品などではない。従って、三代目・雅宣総裁の神話解説は点数をつければゼロ点に近い。法灯継承者でありながら開祖・谷口雅春先生の御著書を読んでいない事がよく判るのであります。
神話とは何か。『古事記と現代の預言』(現在は絶版)には次の様に書かれております。
@ 古事記や日本書紀にあらはれたる日本建国の神話は、単に一個の人間の創作ではない。それは、民族神話である。
A 古代の日本民族が、いつの間にか、そのような神話を想像力によって創作して代々伝承して来たのであった。
B 天地開闢の時の記録と言うものは、人間が見ておってその状態を書いたものではない。それは、直感(存在の実相をそのものズバリと直接認識する)によったのである。 C 文書以前に出発し、やがて「古事記」や「日本書紀」によって伝承されたる日本民族の神話が日本建国となり、そこに独自の日本文化を形成し日本独特の天皇中心国家を形成して今日に至ったのである。
D 「天皇国日本」は、日本民族が創作した世界最大の文化的創作であってこれ以上大なる大芸術は他のどこにもない。
E 「古事記」には、<一即多・多即一>の真理が象徴的に書かれており、従って「古事記」は古代日本民族が自覚した<天地創造の原理>と<結びの哲学>が書かれているので尊いのであります。
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