生長の家会員の個人サークル
谷口雅春先生倶楽部
谷口雅宣総裁になってからの生長の家は、創始者谷口雅春先生の本来のみ教え
とは違うものを説くようになりました。そして、本来のみ教えを求める多くの人は教
団を去りました。昭和15年に生長の家が宗教結社になった時の教義の大要は次
のとおりです。
『国体を明徴にして皇室の尊厳を明かにし、各宗の神髄を天皇信仰に帰一せしめ
尽忠報国、忠孝一本の国民精神を高揚し、悪平等を排して一切のものに人、時、
処、相応の大調和を得せしめ、兼ねて天地一切のものに総感謝の実を挙げ、中心
帰一、永遠至福の世界実現の大目的を達成せんことを期す』
生長の家教団は、本来の生長の家の教えを説かなくなり、創始者である
谷口雅春先生の説かれた生長の家の教えが正しく継承されていくのか
危機感を抱いています。生長の家会員自らがその危機感を訴えていくと同時に
教団内において正しいみ教えを学んで行きます。
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「マサノブ爺さん」が教団に乗り込んできてからの<30年史> (5781) |
- 日時:2014年12月03日 (水) 09時03分
名前:サーチャー
<光明掲示板> ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 《決定版!》生長の家30年の暗黒史 (2039) 日時:2014年11月29日 (土) 11時01分 名前:破邪顕正
谷口雅宣総裁が教団に乗り込んできてからの30年史をまとめさせていただきましたところ、各方面から大変、喜んでいただきました。
「これを俯瞰すれば谷口雅宣総裁の悪行の数々が一目瞭然となる」「谷口雅宣総裁が何を企んでいたかがはっきりした」等々の声が多数、寄せられました。
ここに、加筆訂正した上で、再度、ここに掲載させていただく次第です。
ご高覧いただければ幸いです。
<生長の家30年の暗黒史>
○昭和58年…「生政連」解散(活動停止)(総裁は、当時、生長の家理事)
○昭和59年…「日本を守る国民会議」脱退
※愛国運動からの事実上の撤退!谷口雅春先生はその前身である「日本を守る会」の結成において「生長の家の一つや二つ潰れてもかまわない」とまで仰いました。生長の家は祖国・日本のためにこそあるとの尊師のご覚悟を垣間見る思いが致します。
○昭和60年6月17日…谷口雅春先生ご昇天 「實相無相光明宮大真理説授正思惟大聖師」
○昭和60年…青年局(青年会中央部)解体
※谷口雅春先生の教えに純粋に生きようとして青年会運動を牽引していた当時の青年会長等が次から次と処分を受け、青年局が解体される。これ以降、青年会組織はみるみる弱体化していくこととなります。
○平成元年…「両軸体制」のスタート
※このときに、谷口雅宣・広報編集部長(当時)は、「神誌」という呼称を否定し「普及誌」とします。「普及誌」には、谷口雅春先生のご文章が殆ど掲載されないということになりました。ここに谷口雅春先生否定の萌芽を見ることができます。
○平成2年…『理想世界』誌上に「ネットワーク考」を連載し、大東亜戦争侵略論を展開(11月、副総裁になる)
○平成3年…「宇治盂蘭盆供養大祭精霊招魂神社大祭祝詞」の書き換え
※『聖霊天降る宇治』の巻末には「祝詞集」が収められています。その217頁の「尽忠の精霊に告ぐる詞」と219頁の「精霊招魂神社大祭祝詞」とを読み比べると、両者の違いがはっきりとわかります。
そこには、谷口雅春先生と谷口雅宣総裁との「大東亜戦争観」の遠いが如実に示されています。即ち、後者には、大東亜戦争における日本の使命、役割が見事に剥落しているのです。意図的に削除されたとしか言いようの無い重要な文言を前者から抜き出すことにします。
「…今や人類進化の一周期の終りにのぞみすべての人類は その皮膚の色彩の相異にかかわることなく平等の尊厳を恢復し平等の取扱いを受け その国土は独立し万民平等の自由が確保せらるべき理想実現の時期が近づきたりしがこの理想実現のためには 何れの国の民族かが尊き犠牲となって有色人種に“神の子”の実相を自覚せしめその独立精神を喚起せしめる天使たるの役割を演ずる必要ありしなり…」
谷口雅春先生は、ここにおいて、はっきりと大東亜戦争における日本の役割を「天使たるの役割」と仰せられたのです。 ところが、谷口雅宣総裁は、この箇所が気に入らなかったのか、全部、削除しています。大東亜戦争を“侵略戦争”と位置づける谷口雅宣総裁にしてみれば、それはとても容認できることではなかったのです。こうして、祝詞は改竄されてしまいました。 そして、それを知られたくないと思ったのか、その証拠を抹殺するために、谷口雅宣総裁はこの「祝詞集」が収められた『聖霊天降る宇治』を絶版に処したのです。
○平成4年…谷口雅春先生『新刊書』の発行停止 既刊書重版停止(「内容上の理由」32点…事実上の絶版)
※平成4年7月15日、渋谷東急インでの取締役会(中島省治、鈴木卓朗、宮本三男、永井光延、辻信行、谷口雅宣、三浦晃太郎、磯部和男の8名) この「取締役会」で暗躍したのが、言うまでも無く、「谷口雅宣、三浦晃太郎、磯部和男」の3氏であります。「日本教文社」の社外取締役でしかない3氏が、裏で示し合わせて、谷口雅春先生の『新刊書』の停止へともっていったのです。そのときに言われたのがこの言葉です。 “谷口雅春先生の『聖典』はもう古い” この会議に谷口雅宣総裁がいなかったら、絶対に、この決定はありえないはずのものでありました。つまり、今から思えば、このときに、「日本教文社」は、この社外取締役3氏によって乗っ取られ、骨抜きにされ、魂までをも奪われてしまい、その社会的使命を終えたのです。
○平成5年…「国際平和信仰運動」を提唱
※これ以降、「日本国実相顕現運動」という言葉が事実上、消えてしまいます。その際のスローガンが“国をこえ、民族をこえて”であります。
○平成7年…「国際平和信仰運動」のシンボルマークとして“鳩葉っぱ”のマークが制定
※「聖旗」の“光輪卍十字架”のマークが「ナチス」を連想させるという名の下に、これが制定されました。
○平成11年…谷口雅宣氏総裁代行
※谷口雅春先生を心から慕う信徒を「原理主義者」としてレッテル貼りし、そういう幹部・信徒がどんどん左遷されるようになります。
○平成12年…ISO14001取得の提唱
※ここから、環境保護運動一本への傾向が強まります。
○平成13年…「参議制度」が新設
※この規約改正によって、谷口雅宣総裁が金も人事も握る権力を有することになります(教団完全支配)。
○平成15年…“森の中のオフィス”構想の発表
※このとき谷口清超先生は原宿の本部を移転することはまかりならんと言われたと言います。
○平成16年…「新教育者連盟(新教連)」を教団から切り離す
○平成18年…総本山の「鎮護国家特別誓願券」の書き換え
※「鎮護国家」を外し「世界平和」が入ります。その後、平成26年、総本山の手水舎の柱からも「鎮護国家」の文字が消され、「世界平和」に替えられます。
○平成19年…環境保護運動が本格化
○平成20年…「誌友会」のテーマが「絵手紙」「ノーミート料理」等、カルチャー化が顕著に
※宗教本来の「魂の救済」が脇においやられ、環境問題ばかりが強調されるようになり、「誌友会」もカルチャー化の一途を辿るようになります。
○平成20年10月28日…谷口清超総裁先生ご昇天
※諡号に「大聖師」が入り「實相無相光明宮弘誓通達大慈意大聖師」。「大聖師」は谷口雅春先生のみ、という谷口清超先生のお考えは無視されました。
※谷口清超先生のお通夜で、荒地浩靖先生、宮澤潔先生の出席が拒否される。この時、お二人を出席させようとした谷口恵美子先生に対して、谷口雅宣総裁は「アンタ」呼ばわりする。こののち、谷口恵美子先生は、子供や孫、友人の方と自由に会うことができなくなり、所謂、軟禁状態におかれます。あまつさえ、毎月、家賃等で100万円(うち40万円は家政婦)を徴収されることとなります。
○平成21年…「朝日新聞」を推奨し、民主党支持を表明
※「産経新聞」に代わって「朝日新聞」を読むよう、信徒に薦めるとともに、「自民党」を猛烈に批判し、「民主党」支持を表明して、教団の左旋廻がいよいよ明らかになりました。
○平成22年…「四無量心を行ずる神想観」ニューバージョンの発表
○平成22年…宇治別格本山の盂蘭盆大祭での「霊牌」焼却をやめ、燻炭化
※「霊牌」のいわばミイラ化です。CO2削減のためが表向きの理由でした。
○平成23年…「総本山は聖地ではない」と発言(谷口雅春先生26年祭にて)
○平成24年…『大自然讃歌』『観世音菩薩讃歌』を発行
※「聖経」を補強する必要があるということで創られます。最初は、「聖経」に取って代わるものではないと言われていましたが、今では、どんどんこの「経本」の読誦が行われています。
○平成25年…「ご神像」の撤去、“森の中のオフィス”へ移転
※「ご神像」は汚い毛布にくるまれクレーンでつりあげられ、作業員の土足にふみつけられました。移転に祭し、教団は何の儀式も執り行いませんでした。
○平成25年…会則の変更
※「栄える会」の会則の目的から「本会は聖典『生命の實相』の精神を信奉し、―世界的視野に立つ有為な産業人の養成を図る」の部分を削除。「教職員会」の会則の目的から『人間神の子の実相』『日本国の実相』『天皇の実相』を顕現し真に平和な世界の建設に寄与する」の部分を削除。
○平成25年…安倍首相の靖国参拝を批判
※中国・韓国の反発を招いたとして安倍首相の靖国神社参拝を猛烈に批判しました。
○平成25年5月27日…『生命の實相』等の著作権裁判の最高裁判決において、教団側の完全敗訴が確定。
※『生命の實相』、「聖経」等の著作権は「公益財団法人生長の家社会事業団」にあることが法的に確定いたしました。これにより、教団は、『生命の實相』も「聖経」も失うこととなりました。
○平成26年2月…東京都知事選挙で、共産党が推薦した宇都宮候補に投票する記事を掲載
※「日の丸」「君が代」に反対の共産党推薦候補を支持すると表明した総裁は、明らかにサヨクであることがこれで明らかになりました。
○平成26年3月1日…総本山で執り行われた「立教記念式典」において「実相額」が覆い隠される
※国旗「日の丸」も「聖旗」も掲げられず、国歌「君が代」の斉唱もなし。ただ、壇上には「鳩葉っぱ」の旗のみ。その上、顕齋殿が土足履きになりました。
○平成26年4月…谷口恵美子先生の高知への脱出
※谷口恵美子先生は「成年後見制度」を強要されて、通帳と実印とを取り上げられる。そして、谷口恵美子先生は軟禁状態のお山から高知の宮澤先生ご夫妻の元へと脱出されます。
○平成26年5月…「原宿本部会館」の解体が始まる
○平成26年9月27日…「大調和の神示祭」が中止となる
※これにさかのぼること、5月より「神示祭」が廃止となりました。この「神示祭」は谷口雅春先生のご指示により執り行われてきたもので、この廃止はまさしく谷口雅春先生のご意思を踏みにじるものであります。
○平成26年…「集団的自衛権」に反対を表明し、改めて「大東亜戦争」を否定し「占領憲法」を平和憲法として擁護する立場を鮮明に
※谷口雅春先生は「占領憲法」を一貫して批判してこられました。しかし、谷口雅宣総裁はこれを擁護するとはっきりと表明しました。谷口雅春先生の思想・信条とは全く相容れないのが谷口雅宣総裁であることが、これで明らかとなりました。
○平成26年11月21日…総本山の「ご祭神」が変更になる
※「ご祭神」が、「住吉大神」のほかに「天之御中主神」「高御産巣日神」「神産巣日神」が加えられました。これが明らかに谷口雅春先生の「教え」に反するものであります。
昭和15年4月、「宗教結社生長の家」が生れた際、本尊について、次のように「奉齋主神」が明記されます。
>道場又は集会室に特に顕斎せる主斎神又は安置仏なし。心に幽斎する主神としては宇宙大生命(その幽の幽なる神として天之御中主神、幽なる神として天照大御神、現人神として天皇)を礼拝す。宇宙大生命は宏大無辺にしてその仁徳一切に及び一切を包容するが故に、各自は祖先伝来の宗教を信じ又は自宅にて如何なる斎神又は安置仏を奉ずるも差支えなし。宇宙大生命の道を顕揚し、日本国威を発揚し、皇威を顕揚する。道(みちびき)の神として心に幽斎する副神として生長の家大神(古事記、日本書紀に顕れたる住吉大神即ち後に塩椎神(しおつちのかみ)、仏典に顕れたる釈迦観世音菩薩及びその応化仏、基督(キリスト)教の黙示録第一章に顕れたる七つの燈台の点燈者を礼拝す。宇宙大生命は宇宙生命の根本実相にして、宗教に偏らざる哲学的表現を用ふれば「生命の実相」なり。この意味に道場又は集会室に、「生命の実相」又は単に「実相」の掛軸を掲出する事あり。<
これについての解説が、谷口雅春先生著『神の真義とその理解』(102〜103頁)に記されています。
>さて吾々生長の家の団体では、心に宇宙大生命(みおやのかみ)を祭るのであります。その宇宙大生命と云う文字の下に括弧して、「(ソノ幽之幽ナル神トシテ天之御中主神、幽ナル神トシテ天照皇大神、現人神トシテ天皇)ヲ礼拝ス」と書いてありますが、「幽」とは「幽玄」の意味であって、現象の幽(おく)の幽(おく)にましますところの大実在として、日本の称名(よびな)を以てすれば天之御中主神と申上げる大神であります。…天之御中主神は斯くの如く、幽(おく)の幽(おく)の大実在であられますが、この宇宙の大神が、依然として幽玄にましまして、吾等の思慮の及ぶところではございませんが、幽之幽なる天之御中主神よりも一段ハッキリと、『日本書記』に録されたる通りの「光華明彩六合(ひかりうるわしくりくごう)に照徹れる」神として顕現あそばされたのが天照大御神であらせられ、更にその天照大御神様が御肉体を以て現人神として現われていらせられる神様として天皇を礼拝する―これが生長の家誌友が心に主斎する神様でございまして、御宮のような眼に見える形で御祭りするのではありませんから幽斎と申すのであります。即ち吾々は天皇様を宇宙大生命の全徳の御顕現としてそのまま現人神として拝し奉るのであります。歴代の皇霊に対して尊崇を捧げるのも同じ意味であります。<
ここに「御宮のような眼に見える形で御祭りするのではありませんから幽斎と申すのであります」とありますように、「御宮」の「御祭神」にはなじまないのが、「天之御中主神」なのであります。
さて、このことの重大さを知るためには、なぜ、谷口雅春先生が総本山をご造営になさったのかを知らなければなりません。 当時、総本山のご造営に、信仰的な面から反対の声があがりました。「神示」に「吾れに神殿は不要である」とあったからであります。その論に対して、谷口雅春先生はどうお答えになられたか。
>宇宙創造の大神は、神示に、「われに神殿は不要である」と仰せられているのである。絶対者にまします大神にとっては神殿は不要であるが、住吉大神と名を示して個別的にあらわれ給うた神については又別の相対的意義があるのでありまして、信仰心の集中の一点として、崇敬の心を散乱せしめないためには神殿が必要なのであります。しかし神殿に奉斉する御神体は偶像ではないのであって、護国の神剣≠もって御神体とするのであります。(『生長の家』誌 昭和53年11月号 45頁)<
このお言葉に照らして考えてみるに、谷口雅宣総裁が今回やったことは、「ソノ幽之幽ナル神トシテ」の天之御中主神を、「住吉大神と名を示して個別的にあらわれ給うた神」と同列に扱うということを意味します。 「絶対者にまします大神」を勝手に「個別的にあらわれ給うた神」にしてしまう。こういうのを神をも恐れぬ所業というのではないでしょうか。
[まとめ]
以上、この30年を俯瞰すれば、谷口雅宣総裁は谷口雅春先生の「生長の家」を解体するために、そして自分の色(サヨク)に染め替えるために、教団に乗り込んできたことが明らかになるだろうと思います。
この歴史を踏まえて、今後、どう行動すべきか、ぜひお考えいただきたいと思う次第です。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
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これも是非付け加えて下さい (5850) |
- 日時:2014年12月13日 (土) 12時56分
名前:サーチャー
<光明掲示板> ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 『台湾人と日本精神』の発刊中止 (2311) 日時:2014年12月13日 (土) 10時33分 名前:山ちゃん1952
蔡焜燦先生 『台湾人と日本精神』の発刊中止は日本教文社というより当時副総裁として、 日本教文社の理事として販売中止として強権を発動した。 これはまさしく平成4年の雅春先生の新刊の発禁と更に焚書の手始めである。これから更 に焚書は聖典とよばれるところまで及ぶ。 傍若無人ぶりは宗教家としての恥である。 これも是非付け加えて下さい。
平成13年3月7日発売中止、その後裁判となり、和解とされるが、内容は日本教文社の 敗訴である。
それと教えて欲しいのですが愛国書というのはいつごろから発刊されなくなったのでしょ うか? これも生長の家を似非教団と宣言した年だと思います。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
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