生長の家会員の個人サークル

谷口雅春先生倶楽部

谷口雅宣総裁になってからの生長の家は、創始者谷口雅春先生の本来のみ教え

とは違うものを説くようになりました。そして、本来のみ教えを求める多くの人は教

団を去りました。昭和15年に生長の家が宗教結社になった時の教義の大要は次

のとおりです。

『国体を明徴にして皇室の尊厳を明かにし、各宗の神髄を天皇信仰に帰一せしめ

尽忠報国、忠孝一本の国民精神を高揚し、悪平等を排して一切のものに人、時、

処、相応の大調和を得せしめ、兼ねて天地一切のものに総感謝の実を挙げ、中心

帰一、永遠至福の世界実現の大目的を達成せんことを期す』

生長の家教団は、本来の生長の家の教えを説かなくなり、創始者である

谷口雅春先生の説かれた生長の家の教えが正しく継承されていくのか

危機感を抱いています。生長の家会員自らがその危機感を訴えていくと同時に

教団内において正しいみ教えを学んで行きます。

 

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3・11「神・自然・人間の大調和祈念祭」挨拶は、マサノブ流の“協同組合論”に過ぎない!! (6505)
日時:2015年03月13日 (金) 18時34分
名前:怒れる信徒代表



「唐松(枯れ松)模様」平成27年3月11日 (水) =「大調和の教え」を現代に生きる= (要旨)


 << 今日は午前10時から、山梨県北杜市の生長の家“森の中のオフィス”のイベントホールにおいて「神・自然・人間の大調和祈念祭」が行われ、インターネットを通じて同時放映された。
 私は、同御祭で「四無量心を行ずる神想観」(新バージョン)の先導をしたほか、最後に概略、以下のような挨拶の言葉を述べた−−
-----------------------------
・・・この御祭の目的は、その名の通りに「神・自然・人間」の三者が大調和することを祈るためのものでありまして、4年前のこの日に起こった東日本大震災と東京電力の福島第一原発の事故をきっかけにして、またこの生長の家の“森の中のオフィス”建設の目的にも合致する新たな行事として、実施が決まったものです。 ご存じの通り、生長の家という宗教運動は、谷口雅春先生が昭和6年9月27日に啓示を受けられた「大調和の神示」を中心的教義として展開してきました。・・・ですから、「神・自然・人間の大調和祈念祭」もこの教えに基づいているわけであります。多くの人々は、・・・自分の生活や仕事を中心に考えて、それらに対して都合のいいものに“善”というレッテルを貼り、都合の悪いものに“悪”というレッテルを貼って生きています。この考えは、人間関係や社会生活一般に採用されているだけでなく、人間と他の生物との関係、人間と自然界との関係にも使われてきました。つまり、三重の、三段階に及ぶ通念として世界を蔽っているのです。そこで今日のように、自然界と人間の生活が大きく衝突するような事態にいたっているのであります。人類は、自然界を“道具”や“手段”に見立てて、そこから欲しいものはどんどん奪い、いらないものはどんどん廃棄し、邪魔なものはどんどん破壊するという生き方を拡大してきました。この流れを止めなけば、私たち人類の将来はないと言えます。 人間関係における利己主義、社会関係での自分中心主義、そして自然界で生きる上での人間中心主義−−これらは皆、自分という人間は「一個の肉体」であると見る誤った考えに端を発し、そこから延長したものです。この考えが「唯物論」と言われるものです。・・・私たちは、そういう視点に立って、この「神・自然・人間の大調和祈念祭」を新たに設け、全世界の生長の家の幹部・信徒と共に三者の大調和を祈るとともに、私たちの実際生活の中で、神に感謝するだけでなく、自然界の万物に感謝し、その感謝の気持の現れとして生物の命を尊重し、人間同士の幸福も実現しようとしているのであります。・・・現在の世界の状況にあっては、谷口雅春先生にくだされた「大調和の神示」の教えを、より具体的に、またもっと大々的に実践しなければならない。私たちはそのことを4年前、東日本大震災と原発事故に直面した際、改めて強く感じ、自然を破壊して恥じることのない私たちの生活を深く反省し、御教え通りの「天地一切のものと和解する」生活に近づける努力を始めました。そして、そういう生活を多くの人々に伝え、ひろめることを決意したのであります。
 この“森の中のオフィス”では、地球温暖化の最大の原因である二酸化炭素の大気中への放出をしない、いわゆる“炭素ゼロ”の業務と生活とがほぼ実現しています。しかし、本部職員数百人が二酸化炭素を出さなくなるだけでは、地球規模の問題解決には全く足りないことは、ご承知の通りです。そこで、全国におられる生長の家の信徒の方々にも、また、全世界の同信の仲間にも同じ目的で手軽に参加できるような仕組みを作ろうとして、昨年から「自然エネルギー拡大運動」というのが始まっています。現在これは、京都府城陽市に建設した大規模の太陽光発電施設を利用する方法を採用しています。
 今、この太陽光発電という技術は、世界から大きな期待を寄せられています。私たちが向かっている方向が合理的であり、地球社会の未来に貢献するという意味で正しいということがよく分かります。また、今の日本政府は、原発の再稼働を目指す一方で、太陽光発電への補助を減らす方向に動いていますが、こういう政策が間違いであることも分かります。・・・ 生長の家が目指している、「神・自然・人間の大調和」とは、人間の知恵と独創力の産物である科学技術を否定するものではありません。科学技術は、人間の道具ですから、その使い方を間違えば悲惨な結果を生み出します。・・・それを正しく使えば人類のみならず、他の生物や地球環境にも貢献する道は必ずあると考えます。その信念のとおりに、私たちは“森の中のオフィス”には最新の科学技術の成果である高性能の太陽光発電装置、バイオマス発電、大規模な蓄電設備を導入して、“炭素ゼロ”を達成しました。 ・・・私たち宗教を信ずる人間の重大な使命があると考えます。発展し続ける科学技術を人類と地球社会の繁栄に役立たせるためには、「神・自然・人間の大調和」を信じ、それを目指す人々の数がももっともっと増え、社会を正しい方向へ動かす力とならねばなりません。どうか皆さん、その目的を強く自覚し、私たちの信仰運動をさらに熱意と喜びをもって推進してください。大調和の世界実現のために、心を一つにして進んでまいりましょう。  谷口 雅宣



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<講評>


マサノブ君の上記挨拶の特徴

1、 現下の教勢急落についての言及がない。

2、 本来の「生長の家」の姿はなく、「環境の家」一色に塗りつぶされている。

3、 「神・自然・人間」の大調和といえば格好はいいが、詰まるとろは、マサノブ流の“協同組合式の仲良し論”と云った程度にしか過ぎない。

4、 原始生活回帰?への批判を回避するため、今まで嫌悪していた科学技術の享受と科学文明社会の支持を表明した。

5、 相変らず、占領憲法擁護のために、「三界唯心所現の理」に深く入り込むことを避けている。

6、 人間と自然の調和の必要性は強調するが、人間同士の調和の必要性については相変らず語らず。

7、 マサノブ君は、「本流」掲示板をシッカリと読んでいる。「本流」信徒の指摘する「マサノブ教」の持つ矛盾と欠陥を知っているが、それを、誰もが正面から反対できない「地球環境論」で覆い隠し、信徒の洗脳戦略を相変らず行なっている。


上記斯く項目について、もう少し解説を付け加えましょう、マサノブ君もシッカリ読んでくれ給え!


@ 「マサノブ教」信徒のみならず、「正統・生長の家」の信徒たちの最大関心事は、「環境問題」ではなくして、現下の教勢衰退現象である。その教勢衰退、即ち、「聖使命会員」の大量脱退、「マサノブ講習会」の不人気、教団自体の赤字の連続・・・これらの根因と責任の所在は、マサノブ総裁とイソベ理事長、ユキシマ副理事長にありと指摘されていることに対して、一言の謝罪も釈明も無しであることは、教団の最高責任者として決して許されるべきことではない。自称にしろ、“総裁”などといえた義理ではなく、“宗教家”と名乗る限りシッカリと襟を正す謝罪を述べ、責任の所在を明らかにすべきであります。先ずこのことを挨拶の冒頭に為さねばなりません。


A 今や、マサノブ君の公の場に於ける“挨拶”の中には、開祖・谷口雅春先生の立教の使命と目的たる全ての人類の病悩苦からの解放(人類光明化運動)と日本國實相顕現運動と言う言葉が完全に無くなってしまったのであります。衆生救済を完全放棄して、環境問題に特化しているのであります。国家概念を無くして、地球市民思想に置き換えるために「環境問題」を手段として利用する事はサヨクの常套手段である。だから、「マサノブ教」とは,“左翼唯物現象論”がその根底思想であり、マサノブ君は、公式行事を利用して信徒にたいして、誰も正面だっては文句の言えない「環境改善」に集注して話をしているのであります。自称にしろ「法燈継承」者などとは言えないのであります。


B マサノブ君は「神・自然・人間」の大調和というが、これは「生長の家」の『御教え』を正しく理解した“大調和”ではない。マサノブ流の勝手な個人的解釈であります。マサノブ流に云えば、「神(A)・自然(B)・人間(C)」と言う三者が、お互い対等の立場(A=B=C)に立って、お互い(A・B・C)がケンカせず、仲良く暮らす“協同組合”社会を築こうじゃないか!という事なのであります。この解釈はマチガイであり、その根拠は『甘露の法雨』に示されているのであります。

『甘露の法雨』には、< 一切の生物処(ところ)を得て > とあります。マサノブ君は、この“処(ところ)を得て > を無視して、単なる対等・平等・調和(仲良し)と解しているのであります。全ての生物は、神の生命のあらわれ、“生命”としての本質は同じであるが、その實相顕現度合いにおいては差があり、人間は神の全ての属性を備えた存在(神の全相の自己実現)であり、人間以外の動植物は神の属性の部分的顕現であると云う重要なことをマサノブ君は理解できていないのであります。換言すれば、「實相世界」には秩序があると云うことであり、その秩序に従う事が『処(ところ)を得る』ことであります。処を得れば全ての存在物の間には大調和が成り立つのであります。この「処を得た存在のあり方」を無視して形だけの平等を主張しているのが左翼唯物論でありますから、マサノブ教は「左翼唯物現象論」だといえるのであります。


C 現代物質文明を「人間至上主義」と批判し、自然の森の中で自然と共に生活する事を主張したマサノブ君は、その矛盾を「本流」信徒によって指摘された。つまり、「人間至上主義」を排して、自然との100%の共生を主張するのであれば、まずマサノブ君が現代科学の恩恵である人間至上主義の工場生産物を森の中の生活に持ち込むな。100%すべてを手造りの自給自足生活に切り替えよ!と手厳しく批判されたのであります。それが出来なければ、信徒の浄財を当てにした金持ちボンボンの単なる道楽生活だ!宗教貴族生活ではないのか! そんな白昼夢は最早、御免蒙りたい!と、信徒から総スカンとなり、信徒脱退現象が加速化されたのであった。これではマズイとマサノブ君は考えて、< 発展し続ける科学技術を人類と地球社会の繁栄に役立たせる >ことを肯定しだしたのであります。<  生長の家が目指している、「神・自然・人間の大調和」とは、人間の知恵と独創力の産物である科学技術を否定するものではありません。科学技術は、人間の道具ですから、正しく使う・・・> として、現代物質科学文明の利用を肯定する方向へ明確に舵を切ったのであります。思想の転換であります。


D マサノブ君は、「環境問題」を論じる場合には、「三界唯心所現の理」を明確に表に出さず、環境問題の原因を「人間至上主義」によるCO2という物質の増加にありとして、CO2排出抑制策として太陽光発電というこれまた物質的手段をもってしている。しかし、宗教家であるならば、環境問題の根因は大多数の現代人の持つ肉体人間観、それに基づく物的生活レベルの追求を求める生活価値観にあると明確に指摘して、その価値観から、「霊的生命」・「タマシイ」の問題を第一優先順位に置いた霊的生活価値観への転換を述べねばならない。そのためには、現代日本の諸悪の根元を為す「占領憲法」の改正まで述べてこそ根本的な生活価値観の転換が可能となるのであって、ここまで言及しない宗教家は、決して真理を正しく把握した宗教家だとは言えないのであります。この点に関してマサノブ君は、< 人間関係における利己主義、社会関係での自分中心主義、そして自然界で生きる上での人間中心主義−−これらは皆、自分という人間は「一個の肉体」であると見る誤った考えに端を発し、そこから延長したものです。この考えが「唯物論」と言われるもの > が環境問題の根因としては一応指摘はしている。しかし、「利己主義」・「自分中心主義」・「人間中心主義」がなぜ現代社会に蔓延したかについては追及していない。その蔓延の根因は、肉体民主主義・権利追求型の占領憲法の持つ基本的価値観にこそあるのであって、その価値観による戦後教育にあるとは考えていない。この唯物的肉体中心思想の占領憲法の価値観を其の儘にしておいて、「神・自然・人間」の横並び平等観と仲良し推進論だけで「環境問題」が解決できるというマサノブ君の主張は、実効性を持たないものであります。マサノブ君にとっては「憲法改正」にまで広がる議論の展開は何としてでも避けたいのであります。しかし、「三界唯心所現の理」から説き起こし、その解決策を考えねば宗教家であるとは言えないのであります。


E 今回も、マサノブ君は人間同士の調和については、また避けたのです。ここを突かれるとマサノブ君は何も答えられない。マサノブ君は「谷口雅春・原理主義」と言う言葉を勝手に作って、気に食わぬものを強制的に左遷追放した。実母の恵美子先生に対しても軟禁同様の状態に置き、「大不調和」を実行した。そして、信徒からは“言行不一致”と追及の矢に晒されたが、マサノブ君は一言だに釈明出来なかったのであります。このことだけをもってしてもマサノブ君には「大調和」を説く資格など何も無いないのであります。


F このように、「非生長の家・マサノブ教」は幾多の矛盾と欠陥を持つものであります。この矛盾と欠陥に気付いた信徒たちが次第に増えて、脱退現象を起こし、教勢急落現象となって現われて来ている。「マサノブ教」の内容が本当に素晴らしい矛盾なきものであるならば、信徒脱退などは起きていない筈。しかし、現実的には、マサノブ君に愛想をつかして、くだらない「環境論」など聞きたくないと、講習会の評価は下る一方でありますが、マサノブ君は一向に平気。このことは何を意味するか?マサノブ君の本音は、信徒脱落を歓迎しているのであります。「森のオフィス」一ヶ所を残せばよい。全国の教化部や練成道場、更に宇治や総本山は「マサノブ教」にとってはお荷物でしかない。菅理と維持がメンドクサクて大変である。早く閉鎖したい。但し、「生長の家」看板と長年蓄積された信徒の浄財だけは絶対に手放さないぞ! 脱退する信徒は引きとめる必要なし、「環境問題第一」と言う考えに従ってくる者だけでいいのだ! 不必要なことに頭を使わずに、優雅な宗教貴族生活と「破壊と蕩尽」の快感に勝るものなし! これがマサノブ君の本音である事を忘れてはならないのであります。



<追記>


マサノブ君は、以下の様な重要問題に宗教家として関心を深く持ち、その根本からの解決策を世の中に提言しなければならない。しかし、「環境問題」と「左翼思想」と「宗教貴族生活」以外には関心がないのだ。

1、現在連続して起きている凄惨な殺人事件

2、その原因である「先祖供養」や「霊供養」には無関心

3、全国的に広がりつつある墓地の荒廃問題

4 霊界に対する無関心

5、中絶児問題、イジメ問題、登校拒否、家庭内暴力、幼児虐待・・・に関する事柄

6、医者に見放された病人や深い人生問題の悩みを持つ人達の救済

7、諸悪の根因たる「占領憲法」の改正問題

・・・


誰が考えても、現代科学、行政施策だけでは解決出来ない問題解決をなすのが宗教の存在理由であり、宗教家の責務でありますが、マサノブ君はそれが宗教家の使命である事すらわかっていないのであります。いや。判っていても左翼唯物現象論の「マサノブ教」では解決する自信がないのであります。かといって、「生長の家」という看板を捨てて独立する勇気も持てない。しかし、権力欲と蓄財欲と優雅な貴族的生活だけは満足したい! この様な思考を持つ人物がマサノブ君それ自体であり、マサノブ君の正体であります。「マサノブ教」を信奉して止まない信徒の皆様、このことに早く気付いて、巧みなるマサノブ君の弁舌と説教に惑わさされず、甘い言葉で決して誘導洗脳されることなく、開祖・谷口雅春先生の『御教え』復活をわれわれと共に成し遂げましょう!! 





「神・自然・人間」の三者 (6507)
日時:2015年03月13日 (金) 19時22分
名前:水戸黄門

「神・自然・人間」の三者と分離すること自体が根本的に間違いであります。

これは左翼運動家が使う手法で、切り刻む西洋文明にも繋がります。

切り刻んでおいて、大調和は出来ないのであります。人間の命そのものが神であり、動植物も全ての物の中に神を見い出すのが日本人の心であります。

調和も何も、先ず神様に生かされている喜びに感謝することから始まるのです。

雅宣氏は「神・自然・人間」と分離しその中で人間が一番罪が深いと恐怖心を与えておいて、救済してやる、と言うマッチポンプ式今の教えであります。

一部のキリスト教人間罪の子の布教と同じです。

青学とアメリカで耳にした事を使って居るのでしょう。



成る程 (6509)
日時:2015年03月13日 (金) 20時50分
名前:火曜クラブ

成る程。

水戸黄門様、すっきりしました。
何となく頭でもやもやしてましたが、よくわかりました。

「頭の良い人は考えすぎて失敗する!! (6518)
日時:2015年03月15日 (日) 00時09分
名前:サーチャー



<トキ掲示板(組織 板)>
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2357 :トキ ◆AXzLMGIbhk:2015/03/14(土) 23:16:18 ID:qz5onzCg>>2356

 昔、「頭の良い人は考えすぎて失敗する」という話を聞いた事がありますが、総裁のご
発想はそれに似ていると思います。基本的に彼の発想は全く根拠がない訳ではなくて、そ
れなりの理由はあると思います。賛成するか、どうかは別ですが、地球自体をスピリチュ
アルな存在である、という考えからいけば、人間はもっと謙虚にならないといけないし、
さらには、エネルギーの争奪が戦争の原因である、という発想からしたら、自然エネルギ
ーの開発は世界平和につながるのも当然です。

 地球自体をスピリチュアルな存在とする発想は、谷口雅春先生もお持ちでしたし、21
世紀になった現在、戦争は肯定されてはいけない、という発想は私も賛成します。

 その上で敢えて申し上げると、総裁のご指導は現場の人の相当数から強い反発を受けて
います。事情を知らない会員さんはともかく、ある程度実情を知っている人から見ると、
ほとんど呆れているというレベルで彼を見ています。彼の言動を見ていると、総裁は自分
の思想にはかなり確信を持っていると思います。彼の考えでは、「分派」を始めとする無
知蒙昧な輩が哀れにも反発をしている、という捉え方をしているのでしょう。この「上か
ら目線」が会員の猛烈な反発をまねいているのも一つの原因かもしれません。もっとも、
この「上から目線」は一部の本流復活派の人たちにも感じる事はありますが。

 それと、人間への愛情が感じられない、という点もあります。この点は一部の本流復活
派の人にも感じるのですが、本部の人と話をしていると寒々しさを感じるときもあります。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー2358 :トキ ◆AXzLMGIbhk:2015/03/14(土) 23:23:42 ID:qz5onzCg

 私見ですが、これは生長の家という組織の体質で考えると、世の中が豊かになり、生長
の家も豊かになり、組織内だけで独特の社会ができてしまった事が背景にあると思います。
これは戦前や戦後すぐの信徒さんから聞いたのですが、昔の職員さんは、本当に給料が安
くて、内職をしないと生活ができない状態だったみたいです。それでも、職員をしたかっ
たのですから、すごい士気だったのですね。戦前は当局の監視もあり、いつ潰れるかわか
らない状態でした。それだけに緊張感があったみたいです。当然、信徒さんへの対応にも
緊張感があったみたいです。

 ところが、現在は教区の職員はともかく、本部の職員は身分も収入もかなり安定してい
ます。つまり、上層部に歯向かわない限り、生活が保障されています。確かに職員の身分
が保障されているのは良いとは思います。が、その副作用として、世間様とは異なる価値
判断が横行してしまったのも事実です。

 教区にいたら、引きこもりの問題やらお金の問題、経営の問題で悩んでいる人と話す事
は珍しくありません。と、言うよりも、そういう人の相手をするのが教区の仕事の一つで
す。見た事もない外国の事よりも、目の前で悩んでいる人の悩みを取り去る手伝いこそが、
願いです。それを無視して、過剰な環境保護に走り、個人救済を軽視した事が現在の行き
詰まりを招いたと信じています。


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2359 :トキ ◆AXzLMGIbhk :2015/03/14(土) 23:31:32 ID:qz5onzCg

 本部員にも家族がいて、生活がある以上、それを捨ててまで、信仰を貫けというのは私
も言えません。ただ、現在のようなシステムがこのまま続くとも思えません。遠くない時
点で、確実に財政的にも行き詰まります。そうなると、現在のような観念論や過剰な環境
保護論は撤回せざるを得なくなるでしょう。

 谷口雅春先生は「真理は生活の中にあり」と言われました。現在のように、教団と本流
復活派が争っている状態では、何を言っても世間では説得力を持ちません。が、現在の状
態が行き詰まり、双方が真剣に考え出したら、その時に、本当の信仰が広まる時かと思っ
ています。

 その意味では、将来は明るいと信じております。

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